クリスティアン・ゲルハーヘル + ゲロルド・フーバー

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    Salzburger Festspiele
    Haus für Mozart 2019年7月31日 20時30分〜22時40分

    バリトン Christian Gerhaher
    ピアノ Gerold Huber

    Henry Purcell (ca. 1659-1695)/Benjamin Britten (1913-1976)
     If music be the food of love Z379a (1945)
     A Morning Hymn Z 198 (1944)
     Job’s Curse Z 191 (1948)
     Alleluia ZS 14 (1944)

    Johannes Brahms (1833-1897)
     Acht Lieder und Romanzen op. 14 (1858)
       8. Sehnsucht
       1. Vor dem Fenster
       2. Vom verwundeten Knaben
     Sieben Lieder op. 48 (1868)
       1. Der Gesang zum Liebchen
       2. Der Überläufer
       6. Vergangen ist mir Glück und Heil

    Modest Mussorgski (1839-1881)
     Lieder und Tänze des Todes (1875/1877)
       1. Wiegenlied
       2. Serenafe
       3. Trepak
       4. Der Feldherr

    Benjamin Britten
     Songs and Preverbs of William Blake op. 74 (1965)
       Proverb I - London -
       Proverb II - The Chimney Sweeper -
       Proverb III - A Poison Tree -
       Proverb IV - The Tyger -
       Proverb V - The Fly -
       Proverb VI - Ah! Sun-flower -
       Proverb VII - Every Night and Every Morn

    Johannes Brahms
     Meerfahrt op. 96/4 (1884)
     Anklänge op. 7/3 (1853)
     Verzagen op. 72/4 (1877)
     Über die Heide op. 86/4 (1882)
     An eine Äolsharfe op. 19/5 (1858)
     Die Kränze op. 46/1 (1868)
     Todessehnen op. 86/6 (1878)

    ゲルハーヘルとフーバーのリサイタルというので
    ザルツブルク音楽祭のチケットを買って
    ウィーンから私鉄の Westbahn の
    しかも60歳以上適用の割引チケット(月〜木限定)を買って
    更に、バスタブどころかシャワーもトイレもないルームを予約して
    (それでもザルツブルク音楽祭開催時は高い)
    論文ほったらかして、わざわざザルツブルクへ出かけるワタシ。

    しかもウィーンの気温30℃なのに
    ザルツブルクに到着してみたら、雨で18℃ 😱
    音楽祭用に持って来た上着を羽織って下車したけれど
    寒いです(本気)

    音楽祭の小ホール Haus für Mozart だが
    ギャラリーにかなり空き席が目立つ。

    まぁ、音楽祭の華と言うなら、オペラとオーケストラ・コンサートと
    ドームのところのイエーダーマンという演劇だろうから
    リーダー・アーベントがあまり売れてなくても驚かない。
    が、当日券を買ったのかどうかはわからないが
    とんでもない服装の人がかなり居て、ちょっと驚いた。

    ウィーンのオペラ座や楽友協会のドレスコードは
    昨今、かなり乱れて来ていて
    えっ?という人も、随分居るんだけど
    ザルツブルクもそうなっているとは思っても見なかったわ。

    プログラムの最初に、ゲルハーヘルについての記事が載っていたが
    まぁ、どこかの音楽学者が書いたものなので
    読むのにも苦労する「クソ難しい」ドイツ語で書いてある。

    知識ある歌い手が、自分の芸術的考察から
    最大限を引き出し
    自分の負担も、あるいは聴き手の負担も顧みず
    あるいは成功か不成功か
    誰かの気に入るか入らないかなどは完璧に無視
    ・・・という(意訳です)感じの事が書かれていて

    今回のプログラムを聴いてみて
    あ〜、そうなのね、とストンと納得。

    テーマは「死」である(それは間違いない)
    パーセルの曲は、ブリテンも一緒に載っていて
    しかも作曲年代がどう見てもブリテンなんだけど
    プログラム記載によれば
    パーセルがまだ生きていた時に印刷された曲と
    死後に未亡人が出した本から・・・と書いてあるのだが
    よくわからん。

    英語のリートだし
    最初の曲の歌詞は、音楽の愛とか、そういうモノだと思うのだが
    それにしては、テンポ遅めで
    メリスマがばっちり入って
    さすがゲルハーヘルで、メリスマの音を一つも違わず
    見事に歌ってはいるのだが
    でも、やっぱりバリトンのメリスマで、ちょっと重い感じがする。

    続く2曲は、どこかのキリスト教のお坊さんが作った詩で
    罪を悔いて死に臨むとか
    ヨブの話(あ〜、これも暗い)から
    どんな金持ちも貧乏人も、王も奴隷も
    死によって差別なく、煩わされない静かな死に赴くとか

    ・・・・・・あああああ、暗いわ、暗い!!!!

    ドイツ語の歌詞になると
    ゲルハーヘルの美しいドイツ語が生きてくる。
    (え〜、すみません、ワタシ、英語が苦手なもんで・・)
    英語で暗いリートを歌っている時より
    少し、声が明るくなって
    声の色合いが変わってくる。

    ブラームスのリートだけど
    かなりマイナーな部類のものじゃないのかなぁ。
    もっとも、私の知識のなさが原因かもしれないが。

    ただ、これもまたテーマが別れだし
    3番目の曲は死にゆく少年の話。

    Der Überläufer は、狩人に恋人を取られる男性の話で
    わっはっは、水車小屋の娘もそうだったけど
    狩人って、やっぱり当時の女性には魅力的な存在で
    しかも、当時のインテリ男性(自称を含む)には
    羨ましい存在だったんだろうなぁ、と
    ついつい関係ない事まで考えてしまう有様。

    最後の歌の暗さも半端じゃない。
    (幸福も健康も過去の事・・・って言う歌だから)

    とことん落ちるところまで暗く落ちていくが
    ゲルハーヘルの深い美声は素晴らしいし
    それにも増して、フーバーのピアノの
    技術的な完璧さに加えて
    抑えられた繊細さのバランスが見事。

    ゲルハーヘルの歌と、しっかり対等に立ちながら
    一緒に溶け合っての、高い芸術性には舌を巻く。

    以前は感情的に爆発しがちだったところもあったのだが
    フーバーのピアノ、ものすごく透明感が出て来て素晴らしい。

    ムソルグスキーの「死の舞踏の歌」
    プログラムにはドイツ語と英語が記載されているけれど
    歌われるのはロシア語(だと思う、たぶん)

    よって、全く内容わからず
    ただ、ものすごくドラマチックで劇的で
    しかも、ロシア的に暗い。

    でも、こういうのって、言語を大事にする歌い手だから
    たぶん、完璧にロシア語を歌ってはいるのだろうが
    それを理解するためには
    聴き手も、本当はこの言葉をマスターしていなければならないはず。

    その意味では、ロシア語がわからないというのは
    歌を聴くという楽しみが半減しているだろうと思うのが残念。

    最後の歌なんか、むちゃくちゃ劇的だったんだけどなぁ。
    まるでオペラを聴いているような感じだったから
    ストーリーが理解できていれば、楽しみ方が違ったんだろうと思う。

    後半はベンジャミン・ブリテンの
    ウイリアム・ブレイクの歌と格言。

    ウイリアム・ブレイクの詩は不思議な印象を残す。
    いや、あくまでも「詩」という、私の理解範囲を越えた芸術なんだけど
    監獄は法律の石で、娼婦宿は宗教のレンガで作られている、とか
    鳥は巣、蜘蛛は網、人間は友情
    朝に考え、昼に行動し、夕べに食事して夜は寝ろ(意訳)とか

    以前、コンサートでの初演曲の題名がこれだったので
    えっ?この曲、1時間かかるのか?と驚いた(実際は20分に満たなかった)
    Eternity in an hour とか

    いやだから、あまりに高尚なので、私には全然わかりませんが
    でも、これも全体的に、何だか暗い。

    もちろん、私の英語理解力がない、という事もあるのだが
    ゲルハーヘルの英語の輪郭が、あまりハッキリしていないというか
    美声で美しく(しかも暗く)歌っているのに
    何だか焦点が惚けているように聴こえる(主観的印象です)

    ブラームスのドイツ語になると
    やっぱり声の色が多少明るくなって
    焦点を結ぶのは、私の主観的印象なんだろうけれど
    不思議な現象ではある。

    しかし、2番目の Anklänge なんて
    森の中に家が1軒だけ建っていて
    静かな夕暮れに女の子が自分の花嫁衣装を縫っている
    ・・・という、比較的平和な歌詞なのに
    ついている音楽が、むちゃくちゃ暗くて

    ブラームス20歳の時って
    何て暗い青春(女性に対する謂れのない嫉妬を含む)だったんだろう
    ・・・いやいやいや、別にブラームスの人生に何を言うつもりもないが。

    何だかもう、泣いたり別れたり死んだり
    私には愛も幸福もやってこない、と、ひたすら落ち込んだり
    そんな歌ばっかり聴かされて
    ゲッソリしていたのだが

    An eine Äolsharfe からの最後の3曲は
    (まぁ、最後のタイトルは「死への憧れ」というとんでもないものだが)
    多少なりとも
    いわゆるロマン派の繊細な美しさが表面に出て来て
    救いがあった。

    う〜〜〜ん、でも、これだけ暗い曲をよくぞ集めた・・・って感じか。
    まるでレクイエムか、恋人が亡くなったお通夜とか
    自分に余命宣告がされた時の気分というか(そんな気分は知らないが)

    聴いていて、単純に「楽しめる」というところからは
    かなり離れたところにある。

    だから私は盛大に拍手できるような気分ではなかった。
    隣の人がブラボー・コールを繰り返していたのが理解範囲外。
    このプログラムで、よく「ブラボー」と叫ぶ気になれるな。

    アンコールは2曲とも英語の歌。
    う〜ん、私の英語能力のなさが悲しい。

    明日、会員発売になる10月2日の
    ウィーンのコンツェルトハウスのゲルハーヘルのリサイタル
    ちらっとプログラム見ていたら
    何と、今日と全く同じプログラムである事が判明。

    ちっ、だったらザルツブルクにわざわざ来なくても良かったのか
    ・・・とは思いませんが(笑)

    やっぱり、ザルツブルクの聴衆って
    ウィーンと比べて静かだし、椅子も軋らないし
    しかも、このプログラムでブラボー叫ぶ人も居るし
    その意味では、まぁ、ドレスコードはともかくとして
    それなりに楽しめた(咳する人もいなかったし)ので
    それはそれで満足ではある。

    さて、明日のチケット発売開始時刻に
    どこでどうやってチケットを入手するか
    真夜中過ぎに頭を痛めている(でもブログは書いている(呆))私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    ユダヤ・コネクション Im Puls Tanz / MonkeyMind Company (BE)

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      IM PULS TANZ
      Vienna International Dance Festival

      Volkstheater 2019年7月28日 21時〜22時10分
      THE JEWISH CONNECTION PROJECT
      Lisi Estaras & Ido Batash / MonkeyMind Company (BE)
      コンセプト・振付 Lisi Estaras & Ido Batash
      ダンサー Yohan Vallée, Tamar Honig, Avidan Ben Giat, Ido Batash, Lisi Estaras
      共演 Julie Goldsteinas, Samuel Bloch, Marine de Mazoncourt, Ido Tamir,
      Natalie Assa, Elisabeth Sedlak
      ソプラノ Maribeth Diggle
      音楽 Richard Wagner
      音響 Ido Batash & Bart Uyttersprot
      ドラマツルギー Hildegard De Vuyst
      衣装 Nicole Petit
      照明 Helmut Van Den Meersschaut

      あ〜、何ですかこれ・・・

      イムプルスタンツの演目は玉石混合だから
      時々は、あ〜あ〜、というものに当たるのは仕方がない。
      第一、この演目、行かないつもりだったら
      ギリギリで割引が出て来て
      割引とかラスト・チャンスに弱い私は
      まんまと引っかかった。

      さて、タイトルが示す通り
      ユダヤ人コネクションというものが、現代にあるのか
      どこまでユダヤ人というアイデンティティが人を繋ぐか
      などのテーマを
      あちこちから集めたユダヤ人ダンサーと踊る
      ・・・という事らしい。
      (誤解があったらごめんなさい)

      ダンス・カンパニーの名前が Monkeymind という事からわかるように
      活動的な猿が、野性的な動きを無秩序に、本能的にする
      というのを基本に置いたカンパニーなのだが
      うううううん・・・ これはダンスなのか
      それとも、ただの「動き」なのか、よくわからんぞ。

      最初にソプラノ歌手がマイクの前で
      ユダヤ人とは何だろうとか
      たぶん、哲学的・詩的なテキストなのだろうが
      英語で、ず〜っと喋っていて
      その横で約10人の男女が
      ・・・立っているというのか、動いているというのか
      ダンサーでなさそうな人も半分くらい居るし
      (だって動きが全然違う)
      何なんだろう、これは。

      その後、ダンサーでない人は退場して
      ダンサーだけでのストーリーのない(と思われる)
      ダンス・シーンが続くのだが
      そこそこダンサーとして踊れているとは言え
      動きが野性的で次のステップの想像もつかない。
      (「猿」だからそれが正しいのかもしれない)
      揃うかと思えばバラバラになる。

      ここら辺で数人が観客席から退場。
      いや〜、私も帰ろうかと思った。

      その後、何故かワーグナーのトリスタンとイゾルデの
      愛の死の音楽がテープで流れてくる。
      ソプラノが・・・歌っているのか、口パクなのか
      どちらかと言えば口パクだと思うんだけど
      (この曲のオーケストラ伴奏だけのマイナス・ワンがあったら
       私も歌ってみたい(無謀))
      ともかく、ワーグナーである。
      イスラエルでは演奏してはいけない音楽である。

      ユダヤ人問題と言えば
      私のような者が口一つ挟めるものではないので
      現代のユダヤ人も、日々、自分のアイデンティティと戦っているのか
      ・・・とか、ちらっと考える位だが
      そこにワーグナーの音楽を流して良いんだろうか。
      いや、それが新しい試みなのかもしれない、うん。

      すみません、私、ボーッと生きているので
      あまり、こういう人種問題に縁がなくて
      ウィーンにあるユダヤ博物館には何回か行ったけれど
      周囲にユダヤ人の友人もいないし
      (いるのかもしれないが、わざわざ、あなたユダヤ人?とは聞かないから)
      ユダヤ博物館のガイドさんに
      結構、突っ込んだ質問はした事があるが
      スルッと躱されてしまったし(ごめんなさい)

      こういう抽象的な形で語られる問題について
      何も自分で感じるところがない、というのも
      政治・歴史意識に欠ける自分の頭の悪さがちょっと悲しい。

      しかし、この演目を見て
      感激した、という人が
      ホールの聴衆の中に何人居るんだろう・・・と
      しょうもない事を考えてしまった私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ヨーロッパ連合ユース・オーケストラ + ヴァシリー・ペトレンコ

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        Schloss Grafenegg Auditorium 2019年7月27日 20時〜22時

        European Union Orchestra
        指揮 Vasily Petrenko
        ソプラノ Miah Persson
        アルト Theresa Kronthaler
        テノール Norbert Ernst
        バス Leon Košavić
        コーラス Tschechischer Philharmonischer Chor Brünn

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
        "Wellingtons Sieg oder Die Schlacht bei Vittoria“ für Orchester
        op. 91 (1813)
        Symphonie Nr. 9 d-Moll op. 125 (1822-24)

        グラーフェネックのフェスティバルは
        8月16日がオープニングだが
        その前のサマー・フェスティバルのコンサートへ。
        (色々とあったようだが、クラシックではないコンサートも多いので
         私は行かなかった・・・悪しからず)

        毎年グラーフェネックでコンサートをする
        ヨーロッパ連合ユース・オーケストラが
        いつものヴァシリー・ペトレンコを指揮者に迎えて
        今年は何と、ベートーベンのウエリントンの勝利と交響曲9番。

        昨日まで30℃を優に超える真夏日が続いたのに
        今日、朝起きてみたら
        厚い雲に覆われた暗い空で
        気温は20℃くらい。
        しかも、日中も雨が降ったり止んだり。

        ギリギリ天気は持ちそうだったものの
        コンサートはオーディトリウムのホールになった。
        こういう時のために
        オーディトリウムに席のある一番安いチケットを確保している。
        (芝生席とか、ホールに席のないチケットは安いが
         ホールに席があるチケットはかなりお高い(30ユーロくらい))

        ユース・オーケストラなので人数が多い。
        弦なんか舞台からはみ出しそうな数。

        舞台の奥の左右に
        パーカッションとブラス(トランペットだったっけ、記憶にない)が1名。

        最初に、舞台上のオーケストラ・メンバーが
        真ん中あたりを境に、半分は下手(しもて)奥の2人に身体を向け
        もう半分の上手(かみて)は、対向位置の客席の方に身体を向ける。

        わっはっは、戦争の真似っこというか
        敵と味方に分かれたわけね(笑)

        この曲、ベートーベンの交響曲7番とともに
        初演されて、大絶賛を受けたらしいが
        私が今まで読んだ本だと
        駄作、としか書かれてなくて
        駄作かどうかはともかくとして
        コンサートで演奏されたのは一度も聴いた事がない。

        敵・味方に分かれての太鼓や行進曲
        木管のアンサンブルから
        激しい戦闘への移行とか
        まぁ、面白いと言えば、面白い。
        フランスの民謡と、ゴッド・セーブ・ザ・キング(当時)の曲が
        色々と絡まって、変奏曲みたいになって

        しっちゃかめっちゃかじゃん(爆笑)

        いや確かに、現代の耳で聴いてみれば
        傑作とはちょっと言いにくいような感じだが
        しかしこれ、ベートーベン、何だか一人で
        異様に浮かれて、熱くなって
        むちゃくちゃ楽しんでませんか・・・

        ユース・オーケストラとヴァシリー・ペトレンコが
        また、これを愉快に演奏するもんだから
        何だか大昔の戦争をコミックでパロディとして見ている気分。

        休憩挟んで、ベートーベンの交響曲9番。
        合唱もソリストも入るので
        演奏するにはお金がかかるので
        ベートーベンの交響曲のなかでも、あまり演奏されない曲だが

        さすがにこの大規模オーケストラなので
        モダン奏法で、第1楽章は比較的遅めのテンポ。
        出てくる音楽は非常にドラマチック。

        しかも、やっぱりユース・オーケストラって
        エネルギーが半端じゃない。
        プロのオーケストラに時々見られるような
        適当な投げやりさというのが全くなくて
        メンバー全員が、ともかく真剣そのもの。

        自分の音に酔っているようなメンバーも居るけれど
        音じゃなくて隣のプレイヤーに恋していたのかもしれない(邪推)
        確か16歳〜26歳のメンバーなので
        一緒に演奏しているうちにカップルになるメンバーも
        結構多いんじゃないかなぁ(邪推だけど、羨ましい(笑))

        第1楽章の後に客席から盛大な拍手。
        あ〜、出た、グラーフェネック名物が。

        グラーフェネックのコンサートって
        必ず、どこか大手のスポンサーが付いていて
        そのスポンサーがお客さまをご招待する。

        よって、楽章間拍手が、かなり多いのだが
        毎年、毎年、スポンサーご招待の客が多い事を考えると
        こんなに大勢の、しかも年配の、金持ちそうなお客さまが
        (だってスポンサー招待=金持ってる顧客でしょ?)
        その歳になるまで、クラシックのコンサートに行った事がないって
        何だか不思議な気がしてくる。

        日本のウエブの記事で
        エグゼクティブはクラシック音楽を語るのがステータス・シンボルとか
        ワケのわからん内容を読んだ事はあるが
        スポンサーご招待=顧客=金持ちの図式を考えると
        金持ち=エグゼクティブではないのか(あっ、問題発言しちゃった)

        でもだいたい、クラシックは高級だとか
        エグゼクティブ用だとか、そんな事、あまり考えていないような気がするが。

        まぁ、楽章間拍手(平土間の超高級席からだけ)はともかく
        第2楽章は早めのテンポですっ飛ばして
        テンポについていくのがギリギリの楽器もあるんですけど(苦笑)

        第2楽章の後に・・・あ〜、あっはっは。
        グラーフェネック名物である、もう構わんわワタシ。

        第3楽章は実に美しい楽章なのだが
        ヴァシリー・ペトレンコの指揮だと拍子が聞こえない。

        すごくセンチメンタルに
        エモーショナルに演奏してくれるのは良いのだが(含む第2楽章)
        これ、ロシア音楽じゃないですし

        私の偏見・独断なので好みの問題としても
        ベートーベンは、やっぱりワタクシ的には古典なので
        あんまり熱く演奏されると
        ちょっとそれ、ロマン派じゃない、と言いたくなってしまう。
        すみません、好みの問題です、あくまでも。

        第3楽章からアタッカで最終楽章へ(まぁ、そりゃそうだろう)
        私の前に座っていた年配のご夫婦が
        知っているメロディだったらしく
        喋って、バッグからスマホ出して
        ビデオ撮ってるけれど、も〜、こういうのって注意する気になれん。
        (何言われるかわからないし。
         もちろん、上演前にドイツ語と英語のアナウンスはあったけれど
         どんなにアナウンスしても、写真やビデオは撮る人は撮る)

        セミプロのユース・オーケストラなので
        いくら腕自慢の若い音楽家が集まっているとは言え
        (一部のメンバーはプロより巧いプレイヤーもいる)
        やっぱり、ある意味、アマチュア・オーケストラではあるわけで

        しかも、昨日まで34℃の気温で
        野外音楽堂のためにリハーサルしていたのだろうから
        突然20℃になってホールで、というのも
        技術的な弱さを触発する原因にもなっているだろう。

        歌手陣はまぁまぁというか(すみません)
        ホールだからバスの声は朗々と響いたけれど
        美声だけど、あまり迫力のあるバスではない。

        テノールを見て私がビックリしたのは
        このテノール、私の中のイメージは
        ナクソス島のアリアドネの中の舞踏教師役で・・・(笑)

        袖から、ちょっと踊りながら出てくるところが
        他のテノールには出来ない洒落っ気があって
        タンツ・マイスターはこの人しかいない、と思い定めていた歌手が
        第九を歌っているって、ちょっと驚く。

        (プログラムによれば、2017年まで国立オペラ座のアンサンブルだったそうで
         あら、もう辞めたのか。あの絶妙な舞踏教師が聞けないのは残念)

        リズム的に、ちょっと遅れ気味なところが気になったが
        もしかしたら、指揮者のキューが悪いのかもしれない。

        ソプラノは、高音が綺麗に出ていて
        声を細めに絞って、ヒステリックではなかったのでまぁ満足。
        アルトは時々聴こえてくる、という程度なので何も言えない。

        コーラスはチェコのブルノから呼んで来たようだ。
        総勢で60人くらいか。
        男声は比較的音量もあって出ていたし
        ソプラノ・パートに一人だけ、突出した美声の人がいて
        ほんの時々、コーラスから浮いて聴こえて来た。
        人数が少ないせいもあるけれど
        やっぱり、繊細なニュアンスには欠ける。

        同じくオーケストラも
        メンバーが多いだけに大音響で派手に鳴るけれど
        その分、ニュアンスに欠けて大味なところが多い。
        ただ、やっぱり若いメンバーと若い指揮者は
        体力があるし、エネルギーにも満ちていて緩みがない。

        演奏回数が比較的少ないとは言っても
        かなりの回数をライブで聴いている曲だし
        CDも何枚も持っているので
        オーケストラと指揮者の技術的・音楽的な甘さが
        どうしても耳に入って来てしまうが
        半分アマチュアのユース・オーケストラと考えれば
        充分に堪能できる演奏だったと思う。

        客席はかなり湧いていた。
        特に、平土間から盛大な楽章間拍手をした人たちが
        スタンディング・オベーションしていたのが印象的。
        きっと楽しかったんだろうなぁ。いやぁ、良かった良かった。

        22時30分からライトシューレ・ホールで
        レイト・ナイト・セッション。

        指揮者がワイン片手に出て来て

        インタビューアーの「指揮者として一番イヤな事は何ですか」という質問に
        オーケストラのメンバーが「これは仕事だからと言う事」
        ・・・と答えたのが、面白かった。

        ヴァシリー・ペトレンコ曰く
        音楽を演奏するというのは
        どこかに「趣味」的なものが残っていなければならない

        あ〜、だから今日の演奏って
        どこかアマチュアに聴こえたんだなぁ、と納得。

        確かに、やる気のないサラリーマンと化したオーケストラの
        くそつまらんプロの演奏っていうのには何回も遭遇しているけれど
        プロ・オーケストラの「仕事としてのプロ意識」を甘く見てると
        プロ指揮者としてキャリア積めないんじゃないの(余計なお世話)

        ヨーロッパ連合ユース・オーケストラは
        EU内のオーディションを勝ち抜いて来たメンバーなので
        アマチュアとは言えないが
        ユースのセミプロと言えば、もう一つ突出したグループもある。

        ただ、青春の時代を、好きで好きで好きで
        将来の職業に結びつくかもしれないチャンスを
        目一杯頑張ろう!という意欲に満ちたオーケストラの演奏は
        青春そのもの、っていう感じで楽しい。

        ところで、こういう芸事とかスポーツとかを
        夢中でやっている人たちって
        微笑ましく見られたり、褒められたりするのだが
        勉強に頑張っている人たちは
        往々にして「ガリ勉」と言われて貶められるのは
        いったい何故なんだろう???

        ・・・とかワケのわからん事を考えてしまった上に
        久々の記事で、むちゃくちゃ長くなってしまったアホな私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        誤解のないよう書いておくが
        私は「ガリ勉」ではない。
        というより、ガリ勉になりたいのは山々だが
        そのために必要な
        記憶力も、能力も、体力も、気力もない・・・というのが現実なのだ。

        Steven Cohen: put your heart under your feet ... and walk !

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          Im Puls Tanz Vienna International Dance Festival

          Odeon 2019年7月20日 21時〜22時10分
          Steven Cohen
          put your heart under your feet … and walk !

          パーフォーマンス・舞台・衣装 Steven Cohen
          舞台・照明 Yvan Labasse
          サウンド・ビデオ Baptise Evrard

          もともと行く予定にはなかったのだが
          ちょっと見たら、一番安い席で、しかも端っこの1席が残っていたので
          ついつい買ってしまった私は
          最後の超貧民席1枚が残っているシチュエーションに
          むちゃくちゃ弱い(汗)

          ウエブ・サイトを見た時に
          血だらけの写真があったので
          いつもの肉食系か、というのは覚悟していった。

          オーストリアには
          ウィーン・アクショニスムという伝統がある。
          これが現代芸術で唯一、ウィーンが書籍に載る項目なのだが
          (自慢にならん・・・)
          ヘルマン・ニッチュなどは
          動物を解体する血だらけパーフォーマンスやってるし
          ブルク劇場でのその記録は今でも映画で残っている。
          (見た事はあるが途中で気持ち悪くなってやめた)

          オデオンの舞台の向こう側に大規模スクリーンがあり
          最初に映ったのは
          タトゥーを入れているシーンの大写し。

          題名になっている英語のセンテンスをタトゥーしているのだが
          あのジリジリという機械の音が気持ち悪い・・・

          プログラム記載の作品の背景によると
          言葉に尽きぬほどに愛し合っていた
          パートナー(♂)が亡くなってしまい
          96歳になる仮のお母さん(どういう関係だかは謎)に
          辛いと言ったら
          put your heart under your feet … and walk !
          と言われたとの事。
          愛するパートナーを失った悲しみを
          このパーフォーマンスで表現して
          悲しみを乗り越えて歩き出すのだ、という作品なのだそうだ(たぶん)

          スクリーンには続けて
          パーフォーマーが見事に美しい厚塗りの化粧で
          (いや、これが実にユニークで
           コスプレなんてものを遥かに超えている)
          白いチュチュ様のドレスに、30センチくらいに見える
          すごいヒールで
          どこかの公園を歩いているシーン。

          背景に小さな音量で聴こえてくる
          なんだか私には懐かしいメロディー・・・

          うわ、これ、サザン・オールスターズの「栞のテーマ」
          (「彼女が髪を指で分けただけ、それがシビれるしぐさ」
           ・・・って曲で、もうまさにサザンの名曲中の名曲だと思う)

          あれ?と思って、画面をマジマジ観察すると
          「血の池地獄」とか書いてある・・・という事は
          ここって別府地獄じゃないか。
          20代の若い頃にドイツ人のグループ連れて
          ガイディングした事あるぞ(笑)

          しかし、こんなところで
          こんなすごい格好したパーフォーマーの撮影
          よく許可が出たな・・・

          歩くだけで大変だろうと思われる、すごいヒールだが
          歩く以外に、ほとんど何もしないし
          メイク・アップのズームとかが多い。
          メイク・アップはクリエイティヴで
          まつげの蝶々とかキレイなんだけど(以下省略)

          映像だけでパーフォーマーなしって事はないよね、と
          舞台を見ていたら
          舞台の上には、たくさんのバレエ・シューズが四角に並べられて
          下手(しもて)にはレコード・プレイヤーを4つ結んだオブジェクト
          上手(かみて)にはロウソク立ての並んだ祭壇っぽいものがあって
          上手(かみて)から
          柱(としか言えない、それとも暮石か?)に乗ったパーフォーマーが
          杖をついて登場。

          柱の上の靴は、かかとなしで
          しかも、かかとがあったら、これも30センチくらい、という傾斜。
          (しかもその下は柱?である。これが、1メートル近くある)
          その柱の上に乗って
          超長い杖で支えながら
          靴と靴の間を、ゆっくり移動していって

          その間、私の頭の中は
          あの靴(と柱)、いったい、どうやって脱ぐんだろう?
          という疑問だけで占められていた(すみません)
          (下手(しもて)の横に腰掛ける高さの舞台装置があって
           次のビデオの間に腰掛けて脱いでいた模様)

          さて、次のビデオだが
          あ〜、出た出た、血のパーフォーマンス。
          屠殺場のシーンで
          牛が上から吊られていて
          後ろに内蔵を出しているシーンが見えるので
          腸がどろどろ出てくるところも写っている。

          血抜きしているところで
          血を身体に擦り付けたり
          血抜き場所の下で、どろどろの血に塗れたり

          あ〜、そこ位までは、私も
          こういうパーフォーマンスって有り勝ちだよなぁ
          (ニッチュで慣れている(笑))
          と思って見ながら

          この白いチュチュ(金かかってそう)
          これだけ血まみれになったら
          シミ抜きにかなり費用がかかるんじゃないだろうか
          ・・・という、超現実的な問題解決シミュレーションしていて

          その後に生きた牛が映ったところで
          ・・・はい、ご引退。
          会場を出たのではなく、目を瞑っただけですが。

          何が悲しゅうて、入場料払って見に来たパーフォーマンスで
          ビデオで牛の屠殺場面なんか見なきゃいけないんですか。

          それが芸術というのだから、別に私は反対しないけれど
          見る自由も、見ない自由もある。
          (時計じかけのオレンジじゃないし(笑))

          このシーン、かなり長かったんじゃないかと思う。
          途中でチラッと目を開けたら
          牛の死体の内蔵にナイフを入れている生々しいシーンだったので
          また慌てて目を閉じて
          まぶたに光が当たらず、屠殺場の音が聴こえなくなるまで我慢。

          このシーンの前だか後だかにも
          他のビデオがあって
          その間に、柱と靴を脱いだアーティストが
          腹巻き(にしか見えない衣装)だけで出て来て
          レコード・プレイヤー4つを腰に巻いて歩く、というシーンもあった。

          ・・・よくわからん。

          屠殺場ビデオの後に
          また腹巻きだけ(その下は何もなし)のアーティスト登場。
          上手(かみて)の祭壇っぽいところに行って
          ロウソクに点灯して
          ロウソクの前に立って
          小声の英語で
          これはすべて現実です
          ・・・とか何とか

          アーティストの人生観だか、宗教の勧誘だか
          まさか政治的発言ではないと思うけれど
          この不思議なパーフォーマーの人生観を共有しようとは思わないので
          ボソボソと説教されても・・・

          その後、舞台に煙が出て来て
          煙の中で、バランス的には難しい逆立ちで
          器用に足を動かしていたから
          ダンスする気があれば、踊れるパーフォーマーだとは思う。
          (だって、あの不自然な靴でバランスを取りながら歩けるだけでもすごい)

          失った恋人に捧げる作品、という事を念頭に置くなら
          最後の煙と、後ろに出て来た写真は
          たぶん、故彼氏の写真だと思うので
          レクイエムっぽい解釈で間違っていないと思う。

          だいたい、最後、パーフォーマーが見えなくなってから
          ずっと煙+スクリーン(写真)のままで
          いったい、いつ、終わりになるんだろう、と
          全員がイライラし始めていて
          誰かがちょっと拍手したのを機に
          観客も帰り出したのだが

          あれはレクイエムという意味で受け取れば
          そのまま、静かに拍手せずに帰る、というのが
          正解だったのではないか、とチラッと思った。

          まぁ、個人的ストーリーを芸術(?)に昇華する、と考えれば
          日本だって私小説という立派なジャンルがあるわけで
          アーティストが、自分の悲しみを乗り越えるために
          何をやっても、私は反対しませんし、個人の自由です。

          それが観客の共感を呼ぶか、という問題はあるけれど
          別に共感を呼ばなくても、アーティストとしては
          ギャラを貰えれば、それで第一の目的は果たしたわけだし
          (あ〜、すみません、私の感想がスーパー・ドライになってまして)

          ダンスとは言いたくない演目だが
          まぁ、あの柱付き不自然な靴で、よく歩いたものだ。
          だからと言って、見ている側としては感激するわけではないが。

          武士は食わねど高楊枝とか
          やせ我慢バンザイという日本人的美学を
          勝手に標榜する身としては
          こういう個人的感情を作品に乗せて
          多くの人に鑑賞させる、という発想は出て来ないが
          まぁ、悲しみの克服には、様々な手段がある、という事で納得。

          しかし悲しみの克服に
          屠殺場で牛の血や内蔵にまみれる、という選択肢は
          草食民族日本人の私にはないなぁ
          (というより、肉食民族だって、あまりないような気がするが)
          と、つくづく思った私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          なお、インターネットで Steven Cohen を探索すると
          投資家の億万長者がヒットするが
          全く別の人物なので念の為。
          今回のパーフォーマーは南アフリカ生まれ、現在はフランスに在住。

          ヴッパータール舞踏団ピナ・バウシュ

          0
            Im Puls Tanz Vienna International Dance Festival
            Burgtheater 2019年7月19日 21時〜23時45分

            MASURCA FOGO
            Tanztheater Wuppertal Pina Bausch

            演出・振付 Pina Bausch
            舞台 Peter Pabst
            衣装 Marion Cito
            音楽制作 Matthias Burkert, Andreas Eisenschneider
            音楽 Amália Rodrigues, Nicolette, The Alexander Balanescu Quartett,
            Ben Webster, Lisa Ekdahl, Duke Ellington, Leon Parker, Mecca Bodega,
            Vince Guaraldi, Tupi Nago, Marcos Suzano, Baden Powell, Radamés Gnattali,
            Gidon Kremer, Rui Junior, Alfredo Marceneiro u.a.
            ダンサー Pablo Aran Gimeno, Ruth Amarante, Emma Barrowman, Rainer Behr,
            Andrey Berezin, Çagdas Ermis, Jonathan Fredrickson, Ditta Miranda Jasjfi,
            Milan Nowoitnick Kampfer, Daphnis Kokkionos, Cristiana Morgant,
            Breanna O’Mara, Nazareth Panadero, Azusa Seyama, Julie Shanahan,
            Blanca Noguerol Ramïrez, Oleg Stepanov, Julian Stierle, Michael Strecker,
            Fernando Suels Mendoza, Aida Vainieri

            イム・プルス・タンツの今回の大目玉
            ヴッパータール舞踏団ピナ・バウシュの公演。

            ヴッパータール舞踏団って、前から「ピナ・バウシュ」の名前、ついてたっけ?
            確かに、ヴッパタールと言えばピナ・バウシュなんだけど
            ただ、本当に残念な事に
            ピナ・バウシュは2009年に68歳で亡くなっている。

            タンツ・テアーター(ダンス演劇)の名前の通り
            休憩入れて2時間以上のプログラムだが
            観客を全く退屈させない。

            演劇とは言っても、1つのストーリーを語るというのではなく
            短いスケッチがあちこちに散りばめられていて
            洗練されたコラージュ的雰囲気がチャーミング。

            何と表現して良いのか戸惑うばかりだが
            見事なソロ・ダンスの合間に
            セリフを伴う、クスッと笑わせるスケッチと
            ダンサーの身体の表現によるジョークと
            アクロバティックなリフトや
            意図的に「運動会」にしている部分が入る。

            ピナ・バウシュの実家がカフェ・レストランという事に
            こじつけたくはないのだが
            ピナ・バウシュの演目って
            どこかカフェの雰囲気を纏っている。

            何時間いても大丈夫という心地よさに
            人生の重いテーマとか生きる意味とか政治とか
            そういうものを、ちょっと脇に置いて
            つかの間の楽しいお喋りを楽しみましょうよ
            ・・・という印象がある。
            (ピナ・バウシュの演目が軽いとか
             芸術的内容がないとかは言ってませんので誤解なきよう)

            舞台は後ろに黒の岩が山のようになっている以外は
            何の舞台装置もないけれど
            ビデオ投影が時々、ものすごく効果的に使われていた。

            ビデオそのものは、アフリカの民族音楽とか、列車での移動とか
            景色とか、浜辺とか海の中とか
            それが、舞台全体に投影される(床含む)ので
            上から見ていると
            ダンサーが映像に紛れ込むように見える。
            まるで、リアルなティンカー・ベルみたい。
            (映像の人間は大きいが、ダンサーは映像の中で小さく見えるのだ)

            ビデオなしの舞台で踊るソロ・ダンサーたちの
            存在感がすごい。
            ダンサーが、広い舞台を完璧にコントロールしていて
            ものすごく大きく見える。
            持っている個性やオーラが舞台を越えて観客まで直撃する。

            誤解を招きそうな発言だが
            こういう突出した個性のオーラって
            クラシック・バレエのダンサーには(ほとんど)ない。
            失礼を承知で言っちゃうと
            (個人的な印象です、どうぞお許しあれ)
            舞台の上に
            ミーシャとエノが、もっと強力になった個性の塊がいる
            って感じ。

            ソロ・ダンスはかなり入っているのだけれど
            振付も動きも見事で
            持っているオーラの放出が素晴らしくて
            ダンサーから目が離せない。

            ダンサーなのか俳優さんなのか
            ちょっと微妙・・・っていう出演者も
            体型とお歳からして(失礼!)俳優さん?という人が
            突然、見事なモダン・ダンスを踊りだしたりするので
            本当に油断がならん(笑)

            各所のスケッチが、不条理演劇みたいで
            なのに、ちゃんとジョークになっている。
            りんごを使ったスケッチや
            小柄な男性ダンサーと、すごく上背のある女性ダンサーの
            男性ダンサーを他のダンサーが持ち上げてのキスシーンとか
            コーヒーをオーダーしたらシュガーがなくて
            買い物袋から1キロの砂糖を出してコーヒーに入れて飲んだり
            シャンパンをグラスに満たして乾杯してから
            お互いに掛け合うカップルとか
            ビニールに水を入れてプールにしちゃったりとか

            ええ、わかってますとも
            こんな事を書いても、全然面白くない。
            あの舞台でのおかしみは、本当に舞台を観てもらう他に
            伝える方法はない。

            全身に風船をつけた女性が
            男性ダンサーのタバコに火をつけながら
            子供の頃の学校の女性の先生の
            下唇がすごく厚くて
            キスしなさい、とか言われても
            ・・・という話をしていくスケッチ
            すごくスリルがあって、最後もびっくりだったのだが
            そう書いても、これを読んでいる人には
            全くわからないだろう、というのは承知してます、すみません。

            ビニールを使った岸辺の海水浴シーンの後に
            舞台上に忽然と現れるアザラシとか(爆笑)

            スイカを割ったところに
            ニワトリを連れて来て、ついばませるとか
            この舞踏団、専属のニワトリも連れて来ているんだろうか?
            (ニワトリは後半では、無理やり飛ばされそうになるシーンがある)

            普段、クラシック・バレエを中心に鑑賞していると
            モダンを中心にした舞踏団の
            ダンサーの多様性が印象的。

            もちろん、ダンサーだから、鍛えられた身体なのだが
            大柄なダンサーから小柄なダンサーまで
            体型もそれぞれで、その個性がダンスとか演技で光る。

            いや〜、本当に楽しかった。

            この公演、全部で4回あって
            数年前の私なら、ガツガツと2回か3回は行っていたような気がするが
            年金生活者なので、ちょっと出費も抑えねば
            (というよりパーフォーマンス・カードなくなったので
             モトを取らねば、と必死になる必要がない)
            というわけで、今回は最終公演のみ。

            ただ、こういう印象的なスケッチは
            何回も見るよりも、1回目で驚いてわっはっは、という方が
            きっと良いんだろうなぁ、と
            悔し紛れに考えている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            ↑バナーですが、こういう海辺のシーンが
            この演目にたくさんあったのでついつい・・・

            休憩の時に市庁舎のスクリーンが上から見えたが
            何と国立バレエ団の「シルヴィア」の2幕目を上演していて
            私は遠目に食い入るように観てしまったが
            モダン・ダンスが好きな人は全く興味がないのか
            窓の脇にいる人たち、誰も見ていなかった。
            どうせ私は節操がないですよ、ダンス・バレエなら何でも好き(笑)

            マクベス@フォルクス・テアーター

            0
              Volkstheater 2019年7月11日 21時〜23時

              Im Puls Tanz Vienna International Dance Festival
              MACBETH
              振付・演出 Johann Kresnik
              音楽 Kurt Schwerstik
              舞台・衣装 Gottfried Helnwein
              ドラマツルギー Katharina John, Dietrich von Oertzen
              マクベス Pavel Povraznik
              マクベス夫人 Andressa Miyazato
              バンクォー Filip Löbl/Edward Nunes
              ダンカン Jonatan Salgado Romero
              3人の魔女 Kayla May Corbin, Tura Gómez Coll, Rutsuki Kanazawa
              マクダフ Velerio Iurato
              マクダフ夫人 Mireia Gonzáles Fernández
              その他のダンサーたち
              Lara Bonnel Almonem, Julie Endo, Urko Fernandez Marzana,
              Nüria Giménez Villarroya, Yu-Teng Huang, Hodei Iriarte Kaperotxipi,
              Alessia Rizzi, Lorenzo Ruta, Andrea Schuler, Kasija Vrbanac
              ピアニスト Bela Fischer jr., Stefanos Vasileiadis

              2018年10月にハンブルク市立劇場で初演された
              ヨハン・クレスニックの「マクベス」が
              今年の Vienna International Dance Festival のオープニングとなった。

              今年のこのフェスティバル
              パーフォーマンス・カードがなくなって
              (55歳以上で25ユーロくらい払うと
               1公演につき、2枚まで15%割引になって
               プログラムとクロークが無料という有難いカードだった)
              55歳以上は最初から15%の割引になる・・・代わりに
              プログラムとクロークは有料で
              プログラムが4ユーロ50セント(チップ入れて5ユーロ、高い!)
              クロークがチップ入れて1ユーロ50セント。

              あ〜、パーフォーマンス・カードだった時には
              モトを取るために、かなりチケット買ったんだけど
              モトを取る必要がなくてプログラムもクロークも有料なら
              パーフォーマンスの選択はしっかりとしてから行こう。

              もちろん超貧民席だが、比較的見える席を発売と同時に買ったものの
              そういう日に限ってオペラ・グラス(望遠鏡)を忘れて
              遠い舞台をオペラ・グラスなしに見ていたので
              ダンサーの表情とかは全くわからないまま。

              この作品、マクベスを題材にしているが
              ストーリーを忠実に追うわけではなくて
              マクベスの中からのシーンを様々に抽出して
              コラージュのような感じの舞台構成。

              バスタブが並ぶ中に包帯で巻かれた人間が入っていたり
              舞台の正面に大きなドアがあって
              そこから出たり入ったりする黒いシルクハットのローブの男性が
              殺人が起こると、バケツに赤いインクと何か(洋服?)を持って来て
              オーケストラ・ピットのプール(?)のようなところに落とし込む。

              音楽はオーケストラ・ピットの下手(しもて)にグランド・ピアノが1台。
              ここにピアニストが2人居て
              ピアノの中の弦をかき鳴らしたり、ピアノを叩いたり
              あるいは、普通に4手でのピアノを弾いたりする。

              最初はバスタブだけのシーンが
              一瞬映されて、また幕が閉じて
              また一瞬、別のシーンになっていて、また幕が閉じて
              という繰り返しがあって
              絵柄としては面白いのだろうが
              あまり動きがなくて、ちょっと退屈だったけれど
              どんどん舞台に引き込まれて行く。

              ダンスももちろんだが
              不気味な象徴主義の絵柄の中で語られるストーリーが
              現実なのか幻想なのか
              奇妙なバランスの中に立っていて
              観客の感情に、搦め手から触ってくるという感じ。

              ナイフを両手で持ったままのダンスとか
              ちょっとでも振付間違えたら流血騒ぎだろう・・・と
              ドキドキするシーンがかなり多い。

              ダンサーは声は出さないけれど
              最初から最後まで、叫んでいるような感じがする。
              音楽はかなり繊細にストーリーに入り込んでくるのに
              ドアの開け閉めの、まるで運命の打撃のような大音響と
              ダンサーの持つナイフが打ち合わされる
              鋭い金属音の連続が
              かなり耳に残る。
              (帰宅した時に、まだ耳鳴りがしていた)

              リアルなストーリーではないものの
              ダンカンの殺人、バンクォーの殺人、従者の殺人などが
              次々と舞台で起こって(これは抽象的表現もある)
              後ろのドアから黒い男性が
              血と臓物(にしか見えなくなる)をオーケストラ・ピットにぶち撒けて
              だんだん不気味な雰囲気が強くなってくる。

              マクベス夫人が恐怖に駆られて
              手を洗い続けるところが
              赤いドレスを巧く使って表現していたのには唸った。
              赤のドレスが次々にドレスから外されていって
              下は白いドレスになっているのだが
              なかなか、赤い部分が落ちないので
              マクベス夫人がパニックになって行くのだ。

              しかも、マグダフ家族の虐殺シーンに至っては
              突然、舞台の真ん中に
              巨大な食事用テーブルと巨大な椅子が置かれ
              その巨大テーブルの上には
              やはり巨大なティーポットとティー・カップ。

              子供達が登場して、巨大テーブルと椅子のところで遊ぶ。
              もちろん大人のダンサーだが
              テーブルと椅子が巨大なので、幼い子供たちに見える。
              椅子だって、かなりの高さがあるのに
              そこに登って、更にテーブルの上(舞台の床から5メートルくらい?)に登り
              しかもそのテーブルに引き出しがあって
              引き出しの中にも子供が入ったり

              不思議の国のアリスか
              巨人の世界に迷い込んだガリヴァー旅行記みたいな
              不条理な感じはするものの
              最初は子供たちが遊ぶ、かなり平和な世界なのだが

              そこに刺客が入って来て
              子供たちを虐殺するのである。
              逃げ回る子供たちを、どこまでも追いかけて
              隠れる子供も容赦なく引きずり出して
              柱に縛り付けて殺したり
              巨大テーブルの上で殺したり
              引き出しで殺した子供は引き出しから半身を乗り出して死んでいるし
              巨大椅子の脚に押し潰されて殺された子供もいたり

              最初のシーンが不思議の国のアリス的なメルヒェンちっくなシーンなだけに
              その後の残虐性が半端ではない。かなりコワイ。

              時々に登場する3人の魔女の使い方も絶妙。
              フライト・アテンダントっぽい制服の衣装で
              中腰で踊る不気味なダンスはとても雄弁。

              特殊奏法は煩雑に使われるが
              普通に演奏される時のシュヴェルツィックのトナールな音楽は
              メルヒェンっぽくて平和に響く。
              それだけに、その中の不気味さが強調される。

              最後の森は、ムーミンに出てくるニョロニョロの黒いようなものが
              舞台に出て来て、マクベスは倒されるのだが
              それが森・・・なんだろうな、きっと、うん。

              イメージが湧かない、という方のために
              (だいたいワタシ、文章下手くそなのに表現しようとしちゃうから(汗))
              下にオフィシャル・クリップを貼っておきます。

              ただし、かなり、いや、半端じゃなく不気味なので
              神経質な方、精神的に参っていたり、不気味さが嫌いな方は
              ご覧にならない方が良いかと・・・・



              久し振りのナイト・ライフだったけれど
              ともかく見応えのある見事な舞台だった。

              ImPulsTanz のパーフォーマンス
              今見たら、結構売り切れの公演もあるようで
              (ポルノだの体位だのというモロな公演は全部売り切れ(笑))
              コンテンポラリーのダンサーたちが集まる
              国際的フェスティバルなんだなぁ、と
              ついつい当たり前の事を考えてしまった私に
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              東京バレエ団 THE KABUKI@国立オペラ座 3回目

              0
                Wiener Staatsoper / The Tokyo Ballet 2019年7月4日 19時〜21時20分

                THE KABUKI
                Ballett in zwei Akten
                振付 Mourice Béjart
                音楽 Toshiro Mayuzumi
                舞台・衣装デザイン Nuno Côrte-Real

                Yuranosuke: Dan Tsukamoto
                Tadayoshi: Katsuhiro Nagata
                Enya Hangan: Yasunori Akimoto
                Kaoyo Gozen: Mizuka Ueno
                Rikiya: Riku Takashi
                Morono: Mao Morikawa
                Bannai: Junya Okazaki
                Kampek: Arata Miyagawa
                Okaru: Mamiko Kawashima
                Kampei (Modern): Yuki Higuchi
                Okaru (Modern): Natsumi Kishimoto
                Sakakuro: Yuichi Sugiyama
                Yakushiji: Kosuke Wada
                Ishido: Hiroki Miyazaki
                Sadakuro: Yuichi Sugiyama
                Yujo: Yurika Mikumo
                Yoshibei: Mao Yamada
                Okaya: Akimi Denda
                Osai: Haruka Nara
                Variation 1: Yuichi Sugiyama
                Variation 2: Shuntaro Ifuku

                しつこく同じ公演3回目。
                キャストは初日と同じ。

                ちょっとぐったり疲れていたせいもあって
                集中して観ていた、とは言えない状態なので
                的外れな事を書くかも・・・

                ダンサーによってストーリーの印象が変わる
                というのが不思議だった。
                初日に前半の松の廊下ストーリーがわかりにくいと思い
                2日目に、これはよくわかる、という印象があったが
                初日のキャストで松の廊下のシーンを見ると
                2日目のダンサーの演技的要素が大きかったのがわかる。
                初日と同じダンサーだと
                バレエ、という意味での動きに気をとられて
                イジメがエスカレートして
                とうとう堪忍袋の緒が切れて、というストーリーは
                あまり見えて来ない。

                お軽の動きも2日目キャストの方が日本舞踊がよく見えた。
                初日キャストは、どちらかと言えば
                バレエという芸術に徹しているような印象がある。
                だから、クラシック・バレエの振付部分のソロは非常に映える。

                ベジャールが日本舞踊の伝統を研究し尽くして
                ヨーロッパのバレエとの融合を図った様子は、よく見える。
                成功しているか失敗しているか
                ただ、何を以って成功と言うのかは定義できないので
                主観的な印象しかないわけだが
                たぶん、これについては正解はないし
                ベジャールもダンサーも
                融合が成功か失敗か、なんて全く眼中にないと思う。

                それよりも、日本舞踊の要素と
                ヨーロッパのクラシック・バレエの要素が
                多少はバラバラな印象を残すものの
                ここまで1演目の中で提示される作品は珍しい。
                ダンサーもクラシック・バレエ、モダン・バレエだけではなく
                日舞の基本まで押さえなければ踊れない振付で
                その意味では、ダンサーに究極のテクニックを要求される演目だろう。

                こうやって2つの文化の身体の動きの対比を舞台で観ると
                よく言われる日本文化の「間」
                ダンスで言えば「静止状態」
                日本だと、見得を切るという状態の違いが面白い。

                クラシック・バレエでも、キマった時の静止状態はあるのだが
                基本的には「動き」が中心になっていて
                静止状態を取るとすれば
                アラベスクとか、フィッシュ・ダイブとか
                女性ダンサーのポワントでの独り立ちとか
                不安定なバランスの状態で静止する事が多い。
                (ような気がする。
                 もちろん男性ダンサーの大技が終わった後の静止もあるけれど
                 あれは、あくまでも静止ではなく終止であって
                 拍手を受ける時は立って受ける・・・と思う)

                日舞に於ける「静止」状態、いわゆる見得を張る状態だって
                無理な姿勢が多いのかもしれないが
                (やったことがないのでわからん)
                少なくともポワント立ちとか、アラベスクの不安定さはない。
                静止の時間も、もっと長い。
                ブロマイド状態というか
                ここで、し〜っかり目に焼き付けてね、という親切さというか(違うかも)

                女性だって、日舞の場合は
                見どころとか、ここをさりげなく強調したい
                例えば袖で少し顔を隠して頭を傾ける状態で
                ちょっと静止するではないか。
                (それがまた色っぽくてゾクゾクする ← 完璧おやぢ化している(汗))

                床を滑るような動きについても
                クラシック・バレエでのポワントでの移動は
                不安定さの中に、なんとか安定を組み込もうという
                涙ぐましい努力に見えるが
                日本舞踊の、腰を落とした滑る動きは
                安定の中に「動き」という、もともと不安定なものを
                組み入れる試みに見える。

                踊りにおける安定と不安定が
                身体の中心があくまでも上に伸びる(不安定な)クラシック・バレエと
                腰を落として下に重心を持ってくる日舞の安定感のなかの不安定とか
                このベジャールの THE KABUKI という演目では
                徹底的に拮抗しているような印象を与えるのだ。

                だから、日本人としては、何となく不思議な気持ちになるのかも
                ・・・とか、ついつい
                シロウトの悲しさで、アホらしい事を考えている
                徹底的にアホな私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                身体表現の静止状態について考えていると
                ついつい、日本のハレ・ケ・ケガレという概念まで
                考えが拡散してしまうのだが
                来学期は雅楽の講義もあるので
                たぶん、そこでこの概念も扱われるんじゃないかと期待中。

                鼓樂庵 囃子ワークショップ@ウィーン大学

                0
                  Hörsaal 1 Institut für Musikwissenschaft Universität Wien
                  2019年7月4日 14時〜16時

                  HAYASHI Workshop
                  Leitung: Tazae Mochizuki
                  Einführung und Moderation: Prof. Dr. Akio Mayeda

                  東京バレエ団の THE KABUKI 3回目鑑賞記も書きたいのだが
                  個人的メモなので、同日、大学で行われた囃子ワークショップについて書く。

                  授業としての単位は関係ないし
                  夏休みに入っているので
                  何人くらい集まるのかなぁ、と思っていたら
                  同学年同じクラスの、いつもの楽しいメンバーが3人。

                  私も知り合いを連れていったし
                  学生らしき人や日本の方や
                  10人くらいかなぁ。
                  少ない人数で勿体ないとは思ったのだが
                  その代わり、ワークショップという名の通り
                  自分で楽器を触るチャンスがあったのは楽しかった。

                  昨年、能楽の授業を取らせていただいた前田昭雄名誉教授が
                  いつもの格調高いドイツ語で
                  囃子の説明を
                  ユーモアを交えてして下さった。

                  同学年学生3名は、この授業に出席していたので
                  能楽云々と言われても、ちゃんと内容がわかる(えっへん(笑))

                  伝統芸能教場 鼓樂庵 の望月太左衛先生のお話が
                  非常に興味深い。

                  能管・小鼓・締太鼓の演奏から始まって
                  能管は、昔、神道で使われていた石笛から変化したもので
                  メロディというよりは、雰囲気を表したり
                  ひしぎと言って、集中する時に観客の注意を引きつけたりする役目。

                  締太鼓は太いバチで、真ん中のバチ皮というところを打つのだが
                  テンとツクという種類があって
                  テン=天、ツク=着く=地面なのだそうだ。

                  大鼓(おおつづみ)は、作り方から見せて下さった。
                  紐とは言わず、「調べ」と言う名称で
                  何故かと言うと、これも楽器の一部で、紐も鳴るから、なのだそうだ。
                  (あ〜、今まで、厚顔無知で「紐」とか言っていた。
                   これからは、ちゃんと「調べ」と呼ぼう・・・)

                  三社祭や、夏祭りの話になって
                  太鼓、大太鼓と鉦での演奏で
                  てん・てれ・つくつく・てん・てけ・てん
                  というのをみんなで練習してから

                  3人づつ舞台に上がり(きゃ〜〜〜っ)
                  (だって、望月師匠は「ワークショップですから
                   これをやらないと帰してあげません」とかおっしゃるし(笑))
                  法被を羽織って、夏祭りの音楽の練習。

                  いや〜ん、楽しい ♡
                  (こんなことで興奮してどうする?!)

                  夏祭りから歌舞伎の話になり
                  拍子木の前に「一番太鼓」というものがあり
                  最初は、どんどん、どんと来い、という太鼓で
                  最後の太鼓は「出てけ、出てけ、出てけ」なのだそうだ(爆笑)

                  歌舞伎における太鼓の使い方の説明が面白かった。
                  川、海、風は、まぁ、ヨーロッパにもありそうな
                  いわゆる音による自然表現だが

                  まさか歌舞伎に「雪」の太鼓があるとは・・・・
                  (そう言えば、意識にはのぼっていなかったけれど
                   確かに歌舞伎では「雪」の音はある・・・)

                  バチではなく
                  大きめの頭のマレット(のようなバチ)で
                  静かに静かに太鼓を触って
                  時々、屋根に積もった雪が落ちるところは
                  少し音を大きくする、という
                  演奏されてみれば
                  ああああああ、と納得するのだが
                  「雪」に音楽があるなんて

                  日本の歌舞伎って・・・す・ご・い!!!!

                  太鼓の風との組み合わせで、蝶々も音楽になるし
                  貝を擦り合わせてカエルの鳴き声。

                  虫の鳴き声は、興梠などの表現があるのだが
                  これは日本人にとっては
                  秋の訪れに欠かせない「音楽」なのだが
                  ヨーロッパ人には、ただの「雑音」かもしれない。
                  (グラーフェネックの興梠は音楽の邪魔(笑))

                  雨うちわ、というのもあって
                  これ、本当に雨の音が出る(やらせてもらった)

                  鼓樂庵のウエブ・サイトは こちら

                  すごい経歴の師匠なのだが
                  偉ぶったところが全くなく
                  とても丁寧に親切に、ユーモアを持ったお話が出来るのは
                  ご自分の演奏以外に、研究も重ねられた上で
                  更に、後進のご指導や
                  一般の人たちへの啓蒙活動に励んでいらっしゃるからで
                  もう、えらく感激してしまった。

                  こういうワークショップを大学で開催して下さったのは
                  前田昭雄教授のお力によるもので
                  本当にウィーン大学って良いわ〜〜〜(感激している)

                  ひたすら遊んでいる(学業単位にはならない)けれど
                  論文とプロジェクトの進み具合は如何?と聞かれると
                  ちょっと血の気が引いて
                  黙り込む私に

                  どうぞ1クリックをお恵み下さい(冷汗)



                  望月太左衛師匠のツィッターには
                  しっかりと写真がアップされている。
                  (わはは、同僚がしっかり写っているぞ)

                  東京バレエ団 THE KABUKI@国立オペラ座 2回目

                  0
                    Wiener Staatsoper / The Tokyo Ballet 2019年7月3日 19時〜21時20分

                    THE KABUKI
                    Ballett in zwei Akten
                    振付 Mourice Béjart
                    音楽 Toshiro Mayuzumi
                    舞台・衣装デザイン Nuno Côrte-Real

                    Yuranosuke: Yasunori Akimoto
                    Tadayoshi: Mao Morikawa
                    Enya Hangan: Yuki Higuchi
                    Kaoyo Gozen: Haruka Nara
                    Rikiya: Riku Takashi
                    Morono: Dan Tsukamoto
                    Bannai: Shuntaro Ifuku
                    Kampei: Shoma Ikemoto
                    Okaru: Kanako Oki
                    Kampei (Modern): Kosuke Wada
                    Okaru (Modern): Akira Akiyama
                    Sakakuro: Junya Okazaki
                    Yakushiji: Katsuhiro Nagata
                    Ishido: Tsukasa Okazaki
                    Sadakuro: Junya Okazaki
                    Yujo: Hitomi Kaneko
                    Yoshibei: Mao Yamada
                    Okaya: Akimi Denda
                    Osai: Emi Masamoto
                    Variation 1: Junya Okazaki
                    Variation 2: Arata Miyagawa

                    2回目になると
                    昨日、あまり見えなかったストーリーが
                    多少はわかるようになる。

                    前半の、お軽、勘平のラブストーリーも見えるし
                    その後は、ちゃんと「松の間」になっていて
                    場内での刃傷沙汰は、男性2人のパ・ド・ドゥで
                    確かに前半、判官を偉そうに虐める師直のシーンがあって
                    判官が怒って師直に切りつけて、つかまって
                    ・・・というのは見える。
                    (昨日、何故、これがわからなかったのかは謎(笑))

                    どちらかと言えば
                    やっぱり仮名手本忠臣蔵を基本的に知っている
                    というのが、観客に求められる前提だろうが
                    ストーリーがわからなくても
                    現代から過去の日本的情緒のスタイルを楽しむなら
                    その観点だけからでも、充分に鑑賞できる作品だろう。

                    お軽の振付が秀抜・・・と言って良いのかはともかく
                    祇園に身を売るお軽の仕草が
                    いやもう、実に色っぽい「日本舞踊」なのである。

                    歌舞伎の巧い女形が演じているような
                    指先まで神経の届いた
                    上半身の傾け方一つに風情がある
                    徹底的に「日本」の仕草を見せた後に

                    ポワントで動かれると
                    ちょっとギョッとする。

                    あ〜、これが違和感の正体か。
                    ベジャールが日本舞踊を徹底的に取り入れて
                    そこに突然、西洋のバレエのテクニックを使ったパが出てくると
                    その違和感って半端ではないのだが
                    日本舞踊だのバレエだの、面倒くさい様式を考えなければ
                    不自然さはあまりないので、素直に、そのまま見られるのだろう、たぶん。

                    (いや、私だって日本舞踊とかバレエとか知りませんよ。
                     でも、一応、日本人として歌舞伎とか見ているじゃないですか(数は少ないけど)
                     そうすると、歌舞伎の女形の型というものは
                     無意識的にでも頭に残ってしまうわけです)

                    シーンとシーンの間の繋ぎで出てくる伴内は
                    この作品の登場人物の中では
                    最も、歌舞伎の様式美を、そのまま使った振付になっている。

                    いわゆる、歌舞伎の中の立ち回り役に近い
                    小柄で動きがキビキビしていて
                    とんぼとかはないけれど(やったら問題なく出来そう)
                    振付そのものは、バレエというより歌舞伎の立ち回りに近い。
                    場つなぎのシーンや、陰謀のシーンで、かなり出番があり
                    カーテン・コールの時も非常にウケていた。

                    着物の使い方も巧い、と思った。
                    一部のダンサーはちゃんと着物を着用するが
                    ソロのダンサーは
                    下がレオタードで、その上に着物を「羽織る」だけ。

                    ただ、とあるシーンでは、黒子が活躍して
                    レオタードのみで踊っている時には
                    美しい着物を後ろで
                    人間衣紋掛けで飾っていたし
                    (いや〜、人間が後ろで、ああやって持っていると
                     本当に着物用の衣紋掛けにかかった着物に見えるから不思議)
                    女性ダンサー2人で、1着の着物に入って
                    着物そのものを非常に美しく見せる技まで
                    ベジャールの天才振りが発揮されていて、唖然とする。

                    それだけ、歌舞伎という日本の伝統美を作品に入れているのに
                    主人公の男性のソロは、もろにクラシック・バレエである。

                    しかも超絶技巧のソロがむちゃくちゃ多いし、長い。
                    男性ダンサー虐めか、とか思えちゃうくらい。
                    確かに見せ場ではあるのだが
                    クラシック・バレエだって、こんなに長いソロは滅多にない。

                    力強くて長くて、技巧たっぷりの男性ソロに比べると
                    女性は、アクロバットなリフトとかはあるし
                    身体の柔軟性が必要なパも多いけれど
                    ジャンプもピルエットも
                    あまり派手なものがなくて

                    まぁ、歌舞伎ですから(笑)
                    とは言え、判官の妻の顔世も
                    自分から進んで金を稼ぐために身売りするお軽も
                    かなり強いキャラだとは思うんですけどね。
                    その強さを、一見、女らしい
                    なよなよさの中に隠すところが奥ゆかしいのか。
                    う〜ん、歌舞伎もベジャールも奥が深いぞ。

                    今日の席は昨日の反対側だったのだが
                    舞台の下手(しもて)に
                    拍子木の人が居て
                    時々、パに合わせて拍子木が鳴る時には
                    ライブで拍子木を打っていたのに感激。
                    もちろん、ちゃんと羽織袴の正装である。
                    (ほとんどの拍子木はテープだが、いくつかのシーンはライブ)

                    最後の討ち入りの場面は
                    舞台に揃ったかなりの数の赤穂浪士たちが
                    (さすがに47人はいないが、30人くらいはいた)
                    美しいフォーメーションに
                    ぴったり揃った振付で
                    しかも、ばっちり音楽に合わせて動くのはすごい。

                    あの音楽への合わせ方、どこかも見習うべきだな。
                    もっとも、どこかはテープじゃなくてライブ音楽だから
                    合わせるのも難しいのかもしれないけれど。

                    ただ、あのシーン、意外に長くて
                    ストーリーとしては最後の見せ場だし
                    アピールするんだけど、2回目になると、ちょっと冗長という印象。

                    仮名手本忠臣蔵と言えば
                    日本人なら(日本人じゃなくても)
                    義憤を討つ、忠実な部下たちの行動に
                    涙を流して感激する・・・はずなのだが

                    まぁ、当時、この事件が話題になったのは
                    こういう「忠義」というのは非常に珍しかったというのがある。
                    (部下は主君がいなくなれば、他の出世しそうな主君を探した)

                    世を忍ぶ姿で遊びまくっている大石由良助って
                    女性の立場からしたら、あまり感心できないしなぁ(笑)

                    夫の勘平のプロジェクトのために
                    金が要るだろう、と
                    身売りするお軽の話は
                    自己憐憫悲恋物語の最たるもので
                    絶賛自己犠牲中・・・というのもちょっと。

                    いや、私の悪い癖で
                    ついつい、中身を考えてしまう。
                    オペラとか、あるいはこういう演目では
                    あんまりストーリー云々を考えてはいけない(のだと思う、たぶん)

                    だって、だいたい、これ、私的リンチの話だし・・・(以下省略)

                    明日が千秋楽(もちろん行きます、一番安い席で(笑))
                    3回目のキャストは初日とキャストと同じ。
                    さて、3回目になると
                    どんなストーリーが妄想の中で強調されるのか、楽しみ。

                    PureData と1ヶ月格闘して敗北し
                    SynthEdit に変えたら、波長が数字で表せず
                    教授のところに行ったら、HTML でやれば?と言われ
                    今度は HTML と格闘している私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    私が専攻しているのは
                    音楽学だったはずなのだが
                    4学期目でコンピュータ関係の演習とか取りまくったので
                    今や、自分でも何をやっているのか、さっぱりわからん・・・
                    猛暑は落ち着いたけれど
                    図書館はまだ熱気が残っていて
                    スイカが美味しい・・・(謎発言)

                    東京バレエ団 THE KABUKI@国立オペラ座 1回目

                    0
                      Wiener Staatsoper / The Tokyo Ballet 2019年7月2日 19時〜21時20分

                      THE KABUKI
                      Ballett in zwei Akten
                      振付 Mourice Béjart
                      音楽 Toshiro Mayuzumi
                      舞台・衣装デザイン Nuno Côrte-Real

                      Yuranosuke: Dan Tsukamoto
                      Tadayoshi: Katsuhiro Nagata
                      Enya Hangan: Yasunori Akimoto
                      Kaoyo Gozen: Mizuka Ueno
                      Rikiya: Riku Takashi
                      Morono: Mao Morikawa
                      Bannai: Junya Okazaki
                      Kampek: Arata Miyagawa
                      Okaru: Mamiko Kawashima
                      Kampei (Modern): Yuki Higuchi
                      Okaru (Modern): Natsumi Kishimoto
                      Sakakuro: Yuichi Sugiyama
                      Yakushiji: Kosuke Wada
                      Ishido: Hiroki Miyazaki
                      Sadakuro: Yuichi Sugiyama
                      Yujo: Yurika Mikumo
                      Yoshibei: Mao Yamada
                      Okaya: Akimi Denda
                      Osai: Haruka Nara
                      Variation 1: Yuichi Sugiyama
                      Variation 2: Shuntaro Ifuku

                      日本とオーストリアの外交150周年の関係で(だと思う)
                      東京バレエ団のゲスト公演。
                      モーリス・ベジャールの THE KABUKI

                      音楽がテープだったせいか、チケットが意外に安くて
                      (それでも超貧民席しか買わないけど(笑))
                      3回、全公演を観る予定。

                      最初の印象
                      ・・・・何だか、ヘンな気分。

                      現代の日本のシーンから始まって
                      (それでも映るビデオは、ちょっと古い?って感じがする。
                       1986年4月16日に東京文化会館で初演。
                       同じ年の10月6日に国立オペラ座にゲスト公演でオーストリア初演)
                      そこに日本刀が出て来て
                      だんだん、現代の主人公が忠臣蔵の大星由良之助になって行くという設定。

                      シーンの始めには
                      オリジナルの歌舞伎の謡が入るし
                      ちゃんと、定式幕(黒・柿色・浅葱のオリジナル色)が用意されている。

                      で、その謡が入っちゃうと
                      頭の中では、当然ながら、日本の歌舞伎舞台が浮かび上がって来るので
                      そこでバレエ・ダンサーが
                      (歌舞伎にしては)珍妙な格好で登場して
                      クラシックっぽく踊ると、異様な違和感がある。

                      謡そのものは短くしてあって
                      その後は西洋音楽(黛敏郎)になるのだが
                      黛の曲って
                      こんなにショスタコーヴィッチ交響曲5番
                      第一楽章のテーマを使っていたんかい!!!
                      (繰り返し演奏されるから、このテーマが出てくるたびに
                       私の頭は混乱する・・・)

                      で、たぶん、来ている観客のほとんどは
                      ストーリーがわかっていない。

                      ・・・というより、バレエでの表現が非常にわかりにくい。
                      (特に前半)

                      松の廊下の浅野内匠頭の刃傷事件なんて
                      少なくともプログラムの筋書きでは
                      浅野内匠頭(役の名前は「判官」)の妻の顔世に
                      女好きの師直(これも Moronao ではなく Morono になってる)が言い寄って
                      うまく行かないので判官に色々と意地悪する
                      ・・・と書いてあるが
                      そこら辺の人間関係が、かなり分かり難い。

                      ただ、師直って?話が違わない???
                      師直=高師直って室町時代の観応の撹乱=足利時代1351年殺害。
                      ・・・浅野内匠頭は1675年生まれ。
                      と浅知恵で思ったが
                      これは吉良上野介で間違いないようだ。
                      (どういう関係なのか、よくわからん・・・)

                      勘平・おかるの話は比較的しっかり取り上げられていて
                      漁師になって、与市兵衛の金を奪った定九郎を間違えて打って
                      金をネコババしたら
                      与市兵衛の死体が運ばれて来て
                      うおおおお、義理のお父ちゃんを殺してしまった、と切腹。

                      まぁ最後は赤穂浪士が揃って吉良上野介を討って
                      全員切腹で幕。

                      舞台は巧く考えられていて、舞台装置もキッチュにならず
                      抑制を持ちながら、日本風のエキゾチックな感じが出ている。

                      まずは、舞台の群舞の揃い方がスゴイ。

                      それから
                      ベジャールって、かなり日舞とか日本の文化を
                      徹底的に学んだんだろうなぁ、というのがよくわかる。

                      最初の歌舞伎の謡部分で出てくるダンサーたちの動きが
                      しっかり日舞になっているところがあって
                      その腰の安定感にはうっとりする。
                      (そのまま日舞踊ったら、もっと絵になったかも・・・・
                       でも、ベジャールはあくまでもクラシック・モダンですよね(笑))

                      歌舞伎の舞台に使われる振り落としも使っていて
                      まぁ、切腹の時の血が飛び散っていたりするところは
                      如何にもヨーロピアンではあるのだが、でも非常に効果的。

                      黒子の使い方が、これまた巧い。
                      しかもバレエ・ダンサーが黒子をやっているので
                      動きの美しさが素晴らしい。
                      これ、東京バレエ団のダンサーって
                      ちゃんと日舞のレッスンもしているんだろうか、と思わせるくらいに
                      見ていて、感激した。

                      主人公の由良助は、かなり激しいソロのシーンが多い。
                      しかも、白鳥の湖マッサオみたいな
                      もろにクラシックでピルエットやカブリオール
                      マネージュに近い振付などが、次から次へとテンコ盛りという
                      とんでもなく難度が高くて激しいソロが
                      最低でも3場面か4場面ある。
                      (最後のシーンにもある。あんなに踊った後でアレって
                       ベジャール悪魔か・・・)

                      ストーリーがストーリーなので
                      男性ダンサーの見せ所は多い。
                      女性ダンサー、スタイルは抜群だし、頭は小さいし
                      ヨーロッパ人とスタイルだったら区別つかない。

                      しかも、技術が凄いし、身体がむちゃ柔らかくて
                      顔世なんて、ものすご〜〜〜く雰囲気があるのだ。
                      (まぁ、踊ったのが上野水香さんだ、当たり前か・・・)

                      男性のダイナミックさも素晴らしいが
                      素晴らしい女性ダンサーが揃っているので
                      もう少し、女性のソロが入ったら、もっと楽しかったかも。

                      確かに、こういう演目を持って来るのだったら
                      オリジナルの「歌舞伎」そのものを持って来ても良かったのかも
                      という気はしないではないけれど

                      ベジャールのこの舞台、決してキッチュになったり
                      日本文化をただエキゾチックに
                      ヨーロッパ視点で見て間違って解釈したものではない。

                      その意味では、モーリス・ベジャールって偉大だ・・・

                      さて、明日は別のキャストでの上演。
                      どういう印象になるか
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