ブッフビンダー・シュトイデ・クルムポック・レア・バルトロメイ

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    Schloss Grafenegg Wolkenturm 2020年8月23日 19時30分〜20時45分

    ピアノ Rudolf Buchbinder
    バイオリン Volkhard Steude
    バイオリン Harald Krumpöck
    ビオラ Tobias Lea
    チェロ Franz Bartolomey

    Robert Schmann (1810-1856)
     Klavierquintett Es-Dur op. 44 (1842)

    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Klavierquintett A-Dur op. 81 (1887)

    野外音楽堂で室内楽って
    だいたい室内楽のコンサート行かないし
    いや、この状態で室内楽まで範囲を広げたら
    もうど〜すりゃ良いのっていう感じになるので
    そこまで広げるのを避けているだけなんだけど

    ともかくグラーフェネック音楽祭のチケットは
    ほとんど全公演を抑えたし
    今日の天候は落ち着いていて、雨になる可能性は非常に少ない。

    キャスト見てわかる通り
    わっはっは、なんだこのすごいメンバーは ♡

    引退しているバルトロメイはともかくとして
    他のメンバー、ザルツブルクに居なくて良いのか?
    (このブログ読者には明らかな事実だとは思うけれど
     何の事?という方は、こちらをご参照下さい)

    席は超安席だから
    いつもの端っこの席で
    ピアノの蓋が開いているので
    ピアノが非常にクリアに聴こえて来て
    背中を向けているチェロの音があまり届かず
    こちらを向いている第一バイオリンが非常に響くという

    まぁ、バランスとしては理想的とは言い難い。
    正面だったら、もっと良いバランスだったに違いない。

    室内楽というのは恐ろしいジャンルで
    各プレイヤーの技術が、はっきり素人耳にも聴こえる上に
    それぞれのプレイヤーの音楽性や技術のバランスがないと
    はっきり言って聴けたものではない(すみません上から目線で)

    シューマンのこの曲
    なぜ、私は知っているんだろう?
    いつかどこかで子供の頃に聴いた事があったっけ。
    室内楽聴かないので、CDも聴かないんだけど
    何故か記憶にある曲で

    うわあああ、華やかというか美しいというか
    タイミングぴったりで
    音量豊かに聴こえてくるブッフビンダーのピアノもチャーミングだけど
    シュトイデのバイオリンの、あまりに美しい音色。

    チェロはバランスの関係で音量が小さくしか聴こえないので
    多少、控え目に響いてくるけれど

    その横のビオラの音色が・・・
    何これ、あまりに素晴らし過ぎる。

    ビオラって、こんなに温かい手触りの音色だったっけ。
    いや、このビオリスト、確か国立オペラ座のバレエ公演で
    ビオラのソロの時に
    バレエよりも、そのビオラのあまりに美しい音色に
    メロメロになった時に弾いていたビオラのトップだよね?

    先学期の授業で
    たまたまモーション・キャプチャーや
    アイ・トラッキングなんかも扱う演習を取ってしまった私は
    舞台上のメンバーの動きとか
    視線の動きが面白くて仕方がない(イヤな観客)

    ブッフビンダーがピアノ弾きながら
    かなり頻繁にメンバー、特にシュトイデに目線が行くのだが

    シュトイデはほとんどピアニストに目線は向けず
    たぶん、目の端っこで捉えて
    時々、お〜い、任せとけ!みたいな
    ニヤッとした表情を見せるのが興味深い。

    複雑なリズムがピタッと決まった時には
    メンバーの間に視線が飛び交って
    おお、やったぜ、うっしっし、というセリフが
    モーションと視線だけで聞こえてくるような感じ。

    決して簡単な曲ではないし
    アンサンブルの合わせ方もあちこちでかなり複雑なのに
    メンバー全員が
    目一杯楽しんで遊んでいるような感じが伝わってくる(妄想)

    ドボルジャークはまたシューマンと違って
    民謡のメロディを多く取り入れていて面白い。
    ブッフビンダーも、シューマンとは変わって
    弦は任せて、ピアノに集中している。

    その代わりに、弦のアンサンブル同士の
    目立たないけれど、モーションでのコンタクトが凄い。
    いや、面白い(何を見てる?)

    両方の曲ともに
    各楽器の音色の変化が楽しい。
    シュトイデなんて、メロディごとに音色変えて
    まぁ、実に聴かせるわ。

    これだけピアノの音量がダイレクトに響いてくると
    下手にやったら
    ピアノ曲に弦の伴奏が付いてます、になりかねないんだけど

    シュトイデって
    割りに強烈な個性の持ち主なのでは?

    今までウィーン・フィルのコンマスとしてしか
    見てなかったけど
    ブッフビンダーのピアノに対峙して
    おお、やるな、こちらも任せておけ!
    何をやっても、しっかり付いていくぞ
    みたいな矜恃が見え隠れしている(妄想中)

    いやしかし、バイオリン2人のアンサンブルも
    ビオラの音色の美しさも
    控え目ながら、しっかりソロは聴かせて
    低音をバッチリ支えるチェロの音色も
    全体をまとめて引っ張っていくピアノの華やかさも
    聴いていて、あまりに楽しすぎる!!!!

    ドボルジャークの第1楽章の本当に最後のところで
    シュトイデのバイオリンの弦が切れて
    楽屋に慌てて引っ込んだけど

    弦が切れたのは聴こえたし見えたので
    あ〜、切れたな、と私は待っていたが
    メンバー同士でニコニコしながら
    話していたブッフビンダーが
    客席に向かって
    「弦が切れたので変えに行ってます」とアナウンス。

    この声が、ほとんど客席に聞こえず
    (というより、正面だったら聞こえたかもしれない)
    うわあああ、この野外音楽堂の音響って
    実はこんなに悪いのか、とギョッとした。

    そんな、室内楽には全く向いていない会場で
    あれだけ「聴かせる」演奏をしたメンバーって凄いわ。

    アンコールにシューマンのスケルッツォをもう一回演奏。
    いや、メンバーノリノリで楽しい ♡

    視覚的には
    モーション・キャプチャーや
    アイ・トラッキング使ってみたら
    これ、むちゃくちゃ興味深い、という楽しい体験だったし

    聴覚的には
    どの楽器の音色もあまりに美しく
    見事に揃ったアンサンブルに舌を巻いて
    この上なく贅沢な時間。
    (音のバランスは残念だったけど)

    本来だったら、オーディトリウム・ホール内で
    もっと残響時間の長いところで
    この上なく美しい響きを堪能したかったところだが
    現在の状況では
    これ以上、望んだらバチが当たりそう(笑)

    来週もまたグラーフェネック通い。
    雨さえ降らなければ
    いや、降ったら早めに中止してくれれば
    私はそれで良いんだけど、と
    本日は満足してウィーンに戻ってきた私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    音楽性がぴったり合って
    かと言って、プレイヤー同士で一切妥協しない
    個性のぶつかり合いみたいな緊張感と
    アンサンブルの喜びに満ちた演奏を
    こうやって、たっぷり聴くと
    室内楽って良いよね〜とは思うのだが
    最初に書いた通り、これ以上コンサート回数は増やせません。
    (それでなくても財政的には破綻してるのに(冷汗))

    マティアス・ゲルネ + ヤン・リシエツキ

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      Haus für Mozart Salzburg 2020年8月18日 19時〜20時20分

      バリトン Matthias Goerne
      ピアノ Jan Lisiecki

      Ludwig van Beethoven (1770-1827)

      Resignation WoO 149 (1814-1816)
      Text von Paul Graf von Haugwitz (1791-1856)

      An die Hoffnung op. 32 (1805)
      Text von Christoph August Tiedge (1752-1841)

      Lied aus der Ferne WoO 137 (1809)
      Text von Christian Ludwig Reissig (1784-1847)

      Maigesang op. 52/4 (1795, überarbeitet 1798/99)
      Text von Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)

      Der Liebende WoO 139 (1809)
      Text von Christian Ludwig Reissig

      Sechs Lieder op. 48 (1798-1802)
      nach Gedichten von Christian Fürchtegott Gellert (1715-1769)
      Bitten
      Die Liebe des Nächsten
      Vom Tode
      Die Ehre Gottes aus der Natur
      Gottes Macht und Vorsehung
      Bußlied

      An die Hoffnung op. 94 (1815)
      Text von Christoph August Tiedge

      Adelaide op. 46 (1794-1796)
      Text von Friedrich von Matthisson (1761-1831)

      Wonne der Wehmut op. 83/1 (1810)
      Text von Johann Wolfgang von Goethe

      Das Liedchen von der Ruhe op. 52/3 (1798-99)
      Text von Hermann Wilhelm Franz Ueltzen (1759-1808)

      An die Geliebte WoO 140 (1811)
      Text von Johann Ludwig Stoll

      An die ferne Geliebte op. 98 (1816)
      Liederkreis nach Gedichten von Alois Jeitteles (1794-1858)
      Auf dem Hügel sitz ich spähend
      Wo die Berge so blau
      Leichte Segler in den Höhen
      Diese Wolken in den Höhen
      Es kehret der Maien, es blühet die Au
      Nimm sie hin denn, diese Lieder

      バリトン歌手マティアス・ゲルネも
      可能な限りの追い掛け歴はかなり長い。
      (だって、ブログが消えた2008年前に絶対に聴いてる確信がある。
       最初に聴いた頃はまだ髪の毛はてっぺんを除いては黒々と(以下省略))

      ピアニストのヤン・リシエツキは2016年12月19日の
      ショパンのピアノ協奏曲1番を聴いて(当時21歳!)
      その叙情性と、現実離れした美しい宝物のような音楽が
      鮮烈な印象を残している。

      しかもチケットが安い(って要はそれかい!)
      本当は10ユーロのチケットもあったのだが
      時々は経済的な支援もすべきだろうと
      何と20ユーロのチケットを買った。
      (だから何?と言われそう・・・(汗))

      天井桟敷じゃない2階席でしかも正面。
      ゲルネのように声が前に飛ぶタイプで
      しかもいつも身体を揺らしている歌手は
      脇で聴くと音量が安定しないので、正面席は有難い。

      ザルツブルク音楽祭のプログラムは
      今年は何と太っ腹にも無料なのだが
      もちろん、無料なだけにリートのテキストの記載はない。

      しかもプログラム見てお分かりの通り
      全曲ベートーベンのリートで
      作品番号なしのものも多い。

      すみません、私もほとんど知らなくて・・・(汗)

      よって1曲づつ、文句をつける 感想を書くのは不可能なのだが
      全体的な印象から言っちゃうと

      ゲルネの美声!!!!!!!

      しかも、もともと中・低音域の美しさは知っていたが
      高音のピアニッシモ、あんなに美しい声で出せる人だったっけ?
      時々、ふわっと浮くような
      こよなく美しい高音が聴こえて、ドキドキしてしまう。
      どの音域も倍音たっぷりの、贅沢この上ない美声で
      声量あるから、どんなにフォルテになっても張り上げてる感覚がなくて
      しかもピアニッシモも美しい。

      リシエツキのピアノが
      これもまた、とことん美しい。
      リートの伴奏というよりは
      ベートーベンのピアノ・ソナタを聴いているかのごとく
      なのに、ゲルネの音楽と対抗しつつ
      ぴったり合っていて
      この2人、芸術性の方向がとても似ているんじゃないだろうか。

      チケット安いのに、あまり席は埋まっていなくて
      ただ、割りにリート・オタクの高年齢者が集まって来ている感じ。
      よって、リート間拍手が全くない。

      多少、盛り上げて盛り上げて終わる曲の後で
      拍手があっても良かったような気がしないでもないが
      ゲルネもリシエツキも、1時間10分にわたって
      ずっと集中して演奏していたという
      驚くべき集中力・・・

      曲のミックスもとても考えられていて面白い。
      Sechs Lieder だったと思うんだけど
      ベートーベンらしい
      おお、神の偉大な力!って感じが面白い。

      ベートーベンが熱心なクリスチャンだったかはともかく
      根本的なところにキリスト教の神が居て
      ただ、その「偉大な力」が
      ワタクシ的独断偏見に照らし合わされると
      自然の力と相応するような部分が見られて面白い。
      (勝手な個人的感想なので、突っ込まないで下さい)

      アデライーデは、かなり早いテンポで
      バリトンにしては高めのキーで
      その分、本日、魅力的に目立った
      美しい高音のソット・ヴォーチェが素晴らしいし
      とても情熱的なアデライーデで
      あ〜、あんな美声で歌われたら
      どんな女性もメロメロになるわ・・・

      普通の白いシャツの胸元を開けて
      狭い襟の普通の背広を着て
      足元がヴェロアのレザー・ブーツ(光ってません)
      ズボンもちょっとヨレヨレの
      見た目、本当に、ちょっと太めの
      そこらへんでビール飲んでいそうな感じなんだけど
      (あ〜、すみません、ごめんなさい。
       見た目について書いてはいけないのは承知してますが)
      歌わせたら、こんなに美しい声って
      ある意味、(失礼ながら)ギャップ萌えする・・・

      遥かなる恋人のチクルスは
      ピアノの繊細さと表現力、ピアノの音色の変化が
      あまりに素晴らし過ぎて
      これ、場合によっては
      歌手要らない・・・とか思うほどなんだけど
      ゲルネの美声と表現が
      ピアノの表現力とぴったり合って
      2人の芸術家の息が合うと
      ここまで素晴らしいものが出来てしまうのか、と
      客席で唖然としてしまった。

      ゲルネの美声は一時、深くなり過ぎて
      ドイツ語モゴモゴになったりとかの時期もあったけれど
      もともとリート歌手として
      歌詞と音楽の解釈には、ものすごく深いものがあるし

      今日のように、高音の美しさまで充分に活かしきって
      ベートーベンの
      素朴な愛の世界から
      神に対する深淵で敬虔な思いや
      永遠の女性に対する永遠の憧れを
      それぞれに声の色や表現を使い分けながら

      さらに、それに呼応しているけれど
      同じ方向の、ピアニスティックな芸術性と
      ピアノの音色を見事に制御するリシエツキのピアノで

      あ〜、もう、ホントにこのコンサート、来て良かった。
      これ、ライブでCD出るんだったら絶対に買う。

      ゲルネは、いわゆる私の年代が夢中になった
      ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのもとで学んではいるが
      ゲルハーヘルがディースカウと似ているのに対し
      その美声を生かして
      ディースカウの100%の影響下(ワタクシ的には呪いと言っても良い)から逃れた
      最初のリート歌手だという印象が私には強い。

      一説によれば完璧主義者で
      ピアニストにも完璧さを要求するらしいのだが
      (別に歌手がどういう性格でもワタクシは構いませんが)
      その意味ではリシエツキは素晴らしい選択だったと思う。
      (だいたいリシエツキがリートの伴奏するなんて
       考えた事もなかったわ・・・)

      ザルツブルク到着後に一時的大雨になったけれど
      コンサートに行く時には天候は安定していて
      到着後の16時頃に巨大なシュニッツェル2つ食べて
      ケーキまで食べて(きゃ〜、カロリーが・・・・)
      むちゃくちゃコンサートも楽しめて
      幸せな私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      世界に名だたるザルツブルク音楽祭と言えば
      みんな、オペラとか、名だたるオーケストラなのだろうが
      意外にリートの分野でも
      毎年、素晴らしいコンサートがあるのは嬉しい。
      (しかも比較的安いチケットがある)

      ヨナス・カウフマン + ヘルムート・ドイチュ

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        Schloss Grafenegg Wolkenturm 2020年8月16日 19時30分〜21時45分

        テノール Jonas Kaufmann
        ピアノ Helmut Deutsch

        Franz Schubert (1797-1828)
         „Die schöne Müllerin“ D 795 (1823)

        グラーフェネック音楽祭(再編成後)のチケットを購入する時に
        カウフマンのチケットは無理だろう、と思っていたのだが
        グラーフェネック・カード所有者の優先販売で
        悠々と超安席を確保できたのはラッキー。

        今回も舞台が見えない一番端の席だが
        舞台全体は見えなくても
        前の方の席の間隔が空いているので
        カウフマンとピアニストのドイチュの顔は
        マイ望遠鏡を使うとしっかり見える。

        コンサート前にバーバラ・レット(音楽専門アナウンサー)が登場して
        何だかんだ喋っていたので
        ああ、これはテレビかラジオで放映されるんだな。
        (オーストリア国営放送テレビ局で20時15分から放送された。
         6日間は見られるけれど、版権の関係でオーストリアのみだと思う)

        カウフマンの声の質は基本的にバリトンに近いのだが
        キーはテノールのキーで歌っていて
        最初の数曲に関しては

        ???

        マイクを使っていなかったのは大したものだが
        何だか音程がとても不安定で
        ロングトーンは流石にちゃんと当たるけれど
        細かい音符で上に飛ぶと、ちょっと下にずれる。

        しかも高音を弱音で出そうとしているのだが
        これが声になっていなくて、掠れ声(被ってない)に聴こえるし
        全体的に粗い感じで
        う〜ん、やっぱりカウフマンって
        別にドイツ・リートの歌い手の専門じゃないからな。

        何せ、この超名曲、もちろん私の頭の中には
        子供の頃のフィッシャー=ディースカウから
        私がこよなく愛したペーター・シュライヤーの
        ピアノ伴奏版、ギター伴奏版
        ミヒャエル・シャーデの甘やかなソット・ヴォーチェの名演や
        ギョッとするようなベッシュのバリトンまで
        割に、ありとあらゆる種類が詰め込まれているので
        ちょっとうるさいのである(すみません)

        野外音楽堂のデッドな音響が
        ドイツ語のクリアさには有利になって
        ドイツ語そのもののディクションはほとんど完璧。

        弱音にしても、最初は出にくそうだったが
        かなり音量を抑えても、ちゃんと声は通る。

        Mein! では高音をフォルテで歌い上げたので
        その後、会場から大拍手発生。

        (註 テレビ放映を聴いていたら、拍手は Ungeduld の後だった。
           確かにその前の声、掠れてるところがあって
           Ungeduld も無理やり高音出したって感じは否めない)

        ・・・あ〜、グラーフェネックありありの拍手。
        まぁ、良いんですけど
        でも、実はこの Mein! の表現に、私は席でギョッとしていた。
        (註 すみません  Ungeduld です)

        だってこれ、一応、おお、彼女のハートを手に入れたぞ
        という喜びの歌じゃなかったっけ?
        (註 じゃなくて愛の告白でした、すみません。しかし悲痛だったわ)

        どう聴いても、カウフマンの表現は
        喜びというよりは悲痛な感じで
        これからの悲劇を予想させるというか
        喜んでいる音楽とテキストが
        凄まじい鋭さで、まるでガラスのかけらが刺さってくるようで

        このリートの後に拍手できる人って理解不能。
        だって、あまりに痛い。
        言ってみれば、シューマンの詩人の恋の
        あの長調の Ich grolle nicht と同じ香りがする。

        ただ、カウフマンは、この聴衆からの拍手の後に
        突然の変化を遂げた。
        (あ〜、もしかしたら乗せられると喜んで
         どんどん行っちゃうタイプの人?)

        Morgengruß のソット・ヴォーチェが
        それまでの不安定感がすっかりなくなって
        きっちり抑えてあくまでも美しく響いてくる。
        しかも身体全体での演技が加わった。

        フライング拍手で別人に化けるカウフマン(笑)

        それまでの不要な力みが消えて
        自然な語りに移行していったのと同時に
        Der Jäger あたりで、またもや豹変した。

        突然、役にハマったというか
        主人公の徒弟が乗り移ったというか
        Eifersucht und Stolz の表現も
        ドイツ・リートらしい抑制を保ちながら
        Mein! で垣間見せた悲劇の続きという一貫性を持って
        水車小屋のなよなよした徒弟とは思えない激しさを
        底に流れる痛みを伴って出して来て
        このあたりから、カウフマンの目が据わって来た。

        なのに、この曲の後で、また拍手が起こるのは何故なんだ!
        フォルテで終わった曲の後には拍手って
        これ、オペラのアリアでもないし
        プログラムには詩のテキストは載っていなかったけれど
        カウフマンのドイツ語は、一つ一つの単語が
        実にクリアに聴き取れるので
        本来だったら、失恋の痛みに身動きも出来ないはず・・・
        (私は出来なかった。カウフマンもピアノの方を向いていた。
         まさか笑いを堪えていたわけではないと思うが)

        それに続く失恋の一環のリートは
        役そのものになりきって
        音程も安定し
        ソット・ヴォーチェの美しさも繊細で

        しかもカウフマンって息が長い!!!!
        というより、息の使い方が巧い!!!!!
        フレーズが長いのもそうなんだけど
        音楽的フレーズと、ドイツ語のテキストの繋がりを
        きっちり把握して、息継ぎしてくるので
        音楽と言葉の滑らかさと一貫性が素晴らしい。

        最初の数曲の時に
        けっ、ヘタクソ、とか思っていた不遜な私をお許し下さい。

        しかし後半の失恋の役が巧いって
        これはあれかな、やっぱりオペラなんかで
        悲劇の主人公とかに、特別な思い入れがあって
        失恋していた方が共感しやすいとか?(まさか)

        確か私の記憶だと
        Die böse Farbe の後に、もう一度、盛大な拍手があったが
        (盛大なチクルス内拍手は私の記憶違いでなければ3回あった←4回でした)
        何故に、あんな悲惨なリートの後で拍手が起こるのか
        (ただ高音をフォルテで歌っただけで)
        私は理解できないのだが

        まぁ、考えてみれば、オペラだったら
        悲劇的なアリア(いわゆる「死ぬ死ぬ」アリア)の後でも
        盛大な拍手が起こるわけなので
        聴衆が(内容を理解しているかはともかく)喜んでいて
        カウフマンもまんざらではなさそうだったので、よしとする。

        後半の鬼気迫る集中力と迫力と
        役そのものになりきったようなカウフマンと
        カウフマンに集中して、ぴったり合わせたドイチュの
        ピアノの素晴らしさで
        いや、ちょっと参った。
        カウフマンを今まで見損なっていたかもしれない。

        アンコールはシューベルトの
Der Jüngling an der Quelle D300
        (わはは、知ってるけど題名を見つけるのに苦労した・・・)
        最初から最後まで
        見事なソットヴォーチェの長いフレーズで
        むちゃくちゃ魅力的 ♡
        (調べてみたらカウフマン、この曲、かなり昔から歌ってる)

        その後、ミューズの子
        最後に Wanders Nachtlied (Überall in Gipfeln ist die Ruh)

        ミューズの子で思ったんだけど
        カウフマンは多分、アジリタとかはあまり得意ではなさそう。
        (それはそれで良いのである、持ち味だし、苦手な人も多いから)

        ミューズの子に比べると、さすらい人の夜の歌の素晴らしさと言ったら!!!
        最後の繰り返しフレーズの息継ぎの見事な事!!!!!!
        音楽とテキストをとことん熟知しないと、あれは出来ないわ(感嘆)

        ただ、シューベルトのリートは
        本来は親密な小ホールで聴くべきものを
        野外音楽堂で数千人の観客の前で
        あれだけ親密な雰囲気を作りながら
        しっかり全員に「聴かせた」と言うのは、やっぱり凄い。

        オーストリア国営放送も聴きたいけれど
        マイクで拾った録音と
        その場でライブで体験した印象とは
        全く異なると思うので
        敢えて聴かずに、まずは印象記だけアップしておく。

        本当は行く予定ではなかったコンサートだが
        (というより、最初から諦めていて
         たまたま見たら、まだチケットがあった)
        行って良かった♡ とボ〜ッとして

        シャトル・バスでウィーンに戻って
        そこで市電を乗り間違えて
        とんでもないルートで戻って来たアホな私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        オーストリア国営放送は6日間はオン・デマンドで聴けるので
        (ただしオーストリア国内からのアクセスのみ)
        オーストリア在住の方で、見たいという方は こちら からどうぞ。
        私も、明日、改めて聴いてみるつもり。

        後記 オーストリア在住で上記オン・デマンドで見る方
        Ungeduld あたりまでは、席蹴って立って帰ろうかと思うけど(すみません)
        その後、正に豹変するので、最後の鬼気迫る小川の子守唄まで
        しっかりとお聴き下さいませ。

        フラヌイ + ニコラウス・ハビヤン

        0
          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年7月7日 18時〜19時20分

          Musicbanda Franui
          クラリネット、バス・クラリネット Johannes Eder
          チューバ Andreas Fuetsch
          アルトサクソフォン、クラリネット Romed Hopfgartner
          コントラバス、アコーデオン Markus Kraler
          ハープ、チター、歌 Angelika Rainer
          ハックブレット、歌 Bettina Rainer
          トランペット、歌 Markus Rainer
          トロンボーン、歌 Martin Senfter
          バイオリン Nikolai Tunkowitsch
          トランペット、歌、音楽監督 Andreas Schett
          人形劇、歌、朗読 Nikolaus Habjan

          „Doch bin ich nirgend, ach! zu Haus“


          nach Franz Schubert (1797-1828)
          Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

          Robert Walser (1878-1956)
          Tobold I

          nach Franz Schubert
          Der Wanderer an den Mond, D 870 (1826)

          Robert Walser
          aus »Kleine Wanderung«: Nächtliche Wanderung

          nach Franz Schubert
          Im Frühling, D 882 (1826)

          Jürg Amann (1947-2013)
          aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn XI«


          nach Franz Schubert
          An den Mond, D 259 (1815)

          Robert Walser
          aus »Der Nachten«: Fußwanderung

          nach Franz Schubert
          aus »Schwanengesang«, D 957: Abschied (1828)

          Robert Walser
          aus »Die Fee«

          nach Gustav Mahler (1860-1911)
          Wunderhorntanz aus »Des Knaben Wunderhorn«
          (Des Antonius von Padua Fischpredigt (1893),
          Wer hat dies Liedlein erdacht? (1892))

          Robert Walser
          aus »Die Landschaft«

          nach Franz Schubert
          Wanderers Nachtlied II, D 768 »Über allen Gipfeln ist Ruh’« (1824)

          Jürg Amann
          aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn III«


          nach Franz Schubert
          Das Grab, D 330 (1815)

          Robert Walser
          aus »Geschwister Tanner«: Der nächtliche Aufstieg

          nach Franz Schubert
          Du bist die Ruh’, D 776 (1823)

          nach Robert Schmann (1810-1856)
          Variationen für Klavier, Es-Dur, WoO 24 »Geistervariationen« (1854)

          nach Johannes Brahms (1833-1897)
          Die Meere, Duett, op. 20/3 (1860)

          Jürg Amann
          aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn VI«

          Robert Walser
          Schnee


          nach Franz Schubert
          Totengräberlied, D 44 (1813)

          Robert Walser
          aus »Die kleine Schneelandschaft«

          nach Franz Schubert
          Abendstern, D 806 (1824)

          Robert Walser
          aus »Geschwister Tanner«: Bettelkind

          nach Gustav Mahler
          aus »Des Knaben Wunderhorn«: Das irdische Leben (1893)

          Grabspruch auf dem Grab Robert Walsers in Herisau

          Robert Walser
          Der Mann mit dem Kürbiskopf

          nach Franz Schubert
          Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

          Musikalische Bearbeitungen, Rekomposition: Andreas Schett und Markus Kraler

          アンコール
Georg Kreisler: Das Triangel

          私がチロルの音楽バンド、フラヌイの大ファンである事は
          読者の皆さまはよくご存知の事と思うが
          このコンサート、19時30分からモーツァルト・ホールだったのが
          COVID-19措置のため
          18時からの回、20時からの回と2回になって
          大ホールで行われる事になった。

          私のところにもメールが来て
          18時からで大ホールで、席はバルコンの3列目
          このメールがチケットです、と書いてあった。

          現時点でホールでの催物は250名まで
          最低距離1メートル・・・とは言え
          まぁ、1席空けて座る、という感じですね。
          (もちろん、2枚一緒に買った人は2席続き、3枚は3席続き・・・)

          今回はニコラウス・ハビヤンが人形劇で登場。
          ハビヤン大好き ♡

          ニコラウス・ハビヤンの操る人形は
          首のすげ替えが出来るようになっていて
          全身人形は、使わない時には机の上に立ててある。
          よって、首のない人形をずっと机の上で見てるわけだが
          不思議なほど、意識に上らない。
          人間の注意力は集中して顔の方に行くらしい。

          ウィーン劇場でのサロメ(2020年1月20日)の時の
          分断された意識としてのサロメと人形の不思議な演出は
          忘れられない印象を残したけれど

          今回のハビヤンの人形の表現力の豊かな事と言ったら
          後ろのハビヤンそのものの存在が
          そっくり後ろに隠れてしまい
          (でも時々、人形とダイアローグになると
           ハビヤンご自身が登場するが
           またこのやり取りが自然で凄い)

          俳優が役を演じたり、朗読したりするのとは全く違って
          人形の醸し出すメタ世界と言うか
          テキストがあって、これが第一層とすると
          ハビヤンの声が第二層で
          それに第三層の人形があって
          第四層の音楽が重なるという
          非常に不思議な多層構造になっている。

          いや、深い、深すぎる・・・

          しかもテキストが
          ヨーロッパ人(特にドイツ語圏の人)が
          むちゃくちゃ好きそうな
          彷徨う若人の話である(たぶん)
          散文詩だから、内容はある程度はわかるんだけど
          まぁ、ドイツ語が母国語ではないので
          わからないところは勘弁して下さい。

          若人として遍歴している時には
          前の音楽家が1人、足を動かしている。
          (中年になって遍歴する時には
           足を動かしている音楽家を時々振り返って
           文句つけたりしている(笑))
          愛を得てもそれに満足する事なく
          また放浪の旅に出て
          最後に戻ってきて
          (人形はここで机の上で寝る)
          それからまた遍歴が続き
          冬の雪の中で最後の散歩。

          あとで調べたら、作者のローベルト・ヴァルザー自身が
          長く孤独な散歩を好み、クリスマスの朝、雪原を散歩している途上
          心臓発作で亡くなったらしい。(ほどなく発見された)

          不思議なメタ構造の人形と
          遍歴のテキストと

          フラヌイが奏でる
          シューベルトやマーラーの
          音楽の断片というか
          (もちろん編曲されているけれど
           編曲だけではなく、2つや3つの曲が絡み合うものもある)
          すご〜く、これも不思議な音が流れてくると
          現実と幻想の区別がつかなくなってくる。

          何だかもう、言葉に出来ない。
          長い長い長い遍歴を繰り返したような気分になる。

          そりゃ、ヴァルザーが、帰宅して
          待っていてくれる人が居るというのは
          何と素晴らしい事なのだ、と繰り返す時には
          あ〜、ワタシには待っていてくれる人はいないなぁ、と
          ちょっと切ない気分にもなったけど。
          (註 これは私がそう望んだからであって
             待っていてくれる人がいない、と言うのは
             ある意味、私には理想なのでツッコミはなしね)

          言葉、音楽、人形による劇的表現が
          渾然一体となって
          どれが欠けても、この舞台は無理だっただろう、と思う。
          コンサートというよりは
          音楽にサポートされた演劇を観た、という気分。

          ちょっと泣きそうな感情の動きに囚われたけれど
          アンコールで
          「10月にハビヤンとゲオルク・クライスラーをやるので
           その宣伝で・・・」
          とアナウンスがあって
          トライアングルが机の上に乗ったところで

          うわああ、出たぁ!と小躍りしたのはワタクシです。
          (フォルクス・テアーターで
           ウィーンっ子のいないウィーンという演目を
           フラヌイとハビヤンが上演した時にも演奏された曲)

          割りに年配のお客さまが多かったので
          ゲオルク・クライスラーの名前が出たとたん
          客席が喜びの声でザワザワしたので
          私みたいな人も、もしかしたら居たかもしれない。

          オーケストラ・ピットのトライアングル奏者の歌で
          もう、ともかく、むちゃくちゃ笑えます。

          この哀愁に満ちた(笑)トライアングル・プレイヤーの歌
          ゲオルク・クライスラー自身のピアノによる演奏があったので
          下に貼っておきます。
          ドイツ語がわかる方、どうぞお楽しみ下さい。



          フラヌイの次のコンツェルトハウスでのコンサートだが
          現時点での発売がストップされていて
          (憎きウイルスのお陰で、ホール満杯のチケットの販売が無理みたい)
          行けるかどうかは定かではないのだが

          ともかく、フラヌイ、大好きです ♡
          ・・・という私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          しかし、最後の最後で
          アンドレアス・シェットがチロルのインアーフィアグラーテン訛りで挨拶すると
          客席から、いつも笑い声が出るのは、いったい、何故なんだ?
          フラヌイ全く知らずに、このコンサートに来ている人はいないと思うんだけど・・・

          フローリアン・ベッシュ + ユストゥス・ツェアン

          0
            Musikverein Großer Saal 2020年6月26日 20時〜21時

            バスバリトン Florian Boesch
            ピアノ Justus Zeyen

            Carl Loewe (1796-1869)
            Herr Oluf, op. 2/2
            Tom der Reimer, op. 135a
            Süßes Begräbnis, op. 62/4
            Wanderers Nachtlied II (Der du von dem Himmel bist), op. 9/3b
            Wanderers Nachtlied I (Über allen Gipfeln ist Ruh), op. 9/3a

            Richard Strauss (1864-1949)
            Breit’ über mein Haupt, op. 19/2
            All mein Gedanken, op. 21/2
            Traum durch die Dämmerung, op. 29/1
            Die Nacht, op. 10/3
            Ruhe, meine Seele, op. 27/1
            Mein Herz ist stumm, op. 19/6
            Allerseelen op. 10/8

            Robert Schumann (1810-1856)
            Liederkreis, op. 24
            Morgens steh’ ich auf
            Es treibt mich hin
            Ich wandelte unter Bäumen
            Lieb’ Liebchen, leg’s Händchen
            Schöne Wiege meiner Leiden
            Warte, warte, wilder Schiffmann
            Berg’ und Burgen schau’n herunter
            Anfangs wollt’ ich fast verzagen
            Mit Myrten und Rosen

            アンコール
            Carl Loewe „Hinkende Jamben“, op. 62 Heft 1/5
            Franz Schubert „An die Musik“ D 547

            バスバリトンのフローリアン・ベッシュは
            ザルツブルク音楽祭でも歌うとなれば行く、というくらいのファンで
            この人、ともかく、一風変わっている。
            フィッシャー=ディースカウの系統とも言える
            クリスティアン・ゲルハーヘルも大好きだが
            ベッシュの場合は
            今度は何をやらかすのか、というドキドキがある。

            楽友協会のチケット発売時の最初に確保したのが
            このコンサートだったのだが
            その後、売り切れになったようで
            17時から、もう1回、同じプログラムで開催する事になった。
            (ちなみに17時は私はデジタル授業なので行けない)

            まずはカール・レーヴェのバラードから。

            通常、楽友協会でリートの夕べを開催する場合は
            プログラムに歌詞の記載があるのだが
            今回は6月の特別コンサートを全部まとめた(無料の)プログラムなので
            歌詞の記載はない。

            ただ、ベッシュはドイツ語を非常に大事にする人だから
            リートでもドイツ語はクリアに出してくる・・・はず・・・

            あああ、すみません、私、歌手にむちゃくちゃ同情します。
            音響学では、言葉理解のための音響の数値が決まっているのだが
            もともと室内楽向きではない大ホールで
            しかも、たった100人の観客で
            あの深い美声で、ドイツ語をクリアに、というのは
            端的に言って、無理(断言)

            本人も、もしかしたら17時のコンサートかリハーサルで
            気がついたのかもしれないが
            最初の、あの劇的なオルフ氏の語りを
            ちゃんとピアニッシモで出そうとして
            ・・・・うああああ、思いっきり失敗してますが(すみません)

            ちゃんと歌ってはいる(プロだから当たり前)んだけど
            ピアニッシモのところが、ソット・ヴォーチェになっていなくて
            それは、ただの掠れ声というのでは(まぁ、失礼な)という
            だったら、そこまでして声量落とさなくて良いと思うのだが
            それは、たぶん、素人考えで
            完璧主義者のベッシュにしてみたら、思いもつかない事なのだろう。

            しかも、最初がオルフ氏、という
            シューベルトの魔王の成人男性版の話だし
            むちゃくちゃ劇的な曲だし・・・

            ドラマチックに声量を上げると
            (むちゃくちゃ声量のある歌手である)
            今度は楽友協会に響き過ぎるし
            これは聴いている方もドキドキするが
            歌っている方は、もっと大変だろう。
            ホールの音響のバランスと
            如何に喧嘩せずにクリアなドイツ語を響かせるかという
            とんでもない課題に直面している訳だから・・・

            Tom der Reimer でもドイツ語が塊に聴こえてしまい
            美しい女性が馬に乗って現れて
            妖精の女王だ、と言った・・・くらいまではわかったが
            手元に歌詞があればともかく
            歌を聴いているだけでは、わかりません(涙)

            しかし、掠れ声が時々聴こえるとは言え
            この人の低音は本当に美しい。
            人間の耳は低音の音量には鈍感だから
            低音は大きい音量でも全然構わないのである(極論)

            カール・レーベのバラードって
            大昔に結構聴いていたのだが(劇的で面白い)
            リート歌手であまり取り上げる人がいないし
            本来、相応の音響のホールで
            語り口がドラマチックなベッシュが歌ったら
            素晴らしかったに違いない(ぐすん・・・)

            リヒャルト・シュトラウスの曲で
            All mein Gedanken で、うえっ、何これ(ごめんなさい)
            いや、私の偏見と思い込みで
            これ、もっと軽い曲で
            ラブソングが恋人の窓を叩いて
            入れて♡っていう曲じゃなかったのか?

            ラブソングが
            「窓を開けろ!」と脅迫しているシーン
            初めて聴いた・・・ こわっ

            ベッシュってものすごくインテリな人だから
            確信犯でやっているのだろうし
            こういう思いがけないドキドキがあるから楽しいのだ。

            続く曲は、低いバスバリトンの暗い音色には
            徹底的に向く曲で
            割りに「普通」に歌い上げていた印象。
            Allerseelen は、もっとドラマチックに盛り上げるかと思ったら
            意外にあっさり、声の張り上げもない。

            ・・・まぁ、あれでベッシュが声量を上げたら
            天国にいる恋人は、怖がって帰って来ないだろう、たぶん。

            最後はシューマンのリーダー・クライス作品番号24番。
            舞台に水持って来て、時々、飲みながら歌っていたから
            声のコンディションも絶好調という訳ではなかったんだろうな、きっと。
            でも、ここら辺から、声のコントロールは取り戻し
            レーヴェの時のような掠れ声ではなく
            ちゃんと歌声のソット・ヴォーチェになった。

            超有名な曲だから、別に歌詞見なくても知ってるし。

            ただ、かなり抑制を効かせたんだろうが
            ベッシュのDVに近いドラマチックさには欠けた。
            低音の美しさとか
            長いフレーズの繋ぎ方は見事だが
            船員止めるのも、暴力じゃなくて比較的冷静に歌っていて
            どんどん冷静になって
            Anfangs wollt’ ich fast verzagen のあの暗さは
            (まぁ、もともとが暗い)
            ベッシュの深い美声だと、まるで地獄から響いてくるようだ。

            最初はどうなる事やら、と思ったけれど
            調子も取り戻して、声も滑らかに出て、良かった良かった。
            いや、ホントに大ホールの音響って
            ドイツ・リートには最悪だよね。
            イタリア・オペラのアリアとかならまだしも。

            アンコールにレーヴェの短いリートを1曲。
            その後、シューベルトの「音楽に寄す」は
            息の長さを最大限に活かした見事なフレージング。
            とても正統派で、喜びに満ちた曲として
            観客に提示されて、ちょっとハートが温かくなった。

            ベッシュは割りに完璧主義者という印象があって
            (ともかく、ひたすら思索して真面目に取り組む印象)
            コンツェルトハウスが行った無観客コンサート配信で
            (konzerthaus.at じゃなくて konzertzuhaus.at という
             ジョークっぽいウエブで公開されているが
             現在、ウエブがトラブル起こしているようで繋がらない)
            その時のプログラム構成が、あまりに素晴らしかったのだが

            完璧主義者だけに、楽友協会の、この音響でのコンサートは
            とても苦労したに違いない(思い込みかもしれない)

            オーストリアは一応、現時点では8月から
            屋内で5000人までの催物開催は許可される予定だが
            まだ人と人との間の最低距離の問題は解決されておらず
            その意味で、各コンサート・ホールでの催物がどうなるか
            予断を許さない状態。
            (だいたい、最近また、感染患者が増加してるし)

            来週の試験を控えて
            本来ならば、勉強に集中すべきなのだが
            どうせ落ちるし、落ちたら9月にも10月にもチャンスはある
            ・・・と、ともかく怠け者になってしまった私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ルドルフ・ブッフビンダー ピアノ・リサイタル

            0
              Musikverein Großer Saal 2020年6月15日 20時〜21時10分

              ピアノ Rudolf Buchbinder

              Ludwig van Beethoen (1770-1827)
               Sonate für Klavier d-Moll, op. 31/2 „Der Sturm“

              Franz Schubert (1797-1828)
               Sonate für Klavier B-Dur, D 960

              アンコール
              Franz Schubert
               Impromptu op. 90 (D 899) Nr. 4

              読者よ〜くご存知の通り
              私はオーケストラ(大人数)が好きなので
              ドイツ・リートを除けば、滅多にリサイタルには行かないので
              ピアニストのリサイタルなんて
              10年に1回くらいしか行っていないのだが

              なにせ、このご時世である。

              ブッフビンダーのベートーベンやシューベルトは
              定評のあるところだし
              100人限定で
              音響・・・は、まぁ、ともかく
              ヘンな席・・・もないわけではないが
              席指定が出来なかったので
              チケット、まだある、と取ったら
              平土間ロジェの席となった。

              ピアニストが顔を上げたら
              一番最初に私の顔が見えるところじゃん(汗)

              さて・・・
              ベートーベンのソナタ
              うわわわわ
              やっぱり音が響き過ぎ。
              スゴイ残響・・・

              なのに、音の濁りがないし
              右手の細かい音型も全く潰れずに
              クリアに聴こえてくる。

              ホールの残響のせいで
              どうしても音が引き摺るような感じになるけれど
              それを最小限に留めると同時に
              ベートーベンのダイナミックさと
              厚みのある和声を濁らずに観客に伝えてくる技術。

              17時に最初のコンサートをしていて
              2回目だから、と言うのもあるかもしれないけれど
              緻密な計算の上に積み上げた音響が圧倒的。

              計算だけじゃなくて
              音楽の流れとドラマチックなドラマを
              まぁ、ブッフビンダーって、よく「語る」人だ。
              本当に、この人、音楽が言葉なんだなぁ・・・

              ただ、私にとって圧巻だったのは
              シューベルトのピアノ・ソナタである。

              シューベルト、実は苦手だった。
              今でも苦手である(断言)

              血液型A型(かどうかは不明だが)的な
              神経質で、まっすぐで、融通の効かない感じで
              ベートーベンみたいにすっ飛んだところもない上
              ご本人があまりピアノを弾けなかったようで
              そのピアノ曲は
              時々、あまりに、人間の能力を考えてないよね、
              というものが結構ある。

              だいたい初期の作品の有名な歌曲「魔王」だって
              ピアニストっていうか、自分でピアノ弾く人は
              あのオクターブの情け容赦ない連続は書かないだろう、うん。

              後期作品というより
              シューベルト最後のピアノ・ソナタで
              死の2ヶ月前に作曲された曲。

              この曲の最初のモチーフだって
              アコードの塊なのだが

              何ですか、その透明感は・・・

              確かにピアニッシモなんだけど
              左手の奏でる分散和音の上のメロディが
              クリアなのに
              ポッと、そこだけ火が灯ったような暖かさを伝えて来る。

              残響の多い音響も、全く苦にならない。
              というより、シューベルトの和音が
              楽友協会大ホールの空気に優しく溶け込んでいる。

              なのに、あの例の左手での低音でのトリルが
              ピアニッシモ・・・で演奏されてはいるのに
              それまでの牧歌的メロディから
              突然、隠されたところに深淵が顔を覗かせるような感じ。

              これだけ細かい音符が16分音符で続くのに
              音の粒の一つ一つが見事に磨かれていて
              しかも、その流れのスムーズさと言ったら。

              フォルテになっても
              声を荒げる事がない。
              あくまでも暖かいのである。
              その中に、時々、深淵が見える。
              ・・・ちょっとコワイ。

              しかしまぁ、シューベルトの和声って凄い。
              私のピアノの先生が
              シューベルトの和声は完璧、と言っていたけれど
              バランスの良さと
              響きの完璧さから言えば
              シューベルトのピアノ曲というのは
              不思議なほどの透明感がある。

              もちろん、シューベルトらしい転調も・・・

              楽章間をほとんど開けず
              まるでアタッカのように演奏される第2楽章の
              現世とは思えない崇高さ。

              対して第3楽章のスケルツォの軽やかさ。
              ここで、ピアノの高音の響きが
              突然変わったのには、椅子からずり落ちそうになった。
              どういうタッチの変え方をしたら
              あんなに透明な
              鋭いけれど観客の耳を刺してこない音が出るの?

              軽い、というと語弊があるけれど
              第1楽章、第2楽章で
              どこか現世じゃないところに連れて行かれた聴衆が
              第3楽章で、ウィーンの小洒落た酒場に誘い込まれたような印象。

              目まぐるしい転調なのに
              踊るわ踊るわ
              人生、楽しんだ方が良いよね、って語りかけられている感じから
              最終楽章へ。

              最終楽章も
              重くならず、アコードがホールの空気に溶ける。
              中間部の激しくなるオクターブの連打でも
              感情的にならず
              あくまでも語りかけてくる感じ。

              いやシューベルトって
              時々、激しくなる部分って
              自分で演奏しようとすると
              ついついイライラっぽいやるせなさが先に立つんだけど
              やるせなさとかイライラのないシューベルト、初めて聴いた。

              ・・・どんなに激しくなるフレーズでも
              とことん愛しさに満ちていると言うか(書いてて恥ずかしいが)

              だからシューベルトが好きになるかと言えば
              それはまた別問題なんだけど
              シューベルトって、ビーダーマイヤー時代のウィーンっ子だよなぁ、とか
              しょうもない事を考えてしまう。
              (ウィーンっ子は良い側面ばかりではない、念の為)

              しかし、この音響の難しいホールで
              よく、あの透明感を最初から最後までキープしたものだ。

              ブッフビンダー、通常はアンコールを聴いた事がないんだけど
              今日はシューベルトのアンプロンプチュ ♡
              先々学期の授業で宿題で分析した曲だ・・・って、それは関係ないが。
              (途中にジャーマン・シックスが隠されているのである。
               シューベルトって、ホントにいけずだと思う)

              なんかもう、この細かいアルペジオの動きに乗る左手のメロディ。
              どう考えても、現実逃避・・・じゃなかった
              この世のものとは思えない
              どこか別の世界に紛れ込んだような気がして仕方がない。

              音楽分析どうのこうので、ジャーマン・シックス探すより
              和声だの何だのは、あっちに行ってもらって
              そのまま、今、そこにある音波の流れに身体を任せたい・・・

              何という贅沢な時間なんだろう・・・

              それに、嬉しい事に
              ピアノ・リサイタルで
              客席がこんなに静かなのも初めて。

              ちょっと途中で小声で咳した人はいるけれど
              だいたい、あのホール、観客席の雑音を隅から隅まで拾ってしまうので
              ピアノ・リサイタルに行くと
              咳に加えて、誰かが必ずプログラムや携帯電話を落としたり
              席から立って舞台を見ようとして
              椅子が凄い音をたてたりするのだが

              そういう不要な障害要素が全くなくて
              正に、これこそストレスフリー。

              こんな素晴らしい客席を体験してしまうと
              またいつかは戻るかもしれない
              観光客満杯で、小声のお喋り、プログラム捲りの音満載で
              貧民席ではスマホでゲームしている観客のコンサートでは
              もう満足できないんじゃないか・・・

              いやいや、観客からの雑音が避けられなくても
              やっぱり70%以上の観客の入った
              ベストの音響の楽友協会で
              フルオーケストラのコンサートを
              いつものド貧民席で楽しむ日が
              秋には戻ってくるよう、祈るばかりの私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              フィリップ・ジャルスキー シューベルト・リーダー

              0
                Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2020年2月11日 19時30分〜21時40分

                カウンターテノール Philippe Jaroussky
                ピアノ Jérôme Ducros

                Franz Schubert (1797-1828)

                Im Frühling D 882 (1826)
                Des Fischers Liebesglück D 933 (1827)
                An die Laute D 905 (1827)
                Strophe aus „Die Götter Griechenlands“ D 677 (1819)
                Wiedersehn D 855 (1825)

                Klavierstück Es-Dur D 946/2 (1828)
                 Allegretto

                An die Musik D 547 (1817)
                Erster Verlust D 226 (1815)
                Gesang D 891 „An Silvia“ (1826)
                Gruppe aus dem Tartarus D 583 (1817)
                Du bist die Ruh D 776 (1823)

                Der Vollmond strahlt auf Bergeshöh’n
                (Romanze aus „Rosamunde, Fürstin von Cypern“ D 797) (1823)
                Der Musensohn D 764 (1822)
                Nacht und Träume D 827 (1823)
                Herbst D 945 (1828)
                Am Tage Aller Seelen D 343
                „Litanei auf das Fest Aller Seelen“ (1816)

                Impromptu Ges-Dur D 899/3 (1827)
                 Andante

                Auf dem Wasser zu singen D 774 (1823)
                Im Abendrot D 799 (1824-25)
                Die Sterne D 939 „Wie blitzen die Sterne so“ (1828)
                Abendstern D 806 (1824)
                Nachtstück D 672 (1819)

                あちこちでフィリップ・ジャルスキーの活躍は聞くし
                一部では、ジャルさま、と呼ばれて盛大な人気を誇るらしいが
                バロックのオペラを最近聴かなくなったので
                もしかしたら、まだジャルスキー聴いた事がないかも

                ・・・と慌てて
                プログラムも何も見ずに
                発売開始日にギャラリー正面の席を確保。

                プログラムを購入して開けてみたら

                ええええっ????

                オール・シューベルト・プログラムで
                しかも、かなり有名なリートが多い。

                バロック・オペラのアリアの泣き節を堪能するつもりで行ったのだが
                まさかカウンター・テノールでシューベルトのリーダーとは・・・

                しかも、ここ、ウィーンだよ。
                更に、このコンツェルトハウスのモーツァルト・ホールでの
                リートのチクルスは
                ドイツ・リートなら何でも来い、というような
                ジジババ、あっ、失礼、年配のお客さまばかりの
                リートオタクの集まりである。
                (自分もそうだったりして 😅)

                ジャルスキーもそれは良くわかっているようで
                プログラムに曰く

                 もちろん、何故、カウンター・テノールが
                 シューベルトのリーダーなんて歌うの?という疑問はあるでしょう。
                 でも私にとって、これらの歌は
                 詩を語れる歌手のために作曲されたものに思えます。
                 しばしば言っている事ですが、私にとって
                 フランスのメロディや
                 シューベルトのリートを歌うというのは
                 超絶技巧のカウンターテノールのアリアを歌うより心地良いのです。
                 という訳で、この冒険に飛び込んでみる決心をしました。
                 理由は一つだけ。この音楽を歌うのが好きだからです。
                 バイオリニストやピアニストとして
                 とても数多くのシューベルトの曲を演奏して来て
                 今でもシューベルトの音楽を、たくさん聴いています。
                 それに、もちろん
                 シューベルトの曲は、どの歌手にとっても
                 音楽のエベレストなのです。
                 (意訳 文責なし)

                一つ一つの曲を取り上げても良いのだが
                そうするとむちゃくちゃ長くなるので止める(笑)

                出来、不出来
                合う合わないはあるにしても
                この上なく美声なカウンター・テノールで
                ものすごく丁寧に
                抑制を効かせて歌われたシューベルトは
                とても感動的だった。

                いくつかバラードがあったけれど
                ジャルスキーは、本当に「語る」歌手だ。
                美声に任せて、ドイツ語をおざなりにするところが全くない。

                そりゃ、早口言葉みたいなミューズの子なんかは
                ちょっとありゃりゃ、という出来だったりしたけれど

                しっとり歌い上げた漁夫の幸福や
                リュートの歌などの美しさには息を飲んだし
                タルタルスは、全く違う雰囲気のドラマチックさを出して見事。
                続いての Du bist die Ruh の
                繊細で愛に満ちた弱音の美しさに失神しそうになったところで
                前半は終わり。

                満月から始まる後半の
                夜と夢も
                しっとりと歌い上げた秋も良かったけれど

                その後の Am Tage Aller Seelen !!!!!!
                いや、これ、もう、むちゃくちゃ何と言うか
                詩の内容もあるんだけど
                シューベルトって
                こんなシンプルなメロディで
                どこまで深い世界観を・・・(驚愕)

                感激し過ぎて
                涙がボロボロ出て来て
                鼻水が出て来たんだけど
                バッグの中からティッシュを取り出す雑音を避けたくて
                歌が終わるのを待っていたら

                終わったとたんに
                ピアノ・ソロのアンプロンプチュに繋げて
                ジャルスキーは静かに舞台から立ち去るという

                うおおおお、何と言う心憎い演出なんだ。
                だが、ワタシの顔は涙と鼻水でグチャグチャである。
                あ〜、ヨーロッパ、湿気が少なくて助かった。
                アンプロンプチュを聴きながら
                何とか顔面が乾いたから・・・(すみません、ばばっちくて)

                ドラマツルギーから言うと
                この後は「夜」のシーンに入り
                夕暮れから星、夜の星
                これがまぁ、弱音続きの、本当に美しい曲だったのだが

                プログラムをめくると
                次のページに、次回のコンサート予告が記載されていて
                そこで終わりと思って拍手し出した聴衆が何人か・・・

                コンサート予告の次のページに
                最後の「夜の歌」の歌詞を載せるのって、やめてくれません?(怒)

                春から始まって
                様々なドラマを経て
                夜まで持っていったプログラム構成も大したものだ。

                それに、普通だったら、これを逆にして
                最後は明るいリートで盛り上げて盛り上げて終わりそうなのに
                それを敢えて反対にして
                静かな雰囲気に持って言ったのには舌を巻く。

                また、こういう静かなリートで
                ジャルスキーの美声が映える事と言ったら!!!!

                ただ美しいだけではなくて
                親密に語りかけてくるし
                声を無理やり張り上げる事もしていないし
                (最初はちょっとあった。
                 その後で音響の良さに気がついたのか
                 かなり声量を落として繊細に歌うようになった)

                この人、フランス人だよね?
                何故、こんなにシューベルトの世界観が
                しかも、閉鎖的なウィーンという空気ではなくて
                もっと洗練されて
                人類一般に通じるような深い諦観で歌われちゃうんだろう。

                こういうのって
                ある意味、外に視点を持つフランス人の
                カウンター・テノールだから出来たドラマかもしれない。
                (オーストリアのカウンター・テノールなら
                 たぶん、シューベルトのリートを歌う、という思いつきすらないかも)

                シューベルトのリーダーの優れた演奏は多いし
                その意味では
                このコンサートがCDになっても買わないだろうが
                (後半はテレビ・カメラが入っていたので
                 どこかで放映されるかも?)
                その分、コンサート・ホールの
                この一瞬、この時間だけで楽しめるという贅沢な時間。
                (しかも聴衆はリーダー・オタクなので咳き込みも(比較的)少ない)

                超絶技巧のバロック・オペラのアリアよりも
                こういう、非常に非常に非常に珍しいシューベルトの方が
                楽しかったような気になって来た。

                改めてシューベルトって凄いんだなぁ、と思うと同時に
                見た目も美しく
                ステージ・マナーも素晴らしく
                見て良し、聴いて良し
                音楽的で繊細で、見事な語り掛けをして来た
                フィリップ・ジャルスキーって

                そりゃ人気ある筈だわ

                と、ばっちり納得した私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                ジャルスキー、41歳。
                これからの10年くらいは
                最も声に艶が出る黄金の時代だ。
                これからもマークしておこう・・・(見た目だけじゃなくて(爆))

                幕間に年配のお客さま数人が
                ビジュン・メータの時は酷かったしね、とか
                喋っているのを漏れ聞きしてしまい
                あ〜、う〜、やっぱりウィーンの聴衆って
                ある意味、ものすごく怖いような気がする。
                ジャルスキー、この聴衆を前によくやった・・・

                フィルハーモニックス トランシルバニア・ダンス

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年2月10日 19時30分〜21時40分

                  Philharmonix
                  バイオリン Noah Bedix-Balgley, Sebastian Gürtler
                  ビオラ Thilo Fechner
                  チェロ Stephan Koncz
                  コントラバス Ödön Rácz
                  クラリネット Daniel Ottensamer
                  ピアノ Christoph Traxler

                  »Dances from Transsylvania«

                  Bedřich Smetana (1824-1884)
                   Ouverture zu »Prodana nevesta / Die verkaufte Braut« B143
                   (Bearbeitung: Daniel Ottensamer) (1863-1870)

                  Stephan Koncz (*1984)
                   Ciocarlia

                  Wojciech Kilar (*1932)
                   Dracula (Bearbeitung: Takahiro Sakuma)

                  Sebastian Gürtler (*1971)
                   Begleitarie

                  Stephan Koncz (*1984)
                   Tänze aus Transsylvanien, Waltzing Mathilda

                  George Enescu (1881-1955)
                   Rumänische Rhapsodie A-Dur op. 11/1 (Zwei rumänische Rhapsodien)
                   (Bearbeitung: Rudd) (1901)

                  Sebastian Gürtler (*1971)
                   Zutje Dunje

                  Sergej Prokofiew (1891-1953)
                   Ouverture über hebräische Themen c-moll op. 34 für
                   Klarinette, Klavier und Streichquartett (1919)

                  Noah Bendix-Balgley
                   Klezmer-Fantasy

                  Stephan Koncz (*1984)
                   Lambada

                  Nicolò Paganini
                   Rhapsody (Bearbeitung: Takahiro Sakuma)

                  日本でもお馴染みフィルハーモニックスのコンサート。
                  チケット売り切れで
                  オルガン・バルコンどころか
                  舞台の上にも席が設けられている。

                  オーケストラが好きで
                  あまり室内音楽に興味はないけれど
                  このグループ
                  ともかく、むちゃくちゃクオリティの高い音楽を
                  それとなくユーモア交えて
                  色々な方向から聴かせてくれるので面白い。

                  それにワタシは
                  セバスティアン・ギュルトラーの隠れファンである。
                  眼鏡男子に弱いのもあるけれど
                  この人の音楽、ぶっ飛んでいて面白い。
                  個人的にオトモダチにはなりたくないタイプだが。

                  さて、今回はトランシルヴァニアのダンスというテーマ。
                  マイクは以前はコントラバシストが持っていたが
                  最近はクラリネットのダニエル・オッテンザマーの担当。

                  ヨーロッパを吹き荒れている嵐、サビーネちゃんのお陰で
                  このメンバーが集まるのも大変だったという話から開始。
                  (まぁ、そりゃそうだろう。
                   今のところウィーンでの大きい被害はないけれど
                   明日も続くらしいし、庭園関係はすべて閉鎖)

                  スメタナの売られた花嫁から
                  マックス・ブルッフがルーマニアのメロディを使って
                  でも、ブルッフらしい音楽を作ったものを演奏して
                  続けて、オリジナルのルーマニア民謡。

                  トランシルヴァニアと言えばドラキュラ。
                  最初のドラキュラ映画の音楽を聴かせてくれた後に
                  ダニエルがマイクを持って

                   セバスティアン・ギュルトラーが
                   とても情熱的なアリアを作曲しました。

                   いつもオペラ座のオーケストラ・ピットで演奏している僕たちが
                   情熱的なアリアを歌う歌手を、と思ったら
                   またもやサビーネちゃんが邪魔をして(笑)
                   歌手が居なくなってしまったので
                   伴奏だけします。

                   皆さまは、歌手が前に立っているつもりで
                   私たちの伴奏をお聴き下さい

                  あ〜、だからこの曲のタイトル Begleitarie なのね(笑)
                  (註 ドイツ語で、伴奏は Begleitung です)

                  これがギュルトラーらしい爆笑モノの一品。
                  伴奏っぽい、毒にも薬にもならないような
                  伝統的バロックというかモーツァルトっぽいと言うか
                  いや、チェルニーか、みたいな分散和音で始まるのだが

                  歌手が途中で戸惑って音を伸ばしてしまったり
                  (よって、そこは伴奏のタクトが増えている(笑))
                  だんだん声がずり上がったり(バイオリンのピッチが上がる(笑))
                  ドラマチックにしようとして蹴躓いたり

                  そこに存在しない歌手と
                  伴奏プレイヤーとの丁々発止が
                  聴覚と視覚(くそ、みんな芸達者だ!)で楽しめるという
                  抱腹絶倒の絶品と言えよう。
                  (たぶん、CDで聴いても全く面白くない(笑))

                  チェリストのコンツが作曲したダンス音楽で前半は終わり。
                  後半はエネスキュのルーマニアン・ラプソディー。

                  プロコフィエフの曲は珍しい事に
                  クラリネット、ピアノと弦楽四重奏のために作曲されていて
                  ダニエルが苦笑して曰く
                  この編成でオリジナルで作曲された曲って少ないので
                  アレンジがなかったら、今日のコンサートはこの1曲だけでしたって(笑)

                  ヘブライの要素が入って来たら
                  当然、ユダヤ音楽のクレズマーに続くわけで
                  これは、バイオリニストのノアがお手の物。

                  ステファンのランバダには
                  他の要素もたっぷり入って
                  ほとんど音楽のジョークと化していて面白いし

                  パガニーニのラプソディは
                  パガニーニのテーマを使った様々な作曲が繰り広げる
                  豪華絢爛な巻物を
                  徹底的に室内楽にした感じ。

                  ものすごくクオリティの高い作品を
                  ものすごくクオリテイの高い演奏で
                  (さりげなく特殊奏法とかやっちゃうんだもん)
                  しかも、それを
                  もう、実にあっさりと
                  ある意味、イヤミったらしくなる位に
                  自然に、大袈裟にせず
                  あ〜、僕たち、こういうの日常茶飯事って感じで
                  聴衆に上から目線の圧を感じさせずに
                  とことん楽しませてしまう妙技。

                  名人が名人である事をひけらかさずに
                  ほらね、面白いでしょ、うふうふうふ

                  ・・・って、まぁ、それはシロウトが聴いてるからで
                  練習の時には、汗と血と怒号が飛び交っているのかもしれないが。

                  昨日のマルティン・グルービンガーもそうだったけれど
                  このフィルハーモニックスも
                  観客に楽しんでもらおう、という心意気が
                  とてもとても、とてもありがたい。
                  ほら、僕らこんなに巧いのよ、感心してね、というところが一切ない。

                  超絶技巧や、オーバートーンの使い方の妙技とか
                  作曲技法で、うわあああ、この音をこう重ねると
                  これはもしかしたらドゥアルトーンでフォルマントがとか
                  (あ、すみません、最後の行はワタシのマウンティングです)
                  別に、そんな細かい音響効果について
                  頭の中で、ひたすら感心していなくても

                  出てくる音楽の心地よさ
                  プレイヤー同士の意思疎通の見事さ
                  プレイヤーの演技(ちゃんと演技してる(笑))
                  楽器のバランスや
                  各楽器が前に出てくるところの音色の変化とか
                  あっ、すみません、またヘンな聴き方になっている(自爆)

                  クラシック・ファンでも
                  映画音楽が好きでも
                  民謡が好きでも
                  クレズマー音楽が好きでも
                  いや、そんなジャンル関係なく
                  音楽が好きならば
                  どんな人でも楽しませたい
                  ・・・という感じの集団だと思う。
                  (えらく名のある楽団のメンバーなので(笑)
                   本当はもっと偉そうでも良いんだけど(爆笑)
                   なんとも親しみやすいんですよね。貴重な存在だわ)

                  普段、オーケストラのコンサートばかりに行っていると
                  時々、指揮者の自己顕示欲大会になっていたり
                  サラリーマン集団の気の抜けた適当な音楽だったりするけれど
                  (その分、キマッた時のオーケストラというのはスゴイが)

                  2日続けて、いわゆる「室内音楽」を聴いてみると
                  その緊密性や、内部の緊張感や
                  手抜きできない、崖っぷちを
                  如何に崖っぷちと思わせずに演奏するかとか
                  オーケストラ・コンサートにはない楽しみがあるものだなぁ、と
                  なんだか、つくづく感動してしまった私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  マルティン・グルービンガー カンマー・ムジーク

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年2月9日 19時30分〜22時10分

                    Martin Grubinger
                    Slavik Stakhov
                    Rainer Furthner
                    Leonard SChmidinger
                    Alexander Georgiev
                    ピアノ Per Rundberg

                    »Kammermusik«

                    Alevi Aho (*1949)
                     Solo XV für Marimba (2018) UA
                    Maki Ishii (1936-2003)
                     Thirteen drums op. 66 für Percussion solo (1985)
                    Kalevi Aho (*1949)
                     Sieidi. Konzert für Schlagzeug und Orchester
                    (Bearbeitung für Schlagzeug und Klavier) (2010)

                    パーカッションの天才というか鬼才と言うか
                    もう36歳になったのか・・・というくらい
                    初期のまだまだ若い頃から追い掛けて来たマルティン・グルービンガーは
                    今でもコンツェルトハウスでコンサートすると
                    満杯になって、オルガン・バルコンの席まで発売になる。

                    プログラムは紙1枚で
                    基本的には無料なのだが
                    プログラム売りの係員は、無料とは言わない。
                    お志しで、とおっしゃるので
                    50セントとか1ユーロとかを出しているが

                    マルティン・グルービンガーの時には
                    このプログラム、ほとんど役にたたん(笑)

                    作曲家カレヴィ・アホの新作初演。
                    マリンバのためのソロ曲で、約10分。
                    とても瞑想的で倍音たっぷりの弱音を中心にした
                    何とも透明感のある美しい曲なんだけど

                    咳き込みは・・・まぁ、避けられませんね、この季節は。
                    それに、これ、「現代音楽同好者の集まり」ってワケじゃなくて
                    マルティン・グルービンガーのファンが多いから。

                    面白い事にグルービンガーのファンは層が広い。
                    グルービンガーの人柄によると思うのだが
                    (必ずマイクを持って話す)
                    デビューした頃から全く変わらない可愛さで
                    ほっぺを真っ赤にして
                    楽しくて楽しくて、もう、楽しくてたまりません
                    というオーラを会場一杯に放出しながら演奏するので
                    ついつい、こちらもノッてしまうのだ。

                    石井眞木のソロ曲はクラシックなものだが
                    構成がわかって、とても面白い。
                    しかしこのソロ曲、約12分、叩きっぱなしで
                    超絶技巧満載で
                    こりゃ、バレエの男子のソロより体力要るかもしれない。

                    息を切らせた(そりゃそうだわ)グルービンガーが
                    マイクを持って
                    カレヴィ・アホの作品を
                    オーケストラからピアノに編曲したものを演奏するとアナウンス。
                    作曲家が会場に居るので緊張します、ってところまで
                    やっぱり、この人、誰からも愛されるキュートさがある(笑)

                    この作品、約35分、面白かった。
                    アンサンブル(ピアノ含む)での演奏だが
                    グルービンガーによると
                    ずっと変化する変拍子が続いて
                    それぞれのプレイヤーが、それぞれに指示を出す必要があるそうで
                    だからこその「室内楽の楽しみ」と言っていたが
                    そんな簡単なもんじゃないぞ、これは。

                    広い舞台のあちこちのパーカッション楽器に
                    後ろから走るパーカッショニスト。
                    もともとオーケストラであれば指揮者が出すべきキューを
                    各プレイヤーが出したり
                    当然、走るプレイヤーばかりなので
                    全員が全員、頭の中にすべて楽譜が入っている。

                    タイミング一つ、周波数ほんの少しでも狂ったら
                    そこでアウトと思われる
                    こんな複雑な曲を
                    よくぞまぁ・・・

                    プロというか、天才というか
                    職人集団というか
                    音楽のクオリティとか
                    現代音楽とか
                    音楽の複雑性とか
                    音楽的内容とかよりも
                    プレイヤーの動きの方が面白かったりして
                    それはそれで問題なのかもしれないが・・・(すみません)

                    しかしまぁ、徹底的に現代音楽の前半で
                    こういうものを
                    現代音楽フリークでない客層にまで
                    「聴かせて」しまうプレイヤーが見事。

                    プログラムに記載されていた
                    クセナキスの曲は演奏せずに幕間のアナウンス。

                    後半は、プログラム記載によれば
                    グルービンガーお父さんの曲とあったけれど

                    グルービンガー(息子)がマイクを持って言うには
                    エトヴェシュのスピーキング・ドラムのソロ
                    チェルハの曲のパーカッション・ソロ
                    フローズン・イン・タイムからのソロ
                    ショスタコーヴィッチのソロ
                    ジャズからのソロ、その他
                    色々と組み合わせてみました・・・との事。

                    スピーキング・ドラムの初演も
                    アヴナー・ドルマンのフローズン・イン・タイムの初演も
                    全部聴いてるぞ(笑)
                    ↑ どの位の長きにわたって追い掛けていたか、よくわかる。

                    40分以上の大曲だが
                    様々な作曲家の様々な様式が次から次へと出て
                    途中でライトを消して
                    テープも使って
                    光るマレットだけで
                    まるで手品のように見せるシーンもあり

                    パーカッショニスト全員が歌ったり
                    同じ動きをしたり

                    マルティンのドラムでは
                    さりげなくバトンを回したりの曲芸も入り
                    (いや、ホントに何気なくさりげなく曲芸してる(笑))

                    もちろん打楽器とは言え
                    マリンバやシロフォン、木琴やティンパニに
                    ピアノも入るので
                    調性がはっきり聴こえてくる曲もあるし
                    ジャズもあるし
                    ノリノリのパーカッション曲もあって

                    聴覚的にも視覚的にも
                    観客を飽きさせないように
                    最大限の配慮がされている・・・というのがスゴイ。

                    グルービンガーとその仲間たち(含むお父さん)って
                    ものすごく高い技術と音楽性を持ちながら
                    更に、現代音楽の王道まで、しっかり通っているのに

                    その中で
                    観客を、絶対に蔑ろにせず
                    とことん、自分たちの芸術のど真ん中に連れて行こうという
                    気概と、気概だけではない能力と
                    ある意味、俗的に言ってしまうのであれば
                    エンターテインメント要素を
                    絶対に忘れないという不思議な集団。

                    あれだけの曲を
                    暗記して、ズレのないように徹底的にアンサンブルにして
                    動いて踊って叩いて
                    激しい動きと緊張の連続の中でも

                    ほら、楽しいよ

                    というメッセージが伝わってくるというのは
                    プレイヤーたちの若さというのもあるのかなぁ。

                    最後は、観客全員がスタンディング・オベーション。
                    マルティン・グルービンガーは
                    さすがに疲れたから、と
                    バッハのチェロのためのソロ曲をマリンバでアンコール。

                    いやそりゃ、あれだけ体力が必要な舞台を
                    20台前半ならともかく
                    30台後半になってからの体力でやるというのも
                    ある意味、無謀と言うか・・・
                    でも
                    それを敢えてやろうという気迫に
                    それが出来る技術力と音楽性のあるグループ。

                    う〜ん、
                    室内現代音楽にアルディッティ弦楽四重奏団があるが
                    マルティン・グルービンガーも
                    パーカッションという分野において
                    現代音楽を引っ張っていく天才だわ。
                    彼なしでは、こんなに数多くの
                    パーカッションの現代曲は生まれていないに違いない。

                    36歳になっても、まだまだエネルギッシュで魅力的
                    観客を絶対に「置いて」いかず
                    必ず、一緒に「楽しんで」もらう事が重要な天才って

                    やっぱり、どの層にもウケるのだ。
                    変に気取っていなくて
                    楽しい事をみんなと楽しく、という音楽家って
                    ものすごく少ないと思うので
                    マルティン・グルービンガーは貴重な存在である。

                    さて、長かった1週間も
                    あっという間に終わって
                    今日から、また連日連夜のナイト・ライフが始まる予定で

                    勉強する時間が取れるんだろうか・・・
                    って、ナイト・ライフなくたって勉強してなかったじゃん、と
                    自分で自分にツッコミ入れる私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌ@国立オペラ座

                    0
                      Wiener Staatsoper 2020年1月15日 20時〜22時

                      SOLISTENKONZERT
                      テノール KS Michael Schade
                      ピアノ Malcolm Martineau
                      ホルン Josef Reif

                      Ludwig van Beethoven
                       Adelaide, op. 46

                      Franz Schubert
                       Laura am Klavier, D 388
                       An die Entfernte, D 765
                       An den Mond, D 259
                       Der Winterabend, D 938
                       An die Musik, D 547
                       Seligkeit, D 433
                       Auf dem Strom, D 943

                      Maurice Ravel
                       Cinq Mélodies populaires gracques:
                        Chanson de la mariée
                        Lá-bas, ver l’église
                        Quel galant m’est comparable
                        Chanson des cueilleuses de lentisques
                        Tour gai !

                      Gabriel Fauré
                       Nell, op. 18/3
                       Adieu, op. 21/3
                       Sylvie, op. 6/2
                       Fleur jetée, op. 39/2

                      Richard Strauss
                       Cäcilie, op. 27/2
                       Nichts, op. 10/2
                       Morgen, op. 27/4
                       Zuneigung, op. 10/1

                      アンコール
                      Franz Schubert, Nacht und Träume
                      Franz Schubert, Der Neugirte (Die schöne Müllerin)
                      Rudolf Sieczyński, Wien, Wien, nur du allein

                      国立オペラ座で時々行われる歌手のリサイタルは
                      よほどの人気歌手でない限りは
                      かなり席は空いている上に、チケットも安い。

                      音響が良い席を狙って
                      ギャラリー、天井桟敷の横の席を買ったけれど
                      たった8ユーロだった。
                      しかも、ギャラリーの中央席もかなりガラガラで
                      立ち見席の人が大挙して移動する・・・・

                      本当はいけないのだが
                      (国立オペラ座はチェックは厳しい、もともとの値段が格段に違うから)
                      ここまで空いていれば、まぁ、黙認だろう。

                      ただ、演奏中に立ったり(椅子がガタンと音を立てて跳ね上がる!)
                      移動したり(床がギシギシ軋む)
                      喋ったりするのは勘弁してくれ。
                      ・・・まずは、この辺から、観客マナーを疑うところ。

                      まぁ、オペラ座ですから(ため息)

                      シャーデ自身がプログラムに
                      Prima le parole, dopo la musica と明確に書いているように
                      (お〜い、テノールはフラマンで作曲家だよね〜っ(笑))
                      テキストと音楽の融合を目指しているプログラム。

                      ドラマツルギーとしては
                      「女性」と「夜=月」をテーマに
                      ベートーベンのアデライーデから
                      シューベルトに移行するのが前半。

                      後半は謎の作曲家、モーリス・ラヴェルと
                      ガブリエル・フォーレのフランス語の歌曲。

                      そして、オペラ座にちなんで
                      リヒャルト・シュトラウスという構成。

                      アデライーデは、もともとカンターテとして作曲されて
                      アデライーデという名前が14回
                      様々な音色で歌われる曲。

                      あ〜、シャーデのソット・ヴォーチェ、まだ健在 ♡
                      40台の頃の最高なソット・ヴォーチェに
                      悶え狂った時期があるけれど
                      54歳の今でも、まだまだ大丈夫。

                      身体の支えがしっかりしているから
                      フォルティッシモからピアニッシモまで自由自在である。

                      アデライーデの後に拍手が起こったのはまだ許せるが
                      あ〜、え〜、う〜
                      シューベルトは一塊なのだが
                      やっぱり最初の曲の後に盛大な拍手が・・・

                      周囲の一部の人たちが
                      シッ!と言っているんだけど
                      そりゃ、リートの夕べに生まれて初めて来た人は
                      何を言われているんだか、わからないよね(涙)

                      An die Entfernte と An den Mond は
                      うまくアタッカで繋げたけれど
                      全部の曲をアタッカで繋げる事はできない。

                      ところで Laura am Klavier って
                      何てチャーミングな曲なの?
                      演劇要素がたっぷり入って
                      まるで一幕の寸劇を鑑賞しているような気分になるのだが

                      会場暗くて
                      せっかく5ユーロ出して買ったプログラムの
                      テキストが読めません(号泣)

                      シャーデが「言葉が大事」といくら言っても
                      やっぱり演劇ではないわけで
                      せめて、手元のテキストが読めるくらいの照明が欲しい。

                      イタリア語の叫ぶアリアとかだったら何も言いませんが・・・

                      An den Mond D 259 はワタシの大好物で
                      ただのシュトローフェン・リートなんだけど
                      そのシュトローフェンの変化が、もうたまらんというか
                      すみません、謎発言なので、わからない方は無視して下さい。

                      これを、シャーデがチャーミングに
                      シナリオ的、演劇的に歌っているから
                      もう客席で悶えまくり。

                      拍手が起こったのも無視して
                      ピアニストはすぐに次の演奏に続けるが
                      そこまでやっても
                      拍手したい人はしたいんですね。

                      まぁ、ウィーンだし、オペラ座だし
                      いくらシャーデがプログラムに
                      ウィーンの観客のレベルは高い、と書いていても
                      それは、楽友協会のブラームス・ホールか
                      あるいは、もっとジモティしか来ない
                      コンツェルトハウスのシューベルト・ホールでの話(断言)

                      シューベルトはさすが、という感じで
                      叫び過ぎず
                      本当に囁くようなソット・ヴォーチェでの高音が
                      体感的な快感に近い。
                      (ちょっと向こうにいる若い女の子2人が
                       立ったり座ったり(椅子がガタンと音を立てる)
                       歌っている間に、ずっと小声で喋ったり
                       スマホで自撮りしていなかったら、もっと良かったと思う)

                      シューベルトの良さって言うのも
                      ウィーンに住んでみて
                      ここの「教養階級」にいまだに巣食っている
                      排他性を垣間見たあたりからわかってきたような気がする。
                      排他的なのは、一方的に悪い事ではなくて
                      伝統やらしきたりやらを大事にする事にも繋がるから
                      ビーダーマイヤー的な小市民性を一概に否定する気はない。

                      有名な An die Musik と Seligkeit の後は
                      ホルンのソロが加わっての Auf dem Strom
                      ・・・この曲、絶対どこかでナマで聴いた事があるんだけど
                      ホルンのソロとか入ってたっけ?

                      シューベルティアーデにホルニストが居たんだろうな、と想像できるが
                      しかしウィーンの9区の普通の住居の中でホルン吹いたのか・・・
                      さぞかし近所迷惑(以下省略)

                      オペラ座の中の写真だけ撮りたい
                      音楽に興味ない、という人たちは
                      前半で帰っただろう・・・と思ったら甘かった。

                      確かに、もともとガラガラだった席には
                      ますます少ない人数しか座っていないが
                      隣で立って喋っていた若い子2人は
                      真ん中の前の方に移動して
                      乗り出して喋っているし
                      (お喋りの声は前に流れるので、あの位置なら平気)
                      スマホで録画している人もちらほら。
                      (前半では係員に注意されていた・・・けれど
                       わ〜ん、係員の方、演奏中に横を通らないで下さい、靴音が・・・)

                      謎の作曲家ラヴェルの試験は
                      結局、受けなかったので後味が悪いのだけれど
                      (先生、ごめんなさい)
                      こんな、ギリシャのメロディをテーマにした歌曲もあるのか。
                      ラヴェルのエキゾチック趣味については
                      しっかり講義で取り上げられていたが。

                      ・・・で、1曲ごとの拍手。
                      もう良いです。
                      ピアニストも無視して、拍手の間に弾き始めてしまうが
                      それでもしつこく拍手する人って
                      よほど感激しているんだろうか?? 謎だ。

                      続けてガブリエル・フォーレの歌曲は
                      女性をテーマに、アデューまであって
                      最後の曲は、失恋した時のやけっぱちの曲だそうで
                      え?これがフォーレ?というくらい、ドラマチック。

                      ツィッターで私をフォローしている人は
                      どこがツッコミじゃ?と待ちかねているかもしれないが

                      最後のブロックのリヒャルト・シュトラウス。
                      最初のツィツィーリア

                      ・・・なんですか、これ???

                      ドイツ語のディクションを明確にしたいのが先に立って
                      音程はともかくとして
                      リズムが全く見えて来なくて、躍動感がゼロである。
                      リヒャルト・シュトラウス、実は婚約したくなかったんじゃないか
                      というくらいに、何だか間が抜けたリートと化している。
                      これ、ちょっと・・・(以下省略)

                      シャーデは結構オペラ座でもリヒャルト・シュトラウスは
                      レパートリーにしているはずなんだけどなぁ。

                      次の Nichts ! は軽めの歌だから
                      軽く洒脱に歌ったのは良いのだが
                      最後の Ich, und ihr, und alle? のところで
                      客席を指差しながら歌うと
                      そこに出現するのは、まごうかたなきオペレッタの世界。
                      (あるいは、後ろにヌード・ダンサーを並べて
                       その前で喋っているコンフロンシエって感じ)

                      う〜ん・・・リヒャルト・シュトラウスでオペレッタになるとは
                      シャーデもタダモノではない(皮肉入ってます)

                      Morgen は定番だし
                      マルティヌのピアノは上手いし
                      シャーデの息の長いソット・ヴォーチェが見事に活きる。
                      ・・・でも、この曲の最後の音が終わりきらないうちに
                      ブラボー叫んで拍手する奴の神経が、私には理解不能だ。

                      最後の Zuneigung は
                      メロディックに、ちゃんと声を出して
                      最後は例の高音を輝かしく響かせて
                      イタリア・オペラちっくに盛り上げる。

                      アンコールの1曲目は
                      シューベルトの Nacht und Träume で
                      最初から最後まで
                      シャーデのこの上なく美しいソット・ヴォーチェを堪能。

                      この人、自分がどんな声の質で
                      どういうものを歌ったら
                      聴衆がメロメロになるか、よく知ってるわ。

                      シューベルトの美しき水車小屋の娘から
                      6曲目の Der Neugierde
                      以前、水車小屋の娘のアンコールの時に
                      歌詞ド忘れ事件があったので、ちょっとドキドキしたが
                      これも、本当に繊細な美声で歌い上げて満足。

                      観客が少ないから、拍手もバラバラって感じだけど
                      1曲ごとに盛大な拍手をしていた数人が
                      大声でブラボーを叫んでいる。
                      (コンサートではブラボーと叫びましょうとか
                       旅行前に誰かに言われて来たんでしょうね、きっと)

                      出て来たシャーデが
                      割に低い話し声で(あっ、声帯の位置を戻してるな)
                      「まだコンサートは続きますよ。
                       ご心配なく。次の曲は、みなさん、よ〜く知っている曲です」

                      ・・・「ウィーン我が夢の街」😲

                      ミヒャエル・シャーデ、もしかしたら
                      ヨナス・カウフマンにライバル心でも燃やしているのか???
                      (カウフマンのウィーン・リートについては ここ

                      しかも平土間の観客が何人か
                      一緒に歌ってるし・・・
                      (え〜い、ワタシだって歌いたいけれど
                       そこまで厚かましくない)

                      ミヒャエル・シャーデは
                      もともとがドイツ系のカナダ人で
                      オーストリア人ではないけれど
                      オーストリアでかなり活躍していて
                      音楽祭などの監督もしているので
                      その意味では、話すドイツ語も
                      かなりオーストリア方言に近いから
                      ウィーン、我が夢の街を歌ってくれても良いんですが

                      やっぱりシューベルトかリヒャルト・シュトラウスあたりで
                      きめて欲しかったなぁ、
                      とは言え、ツェツィーリアを聴いた限りでは
                      盛り上がる Heimliche Aufforderung なんかは
                      ちょっと歌って欲しくない、という感じだったし
                      「月」のテーマなら
                      シューマンの月で、シャーデだと絶品という曲があるのだが
                      シューマンはこのプログラムには違和感があるだろうし
                      ウィーン我が街で締めて良かったのかもしれない。

                      同じプログラムで
                      楽友協会のブラームス・ホールや
                      コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールだったら
                      きっと、ドイツ・リート・オタクのジモティが集まって
                      親密な雰囲気でのコンサートになったんだろうなぁ、と
                      ちょっと残念なような気もするけれど

                      でも、シャーデのソット・ヴォーチェに
                      メロメロになって悶えまくった私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      ご存知とは思うけれど、念の為
                      シャーデの名前の最初についている KS は
                      Kammersänger 宮廷歌手 の称号である。
                      すでに Kammer 宮廷なるものは存在しないけれど
                      こういうタイトルだけ残っているのがオーストリアらしいところ。

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