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クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

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    Musikverein Großer Saal 2018年5月25日 19時30分〜21時30分

    The Cleveland Orchestra
    指揮 Franz Welser-Möst

    Ludwig van Beethoven (1770-1827)
     Symphonie Nr. 2 D-Dur, op. 36
     Symphonie Nr. 6 F-Dur, op. 68 „Sinfonia pastorale“
     Leonoren-Ouvertüre Nr. 3, op. 72a

    クリーブランド管弦楽団2日目。
    1日目のプレッセの評は(有料記事)私が感じたのと同じような印象で
    かなり好意的な記事。
    まぁ、フランツ・ヴェルザー=メストと言えば
    久し振りのオーストリア人指揮者なので
    あまり悪い事は書かないだろう・・・という贔屓目はあるだろうが(笑)

    突然話が飛ぶが(すみません)
    今日は朝から図書館に閉じ籠ろうと思っていたら
    仕事のメールがバンバン入って
    結局、午前中ずっと自宅で仕事。

    さて、どうせ何も見えない席だから
    昨日と同じようにスコアに頭を突っ込もうと
    スコア入れて大学に行って
    ワケわからん19世紀の音楽批評関係の文献で
    どこを取ってもベートーベン万歳で、げっそり。

    で、楽友協会に入ってプログラム買ったら
    え?今日って2番と6番???
    焦って違う日のプログラムを見ていたらしく
    私のバッグに入っているのは5番と8番。

    何のためにスコア持って来たんだか・・・
    むちゃくちゃショックを受けて臨んだコンサート。

    ただ、クリーブランド管弦楽団って
    他のアメリカのオーケストラと違って
    開演前の舞台での各自の音出しが、ほとんどない。
    (あったのかもしれないが、神経に触らない)

    他のアメリカのオーケストラだと
    廊下に居ても、不協和音と現代音楽のフラグメントが
    大音量で聴こえるので非常に不愉快なのだが
    その意味では、このオーケストラ、アメリカのオーケストラの中では例外的。

    2番は、昨日に比べると、ちょっとワイルド味が増して
    速めテンポでグイグイ押してくる。

    こういうのを聴くと
    あ〜、ベートーベンって、やっぱり基本、ダンス音楽だなぁ、というか
    ロックだよ、ロック(断言)
    身体が音楽に合わせて踊りたくなる。

    今回はしっかりリピートあり。
    昨日3番で最初のリピート省略したので
    (3番ではよく省略される)
    今日も省略するかと思っていたんだけど
    でも2番のリピート、そんなに長いフレーズじゃないし
    緊張感保ったままだったので満足。

    ああ、でもスコア見たかったな。
    何故、私がスコアを持ち込むかと言うと
    カクテル・パーティ現象に似たような現象で
    スコア見てると、普段聴き逃すようなフレーズが
    目と耳から入ってくる事があって、これが面白いから。

    特に、6番なんて
    基本的には同じパターンの繰り返しだから
    スコア見てないと、ちょっと退屈するんですよ(こらこらこら)

    後半の6番、これもリピート全部あり。
    だけど、最初のフレーズで
    弦の最後のところのアンサンブルとテンポが乱れがち。

    きっちり構成されたベートーベンを
    もっとメロディっぽく長いフレーズで演奏しようという意図かもしれないが
    あのパターンの最後のところを
    だら〜っと演奏されると、実は気持ち悪い。

    船酔いになりそうな気分。
    (田園で船酔いって・・・止めてくれ・・・)
    最初のパートの繰り返し部分が終わる位まで
    ちょっと、本気で気持ち悪かったが

    その後は耳が慣れたのか
    それともアンサンブルが直ったのか
    だんだんパターンもクリアになって来て落ち着いた(ホッ)

    で、この6番で特筆すべきは
    木管・金管の巧さ!!!
    まぁ、一流オーケストラ、どこでも木管・金管は巧いのだが
    オーケストラ内でのバランスも見事だし
    柔らかい女性的な弦と仲良くしつつも
    主張するところはバッチリ外に出て来て
    見事なソロを聴かせてくれる、というのに惚れた。

    昨日の柔らかい演奏のチャーミングさも残しながら
    モダン・オーケストラで
    すっきりした透明感のある音を
    細かい部分まで拘っているのに大袈裟にならない
    ノーブルで洗練されたクールなニュアンスで聴かせてくれる。

    いや〜、手垢のバリバリ付いたベートーベンの交響曲
    最近の指揮者は手を変え、品を変え
    様々な解釈で聴かせてくれるじゃないの。

    というより、ベートーベンの交響曲って
    それだけ、解釈の幅が広いんだろうか。
    スコア見ていても、それほどむちゃくちゃ複雑ってワケでもないと思うんだが。
    (ちなみに、ベートーベンのスコアは私のようなド・シロウトでも
     何とか読めます)

    変に大袈裟に勇壮でもなく
    柔らかさと緊張感のバランス
    マッチョなところ・・・は少ないけれど
    古典的な輪郭と、ロマンティスム漂うチャーミングな部分が
    ベストのバランスで溶け合っている感じ。

    人によっては柔らか過ぎるという印象もあるだろうが。
    (ベルリン・フィルとラトルは、もっとマッチョだった。
     ウィーン交響楽団とジョルダンも
     今回のクリーブランドと比べると、もっとダイナミックだった)

    最後にレオノーレ。
    うはははは、プログラムの組み方が巧い。

    6番って、あんまり「ブラボー」で終わらないから
    最後にレオノーレで、ばっちり明るくして
    速めテンポと音量上げて
    (でもバランスは良いし、うるさくならないのはヴェルザー=メストの腕か)
    聴衆をノセて、盛り上げて終了という
    見事なドラマツルギーではある。

    新聞評では、フランツ・ヴェルザー=メストが
    哲学的に解釈したベートーベンとか書いてあったような気がするが

    音楽が哲学的・・・って
    私みたいなアホには、よくわからん。
    (カントは音楽は主観、と言っていたんじゃなかったっけ?)

    最近、色々と音楽について考える機会があって
    (まぁ、ヘンな学問に足を突っ込んでいるのもあるが)
    根本的に自分の感受性がおかしいんじゃないかと
    前から思っていたけれど、ますます確信を得るようになって

    音楽=哲学とか、美学だとか芸術だとか聞くと
    ちょっと蕁麻疹が出そうな状態に陥っている私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    だから、もともと感受性ゼロで
    スペクトル楽派の「音響」だけ、いや極端に言えば
    場合によっては雑音だけで快感に悶える私が
    「音響」じゃなくて「音楽」を扱うところに
    足を踏み込んだのが基本的な間違いだったのではないかと・・・

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