フローリアン・ベッシュ + マルコルム・マルチヌー

Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年2月28日 19時30分〜21時15分

バリトン Florian Boesch
ピアノ Malcolm Martineau

Franz Schubert (1797-1828)
 Die schöne Müllerin D 795 (1823)

この間の日曜日から
ほとんど日を空けずに
またバリトンでの「美しき水車小屋の娘」

フローリアン・ベッシュについては
何回か書いてもいるし
この深いバリトンの
ゾッとするようなシューベルトの「冬の旅」は
ナマでも何回か聴いた。

けど、今度は水車小屋の娘?
なんか、あのバリトンの声質のイメージに合わないんだけど・・・

登場したベッシュ
歌う前に突然

今日は自殺はないです

って・・・わっはっは、そういう解釈か。
歌った後に、この解釈についての解説があるとの事で
その説明は聞かずに
まずはベッシュがあの声で
美しき水車小屋の娘を、どう落とすか(こらっ)お手並み拝見。

最初から、えらく元気な青年(というかガキだな)登場(笑)

でも、すでに Das Wandern で
節ごとの表現が素晴らしい。
どの歌手も、どのピアニストもやるけれど
ピアノの音の重さとタッチを変えて自在に音を操るピアニストと
元気な声から、しっとりしたところまで
これも変幻自在のバリトンの表現に心を奪われる。

落ち着いた色調のリートの後
Am Feierabend で登場した親方が
どう見てもベテランの落語家にしか聞こえず(すみませんっ!)
いや、堂々としていて、実に良いのであるが
その後の娘のセリフ
最初を本当に(バリトンかお前は!)ソット・ヴォーチェでやった後
繰り返しを力強く歌ったので

あっ、この2回目の Allen eine gute Nacht の繰り返し
この若者の心の中のリピートで
なにぃ、みんなに良い夜をだって?!
ボクだけじゃないのか、ふざけるな(妄想)

Ungeduld あたりは
何か、怒っているように聴こえる程のエネルギーで
そんなコワイような声で
ボクの心はキミのもの、とか叫ばれても
・・・ちょっと困惑するだろ、これは(汗)

Des Müllers Blumen あたりは甘い声でゾクゾク。
その後の Tränenregen は後の解説で大きな役割を果たす事になる。

Der Jäger から Eifersucht und Stolz を
ドラマチックに歌い上げた後の
Die liebe Farbe の空虚さの対比に鳥肌が立つ。

しかもピアノがまたドラマチックで惚れるわ ♡
バリトンだからかもしれないけれど
低音がバッチリ効いていて(低音好き)

さて、最後の子守唄
自殺じゃない、と最初から言ってたから
もっと明るく歌うのかな?と思っていたけれど
ドラマチックではあっても、別にむちゃ明るい訳ではなくて
割に普通に歌った、という印象だった。

しかしまぁ、一風変わった水車小屋の娘ではある。
我々がディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウあたりで
聴き慣れた「キレイな」リーダー・クライスと全く違って

オペラ・・・とは言わない
オペラちっくな表現はない
けれど
ドイツ・リートの持っている劇的な部分を
これでもか、これでもか、とばかりに聴かせてくれた感じ。

さて、解説の時間です(笑)

ベッシュ曰く
「僕は、この「美しき水車小屋の娘」が
 どうしてもわかりませんでした」

私の乏しいドイツ語理解力で分かった、という部分だけだし
何らかの私の偏見や誤解が入っているかもしれないが

これは青年と小川の対話です。
で、私は、小川というのは、いったい何だ?と
ずっと疑問に思って来ました。

・・・で、どっか一ヶ所に
小川が語りかける部分が、という話があったのだが
いったい何処だったっけ?(記憶力ゼロ(恥))

その深い小川の哲学的語りかけに応えたのが
最後の曲だそうで
自殺ではなく、もっと心理的に深い部分に入っていく象徴
・・・とか何とか(もう混乱しているワタシ)

ただ、面白かったのが
観客からの質問で

あなたの歌は、愛してる、と歌いながら
怒っているように聴こえたのですが

これ、かなり鋭い質問で
ベッシュも、おお、よくぞ聞いてくれた、とばかりに

Tränenregen の話になった。

この「涙の雨」という曲
確かに、このチクルスの中で
唯一、青年と娘が会話する曲なんだけど

ご存知の通り
2人で小川のほとりで、小川に2人が写っていて
青年の涙が小川に落ちると
娘が、あら、雨だわ、私、帰るね・・・という曲で

ベッシュ曰く
小川に2人が写っていると言う状況は
こうやって座って、乗り出して
2人で小川の上に顔を出している状態で

そこに落ちた涙を
雨と思って、じゃぁ、帰るね、という
この娘は、青年の感受性を全く理解できていない。

・・・まぁ、女性ってそういうモンでしょう。
男性が女性に期待し過ぎだ(爆笑)
ベッシュは、ここで
ずいぶん娘をバカにした振りをしていたけれど
プラグマチズムの強い女性は、だいたい、そんな感じだと思うよ?

その後の Mein ! で怒っているように聴こえるのは
そういう感受性を理解しない
要は世界観として、全く青年と別個な世界に生きている
俗物の女性を愛している、という状況に
青年が自分で自分を強制的に追い込んでいるから

・・・何となくわかるぞ、これ。

そうなんだよね
この「美しき水車小屋の娘」というチクルス聴いていると
私には、どうしても、この娘が
一時でも、この青年を愛したとは思えず

せいぜい、感受性の強いインテリな男の子が
何か、必死に縋ってくるから
ちょっと、手を出しちゃおうかなぁ
程度にしか聴こえない。

だいたい小川のほとりで2人で居る時に
小川の上に乗り出して、2人で小川に写る自分たちを見てるか?
普通だったら、小川見るんじゃなくて
お互いに見合ってイチャイチャだろう!!!

だから、確かにこのストーリーは
ラブストーリーでも、失恋物語でもなく
世界観が違う男女がくっつくのは無理・・・じゃなくて(冷汗)
見た目の美しさに夢中になって
知能程度の低い女性にひっかかっちゃダメよ・・・じゃなくて(冷汗)

何なんだ、このストーリー???
よく考えてみれば
最初から最後まで、青年の空回りだよね?

ベッシュに言わせると
この曲はロマンチックにキレイに歌おうとすれば
それなりに歌えてしまうし
今まで、ずっと、そのように歌われて来たけれど
実は違うんじゃないか。

15年前だったら、こういう歌い方は出来なかった
と言っていたけれど

それだけ、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの
呪いというものは強力だったのだ。

本当にや〜っとここ数年
その呪縛から解放された才能ある歌手たちが
あの世代の歌手には思いもかけなかったような
新鮮な切り口でドイツ・リートを歌うようになってきて

オバサンの私も、やっと呪縛から解放されたような気がする。

もちろん、ベッシュが強調して言っていたけれど
歌い手にも聴き手にも
それぞれの解釈があって
ベッシュの解釈が唯一正しいものではない。

ただ、音楽的なアプローチではなく
テキストからの分析、という意味では
非常に面白い30分だった。

こういう実力のある歌手が
心理的に深い部分での考察や分析を重ねて
全く違う世界を聴かせてくれた時間は
睡眠不足だろうが
仕事が溜っていようが
行って良かった!!!と思わせる
充実した時間だった。

と、感覚的にも理性的にも
充分に満足して
オフィスに残業しに帰った私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



いや、でも去年の2月・3月に比べたら
地獄と天国くらいの差はある(と思わないとやって行けない(笑))
何とか3月が過ぎてしまえば(え〜い、無事に過ぎろ!)
その後は、ぐっと楽になる(はず)

マティアス・ヘルム + デュオ・ハザード

Gemäldegalerie / Akademie der bildenden Künste Wien
2017年2月26日 11時〜12時20分

バリトン Matthias Helm
ギター Duo Hasard / Stephan Buchegger, Guntram Zauner

Franz Schubert (1797-1828)
 Die schöne Müllerin D 795 op. 25

名だたる歌手のコンサートに出掛けている私なので
このバリトンはいったい誰だ?と思う人もいるだろう。

オーストリアのバリトンで
公式ウエブ・サイトは ここ

ツィッターで私をフォローしている人は
記憶にあるかもしれないけれど

ブラームスの「4つの厳粛な歌」を
現代曲にしてオーケストラにしたという作品を
ウィーン・フィルが演奏した時に
オリジナルを Youtube で探していて

その中で見つけたクリップが
あまりに巧かったので
いったいこれ誰?と調べたのが
この歌手だった。

よろしければ、私が一発で参った当該の曲をどうぞ ♡



公式サイトにこのコンサートの告知があったのだが
会場になる造形美術アカデミーには何も記載がない。
電話して、このコンサート、あるんですか?と確かめて
更にメールで1枚チケットを予約した。

チケット30ユーロというのは
ワタクシ的には、かなり高い 😓
でも美術館が会場だし、客席もそんなにないだろうし・・・

で、いくら Youtube でスゴイとか思っても
実際に聴いてみたら、声量がないとか
これだけ歌える人が、中央舞台に飛び出して来ないのには
何か理由があるかもしれないし。

こんなプロモーションされていないコンサート
集まって来るのは関係者ばかりじゃないか、と
ちょっとドキドキしていたのだが

会場に到着してみれば
結構な数の人が来ていて、ほとんど空き席のない状態。
(とは言え、窓口でダレダレさんがどうのこうのと
 料金払わずにチケットもらった人もいたから
 やっぱり半分以上は関係者だろうという疑惑はある)

会場は造形美術アカデミー・ギャラリーのイタリア絵画の部屋。
かなり狭いし、狭いだけに音が響く。
最初の担当者のスピーチの時に
うっ、これ、響き過ぎでヤバイかも、という懸念はあった。

ギター伴奏の「美しき水車小屋の娘」と言えば
私の世代だと、ペーター・シュライヤーを思い出す。
楽友協会のブラームス・ホールでナマでも聴いた。
(確かピアノとチェンバロとギターで
 続けざまにリサイタルした時だ。何年前かは忘れたが)

今回はギター2本。
ギターの音量は、こういう小さいホールだとキレイに聴こえる。
が、やっぱり歌手の声がデカイ。
響き過ぎるのだが
だからと言って、声楽で出せる声を抑えるというのは
大変な腹筋が必要なので(あ、話がズレる・・・)

時々、音が飛ぶ時の音程が不安定に聴こえて来たり
ほんの少し、下から上にポルタメントがかかったりするが
(でもこれ、他の歌手でもよくあるので、そういう曲なのか?)

ドイツ語は明確に聴こえてくるし
リート内容の表情も、かなり出ている。

Am Feierabend の、娘さんの挨拶は
やっぱりバリトンだとちょっと無理がある(笑)

音程が本当に不安定なのかは
Der Jäger を聴けば一発でわかるはず。

で、その Der Jäger が

ドラマチック ♡ むちゃくちゃ良いっ!!!

ナニこの人、凄いじゃないの。
それ以前は、ちょっとぬるま湯的な緩さがあったのに
ライバルが出現してからの劇的な変貌と
その怒りの語り口が実にリアル。

怒りから悲しみになり
慟哭から諦観に至る後半の部分が
切々と心に迫ってくる。

若かりし頃の私は
前半の恋にウキウキの方が好きで
後半はちっ、軟弱者め、とか思っていたのだが
歳取ると、後半の方が響いてくるのか(いや違うかも)

嫉妬と怒りの部分の声量は大きいけれど
そろそろホールの音響に耳慣れもしてくるし

その後の、声を張り上げない悲しみの部分は
ギターの音色と相まって
内省的で親密で、しっとりしていて

うわああああ、参った、参りました。
これこそシューベルトだわ。

ギター伴奏は2本なので
ピアノ伴奏の取り残しの音符はない。
ほんの少しの傷はあったけれど
それは想定内。

加えてドイツ語が美しい 😍
   ↑これ重要!!!

ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウで育った私は
ドイツ・リートの美しさというのは
80%以上がドイツ語の美しさだと確信しているから
これだけ美しい明確なドイツ語が聴こえてくると
それだけでメロメロになる。

あの Der Jäger にしてからが
あのテンポの、どう考えても歌手苛めのドイツ語早口言葉を
目にもつかぬ速さで、しかも一言も疎かにせずに歌い切った 👏

シューベルト時代のホーム・コンサートというか
(まぁ、ホーム・コンサートと言い切るには
 バリトンの声量がプロだから(笑))
良いよね、こういう、何ともファミリー的な雰囲気 ♡

コンサートの後、アンコール1曲あって
外でシャンパンやオレンジ・ジュースが用意されていた。

知り合いとかと行けば
そこでしっかり料金のモトを取るのだが(こらっ)
1人でシャンパン飲んでも面白くないし(イジイジ)

朝8時からのサウナの後だし
最近また偏頭痛がチラチラ顔を出しているので

久し振りに造形美術アカデミーの絵画ギャラリーを廻って
レンブラントにドキドキして
ボッシュの祭壇画にドキドキして
入り口のシャンパンが供されている場所に戻ったら

まだ、ほとんどの人が残っていてシャンパン飲んでる(笑)

更にチラッと見たら
ギタリスト2人と歌手も混じってる(笑)

入場券売り場に CD がある、と言うので買って
チラッとバリトンと目があったら

歌手の方から、こんにちは!と声をかけて握手して来た(驚愕)

な、な、何なんですか、この気取らない雰囲気???
(どこかのオーケストラが友の会のリハーサル後に
 やっぱりシャンパン供するけど
 私、オーケストラのメンバーに挨拶なんかされた事ないよ?)

邪推=歌手とギタリストの知り合いばかりなのに
知り合いではないアジア人の女性が来てるけど、これ誰?

CD にサインしてもらって
実はね、Youtube のブラームスで見つけたので
・・・と言ったら、うわ〜、そういうプロモーションの効果が
と歌手自身が驚いていたみたい。

でも、このマティアス・ヘルム
またドイツ・リートのリサイタルをやるのなら
追い掛けてみたい。
できれば、もう少し広めのホールで
リートに適した音響のところで。

まだまだ知られていない
才能豊かなドイツ・リートの歌い手を発見して
ちょっと嬉しい私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



ザ・フィルハーモニクス Bad Boys

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年1月10日 19時30分〜21時40分

“Bad Boys”
The Philharmonics
バイオリン Tibor Kováč, Sebastian Gürtler
ビオラ Thilo Fechner
チェロ Stephan Koncz
コントラバス Ödön Rácz
ピアノ Christoph Traxler

来日公演もよくしている
ご存知、ザ・フィルハーモニクスのコンサート。
今まで行くチャンスもなかったし
実はあんまり興味なかったのだが

昨年のいつだか
来日公演前のコンサートに行って
推薦文を、という話があって

ワタクシ、こういうブログをやってまして
・・・と正直に書いたら
即、お断りの返事が来たという(爆笑)

で、ますます行くものか、と思っていたのだが
あのモーツァルトしか絶賛しないモドキが
誰かとザ・フィルハーモニクスのコンサートに行ったらしく
手放しで誉めていたので
んじゃ、一度行ってみようか、とチケットを買ったは良いが

ぎゃっ、その前に一つアポイントメントが入っていたのを忘れていた(汗)

アポを早々に切り上げて地下鉄飛び乗って
走って走って・・・間に合いました。

さて、このグループをご存知の方は
メンバーを見て、あれ?と思われただろうが
そうなんです、プログラムには
クラリネットの Daniel Ottensamer が入っていたのに
急病とかで突然のキャンセル。

よってプログラムも大幅変更になったので
曲目をそのままここに写して書く事ができない。

最初はオペレッタ「こうもり」の序曲。
あら、こんなオーケストラ曲を
バイオリン2本、ビオラとチェロとコントラバスとピアノで
ちゃんと聴かせる曲になってるじゃん

と思ったら

あれあれあれ???
途中でポピュラーな曲が(第三の男とか)
微かにちょっと入って
それでも、そのまま続いていく、こうもり序曲。

おいおいおい
このグループってイグデスマンみたいな
ジョーク音楽グループだったの???

客席で周囲の人にわからないよう
声を出さずに笑い転げていたのはワタクシです。

今日のコンサートのテーマが
Bad Boys だったので
プレイヤーたちが、チョイ悪中年という意味かと思っていたら
取り上げる曲が
ちょい悪連中をテーマにした曲と言う事で

こうもり序曲も
カサノヴァ風アイゼンシュタインにしてみました、という事らしい(笑)

悪い動物と言われる狐をテーマにした
Leo Weiner の Fuchstanz (Divertimento Nr. 1 op. 20 (1923))
ビゼーのカルメンからドン・ホセ

いやしかし、何だこのグループ
むちゃくちゃ巧いじゃん。
(いやそれ当たり前だから)

室内楽というのは恐ろしいもので
各プレイヤーの実力がモロに出るし
ものすごく巧い音楽家だって
時々はえ?という場合もあって

室内楽を聴くと、ちょっとドキドキするのだが
このグループ、音楽的な隙が全くない。
しかもオーケストラ曲を演奏しても
オーケストラに負けない色彩感と多様性を出していて

いや、すみません、ちょっとビックリ。

後半はチャイコフスキーのロシア風序曲のパスティッチオの後
プロコフィエフのロメオとジュリア
は? ロメオとジュリアって
あの大編成オーケストラのあの曲だよね?
と思ったら
本当にちゃんとジュリアのテーマから、マスク行進から
ティボルトの死まで
室内楽とは思えない音楽で
しかも何かこれ、オーケストラより楽しいかも、とまで思わせて
ちょっと、あのあのあの、何なんだこのグループは。

その後はまた曲目変更で
第二バイオリンのセバスティアン・ギュルトラーが
ウィーン風民謡を歌った。

ちょっと待て、このセバスティアン・ギュルトラーの
ウィーン民謡、どこかで聴いた事がある。
イグデスマンと一緒に舞台に立った事があるので
その時に聴いたのかもしれないけれど

お父さんが僕にバイオリンを与えて
という、何とも甘く、懐かしく、ウィーンっぽい
モロなウィーン訛りの語りの入った曲も、記憶にあって
あの時も確か、うおおおおお、スゴイ!と感激していたのだった。

リムスキー・コルサコフの「蜂の飛行」は
コントラバスが超絶的な演奏を聴かせてくれた上に
最後は床のゴキブリを踏みつけるシーンまであって
いや爆笑モノでした。

最後に、悪い男の代表
ドラキュラをテーマにしたエネスキュの曲が
またこれ楽しくて、いや、ちょっと参りました。

だってザ・フィルハーモニクスの
日本公演の推薦文(マジメなもの)を読んでいると

クラシックの枠を外れて
情熱的に完璧に演奏される云々

というのがほとんどで

まさか音楽のジョークだとは思いませんでしたわ、ワタシ。

クラシックの枠から外れて、どころか
この人たち、クラシックのマジメなところを
確信犯的におちょくってるじゃないの。

で、これだけおちょくった曲を
しかもあの水準の演奏で
完璧に演奏してしまう、というところがまたチャーミング ♡

いや、すみません
正に私の好みのツボにバッチリ入っちゃいました。

残念ながら司会をしていたバイオリニストの
Tibor Kováč は、別の室内楽グループを作ったとかで
このザ・フィルハーモニクスからは出て行くというアナウンスがあったけれど

次のコンサートのチケット発売日を
しっかりカレンダーに書き込んだ私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



感想記遅れてごめんなさい。
このコンサートの後、2人でワイン2本飲み尽くして
ちょっとぶっ倒れました。
(註 二日酔いでも出勤はするサラリーウーマン。
   午前中は仕事になっていなかったような気はするが(自爆))

イグデスマン&ジョー A Little Silent Night Music

日曜日のトリプル・ヘッダーの最後。
大笑いのコンサートでした。

例年の勝手に指揮者選びは こちら から
11時のシリアスなウィーン・フィルの記事は ここ
名演だった午後のトーンキュンストラーは こちら

下は夜の爆笑おちょくりコンサートの
自分だけのメモですが
関係ないクリップを貼付けてあります。

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年12月18日 19時30分〜21時40分

“A Little Silent Night Music”
Jingle BELLs, IgudeSNOWman & Joodolph are coming to town !

Joshua Bell
Aleksey Igudesman
Hyng-ki Joo

クラシック界のお笑いコンビ
イグデスマン&ジョーの公演。

実はワタクシ、もう10年以上前から
このコンビを追い掛けていて
ほとんどの公演を観ているので

古いネタは全部知っているのである(笑)

今回も空手ピアノとか
ラフマニノフのネタの使い回しはあったけれど

概ね、新ネタ満載だったので満足 ♡

今回のゲスト出演はジョシュア・ベル(!!!)
公演は今回は最初から最後まで英語。

イグデスマン曰く
ジョシュア・ベルは今シーズン
コンツェルトハウスでシリーズとして4回の公演をして
ウィーン交響楽団や
アカデミー・オブ・サンクト・マルティン・イン・ザ・フィールズに出演するが
4回のうち、3回まではジョシュア・ベルが選べる公演で

He was forced … ah, no
He was asked

爆笑 😄

ジョシュア・ベルはシリアスなバイオリン演奏をします
とかアナウンスしたけれど

そんなワケないじゃん(笑)

バッハのレコーディングのおちょくりから始まって
最初から最後まで、見事に弄られてた。
しかも本人も嬉しそうに。

このコンビの得意技の
どんどん変化する冗談音楽が、次から次に披露されて

あれは、まるで即興のように弾いているけれど
音楽的に細部の細部まで、きっちり詰めないと
途中でダメになってしまうので

普通のシリアスなクラシックより難しいと思う。

クリスマス・ソングというテーマなのだが
最後のアンコールで
ジョシュアが
「僕のお母さんはユダヤ人だから
 クリスマス・ソングもちょっとユダヤ風に」
と言ったとたん
イグデスマンが
全然問題ない、大丈夫と言いながら
楽譜をハサミで切り出したのは

まぁ、ヨーロッパに暮らす方ならご存知で(爆笑)

いやちょっとあの爆笑プロダクトを
言葉で説明するのは難しいのだが

私の好きなイグデスマンの
サイバー指揮者(ドイツ語+英語の字幕)だけ
下に貼っておきます。



ヨーロッパやアメリカの各地で公演をしているので
このコンビ、もし観るチャンスがあれば
お見逃しなく ♡

ちょっと回し者化している私に
どうぞ最後の1クリックをお恵み下さい。


マルティン・グルービンガー + ユジャ・ワン

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年12月13日 20時〜22時10分

ピアノ Yuja Wang
パーカッション Martin Grubinger
The Percussive Planet Ensemble
Martin Grubinger sen.
Leonard Schmidinger
Alexander Georgiev

ピアノのユジャ・ワンと
パーカッションのマルティン・グルービンガー
マルティン・グルービンガーのアンサンブルの
パーカッシヴ・プラネットがコンサートとあれば

隣の小ホールでのフローリアン・ベッシュの
クレネックのリートも逃したくはなかったものの
やっぱりパーカッションに足が向いてしまう。

(というより、このチケットの発売が
 フローリアン・ベッシュより早かったというのが原因で
 貧民席は早く確保しないとなくなるのである)

で、何でプログラム書いてないの?と
怪訝な顔をされている読者の皆さま
プログラム・・・ないんです、というより
紙っきれが1枚(寄付だそうで50セント出した←ケチ)
その紙には
ユジャ・ワンとマルティン・グルービンガーの経歴のみ書いてある。

だからプログラムは
マルティン・グルービンガーがマイクで言った。

まずはストラヴィンスキーの「春の祭典」
ピアノとパーカッション3人への編曲は
マルティン・グルーバー・シニア(お父さん)によるもの。

ひえ〜
私、実はグルービンガー・パパの大ファンで
あの飄々としたユーモラスな感じが
舞台に出て来ただけで、何となくほっこりするんだけど
やっぱり才能のあるパーカッションのプロでした(笑)

まさか「春の祭典」を全曲はやらないだろうと思っていたら
見事にピアノとパーカッションに編曲されてました。

パーカッションは
もちろんティンパニも太鼓も、銅鑼もあるけれど
マリンバ、シロフォンなどでメロディを醸し出し

ストラヴィンスキーのあの見事な変拍子は
さすがパーカッションというか
う〜ん、確かにパーカッション向きの音楽かもしれない。

あれだけパーカッションを完璧にガンガンやられると
ピアノのユジャ・ワンの超絶技巧は
あまり聴こえて来ないのだけれど

いやそこら辺はさすがこのグループ
ちゃんとピアノを立てるところも知っていて
ソロはパーカッションは控え目に
ユジャ・ワンを盛り立てるという、見事な処理。

もちろん、ストラヴィンスキーのオリジナルの
あの複雑で色彩豊かでワイルドなオーケストラ版を
越えるものではないけれど

ワイルドさだけから言ったら勝ちかもしれない。
それに、曲の中心になっている構造は
フルオーケストラで聴くよりクリアに聴こえてくるし
舞台上のパーフォーマンスとして見ても面白い。

(舞台見えた方が面白いだろうと確信して
 貧民席だけど舞台が(一部は)見える席を
 発売初日にゲットしたワタシは偉い(笑))

なんか呆気に取られて
凄いわ、ひえええええ、とか言ってるうちに
本当に全部、春の祭典が演奏されてしまった感じ。

これ、CD になったら本気で欲しいかも。

後半は、まずはバルトークの
2台のピアノとパーカッションのためのソナタ。

ピアノはユジャ・ワンが弾く1台だけで
もう1台分は、マリンバ2台で演奏。
(よってパーカッションは4名居る)

グルービンガーが
「これは音楽史上、初めてパーカッションが
 ただの塩とか砂糖じゃなくて、主要楽器で扱われている曲で
 今回はそれに加えて、パーカッションでピアノをやります」
と、もう嬉しそうに嬉しそうに嬉しそうにアナウンス。

ヨーロッパ初演だそうで
北京公演の時に演奏したのが世界初演だそうだ。

うはははは、これがまた良いんだけど
マリンバ2台対ピアノと言うのは
やっぱり音量としては
いくらマリンバを抑制していても
パーカッションに比べれば
ピアノをどんなにユジャ・ワンがガンガン叩いても
時々、ピアノの音、全然聴こえなくなるわ(爆笑)

ただ、それも巧く処理して
ちゃんとピアニストの見せ場(聴かせどころ?)を作っているのは
観客に対するだけじゃない
一緒に演奏するパートナーへのサービス精神も半端じゃない。

しかもまた、マルティン・グルービンガーが
むちゃくちゃ楽しそう。
アナウンスの時にも
これはね、こういうリズムがこうなって
と口頭でリズムを刻みながら
演奏するのが待ちきれない、という感じだったし。

あんなハードなパーカッション
何時間もやっていたら、疲れると思うのだが
(註 このコンサートの前に、18時からロビーで
 若い人たちのための小コンサートもやっていた)
音楽にノッて来ると
顔が嬉しそうに歪んで、もう楽しくて楽しくてというのが
遠くからでも見えるのである。

もちろん天才だけど
(しかも最初から最後まで完璧に暗譜だったよ?!)
それに加えて、ハードなトレーニングもやって
それでも、この人
本当に楽しいんだろうなぁ。

最後は作曲家は聞き取れなかったけれど
何か、フュージョン的なもの、という曲で
これは実にゴキゲン。

マジメなクラシックというワケでもないし
かと言って、ロックンロールとかそういうわかりやすい方向ではなく
現代的でマッチョで
むちゃくちゃカッコいい。

こりゃ若い人にも老人にもウケるわ。
リズムでこちらまで踊り出しそうになるし
単純な繰り返しはないし
音楽的には非常に複雑だけど
ノリだけでも充分楽しんで聴けてしまう。

一応、これでプログラムは終了したみたいなのだが
もちろん拍手は鳴り止まず

マイクを取ったマルティン・グルービンガーが
「何をアンコールで演奏しようか
 協議しているんだけど
 僕はタンゴを演奏したいと思っているんだけど」
と言ったとたんに大きな拍手。

で、もちろんタンゴと言えば
言わずと知れたアストル・ピアソラ ♡

見事でございました。
へへへへ〜っ、参った、って感じ。

それで終わりかと思ったら
鳴り止まぬ拍手に応えて

「同僚は、もう筋肉が疲れて使い物にならない、と言ってますが
 ユジャ・ワンと初めて共演した
 ピッツバーク交響楽団の時にやった
 ラグタイムのアンコールが評判良かったので、やります」

目にも止まらぬ速さで
マレットをマリンバの上で踊らせる
マルティン・グルービンガーの下半身
踊ってますが・・・(笑)

ユジャ・ワンもご存知の通り
天才的なテクニックとリズム感を持ったピアニストなので
パーカッション4人と対決しても
全然負けてないし(笑)

前半と後半で衣装を変えて出て来たが
(註 もちろんユジャ・ワンだけである)
前半は黒と金のキラキラのボディコンのロング。
後半は背中丸出しの黒いキラキラのロング・ドレス。

時々、太ももまでスリットが入っている衣装を着ているので
望遠鏡でジロジロ見ちゃったけど
今回はスリットは入っていませんでした。
(もしかしたら、パーカッション方向の反対側にあった?(笑))

むちゃゴキゲンなコンサートだった。
あれだけ超絶技巧の音楽的水準を保ちながら
疲れ知らずで観客にサービスという根性は見上げたものだ。

マルティン・グルービンガーは1983年生まれ。
私は確か彼がヨーロッパ・デビューした頃から
スゴイ人が出た!!!と追い掛けていたのだが

若い頃から、ますます円熟味を出して
でも、まだまだ若いエネルギーに満ちて
しかも、ものすごくカワイイし(見た目も性格も)
素直だし、全然偉ぶらないし

色々あるんだけど
ペーテル・エトヴェシュの
Speaking Drums のクリップがあったので
貼っておく。
30分ほどの演奏で、マルティンの叫び声も聞けます(笑)



むちゃくちゃ楽しそうに演奏しているマルティンと
マジメに気難しそうに指揮してる
ヴァシリー・ペトレンコの対照が面白い(悪趣味)

こういう事を楽しんで
(しかも完全暗譜で)演奏しちゃう
可愛いマルティン・グルービンガー
すごく好き ♡ という私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


ニコラス・ホッジス メシアン「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」

アホなので日曜日に3回のコンサートに行きました(許して)
時系列で読みたい方は
11時からのコンサートは ここ
15時30分からのコンサートは ここ

下は最後のコンサートの勝手な感想記です。
しかし、今日は本当に充実していた ♡

Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2016年11月27日 19時30分〜22時10分

ピアノ Nicolas Hodges

Olivier Messiaen (1908-1992)
Vingt regards sur l'Enfant-Jésus (1944)

ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で
何故にオリヴィエ・メシアンのピアノ組曲
「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」を取り上げたのか
よくわからないけれど

何せ2時間を越える大曲で
しかもウィーンではメシアンの曲は
どんな曲でも、滅多に演奏されない(涙)

でもピアノ独奏だし
オリヴィエ・メシアンは全曲のボックス CD 持ってるし
まぁ、退屈だったら途中で帰って来れば良いわ
・・・とか、気軽な気持ちで出掛けていったのだが

うわあああああ

すみません、まだ感動しまくっていて
ちょっと喚くか泣くかしたい位で
この体験を言語化したくない気分。

メシアンはあまりに宗教的だから苦手、という人もいるし
私もいわゆるミサ曲とか教会音楽は苦手なんだけど

作曲者の意図からは外れるだろうが
この曲を、宗教という内容を意識せずに聴いてみたら
信じられない広大な世界観と空間の広がりの中に
極彩色で綴られる物語に
どんな無宗教の人でも魅入られてしまうだろう。

ピアノだけが照明されているホールで
後ろのステンド・グラスを見ながら
この曲を聴いていると

この世のモノとも思えない
何か聖なるモノがそこにある
・・・みたいな現実離れした気分になってくる。

複雑な和声の醸し出す色彩感
トナールとアトナールを揺蕩う浮揚感
低音のピアノが支える倍音一杯の背景に
煌めくようにまとわりつく高音のガラスのような煌めき

いやもう、オーケストラ、いや、それ以上に
ピアノの音響でこんな事が出来ちゃうんだ。

あまりに圧倒的すぎて
メシアンが宗教への拘りから
こういう曲を作曲した、というのであれば
キリスト教の意義もかなりあるなぁ・・・(いや失礼な発言お許し下さい)

芸術への起爆剤が何であろうが構わないわけで
そこから作られた作品が
あまりに圧倒的な力を持つという事実が
キリスト教に最終的に帰依しなかった私には大事。
(すみません、勝手な言い分です)

ピアニストのニコラス・ホッジス・・・すごいです、この人。

あっさりと、何のオーバーアクションもなく弾いているけれど
音響への細かい気遣いの徹底的な拘り
クラスターの中に隠されているメロディ・ラインを浮き彫りにしたり
ペダルを使って
ピアノには通常不可能な長いボーゲンを描き出して
ピアノと言う楽器の持っている可能性を
最大限まで引き出して
さらにその上の世界まで垣間見せてくれた。

現代音楽祭でメシアン?
しかも CD 持ってるのに、とか思っていたけれど
本当にナマのコンサートに行って良かった。

こういうのもある意味
人生観が変わる音響だったなぁ。
かと言ってキリスト教に帰依はしないと思うけれど

たっぷり2時間
メシアンの音楽世界にどっぷり浸れて
何か、ものすごく有り難いモノを聴いて
お祓いの後のように
爽やかな気分になっている私に

ちょっと宗教違いますが(すみません)
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



まだ雪は降ってないけれど
あの雰囲気を出すには、このバーナーしかないわ。

しかし今年の現代音楽祭のコンサートは
カテゴリー現代音楽にはどうしても入らないコンサートが多い(笑)

マウロ・ペーター + ヘルムート・ドイチュ

Musikverein Brahms Saal 2016年11月24日 19時30分〜21時20分

テノール Mauro Peter
ピアノ Helmut Deutsch

Robert Schumann (1810-1856)
 Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine
   Abends am Strand, op. 45/3
   Dein Angesicht, op. 127/2
   Lehn’ deine Wang’ an meinem Wang” op. 142/2
   Es leuchtet meine Liebe, op. 127/3
   Mein Wagen rollet langsam, op. 142/4
   Belsazar, op. 57
 Fünf Lieder, op. 40
   Märzveilchen
   Muttertraum
   Der Soldat
   Der Spielmann
   Verratene Liebe

Richard Strauss (1864-1949)
 Schlichte Weisen, op. 21
   All mein Gedanken
   Du meines Herzens Krönelein
   Ach Liebe, ich muss nun scheiden
   Ach weh mir unglückhaftem Mann
   Die Frauen sind oft fromm und still
 Mädchenblumen, op. 22
   Kornblumen
   Mohnblumen
   Efeu
   Wasserrose

Franz Liszt (1811-1886)
 Tre Sonetti del Petrarca
   Benedetto sia’l giorno
   Pace non trovo
   I’vidi in terra

2013年夏にグラーフェネックの前座で聴いて
ああああっ、すごいテノールが出現した!!!♡

ショックを受けて
それから追っかけているマウロ・ペーター。
1987年生まれ、今年29歳。

楽友協会のブラームス・ホールでのリサイタル。
(隣の大ホールではアンネ=ゾフィー・ムッターがリサイタルしてた(笑))
プログラムはシューマンにリヒャルト・シュトラウス。

しかも滅多に聴かない Mädchenblumen が入ってる ♡

最初のシューマンのブロックで
う〜ん・・・
いや、繊細で美しいんだけど

この人の声って、こんなに通りが悪かったっけ?

最近、リートの夕べと言うと
コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールが多いので

楽友協会のブラームス・ホールの
あちこちの軋む椅子が奏でる雑音に
耳が邪魔されているのかと思ったけれど

やっぱり、声が通って来ない。

いやピアニッシモで歌う場合だって
ちゃんと通る声と通らない声があるじゃないですか。

そりゃ Mein Wagen rollet langsam なんて
最初から最後までピアニッシモなんだけど
その次の Balsazar だって
劇的に歌い上げてはいるけれど
何か迫って来ないし・・・

次のブロックの歌は私が知らないものばかりで
後期の精神を病みそうな曲が多くて
Muttertraum なんてアイヒェンドルフの歌曲集の
Zwielicht とそっくり!!
(という事を、2014年11月27日のマーク・パドモアの時にも書いている(笑))

リヒャルト・シュトラウスの Schlichte Weisen の
All meine Gedanken なんかは
さすがに軽々と明るく歌い上げたし
Ach weh mir unglückhaftem Mann の語りかけは
ドイツ語の発音がキレイなところを活かして
ちゃんとアイロニーを効かせてはいたんだけど

ううううん、この位だったら
別に他の歌手でも・・・

もう追っかけるの止めようかしら。

ところが、後半に突然、声が通るようになった。
何だったんだ、あの前半は。

Mädchenblumen は実は私は大好きで
リヒャルト・シュトラウスの歌曲に
どっぷりハマった高校・大学時代に
えらく苦労して録音を探したりしていた思い出のある曲。

だって当時って
レコード高かったからあまり手が出なかったし
リヒャルト・シュトラウスの歌曲集なんて
レコードだって輸入版しかなかったし
(しかもこれがえらく高い・・・)

この Mädchenblumen って
どこでどうやって聴いたんだったっけ?
輸入版のレコードか何かを入手したんだと思う、たぶん。

で、この曲、ナマで聴くのは初めてだ。
誰も歌ってくれない。何故だかはわからない。
フェミニスト団体から抗議が来るからかもしれない(まさか)

ご存知とは思うけれど Mädchenblumen は
女の子を花に例えたフェリックス・ダーンの詩である。

  ヤグルマギク
  ヒナゲシ
  セイヨウキヅタ
  スイレン

と書いちゃうと味も素っ気もないが
地味なヤグルマギクの後に
弾けるヒナゲシがキュートに登場して
寄生してしか生きていけないセイヨウキズタに
大人しい女性の象徴みたいな、白いスイレンという

まぁ、それ以外に雑草とか言う種類の女の子も多そうだが
いやいやいや、それは詩にならないだろ。

しかしこのテノール
本当に何と言う清潔感のある透明な声。

ドイツ語のディクションは実にハッキリしていて
更に(前半で一部ふらついたように聴こえたが)音程が見事で
すごい技巧を持った歌手なのである。

低音は多少弱いが
テノールのかなり高音になっても
絶対に張り上げ声にならず
惚れ惚れするような透き通った高音を無理なく出すし

ガタイがデカイだけに息継ぎも長くて
とんでもないフレーズを息継ぎなしに余裕で歌っちゃうし。

繊細な部分はドイツ語の発音だけはくっきりと
あくまでもソフトなソット・ヴォーチェで聴かせてくれて

フォルテ部分になっても
透明感を全く失わない清潔感溢れるテノールの美しさ ♡

いやこの人のタミーノとか聴いてみたい。
絶対に、あのアホみたいなタミーノの役柄にピッタリの声だ。
ドン・オッターヴィオも絶対に最高だろう。

リヒャルト・シュトラウスの後は
フランツ・リストのソネットで
これはイタリア語なので、声だけ楽しもう、と聴いていたら

何ですかこれは
オペラのアリアですか?

という程、劇的に、しかもかなりの高音まで出て来て
イタリア語だから
ベルカントで、明るくて伸び伸びした声を出されて
うわあああああ
この人のオペラも聴いてみたいっ!!!

ホール中に無理のない透明感に満ちた
テノールの若々しい美声が響くって
何て気持ちが良いの。

オペラっぽく歌い上げて
しかもハイCまで出したくせに
全然張り上げ声になっていないって・・・・スゴイ(驚愕)

というより、あの前半はいったい何だったんでしょう?
(私の耳が雑音たっぷりのブラームス・ホールに
 慣れていなかっただけかも)

アンコールにシューマン1曲。
(これがまた響いて凄く素敵だった。
 前半のシューマンの印象をぶっ飛ばした)

ミュージカルっぽい語りの曲を1曲。
(まぁ、そういうものも歌えるよ、という感じで
 美声で英語のディクションも美しかったが
 別にこれはマウロ・ペーターの声で聴かなくてもって感じか)

最後にリヒャルト・シュトラウスの Nichts を
素晴らしい声とドイツ語の語りで歌い上げてくれて

ああああああ
やっぱりこのテノール
まだ追い掛けよう ♡

清潔感溢れる明るい声の歌手なので
ゲルハーヘルがやらかすような
とんでもない深みとかはないけれど

深みなんか要りませんって、この美声なら(きっぱり)

それでもドイツ・リートになると
考え抜かれた表現をしっかりと観客に伝える才能はバッチリ。

すくすく育って来たガタイの良い男の子って感じで
爽やか系の、体育会系の健康的な青年で、ともかく明るそう。

これから伸びるよ、このテノール。
しかも変な気負いがないから素晴らしい。

本当に歌うために生まれて来たような声だ。
たぶん、何百万人かに一人
こういうミューズの祝福を受けた人がいるんだと思う。
(もちろん本人の努力もスゴイだろうし
 頭の良さも、ドイツ・リートには絶対に要るから
 ただのアホではない)

外は霧雨で、シトシトして湿っていて暗くて濡れてて
憂鬱な天気なのだが(幸い雪は降っていない)
すごく外向きの楽しい楽しいコンサートで
幸せ一杯になった私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。
 


ディオティマ弦楽四重奏団

Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2016年11月16日 19時30分〜21時30分

Quatuor Diotima
バイオリン Yun-Peng Zhao, Constance Ronzatti
ビオラ Franck Chevalier
チェロ Pierre Morlet

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
  Streichquartett Nr. 12 Es-Dur op. 127 (1824)
Pierre Boulez (1925-2016)
  Livre pour quatuor (1948-1949/2011-2012) I a & I b
Arnold Schönberg (1874-1951)
  Quartett (d-moll) für zwei Violinen, Viola und Violoncello op. 7 (1904-1905)

日本語のウエブ・サイトまである
ディオティマ弦楽四重奏団
ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で行うシリーズの1回目。

しかし上記のプログラムで
カテゴリー「現代音楽」は無理がある(悩)

ベートーベンの弦楽四重奏曲が39分の演奏時間
幕間の後のシェーンベルクの曲が46分で

ブーレーズの曲は8分・・・

普段、室内音楽のコンサートは行かないし
ましてや弦楽四重奏団のコンサートに行かないのだが

昨日、ゲルハーヘルで舞台の上まで満杯だったホールは
平土間にも空き席があるし
バルコンもかなり空き放題で

バルコン正面の一番後ろに座ってみた。
(註 昨日のゲルハーヘルのリサイタルと同じところ)

この席、かなり高くなっているし
後ろが壁で天上も近くて
正面で音が実に美しく昇って来て
音響としては(安い席だけど)むちゃくちゃ良い。

・・・のだが

しまった・・・

音響があまりに良すぎて
下から響いてくるベートーベンの弦楽四重奏曲の
ビブラートたっぷりの音が
残響で、音の焦点がボケてる(冷汗)

しかも貧民席なのに
第1楽章の途中で入ってくる人はいるし
第1楽章が終わったら
音楽祭関係者がゾロゾロ入って来るし
(忙しかったのかもしれないが、あれは失礼だろ)

しかも連日連夜のコンサート通い
(で夜中の夕食で寝るのが3時とか・・・)
自業自得の睡眠不足で

ごめんなさい(汗汗汗)寝落ちしてました。

ブーレーズの曲は寝落ちできないから
何せ8分だし
これもまぁ、雑音というか
ただの音列というか
不思議な曲だよね(これを曲と言うならの話だが)

後半は席を代えて
多少なりとも残響の少ない場所に移って
シェーンベルクの弦楽四重奏曲。

すみません、これも、たぶん寝落ちしてました。
いや、ちゃんと聴いてるという意識だけはあるんだけど(恥)
1回、頭がガクッと落ちたので寝てたんだと思う(ごめんなさい)

いや、だから個人の記録だからって
そんな恥さらしな事を書いちゃって良いのかと思うが・・・

でシェーンベルクだが
この曲、後期ロマン派の雰囲気が色濃く残っていて
浄夜なんかに通じる音列が聴こえて来て
かなりロマンティック ♡

席の違いか
余計な残響がカットされたので
聴きやすい・・・のでついつい寝てしまうのだ(恥)

しかしこういう室内楽を聴いていると
ベートーベンに関しては
色々な解釈があるなぁ、と思うし
ベートーベンの後期の弦楽四重奏曲って
多少なりとも均整の取れた交響曲と違って
見境なくぶっ飛んでいるところがあるので
ナマで聴いても面白いけれど

ブーレーズの弦楽四重奏曲を
わざわざナマで聴く意味って
あるのか、ないのか、よくわからん。

こと現代音楽に関する限り
スタジオ録音で
雑音も周囲の空気の流れの雰囲気さえカットして
まさに「音響」だけを聴かせる CD でも
全く構わないんじゃないかと思ったりする。

弦楽四重奏曲を聴き慣れていないのがイタいわ。
でも、オーケストラ(特に大編成)を追い掛けて
バレエを追い掛けて
ドイツ・リートを追い掛けている身で

これ以上のコンサートなんて行けないわ(自爆)

ブーレーズは有り難い事に
CD で全作品を録音したものがあるから
明日・明後日とクラシックにウワキして
II と III の聴けない分を真夜中過ぎに聴きながら

コレ書いたら、早く寝よう!と
堅く決心している私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



このシリーズ、今日が最初のコンサートで
明日から土曜日まで
ベートーベン、ブーレーズ、シェーンベルクの組み合わせで
4回のコンサートがある。
でもクラシックにウワキするので行けない(汗)
正しい現代オタクからは非難されそうだが、私、雑食系なので・・・

クリスティアン・ゲルハーヘル + ゲロルド・フーバー

Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2016年11月15日 19時30分〜21時30分

バリトン Christian Gerhaher
ピアノ Gerold Huber

Robert Schumann (1810-1856)
  Vier Gesänge op. 142 (1840)
    Trost im Gesang
    Lehn’ Deine Wang’
    Mädchen-Schwermut
    Mein Wagen rollet langsam

Antonín Dvořák (1841-1904)
  Biboické písne “Zehn biblische Lieder” op. 99 (1894)

Robert Schumann
  Lieder und Gesänge op. 77, Band III (1840-50)
    Der frohe Wandermann
    Mein Garten
    Geisternähe
    Stiller Vorwurf
    Aufträge

  Zwölf Gedichte op. 35 “Kerner-Lieder” (1840)
    Lust der Sturmnacht
    Stirb, Lieb und Freud ! 
    Wanderlied
    Erstes Grün
    Sehnsucht nach der Waldgegend
    Auf das Trinkglas eines verstorbenen Freundes
    Wanderung
    Stille Liebe
    Frage
    Stille Tränen
    Wer machte dich so krank ?
    Alte Laute

アンコール
Robert Schumann
  Requiem op. 90/7 (Sechs Gedichte von Lenau und Requiem)

コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールは
室内楽やドイツ・リートには最適のホールで
座席数が少ないからチケットはまぁ、高めではあるけれど
バルコンの最後列の正面が取れれば
舞台は全部しっかり見えるし、音響は最高 ♡

私の青春時代のアイドルだった
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの存在が
あまりに大きすぎて
一時、ディースカウ以外のドイツ・リートの歌い手なんて
・・・という時代もあったけれど

後続の世代が
オペラだけではなく
ドイツ・リートの世界に出て来てくれたのは
誠に嬉しい限り。

その中でもクリスティアン・ゲルハーヘルと言えば
ディースカウの正統的なドイツ・リートの伝統を汲む
最も正統的なドイツ・リートの歌い手だろう。

というより
以前はあまりにディースカウと似過ぎていて
CD 聴いたら、ディースカウと間違える事も多々あったくらい。

私がこの歌手にノック・アウトされて
完全に惚れたのは
マーラーの「原光」をアンコールで聴いてからだが
その後、リートの夕べがあると
しつこく追い掛けて、今に至る。

二代目ディースカウみたいなところは
今では非常にポジティブな意味で活かされていると思う。

だって、この人のドイツ語の美しさって
半端じゃないんですもん。

で、ドイツ語の発音の美しさと言えば
マウロ・ペーターという若いテノールも居るけれど

ゲルハーヘルのドイツ語は
一つ一つの言葉に本当に魂が宿っているような

どの単語一つを取っても
歌でありながら、その内容がしっかり伝わってくるという
理性的なリートの構築と
その美声による美学的バランスが驚異的に完璧。

今回はローベルト・シューマンとドボルザークという
意欲的なプログラム。

それに、以前の、楽友協会の大ホールの時のように(→ ここ
聴衆最悪、という事もなくて
小ホールの親密な雰囲気の中で
ドイツ・リートが好きな通なお客さまが集まって
最低限の咳き込みと
携帯電話が1回鳴ったくらいで(怒)

涙が出るほどの美しい時間を過ごさせてもらった ♡

(あの悪夢のような楽友協会大ホールの後
 コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールのコンサートは素晴らしかった。
 お暇な方、その記事は こちら です)

割にマイナーな曲が多かったものの
Lehn’ Deine Wang’ とか
Mein Wagen rollet langsam とか
Erstes Grün なんかは
私の青春時代の曲だったし ♡♡♡

ドボルザークの「聖書の歌」は
オリジナルのチェコ語で歌われた。

いや、あの美声にこの上ないドイツ語の美しさが重なるから
ゲルハーヘル聴きに行ってるので
別にチェコ語じゃなくても良いんですけど(笑)
とか思いながらも

あの子音たっぷりでエル・ハチェックまであるチェコ語を
実に自然な感じで歌ってしまったのは
すごい才能に加えて、努力の賜物なんだろうなぁ。

ご存知、この歌曲集の10番は
「雪やこんこ、あられやこんこ」で(ホントです)
ちょっと椅子からずり落ちそうになったが
こういう発見があるのも楽しい。

後半のシューマンがまた圧巻。
静かな色調の歌は
本当に妙なる美しさで
親密に語りかけてくるし

激情に翻弄される曲では
かなりの声量で聴衆にグイグイ迫ってくる。

だから、ドイツ・リートの夕べに有り勝ちな
キレイなんだけど
もうちょっと、あの美声をフォルテで聴きたいわ
という欲求不満が全く残らない。

早いテンポの曲のリズミカルな軽さは
音楽だけではなく、ドイツ語そのものまで軽く聴こえるし

ディクションをクリアにしようとして
最後の子音だけが異様に目立つという
よくある現象も全くない。

音楽とドイツ語が完璧に計算され尽くしている。

なのに、冷たい感じが全くなくて
この人の計算は
あくまでも聴衆に何かを伝えるために
必要な事をしっかり押さえるためのもの、と確信できる。

ピアノのゲロルド・フーバーの方が
その意味では
感情任せの走り過ぎになりそうな部分が
チラチラ見えて
それはそれで、人間臭くて面白かった。

でもゲルハーヘル、舞台上で歩くのに
まるで膝を痛めたか
椎間板ヘルニアで片足に麻痺が残ったかのような
(私が疲れている時に出てしまうのと同じ)
ちょっと脚を引き摺った歩きをしていたので
何となく心配になった。

ちょうど40代の
最も声に艶が乗っている時の歌い手を
ナマで
しかも小さなホールで
マナーの良い聴衆と一緒に聴くという楽しみに勝るものはない。

ドイツ・リートって
ポピュラーな恋愛曲のロマン派版なので
セリフ回しも古風だし
この時代の詩人って
女性に振られてばかりだったのかしら?という程
失恋の歌ばかりなんだけど

まぁ、多少なりとも現代の恋心に通じるものも
ない訳ではないし
あれだけ女性を神秘化されて
男性に憧れられるというのは

当時の女性って
もしかしたらむちゃくちゃ強かったのか
・・・あっ、いや、あの、その(汗)

まぁ、あの声でラブソング歌われたら
私ならすぐに惚れちゃうかもしれないが(こらこら)

他人の恋路を
この上なく美しいメロディに乗せて
デバガメ気分を味わわせてくれる(違うかもしれないが)
ドイツ・リートは
まだまだ楽しい ♡ と真面目に思っている私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


ショスタコーヴィッチ 弦楽四重奏曲全曲

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年11月11日 19時30分〜21時

Dmitri Schostakowitch

Selini Quartett
  Streichquartett Nr. 1 C-Dur op. 49 (1938)
Quatuor Akilone
  Streichquartett Nr. 2 A-Dur op. 68 (1944)
Genaro String Quartet
  Streichquartett Nr. 3 op. 73 (1946)
Atalante Quartett
  Streichquartett Nr. 4 D-Dur op. 83 (1949)
Ensemble Resonanz
  Streichquartett Nr. 5 B-Dur op. 92 (1952)
Giocoso Quartett
  Streichquartett Nr. 6 G-Dur op. 101 (1956)
Ensemble Resonanz
  Streichquartett Nr. 7 fis-moll op. 108 (1960)
Ensemble Resonanz
  Streichquartett Nr. 8 op. 110 (1960)
Adamas Quartett
  Streichquartett Nr. 9 Es-Dur op. 117 (1964)
Doreen Quartett
  Streichquartett Nr. 10 op. 118 (1964)
Solistenensemble Kaleidoskop
  Streichquartett Nr. 11 f-moll op. 122 (1966)
Solistenensemble Kaleidoskop
  Streichquartett Nr. 12 Des-Dur op. 133 (1968)
Solistenensemble Kaleidoskop
  Streichquartett Nr. 13 b-moll op. 138 (1970)
JACK Quartet
  Streichquartett Nr. 14 Fis-Dur op. 142 (1972)
Arditti Quartet
  Streichquartett Nr. 15 Es-Dur op. 144 (1974)

リハーサル指導 Irvine Arditti
コンセプト Bernhard Günther
コーディネーション Gerda Strobl

ショスタコーヴィッチの全弦楽四重曲15曲を
1回のコンサートで演奏する・・・というのを見た時には

えらいこっちゃ(冷汗)

弦楽四重奏は苦手で、あまり聴かないけれど
一応、全曲エマーソン・クワルテットの CD は持っているが
1枚が優に70分を越える CD が5枚組だった・・・

ただ、コンサートの解説をよく読んだら

15組の弦楽四重奏団が
コンツェルトハウスの大ホールに位置して
一斉に15曲を演奏。

観客は平土間で
静かに弦楽四重奏団の間を移動する事ができる。

・・・さすがウィーン・モデルン現代音楽祭。

平土間に一部残っている席は既に満杯だったし
90分くらいずっと立ってあちこちに移動するのも
歳取ってくると、何か面倒だし
(しかも金曜日で体力が残っていない)
バルコンに席があるから上から聴いちゃえ。

プログラムには会場の見取り図。
しっかりと音響が考えられている各弦楽四重奏団の配置。
(平土間の真ん中に2グループ
 平土間入り口角に2グループ
 平土間横に3グループづつので6グループ。
 舞台上に2グループ
 更にその上のオルガン・バルコンに2グループ
 バルコンの下手(しもて)に1グループ)

プログラムの見開きには
1から15までのグループが
15分ごとの軸で、どこからどこまで演奏するかのグラフィックがある。

最初の約7分は15番
途中で8番が入り、13番が加わり
9番と11番が入って
ちょっと遅れて1番と2番
8番と11番が抜けると10番が入る。

15分をちょっと過ぎた辺りで
13番だけが数分、それだけで響き
その後は多少のズレを伴いながら
1番から15番までが一斉に鳴り響く。

・・・というグラフィックが75分ちょっとのところまで記載されている。

平土間の人たちは
演奏している弦楽四重奏団のところに集まったり
他のところに行ったり
かなり静かに移動していて(さすが現代音楽クラ)

あれは聴覚から考えると
かなり面白い体験には違いない。

バルコンから平土間に途中で移動した人も居たけれど
音響オタクの私としては
バルコンから、あちこちの弦楽四重奏団が
それぞれの音を鳴らしていて
それがホール全体に鳴り響いていくのが
音のお風呂に浸かっている感じで、夢見心地 ♡

確かに15曲、一斉に鳴らされると
多少のカオスは否めないけれど

どうやって作ったか知らないが
どこの部分で、どれとどれを鳴らすか、というのが
かなり緻密に計算されていて
ポリフォニーでも不愉快な神経に障るところがない。

第2楽章あたりに移動した辺りで
3曲くらいが一緒に演奏されている時の美しさには
ちょっと呆然とした。

各曲の音が溶け合って
いやもう、普通に1曲づつ演奏されていたら
絶対に描けないパステル色の天上の音楽になってる。

加えて面白いのは
音の聴こえてくる方向性に加えて
各プレイヤーの音量もあって
四方八方から、思いがけない方向から昇ってくる音たち。

オルガン・バルコンとバルコンのグループ3組は
高さがだいたい同じなので平行に音が届くし

バルコンのすぐ下に位置している2グループの音は
下から直接上がってくるし
舞台上のグループと真ん中グループはストレートに響いてくる。

うわ〜、これ、面白い。楽しい ♡
もういつまででも聴いていたい感じ ♡♡♡

プログラム記載に曰く
昔は色々な曲が一斉に演奏されるのは珍しくなくて
ヨゼフ・ハイドンだって20歳くらいの時に
ウィーンのティーファー・グラーベンで
色々な音楽家が演奏するフラッシュ・モブをやったらしい。
(警察が来るまで演奏していたようだ(笑))

有名なのはグスタフ・マーラーで
この人だって
イグラウで軍隊音楽隊が
いくつも一緒に広場で、同時に違う演奏をしたのを聴いているだろうし
チャールス・アイヴスも典型的ポリフォニー作曲家だしね。

その意味では、音響オタクにはたまらない90分だったけれど
60人のプレイヤーには、かなり地獄だったかもしれないなぁ。

だって、隣とか他の場所で、別のプレイヤーたちが
違う音楽を演奏しているところで
自分たちの曲をしっかり演奏(しかも4人で合わせて!)するんですよ。

結構、数グループがフォルテで演奏している時に
ピアニッシモか何かで演奏しなければならなかったグループも居て
(まぁ、それは結構各グループに公平に割り振られていたと思う)
耳が良ければ良い程、これは結構厳しかったんじゃないかなぁ。

まぁ、そういう実験的な試みに慣れているプレイヤーたちか
こういうすごいプロジェクトを
おおお、面白そうじゃん、と思うプレイヤーが集まったのだとは思うが
それでも、いや、この60人、本当によくやったと思う。

音響的にあまりに面白すぎて
今回はバルコンで聴いちゃったけれど
次は平土間で動きながら聴きたい・・・と切望はするが

こういう試みって
もう二度とやってはくれないだろうなぁ。
でも、やって欲しい、もう1回だけでも・・・

と本気で思っている私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



この15曲同時演奏って
ショスタコーヴィッチだから出来たのかなぁ。
ベートーベンとかでやったら
それはそれで、面白い・・・というより
混乱するだけか(笑)

ちょっと思い出したのがシュトックハウゼンのグルッペン。
これもナマでコンツェルトハウスで聴いた事があるが
実はもう一度、ナマで聴きたいものの一つ。
(だって CD で聴くと、ただの巨大オーケストラにしか聴こえないのだ)

この記事のカテゴリー
現代音楽にすべきか迷ったのだが
ショスタコーヴィッチは現代音楽とは言わないですよね・・・(笑)

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