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ウィーン交響楽団 + ニコライ・ツェッブス=ズナイダー

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    Musikverein Großer Saal 2019年5月12日 19時30分〜21時15分

    Wiener Symphoniker
    指揮 Nikolaj Szeps-Znaider
    ソプラノ Krassimira Stoyanova

    Richard Strauss (1864-1949)
     „Letzte Szene“ aus der Oper „Capriccio“, op. 85

    Gustav Mahler (1860-1911)
     Symphonie Nr. 1 D-Dur

    夜の楽友協会のコンサートは
    ウィーン交響楽団で
    昨日も同じコンサートをしていた筈なので2日目の公演。

    しかしまぁ、面白いというか、変わったプログラム。
    リヒャルト・シュトラウスの最後のオペラ「カプリッチオ」は
    熱心な読者ならご存知の通り
    若かりし私の人生を変えてしまった曲なので
    よ〜く知ってるし、その意味では要求水準も半端じゃない。

    で、その後がマーラーの交響曲1番・・・
    午前中に8番でちょっとゲッソリしたのに、またもやマーラー。

    カプリッチオの最終シーンだが
    プログラムのセリフのところを見たら
    「明日の11時!」とマドレーヌが叫ぶところから始まっている。

    う〜ん・・・(ーー;)

    確かにソプラノ・ソロでやるなら、ここで切るしかないのはわかるが
    ワタクシ的には、月光の間奏曲から
    侍従にマドレーヌが「お兄様はどこ?」と
    物憂げに語りかけるところから(いや、それだとバリトン要るし・・・)

    そうか、唐突に始まるのか、と思っていたら
    指揮者のズナイダーが登場したら
    ホルンの首席が緊張した面持ち・・・

    わはははは
    やった、月光の間奏曲から入った 😄

    あの、むちゃ難しい(らしい)
    しかも、あんなのウインナー・ホルンじゃ吹けないと
    専門家の間では言われているらしいあのソロを
    もう、涙出るほど、見事に吹いてくれて

    なんだったら、もうここで曲終わってくれても
    ・・・とか一瞬でも思ってしまった事は内緒(言ってるけど)

    ウィーン交響楽団は
    もともとコンサートのためのオーケストラで
    オペラはほとんど演奏しないし

    指揮者のズナイダーは
    私にとっては、失礼な事を承知で言わせて頂けば
    (どシロウトで批評じゃなくて個人的感想だから何でも言える)
    この間、指揮者として聴いた時には
    あ〜、もう、バイオリンだけ弾いていて下さい、と
    本気で思ったくらいで
    (ちなみに新聞評も、同じようなニュアンスだった)

    それが、この、リヒャルト・シュトラウスの
    ワタクシ的には、世界で最も美しく
    しかも、色っぽいモノローグの一つを
    ストヤノヴァとズナイダーとウィーン交響楽団でって
    すご〜〜〜く失礼な事を承知で書くが、ほとんど三重苦・・・

    ストヤノヴァは、声は美しい。
    まるでヴェルディを歌っているかのような印象もあって
    あの変幻自在のリヒャルト・シュトラウスのオーケストレーションと
    ちょっとバランス的に最初は合わず
    あああああ、と思っていたけれど

    最後の方は高音の細い声も美しく出ていたし
    ドイツ語は、全然聞き取れなかったし
    一部、そんな単語ないよね?というのもあったけれど
    あのソプラノのソロは、もともとセリフなんか全く理解できない
    そういう周波数の高さで作曲されているので
    まぁ、それは仕方がない。

    後で調べてみたら、ウィーン交響楽団
    一応、2016年の前期に、ウィーン劇場でカプリッチオを上演した時に
    オーケストラ・ピットに入ってはいた。
    (あの、とんでもない戦争の演出なのに歌手揃いで
     目を瞑って音楽だけ聴いていたら天国というプロダクションである)

    ただ、何だか色気がないというか・・・

    マドレーヌはオリヴィエ(詩人=テキスト)と
    フラマン(作曲家=音楽)と
    どちらも欲しいけれど、1人を選ぶと1人は失うの?と
    まるで金も純愛も欲しいマノンのように悶えるシーンなのだが
    マノンほど下品になってはいけない。

    あくまでも抑えた上品さで悶えていなければならないのを
    ストヤノヴァの最初の方は
    悶え方がヴェリズモ・オペラになっている
    ・・・ような気がするのは偏見だけど(すみません)

    それに、オーケストラの伴奏に「息継ぎ」がない!
    いったん、ちゃんと息継ぎすべき部分で
    何人かの弦が長く伸ばすので
    ダラダラと続いていって、聴いている方が息苦しくなる。

    自分でもむちゃくちゃな要求をしているな、というのは
    重々承知しているので、ご勘弁下さい。

    さて、後半はマーラーの交響曲1番である。
    何と、ズナイダーは暗譜での指揮。

    この曲は、指揮者がどういう指揮者でも
    ウィーン交響楽団なら、手慣れたものだろう
    という気はしていたのだが

    あらま、意外と良いではないか。
    (そこでビックリした、とか言うとズナイダーに失礼ではある)

    手垢のついていない
    とことん素直で、あまり考えていない
    どこかの悩みのないお坊っちゃまが演奏しているような
    初々しさがある。

    これをマーラーの後期交響曲でやられたら
    ふざけんな!と怒るところだが
    初期作品の1番で、その素直さが良い方向に出た。

    しかも、バイオリニスト出身なので
    美しいメロディ・ラインのところの歌わせ方は巧い。
    音のキレも悪くないし
    各楽器のソロも見事だった。

    オーボエのベルアップとか
    最後はホルン全員を立たせたりとか
    (立たせて音響的に何か効果があるのか、というのは
     どうも私にはわからないんだけど
     視覚的には派手だよね)
    アインザッツもきちんと出しているように見える。

    あの初々しさは、なかなかベテラン指揮者からは聞こえて来ないので
    その意味で、意外に面白いマーラーの1番だった。

    ベルアップだの起立だので
    視覚的にも盛り上げて
    しかも、最後は大音響で
    なのに楽友協会が飽和状態の団子にならないところを
    うまく当てて来たのは
    本人の音楽的センスが良いからかもしれない。

    まぁ、バイオリンの才能があれば
    バイオリン弾いてれば?と思うのはシロウト考えだと思うのだが
    バイオリニストが指揮者に転向するのも
    あんまりバイオリン練習したくない、とか
    運動能力に何かあって、バイオリン弾けなくなった時には
    指揮なら、生きていれば、いつまででも出来る、とか
    様々な思惑があるんだろうなぁ、と
    ついつい世知辛い事を考えてしまう俗物のワタクシに
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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