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Dada Masilo/The Dance Factory "Giselle" 2回目

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    Volkstheater 2017年8月11日 21時〜22時40分

    Dada Masilo / The Dance Factory
    Gisell

    振付 Dada Masilo
    音楽 Philip Miller
    背景 William Kentridge
    衣装 David Hutt on Donker Nag Helder Dag
    Songezo Mcilizeli & Nonofo Olekeng of Those Two Lifestyle
    パーフォーマンス
    ジゼル Dada Masilo
    アルブレヒト Thabani Ntuli
    ヒラリオン Tshepo Zasekhaya
    ミルタ Llewellyn Mnguni
    バチルダ Liyabuya Gongo
    ジゼルの母親 Khaya Ndlovu
    男性たち Thami Tshabalala, Thabani Ntuli, Thami Majela
    女性たち Nadine Buys, Zandile Costable, Ipeleng Merafe

    ダダ・マシロのカンパニーによる
    ジゼル公演は
    当初2回の予定だったのがあっという間に売り切れたようで
    実は追加公演も設定されたのだが

    私がいつも買うパーフォーマンス・カードは
    1公演につき、という割引ではなく
    1演目について、最高2枚まで割引で
    しかもプログラムは1部しかもらえないという
    ちょっとケチくさいカードなので、2回(=2枚)で止めておく。

    同じものを2回鑑賞すると
    この間は目が行かなかった部分にも注目できる。

    まずはミルタ、というより
    この場合はアフリカのヒーラーという読み替えになっているダンサー。

    第一幕でジゼルが倒れているところに(まだ失恋はしていない)
    ウィリーと共にミルタが現れて
    ジゼルに羽をかざして踊るシーンがあって

    これは第二幕の悲劇的展開を
    予想させるためのものかな、と思うのだが

    このミルタのダンサーが魅力的。

    男性なのだが、女性っぽいウィリーの衣装を着て
    (ウィリーの衣装は白ではなく、深い濃いめの赤)
    このダンサーの手の動きが実に美しい。

    長い手にヒーラーのシンボルの羽を持ったまま踊るのだが
    クラシックならボードブラと言っちゃうのだが
    こういうダンスではどう表現すべきか不明でも
    ともかく、この長い美しい腕の動きの美に目が釘付け。

    ミルタを男性に踊らせるという発想で
    ミルタとウィリーのシーンが
    男女取り混ぜて
    アンドロギュノスみたいな
    一種の妖しげな不思議な雰囲気を醸し出す。

    そりゃ、オリジナルのジゼルのミルタとウィリーのシーンって
    古典バレエとしては最も静謐で美しいシーンだと思うのだが

    同時に
    「処女のまま死んだ乙女たちの幽霊」って
    舞台の上のウィリーの年代というよりは

    赤ちゃん+意外に多そうなハイミスのお婆ちゃん
    の集まりではないかと
    ついつい余計な事を考えてしまう(アホだから)

    ダダ・マシロがリアリティ重視で
    男女問わず、現世に恨みを残して死んだものの亡霊という
    アンドロギュノス的ウィリーの集団を作ったのは納得できる。

    第二幕は、第一幕より、音楽がずっとアフリカン・テイストになっていて
    太鼓や鈴の音がリズミックに続いていく。

    で、二幕の最初に花を持って
    祈りに舞台に登場するのは

    あれ??? 
    このダンサー、ヒラリオンだ?!

    アルブレヒトじゃなかったんかい???

    ヒラリオンはミルタとウィリーに囲まれて
    ウィリー3人に無駄な抵抗をしながら
    たぶん死ぬ(舞台袖に引っ込むので本当のところは不明)

    第一幕で、恋するあまりとは言え
    ヒラリオンは、ジゼルにセクハラっぽい事をするので
    セクハラ男性にはそれなりの罰を、という事かもしれないけれど

    最初に舞台に花を持ってジゼルのための祈りで登場したのに
    ちょっとしたセクハラで苦痛に満ちた死って
    ・・・いや、はい、あの、その、セクハラは悪いです、ごめんなさい。

    ところがヒラリオンに比べると
    このパーフォーマンスの中のアルブレヒトは
    実にイヤな奴なのである。

    前半でバチルダの手を取って
    ジゼルを絶望の死に追い込むところも

    ごめん、悪かった、許せ
    これが僕の人生で逆らえないけれど
    愛したのは君だけだよ

    ・・・というような不倫オトコの言い訳みたいなものは全くなく
    急に冷静にバチルダとくっついてジゼルを見捨てるのだ。

    でも、確かにオリジナルのジゼルでも
    自分が婚約者の居る貴族だ、とバレた後のアルブレヒトって
    不倫、浮気の言い訳も何もせず、突っ立ってるだけだわね(笑)
    (観客の視線はジゼルの最後の激しい踊りに吸い付けられているから
     その間、アルブレヒトがボケッと立っていても、誰も気にしない)

    第二幕でヒラリオンが舞台の袖から消え
    その後に現れるアルブレヒトは

    ジゼルに許しを乞うのだけれど
    どう見ても

    ヒラリオンが死んじゃったよ
    ヤバイわ、俺も危ないんじゃね?
    もしかして俺ら、とんでもないオンナに手出しちゃった?
    ひえええ、ここで謝ってご機嫌取っておかないと

    という、ヤ◯ザの親分の娘に
    知らずに手を出してしまって
    保身に走るチンピラにしかみえない。

    キスされて、ちょっとだけほだされそうになるジゼルにも
    アルブレヒトのうさん臭さがわかったんだろうなぁ。
    急にキリッとなって
    ミルタから鞭をもらって打ち据えてアルブレヒトを殺してしまう。

    もしかして、私が無駄な深読みしてるかもしれませんが。

    私自身がウワキだのフリンだのに
    全くビクともしない神経の持ち主なので
    (来るもの拒まず去る者追わず(笑))
    共感するのはジゼルよりマノンなのだが

    ダダ・マシロのジゼルは
    おとぎ話のような古典のジゼルよりも
    ずっとダンサーの表現する感情が生々しくてリアル。

    今日のリアルさに釣られてしまうと
    アルブレヒトの表面的な自己保全に走った謝罪も白々しいけれど
    それを蹴って、アルブレヒトを打ち据えて殺すジゼルも

    え〜い、裏切ったオトコを殺してやる、うっはっは

    というSっぽい要素より
    自分自身が心を殺して
    悲しみに満ちながら、殺さざるを得ない悲壮みたいなものが
    そこはかとなく感じられて、ちょっといじらしすぎて・・・

    こういう有害オトコが生きていても
    女性みんなに迷惑をかけるから殺しちゃえ
    という正義感に満ちた殺人では断じてない(笑)

    色々な妄想を生む可能性がある、というのは
    やっぱりジゼルという題材そのものの面白さなのかもしれない。

    クラシックのコンサートも何もないのか、と
    お怒りの読者の皆さま
    私だってオーケストラのクラシック聴いていないので
    ちょっともう、脳内が乾燥しきっているような渇望があるのだが
    あと、もう、少しだけ我慢して下さい。

    8月後半から始まるグラーフェネック音楽祭を
    待ちかねている私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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      • 2017.08.21 Monday
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