<< トーンキュンストラー + 佐渡裕 1回目 | main | ウィーン・フィル + アンドリス・ネルソンス 1回目 >>

引退後のセカンド・ライフ 七転八倒の日々 その1

0

    最近ブログの更新がないのは
    以下のどの理由か、選べ(複数回答可)

    1) はっぱにめでたく彼氏が出来た
    2) 年金生活になって、とうとう財源が尽きたのでコンサートに行っていない
    3) コンサート以外の趣味が出来た
    4) 年甲斐もなく、とんでもない事を始めてしまってアタアタしている
    5) 引退してヒマになったのでとうとうボケた

    ・・・ ちょっと自分で書いていてなんか笑えてしまうのだが
    ツィッターのフォロワーの方はご存知の通り

    正解は (4)

    ちょっと (2) と (5) も入っているかもしれないが
    「ヒマになった」というのは、全く該当しない (^^)

    5月24日を最終日として
    会社には出なくて良くなったものの
    そのままテイク・オーバーした仕事もあったし
    8月31日までは休暇扱いだったから
    しょっちゅう会社に出ていた。

    でも、

    あぁ、やっと焦らずに買物が出来るし
    好きな事も時間の制限なく出来る (^o^)

    と思っていた楽しい生活は
    10月初旬にて終わりを告げました。

    さて、ここで、このようになった経過を記す。
    誰も読みたくないだろうが、やっぱり書いておきたいという
    やむを得ぬ欲求に駆られているので。

    遥か過去に
    この口の巧さ(笑)で奨学金を分捕って
    学部3年の時
    オーストリアの大学にて1年間正規学生で潜り込んだ。

    セミナールとかで数人、どう見ても学生じゃなくて老人、という参加者。

    「何故、このセミナールにいるんですか?」

    ・・・とか何とか、そういう意味合いの質問をした事がある。
    (いやもう、何て失礼な日本人留学生・・・)

    「僕は工学博士でずっと仕事をして来たけれど
     引退して、以前から興味のあった哲学を始めたんだよ」

    (註 私はドイツ語専攻だったが語学のために留学したくなくて
       哲学科に入ったのである。一応副専攻は哲学だった)

    おおおおおおおっ!!!
    そのテがあったか!!!!!!

    何を人生間違ったんだか
    外国に移住しようという気は一切なかったのに
    気がついたらウィーンに定住していたワタシ。
    (私の学生時代の理想はハイヒールをカツカツ鳴らせて
     超高級ホテルを渡り歩く通訳だったのだ。娼婦じゃないぞ)

    達成できる売り上げノルマと、理解ある上司と、話をちゃんと聞いてくれる人事と
    とてもやさしく、理解があって、絶対に無理を言わない日本のエージェントさんと
    いつでも何があっても喜んで下さる、品の良いお客さまたちに囲まれて
    (註 言いたい事はわかってクダサイ)
    長い間、仕事をしながら
    どんな事があっても
    2017年には引退する
    引退して、例の工学博士のように大学に入り直すのだ、と誓って32年。

    2017年5月下旬にオフィスから解放された時点で
    すぐに大学の2017年、冬学期(こちらは冬学期が入学時期になる)を調べ
    7月初旬から書類受付開始だったので
    パスポートから、住民票、税金・社会保険料の振込証明に滞在許可。
    古いものは役所で新しい書類を発行してもらい
    大昔のオーストリアの大学に正規学生で入っていた書類まで揃え
    ウィーン大学のスペースに登録してログインして
    初日に書類をアップ。

    ・・・それからがタイヘンだった。

    え?そんな話、聞きたくないって???
    いや、でも、アナタも、もしかしたら大学に入りたくなるかも(笑)

    ウィーン大学のコースは
    以前はマギスター(修士)とドクター(博士)だけだった(はずだ)が
    現在では日本と同じバチュラー(学士)とマスター(修士)
    加えて、その上にドクター(博士)課程がある。

    バチュラー課程に入る許可を外国人が取るには
    高校卒業証明書(ただしこれが認められるか、というのは知らない)
    あるいは、少なくとも3年以上、当該の国の正式な大学での学業証明が要る。

    バチュラーは学部卒業だから持ってるし
    血迷って大学院の修士課程も修了しちゃったので
    マスターの学位も持っている。

    日本の大学から英語でのバチュラー、マスターの証明書は出る。
    ついでに成績証明書も取って

    それをそのまま提出してもダメなのだ!!!!(これ重要!!!)
    (大学のスタッフが英語が読めない、という訳ではない、たぶん)

    これにアポスティーユという
    外務省から「この書類は正しいぞよ」という証明が必要
    ・・・というところまでは大学のインターネットに書いてある。
    (私の書類審査はウエブ上、アポスティーユを付けて出せ、というので止まっていた)

    ところが日本の外務省は
    官公署、自治体などの発行する書類にはアポスティーユを出すが
    大学の証明書とか言うのにはアポスティーユは出さない。
    私文書にアポスティーユを付ける場合には
    公証役場にてアポスティーユを付けてもらうのだが

    注意!!!
    ウィーン大学は、この公証役場のアポスティーユは認めません!!!

    そこまで友人に教えてもらったので
    大学の証明書を在オーストリア日本大使館に持って行って
    (日本の当該の大学の印章が日本大使館に登録されている場合のみ)
    「この日本の書類は間違いなく当該の大学の出した正しい書類であるぞ」
    という証明書を付けてもらって提出したのだが

    おっとっと、その直後、大学の入学許可担当セクションから
    「入学許可は却下されました」と言う冷たいメールが・・・・(冷汗)

    日本大使館の出した「この書類は正しいぞよ」ではダメなのかっ!!!(怒)
    理由にはバカの一つ覚えみたいに「アポスティーユがないから」とあるばかり。

    この決定に対して文句があれば
    郵便にてオリジナルの書類を大学法務部に送れ、という記載があったので
    その時点で持っていたオリジナル書類を全部まとめてすぐに書留速達で郵送。

    大学証明を私の代理で取って来てくれた
    日本の良き友人にすぐに連絡して、駆けずり回ってもらった。

    書いていて自分でも疲れて来たので
    続きはまた、そのうち書く(かもしれない)

    ともかく何とか入学許可も出て
    10月初旬から学生に戻ったものの
    学業の内容があまりに難しすぎて
    (ううううん、学部(=バチュラー課程)なのに
     やっぱり全く知らない分野で、基礎知識がないとこんなに大変なのか)
    それでなくてもバカなのに、ますます四苦八苦している私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    在オーストリア日本大使館に証明を取りにいった時に
    この書類では認めてくれないかもしれませんよ、と言われ
    みなさん、書類では苦労なさってます、って同情されたけれど

    だったら外務省で、官公署、自治体以外の私文書にも
    アポスティーユを付けてくれるようにしてくれないかなぁ。
    だいたい大使館って外務省の在外機関だと思うのだが
    何故に大使館でアポスティーユを出してくれないのか、理解に苦しむ。
    (まぁ、色々な理由があるのだろうが・・・・)

    スポンサーサイト

    0
      • 2017.10.17 Tuesday
      • -
      • 23:30
      • -
      • -
      • by スポンサードリンク

      calendar
      1234567
      891011121314
      15161718192021
      22232425262728
      293031    
      << October 2017 >>
      PR
      ★コンタクト・メイル★
      メイルはこちらへ
      ブログランキングに1クリックお願いします
      selected entries
      categories
      archives
      recent comment
      recommend
      links
      profile
      search this site.
      others
      mobile
      qrcode
      powered
      無料ブログ作成サービス JUGEM