ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌー

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    Wiener Konzerthaus Mozart-Saal 2017年11月30日 19時30分〜20時50分

    テノール Michael Schade
    ピアノ Malcolm Martineau

    Franz Schubert (1797-1828)
     Winterreise
      Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller D 911 (1827)

    ミヒャエル・シャーデは
    私が以前から追いかけているテノール歌手。

    このブログに移行する前に(記録は無情にも消えた(涙))
    ウィーン劇場で「美しき水車小屋の娘」を聴いて
    そのあまりのオペラちっくな表現にひっくり返ってから
    機会があればリサイタルに足を運んでいる。
    (このブログは2008年からだが、それでも5回記事がある)

    ついでにオペラ座でもよく拝見(笑)

    シャーデは「美しき水車小屋の娘」は何回も歌っているし
    アンコールにも歌ったりするし
    シューベルトやベートーベン、シューマン(これ絶品)
    フーゴ・ヴォルフもレパートリーにしているが

    今回のリサイタル、見つけた時に
    えええええええっ!!!
    シャーデが「冬の旅」を歌うの?!

    確かに今まで歌った事がなくて
    プログラムにも「今回が初めて」と書いてある。

    そりゃそうだよなぁ。
    だって「冬の旅」って暗いじゃないですか。
    (だいたい私はシューベルトが苦手である)
    最初から最後まで
    まさに白黒の世界で
    凍りつくような悲惨さを纏わせ

    このチクルスだけは
    ある程度の年齢になって
    やっぱり「死」を考えるようになってからでないと
    とても聴けないチクルスだと、今でも確信している。

    一方、ミヒャエル・シャーデと言えば
    蕩けるようなソット・ヴォーチェが魅力的で
    聴いている方に体感的な快感(すみません)を感じさせる
    甘い声のチャーミングさで有名なテノール。

    リリック・テノール、しかも甘い声で
    あの、暗い暗い暗い暗い「冬の旅」というのは
    スープレットのソプラノが歌うような違和感があるんじゃないだろうか。

    本日は朝からウィーンは雪(涙)
    途中から雨にはなったけれど
    私の住んでいる郊外では、まだまだ雪景色が残っていて
    寒いし暗いし
    シューベルトの「冬の旅」の悲惨な雰囲気に一役買っている。

    最初の Gute Nacht で椅子からずり落ちそうになった。

    その声量で、その歌、歌うか?!

    ホール中に響き渡る澄んだ甘い高音テノールの
    激しい感情をあらわにした表現・・・

    ・・・と思ったら
    途中でグッと音量落として
    またこれ、とんでもないソット・ヴォーチェ。

    フォルテとピアニッシモの絶え間ない繰り返し。
    しかも低音の部分でシュプレッヒ・シュティメまで出て来た時には
    本気で仰け反った。

    何とまぁ、情熱的で「人間的」な主人公。
    諦観とかよりも
    人生、大変だけど、何とかやっとるわい

    って、え〜っと、え〜っと、イメージと違うぞ。

    ただ、シャーデはアホではない(と思う、時々天然かもしれないが)
    計算してやっているのか
    天才的な天然で本能的にやっているのかはわからないけれど
    この「冬の旅」を、白黒一色にせず
    ドラマチックに、でもパロディになる直前で抑制している。

    だいたい私、もともと短調がむちゃ苦手。
    これだけ短調続きのチクルスは、ゲッソリするのだが
    途中の Frühlingstraum とか Das Wirtshaus とか
    ちょっと温かさを感じてホッとするところの
    シャーデの声が、あぁ、もう、本当に柔らかくてゾクゾクする。

    一方、冷たい冬の厳しい孤独の表現は
    う〜ん、テノール(しかも、ものすごい美声)で
    時々(意識して)リートにあるまじき声量で歌ってしまうと
    孤独とか寒さを嘆くのはわかるのだが
    ある意味「諦観」を感じるよりは
    どちらかと言えば、運命に対する怒り?のようなものが伝わってくる。

    テノールがこのチクルスを歌うのは確かに難しい。
    この孤独と白黒と諦観の世界には
    できれば深いバスかバリトンの方が向いている。
    だいたい、このチクルス、ソプラノだって歌えないだろ。
    ソプラノが歌ったら、ただのヒステリーになってしまう(と思う)

    持ち前のこの上なく美しいソット・ヴォーチェだけでは
    チクルス全体が甘くなり過ぎるという判断があったのかもしれない。
    (そ〜いうのも聴いてみたいような気がするが)
    ただの「ロマンティック」に溺れずに
    この悲惨な雰囲気を出すのに
    ある程度の声量をドラマチックに使う、という方法論だったと思う。

    フォルテッシモとピアニッシモを目まぐるしく使ったシャーデが
    最後の Der Leiermann だけ
    最初から最後まで、一回もフォルテを使わず、歌い上げた。

    ・・・涙が出ました。

    シャーデさん、あれはないよ、ルール違反だよ。
    徹底的にドラマチックに振り回しておいた後
    最後の Der Leiermann で
    そこまで透明な諦観の世界観を
    突然、突きつけられたら
    心臓にグッサリと冷たい孤独が刺さってくる。

    ピアニストのマルコルム・マルティヌーが、素晴らしい。
    「冬の旅」の世界観を
    シャーデの甘いテノールと対極的に
    透明な、硬めの、ペダリングほとんどない演奏で

    シューベルトのリートにおいて
    声とピアノが対等の立場にあって
    補いあいながらも独立した音楽を奏でているのがよくわかる。

    追随するのではなく
    引き立てながらもピアノの音楽の世界観は
    しっかり構築されている、という
    驚くべきピアノだった。

    プログラムの最初のところに小さな文字で
    宮廷歌手のミヒャエル・シャーデは
    このコンサートを弟(か兄)のヨハネス・シャーデの思い出に捧げます
    と書いてあったので
    お身内に不幸があったのだろう、きっと。

    この曲を聴いても
    あまり死者は喜ばないような気がするが(すみません)
    シャーデとしては、死を意識した時点で
    「冬の旅」を歌う、という決心がついたのだろうと推測する。

    シャーデの甘いテノールに合うチクルスではない。
    なのに敢えて、このチクルスに挑戦して
    ドラマチックな世界観に聴衆を溺れさせておいて
    最後に突然、別世界に連れていったルール破り(笑)には敬意を表す。

    ものすご〜く正直に言っちゃうと
    でも、これ1回で勘弁してね
    レパートリーに入れないでね・・・というのはあるんだけど。

    たまたま、今日の音楽史の授業で
    シューベルトが取り上げられて
    この「冬の旅」の音楽的構成への言及もあったのだが

    ウィーンに住んでいる利点というのは
    その気になればシューベルトの生家や死んだ家に
    市電で数駅で行ける事(笑)

    当時のリヒテンタール地区は、地理上、ジメジメした地区だったはずで
    考えてみれば、当時はもちろん電灯も電気も電話もなく
    市電も車もなく
    馬車は貴族の乗り物、あるいは遠距離の時の乗り物で
    日本の江戸時代と同じく、みんな歩いて移動していたと思うのだが
    地面は汚物で一杯で(これは史実らしいぞ)

    しかも当時は人はバタバタと死ぬ時代。
    ちょっと風邪を拗らせたり、怪我して化膿したら、そこで死ぬ。
    (世界最初の抗生物質は1911年のサルバルサン、1928年のペニシリン)
    子供が生まれたら母親はバタバタと産褥熱で死ぬ。
    (院内感染予防のゼンメルヴァイスが院内感染に気がついたのは1847年である)
    乳幼児死亡率も高い。

    死というものが、身近にあって
    電気も電灯もなくて
    当時のリヒテンタール地区は水はけが悪かった事で有名だし
    雪が降って、寒くて暗くて
    メッテルニヒ時代で言論統制があって・・・

    音楽に歴史を聴いてしまう、というのも
    不思議な現象だが
    こと、この苦手な「冬の旅」には
    当時の世相が反映されているような気がする私に
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    アンコールはなし。
    天然でサービス精神旺盛なシャーデだから
    おふざけでアンコール歌って聴衆をノセるかとも思ったけれど
    さすがに「冬の旅」の後(しかも、あの Der Leiermann の後)では
    アンコールは無理だわ。

    ゲオルク・クライスラー「ウィーンっ子のいないウィーン」

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      土曜日のトリプル・ヘッダーの2番目です。
      時系列でお読みになりたい場合は まずは こちら からどうぞ。

      Volkstheater 2017年11月18日 19時30分〜21時20分

      Wien ohne Wiener
      Ein Georg-Kreisler-Liederabend von Nikolaus Habjan und Franui
      Text und Musik Georg Kreisler

      出演
      Gábor Biedermann
      Günter Franzmeier
      Isabella Knöll
      Christoph Rothenbuchner
      Claudia Sabitzer
      Stefan Suske

      Musikbanda Franui
      クラリネット・サクソフォン Romed Hopfgartner
      コントラバス・アコーディオン Markus Kraler
      ハープ・チター Angelika Rainer
      ハックブレット Bettina Rainer
      トランペット・フリューゲルホルン Andreas Schett
      バイオリン Nikolai Tunkowitsch

      演出と人形 Nikolaus Habjan
      音楽監督 Andreas Schett
      編曲・作曲 Markus Kraler, Andreas Schett
      舞台 Denise Heschl
      照明 Paul Grilj
      ドラマツルギー Heike Müller-Merten
      リート指導・コレペティ Dieter Paier

      ゲオルク・クライスラーと言っても
      その面白さや凄さを伝えるのには
      ウィーン訛りをある程度理解する能力と
      ウィーンの表裏(良いところ+悪いところ)をある程度感じていないと

      無理(断言)

      すみません
      私が如何にドイツ語
      ・・・じゃなかったオーストリア語(笑)が出来るかとか
      ウィーンの文化を知っているとか(知りません、念の為)
      そんな事を自慢したいのではなくて

      こういうオーストリアの特殊な「寄席の芸術」は
      オーストリア(ないしはウィーン)秘密結社の一員になる必要がある。

      だったら私もなろう、とか思わない方が良いです、たぶん。

      オーストリアの中でもウィーンというのは特殊な都市で
      宮廷が長くあった分
      日本で言えば京都のようなキャラクターがある。
      排他的だし、プライド高いし、刹那的。
      (京都人がそうだ、とは言ってません、念の為)

      朝から晩まで
      ワケのわからん事でずっと文句言ってる人が多いし

      幸せなウィーンっ子という存在は、まず居ない。
      みんな不幸で、不幸自慢していて
      自分の都市の悪口は目一杯言うくせに
      他の人(特に外国人あるいは外国出身のオーストリア人)が
      ウィーンの悪口を言うのは許さない。

      私のモト彼は典型的なウィーンっ子だったのだが
      いや、その話は長くなるし暗くなるから止めておく。

      ただ、あああああ、アレと結婚しなくて良かった、というのは
      失敗だらけの私の人生の中で
      唯一の正しい判断であった、と確信持って言える。

      会社もウィーンっ子は非常に少なかったし
      (いたけど典型的なウィーンっ子だったので怖かった)
      まぁ、旅行会社なんて
      EU 諸国とロシア、ウクライナとかの社員が多かったので
      その後は私は長くウィーン社会からは締め出されて来て
      その意味では
      30年以上暮らしていたって
      本当にウィーンっぽい生活は知らない。

      前置きが長くなってしまったが
      ゲオルク・クライスラーの作品は
      ここ で体験してから
      自分でも CD を集めたりしていた。

      加えて、私はフラヌイのファンなの ♡

      何とか予定を立てて
      結構高いバルコン(貧民席ギャラリーじゃなくて)を買って
      行って良かった!!!!!

      プロモーションを見た時には
      気味の悪い人形を使っているな、と思ったが
      これが意外に効果的で
      だいたい、いくらバルコンの準貧民席でも
      舞台からは遠いので、あまり気にならないし
      人形使って歌っているので
      ものすごい事を言っていてもヘンに風刺がダイレクトにならない。

      この面白さはあまり私の拙い文では伝えられないので
      下にクリップ貼っておく。



      最初に出てくる人形+トライアングルが傑作で
      後ろにオーケストラの指揮者の人形が後ろ向きで指揮してる。
      で、トライアングル奏者が
      ペーソスに満ちた歌を歌うのだが
      あまりに可愛くて爆笑する。

      ウィーンの話だから、当然ながら「死」が色々と取り上げられるんだけど
      ザルツブルク音楽祭のイエーダーマンのヒッカケがあったのには爆笑した。

      フラヌイの音楽がまたチャーミングで
      表に厚かましく出る事が全くなくて
      控えめで、音楽的レベルがむちゃ高くて
      ああああ、もう、こういうのって、悶絶。

      というワケで
      12月の公演、もう一回行く事にした。
      (ただし超貧民席で(笑))

      ウィーンに長く住まれている皆さま
      クリップ見て、全部ドイツ語がわかる方は
      ぜひご覧下さいまし。
      もう、ウィーンっ子のいやらしい部分が
      モロモロに出ていて
      甘い衣に包んだ実は激しい風刺が
      グサグサ刺さって、大笑いできる事は保証します。

      フォルクス・テアーターって
      そういう意味では非常に面白い作品を上演しているので
      (ブルク劇場とかと違う ← その風刺も入ってますこの作品)
      演劇は敷居が高い、と思っていらっしゃる方にはお勧め。

      大笑いして出て来て
      次の会場に向かったアホな私に
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      フラヌイ + インナーフィルグラーテン吹奏楽団

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        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年10月26日 19時30分〜21時40分

        “Vom Endchen der Welt”

        MusikkapelleInnervillgraten
        指揮 Hannes Schett, Manuela Lusser

        Musicbanda Franui
        バイオリン Nikolai Tunkowitsch
        クラリネット、バス・クラリネット Johannes Eder
        アルトサクソフォン、クラリネット Romed Hopfgartner
        ハックブレット、歌 Bettina Rainer
        ハープ、チター、歌 Angelika Rainer
        トランペット、歌 Markus Rainer
        トロンボーン、歌 Martin Senfter
        チューバ Andreas Fuetsch
        コントラバス、アコーディオン Markus Kraler
        トランペット、歌 Andreas Schett

        朗読 Ulrich Reinthaller

        コンセプト、音楽監督 Andreas Schett

        Johann E. Trojer (1935-1991) Vom Endchen der Welt
        Text aus “Sätze und Absätze. Der Literat und Kulturjournalist Johannes E. Trojer”

        Eismann : Der letzte Seufzer *
        Gustav Mahler (1860-1911) : Nicht wiedersehen ! *
        Rudolf Melusin (1826-1887) : Abschiedsklänge
        Johannes Brahms (1833-1897) : Die Sonne scheint nicht mehr *
        Josef Steidl jun. (1905-1979) : Mein Trost in Tränen. Grablied
        Franz Schubert (1797-1828) : Das Grab D 330 (1815) *
        August Ritzberger (1872-1943) : Ruhe sanft
        Robert Schumann (1810-1856) : Geistervariationen. Trauermarsch und Choral
        Franz Schubert : Das Wirtshaus D 911/21 (Winterreise) (1827) *
        Josef Steidl jun. : Wie die Glocken düster dröhnen. Grablied
        Franz Schubert : Trockene Blumen (Die schöne Müllerin) (1823) *
        Josef Steindl sen. (1864-1945) : Trauermarsch
        Hans Kliment jun. (1906-2006) : Teure Mutter *
        Franz Schubert : Totengräberlied D 38, Deutsche Tänze D 783/5 (1813) *
        Bernhard Linhart (1870-1918) : Nachklänge *
        Franz Schubert : Abschied D 475 (1816) *
        * musikalische Bearbeitung von Markus Kraler und Andreas Schett

        不思議な音楽グループの Franui については
        何回もこのブログで取り上げているが
        今回は何と、モーツァルト・ホール(小ホール)ではなく
        大ホールでのコンサート。

        ギャラリー最終列の見える席(4席しかない!)を
        根性で入手したのだが
        入ろうとしたら
        「もっと良い席に変更できますよ?」

        ・・・・・あああああ、売れてないんだわ、このコンサート。

        そりゃ、日が悪い。
        本日10月26日は祝日で木曜日。
        オーストリア全人口の80%くらいは
        明日の金曜日に休暇を取ったり、突然病気になったり倒れたりして
        木曜日から日曜日の「長い」週末を満喫するのである。

        平土間の席と言われたので
        平土間イヤ、と言う私もワガママだとは思うが
        バルコン・ロジェの2列目の1枚があったので
        そちらにしてもらった。
        (周囲はお金持ちそうなご年配のご夫妻ばかりで
         結構、小声でのお喋りが多かったのは予想外だったが)

        フラヌイは、オーストリアのド・田舎インナーフィルグラーテンのバンドで
        シューベルトやマーラー、ブラームスなどの編曲をもって
        クラシック、フォークソング、ジャズ、現代音楽の
        クロスオーバーなグループ。

        しつこいうようだが
        この音楽だけは、本当に聴いてみないとわからないと思う。
        聴いたら、普通のクラシック・ファンは腰を抜かして
        ものすごく好きになるか
        ものすごく嫌いになるか、極端に分かれるような気がする。

        ド・田舎でこんな前衛的なグループが出来ちゃったので
        村では色々と問題があったらしいが
        今回は村のブラスバンド60名弱を引き連れて来た。

        このブラスバンドが
        インナーフィルグラーテンの民族衣装を着ていて
        いや、もう、すごくキュートでドキドキする。
        年配から若い人まで、きっと数世代にわたってメンバーなファミリーもいそう。

        今回はインナーフィルグラーテンで
        学校の教師として、また様々な村でフィールドワークをして
        村の慣習などの研究をした民族学者の Johannes E. Trojer の随筆を
        朗読しながら音楽を聴くという試み。

        挨拶があったけれど
        東チロル方言で・・・ほとんどわからん(自爆)

        このインナーフィルグラーテンって
        数年前にドロミテを車で走った時に
        谷は通ったんだよねぇ。一度行ってみれば良かった。
        (だからって方言が理解できるものとは思えないが)

        こういう、社会から隔絶したような小さな村の
        ブラス・バンドが活躍するのは
        もっぱらお葬式なので
        今回もお葬式のテーマの演奏が多い。

        トロヤーの随筆は非常に文学的。
        私の乏しいドイツ語能力では理解できない部分が多い(ああああ・・・)
        民俗学の話になった時に

        わかりやすい慣習は、鉄壁のようにそこに存在し
        誰もそれを記述しようとはしない
        記述されて残っているのは珍しい、あるいは特殊な慣習だけである

        ・・・というのがあって
        ああ、そうだよね。それってフィールドワークしていると
        すごく感じるんだろうなぁ、と、ものすごく納得した。

        このコンサート、幕間なしの通しだったが
        構成の妙で
        朗読と音楽がちょっと重なったり
        フラヌイの演奏とインナーフィルグラーテンの吹奏楽団の演奏が
        違和感なく続いたり
        フラヌイの音楽に吹奏楽団がジョインしたり

        音楽の多彩さもあるけれど
        室内的なバンドに、大規模吹奏楽団
        更にはメンバーのコーラスなども入って
        音響の多様さ、その変化がまた面白くて全然飽きない。

        葬式の音楽と言うと
        悲しいものが多い、と言う印象があるだろうが
        実は案外、楽しいものがかなりある。
        (本当に楽しいかどうかはともかくとして)

        こういうテーマの
        クラシックから、純粋な吹奏楽、民族音楽にちょっと現代音楽という
        不思議なクロスオーバーを
        様々な年代のプレイヤーたちが演奏しているのを聴くと

        否応なしに「時の流れ」というのをしみじみと感じてしまう。
        いやもう私、還暦になっちゃったし
        あとどの位、生きられるかわからないし
        (そういう事を言ってる奴に限って長生きするのだが)
        次の世代も繋げなかったし

        大学で20歳以下のキラキラした将来のある学生たちを見ていると
        羨ましいとは全く思わないんだけど
        (これから就職も大変だし、仕事はもっと大変だよ)

        でも、私が経験する事の叶わない未来を
        この子たちは経験できる可能性が高いんだわ、と思うと
        ・・・やっぱりちょっと嫉妬する(アホかお前は)

        こいつ、今日は音楽の事は全く書かず
        何を感傷に溺れているんだ、と思っていらっしゃる方
        ごめんなさい。

        フラヌイは現在ウィーンのフォルクス・テアーターで
        (フォルクス・オーパーではない)
        ゲオルク・クライスラーのリートを中心にした
        ニコラウス・ハブヤンの作品
        Wien ohne Wiener (ウィーンっ子のいないウィーン)に出演中。

        何回か公演があるので
        何とか空き時間を見つけてチケット買ったが
        11月はイヤになる程、毎日詰まっているので焦った。
        (12月の夜はヒマである。何故だかわからないけど(笑))

        フラヌイはウィーンやザルツブルクでコンサートをしていて
        国際的にも活躍はしているけれど
        ローカル色を強く残しているのが特徴なので
        日本には行かないだろうから
        ウィーン在住の方、チャンスがあったらぜひ聴いてみて下さい。

        ・・・ものすごく好きになるか嫌いになるかだけど(笑)
        でもローカルなものは絶対に聴いておくべき、と
        回し者のような発言を敢えてする私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        フラヌイは Youtube でチャンネルを持っています。
        まぁ、かなりローカルなんだけど(笑)
        よろしければぜひご覧下さい。 → ここ

        フィルハーモニック・ファイブ

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          Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年9月17日 19時30分〜21時50分

          Philharmonic Five
          バイオリン Tibor Kováč, Ekaterina Frolova
          ビオラ Gerhard Marschner
          チェロ Peter Somodari
          ピアノ Christopher Hinterhuber

          Antonín Dvořák (1841-1904)
           Klavierquintett A-Dur op. 81 (1887)

          " Mission Possible "
          John Williams (*1943)
           Hedwigs Thema (Aus dem Harry Potter-Filmen)
          Sergej Prokofjew (1891-1953)
           Romeo und Julia. Ballett op. 64 (1935-36)
            (Teilaufführung in Bearbeitung von Tibor Kováč)
          Chick Crea (*1941)
           Greensleeves (Bearbeitung : Tibor Kováč)
          Tibor Kováč (*1967)
           Eléazar, Mazel Tov !
          Georges Bizet (1838-1875)
           Le fleur que tu m’avais jetée (Blumenarie des Don José aus “Carmen”) (1873-74)
            (Bearbeitung : Tibor Kováč)
          Camille Saint-Saëns (1835-1921)
           Danse macabre. Symphonische Dichtung g-moll, op. 40 (1874)
            (Bearbeitung : Tibor Kováč)

          アンコール
          Lalo Schifrin : Thema aus der Fernsehserie “Mission Impossible”
          Dmitri Schostakowitsch : Walzer Nr. 2 (Suite Nr. 2 für Jazzorchester)
          (Bearbeitung : Tibor Kováč)

          読者の皆さまはよくご存知の通り
          ザ・フィルハーモニックスは2つに分裂してしまって
          コンツェルトハウスのチクルス、どうするんだろう、と思っていたら

          ティボール・コヴァーチ率いる新グループ
          フィルハーモニック・ファイブ

          旧メンバーの第一バイオリンに
          ベルリン・フィルのコンサート・マスターを持って来た
          フィルハーモニックス(ただし綴りは Philharmonix)

          両方のチクルスが出来ていた。

          コヴァーチのグループは
          伝統的なピアノ五重奏。
          プログラムは
          Mission Possible とうたってはいるが

          最初はシリアスに
          ドボルジャークのピアノ五重奏曲。

          いやそりゃ巧い(笑)
          ビオラの背の高いハンサム君も
          ハンガリーのプリンス、チェロのショモダリさんも
          ウィーン・フィルのメンバーだし
          なんかもう、イヤミっぽい程に整った演奏なのに
          割に熱く演奏してくれるのがチャーミング。

          で・・・

          楽章間拍手が
          全楽章の後にかなり盛大にあったというのは

          クラシック音楽のコンサートに
          普段行かない聴衆がかなり居るようだ。
          (しかも周囲にシッと大声で叱るジジババもいないようで・・・)

          いや、ウィーンでそれ、意外にスゴイ事かもしれない。
          (スポンサーの招待客が多かったんだろう、というのは
           後半で判明した)

          昔のフィルハーモニックスとは違って
          最初に伝統的なクラシックの室内楽をかまして
          後半にお喋りコンサートという志向なのね。

          ハリー・ポッターのテーマの後
          コヴァーチが挨拶。

          ついでに近い未来に出る予定の CD の宣伝と
          スポンサーの銀行への御礼。
          (で、スポンサーの銀行からの招待客が多かったのね、きっと)

          で、その銀行、私、口座に貯金通帳も持ってるんですけど・・・
          いや、この銀行、この時勢で実はメセナが好きで
          現代音楽のスポンサーになっていたりするのは知っていたが
          このグループの支援までしてるのか。

          そういう事する前にもう少し利子を寄越せ
          ・・・というのはついつい正直な感想なのだが
          音楽へのメセナ活動は高く評価する(建前)

          プロコフィエフのロメオとジュリアの抜粋。
          くそ、こういうのは巧いよなぁ。
          やっぱりオペラ座のバレエで演奏し慣れているだけあって
          (それに私、この曲、すごく好きなの)
          バレエのシーンが目に浮かぶような
          ウィーン・フィルの音だよ、これは。

          グリーン・スリーヴスとチック・コレアを組み合わせた曲の後に
          アレヴィのオペラ「ユダヤの女」

          エレアザールのアリアで
          コヴァーチ曰く
          ニール・シコフが歌うと、あまりに悲壮で
          バイオリン引っ掴んで会場出て行って
          ウエディングの曲でも弾かないと鬱になりそうなので
          ウエディングの曲とくっつけました・・・という事らしい(笑)

          そしてご存知ビゼーのカルメンからドン・ホセのアリア。

          さすがにオペラからの曲なので
          ともかく非常にオペラチックというか
          ウィーン・フィルの音がバリバリ聴こえて来る。

          サンサーンスの曲で一旦閉めて
          アンコールに
          タイトルと絡めて
          パーカッション入れてミッション・インポッシブルのテーマ。
          子供の頃に「スパイ大作戦」を夢中になって見ていたから
          なんだか非常に懐かしい。

          ショスタコーヴィッチのジャズ組曲からのワルツには
          ちょっと大笑いした。
          クレスマ的なものと、ジプシー的なものに加えて
          ウィーンっぽいワルツがミックスされた演奏。
          こういうのは自家薬籠の物って言うんだろうなぁ (^o^)

          フィルハーモニックスと違って
          あれもこれも、ではなく
          あくまでも自分たちのレパートリーの中での
          クラシック的なものを
          高いレベルで噛み砕いて提供する、と言う感じかもしれない。

          残りのメンバーのフィルハーモニックス(綴りは違う)のチクルスは
          このフィルハーモニック・ファイブとは違って
          大ホールで行われるので
          こちらも行ってみたいのだが
          最初のコンサートが
          ウィーン交響楽団とオロスコ=エストラーダのコンサートと
          バッティングしちゃうのだ(涙)

          コンサートのバッティングで頭を抱えながら
          やっとナイト・ライフの時期が始まったと思うと
          ちょっと嬉しい私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ヨーロッパは急に寒くなって
          気温が10℃前後で
          夏から冬に突然チェンジ。
          秋という季節はなくなってしまったのね(ため息)

          マルカンドレ・アムラン ピアノ・リサイタル

          0
            Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年6月22日 19時30分〜21時30分

            ピアノ Marc-André Hamelin

            Joseph Haydn (1732-1809)
             Sonate C-Dur Hob. XVI/48 (ca. 1789)
            Samuel Feinberg (1890-1962)
             Sonate Nr. 2 op. 2 (1915)
             Sonate Nr. 1 op. 1 (1915)
            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Sonate f-moll op. 57 “Appassionata”
            Franz Liszt (1811-1886)
             Nuages gris S 199 (1881)
             Sonate h-moll S 178 (1852-53)

            マルカンドレ・アムランというカナダ出身のピアニストは
            日本ではかなり有名らしいが
            こちらではマスコミに大々的に取り上げられる事もなく
            比較的知られていない。

            ・・・というより
            日本で大騒ぎされたのは
            昨年のショパン・コンクールで2位になった
            シャルル・リシャール・アムランだったのかしら。

            まぁ、別にどうでも良いけど(笑+開き直り)

            ミーハーな私は
            日本でそんなに人気なのか、と
            普段行かないピアノ・リサイタルに足を運んだ。

            ハイドンのピアノ・ソナタ。
            第一楽章は技術的には簡単な感じだが
            これを徹底的に音に拘って、丁寧に丁寧に弾いているのを聴くと

            今、ポピュラー・ピアノで BGM で演奏されるような曲が
            100年後には、こんなに
            「楽譜に忠実で神経質そうに音の一つ一つに拘って」
            弾かれるようになるんだろうか、という妄想がふつふつと湧いて来る。

            第二楽章は結構な超絶技巧で、すごい速さで
            楽しく弾いてくれたから
            あぁ、当時もピアノ(いやピアノはなかっただろうが)が巧い人が
            きっと、ほら見ろ、ほら聴け、うっしっし、すごいだろ
            ・・・とは言わなかっただろうが
            そういう感じで弾いていたのかなぁ。

            次の曲の作曲家、サムイル・フェインベルクって
            勉強不足で知らなかったが
            ロシア(当時はソビエト連邦)のピアニストで作曲家だそうで

            この初期のピアノ・ソナタ
            ロマン派の香りがして超絶技巧で
            ピアノの音の重なりがちょっとスクリャービン風で
            さっきのハイドンと全く違った響き。

            こういうロマン派の音楽の方が
            このピアニストには合っているような気がする。
            すごく活き活きした美しいピアノの和声がホールに響いて来る。

            ベートーベンの「熱情」ソナタだけど
            実はこの間、ウィーンで行われた
            ベートーベン・ピアノ・コンクールの課題曲で
            インターネットの配信があったので
            結構、それで聴いてて、ちょっと今、食傷気味で・・・
            (すみません)

            でも私が楽しみにしていたのは
            後半のフランツ・リストである。

            最初の Nuages Gris は5分ほどの作品。
            ご存知の通り、晩年のピアノ・スケッチ。

            ・・・これ、とんでもない曲じゃん (・_・;

            ほとんど無調で、まるで現代曲。
            あまりにぶっ飛びすぎ。
            これ、ホントに1881年の作品???

            こういう曲を聴いてしまうと
            リストって、作曲家として天才だったんだなぁ、と
            しみじみ思う。
            ド派手な曲はよく演奏されるけれど
            (愛の夢3番とか(笑))
            実はリストの巡礼の年なんか、私、ものすごく好き。

            さてぶっ飛んだ曲に続けてロ短調ソナタに突入。
            ロ短調ソナタは、ああいう出だしなので違和感はない。

            で、これが、これが、これが・・・
            すごくすご〜く良かったのだ(感涙)

            実に不思議な曲で
            感情任せの超絶技巧の部分があるかと思うと
            それこそ、クルタークのお得意とする
            「一音に世界を見る」という部分もあって

            こういう曲って
            ある程度、人生を味わって来た年配の方が
            楽しめるような気がする(独断です)

            アムランのピアノは決して乱暴にならない。
            (ピアニストによっては時々、叩きつけるような印象になる)
            体幹がほとんど動かず
            柔らかい肘と手首だけで
            とんでもない色彩をホール全体に弾けさせる。

            ペダルは多様するけれど
            音がクリアで、音響に色彩感があって
            派手な「聴かせる」部分では
            乱暴ではないのに激しく
            歌う部分は充分に歌わせて
            低音の一音・一音が深くて静寂を漂わせている。

            酸いも甘いも嚙み分けた・・・って感じ。
            ああいう「味」は
            やっぱりある程度の年齢にならないと
            (弾いている方も聴いている方も)
            出て来ないような気がする。

            あまりピアノ・リサイタルに行かない私は
            このリストのソナタも、多分、ナマでは初聴きだと思うが
            CD とかで聴くのと全く印象が違う。

            小ホールで親密な空間で
            緊張感持って集中して聴くって気持ち良いなぁ。
            (まぁ、あの静寂の中でプログラム捲ったり(響くんですこれが)
             身体の位置を変えて(足を組むとか・・・そのタイミングでやるか?(怒))
             椅子をギシギシというのも多少はあったけれど
             楽友協会に比べたら、遥かにマシ)

            実は今日は、ちょっとタイヘンな事があって
            (仕事の話ではありません(笑))
            ちょっと凹んでいたのだけれど
            このロ短調ソナタで
            精神的落ち込みからは即立ち直った
            単純な私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            コンサート終わった後も、まだ33℃。
            湿気が30%くらいなので、そんなに感じないが。

            それよりも最近、ウィーン市の道路事情が最悪で
            まだ休みが始まっていないのに道路工事が始まったりしているので
            交通渋滞が半端じゃなくスゴイ。
            本日、会社に行くのに、普通は30分のところを1時間半かかったわよ(怒)

            ウィーン・ピアノ・トリオとマーク・パドモア

            0
              Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年6月20日 19時30分〜21時50分

              Wiener Klaviertrio
              バイオリン David McCaroll
              チェロ Matthias Gredler
              ピアノ Stefan Mendl

              テノール Mark Padmore

              Richard Rodney Bennetto (1936-2012)
               Tom O’Bedlam’s Song
              Franz Schubert (1797-1828)
               Harfenspieler I D 478 “Wer sich der Einsamkeit ergibt” (1816/22)
               Harfenspieler III D 480 “Wer nie sein Brot mit Tränen aß” (1816/22)
               Harfenspieler II D 479 “An die Türen will ich schleichen” (1816/22)
              Thomas Larcher (“1963)
               A Padmore Cycle.
                Lieder (Fassung für Tenor und Klaviertrio) (2010-11/2017)
              Franz Schubert
               Herbst D 945 (1828)
               Auf dem Strom D 943 (1828)
              Ludwig van Beethoven (1770-1827)
               Klaviertrio B-Dur op. 97 “Erzherzog Trio” (1811)

              日中の気温が30℃を越えた真夏日の夕方
              隣の大ホールではルドルフ・ブフビンダーのピアノ・リサイタル。

              もちろんチケットは持っていたし
              ブフビンダーは好きなので
              普通だったら、隣のホールの室内楽には行かないのだが

              ええええええっ?!
              何故にこんな目立たないところに
              テノールのマーク・パドモアの名前が・・・ (*_*)

              目がテンになって慌ててチケットを購入。
              だって、マーク・パドモアって
              滅多にウィーンに来ないし歌ってくれないし

              今回のコンサート、貧民席含めて
              結構、席が空いていた、というのは、どういう事なんだろ?
              同じテノールでもヨナスなんとか(商人)という
              チケットが全く手に入らない人もいるのに(関係ないか)
              オペラとかで華々しく歌わないからかな。

              パドモアのナマの声は
              2011年6月9日に初めて聴いて、えらくショックを受け
              その後、2014年11月27日にリサイタル聴いて
              もちろん、CD のマタイ受難曲も即購入してある。
              実際に聴く機会がないのは本当に残念だが。

              今回のコンサートは、現代音楽もテーマになっていて
              最初はリチャード・ロドニー・ベネットの歌(英語)
              1600年頃の無名の詩人の歌詞で
              精神的な患いを持っている乞食の語りかけという内容。

              伴奏は(珍しい事に)チェロのみ。
              最初から激しいチェロに
              声量最大限のテノールが入って来て
              僕が食物や餌や飲み物や服を乞うて歌っている時に
              どうぞ逃げないでおくれ
              哀れなトムは貴女がたに何もしないから
              というのがリフレインで入ってくる。

              どんなに声量が大きくなっても
              英語のテキストのクリアさに影響がなく
              はっきりと聞こえる上に
              リフレインの静かな語りかけが
              この上なく甘くて優しくて

              ああ、もう、本当にホロッとしちゃうんですけど
              しかも現代音楽で・・・

              チェロの響きが、また豊かで
              小さいホールの良さって、本当に素晴らしい。
              こういう曲って、大ホールで聴いたら台無しだと思う。

              シューベルトの「竪琴弾きの歌」は有名だけど
              ものすご〜く久し振りにナマで聴いたような気分。
              聴いてみれば歌詞もメロディも頭の中に入ってはいるのだが
              (子供の頃に聴いたものって、本当に忘れない、不思議な感じ)

              英語で現代曲を歌っていたパドモアが
              突然、完璧なドイツ語で歌い出すと
              イメージが全く違ってビックリする。

              しかしこの人のテキストって
              何てクリアで美しいのだろう。
              ドイツ語の発音の一つ一つが実に見事で美しく
              それが音楽として成り立っていて
              しかも正統派ドイツ・リートの抑制が効いていて
              端正で理性的で、感情任せにならないのに
              時折のぞかせる、その限りない甘い優しさって何なんですか。

              クール・ビューティで理性的でインテリジェンスを感じさせるのに
              それが冷たくならず
              信じられない程の温かみと人間の体温が伝わってきて
              抑えられた悲しみが大袈裟にならず
              心の深いところに、しっとりと届く。

              マーク・パドモアの声の質はハイ・テノールなのだが
              本当にこの人、何という美声なんだろう。
              低い部分もテノールの色のまま
              高音になると、何とも言えない甘さが加わって
              体感的にジンジンして来てしまう。

              ・・・こういう声を女殺しと言うんじゃないか(違!)

              しっとりして哀愁を帯びたシューベルトの後は
              オーストリアの作曲家、トーマス・ラルヒャーが
              オーストリアの詩人 ハンス・アッシェンヴァルトと
              アロイス・ホルシュニックのテキストに作曲したもの。
              (詩人は二人とも 1959年生まれ)
              パドモアの声と芸術性を視野に入れていて
              今回が初演になる。

              ピアノ・トリオとテノールの組み合わせで
              テキストは非常にフラグメンタルだけど

              うわあああ、こういう音響、好きですワタシ (*^^*)
              Sprechstimme と
              ピアノの弦を叩いたところが
              ぴったりと音響的に一致する部分には
              鳥肌がたった。

              アトナールとトナールの組み合わせが絶妙で
              テキスト(ドイツ語)の内容は
              ものすごく抽象的なんだけど
              単語の一つ一つが「立って」いて
              音響のバリエーションが豊かで
              演奏時間25分が、あっという間だった。

              ピアノの弦のいくつかを
              持続的に鳴らしてたけど
              あれはどうやったんだろう?

              途中で弦に貼ったテープを剥がすというのもあったけれど
              残念ながら、これはさすがに音が小さ過ぎて
              隣の年配ご婦人お二人が
              大きな音を立ててプログラムのページを捲っていた音に
              かき消されました(涙)

              最後にシューベルトの「秋」と
              ピアノ三重奏の伴奏での「流れの上で」
              これがまた何ともロマンチックで
              でもロマンチックになり過ぎない抑制があって

              あぁ、もう、このパドモアの歌って
              ツンデレからツンツンにはなるわ
              デレデレにもなるわ
              相反する要素を全て含めていて
              インテリジェンス溢れているのに甘くて切ない ♡

              前半のマーク・パドモアがお目当てで来たので
              後半のベートーベンのピアノ三重奏曲「大公」なんて
              何の期待もしていなかったのだが

              実はこれがむちゃくちゃ面白かった(笑)

              すご〜くマジメでシリアスで神経質そうで
              ちょっとおちょくったら、怒らせると恐そうな男性3人が
              恐るべきマジメさで演奏するのだが

              室内楽って、こんなに楽しかったっけ?
              というよりは
              ベートーベンの室内楽って
              こんなにぶっ飛んでるんかいっ?!

              オーケストラとバレエの追っかけをしている身としては
              室内楽まで手が回らないし
              室内楽って、オーケストラのような色彩感もないし、と思っていたけれど

              やっぱり音楽ってナマで聴かないとわからないですね。
              だってもう、何だかこのぶっ飛びベートーベン
              異様に可笑しいんですもん(ちょっと違うかもしれない)

              交響曲では整合性に命をかけているベートーベンが
              室内楽で、むちゃくちゃ遊んでいるのがわかる。
              おい、それやるか?みたいな部分が次から次に出てくるし
              ここでいっちょう、観客を驚かせたれ、としか思えないフレーズがあるし
              (第3楽章からアタッカの第4楽章。隣の老婦人は思わず笑ってた)

              とことんマジメに見える男性3人が
              それぞれに視線と体の動きでコンタクトしながら
              ひたすらマジメに演奏しているのが、また楽しくて
              いや、演奏している方々は、そりゃシリアスに演奏しているのはわかるけれど
              見ている側としては、そのシリアスさが
              まるで演劇のような感じになっていて、目が釘付け (・_・

              前半終わった後で帰らなくて良かった。
              室内楽のファンじゃないのに
              室内楽って、こんなに楽しいのか、と
              ちょっとビックリしてしまった。

              とは言え
              これ以上のコンサートに行くだけの
              お金も時間も体力もないので
              室内楽にハマるのは避けなければ、と
              今の時点では決心している私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              キャメロン・カーペンター カリガリ博士

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年5月20日 19時30分〜21時15分

                Robert Wiene (1873-1938)
                “Das Cabinet des Dr. Caligari” (D 1920)
                Restaurierte Fassung 2014
                Musik zu “Das Cabinet des Dr. Caligari” (EA)
                von Cameron Carpenter
                International Touring Organ : Cameron Carpenter

                名前だけは誰でも聞いた事はあるだろうけれど
                映画に疎い私は、まだ見た事のなかった
                ドイツの無声映画の最高傑作と呼び名の高い「カリガリ博士」に
                トサカ頭の天才オルガニスト、キャメロン・カーペンターが
                名高い自分のツーリング・オルガンで演奏するとなったら

                もちろん会場は満杯。
                少なくとも貧民席には空きはなかったし
                バルコンの横あたり(貧民席のギャラリーから見える部分)も一杯だった。

                この「映画と音楽」の催物がステキなのは
                スクリーンが大きいので
                貧民席からの方が見やすい事(笑)
                平土間だと、かなり見上げる形になるけれど
                ギャラリーからなら、ちょうど目線と同じか少し低い位で
                ほとんど映画館での鑑賞のノリ。

                舞台の真ん中には、鍵盤が5段あって
                もちろん足の部分にも黒鍵含めての足用鍵盤があって
                左右に複雑怪奇な調整ボタンのある
                かの有名なツーリング・オルガンが置いてあって
                周囲には、ものすごい数のスピーカー。

                さて映画「カリガリ博士」は
                著作権切れとかで、インターネットで探せば見られるけれど
                大スクリーンで見ると、やっぱり凄い迫力。

                無声映画だから、時々、ドイツ語のセリフが
                テキストで出てくるのだが
                その書体まで凝っている。

                しかもこのセット、わざと狂っていて
                これ、キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」あたりにも
                かなり影響しているんだろうなぁ。
                ヒッチコックあたりも、ずいぶん手法を取り入れているような気がする。

                1920年の映画なのだけれど
                実にアヴァンギャルドで斬新で
                ダダイズムがかなり入っていて
                映像が・・・美しい。
                いや、美しいとか言ったらイケナイのかもしれないが
                衣装や背景が、時々、ゾッとする程に
                現実と幻想の狭間にあって、背筋がゾクゾクする美しさがある。

                カリガリ博士になれ、というシーンでは
                画面に入れ込みの文字が、脅すように出ては消え
                これがまた、凄い効果を出す。

                さて、無声映画にカーペンターが付けたメロディは
                ちゃんとカリガリ博士のライト・モティーフがある (o^^o)
                最初に提示されるので、これはわかりやすい。

                しかも、場面のそれぞれでバリエーションが多くて
                まるで本当に、映画に合わせて作曲された劇伴のようで
                (まぁ、そういう作曲をカーペンターはしているのだが)
                あくまでも現代音楽なのに
                アトナールとトナールを巧みに組み合わせて
                映画と一緒に全く飽きさせない。

                約70分強の映画が終わった後
                鳴り止まぬ拍手に応えてアンコール。
                バッハのフランス組曲5番からジーグ。

                立ってカーペンターの弾くところを見ていたら
                靴がキラキラ(笑)

                そのキラキラが凄い速度で移動して
                ・・・まるでサーカス。

                ほえええええ、っと感心して拍手していたら
                何と今度はバーンスタインのキャンディードの序曲。

                ううううう、これ、オーケストラより凄いわ。
                オルガンという楽器の複雑さと多彩な音色を
                これ程までに見事に聴かせてくれると
                ただもう唖然とするしかない。

                で最後のアンコールがバッハのパッサカリアって
                凄い体力・・・

                いや〜、楽しかったです (^^)

                以前にキャメロン・カーペンターを
                楽友協会でオーケストラと聴いた時には
                真面目な優等生のオルガニストになったかと思ったけれど

                やっぱりこの人、ぶっ飛んでいて
                時々、むちゃくちゃ過激・・・だけど
                やっぱり天才って凄いわ 💘

                映画とオルガン、両方ともに
                天才的な作品を、一緒に鑑賞できて
                満喫している私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ブーレーズ・アンサンブル + バレンボイム

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年5月7日 15時30分〜17時30分

                  “Structures I” & “sur Incises”

                  Pierre Boulez (1925-2016)
                   Structures pour deux pianos. Premier livre (1952) - 1
                  Arnold Schönberg (1874-1951)
                   Verklärte Nacht. Streichsextett d-moll, op. 4 (1899) - 2
                  Pierre Boulez
                   sur Incises pour trois pianos, trois harpes, trois percussions (1996-98/2006) - 3
                    Moment I
                    Moment II

                  Boulez Ensemble
                  ピアノ Denis Kozhikhin (1&3)
                  ピアノ Karim Said (3)
                  ピアノ Michael Wendeberg (1&3)
                  ハープ Aline Khouri, Susanne Kabalan, Stephen Fritzpatrick (3)
                  (パーカッション Lev Loftus, Pedro Torrejón González, Dominic Oelze (3)
                  バイオリン Michael Barenboim, Krzysztof Specjal (2)
                  ビオラ Felix Schwarz, Yulia Deynenka (2)
                  チェロ Kian Soltani, Sennu Laine (2)
                  指揮 Daniel Barenboim (3)

                  ピエール・ブーレーズの記念コンサート・シリーズが
                  コンツェルトハウスである、というので
                  トーンキュンストラーのコンサートは袖にして
                  (誰もチケットを引き取ってくれなかった(涙))
                  コンツェルトハウスのチケットを買った。

                  市内で何かまたマラソンとかあるのは知っていたものの
                  午後のコンサートだし
                  閉じているとしてもリング通りだけだろうし
                  第一、大雨だよ、車で行こう・・・と思ったのが大間違いで

                  あちこちが道路閉鎖で市内がとんでもない事になっていて
                  全く車が進まない。
                  渋滞を避けても次の渋滞にひっかかる有り様で(冷汗)

                  自由席だから、現代音楽の音響にウルサイ人たちが
                  会場開いたら我さきに入るだろうと
                  かなり早めに自宅から出発したのだが
                  結局、どうやってもたどり着けず
                  目の前で一台車が出て、停めるところが出来たので
                  遥か離れた場所に車を停めて
                  地下鉄に走ったのはワタシです(大汗)

                  更に腹の立つ事に
                  会場で知り合いにあったら
                  え? コンツェルトハウスから、1人2枚限定で
                  無料のチケットのご招待が来てたわよ

                  ・・・・って、ワタシ、大枚25ユーロ払ってますが????(超怒)

                  それを聞いて、今回の聴衆の層がわかった。
                  だって、大ホールのギャラリーは閉じられているとしても
                  平土間・バルコン、ほとんど満杯で
                  しかも、途中で退場する人がかなり居る。

                  ブーレーズわかって来てる人じゃない人がいるっ!!!!(怒)
                  いや、良いんですよ、招待券で無料でコンサートに来ても。
                  でも、お金払って来ている人が集中して聴いているのに
                  ピアニッシモのところで音を立てて席を立って
                  ドアまで移動してドアを音を立てて開け閉めするのだけは勘弁。

                  まぁ、マナーについて怒ってばかり居ても
                  自分の気分が悪くなるだけなので(と言いつつ書いてるが)

                  さて、ブーレーズ好きなんだけど
                  どこが好きとか、何が好きとか言われても・・・(シロウト)
                  一応、CD でブーレーズ全作品というのは持ってはいるものの
                  ブーレーズの場合は作品が Work in progress だから
                  ご存知のノタシオンだってとんでもない数のバリエーションあるし。

                  最初は2台のピアノのためのストリュクチュール。
                  20分弱の作品だが
                  ああああ、これがブーレーズの響き ♡

                  ものすごく緊密に、ストイックに、極限まで絞った音が
                  和音などを注意深く避けて
                  音の粒として
                  たぶん(私の感覚だと)マイナス30℃くらいの空気の中を
                  音速で飛んでいく(当たり前だが・・・汗)

                  クリアな構造の
                  まるでコルビジェあたりから始まった
                  近代建築の骨組みを見るような作品。
                  メロディとかは感じられないけれど(あるんだけど、きっと)
                  たぶん、厳密なセリエ技法で作曲されているんだろう。

                  こういう響き、すごく好き。
                  余計な感情の入り込む隙間を与えないから
                  音楽に感情的な感動を期待しているとビックリするかもしれないが
                  頭の中で理性的に分析的に(まだ分析できません(汗))
                  知的好奇心をとことん刺激されるわ。

                  で、ブーレーズ作品のコンサートの筈なのに
                  なぜ、その後、アルノルト・シェーンベルクの
                  いや、シェーンベルクでも良いんだけど
                  何故に「浄夜」の弦楽6重奏版が演奏されるんですか???

                  演奏はあくまでも繊細で
                  すごく細かい部分までしっかり考えられていて
                  オーケストラ編成を聴き慣れた耳にも
                  非常に美しく、過不足なく響くのだが

                  途中、ちょっとあまりに演歌になり過ぎ。
                  ブーレーズの作品と比べると
                  ちょっと色気あり過ぎのエロっぽくて生臭い。
                  まぁ、そういう曲なんだけど
                  息子可愛さで無理やり入れた可能性はあるし(すみません邪推で)
                  演奏水準は高くて、解釈も音響も素晴らしかったが
                  プログラムの一貫性からするとちょっと・・・

                  後半のスュル・アンシーズ。
                  ちゃんと予習はして来たけれど
                  (わはは、予習して来ても全然覚えられない現代音楽)
                  ナマで聴くと、すごい迫力・・・というか

                  CD で聴いていた時は
                  ハープなのか、ピアノの弦を引っ掻いてるのかわからなくて(笑)
                  ピアノ3台、ハープ3台、パーカッション3人だったのね。

                  これはまた豪華な音響。
                  (この曲で出ていった観客多かったんだけど)
                  前半のピアノのストイックさと正反対で
                  ほとんどスペクトル楽派に近いほどの多重性を持って
                  音の重なりも素晴らしい。

                  バレンボイムが適切なキューを出すのに呼応して
                  各プレイヤーが素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれる。
                  こういう曲を演奏できる音楽家が居るって
                  現代の我々って、本当に幸せだなぁ、と思える時間 ♡

                  ある意味、ブーレーズの曲って
                  別にナマで聴かなくても
                  CD で充分、という気もしないではないが
                  でも、ナマで聴く機会があれば
                  それはそれで嬉しい(聴衆が静かに聴いてくれればだが)

                  実は5月14日にバレンボイムが
                  ウィーン・フィルとノタシオンを演奏するのだが
                  ちょっと事情があってキャンセルしました(汗)
                  (ついでだが、ノタシオンだけではなくて
                   スメタナの「我が祖国」も演奏する。
                   たぶん、こちら目当ての観客は前半は・・・(以下省略))

                  さて、今日の夜はどちらに行くか
                  散々迷ったけれど
                  引き取り手のあったコンサートには行かず
                  引き取り手のなかった(笑)夜のコンサートに行く
                  というワタシに
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  イアン・ボストリッジ + ラルス・フォークト

                  0
                    Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年5月4日 19時30分〜21時30分

                    テノール Ian Bostridge
                    ピアノ Lars Vogt

                    Franz Schubert (1797-1828)
                    Liebesbotschaft D 957/1 (Schwanengesang, 1. Buch) (1828)
                    Kriegers Ahnung D 957/2
                    Frühlingssehnsucht D 957/3
                    Ständchen D 957/4
                    Aufenthalt D 957/5
                    In der Ferne D 957/6
                    Abschied D 957/7
                    Einsamkeit D 620
                    Der Atlas D 957/8 (Schwanengesang 2. Buch)
                    Ihr Bild D 957/9
                    Das Fischermädchen D 957/10
                    Die Stadt D 957/11
                    Am Meer D 957/12
                    Der Doppelgänger D 957/13
                    Die Taubenpost D 957/14

                    アンコール
                    Ludwig van Beethoven
                    An die ferne Geliebte op. 98
                    Franz Schubert
                    Nacht und Träume D 827

                    イアン・ボストリッジ博士のこのリサイタル
                    実は見逃していて
                    ハッと気がついた時には完全に売り切れ。

                    それでも諦めきれず
                    毎日、毎日、チェックしていたら
                    パッと第一カテゴリー(!)に1枚出てきて
                    清水の舞台から飛び降りた。
                    平土間3列目(前はサークルだから実質6列目)の
                    むちゃくちゃ良い席で
                    こんな贅沢、一生に数回しか出来ない。

                    しかも
                    贅沢しても、行って良かった!!!!(感涙)

                    私の記憶違いかもしれないが
                    最初のプログラムは確か「冬の旅」になっていて
                    ゲッ、あのボストリッジのハイテノールで冬の旅の暗い色調
                    絶対合わんだろ、と思っていたのだが

                    会場に到着してプログラム買ったら
                    「白鳥の歌」になっていた。

                    ところが、ところが、ところが
                    この「白鳥の歌」がタダモノではなかった。

                    普通、シューベルトのリートって
                    美しく端的に、淡々と節度を持って
                    キレイに歌われる事が多い・・・というより
                    一世代前までは、そういうのが主流だったと思うのだが

                    数年前から
                    やっとディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの影響から
                    見事に逃れた若手の歌い手たちが
                    ドイツ・リートに新鮮な風を吹き込んでくれるようになった。
                    (それが良いか悪いかは好みの問題でもある)

                    最初の「愛の使い」からして
                    極限にドラマチック。
                    声量のレンジが幅広くて
                    愛を歌っているのに、何故か悲劇的な暗さを感じさせる。

                    これが次の「兵士の予感」になったら
                    うわあああああ
                    これ、暗いっ!!!というより
                    死に囲まれた絶望的な状況の中で
                    叫ぶように恋人に語りかける様子に背筋がゾッとする。

                    「春の憧れ」も
                    信じられないくらいドラマチックな作りになっている。
                    いや、あの最後の
                    Wohin ? Wohin ? とか
                    und Du ? und Du ? とかの部分って
                    本当に聴衆の肩をガシッと抱いて
                    振り回して問いつめているような印象(ちょっとコワイ)

                    全体的にハイテノールとは思えない程に
                    色調が暗くて
                    下の音もしっかり出ていて
                    高音は叫ぶ事も躊躇せず
                    ドイツ・リートというよりは
                    演劇作品を聴いているような感じ。

                    ドイツ・リートに要求される(はずと普通の人が思っている)
                    抑制を一切取り払ってしまい
                    まるでオペラか何かのように
                    激情をそのままぶつけて来て
                    怒りや焦燥感がストレートに伝わって来て
                    聴衆を否が応でも感情の嵐に引きずり込んでいく。

                    人によっては「やり過ぎ」と思うかもしれない。
                    マッチョで強くて、暗くて劇的で
                    命を削られるような切なさが溢れて来る。

                    ううううう、たまらない。
                    こちらも聴いていて苦しくなる位。

                    ボストリッジのドイツ語のディクションは完璧。
                    テキスト見なくても一語一語がしっかり聴こえてきて
                    ドイツ語の単語一つに表情が付いていてスゴイ。

                    セレナーデなんかは
                    軽めに歌う部分は
                    ハイテノールの甘い声の持ち味が活きてチャーミングなんだけど

                    甘い声だ、ステキ、と酔わせてくれない。
                    あまりにドラマチック過ぎて
                    感情ダダ漏れで、聴いている方が辛くなる位。

                    「別れ」の後に幕間が入って
                    その後
                    Einsamkeit (D 620) と言うバラードを一曲。
                    これがまた、むちゃくちゃ劇的な語り口で
                    ピアノとフォルテが唐突に現れるので
                    次の想像が付かず、そのドラマに引きずり回される。

                    アトラスの悲痛な叫び。
                    途中の自嘲・・・あぁ、もうこの人、どういう表現するんですか。

                    ちょっとホッとしたのが「漁夫の娘」ではあるのだが
                    それでも優美でありながら、やっぱり重苦しい不思議な雰囲気。
                    陰鬱と言えば、こんな陰鬱な表現聴いた事ないわ、という「街」と
                    「海辺にて」の後の

                    「影法師」が・・・・
                    はい、ご想像通り。
                    本気で鳥肌が立ちました。
                    ほんの少し声の音程をずり下がり気味に
                    深い声で歌われたドッペルゲンガーの気味悪さと言ったら・・・

                    これだけドラマチックに
                    冬の旅なんか目じゃない、という暗さを次々に聴いてきて

                    最後の「鳩の便り」で
                    すみません、私、泣きました。

                    ものすごい緊張感のリサイタル。
                    歌っている方も命を削っているような感じだが
                    (歌いながら、ボストリッジ博士、結構動くし
                     時々、前に出てくるし、俯くし、上を見るし
                     ああ、ベストの平土間席で良かった。全部聴こえてきたし)

                    聴いてる方も、激情の嵐に巻き込まれてしまう。
                    こんな「白鳥の歌」聴いた事ないよ。
                    (註 今、ゲルハーヘルの「白鳥の歌」を聴いているんだけど
                       全然表現が違う。
                       ゲルハーヘル、まだ表現に抑制があってドイツ・リートになってる)

                    もう全身鳥肌たって、背筋が凍ったままの状態で
                    ボストリッジ博士も疲労困憊みたいに見えたのに

                    「シューベルトの Einsamkeit は
                     ベートーベンの「遥かな恋人へ」への返答だと思います」

                    と美しいドイツ語で挨拶してから

                    わああああ
                    「遥かな恋人へ」を全部歌ってくれた!!!

                    しかも、これが全く違う表現方法で
                    いったい、この歌手、いくつ引き出し持ってるのよ。

                    鳴り止まない拍手に出て来た博士が
                    「シューベルトは1827年に「冬の旅」という曲を書きました」
                    とか言い出したもんだから
                    会場大騒ぎ(笑)

                    いや、そりゃ、アンコールに「冬の旅」全曲歌ってくれるなら
                    我々、何時まででもお付き合いしますよ(爆笑)

                    ボストリッジ、何か他に言いたかったんだろうけど
                    結局「夜と夢」を歌います、という事で落ち着いた。

                    これがもう、何と美しい ♡
                    白鳥の歌が荒々しくドラマチックだった後に
                    端正に歌われたベートーベンに
                    この美しい「夜と夢」で
                    あの背筋が凍るような「白鳥の歌」の暗さから回復しました。

                    ロマン派詩人の曲とは言え
                    ボストリッジは、一切の甘い感傷を許さず
                    ストイックにドラマチックに
                    やるせなさ、焦燥感、怒り、重苦しさを前面に出していて
                    普通のシューベルトと全く違った味がした。

                    こういう歌手がドイツ・リートを歌ってくれるのは
                    すごく嬉しい。
                    生半可な覚悟では聴けない表現だったけれど
                    高いチケット買っても行って良かった。

                    もともと私の音楽のルーツはドイツ・リートなので
                    最近、またドイツ・リートを歌う優秀な歌手が増えて来たのが
                    すごく嬉しい私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    (なんだこのバナーは、と思われるかもしれないけれど
                     本当にある意味、鬼気迫った恐ろしい闇を見たコンサートだったので)

                    このコンツェルトハウスのリートのチクルスって
                    来シーズンには
                    ミヒャエル・シャーデが「冬の旅」(!!!!ホントか?!)
                    ゲルハーヘルがブラームスの「美しきマゲローネ」(きゃ〜〜〜っ)
                    女性歌手は避けたいのでチクルスでは買わないのだが
                    発売日をチェックしておかねば、と堅く決心中。




                    フラヌイ + フローリアン・ベッシュ

                    0
                      Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2017年4月25日 19時30分〜20時50分

                      “Alles wieder gut” (初演)
                      Komposition/musikalische Bearbeitung :
                      Andrea Schett & Markus Kraler
                      舞台・ビデオ Jonas Dahlberg

                      Franz Schubert (1797-1828)
                      Die Vögel D 691
                      Heidenröslein D 257
                      Trok’ne Blumen (“Die schöne Müllerin” D 795 Nr. 18)

                      Gustav Mahler (1860-1911)
                      Die zwei blauen Augen (“Lieder eines fahrenden Gesellen”)

                      Robert Schumann (1810-1856)
                      Es file ein Reif (“Tragödie” op. 64 Nr. 3/2)

                      Gustav Mahler
                      Ging heut morgen übers Feld (“Lieder eines fahrenden Gesellen”)

                      Johannes Brahms (1833-1897)
                      Die Sonne scheint nicht mehr
                      (49 deutsche Volkslieder für eine Singstimme mit Klavierbegleitung WoO 33 Nr. 10)

                      Robert Schumann
                      In der Fremde (“Liederkreis” op. 39, Nr. 1)

                      Gustav Mahler
                      Wenn mein Schatz Hochzeit macht (“Lieder eines fahrenden Gesellen”)

                      Robert Schumann
                      Der arme Peter op. 53

                      Franz Schubert
                      Du bis die Ruh’ D 776

                      Johannes Brahms
                      Da unten im Tale
                      (49 deutsche Volkslieder für eine Singstimme mit Klavierbegleitung WoO 33 Nr. 6)

                      Franz Schubert
                      Abendstern D 806

                      Johannes Brahms
                      Über die Heide
                      (Sechs Lieder für eine tiefere Stimme mit Begleitung des Pianoforte op. 86 Nr. 4)

                      Franz Schubert
                      Litenai auf das Fest Allerseelen D 343

                      Gustav Mahler
                      Ich hab ein glühend’ Messer (“Lieder eines fahrenden Gesellen”)
                      Ich bin der Welt abhanden gekommen
                      (Fünf Lieder nach Texten von Friedrich Rückert Nr. 3)

                      Henry Purcell (1659-1695)
                      When I am laid (“Dido und Aeneas” Z. 626, 3. Akt)

                      Musikbanda Franui
                      クラリネット・バスクラリネット Johannes Eder
                      チューバ Andreas Fuetsch
                      ソプラノとアルト・サクソフォン、クラリネット Romed Hopfgartner
                      コントラバス、アコーディオン Markus Kraler
                      ハープ、ツィター、歌 Angelika Rainer
                      ハックブレット、歌 Bettina Rainer
                      トランペット、歌 Markus Rainer
                      トロンボーン、歌 Martin Senfter
                      バイオリン Nikolai Tunkowitsch
                      トランペット、歌、指揮 Andreas Schett

                      バスバリトン Florian Boesch

                      東チロルの山奥のインナフィールグラーテンという
                      本当の田舎町で
                      若い音楽家たちが集まって作った
                      不思議なバンド・フラヌイについては
                      何回かこのブログでも書いて来たけれど

                      この不思議なバンドについて
                      言葉で何か表現できるだけの力は
                      私にはない(断言)

                      現代音楽レーベルのコル・レーニョから出ている
                      マーラーの CD 聴いて
                      ひっくり返って腰を抜かしてから
                      ウィーンでコンサートがある時には
                      できるだけ行くようにしている。
                      (ついでに CD もブラームスもマーラーもシューベルトも買った)

                      何せこのグループ
                      他に本職を持っている人ばかりなので
                      (しかもインナフィールグラーテン出身だけど
                       今やオーストリアやドイツに散らばっているという)
                      定期的なコンサートと言うのはないのである。

                      このフラヌイが
                      今回はバスバリトンのフローリアン・ベッシュとの共同プロジェクト。
                      今まで、自分たちで歌ったりはしていたけれど
                      歌手との共同作業は初めてのはず。

                      しかもベッシュのあの深くて強い声と
                      フラヌイの不思議な響きはとても合いそう。

                      コンサートは満杯状態。
                      うはははは、ウィーンにもフラヌイのファンは居る♡
                      (何となく嬉しい)

                      コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールの
                      舞台の向こうにはビデオの投影があって
                      どこかの寝室が写っている。

                      プログラムは休憩なしで
                      リートとリートの間もアタッカ。
                      ベッシュ、ほとんど歌いっぱなし。

                      しかもあのむくつけきマッチョな大男が
                      時々、身体クネクネさせながら歌うのが・・・可愛らしい(爆笑)

                      思っていた通り
                      フラヌイの金管とベッシュのバスは、ものすごく合う。
                      バランス最高だし
                      ベッシュもひたすら楽しんで歌ってる。

                      耳慣れたシューベルトやマーラーが
                      ものすごく不思議な響きで入って来て
                      リートの連続も、とても自然。

                      しかも組み方が巧いので
                      様々な音楽が次々に
                      メロディに加えて音色のバラエティまで精密に計算されていて
                      あっという間の70分。

                      更に、後ろのビデオ投影の寝室が
                      微妙に微妙に、本当に微妙に変化していくのである。

                      横に置いてある椅子の形が変わったと思ったら
                      だんだん崩れて床に溶け込んで行くし
                      横の棚が、どんどん崩れていって床に溶けこんで
                      ナイト・テーブルがグニャっと崩壊して
                      ベッドの形が微妙に微妙に変化していって

                      コンサートが終わる頃には
                      ベッドもなくなって、何もない部屋になっているという。

                      しかも、これが本当にゆっくりと変わって行くので
                      音楽に耳が集中している間に
                      意識しないところで、あれ?という
                      画面が音楽への集中を妨げず
                      なのに、ちゃんと視覚芸術としても成り立っている。

                      フラヌイの響きの面白さというのは
                      クラシックなリートでありながら
                      例えば埋葬行進曲みたいな暗い色調のものが
                      暗いんだけど、何となく可笑しいという
                      なんとも生存本能的にゾクゾクしてしまうところにある。

                      はい、ワケのわからん事を書いているのは知ってます。
                      が、あの不思議な響きを、どう表現しろと言うのだ。

                      へぇ、そんなに不思議なのか?と
                      興味津々の皆さま。

                      コル・レーニョのサイトのフラヌイ紹介(英語)は こちら

                      私がひっくり返ったマーラーの CD も
                      何と無料で視聴できるので
                      (もちろん全部じゃないのでお気に召した方は
                       有料ダウンロードか CD をお求め下さい)
                      ご興味のある方は ここ から聴いてみて下さい。

                      ただ、これ本当に不思議な曲なので
                      伝統的クラシックの盲目的信者の方には向きません(断言)

                      田舎のインナフィールグラーテンでも
                      当初は色々な嫌がらせなどがあったようだし
                      今でも拒否反応は強い。

                      が、拒否反応が強いもの、というのは
                      逆らい難く魅力的なのである。

                      ドイツ語のわかる方には
                      オーストリア国営放送が2013年(結成20年)に作った
                      25分の番組があるので、ぜひどうぞ。
                      (ビデオでは様々なフラヌイの音楽も聴けます)



                      別にフラヌイの回し者ではないのだけれど
                      クラシックでも、こんな世界があると言う
                      稀有な例だと思う。

                      5月のコンツェルトハウスの
                      Gemischter Satz という
                      様々な音楽ジャンルのお祭りにも参加するようなので
                      行こうかどうしようか迷っている私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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