フローリアン・ベッシュ + マルコルム・マルティヌー

0
    Mozarteum Salzburg Grosser Saal 2018年8月20日
    19時30分〜21時15分

    バリトン Florian Boesch
    ピアノ Malcolm Martineau

    Franz Schubert (1797-1828)
    Der Wanderer D 649 (1819)
    Der Wanderer an den Mond D 870 (1826)
    An den Mond D 259 (1815)

    Gustav Mahler (1860-1911)
    Lieder eines fahrenden Gesellen (1884/85)

    Ernst Krenek (1900-1991)
    Reisebuch aus den oesterreichischen Alpen
    Liederzyklus op. 62 (1929)

    今年のザルツブルク音楽祭のチケットは
    クルレンツィスのベートーベン・チクルスも
    ベルリン・フィルも、全部外れ。
    もちろん、私のチケット予算の少なさが一番の原因ではあるが
    フローリアン・ベッシュのリーダー・アーベントは
    何とか予算内にて確保した。

    モーツァルテウムの大ホールでのコンサートは初体験。
    開演前にビュッフェでコーヒー飲んでいる時に
    庭に出たら、あ〜、昔見た「魔笛小屋」があるわ。
    仕事している時に、これ、色々とトラブったんだったっけ
    ・・・と考えると、引退して良かった、とつくづく思ったりして(笑)

    今回のテーマは見てお分かりの通り Heimat
    ドイツ語のハイマートという言葉は
    日本語に訳すとしたら「故郷」なんだけど
    いわゆるロマン派詩人たちが多用していて
    「ふるさと」よりも、もっと感情的な思い入れがある。

    う〜ん、「ふるさと」ねぇ・・・
    私の「ふるさと」=子供時代を過ごした場所と言うなら
    敢えて言えば東京なのだろうが(何回か引っ越しはしている)
    大都会東京では
    ウサギも美味しくないし(すみませんオヤジギャグです)
    小鮒も釣った事がないので、どうも「ふるさと」という感じがしない。
    (それに、とうとう人生の半分以上をウィーンで過ごしている事になってしまったし)

    まぁ、ワタクシ事はともかくとして
    前半はシューベルトの「旅人」シリーズ的な3曲。
    あの有名な旅人ではなく D649 はシュレーゲルの詩。

    何とまぁ、繊細な表現。
    次のザイドルの詩による D870 も
    ゲーテの月に寄せる D259 も
    無駄な力を一切省いて
    徹底的に優しい表現を使っているのに
    ヘンに甘くならず、禁欲的なまでにビーダーマイヤー的な内向性を出している。

    ところが、次のグスタフ・マーラーのさすらう若人になったとたん
    ベッシュは豹変した。
    とことんドラマチック。
    声量も極端なピアニッシモから
    圧倒的なフォルティッシモまでのバリエーションを使い分け
    ほとんど暴力的なまでの激しさを見せる。

    最初の曲で
    ああああ、この暴力男、振って他の男性と結婚したのは
    きっと間違いじゃないわよ・・・とか思ってしまった程である。
    心の中にナイフ持ってるというのも
    本気でイライラしながら叫びまくっているので
    あ、もちろん、音楽的表現というのは充分にわかってはいるけれど
    さっきまでの、とことん優しいシューベルトとの対比があまりに凄い。

    私の今回の目的は
    後半のエルンスト・クルシェネクの「オーストリア・アルプスからの旅日記」である。
    (クルシェネクは、本人もオーストリア人もクレネックと名前を呼んでいるが
     日本のウィキだと、もともとチェコ語のエル・ハチェックがあるため
     日本ではクルシェネクとかクジェーネックなどと読まれているらしい)

    この曲、クルシェネクが自分でテキストを書き
    シューベルト的な新ロマン派のトナール(一部例外あり)で作曲したもので
    テキストの皮肉が、むちゃくちゃ効いていて
    オーストリアあるあるの満載。

    ハイマートという言葉より
    ファーターラントという語を使っているのが
    シューベルトのビーダーマイヤー時代から
    第一次世界大戦後の、オーストリアのアイデンティティ・クライスを感じさせる。

    1929年あたりは第一次世界大戦の敗戦後
    ハプスブルクのドナウ帝国が崩壊して
    各地の民族が独立して主権国家が成立し
    ドイツはドイツでプロイセンが覇権を握ってしまって
    突然、自分たちが世界の中心から、放り出されたような
    アイデンティティの不安定感が強かったんだろうなぁ。

    当時の交通機関(2曲目、これ、笑える)から
    アルプスの修道院の偉そうな修道僧の話から
    セラーでワイン飲みながら、人生の無意味と向かい合ったり
    不安定な天気に一喜一憂したり(これも笑える)

    好き、と言ったら誤解されそうなのだが
    6曲目の山村の墓地という曲の
    ゾッとするような死と貧困への目線には圧倒される。
    8曲目のワインの歌はホイリゲで歌われるシュランメルを思い起こさせるし
    10曲目の Auf und ab なんて
    旅行を楽しむどころじゃなくて、あちこちでパンフレット搔き集め
    写真撮りまくって絵葉書を書きまくって
    まぁ、現在で言えば、スマホで写真やビデオを撮って
    インスタに載せるのに夢中になって
    本当に旅を楽しんでいるのかわからん、というのとよく似てる。

    かと思えば政治的アピールもして
    雷も落ちて、ホームシックにもかかり
    最後19曲目で、故国=ファーターラントに戻っては来るのだが

    クルシェネクのこの曲に背筋が凍るのは
    その後、最後の20曲目。
    アカペラで12音技法を使ったエピローグ。

    フローリアン・ベッシュはこの曲を完璧にレパートリーにしているので
    ドイツ語の発音のクリアさに加えて
    表現の幅が中途半端でないこの20曲を
    それぞれ見事に歌い上げる。

    ピアノのマルティヌーの演奏も抜群に素晴らしい。
    完璧だわ、もう、うっとりしてしまう・・・

    オーストリアに暮らしていると
    あるあるがクルシェネクの皮肉な目で余すところなく書かれている上
    当時の政治・経済状況まで手に取るようにわかって
    何ともやるせない思いに駆られるこのチクルス
    私はとても好きだ。

    この曲、ベッシュが録音しないかなぁ、と長く希望していたのだが
    売店にあった!!!!!(狂喜)
    ちなみに、アマゾン(ドイツ)では、ほとんど出て来ない。
    ヘルマン・プライの録音がある筈なのだが
    全集の中で3曲しか歌ってない。
    (この曲は最初から最後まで聞いて、その良さがわかるのだ!(断言))

    ベッシュの録音のCDがあったなんて(感涙)
    イギリスの Hyperion から MP3 のダウンロードもある。→ ここ


    今までツェドネックのテノール版しか持っていなかったので
    これは嬉しい \(^o^)/

    1泊だけだが、明日の仕事とコンビネーションも出来て
    素晴らしい美声と表現力を楽しませてもらって
    すごく幸せになっている私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    イアン・ボストリッジ + ジュリアス・ドレイク

    0
      Musikverein Brahms Saal 2018年6月5日 19時30分〜21時30分

      テノール Ian Bostridge
      ピアノ Julius Drake

      Hugo Wolf (1860-1903)

      Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine
       Aus meinen großen Schmerzen
       Spätherbstnebel
       Du bist wie eine Blume
       Mädchen mit dem roten Mündchen
       Mein Liebchen, wir saßen beisammen
       Wenn ich in deine Augen seh’
       Mit schwarzen Segeln
       Wie des Mondes Abbild zittert

      Lieder nach Gedichten von Johann Wolfgang von Goethe
       Frech und froh I
       Frech und froh II
       Der Rattenfänger
       Gutmann und Gutweib
       Ganymed
       Grenzen der Menschheit

      Lieder nach Gedichten von Eduard Mörike
       Der Genesene an die Hoffnung
       Der Knabe und das Immlein
       Jägerlied
       Der Tambour
       Begegnung
       Nimmersatte Liebe
       Verborgenheit
       Auf ein altes Bild
       In der Frühe
       Gebet
       Peregrina I
       Peregrina II
       Der Feuerreiter
       Abschied

      同じ日の同じ時間に
      コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールでは
      ミヒャエル・シャーデのコンサートがあるって
      もう、ホントにウィーンに居ると
      時々、身体が2つか3つ欲しい(涙)

      歌手ってよく直前に体調不良とかでキャンセルになったりするし
      (実際、本日、フローレスはオペラ座のリゴレット2公演をキャンセルした)
      ともかくチケットだけは押さえて、と両方のチケットを持っていた。

      直前までどうしようか迷いに迷った末に
      大学の授業で同僚にシャーデのコンサートのチケットは押し付けて
      私はイアン・ボストリッジ博士のコンサートに行く事に決定。

      だってオール・フーゴ・ヴォルフのプログラムだもん。
      ボストリッジはイギリス人だけど
      昔からドイツ・リートをレパートリーにしていて
      フーゴ・ヴォルフもよく歌っている。

      ハイネの詩による歌曲集は私もよく知らない。
      Du bist meine Blume とか、シューマンの曲もあるぞ(笑)
      で、聴いてみると、フレーズのいくつかが
      シューマンにそっくりで、あはは、パクリか
      それとも、この歌詞にはその方法しかないのか・・・と考えてしまう。
      (同じく Wenn ich in deine Augen seh’ も詩人の恋にある)

      ゲーテの詩による歌曲集は知っている。
      Frech und froh I と II をユーモアたっぷりに歌い上げる。

      ボストリッジのドイツ語は
      Oウムラウトにちょっと難があるけれど
      しっかりした発音だし、多少の傷は全く気にならない。

      と同時に、ボストリッジのハイテノールのこの美声といったら・・・
      オペラではないから抑制の効いた声なのだが
      伸びるところになると、溜息ものの美しさだし

      ドイツ語の発音の一つ一つに徹底的に拘って
      歌詞の内容に伴う発声の表現力が豊かで
      優しい音色で歌われると背筋がゾクゾクする。

      Der Rattenfänger は早口言葉が言えないと無理、という
      テンポの速い曲で、内容もとんでもないのだが
      ボストリッジは余裕綽々で、しかもドラマチックに語ってくれる。
      Gutmann und Gutweib も語り口が巧い。

      Ganymed は私も大好きな曲で
      ヴォルフらしいエロスと、登っていく時の恍惚感を
      あの美声で歌われるとメロメロ。

      前半の最後は Grenzen der Menschheit
      何故、こんな暗い曲で前半を終わらせたのかはわからないが
      この曲、かなり低音があって
      ボストリッジのハイテノールには向かないと思うのだが
      じっくり丁寧に低音も歌わせて
      暗い曲想のバリトンかバス向きの曲を見事に聴かせてくれる。

      後半、メリケの歌曲集。
      最初の何曲かは語り的な要素の強い軽いバラード。
      Jägerlied ではドイツ語の単語の明るさにきちんと差をつけていて
      いやもう、何て魅力的。

      Der Tambour あたりで、ちょっと疲れが見え隠れ。
      この曲もバラードで、メロディというよりは語りだから
      ドイツ語が母語でない人には非常に難しい事を考えると
      ちゃんと歌って(=語って)はいるのだけれど
      ちょっと辛そうだなぁ。

      Begegnung のドイツ語ディクションはむちゃくちゃ難しいのだが
      ドイツ語のクリアな美しさというよりは
      ダイナミックさと繊細さで聴かせてくれる。
      Nimmersatte Liebe って、私が意味を誤解していなければ
      ちょっとヤバイ内容ではあるんだけど
      抑制が効いて、最後のサロモンのところを洒脱に提示する。
      うううう、巧いなぁ・・・

      続く4曲は静かな印象の曲で
      しっとりと歌い上げてくれる(けど、4曲続くとちょっと平坦かも)
      ペレグリーナも洒脱に歌い上げて

      最後の Der Feuerreiter と Abschied へ。

      え〜〜〜っと、何故、ボストリッジは
      Der Feuerreiter をここに持って来たんだろう・・・
      これ、メロディとかほとんどなくて
      激しいドイツ語ディクションが必要な上
      割に低めの音が多くて
      ・・・博士の美声に全然合わない。

      最後の Abschied は
      大抵歌い終わったあたりで拍手のフライングがある曲だが
      ピアニストが後奏のワルツの最初の音を早めに叩いて
      実に巧いタイミングで拍手のフライングを阻止したのには驚いた。

      この曲もディクションと表現力と
      ついでに、この曲こそ、ほとんどメロディないんだけど
      ボストリッジの表現力で見事に劇的なシーンを再現。

      アンコールにいくつかの曲の
      別作曲家バージョン(シューマン・バージョン)をサービス。

      え〜っと・・・ボストリッジの美声だと
      ヴォルフよりシューマンの方が映えますね(笑)

      シャーデのコンサートと重なったのは残念たっだけれど
      ボストリッジ博士の表現力の豊かさと
      ハイテノールのチャーミングさに
      うっとりしながら帰った私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      アンサンブル・シュティムヴェルク

      0
        Campus Altes AKH Alte Kapelle 2018年5月11日 19時〜20時30分

        Von der Tinte zum Ton, Renaissancemusik zum Klingen gebracht

        Ensemble Stimmwerck
        カウンターテノール Franz Vitzthum
        テノール Gerhard Hölzle
        テノール Klaus Wenk
        バス Marcus Schmidl

        Ludwig Senfl (1490?-1543?)

        Nisi Dominus aedificaverit domum
        2.p. Cum diderit dilectis suis somnum
        ***
        Nunc, Deus, ad requiem
        Sum tuus in vita (i)
        O bone Jesu !
        2.p. Per me ivi in peccatum
        ***
        Nesciens Mater Virgo virum
        Ave sanctissima Maria
        2.p. Tu es singularis Virgo pura
        3.p. Ora pro nobis Jesum
        4.p. tuum dilectum Filium
        Regina caeli, laeterare / Conscendit iubilans
        2.p. Quia quem meruisti portare / Gloria, laus et honor
        3.p. Resurexit sicut dixit / Grates nunc omnes reddamus
        4.p. Ora pro nobis / Te ergo quaesumus
        5.p. Alle-, Domine nate matris / Dies est laetitiae
        ***
        Egregie Dei martyr Sebastiane
        ***
        Christe, qui lux es et dies
        Pange lingua (i)
        Festum nunc celebre

        ルードヴィヒ・ゼンフルを知っていますか?

        と聞いたら
        このブログの読者の中で手を挙げる人が何人か居そうだが

        私は知りませんでした(恥)

        驚くべき事にウィキペディアにも日本語の記述がある位なので
        本当はすごく有名な人なのかもしれない。

        皇帝マキシミリアン1世のお抱え音楽師だったし
        若い頃はウィーン帝室礼拝堂の聖歌隊員(ウィーン少年合唱団だ!)だったし
        イザークのコラリス・コンスタンティヌスの実用版をまとめ上げて
        マキシミリアン1世の崩御後はカール5世にクビにされて
        マルティン・ルターとも親交を持ち
        ミュンヒェンの宮廷楽団員として、ミュンヒェンで生涯を終えた人。

        で、何故に私がゼンフルのコンサートに行ったかと言うと
        このコンサートを企画・主催した教授が
        先学期の、論文の書き方セミナールの担当で
        演習の問題例に、何回も何回もゼンフルが登場したから(爆笑)

        教授としては、やっぱり自分の専門領域から
        宿題や演習の例を出したいわけで
        MGG (というスタンダードな百科事典がある)とかで
        ゼンフルの項を読んでいたら、やっぱり曲を聴いてみたくなる。

        ウィーンのプロジェクトで New Senfl Edition というのがあって
        今回はその研究の成果から、ゼンフルの曲を
        4声の男性アンサンブルで紹介。

        ヨゼフ2世の建てた総合病院がキャンパスになっているウィーン大学の
        古い教会の中で、説明を交えながら聴く事が出来た。
        (教会そのものは建物の中で、祭壇が置いてある以外は
         修築されてしまっているので
         ただの普通のちょっと天井が高い部屋という感じである)

        いや〜、本当にルネッサンスの音楽ですよ?!
        15世紀から16世紀、日本だと室町時代から戦国時代
        文化的には東山文化、足利将軍家。
        ウィーンでは、ステファン寺院の南の塔は既に完成していたから
        ゼンフルも、今、我々が見ている塔を見ていたのだろう。

        ノテーションはもちろん現在と違うし
        総譜じゃなくて、声部ごとの記載。

        残っている資料をもとに
        専門の学者たちが新しいエディションを発行。

        ただ、ゼンフルの作品かどうかわからない作曲者不明のものもあるし
        (これは様式その他の研究で、ゼンフルの作品と位置づけされた)
        声部の一部が欠けてしまっている作品もある。

        歌われた Egregie Dei martyr Sebastiane は、アルト譜が欠けているのを
        2人の学者が、それぞれ違う再構築をして
        アルトが違う2つのバージョンで聴かせてくれた。

        アカペラだが
        各声部がポリフォニーで
        時々、カノンの形にもなっていて

        トーンザッツの授業で習っている和声と対位法が
        そこそこ見えてきて(たぶん私の妄想)面白い。

        私だって、まだ楽理とかチンプンカンプンだし
        パレオグラフィーは来学期に取るつもりで
        今学期の演習には参加していないし
        だから、もう、全然ワケわかんないけど

        この4声の音楽
        響くと、ものすごく空間が広がって
        あ〜、なんか、すごく感激する。

        歌われているラテン語も、さ〜っぱりわからないけれど(こらっ!)
        今から400年以上前の時代
        電気もない、マイクもない(ピアノもなかったよね、チェンバロだけで)
        私には想像もつかないようなナイナイ時代で
        こんなに豊かな和声を、教会や貴族は聴いていたのだ
        ・・・と考えるだけで、かなり感激してしまう。

        当時のカウンターテノールって
        教会内で声の美しい男の子を・・・
        (あ〜、以下省略。こういうのって、かなりおぞましい)
        そういう俗な妄想は背筋が凍るので脇に押しやって
        (いや、そう考えると日本のお稚児さんなんて、なんて無害な・・・)
        和声の美しい響きを、とことん楽しませてもらった。

        教会旋法なのでフリギア旋法とかもあったけれど
        (教会旋法は理論としては楽理で習ったけれど
         まだ判断ができる程、演習もしてないし、私、アホだし)
        そんな理論はともかくとして
        和声の響き、各声部の動きがチャーミングで
        (宗教曲にそういう事を言ったら失礼なのかもしれないが)
        自分で思っていたよりも感激してしまった f^_^;

        もちろん、当時はまだ平均律の考え方もないし
        実際、どう響いていたのかは謎のままなのだが
        それでも、こうやって再構築されて
        室町時代の音楽の、少なくとも片鱗を聴けるのは楽しい。

        ゼンフルの楽譜のエディションを出しても
        別に誰の役にも、何の役にも立たない(すみません!)とは思うのだが
        でも、こういう事に情熱を持って立ち向かう学者たちの努力って
        人間の好奇心に限界がない事を感じられて、ちょっと嬉しい。

        音楽学という、ともかく役に立たないヘンな学問に
        足を突っ込みだして数ヶ月。
        トナリティがアポステリオリかアプリオリか、という
        大昔に頭を捻った問題にも
        ある程度の説明が出来るようになった。

        何年か前のウィーン・モデルンで行われた
        音楽と脳、という講義のシリーズも
        今だったら、別の捉え方でアプローチできるんだろうなぁ。

        あ〜、知識って、役に立つか立たないかはともかく
        やっぱり大事だわ、と、つくづく思う私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        ゲルハーヘル + フーバー「美しきマゲローネ」

        0
          Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2018年4月15日 19時30分〜21時

          バリトン Christian Gerhaher
          ピアノ Gerold Huber
          語り手 Ulrich Tukur

          Johannes Brahms (1833-1897)
          Die schöne Magelone
          15 Romanzen aus Ludwig Tiecks Erzählung op. 33
          (Textbearbeitung : Martin Walser) (1861-69)

          ドイツ・リートを歌える現代の歌手のうち
          トップの1人だと思うクリスティアン・ゲルハーヘルが
          ブラームスの「美しきマゲローネ」を
          コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールで歌ってくれるなんて

          こんな贅沢な時間がどこにある?!!!!

          プログラムを見つけた時から
          一般発売開始の日をカレンダーに書き込んで
          貧民席ながらもバルコンの正面(ワタシにとっては高い)席をゲット。

          だって、マゲローネですよ!!!
          シューベルトの三大リート・チクルスとか
          シューマンの詩人の恋は、なんだかんだと取り上げられるけれど
          ブラームスの美しきマゲローネって
          私の記憶にある限り
          10年以上前にトーマス・クヴァストホフが
          楽友協会のブラームス・ホールで
          ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウと
          寸分違わぬ歌い方で
          私は客席でひっくり返って驚いたのが
          唯一のコンサートだったと思う。

          美しきマゲローネ、むちゃくちゃ好きです ♡
          誤解を招きそうだが、もちろん、その音楽が好きなんです。

          ストーリーは実にアホらしいのだが
          最初の曲が、もう、ものすごく好き。
          だって、最初の曲って
          若い頃のアホっぽい冒険は後悔する事は何もなく
          数十年も経ってから、父親が息子に語る
          ・・・みたいな
          え〜い、日本語にすると(翻訳の才能がない)全然カッコよくないが
          実にしみじみした名曲なのだ。

          私は家族を持つ事を拒否して来ただけに
          青春時代に差し掛かった息子と
          居間の暖炉の前で飲み交わしながら
          お父さんが、自分の若い頃の冒険談を語るって
          なんか、すご〜く良いなぁ、と思ってしまう。

          現代だったら息子からウザいと言われて終わりだろうが(笑)
          19世紀の息子たちは、もう少しヒマと寛容さがあったのかも・・・

          この歌曲集、確かにリートだけ聴いたら
          どういう冒険だか、さ〜っぱりわからない。
          (私は知ってますよ?15歳くらいの頃からレコード(!)聴きまくっていたので)

          今回はドイツ人の俳優ウルリッヒ・トゥクルが朗読。
          バリバリのドイツ人=高地ドイツ語なんだけど
          原稿はあるものの、ほとんど目線は原稿に向けず
          観客に語りかけるように、実に自然に
          しかもドイツ語に表情があって
          本人も座っているのに、表情や仕草で演技して

          更に、誰が書いたんですか?このテキスト?と言う位
          内容がむちゃ面白い(皮肉もある)

          さすがに語りはマイクを使っているので
          導入部の語りの後の1曲目は
          ちょっと違和感あったが(話し声と歌声の差異が)
          それも慣れてしまえば、バランスとして悪くないので自然に聴ける。

          ゲルハーヘルのバリトンは、いつもながらの美声だが
          同時に、ドイツ語の単語の一つ一つをきっちりと捉えて
          音楽とのコンビネーションが完璧に考えられている。

          朗々と歌い上げる部分と
          セリフで語るように歌われる部分のバランスの良さ。
          マッチョな男性的要素を出してくる事もあれば
          一転して、不安や女性的な感情を歌に乗せてくる。

          この歌曲集の歌って
          ただのシュトローフェン・リートかと思っていると
          途中から、とんでもない移調をしたり
          リズムもメロディも突然変わって、実にドラマチックな構成なのだ。

          語りのテキストのユーモアもあって
          いや〜、むちゃくちゃ楽しいわ。

          実は3曲目の途中で
          客席で事故があって
          (ギャラリーの老婦人が脳溢血を起こした模様、すごいイビキが・・・)
          周囲の人たちが、医者はどこ?と、歌を中断。
          (その判断は正しい)

          ご存知の通り、こちらの法律では
          コンサートには必ず医者と警察が待機しているので
          歌は中断してもらって
          係の人が入って来て連れ出して行った。

          ・・・で、普通、その後、続ける時には
          歌っていた歌の最初から歌うかと思ったら
          ちょうど中断したところから歌い出したのにはひっくり返った。
          あんな事、出来るんですね?
          舞台上のアーティストには思わぬ突発事項だったとは思うんだけど
          人命第一ですから。

          でも、この事故によって
          集中力が途切れる事はなく
          まるで何もなかったかのように
          最後まで緊張感を持って歌われたのには脱帽。

          ティークの詩のうち、2つだけブラームスは作曲していないが
          それは、ゲルハーヘルが朗読した。
          (朗読のドイツ語もため息が出るほどに美しい・・・)

          いやしかし、この主人公のペーターって
          マゲローネと駆け落ちしたは良いが
          マゲローネの寝姿にムラムラして(脳内妄想)
          脱がせたら、胸のアクセサリーをカラスが持っていったので
          カラスを追いかけて、マゲローネを1人にしたまま
          カラスの方向に走って船に乗って
          サラセン人に捕まってスルタンのところに連れて行かれてって

          ホントのアホだね、こいつは。
          (それが父親になって、そういう話を息子にするのか?
           それもちょっと問題かもしれない・・・)

          マゲローネも、帰って来ないペーターを
          村の庶民のところで暮らしながら2年待っていて
          ペーターが戻って来たら、すぐにペーターだとわかったのに
          ペーターはマゲローネの事が分からず・・・って
          このペーターって、あまりにアホすぎる!!!(唖然)

          まぁ、おとぎ話だから、怒っても仕方ないんだけど
          古今東西のおとぎ話って
          いつまでも愛をなくさず1人の男性を待っている女性と
          (もちろん、それは世の男性の叶わない妄想です)
          あまりにアホすぎて、世の女性が呆れ返る男性が
          ワケのわからんラブストーリー(男性脳内妄想優性)を繰り広げる
          というのが多いなぁ。

          楽しい朗読(美しいドイツ語!)と
          ゲルハーヘルさまの、この上ない美声で
          表情豊かにドラマチックに語られるストーリーで
          悶えっぱなしの2時間。

          この曲、語りも含めてソニーから CD になっていて
          (このサイトで、ゲルハーヘルの美声が一部聴けます)
          しっかり購入して、後からサインしてもらった (^^)v
          (私がサイン会に行くのは非常に珍しい(笑))


          (クリックで大きくなります)

          CD の録音で聴くと
          声の質の関係か、録音技師の関係か
          ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウに
          非常に似て聴こえて来るのだが
          実際にナマで聴くと、全く違って
          ゲルハーヘルならではの解釈が、あちこちに聴こえてくる。

          悶絶の2時間を徹底的に楽しんでしまって
          大学の宿題(義務ではない)をやっていなくて
          真夜中に焦っている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          実は今日は午前中11時からのコンツェルトハウスの
          ウィーン・フィル+サカリ・オラモのコンサートにも行ったのだが
          ほとんど最初から最後まで寝ていたので、記録が書けない(汗)

          フローリアン・ベッシュ + マルコルム・マルティヌー

          0
            Musikverein Brahmssaal 2018年3月7日 19時30分〜21時05分

            バリトン Florian Boesch
            ピアノ Malcolm Martineau

            Franz Schubert (1797-1828)

            Aus „Schwanengesang“, D 957
             Liebesbotschaft
             Frühlingssehnsucht
             Ständchen
             Abschied
             In der Ferne
             Aufenthalt
             Kriegers Ahnung

            Drei Lieder nach Texten von Johann Wolfgang von Goethe
             Grenzen der Menschheit, D 716
             Meeres Stille, D 216
             Der Fischer, D 225

            Aus „Schwanengesang“, D 957
             Das Fischersmädchen
             Am Meer
             Ihr Bild
             Die Stadt
             Der Doppelgänger
             Der Atlas

            アンコール
             Die Taubenpost

            ドイツ・リートというのは
            テキストと音楽の一体化と語り口と
            ドイツ語のディクションの美しさに
            如何に音楽性を乗せるか、という
            非常に難しい分野だと思う。
            (他の分野、オペラやマドリガルなどが簡単とは言ってません、念の為)

            よって、どんな美声の持ち主でも
            別にこの人でドイツ・リート聴かなくても良いわ、というケースもある。
            (具体的に何人もの歌手が思い浮かぶのだが
             名前を書くのは止めておく ^^;)

            つい数年前まで
            ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウという
            とんでもない巨匠がいて
            この人が居たからこそ、この芸術ジャンルが生き延びたと思うのだが

            ただ、あまりにこの歌手が偉大すぎて
            その後、フィッシャー=ディースカウにそっくりの歌手が続出。

            ああ、もう、ディースカウの遺産から離れられないのか・・・
            と思っていたら

            ここ数年、ディースカウのアプローチと
            全く違うドイツ・リートを聴かせてくれる歌手が出て来るようになった。

            聴き手としての自分自身も
            ディースカウの呪縛から
            やっと、逃れる事が出来てきたような気がする。

            ディースカウを継ぐ素晴らしいリート歌手も居るけれど
            フローリアン・ベッシュというバリトンは
            ディースカウとは全く違った局面から
            シューベルトのリートにアプローチしていて

            「冬の旅」や
            この間の非常に奇妙な「美しき水車小屋の娘」に続き
            今回は「白鳥の歌」を中心にプログラムを組んだ。

            地下鉄が遅れて
            ギリギリの時間にホールに入ったら
            係員が「プログラム売り切れ」・・・・・って
            ええええええっ、ドイツ・リートをテキストなしに聴くのっ!?
            (テキスト見るという前提なので
             舞台は全く見えない貧民席を確保している)

            その時はプログラム内容までチェックしていなかった。
            (シューベルトの歌曲という事はわかっていたが
             シューベルトのドイツ・リートって576曲ある・・・)

            手元のスマホで楽友協会のサイトに入って曲目だけ見たら
            前半は白鳥の歌からの歌曲だったので
            曲そのものを知っていたから良いんだけど。

            し・か・し!!!
            ベッシュはタダモノではないので、すごい曲の順番になってる。

            長調の「愛の使い」から「春の憧れ」
            短調の「セレナーデ」を挟んで、長調ながら悲しさの混じった「別れ」
            その後に「遠国にて」「住処」第1部の最後は「兵士の予感」と
            ど〜んどん暗くなって行く。

            最初の「愛の使い」でひっくり返りそうになったのだが
            極論っぽく言えば、この人、歌ってない。
            あくまでもテキストのドイツ語を
            音楽という第二義的補助を使って「語って」いる。

            続く「春の憧れ」も、徹底的にドイツ語の語りにしているので
            音楽的にものすごく不思議な部分が噴出する。

            驚くようなところでタメるとか、ほんの少しのテンポのズレとか
            更には音程の外れまで散見(散聴?)されて
            ものすごく奇妙なシューベルト。

            シューベルティアーデのイメージのような
            家庭的な温かさというのものが、すっぽり抜けて

            テキストを強調する歌い方だが
            激情に流されず
            ものすごく客観的に、ある意味、冷たい突き放しがあり
            ちょっとゾッとするような感じで鳥肌が立つ。

            テンポの遅い「遠国にて」「住処」「兵士の予感」では
            その美声もたっぷり聴かせてくれたけれど
            ベッシュの暗めの低音で、こういう歌を聴くと
            シューベルト歌曲の持っている鬱な部分が強調されて
            ああああああ、暗い、暗い、暗いわ。

            幕間にやっとプログラムを入手。
            後半の最初の「人間の限界」って・・・
            このテキスト、良く知ってる。

            反射的にフーゴー・ヴォルフの音楽が頭の中に浮かんだのだが
            へええええ、シューベルトも作曲してたのか。

            聴いてみると
            テキストによるものなのだろうが
            メロディの扱い方がヴォルフにすごく似ている。
            (というより、ヴォルフが後だから反対か(苦笑))
            音そのものの動きが少なくて
            あくまでもテキスト重視の曲になっていて
            音楽的には・・・まぁ、あまり面白くはない(こらこらこら)

            「海の静寂」「漁師」と続けて
            その後は、また「白鳥の歌」に戻る。

            で、またこの組み方が
            「漁師の娘」「海辺にて」「彼女の肖像」「街」「ドッペルゲンガー」「アトラス」
            と、どんどん重くなり暗くなる編成。

            前半と同様に
            場合によっては音楽を多少なりとも無視しても
            テキストが前に出て来て
            明るい曲でも、ゾッとするような背景が見える。

            ドッペルゲンガーなんて・・・
            あああああ、あの表現をどう言語で表現すべきか。
            ともかくゾッとする。コワイ。
            存在感そのものを問うような恐ろしさがある。

            しかも最後がアトラスとはね。
            すごい声量の美声で
            どっしりした重さで
            全世界の苦しみを
            しかもオペラ的感情の噴出ではなく
            抑えて抑えて抑えたところで出してくるので
            ほとんど絶望感しか見えてこない。

            うううう、これでコンサートを終わりにするなんて・・・
            鳥肌立ちっぱなしだし
            精神的にむちゃ落ち込むし
            暗いし絶望するし、そりゃないだろ。

            でも、もちろん(!)リートのリサイタルだから
            アンコール曲がある訳で

            そうです、アンコールと言ったら、もうコレしかない、という選択で
            「鳩の便り」

            これ、シューベルトの最後の作品と言われていると思うのだが
            普通は聴いて、ちょっとホッコリする曲。

            でもベッシュが歌うと
            ホッコリというよりは、やっぱり奇妙なのだ。

            最後の
            Sie heißt - die Sehnsucht ! Kennt ihr sie ?
            それを「憧れ」と言う。君たち知ってるかい?(意訳)
            の部分の Sehensucht (憧れ)を
            極端な小声で、まるで囁くように歌われて
            「そんなモノ、実はないんだよ」と
            耳元でそっと言われている気分(妄想爆発中)

            この歌手の歌うシューベルトは
            ともかく奇妙で
            伝統的解釈の音楽的シューベルトが好きな人には
            かなり違和感があるだろう。

            自分自身も、ベッシュのシューベルトを欠かさず聴いて来て
            果たしてこれが自分の好きなアプローチか、と問えば
            自信を持って、大好き、とは言えないのだが

            じゃぁ、伝統無視の奇妙なだけのシューベルトか、と言われると
            ちゃんとドイツ・リートとしての
            端正な節度を持っているので
            奇妙とは言っても、不思議に人を離さない魅力があるのだ。

            ともあれ
            こういうアプローチが出来る歌手が居るというのは
            大事な事だし
            ドイツ・リートのファンとしても嬉しい、と
            これだけは確信持って言っちゃう私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            気温はプラスまで上がったし
            多少なりとも太陽も出るようになったし
            でもベッシュのシューベルトを聴くと
            まだ冬の真っ只中のような気分になる。
            ・・・でも、実はそれも悪くないと思う今日この頃。

            サイモン・キーンリサイド + マルコルム・マルティヌー

            0
              Musikverein Brahms Saal 2018年2月21日 19時30分〜21時30分

              バリトン Simon Keenlyside
              ピアノ Malcolm Martineau

              Hugo Wolf (1860-1903)
               Harfenspieler I
               Genialisch treiben
               Prometheus
               Lied vom Winde
               Fußreise
               Denk’es, o Seele
               Blumengruß
               Der Knabe und das Immlein
               Wien sollt’ ich heiter bleiben
               Erschaffen und Beleben

              Maurice Ravel (1875-1937)
               Histoires naturelles
                Le paon
                Le grillon
                Le cygne
                Le martin-pêcheur
                La pintade

              Francis Poulenc (1899-1963)
               Pavane für Klavier Solo aus der „Suite française d’après Claude Gervaise“
               Mazurka
               Paganini
               L’anquille
               Carte postale
               Avant le Cinéma
               1904

              Claude Debussy (1862-1918)
               Voici que le printemps

              Gabriel Fauré (1845-1924)
               Le secret
               En sourdine
               Le papillon et la fleur

              アンコールにシューベルトを数曲。
              後で楽友協会のサイトに発表されると思う。
              (後記 Im Abendrot, D799 : Der Gondelfahrer, D809 :
              An den Mond in einer Herbstnacht, D614)

              いや〜、悶絶した。

              もともとこの日は先行発売のオペラ座のバレエ・チケットを持っていたのだが
              バレエのチケットはキープしながら
              サイモン・キーンリサイドのチケットの
              一番安い席(舞台全く見えず、ただし正面で音は良い)を購入。

              だって歌手って直前キャンセルというケースが多いじゃないですか。
              特にここ数日、ウィーンは雪が降って
              気温も最高でプラス2度になるかどうか、という毎日。

              ギリギリ引っ張ったけれど
              プログラムの多少の変更はあったけれど
              歌ってくれました、キーンリサイド!!!!! \(^o^)/

              キーンリサイドのリサイタルへ行く、と話したら
              あ〜、キーンリサイドってイイ男だわね、と言われたけれど
              舞台見えないので、どうかはわかりません。
              (いや、何回もリサイタルは言っているので
               どういう「姿」の人かは知ってますが(笑))

              前半がフーゴ・ヴォルフ。
              ゲーテの詩によるものを中心にメリケの詩を数曲。

              ううううう、美声だ、美声!!!
              倍音たっぷりの深い男性バリトンだが
              美声に溺れる事なく
              ものすごく美しいドイツ語のディクション。

              ヴォルフのゲーテの歌曲集なんて
              メロディがあって無きが如く
              ドイツ語での語りを、徹底的に細密に聴かせないと
              とてもじゃないけど、聴いていられる曲じゃないし。

              暗い色調の曲が多い選択だけど
              クリアでこの上なく美しいドイツ語のディクションが
              深いバリトンに映えて、ああああ、悶絶・・・

              美しい・・・ (。-_-。)

              さて後半はフランス歌曲。
              歌詞は手元のプログラムにドイツ語訳が載っている。
              これを見ているので、舞台見えなくても別に構わないのだ。

              ラヴェルの博物誌。
              うわあああ、モーリス・ラヴェルってこういう曲も書いていたのか。
              どこかで聴いた事があるような気もするが
              これ、むちゃ面白い。

              くじゃく、こおろぎ、白鳥、かわせみ、ほろほろ鳥
              それぞれのストーリーが、それぞれの音楽で語られる。

              キーンリサイドのフランス語、ものすごくチャーミング ♡
              フランス語の良し悪しなんてわからないけれど(無教養)
              でも発音の美しさと、それが音楽に寄り添う様はよくわかる。

              ピアノ・ソロでプーランクのジェルヴェーズによるフランセーズからパヴァーヌ。
              あ〜、これも美しい。
              フランスの作曲家の曲って
              ドイツ語圏の曲と全く違って
              ゴツゴツしたところや、イジイジした暗さがなくて
              空気に溶け込むような軽さが爽快。

              そのまま続けて歌曲へ。
              これもストーリーを語る曲で
              あ〜、こういうの、フランス語がわかると絶対に違うんだよなぁ
              ・・・と思いつつ、それはフランス語を習わない私が悪い(涙)

              続けてのドビュシー
              そしてガブリエル・フォーレの1曲目は
              あああ、私が中学時代に聴いていた曲だぁ。
              (当時はラジオでの放送をカセット・テープに録音するしか方法がなくて
               何かの放送でフォーレの歌曲集があった。
               もちろん歌詞は???である(いまだに))

              最後のフォーレの「蝶と花」は作品番号1-1である。
              でも何てチャーミングな曲なの ♡
              調べてみたらソプラノで歌われる事が多い曲のようだが
              キーンリサイドは、あの美声のバリトンで
              重くならずチャーミングに歌い上げる。

              あああああ、ホントに惚れます(声に)

              ブラームス・ホールは
              こういう歌曲の夕べにはぴったりの大きさ。

              大ホールと同じく音響も抜群で
              ついでに大ホールと同じく、椅子が全部、むちゃくちゃ軋る上に
              大ホールと同じく客席の雑音の響き方も半端じゃないので

              もっと安い席を買って
              音響が悪いから、と幕間の後に隣に移って来た人がたてる雑音が・・・
              (あの、その席、空いてましたけど
               あなたの持ってる席の4倍くらいする席ですが。
               まぁ、いつものモグリのおばさんも居て
               これは超高い席に座っていたから・・・)

              まぁ、でもこれは仕方ない。
              そういう雑音や咳払いにも負けず
              (それでもリートのリサイタルは咳払いは比較的少ない)
              妙なる美声と
              エネルギッシュながら声高には叫ばないマルティヌーのピアノを
              アンコールのシューベルト含めて
              とことん堪能して
              悶絶し過ぎて、ボーッとしながら会場を出た私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              プログラムには記載がなかったが
              ご本人のウエブ・サイトを見たら
              このコンサート、収録があったようで
              3月6日の19時30分から、オーストリア国営放送ラジオ第一チャンネルで聴ける。
              その後1週間はオン・デマンドでも聴けるので
              この美しい声とディクションを聴きたい方は、ぜひどうぞ!!!

              フィルハーモニックス Cine Music 

              0
                日曜日のダブル・ヘッダー(あ〜、自分でもよくやると思う・・・)
                時系列に読みたい方は
                あまり内容ないですが、こちらからどうぞ。下は夜の印象記です。


                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年2月18日 19時30分〜21時45分

                Philharmonix
                バイオリン Noah Bendix-Balgley, Sebastian Gürtler
                ヴィオラ Thilo Fechner
                チェロ Stephan Koncz
                コントラバス Ödön Rácz
                クラリネット Daniel Ottensamer
                ピアノ Christoph Traxler

                „Cine Music“ FILMharmonix musizieren

                Stephan Koncz (*1984)
                James Bond-Suite

                Camille Saint-Saëns (1835-1921)
                Aquarium „Das Aquarium“ (Le carneval des animaux) (1886)
                (Bearbeitung unter dem Tital „Aquarium Emergency“ : Stephan Koncz)

                Artie Shaw (1910-2004)
                Steamline
                (Bearbeitung und Improvisation : Daniel Ottensamer und Nobuo Watanabe)

                Christoph Traxler
                Dangerous moonlight

                Takahiro Sakuma (*1972)
                Badk to the future

                Johannes Brahms (1833-1897)
                Ungarischer Tanz Nr. 1 g-moll (1868)
                (Bearbeitung : Stephan Koncz)

                Erik Satie (1866-1925)
                Gnossienne (Bearbeitung : Sebastian Gürtler)

                Nikolò Paganini (1782-1840)
                Moses-Fantasie (Bearbeitung : Ödön Rácz)

                Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
                Adagio (Konzert für Klarinette und Orchester A-Dur K 622) (1791)
                (Bearbeitung : Daniel Ottensamer)

                Sebastian Gürtler (*1971)
                Babarababa

                Camille Saint-Saëns, Henry Mancini (1924-1994)
                Big Baby Elephant (Bearbeitung : Stephan Koncz)

                Isaac Albéniz (1860-1909)
                Asturias op. 47/5 (Suite española) (1885-91)
                (Bearbeitung : Christoph Traxler)

                Takahiro Sakuma
                Philharmonix-Fantasie nach Nicolò Paganini

                アンコール
                Henry Mancini : Thema aus dem Film „The Pink Panther“
                Stephan Koncz : Balkan Party

                このコンサート、もともと行く予定にはしていなくて
                昨日の夜、ウィーン・フィルの
                コンツェルトハウスでのプログラムをチェックしていたら

                あらっ!!!
                フィルハーモニックスのコンサート、明日の夜、あるじゃん。

                幸いな事に貧民席(だけど20ユーロ以上する!)が空いていて
                もう考えずにクリックしてしまった。

                あはははは、こうやって、なけなしの貯金が減っていく(汗)

                フィルハーモニックスはご存知の通り
                ウィーン・フィルとベルリン・フィルのメンバーが中心で
                以前の The Philharmonics が分裂した片一方のグループ。

                分裂したもう片一方は Philharmonic Five という名称で活躍していて
                このグループもコンツェルトハウスでコンサートを行っている。

                映画音楽のプログラム(とは言え、当然、一癖も二癖もあるが)だから
                どうしようか一瞬迷ったけれど

                実はワタクシ、このメンバーの中の
                セバスティアン・ギュルトラーの大ファンなの。

                いや、あの、あのその
                メガネ男子に弱いんですワタクシ(大汗)

                ・・・というだけではなくて
                セバスティアン・ギュルトラーの歌が、ものすごく好きなんです。
                (ええ、このバイオリニスト、歌うんですよ、ウィーン訛りのドイツ語で)

                秘密の内部情報では
                このバイオリニストは、天才でちょっとイっちゃってる変人らしいのだが
                そういう才能溢れた変人、好きです。
                (お付き合いする訳じゃないし。
                 お付き合いなら、たぶん、勘弁して欲しいけど)

                さて、その「映画音楽」の夕べ。
                ジェームス・ボンドのテーマのメドレーの後
                サン=サーンスの「動物の謝肉祭」から「水族館」・・・だが
                正式タイトルは
                Aquarium Emergency で

                人畜無害にこの上なく美しく始まった「水族館」に
                突然、サメが現れるのである!!!(爆笑)
                ピアニストは弦を掻きまくるし、コントラバスは吠えるし
                あ〜、もう、こういうおふざけ、大好きですワタシ。

                ピアニストのトラクスラーが作曲したのは
                昔の映画で、映画そのものは忘れられているけれど
                メロディだけが残った、というものを基にしている
                (とダニエル・オッテンザマーがマイクで解説した)
                ・・・んだけど、確かにどこかでこの曲聴いた事が (・・;)
                出だしのピアノのオクターブの連打
                どこかのピアノ協奏曲か何かじゃなかったっけ・・・

                第一部の最後はブラームスで
                これは、新発売の CD にも収録されているそうだ。
                (ごめんなさい、お金ないので買えません)

                第二部の最初はエリック・サティだけど
                わははははははは、これも何だか途中からおかしな事に(爆笑)
                リズムがジャズになっちゃうし、曲そのものは確かにサティなんだけど
                いやもう、むちゃ面白い。

                ニコロ・パガニーニの曲は
                コントラバスのソロに、他の楽器が伴奏。
                コントラバスのプレイヤーが「モーゼ」と化す。
                (映画で、すごい資金をかけて作った「モーゼ」というのが
                 全然ヒットしなかった云々の解説があったけれど
                 ダニエル・オッテンザマーがジョーク言ってる可能性は排除できない)

                モーツァルトのクラリネット協奏曲(もちろん編曲版)の前に
                やっぱり、この上なくマジメにジョーク飛ばしてたからなぁ(笑)

                待ってました、セバスティアン・ギュルトラーの歌。
                ご近所さんにブラジル人が居るとかで
                この人が「ブラジル良いとこ、一度はおいで」というのを
                サンバのリズムでウィーン訛りで歌う。
                あ〜、これが良いんですわ。
                もっとこの人の歌を、この上ないウィーン訛りで聴いていたい。
                リサイタルでもやらんかな、このバイオリニスト
                (もちろん、バイオリンじゃなくて歌で・・・ でもそりゃ無理だ)

                サン=サーンスの動物の謝肉祭の「象」は
                後半からヘンリー・マンシーニのゴキゲンな映画音楽に化ける。

                その後、ダニエル・オッテンザマーが
                これも、ものすごくマジメに
                「それでは私どものコンサートの特別にシリアスなシーンに移りたいと思います。
                 みなさま、ご一緒にリヒャルト・ワーグナーの「ワルキューレ」第一幕をどうぞ」

                ・・・こらこら、演奏しているのは
                イサーク・アルベニスの、キレキレのスペイン曲じゃないの(爆笑)

                こいつら、マジに油断ならん(笑)

                最後にパガニーニのメロディを使いながら
                次々に有名な映画音楽のメロディが出てくる曲を披露して

                アンコールはピンク・パンサー。わ〜っはっはっはっは。

                冗談音楽というところまでは行かないけれど
                しっかりした音楽性とアンサンブルで
                超絶技巧までちゃんと披露してくれて
                高い水準のところで編曲して

                自分たちも楽しい
                観客も楽しい

                という、それぞれの楽しませどころを
                うまく心得たコンサートだった。

                このコンサート、収録があって
                3月9日19時30分からオーストリア国営放送ラジオ局の1番で聴けるので
                その後、1週間はオーストリア国営放送のオン・デマンドで聴けます。

                日本にもファンが多いと思うので
                ぜひ、この名曲(迷曲?)をお聴き下さい。

                あ〜、楽しい日曜日だった(早朝のサウナも入ったし(笑))

                来週も毎日のように、貧民席で華やかなナイト・ライフを予定している私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                大学は3月5日までは休みなんだけど
                まだ試験の結果、一つ来てないし(あ〜、これは落ちてる可能性が高い)
                来学期は、モロにギリギリでスケジュール組んでいるので
                (お昼を食べている時間が全くない日がある)
                忙しくなるなぁ、ウヒウヒ(謎発言ですが、お許し下さい)

                ヨナス・カウフマン + ディアナ・ダムラウ

                0
                  Musikverein Großer Saal 2018年2月12日 19時30分〜21時40分

                  ソプラノ Diana Damrau
                  テノール Jonas Kaufmann
                  ピアノ Helmut Deutsch

                  Hugo Wolf (1860-1903)
                  Italienisches Liederbuch

                  今やこの人が歌えばホールは満杯
                  しかも終演後は客席のあちこちでフラッシュが盛大に光り
                  花束を抱えた女性が平土間の舞台に集結するという
                  ヨナス・カウフマンのコンサート。

                  もちろん会員発売初日にチケットをゲットしたのだが
                  何故に舞台がバッチリ見える1列目の席を
                  普段のコンサートの4倍くらいの値段で買ってしまったのか・・・

                  数年前に、まだカウフマンがこんなに爆発的人気になる前
                  「カウフマンは、すご〜〜〜〜くイケメンなので
                   ぜ〜〜〜〜〜〜〜ったい舞台が見える席を買うべし」
                  と、誰かが私に吹き込んだのが
                  潜在意識に残っていたらしい。

                  だってカウフマンの見た目は
                  そりゃ、一般的に見ればイイ男だとは思うけど
                  私の男性の好みは、丸顔・メガネ・出てる腹の3点セットが必要条件で
                  それに、頭部の毛髪が欠けていれば、もっとよろしい。
                  (ヘン○イと言われても構わない。割れ鍋に綴じ蓋という格言もある)

                  それにワタシ、ミーハーだから
                  話題の人は押さえておきたい・・・んだろうと思う、たぶん。

                  買っちゃったものは仕方がないけれど
                  手元のプログラムのテキストは老眼鏡で見て
                  オペラ・グラス(正しくは望遠鏡)で舞台を見るという
                  むちゃくちゃ忙しい事になった 💧

                  フーゴ・ヴォルフは私の青春時代の思い出だが
                  メリケもゲーテも全部頭の中に入っている中で
                  ソプラノとバリトンが歌う、このイタリア歌曲集だけは
                  一度聴いてみたら、何となく「当たり前」の曲すぎて
                  そのまま聴き込む事なく来てしまった(大汗)

                  よって、普通、イタリア歌曲集がどう歌われるかは知らないが
                  今回は順番を大いに変えて
                  内容的なブロックで、だいたいは男女交互に歌い
                  かなりドラマツルギーは考えられていたと思う。

                  で、プログラムには
                  テノール ヨナス・カウフマン とあったけれど
                  この歌曲集、テノールじゃないです、バリトンです。

                  もちろん、カウフマンはバリトンの声域で美声を聴かせてくれて
                  テノールの声域は、一切歌っていない。

                  よって、あのカウフマンの輝くような高音を期待して来た皆さまには
                  ものすご〜〜〜く残念な夕べになった筈だ。
                  (実は私も、もしかしたらキーを変えてテノール用?と思っていたが
                   あははは、そんなワケない (ーー;) )

                  大ホールは満杯
                  舞台の上までびっしりと観客が並ぶ。
                  おおおお、さすがにカウフマン。

                  以前一度、急激に痩せた時期があって心配していたのだが
                  ちょっと丸くなったのか、がっしりした健康な身体で登場。

                  ダムラウはロング・ドレスにケープを纏い
                  それぞれのブロックで、ケープの色が
                  青だったり赤だったり黒だったり。

                  大ホールというのは
                  ドイツ・リートを聴くには最悪のサイズ。
                  ただ、このホール、残響は良いので
                  私の購入した贅沢席には、きちんとピアニッシモの声も飛んでくる。

                  テキストも、クリアなディクテーションなんだけど
                  さすがにこの大きさのホールだと、言語の焦点は結ばない。
                  (これはホールの大きさの問題なので、仕方ない・・・けど残念)

                  しかしこうやって聴くと
                  この歌曲集、イヤな歌曲集だな(おいおい!)
                  意識しないで聴けば、普通のトナールだし
                  メリケの歌曲集で仕掛けたようなイヤラシさはないのだが
                  もっとさりげなく難しいところが
                  あちこちにさりげなく隠されていて
                  いやああああ、ヴォルフって、何と言うイケズな奴なんだ。

                  しかしダムラウもカウフマンも
                  このイケズさ満杯の曲を、あっさりと見事に歌う。
                  ホールの大きさもあるし
                  もともとのヴォルフの曲のせいもあるのだが
                  多少なりとも、平板に聴こえてしまうところは

                  何とこの二人
                  盛大にラブシーンを舞台で繰り広げてカバー。

                  オペラかこれは (O_O)
                  時々、観ていて気恥ずかしくなるじゃないか。
                  それとも、この二人、本当はデキてるのか?
                  (と思わせるリアリティがあった。さすがオペラ畑)

                  ピアノが・・・巧い。
                  いやもう、絶妙な伴奏って、こういう事を言うのか。
                  しゃしゃり出もせず声高に主張もしないのに
                  粒の揃った音色で一本筋が通っていて
                  例のバイオリン・プレイヤーの後奏部分(11番)では
                  もう、思い切り遊んでいて客席で笑いを堪えるのに苦労した。

                  ダムラウの澄んだ高音が美しい。
                  ソプラノの高音なのに
                  ディクテーションがクリアなのは素晴らしい。
                  演技もキュートだし、ショールの色はブロックごとに変えるし
                  声の色合いもドラマチックからキュートまで変化。

                  もともとコロラチューラ・ソプラノの人だから
                  声の可愛らしさは中途半端じゃない。
                  しかも、はっきりしたドイツ語で、かなり「語って」くれたので
                  24番なんか、めちゃキュートで、とても楽しかった。

                  カウフマンは、書いた通り、テノールの音域は全くなく
                  ただ、途中で神父さまとのやりとりの歌の時には(14番)
                  声の高さを少し上げたりしてストーリー・テリングを工夫していた。

                  私はもともとカウフマンの声のキャラクターは
                  バリトンだと思っているので
                  あの中音域の美声で満足ではあるのだが
                  ・・・ただ、バリトンだけで勝負するのなら
                  別にカウフマンじゃなくて、他のバリトンでも良かったかも。
                  (カウフマン・ファンの皆さま、ごめんなさい)

                  先週はナイト・ライフがゼロに近く
                  欲求不満爆発だったので
                  要求水準が異様に高くなっているのと

                  別にワタクシ好みでもない男性を見るためだけに
                  バカ高いチケットを買ってしまったので
                  やっぱり要求水準が大高騰してしまったせいもあるとは思うけれど

                  とまれ、これにて、やっとコンサートやバレエ通いを再開 (^^)v
                  今週はバレエの再演もあるし(ケテヴァンが戻ってくる!!!!)
                  ワタクシ的には珍しいオペラ鑑賞もあるし
                  これからまた、個人的な記録をしっかり残そうと
                  張り切っている私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  大学は2月一杯お休み。
                  ただ、1月末〜2月初旬の試験の結果が
                  まだ2つ、発表されていないのだが
                  先生方も休みで、3月の夏学期になってから発表だったら
                  ちょっとイヤだなぁ・・・(笑)←落ちている可能性のあるのが1つある。

                  マルティン・グルービンガー パーカッション・プラネット

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年1月18日 20時〜22時45分

                    マルチ・パーカッション Martin Grubinger, Martin Grubinger sen.
                    パーカッション Rainer Furthner, Alexander Georgiev, Slavik Stakhov
                    Leonard Schmidinger
                    ピアノ Per Rundberg

                    Maki Ishii (1936-2003)
                     Thirteen drums op. 66 für Percussion solo (1985) - 6’
                    Kalevi Aho (*1949)
                     Siedi. Konzert für Schlagzeug und Orchester - 35’
                       (Bearbeitung für Percussion und Klavier : Per Rundberg) (2010)
                    John Psathas (*1966)
                     One Study One Summary - 20’
                    Kaija Saariaho (*1952)
                     Six Japanese Gardens (1993) - 10’
                    Martin Grubinger (*1983)
                     Aus dem Leben einer Trommel (2003) - 6’
                    Keiko Abe (1937*)
                     The wave. Concerto für Marimba und vier Percussionisten (2000) - 15’

                    昨年10月9日に行われる筈だった
                    マルティン・グルービンガーのコンサートが延期になって
                    やっと本日、コンツェルトハウスの大ホールで行われた。

                    ウエブ・サイトには20時〜22時と書いてあったが
                    プログラム見たら、あぁ、そりゃ無理、とすぐわかる。
                    (最後の 6’ などの記載は演奏時間(予定)です)

                    だいたい、あの大きい舞台満杯に広がった
                    様々な打楽器の群れは
                    曲ごとに位置を変える必要がある筈で
                    拍手と舞台変換だけ考えても
                    曲と曲の間に、最低10分は必要だし。

                    しかも人懐っこくてサービス精神溢れた
                    この天才マルチ・パーカッショニストは
                    マイクを持って、熱狂的に曲の説明までしてくれる。
                    (曲の説明は以前に比べたらかなり短くなった(笑))

                    そんなこんなで、終わったのは23時近くでした。
                    (どうもその後、アンコールも演奏したらしいのだが
                     コンツェルトハウスのクローク、早めに行かないと混むので
                     アンコール曲は聴いていない)

                    最初の曲は石井眞木作曲のパーカッション・ソロ。
                    13台の音の高さ(と楽器の大きさ)が違うパーカッションを
                    様々な手法で演奏するもの。

                    あ〜、面白いなぁ。
                    だって、打音の打ち止めもあって
                    リズムだけではなく、それぞれの音価が様々で退屈しない。

                    日本の作曲家の曲って
                    なかなか聴くチャンスがないので嬉しい。
                    (こちらで時々演奏されるのは武満徹くらいだし)

                    カレヴィ・アホの曲はマルティン・グルービンガーの委嘱作品だそうだが
                    もともとオーケストラと一緒の演奏だったもの。
                    ただ、ご本人のアナウンスによれば
                    難しすぎて指揮者が困るので
                    だったら指揮者なしのピアノだけで演奏しよう、という事になったらしい(笑)

                    ピアノが入るだけに、ちゃんとメロディもあるのだが
                    ・・・すみません、覚えていないというか、あまり印象に残っていない ^^;

                    次のジョン・プササズの曲は、メロディというよりはリズムが中心で
                    でっかい衝立に、鍋とか洗濯機の水槽とかがズラズラかかった楽器?があって
                    マリンバを演奏しながら
                    時々、鍋をぶっ叩くという(笑)

                    鍋の大きさもちゃんと音階になっているところが
                    かなりユーモラスで、視覚的にも楽しく聴かせてもらった。

                    が、私がぶっ飛んだのは
                    後半の最初のカイヤ・サーリアホの
                    「6つの日本庭園」という曲である!!!!

                    日本滞在の時の印象で作曲したもの、との事なのだが
                    ライブ・エレクトロニクスとパーカッションのソロで

                    最初の庭園は
                    あぁ、コオロギが鳴いてるし・・・と思ったら

                    う〜ん、ヨーロッパの作曲家って(画家もそうだけど)
                    水墨画ではなくて
                    ほんの少しの空間も許さず
                    容赦なく油絵のように、隙間なく絵の具(この場合は音か)を
                    べったりと塗りつけて行くんですね。

                    日本文化にある「間」というものが全くなくて
                    ともかくせわしい。
                    鐘も鳴るのだが
                    残響も何もあったものではなくて
                    ガンガン鳴り続けである。

                    2番目の庭園には、仏教の声明がライブ・エレクトロニクスで使われるが
                    声明って、そんな厚い、しかもヨーロピアン・リズムのものだったっけ?
                    そこに入る木魚らしき音も
                    これまた、そんなテンポで普通木魚叩かんだろ。

                    3番目に至っては
                    まるで江戸時代の火事の時の鐘がガンガン鳴っているようで
                    八百屋お七が登場して
                    吉三郎さん、会いたい、会いたい、会いたいよう・・・って
                    そんな妄想して、日本庭園と何の関係があるのか
                    私にはさっぱりわからん。

                    4番目になると、もっとスゴくなり
                    日本のリズムに裏拍ないですから・・・
                    それ、ラテン系のタンゴですから・・・
                    いったい、その裏拍の庭園はどこなんですか(涙)

                    5番目の曲が始まったとたん
                    あっ、これ、池だわ、と思ったんだけど
                    錦鯉でも泳いでいる池かと思いきや
                    突然、滝になってしまい
                    しかも、すごい勢いで水が流れてくるので
                    これ、日本庭園じゃないよね?
                    どちらかと言えば国立公園・・・と思っていたら
                    澄んだ水が流れてくるだけじゃなくて
                    突然、上から水と一緒に、ドラム缶がいっぱい落ちてくる。

                    6番目も、何だか別の妄想していたと思うんだけど
                    ともかく、これが日本庭園とは到底思えない
                    厚みのある、隙間なく音符の詰まった曲で
                    せわしないだけではなく
                    日本庭園の持つ、あの静けさは、いったい何処に?

                    いや、これ、本気でサーリアホにインタビューするなり
                    文献読むなりして、どこの庭園の印象なのか
                    その日本庭園のサウンド・スケープをフィールド・ワークで調べて
                    そのサウンド・スケープがヨーロッパ人にどう聴こえるのか
                    マジメに研究したくなる作品だわ。

                    え〜っと、すみません、上記の印象は
                    すべてワタクシのどうしようもない妄想ですので
                    読者の方々は、あまりマジメに取らないように。
                    (でも、これ、日本人が聴いたら、絶対に日本庭園には聴こえません(断言))

                    ご本人とお父さんが作曲した
                    「太鼓の一生」(笑)は
                    最初は真っ暗な中で、マレットが光り(太鼓の誕生)
                    その後、明るくなった舞台の上で
                    太鼓の超絶技巧が次から次へと披露される。

                    マレット2本を片手で持って(もう一方の手ではマレット1本)
                    片手のマレット2本のうち、1本は別の太鼓の木の部分
                    もう一方は太鼓の皮の部分で、別のリズムを刻んで
                    もう一方の手では、他の楽器でまた別のリズム
                    加えて足のペダルで、もう一つのパーカッションで別リズムって
                    このパーカッショニストの頭の中、どうなってるの?

                    最後にどんどん音が小さくなって
                    グルービンガーがため息ついたり、ゼイゼイ言ったりして
                    最後の最後に「ご臨終」ってボソッと言う
                    ・・・って、アイデアとして面白すぎ。

                    最後の安倍圭子の曲が一番ゴキゲンな素晴らしい曲だった。
                    安倍圭子と言えば、天下のNHKの「きょうの料理」のテーマ
                    ・・・なんだけど
                    この人の作品、他にも聴いた事がある。
                    マルティン・グルービンガーが時々取り上げていたと思う。

                    そのたびに、うわあああ、カッコいい!!!と感嘆して来たが
                    きょうの The Wave も最高に楽しい。

                    和太鼓の伝統的な音を多用して
                    ヨーロッパ人と違って、ちゃんと納得する「間」があって
                    日本的な4拍子の、地についたリズムが基底にある。

                    激しい強弱があって、非常にドラマチックで
                    マリンバのソロは、日本的な「静」も見事に表現していて
                    最後は和太鼓のリズムを加えながら、日本的なメロディを背景に
                    ゴキゲンな大パーティで、が〜っと盛り上げる
                    聴き応えたっぷりの名曲。
                    あ〜、こういうのが日本的な美なのよ、うん。

                    しかしまぁ、天才ってスゴイわ。
                    才能だけではなくて
                    ともかく、この天才、好きで好きで好きで仕方ないというのが
                    全身から溢れ出しているので
                    練習とかも全然苦にならないんだろうなぁ。

                    むちゃくちゃ長いコンサートではあったけれど
                    むちゃくちゃ楽しませてもらった私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    パーカッショニストってアスリートだよね・・・

                    ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌー

                    0
                      Wiener Konzerthaus Mozart-Saal 2017年11月30日 19時30分〜20時50分

                      テノール Michael Schade
                      ピアノ Malcolm Martineau

                      Franz Schubert (1797-1828)
                       Winterreise
                        Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller D 911 (1827)

                      ミヒャエル・シャーデは
                      私が以前から追いかけているテノール歌手。

                      このブログに移行する前に(記録は無情にも消えた(涙))
                      ウィーン劇場で「美しき水車小屋の娘」を聴いて
                      そのあまりのオペラちっくな表現にひっくり返ってから
                      機会があればリサイタルに足を運んでいる。
                      (このブログは2008年からだが、それでも5回記事がある)

                      ついでにオペラ座でもよく拝見(笑)

                      シャーデは「美しき水車小屋の娘」は何回も歌っているし
                      アンコールにも歌ったりするし
                      シューベルトやベートーベン、シューマン(これ絶品)
                      フーゴ・ヴォルフもレパートリーにしているが

                      今回のリサイタル、見つけた時に
                      えええええええっ!!!
                      シャーデが「冬の旅」を歌うの?!

                      確かに今まで歌った事がなくて
                      プログラムにも「今回が初めて」と書いてある。

                      そりゃそうだよなぁ。
                      だって「冬の旅」って暗いじゃないですか。
                      (だいたい私はシューベルトが苦手である)
                      最初から最後まで
                      まさに白黒の世界で
                      凍りつくような悲惨さを纏わせ

                      このチクルスだけは
                      ある程度の年齢になって
                      やっぱり「死」を考えるようになってからでないと
                      とても聴けないチクルスだと、今でも確信している。

                      一方、ミヒャエル・シャーデと言えば
                      蕩けるようなソット・ヴォーチェが魅力的で
                      聴いている方に体感的な快感(すみません)を感じさせる
                      甘い声のチャーミングさで有名なテノール。

                      リリック・テノール、しかも甘い声で
                      あの、暗い暗い暗い暗い「冬の旅」というのは
                      スープレットのソプラノが歌うような違和感があるんじゃないだろうか。

                      本日は朝からウィーンは雪(涙)
                      途中から雨にはなったけれど
                      私の住んでいる郊外では、まだまだ雪景色が残っていて
                      寒いし暗いし
                      シューベルトの「冬の旅」の悲惨な雰囲気に一役買っている。

                      最初の Gute Nacht で椅子からずり落ちそうになった。

                      その声量で、その歌、歌うか?!

                      ホール中に響き渡る澄んだ甘い高音テノールの
                      激しい感情をあらわにした表現・・・

                      ・・・と思ったら
                      途中でグッと音量落として
                      またこれ、とんでもないソット・ヴォーチェ。

                      フォルテとピアニッシモの絶え間ない繰り返し。
                      しかも低音の部分でシュプレッヒ・シュティメまで出て来た時には
                      本気で仰け反った。

                      何とまぁ、情熱的で「人間的」な主人公。
                      諦観とかよりも
                      人生、大変だけど、何とかやっとるわい

                      って、え〜っと、え〜っと、イメージと違うぞ。

                      ただ、シャーデはアホではない(と思う、時々天然かもしれないが)
                      計算してやっているのか
                      天才的な天然で本能的にやっているのかはわからないけれど
                      この「冬の旅」を、白黒一色にせず
                      ドラマチックに、でもパロディになる直前で抑制している。

                      だいたい私、もともと短調がむちゃ苦手。
                      これだけ短調続きのチクルスは、ゲッソリするのだが
                      途中の Frühlingstraum とか Das Wirtshaus とか
                      ちょっと温かさを感じてホッとするところの
                      シャーデの声が、あぁ、もう、本当に柔らかくてゾクゾクする。

                      一方、冷たい冬の厳しい孤独の表現は
                      う〜ん、テノール(しかも、ものすごい美声)で
                      時々(意識して)リートにあるまじき声量で歌ってしまうと
                      孤独とか寒さを嘆くのはわかるのだが
                      ある意味「諦観」を感じるよりは
                      どちらかと言えば、運命に対する怒り?のようなものが伝わってくる。

                      テノールがこのチクルスを歌うのは確かに難しい。
                      この孤独と白黒と諦観の世界には
                      できれば深いバスかバリトンの方が向いている。
                      だいたい、このチクルス、ソプラノだって歌えないだろ。
                      ソプラノが歌ったら、ただのヒステリーになってしまう(と思う)

                      持ち前のこの上なく美しいソット・ヴォーチェだけでは
                      チクルス全体が甘くなり過ぎるという判断があったのかもしれない。
                      (そ〜いうのも聴いてみたいような気がするが)
                      ただの「ロマンティック」に溺れずに
                      この悲惨な雰囲気を出すのに
                      ある程度の声量をドラマチックに使う、という方法論だったと思う。

                      フォルテッシモとピアニッシモを目まぐるしく使ったシャーデが
                      最後の Der Leiermann だけ
                      最初から最後まで、一回もフォルテを使わず、歌い上げた。

                      ・・・涙が出ました。

                      シャーデさん、あれはないよ、ルール違反だよ。
                      徹底的にドラマチックに振り回しておいた後
                      最後の Der Leiermann で
                      そこまで透明な諦観の世界観を
                      突然、突きつけられたら
                      心臓にグッサリと冷たい孤独が刺さってくる。

                      ピアニストのマルコルム・マルティヌーが、素晴らしい。
                      「冬の旅」の世界観を
                      シャーデの甘いテノールと対極的に
                      透明な、硬めの、ペダリングほとんどない演奏で

                      シューベルトのリートにおいて
                      声とピアノが対等の立場にあって
                      補いあいながらも独立した音楽を奏でているのがよくわかる。

                      追随するのではなく
                      引き立てながらもピアノの音楽の世界観は
                      しっかり構築されている、という
                      驚くべきピアノだった。

                      プログラムの最初のところに小さな文字で
                      宮廷歌手のミヒャエル・シャーデは
                      このコンサートを弟(か兄)のヨハネス・シャーデの思い出に捧げます
                      と書いてあったので
                      お身内に不幸があったのだろう、きっと。

                      この曲を聴いても
                      あまり死者は喜ばないような気がするが(すみません)
                      シャーデとしては、死を意識した時点で
                      「冬の旅」を歌う、という決心がついたのだろうと推測する。

                      シャーデの甘いテノールに合うチクルスではない。
                      なのに敢えて、このチクルスに挑戦して
                      ドラマチックな世界観に聴衆を溺れさせておいて
                      最後に突然、別世界に連れていったルール破り(笑)には敬意を表す。

                      ものすご〜く正直に言っちゃうと
                      でも、これ1回で勘弁してね
                      レパートリーに入れないでね・・・というのはあるんだけど。

                      たまたま、今日の音楽史の授業で
                      シューベルトが取り上げられて
                      この「冬の旅」の音楽的構成への言及もあったのだが

                      ウィーンに住んでいる利点というのは
                      その気になればシューベルトの生家や死んだ家に
                      市電で数駅で行ける事(笑)

                      当時のリヒテンタール地区は、地理上、ジメジメした地区だったはずで
                      考えてみれば、当時はもちろん電灯も電気も電話もなく
                      市電も車もなく
                      馬車は貴族の乗り物、あるいは遠距離の時の乗り物で
                      日本の江戸時代と同じく、みんな歩いて移動していたと思うのだが
                      地面は汚物で一杯で(これは史実らしいぞ)

                      しかも当時は人はバタバタと死ぬ時代。
                      ちょっと風邪を拗らせたり、怪我して化膿したら、そこで死ぬ。
                      (世界最初の抗生物質は1911年のサルバルサン、1928年のペニシリン)
                      子供が生まれたら母親はバタバタと産褥熱で死ぬ。
                      (院内感染予防のゼンメルヴァイスが院内感染に気がついたのは1847年である)
                      乳幼児死亡率も高い。

                      死というものが、身近にあって
                      電気も電灯もなくて
                      当時のリヒテンタール地区は水はけが悪かった事で有名だし
                      雪が降って、寒くて暗くて
                      メッテルニヒ時代で言論統制があって・・・

                      音楽に歴史を聴いてしまう、というのも
                      不思議な現象だが
                      こと、この苦手な「冬の旅」には
                      当時の世相が反映されているような気がする私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      アンコールはなし。
                      天然でサービス精神旺盛なシャーデだから
                      おふざけでアンコール歌って聴衆をノセるかとも思ったけれど
                      さすがに「冬の旅」の後(しかも、あの Der Leiermann の後)では
                      アンコールは無理だわ。

                      calendar
                            1
                      2345678
                      9101112131415
                      16171819202122
                      23242526272829
                      30      
                      << September 2018 >>
                      PR
                      ★コンタクト・メイル★
                      メイルはこちらへ
                      ブログランキングに1クリックお願いします
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM