ウィーン交響楽団 + ロレンツォ・ヴィオッティ 2回目

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    Musikverein Großer Saal 2019年11月9日 19時30分〜21時15分

    Wiener Symphoniker
    Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
    指揮 Lorenzo Viotti

    Arnold Schönberg (1874-1951)
     Verklärte Nacht, op. 4
      Fassung für Streichorchester (1943)

    Giuseppe Verdi (1813-1901)
     Quattro pezzi sacri
     Vier geistliche Stücke
      Ave Maria über eine rätzelhafte Tonleiter (Scala enigmatica)
       für vierstimmigen Chor a cappella
      Stabar Mater für vierstimmigen Chor und Orchester
      Laudi alla Vergine Maria für vierstimmigen Frauenchor a cappella
      Te Deum für vierstimmigen Doppelchor, Sopran-Solo und Orchester

    昨日と同じプログラムで
    同じく、むちゃくちゃ感情揺り動かし最大限の体験をしたのを
    もう一度個人用メモとして残すのも
    正直、無粋だとは思うのだが(笑)

    だったら書かずに、他の勉強しなさい
    ・・・という心の底からの声も聞こえて来ないワケではないが(自爆)

    今日のヴィオティのスピーチは少し長くなり
    このコンサートのテーマは「愛」です。
    リヒャルト・デーメルの詩の内容の中で
    チェロで入ってくるのは男性の声で
    この愛と父性に満ちたメロディを味わって下さい。

    ・・・そうだったのか!
    チェロが男性で父性愛に満ちているなんて
    考えた事もなかったです(感受性欠如)

    昨日の「宗教はどうでも良い」という発言はなかったが
    あれは、もしかしたら誰かが、それはヤバイと指摘したのかしら。
    だって年配の聴衆が多いし
    オーストリアは、何だかんだ言ってもカトリックの国なので
    宗教がどうでも良い、というのは危険な発言ではあった。

    今日のコンサートの後
    皆さんが愛の気持ちに触れて
    微笑みながら帰宅してくれたら嬉しいです
    ・・・というのは、なかなか良い言い回しだった。

    喋る指揮者は、私はあまり好きではないのだが
    (コンサート前のプレトークとかは別だけど)
    どこかの交響楽団の首席になって最初のコンサートで
    ツェムリンスキーの「人魚姫」を演奏する前に
    延々と人魚姫の話をした若い指揮者も居た事だし
    (ちなみにその名をC.M.と言って、当時30歳にもなっていなかった)
    ヴィオッティの、ちょっと気負いの入った
    今回の話は、短かったし、コンサートそのものも長くなかったので
    まぁ、よしとしよう。

    昨日も思ったんだけど
    本当にこの演奏、とことん弦楽オーケストラとしてのバランスと
    ダイナミックスと、各パートの音色が
    徹底的に計算されていて、見事だと思う。

    本人は「愛」とか「感情」とかを強調しているけれど
    音楽作りに関しては
    主観的な感情に全く流されず
    冷徹に分析を繰り返して
    音楽の底にあるものを掘り起こして
    プレゼンテーションしたいタイプのような印象。

    情熱こめて指揮棒を振ってはいるのだが
    デビュー当時のネルソンスみたいに
    あ〜、音楽好き好き、大好き、みたいな
    感情ダダ漏れにならないんだよね。

    ヴェルディの聖歌四遍。
    あ〜、もう、何ですかこの曲!!!
    最初の謎の音階の不思議なハーモニーにも魅了されるし
    スタバート・マーテルのドラマチックな事!!!!

    盛り上がり方、聴衆の感情の揺さぶり方は
    さすがにヴェルディというか
    イタリア人というか(笑)

    テ・デウムも同じように
    proclamant という単語が出てくるので
    (clamare=叫ぶ に pro が付いて三人称複数現在直説法)
    来るぞ、来るぞと思うと
    フォルティッシモで「サンクトゥス」

    うはははは、ドラマツルギーとテキストが一致して
    実に気分が高揚する曲だ。

    ワーグナーも人の感情に
    ドカドカと土足で入っている名人だが
    ヴェルディも土足ドカドカでは負けないかも。

    しかしまぁ、楽友協会合唱団の巧い事と言ったら
    最初の謎の音階のハーモニーの合い方から
    ヴェルディのドラマチックな表現に至るまで
    オーケストラも良かったけれど
    (宗教曲だから金管楽器の活躍が多くて
     これがまたウィーン交響楽団は上手いんですよ〜)
    合唱団の音色の美しさにドッカーンと来る。

    指揮者の意図の通り
    帰り道では、ニコニコしながら「良かったわ〜」という感想が
    あちこちから聞こえてきた。

    この批評を読みたくて
    日刊新聞のプレッセの1日券(1ユーロ90セント)を買ってしまったが
    割に中立的で、毒にも薬にもならないような批評が載っていたが
    (プレッセは毒になると、とんでもない事を書くので面白いのだが)
    その意味では、批評家には好意的に迎えられたとも言えよう。

    1ユーロ90セントで一記事じゃもったいない、と
    コンサート関係の記事を読みまくって
    ますます勉強する時間がなくなる、アホな私に
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    気になる記事は全部読んでしまおう・・・という貪欲な気分でいるのだが
    明日になったら気力も体力もなくなっているかもしれない(笑)

    そう言えば、昨日も今日も
    リヒャルト・デーメルの詩の朗読があって
    これ、俳優さんじゃないよね、詩の朗読がど素人じゃんか
    と思ったら、やっぱり団員が朗読していた。
    (俳優さんを雇うと金がかかる・・・)

    舞台上、あるいは人の前で話す時に
    注意すべき点がよ〜くわかったので
    今週の発表には、心して臨もう(笑)

    ウィーン交響楽団 + ロレンツォ・ヴィオッティ

    0
      Musikverein Großer Saal 2019年11月9日 19時30分〜21時15分

      Wiener Symphoniker
      Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
      指揮 Lorenzo Viotti

      Arnold Schönberg (1874-1951)
       Verklärte Nacht, op. 4
       Fassung für Streichorchester (1943)

      Giuseppe Verdi (1813-1901)
       Quattro pezzi sacri
       Vier geistliche Stücke
        Ave Maria über eine rätzelhafte Tonleiter (Scala enigmatica)
          für vierstimmigen Chor a cappella
        Stabar Mater für vierstimmigen Chor und Orchester
        Laudi alla Vergine Maria für vierstimmigen Frauenchor a cappella
        Te Deum für vierstimmigen Doppelchor, Sopran-Solo und Orchester

      コンサート開始の前に
      指揮者のロレンツォ・ヴィオッティがマイクを掴んで

       今日のコンサートの最初の曲は
       プログラムに書いてあるリヒャルト・デーメルの詩を
       必ず音楽を聴く前に読んで下さい。
       そこに描写のある、夜の雰囲気、女性の不安に満ちた心情
       告白の時の緊張感、そして、それを許して
       すべてを浄化する愛の力が
       この曲の中に凝縮されています。
       後半のヴェルディの4つの聖歌四遍も
       宗教曲ではありますが、宗教はさて置いて
       これが、音楽でなければ表せない「愛」ではないでしょうか。
       この「愛」という感情を
       今日のコンサートの音楽で
       皆さまに感じて頂ければ、こんな嬉しい事はありません。
       (意訳)

      基本的に喋る指揮者は好きじゃないし(すみません)
      更に、この「愛」の押し売り的スピーチは、ものすごく気に喰わん。

      浄夜なんて、何回も聴いているし
      リヒャルト・デーメルの詩も、それに伴い、何回も読んだけれど

      妊娠している女性が、男性にそれを告白し
      でも、その子供は貴方の子供ではない
      と正直に言っちゃうのに対し

      その子供は浄化された(これもスゴイ言い方だわね)
      と高らかに宣言して、そのまま女性とその子供を受け入れる
      という、男性の話なのだが(たぶん)

      このカップルの女性の方は
      2年後くらいに
      発○小町に

      「結婚前に受け入れてくれると言った他の男性との子供を
       主人が愛してくれません。どうしたら良いのでしょう」

      とか言うトピックを作り
      それに対して、1日で300通くらい
      「早く離婚して、貴女が独立して仕事して、子供は一人で育てましょう」
      という返事が返ってくるケースではないか。

      時代背景も社会も文化も違うので
      一概には言えないけれど
      こういう、あちこちでモテて
      しかも男性を搾取しようとするような女ってキライなの。
      (自分がモテないから・・・ぶちぶち)

      さて反感持ちながら聴いた浄夜だが

      あらら・・・何という繊細な表現を・・・(吃驚)
      シェーンベルクの後期ロマン派の美しい曲なんだけど
      表面の美しさというよりは
      自分のスピーチでは「感情」とか「愛」とか言っていたくせに
      ものすごく音色と構成に拘った演奏してるじゃないの。

      感情に流れず、必要な部分のパートを強調すると同時に
      時には、まるで室内楽のような明晰さを前面に出して
      驚くほどに理性的で(あ、こいつ、どの位、楽譜を分析した?)
      なのに、もともと持っている曲の「感情」が
      そのままダイレクトに聴衆に流れ込んでくる。

      指揮者のバイアスのかかっていない感情が
      聴衆に触れて来るというのは
      なんかこう、非常に珍しいケースではないだろうか。

      そうなんだ、この指揮者、「自分」のバイアスを見せて来ない。
      どこかの指揮者のように「俺が、俺が、俺さまが」というのがない。
      スピーチで、愛と感情を伝えたいと明確に言い切りながら
      自分は曲の分析と構築の影に徹底的に隠れている。

      面白い指揮者だと思う。
      誰でも知ってる有名人のお父ちゃんを持つと
      それを越える才能のある息子になるか
      あるいは、父親の名声というプレッシャーに押し潰されるか
      親の七光りで自然に有名になっちゃうか
      まぁ、当然、七光りはあるんだろうけれど
      割に恵まれた環境で、スクスク育って来たって印象なのに
      ちゃんとプレッシャーに耐える実力があるようだ(おお、偉そう)

      後半はヴェルディの聖歌四遍で
      宗教曲は苦手だし
      更にヴェルディだし(レクイエムは何回聴いても好きになれずに諦めた)
      えい、もう、どうなっても良いわ、という
      やけっぱち気分で残っていたのだが

      ああああああああああ
      すみません、はしたなくも・・・

      最初のアヴェ・マリア、アカペラの曲だが
      読者の皆さまはご存知の通り
      ヴェルディの「謎の音階」を使った曲。
      上昇音階が c-des-e-fis-gis-ais-h-c(kl.2/ü.2/gr.2/gr.2/gr.2/kl.2/kl.2)
      下降音階が c-h-ais-gis-f-e-des-c (kl.2/kl.2/gr.2/ü.2/kl.2/ü.2/kl.2)
      (すみません、カッコの中は私のメモなので無視して下さい)
      同じテトラコードが一つもない。

      バルトークやメシアンの音階分析とは違って
      ヴェルディだから、この音階を誰にもわかるように使って
      ワケわからん調性で作曲したのではなくて
      上記の音階が転調の時に顔を出すので
      まるで現代音楽かのような謎の雰囲気を醸し出すのである。

      ・・・というより、この曲、アカペラだよ?
      楽友協会合唱団って、どこまで優秀なの???
      これ歌うなら、少なくとも何人かは絶対音感がないと無理だわ。

      オーケストラ付きスタバート・マーテル。
      恨み辛みのオペラの出だしみたいに暗い色調で
      むちゃくちゃドラマチック!!!

      というより、ラテン語の歌詞を見ていたのだが
      ヴェルディ、ちゃんとラテン語歌詞の意味につけて
      音楽を作っている。
      (当たり前と言えば当たり前だが
       それまでラテン語全く知らなかったので
       ドイツ語の歌詞だけ見ていて、それに典礼文ってどれでも似てるし)

      ラテン語始めて、まだ1ヶ月。
      当然の事ながら、圧倒的に語彙力がないので意味はわからないが
      時々、ポコッとわかる人称代名詞とか
      いわゆる英語の be 動詞の変化とか
      誰でも知っている videre の過去形三人称単数直説法とか
      fac と出てくると、これは facere の単数命令形だよね、とか
      たまに出てくる単語がわかると、おおおおおっ、という感じで

      音楽わかりたくて音楽学を学んでいるのに
      ラテン語始めたら、急に宗教曲が聴けるようになったというのは
      ちょっと、あまりにあまりじゃないかこれは。

      スタバート・マーテルを、こんなに楽しんで聴いたのは
      初めての体験かもしれない(いいのかそれで・・・)

      3曲目は、テキスト見てあれ?と思ったのだが
      これはイタリア語の歌詞である(似てるけど(笑))

      最後の Te Deum 圧巻。
      veneratur とか出てくると、あ、デポネンシアだ、とか思うのは
      まぁ、万年中二病なので許して下さい。
      どこまでもドラマチックで
      教会の響きを充分に使った圧倒的なコーラスと
      オペラのようなドラマチックなオーケストラの混合で
      最後はソプラノが平土間からのソロを聴かせるという趣向。

      ヴェルディの「宗教曲」と思うからイケナイのであって
      これは最初から「オペラ」と思って聴いた方が良いのだが

      ともかく、人の感情の中心部をゴリゴリ掴んで
      ひたすら揺すぶられている感じで

      愛とかいうものはわからないし
      感激云々というものとも、また違うような気分でもあるのだが
      ともかく、感情をワシワシと揺すぶられたのは間違いない。

      ヴィオッティ、良いじゃないの。
      最初の代役でのウィーン交響楽団のデビューの時から
      こいつ、タダモノじゃないぞ、という印象はあったので
      ラハフ・シャニが客演指揮者になった時には
      ロレンツォ・ヴィオッティの方が良いぞ、と思ったくらいだが

      ラハフ・シャニはメータの後継でイスラエル・フィルに行く事だし
      このヴィオッティ、ウィーン交響楽団として
      押さえておいて損になる人じゃないぞ(と強く思う)

      コンサート後に外でポスターを見たら
      同じプログラムで、今日と明日になっていて

      こんなに素晴らしいコンサートなら
      明日も行きたいなぁ、でも、きっと現代音楽が入ってるだろう、と
      自分のカレンダー見たら
      しっかり明日のコンサートのチケットもあった(笑)という私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      ただ、1日目の印象があまりに良いと
      2回目に聴くと、あらま、という可能性もあるので
      ちょっと心配ではある・・・

      帰宅してから、ばっちりラーメンを食べて
      真夜中過ぎたが、これから発表の準備原稿を
      もう、今日は徹夜しても絶対に仕上げる!!!!!

      ウィーン交響楽団 + ヨアナ・マルヴィッツ

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        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年11月5日 19時30分〜21時30分

        Wiener Symphoniker
        指揮 Joanna Mallwitz
        ジークリンデ Jennifer Holloway
        ジークムント Stephen Gould
        フンディンク Hans-Peter König

        Richard Wagner (1813-1883)
         Siegfried-Idyll (1870)
         Die Walküre (Erster Aufzug) (1851-56)

        プログラム買ってチラチラ見ていたら
        同じプログラムで昨日もコンサートがあって
        しかも昨日はその前に
        音楽学者のリュテキンが講演会をしていたとは・・・
        (リュテキンは音楽学の大家で知らない人はいないと思う。
         私もこの方の論文にはお世話になっております m(__)m)

        という事は、第一幕だけとは言え
        歌手3人は、2日続けてワーグナーを・・・おおおお、ブルブルブル。
        超人だわ。

        ワーグナーオタクはどこにも居るようで
        同級生にも一人居るのだが
        私はワーグナーの楽劇があまりに長いため
        サラリーマン生活している時には行けず
        やっと引退した、と思ったら
        もう気力も体力も残っていなかったので
        実は未だに苦手(すみません)

        コンサート・ホールで
        普通、オペラでは演奏しないコンサート専門オーケストラで
        ワーグナーのワルキューレの1幕のコンサート式上演。

        プログラムにテキストは書いてあるので
        プログラム売りのおばちゃまが、いつも
        「今日は一緒に歌えるわよ」と冗談で言うのだが
        マジに本当に一緒に歌う観客が出現したらどうするんだろう?
        (言った手前、禁止できないでしょ?(笑)
         もっとも、ワーグナーを歌える観客が・・・いるかもしれないここ・・・)

        ジークフリート牧歌は良いのである。
        これはウィーン交響楽団、何回も演奏しているはず。
        ちょっとオーケストラのアンサンブルが甘い部分もあったが
        センチメンタルに流されず
        透明感のある演奏で
        ・・・私、もしかしたら寝てました? (_ _).。o○
        音楽は聴こえていたのだが
        半分、白昼夢みたいな状態だったかもしれない(すみません)

        ジークフリート牧歌の後、休憩中に
        ロビーで年配のお友達同士が集まって
        聞くともなく、話が(声がでかい)聞こえてきちゃったのだが

        そのうちの一人がワグネリアンらしく
        ワーグナーのリング4部作について
        いつ見たどの演出でどの歌手がど〜のこ〜のというのを
        延々と喋っていて
        その間に、ものすごく嬉しそうに、大きな声で
        ストーリーはね、近親相○だから、と繰り返していて
        やはり、ちょっと癖のある方が多いのかしら(カマトト)

        舞台装置もないし
        コンツェルトハウスの音響は比較的デッドだし
        その意味では、ワーグナーのあの背徳感の雰囲気がゼロなので
        その分、たぶん、違って聴こえて来ているとは思うのだが

        それを抜きにしても
        かなり、すっきりした感じで聴こえてくる。
        ダイナミックスとかは充分にあるのだが
        あまりドロドロしたところがない。

        歌手陣は素晴らしい!!!!
        いやステフェン・グールドのヘルデン・テノールは
        かねがね高く評価しているが
        無理している様子は一切ないのに、すごい声量だし
        美声だし、声に張りがあって若々しいし
        聴いていると惚れるわ。

        ジークリンデのソプラノは、表現力に富む声を持っていて
        劇的表現が素晴らしい。
        聴いていて神経に触る事もない。

        フンディンクのハンス・ペーター・ケーニッヒの美声!!!!
        やはり声量のある、深い美声で、ものすごく魅力的。
        ジークリンデ、この旦那、要らないならワタシに下さい(笑)
        あんな声を毎日聴いたら、私、メロメロになりそう。
        (調べてみたら、ウィーンの国立オペラ座でも
         さまよえるオランダ人とかフィデリオに出演していた)

        オーケストラは、本当にすっきりしていて
        こういうドロドロ感のないワーグナー
        聴いていて、あまり精神的に負担にならない代わりに
        近親○姦、不倫なんかのリアルさには欠ける。
        いや、そんなもん、リアルにやってどうする、というのはあるが (ーー;)

        しかしまぁ、既婚なのに
        飛び込んで来た(きっと)筋肉隆々の(たぶん)若々しい男性を
        喜んで家に入れてもてなし
        話をしてみたら、あら、兄妹だったのね・・・というところで
        普通は、ここでラブソングにはならんだろ。
        道徳的にオカシイ。

        こういうワケのわからなさを指摘すると
        それがオペラのリアリティなので、と言われるのだが
        昨今、モラルとかポリティカル・コレクトネスとか言われている中で
        ワーグナーの、このドロドロ背徳な世界は
        堂々と上演していて良いんだろうか・・・

        いや、それ言い出したら
        ワーグナーどころか
        プッチーニもヴェルディもドニゼッティも
        モンテヴェルディもモーツァルトも
        みんなオペラはヤバイだろう・・・という
        とんでもない話になってしまう。

        音楽的には、ワーグナーのライトモチーフの使い方とか
        本当に音楽でもってストーリーを語る力の大きさに感激したし
        内容はともかくとして(好みの問題だし)
        割に早くコンサートも終わったし
        (1日何も食べていなかったので空腹が・・・(笑))
        それはそれで楽しいコンサートだったと
        満足している私に
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        指揮者のヨアナ・マルヴィッツは初聴きだし
        舞台見えないので、どういう指揮振りだったかは不明だが
        (だいたいプログラムのセリフをずっと追っていたので)
        オペラはかなり振り慣れている感じがする。
        最近は女性指揮者が優秀なので、私は嬉しい。

        ウィーン交響楽団 + ラハフ・シャニ

        0
          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月25日 19時30分〜21時50分

          Wiener Symphoniker
          ピアノ Yefim Bronfman
          指揮 Lahav Shani

          Johannes Brahms (1833-1897)
           Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 83 (1878-1881)
          Franz Schubert (1797-1828)
           Symphonie Nr. 7 h-moll D 759 »Unvollendete« (1822)
          Richard Wagner (1813-1883)
           Ouverture zu »Tannhäuser« (1845)

          明日のオーストリアの祝日のためのコンサートで
          例年、これはオーストリア国歌の演奏から始まる。

          さて・・・オーストリア国歌なんだけど
          これが実は謎に満ちているメロディで
          (もともとの国歌はドイツに取られたハイドンの曲だった)
          モーツァルトの作品番号 KV623a だった・・・はずだが
          音楽学者が研究したところ
          ピアニストのヨハン・バプティスト・ホルツマイヤーの曲ではないか、と言われ
          更に、最近ではウィーン・ケルントナー門宮廷オペラのオーケストラの
          コンサート・マイスターだったパウル・ヴラニツキーの曲ではないかという
          何だか不思議な曲なのである。

          しかし誰がこのメロディ持って来たんだろ?
          シューベルトとかでも良かったんじゃ?
          (1828年に亡くなっているんだから1945年は著作権は切れていた筈だし。
           もっともあまりに芸術的で誰も歌えなかったりして(笑))

          まぁ、ここで、それを追求する気はない。
          (だから学者向きじゃないのだ、私の性格は)

          全員起立でオーストリア国歌を聴いた後
          ブラームスのピアノ協奏曲2番。

          出だしのホルンのソロが悶絶モノ。
          いやもう、この若いホルニスト、最高だわ 💘
          前職はフォルクス・オーパーだったらしいが
          ともかく、このホルニストを手放しちゃダメだよ。

          ブロンフマンのピアノは
          この間書いた通り、強いタッチだけではなくて
          音色の変化が素晴らしい。
          先日、第2楽章でのオーケストラのズレがあったけれど
          今日はそれがピッタリ直って、素晴らしいの一言に尽きる。

          私はどちらかと言えば、1番の方が勇壮で好きなのだが
          オーケストレーションの妙とか
          ピアノの音の扱い方とかは、やっぱり2番の方が抜群に良い。

          アンコールが、何と指揮者のシャニとの連弾!!!
          ドボルジャークのスラブ舞曲 op. 72/2
          うはははは、結構難しいピアノで
          シャニの手とブロンフマンの手が重なったりしていて
          なかなか妖しい雰囲気を醸し出している(妄想爆発中)

          そう言えば、この二人、前の日に
          ピアノ連弾のコンサートをやっていたんだっけ。
          ドボルジャークのスラブ舞曲もプログラムにあったから
          きっと、そこからの流用だな。

          いやしかし、ブロンフマンが連弾好きだとは思わなかった。
          という事は、以前バルトークのピアノ協奏曲の連続演奏をした際に
          バレンボイムと連弾していたのは
          バレンボイムから強制されたワケではなかったんだろうか?
          ・・・それとも、あれで禁断の喜びに目覚めたとか(妄想中)

          後半、シューベルトの未完成交響曲。
          この間、ミュンヒェン室内管弦楽団で聴いたばかり。
          う〜ん、実はワタシ、この曲、ちょっと苦手で・・・

          だって割にモチーフのしつこい繰り返しばかりじゃないですか。
          もちろん、シューベルトがしつこいのはよ〜くわかっているけれど
          リピート全部演奏されて、この曲聴いていると
          本当に「しつこい」んですよね。

          まぁ、第1楽章はしつこい繰り返しメロディに
          突然、断絶が現れるのが
          精神的に哲学的にど〜のこ〜の論じる人もいそうだけど
          ワタクシ的には、シューベルトが
          え〜い、ここでぶった切ってしまおう、と考えたとしか思えない。
          (単純な人間なので、高尚なゲイジュツは私にはわかりません)

          第2楽章だって、いや確かに美しいけれど
          これもしつこくしつこく繰り返しが続いて
          しかも「未完成」の名の通り、これで終わっちゃうという
          むちゃくちゃ違和感ありの終わり方だし。

          いや、確かにブルックナーの9番だって
          アダージョで終わるから「完成」感には欠けるんだけど
          このシューベルトの未完成の終わり方って
          その違和感が半端じゃない。
          ともかく中ぶらりんで、置いてきぼり喰らった感じ。
          誰かこの曲、第3楽章作って完成させてくれ・・・とか言ったら
          みんなから一斉に反論を喰らうんだろうなぁ。

          最後がワーグナーのタンホイザー序曲。
          これは景気が良い曲だが
          シャニは丁寧に丁寧に歌わせるので
          オーケストラが力強くはあっても粗くならず

          しかも、このオーケストラの管楽器軍団の巧い事と言ったら!!!

          トロンボーンとホルンとトランペットが一斉に演奏して
          ファゴットにクラリネット、フルートにオーボエが
          メロディに色を付けるところなんて
          音響があまりに美しすぎて腰が抜けそう。

          やっぱりオーケストラの音楽って良いなぁ。
          連日連夜でコンサート通いしていて
          同級生からは「何やってんの?」と言われるけれど
          (取っている授業数も今学期は半端じゃないから)
          それでもめげないアホでしつこい(笑)ワタクシに
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          ウィーン交響楽団 + ラハフ・シャニ

          0
            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月23日 19時〜20時15分

            Wiener Symphoniker
            ピアノ Yefim Bronfman
            指揮 Lahav Shani

            Richard Wagner (1813-1883)
             Ouverture zu „Tannhäuser“ (1845)

            Johannes Brahms (1833-1897)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 83 (1878-1881)

            ウィーン交響楽団の@Friday シリーズは
            始まった時には本当に金曜日にやっていたのに
            最近は曜日に関係なくなってきた。

            そろそろ名前変えたら?と思っていたら
            さりげなく @7 に名称が変わっていた(笑)

            通常のコンサート19時30分開始のところ
            19時に開始して、幕間なしに通しで演奏し
            その後、コンツェルトハウスのロビーでコンサートをするというもの。

            ロビーのコンサート、実は好きじゃない。
            (よって、私はホール内のコンサートの後、すぐに帰る)

            だって、みんなワインとか飲んで
            友人と喋りながら(!)音楽聴いてる(かもしれない)し
            あのロビーに人が満杯になって息苦しいし(主観的印象)
            座るところはないし

            だいたい、周囲の雑音が
            音響の良いロビーに
            ずっと背景音みたいに聞こえていて
            え〜い、ノイズ・キャンセリングはどうした?(違!)
            音楽とか聴く環境じゃない(個人的趣味)

            ただ、幕間なしに通しで1時間ちょっとのコンサートは
            疲れている時にも気分良く聴ける(短いのが好き)

            このコンサート、天井桟敷の席は一般発売では出さないので
            結構チケットが高いのと
            天井桟敷の愛用席の発売がなかったら
            どこを選ぶか、という問題があって

            本日は舞台脇のロジェの一番後ろを購入。
            いつものところと音響が違う。舞台は見えないけれど(笑)

            ただ、席に行く通路が
            メイン・ストリームではないので
            プログラムを売っている人がいなかったので
            本日はプログラムなし。

            ブラームスのピアノ協奏曲2番と言うのは意識にあったが
            その前に何を演奏するんだったっけ?
            10月25日の本コンサート(これは途中で休憩が入る)は
            確かモーツァルトとシューベルトとワーグナーか何かだったから
            オーケストラが演奏始めたら、何の曲だかわかるだろう(笑)

            タンホイザー序曲、いや〜、金管が巧いの何の。
            やっぱりこれはウィーン交響楽団の強み。
            柔らかいのに芯がしっかりした音で
            何とも華やかでノーブルな雰囲気を作り出す。

            ・・・でもこの曲、ちょっと
            メンデルスゾーンの真夏の夜の夢のメロディと
            頭の中で重なってしまうところがある。
            (メンデルスゾーン中毒かワタシは・・・)

            ピアノが出てきて
            ブロンフマンも出て来て
            ブラームスのピアノ協奏曲2番。

            1番はこの間聴いたし好きなのだが
            そう言えば、演奏回数は多いはずなのに
            最近2番を聴いてないような気がする。

            これがもう、素晴らしかった ♡

            ブロンフマンのピアノの音の多彩さに腰が抜けた。
            この人、昔はもっとガンガン弾くタイプだと思っていたが

            昨今のピアニストは
            ガンガン弾いて、指が人間技とは思えないほど早く動いて
            それが正確に鍵盤に当たって
            打鍵が強くて、でっかい音が出るだけじゃ
            もうダメなんだなぁ・・・

            だって、ブロンフマン、ピアノのタッチを
            その時のメロディや周囲との関係の中で
            微妙なコントロールをして
            ものすごく変えてくるんだもん。

            ピアノ・ソロで弾く時の音の色彩が
            オーケストラと一緒の時と全く違って
            一人のピアニストが弾いているとは思えない。

            季節の変わり目だから、かどうかは定かでないが
            風邪を引いている観客が何人か居たようで
            楽章間に、派手な(本当に「派手」な!)咳こみがあって
            この、声付きデシベルいくつですか的な咳き込みが
            なかなか治まらない。
            (そういう人は早く帰って温かくして寝て下さい、とは言えない。
             風邪ひいても、私もコンサートに行くから。
             でも、ちゃんと咳止めの飴を常備してる)

            第1楽章の後、ずっと待っても
            すごい咳している人がいたら

            ブロンフマン、突然、第2楽章を弾き出した。

            しかも怒ってる(笑)
            イライラしていて
            何で俺はこんなところで、こんな曲を弾かねばならんのか(妄想中)

            イライラが出ている(ように聴こえる)ので
            時々オーケストラと微妙なズレが生じる。
            まぁ、こういうのがコンサートの醍醐味ではある(笑)

            それに、第2楽章って
            あの激しい音楽は多少のイライラは必要なのではないだろうか(勝手に解釈)
            その分(楽章の後で、またもや咳き込みがあったけれど)
            第3楽章は、甘くロマンティックに弾く・・・かと思ったら
            割にあっさり流してくれたんだけど

            ここで見せたピアノの音色の玉虫色の変化には唸った。
            こういうのも、ナマ聴きの楽しみ。

            最終楽章の美しさと推進力は完璧で
            これもある種のカタルシス。

            チェロのソロがピアニストにえらくお気に召したらしく
            (あるいはその前に桎梏でもあってチェロ首席のご機嫌を取りたかったのか)
            ブロンフマンが、チェロのトップの腕を掴んで
            そのまま前に引き摺り出したのには、ちょっと笑えた。

            ブロンフマンは、あのコワイ顔でニコッともせずに
            チェリストを引っ張り出しているし
            チェリストは有難迷惑という言葉が表情にそのまま張り付いた顔で
            しっかり戸惑っている(笑)

            シューベルトの未完成交響曲の入った
            (ええええっ?またか。何故、曲目って重なるの?)
            正式のプログラムは、
            10月25日に、オーストリアの国民の祝日のコンサートとなる。
            (正式には10月26日が祝日だが、さすがに祝日当日にはやらない)

            今年は10月26日の祝日が土曜日という
            一番ありがたくないパターン。
            (祝日=お店が全部閉まる。よって土曜日に買物が出来ない。
             もちろん日曜日はお店は全部閉まってます)

            気をつけて
            金曜日にスーパーに必ず寄って行かねば、と
            自分に言い聞かせている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            そう言えば、そろそろ冬時間への切り替えもあるはず・・・
            10月から大学の授業詰め込みすぎて
            自分でもワケわからなくなっている(汗)

            ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン

            0
              Musikverein Großer Saal 2019年10月17日 19時30分〜21時20分

              Wiener Symphoniker
              Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
              指揮 Philippe Jordan
              ソプラノ Regula Mühlemann
              ソプラノ Robin Johannsen
              アルト Wiebke Lehmkuhl
              テノール Werner Güra
              バス Michael Volle

              Johann Sebastian Bach (1685-1750)
              Ein’ feste Burg ist unser Gott. Choral, BWV 303

              Arvo Pärt (*1935)
              Sieben Magnificat-Antiphonen für Chor a capella

              Johan Sebastian Bach
              Magnificat für Soli, Chor, Orchester und Basso continuo
              D-Dur, BWV 243

              Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
              Symphonie Nr. 5 d-Moll, op. 107 „Reformations-Symphonie“

              ウィーン交響楽団は1つのプログラムで3日間続けて演奏するが
              私のチクルスは、今回は2日目。
              明日も同じプログラムだが、明日は私は別のところにウワキ予定(笑)

              このプログラム構成見た時に
              私は心の中で唸ったのである。

              だって、最初のバッハのコラールって
              メンデルスゾーンの宗教改革で使われているメロディだし

              アルヴォ・ペルトのマグニフィカート・アンティフォナの後に
              バッハのマグニフィカートを演奏して

              後半がメンデルスゾーンの宗教改革交響曲って
              誰が考えたのか、素晴らしい統一性を持ったドラマツルギーではないか。

              席は結構空いていたのだが
              とある国からの観光客の皆さまが
              超安い席をお求めになって
              コンサート始まる前に民族大移動をしたので
              私は周囲にほとんど誰もいない、という理想的な状態で
              コンサートを聴ける事になった。ラッキー (^^)v

              風邪は治ったと思うのだが
              風邪の時に耳詰まりで聴こえ難かった鼓膜が
              あの時はごめんなさい、今度はサービスするわね
              という感じで
              何だか、ものすごく音が響くのだが・・・

              ウィーン楽友協会合唱団は割に大編成で攻めてくるのだが
              そんな、プロテスタントは仇だ、みたいな音量で
              バッハを歌わなくても・・・(汗)

              続いてのアルヴォ・ペルトの
              マグニフィカート・アンティフォナの美しさに
              椅子からずり落ちそうになった。

              アンティフォナと銘打っているので
              ラテン語かと思ったら、何とドイツ語で
              しかも、途中で時々出てくるディソナンツを除くと
              全体は美しいトナールで
              (教会旋法ではない)
              大きなボーゲンを描いて、最後に調性が戻ってくるという
              ペルトの曲って、もともと音響的に美しいものが多いんだけど
              この曲も透明感があって、とても美しい。

              バッハのマグニフィカートは
              ・・・寝ました、ごめんなさい 💦
              (宗教音楽苦手・・・)
              ラテン語のテキスト見ながら
              magnificat は magnificare の第三人称単数の現在直接法で
              だったら anima mea が主格で Dominum が dominus の対格か
              ・・・とか考え始めたら、絶対に寝落ちします。
              (マウンティングしてるワケじゃないけど
               まだ数週間でも、1年弱で試験あるし・・・)

              寝ていても聴こえてくる音楽は
              バスのミヒャエル・フォレと
              アルトのヴィープケ・レームクールの声量がすごい。
              まぁ、舞台に近い席なので
              こと、歌声に関しては非常にバランスが悪いのだが
              この二人、むちゃくちゃ響いてくるので
              その度に起きてしまうのである(何だそれは)

              結構観光客とかも多かったと思うのだが
              前半の演奏は途中の拍手のフライング全くなし。
              バッハからペルト、そしてバッハという
              ひとかたまりの音楽を、まとめて聴けたのには感謝。

              風邪引いている人も多かったようで
              演奏中の咳・・・どころか、大声を伴ったクシャミが何回かあったが
              まぁ、それは仕方ないだろう。
              (帰って寝てろ、とは言わない。私も風邪でもしつこくコンサートに行く。
               ただし私は咳もくしゃみもしないよ。するならタオルを持って行く)

              後半が私が楽しみにしていた
              メンデルスゾーンの「宗教改革」
              滅多にライブで演奏されない曲なのに
              2学期にわたって、音楽分析とプロゼミで
              この曲が取り上げられて
              しっかりスコアに頭突っ込みながら
              宗教的エレメントの洗い出ししたんだもんね。
              (マウンティングです、読者の皆さまは気にしないように)

              フェリックス・メンデルスゾーンは、かなりプライドの高い人で
              この曲も演奏された時に評判が良くなかったので
              もう、破って捨てたい!みたいな手紙が残っている。
              (プライドの高さでルイ・ブラスとかメルジーネとか
               名曲を作っているので、それは有難い。これも滅多に演奏されないが(涙))

              もちろんその際に様々なオーケストラの
              様々なバージョンを聴きまくっていたので
              耳逆らいがある、という事は認めるにしても

              何なんだ、この、やたらに元気な演奏は???

              テンポの変化もスゴイし
              (何でそこでテンポ変える?という部分が多々)
              宗教色とか何とかじゃなくて
              ともかく、ひたすら勇壮で、音量が大きくて
              特にティンパニ出てくると、もうその音が大きすぎて
              どう聴いても、行進曲にしか聴こえないし

              全体的に

              これ、戦争映画の劇伴ですか?

              と言いたくなってしまう。

              宗教戦争は、当時は既に終わっているはずだが。

              前半の宗教色に満ちた楽曲から
              カトリック許すまじ、みたいな展開になるとは(驚愕)

              途中の印象的なドレスデンのアーメンにしたって
              a の全音符から、四分音符で h-cis-d-e と上がっていった後
              次の小節の e との間に
              ゲネラル・パウゼとか入ってましたっけ?

              (後でスコア見たけれど
               確かに、h-cis-d-e の上昇部分でクレッシェンド及びスラーがあって
               いったんスラーを閉じてから
               次の e ではピアニッシモの指示はあるから
               e の四分音符と、次の e の全音符x2小節フェルマータ付きの間に
               多少の休符を入れてしまっても良いのかもしれないが
               あれはやりすぎだろ? 完全に分断している)

              あまりに気になったので
              ようつべでドレスデン・アーメンのコラールを
              いくつかピック・アップして聴いてみたが
              あんなに長い休符を取って
              前半の上昇音階と、次の e が分断されるように聞こえるものはなかった。

              ええ、どうせシツコイですが
              学者(ワタシは違うが)って、だいたいシツコイんです。

              第2楽章は、まぁ、確かにあのリズムだとそうなんだろうが
              ダンス音楽にしか聴こえない(けど、それはそれで良いのか)
              ともかくめちゃくちゃ激しい(第1楽章含む)

              第3楽章の出だしが、かなり遅いテンポで
              これ、楽譜ではアンダンテと書いてあるんだけど
              戦争して負傷してダンスして
              腰でも痛めて、ゆっくりとしか歩けないのかしら(妄想)

              最終楽章もアンダンテだが
              やっぱり、かなり遅い速度でバッハのコラールが
              この上なく「勇壮」に演奏されて
              アレグロ・ヴィヴァーチェに続くところが
              何だかかなり不自然に響く。

              まぁ、確かに楽譜でアンダンテ・コン・モートから
              突然アレグロ・ヴィヴァーチェに変わるので
              これは仕方ないかもしれないが
              もう少し巧く繋げなかったんだろうか(文句が多い)

              この最終楽章もティンパニが強すぎて
              もう、ティンパニばっかり聴こえて来て
              それは、きっと、私の座っている席が悪かったのだろうが
              あんなにティンパニ鳴らして
              行進曲にしなくても良いじゃない(涙)

              前半が宗教的な敬虔さに満たされた時間だったので
              後半で戦争映画になるなんて展開は思いもつかなかった。
              あ、もしかしたら、それが指揮者の目論見だったんでしょうか。

              観客にとっては聴き慣れない曲だったせいか
              楽章と楽章の間での
              観客席からの咳、くしゃみ、その他がものすごく多くて
              どうも指揮者が観客席を向いたか何かで
              客席から失笑が出ていたけれど
              (舞台見えないし、今日は見る気もなかったのでわからない)

              せっかくスコアあるんだから持ち込めば良かった・・・
              と、後悔先に立たずで悔しい思いをしている私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              あくまでも個人的印象記で、自分のための記録なので
              営業妨害とか、悪口ではありません!!!!
              時々マウントしたがるのは、私の悪い癖なのでお許し下さいまし。

              ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月12日 19時30分〜21時25分

                Wiener Symphoniker
                ピアノ Yefim Bronfman
                指揮 Philippe Jordan

                Johannes Brahms (1833-1897)
                 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-moll op. 15

                Igor Strawinski (1882-1971)
                 Le Sacre du printemps

                コンツェルトハウスのウィーン交響楽団チクルス最初のコンサート。
                ブロンフマンのピアノで
                ブラームスのピアノ協奏曲1番(!)と
                ストラヴィンスキーの春の祭典。
                ・・・ばっちりワタクシ好みのど真ん中 (^^)v

                ブラームスのピアノ協奏曲と言えば、2番の方が格段に有名だが
                まるで交響曲のようで勇壮で
                恋する若いブラームスの焦燥感と熱情が迸るような1番が
                私は好きだ。

                ・・・迸る熱情?????

                もちろんコンツェルトハウスの音響はデッドである。
                (だって20世紀の音楽の演奏に適した作りだから)
                更に、オーケストラは比較的小編成で
                私はいつもの貧民席だし
                もしかしたら、まだ風邪が完治していなくて
                耳が遠くなっているかもしれないし
                加齢のせいで耳が遠くなっているかもしれないし
                (うわああ、考えたくない・・・)

                だけど、オーケストラのあの前奏で
                あんまり低弦が聴こえて来ないので
                勇壮さに欠けて
                主観的な好みで言うと、ちょっとお間抜けに聴こえる。
                (すみません、あくまでも好みです)

                ブロンフマンのピアノが入って来た時に
                え? と驚いたのは
                何だか、すごくロマンティックに入って来たから。

                ああ、こういうロマンティック路線であれば
                最初のオーケストラを、あまり勇壮に鳴らしちゃいかんのか。

                ブロンフマンって、むちゃくちゃ強い
                マッチョなピアニストってイメージだったけれど
                それは、もしかしたら
                最後に聴いたバレンボイムとのバルトークの
                ピアノ協奏曲のイメージが強かったのかなぁ。

                丁寧に丁寧に、一つ一つの音を拾って
                ペダルを多用しながら、音響が濁らないように
                クリアな音で演奏して行くのだが
                この曲って、こんなにロマンティックでしたっけ?
                ・・・というのは、あくまでも主観的な印象。

                何だか映画音楽のようにロマンティックなので
                オーケストラの音楽も、何となく締まりがない。
                (だから主観ですってば)
                完全に主観・偏見・独断で個人的印象を書いてしまうと
                ウィーン交響楽団は、サラリーマン・オーケストラだなぁ、という
                芸術的な観点からは、非常に失礼な事になってしまう。
                (サラリーマン・オケが悪いとは言ってません。
                 水準の高い演奏を行うという意味では、プロオケの矜恃とも言える)

                で、ブロンフマンのアンコールが
                ショパンのエチュード3番。
                ご存知「別れの曲」である。

                いや、これ、名曲だけど、滅多にアンコールでは演奏されない。
                確かに、この曲、ペダル使用すると
                よほど気をつけないと音が濁るので
                (特に中間部。こうやって聴いてみると、ショパン・アコード山盛り)
                かなり難しい曲なのだが
                まぁ、これも見事にロマンティックに歌い上げてくれて

                ブロンフマン、いつの間にロマンティック路線になった?
                イメージ変わって(あくまでも「音楽」のイメージ)
                ちょっと驚いた。

                後半のストラヴィンスキーの「春の祭典」は
                オーケストラ編成がガラッと変わるので
                楽器の位置も変更。

                こういう曲、端的に言っちゃえば
                別に誰が指揮しても、そんなに変わらないだろう、と思うのだが
                ただ、そう思っていても
                指揮者によって、かなり違いが出てくるのが
                この曲の恐ろしいところではある。

                ジョルダンは、かなり細かく
                パートの音色を、抜群の解像度で出して来て
                そうなると、ウィーン交響楽団の木管・金管の名人芸が活きてくる。

                前半の気が抜けたような(主観ですっ!)オーケストラから
                別人オーケストラに化けたような感じ。
                同じオーケストラとは思えない(まぁ、編成が違う(笑))

                パートがくっきり聴こえてくるので
                ついつい、各プレイヤーまで
                異様にカッコよく見えて来てしまう 😊

                曲そのものもむちゃくちゃカッコ良いし
                解像度が良いので、野生のエネルギーとかワイルドとかじゃなく
                もっとインテリに聴こえて来てしまう傾向は(主観的に)あったけれど
                インテリっぽい香りを漂わせつつ
                ワイルドでエロチックなエネルギーを垣間見せるって
                泥臭さ爆発より、もっと色っぽい。
                (インテリの気取った人が、時に色気に狂う、って
                 なんか、色気たっぷりの人よりも背徳的じゃないですか。
                 ええ、すみません、どうせ妄想爆発変態人間ですが、それが何か?)

                実は「春の祭典」
                あまり時間を置かずに、次はウィーン・フィルの定期公演で
                オロスコ=エストラーダが振る事になっている。
                (もちろん行きます、試験も発表もほったらかして)

                オロスコ=エストラーダの「春の祭典」って
                実はトーンキュンストラーの演奏で2回聴いた事があって
                あの時から、トーンキュンストラーが化けたという
                鮮烈な記憶があるので
                ウィーン・フィルの「春の祭典」も楽しみという
                浮気っぽい私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン 及びオーストリア総選挙

                0
                  Musikverein Großer Saal. 2019年9月29日 19時30分〜21時20分

                  Wiener Symphoniker
                  指揮 Philippe Jordan

                  Johannes Brahms (1833-1897)
                  Symphonie Nr. 3 F-Dur, op. 90
                  Symphonie Nr. 4 e-Moll, op. 98

                  今年5月のイビサ・スキャンダルの後(忘れた方は こちら をどうぞ)
                  更に、社会党と自由党が
                  その後に成立した国民党主導の内閣に対して
                  内閣不信任案を出したために、内閣崩壊。

                  オーストリアの歴史上、初の緊急事態に陥ったわけだが
                  オーストリアの憲法に則って
                  専門家による暫定内閣が発足。

                  暫定内閣は女性・男性が半数づつで
                  オーストリア歴史上初の女性の内閣総理大臣も誕生した。

                  総選挙は夏休みの後となり
                  (そりゃそうだ、夏休みはこちらは誰も働かない(笑))
                  本日、行われて、日本の国営放送局のニュースにも載ったが

                  国民党は中道右派ではない!!! 保守である!!!!

                  しかも、自由党との連立の可能性を示唆して(現時点ではあり得ない)
                  どうも、オーストリア=極右という刷り込みが
                  我が祖国の国営放送局にはあるようだが
                  (註 今、上記の記事をチェックしたら、かなりの部分が訂正されていた!!!)

                  結果、国民党の勝利(33歳の党首クルツの根強い人気)
                  クルツの内閣に、自由党と一緒に(!)不信任案を出して
                  オーストリアを未曾有の危機状況に陥らせた社会党も票を減らし

                  自由党はスキャンダル当事者を党首の地位からは下ろしたものの
                  そのまま党内で、党の功労者、陰謀の犠牲みたいに残していて
                  更には「私の夫はそんな人じゃない」とか言う
                  奥さんを候補者に立てたりしていて
                  分析によれば、党の支持者で選挙に行かなかった人が多いらしい。
                  結果、マイナス10%で敗北。

                  国民党+自由党の連立は、まずほとんど可能性はない。
                  (最初、日本のマスコミが書いていたが
                   ツィッターで何人かが多いに反論していたら
                   その後、記事の訂正が入った。反応が早いぞ、素晴らしい)

                  反対に時流に乗って急激に票を増やしたのが、緑の党。
                  オーストリアでは緑の党は
                  隣のドイツと違ってほとんど無視されていたのには理由があって

                  だって、お隣のドイツで緑の党が政府に入った途端に
                  車のガソリンが大幅に値上げになったから(笑)

                  何処に行くにも車が好きで(特に休暇)
                  車には金を惜しまないオーストリア人が
                  ガソリン値上げになるかもしれない党には投票しない。

                  しかし昨今、環境問題、地球の気候変動の問題で
                  グレタ効果もあって、ヨーロッパ中で若い人たちのデモが行われていて
                  その時流に、緑の党がうまく乗った。

                  選挙前は、国民党が勝つだろう、という予想はあったが
                  連立として、まさか国民党+緑の党で過半数を越えるとは
                  誰も予想していなかった。

                  私は選挙権はないのだが
                  どの党が政府に入るかで
                  税金負担額や、大学の授業料、外国人政策
                  住んでいる地域で駐車する時の料金の多寡に至るまで
                  常に変わるので、政治に関心を持たないわけにはいかんのよ。

                  世界環境会議にご参加になって
                  毎日でもビーフ・ステーキを食べたいと、のたまわって
                  環境問題は楽しくセクシーに解決しよう、と
                  世界中に言った祖国の政治家もいらっしゃるし

                  環境問題について演説した16歳の女の子に対して
                  個人的な事を色々と報道し
                  (本人はアスペルガー症候群である事は公言している)
                  何とか個人的に貶めようとする人たちも居るわけだが

                  グレタ嬢の「言っている内容」については
                  全く正論であって
                  言い方やら、個人的な背景とかって、内容には関係ない。

                  我々の世代(アラカン)って
                  学生時代の課題図書に「沈黙の春」って絶対にあったでしょ?
                  あれは、公害についての本ではあったけれど
                  基本的に現代の環境問題まで続いているわけで
                  それを考えたら、40年間、いったい我々は何をして来たか、と
                  やっぱり猛反省するわけです。

                  もちろん、私も、同じ年代も
                  環境破壊が進んで大変な事になる前に
                  この世を去っているだろうから
                  その意味では逃げられるし
                  私は子供も居ないので
                  死んだ後にはどうなったって良いわ、という
                  やけっぱちな無責任感もないワケではないが。

                  ・・・って言うか、いったい何の記事を私は書いているのだろう(呆)

                  楽友協会でのウィーン交響楽団のブラームス・チクルス後半。
                  3番と4番の演奏。

                  いやはや、何と言う元気な演奏。
                  この間の2番で見せた繊細さは何処に?と驚くほど
                  バイオリンの音色は鋭すぎて耳が痛くなりそう。
                  全体のニュアンスも、非常にマッチョで
                  ダイナミックでスケールが大きい。

                  アンサンブルが揃わなくても
                  推進力で押してしまえ、みたいな力技が
                  結構、各所で聴こえて来たし
                  え?そこ、そのボーイングでやる?という
                  珍しい箇所もあった。

                  それなりに工夫はされているのだろうが
                  伝統的で保守的なブラームス演奏とは違って
                  良く言えば、血沸き肉踊るような
                  ちょっとドキドキする演奏。

                  しかしまぁ、このオーケストラの管楽器、実に巧いわ。
                  ホルンの柔らかい音色(ミスは全くなし)
                  クラリネットやフルートのソロ
                  押し付けがましくないオーボエのソロ
                  聴き惚れる低音のトロンボーンのアンサンブル

                  ここまでスケール大きく、ダイナミックに演奏されると
                  それなりに好みも分かれるような感じがするが
                  おとなしく伝統的に保守的に演奏されるよりは
                  いっそ、荒っぽく感じるまでにマッチョに演奏されると
                  耳新しく聴こえて
                  それはそれで、非常に新鮮な感じがする。

                  コンサートのメモの量が
                  他のネタと比べて異様に少ないけれど
                  オーストリアの選挙って
                  まるで競馬予想みたいで、かなり面白く
                  ある意味、民主主義がある程度健全に機能しているんだなぁ、と
                  つくづく思った私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2019年9月25日 19時30分〜21時30分

                    Wiener Symphoniker
                    指揮 Philippe Jordan

                    Johannes Brahms (1833-1897)
                     Symphonie Nr. 1 c-Moll, op. 68
                     Symphonie Nr. 2 D-Dur, op. 73

                    楽友協会シーズン・オープニングのコンサートは
                    ウィーン交響楽団とフィリップ・ジョルダンで
                    ブラームス交響曲1番と2番。
                    これに続いて、3番と4番のコンサートも後日行われる。

                    (註 この間のウィーン・フィルのコンサートは
                     楽友協会主催ではなく、
                     ウィーン・フィル主催のシーズン・オープ二ングである)

                    で、シーズン・オープニングのこのプログラムを見た時に
                    正直、割にディープなオタクと自称しているワタクシとしては
                    けっ、何故にいまさらブラームスの交響曲全曲、と思ったのは認める。

                    まぁ、モーツァルト、ベートーベン、ブラームスだったら
                    観光客も喜んでチケットを買うし
                    ブルックナーならジモッティは喜んで来る。

                    (オーケストラ聴きまくりの私は
                     ドイツ音楽三大Bって
                     ベートーベン、ブラームス、ブルックナーだと思っていた。
                     バッハは(古楽アンサンブルとか受難曲は別として)
                     あまりウィーンでは演奏されない)

                    後半に演奏された2番が
                    ちょっと仰け反って、腰を抜かす程の素晴らしさ。

                    2番って、他の交響曲と比べて
                    全体が長調で構成されていて
                    民謡っぽいメロディが、これでもか、という位に使われていて
                    自然描写(しかも(主観的に)初夏だ!)が、ともかく美しい。

                    マーラーだって3番で同じザルツカンマーグートの
                    自然描写らしきものをしているが
                    マーラーの場合は
                    地面の下から恐ろしいモノが這い上がってきそう。

                    ブラームスの2番は、そういうオドロオドロしさがなくて
                    素直で明るさに満ちていて
                    6月の終わりなんかに聴くと
                    すぐに車に乗り込んで山岳地方にすっ飛んで行きたくなる曲。

                    (あ〜、表現の深みとかなんか、ワケわからん哲学的な思索をする
                     インテリゲンチャな読者諸氏もいらっしゃると思いますが
                     ド・シロートの考える事なんて、こんなもんです)

                    これが、もう、とことん丁寧に音楽が作られていて
                    音量をかなり絞って、絶対に爆発させない。

                    高原の湖の爽やかな風が、多少強く吹いても
                    少し雨がパラパラと降って来ても
                    嵐にはならず
                    太陽もギラギラではなく、あくまでも穏やかに
                    人間を慈しむように照らして来る。

                    何とまぁ、繊細な2番。
                    かと言って、ちまちましている印象はない。
                    あくまでも穏やかに
                    とことん美しい透明な音響で
                    長いフレーズを歌わせて歌わせて

                    下の舞台から立ち上ってくる、馥郁たる陶然とさせる香り。
                    厚みのあるオーケストラの音なのに
                    透明性を失わず
                    各所のソロも際立って美しい。
                    (1番の時にオーボエ気に喰わんとか思っていたけれど
                     後半は、オーボイストが変わったかと思う程の変貌ぶり)

                    第1楽章でバイオリンがピアニッシモで入ってくるところで
                    もう背筋がゾクゾクして
                    その後、ず〜っと、快感の嵐に巻き込まれてた。

                    ウィーン交響楽団の長所である木管・金管の美しさ。
                    ホルンやトロンボーンの
                    あの柔らかで深い音色を
                    あんなに完璧に聴かされたら
                    あぁ、もう、どうにでもして・・・って

                    これ、若い女の子が言うと色っぽいんだろうけどね(爆笑)

                    各所のバランスや、メロディの強調のやり方にも
                    この指揮者、ちゃんと考えてるな、というのが見えて
                    ここまでとことん美しく演奏させても
                    ただ自己陶酔に浸っているだけではない、というのがわかる。

                    この曲、数年前にウィーン・フィルと
                    リッカルド・ムーティが
                    この世のものとは思えない美しさの演奏をしたが

                    今日のウィーン交響楽団とジョルダンは
                    かなりそれに近い。
                    オーケストラ、技術的には、全くミスなしの完璧状態。
                    しかも、いつもだと固く鋭く聴こえてくる事の多い
                    第一バイオリンの、あの柔らかい音色は何なんだ。
                    こんな音、まだウィーン交響楽団で聴いた事なかったような気がする。

                    前半の1番も悪くなかったけれど
                    出だしで
                    1音にこんなニュアンス付けるか?
                    あそこ、スフォルツァンドとは書いてなかったよな
                    ・・・というのから始まって

                    ちょっと粗めの音で
                    推進力グイグイで押してくる感じが強く
                    あぁ、やっぱり、こういう誰でも知っている名曲を
                    聴かせようとすると
                    こういう目立つ事をするか
                    クルレンツィスみたいにオーケストラを全員立たせるとか
                    そういう事をしなきゃいけないんだろうなぁ、と
                    しょうもない事を考える余裕はあったのだ。

                    それが後半の2番でぶっとんだ。
                    ジョルダンは、別にクルレンツィスみたいに
                    奇抜な事はしていない。

                    この上なく注意深く、音量のバランスを
                    楽友協会の音響にピッタリ合わせて
                    感情に溺れず、でも、冷たくもクールにもならず
                    楽友協会のこのホールって
                    確かにブラームスが居た時代に建てられたものなんだなぁ、と
                    ストンと納得させてくれる演奏。

                    そういう時代の、そういうホールで
                    その時代に完璧に合ったブラームスを
                    ライブで聴ける幸福感。
                    これって、めちゃくちゃ贅沢な楽しみではないか。

                    こんな個人的印象だけの主観的メモを読んで下さる
                    ありがたい読者の方々を
                    マウンティングしようと言うのではないのだが

                    でも、こういう時間を体験すると
                    うわあああ、ウィーン居て良かったぁ、と
                    ついつい思ってしまう。
                    (同じ演奏をサントリー・ホールで聴いても
                     あまり面白くないかもしれない)

                    まぁ、例年変わらず、ヘンなオバンですが
                    今シーズンも、どうぞ宜しく楽友協会(笑)
                    という訳で、通い続ける予定の私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    このコンサートと、3番・4番のコンサート
                    それぞれ2回づつあるのだが
                    今回、1回づつしか聴けないのは
                    その間に国立オペラ座でのバレエ公演が入るから。
                    シーズンが始まってしまうと
                    また、こういう「どっちも聴きたいし見たい」というのが
                    いくつか出てくるんだろうな(もう出て来ているが)

                    ウィーン交響楽団 + ロレンツォ・ヴィオッティ

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2019年6月13日 19時30分〜21時30分

                      Wiener Symphoniker
                      指揮 Lorenzo Viotti
                      バリトン Matthias Goerne

                      Richard Wagner (1813-1883)
                       Vorspiel zu „Tristan und Isolde“ und „Isoldes Liebestod“

                      Hans Pfitzner (1869-1949)
                       Es glänzt so schön die sinkende Sonne, op. 4/1
                       Mein Herz ist wie die dunkle Nacht, op. 3/3
                       Ist der Himmel darum in Lenz so blau, op. 2/2
                       Nachts, op. 26/2
                       Herbstlied, op. 3/2
                       Es fällt ein Stern herunter, op. 4/3
                       An die Mark, op. 15/3

                      Claude Debussy (1862-1918)
                       Prélude à l’après-midi d’un faune

                      Alexander Skrjabin (1872-1915)
                       Le poème de l’extase, op. 54

                      ウィーン交響楽団に
                      どこを取ってもサラブレッドのロレンツォ・ヴィオッティの登場。

                      まだ29歳だが、音楽一家に生まれて
                      25歳でザルツブルクのヤング・コンダクターで一位。
                      若いとは言え、さすがサラブレッドというか
                      もう舞台でのマナーが堂々とし過ぎていて
                      大家(たいか、と読む。おおや、ではない(笑))に見える。

                      スイス人だがイタリア系で
                      何となく、マフィアの若頭が登場、という感じもするが(すみません)

                      さて、何だこのプログラム?!

                      ワーグナーのトリスタンとイゾルデ序曲にイゾルデの愛の死
                      途中のプフィッツナーの歌曲はゲルネの選択だとして
                      後半にドビュッシーの牧神の午後への前奏曲
                      最後がスクリャービンの法悦の詩

                      本日のテーマは、音楽におけるエロティスムです
                      ・・・とか言いたくなってしまうではないか。

                      ワーグナーのトリスタンとイゾルデ序曲は
                      たまたま本日の大学の授業で
                      暑さと睡眠不足と朝からの続けての授業で
                      頭が朦朧として来た時に

                      トリスタン和音とか、メディアンとかの話を聞いたばかりで
                      それでその夜に、当該の音楽にぶち当たるとは・・・

                      ヴィオッティは正確な指揮で
                      流れるようなメロディ・ラインを作ってくれるのだが

                      こういう曲を演奏させると
                      ウィーン交響楽団って
                      やっぱり「オペラ」のオーケストラじゃない、という印象がある。

                      どうしても「コンサート」になってしまって
                      オペラっぽい緩さとか、フレクシブルなダイナミックさに欠ける。
                      (いったい、どういう文句じゃ、と自分でも思うけど・・・)
                      ・・・というか
                      主観的印象なんだけど、あまり色っぽくないというか
                      自分ではどうしようもない恋に身を焦がして
                      恋のために死ぬ、という
                      アホみたいなドラマに、今ひとつ入れない。

                      ・・・それって、聴いているワタシが悪いんですよね、きっと。

                      プフィッツナーの歌曲は
                      ゲルネの暗めのバリトンで
                      美しかったんだけど、全体的に暗くて
                      ちょっと退屈(すみません)

                      バリトンの声をちゃんと楽しむのであれば
                      席を選ぶべきだった。これは私が悪い。

                      後半の最初の牧神の午後への前奏曲。
                      フルートのソロが巧いのは前提ではあるけれど
                      そのソロの直後に入ってくるホルンに惚れた!!!

                      いやもう、あそこで
                      あの柔らかさで、この上なく美しく入ってくる
                      ウインナー・ホルンの音色は、これこそ耳福の世界。

                      この曲を色っぽいと思うか思わないかは
                      各自の問題だが
                      オリジナルの振付は観た事がないけれど
                      これ、ニジンスキーの大スキャンダルの振付があるからなぁ。

                      フォルクス・オーパーでのバレエも
                      野生の牧神が、女の子を見つけて
                      恋に堕ちると言うか、まぁ、あの、その、あの
                      という振付だったし(笑)

                      最後が法悦の詩。
                      いや、この曲、すごく好きなんです。
                      コンサートに特化したウィーン交響楽団が
                      こういう曲を演奏すると、技術的に非常に巧い。

                      ただ、これ、音がデカイ。
                      時々、100デシベルSPLを超えているんじゃないか。
                      (自分メモ SPL=Sound Pressure Level)

                      今日のプロゼミのテーマの一つが
                      どの位の音圧にどの位の時間晒されていると
                      難聴の可能性が高まるか、というものだったので

                      音楽聴きながら
                      これは耳にはヤバイのではないか
                      とか考え始めてしまう私は、かなり毒されている(自爆)

                      本来は「法悦」のはずで
                      オーケストラも、たぶん「法悦」を表現しているのであろうが

                      さて、そうなると
                      トリスタンとイゾルデも、牧神もそうなのだが
                      音楽における色気というか
                      いったい、そういうモノはあるのだろうか?

                      作曲者が、いくら色気を所有していても
                      いくら法悦の状態で作曲していても
                      (まぁ、そういう状態そのものはあり得ないけど)
                      考えてみれば
                      受け取り手に、色気とかエロティズムを受け取る感性がなければ
                      全然、色気にならないのではないか・・・
                      子供とか老人とか・・・
                      老人はともかく
                      子供には、そこはかとない色気ってわかるのかしら。

                      歳とって、色気とかいうものが全くなくなって来ると
                      音楽の感じ方も変わるんだろうか。
                      (まぁ、歳取っても発情する人はいると思うんだけど
                       ワタクシ的美学としては(以下自粛))

                      ・・・なんか、ワタシ、ものすごく疲れてる?

                      こういう大規模オーケストラが咆哮する曲は
                      やっぱり舞台から、できるだけ離れた
                      バルコン正面とかギャラリーで聴くと
                      聴き映えがするんだろうなぁ。

                      音楽をそのまま楽しむ、というよりは
                      何だか考えさせられる事が多いコンサートだった、と
                      読者諸氏には、ま〜ったく役に立たない記事だが
                      自分用の個人的主観メモなので
                      こういう日もある、と開き直る私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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