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ウィーン放送交響楽団 + アンドレイ・ボレイコ

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    Musikverein Großer Saal 2019年3月14日 19時30分〜21時40分

    ORF Radio Symphonieorchester Wien
    Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
    指揮 Andrey Boreyko
    ビオラ Nils Mönkemeyer

    Galina Ustwolskaja (1919-2006)
     Sinfonische Poem Nr. 2

    Gija Kantscheli (*1935)
     Styx für Viola, Chor und Orchester

    Dmitrij Schostakowitsch (1906-1075)
     Symphonie Nr. 5, op. 47

    設立された時から
    ウィーン放送交響楽団友の会の会員になってるし
    このオーケストラのプログラム構成って面白いので好きなのだが
    しばしば他のコンサートと重なる上
    ウィーン放送交響楽団って、他のオーケストラと違って
    同じプログラムのコンサートを続けてやらず
    後にも先にも一回きり(涙)

    昨日、明け方3時半までかかって
    最終のプレゼンテーション資料を作成し
    手元に置くA5の大きさのメモも30枚くらい作り
    さて寝よう・・・と思ったら

    音楽分析の教授から、プリント・アウトして木曜日に持って来て
    というメールが入って来てる(夜中の12時半に着信!!!)

    いや、別に良いんですけど
    4時間しか寝てないところに
    朝一番で、研究所で最も厳しい教授の
    恐ろしく早い授業があって
    (着いて行けない人は来ないでよろしい、のスタンスだ、たぶん)

    第2限目のラヴェルの講義で、もう眠くて眠くて(涙)
    午後のプロゼミの発表の後に
    音楽分析で、また1時間半、頭を酷使して(バカだから)

    夕方4時過ぎに帰宅して、遅いランチを作って食べて
    30分くらいウトウトして出かけたコンサートというのは

    当然、寝落ちの危険性が99%。
    ・・・というか100%か(すみません)

    最初のガリーナ・ウストヴォーリスカヤの作品は
    ポエム第2番とあるが
    もともとは共産主義のマーケットのもとに
    英雄行為、という副題を付けられていたそうだ。

    金管のユニソノで始まり、弦のユニソノに続く
    テルツの目立つ勇壮なテーマは、
    確かに「英雄行為」と言われても違和感はない。

    けど、この作曲技法、面白い。
    テーマと展開なのだが、様々な技法が惜しみなく使われていて
    トナールでとても伝統的に響くのだが
    知ったかぶりの超初心者の鼻持ちならないシロウト(私のこと)が
    ちょっとこれ、私の超貧弱な知識でも分析できそうかも
    ・・・と思わせるところがある(妄想ですが)

    プログラム読んでいたら
    作曲家自身が言った事として
    「私の音楽を好きな人は、私の音楽を分析しないで下さい」
    というのが書いてあって、思わず笑ってしまった。
    (あ〜、同じように分析したがる人が多かったのか、わっはっは)

    グルジア出身の作曲家、ギヤ・カンチェリの曲。
    オーケストラにビオラのソロ、後ろにはコーラス。
    30分を越える長い曲で、しかもすべてアタッカ。
    オーストリア初演と書いてあるが、作品成立は1999年。

    不思議な曲・・・というよりスピリチュアルなのか
    グレゴリアン的な教会旋法も出てくるし
    オーケストラのフォルティッシモの後に
    コーラスのピアニッシモが続くパターンが多い。

    耳慣れしていないせいもあるけれど
    似たようなパターンの繰り返しだし
    (違うのかもしれないが、私の乏しい感受性では・・・)
    宗教的という側面から見るなら
    こういう曲を聴くなら、普通のグレゴリアンでも
    とか思っちゃうし
    グルジアの民族音楽の断片とか聴こえて来るけど
    長いしパターン似てるし・・・ぐっすり (_ _).。o○

    あ〜、いかん!!!
    後半はショスタコーヴィッチの交響曲5番である。

    何故か中学生だか高校生だかの時に聴いていて
    20〜40歳くらいの音楽ゼロ生活の後に
    コンサート通いのドツボに嵌った時
    何故、この曲を知っているんだろう?とひっくり返った名曲だが

    こういう曲って
    音楽社会学的視点から見て
    ショスタコーヴィッチが作曲した時代の背景とか
    知っていると知らないのとでは
    音楽心理学的に受容の違いがあるんじゃないだろうか。

    ・・・だから毒されてます、わかってます、すみません。

    最近のブログ記事は鼻持ちならん、と
    自分でも思うんだから・・・

    だけど、いったん踏み出したら、もう戻れない(かもしれない)
    若い頃に、うははは、カッコいい曲、とか単純に聴いていたものも
    考え出すと(この曲を分析したいとは思わないが)
    様々な要素が絡んで来て
    素直に「ただの音の塊」として聴けなくなっている自分がいる。

    ・・・ただの睡眠不足かもしれないけど。
    (だいたい最近、引退老人の生活に慣れたせいだろうが
     ともかく眠い。何時間でも寝ていられる。そういうワケにはいかないが)

    ヘンな事が気になりだすと
    曲の性質上、何故、ここでこういう和声が・・・とか
    このテンポ・アップやテンポ・ダウンは何故なのか・・・とか
    瑣末な事が気になって気になって
    指揮者はどう思って、この曲をそう解釈しているのかとか
    聴衆には関係ないだろ、という側面まで考え始めてしまう。

    かつて若かりし頃
    就職がイヤで
    (というワケではなかったが、男女平等雇用法のなかった時代で
     色々と、いや、ホントに色々とあった)
    大学院の言語学専攻に逃げた時
    教授たちから
    「君たちはこれから言語学を専攻すると
     今まで習った外国語が話せなくなる」
    と言われた事を思い出す。
    (確かにそうだった。習得した言語についての考察を始めると
     実際に運用する時に、いちいち考えてしまうので、喋れなくなるのだ)

    という事は・・・
    この時期を乗り越えれば
    何を持って「乗り越えたか」という定義はともかくとして
    私が目指していたように
    もう少し、音楽というものを理解ないしは把握できるように
    なるんだろうか

    ・・・・・・・・・・(無言)

    そんなアホな事を考えながら
    演奏中に寝落ちしているより
    まずは来週の演習で使う
    オープン・ソースのコンピュータ・ソフトを
    複数、自分のコンピュータにダウンロードしなきゃ、と
    老体に鞭打って(笑)自分を鼓舞しているアホな私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    明け方までかかって
    手元のメモを完成させたものの
    実際の発表になったら
    メモとスライドが合致しなくなった上
    途中から上下逆さまにホッチキスで固定してあったので
    (アホかワタシは!)
    結局、全く役に立たなかった(冷汗)

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      • 2019.04.26 Friday
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