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トーンキュンストラー + 佐渡裕

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    Musikverein Großer Saal 2018年4月8日 15時30分〜17時50分

    Tonkünstler-Orchester Niederösterreich
    指揮 Yutaka Sado
    バイオリン Emmanuel Tjeknavorian
    ソプラノ Carolyn Sampson
    語り手 Ruth Brauer-Kvam
    コーラス Wiener Singverein (Leitung Johannes Prinz)
    少年合唱団 Wiener Sängerknaben (Leitung Gerald Wirth)

    Ludwig van Beethoven (1770-1827)
     „Leonore“ Ouvertüre Nr. 3 op. 72b (1806)

    Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
     Konzert für Violine und Orchester A-Dur KV 219 (1775)

    Leonard Bernstein (1918-1990)
     Symphonie Nr. 3 für Chor, Knabenchor, Sprecher, Sopran und Orchester
     „Kaddish“ (1963/1977)

    午前中のウィーン・フィルの定期を聴いてから
    午後は久し振りにトーンキュンストラーの日曜定期へ。

    日曜の午後定期は全公演のチクルスを数年にわたって持っていたのだが
    今シーズンは試験だの何だので行けない事が多くて
    何回かコンサートに行き損ねてしまった。

    よって、何だか久し振りのトーンキュンストラー。

    ベートーベンのレオノーレ序曲。
    オーケストラの編成が大きい。
    力一杯のダイナミックさと
    極端な音量のレンジの幅
    自由自在なアゴーギクで
    大巨匠時代の演奏を思い起こされるような
    エネルギーに満ちた佐渡さんの音楽造り。

    で、次のモーツァルトのバイオリン協奏曲。
    さすがに編成は小さくして、すっきりしたクラシックだが
    このバイオリンのソリスト
    技術的にはもちろん巧いんだけど
    音が伸びないし
    (後でプログラムみて、ストラディヴァリと書いてあって驚いた、ほんとかよ?)
    音色に艶がなくて、ともかく真面目っぽい響きで
    あ〜、すみません、ワタクシ、もちろん素人だから
    自分が感じた主観的な感想しか書けないけれど
    巧いんだけど、学生の発表会みたいな印象。

    コンマスと一緒にモーツァルトのロンドをアンコールに演奏したところなんかは
    オーケストラにもウケようとする人懐っこさがあって良いのかもしれない。
    (まぁ、あの音でバッハの無伴奏とかアンコールで弾かれたら
     ケッとか思った可能性は多いにある・・・)

    後半がバーンスタインの交響曲3番「カディッシュ」
    大編成オーケストラに混成合唱
    オルガンの前にはずらっと揃ったウィーン少年合唱団。

    トーンキュンストラーって、本当に最近、資金が潤沢だな。

    普段、偉そうな事を言っている私だが
    この交響曲3番カディッシュは予習して来なかった(汗)
    語り手がオーソライズされたドイツ語版を語るところに
    コーラスとオーケストラが入る。

    バーンスタインのユダヤ教、宗教賛歌かと思っていたら
    これ、すごいテキスト・・・・(驚愕)

    第2部で、モロに「神」に喧嘩売ってる。
    カトリックのミサ曲みたいに
    ただただ、神さま万歳ではなくて
    テキストの一つ一つのセンテンスが
    ものすごい重さを持って聴くものに突き刺さってくるのに加えて
    エネルギーに満ちたオーケストラとコーラスの
    とんでもない音楽が聴衆に襲いかかってくる。

    うわああああ
    これ、聴いていて、ものすごく辛い。

    確かにユダヤ教であれキリスト教であれ
    アジア的な仏教や、日本の神道とは全く違った「契約の神」概念で
    どんなに信仰深い信者であっても
    この「神」ないしは「神概念」との絶え間ない戦いの歴史がある。
    哲学者も神学者も、み〜んな唯一絶対の「神」と戦っている。

    実は大学時代に私も戦った事がある。
    戦って悟り?を開いた友人はカトリック信者になったが
    おバカで根性なしの私は
    実証主義から言語哲学の方に滑って行って
    結局は、偽っぽいけれど、伝統的神道に落ち着いたので
    今になって、こういう「神との(マジメで真剣な)闘い」を聴くと
    精神的にものすごくズキズキする。

    爆発的エネルギーを撒き散らすオーケストラやコーラスも凄いが
    この作品の持っている、恐ろしいまでの「喧嘩腰」に
    罪と罰概念や絶対唯一存在の、人間の極端に対峙する「神」を持つ思想に
    正面から向き合わされてクラクラする。

    こんな作品、よく演奏できるな・・・

    バーンスタインの愛弟子の佐渡マエストロだから
    当然、この曲の哲学的・人道的・道徳的・宗教的内容は
    しっかり理解しているとは思うけれど
    日本人として、あれを理解した上であの曲を演奏できるというのは
    信じられない程の事だと思う。

    聴いてる私は、第2部の喧嘩腰になる頃から
    もう、精神的に追い詰められてしまって辛くて辛くて・・・

    音楽的には圧倒的なエネルギーを持った
    素晴らしい曲だとは思うのだが
    ごめんなさい、もう、この曲
    よほど私の精神状態に変化がない限り
    もう2度と聴きたくないです(本気)

    こういう曲は神学的にしっかりと自分の土台を持った人でないと
    とても消化しきれません・・・・(涙)

    聴きながら
    あ〜、ユダヤ教もキリスト教も
    ともかく、その手の唯一絶対の一神教の信者の人たちって
    たいへんなんだなぁ、としか思えなかった。

    この感想記を書き起こすのだって
    実は一苦労だった。
    (日付は変えてあるけれど、2日ほど消化する時間が必要だった)

    聴いていて、音楽的要素以外のところで
    ものすごく痛くなる曲って
    シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」なんかもそうだな。
    (でもシェーンベルクは機会があればまた聴きたい)

    ユダヤ人としての自分の複雑な心理的不安定さと
    バーンスタインは、こうやって闘ったのか・・・と
    音楽だけではなく、人間バーンスタインの
    ものすごくナマなところが見えて来て

    あ〜、天才ってスゴイ・・・けれど
    辛い人生でもあったんだろうなぁ、と
    お節介な事まで考えてしまった私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    月曜日の試験の後に
    トーンハレのコンサートに行くつもりだったのだが
    まぁ、色々と事情があって行けず
    次のコンサートは水曜日。
    試験結果は次の日に出て、なんとか合格しました。ホッ f^_^;

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      • 2019.11.20 Wednesday
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