<< ウィーン国立バレエ ヌレエフ・ガラ その3 | main | マリー・シュイナール Radical Vitality, Solos and Duets >>

ケースマイケル(ローザス)バッハ組曲

0
    Burgtheater / IM PULS TANZ
    2018年7月14日 21時〜23時

    Anna Teresa De Keersmaeker & Jean-Guihen Queyras / Rosas
    Mitten wir im Leben sind / Bach6Cellosuiten

    振付 Anna Teresa De Keersmaeker
    チェロ Jean-Guihen Queyras
    ダンサー Boštjan Antončič, Femke Gyselinck, Marie Goudot, Julien Monty
    Michaël Pomero
    音楽 Johann Sebastian Bach, 6 Suiten für Violonchello solo, BWV1007-1012
    ドラマツルギー Jan Vandenhouwe
    衣装 An D’Huys
    照明デザイン Luc Schaltin
    サウンド・デザイン Alban Moraud

    アンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケル自身も出演予定だったが
    怪我のため代役、というのは残念だが
    昨年ルール地方のトリエンナーレで初演された新作の
    オーストリア初演。

    ケースマイケルとローザスを観始めたのは
    2007年くらいからだから、あっという間に10年経った事になる。

    その間、2008年の Steve Reich Evening での
    ライヒの音楽との見事な融合の後
    Zeitung では、徹底した身体表現による「音楽」そのものの消失や
    永遠の名作(だと思う)Rosas danst Rosas の再演
    ルネサンス音楽を使ってアヴィニヨンで初演された En Attendant の
    オデオンでの印象的な公演。
    (このアヴィニヨンの朝公演版はグラーツまで観にいった)
    Drumming や、3つの別れ、シェーンベルクの浄夜、エレナのアリア等
    様々な作品を鑑賞するたびに
    鮮烈な印象をもらって来た。

    今回の作品は、バッハの無伴奏チェロ組曲。
    舞台上でチェリストが演奏して、ダンサーが踊る
    ・・・と書いてしまうと、身も蓋もないが
    実際は多重構造になっていて、不思議な空間に翻弄されてしまう。

    チェリストの位置も組曲によって変わり
    組曲と組曲の間に、ダンサーがテープを持って
    床に不思議な幾何学模様を描いていく。

    第1組曲から第3組曲までは
    基本的にダンサー1人のソロに途中で女性ダンサー1人が加わる。
    第1・第2組曲のソロは男性ダンサー
    第3組曲のソロは女性ダンサー。
    第4組曲がまた男性ダンサーで、その後については後述する。

    いつも思うのだが
    音楽を身体表現に描き出すという意味で
    ケースマイケルは、天性のセンスがある。

    クラシック・バレエだと、
    バランシンなんかも音楽=ダンスになってはいるものの
    ケースマイケルの身体表現は、あくまでもモダン・ダンス。

    クラシックの日常生活から分離した美しさではなく
    モダンのしなやかさ、バランスをしっかり取り入れながら
    その振りは、あくまでも日常的に見える(見えるだけです、私は踊れません)

    しかも、その動きの精密な事と言ったら!
    音符一つ一つに意味があるように見えてくる。

    この「日常的に見える」というのが曲者で
    これは第4組曲以降にとんでもない効果を出してくる。

    第1・第2組曲あたりは
    音楽の身体表現の精密な見事さに息を飲むばかり。
    (舞台上のチェロのソロも見事でうっとり聴き惚れてしまう)

    第3組曲の女性ダンサーになると
    うわあああ、ケースマイケルの女性ダンサーの振付って
    なんてステキなんだろう、と驚嘆。
    ごつい男性のダイナミックなダンスも見応え充分だけど
    マニッシュな女性のダンサーの動きの美しさ、しなやかさにはハッとする。

    第4組曲の男性ダンサーのダンスは
    音楽を身体に乗せた、というのを越えて
    圧倒的にエモーショナルで激しい動きになる。

    チェロのソロが終わって、チェリストが退場しても
    この男性ダンサーは舞台に残って
    そのまま無音で踊り続ける。

    ・・・無音なんだけど
    いや、本当に音楽、全然ないんだけど
    ダンスを観ていると、不思議に頭の中で音楽が鳴る。
    なんだこれ???

    いや、ただの妄想で
    感受性ゼロで音楽性ゼロの私には
    実際には音楽そのものはどうしても聴こえては来ないんだけど
    身体表現が、どう見ても「音楽」なのだ。
    きっと本当に感受性のある人の頭の中では音楽が鳴っているに違いない。

    ところが、次の第5組曲・・・
    ダンサーが出て来ない。
    舞台にはチェリストだけが出て、音楽を奏でるのだが

    何で頭の中の妄想でダンスが見えて来るの???
    (だからあくまでも妄想です。
     たぶん、感受性の強い人には本当にダンスが見えるんだと思うけれど)

    何だ、何だ、何なんだ、この作品は・・・(呆然)

    最後の第6組曲はダンサー全員が踊る。
    様々な音符がまとまったり散らばったりのフォーメーションが見事。

    音楽と身体表現が一体になったり
    分離したり
    身体が音楽になったり
    音楽が身体になったり
    多重構造で不思議な世界を描き出す。

    う〜ん、ケースマイクル、凄すぎる。
    スティーブ・ライヒの公演の時にも
    計算され尽くした(で、計算されたように見えない)動きに
    息を飲んだけれど
    今回もバッハのチェロ組曲の音符がすべて身体表現になっている。

    バッハの曲は、もともとガボットとかサラバントとかメヌエットで
    踊りの音楽なんだもんなぁ(誤解があるかもしれない)
    それが、現代というコンテクストの中で
    最大限に活かされて
    ジークなんかの表現の微笑ましさには
    ついついこちらの身体まで動いてしまって
    何だかとても楽しくて幸せな気分になるのだ。

    2時間休憩なしの作品だけど
    時間が経つのがあっという間だった。

    イム・プルス・タンツ、ウィーン国際ダンス・フェスティバルは
    玉石混合なので
    時々、とんでもないモノもあるのだが
    さすがに数年通い続けていると
    これが好き・嫌いという判断は自分の中で出来てくるので
    7月後半から徹底的に通います、という
    いつもながらの独断・偏見に満ちた私に
    久し振りの1クリックを、どうぞよろしくお恵み下さい。

    休載中にクリックして下さった熱心な読者の皆様には
    深く心より御礼申し上げます。



    興味ある方は1分半くらいのローザスの公式クリップがあるのでどうぞ。
    音楽に合わせた身体表現の精密さに、どうぞ驚嘆して下さい。



    ・・・しかしブルク劇場の中は暑かった。
    入ったところでミネラル・ウォーターを無料で配っていたけれど
    冷房ないし、いくら日本ほど暑くはないと言っても空気が篭るし。
    まぁ、これは例年そうなので、今更驚きはしないけどね(笑)


    スポンサーサイト

    0
      • 2019.11.20 Wednesday
      • -
      • 23:30
      • -
      • -
      • by スポンサードリンク

      calendar
           12
      3456789
      10111213141516
      17181920212223
      24252627282930
      << November 2019 >>
      PR
      ★コンタクト・メイル★
      メイルはこちらへ
      ブログランキングに1クリックお願いします
      selected entries
      categories
      archives
      recent comment
      recommend
      links
      profile
      search this site.
      others
      mobile
      qrcode
      powered
      無料ブログ作成サービス JUGEM