クラング・フォールム

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    2018年11月11日 17時〜19時(途中退場) Semperdepot

    Klangforum Wien

    Artur Malawski
     Trio in Cis (1954)

    Roman Haubenstock-Ramati
     Konstellation Nr. 2
     Streichtrio Nr. 1 „Ricercari“ (1948/1978)
     Jeux 2
     Pluriel für Streichquartett (1991)
     Konstellation Nr. 1

    Roman Haubenstock-Ramati, Bernhard Lang
     Morendo - double/echo (1991/2002)

    Roman Haubenstock-Ramati
     Konstellation Nr. 3 (1975)

    アングラの香りが香ばしいセンパー・デポの倉庫で
    現代音楽集団ナンバー・ワンのクラング・フォールムが
    今回はロマン・ハウベンシュトゥック=ラマティを取り上げた。

    ただ、このコンサート、ポーランド大使館が絡んでいるらしく
    ポーランド大使の女性が、非常に美しいドイツ語でスピーチ。

    オーストリアも1918年11月11日11時に
    シェーンブルン宮殿の中国の間と言われるルームで
    当時の皇帝カール1世が
    いやいやながら退位に署名して
    ハプスブルク帝国が終焉したのだが

    当然ながら、ハプスブルク家の支配下にあったポーランドも
    長い外国の支配から、この日に独立国家になったのである。

    エスペラントの父、ザメンホフが生まれた国だけに
    ロシアやらオーストリアやら
    周囲の大国に良いように翻弄されて来た国だから
    自国の文化に対する意識は強い。

    という訳で、今回取り上げられたのは
    ポーランドの作曲家、アルトゥル・マラフスキ (1904-1957) と
    ローマン・ハウベンシュトゥック=ラマティ(1919-1994)

    ローマン・ハウベンシュトゥック=ラマティについては
    数年前のウィーン・モデルンで
    現代音楽のノテーション(記譜法)が重点的なテーマになった際に
    オリジナルのグラフィック譜を含めて、見るチャンスがあったし
    クラングフォールムの演奏も聴いている。

    ハウベンシュトック=ラマティは、アルトゥル・マラフスキに学んだそうで
    ポーランドの近代音楽の代表的作曲家2名が取り上げられたわけか。

    ポーランドの近代の作曲家と言えば
    私はヴィトルト・ルトスワフスキとか
    在命中のクシシュトフ・ペンデレツキとか思い浮かぶけれど
    この2人はあまりにビッグ・ネームすぎて
    みんな知ってるから、あまり啓蒙活動は必要なさそう(笑)

    ハウベンシュトゥック=ラマティだって有名だけど
    ただ、あまり実際に演奏されるのは聴いた事がない。

    というより・・・

    あの楽譜で、いったい何をどうやって演奏するのだか
    私は、いつか機会があったら
    クラングフォールムに聞いてみたい(本気)

    今回演奏の曲には入っていなかったけれど
    便利なようつべで、グラフィック記譜の演奏があったので
    ものすごくヒマな人か
    あるいは現代音楽嫌いじゃない、という人のために貼っておく。



    楽器編成が様々なので
    舞台の上でパーカッションが2人で演奏したり
    弦楽アンサンブルだったり
    でも、舞台の上だけではなくて
    ホールの真ん中にスポットの照明を当ててそこで演奏したり
    ホール全体に散らばって
    後ろから、前から、両方の横から演奏したり

    聴衆はもちろんコテコテの現代音楽フリークなので
    間違ってもピアニッシモの繊細な音がホールに微かに響いている時に
    咳したり身動きしたりしないので
    音響オタクには至福の時間。

    ともかく四方八方から音が降ってくる感じ。
    (音楽ではない、音、ないしは音響である)

    こっそり各プレイヤーの持っている楽譜を覗いてみたら
    最初の曲は本当にグラフィック譜を持っていた(びっくり)
    でも、その後は、普通の五線譜。

    グラフィック譜をトランスクリプション・・・(絶句)
    中世の楽譜のトランスクリプションやら
    アフリカの音楽のトランスクリプションに大苦労している私には
    線描楽譜のトランスクリプションと考えただけで鳥肌が立つ。
    (プロに任せます、あ〜、良かったシロウトで)

    同じ会場の次のコンサートが19時開演予定なので
    それまでには終わるだろう・・・とは思っていたけれど
    19時30分の楽友協会でのコンサートに間に合うように
    会場を出なければならない。

    でも、会場が暗過ぎて、時計が見えない。
    スマホなら時刻表示はあるが
    この暗い会場でスマホつけると顰蹙を買いそう。

    一曲終わった後で、何とか腕時計を見てみたら
    えっ!?19時過ぎてる???
    いや、あまりに四方八方からの音に溺れ過ぎて
    出るチャンスを逃すところだった。
    慌てて、次の演奏が始まる直前
    音楽家(ホールのあちこちに立っている)の横をすり抜けて
    何とか外に出て
    (次の19時からのコンサートを待っている人がズラズラ・・・)
    楽友協会に走った私に
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    アンサンブル・モザイク エノ・ポッペ

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      Semperdepot 2018年11月10日 22時〜23時

      ensemble mosaik
      Christian Vogel, Roland Neffe, Mathis Mayr, Simon Strasser
      Ernst Surberg, Chatschatur Kanajan, Niklas Seidl, Enno Poppe, Martin Losert
      9 Synthesizer
      音響監督 Arne Vierck

      Enno Poppe
      Rundfunk (2018) UA

      華やかなバレエのプレミエ(初演)の後に
      急ぎオペラ座を出て
      センパーデポに早足で急ぐ私。

      ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で
      ドイツの作曲家エノ・ポッペの新作の初演がある。

      センパーデポは、建築家センパーが作った倉庫で
      ウィーン劇場の裏手にあるが
      ここも、アングラ感が漂う、妖しげな場所。

      雰囲気が現代音楽の妖しさとバッチリ合うので
      よく現代音楽のコンサートが行われる。
      (建物の入り口は2つある。塔の方が雰囲気があって私は好きだが
       今回は倉庫の方。入り口が遠かったので焦った。)

      エノ・ポッペは作曲家としても指揮者としても
      ウィーン・モデルンの常連。
      何回か聞いているし
      あろうことか、自宅にはポッペ作品の CD まである。

      作曲家曰く
      この音楽は分析的で情熱的である。
      何千もの原子で作られていて
      私は作曲する時は白衣を着ていた。
      ただ、コンサートは実験ではない。
      私が作曲家として、何が起こるか理解できなくなる時に
      芸術が成立するのだ。
      美は人知を越えたところ (Überforderung) に存在する。
      (意訳なので文責は負いません)

      あ〜、いつもの事ながら
      頭の良い現代音楽作曲家さまの言ってる事は
      さ〜っぱりわからない(笑)

      舞台にずらっと並んだ9台のシンセサイザーに
      9人のプレイヤーが座る(うち1人は作曲家のエノ・ポッペ自身)

      何人かはイアフォンしているようなので
      これは他の人の演奏に惑わされず
      ゲネラル・バスかカントゥス・フィルムスのように演奏するパートかもしれない。

      ポッペが大好きなマイクロトナールも使われているが
      以前の作品ほど目立たず
      今回の作品は、ほとんど伝統的なトナールに聴こえてくる。

      音そのものの動きも
      セクンドからテルツ、クヴァルト、クインテと
      明確に聴こえてきて
      ミニマル・ミュージックのように
      決まったインターバルの音の移動が繰り返されて
      その間に、オルガンの音だけではなくて
      オーバートーンを強調したようなメリスマが入る。

      1時間の演奏時間の間に
      音楽がどんどん発展していく様子が
      ものすごく面白い。
      最後はディアトニックのクラスターまで到達する。

      あ〜、いったい、こいつ、何書いてる?と思われた方
      どうぞお許し下さいまし。
      偉そうに書いてはいるが
      自分でも何書いてるのか、さっぱりわからん。
      (だったら書くな!)

      昨年10月に大学に入学した時には
      こういう音楽が、少しでもわかると良いな
      というのが理由だったのだが

      わかりゃしませんが(笑)
      ただ、何となく、基本にある作曲技法というか
      作曲家が何をやったのか、という
      見当までは行かないけれど
      ほんの少し、うっすらと道筋が見えるような気がする。
      (「気」だけです。これを思い上がりと言う)

      聴いている音楽に
      ちょっとでも名称が付けられると
      何となくわかったような気になる、というのは危険なのだが
      そこを手掛かりにすると
      聴いている対象が
      今までと全く意味を持って聴こえてくる(ような気がする)

      そういう自分の間違った思い上がりはさて置いて
      今回のこの作品
      「普通の音楽」として聴いても
      かなり聴きごたえがあって
      音楽芸術として、通常の「美」の範囲で
      成り立っていたように思う。

      以前の先鋭的なポッペの作品を知っている身としては
      ちょっと複雑な気分だけど
      人に喧嘩売ってるような
      あるいは、誰にも理解できない言語を喋っているような
      そういう独りよがりの曲ではなかった。

      華やかなオペラ座のバレエも良いけれど
      こういう、妖しげなアングラ感ただよう会場での
      現代音楽オタク(ほとんどが年配)と
      たぶん、作曲専攻や現代音楽を目指す大学の学生たちが集う
      こういうコンサートも好き、という
      分裂症気味な私に
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      ユダヤ人のいない街 オルガ・ノイヴィルト

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        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年11月7日 19時30分〜21時10分

        DIE STADT OHNE JUDEN
        OLGA NEUWIRTH
        Film : Die Stadt ohne Juden (A 1924)
        Regie : H.K. Breslauer nach dem Roman von Hugo Bettauer
        Musik : Olga Neuwirth (2017 UA)
        PHACE
        Leitung : Nacho de Paz
        Production Wiener Konzerthaus in Kooperation mit Firmarchiv Austria

        現代音楽と言えば現代音楽で
        しかも音楽そのものは世界初演なのだが
        どちらかと言えば、映画の印象の方が強くて
        音楽は、ちょっとビックリした部分を除いて
        あんまり印象にない(すみません)

        プログラムを買おうと思ったら売り切れだったので
        記憶を掘り起こして書くので
        もしかしたら間違いがあるかもしれないのでお許しあれ。

        1924年に作られたオーストリアの無声映画
        「ユダヤ人のいない街」は
        ジャーナリストのフーゴ・ベッタウアーの小説をもとにしたもので
        ハンス・モーザーなど、名だたるオーストリアの俳優が出演している。

        ただ、このフィルムは長い間、消失していた。

        1991年にアムステルダムの映画博物館で断片が見つかり
        その後2015年に
        偶然に昔のフィルムのコレクターが
        パリの蚤の市で、完全なフィルムを発見。

        オーストリア映画記録所が、クラウド・ファンディングを作り
        修築・再現した状態で2018年3月にウィーンの映画館で再演の運びになった。

        タイトル「ユダヤ人のいない街」が示す通り
        とあるユートピアの街が登場する。
        (撮影はウィーンでしているので、ホーフブルク宮殿とか
         今でもモロわかりの場所が出てくるので、ウィーンである事は明らかだが)

        失業、インフレ等に悩む国民がデモを繰り広げ
        ユダヤ人が我々の仕事を奪っている、というデマが広まり
        政府は、ユダヤ人追放の法律を作って、ユダヤ人を国外追放にする。

        ユダヤ人はいなくなったのに
        国の通貨の価値はどんどん下がり
        世界の銀行はユダヤ系が多いので
        誰も資金の貸付をしてくれず
        コーヒーハウスも居酒屋もガラガラ。
        購買力は落ち
        外国人観光客は全く来なくなる。

        とある議員の娘の恋人はユダヤ人で
        国外追放されてしまったのだが
        このレオというユダヤ人は
        自分の出生を隠し、フランス人として入国する。
        (ホテルに行くと、あっ!!!外国人が来た!!!と
         大騒ぎになって、ダンナ、部屋が必要ですか?それとも
         ホテル全部をお買い上げですか? ・・・笑えるシーン)

        議会は、このユダヤ人追放の法律を変更しようとするのだが
        議員の3分の2以上の賛成がないと法律を変えられない。

        フランス人に化けたレオは
        恋人のところに行ってラブシーン。
        お父さん(議員)には当分隠しておかなきゃね、というので
        娘は、お父さんに
        私、フランス人の恋人が出来ちゃったの
        と言うと
        お父さんは、でも、お前にはレオという恋人がいるじゃないか、と驚く。

        フランス人とも結婚するし、レオとも結婚するわ
        と宣言して、お父さんが「ウチの娘は頭がおかしくなったのか」
        と悩むところなど、かなりコメディでおかしい。

        レオは「ユダヤ人を街に呼びもどそう。敬虔なキリスト教徒」というポスターを
        街中に貼ってキャンペーンに努めるのだが
        1票の差で可決できず
        差し戻し2回目の議決を取る時に
        議員の1人と懇意になって、酒を飲ませ
        家中の時計を遅らせて、議会に間に合わないように画策。

        それが功を奏して、やっと議決。
        最初に戻って来たユダヤ人を、国家を揚げて大歓迎。
        国の通貨の価値は上がり
        レオは晴れて身分を明かし、ハッピーエンド。

        映画ではそうなっているが
        実際にその後どうなったかは史実が示す通り。

        原作の著作者、フーゴ・ベッタウアーは
        1925年、自分のオフィスで、ナチス党員のロートシュトックに銃殺される。
        享年52歳。
        (犯人は裁判にはかかったが、精神病と言う理由で釈放され
         その後、ナチスとして活躍して、第二次世界大戦後も
         責任を追及される事なく、歯医者として豊かな生活を送ったそうだ)

        筋立ては単純だし
        その間に挟まるエピソードも短いものが多いけれど
        1938年にオーストリアで何が起こったかを知っていると
        かなりリアルな恐ろしさが迫って来る。

        オルガ・ノイヴィルトの曲は
        時々、連邦首相が出て来る時に
        今のオーストリアの国歌(当時のではない!)の断片を使ったり
        かなり皮肉の入ったものになってはいたけれど
        あくまでも映画音楽としての節操があったので
        ・・・書いた通り、ほとんど記憶に残っていない(すみません)

        この演目、11月下旬には、アムルテルダムでも上演されるそうだ。
        こういう映画を観られたのは、とても良い経験だったし
        史実を知っている事を別としても良い映画だったと思う。
        (というより、昔はオーストリア映画って
         非常に高いクオリティだったのだ。今は忘れられているものが多いが)

        ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で
        コンツェルトハウスの「映画と音楽」チクルスの催物でもあり
        コンツェルトハウスは満杯の状態。

        こういう催物に行く機会が少ないだけに
        (映画と音楽シリーズ、すごく良いものが多い)
        色々と考えさせられたし
        映画そのものの芸術性にも圧倒された私に
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        ピエール=ローラン・エマール リゲティ「エチュード」全曲

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          Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2018年11月6日 19時30分〜21時

          ピアノ Pierre-Laurent Aimard

          György Ligeti (1923-2006)

          Études pour piano (1985/1995-2001/1988-1994)
          7. Galamb Borong, Vivacissimo luminoso, legato possible - Semplice, da lontano
          8. Fém. Vivace risoluto, con vigore
          17. À bout de souffle. Presto con bravura
          5. Arc-en-ciel. Andante con eleganza, with swing
          3. Touches bloquées. Vivacissimo, sempre molto ritmico - Feroce, impetuoso, molto meno vivace - Feroce, estrepitoso - Tempo I
          12. Entrelacs. Vivacissimo molto ritmico
          11. En suspens. Andante con moto
          1. Désordre. Molto vivace, vigoroso, molto ritmico
          16. Pour Irina. Andante con espressione, rubato, molto legato - Allegro con moto, sempre legato - Allegro vivace - Molto vivace
          9. Vertige. Prestissimo sempre molto legato
          4. Fanfares. Vivacissimo, molto ritmico, con alegria e slancio
          6. Automn à Varsovie. Presto cantabile, molto ritmico e flessibile
          15. White on White. Andante con tenerezza
          18. Canon. Vivace poco rubato - Prestissimo
          10. Der Zauberlehrling. Prestissimo, Staccatissimo, leggierissimo
          2. Cordes à vide. Andanteino rubato, molto tenero
          13. L’escalier du diable. Presto legato, ma leggiero
          14. Colona infinita. Presto possible, tempestoso con fuoco

          隣のホールのウィーン交響楽団(日曜日と同じプログラム)のチケットは
          ギリギリの時間に大学の同僚に押し付けて(笑)
          隣のモーツァルト・ホールに走る私。

          ドイツ語では Sternstunde 直訳すると星の時間、という
          キラキラ輝くような、言葉に出来ない素晴らしい時間の表現があるが
          あああああ、これこそ、その「星の時間」ではないか!!!!

          プログラムの番号がめちゃくちゃなのは
          プログラムに別紙が挟んであり
          ドラマツルギーの関係から、エマールが順番を以下のように変更しました
          ・・・という事で、慌てて曲に番号付けて別刷りした(のであろう)という理由。
          もともとのプログラムには
          premier livre (1985), troisième livre (1995-2001), deuxième livre (1998-1994)
          という記載があった。

          リゲティのこのエチュード
          技術的な難しさも超弩級だが
          なんて音楽的なの!!!!

          いや、音楽を理解できない私が
          何をおこがましい事を、とちゃんとわかってはいるのだが
          ここは、どうぞお許し下さい。

          ものすごい技術に裏打ちされた
          徹底的な解像度を持つ一つ一つのピアノの音が
          有機的繋がりを持って
          テクスチャーの中からメロディが立ち現れ
          信じられない色彩の変化の中で
          トナールともアトナールとも違う
          ポリフォニーのバランスの良さ・・・

          な、な、なんという美しさ。
          しかも、内容の凝縮された事と言ったら
          どの曲一つを取っても
          手抜きが全くなくて
          全部違う、そして、全部がこの上ない美しさと迫力。

          各曲について、プログラムに割に詳しい解説はあったのだが
          何せ、曲の順番を変更されてしまったので(笑)
          どれがどれだか、さっぱりわからなくなってしまって
          (それは私の知識と記憶力のなさが原因です)

          右手で白鍵のみ、左手で黒鍵のみ、とか言う曲もあったらしいが
          残念ながら、私の席からは
          エマールの表情と、リズム取ってる足先が見えるだけ。
          クインテばかりの曲というのもあって
          それはさすがに聴き取れたが(いやもう処理が見事な事・・・)

          このコンサート、ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環なので
          ゲネラル・パス所有者には、かなり良い席をくれたんだけど
          それが平土間の前の方で、しかも右だった。
          (だったら、いつもの貧民席ギャラリーの後ろの方が良かったかも)

          ただ、平土間3列目(前がサークルなので実質5列目)の音響は
          驚くほど良い。
          右という事はピアノの蓋が開いている方向なので
          ピアノの音の当たり方が半端じゃなくて
          どんな弱音も強音も、細かいニュアンス含めて聴覚を直撃してくる。

          しかも、たぶん、このブロック、ゲネラル・パス所有者用だと思うのだが
          当然の事ながら、雑音も身動きも全くない現代音楽フリーク。
          こんなマナーの良い聴衆に囲まれて音楽を聴けるなんて
          現代音楽祭以外にはあり得ない(どれだけ貧乏・・・)

          エマールの表情と足元しか見えないので
          ずっと見ていたのだが(すみません、睨みつけて)
          エマールの表情の変化が、実は非常に面白かった。
          いつも、ちょっと無表情で、怖そうな顔をしている印象だが
          各曲によって、驚く程に表情が変わるのだ。

          足先だが、ペダルはほとんど使っていない。
          ただ、曲のリズムは、しっかりと足先で取っていて
          ほんの時たま、リズムの出だしに合わせて
          ほんの少しだけペダルを踏むか踏まないか、という感じ。

          で、ペダルほとんど使っていないのに
          あのフォルティッシモは何なんだ!!!!(驚愕)

          フォルティッシモなのに、ペダルなしの音響なので
          全く濁りがなくて
          ピアノって、こんなに豊かな表情を出すの?とひっくり返るくらい。

          1時間弱で続けざまの演奏で
          エマールの、あの体力、集中力・・・
          このピアニスト、私と同じ歳だよね。
          いや、私も頑張らねば、と一瞬思ったけれど
          あはははは、もともとの才能と出来が違うわ。

          曲の演奏の後にエマールとのインタビュー20分。
          ピアノはエマール所有のスタインウェイで
          例の傑作ドキュメンタリー「ピアノマニア」に登場した
          調律師が調律したそうだ。
          (あ〜、また、エマールが「ちょっと待って」とか
           色々と注文をつけたんだろうなぁ(爆笑))

          エマール曰く、リゲティのエチュードは
          若いピアニストも弾きたがる人が増えて来ているそうだが
          手だけあっても、いや、手があるだけでも素晴らしいが
          それ以上に、音楽を理解する事ができないと難しいだろう、との事。

          ご本人もいくつかの曲の初演をして
          何年か前に全曲演奏をしたそうだが
          (プログラムには今までの演奏回数1回、と書いてあったが
           これもエマールだったのね)
          その時と比べると、演奏が変化したのではなく
          もっと深くなったと言う。

          技術的な技巧も凄いけれど
          今回の演奏では、技巧を見せびらかすというのではなく
          本当にすべての曲が、徹底的に音楽的だったもんなぁ。

          会場を出る時に、階段で、年配の女性が
          この曲の CD は持っているけれど
          ライブで聴くと、全く違うわ!!!と
          興奮気味に話していたけれど
          あ、居たっ、ここにも同年代の現代音楽フリークが(笑)
          (註 実は私も CD 持ってます。リゲティ作品はほとんど全曲)

          いや、本当に生きていて良かった ♡
          こういう尽きない喜びと高揚感は
          芸術だけが与えられるものだなぁ、と
          多幸感に包まれて帰宅する途中で

          今週の木曜日に試験するから、という
          とんでもないメールを見つけて
          焦り狂っている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ジョン・ケージ + ルチアーノ・ベリオ「セクエンツァ」

          0
            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年11月5日 19時30分〜21時途中退場

            CASINO CAGE
            Berio Sequenze + Cage Variations

            John Cage (1912-1992)
            Variation IV for any number of players, any sounds or
            combination of sounds produced by any means,
            with or without other activities (1963)

            Luciano Berio (1925-2003)
            Sequenza

            ルチアーノ・ベリオのセクエンツァと言ったら
            現代音楽の作品の中でも、大傑作の一つで
            数年前にクラング・フォーラムで何曲か聴いて
            えらく感激した私は CD まで買ってしまったのだが

            現代音楽は CD で聴いてもつまらない(断言)

            今回、ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で
            ウィーン・コンセルヴァトリウム音楽大学の学生さんが
            このセクエンツァの14曲を演奏する、というので
            むちゃくちゃ張り切って、授業を早退してコンツェルトハウスに行った。

            ウイーン・コンセルヴァトリウム音楽大学という名称は
            ググったら出てきたものだが、正式には
            Musik und Kunst Privatuniversität der Stadt Wien
            ウィーン市音楽芸術私立大学
            と訳した方が良いんじゃないのか、と思う。

            通常、ウィーン国立音楽大学として知られている
            Universität für Musik und Darstellende Kunst とは別の大学だが
            国立音大にない専攻なども設けていて
            優秀な学生が集まる大学である(もちろん入学試験あり)

            コンサートのタイトルが示す通り
            コンツェルトハウスの大ホールは、平土間の椅子が取り払われて
            カジノのテーブルが真ん中にどん、と置かれている。
            わざわざ目を14個にしたルーレットが置かれていて
            ちゃんとカジノ・オーストリアからクルピエまで控えている。

            何をやるかと言うと
            ジョン・ケージの Variations IV を
            ベリオのセクエンツァでやろうという試み。
            ジョン・ケージのこの作品がどういうものかは
            どうぞ、タイトルをご覧下さい。

            ウィーン・モデルンのインテンダントが
            燕尾服を着て出て来て
            手順について説明・・・するんだけど
            どうも、本人もよくわかっていない様子。

            プロダクションの責任者も明確な説明が出来ない(呆)

            ルーレットを回して、出て来たナンバーを演奏する、というのは
            解説なくてもわかるけれど
            それが、大ホール、シューベルト・ホール
            横のバー、フォワイエの4ヶ所に散らばるらしい。

            しかし大丈夫かこれ。
            だって、担当者が何人もわさわさ出てきて
            テーブルの周りで、手順について討論しているような感じなのだが。

            提示するための番号とかも用意しているようだが
            何で、コンサートがとっくに始まっている時間に
            ハサミで切ってるんだろう・・・(絶句)

            で、コンサートの聴衆は、あちこちのホールを渡り歩いて良い、と書いてある。
            ただし、演奏中の雑音にはご注意下さい・・・とは書いてあるけれど
            演奏中に移動したら、雑音出るの、当たり前じゃないか!!!!

            私は上のバルコンから、動かずに大ホールの演奏を聴くつもりでいたのだが
            バルコンの音響は非常に良い、いや、良すぎる。

            最初のビオラ(セクエンツァ6番)の演奏中に
            平土間を歩く聴衆の足音(時々硬い踵のカツカツという音!!!)や
            周囲の人たちの話し声、平土間を歩いている人たちの囁き声

            更にはルーレット・テーブルに集まった関係者たちの
            この場になっての打ち合わせの声や
            会場内の連絡用のハンド・マイクで喋る音まで
            音楽の背景音?として聴こえてくる上に

            加えて、隣のシューベルト・ホールでは
            ピアノ(セクエンツァ4番)の演奏が始まっていて
            ビオラとピアノが重なったポリフォニーが・・・

            最初の3つくらいは決定した後に
            14曲のうち、まだあと11曲の順番を決めなければならないので
            演奏途中でルーレットを回す音とかも。

            ええええ、私が気難しい老年の老女で
            雑音がものすご〜〜〜〜く気になる、という
            イヤなタイプである事は
            よ〜〜〜くわかってますけど

            でも、演奏されているのって、ベリオのセクエンツァですよ?!

            各楽器の持て得るすべての音響を
            貪欲にマテリアルとして使って
            楽器の可能性を極限まで追求して
            それを、とんでもない音楽性でまとめている傑作ですよ!!!

            聴く方としては
            ベリオがその持てる才能で
            楽器の究極の可能性を引き出した音響を
            じっくり聴きたいじゃないですか(ワタシだけか、そういう人は?)

            なのに、ハープがこの上なく繊細な音を出している時に
            足音だの、隣のピアノのフォルテだの、囁き声だのを
            一緒に聴かされるって、かなり苦痛。

            それに、最初の3曲くらいはアナウンスがあったけれど
            その後、どうなっているのか、さ〜っぱりわからん。

            関係者もよくわかっていないんじゃないか、という恐ろしい予感もあったし
            2つか3つの場所で並行して演奏されているという事は
            その前後の盛大な拍手も、演奏の最中に聞こえて来るのである。
            (たぶん、各プレイヤーが同僚や知り合いや家族を山ほど招待している)

            ビオラとハープと(隣のホール漏れ聞きのピアノと)
            トロンボーンと、ファゴットと
            ファゴット演奏後にフルートの後半を聞いただけで
            既に時間は21時。

            まぁ、最初の誰も何もわかっていない(ように思われた)状態から
            だんだん順番確定とか、場所確定とかは慣れて来ているのだろうが
            しかし、それにしても

            こんな段取りの悪さで
            よくぞ、偶然性の順番でやろうとか思ったものだ・・・(絶句)

            しかもカジノ・オーストリアまで巻き込んで・・・

            セクエンツァという曲そのもの聴かせてくれるのだったら
            舞台の上で、I から XIV まで
            順番どうでも良いから
            聴衆を静かに座らせた状態で、雑音なしで聴かせて欲しかった(涙)
            (そのまま順番で続けて1から14まで演奏しても2時間弱のはず)

            演奏されたセクエンツァのソリストたちが
            あまりに優秀で
            各楽器の持つ音の可能性に圧倒されていたので
            それだけに、聴衆が歩いて移動して
            関係者が「次どうしよう???」とかあちこちで囁き合っている
            (囁きの内容は推測です)
            そういう、音楽以外の要素で、音楽そのものを聴かせてくれない
            という状態は、ワタクシ的には避けて欲しかった。

            セクエンツァ14曲をまとめてナマで聴くチャンスなんて
            私が120歳くらいまで長生きしても、絶対にないだろうし
            (雑音に我慢して)聴いた分の演奏が素晴らしかっただけに

            ものすご〜く残念に思っている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            ジョン・ケージの作品の枠内での実験という意味はわかる。
            だが、それをやるなら、ちゃんと予行演習とか
            起こり得る事態を想定して、無駄なく手際よくやるべきではないか。
            (そういう事はオーストリア人に期待しても無駄、という声は聞こえてくるが・・・)

            スタジオ・ダン(現代音楽)

            0
              Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2018年11月3日 22時15分〜23時45分

              Studio Dan
              チェロ Maiken Beer
              クラリネット、サクソフォン Viola Falb
              フルート Thomas Frey
              トランペット Dominik Fuss
              バイオリン、ビオラ Sophia Goidinger-Koch
              コントラバス Constantin Herzog
              コントラバス Philipp Kienberger
              パーカッション Mathias Koch
              トロンボーン Matthias Muche
              フルート Doris Nicoletti
              トロンボーン、指揮 Daniel Riegler
              サクソフォン、クラリネット Clemens Salesny
              ピアノ、シンセサイザー Michael Tiefenbacher
              照明、技術 Nina Ortner

              Oxana Omelchuk
              Wow and Flutter (2017)
              Kompositionsauftrag von Studio Dan

              Elisabeth Harnik
              holding up a bridge (2018)
              Kompositionsauftrag von Studio Dan

              Vinko Globokar
              Passagio verso il rischio (2017) UA
              Kompositionsauftrag von Studio Dan (mit freundlicher Unterstützung der Ernst von Siemens Musikstiftung) und Wien Modern

              大ホールでバンベルク交響楽団を聴いていた間
              隣のモーツァルト・ホールでは
              ウィーン・モデルン現代音楽祭のコンサートで
              ジョン・ケージとかフリードリヒ・ハースとかを演奏していて
              ・・・ううう、ほら、身体は2つないので(涙)

              しかし、そのコンサートの後
              22時から、同じホールで別のコンサートがある (^^)v
              バーで公開インタビューしていたので、それを聞いてから
              ちょっと準備が遅れて、22時過ぎに開いたモーツァルト・ホールへ。

              さすがに連休のなか日で
              しかも22時からのコンサートなので
              観客は(たぶん)全員、関係者か
              あるいはゲネラル・パスを持った現代音楽フリーク。

              で、実はこれがむちゃ面白かった。
              最初の2作品は、若い女性の作曲家によるもので
              様々な工夫や新しい試みはあるけれど
              まぁ、現代音楽って、そんなもんだよね、という感じだったが

              最後のヴィンコ・グロボカールの作品が!!!!
              作曲家ご自身が会場にいらしていて
              ご高齢なので、杖をつかれているのだが

              いや、この作品、すごい。
              クラシックの作曲技法をマスターしながら
              それを超えたところで
              自由自在に遊びまくっている。

              私もこの作曲家は知らなかったのだが
              あまりに作品が面白かったので調べてみた。
              読者の皆さま、ご興味あれば
              日本語のウィキぺディアの記述は ここ

              何が面白いかと言うと
              何でもあり!!!なのである。

              トナールからアトナール、さらにはジャズやポピュラー
              最後はマーラーの交響曲のフラグメントまで入れて
              曲に何も枠組みがなくて
              こんな「自由」を感じさせる曲があるなんてビックリ。

              奏者はアンサンブルなのだが
              その時々によって、指揮をする人が変わり
              プレイヤーによっては楽器の持ち替えもある。

              で、絶対にこの作曲家、マウリツィオ・カーゲルの影響受けてるわよ。
              だって、舞台が演劇的なんだもん。

              トロンボーンが水の入った盥の上で吹いたり
              トランペットとトロンボーンが、どんどん楽器を解体して
              最後はリードだけで演奏していたり

              コントラバス奏者は途中でエレキギターに持ち替えで
              その上、エレキギター持ち替えの楽章は
              全員で体操の時間。

              エレキ・ギターを上に投げてキャッチするところで音を出したり
              ギターの上で腕立て伏せしたりしている横では

              バイオリニストがバイオリン弾きながらバレエらしきものを踊っているし
              チェリスト(女性)は仁王立ちして
              何だかワケのわからん動きをしているし。

              最後にマーラーの交響曲のフラグメントを
              プレイヤーが勝手に繰り広げて
              (あ〜、だから舞台にテノール・ホルン!!!
               トロンボーンが解体された後にテノール・ホルンでマーラー吹いてた)
              その後、全員が舞台から次々に降りて
              会場をあちこちに分散しながら
              あちこちのドアから退場。

              現代音楽って、聴いている方より
              演奏している方が楽しいんじゃないか、と
              昔から疑っているのだが

              いや、これ、絶対に演奏してる方が面白い!!!

              楽器が出来る人が集まって
              クラシック演奏するのも飽きたから
              破天荒な事をやりたいよね、という感じで
              プレイヤーがむちゃくちゃ楽しんでいるのがわかるし

              この作品、じゃぁ、自由自在に
              やりたい放題で、芸術性ゼロ、という訳ではなくて
              その背後に、膨大な音楽的知識と技術が詰まっているのがわかる。

              初演の場に立ち会うチャンスがあって
              すごくハッピー。
              いや、こういう出会いがあるから
              玉石混合の現代音楽祭のコンサートって
              ともかくは行ってみるべきなんだわ。

              23時45分過ぎのコンサート終了だったけれど
              土曜日だったので、マイカーで出かけたので
              感激を噛みしめつつ
              思い起こすたびに、ちょっとクスクス笑いつつ
              真夜中過ぎに帰宅した私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              枠組みに囚われないというのなら
              フリー・ジャズとかもあるけれど
              既にトナールが枠組みで、それをぶっ壊したところで
              自由自在に、あれだけの音のマテリアルで遊べるなんて
              ちょっと考えもしなかった。
              こんな作曲家がいるんですね・・・(感激)

              Noche de los Muertos: Un-tape me

              0
                Echoraum 2018年11月1日 19時〜途中退場20時30分

                Noche de los Muertos: Un-tape me

                Jerôme Noetinger, Revox, Tapes, Electronics
                Mark Vernon, Found dictaphone, Reel-to-reel tapes
                Marta Zapparoli, Tape reconrders, Self-made devices
                Wien Diesel feat. Burlin Mud (R.F. Culbertson III)
                Installation : Angélica Castelló, Magnet Altar. Installation (2018)

                ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環だが
                プログラムについては、質問しないでクダサイ。
                最初の2曲で、既に20時30分を過ぎていて
                ちょっと勘弁・・・という感じだったので
                途中でずらかりました(すみません)

                15区にあるエコー・ラウムという小さな会場で
                アングラの香りが香ばしい場所に
                現代音楽ファンという、妖しい層が集まって
                何をやったかと言うと

                テープとかコンピュータとか
                エレクトロ二クスの装置とか
                テーブル2つに、30年前の物理研究室のような
                全然想像もつかない機材(小さい)が乗っていて
                そこで、雑音を出す。

                ・・・こ、こ、これは
                ミュジーク・コンクレート 😮

                まだ生き残っていたのか(って失礼な・・・)

                音響をこよなく愛すワタクシとしては
                決してミュジーク・コンクレートは嫌いではない。

                が・・・
                最初に30分以上、男性と女性のカップルが
                手元の機械を操作して
                ずっと雑音を流しているのを見ているのは
                むちゃくちゃ退屈。

                周囲暗いし(アングラ感満杯)
                見るものないし
                雑音の中で熟睡・・・(こらっ!!!)
                途中、かなりの音量で、身体に振動が伝わって来たが
                飛行機でも列車でも、問題なく寝られる体質なのでビクともしない。

                気持ち良く雑音・騒音の中で熟睡した後
                セットアップのチェンジがあって
                2曲目は男性1人で機材を担当。

                あ〜、カセット・テープ巻き戻しの音がする。
                若い世代は知らないだろうが
                カセット・テープと言えば
                中学校から大学院卒業くらいまでの
                私のかけがえのないお友達。

                今でもものすごくレアな録音(ラジオ収録)とか持ってるし
                出版社でバイトしていた頃の
                貴重な○○○さまとのインタビューとか
                声に惚れた○氏の朗読(音声学演習用と称して無理やり読んでもらった)とか
                もうテープ伸びてるかも・・・とは思いつつ
                捨てられない。

                その懐かしいカセット・テープの雑音に加えて
                不思議な音響が飛び交って
                それなりに、妄想も掻き立てるし
                バリエーションもあるし
                途中でミニ・シロフォンみたいな楽器の音を混ぜたり
                そこそこ面白いんだけど

                いつまで続くの???

                何楽章書いたのかわからないが
                終わったかと思うと
                またカセット・テープ巻き戻しの音から
                次の(楽)章が始まる。
                最初の音は全部同じなので
                何となくブルックナー的というか(ブルックナーさんすみません)
                で、ブルックナーに匹敵する、しつこさと長さ・・・

                たっぷり1時間は演奏してたわ(絶句)
                終わって時計みたら、20時30分過ぎてたし。

                アングラ感漂うバーで
                みんなワインとか飲んでいたみたいだが
                (会場にワイン持ち込みしてた人も結構いたし)
                友人や知り合いと一緒だったら、最後まで残ったかもしれないけれど
                来週、試験1つあるし(ぎゃ〜〜〜っ)
                課題提出2つあるし(ぎゃ〜〜〜〜っ)

                いやでも、まだこの分野で活躍している人がいたかと思うと
                う〜ん、現代音楽、何でもアリだな、と、つくづく思う。
                というより、作曲され尽くした感のあるミュジーク・コンクレートで
                まだ未知の音響を聴く事ができるとは・・・

                室内にあるインスタレーションは
                カセット・テープの祭壇、というコンセプトらしい。

                カセット・テープ、まだお亡くなりになっていないと思う私は
                (実際、自宅にはカセット・テープを使えるステレオがある!)
                時代に遅れているのかも、と、ちょっと思った私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ウィーン交響楽団 + シルヴァン・カンブルラン

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年10月31日 19時30分〜21時40分

                  Wiener Symphoniker
                  ピアノ・エレクロトニクス Sebastian Berweck
                  サクソフォン Marcus Weiss
                  パーカッション Christian Dierstein
                  指揮 Sylvain Cambreling

                  Iannis Xenakis (1922-2001)
                  Metastaseis B (1953-1954)

                  Malte Giesen (*1988)
                  Konzert für hyperreales Klavier und Orchester (2017-2018) UA

                  Julia Purgina (*1980)
                  Akatalepsia (2018) UA

                  Sir Harrison Birtwistle (*1934)
                  Panic. Ein Dithyrambus für Altsaxophon, Jazzschlagzeuger, Holzbläser,
                  Blechbläser und Percussion (1955)

                  Helmut Lachenmann (*1933)
                  Marche fatale (2017) EA

                  ウィーン・モデルン現代音楽祭のコンサート。
                  整理券もなし・・・という事は、わっはっは(察して下さい)
                  それでも、平土間70%がた入ってるし
                  バルコン席も同じく、半分以上は入っているのが凄い。

                  ヤニス・クセナキス以外は
                  すべて、まだ在命の作曲家の作品。
                  うち、2作品は世界初演 (UA = Uraufführung) で
                  1作品はオーストリア初演 (EA = Erstaufführung)

                  クセナキスの作品は1955年にドナウエッシンゲン音楽祭で初演された作品。
                  大規模オーケストラで、数学的な処理をされている音符のはずだが
                  実際に聴いてみると、何とも情熱的な感じがする。
                  7分くらいのコンパクトだが、内容の濃い作品。

                  次がドイツの新進作曲家による作品の初演。
                  ヤマハのピアノをコンピュータと繋いだ「超実数ピアノ」って
                  何の事か、アホな私には全くわからないが
                  プログラムの解説によれば
                  現代はみんな、イアフォンで音楽を聴いているので
                  音響空間が影響を及ぼさない音楽を
                  ピアノ・・・というより MIDIの発生源を使って
                  オーケストラと演奏する・・・らしい。

                  あ〜、う〜・・・

                  クセナキスの音楽が立体的だったのに比べて
                  こちらの音楽は超2次元的というか
                  オーケストラの普通の音響を使っている時点で
                  音響空間が影響を及ぼすのは自明のはずなのだが
                  アーティストによれば、それは違うらしいのだが
                  そういう高尚な事はワタクシにはわかりません。
                  (それに結構長かった・・・23分。最後はピアノ音響のループ)

                  後半はウィーンとベルリンでビオラと作曲を学び
                  ウィーン放送交響楽団の後、ウィーン室内管弦楽団のメンバーで
                  ウィーン大学でスラブ学とゲルマニスティックを学んでいる女性の作品。

                  フル・オーケストラだが
                  次の作品の準備か、弦が全部上手(かみて)に位置。
                  (下手(しもて)にはジャズのパーカッション・セットが2つ)

                  この作品、15分ほどの曲なのだが
                  弦のピアニッシモのピチカートと
                  弱音のパーカッションから始まって
                  曲に色彩が見える(ような気がする)

                  プログラムにタイトルの Akatalepsia 不可知論についての記載があるが
                  あ〜、もう、何だかよくわかりません。

                  眠りの神ヒュプノスとその兄弟モロスとタナトスが
                  夜の神ニュクスの子供たちと音楽の中を飛び回り
                  人間の死は確実だが、その美は死の瞬間に開示され
                  本質は感覚的にしか捉える事ができない(意訳、文責なし)

                  ・・・ったく何の事やら理解不可能(私がアホだから)

                  でも、作曲家自身が sinnlich 感覚的という言葉を使うだけあって
                  音楽そのものが、かなり詩的にロマンティックで
                  音響の構成が、その意味では古典的に美しい。

                  オーケストラの音量をかなり下げているだけに
                  金管を吹かずに、手で叩く奏法も
                  音が埋もれずに、かなり面白い音響設計になっていた。

                  ハリソン・バートウィッスルと言えば
                  イギリスの現代音楽では大御所で
                  私も今まで何回か、作品を聴いた事はあるが

                  今回の曲は1995年に BBC Symphony Orchestra で
                  イギリスのプロムスで初演された曲。
                  サクソフォンのソロとジャズ・パーカッションに
                  オーケストラは金管と木管とパーカッションだけ。

                  詳しい編成は
                  サクソフォン(ソロ)、パーカッション(ソロ)
                  フルート3本(2番・3番はピッコロ持ち替えあり)
                  オーボエ3本(3番はイングリッシュ・ホルン持ち替えあり)
                  クラリネット、変ホ調クラリネット、バス・クラリネット
                  ファゴット2本、トロンボーン3本、チューバ、ティンパニ、パーカッション

                  ・・・沈黙。

                  ソロのサクソフォン、時々、音が埋もれて聴こえないし
                  ジャズのパーカッションも
                  あんまりバリエーションなくて

                  途中、ジャズ・パーカッションが位置を変えて
                  サクソフォンが時々パーカッションにキューだして
                  パーカッションが指揮者とは別に指示を出して
                  かなり緊張感に満ちた、ギグみたいな面白さはあったけれど

                  きっと私の感受性の問題なのだが
                  何だか全体に似たような音楽の進行なので
                  何となく聴いていて、飽きてくる。

                  きっとサクソフォンの人は
                  素人にはわからない超絶技巧で演奏しまくりなのだろうが。

                  それに、ウィーン交響楽団の木管・金管ってむちゃ巧いんだけど
                  この作品、そのオーケストラの名人の盛大な無駄遣いのような気がする。

                  最後はヘルムート・ラッヘンマンの6分ほどの曲。
                  ジャズ・パーカッションのセット2つを片付け
                  バイオリンの椅子を置いて
                  現代音楽は舞台設定に時間がかかるのが難点だが
                  コンツェルトハウスのスタッフの早業は
                  いつもながら見事なものだ。

                  ラッヘンマンと言えば雑音・・・って
                  私も相当に失礼だが(笑)

                  プログラムによれば
                  2017年にシュトゥットガルトオペラ座オーケストラで
                  今日の指揮者のカンブレランと初演されたこの曲は
                  今までの作曲技法とは全く違うそうで

                  あらっ
                  伝統に回帰したのか、と思われる程の
                  古典的でトナールでメロディックで
                  映画音楽からの要素をふんだんに取り入れた
                  長調のフルオーケストラのポピュラー音楽

                  ・・・みたいに聴こえるのだが

                  で、私の周囲の人たちも
                  笑ったり、身体揺らして踊っていたりしたんだけど

                  これ、ほとんど認知しないようなところに
                  微妙に和声の間違いが・・・

                  ものすごく巧妙に仕組まれているために
                  表面だけ聴いていると
                  ただの映画音楽に聴こえない事もないんだけど

                  ものすごく気持ち悪いです。

                  プログラム記載の本人の解説によれば

                  現代の没落していく市民社会の中で
                  「笑うべきもの」を真面目に捉え
                  麻痺した精神の黒い穴への道が
                  愉快なものである可能性を示唆し
                  私の過去の「音楽でないもの」の作曲から
                  本来の音楽という概念を捉え直し、違う側面からアプローチし
                  コンサート・ホールが欺瞞的な隠れ場所への退避から
                  精神を開く冒険の場所になる・・・あるいは
                  そこから、ひどく裏切られて脱線する・・・どうやったらそうなるんだろう。
                  (意訳です、文責なし)

                  今の作曲家の皆さま
                  頭の良い方ばかりなので
                  プログラムに書かれていても、今ひとつ、よくわからん。
                  ハイドンが「今回の曲は新しい方法で書きました、ふうううう」とか言ってるのと
                  わけが違う。

                  聴いている側からすれば
                  その瞬間の音響「だけ」が重要なので
                  作曲家が何を考えたかなんて
                  学問対象にでもしない限りは、全く興味ないのだが
                  音楽社会学的なアプローチするなら・・・・

                  ああああああっ、いかん、毒されて来てる (^^;;

                  でも今回の選曲、バリエーションあって
                  かなり面白かった。

                  オーケストラはウィーン交響楽団だが
                  いつものような燕尾服+白い蝶ネクタイじゃなくて
                  ウィーン放送交響楽団と見間違える
                  上から下まで真っ黒の上着なしのシャツ揃え。

                  現代音楽のドレス・コードなのかしら(爆笑)
                  最初、あれ?ウィーン放送響だったっけ?
                  でも、何かメンバーが違う???と
                  不思議に思った私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  11月1日はオーストリアは祝日。
                  金曜日2日は大学は授業なし。やれやれ。
                  もっとも、来週火曜日にテストがあるのをすっかり失念していたので
                  すごく焦ってはいるのだが・・・
                  (だったらブログなんて書いてないで勉強しろ、という声が聞こえる・・・💦)


                  クラング・フォールム + エミリオ・ポマリコ

                  0
                    Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年11月22日 19時30分〜21時45分

                    ERSTE BANK KOMPOSITIONSPREIS

                    Hannes Kerschbaumer
                     shurf I für Violine solo (2017 UA)

                    Beat Furrer
                     Kaleidoscopic Memories für Kontrabass und Elektronik (2016 OEA)

                    Hannes Kerschbaumer
                     schraffur für Vierteltonalakkordeon und Ensemble (2017 OEA)

                    Gérard Grisey
                     Quatre chants pour franchir le seuil
                      für Sopran und Ensemble (1997-1998)

                    Klangforum Wien
                    指揮 Emilio Pomàrico
                    ソプラノ Katrien Baerts
                    コントラバス Uli Fussenegger
                    バイオリン Sophie Schafleitner
                    アコーデオン Krassimir Sterev

                    オーストリアの銀行が毎年ウィーン・モデルンで作曲賞を出すのだが
                    今年は Hannes Kerschbaumer が受賞。

                    南チロル(イタリア領だがドイツ語とイタリア語の2ヶ国語圏)に生まれ
                    錚々たる作曲家に師事して
                    あちこちで賞を取って
                    ザルツブルクのモーツァルテウムで現代音楽の講座を持っていたようで
                    現在はインスブルック在住とウエブ・サイトに出ている。

                    この間 mumok で演奏された時は
                    へ?という感じだったので
                    (はい、シロウトでアホですから高尚な芸術はわかりません)
                    今回はどうだろう、というので来てみたら

                    遅刻しました (^^;;
                    ただ、既に演奏が始まっているのに
                    こっそりと後ろのドアから入れてくれたので
                    舞台は見えなかったけれど、音楽だけは聴く事ができた。

                    バイオリン・ソロの曲だが
                    1台のバイオリンとは思えない多彩な音色。

                    ・・・なんですけどね。
                    これって、子供がバイオリンをおもちゃにしている
                    って感じで、あまりまとまりがなくて
                    (いやきっと難しいセオリーがあるのだろうが)

                    ほら、現代芸術全般について
                    そんなのワタシでもできるわ
                    というような作品だったりする事があるじゃないですか。

                    大抵の場合は大いなる勘違いだという事は理解しているし
                    いわゆる専門教育を受けていない人たちの生み出す作品だって
                    凄い芸術作品になる場合もあるし

                    え〜い、何が言いたいか段々混乱して来たけれど
                    それは本当に作曲家が意図した「雑音」だったのだろうか?
                    (それとも特殊奏法の展示会とか・・・)

                    よくわかりません、ごめんなさい。

                    次の曲はコントラバスのソロとライブ・エレクトロニック。
                    これは舞台が見える席に座れたので
                    しっかりコントラバス奏者が見えて

                    信じられないような細かいボーゲンの扱い方。
                    普通の人なら
                    そんなに右手の振動は出来ませんが・・・
                    いや、そういうのが出来ないと弦楽器のプレイヤーにはなれないのか。
                    大昔、人間技とは思えないボーゲンの速さで
                    現代音楽を作曲したバイオリニストが居たなぁ。
                    (あれは人間離れした速度でボウを動かすのが目的みたいな曲だった)

                    ただ、凄い高音のところで弦を押さえて
                    すごいバイブレーションかけて右手でボウを動かして出てくる
                    不思議な音響に加えて
                    時々、その弓を見えないような速度で他の4つの弦に滑らせて
                    そこで出てくる音響を
                    ライブ・エレクトロニクスでループして聴かせたりとか
                    8分の曲だが
                    コントラバス奏者の身体の妙技と
                    コントラバスとは思えない高音に
                    コントラバスらしい低音の組み合わせと
                    背景として扱われる震えるようなビブラートに
                    メイン・メロディ?のオーナメントみたいな音が
                    ライブ・エレクトロニクスで繰り返されるのが面白い。

                    次は賞授与の対象になった曲で
                    アンサンブルで約14分。

                    指揮者は私が大好きなポマリコ。
                    何年も前から、指揮台にあがる時は
                    いつも紺色のセーター(上着じゃないぞセーターだ!)を着ていて
                    これもトレード・マークなんだろうな(笑)

                    ポマリコの指揮が好きなのは
                    主観的なものなのだが

                    こんなに感情的に現代音楽を指揮する人って
                    かなり珍しいと思う。
                    (非常に良い意味で言ってます)

                    だいたいが現代音楽の指揮の場合は
                    たぶんこの世のものとも思われない複雑至極天国地獄のような
                    奇妙奇天烈なリズムが書いてあると思われるので
                    指揮者はリズムをプレイヤーに指示するだけで精一杯というケースが多い。

                    ところがポマリコは、さすがに現代音楽に慣れているというか
                    複雑怪奇なリズムのキューも明確に出すと同時に
                    いわゆるクラシック音楽のような
                    しかもウィーン楽派からロマン派にかけての
                    大いに感情的にアプローチして良い(と思われる)曲と同じく
                    えらくチャーミングで可愛い。

                    割に強弱の激しい曲だったので
                    指揮者にしてはかなりの上背のある
                    スタイルの良い指揮者が
                    いわゆるクラシック音楽っぽく指揮しているのに
                    出てくるのが不思議なアトナールないしは不協和音たっぷりの
                    しかも雑音要素もたっぷりの現代音楽なんだもん。
                    その格差だけでもちょっと楽しい。

                    この作曲家、主観的に捉えると
                    「息」に拘りのある人なのかなぁ。
                    音というよりは(この間もそうだったけれど)
                    「呼吸音」的な要素が強いような気がする。

                    休憩の後はグリゼーの「限界を超えるための4つの歌」
                    スペクトル派の初期の作品だけど
                    かなり明確にメロディっぽいものが感じられる。
                    パーカッションが色々と使われていて
                    伝統的なリズム感っぽいものもあって
                    音響だけの作品ではなく
                    かなり「伝統的」要素が聴こえてくるので聴きやすい。

                    ソプラノが巧くて、美声で美人でスタイル良くて
                    ドレスがまた洒落ていて(見てるのそこかい!)
                    歌詞はフランス語なので一切わからないけれど
                    声と楽器のコンビネーションが見事。

                    ・・・と言っても
                    たぶん、相当部分は寝落ちしていたかと思う f^_^;)
                    (すみません、昨日、ずっと悪夢を見ていて・・・)

                    いつまで続くんだ、現代音楽 (ーー;) と思われている事は推測がつくが
                    あと、本当にもう少しなので
                    どうぞ我慢して下さいませ。

                    週末からはバレンボイムとアルゲリッチの4回戦とか(何だそれ)
                    ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団のブルックナー8番とか
                    そこら辺は抜け目なくチケットを押さえているので

                    どうか本日も1クリックをお恵みいただけますよう
                    心からお願い申し上げます。


                    Theatro delle Allucinazioni + Yalda Zamani

                    0
                      Reaktor 2017年11月21日 19時30分〜20時45分

                      THEATRO DELLE ALLUCINAZIONI
                      フルート Alexander Wagendristel
                      オーボエ Sebastian Skocic
                      クラリネット Anna Koch
                      ファゴット Leonard Eröd
                      ピアノ Kaori Nishii
                      アコーデオン Alfred Melichar
                      バイオリン Bojidara Kouzmanova-Vladár, Julia Maly
                      ビオラ Daniel Moser
                      チェロ Maria Frodl
                      コントラバス Damián Posse
                      音響技術 Linda Steiger
                      指揮 Yalda Zamani

                      Shahriyar Farshid (*1990)
                       AMORPHEN IX for piano and string quartet (2015)

                      Alexander Kaiser (*1985)
                       Choke for four musicians (2016)

                      Grzegorz Pieniek (*1982)
                       Idyll fur six instruments (2014)

                      Anna Korsun (*1986) / Sergey Khimatov (*1983)
                       Rock. Scissoirs. Paper, children game for five musicians (2010 EA)

                      Yoav Chorev (*1988)
                       ahimsa for piano (2015-2017, UA)

                      Antonio Agostini (*1969)
                       Scene dal Teatro delle Allucinazioni per ensemble (2016, EA)

                      ちょっと郊外にある
                      外観も中も、半分破壊されたような
                      倉庫?ではないけれど
                      コンクリート打ちっ放し(しかもあちこちが剥がれてシミになっている)の
                      まぁ、すごい建物(昔の芝居小屋だったらしい)で
                      以前は ensemble reconsil という名前で活動していたグループが
                      新しい指揮者を迎えて
                      新しい名前で再出発。

                      最初に
                      曲はすべて続けて演奏されて(途中の拍手はなしって事)
                      途中にはインプロヴィゼーションが入り
                      会場の移動もある、とのスピーチ。

                      ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環なので
                      結構な観客が入っている。
                      (しかし現代音楽祭の観客の4分の3以上が年配っていうのも
                       なんだかよくわからんわ・・・)

                      ドアを開けるとすぐに会場になっていて
                      外は雨で寒いし
                      当然ながら、会場内も、ものすご〜く寒い。
                      もちろん全員コート着たままで
                      (音楽家も一部コートを着ていた)
                      それでも寒い。

                      そんな寒い貧乏ったらしい(すみません)会場に
                      コンサート前にさりげなく入って来たのは

                      あ〜、今度ウィーン・フィルを指揮する予定の
                      大物指揮者ではないか・・・

                      ウィーン・モデルンのインテンダントが
                      この音楽祭は云々と説明をしている。

                      作曲家だか誰だかわからないが
                      前列に座っていた若い男性が飛んでいって
                      直前まで何か話し込んでいたが

                      そりゃプロの音楽家としては
                      名前を売っておきたいだろう・・・(笑)

                      来ている観客も、そこそこ気がついている人もいたようだが
                      そこらへん、ウィーンってすごいな、と思うのは
                      誰もサインをねだりに行かないし
                      プライベートで来ているんだからそっとしておこうという
                      暗黙の了解。
                      (日本だったら大変な事になっているかもしれない(笑))

                      作曲家については
                      生まれ年から見ると若い作曲家ばかり。
                      (たぶん、カタログ見れば詳細情報は載っていると思うけれど
                       いま、それを調べている時間がない ← ただの言い訳 ^^; )

                      この間みたいに
                      作曲家と音楽家の自己満足作品かなぁ、と思っていたら
                      これが意外に意外で面白かった(まぁ、自己満足は程度にかかわらずあるけど)

                      最初の作品は弦がトリラーで細かい音を出している中に
                      時々ピアノが入る、という
                      音響的にとても面白い作品。
                      ピアノの音が多少「浮いた」印象はあるけれど
                      ピアノがあるからこそ、弦のトリラー続きが退屈にならない効果もあった。

                      次の2つの作品は
                      既に記憶の彼方(すみません)なんだけど
                      トナールとは言わないが
                      親しみ易いフレーズがあったりして
                      ふ〜ん、これ現代音楽とは言え、楽しいじゃん、という印象はある。

                      会場のスペース変更。
                      次の間に行って、全員立ったまま
                      前で繰り広げられたのは

                      音楽家4人が
                      指揮者の指示とパート楽譜とで
                      紙を破ったり、擦ったり、揺らしたり
                      ハサミで切ったり、ハサミを音を立てて開け閉めしたり
                      1,5リットルのミネラルウォーターのペットボトルを揺らしたり

                      もちろんプレイヤーの前にはマイクがある。
                      (でなければ、そんな微かな音は聞こえない。
                       会場そのものはコンクリート打ちっ放しだから
                       音響効果は悪くないと思うのだが
                       来ている100人以上の客が
                       全員、コートを羽織ったままである)

                      面白い、というより
                      そういう事を、きちんと譜を見ながら
                      至極マジメにやっている音楽家(どこで音楽と関わりが?)たちが
                      何だか可愛い(アホみたいで)

                      しかし、この作品、何回リハーサルしたんだろ?
                      リハーサルのたびに大量の紙が屑になったんだろうなぁ。
                      まぁ、リズムだけの曲だから
                      リズム感のあるプレイヤーたちなら1回で済んだだろうが。
                      (なんて下世話な考え・・・いや、やっぱり生活費って(以下省略))

                      立っていた会場から
                      また椅子のある会場に戻る。
                      何人かは、なかなか戻って来ず
                      戻ってくる時も、他の人は全員座っているのに
                      ゆ〜っくりゆ〜っくり歩いて来るという
                      いや、本当に変わった人も結構いるもんですね。
                      (まぁ、そういう変わった人たちが多いのもウィーン)

                      なお、例の大物は会場移動の頃から
                      ひっそりと居なくなっていた(笑)
                      ・・・忙しい人だからね。
                      でも、この人、時々楽友協会の VIP 席に座っていたりするの。
                      プロの音楽家って、滅多に他の人のコンサートとか行かないのだが
                      この大人物だけは例外かもしれない。

                      ピアノの曲だが、これが一番長くて15分くらいだったのだが
                      これ、ピアノを鍵盤楽器として使っていない。

                      指揮者とピアニストが2人で蓋を開けたグランド・ピアノの
                      弦を弾いて音を出している。

                      しかもガムラン音楽かよ、みたいな音程から始まるし。
                      もちろん、これも音が小さ過ぎるので
                      マイクをピアノに突っ込んである。

                      う〜ん (ーー;)
                      こういうのはちょっと・・・
                      だって、あの音楽を、もっと音楽的に表現できる楽器だったら
                      何もピアノの弦を無理やり掻き鳴らさなくても
                      ハープでもギターでも
                      チターかハックブレットか
                      それにふさわしい音響を出す楽器があったように思えて
                      何も無理やりピアノを使わなくても、という印象。

                      最後はアンサンブルで
                      バイオリン、ビオラ、チェロに
                      フルート、クラリネット、ファゴット、オーボエが加わった作品。
                      (他にも楽器があったかもしれないが)

                      いや、すみません、これも楽しく聴けた作品なんですが
                      ファゴットを演奏していたプレイヤーが
                      たぶん、名前を見ておわかりの通り
                      親戚関係だろうと強く推測できるんだけど

                      国立オペラ座で歌っている誰かと
                      見た目が、ソックリの瓜二つで、区別つかない!!!!
                      しかも髪型まで一緒だ!!!!
                      (調べても親戚筋の言及は一つもないが
                       ↑という事は本人がそれを嫌がっている可能性が高い
                       ウィーン放送交響楽団のファゴティストだそうで
                       ううう、こうなってみると、舞台が見えない席が恨めしい)

                      すごく失礼な事だと理解はしているのだが
                      ファゴティストから目が離せなくて
                      (だって本当に本当に瓜二つ・・・)
                      曲の方は全然記憶に残っていない(ごめんなさい)

                      各作品が短かったというのはあるけれど
                      それにしても、この間の mumok での作品も短かったが
                      あの時よりも、ずっとバラエティに富んでいて
                      楽器奏法も、スタイルも、色々あって
                      全然退屈しなかった。

                      その意味では聴衆も楽しめる工夫が
                      多少なりとも凝らされていた、と言えるかもしれない。

                      ついでだが
                      指揮者が女性で
                      アルジェリア生まれのイラン人だそうだが
                      キュートだし
                      スタイル抜群に良くて
                      しかも着ている服が黒なんだけど
                      スタイルの良さと相まって
                      実に絵になる美しい指揮者だった。

                      美人を見ると
                      ついついオヤジに化してしまう
                      オバサンの私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



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