アルディッティ弦楽四重奏団

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    土曜日のダブル・ヘッダーです。
    時系列に読みたい方は、1つ下の記事からご覧下さい。
    下記は夜のコンサートの勝手な感想記です。

    Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年4月22日 19時30分〜21時30分

    Arditti Quartett
    バイオリン Irvine Arditti, Ashot Sarkissjan
    ビオラ Ralf Ehlers
    チェロ Lucas Fels

    Christian Ofenbauer (*1961)
     Fünfter Streichquartettsatz 2011 (2011)
    Philippe Manoury (*1952)
     Fragmenti. Streichquartett Nr. 4 (2015) オーストリア初演
    Christian Ofenbauer
     BruckStück IX / Vierter Streichquartettsatz 2010 (2010)
    Hugues Dufourt (*1943)
     Le Supplice de Marsyas d’après Titien 初演

    現代音楽は集中して Wien Modern で聴くのだが
    例年、Wien Modern でしか聴けない
    アルディッティ弦楽四重奏団のコンサートを見つけて
    飛び上がって舞い上がって狂喜しながら買ったチケット。

    しかもプログラムみたら
    ユーグ・デュフールの初演曲がある!!!!(感涙)

    更に、このコンサートのチケットを持っている人には
    入場無料のプレトークがあって
    そのプレトークには
    アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーに加えて
    作曲家のユーグ・デュフールも来るという贅沢さ 😍

    イソイソとプレトークのホールで
    控え目に目立たない最後の列に座る私の横を
    アルディッティさまご本人と、その他のメンバーが
    通っていったりすると、もう心臓ドキドキ(アホですどうせ)

    だけど何か異様に人が少なくて
    係員が「すみません、前の方に座って下さい」
    ・・・うわあああ、前に座らされちゃったよ。
    (しまった、化粧してくれば良かった・・・(自爆))

    天気が悪かったのと
    リング通り閉鎖の交通渋滞で遅れてくる人が多くて
    (チェリストも遅れて来た)
    結局は30人くらいは来て、そこそこ盛況にはなったけど。

    プレトークの内容には言及しない。
    司会があまりにちょっと酷過ぎて(以下省略)

    さて、最初はオーストリアの作曲家の作品。
    グラーツ生まれ、ケルンテン育ち
    ウィーンの音楽大学でオルガンと作曲を専攻し
    パリでブーレーズともコンタクトして
    ウィーンのヴォティーフ教会のオルガニストだそうだ。

    午後に暑苦しいロマン派作品を聴いた後
    アルディッティ弦楽四重奏団が何を弾くかワクワク。

    ピアニッシモのフラジョレット・・・
    ずっとピアニッシモのフラジョレット・・・
    音らしきモノは聴こえて来ずに
    ずっと掠れた音が小さな音量で聴こえてくるだけ

    なんだけど

    何か大自然の真ん中に立って
    ついでに目の前にはエジプトの大きなスフィンクスとか居て
    風と砂が周辺でダンスしているイメージ。

    ほんの時たま入る「音」が
    灰色の世界に、微かな色彩を運んで来て
    何とも心が落ち着くというか

    まるで能の世界か
    瞑想の世界か
    ミニマムな掠れ音の中に世界が見えるというか
    妄想の余地120%!!というワタシ好みの音響(のみ)の曲。

    途中でプレイヤーがボウを振るというシーンもあり
    ボウで切られた空気の音が入って来たりする。

    しかしこういう曲はライブでないと聴けないわ。
    これ CD にしたら
    ラッヘンマンと同じで、ただの雑音だわよ(笑)

    次の曲もオーストリア初演で
    フランスの作曲家、フィリップ・マヌリの作品。

    でこれはまた、如何にも弦楽四重奏の曲 ♡
    激しい部分と、優しい部分が混在して
    現代音楽とは言っても、割に伝統的な響きで

    しかも時々、何かイタズラ心があって
    めったやたらと可笑しい(何故かは聞かないでクダサイ)
    これも聴き手の妄想喚起力を充分に刺激する曲。

    こういうのは CD で聴いても聴き応えがありそう。

    幕間の後は
    もう一度、クリスティアン・オフェンバウアーの曲。
    これもフラジョレットばかりなのだが
    この人の曲、何故かメトロノーム的なテンポが聴こえて面白い。

    最後がデュフールの初演曲。
    チェコのクロムニェジージュ美術館に所蔵されている
    皮を剥がれるマルシュアスという大きな絵画から
    インスピレーションを得た作品だそうだ。

    ただ、デュフール自身がプレトークで
    内容を音楽にした、というより
    その雰囲気を音楽に取り込んだ、という事らしいので
    皮を剥がれるとか、そういう具体的なイメージには直結しない。

    というより
    何と言う色彩感 😵
    目眩くような音の色の洪水。

    もう何か、フラジョレットの曲と格が違うというか
    (すみません、これは音楽様式が違うからどうしようもない)
    さすがスペクトル楽派、と唸るような
    オーバートーンを知り尽くした作曲技法にクラクラくる。

    読者ご存知の通り
    私はオーケストラの多彩な音が好きなので
    室内楽は滅多に行かないのだが
    4人の弦だけで出してしまう
    このオーケストラにも負けない色彩感覚って

    う〜ん、スゴイわアルディッティ・クワルテット。
    もともと、現代音楽にハマるきっかけになったのが
    このアンサンブルだったのだが
    今聴いても、やっぱりスゴイ。

    ちょっとこのティツィアーノ観に
    クロムニェジージュまでドライブしたくなったぞ。
    (そんなに遠くはない。
     チェリストは、わざわざ観に行ったとプレトークで言っていた)

    スペクトル楽派の音楽って
    ジェラール・グリゼーもトリスタン・ミュライユも大好きだし
    ともかく、あの音響「だけ」の光の渦って
    逆らい難く魅力的。

    こういうコンサートに来ているのは
    鉄壁の現代音楽オタクだけ・・・の筈なのだが
    ただ、関係者の家族(の子供)とかいう観客も居て
    演奏中に席を何回も何回も動かれて
    その度に起こる微かな雑音だけが気になったけれど

    そういう子供たちが
    もしかしたら大人になったら
    作曲家とか演奏家になるかもしれないので

    あんまり怒らずニコニコ生きよう(笑)と
    そこそこ良い気分で
    満足して会場を出て来た私に
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    クラング・フォールム + エミリオ・ポマリコ

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      Semperdepot 2016年11月29日 20時〜22時20分

      Klangforum Wien
      指揮 Emilio Pomàrico
      ソプラノ Claron McFadden
      クラリネット Olivier Vivarès
      コントラバス Uli Fussenegger
      バイオリン Gunde Jäch-Micko

      Hans Zender (*1936)
       LO-SHU I für 1-3 Flöten, 1-3 Violoncelli und 1-3 Schlagzeuger (1977)

      Giacinto Scelsi (1905-1988)
       Anahit. Lyrisches Poem über den Namen der Venus
        für Violine und achtzehn Instrumente

      Hans Zender
       4 Enso (LO-SHU VII) für 2 Instrumentengruppen (1997) オーストリア初演

      Klaus Huber (*1924)
       Ein Hauch von Unzeit VII (1972)
        (Fassung für Kontrabass von Fernando Grillo, 1989)

      Hans Zender
       FŪRIN NO KYŌ für Sopran und Ensemble mit Solo-Klarinette (1988-1989)

      ウィーン・モデルン現代音楽祭も終わりに近づき
      今年80歳になる作曲家、ハンス・ツェンダーの特集を
      クラングフォールムがシリーズで(ゲネプロ公開を含む)やっているのだが
      日中(公開ゲネプロ)は仕事だし
      夜はウワキを繰り返していたし(えっへっへ)
      結局、最後の公演だけ、何とか時間を作って行った。

      ウィーン・モデルンのプログラムのウエブを見たら
      最後の曲が

      FURIN NO KYO

      となっていて
      しかも、ブライトコップフで出版している楽譜にも
      Furin no kyo と書いてある (→ 証拠

      いや、ハンス・ツェンダーが日本の伝統文化のファンなのは知っているが
      フリンのキョ、というのは・・・う〜ん・・・(悩)

      と思ってウィーン・モデルンのプログラムを見たら
      Uの上とOの上に傍線があった。

      あ、フリンじゃなくてフーリン・・・

      「キョ」の謎は
      ツェンダーの他の作品で、無字の経というのがあるので
      風鈴の経???

      で、コンサートの後
      当該の作品を聴いてみた後も
      全然わからないのだが

      「風鈴」ではなくて仏教の「風輪」の方なんだろうな、きっと。
      勝手に納得しているが
      全く知らずにフリンのキョと思って聴いたとしても
      あまり印象は変わらなかったかもしれない。
      (すみません感受性ゼロで(汗))

      ツェンダーに関しては
      シューベルトの冬の旅の現代音楽改訂版が有名で
      実はワタシ、あまりこれが好きじゃなくて
      (あのシューベルトを弄るな!というのがあって)
      今まで、ツェンダーの作品をじっくり聴いた事がなかったのだが

      最初の LO-SHU でひっくり返った。
      この LO-SHU は儒教の河図洛書の事だろう。
      十数図とか九数図とか、面倒な数字などがあるようだが
      (で、きっとツェンダーはその思想を曲の中に取り込んでいるのだろうが)

      そんな事を考えなくても
      楽器の奏でる、重ならない音の散らばり具合が
      音響オタクのハートにガンガン響いてくる ♡

      ちょっとシャリーノ風味かも。

      あらやだ、これ好き ☺️

      指揮者のポメリコが、また全身全霊で指揮してるし
      (私、この指揮者のファンなんです ♡)
      静かなホールに響き渡るフラグメントが魅力的。
      色々な楽器のグループが、それぞれに音を奏でて
      途中でプレイヤーたちが歌いながら演奏する楽章もある。

      こういう音楽だったら、CD で聴いても素敵だわ、きっと。
      (で探したのだが、まだ見つかっていない)

      音響オタクなら泣いて喜ぶジャチント・シェルシの曲。
      だって私、何が好きかと言って
      いわゆる現代音楽に関して最もハートに直撃するのが
      スペクトル楽派なので、そのモトになったシェルシは大好物(笑)

      この曲も、実に不思議な曲で
      もちろん1音に集中して、そこからの倍音という技法だが
      あのね、これ、小オーケストラの演奏なのに
      途中から女声コーラスが聴こえるんです。

      あれ?おかしいなぁ。
      ツェンダーの曲みたいにプレイヤーが歌ってる?と錯覚するが
      実は音(特に木管)の重なりで
      人間の声にむちゃくちゃ近い倍音を作っている。

      うわあああああ、こういう音響のお遊び、大好き。
      (作曲家にはお遊びじゃないだろうが・・・)
      悶絶してしまう。ううう、来て良かった。

      後半のツェンダーの曲は
      舞台上の編成と、奥の楽屋のドアを開けたところから
      それぞれに響き合う曲で
      左右の耳がそれぞれのオーケストラ・グループに反応して
      これもドキドキの曲。

      クラウス・フーバーの曲は
      トナールのフラグメントに特殊奏法をぶち込んだ感じ。
      たぶん、フーバーの事だから
      複雑なリズム処理をしているのだろうが
      ド・シロートにはわからないから(すみません)
      楽しくコントラバスの特殊奏法の音響を満喫させてもらう。

      最後のフリン、じゃなかった風鈴か風輪か
      はたまた楓林の経は

      ソプラノのマクファーレンが凄い。
      この人、以前のコンサートでも
      その音感の良さと、声の自由自在な使い方にビックリしたが
      今回もテキスト、歌声、地声その他
      声の展覧会みたいな印象。

      いや〜、青春時代に
      キャシー・バーベリアンで吹っ飛んでいた頃が懐かしい。
      今や、現代音楽の歌手は、バーベリアン以上の技能を
      当たり前に要求される時代になって来たのか、う〜ん。

      途中でドイツ語の(哲学的な)テキストも出て来たし
      言語のフラグメント的なものを活用して
      風鈴・・・ではなかったようだが(笑・印象として全く違う)
      フリンと思って聴けば
      まぁ、そういう解釈も可能かも(こらっ!)

      現代音楽の難しい理論は色々とあるだろうが
      ド・シロートの観客に取っては
      奏者がどんな難しい事をやっていても
      作曲家がどんな複雑な楽譜を書いても
      出てくる音そのものがすべて(極論)

      いや、本当は頭で聴く音楽と言うのもある筈だから
      私の聴き方は邪道なのかもしれないけれど

      邪道だろうがフリンだろうが
      聴いて楽しければそれで良いんだもんね
      ・・・・と
      おバカな開き直りをしている私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      ここまで偉そうな事を書いていて
      今さら恥ずかしいんだけど(今さら何を)
      コンサートの間、たぶん、ずっと寝てました(自爆)

      いや、ちゃんと頭では音楽は聴いていたんだけど(言い訳)
      宇宙空間の中に浮かびながら白昼夢の世界に揺蕩っていたという
      実はむちゃくちゃ幸せな状態(わっはっは)
      イビキはかいてません。ご心配なく(笑)

      フェイス + ジョゼフ・トラフトン

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        Wiener Konzerthaus Berio Saal 2016年11月22日 19時30分〜21時15分

        PHACE / ASSONANCE Solo & Ensemble

        Michael Jarrell (*1958)
          Verästelungen (Assonance Ic) für Ensemble オーストリア初演
        Wolfram Schrig (*1967)
          konzert für violine und 19 instrumente (2014-16) 初演
        Patrick Frank (*1975)
          Siegel und Idee (2016) 初演

        アンサンブル PHACE
        バイオリン Ivana Pristašvá
        語り手 Susanne Abelein, Patrick Frank
        指揮 Joseph Trafton

        現代音楽専門集団フェイスは
        コンツェルトハウスでのチクルスも持っていて
        実はこれがなかなか面白いのだが
        私のカレンダーは目一杯であまり行けない(涙)

        ウィーン・モデルンの一環としての
        フェイスのチクルス1回目のコンサート。
        場所はコンツェルトハウス地下にあるベリオ・ホール。
        自由席で整理券は出たけれど(ゲネラル・パス持ってるので)
        もろに目一杯に客が入っている。スゴイ(笑)

        初演作品ばかりズラッと並んだコンサートで
        最初に全体の印象を書いてしまえば

        パロディ

        というより、何かむちゃくちゃオカシイ。

        すみません、作曲家もプレイヤーたちも
        至極マジメに演奏しているんだけど
        なんだか、むちゃくちゃオカシイのである。

        最初はスイスの大御所、ミカエル・ジャレルの曲。
        (ミカエル・ジャレルのウィキの項目は ここ

        題名の Verästelungen というのは
        たぶん枝分かれの事だと思う。
        枝分かれと何かの関係はあるのだと思うのだが
        ド・シロウトで音楽関係全然わからない私には不明。

        音楽的には
        大音響の部分のエネルギッシュなところを除けば
        まるで印象派のような洗練された音響で
        意外や意外に曲のラインがキレイで楽しめる。

        ジャレルの作品は一部
        ご本人のサイトで聴ける。

        12月11日11時からのコンツェルトハウスのコンサートで
        ウィーン交響楽団とメッツマッハーが
        この作曲家のオーストリア初演曲を取り上げる予定で
        これは楽しみ ♡

        さて、ヴォルフラム・シュリッヒと読むのか(ドイツ語読み)
        シュリック(オーストリア訛り)と読むのか
        ちょっとわからないフォーアアールベルク出身の作曲家の
        バイオリン協奏曲だが

        わ〜っはっはっはっは(すみません)
        これぞ協奏曲のパロディ(にしか聴こえない)

        バイオリンのソロは
        昔の巨匠のごとくの、立派で伝統的(に聴こえる)メロディを
        力強く、エネルギッシュに
        ガリガリガリガリ弾いている。
        ほとんど弾きっぱなしである(笑)

        そこに絡まる19人のオーケストラ・メンバーは
        それぞれが好き勝手に勝手なソロの演奏をしている
        (としか聴こえない(笑))

        バリバリのヴィルトゥオーソ的バイオリン・ソロと
        勝手に演奏する19人のオーケストラが
        チグハグで、もう面白いったらありゃしない。

        これ、バイオリン協奏曲のパロディですよね?(違うかも)
        しかも19人がバイオリニストをシカトしている(爆笑)

        作曲家は絶対に別の事を意図しているのだろうが
        ものすごい技巧で素晴らしい音色を出している
        フェースのコンツェルト・ミストレスのソロが素晴らしく
        それをシカトする19人のオーケストラのフラグメントが
        また面白くて、これ、ものすごく楽しいです ♡

        さて幕間の後の最後の曲。
        リオ・デ・ジャネイロ生まれ、チューリヒ在住の作曲家の曲。

        最初は普通に現代音楽を演奏していたのだが
        突然、音楽が途切れると
        作曲家自身の声で、語りが入る。

        しかも

          音楽は終わった
          世界は終わった
          神は終わった

        はあ?

          神はその座を理性に譲り
          世俗化によって
          証人保護プログラムの対象になり

        ・・・って言ってる事がよくわからんのだが
        いや、ドイツ語は理解できてる・・・と思うんだけど(汗)

        ツァラトストラはかく語りき、の現代版かな?(笑)

        で、語りの途中で
        また少しアンサンブルの音楽が入る。
        時々、語っているのに平行して
        ピアノのシューベルトかな、みたいなメロディが奏でられる。

        今年のウィーン・モデルンは
        最終的な疑問、というのがテーマになっていて

          我々はどこから来たのか
          何処に行くのか
          我々は何なのか

        みたいな、哲学だか何だかわからない事になっているのだが

        その疑問に対する一種の答えをひねり出そうとしたのかも。

          文化は神の世俗化によって
          演劇や音楽という動物園になった

        まぁ、わからないワケではない。
        仏教の影響を受けている日本人には
        人間=動物であって
        キリスト教のように
        人間が動物の上にいる、とか考えないからな。

        あまり理論的に整ってはいない
        (哲学の引用もカントとか出てはくるけれど)
        論文ではなく(アーギュメントが弱いです)
        かと言って、文学でも詩でもない散文的なテキストに
        時々、音楽が入る。

        途中で出ていったご老人とか何人か居たけど
        まだカトリックが幅を利かせているこの国で
        あれだけ「神」の存在を茶化してしまうとね(笑)

        政治についても
        リベラルとか、左派とか右派の言及があったけれど
        これはかなり危ないテーマなので
        テーマの中心と主張をぼかしていたのは当たり前か。

        いやはや、これ、一人演劇ですか(ため息)

        演劇になるような完成度も
        論文になるような論理性も
        詩になるようなドイツ語の美学もなかったけれど

        あそこまでハチャメチャだと
        次に何言い出すんだろう、この人は・・・

        という興味だけで聞いちゃう(笑)
        それが作曲家の意図だったりして(ないない)

        全部で30分ほどの時間のうち
        半分以上がテキスト+ちょっと雑音 という感じだったので
        ドイツ語わからないと退屈だっただろうとは思うけれど
        ついつい、話のハチャメチャに釣られたわ。

        現代音楽って、正にジョーク。
        いや、マジメに現代音楽やってる人には申し訳ないけれど
        ともかく、ハチャメチャで面白いコンサートだった。

        フェイスは、こういうヘンな(面白い)上演を数多くやっていて
        ウエブ・サイトのビデオには
        いくつも笑えるビデオ・クリップがある。
        ご興味ある方は、どうぞご覧下さい。

        最初のビデオなんか
        ダンス・グループのリクイッド・ロフトとの共同作品で
        かなり笑えます。
        (というか途中で観客も笑ってるじゃん)

        難しいとか取っ付き難いと思われている現代音楽だが
        パロディかジョークと思って聴けば
        ものすごく面白い事もある、と
        (マジメに作曲したり演奏したりしている人には申し訳ないが)
        改めて確信してしまった私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        途中でお化け登場、のような妄想も出来る部分もあって
        なかなかスリリングでもありました(爆笑)

        Excuse my dust 2 Solistenensemble Kleidoskop

        0
          Odeon 2016年11月14日 19時30分〜20時50分

          Excuse my dust 2
          Solistenensemble Kaleidoskop
          バイオリン Anna Faber, Mari Sawada
          ビオラ Grégoire Simon, Yodfat Miron
          チェロ Tilman Kanitz, Boram Lie
          照明インスタレーション Elena Nabutaitė, Gintaras Didžiapetris

          Franz Schubert : Streichquartett C-Dur D 956 IV. Allegretto
          Mark Andre : E für Violoncello solo (2012)
          Helmut Lachenmann : Tottacia. Studie für Violine allein (1986)
          Iannix Xenakis : Ittidra für Streichquartett (1996)
          Franz Schubert : Streichquintett C-Dur D 956 (1828)
          III. Scherzo : Presto ; Trio : Andante Sostenuto
          Georg Friedrich Haas : de terrae fine für Violine solo (2001)
          Franz Schubert : Streichquintett C-Dur D 956 (1828)
          I. Allegro ma non troppo
          Franz Schubert : Streichquintett C-Dur D 956 (1828) II. Adagio
          Anton Webern : Sechs Bagatellen für Streichquartett op. 9 (1911-1913)

          現代音楽祭だから
          玉石混合で、まぁ、色々とあるけれど

          これは完全に時間の無駄(すみません)

          好みだから、こればかりは仕方ないと思う。
          絶賛する人もいると思う。

          オデオンはイム・プルス・タンツの会場として良く知っているが
          出掛けてみたら
          会場のドアの前のロビーのところにプレイヤー用の椅子と譜面があって
          その前には金属のプレートにゴミ?が乗っていて

          このロビーにはほとんど椅子がない上
          本来座れるはずのベンチの上には、ガラクタが積み上げてあって

          ええええええっ・・・
          もしかしたら、75分(とプログラムに記載あり)
          ずっと立って聴くの? うわ〜、耐えられない(汗)

          ピラピラの衣装でプレイヤーが登場。
          (女性の美しいおみ足が透けて見える)
          シューベルトらしきものを演奏し始めた・・・と思ったら

          ロビーに備え付けられた四方のスピーカーから
          鐘のような、弦楽のクラスターのような
          神経に障る大音響の雑音が・・・

          雑音に掻き消されて
          弦楽の音なんか、ほとんど、いや、全く聴こえません(怒)

          ホワイト・ノイズを背景にしながら
          クラシックを聴かせて現代音楽、というコンセプトなら
          それはそれで、音響構築さえしっかりしていれば構わないが
          これ、音量から言っても、全く理性的な構築してないじゃん。

          と思ったら、ホールのドアが開き
          あああああ、や〜っとや〜っと座れる。

          プレイヤーが中に立ってるけれど
          ああああ、またもや照明が客席に向けてある。
          (いつぞやはモダン・ダンスでこれを1時間以上やられた)

          外の大音響雑音は続いていて
          (しかも強弱もリズムもなく、ただの大音響)
          その中でバイオリンのソロが
          何かピチカートみたいなものをしていて
          その横でチェロ奏者が
          ボウを動かしている(音は出ない)ような
          ピチカート(音は出ない)しているような

          う〜ん・・・(悩)

          マーク・アンドレのチェロのソロだと思うんだけど
          やっと外の雑音が収まって
          聴こえない音に異様に拘るマーク・アンドレだけになったけど

          さすがに聴こえない音に拘る作曲家なので
          何も聴こえて来ない。

          いや、時々、微かに聴こえて来る事もあるけど
          しかし、ド・シロートの見地から言ってしまえば
          弦楽器の基礎も何もない
          子供が適当に弓弾いて、何かわからない音を出しているのと
          いったい何処が違うの?

          しかもチェリスト、弓を弦のところじゃなくて
          チェロのピンのところで引いてるんですけど
          (もちろん、何の音もしません)

          ラッヘンマンのバイオリン・ソロは既に記憶に残っていない。
          まぁ、ラッヘンマンは雑音の人なので
          雑音だったのだろう(すみませんね記憶力なくて)

          クセナキスはやっとちょっと現代音楽らしく響いた。

          で、この舞台、ただ演奏するだけじゃなくて
          演奏と演奏の間に
          何故か舞台(というよりは床)の照明が変わって
          その間にプレイヤーたちが
          ゆっくりとゆっくりとゆっくりと移動したり
          何か、ワケのわからん演出?らしきモノがある。

          ・・・けど、全然面白くない。
          というより、そういう演出をする事によって
          観客に何を伝えたいかが、全くわからん。

          芸術家の自己満足にしか見えない。

          はいはい、私はプリミティブでゲイジュツを解しませんから
          お偉いインテリジェンス溢れる難しい芸術の意図はわかりません。

          で、このプログラム、途中にフラグメントのように
          シューベルトの室内楽曲が演奏されるのだが

          ええ、きっと意図的にそういう風に演奏しているんだろう
          とは思うんだけど

          ヘタクソ

          ボウは不安定だし
          音楽的に見る、いや聴くべきところは何もないし

          じゃぁ、現代音楽に繋がるような発見があるかと言えば何もなく
          中途半端で
          現代音楽のど真ん中にウィーン・クラシックを入れた事に
          何の意味があるのか、さ〜っぱりわからない。

          もし、このシューベルトが素晴らしければ
          それはそれで、おお、とか感激した可能性はあるけれど

          はい、プレイヤーの方、怒らないで下さいね。
          以前、知り合いの音大の教授が
          出来の悪い学生が、クラシックが演奏できなくて
          現代音楽に走った、とボソッと呟いた事があるが
          (以下省略)

          この演目はちゃんと演出家とかがいるようで
          その意味においてはプレイヤーが一方的に悪いとは言えないが

          しかし、これ、どうやって見ても
          ただの芸術家気取りのインテリを称する方々の
          自己満足のお遊びでしょ?

          いつもしつこく書いている通り
          これは私のあくまでも個人的な印象記であって
          ちゃんとそれなりの金額を
          自分の安い給料から払って行っているので
          何を書いてもワタクシの勝手だし
          個人的意見なので

          全く違う観点から
          こういうパーフォーマンスを高く評価する人が居ても良い。

          だいたいこういう主観的なものに関しては
          100人いたら、100人の違う意見があっても良いし
          また、そうあるべきでもある。

          しかしまぁ、ワタクシ的好みからすると
          久し振りに観客無視の
          徹底的に自己満足のパーフォーマンスを聴いて
          あぁ、これで現代音楽って嫌われるのね・・・とか
          ストンと納得してしまった時間ではあった。

          芸術家が一般大衆におもねるのはダメ、という意見もあるから
          それはそれで、孤高の芸術をどうぞ目指して下さいませ。

          これだけ娯楽の溢れる現代社会にあって
          決して安くはないコンサートに
          わざわざ手間と資金と時間を割いて行っているんだから
          少なくとも何かの手応えは欲しかったなぁ、と
          非常に残念に思っている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          クラングフォールム ジャック・クワルテット

          0
            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年11月12日 19時30分〜22時20分

            Klangforum Wien
            クラリネット Olivier Vivarès, Bernhar Zachhuber
            ファゴット・コントラファゴット Lorelei Dowling
            サクソフォン Gerald Preinfalk
            トロンボーン Mikael Rudolfsson
            バイオリン Gunde Jäch-Micko
            ビオラ Rafal Zalech
            チェロ Andreas Lindenbaum, Benedikt Leitner, Myriam Garcia
            コントラバス Uli Fussenegger, Nikolas Feining
            アコーディオン Krassimir Sterev
            パーカッション Lukas Schiske
            音響 Peter Böhm

            語り手 Mollena Lee Williams-Haas
            指揮 Bas Wiegers

            JACK Quartet
            バイオリン Christopher Otto, Austin Williman
            ビオラ John Pickford Richards
            チェロ Kevin McFarland

            George Friedrich Haas (*1953)
              Hyena (2015-2016) 初演
              9. Streichquartett (2016) 初演

            オーストリアの作曲家ゲオルク・フリードリヒ・ハースは
            以前から4分の1音の巧みな使い手として有名で
            かなり前からずっと聴いている。

            え〜っと、ちょっと個人的な事を言ってしまえば
            この作曲家、昔は教え子を奥さんにしていたのだが
            いつの間にか奥さんがアフリカ系アメリカ人になっていた。

            今回は、その奥さまが語り手になって
            約45分の演劇? お話? そんなような作品。
            もちろんマイク使って英語で
            内容は
            自分がアルコール中毒だった時の事を色々と・・・

            私小説かよ・・・(絶句)

            しかもまぁ、誰もアルコール中毒か、と聞いてくれなかったとか
            退院した時に誰も迎えに来てくれず、ひとりぼっちだったとか
            アルコールの代わりに糖分を取るのが止められなかったとか
            (たしかに立派なご体格である)

            これってアルコール中毒の人たちの自助会ですか(ため息)
            申し訳ないけれど
            お涙頂戴の自分語りを聞かされても
            何となくシラケるんですが。

            音楽も劇伴に徹していて
            まぁ、それはそれでセリフの邪魔にならない劇伴で
            喋りだけだったら退屈至極のところを
            多少なりともドラマチックに盛り上げてはいるんだけど

            終わって出て来た作曲家が
            泣きながら奥さんに抱きついてる様って
            60過ぎの男性が公の場でする事とは思えない(すみません、偏見で)
            (ついでに、それからも何処に行くにもずっと手を繋いでた。
             年配のこういうベタベタは微笑ましいとも言えるが
             草食系日本人としては、何とも恥ずかしい)

            しかもプログラムに出ている写真
            全部が全部、奥さんとべ〜ったりくっついている写真ばかり(笑)

            まぁでも人間、心理学的に言うと
            忌々しいと言うのは
            自分が無意識的にやりたいから羨ましがってるだけ

            ・・・という真実もあるから
            本当は私だって、アラカンでも
            手を繋いでベタベタしたいのかもしれない。
            (とは考えてみたが、やっぱりヤダ。
             しかもあれだけベタベタだと、いつも一緒に、みたいな感じだろうし
             それはもっとイヤ)

            プログラムには、後半は会場は真っ暗になる、と書いてあったが
            その前に担当者が出て来て

              ブルク劇場での火災の後
              本当に真っ暗にするのは火災防止上、禁止になったが
              できるだけ暗くするので
              まず1分間だけやってみる。

              そこで不安になったりパニックになりそうな人は
              退場して大丈夫です。
              また、演奏中に本当にどうしても出て行かなければならない場合は
              あ、でも本当にやむを得ない時だけ
              出口の係員に言って下さい

            云々を、延々と繰り返し

            更に、では試しに1分、と照明を落としたら
            バルコンの柱のところの照明がどうしても落ちず
            またもや、やり直し、という

            え〜い、オーストリアの段取りの悪さって
            何とかならんのかっ!!!(怒)

            そんなもん、午後のリハーサルの時に
            照明のチェックくらい出来るだろうが!!!!
            何もやらずに出たとこ勝負かよ(呆)

            係員がバタバタ走り回って
            やっと何とか
            上の方の小さなスポットが3つくらい残る状態までこぎ着けた。

            それまでに約20分の時間をロスト(唖然)

            実はハースの弦楽四重奏曲の
            暗闇上演は、私は今回が3回目の経験になる。

            大昔の最初の上演は
            コンツェルトハウスの出来たばかりの地下のホールで
            これは見事に真っ暗闇にして
            ホールの四隅に弦楽プレイヤーが陣取って
            なかなか素晴らしい体験になった。
            (終わったら、う〜ん、とか声出して欠伸した人が居て笑った)

            次の時には
            既に火災防止法が出来て居たのだと思うが
            非常口の照明が、隠してはいたが、モロに見えて
            全然真っ暗じゃなくて
            全体がうっすらと見えてしまう、という居たたまれない状態。

            で、今回は多少のスポットは残ったものの
            手元を見ると、一応、手は見えないから良しとしよう。

            さて、リヒャルト・ワーグナーという作曲家は
            自分の楽劇を聴け、とばかりに
            途中退場できない劇場を建設してしまった訳だが

            ハースは、音楽を聴かせるために照明を落とす。

            プレイヤーも見えないし、プログラムも読めないし
            周囲の観客が何してるかもわからないし
            バッグの中身をゴソゴソする事もできず

            何も出来ない状態で
            弦楽四重奏曲を聴け、という
            これはワーグナーに勝る「ほら聴け聴け」だと思う(笑)

            でも実は私、この方式、好き ♡
            (いつも音楽聴きながら寝るから(自爆))

            多少のスポットはあるから
            さすがに目を瞑っても明けても同じ、というところまでは行かないが
            暗闇の中に響いてくる弦楽の音って、かなり神秘的。

            で、ハースの弦楽四重奏曲って
            ワタクシ好みに、かなり近い。

            時々、思いがけない美しい音響が鳴り響いてハッとするし
            オーケストラと違って
            どんなにフォルティッシモになっても
            ビックリ驚いて椅子からずり落ちると言うのもないし

            真っ暗闇で音楽を聴いていると
            音楽に集中すると同時に
            自分の感覚が日常からかけ離れて来て
            時間の感覚が全く変わってしまう。

            起きているのだか寝ているのだかわからない
            白昼夢の状態って、実は好き ♡

            こういうコンサートやると
            場合によっては、時々イビキが聞こえてくる事があるが
            現代音楽クラは、多少の咳はあったけれど
            今回は見事にイビキも終わった後の欠伸もなし。
            (拍手のフライイングが一人だけ居た)

            全体で43分ほどの演奏だが
            プレイヤーは全部頭の中に楽譜を入れて
            しかも、プレイヤー同士の合図も何も出来ないので
            これは大変だったと思うのだが
            実に見事な演奏だった。素晴らしい(絶賛)

            まぁ、あの曲を聴いてしまうと
            60歳過ぎて、奥さまにベッタリというのも
            何か、もうどうでも良い(笑)

            今年のウィーン・モデルン現代音楽祭のテーマは
            書いた通り
            我々はどこから来たか
            何処に行くのか
            我々はいったい何なのか
            という、ワケのわからん哲学的なものなのだが

            今日のアルコール中毒の話とかを45分にわたって聞いていて
            そういう哲学的な質問をするヨーロッパの哲学は
            あまりに「人間」というものに対して
            僕ら、動物とは違うもんね、という
            奢った認識感覚が強いんじゃないかなぁ、と
            つくづく思った。

            哲学・神学に学生時代にハマりまくって
            最後は、ニセ神道になった私は
            人間は動物の一種、自然の一部としか思えないので
            人生に意味があるなんて
            全く考えてません(すみません)

            人生に意味や意義を見つけたい人は
            自分で見つけたら良い(と思う)
            私は全く意味も意義も見つからなくて
            それで満足なので(超自己中)
            それはある意味、非常に幸福。

            こういう事を書いちゃうと
            反感を持つ方も多いとは思いますが
            個人の勝手なブログなので許してやって下さい。

            お許しいただけたのであれば
            ついでに1クリックもぜひお願いします。
            (現代音楽の時は順位がガタッと・・・(涙)
             確かに CD で聴くようなものじゃないけれど
             現代音楽、冗談として聴くとむちゃ面白いですよ・・・)


            アルディッティ弦楽四重奏団&クラング・フォールム

            0
              Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2016年11月8日 19時30分〜23時

              Arditti Quartet
              Klangforum Wien
              指揮 Bas Wiegers
              ソプラノ Claron McFadden

              Harrison Birtwistle (*1934)
                The Silk House Sequences (2015) オーストリア初演
                Pulse Shadows
                 9 Settings of Celan interleaved with 9 Movements for String Quartett
                   (1989-1996)
                String Quartet : The Tree of Strings (2007)

              いや〜、長いコンサートだった。
              今年82歳になるイギリスの作曲家
              ハリソン・バートウィッスルを会場に迎えてのプログラム。

              現代音楽と言えば、この音楽家たちは欠かせない
              アルディッティ弦楽四重奏団と
              クラングフォールムの演奏。

              最初はアルディッティ弦楽四重奏団。

              バートウィッスルの曲は
              確かに現代音楽で無調なのだが
              テーマとその展開が見えて
              無理な不協和音や不自然に響く4分の1音とかを使っていないので
              不思議な事に、聴いていても無理がなくて
              雑音系ではなく、本当に「音楽」に聴こえてくる。

              休憩中に
              このウィーン・モデルンを創始したロター・クネッスルの
              小さな展示会の簡単なガイディングに参加。

              ウィーン・モデルンがクラウディオ・アバドによって
              1988年に開始した時の新聞の写真があって
              うわ〜、アンギャンが若い、アバドが若い。
              (ううう、私も当時は若かった。
               もっともオーストリアに来てから10年以上
               コンサートなんか行く暇もなくひたすら仕事していた時期だ)

              休憩の後は、大曲の Pulse Shadows
              これは弦楽四重奏の曲と
              クラング・フォーラムのメンバー
              オーボエ2名(かオーボエとクラリネット・・・シロウトなので(汗))
              ビオラにチェロとコントラバスに加えて
              ソプラノが1名の曲が交互に演奏されて
              演奏時間が1時間を優に越える曲。

              こういう大曲がナマで聴けちゃうというのが
              ウィーン・モデルン音楽祭の良いところ ♡

              このソプラノ歌手、クラロン・マクファデンが凄かった。
              オフィシャル・サイトは こちら (音が出ます)

              完璧な絶対音感の持ち主で
              澄んだチャーミングな声から
              迫力たっぷりの渋い話し声まで自由自在に駆使して
              様々な言語を使い分け
              ディクションはクリアだし、素晴らしい。

              長い曲なのに
              弦楽四重奏とソプラノに室内楽
              曲想も全部違って、退屈しない驚くべき曲。

              (かと言って、別に CD 買ってまで聴こうとは思わないが(笑))

              休憩時間中に
              御大ハリソン・バートウィッスルが舞台に上がり
              インタービューの時間(英語)

              うははは、クリエーターってやっぱり違うわ。
              「貴方の音楽が変わって来たと言われる事については?」
              と聞かれて
              「私は変わっていない。音楽が勝手に変わって行く。
               音楽に対してコントロールはできないだろう」 とか
              「作曲する時に聴衆の事や、演奏する音楽家の事を念頭におきますか?」
              という質問には
              「いや、私は自分の音楽を考えているだけ」とキッパリ。

              まぁ、聴衆の事とか考えているタイプじゃないわ、あの音楽は(爆笑)

              最後の曲について聞かれた作曲家は
              「これは絶対に聴いて欲しい。
               たぶん、現代音楽の中でも最も重要な曲の一つ」(意訳)

              で、最後の曲。
              アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーが
              舞台の真ん中に椅子4つ
              舞台の端に椅子4つ

              あっ、この配置、見た事がある。

              と思ったら
              うわわわわ、この曲、私、聴いた事ある!!!!

              現代音楽を集中的に聴き始めた頃の
              最初のアルディッティ弦楽四重奏団のコンサートの
              最後の曲だよ、これ。

              テーマの展開があって
              現代音楽なのに、あくまでも「音楽」として響いて
              最後にプレイヤーたちが離れて座って
              一人去り、二人去り、アルディッティ氏も去って
              残ったチェロがピチカートとボウの音のフラグメントを
              何回か続けて演奏する
              すごく印象的な曲 ♡

              作曲されたのが2007年という事は
              2008年あたりに聴いてる筈
              (2008年8月以前の記録はすべて消失(涙))
              と思って探したら

              あった、あった、ありました! ここ
              (自分用メモなので読まなくても大丈夫です(汗))

              あれから8年経ったけれど
              8年分、賢くなったかと言うと
              全然進歩がないなぁ、とつくづく思ってしまう
              アホな私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              11月は現代音楽だけかよ、ちっ、と思っている読者の方々
              明日はウワキの日です(笑) お楽しみに。

              oenm. österreichisches ensemble für neue musik

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                日曜日のダブルヘッダー
                時系列に読みたい方
                現代音楽の感想なんか読みたくないわ、という方は
                こちら だけ(笑)どうぞ。

                え〜い、しゃぁない、現代音楽についても読んでやるか、という
                優しい読者の皆さま、下記でかなりスゴイ事を書きましたので
                笑って許してやって下さい。

                Semperdepot 2016年11月6日 18時〜20時40分

                oenm. österreichisches ensemble für neue musik
                バイオリン Ekkehard Windrich
                ビオラ Jutas Jávorka
                チェロ Peter Sigl
                フルート Irmgard Messin
                ホルン Jaehyung Kim
                トロンボーン Kevin Hairbairn
                ピアノ・ハルモニウム Nora Skuta
                パーカッション Arabella Hirner

                Klaus Lang
                  weiße äpfel. für Violine, Viola und Violoncello (2009)
                Mark Andre
                  … zum staub sollst du zurückkehren … für Bassflöte, Klarinette,
                    Violine, Viola, Violoncello, Klavier und Schlagzeug (2004/2005)
                  asche für Bassflöte, Bassklarinette, Viola, Violoncello und Klavier (2004/2005)
                Klaus Lang
                  weiße farben. für Ensemble (2016) 初演

                ドイツ語の名詞は大文字で書き始めるというのは原則だが
                ことゲイジュツの世界となると
                何もかもを小文字で書くというのが流行らしい。

                よって、上記の題名、私はプログラムからそのまま書いているので
                あっ、はっぱがドイツ語間違ってる、とは指摘しないで下さい(笑)

                楽友協会からセンパー・デポに行くのに
                (入り口が変わったので)
                地下鉄2番線で一駅、と考えていたのだが
                地下鉄の待ち時間が4分というのを見て急遽変更。
                そのまま歩いて行って、うはははは、間に合った(汗)

                現代音楽クラにはプログラム見てお分かりの通り
                本日の主旨は

                聴こえない音は音楽か?

                (爆笑)

                クラウス・ラングの曲なんて
                バイオリンやチェロが、ボウを動かしてはいるのだが
                静寂が支配するセンパー・デポの音響空間には
                何も響いて来ない。

                私の席が後ろだったからかな?
                前の人や、弾いているバイオリニストには
                微かな音が聴こえていたんだろうか。
                (それとも私の耳が悪いとか?う〜ん、その可能性はある)

                途中からフラジオレットとは言え
                (ほんの時々微かなピチカートが入る)
                少しは聴こえて来たので良しとしよう。

                聴こえて来ない曲を書く人と言えば
                マーク・アンドレも同じで

                しかもこの人の曲って
                4分の1音どころの騒ぎじゃない音価の揺れがあって
                ド・シロートがスゴイ失礼な事を書いてしまって良いのであれば

                それ、雑音と何処が違うんですか(失礼しました)

                ただ、意外にモチーフがしっかり聴こえて
                各楽器が、ぴったり最後は揃うので
                雑音出しながら、ちゃんとカウントだけしていれば
                何とか演奏できる曲なのかなぁ、などと考えたりして。
                (すみません、所詮はシロウトです)

                でも実は、こういう雑音系の音楽って好きなの♡

                後半のクラウス・ラングの曲は
                場所を変えて、ホールではなく
                塔の方に移動。

                塔の階段の上に置いてある譜面台。
                椅子のある平土間の前にはパーカッション
                ・・・というよりドラと鐘が置いてあって
                音は前のドラと鐘
                上から微かに振ってくる弦楽器と
                聴こえるか聴こえないかくらいのホルンにクラリネット。

                前半のクラウス・ラングに比べれば
                音量は、まぁ、普通に聴こえるくらいはあるけれど
                前のドラと鐘が
                ずっと通奏低音みたいに鳴っていて
                それが雑音っぽくなっていて(以下省略)

                しかし、30分前まで
                残響豊かな楽友教会で
                (センパー・デポだって残響は良いが)
                フルオーケストラで
                元気な大音響の音楽を聴いた後に

                聴こえるか聴こえないかよくわからん現代音楽って(笑)

                まぁ、現代音楽は何でもアリですから。

                ラジオのインタビューに現代作曲家が応えて曰く
                クラシック界はモーツァルトやベートーベンだけだと
                過去の遺産だけで生きているようなものなので
                もっと現代音楽を取り入れていかねば
                みたいな話をしていたけれど

                非常に失礼な言い方になるが
                現代音楽として残るのは
                ビートルズであり、スター・ウォーズであって
                いわゆるアカデミックな現代音楽系が
                モーツァルトやベートーベンの後継者を名乗ると言うのは
                (以下省略、場合によっては炎上しそうな話題だしね(爆笑))

                とは言え
                もしかしてもしかしたら
                100年後、200年後に残っている曲が
                ある可能性も排除できないので

                これからせっせと現代音楽コンサートに通う予定の私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ダヴィッド・アルバーマン & ロルフ・ヒンド

                0
                  Semperdepot 2016年11月5日 16時〜18時20分

                  バイオリン David Alberman
                  ピアノ Rolf Hind

                  Sofia Gubaidulina
                    Toccata-Tromcata für Klavier (1971)
                    Dancer on a tightrope for violin and pianos (1993)
                  Per Nørgåd
                    Achilles and the Trotoise for piano solo (1983)
                  Sofia Gubaidulina
                    Chaconne for piano (1962)
                  Charotte Seither
                    cry for solo violin (2009) オーストリア初演
                  Per Nørgård
                    Stadier for solo piano (2002)
                    The Secret Melody for solo violin (1993)
                  Galia Ustwolskaja
                    Sonata for violin and piano (1952)

                  センパー・デポは
                  ご存知ドレスデンのセンパー・オーパーの建築家の
                  センパーが作った倉庫である。

                  この雰囲気、実はすごく好きなのだが
                  行ってみたら、今までの入り口が閉じられていて
                  建物をぐるっと廻って、後ろから入る事になった。

                  会場も、私の好きな螺旋階段のあるところではなくて
                  その後ろを使っている(まぁ、ここも好きだが雰囲気は違う)

                  バイオリンとピアノの室内楽。
                  現代音楽とは言え、グバイドリーナが中心の
                  比較的「古典」かな(笑)

                  作曲家や作品についての解説は
                  別冊にあるとは思うのだが
                  面倒でまだ読んでない(すみません怠け者で)

                  よって、音楽史的に云々とか
                  技術的に云々とか言う小難しい話は一切抜きにして

                  いや〜、楽しかった ♡

                  特にいたく感激した
                  というよりは、むちゃくちゃ面白く聴いたのが
                  Charlotte Seither という女性作曲家の
                  オーストリア初演のバイオリン・ソロ。

                  端的に言っちゃうと
                  短いモチーフの繰り返しが14分続くだけなんだけど
                  何故か同じモチーフの繰り返しが
                  時々、怒ったり、和んだり
                  ネコの鳴き声に化けたり
                  子供のおねだりになったり

                  語りかけてくるバイオリンが
                  (バイオリニストの表情とか含めて)
                  ほとんど演劇の世界になっていて
                  でも、言葉はなく
                  本当に純粋に音響だけで
                  しかも同じモチーフだけで
                  何と言うか、う〜ん、落語を聞いているような気分。

                  客にウケようとして作曲している訳ではないと思うんだけど
                  巧まざるユーモアがある。
                  ちゃんと聴衆に「聴かせよう」という
                  独りよがりでない意志がはっきりと聞こえてくる。

                  あとの曲は、まぁ現代音楽です(笑)
                  グバイドリーナはあくまでも音楽的で楽しく聴けるから
                  あんまり難しい事を考えなくても
                  頭からクエスチョンマークを撒き散らす事なく聴けるし
                  その他の曲も、かなり古典的で
                  あくまでも音楽で楽しかった。

                  これはプレイヤーによるところも多いな、きっと。
                  とんでもない超絶技巧たっぷりの曲なのだろうが
                  それを微塵も感じさせる事なく
                  プレイヤー自身が好きで楽しくて演奏していて
                  しかも、それが自己満足に留まらず
                  ちゃんと聴衆にもその楽しさを知って欲しいという気概がある(と思う)

                  現代音楽だって「音楽」だから
                  (まぁ「音響」だけというのもあって私はそういうのが好きだが)
                  楽しんで聴くというのが
                  本来の目的の筈だ(たぶん)

                  作曲家の目的から外れた部分で
                  ネコの鳴き声を聞こうが
                  子供のおねだりや癇癪の叫び声を聞こうが
                  それは聴衆の勝手だし(違うかもしれないが)

                  センパー・デポの音響効果は抜群なので
                  これからまだ室内楽のコンサートがあるのが
                  楽しみな私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年11月3日 19時30分〜21時40分

                    WIEN MODERN
                    Eröffnungskonzert
                    ORF Radio-Symphonieorchester Wien
                    指揮 Cornelius Meister
                    トロンボーン Mike Svoboda

                    Krzystof Penderecki
                     Threnos. Den Opfern von Hiroshima
                      für 52 Saiteninstrumente (1960)
                    Georg Friedrich Haas
                     Konzert für Posaune und Orchester (2016) オーストリア初演
                    Jorge E. López
                     IV. Symphonie op. 26 (2013-2016) オーケストラ版初演

                    読者数が激減して
                    人気ブログ・ランキング順位がガタッと下がる
                    現代音楽祭 Wien Modern の開幕。

                    今年からインテンダントが変わった。

                    この「インテンダント」ってどう訳すのか
                    今ひとつよくわからんのだが
                    音楽祭総監督とか音楽祭責任者とか
                    好きな事を何でもして良い、という地位である。

                    (多少の誤解はあるかもしれないが・・・
                     まぁ、責任って言っても
                     現代音楽なんてもともと売れな(以下省略))

                    やりたい放題なので(誤解があるかも)
                    ウエブ・サイトも新しくなって、昨年までとはガラッと変わり
                    プログラムも内容も全く異なる様相。

                    ワタクシ的には、昔のように
                    誰か一人、現代に近い近代の作曲家を重点的に取り上げて
                    現代の作曲家の新作を、別途に発表する方が良かったのだが。
                    (以前はジョン・ケージ全作品とか
                     シュトックハウゼンやクルタークを中心に取り上げて
                     音楽史的にもかなり楽しかったんだけどなぁ)

                    今年のテーマが

                    「最終的な疑問
                     我々はどこから来たのか
                     我々はどこに行くのか
                     我々はいったい何なのか」

                    って、哲学か神学の授業ですか?!
                    (本心 : そんなの音楽でわかりっこないじゃん)

                    そんな文句を言いつつ
                    行きたいコンサートの数を数えて
                    そのチケットを(会員割引も含めて)総計してみたら
                    ゲネラル・パス(ほとんどのコンサートに有効)の方が
                    ちょっとだけ安かったので
                    今年もゲネラル・パスを購入。

                    オープニング・コンサートは
                    いつもの通り、ウィーン放送交響楽団と
                    首席指揮者のコルネリウス・マイスター。

                    毎年、オープニング・コンサートは
                    始めに政治家のありがたいお話があって
                    (ウィーン市や連邦の文化担当官が来る)

                    そのありがたいお話があまりにバカバカしいので
                    いつぞやは
                    国立オペラ座でバレエの前半だけ観て
                    その後コンツェルトハウスに駆けつけたら
                    まだ政治家が話をしていた、なんて言う事もあった。

                    ええ、すみません、前置き長いですけど
                    書く内容が乏しいのでお許し下さいませ。

                    今年はインテンダントが変わってテーマが哲学にはなったものの
                    このありがたい政治家のお話や
                    インテンダントの長々しいご挨拶やら
                    ついでに(以前はやってた)作曲家へのインタビューとかが
                    オープニング・コンサートでやらなくなった!!!!!

                    素晴らしい!!!!!!!!!
                    (スポンサー(=政治家)をないがしろにして良いのか、という心配はあるが)

                    最初からオーケストラが出て来て
                    最初から指揮者が出て来て
                    そのままクシシュトフ・ペンデレツキの
                    広島の犠牲者に捧げる哀歌。

                    プログラムしっかり見ていなかったので
                    そういう曲だと言う事は後で知ったのだが

                    いやなにこれ
                    ペンデレツキの曲って
                    オーケストレーションの厚いボテボテしたイメージがあったのだが
                    ものすごく精密に構築された
                    弦楽のピチカートや特殊奏法を交えた
                    先鋭的で、音響オタクには大好物の曲ではないか!!!

                    広島の犠牲者に捧げる哀歌、という題名は
                    後でつけたものらしい。
                    だって、音楽だけ純粋に聴いているのであれば
                    音楽と言うか、音響というか
                    弦楽器の響きだけで、もう純粋に鳥肌のたつ名曲だよ、これ。

                    こういう物を演奏すると
                    オーストリアでたぶん一番巧いウィーン放送交響楽団と
                    若手で見た目は坊ちゃんか番頭さんかという天才指揮者
                    コルネリウス・マイスターの
                    音響感覚の良さが、絶妙に活きていて素晴らしい。

                    ・・・で感激したのはここまで。

                    次のフリードリヒ・ハースの曲は
                    トロンボーン協奏曲だけど
                    すみません、だから何?(ごめんなさい)

                    お得意の4分の1音も使ってはいるけれど
                    何か昔ほど尖ったところがなくなってしまったような気がする。
                    たぶん、トロンボーンの超絶技巧とかもやっているのだろうが
                    我々聴衆は、どんなに複雑でもスゴイ技法でも
                    聴いているのは端的に言えば「出てくる音」だけなので
                    サーカスやってくれても、その難しさは理解不可能なのだ。

                    すみませんね、無知な聴衆で(開き直り)

                    後半のロペツの交響曲は
                    フルオーケストラで演奏時間約1時間の大曲。

                    ロペツは1955年ハバナ生まれ。
                    1960年にアメリカ合衆国に移住。
                    ニューヨークやシカゴで生活し
                    カールハインツ・シュトックハウゼンやクセナキスの影響を受け
                    1991年からオーストリアのケルンテンで
                    2008年からウィーンで暮らしている(とウィキには書いてあった)

                    この交響曲、何かすごく面白いのは確かで
                    シュトックハウゼン、クセナキスの影響って何処?という感じ。
                    最初から、フラグメントではあるけれど
                    トナールのテーマが出て来て
                    それが展開されて行く時に

                    なんかこれ、聴いた事ある・・・・と
                    その聴いた事あるメロディが何だろう、と
                    曲はそっちのけで考えていたら

                    うはははははは
                    リヒャルト・シュトラウスのツァラストラだよ(笑)
                    (例の有名な最初の部分じゃなくて、中頃の主題ね)

                    現代音楽っぽくトナール・アトナールが混在するけれど
                    テーマのしつこい展開とかって
                    何となくブルックナー的でもある。

                    ・・・だったらブルックナー聴いてた方が
                    あ、いえ、あのあのその(汗)

                    唯一この音楽祭で気分が良いのは
                    聴衆がむちゃくちゃ静かだ、という事(笑)
                    咳一つしないし
                    現代音楽が雑音系で
                    他に雑音が入ったら、音響そのものが変わってしまう事を
                    よくご存知の方々ばかり。

                    面白いのだけれど
                    こういう現代音楽って
                    若い人や学生さんだけが来ると思っていたら大間違いで

                    伝統的なクラシックほどではないけれど
                    それに近い年配の人たちが、非常に非常に多い。
                    (まぁ、私もそうだな(笑))

                    でもオープニング・コンサートから
                    意味のないスピーチをカットした
                    新しいインテンダントの心意気は買おう。

                    11月30日の最終コンサートまで
                    どうぞよろしくお付き合い下さい
                    ・・・とか書いても読者数は減るだろうが(笑)
                    時々は浮気もしますので、という雑食動物の私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    あっ、もう一つ、この音楽祭が好きなのは
                    ほとんどのコンサートが自由席で
                    いつも絶対に座れない良いお席で聴けちゃう事 ♡

                    ウィーン交響楽団 + エリック・ニールセン

                    0

                      午前中のコンサートの後

                      ずっとオフィスで仕事して

                      夜のコンサートに行った分の記事です。


                      時系列で読みたい方は、まずは

                      凄まじかったコンサートからどうぞ → ここ


                      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2015年11月15日 19時30分〜21時10分


                      Wiener Symphoniker

                      指揮 Erik Nielsen

                      パーカッション Colin Currie


                      HK Gruber (*1943)

                       into the open … für Percussion und Orchester

                        (a tribute to David Drew) (2010)

                      Johannes Maria Staud (*1974)

                       Zimt. Ein Diptychon für Bruno Schulz für Orchester (2008-2010)


                      ウィーン交響楽団のコンサートだが

                      ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で

                      今回はオーストリア初演の2曲。


                      フェイスブックで


                      僕たちはブルックナーやリヒャルト・シュトラウス

                      ツェムリンスキーなどの初演をしています。

                      今日はHK グルーバーとヨハネス・マリア・シュタウドの初演です。

                      歴史的な瞬間に、ぜひいらして下さい。


                      と出ていたが

                      ブルックナー、リヒャルト・シュトラウス、ツェムリンスキーと

                      並べるところが・・・・ちょっと凄いな(笑)


                      何せ現代音楽、しかもコンツェルトハウス

                      自由席でも、平土間も60%ほどしか埋まっていないし

                      バルコンもそんな感じで、きっとギャラリーはガラガラだろう(笑)


                      しかもウィーン交響楽団が

                      ウィーン放送交響楽団に化けてる。


                      あ、いや、誤解を呼ぶ発言でごめんなさい。

                      ウィーン交響楽団のメンバーは

                      普通のコンサートだと

                      全員がばっちり燕尾服+蝶ネクタイでキメて登場するのだが

                      本日は、上から下まで真っ黒の上着なしの服装。

                      (何せ現代音楽だもんね。でも、この服装の差で

                       ブルックナー、リヒャルト・シュトラウス、ツェムリンスキーとは

                       フェイスブックに書いちゃったけど、でも違うよね、という

                       そこはかとない意図を感じるのは私だけ?(爆笑))


                      さて、HK グルーバーは

                      オーストリアでは有名な作曲家だし

                      フランケンシュタイン(作品名)なんかは何回も演奏されている。


                      今回はパーカッショニストのコリン・クリーのために作曲された作品。

                      作曲者の言葉によれば

                      パーカッションの超絶技巧というものを前面に出すのではなく

                      音をオーケストラが支えて、パーカッションの色彩を・・・

                      というような事が書いてあった。


                      舞台前にズラズラ並んだパーカッションを

                      コリン・クリーが鳴らすと

                      そこにオーケストラの楽器が重なって行く、という感じで

                      うううううん・・・

                      音響は美しいが

                      パーカッションってリズム楽器じゃなかったっけ?

                      こんな音響だけで、リズムが欠けているようなモノだったか?


                      いや、それが作曲家の意図なのだろうが

                      パーカッションと言うと

                      マルティン・グルービンガーとパーカッション・プラネットのような

                      スカッと抜ける、爽やか系の超絶技巧を思い出す私としては

                      何となく納得いかない、というか、かなり退屈(すみません)


                      いや、でも、今日の朝の

                      噛み付いて容赦なく傷をえぐり出すようなマーラーに比べると

                      音響の海に黙って浮いていれば良い、という現代音楽は

                      精神的に楽。


                      後半のヨハネス・マリア・シュタウドの曲は

                      オーケストラ作品で、ソリストはいない。


                      この曲、意外に面白かった。

                      ヨハネス・マリア・シュタウドの曲って、割に好きなのだが

                      ちゃんとリズムがあって、メロディ(らしき断片)があって


                      しかも、かなり古典的にピアノとフォルテを使い分けて

                      ちゃんと途中で盛り上げたり


                      楽章?と楽章?の間では、鈴のような音色のパーカッションを

                      繰り返し入れてデジャヴ的な印象を作ったり。


                      ポリフォニーがかなり複雑で

                      聴いていて快感を与えてくれるだけではなく

                      かなり不愉快で気持ち悪く聴こえてくる部分もあったけれど

                      それは作曲家の意図だろうから、私は何も言わない。


                      でも、これ、盛り上がりあって、退屈せずに楽しめるという意味では

                      いわゆる SF 映画の劇伴みたいで(いやん、ごめんなさい)

                      頭の中を妄想で満たして、抽象映画などを作っていると、かなり楽しい。


                      現代音楽なので周囲のマナーは非常に良いし

                      大音響でバリバリ、ガリガリ演奏されても

                      コンツェルトハウスの大ホールは音割れしたり濁ったりしない。


                      現代音楽って、まぁ、こういうものが意味があるのか

                      後世まで残るかはともかくとして

                      感情にズカズカと触れて来ないのは有り難い。


                      今年のウィーン・モデルン現代音楽祭には

                      あまり数多くは行けないけれど

                      それでも、あといくつかは聴きたい、と思っている私に

                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。




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