フラヌイ + ニコラウス・ハビヤン

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    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年7月7日 18時〜19時20分

    Musicbanda Franui
    クラリネット、バス・クラリネット Johannes Eder
    チューバ Andreas Fuetsch
    アルトサクソフォン、クラリネット Romed Hopfgartner
    コントラバス、アコーデオン Markus Kraler
    ハープ、チター、歌 Angelika Rainer
    ハックブレット、歌 Bettina Rainer
    トランペット、歌 Markus Rainer
    トロンボーン、歌 Martin Senfter
    バイオリン Nikolai Tunkowitsch
    トランペット、歌、音楽監督 Andreas Schett
    人形劇、歌、朗読 Nikolaus Habjan

    „Doch bin ich nirgend, ach! zu Haus“


    nach Franz Schubert (1797-1828)
    Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

    Robert Walser (1878-1956)
    Tobold I

    nach Franz Schubert
    Der Wanderer an den Mond, D 870 (1826)

    Robert Walser
    aus »Kleine Wanderung«: Nächtliche Wanderung

    nach Franz Schubert
    Im Frühling, D 882 (1826)

    Jürg Amann (1947-2013)
    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn XI«


    nach Franz Schubert
    An den Mond, D 259 (1815)

    Robert Walser
    aus »Der Nachten«: Fußwanderung

    nach Franz Schubert
    aus »Schwanengesang«, D 957: Abschied (1828)

    Robert Walser
    aus »Die Fee«

    nach Gustav Mahler (1860-1911)
    Wunderhorntanz aus »Des Knaben Wunderhorn«
    (Des Antonius von Padua Fischpredigt (1893),
    Wer hat dies Liedlein erdacht? (1892))

    Robert Walser
    aus »Die Landschaft«

    nach Franz Schubert
    Wanderers Nachtlied II, D 768 »Über allen Gipfeln ist Ruh’« (1824)

    Jürg Amann
    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn III«


    nach Franz Schubert
    Das Grab, D 330 (1815)

    Robert Walser
    aus »Geschwister Tanner«: Der nächtliche Aufstieg

    nach Franz Schubert
    Du bist die Ruh’, D 776 (1823)

    nach Robert Schmann (1810-1856)
    Variationen für Klavier, Es-Dur, WoO 24 »Geistervariationen« (1854)

    nach Johannes Brahms (1833-1897)
    Die Meere, Duett, op. 20/3 (1860)

    Jürg Amann
    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn VI«

    Robert Walser
    Schnee


    nach Franz Schubert
    Totengräberlied, D 44 (1813)

    Robert Walser
    aus »Die kleine Schneelandschaft«

    nach Franz Schubert
    Abendstern, D 806 (1824)

    Robert Walser
    aus »Geschwister Tanner«: Bettelkind

    nach Gustav Mahler
    aus »Des Knaben Wunderhorn«: Das irdische Leben (1893)

    Grabspruch auf dem Grab Robert Walsers in Herisau

    Robert Walser
    Der Mann mit dem Kürbiskopf

    nach Franz Schubert
    Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

    Musikalische Bearbeitungen, Rekomposition: Andreas Schett und Markus Kraler

    アンコール
Georg Kreisler: Das Triangel

    私がチロルの音楽バンド、フラヌイの大ファンである事は
    読者の皆さまはよくご存知の事と思うが
    このコンサート、19時30分からモーツァルト・ホールだったのが
    COVID-19措置のため
    18時からの回、20時からの回と2回になって
    大ホールで行われる事になった。

    私のところにもメールが来て
    18時からで大ホールで、席はバルコンの3列目
    このメールがチケットです、と書いてあった。

    現時点でホールでの催物は250名まで
    最低距離1メートル・・・とは言え
    まぁ、1席空けて座る、という感じですね。
    (もちろん、2枚一緒に買った人は2席続き、3枚は3席続き・・・)

    今回はニコラウス・ハビヤンが人形劇で登場。
    ハビヤン大好き ♡

    ニコラウス・ハビヤンの操る人形は
    首のすげ替えが出来るようになっていて
    全身人形は、使わない時には机の上に立ててある。
    よって、首のない人形をずっと机の上で見てるわけだが
    不思議なほど、意識に上らない。
    人間の注意力は集中して顔の方に行くらしい。

    ウィーン劇場でのサロメ(2020年1月20日)の時の
    分断された意識としてのサロメと人形の不思議な演出は
    忘れられない印象を残したけれど

    今回のハビヤンの人形の表現力の豊かな事と言ったら
    後ろのハビヤンそのものの存在が
    そっくり後ろに隠れてしまい
    (でも時々、人形とダイアローグになると
     ハビヤンご自身が登場するが
     またこのやり取りが自然で凄い)

    俳優が役を演じたり、朗読したりするのとは全く違って
    人形の醸し出すメタ世界と言うか
    テキストがあって、これが第一層とすると
    ハビヤンの声が第二層で
    それに第三層の人形があって
    第四層の音楽が重なるという
    非常に不思議な多層構造になっている。

    いや、深い、深すぎる・・・

    しかもテキストが
    ヨーロッパ人(特にドイツ語圏の人)が
    むちゃくちゃ好きそうな
    彷徨う若人の話である(たぶん)
    散文詩だから、内容はある程度はわかるんだけど
    まぁ、ドイツ語が母国語ではないので
    わからないところは勘弁して下さい。

    若人として遍歴している時には
    前の音楽家が1人、足を動かしている。
    (中年になって遍歴する時には
     足を動かしている音楽家を時々振り返って
     文句つけたりしている(笑))
    愛を得てもそれに満足する事なく
    また放浪の旅に出て
    最後に戻ってきて
    (人形はここで机の上で寝る)
    それからまた遍歴が続き
    冬の雪の中で最後の散歩。

    あとで調べたら、作者のローベルト・ヴァルザー自身が
    長く孤独な散歩を好み、クリスマスの朝、雪原を散歩している途上
    心臓発作で亡くなったらしい。(ほどなく発見された)

    不思議なメタ構造の人形と
    遍歴のテキストと

    フラヌイが奏でる
    シューベルトやマーラーの
    音楽の断片というか
    (もちろん編曲されているけれど
     編曲だけではなく、2つや3つの曲が絡み合うものもある)
    すご〜く、これも不思議な音が流れてくると
    現実と幻想の区別がつかなくなってくる。

    何だかもう、言葉に出来ない。
    長い長い長い遍歴を繰り返したような気分になる。

    そりゃ、ヴァルザーが、帰宅して
    待っていてくれる人が居るというのは
    何と素晴らしい事なのだ、と繰り返す時には
    あ〜、ワタシには待っていてくれる人はいないなぁ、と
    ちょっと切ない気分にもなったけど。
    (註 これは私がそう望んだからであって
       待っていてくれる人がいない、と言うのは
       ある意味、私には理想なのでツッコミはなしね)

    言葉、音楽、人形による劇的表現が
    渾然一体となって
    どれが欠けても、この舞台は無理だっただろう、と思う。
    コンサートというよりは
    音楽にサポートされた演劇を観た、という気分。

    ちょっと泣きそうな感情の動きに囚われたけれど
    アンコールで
    「10月にハビヤンとゲオルク・クライスラーをやるので
     その宣伝で・・・」
    とアナウンスがあって
    トライアングルが机の上に乗ったところで

    うわああ、出たぁ!と小躍りしたのはワタクシです。
    (フォルクス・テアーターで
     ウィーンっ子のいないウィーンという演目を
     フラヌイとハビヤンが上演した時にも演奏された曲)

    割りに年配のお客さまが多かったので
    ゲオルク・クライスラーの名前が出たとたん
    客席が喜びの声でザワザワしたので
    私みたいな人も、もしかしたら居たかもしれない。

    オーケストラ・ピットのトライアングル奏者の歌で
    もう、ともかく、むちゃくちゃ笑えます。

    この哀愁に満ちた(笑)トライアングル・プレイヤーの歌
    ゲオルク・クライスラー自身のピアノによる演奏があったので
    下に貼っておきます。
    ドイツ語がわかる方、どうぞお楽しみ下さい。



    フラヌイの次のコンツェルトハウスでのコンサートだが
    現時点での発売がストップされていて
    (憎きウイルスのお陰で、ホール満杯のチケットの販売が無理みたい)
    行けるかどうかは定かではないのだが

    ともかく、フラヌイ、大好きです ♡
    ・・・という私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    しかし、最後の最後で
    アンドレアス・シェットがチロルのインアーフィアグラーテン訛りで挨拶すると
    客席から、いつも笑い声が出るのは、いったい、何故なんだ?
    フラヌイ全く知らずに、このコンサートに来ている人はいないと思うんだけど・・・

    フローリアン・ベッシュ + ユストゥス・ツェアン

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      Musikverein Großer Saal 2020年6月26日 20時〜21時

      バスバリトン Florian Boesch
      ピアノ Justus Zeyen

      Carl Loewe (1796-1869)
      Herr Oluf, op. 2/2
      Tom der Reimer, op. 135a
      Süßes Begräbnis, op. 62/4
      Wanderers Nachtlied II (Der du von dem Himmel bist), op. 9/3b
      Wanderers Nachtlied I (Über allen Gipfeln ist Ruh), op. 9/3a

      Richard Strauss (1864-1949)
      Breit’ über mein Haupt, op. 19/2
      All mein Gedanken, op. 21/2
      Traum durch die Dämmerung, op. 29/1
      Die Nacht, op. 10/3
      Ruhe, meine Seele, op. 27/1
      Mein Herz ist stumm, op. 19/6
      Allerseelen op. 10/8

      Robert Schumann (1810-1856)
      Liederkreis, op. 24
      Morgens steh’ ich auf
      Es treibt mich hin
      Ich wandelte unter Bäumen
      Lieb’ Liebchen, leg’s Händchen
      Schöne Wiege meiner Leiden
      Warte, warte, wilder Schiffmann
      Berg’ und Burgen schau’n herunter
      Anfangs wollt’ ich fast verzagen
      Mit Myrten und Rosen

      アンコール
      Carl Loewe „Hinkende Jamben“, op. 62 Heft 1/5
      Franz Schubert „An die Musik“ D 547

      バスバリトンのフローリアン・ベッシュは
      ザルツブルク音楽祭でも歌うとなれば行く、というくらいのファンで
      この人、ともかく、一風変わっている。
      フィッシャー=ディースカウの系統とも言える
      クリスティアン・ゲルハーヘルも大好きだが
      ベッシュの場合は
      今度は何をやらかすのか、というドキドキがある。

      楽友協会のチケット発売時の最初に確保したのが
      このコンサートだったのだが
      その後、売り切れになったようで
      17時から、もう1回、同じプログラムで開催する事になった。
      (ちなみに17時は私はデジタル授業なので行けない)

      まずはカール・レーヴェのバラードから。

      通常、楽友協会でリートの夕べを開催する場合は
      プログラムに歌詞の記載があるのだが
      今回は6月の特別コンサートを全部まとめた(無料の)プログラムなので
      歌詞の記載はない。

      ただ、ベッシュはドイツ語を非常に大事にする人だから
      リートでもドイツ語はクリアに出してくる・・・はず・・・

      あああ、すみません、私、歌手にむちゃくちゃ同情します。
      音響学では、言葉理解のための音響の数値が決まっているのだが
      もともと室内楽向きではない大ホールで
      しかも、たった100人の観客で
      あの深い美声で、ドイツ語をクリアに、というのは
      端的に言って、無理(断言)

      本人も、もしかしたら17時のコンサートかリハーサルで
      気がついたのかもしれないが
      最初の、あの劇的なオルフ氏の語りを
      ちゃんとピアニッシモで出そうとして
      ・・・・うああああ、思いっきり失敗してますが(すみません)

      ちゃんと歌ってはいる(プロだから当たり前)んだけど
      ピアニッシモのところが、ソット・ヴォーチェになっていなくて
      それは、ただの掠れ声というのでは(まぁ、失礼な)という
      だったら、そこまでして声量落とさなくて良いと思うのだが
      それは、たぶん、素人考えで
      完璧主義者のベッシュにしてみたら、思いもつかない事なのだろう。

      しかも、最初がオルフ氏、という
      シューベルトの魔王の成人男性版の話だし
      むちゃくちゃ劇的な曲だし・・・

      ドラマチックに声量を上げると
      (むちゃくちゃ声量のある歌手である)
      今度は楽友協会に響き過ぎるし
      これは聴いている方もドキドキするが
      歌っている方は、もっと大変だろう。
      ホールの音響のバランスと
      如何に喧嘩せずにクリアなドイツ語を響かせるかという
      とんでもない課題に直面している訳だから・・・

      Tom der Reimer でもドイツ語が塊に聴こえてしまい
      美しい女性が馬に乗って現れて
      妖精の女王だ、と言った・・・くらいまではわかったが
      手元に歌詞があればともかく
      歌を聴いているだけでは、わかりません(涙)

      しかし、掠れ声が時々聴こえるとは言え
      この人の低音は本当に美しい。
      人間の耳は低音の音量には鈍感だから
      低音は大きい音量でも全然構わないのである(極論)

      カール・レーベのバラードって
      大昔に結構聴いていたのだが(劇的で面白い)
      リート歌手であまり取り上げる人がいないし
      本来、相応の音響のホールで
      語り口がドラマチックなベッシュが歌ったら
      素晴らしかったに違いない(ぐすん・・・)

      リヒャルト・シュトラウスの曲で
      All mein Gedanken で、うえっ、何これ(ごめんなさい)
      いや、私の偏見と思い込みで
      これ、もっと軽い曲で
      ラブソングが恋人の窓を叩いて
      入れて♡っていう曲じゃなかったのか?

      ラブソングが
      「窓を開けろ!」と脅迫しているシーン
      初めて聴いた・・・ こわっ

      ベッシュってものすごくインテリな人だから
      確信犯でやっているのだろうし
      こういう思いがけないドキドキがあるから楽しいのだ。

      続く曲は、低いバスバリトンの暗い音色には
      徹底的に向く曲で
      割りに「普通」に歌い上げていた印象。
      Allerseelen は、もっとドラマチックに盛り上げるかと思ったら
      意外にあっさり、声の張り上げもない。

      ・・・まぁ、あれでベッシュが声量を上げたら
      天国にいる恋人は、怖がって帰って来ないだろう、たぶん。

      最後はシューマンのリーダー・クライス作品番号24番。
      舞台に水持って来て、時々、飲みながら歌っていたから
      声のコンディションも絶好調という訳ではなかったんだろうな、きっと。
      でも、ここら辺から、声のコントロールは取り戻し
      レーヴェの時のような掠れ声ではなく
      ちゃんと歌声のソット・ヴォーチェになった。

      超有名な曲だから、別に歌詞見なくても知ってるし。

      ただ、かなり抑制を効かせたんだろうが
      ベッシュのDVに近いドラマチックさには欠けた。
      低音の美しさとか
      長いフレーズの繋ぎ方は見事だが
      船員止めるのも、暴力じゃなくて比較的冷静に歌っていて
      どんどん冷静になって
      Anfangs wollt’ ich fast verzagen のあの暗さは
      (まぁ、もともとが暗い)
      ベッシュの深い美声だと、まるで地獄から響いてくるようだ。

      最初はどうなる事やら、と思ったけれど
      調子も取り戻して、声も滑らかに出て、良かった良かった。
      いや、ホントに大ホールの音響って
      ドイツ・リートには最悪だよね。
      イタリア・オペラのアリアとかならまだしも。

      アンコールにレーヴェの短いリートを1曲。
      その後、シューベルトの「音楽に寄す」は
      息の長さを最大限に活かした見事なフレージング。
      とても正統派で、喜びに満ちた曲として
      観客に提示されて、ちょっとハートが温かくなった。

      ベッシュは割りに完璧主義者という印象があって
      (ともかく、ひたすら思索して真面目に取り組む印象)
      コンツェルトハウスが行った無観客コンサート配信で
      (konzerthaus.at じゃなくて konzertzuhaus.at という
       ジョークっぽいウエブで公開されているが
       現在、ウエブがトラブル起こしているようで繋がらない)
      その時のプログラム構成が、あまりに素晴らしかったのだが

      完璧主義者だけに、楽友協会の、この音響でのコンサートは
      とても苦労したに違いない(思い込みかもしれない)

      オーストリアは一応、現時点では8月から
      屋内で5000人までの催物開催は許可される予定だが
      まだ人と人との間の最低距離の問題は解決されておらず
      その意味で、各コンサート・ホールでの催物がどうなるか
      予断を許さない状態。
      (だいたい、最近また、感染患者が増加してるし)

      来週の試験を控えて
      本来ならば、勉強に集中すべきなのだが
      どうせ落ちるし、落ちたら9月にも10月にもチャンスはある
      ・・・と、ともかく怠け者になってしまった私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ルドルフ・ブッフビンダー ピアノ・リサイタル

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        Musikverein Großer Saal 2020年6月15日 20時〜21時10分

        ピアノ Rudolf Buchbinder

        Ludwig van Beethoen (1770-1827)
         Sonate für Klavier d-Moll, op. 31/2 „Der Sturm“

        Franz Schubert (1797-1828)
         Sonate für Klavier B-Dur, D 960

        アンコール
        Franz Schubert
         Impromptu op. 90 (D 899) Nr. 4

        読者よ〜くご存知の通り
        私はオーケストラ(大人数)が好きなので
        ドイツ・リートを除けば、滅多にリサイタルには行かないので
        ピアニストのリサイタルなんて
        10年に1回くらいしか行っていないのだが

        なにせ、このご時世である。

        ブッフビンダーのベートーベンやシューベルトは
        定評のあるところだし
        100人限定で
        音響・・・は、まぁ、ともかく
        ヘンな席・・・もないわけではないが
        席指定が出来なかったので
        チケット、まだある、と取ったら
        平土間ロジェの席となった。

        ピアニストが顔を上げたら
        一番最初に私の顔が見えるところじゃん(汗)

        さて・・・
        ベートーベンのソナタ
        うわわわわ
        やっぱり音が響き過ぎ。
        スゴイ残響・・・

        なのに、音の濁りがないし
        右手の細かい音型も全く潰れずに
        クリアに聴こえてくる。

        ホールの残響のせいで
        どうしても音が引き摺るような感じになるけれど
        それを最小限に留めると同時に
        ベートーベンのダイナミックさと
        厚みのある和声を濁らずに観客に伝えてくる技術。

        17時に最初のコンサートをしていて
        2回目だから、と言うのもあるかもしれないけれど
        緻密な計算の上に積み上げた音響が圧倒的。

        計算だけじゃなくて
        音楽の流れとドラマチックなドラマを
        まぁ、ブッフビンダーって、よく「語る」人だ。
        本当に、この人、音楽が言葉なんだなぁ・・・

        ただ、私にとって圧巻だったのは
        シューベルトのピアノ・ソナタである。

        シューベルト、実は苦手だった。
        今でも苦手である(断言)

        血液型A型(かどうかは不明だが)的な
        神経質で、まっすぐで、融通の効かない感じで
        ベートーベンみたいにすっ飛んだところもない上
        ご本人があまりピアノを弾けなかったようで
        そのピアノ曲は
        時々、あまりに、人間の能力を考えてないよね、
        というものが結構ある。

        だいたい初期の作品の有名な歌曲「魔王」だって
        ピアニストっていうか、自分でピアノ弾く人は
        あのオクターブの情け容赦ない連続は書かないだろう、うん。

        後期作品というより
        シューベルト最後のピアノ・ソナタで
        死の2ヶ月前に作曲された曲。

        この曲の最初のモチーフだって
        アコードの塊なのだが

        何ですか、その透明感は・・・

        確かにピアニッシモなんだけど
        左手の奏でる分散和音の上のメロディが
        クリアなのに
        ポッと、そこだけ火が灯ったような暖かさを伝えて来る。

        残響の多い音響も、全く苦にならない。
        というより、シューベルトの和音が
        楽友協会大ホールの空気に優しく溶け込んでいる。

        なのに、あの例の左手での低音でのトリルが
        ピアニッシモ・・・で演奏されてはいるのに
        それまでの牧歌的メロディから
        突然、隠されたところに深淵が顔を覗かせるような感じ。

        これだけ細かい音符が16分音符で続くのに
        音の粒の一つ一つが見事に磨かれていて
        しかも、その流れのスムーズさと言ったら。

        フォルテになっても
        声を荒げる事がない。
        あくまでも暖かいのである。
        その中に、時々、深淵が見える。
        ・・・ちょっとコワイ。

        しかしまぁ、シューベルトの和声って凄い。
        私のピアノの先生が
        シューベルトの和声は完璧、と言っていたけれど
        バランスの良さと
        響きの完璧さから言えば
        シューベルトのピアノ曲というのは
        不思議なほどの透明感がある。

        もちろん、シューベルトらしい転調も・・・

        楽章間をほとんど開けず
        まるでアタッカのように演奏される第2楽章の
        現世とは思えない崇高さ。

        対して第3楽章のスケルツォの軽やかさ。
        ここで、ピアノの高音の響きが
        突然変わったのには、椅子からずり落ちそうになった。
        どういうタッチの変え方をしたら
        あんなに透明な
        鋭いけれど観客の耳を刺してこない音が出るの?

        軽い、というと語弊があるけれど
        第1楽章、第2楽章で
        どこか現世じゃないところに連れて行かれた聴衆が
        第3楽章で、ウィーンの小洒落た酒場に誘い込まれたような印象。

        目まぐるしい転調なのに
        踊るわ踊るわ
        人生、楽しんだ方が良いよね、って語りかけられている感じから
        最終楽章へ。

        最終楽章も
        重くならず、アコードがホールの空気に溶ける。
        中間部の激しくなるオクターブの連打でも
        感情的にならず
        あくまでも語りかけてくる感じ。

        いやシューベルトって
        時々、激しくなる部分って
        自分で演奏しようとすると
        ついついイライラっぽいやるせなさが先に立つんだけど
        やるせなさとかイライラのないシューベルト、初めて聴いた。

        ・・・どんなに激しくなるフレーズでも
        とことん愛しさに満ちていると言うか(書いてて恥ずかしいが)

        だからシューベルトが好きになるかと言えば
        それはまた別問題なんだけど
        シューベルトって、ビーダーマイヤー時代のウィーンっ子だよなぁ、とか
        しょうもない事を考えてしまう。
        (ウィーンっ子は良い側面ばかりではない、念の為)

        しかし、この音響の難しいホールで
        よく、あの透明感を最初から最後までキープしたものだ。

        ブッフビンダー、通常はアンコールを聴いた事がないんだけど
        今日はシューベルトのアンプロンプチュ ♡
        先々学期の授業で宿題で分析した曲だ・・・って、それは関係ないが。
        (途中にジャーマン・シックスが隠されているのである。
         シューベルトって、ホントにいけずだと思う)

        なんかもう、この細かいアルペジオの動きに乗る左手のメロディ。
        どう考えても、現実逃避・・・じゃなかった
        この世のものとは思えない
        どこか別の世界に紛れ込んだような気がして仕方がない。

        音楽分析どうのこうので、ジャーマン・シックス探すより
        和声だの何だのは、あっちに行ってもらって
        そのまま、今、そこにある音波の流れに身体を任せたい・・・

        何という贅沢な時間なんだろう・・・

        それに、嬉しい事に
        ピアノ・リサイタルで
        客席がこんなに静かなのも初めて。

        ちょっと途中で小声で咳した人はいるけれど
        だいたい、あのホール、観客席の雑音を隅から隅まで拾ってしまうので
        ピアノ・リサイタルに行くと
        咳に加えて、誰かが必ずプログラムや携帯電話を落としたり
        席から立って舞台を見ようとして
        椅子が凄い音をたてたりするのだが

        そういう不要な障害要素が全くなくて
        正に、これこそストレスフリー。

        こんな素晴らしい客席を体験してしまうと
        またいつかは戻るかもしれない
        観光客満杯で、小声のお喋り、プログラム捲りの音満載で
        貧民席ではスマホでゲームしている観客のコンサートでは
        もう満足できないんじゃないか・・・

        いやいや、観客からの雑音が避けられなくても
        やっぱり70%以上の観客の入った
        ベストの音響の楽友協会で
        フルオーケストラのコンサートを
        いつものド貧民席で楽しむ日が
        秋には戻ってくるよう、祈るばかりの私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        フィリップ・ジャルスキー シューベルト・リーダー

        0
          Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2020年2月11日 19時30分〜21時40分

          カウンターテノール Philippe Jaroussky
          ピアノ Jérôme Ducros

          Franz Schubert (1797-1828)

          Im Frühling D 882 (1826)
          Des Fischers Liebesglück D 933 (1827)
          An die Laute D 905 (1827)
          Strophe aus „Die Götter Griechenlands“ D 677 (1819)
          Wiedersehn D 855 (1825)

          Klavierstück Es-Dur D 946/2 (1828)
           Allegretto

          An die Musik D 547 (1817)
          Erster Verlust D 226 (1815)
          Gesang D 891 „An Silvia“ (1826)
          Gruppe aus dem Tartarus D 583 (1817)
          Du bist die Ruh D 776 (1823)

          Der Vollmond strahlt auf Bergeshöh’n
          (Romanze aus „Rosamunde, Fürstin von Cypern“ D 797) (1823)
          Der Musensohn D 764 (1822)
          Nacht und Träume D 827 (1823)
          Herbst D 945 (1828)
          Am Tage Aller Seelen D 343
          „Litanei auf das Fest Aller Seelen“ (1816)

          Impromptu Ges-Dur D 899/3 (1827)
           Andante

          Auf dem Wasser zu singen D 774 (1823)
          Im Abendrot D 799 (1824-25)
          Die Sterne D 939 „Wie blitzen die Sterne so“ (1828)
          Abendstern D 806 (1824)
          Nachtstück D 672 (1819)

          あちこちでフィリップ・ジャルスキーの活躍は聞くし
          一部では、ジャルさま、と呼ばれて盛大な人気を誇るらしいが
          バロックのオペラを最近聴かなくなったので
          もしかしたら、まだジャルスキー聴いた事がないかも

          ・・・と慌てて
          プログラムも何も見ずに
          発売開始日にギャラリー正面の席を確保。

          プログラムを購入して開けてみたら

          ええええっ????

          オール・シューベルト・プログラムで
          しかも、かなり有名なリートが多い。

          バロック・オペラのアリアの泣き節を堪能するつもりで行ったのだが
          まさかカウンター・テノールでシューベルトのリーダーとは・・・

          しかも、ここ、ウィーンだよ。
          更に、このコンツェルトハウスのモーツァルト・ホールでの
          リートのチクルスは
          ドイツ・リートなら何でも来い、というような
          ジジババ、あっ、失礼、年配のお客さまばかりの
          リートオタクの集まりである。
          (自分もそうだったりして 😅)

          ジャルスキーもそれは良くわかっているようで
          プログラムに曰く

           もちろん、何故、カウンター・テノールが
           シューベルトのリーダーなんて歌うの?という疑問はあるでしょう。
           でも私にとって、これらの歌は
           詩を語れる歌手のために作曲されたものに思えます。
           しばしば言っている事ですが、私にとって
           フランスのメロディや
           シューベルトのリートを歌うというのは
           超絶技巧のカウンターテノールのアリアを歌うより心地良いのです。
           という訳で、この冒険に飛び込んでみる決心をしました。
           理由は一つだけ。この音楽を歌うのが好きだからです。
           バイオリニストやピアニストとして
           とても数多くのシューベルトの曲を演奏して来て
           今でもシューベルトの音楽を、たくさん聴いています。
           それに、もちろん
           シューベルトの曲は、どの歌手にとっても
           音楽のエベレストなのです。
           (意訳 文責なし)

          一つ一つの曲を取り上げても良いのだが
          そうするとむちゃくちゃ長くなるので止める(笑)

          出来、不出来
          合う合わないはあるにしても
          この上なく美声なカウンター・テノールで
          ものすごく丁寧に
          抑制を効かせて歌われたシューベルトは
          とても感動的だった。

          いくつかバラードがあったけれど
          ジャルスキーは、本当に「語る」歌手だ。
          美声に任せて、ドイツ語をおざなりにするところが全くない。

          そりゃ、早口言葉みたいなミューズの子なんかは
          ちょっとありゃりゃ、という出来だったりしたけれど

          しっとり歌い上げた漁夫の幸福や
          リュートの歌などの美しさには息を飲んだし
          タルタルスは、全く違う雰囲気のドラマチックさを出して見事。
          続いての Du bist die Ruh の
          繊細で愛に満ちた弱音の美しさに失神しそうになったところで
          前半は終わり。

          満月から始まる後半の
          夜と夢も
          しっとりと歌い上げた秋も良かったけれど

          その後の Am Tage Aller Seelen !!!!!!
          いや、これ、もう、むちゃくちゃ何と言うか
          詩の内容もあるんだけど
          シューベルトって
          こんなシンプルなメロディで
          どこまで深い世界観を・・・(驚愕)

          感激し過ぎて
          涙がボロボロ出て来て
          鼻水が出て来たんだけど
          バッグの中からティッシュを取り出す雑音を避けたくて
          歌が終わるのを待っていたら

          終わったとたんに
          ピアノ・ソロのアンプロンプチュに繋げて
          ジャルスキーは静かに舞台から立ち去るという

          うおおおお、何と言う心憎い演出なんだ。
          だが、ワタシの顔は涙と鼻水でグチャグチャである。
          あ〜、ヨーロッパ、湿気が少なくて助かった。
          アンプロンプチュを聴きながら
          何とか顔面が乾いたから・・・(すみません、ばばっちくて)

          ドラマツルギーから言うと
          この後は「夜」のシーンに入り
          夕暮れから星、夜の星
          これがまぁ、弱音続きの、本当に美しい曲だったのだが

          プログラムをめくると
          次のページに、次回のコンサート予告が記載されていて
          そこで終わりと思って拍手し出した聴衆が何人か・・・

          コンサート予告の次のページに
          最後の「夜の歌」の歌詞を載せるのって、やめてくれません?(怒)

          春から始まって
          様々なドラマを経て
          夜まで持っていったプログラム構成も大したものだ。

          それに、普通だったら、これを逆にして
          最後は明るいリートで盛り上げて盛り上げて終わりそうなのに
          それを敢えて反対にして
          静かな雰囲気に持って言ったのには舌を巻く。

          また、こういう静かなリートで
          ジャルスキーの美声が映える事と言ったら!!!!

          ただ美しいだけではなくて
          親密に語りかけてくるし
          声を無理やり張り上げる事もしていないし
          (最初はちょっとあった。
           その後で音響の良さに気がついたのか
           かなり声量を落として繊細に歌うようになった)

          この人、フランス人だよね?
          何故、こんなにシューベルトの世界観が
          しかも、閉鎖的なウィーンという空気ではなくて
          もっと洗練されて
          人類一般に通じるような深い諦観で歌われちゃうんだろう。

          こういうのって
          ある意味、外に視点を持つフランス人の
          カウンター・テノールだから出来たドラマかもしれない。
          (オーストリアのカウンター・テノールなら
           たぶん、シューベルトのリートを歌う、という思いつきすらないかも)

          シューベルトのリーダーの優れた演奏は多いし
          その意味では
          このコンサートがCDになっても買わないだろうが
          (後半はテレビ・カメラが入っていたので
           どこかで放映されるかも?)
          その分、コンサート・ホールの
          この一瞬、この時間だけで楽しめるという贅沢な時間。
          (しかも聴衆はリーダー・オタクなので咳き込みも(比較的)少ない)

          超絶技巧のバロック・オペラのアリアよりも
          こういう、非常に非常に非常に珍しいシューベルトの方が
          楽しかったような気になって来た。

          改めてシューベルトって凄いんだなぁ、と思うと同時に
          見た目も美しく
          ステージ・マナーも素晴らしく
          見て良し、聴いて良し
          音楽的で繊細で、見事な語り掛けをして来た
          フィリップ・ジャルスキーって

          そりゃ人気ある筈だわ

          と、ばっちり納得した私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ジャルスキー、41歳。
          これからの10年くらいは
          最も声に艶が出る黄金の時代だ。
          これからもマークしておこう・・・(見た目だけじゃなくて(爆))

          幕間に年配のお客さま数人が
          ビジュン・メータの時は酷かったしね、とか
          喋っているのを漏れ聞きしてしまい
          あ〜、う〜、やっぱりウィーンの聴衆って
          ある意味、ものすごく怖いような気がする。
          ジャルスキー、この聴衆を前によくやった・・・

          フィルハーモニックス トランシルバニア・ダンス

          0
            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年2月10日 19時30分〜21時40分

            Philharmonix
            バイオリン Noah Bedix-Balgley, Sebastian Gürtler
            ビオラ Thilo Fechner
            チェロ Stephan Koncz
            コントラバス Ödön Rácz
            クラリネット Daniel Ottensamer
            ピアノ Christoph Traxler

            »Dances from Transsylvania«

            Bedřich Smetana (1824-1884)
             Ouverture zu »Prodana nevesta / Die verkaufte Braut« B143
             (Bearbeitung: Daniel Ottensamer) (1863-1870)

            Stephan Koncz (*1984)
             Ciocarlia

            Wojciech Kilar (*1932)
             Dracula (Bearbeitung: Takahiro Sakuma)

            Sebastian Gürtler (*1971)
             Begleitarie

            Stephan Koncz (*1984)
             Tänze aus Transsylvanien, Waltzing Mathilda

            George Enescu (1881-1955)
             Rumänische Rhapsodie A-Dur op. 11/1 (Zwei rumänische Rhapsodien)
             (Bearbeitung: Rudd) (1901)

            Sebastian Gürtler (*1971)
             Zutje Dunje

            Sergej Prokofiew (1891-1953)
             Ouverture über hebräische Themen c-moll op. 34 für
             Klarinette, Klavier und Streichquartett (1919)

            Noah Bendix-Balgley
             Klezmer-Fantasy

            Stephan Koncz (*1984)
             Lambada

            Nicolò Paganini
             Rhapsody (Bearbeitung: Takahiro Sakuma)

            日本でもお馴染みフィルハーモニックスのコンサート。
            チケット売り切れで
            オルガン・バルコンどころか
            舞台の上にも席が設けられている。

            オーケストラが好きで
            あまり室内音楽に興味はないけれど
            このグループ
            ともかく、むちゃくちゃクオリティの高い音楽を
            それとなくユーモア交えて
            色々な方向から聴かせてくれるので面白い。

            それにワタシは
            セバスティアン・ギュルトラーの隠れファンである。
            眼鏡男子に弱いのもあるけれど
            この人の音楽、ぶっ飛んでいて面白い。
            個人的にオトモダチにはなりたくないタイプだが。

            さて、今回はトランシルヴァニアのダンスというテーマ。
            マイクは以前はコントラバシストが持っていたが
            最近はクラリネットのダニエル・オッテンザマーの担当。

            ヨーロッパを吹き荒れている嵐、サビーネちゃんのお陰で
            このメンバーが集まるのも大変だったという話から開始。
            (まぁ、そりゃそうだろう。
             今のところウィーンでの大きい被害はないけれど
             明日も続くらしいし、庭園関係はすべて閉鎖)

            スメタナの売られた花嫁から
            マックス・ブルッフがルーマニアのメロディを使って
            でも、ブルッフらしい音楽を作ったものを演奏して
            続けて、オリジナルのルーマニア民謡。

            トランシルヴァニアと言えばドラキュラ。
            最初のドラキュラ映画の音楽を聴かせてくれた後に
            ダニエルがマイクを持って

             セバスティアン・ギュルトラーが
             とても情熱的なアリアを作曲しました。

             いつもオペラ座のオーケストラ・ピットで演奏している僕たちが
             情熱的なアリアを歌う歌手を、と思ったら
             またもやサビーネちゃんが邪魔をして(笑)
             歌手が居なくなってしまったので
             伴奏だけします。

             皆さまは、歌手が前に立っているつもりで
             私たちの伴奏をお聴き下さい

            あ〜、だからこの曲のタイトル Begleitarie なのね(笑)
            (註 ドイツ語で、伴奏は Begleitung です)

            これがギュルトラーらしい爆笑モノの一品。
            伴奏っぽい、毒にも薬にもならないような
            伝統的バロックというかモーツァルトっぽいと言うか
            いや、チェルニーか、みたいな分散和音で始まるのだが

            歌手が途中で戸惑って音を伸ばしてしまったり
            (よって、そこは伴奏のタクトが増えている(笑))
            だんだん声がずり上がったり(バイオリンのピッチが上がる(笑))
            ドラマチックにしようとして蹴躓いたり

            そこに存在しない歌手と
            伴奏プレイヤーとの丁々発止が
            聴覚と視覚(くそ、みんな芸達者だ!)で楽しめるという
            抱腹絶倒の絶品と言えよう。
            (たぶん、CDで聴いても全く面白くない(笑))

            チェリストのコンツが作曲したダンス音楽で前半は終わり。
            後半はエネスキュのルーマニアン・ラプソディー。

            プロコフィエフの曲は珍しい事に
            クラリネット、ピアノと弦楽四重奏のために作曲されていて
            ダニエルが苦笑して曰く
            この編成でオリジナルで作曲された曲って少ないので
            アレンジがなかったら、今日のコンサートはこの1曲だけでしたって(笑)

            ヘブライの要素が入って来たら
            当然、ユダヤ音楽のクレズマーに続くわけで
            これは、バイオリニストのノアがお手の物。

            ステファンのランバダには
            他の要素もたっぷり入って
            ほとんど音楽のジョークと化していて面白いし

            パガニーニのラプソディは
            パガニーニのテーマを使った様々な作曲が繰り広げる
            豪華絢爛な巻物を
            徹底的に室内楽にした感じ。

            ものすごくクオリティの高い作品を
            ものすごくクオリテイの高い演奏で
            (さりげなく特殊奏法とかやっちゃうんだもん)
            しかも、それを
            もう、実にあっさりと
            ある意味、イヤミったらしくなる位に
            自然に、大袈裟にせず
            あ〜、僕たち、こういうの日常茶飯事って感じで
            聴衆に上から目線の圧を感じさせずに
            とことん楽しませてしまう妙技。

            名人が名人である事をひけらかさずに
            ほらね、面白いでしょ、うふうふうふ

            ・・・って、まぁ、それはシロウトが聴いてるからで
            練習の時には、汗と血と怒号が飛び交っているのかもしれないが。

            昨日のマルティン・グルービンガーもそうだったけれど
            このフィルハーモニックスも
            観客に楽しんでもらおう、という心意気が
            とてもとても、とてもありがたい。
            ほら、僕らこんなに巧いのよ、感心してね、というところが一切ない。

            超絶技巧や、オーバートーンの使い方の妙技とか
            作曲技法で、うわあああ、この音をこう重ねると
            これはもしかしたらドゥアルトーンでフォルマントがとか
            (あ、すみません、最後の行はワタシのマウンティングです)
            別に、そんな細かい音響効果について
            頭の中で、ひたすら感心していなくても

            出てくる音楽の心地よさ
            プレイヤー同士の意思疎通の見事さ
            プレイヤーの演技(ちゃんと演技してる(笑))
            楽器のバランスや
            各楽器が前に出てくるところの音色の変化とか
            あっ、すみません、またヘンな聴き方になっている(自爆)

            クラシック・ファンでも
            映画音楽が好きでも
            民謡が好きでも
            クレズマー音楽が好きでも
            いや、そんなジャンル関係なく
            音楽が好きならば
            どんな人でも楽しませたい
            ・・・という感じの集団だと思う。
            (えらく名のある楽団のメンバーなので(笑)
             本当はもっと偉そうでも良いんだけど(爆笑)
             なんとも親しみやすいんですよね。貴重な存在だわ)

            普段、オーケストラのコンサートばかりに行っていると
            時々、指揮者の自己顕示欲大会になっていたり
            サラリーマン集団の気の抜けた適当な音楽だったりするけれど
            (その分、キマッた時のオーケストラというのはスゴイが)

            2日続けて、いわゆる「室内音楽」を聴いてみると
            その緊密性や、内部の緊張感や
            手抜きできない、崖っぷちを
            如何に崖っぷちと思わせずに演奏するかとか
            オーケストラ・コンサートにはない楽しみがあるものだなぁ、と
            なんだか、つくづく感動してしまった私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            マルティン・グルービンガー カンマー・ムジーク

            0
              Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年2月9日 19時30分〜22時10分

              Martin Grubinger
              Slavik Stakhov
              Rainer Furthner
              Leonard SChmidinger
              Alexander Georgiev
              ピアノ Per Rundberg

              »Kammermusik«

              Alevi Aho (*1949)
               Solo XV für Marimba (2018) UA
              Maki Ishii (1936-2003)
               Thirteen drums op. 66 für Percussion solo (1985)
              Kalevi Aho (*1949)
               Sieidi. Konzert für Schlagzeug und Orchester
              (Bearbeitung für Schlagzeug und Klavier) (2010)

              パーカッションの天才というか鬼才と言うか
              もう36歳になったのか・・・というくらい
              初期のまだまだ若い頃から追い掛けて来たマルティン・グルービンガーは
              今でもコンツェルトハウスでコンサートすると
              満杯になって、オルガン・バルコンの席まで発売になる。

              プログラムは紙1枚で
              基本的には無料なのだが
              プログラム売りの係員は、無料とは言わない。
              お志しで、とおっしゃるので
              50セントとか1ユーロとかを出しているが

              マルティン・グルービンガーの時には
              このプログラム、ほとんど役にたたん(笑)

              作曲家カレヴィ・アホの新作初演。
              マリンバのためのソロ曲で、約10分。
              とても瞑想的で倍音たっぷりの弱音を中心にした
              何とも透明感のある美しい曲なんだけど

              咳き込みは・・・まぁ、避けられませんね、この季節は。
              それに、これ、「現代音楽同好者の集まり」ってワケじゃなくて
              マルティン・グルービンガーのファンが多いから。

              面白い事にグルービンガーのファンは層が広い。
              グルービンガーの人柄によると思うのだが
              (必ずマイクを持って話す)
              デビューした頃から全く変わらない可愛さで
              ほっぺを真っ赤にして
              楽しくて楽しくて、もう、楽しくてたまりません
              というオーラを会場一杯に放出しながら演奏するので
              ついつい、こちらもノッてしまうのだ。

              石井眞木のソロ曲はクラシックなものだが
              構成がわかって、とても面白い。
              しかしこのソロ曲、約12分、叩きっぱなしで
              超絶技巧満載で
              こりゃ、バレエの男子のソロより体力要るかもしれない。

              息を切らせた(そりゃそうだわ)グルービンガーが
              マイクを持って
              カレヴィ・アホの作品を
              オーケストラからピアノに編曲したものを演奏するとアナウンス。
              作曲家が会場に居るので緊張します、ってところまで
              やっぱり、この人、誰からも愛されるキュートさがある(笑)

              この作品、約35分、面白かった。
              アンサンブル(ピアノ含む)での演奏だが
              グルービンガーによると
              ずっと変化する変拍子が続いて
              それぞれのプレイヤーが、それぞれに指示を出す必要があるそうで
              だからこその「室内楽の楽しみ」と言っていたが
              そんな簡単なもんじゃないぞ、これは。

              広い舞台のあちこちのパーカッション楽器に
              後ろから走るパーカッショニスト。
              もともとオーケストラであれば指揮者が出すべきキューを
              各プレイヤーが出したり
              当然、走るプレイヤーばかりなので
              全員が全員、頭の中にすべて楽譜が入っている。

              タイミング一つ、周波数ほんの少しでも狂ったら
              そこでアウトと思われる
              こんな複雑な曲を
              よくぞまぁ・・・

              プロというか、天才というか
              職人集団というか
              音楽のクオリティとか
              現代音楽とか
              音楽の複雑性とか
              音楽的内容とかよりも
              プレイヤーの動きの方が面白かったりして
              それはそれで問題なのかもしれないが・・・(すみません)

              しかしまぁ、徹底的に現代音楽の前半で
              こういうものを
              現代音楽フリークでない客層にまで
              「聴かせて」しまうプレイヤーが見事。

              プログラムに記載されていた
              クセナキスの曲は演奏せずに幕間のアナウンス。

              後半は、プログラム記載によれば
              グルービンガーお父さんの曲とあったけれど

              グルービンガー(息子)がマイクを持って言うには
              エトヴェシュのスピーキング・ドラムのソロ
              チェルハの曲のパーカッション・ソロ
              フローズン・イン・タイムからのソロ
              ショスタコーヴィッチのソロ
              ジャズからのソロ、その他
              色々と組み合わせてみました・・・との事。

              スピーキング・ドラムの初演も
              アヴナー・ドルマンのフローズン・イン・タイムの初演も
              全部聴いてるぞ(笑)
              ↑ どの位の長きにわたって追い掛けていたか、よくわかる。

              40分以上の大曲だが
              様々な作曲家の様々な様式が次から次へと出て
              途中でライトを消して
              テープも使って
              光るマレットだけで
              まるで手品のように見せるシーンもあり

              パーカッショニスト全員が歌ったり
              同じ動きをしたり

              マルティンのドラムでは
              さりげなくバトンを回したりの曲芸も入り
              (いや、ホントに何気なくさりげなく曲芸してる(笑))

              もちろん打楽器とは言え
              マリンバやシロフォン、木琴やティンパニに
              ピアノも入るので
              調性がはっきり聴こえてくる曲もあるし
              ジャズもあるし
              ノリノリのパーカッション曲もあって

              聴覚的にも視覚的にも
              観客を飽きさせないように
              最大限の配慮がされている・・・というのがスゴイ。

              グルービンガーとその仲間たち(含むお父さん)って
              ものすごく高い技術と音楽性を持ちながら
              更に、現代音楽の王道まで、しっかり通っているのに

              その中で
              観客を、絶対に蔑ろにせず
              とことん、自分たちの芸術のど真ん中に連れて行こうという
              気概と、気概だけではない能力と
              ある意味、俗的に言ってしまうのであれば
              エンターテインメント要素を
              絶対に忘れないという不思議な集団。

              あれだけの曲を
              暗記して、ズレのないように徹底的にアンサンブルにして
              動いて踊って叩いて
              激しい動きと緊張の連続の中でも

              ほら、楽しいよ

              というメッセージが伝わってくるというのは
              プレイヤーたちの若さというのもあるのかなぁ。

              最後は、観客全員がスタンディング・オベーション。
              マルティン・グルービンガーは
              さすがに疲れたから、と
              バッハのチェロのためのソロ曲をマリンバでアンコール。

              いやそりゃ、あれだけ体力が必要な舞台を
              20台前半ならともかく
              30台後半になってからの体力でやるというのも
              ある意味、無謀と言うか・・・
              でも
              それを敢えてやろうという気迫に
              それが出来る技術力と音楽性のあるグループ。

              う〜ん、
              室内現代音楽にアルディッティ弦楽四重奏団があるが
              マルティン・グルービンガーも
              パーカッションという分野において
              現代音楽を引っ張っていく天才だわ。
              彼なしでは、こんなに数多くの
              パーカッションの現代曲は生まれていないに違いない。

              36歳になっても、まだまだエネルギッシュで魅力的
              観客を絶対に「置いて」いかず
              必ず、一緒に「楽しんで」もらう事が重要な天才って

              やっぱり、どの層にもウケるのだ。
              変に気取っていなくて
              楽しい事をみんなと楽しく、という音楽家って
              ものすごく少ないと思うので
              マルティン・グルービンガーは貴重な存在である。

              さて、長かった1週間も
              あっという間に終わって
              今日から、また連日連夜のナイト・ライフが始まる予定で

              勉強する時間が取れるんだろうか・・・
              って、ナイト・ライフなくたって勉強してなかったじゃん、と
              自分で自分にツッコミ入れる私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌ@国立オペラ座

              0
                Wiener Staatsoper 2020年1月15日 20時〜22時

                SOLISTENKONZERT
                テノール KS Michael Schade
                ピアノ Malcolm Martineau
                ホルン Josef Reif

                Ludwig van Beethoven
                 Adelaide, op. 46

                Franz Schubert
                 Laura am Klavier, D 388
                 An die Entfernte, D 765
                 An den Mond, D 259
                 Der Winterabend, D 938
                 An die Musik, D 547
                 Seligkeit, D 433
                 Auf dem Strom, D 943

                Maurice Ravel
                 Cinq Mélodies populaires gracques:
                  Chanson de la mariée
                  Lá-bas, ver l’église
                  Quel galant m’est comparable
                  Chanson des cueilleuses de lentisques
                  Tour gai !

                Gabriel Fauré
                 Nell, op. 18/3
                 Adieu, op. 21/3
                 Sylvie, op. 6/2
                 Fleur jetée, op. 39/2

                Richard Strauss
                 Cäcilie, op. 27/2
                 Nichts, op. 10/2
                 Morgen, op. 27/4
                 Zuneigung, op. 10/1

                アンコール
                Franz Schubert, Nacht und Träume
                Franz Schubert, Der Neugirte (Die schöne Müllerin)
                Rudolf Sieczyński, Wien, Wien, nur du allein

                国立オペラ座で時々行われる歌手のリサイタルは
                よほどの人気歌手でない限りは
                かなり席は空いている上に、チケットも安い。

                音響が良い席を狙って
                ギャラリー、天井桟敷の横の席を買ったけれど
                たった8ユーロだった。
                しかも、ギャラリーの中央席もかなりガラガラで
                立ち見席の人が大挙して移動する・・・・

                本当はいけないのだが
                (国立オペラ座はチェックは厳しい、もともとの値段が格段に違うから)
                ここまで空いていれば、まぁ、黙認だろう。

                ただ、演奏中に立ったり(椅子がガタンと音を立てて跳ね上がる!)
                移動したり(床がギシギシ軋む)
                喋ったりするのは勘弁してくれ。
                ・・・まずは、この辺から、観客マナーを疑うところ。

                まぁ、オペラ座ですから(ため息)

                シャーデ自身がプログラムに
                Prima le parole, dopo la musica と明確に書いているように
                (お〜い、テノールはフラマンで作曲家だよね〜っ(笑))
                テキストと音楽の融合を目指しているプログラム。

                ドラマツルギーとしては
                「女性」と「夜=月」をテーマに
                ベートーベンのアデライーデから
                シューベルトに移行するのが前半。

                後半は謎の作曲家、モーリス・ラヴェルと
                ガブリエル・フォーレのフランス語の歌曲。

                そして、オペラ座にちなんで
                リヒャルト・シュトラウスという構成。

                アデライーデは、もともとカンターテとして作曲されて
                アデライーデという名前が14回
                様々な音色で歌われる曲。

                あ〜、シャーデのソット・ヴォーチェ、まだ健在 ♡
                40台の頃の最高なソット・ヴォーチェに
                悶え狂った時期があるけれど
                54歳の今でも、まだまだ大丈夫。

                身体の支えがしっかりしているから
                フォルティッシモからピアニッシモまで自由自在である。

                アデライーデの後に拍手が起こったのはまだ許せるが
                あ〜、え〜、う〜
                シューベルトは一塊なのだが
                やっぱり最初の曲の後に盛大な拍手が・・・

                周囲の一部の人たちが
                シッ!と言っているんだけど
                そりゃ、リートの夕べに生まれて初めて来た人は
                何を言われているんだか、わからないよね(涙)

                An die Entfernte と An den Mond は
                うまくアタッカで繋げたけれど
                全部の曲をアタッカで繋げる事はできない。

                ところで Laura am Klavier って
                何てチャーミングな曲なの?
                演劇要素がたっぷり入って
                まるで一幕の寸劇を鑑賞しているような気分になるのだが

                会場暗くて
                せっかく5ユーロ出して買ったプログラムの
                テキストが読めません(号泣)

                シャーデが「言葉が大事」といくら言っても
                やっぱり演劇ではないわけで
                せめて、手元のテキストが読めるくらいの照明が欲しい。

                イタリア語の叫ぶアリアとかだったら何も言いませんが・・・

                An den Mond D 259 はワタシの大好物で
                ただのシュトローフェン・リートなんだけど
                そのシュトローフェンの変化が、もうたまらんというか
                すみません、謎発言なので、わからない方は無視して下さい。

                これを、シャーデがチャーミングに
                シナリオ的、演劇的に歌っているから
                もう客席で悶えまくり。

                拍手が起こったのも無視して
                ピアニストはすぐに次の演奏に続けるが
                そこまでやっても
                拍手したい人はしたいんですね。

                まぁ、ウィーンだし、オペラ座だし
                いくらシャーデがプログラムに
                ウィーンの観客のレベルは高い、と書いていても
                それは、楽友協会のブラームス・ホールか
                あるいは、もっとジモティしか来ない
                コンツェルトハウスのシューベルト・ホールでの話(断言)

                シューベルトはさすが、という感じで
                叫び過ぎず
                本当に囁くようなソット・ヴォーチェでの高音が
                体感的な快感に近い。
                (ちょっと向こうにいる若い女の子2人が
                 立ったり座ったり(椅子がガタンと音を立てる)
                 歌っている間に、ずっと小声で喋ったり
                 スマホで自撮りしていなかったら、もっと良かったと思う)

                シューベルトの良さって言うのも
                ウィーンに住んでみて
                ここの「教養階級」にいまだに巣食っている
                排他性を垣間見たあたりからわかってきたような気がする。
                排他的なのは、一方的に悪い事ではなくて
                伝統やらしきたりやらを大事にする事にも繋がるから
                ビーダーマイヤー的な小市民性を一概に否定する気はない。

                有名な An die Musik と Seligkeit の後は
                ホルンのソロが加わっての Auf dem Strom
                ・・・この曲、絶対どこかでナマで聴いた事があるんだけど
                ホルンのソロとか入ってたっけ?

                シューベルティアーデにホルニストが居たんだろうな、と想像できるが
                しかしウィーンの9区の普通の住居の中でホルン吹いたのか・・・
                さぞかし近所迷惑(以下省略)

                オペラ座の中の写真だけ撮りたい
                音楽に興味ない、という人たちは
                前半で帰っただろう・・・と思ったら甘かった。

                確かに、もともとガラガラだった席には
                ますます少ない人数しか座っていないが
                隣で立って喋っていた若い子2人は
                真ん中の前の方に移動して
                乗り出して喋っているし
                (お喋りの声は前に流れるので、あの位置なら平気)
                スマホで録画している人もちらほら。
                (前半では係員に注意されていた・・・けれど
                 わ〜ん、係員の方、演奏中に横を通らないで下さい、靴音が・・・)

                謎の作曲家ラヴェルの試験は
                結局、受けなかったので後味が悪いのだけれど
                (先生、ごめんなさい)
                こんな、ギリシャのメロディをテーマにした歌曲もあるのか。
                ラヴェルのエキゾチック趣味については
                しっかり講義で取り上げられていたが。

                ・・・で、1曲ごとの拍手。
                もう良いです。
                ピアニストも無視して、拍手の間に弾き始めてしまうが
                それでもしつこく拍手する人って
                よほど感激しているんだろうか?? 謎だ。

                続けてガブリエル・フォーレの歌曲は
                女性をテーマに、アデューまであって
                最後の曲は、失恋した時のやけっぱちの曲だそうで
                え?これがフォーレ?というくらい、ドラマチック。

                ツィッターで私をフォローしている人は
                どこがツッコミじゃ?と待ちかねているかもしれないが

                最後のブロックのリヒャルト・シュトラウス。
                最初のツィツィーリア

                ・・・なんですか、これ???

                ドイツ語のディクションを明確にしたいのが先に立って
                音程はともかくとして
                リズムが全く見えて来なくて、躍動感がゼロである。
                リヒャルト・シュトラウス、実は婚約したくなかったんじゃないか
                というくらいに、何だか間が抜けたリートと化している。
                これ、ちょっと・・・(以下省略)

                シャーデは結構オペラ座でもリヒャルト・シュトラウスは
                レパートリーにしているはずなんだけどなぁ。

                次の Nichts ! は軽めの歌だから
                軽く洒脱に歌ったのは良いのだが
                最後の Ich, und ihr, und alle? のところで
                客席を指差しながら歌うと
                そこに出現するのは、まごうかたなきオペレッタの世界。
                (あるいは、後ろにヌード・ダンサーを並べて
                 その前で喋っているコンフロンシエって感じ)

                う〜ん・・・リヒャルト・シュトラウスでオペレッタになるとは
                シャーデもタダモノではない(皮肉入ってます)

                Morgen は定番だし
                マルティヌのピアノは上手いし
                シャーデの息の長いソット・ヴォーチェが見事に活きる。
                ・・・でも、この曲の最後の音が終わりきらないうちに
                ブラボー叫んで拍手する奴の神経が、私には理解不能だ。

                最後の Zuneigung は
                メロディックに、ちゃんと声を出して
                最後は例の高音を輝かしく響かせて
                イタリア・オペラちっくに盛り上げる。

                アンコールの1曲目は
                シューベルトの Nacht und Träume で
                最初から最後まで
                シャーデのこの上なく美しいソット・ヴォーチェを堪能。

                この人、自分がどんな声の質で
                どういうものを歌ったら
                聴衆がメロメロになるか、よく知ってるわ。

                シューベルトの美しき水車小屋の娘から
                6曲目の Der Neugierde
                以前、水車小屋の娘のアンコールの時に
                歌詞ド忘れ事件があったので、ちょっとドキドキしたが
                これも、本当に繊細な美声で歌い上げて満足。

                観客が少ないから、拍手もバラバラって感じだけど
                1曲ごとに盛大な拍手をしていた数人が
                大声でブラボーを叫んでいる。
                (コンサートではブラボーと叫びましょうとか
                 旅行前に誰かに言われて来たんでしょうね、きっと)

                出て来たシャーデが
                割に低い話し声で(あっ、声帯の位置を戻してるな)
                「まだコンサートは続きますよ。
                 ご心配なく。次の曲は、みなさん、よ〜く知っている曲です」

                ・・・「ウィーン我が夢の街」😲

                ミヒャエル・シャーデ、もしかしたら
                ヨナス・カウフマンにライバル心でも燃やしているのか???
                (カウフマンのウィーン・リートについては ここ

                しかも平土間の観客が何人か
                一緒に歌ってるし・・・
                (え〜い、ワタシだって歌いたいけれど
                 そこまで厚かましくない)

                ミヒャエル・シャーデは
                もともとがドイツ系のカナダ人で
                オーストリア人ではないけれど
                オーストリアでかなり活躍していて
                音楽祭などの監督もしているので
                その意味では、話すドイツ語も
                かなりオーストリア方言に近いから
                ウィーン、我が夢の街を歌ってくれても良いんですが

                やっぱりシューベルトかリヒャルト・シュトラウスあたりで
                きめて欲しかったなぁ、
                とは言え、ツェツィーリアを聴いた限りでは
                盛り上がる Heimliche Aufforderung なんかは
                ちょっと歌って欲しくない、という感じだったし
                「月」のテーマなら
                シューマンの月で、シャーデだと絶品という曲があるのだが
                シューマンはこのプログラムには違和感があるだろうし
                ウィーン我が街で締めて良かったのかもしれない。

                同じプログラムで
                楽友協会のブラームス・ホールや
                コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールだったら
                きっと、ドイツ・リート・オタクのジモティが集まって
                親密な雰囲気でのコンサートになったんだろうなぁ、と
                ちょっと残念なような気もするけれど

                でも、シャーデのソット・ヴォーチェに
                メロメロになって悶えまくった私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                ご存知とは思うけれど、念の為
                シャーデの名前の最初についている KS は
                Kammersänger 宮廷歌手 の称号である。
                すでに Kammer 宮廷なるものは存在しないけれど
                こういうタイトルだけ残っているのがオーストリアらしいところ。

                ヴェルナー・ギューラ + クリストフ・ベルナー

                0
                  Musikverein Brahms Saal 2019年12月13日 19時30分〜21時15分

                  テノール Werner Güra
                  ピアノ Christoph Berner

                  Franz Schubert (1797-1828)

                  Abendlied für die Entfernte, D 856
                  Im Frühling, D 882
                  Alinde, D 904
                  Auf der Bruck, D 853
                  An mein Herz, D 860
                  Das Heimweh, D 851
                  Im Walde, D 834
                  Sehnsucht, D 123
                  Fülle der Liebe, D 854
                  Lebensmut, D 883
                  Sehnsucht, D 879
                  Um MItternacht, D 862
                  Der blinde Knabe, D 833
                  Im Freien, D 880

                  ヴェルナー・ギューラは
                  コンサートではよく聴いているのだが
                  リートの夕べに行くのは初めて。

                  楽友協会のブラームス・ホールだが
                  結構、空き席が目立つ。
                  だってギューラって有名だよね?
                  ただ、あまりオペラを歌っていないのは確かだし
                  コンサートでは素晴らしい声を聴かせてくれるけれど
                  あくまでもコンサートの出演歌手の一人としてだから
                  華やかなイメージはないかもしれない。
                  (要は、知る人ぞ知るって感じ?(爆笑))

                  プログラムはオール・シューベルト。
                  かなり渋い、通向けのプログラムだと思う。
                  もっとも、楽友協会のリートのシリーズは
                  こういうプログラムを好む年配のお客さまが多い。

                  よく通るリリック・テノールで
                  モーツァルトのオペラとか合うだろうなぁ。
                  バッハのエファンゲリストは、以前、聴いた事があるような気がするが
                  もう一度、この声で聴きたいものだ。

                  バラードが多いので
                  ドイツ語が美しくないと話にならないが
                  さすがにドイツ語のディクションは完璧。
                  (もともとミュンヒェン出身でザルツブルクのモーツァルテウム卒業だ)

                  前半の曲には、Im Frühling とか Alinde とか
                  有名な曲も入っている。
                  (というより、私が知っているくらいのポピュラー加減)

                  しかしまぁ、こういう曲を聴いていると
                  シューベルトの作曲技法の巧みさがたまらん。
                  長調と短調の入り乱れ方とか
                  私のアホな耳でも1ヶ所だけ聴き取れた
                  見事なジャーマン・シックスとか
                  先学期に音楽分析でシューベルトを結構取り上げたのだが
                  いや、もっと分析したいわ。
                  (やれば?という声が聞こえてくるので耳が痛い・・・
                   もちろんやれば良いのだろうが
                   あ〜、う〜、そこまでは体力も気力も知能もない)

                  さて、私のピアノの先生が
                  シューベルトはピアノが弾けなかったので
                  とんでもないピアノ・パートを作曲している、と
                  教えてくれた事があったが
                  (確かピアノ曲で、これだけは弾いてはいけない
                   ピアニスト全員が指に支障をきたす、という
                   恐ろしい魔の曲もあるらしい)

                  確かに、3曲目の Auf der Bruck って
                  歌手も最高の早口言葉を音楽に乗せて歌う必要があるが
                  この曲、最初から最後まで
                  細かい3和音の連打って・・・何なんだこれは。

                  楽譜に忠実に、とか言う慣習が
                  クラシックの世界にはあるようだが
                  これ弾けるピアニストが居るという事が凄い。
                  (同じく、「魔王」の連打が弾けるピアニストも凄い)

                  後半の Sehnsucht D 879 の
                  ピアノによる情景描写も面白かった。
                  クリアな歌詞で聴衆に提示されるテキストと相まって
                  見事なリートになっている(多少あざとい感じはするけれど(笑))

                  Fülle der Liebe D 854 は、4行のシュトローフェが14回続く歌で
                  メロディというよりは
                  ほとんど同じ音が、ただの四分音符で続いていくのに
                  転調の見事さで、14回、全く退屈せずに聴かせてしまう。
                  同じような感じが続くところを
                  音楽的な差を際立たせて
                  テキストの内容をドラマチックに表現したギューラも巧い。

                  ギューラの、あの美声で
                  高い音域をソット・ヴォーチェで歌われると
                  背筋がゾクゾクする。
                  体感的に萌える程に色っぽい。
                  どんなに年配になろうと
                  ああいう声を聴くと悶絶するわ。

                  あ〜、ステキなコンサートだった。

                  実は昨日も、その前も
                  連日連夜でコンサートに通っていて
                  その記録も書かねばならないのだが

                  ちょっと待って・・・💦

                  来週の水曜日から、やっとクリスマス休み。
                  宿題もあるし、論文の準備もあるし
                  色々とやらねばならない事が山積みなのだが

                  それでも休みが待ち遠しい私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  昨日はロンドン・フィルとユロフスキーのコンサート
                  その前の2日間はアムステルダム・バロックとコープマンで
                  バッハのクリスマス・オラトリオを聴いたので
                  その記録も残しておきたいのだが・・・あ〜、いつ書けるだろう・・・

                  イグーデスマン&ジョー 「世界の救済」

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年12月2日 19時30分〜21時30分

                    バイオリン・演劇・歌 その他 Aleksey Igudesman
                    ピアノ・演劇・歌 その他 Hyung-ki Joo

                    „Die Rettung der Welt“

                    イグーデスマン&ジョーのショーって
                    もう何年追い掛けているやら。

                    こういうブログ(日記)を書き出したのが
                    1998年くらいだったけれど
                    (以前の記録はすべて消えました(涙))
                    私が、まだ若かった頃(いつの話?)
                    マリアヒルファー通りの教会の裏の
                    さびれた(すみません)ホールで
                    何だか内輪っぽい集まりで聞いたのが最初なので
                    2000年頃の話かなぁ。

                    誘ってくれた友人は既に鬼籍に入り
                    時の経つのは早いのだが

                    この二人、何でこんなに変わってないんですか(爆笑)

                    最初の頃のような
                    爆発的ショックは既にないし
                    ジョークのごっちゃ混ぜ音楽とかは
                    どうしても同じような事の繰り返しになってしまうが

                    それでも、かなりの破壊力がある。
                    くだらないジョークも多いんだけど
                    何となくそれがハマるというか
                    まぁ、好みの問題が大きいだろうが。

                    しかし「世界の救済」とは、大変なタイトルをつけたものだ。
                    内容は世界の救済とは一切関係ない(爆笑)

                    今回は、ちょっと見た目、観客巻き込み型のパーフォーマンス。
                    (ただし、1列目で舞台に呼び出された人たちは
                     間違いなく関係者で、事前に知らされている。
                     シナリオがあからさまだが
                     まぁ、この「関係者」(一応「素人」という設定)が
                     意外に楽しんで参加していたので
                     ちょっとほっこりはする)

                    個人的に一番ツボにハマったのは
                    ワーグナーの音楽をクレヅマ音楽に編曲してしまったナンバー。
                    ご存知、ワーグナーのアンチ・ユダヤをパロディにしてしまって
                    これは、天国でワーグナーは頭を抱えているに違いない。

                    この面白さって
                    どんなに書こうとしても表現できないし(すみません)
                    ちょっと時間的な余裕もないので
                    本日はこれだけにしておく。

                    それにしても、今日のパーフォーマンス
                    貧民席(ギャラリー)に、かなり空席があったのだが・・・
                    確かに最近、コンツェルトハウスのチケット代も
                    どんどん急激に値上げされていて
                    以前みたいに20ユーロ以下の席って
                    なくなっちゃって、財布に痛いのはあるけど。

                    日常生活の話だが、来週の発表が・・・(冷汗)
                    今学期10月以降、ともかく、ちょっとあのあのあの・・・

                    なんかマックブックの調子が悪くて
                    これは修理できるんだろうか、うううう、と
                    ちょっと落ち込んでいる私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    しかし、この、ふざけた(笑)二人
                    ピアノとバイオリン、むちゃくちゃ巧いんだよねぇ。
                    ちょっとしたフレーズも、さりげなく演奏してしまうんだけど
                    すごい技術と音楽性があるのが、長続きの秘訣なのかも・・・

                    ファン・ディエゴ・フローレス@コンツェルトハウス

                    0
                      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年11月14日 19時30分〜22時

                      テノール Juan Diego Flórez
                      オーケストラ Deutsche Staatsphilharmonie Rheinland-Pfalz
                      指揮 Jader Birgnamini

                      Giuseppe Verdi (1813-1901)
                      Nabucco Ouverture
                      Rigoretto „Questa o quella“ (Arie des Herzogs)
                      Rigoretto „Ella mi fu rapita … Parmi veder le lagrime“ (Szene und Arie des Herzogs)
                      Un giorgno di regno Ouvertüre
                      Attila „Oh dolere!“ (Romanze des Foresto)
                      I Lombardi „La mir letizia infondere“ (Kavatine des Oronte)
                      I due Foscari „Brezza del suol natio … Dal più remoto esiglio … Dal consiglio alle presenza … Odio solo, ed odio atroce“ (Szene des Jacopo)
                      La Traviata Prelude 1. Akt
                      La Traviata „Lunge de Lei … De’ miei bollenti spiriti“ (Szene des Alfredo)

                      Franz Lehár (1870-1948)
                      Das Land des Lächelns „Dein ist mein ganzes Herz“ (Arie des Sou Chong)
                      Paganini „Gern hab’ ich die Frau’n geküsst“ (Arie des Paganini)
                      Giuditta „Freunde, das Leben ist lebenswert“ (Lied des Octavio)

                      Héctor Berlioz (1803-1869)
                      La damnation de Faust Ungarischer Marsch (Rákoczy-Marsch)

                      Jeles Massnet (1842-1912)
                      Werther „Pourquoi me réveiller“ (Arie des Werther)

                      Georges Bizet (1838-1875)
                      Carmen „La fleur que tu m’avais jetée“ (Arie des Don José)

                      Pietro Mascagni (1863-1945)
                      Cavalleria Rusticana Intermezzo

                      Giacomo Pucchini (1858-1924)
                      La Bohème „Che gelinda manina“ (Arie des Rodolfo)

                      アンコール
                      Carlos Gardel: El dia que me quieras. Tango Canción
                      Mendoza/Cortes: Cielto Lindo
                      Tomás Méndez: Cucurrucucu Paloma
                      Augustín Lara: Granada
                      Giacomo Pucchini: Nessun dorma ! (Arie des Kalaf aus „Turandot“)

                      ファン・ディエゴ・フローレスが
                      ウィーンの国立オペラ座に出演するとなると
                      最初からチケットは売り切れで
                      出てくるにしても200ユーロ以上の席しか出て来ず

                      最後にオペラ座でネモリーノ聴いて
                      ぶっとんで失神しそうになってから
                      数年間、フローレスのあの「黄金の声」を聴くチャンスがなかったので

                      最貧民席で30ユーロを越えるという
                      強気値段設定なのだが
                      会員発売初日にバッチリ貧民席を確保。

                      同じ日に楽友協会では
                      ミュンヒェン・フィルがゲルギエフとブルックナーの7番という
                      ちょっと身を切られる思いだったのだが

                      行ってみたら、楽友協会の最貧民席でいつも会うオヤジカップルも来ていて
                      おお、君たちも今日はブルックナーじゃなくてフローレスかい・・・

                      ただ、会場は圧倒的にお洒落した年配のご婦人が多い。

                      このグレート・ヴォイスのシリーズは
                      割に「歌謡ショー」みたいになっていて
                      お目当ての歌手を聴きに行っても
                      オーケストラの演奏が70%くらい。
                      肝心の歌手は、前半2曲、後半3曲のアリアとかいうケースが多い。

                      私も今日はぐったり疲れているし
                      オーケストラの時は寝てれば良いわ、という気持ちで行ったのだが

                      きゃああああああっ!!!

                      フローレス、ほとんど歌いっぱなし!!!!!

                      しかもワケわからんソプラノ歌手とか連れて来てないし
                      普通、アリア1曲歌ったら、舞台袖に引っ込んで
                      それからオーケストラが延々と2曲くらい演奏するっていう感じなのに
                      アリア歌った後、そのまま舞台で、拍手を受けてから
                      即、次のアリアを歌い出すという・・・

                      しかも、あの超高いCが、バッチリ入る曲ばかり
                      続けて3曲とか歌っちゃうこのテノールはいったい何?!?(・_・;?

                      各曲とも、ちゃんとオペラの内容に入り込んでいて
                      表情も仕草も、すべてオペラになっている。

                      でもって、フローレスのあの甘いリリック・テノールの声!!!!!

                      以前、また歌謡ショーになったらイヤだなぁ、という話をした時に
                      オペラ通の友人が
                      「大丈夫、フローレス真面目だから」と言っていたけれど

                      この人、音楽に対して、本当に真摯というか
                      生まれ持っての才能があっても
                      努力家で、しかも音楽好きで、訓練を欠かさず
                      音楽を解釈する力、音楽に命を与える喜びに満ちている(ような気がする)

                      昨今、才能に恵まれたテノールも増えているけれど
                      フローレスの声って
                      ちょっと格が違う(他のテノールの方、ごめんなさい)

                      ともかく、甘い滑らかな蜂蜜のような美声で
                      しかも高音の伸びが、こんなに美しいテノール!!!
                      楽々と出して、この上ない美しさで
                      天井桟敷の貧民席までストレートに届く。

                      いやワタシ、バスとか低い声が好きだった筈なんだが。
                      歳取ると若い男の子が好きになる、と一般には言われているが
                      バスも好きだけど、テノールも大好き、という
                      (年配の男性も好きだけど、若い子も好き・・・)
                      そんな雑食人間になるとは思ってもいなかった。

                      前半のヴェルディで、すでにメロメロ状態。
                      美声にむちゃくちゃ酔ってる。
                      睡眠不足のせいだけではない。
                      というより、このコンサート、フローレス歌いっぱなしなので
                      寝てる時間がない(笑)

                      後半の最初は・・・何とオペレッタ!!!
                      フローレスの美声でオペレッタ!!!!!!
                      何と言う贅沢な時間!!!!
                      (びっくりマーク多過ぎてすみません)

                      ただ、オペレッタって
                      メロディ・ラインをオーケストラが演奏してしまうので
                      あの美声がオーケストラのバイオリンとかと混ざってしまって
                      え〜い、バイオリン邪魔だ、退け!という気分になる。

                      その点、イタリア・オペラってすごいわ。
                      ヴェルディでもプッチーニでも
                      フランス・オペラのマスネーやビゼーも
                      オーケストラはあくまでも伴奏に徹して
                      歌手がメロディ・ラインを完璧に歌うのを信頼して
                      声の美しさが際立つようにオーケストレーションされてる。

                      マスネーのウエルテルのアリアの美しさ。
                      ウエルテルはアホだと予々思っていたが
                      その偏見は本日に限り封印する。
                      あんな声で歌われたら
                      シャルロッテじゃなくても
                      アルベールより、いくらストーカーでもウエルテルに走るだろう。

                      ビゼーのドン・ホセも
                      カルメンのバカ、とか言いたくなっちゃう。
                      あんなにチャーミングに、情けなさそうに歌われたら
                      同情だけでもドン・ホセに惚れちゃいませんか?

                      以前のネモリーノの時もそうだったけれど
                      ともかく健気というか、キュートというか
                      その美しい高音を聴いたら、もう、どうにでもして・・・

                      プッチーニのボエームのアリアで終わったんだけど
                      今一つ、あまり観客が乗っていない、というか
                      コンツェルトハウスって比較的年配のお客さまが多いので
                      はしたなくブラボー・コールとかしないんですよ。

                      そしたら・・・

                      フローレスがギターを持って登場!!!
                      椅子に座って
                      「はぁぁ」とため息(笑)「やっと座れました」って(爆笑)

                      ギターを自分で弾きながら
                      むちゃくちゃチャーミングな美声で
                      すごく親密に歌い上げるタンゴ。
                      (途中で、さて、何歌おうかなぁ、と客席に話したりして(笑))

                      しかも、裏声での高い音まで
                      この上ない美しさで出して
                      更には、その裏声の高音を
                      ず〜〜〜〜っと引き伸ばして
                      悪戯っ子みたいに、ニヤッと笑うチャーミングさ。

                      この女殺し・・・(あっ、すみません)
                      あれ聴いたら、本当に女性はメロメロになるわ。

                      ギターの演奏のソロの後
                      拍手は鳴り止まず
                      ここらへんでスタンディング・オベーション発生。

                      出て来たフローレスは
                      上着の中から、薔薇を1本取り出し
                      オーケストラ伴奏で、グラナダ。

                      女性のコンサート・マスターにちょっとお節介をかけながら
                      指揮者にもちょっかい出して
                      高音での装飾音を自由自在に操って
                      (オーケストラはその間待ってる(笑))
                      いやもう、ノリノリの楽しさ。

                      あまりにチャーミング過ぎる・・・
                      しかも、あれだけ歌っても
                      リリックの滑らかな美声はそのままだし
                      艶々でチャーミングで若々しくて
                      何なんですか、本当に、このテノールは(驚愕)

                      まだ鳴り止まない拍手で
                      (既に時間は22時に近い)
                      最後に歌い出したのが

                      トゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」

                      隣のおばさまが大興奮して、きゃあああああっ、と
                      思わず叫んでいたが
                      そりゃ叫ぶでしょう、これは。

                      オーケストラの中間部では
                      フローレスが「皆さんも歌いましょう」という仕草をして
                      客席から歌声が響く。
                      う〜ん・・・客をノセるのも巧いわ、この人。

                      で、となりのおばさま
                      歌ってくれるのは良いんですが
                      フローレスが歌い始めても一緒に歌ってるのは
                      ちょっと勘弁してくれませんか?(言わないけどさ)

                      何万円も払ってオペラに行って
                      他の歌手も聴いて(聴かされて)
                      フローレスがアリアを3曲、とか言うのより
                      このコンサートの方が
                      美しいアリアや、オペレッタのナンバー
                      更にはギターでのタンゴとか弾き語りで聴けて
                      最初から最後まで歌いっぱなしで
                      フローレスの、この上なく美しいテノールと
                      ハイCを聴き放題って

                      30ユーロ以上払っても、むちゃくちゃお得だった。
                      充分にペイしたというか
                      あんなに美しいテノールを
                      あれだけばっちり聴かせてもらう機会なんて
                      私の一生に何回あるんだろう。

                      フローレス46歳。
                      ちょうど、今が一番脂の乗った時期かもしれない。
                      歌手もバレエ・ダンサーも
                      その旬の時期というものがあって
                      その「時」に聴かねばならない時期がある。

                      その意味で、今日は本当に
                      むちゃくちゃ興奮したコンサートだった。
                      寝不足だろうが、倒れそうだろうが
                      コーヒーしか飲んでなくて、ランチも取っていない状態だろうが
                      こういうコンサートに行けたのは
                      ともかく幸運だった、とつくづく思う私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      この記事、本当はオーケストラ・カテゴリーになるんだろうけれど
                      今日の主役は間違いなくフローレス。
                      オーケストラは伴奏に徹していて中立的。

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