チェコフィル + セミヨン・ビシュコフ

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    9月25日はコンサートのダブルヘッダーやってます。
    17時からのウィーン・フィルの記事を最初に読みたい方は
    こちらからどうぞ。

    下は、その後、20時30分からのチェコ・フィルの個人メモです。


    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年9月25日 20時30分〜22時

    Tschechische Philharmonie
    ピアノ Daniil Trifonov
    トランペット Selina Ott
    指揮 Semyon Bychkov

    Dmitri Schostakowitch (1906-1975)
     Konzert für Klavier, Trompete und Streichorchester c-moll op. 35 (1933)

    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Symphonie Nr. 8 G-Dur op. 88 (1889)

    ウィーンの感染者数の増加が急激なため
    あちこちでウィーンが危険地域に指定されてしまったが
    お隣のチェコのプラハから、チェコ・フィルはウィーンに来てくれた。

    もっとも、昨日9月24日から
    オーストリアがプラハを危険地域に指定したが・・・

    各国が様々な条件で
    ここ行ったらダメとか
    ここから帰るなら検査して自己隔離してとか
    毎日、情報が変わるので
    今、ヨーロッパ内を移動するのもタイヘンなのである。
    (面倒だからオーストリアから出ない事にしている)

    インターナショナル・オーケストラのチクルスの一環だが
    18時からのコンサートと、20時30分からのコンサートに分けて
    客席に充分に空き席があるようにしている。

    コンツェルトハウスは客席が埋まっていなくても
    残響時間にそれほど差はないし
    チクルスの常連客ばかりなので
    天井桟敷も、そこそこ観客は入っている。

    さて、最初のショスタコーヴィッチの
    ピアノとトランペットと弦楽のためのコンツェルトなんて
    初めて聴く(コンツェルトハウスでは27回演奏されているらしい)

    わっはっはっは(唐突にすみません)
    いや、これ、パロディじゃん。
    しかも、フラグメントが出ては隠れ
    気分の浮き沈みが激しくて
    ドラマチックなのに、何てせわしない曲。

    トリフォノフはいつもの髭で出て来たが
    この人、この曲では
    ピアニストというより、パーフォーマーだわ。

    弾き方や身体の動きを見ていると
    おいおい、いつからグレン・グールドの真似してるの、という
    前屈みの典型的グールド姿勢あり
    かと思うと
    第2楽章の、ラヴェルのト長調の第2楽章のような
    美しいメロディの深い音を出すために
    指じゃなくて、手の脇のところで黒鍵を叩いたり

    いや、もちろん確固たる技術があるからこそ出来るんだけど
    このパロディをパーフォーマンスとして
    自分もピアニストのパロディをやろうとしたのか
    結果的にそうなったのかはわからんが

    トリフォノフ、面白い。
    ただの端正で可愛い若いピアニストから
    不思議な方向に変化している(ような気がする)
    これから、あの若い個性がどう華咲いて行くか楽しみだ。
    こういうコミカルな方向でも大歓迎よ(笑)

    トランペット・ソロのセリーナ・オットが素晴らしい。

    日本でもコンサートの予定だったらしいが
    この状況でキャンセルになっている模様。
    あ〜、それは本当に残念!!!!

    2018年に20歳の若さで女性としてミュンヒェンのコンクールの
    トランペット部門で優勝、という勲章を引っ提げているが
    この女性トランペット奏者、ウィーン音大などに在籍し
    ウィーン私立音楽大学を今年、卒業しているそうだ。

    トランペットのソロ曲って
    意外にコンサートでも聴く事があるんだけど
    私の場合、そういうソロは、ほとんどが現代曲だったので
    何だか、普通のメロディでトランペットを聴くというのが不思議。

    (ショスタコーヴィッチは、クラシックのパロディを作曲しているので
     トランペットのメロディも伝統的なフラグメントである。
     もちろん、消音器を付けたりとか、音色の違いは大きい)

    しかも、その音色の美しさ、透明感にダイナミック・レンジの大きさ。
    あんなに弱音でトランペットって吹けるんだ(びっくり)
    ピアノも面白いけれど、トランペットも負けずに面白い。

    アンコールにピアノとトランペットの二重奏で
    ラフマニノフの歌曲を演奏したのだが

    途中で、トリフォノフが、あれ?とか言って
    突然立ち上がり、舞台袖に消えるハプニング発生。
    (楽譜を間違えたらしい)
    ・・・可愛いじゃないか、とも思ったが
    1日2回続けてのコンサートでお疲れが溜まったのかも。

    後半はドボルジャークの交響曲8番。
    当初、9番、新世界から、が予定されていたが
    ワタクシ的には、9番より8番の方が好き ♡

    チェコフィルのドボルジャークって、絶品なんですよ。
    そりゃ「これは俺たちの曲」っていう矜恃もあるだろうけど
    チェコフィルの底弦(ビオラ、チェロ、コントラバス)の
    厚みのある響きが、曲全体をしっかり支えて
    ちょっとごつい、泥臭い(良い意味で)感じが
    他のオーケストラにない味で
    これこそチェコのオーケストラだ、と感じるところが多い。

    キモになるフルートのソロ、巧いわ〜 ♡
    割りにあっさり、ベタベタでなく演奏しているのだが
    澄んだ空気を感じさせる透明な音色で気持ちが良い。

    ただ、ホルンが舞台下手(しもて)に位置していたので
    ギャラリーにはホルンが突出して響いて来るのが
    ちょっと残念というか・・・
    何故にコンツェルトハウスの大ホールって
    あそこにホルンが入ると
    ギャラリーにホルンばかり響いて来るんだろうか?
    (ウィーンのオーケストラの場合は
     ホルンはほとんど、上手(かみて)に配置されるので
     音のバランスは良い)

    指揮者のビシュコフは、かなりお疲れの様子で
    オーケストラだって、18時と20時30分の2回のコンサートで
    その前にゲネプロとかもしているだろうから
    体力的には大変だっただろうなぁ。

    終演22時だったけど、チェコフィルのメンバー
    ウィーンに宿泊したんだろうか?
    (オーケストラによっては、そのままバスで帰るという
     ハードなケースもないわけじゃないから)
    ・・・で、ウィーンからプラハにちゃんと帰れたのかなぁ。
    いやいや、それは余計なお世話なんだけど
    ついつい、このご時世では、そういうのが気になる。

    外国からの客演のオーケストラにキャンセルが相次いでも
    ウィーンのオーケストラは頑張っているので
    やっと始まった音楽生活に大きな不満があるワケではないが
    やっぱり、同じ文化圏(と言ったらチェコ人は怒るか?)であれ
    ウィーンではないオーケストラの響きを聴くのは
    すごく新鮮で楽しい。

    久し振りにコンサートのハシゴをして
    プレイヤーじゃないけれど
    聴く方もちょっと疲れたかも、という
    根性ナシの私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    南西ドイツ放送交響楽団 + クルレンツィス

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      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年2月28日 19時30分〜21時40分

      SWR Symphonieorchester
      指揮 Teodor Currentzis

      Richard Strauss (1864-1949)
       Tod und Verklärung. Tondichtung für großes Orchester op. 24 (1889)

      Gustav Mahler (1860-1911)
       Symphonie Nr. 1 D-Dur (1888-1899)

      南西ドイツ放送交響楽団の客演だが
      舞台の後ろのオルガン・バルコンまで満席の観客は
      テオドール・クルレンツィスがお目当てであろう。

      私もクルレンツィスのチクルスが出来た時に
      すかさず超貧民席のベストを押さえたので
      そのまま継続中。

      隣のおばさま2人連れの話を漏れ聞きしたら
      指揮者が見えるか、見えないかで白熱した討論をしていらして
      わははは、やっぱり観客はクルレンツィスの指揮姿を見に来ているのか。
      (違うかもしれない)

      別にじっと見たくなるようなイイ男というワケでもないと思うのだが
      もしかしたら、ある年齢のご婦人にはウケるんだろうか。

      クルレンツィスはいつもの黒の幼稚園スモックを上半身に纏い
      (それ以外に何と言ったら良いんだあれは。
       しかも、後ろのチャックが歪んでるし・・・)
      下半身はユニ○ロ製品のようなピッタリしたジーンズ
      いや、ちょっと、もうあれは、タイツと言うべきかもしれないが
      ともかく、細いおみ足がよく見える。

      リヒャルト・シュトラウスの死と変容は
      あまり私は好きな曲ではないが
      (幕間に、やはり観客の1人が
       あまりに死がリアルなので好きじゃない、と言っていた)
      リアルというより
      徹底的にドラマチック。

      ピアニッシモから
      コンツェルトハウスのデッドな音響でも
      音が団子になりそうなフォルティッシモまで
      まぁ、オーケストラを鳴らす事、鳴らす事。
      クルレンツィスらしい、と言えば良いんだろうか・・・

      昔はアーノンクール
      今はクルレンツィス
      という位に(勝手な偏見)
      この指揮者だったら、何をやらかしても許す、という感じで
      あぁ、やっぱりクルレンツィスだもんね、って納得してしまう。

      後半はマーラーの交響曲1番。
      さすがに、この間みたいに
      照明での姑息な演出はしないだろう。
      (忘れた方は こちら をどうぞ)

      強弱のレンジが大きくて
      かなり強めのシャープなアクセントをつけて
      多少は奇妙に聴こえるマーラーだけど
      クルレンツィスだからね(笑)

      観客も、今度はどんなヘンな事をするかしら
      と興味津々で来ている人ばかりだし(爆笑)←自分もそうだ、きっと。

      最後は派手に盛り上げるだろうなぁ、と思っていたら
      やっぱりホルン全員を立たせて
      またもや、あのデッドなホールが悲鳴を上げる直前ギリギリのところで
      まぁ、とっても、ド派手な盛り上げ方。

      面白かったのがオーケストラの動き。
      もちろん、ムジカエテルナとは違って着席オーケストラで
      一見、本当に普通のオーケストラなのだが

      リヒャルト・シュトラウスの時から
      あらら、弦のメンバーの身体の動きが揃っている。

      いや、そりゃボーイングとか揃っていなかったら問題だが
      ボーイングだけではなくて
      チェロやコントラバスの楽器の傾け方とか方向とか
      バイオリンやヴィオラの首の振り方とか
      身体の動かし方とか

      何だか、全員ラジオ体操って感じで(大袈裟に言ってます)
      オーケストラのメンバーって
      普通、こんなに動かない(しかも同じ方向に)よね?

      あれは振り付けとかしているんだろうか(冗談です)

      演奏後のお辞儀も
      クルレンツィスに合わせて
      オーケストラ全員が観客にお辞儀をする。
      (これはムジカエテルナでやっていた方式)

      マーラーの交響曲の後では
      観客席正面に向けてのお辞儀の後
      右と左のロジェのお客さまにも全員でお辞儀
      後ろのオルガン・バルコンのお客さまにも
      後ろを向いてお辞儀
      (打楽器とか可哀想に壁に向かってお辞儀(笑)
       オルガン・バルコンは舞台の真上にあるので)

      ただ、オーケストラを観察していると
      割に全員が、嬉々として
      クルレンツィスに従っているような印象を受ける。

      ああいう個性の強い指揮者だから
      オーケストラ・メンバーの中にも反感を持つ人はいると思うのだが
      それでも、何となく嬉しそうに演奏しているような感じがする。

      だって、あの激しい指揮振り(含む足での指揮台叩き)を
      全員がしっかり見てるんだもん。
      指揮者を無視していない。

      クルレンツィスの幼稚園スモックとタイツでの指揮振りは
      まぁ、いつもの通り、四股は踏むわ、足で指揮台を叩くわ
      ジャンプする、プリエする、その他
      見ていて、ちょっと滑稽になる位の指揮なのだが
      (ただし、今日は低い指揮台があった。
       よって、コンマスやチェロに肉迫して脅迫するシーンはなし)

      でも、クルレンツィスは、自分でやりたい音楽は
      しっかり、ぶれずに頭の中に入っていて
      その意味では、非常にわかりやすい。
      音楽的な不安定さがない。

      こういう音が欲しい、というのが
      明確に見えてくるので
      それが、今までにあまりなかったような
      不思議な音であっても
      観客を強制的に納得させるだけの説得力がある。

      ついでに下世話な事を言ってしまうと
      クルレンツィスの熱狂的ファンは、まだ多いので
      クルレンツィス・ファンが集まれば
      みんな、熱狂的にブラボー・コールは惜しまずかけるし
      スタンディング・オベーションはあるし

      そりゃ、あれだけ熱狂的に観客から大喝采を浴びたら
      オーケストラのメンバーだって嬉しいだろう。

      日本公演にいった、どこかのオーストリアのオーケストラのようだ。
      日本公演で大喝采を浴びて
      良い気持ちになれば
      オーケストラのメンバーのモティベーションも上がるし
      良い音を出すようになる(かもしれない)

      自分のやりたい事がハッキリしているクルレンツィスなので
      それが、どんなに奇妙な解釈であっても
      オーケストラが頑張って、巧くクルレンツィス的に演奏すれば
      間違いなく大喝采・・・というのなら
      そりゃ、オーケストラもハッピーだろう、きっと。

      売り切れのコンサートだったし
      マーラーの交響曲1番の後でアンコールは演奏しないだろう
      (前向いてお辞儀、右向いてお辞儀、左向いて、後ろ向いてもやったし)
      ・・・と思って、クロークが混む前に、と出て来てしまったが
      アンコールを2曲も演奏したらしい。

      しかも現代曲とシェルシ(シェルシは私の中では近代曲)だったようで
      くそっ、何故、もう少し残っていなかったんだ、と
      ひたすら後悔している私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      例のウイルスだが
      オーストリアは本日、日本を危険度2に指定(1から5まで)
      オーストリア人は、あまり日本に行かない方が良いよ、程度の勧告で
      日本からのオーストリアへの入国は制限がないが
      今日オフィスに電話したら
      やはり、既に日本からのグループのキャンセルも相次いでいるようだ。

      オーストリアは現時点で患者6名。
      うち2名はチロルで仕事しているイタリア人。
      3名(大人2名+子供1名)は最近イタリアで休暇を過ごした家族で
      残る1名の感染経路が不明。
      この1名は、10日以上にわたって、既にインフルエンザで入院していて
      この病院が、念の為にとインフルエンザの患者を全員検査したら
      この人だけに例のウイルスが見つかったという経緯がある。
      (しかも、ウィーンの有名な弁護士で、イタリアにも行ってないし
       どこでどう感染したのかが謎)

      オーストリアは、緊急相談電話を設けると同時に
      緊急相談以外の相談電話番号も別に作り
      疑わしい場合は医師が出向いて検査をする体制を作って
      州ごとではなく、国全体での統一した検査基準などを発令している。

      ただし、オーストリア人に言わせると
      何とかウイルスより、インフルエンザの方がコワイ(それは確かに当たり)

      トーンハレ・オーケストラ + パーヴォ・ヤルヴィ

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        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月16日 19時30分〜21時50分

        Tonhalle-Orchester Zürich
        クラリネット Martin Fröst
        指揮 Paavo Järvi

        Béla Bartók (1881-1945)
         Tranzsuite in sechs Sätzen Sz 77 (1923)

        Aaron Copland (1900-1990)
         Konzert für Klarinette und Orchester (1947/48)

        Peter Iljitsch Tschiakowsky (1840-1893)
         Symphonie Nr. 5 e-moll op. 64 (1888)

        アンコール
        Göran Fröst: Klezmer Dance No. 3 »Let's be happy«
        Peter Iljitsch Tschaikowsky: Polonaise (Eugen Onegin)

        コンツェルトハウスのインターナショナル・オーケストラ・チクルスで
        パーヴォ・ヤルヴィの肖像という副タイトルのコンサート。

        日本でも人気のあるパーヴォ・ヤルヴィと
        チューリヒ・トーンハレ・オーケストラ。

        いやもう正直なところを言ってしまうと
        宿題提出で明け方までゼイゼイ言っていて
        授業も、途中で数分、意識がなくなる状態で
        だいたい、毎日、ナイト・ライフを入れてしまうと
        やっぱり、ちょっとギリギリ。

        という事で、今日は短い。

        バルトークの音楽は民族音楽のモチーフを使って
        キレの良い、明るい音色で楽しかった。

        アーロン・コープランドのクラリネット協奏曲って
        初めて聴いたが
        コープランドらしい・・・と言うより
        アメリカの音楽って、ヨーロピアンと違って
        割にあっさりした感じがする。

        もっとも、アメリカ音楽というジャンルが
        果たしてあるのかは疑問だが
        ある意味、コープランドがいなければ
        この概念だってなかったよね?という印象を受ける。

        クラリネットのマルティン・フローストって
        典型的なゲルマン系の名前だけど
        スエーデン人なのね(アンコールの前に英語喋ったので驚いた)

        アンコールの曲が、最初ソロで
        その後オーケストラが入るというものだったのだが
        おわああああ、超絶技巧クラリネット・・・
        ほとんどサーカスなのだが、音楽的にも楽しい。

        後半、チャイコフスキーの交響曲5番。
        このオーケストラの音色って
        混じり気のない清潔さをまとった明るさがあって
        何とも洗練された真面目さというか
        どろどろしたところがない。

        チャイコフスキーは悩まねばならない、とか
        ロシア的な泥臭さが必要とか
        泥臭いのにヨーロピアンな洗練が欠けてはいけないとか
        まぁ、色々な偏見とか思い込みが
        聴衆にもあるだろうが

        音楽的なダイナミックに欠けるところはないのに
        とことん明るくて、音楽的なチャイコフスキーというのも
        実に楽しく、悩みなく、考える事もなく聴ける。

        悪口でも批判でもなくて
        パーヴォ・ヤルヴィと、このオーケストラの持ち味なのだろうが
        とことんモダンで洗練されていて明るくて
        非常に気持ち良く聴けて
        BGMとしても最高。
        (繰り返すが、悪口ではない!)

        徹底的に「音楽職人」の最強集団というか
        バロックの時代とかの
        音楽は楽しむもの(かどうかは不明だが)という
        ある意味、貴族的な楽しみを彷彿とさせる音が
        ずっと絶対的支配者のいなかった
        直接民主主義のスイスのオーケストラから出るのも面白い。

        だから好みとか主観の問題なんだけど
        (しかも、どっと疲れている時のコンサートだったし)
        バルトークもコープランドもチャイコフスキーも
        何となく同じイメージで聴こえて来た。

        まぁ、それも睡眠不足とか体調のせいだろうし。

        チャイコフスキーの交響曲の後のアンコールは珍しいが
        サービス精神満点のパーヴォ・ヤルヴィは
        私の知っている限りでは、必ずアンコールを演奏する。

        今回もチャイコフスキーのオイゲン・オネーギンから
        ポロネーズを、もうひたすら元気一杯に演奏。

        徹底的に現代的で
        徹底的にエンターテイメントで
        サービス精神満杯の楽しいコンサートだった
        ・・・けど、ともかく体調整えねば、という私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        2月のこのチクルスのコンサートは
        同じくパーヴォ・ヤルヴィが
        世界に誇る日本のオーケストラを率いて来るので楽しみ。
        (ただ、世界に誇る日本のオーケストラについては
         褒め言葉以外の事をメモると色々と問題になりそうなので
         まぁ、その時はその時で考えます(笑))

        南西ドイツ放送交響楽団 + クルレンツィス

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          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年12月16日 19時30分〜21時

          SWR Symphonieorchester
          指揮 Teodor Currentzis

          Gustav Mahler (1860-1911)
           Symphonie Nr. 9 (1908-10)

          指揮者クルレンツィスと言えば
          日本でも何だかフィーバーして
          カルト的な人気があるようだが

          私は2016年10月5日にこの指揮者を聴いて
          これはスゴイ!!!と、かなりの期間
          日本の音楽専門の旅行エージェントさんたちに
          これからはクルレンツィスですよ!!!と宣伝したのに

          誰ですかそれ?と冷たく冷たくあしらわれて(涙)
          その間にヨーロッパでブレイクしたら
          続けて日本でも大人気になって
          何故に日本人って有名人が好きなの?

          (ワタシはあまりに有名になってしまうと
           興味を失うタイプなので・・・すみません)

          さて、2016年にクルレンツィスにハマった私は
          コンツェルトハウスのチクルスの
          貧民席の中でベストの位置を押さえている。

          いつも行くたびに
          あれだけ奇を衒った演奏すると
          いつかアキが来るんじゃないか、と思っている訳だが

          今回は南西ドイツ放送交響楽団と
          マーラーの交響曲9番。

          もちろん、オーケストラのメンバーは座って演奏する(笑)

          マーラーの交響曲9番の時は
          私は、いつもオーケストラ・スコアを持参。
          何故かと言うと

          最後のアダージョが
          あまりに作品として凄すぎて
          スコア見ながら頭で冷静に聴かないと
          とんでもなく感情に触れてしまう、というのが一つ。

          そして、肝心なのは最後のページの約5分
          弦楽だけのピアニッシモの部分を追っていないと
          いつ終わりなのかわからなくて、不安になるから。

          実はスコアを自宅に忘れたのだが
          わはははは、私はウィーン大学の音楽学の学生だ。
          音楽学図書館に、ちゃんとユニバーサルのスコアがある(そりゃそうだ)
          急いで借りて、バッグに入れてコンツェルトハウスに向かう。

          さて、肝心の演奏だが
          オーケストラは巧い。
          技術的に高い水準だし
          まぁ、金管鳴らしすぎというのは指揮者の好みだろう。

          でも、第一楽章で、何となくあれ?という気分になった。

          マーラーの作品には、毒がある(と思う)
          クルレンツィスも反抗児で、ラディカルで
          その意味では良い意味の毒のある演奏をする人なのだが

          クルレンツィスの毒より
          マーラーの毒の方がずっと強い。

          よって、どんなに奇を衒うクルレンツィスでも
          マーラーになると
          解釈的に、曲以上に毒を盛る事は出来ない。

          なのに無理やり個性(毒?)を足そうとするので
          時々、映画音楽と化すし

          舞台の前で、コミカルなダンスを踊ってる人は誰?とか
          あ〜、クルレンツィス・ファンの方、ごめんなさい。
          でも、滑稽な操り人形が踊っているような印象を受けるところがあった。

          第2楽章は思った通り
          非常に鋭い音で始めて、アクセント付けまくり。
          マーラーのワイルドなところを出そうとしているのだろうが
          第2楽章と第3楽章の
          あの卑属なワイルド味は
          既に、マンフレッド・ホーネックが見事に演奏している。
          (しかもホーネックはウィーン出身だ。
           ウィーンの、あの貴族的なイヤミを纏った卑属さを知っている)

          クルレンツィスが二番煎じをしても
          ほとんど鮮烈な印象はない。
          それ以上に演奏が上滑りしていて
          無理やりエネルギーとワイルドさを出そうとしているのが
          ミエミエで
          表面的な力強さが思い切り滑っている感じがする。

          まぁ、グスタフ・マーラーって
          スコアにむちゃくちゃ指示入れてるし
          それを忠実に演奏しようとしたら
          ポリフォニーになっている、どこかの楽器のパートを
          不必要に強調するか
          でも、それやるとメロディ・ラインが消えるし
          そこまでは、さすがにクルレンツィスでもやらない。

          鋭い演奏だし、二番煎じとは言え
          ワイルドさとかエネルギーはあるし
          (ただしウィーンっぽい、あのいやらしさはない)
          別にクルレンツィスだから何?って感じで
          (おいおい、いったい何を期待してる?(笑))
          何だか非常に普通の演奏。

          さて、最終楽章。
          演奏前に弦がもう一度音合わせ。
          その間に、バッグからスコアを取り出して準備するワタシ。

          来た〜っ。
          あの弦の音圧(これに弱い)
          スコア見ていなかったら
          感情のどん底に落ち込む危険のある曲。
          (ええ、ワタクシ、今年5月から、実は精神的にどん底にあって
           誰にも言わないし言いたくないし
           時が癒してくれるとは思っているけれど
           それでも、時々フラッシュ・バックがあってキツい時があるので
           こういう曲は本当に危険なのである)

          スコアを追って
          頭の中で意図的に冷静に曲を鑑賞しているうちに

          何だか途中から、スコアが見えにくいんですけど?

          あっ、この指揮者、どんどん会場の照明を暗くしているっ!!!!

          最後の1ページが肝心なのに
          本当に会場がどんどん暗くなる。
          むちゃくちゃ暗くなって手元のスコアが読みにくい。
          (ギリギリ、音の移動は見えるが、5線は見えない状態)

          何だこれ?と舞台を見たら
          舞台のオーケストラ部分の照明も、どんどん落としていて
          プレイヤーは譜面台のライトだけで演奏している状態。

          ・・・何て姑息な手段を使うんだよっ!!!!(怒)

          この曲は、そこまで劇的に環境を変えてしまったら
          上滑りの、感動強制になってしまうではないか。

          というより、観客の何人かは寝ちゃったんじゃないの。

          しかも、さすがに1000人を越える観客が居て
          うち90%は年配なので
          どんなに照明を落とそうが
          聴こえるか聴こえないかの狭間で演奏しようが
          大声を伴った咳をする人は
          必ず何人も居るのだ。

          こんな照明を落とす、という
          あからさまなわざとらしい演出をしなくても
          この最終楽章の凄さは、音だけでわかる。

          スコアの最後のページを追うの、本当に大変だった。
          で、最後の音が消えて
          あ〜、終わった・・・・・と思った後に
          照明は暗いまま・・・

          いや、良いんですよ、確かに終わった後の静けさというのは必要だ。
          だが、だが、だが

          これ、ちょっと長すぎない???????
          (たっぷり数分)

          咳をする人があちこちに居て
          周囲からは「終わったの?」とか小声の囁き声が聞こえてくるし
          大きなため息も聞こえてくるのに

          まだオーケストラも指揮者も固まったままで
          全然電気が点かないんですけど!!!!!!!

          これを「やりすぎ」と言う(断言)

          マーラーの交響曲9番を
          こんなに劇的に演出する必要は一切ない(と私は思う)
          何だか、バカにされているような気分になる。
          そこまでやらないと良さがわからない、という曲ではない。

          感動させようというのであれば
          曲と、その演奏で感動させてくれ。
          演出じゃなくて!!!!

          というワケで
          奇を衒うのは、別に嫌いじゃないけれど
          今回はちょっと、いや、かなり気に喰わない。
          (スコアを読むのに苦労した、という理由も大いにある)

          演奏そのものは非常に良かっただけに
          (あ〜、でもスコア見てたら、とんでもない演奏事故が(笑))
          使った手段で呆れさせる事になったのは
          ある意味、非常に残念。

          でも、それがクルレンツィスなんだろうなぁ、と
          何となく納得しつつ
          来年のベートーベン・チクルスがどうなるのか
          かなり気になる私に
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          ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー 2日目

          0
            Musikverein Großer Saal 2019年11月26日 19時30分〜21時55分

            Budapest Festival Orchestra
            指揮 Iván Fischer
            ピアノ Sir András Schiff

            Antonín Dvořák (1841-1904)
             Legende für Orchester, op. 59/5
             Wiegenlied. Chorlied, op. 29/2
             Slawischer Tanz für Orchester As-Dur, op. 72/8

            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur, op. 73

            Antonín Dvořák
             Symphonie Nr. 8 G-Dur, op. 88

            ブダペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャーに
            アンドラッシュ・シフの2日目。

            ちょっと睡眠不足(火曜日でかいっ!)のせいもあって
            多少、気分がハイになっているのは認める(すみません)
            だけど、このプログラム、ともかくワタクシ好みで・・・(笑)

            歌うオーケストラ、ブダペスト祝祭管弦楽団の
            ドボルジャークのオーケストラ曲の時に
            指揮者の左側で座って、何もしていない男性が一人。
            これはコーラスの指導者の方なのかしら?と
            不思議に思いながら
            歌うオーケストラの曲を聴いたあと

            ドボルジャークのスラブ舞曲で
            鐘を取り出して
            その瞬間になると、指揮者の横に並んで
            ち〜ん ♩

            きゃ〜〜っ、パーカッショニストだったんですね。
            立って一歩前に出て
            愛おしく鐘を小さなマレットで叩くのが
            とてもチャーミング。

            さて、アンドラッシュ・シフのベートーベン
            ピアノ協奏曲5番。
            たぶん、ベートーベンのピアノ協奏曲の中では
            最も有名な曲だと思うのだが
            ウィーンでは3番は比較的多く演奏されていても
            5番を聴くチャンスはあまりない。

            ピアノはベーゼンドルファーのコンサート・グランド。
            多少、硬めの音で調律してあるのか
            ちょっとコツコツした感じの音色。

            で、これが、これが、これが
            うおおおおっ
            イヴァン・フィッシャーの浪花節、じゃなくて
            お兄さんのアダムとは違う
            あの独特のアクセント感が
            曲に与えている躍動感がすごい。

            もともと勇壮な曲ではあるのだが
            アクセントの強調とダイナミクスが重なって
            威風堂々というか

            ベートーベンのどや顔が見える(ような気がする)
            なんか、どこか裏口から
            突然、舞台に、おお、おお、やっとるかね
            良い曲だろ〜、わっはっは
            とか言いつつ登場しそうな気がする(妄想です)

            昨日の4番と同じように
            音楽大好き人間が集まって
            同じ方向に、全員揃って疾走している印象。

            しかも、そこに漂う
            「やったぜ」感がベートーベンに合いすぎて
            なんかもう、聴いている方としては
            微笑みを浮かべつつ
            心の中で大笑いしている有様(すみません)

            どや顔演奏をする指揮者もピアニストも結構居るんだけど
            その「どや」感が、プレイヤーの属性になっていないというか
            作曲家のお墨付き、みたいな
            あるいは、作曲家の心持ちを代理として表現してます
            ないしは、作曲家に成り代わって
            当時のどやどや気分をお伝えします・・・

            もう何書いてるんだか、わからなくなって来た f^_^;

            引き込まれて魅了されて
            ベートーベンの顔(どやどや)が頭に浮かんで来て
            さてアンコールの時間。

            またシフに伴奏させてオーケストラが歌うのか、と思ったら
            一人でピアノ・チェアに座るシフが弾き出したのが

            ベートーベンのピアノ・ソナタ12番第一楽章!!!!

            きゃ〜〜〜〜っ、それ弾くか?!
            (しかも明日の音楽分析バリエーションの課題曲(笑))

            これがまた、最高にゴキゲンな曲で
            ベートーベンってバリエーション好きだったんだなぁ(妄想)
            確かにこねくり回した感じはあるけれど
            割にシャカシャカ、楽しんで変奏している感じがある。

            アンドラッシュ・シフさま、参りました。
            この人、本当に端正な感じで
            体幹が真っ直ぐで姿勢が良くて
            マジメ一方って感じがするのに
            あんなにチャーミングな演奏をするなんて
            もう、心にグッサリ来るわ。

            後半、ドボルジャークの交響曲8番。
            最初から、スラブ愛が爆発する曲なんだけど
            こういうのはイヴァン・フィッシャーの持ち味に合っている。

            ともかく元気が良い(笑)
            リズムの取り方が、どこでもジャンプしまくってるし
            しっとり歌わせるメロディは
            ちゃんと歌わせながら
            その独特のリズムやアクセントで
            あ〜、スラブの血が湧く。
            (マジャールじゃないんです、今回は(笑))

            オーケストラの音は比較的硬質なので
            楽友協会の残響に助けられるというよりは
            ちょっとうるさい程に響くので
            多少、粗い感じではあるのだが

            それがまたドボルジャークに合っていて
            ああ、この人も、楽しんで楽しんで
            この故郷への愛に溢れる美しい曲を作ったんだなぁ。

            さすがにドボルジャークが
            どや顔で楽友協会に乱入する、と言う妄想は浮かんで来なかったが。
            (ただ、ドボルジャークは楽友協会の名誉会員である。
             ついでだが、ベートーベンもだ)

            だいたい8番って
            全体的に元気な曲じゃないですか。
            それを、ノリノリで
            イヴァン・フィッシャーが暗譜で
            指揮台で飛び跳ねつつ
            リズミックに踊って

            オーケストラのメンバーが
            またもや、ノリノリで演奏しているので
            これが楽しくないワケがない。

            途中、ちょっと木管の珍しい音外しがあったけれど
            そんな細かいミスなんか、全く気にならない。

            エネルギッシュな音楽が
            奔流のように流れ込んで来て
            この楽しさって
            難しい事を考えて頭で聴いているよりも
            もっと体感的に「楽しい」と素直に思える快感だ。

            人生、色々と辛い事はあっても
            こういう音楽があれば、楽しく生きていけるという感じ。
            (辛い事=ラテン語ではございません、念の為)

            音楽が心を救ってくれる、という事があるんだなぁ。
            (いや、先学期もメンデルスゾーンに救われたんだっけ)
            理性で解決しているとは言え
            感情として、まだ整理がついていない事が
            周期的に、感情を邪魔するのだけれど
            そういう気分を吹っ飛ばしてくれるような
            元気の良いオーケストラと
            元気で愛に溢れるイヴァン・フィッシャーに感謝。

            確かに、こういう「体感的快感」は
            現代音楽では味わえないなぁ、と思いつつ
            明日から数日、またもや、せっせと
            現代音楽を聴きに通う予定の私に
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            ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー 1日目

            0
              Musikverein Großer Saal 2019年11月25日 19時30分〜21時45分

              Budapest Festival Orchestra
              指揮 Iván Fischer
              ピアノ Sir András Schiff

              Antonín Dvořák (1841-1904)
               Legende für Orchester, op. 59/1
               Ich sag’s nicht. Chorlied, op. 29/3
               Slawischer Tanz für Orchester e-Moll, op. 46/2

              Ludwig van Beethoven (1770-1827)
               Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur, op. 58

              Antonín Dvořák
               Symphonie Nr. 7 d-Moll, op. 70

              ブダペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャー
              ピアニストにアンドラッシュ・シフを迎えて
              ドボルジャーク+ベートーベンのプログラム連続2日の1日目。

              ドボルジャークの交響曲も
              もう聴き飽きた(ごめん)的な新世界を避けて
              大好きな7番と8番である ♡
              あ〜、イヴァン・フィッシャーさん、ありがとう ♡♡♡

              朝のラテン語とドイツ語教育法と
              午後のラテン語の間に
              図書館でひたすらラテン語という

              私、音楽が好きで音楽学を専攻しているはずなのに
              何故にラテン語ばっかり・・・(涙)と思いながら
              いや、これを頑張ったら
              夜はドボルジャークの7番が聴ける、と思うと
              頑張りにも力が入る単純なワタシ。

              ブダペスト祝祭管弦楽団と言えば
              字義通り「歌うオーケストラ」で
              必ずプログラムにオーケストラ・メンバーのコーラスが入る。

              楽器だけ巧くても、歌が歌えなかったら
              入れないのかこのオーケストラには。
              シビアなビジネスだぜ(と勝手に想像する)

              このオーケストラ、技術的に本当にトップだけど
              それに加えて、イヴァン・フィッシャーの熱い指揮で
              出てくる音が、とことん音楽的。
              リズムの乗り方も抜群。

              コーラスは・・・
              まぁ、完璧にプロの団体ではないし
              人数も人数だし
              それに、オーケストラだから比較的男声が目立つ。
              (けど、みんな巧い)
              2曲目の歌詞は、ドイツ語訳はプログラムに書いてあったけれど
              オリジナルのチェコ語で歌っていた模様。

              さて、端正な紳士、アンドラッシュ・シフの登場。
              いや〜、ほんと、この人、立ってるだけで品がある。
              演奏後に指揮者と抱きついたのは、あるあるだけど
              コンサート・ミストレスに
              お手にキッスの挨拶をして(本当にキッスはしないです念の為)
              それが、あれだけサマになっている男性は
              昨今、ほとんど絶滅しているのに
              あ〜、よくぞ残ったって感じ。

              ベートーベンのピアノ協奏曲4番は
              普通に聴けば、比較的地味な曲で
              派手にアピールする5番なんかと比べると
              あまり好んで聴きたい曲ではないのだが
              (ただし3番よりはマシ。3番好きじゃない、すみません)

              節制がしっかり効いているのに
              地味でも内向的でもない、という不思議なピアノ。

              もちろん、オレオレ感は全くなくて
              派手にアピールしよう、と言う無駄な意気込みもないんだけど
              ピアニストとオーケストラと指揮者が
              みんな、一丸になって、楽しみながら音楽してるという印象。
              見ている方向がみんな同じ、という感じなので
              醸し出される親密感が何とも言えず素晴らしい。

              第2楽章の、あのオーケストラのユニソノと
              ピアノの語らいの掛け合いなんて
              あんなに素晴らしいと思ったのは初めてかもしれない。

              アンコール演奏するかな?と思ったら
              ピアノに譜面台が立てられて
              わ〜っはっはっは
              オーケストラ・メンバーが
              シフのピアノでリートを1曲。
              シフにコーラスの伴奏させるか、このオーケストラと指揮者は!!(爆笑)

              しかもコーラスが Stumm, Stumm (無言、無言)と繰り返し
              最後に指揮者が棒を振り下ろすところは
              コーラスも無言という演出付き。

              いやもう、イヴァン・フィッシャーの茶目っ気は
              他の指揮者ではあり得んわ。

              後半は楽しみにしていた
              ドボルジャークの交響曲7番。

              これ、本当に名曲だと思うんだけど
              ナマで聴く機会は、新世界よりと比べると
              その10%くらいじゃないかなぁ。

              いやもう、ドボルジャークの転調の見事な事。
              オーケストラの深い低音が響いて
              厚みのある和音が楽友協会のホールに響き

              イヴァン・フィッシャーは、いつもの通り
              マジャールの血!!!という感じの
              (ドボルジャークはチェコだ!(笑))
              熱血感あふれる、ダイナミックで大胆な指揮だし

              弦楽器の音は
              この間、ブラームスでウィーン・フィルを堪能しちゃったので
              それに比べると、多少、硬質な感じはするけれど
              管楽器のソロが、全員、むちゃくちゃ巧い。

              ベートーベンの曲は
              聴いている者に「感激」を強要する、って話があったけれど
              ドボルジャークだって、かなり、感激を強要する。
              (註 ワーグナーはもっと強力だが)

              予想はしていた事だけど
              民謡的なメロディの歌わせ方が見事だ。
              第2楽章のメロディのキュートな事と言ったら!
              本当にオーケストラが歌っちゃうメンバーだからな
              歌ゴコロのある曲は得意中の得意なんだろう。
              しかもフィッシャーさん、熱いし(笑)

              もう、ドボルジャークってずるい(出た、日本人のずるい!)
              こんなに美しいメロディ・ラインを書く上に
              目まぐるしい転調で観客を引き摺り回して
              ワイルドな最終楽章なんて
              ずっと短調で演奏していて
              最後が華々しく長調で終わるんですよ。
              いやもう、あり得ないって。

              良いわ〜良いわ〜
              この曲、何回聴いても良い、大好き。
              (そんな事しか書けない自分が悲しい)

              自宅に戻ってから
              ようつべをチェックしていたら
              うおおお、ウィーン・フィルとブロムシュテットの演奏を見つけてしまった。
              (一応、ライバル?なので、ここに貼るとヤバイような気がするので
               リンクだけしておきます。
               名演です、間違いなく。聴いてみて損はございません)

              会場が楽友協会だし
              このコンサート、聞き逃してるって事はないだろう、と調べてみたら
              あっはっは、ありましたよ
              2018年9月22日・23日と10月2日。
              (しっかり3回とも聴いている、しつこいワタシ)

              ブダペスト祝祭管弦楽団は
              同じプログラム2日じゃなくて(笑)
              明日はドボルジャークの交響曲8番と
              ベートーベンのピアノ協奏曲5番。

              明日も朝から授業だが
              夜のこの楽しみを考えて
              頑張るぞ!と固く決心する私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              ツィッターにはちょっと書いたのだが
              本日午後のラテン語の授業で
              ローマ法王ご来日中のツイートが教材になった。
              Usus energiae nuclearis ad bellum immoralis est, si item immoralis est possessio armorum nuclearium.
              bellum=戦争 itemはアイテム armorum は arma(複数中性名詞、武器)の所有格
              est は英語の be動詞の三人称単数
              あとは英語からの連想でもわかると思う。
              コメントは避けます。

              チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 3日目

              0
                Musikverein Großer Saal 2019年11月19日 19時30分〜22時

                Tschechische Philharmonie
                指揮 Semyon Bychkov
                チェロ Gautier Capuçon

                Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
                 Serenade für Streichorchester C-Dur, op. 48
                 Variationen über ein Rokoko-Thema für Violonchello und Orchester, op. 33
                 Symphonie Nr. 5 e-Moll, op. 64

                チェコ・フィルとビシュコフのチャイコフスキー連続公演最終日。
                もう、当分チャイコフスキー は聴きたくない・・・というくらい
                お腹いっぱいの気分。

                本日最終日は大サービスで
                最初は弦楽セレナーデから。

                ・・・読者諸氏がお考えの通りで
                この最初の部分は、エイフマン・バレエの
                「アンナ・カレーニナ」の冒頭シーン。
                (もっとも、こんなに長くダンサーは踊っていられないから
                 バレエではかなり短縮してある)

                思い浮かぶのは
                若いオルガさまがエノ(カレーニン役)と腕を組んで
                豪華絢爛たる貴族の舞踏会に出かけるシーン。

                久し振りにナマのオーケストラで聴くと
                何と言う美しい曲なんだろう、これ。

                チェコ・フィルの弦のアンサンブルは
                本日のこの曲は低弦が効いて
                音の厚みがあって
                ビシュコフの泣き節も加わって
                もう、あまりの美しさに席で卒倒しそう。
                (もちろん、頭の中でオルガさまが踊っている、というのもあるが(笑))

                最初から悶えまくりになってしまって
                あとはどうでも・・・

                カプソン(弟)のチェロも元気が良いし
                細かい部分はちょっとごまかしてる部分はあったと思うが
                卓越した技術と音楽性で楽しく聴かせてもらったし

                アンコールが、チェコ・フィルの弦を伴奏にして
                ガブリエル・フォーレの歌曲!!!

                ああ、私の青春時代。
                ・・・というより、子供の頃に聴いた曲って
                いつまで経っても忘れないのが不思議。
                最初のメロディを低いストリングで弾いて
                繰り返しを1オクターブ上げて来た。
                チェロって、こういう表現ができるし
                確かに人間の声にとても似ているので
                こういうリートは合ってる。

                後半、交響曲5番。
                苦渋のマンフレッドと、痛切な悲壮の後に
                この曲を持って来た、というのは
                ドラマツルギー的には、最後は勝利を高々と、という感じなのか
                今日の演奏は、昨日や昨々日とはガラッと色調を変えて
                あんなに重くならずに、比較的あっさりと演奏された印象。
                オーケストラ・メンバーが疲れていただけかもしれないけど(笑)

                ビシュコフはダイナミックスを細かい部分でかけてくるので
                全体のうねりが、かなり大きくなる。

                加えて、各楽器のパートを、きっちり明確に出してくるので
                オルゲルプンクトとか、テーマの他の楽器への移行とか
                スコアを見ているように、まざまざとわかるのだが

                その分、中心となるメロディが隠れてしまって
                時々、パートがバラバラになって
                音楽的な中心がない不安定さをもたらすのは面白い。

                今日の音楽分析の授業で
                ベートーベンのピアノ・ソナタのロンド形式の分析をしていたら
                隣の同僚が、よくわからなかったらしく
                その後、カフェでお喋りした時に
                あんな分析するより、曲を聴いているだけでも
                音楽は楽しめる、と主張するので
                いや、確かにそうだけど
                私はアホなので、楽曲構成を知っていた方が
                聴いていても、頭の中で分析しながら聴けるから
                そちらの方が面白い、という話をしていたのだが

                まさか、その後に
                バラバラになりそうな各パートを
                頭の中でつなぎ合わせて
                あちこちのイミテーション部分と
                比較しながら聴くために演奏されたような曲を
                聴く事になるとは思わなかった。

                2日間続けて
                異様に暑苦しいチャイコフスキーだった印象があるので
                今日の5番のように
                重心が下にあって、どっしりしていながら
                解像度が高くて
                感情というよりは、頭で聴けるチャイコフスキーが
                最後に出て来たのには驚いた。

                チェコ・フィルの弦には惚れた。
                管楽器はウィーンにも名人が多いので
                甲乙はつけがたいが
                チェコ・フィルの、あの柔らかさ自由自在の
                厚みのある温かい音は
                ウィーンの冬には、一家に一オケ、欲しいものだ(謎発言)

                楽曲分析しなくても音楽は楽しい、と言った同僚の方が
                私より、ずっと音楽感受性があるんだなぁ、と
                ちょっと、ある意味、羨ましいような気もする私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                大学の音楽分析は、1年前に既に単位は取ってしまったので
                (レポートはシェーンベルクのピアノ曲で書いた)
                卒業単位にならない。が、
                分析って、やらないと、即、忘れるので
                聴講だけさせてもらっている状態。

                ただし、2つあるうちの一つは
                ちょっとワケありで正規で入ってしまったので
                明日提出のバルトークのピアノ曲と格闘。
                出来た〜とバンザイしたとたん
                テーマになっているのが、4度じゃなくて、5度だったという
                冗談にならんミスに気がついて冷汗。
                まぁ、成績悪くて単位取れなくても卒業には関係ないから(言い訳)

                チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 2日目

                0
                  Musikverein Großer Saal 2019年11月19日 19時30分〜21時30分

                  Tschechische Philharmonie
                  指揮 Semyon Bychkov
                  バイオリン Renaud Capuçon

                  Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
                   Konzert für Violine und Orchester D-Dur, op. 35
                   Symphonie Nr. 6 h-Moll, op. 74 „Pathétique“

                  チェコ・フィル2日目。
                  チクルスで持っているコンサートではなく
                  別買いしたので、何も見えない席だが
                  何故か、「売り切れ」札がポスターに貼ってあっても
                  私の横の超貧民席は空いている。
                  いつも来るおじさんがいたが。
                  (だいたい常連は狙う席は同じなので
                   私が持っていなければ、その席は他の常連が持っている)

                  チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。
                  あ〜、カプソン(兄)のバイオリンの音がでかい。

                  しかも元気だし
                  表現がオーバーでねっとりしていて
                  時々、細かいところで音程が微妙にズレてるが
                  人間のカテゴリー知覚でカバーできる範囲。

                  (余計な話だが、この間、ゼミで発表した時に
                   さんざん440ヘルツと435ヘルツと450ヘルツなどを聴きまくって
                   5ヘルツの差では、私は全くわからない事が判明。
                   さすがに10ヘルツの差があるとわかる。
                   微妙な差異はわからない方が幸せに音楽を聴ける(笑))

                  昨日の不気味なチャイコフスキーと違って
                  如何にも「名曲アワー」ブリリアントで絢爛豪華♡という
                  あまり何も考えなくても楽しく聴けてしまうのは
                  ちょっと神経が参っている時にはありがたい。
                  (朝、1コマ休講で自宅にいた時に
                   ちょっと昔の悪夢を思い出させる連絡があったりして
                   ま〜、でも、もうワタシ、あの業界からは足を洗ったので)

                  カプソン(兄)のアンコールは
                  いつも同じ曲のような気がする。
                  バッハの無伴奏曲だが、何番かはわからん。

                  さて、後半は交響曲6番「悲愴」
                  前半の協奏曲でも、拍手のフライングはゼロだったから
                  後半も、たぶん大丈夫(大当たり)

                  全体的に音量大きめでの演奏で
                  弦より、金管・木管を強調するので
                  普段、意識に上らないような金管や木管の
                  意外なモチーフが聴こえてきたりするのは面白い。

                  で・・・
                  もしかしたら、私の耳が遠くなっている可能性もあるんだけど
                  音圧がかなり高くても
                  そう「うるさ〜い」という感じにならないのは
                  チャイコフスキーのオーケストレーションの妙ですかね。

                  ビシュコフは、オーケストラ全体を
                  これでもか〜という感じで鳴らすので
                  (何かチャイコフスキーに恨みでも?(笑))
                  なんかもう、容赦のない音量なのだが。

                  感情ダダ漏れのドラマチックな演奏で
                  金管、しかも低音が強調されているので
                  昔のレニングラード・フィルみたいな音がする。

                  あの柔らかいチェコ語を話す(かもしれない)オーケストラには思えない。
                  (「かもしれない」と入れたのは、ほら、今、
                   オーケストラって国際化しているから。
                   共通言語が何かなんて、外部にはわからない)

                  第3楽章のスケルツォのリズムの取り方が
                  かなり奇妙というか
                  何だか最初、ヘミオラに聴こえて来て驚いた。
                  不安定で、せわしなくて
                  こちらの感情をゴリゴリ削るようなリズム。

                  ものすごく、ド派手に
                  大音量で(金管!)終わった第3楽章の後
                  指揮者によっては、ほとんどアタッカで最終楽章に入るのだが
                  ビシュコフは、ここで、かなり長いパウゼを取った。

                  舞台見えないけど
                  きっと、昨日と同じで
                  感情目一杯に爆発させて
                  身体も目一杯動かしたので
                  疲労困憊の状態なんじゃないだろうか。

                  叫びまくりの悲壮な最終楽章。
                  ビシュコフの、まぁ、ある意味、偏見で言えば
                  ロシアン・メンタリティ爆発という感じかも。

                  あそこまでの感情表現
                  草食民族で、慎ましい事が美徳とされている文化を持つ私には
                  理解の範疇を超えてしまうので

                  感動とか感激とかと言うよりは
                  肉食民族すごい・・・というか
                  こういう音楽を作る人(作曲家+演奏家)と
                  オトモダチにはなりたくないと言うか(すみません)

                  今日、久し振りに聴講してきた
                  「音楽と感情」のプロゼミで
                  音楽における身体表現のテーマで
                  色々と考える事があって

                  今日のビシュコフの「身体表現」は見えなかったけれど
                  何となく想像はつく。

                  人間って贅沢な生き物なので
                  より激しく、より強く、より良く、より速くという
                  際限のない欲望を持って

                  しかも、今やコミュニケーション手段の発達に伴って
                  世界中の「すごい」ものを見たり聞いたりできる時代の中で
                  クラシック音楽における身体表現は
                  クラシックの「崇高性」を保つために
                  ストイックになっているのではないか、と
                  講師から問題提起があったんだけど

                  いやいや、指揮者も演奏家も
                  特にビデオとかに残る場合には
                  それなりに「意識」して、演劇性を強調しているんじゃないの?

                  それ言ったら
                  イグーデスマン&ジョーとか
                  フィルハーモニックスとか
                  サルート・サロン(美女4人組の、茶目っ気たっぷりのカルテット)とか
                  私の今学期の研究課題のキャシー・バーベリアンとか
                  「聴く」という要素だけではない「見た目」要素のクラシック
                  ないしはクロス・オーバーもあるし
                  あ〜、それ言い出したら、オペラなんて身体表現の最たるものかもね。

                  ストイックな指揮者・・・なんて
                  ピエール・ブーレーズが最後だったんじゃないか、と
                  何故だか考えてしまう私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  しかし演奏曲目によるのかもしれないが
                  チェコ・フィルの音って
                  以前のビエロフラーベックの時と、ずいぶん変わった印象がある。
                  (良し悪しの評価はまた別)

                  チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 1日目

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2019年11月18日 19時30分〜21時45分

                    Tschechische Philharmonie
                    指揮 Semyon Bychkov
                    ピアノ Kirill Gerstein

                    Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
                     Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 b-Moll, op. 23
                      Originalfassung 1879
                     Manfred. Symphonie h-Moll in vier Bildern nach Byron, op. 58

                    チェコ・フィル祭りというか
                    ビシュコフ祭りなのか
                    どちらかと言えば、チャイコフスキー祭りかもしれないが
                    チェコ・フィルが3日連続でオール・チャイコフスキー・プログラム。

                    明日と明後日とで、交響曲6番(悲愴)と5番を演奏するし
                    今日はピアノ協奏曲、明日はバイオリン協奏曲(カプソン兄)
                    明後日はロココ・バリエーション(カプソン弟)というプログラムで

                    何故に1日目にマンフレッド???

                    交響曲5番と6番はチケット売り切れになっているが
                    マンフレッドは割に空席が目立った。
                    あまり知られていない曲だからかな・・・

                    でも、まずは誰でも知っているチャイコフスキーの
                    ピアノ協奏曲1番。

                    どっひゃ〜ん 😳
                    キリル・ゲルスタインのピアノが強い、強すぎる。
                    なんだこの強打は・・・

                    すごい音量で、しかも鋭い音で立ち上がってくるピアノは
                    オーケストラに挑んでいるかのようで

                    しかも、ピアノもオーケストラも
                    1小節の中で、むちゃくちゃダイナミックを変化させるので

                    ブリリアントで気持ち良く聴ける、ド派手な曲というイメージと
                    正反対の
                    何だか宙に浮いたような、しかも闘争的で
                    ズブズブの泥沼で
                    何となく怖い。

                    暗い情感の中の不安定さというか
                    ただのド派手な協奏曲じゃなくなっている。

                    しかも全体的にテンポが速い。
                    あんなピアノのオクターブの連打を
                    しかもあの強さでぶっ叩いてしまう(音は濁っていない)って
                    この身体能力(それ以外に何と言う?)の高さには驚くわ。

                    何だか最近、ことクラシックに関しては
                    ピアノと言えばブッフビンダーという感じだったので
                    こういう、鋭い、尖ったピアニズムって久し振りに聴いた。

                    鮮烈な印象を残すのだが
                    あまりに鋭すぎて
                    楽しんで聴ける名曲になっていないところが
                    私には非常に面白い・・・けど
                    これ、あまり聴衆にはウケないかも(笑)
                    技術的な鋭さが立ち過ぎているような印象を残す恐れがある。

                    後半は、マンフレッドなんだけど
                    だから、何故にマンフレッドなんだ???
                    チャイコフスキーだったら
                    有名な交響曲4番でも、1番でも、あるいは2番でも
                    もっと有名な曲があるだろうに・・・

                    しかもマンフレッドって、意外に長いし
                    ついでだが、この曲、かなり、しつこい(笑)

                    最初のマンフレッドのモチーフから
                    ビシュコフの表情が
                    苦渋に満ちた泣き顔になって

                    力一杯、泣き顔のまま
                    感極まった状態で指揮棒を派手に動かしている。

                    あれはロシアの感受性にむちゃくちゃ訴えるものがあるんでしょうか?
                    表情見ているだけで、こっちにも、その泣き節が伝わってくるんですが。

                    ・・・というより
                    バレエ・ファンの皆さまはご存知の通り
                    このマンフレッドのテーマって
                    ボリス・エイフマンが
                    ジゼル ・ルージュの、前半最後のところで
                    効果的に使っている音楽。

                    よって、マンフレッドのテーマが出てくるたびに
                    私の頭の中には
                    サドっぽい秘密警察長官のキリルが
                    (註 キリル・クーラエフ引退の前の話)
                    真っ黒な皮の上着とズボンで
                    真っ白な衣装を着た、ジゼル ・ルージュ役の
                    オルガさまを
                    アクロバットで振り回し

                    その後、深い愛情で
                    (でも、もともとマッチョ男なので
                     その愛情の表現があまり素直でないので
                     やっぱりアクロバットになる(笑))
                    自分の悲しみを押し殺して
                    愛するバレリーナをパリに逃して
                    それを見送って、涙を堪えて敬礼するという
                    例の、涙なくしては見られないシーンが
                    繰り返し再現されるので

                    うわあああ、私もちょっと泣きそう。

                    まぁ、そういう、思いがけない副産物というのはあるが
                    少なくとも私は一部であっても
                    このマンフレッドという曲を知っている、というのは
                    かなりのアドバンテージではある。

                    チェコ・フィルは昔からのファンだが
                    (ああああ、ビエロフラーベック時代・・・)
                    ビシュコフの、ロシア魂丸出しの
                    ものすご〜〜〜く感情的でズブズブの音楽を
                    実に巧く、柔らかい音で包んで
                    ソフトに聴衆に届けてくる。

                    時々、弦のアンサンブルの音色が
                    綿飴になるんですよ、このオーケストラ。
                    何と言うか、こう、フワッと空中に溶ける
                    重さのない羽のような甘い音色。
                    (ピアノ協奏曲の時も時々、この音が空気に溶けていた)

                    特に第2楽章の最後の
                    木管のソロが連続して、音が上がっていく様子の
                    あの音色の美しさと言ったら
                    そりゃ、ビシュコフでなくても天国に登るでしょう。
                    (ビシュコフは完璧に天国に飛んでいた)

                    時代的には1885年の曲なので
                    交響曲4番の約8年後、交響曲5番の3年前の曲だが
                    ロシアの民族音楽の要素もかなり取り入れて
                    メロディ・メーカー的な美しさも多いのだが
                    構成をしっかりさせようとするあまりに
                    ライトモチーフの繰り返しが、かなり多くて
                    こうやって聴いてみると、やっぱり、ロシア的なしつこさが強い。

                    どうせ、あまり知られていない曲を演奏してくれるんだったら
                    フランチェスカ・ダ・リミニが聴きたかったなぁ・・・
                    (これは本当に本当に滅多に演奏されない)

                    ビシュコフは、本当に感情的にマンフレッドになり切ったらしく
                    曲が終わってからも、脱力してしまい
                    こちらの世界になかなか戻って来られなかったようだが
                    (疲労困憊とも言う)
                    それだけ、情熱的に、深くロシア的情感に浸っていた。

                    明日はバイオリン協奏曲と、交響曲6番。
                    売り切れになっているコンサートなので
                    6番の第3楽章の後の拍手のフライングはない・・・とは思うけれど

                    6番が演奏されるたびに
                    まるで賭けみたいに、どうかな〜と思うようになってしまった
                    根性悪の私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    ウィーン現代音楽祭のゲネラル・パスを買ったのに
                    結局、ほとんど現代音楽のコンサートに行けていないじゃないか(汗)
                    この時期は、本気で身体がいくつか欲しいし
                    もっと時間も体力も欲しい・・・

                    ミュンヒェン・フィル + ゲルギエフ

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2019年11月13日 19時30分〜21時40分

                      Münchner Philharmoniker
                      指揮 Velery Gergiev
                      バイオリン Janine Jansen

                      Jörg Widmann (*1973)
                       Con brio. Konzertouvertüre für Orchester
                      Max Bruch (1838-1920)
                       Konzert für Violine und Orchester g-Moll, op. 26
                      Jean Sibelius (1865-1957)
                       Symphonie Nr. 1 e-Moll, op. 39

                      ミュンヒェン・フィルとゲルギエフのコンサートは
                      本日と明日、別プログラムで行われて
                      明日はベートーベンのピアノ協奏曲3番をブッフビンダーと
                      後半はブルックナーの7番なのだが
                      あ〜、実はコンツェルトハウスでは
                      ファン・ディエゴ・フローレスが歌うのだ・・・
                      (あとは察して下さい・・・)

                      さて、初日のこのコンサートは
                      イェルク・ヴィドマンのコン・ブリオから。

                      この曲、調べてみたら2008年のオーストリア初演(ヤンソンス)の時から
                      4回、ナマで聴いていて、今回が5回目。
                      これだけ回数多く演奏される現代曲って珍しいんじゃないかしら。
                      (それをちゃんと聴いているワタシもすごい。自慢にならんか(笑))

                      ベートーベンの交響曲のフラグメントをあちこちに使って
                      かなり面白い曲なのだが
                      やっぱり現代曲は現代曲なので
                      終わった後にブーイングした男性が居たが
                      演奏そのものは、かなり魅力的だったぞ。

                      だいたい、ゲルギエフが
                      普通の長さの指揮棒を持って
                      手のブルブルなしに
                      本当に真面目にカウント取っている、というのを
                      私は人生で初めて目にした。

                      木管・金管に名人が揃っているな、このオーケストラ。
                      結構、管楽器に特殊奏法が多いのだが
                      見事に手中にしていた。

                      その後はブルッフのかの有名なバイオリン協奏曲。
                      ジャニーヌ・ジャンセンのバイオリンは
                      かなり線が細い感じがするけれど
                      これは音楽聴きながら、ぐ〜っすり眠っていたので(あ〜、すみません)

                      楽しみにしていた後半のシベリウスの交響曲1番。

                      ミュンヒェン・フィルの音って
                      温かいというか、悪く言うと、ちょっとボンヤリした感じで
                      音量はあるけれど
                      いや、あり過ぎて楽友協会ホールの残響と混ざって
                      明確さには欠けていて、解像度も低い。

                      だが、通常、シベリウスで音楽ファンが期待するような
                      北欧の冷たさとか透明感とかとは
                      全く別の雰囲気を醸し出している。

                      もともと1番は民謡などからの引用も多いので
                      変に洗練され過ぎず
                      ちょっと泥臭いと言うか(良い意味で)
                      その分、音が柔らかくて
                      人肌の暖かさで聴衆を包んでくるような
                      なんとも、ほっこりした感じが心地よい。

                      ウィーンは急に冬になってしまい
                      (ザルツブルクは雪が降ったそうだが)
                      雨で寒いしジメジメしている天気だったので
                      ヘンにスタイリッシュで冷たいシベリウスより
                      ちょっと田舎っぽくて
                      ホッとするような温かみのあるシベリウスは
                      大歓迎である。

                      ゲルギエフの手のブルブルも
                      シベリウス(指揮棒なし)では大いに発揮されていたし
                      その分、表情が豊かな、聴きごたえのある演奏だったと思う。

                      明日の発表の原稿をまだ書いていないのに
                      ちょっと焦っていたら
                      更には、明日の音楽分析の宿題もやっていない事に気がついて
                      なのに、ブログだけは個人メモだからどうしても書きたいという
                      アホな私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      例年11月はウィーン・モデルン現代音楽祭もある上に
                      音楽のシーズンとしては
                      面白いコンサートが目白押しにあるので
                      身体が3つくらいあって
                      お財布が今の10倍くらいに膨らんだらなぁ、という
                      妄想の世界に浸っても・・・現実はそんなに甘くない(笑)

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