マルティン・グルービンガーと仲間たち

0
    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年10月17日 20時30分〜22時10分

    パーカッション
    Martin Grubinger, Slavik Stakhov, Richard Putz,
    Valentin Vötterl, Jürgen Leitner, Vivi Vassileva,
    David Hödlmoser, Aaron Grünwald, Gregor Resch
    Martin Grubinger sen.

    „BIG 3“

    Johannes Maria Staud (*1974)
     Epicentre. Seismic Construction in three parts (UA)

    Iannis Xenakis (1922-2001)
     Pléïades (1978-1979)
     Mélanges
     Métaux
     Claviers
     Peaux

    Steve Reich (*1936)
     Drumming (1970-1971) (Auszüge)

    土曜日10月17日は
    午前11時のハイドンの天地創造(ウィーン交響楽団)の後
    午後15時30分からのウィーン・フィル+ゲルギエフの1回目を聴いて
    急いで買い物して(スーパー18時まで開いてる!!!)
    いったん帰宅してから
    また外に出るワタシ。

    夜行性動物だな、まさに・・・(感心している訳ではない)

    マルティン・グルービンガーのコンサートを逃す訳にはいかない。
    コンツェルトハウスは、ホールの人数制限の中でも
    なるべくたくさんの観客に音楽を提供するため
    ちょっと短くしたプログラムで
    1日に2回コンサートを開催するケースが多い。

    この日も、同じプログラムで
    18時からのコンサートの後
    20時30分からのコンサートって

    20時30分からのコンサートだって
    優に2時間は超えるプログラムだったのに
    という事は18時〜20時過ぎまでコンサートやって
    30分も休む事なく、20時30分からも演奏したのか・・・

    パーカッショニストって超人か????
    いや、アスリートだとは思うんだけど
    それにしても、凄い体力。

    BIG3 と銘打ってあって
    作曲家がヨハネス・マリア・シュタウドと
    イアニス・クセナキスとスティーブ・ライヒ。
    みんなBIGなんでしょう、きっと。
    ヨハネス・マリア・シュタウドの曲は初演で
    (18時からのが本当の初演だったけど)
    作曲家自身も会場に居る。

    入り口で渡されたのは耳栓。
    ある程度のデシベルを超える場合には
    コンツェルトハウスでは、使い捨ての耳栓を配る。
    (楽友協会でショスタコーヴィッチを演奏する時にも
     耳栓を配って欲しい(笑))

    みんなが大好きなマルティン・グルーバーが登場して
    マイクを持って、短いプレスピーチ。
    イアニス・クセナキスの音量が、ちょっと大きいらしい。

    最初のシュタウドの曲は
    大きさが違う和太鼓3つから始まる。

    ・・・というか、始まる直前に
    会場から、ハイヒールのコツコツ音が響いて
    その音が鳴り終わるまで停止。
    誰だ、遅れて来て、しかもハイヒール履いて来た客は(笑)
    (って言うか、遅れて来た客を入れるな!!!!!
     普通は曲が終わって拍手の時にしか観客は入れないよ!)

    和太鼓3つ・・・なんだけど
    何故か、手で叩いたり
    金属のカップみたいなモノで擦ったり
    (ああいうもので擦ると、周波数の固定した
     音が出るのは初めて知った)
    バチは使わないのか?と思っていたら
    最後の方でバチが出て来た。

    けど、和太鼓を演奏するんだったら
    日本の祭りの伝統の中で育った身としては
    やっぱり和太鼓らしい、和太鼓の曲が良いなぁ。

    3つのパートに分かれている曲らしく
    その後、前方に移動して
    マリンバっぽい、でも、ただの木材(長さが違う)を
    ガンガン、マレット(というか棒)や金槌で叩いて
    あれは、下に音響板がないから
    どうやって音を増強しているのか、と思ったら
    下にどうもマイクを付けて
    それを奥のスピーカーで出していた模様。

    12分くらいの曲で
    まぁ、面白いと言えば面白いのかなぁ。
    あまり目新しいとか新鮮とかいう感覚はないけれど
    リズムだけの曲って、その意味では難しいのだろうと思う。

    イアニス・クセナキスのプレイアデス。
    これ、全部で50分近くある大曲で
    5人か6人のパーカッショニストが
    様々なパーカッションを演奏しまくるのだが

    いつもの事だけど
    何故、みんな、ああいう曲を暗記できるわけ???
    頭の中の構造が何だか違うとしか思えない。

    クセナキスの曲って
    感情とかなんとか、雑なものが入ってこない
    純粋な数学による建造物みたいな感じがする。
    (もちろん、これは大いなる思い込みによる偏見である)
    冷たい、というより、客観的で
    作曲している自分自身をメタな視線から
    注意深く、冷静に観察しているというか

    その冷たさは
    ブーレーズの作品なんかにも通じるところがあって
    あまり人間臭くないんだけど
    それでも、クセナキスの場合
    途中で、突然、血肉を備えた人間に化すところがあって
    感情の爆発が聴こえてくるような気がするところが面白い。

    音量は凄いんだけど
    耳栓なくても大丈夫だ、これは。
    ただ、かなり高い音域での大音量は
    多少、耳を押さえていた方が良い。

    しかし、パーカッションだけの曲なのに
    キレイだなぁ。
    時々はうるさい位の音量だし
    音楽というより、数学に聴こえるんだけど(謎発言ごめん)

    最後のスティーブ・ライヒのドラミングは
    一部抜粋で
    スティーブ・ライヒの曲がズレによる構成である事は
    マルティン・グルービンガーがコンサートの最初に告知。

    ずらっと並んだ小太鼓に集まる6人のパーカッショニストが
    最初は同時に
    ミリセカンドの微妙さで、どんどんズレていくと
    また、新しいリズムがそこに生じる。

    もちろん、こんな微妙なズレ方は
    どんなにパーカッショニストのリズム感覚が良くても
    自然に出来るものではないので
    全員が耳にイアフォンを入れてリズムを聞いているが

    それでも他のパーカッショニストの音も聴こえてくる中
    自分のテンポをキープしなければならないという
    人間技とは思えない技術。

    ただ、これ演奏しているメンバーが
    異様に嬉しそうなんだよね・・・

    マルティン・グルービンガーは、もう忘我の境地で
    どっかに行ってしまっているし
    他のメンバーも半分忘我の人もいれば
    もう、面白くて面白くてたまらん、という
    歓喜の表情のメンバーもいる。

    そりゃ、こんな複雑怪奇で不思議な曲
    どのくらい練習したか、なんて考えたらゾッとするのだが
    でも、パーカッショニストは
    どうも、こういうのが、面白くて面白くてたまらないらしい。

    一種の中毒なのかね、これは。
    確かに、リズムだけの饗宴って
    人間の本能の奥底にガンガン響くところがある。

    今学期は、古代の音楽観に関する演習の授業も取っているのだが
    その一環で、音楽の発生についての論文を読んだ。
    音楽の発生なんて、言葉の発生と同じで
    仮説はいくらでも作れるが
    本当のところは絶対にわからないのだが

    こういうコンサートを聴いていると
    誰かが手拍子取ったのが音楽の発生じゃないんだろうか
    とか、ついつい考えてしまう。

    (言葉、というより、母音をそのまま長く伸ばせば
     そこに固定の周波数が発生して「楽音」にはなるので
     それが最初だ、と主張する人もいるらしい)

    舞台変換はあっても、休憩なしの2時間ちょっと。
    こんな体力的にも精神的にもタイヘンな曲を
    自分たちも忘我の境地で歓喜に溢れ
    その喜びを、ファンの我々にも
    惜しみなく分けてくれた、パーカッショニストたちに脱帽。

    ミニマル・ミュージックも好きだし
    パーカッションも好きだわ、と
    改めて思い知った私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    フィルハーモニック・ファイブ

    0
      Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2020年10月12日 19時30分〜21時40分

      Philharmonic Five
      バイオリン Tibor Kováč, Lara Kusztrich
      ビオラ Holger Groh
      チェロ Orfeo Mandozzi
      ピアノ Christpher Hinterhuber

      „Ode an Ludwig“

      César Franck (1822-1890)
       Klavierquintett f-moll M 7 (1878-79)

      „Ludwig van Beethoven - klassisch und als Jazz-Prophet“

      もともとは、隣の大ホールで
      ベルリン・ドイツ交響楽団を
      ロビン・ティチアーティの指揮で聴いているはずだった。

      ところがウィーンは COVID-19 の新感染者数の増加が激しく
      ドイツ政府はウィーンに対して
      旅行中止勧告を発令している。
      (禁止ではないが、帰国後の隔離等が科される)

      というワケで
      キャンセルのお知らせが来たのが10月9日。

      えらいこっちゃ、12日の夜が空いてしまった(だから何?)
      国立オペラ座は、モーツァルトの後宮からの脱走の
      新演出の初演だし
      フォルクス・オーパーはミュージカルだし
      いや、後で考えたら、フォルクス・オーパーのミュージカルの
      直前割引50%を使っていたら、もっと安く済んだのだろうが

      ともかくパニクってコンツェルトハウスのモーツァルト・ホールを見たら
      フィルハーモニック・ファイブがコンサートする。

      ・・・安くて良い席は空いてない(常連客が多い)
      良い席というのは私の場合は「音が良い席」を意味するのだが
      安い席は・・・音響が悪い。
      けれど、この際、仕方がない。
      音響の良い50ユーロ近い席を購入する余裕はない 💦

      フィルハーモニック・ファイブが舞台に登場したが
      あれ? 何か、メンバーが違う。

      プログラムの修正が間に合わなかったらしく
      後でコヴァーチから紹介があったけれど
      ともかく、このご時世だし
      メンバーを見に来ているワケではない。

      最初はセーザー・フランクのピアノ五重奏曲。
      滅多に演奏されないだろう、この曲。
      私も知らない(すみません)

      1880年のイザイ・クワルテットによる初演時には
      カミーユ・サン=サーンスが、いやいやながらピアノを弾いて
      フランクがサン=サーンスに感謝しても
      サン=サーンスは冷たい態度を示し
      フランクが献呈したオリジナルの楽譜も
      ほったらかしにしたらしい(後で古紙の中から見つかった)

      初聴きの曲だが
      初印象としては、非常に男性的というか
      いや、昨今、男性的とか女性的とか言う表現は
      セクシスムになってしまうので、あまり使ってはいけないけれど
      ダイナミックで、むちゃくちゃマッチョな感じがする。

      セーザー・フランクと言えば
      例の超有名なバイオリン・ソナタと
      交響曲しか知らないもんなぁ・・・(不勉強)
      面白い曲だ。聴き込んでみたい気がする。
      (ただし、曲想は、かなり暗い印象なので
       春になって、気分が上向いて来てからだな。
       気温10℃以下で雨が降っていて、寒くて
       大学の授業も全部デジタルって時には聴けないわ)

      後半は、ベートーベンをジャズの先駆者として
      おちょくるプログラム・・・のはずなんだけど

      あ〜、確かにベートーベンって
      ダンスの要素はたくさん曲に入っていて
      コヴァーチ曰く、途中だけ取り出すと
      ほとんどチャールストン、というのもわかるんだけど

      ジャズのリズム解析って
      3年前に講義の試験のために、結構勉強したのだが
      ・・・いかん、すっかり忘れている。

      しかも、ダンス音楽と言えば
      バロック時代のサラバントとかギーグとか
      今日の授業(17・18世紀のノテーション解釈法)で
      何だかバタバタやっていたんだけど
      ベートーベンも、その時代の通常のダンスを
      曲に色々と入れたんじゃないのか?
      (それにベートーベン、ヘミオラとかすごく好きだし)

      ベートーベンをジャズの先駆者と言うのであれば
      ジャズのリズム解析から始めるべきでは
      ・・・などと考え出すのは、私の悪い癖で f^_^;

      多少、オリジナル曲を弄って
      現代のジャズやポピュラーとコンビネーションしているけれど
      あ〜、ごめんなさい
      そういうお遊びなら
      イグーデスマンという、ある種の天才がいて(以下省略)

      ジョーク音楽やパロディにするんだったら
      イグーデスマンや
      あるいはステファン・ミキッシュの方が、格段に巧い。

      ・・・イヤな聴衆である(ごめんなさい)

      でも、演奏水準はむちゃくちゃ高いし
      音楽として聴いていれば
      座った席の音響が良くなくて
      音が曇って聴こえて、キレがないのはともかくとして
      生演奏の楽しさはある。

      と思っていたら
      アンコールにイグーデスマンの For Elise が演奏されて
      ううううううん
      やっぱりイグーデスマンの
      ベートーベンおちょくりは半端じゃない、と
      ひたすら感心。

      そのイグーデスマンとジョーは
      ベートーベンをテーマに、別途に近々コンサートをする。
      (もちろんチケットは確保済みである)
      このエリーゼも、たぶん、その時にもう一度聴けそうだ。

      ジョーク音楽とか、パスティッチオというのは
      演奏だけではなくて、知識もセンスも
      作曲の才能も技術も必要な
      難しい分野なのだなぁ・・・

      それ考えると、ルネサンス時代のジョスカンとか
      やっぱり天才だわ、と
      授業でパロディ・ミサやパロディ・モテットを聴きながら
      ヘンなところで感心しているヘンな私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      フラヌイ+ニコラウス・ハビヤン Alles nicht wahr

      0
        Wiener Konzerthaus Mozart Saal 2020年10月11日 20時30分〜22時

        „Alles nicht wahr“
        Ein Georg-Kreisler-Liederabend mit
        Nikolaus Habjan und der Musikbanda Franui

        Musikbanda Franui
        クラリネット、バスクラリネット Johannes Eder
        チューバ Andreas Fuetsch
        アルトサクソフォン・クラリネット Romed Hopfgartner
        コントラバス・アコーデオン Markus Kraler
        ハープ・ツィター・歌 Angelika Rainer
        ハックブレット・歌 Bettina Rainer
        トランペット・歌 Markus Rainer
        トロンボーン・歌 Martin Senfter
        バイオリン Nikolai Tunkowitsch
        トランペット・歌・司会・監督 Andreas Schett

        人形使い・歌・朗読 Nikolaus Habjan
        人形 Lady Bug

        Georg Kreisler (1922-2011)
         Frühlingslied (Tauben vergiften) (1956)
         A Bidla Buh (1955)
         Lied für Kärntner Männerchor (1957)
         Das Triangel (1956)
         Text: „Geflügelzucht“, aus: „Der Vielvölkerstaat“: Der Staatsbeamte (1979)
         Der Witz (1964)
         Die Wanderniere (1956)
         Als der Zirkus in Flammen stand (1963)
         Wie schön wäre Wien ohne Wiener (1964)

        Markus Kraler und Andreas Schett
         Neuschulderbacher Tanz (nach Gustav Mahler, „Verlorene Müh“ und
         „Selbstgefühl“ aus „Des Knaben Wunderhorn“ und „Abschied“, Nr. 6
         aus „Das Lied von der Erde“)
         Das Mädchen mit den 2 bis 3 blauen Augen (nach Georg Kreisler, „
         Das Mädchen mit den drei blauen Augen“, 1955, und Gustav Mahler, „
         Lieder eines fahrenden Gesellen“)

        Georg Kreisler
         Alles nicht wahr (1958)
         Wohin? (1971)

        Markus Kraler und Andreas Schett
         Die kranke Puppe (nach Peter Iljitsch Tschaikowsky, „Kinderalbum“ op. 39/6)

        Georg Kreisler
         Text: „Marienkäfer“, aus: „Bericht zur Lage der Nation“
         Ich kann tanzen (1972)
         Meine Freiheit, deine Freiheit (1985)

        Markus Kraler und Andreas Schett
         Begräbnis der Puppe (nach Peter Iljitsch Tschaikowsky, „Knderalbum“ op. 39/7)

        Georg Kreisler
         Text: „Es kann so gut tun, über Nacht zu sterben“
         Du hast ja noch Dein Grab (1971)

        Musikalische Bearbeitung aller Stücke: Markus Kraler und Andreas Schett

        ウィーン市議会・州議会(ウィーンは市で州でもある)の選挙日。
        今年はCOVID-19のために、郵送が多いため
        最終結果が分かるのは火曜日になる予定だが
        郵送票も含めた予想結果では
        社会党が第一党、国民党が票を取り戻し(プラス9,6%)第二党
        緑の党 +2,2% 及び、リベラルなネオス +1,7% も票を伸ばして
        自由党が惨敗(マイナス23,1% 議席は34席から8席へ)
        チーム・シュトラッヘは3,6% で議会への進出はなし。

        選挙の時には、非常に詳しい分析がニュースに出るので面白い。
        (年齢、性別、教育程度、職業などによる分類と
         先選挙の時の票が、どの党からどの党に流れたか、など)

        まぁ、それはそれで置いておいて
        (残念ながら、私は日本国籍なので選挙権がない)

        ウィーン交響楽団の、昨日と同じプログラムの前半を
        大ホールで聴いて
        (ファンファーレの音響空間があまりに魅力的。
         上にはバイオリンとトランペット
         バルコン脇左にクラリネットとバイオリン、その後ろにたぶんホルン
         バルコン脇右の奥にホルン、ギャラリー前方左右にホルン。
         6分でありながら、3部構成になっているドラマツルギーも素敵。
         エーリヒ・コルンゴルトのリートでは拍手のフライングはなし)
        後半の英雄の生涯に、後ろ髪を引かれる思いだったが
        大ホールを出て、モーツァルト・ホールに移動。

        チロルのインナーフィーアグラーテン出身のグループ
        フラヌイについては、折に触れ書いて来たので
        読者の皆さまはご存知と思う。

        フラヌイとハビヤンの「ウィーンっ子のいないウィーン」の公演は
        2017年に2回、鑑賞する事が出来たし
        (11月18日分、動画付きでの個人メモは こちら

        ゲオルク・クライスラーにハマったのは
        2014年のシュライニング城砦での1人演劇。(こちら

        そんなワタシが、この演目を見逃す訳にはいかない。
        客席の間隔を空けるために
        18時からと20時30分からの2回公演で
        休憩なしの1時間半だが

        ニコラウス・ハビヤン、ずっと人形を持って
        人形を動かして、レディ・バグになりきったり
        あるいはレディ・バグと対立したり

        ずっと歌って、朗読して
        マイクを使っているとは言え
        1日に2回公演は、本当に大変だったと思うが

        それがプロというか
        ハビヤンって、口笛もむちゃくちゃ巧いマルチ・タレントで
        人形の使い方も凄いし、歌も巧いし腹話術もすごいし

        もちろん、フラヌイの演奏も素晴らしい(途中のマーラー!)
        アンドレアス・シェットの司会やレディ・バグ(ハビヤン)とのやり取りも
        1人でいくつかの楽器を演奏して
        素晴らしい歌を聴かせてくれるフラヌイも凄い。

        ただ、ゲオルク・クライスラーという、キャバレティストに
        ニコラウス・ハビヤンとアンドレアス・シェットが真剣に取り組んだら
        プログラムは、一筋縄ではいかない。

        わっはっは、と笑って、ウィーンっぽい皮肉を
        秘密結社の一員として楽しんで
        それで終わりではなかった!!!!


        ハビヤンの人形は、だいたいにおいて気味が悪いが
        レディ・バグは、崩れかけた高齢の女性。
        プライド高くて、高慢で気難しくて
        そこらへんに居そうな
        売れないアーティストのウィーンっ子の
        かなり憎たらしいババアなのである。
        (すみません、おばあちゃん、なんて平和な外見してないです)

        ゲオルク・クライスラーの
        皮肉に満ちたリートも
        皮肉、というよりは、かなり目立つ「毒」だね、あれは。

        だいたい、最初の曲からして
        春になったわ、日差しや太陽が眩しいわ
        ・・・までなら、普通の春の喜びのリートだが
        さて、そろそろ鳩に毒を盛って、殺しましょうね、って歌だからな。

        許可証をめぐる、役人とのやり取りのダイアローグは
        以前のフォルクス・テアーターでも見たが
        一人二役で、レディ・バグ(人形)と対話するのが凄い。
        (このダイアローグ、役人あるあるで、今でも充分に通用するぞ)

        私が腹を抱えて大笑いするトライアングルのリートだって
        (途中でトライアングル、落っこっちゃって(舞台事故)
         ハビヤンが機転を効かせて、何とかなったが冷汗かいた)
        深読みすれば、順調な人生を送って来た人が
        どこかで躓いちゃった、という、苦い皮肉の曲でもある。
        (一度、ブログに埋め込んだのでご存知と思うが
         クライスラー自身が歌ったトライアングルの曲は ここ

        Der Witz なんか、もうペーソスに満ちていて
        皮肉で毒々しくて、かなり泣ける。
        (私の友人のフランツが、ジョークを話したけれど
         そのジョークは覚えていない。
         お願い、また私に何か話して。ただ、ジョークは止めてね。
         ・・・というような感じの曲なんだけど
         深読みすれば、フランツは恋人で、たぶん、もう生きてない)

        途中でゲオルク・クライスラーの人形が出て来た時には
        笑い死ぬかと思った。
        (腕組みしている小さな人形だが、ひと目でクライスラーだとわかる。
         この人形とレディ・バグのやり取りもある)

        マーラーの曲の不思議なフラヌイ風味を堪能した後
        3つの青い瞳の女の子、という
        別世界みたいな、童話のような、ともかく不思議な曲を聴いて
        てんとう虫に人間を例えた皮肉と毒のある曲を聴いて
        Ich kann tanzen あたりで、もう人形が崩れはじめて

        Meine Freiheit, deine Freiheit でハビヤンと人形が分離する。
        (この歌、凄まじい早口の歌なのだが
         ハビヤンはちゃんとドイツ語をクリアに歌うので、内容はわかる)
        ・・・っていうか、この歌も、苦くて鋭い毒入り。
        テキスト付きの Youtube の動画は こちら
        いやもう、凄い事を言ってるでしょ?

        朗読 Es kann so gut tun, über Nacht zu sterben って
        マジメに聴くと、ちょっと、いや、かなりアレです。(言いたくない)
        ドイツ語の訳を書いておくと
        夜の間に死ぬのは、すごく良いぞ・・・って感じ。
        これにレディ・バグが震えながら拒否しているのが
        もう、なんというか・・・

        ゲオルク・クライスラーの独特の毒に満ちた
        死のユーモアの苦々しさって
        万人向けじゃないな。

        というか、こういう曲を平気で喜んで聴けるのは
        自分たち自身が皮肉に満ちた存在である
        ウィーンっ子だけではないのだろうか。

        死と、それにまつわる崩壊をテーマにしているだけに
        この公演、むちゃくちゃ重い。

        ただ、この、死の重さというのは
        ある程度の年齢になると、それなりに感じるところがあるわけで
        崩壊に徹底的に近いレディ・バグの人形が葬られる場面で
        割りに自分に重ね合わせる事さえ、この歳になると可能なんだなぁ。

        アンコールで Der Tod muss ein Wiener sein
        (死(死神)はウィーンっ子に違いない)聴きたい方は こちら
        これも皮肉な曲なんだけど
        ウィーンに長く住んでいると、何だか自然に納得してしまう。

        アンドレアス・シェット曰く
        COVID-19のために短縮バージョンでしか上演出来なかったが
        来年9月28日(27日だったかもしれない)に
        フルバージョンでの公演を予定しているとの事で

        このエネルギッシュで、毒と皮肉と死に満ち溢れている
        とんでもない公演の、もっと強力なバージョンが
        来年、秋に鑑賞できるかと思うと

        それまでは何が何でも生きていないとね(笑)
        ・・・と、本気で考えた私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        いわゆる「カバレティスト」のリートやシャンソンというのは
        何回か書いた通り
        オーストリアないしはウィーンの秘密結社の一員にならないと
        なかなか理解し難いので
        (日本の寄席が、日本文化の背景理解がないと理解でき難いように)
        何を書いてるんだ、こいつは、と思った方も多いと思うのですが
        筆力、文章力、表現力がないので、どうぞお許し下さい。

        フローリアン・ベッシュ + ユストゥス・ツェアン

        0
          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年9月30日 19時30分〜21時10分

          バスバリトン Florian Boesch
          ピアノ Justus Zeyen

          Hugo Wolf (1860-1903)
          Drei Gedichte von Michelangelo (1897)
           Wohl denk ich oft
           Alles endet, was entsteht
           Fühlt meine Seele

          Franz Schubert (1797-1828)
           Im Walde D 708 „Waldesnacht“ (1820)
           Im Frühling D 882 (1826)
           Das Heimweh D 456 (1816)
           Abendstern D 806 (1824)
           Herbst D 945 (1828)

          Hugo Wolf (1860-1903)
           Auch kleine Dinge können uns entzücken
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 1/1) (1891)
           Der Mond hat eine schwere Klag’ erhoben
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 1/7) (1890)
           Geselle, woll’n wir uns in Kutten hüllen
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 1/14) (1891)
           Benedeit die sel’ge Mutter
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 2/35) (1896)
           Heut’ Nacht erhob ich mich
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 2/41) (1896)
           Dass doch gemalt all deine Reize wären
            (Italienisches Liederbuch, Bd. 1/9) (1891)

          Frank Martin (1890-1974)
          Sechs Monologe aus „Jedermann“
          (Fassung für Bariton oder Alt und Klavier) (1943-1944)
           Ist alles zu Ende das Freudenmahl
           Ach Gott, wie graust mir vor dem Tod
           Ist als wenn eins gerufen hätt
           So wollt ich ganz zernichtet sein
           Ja! Ich glaug: solches hat Er vollbracht
           O ewiger Gott!

          アンコール
          Franz Liszt: Über allen Gipfeln ist Ruh S 306

          う〜ん・・・・(沈黙)
          2日続けて、ドイツ・リートのコンサートだったのだが
          あまりの違いに、ちょっとひっくり返っているところ。

          バスバリトンのフローリアン・ベッシュは
          リート歌いではあるのだが
          ワタクシ的独断偏見個人から見ると
          正統派リート歌いの対極に位置する
          異端というか

          ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウの
          美しいドイツ語の系列でありながら
          どこか、ゾッとするような
          日常からかけ離れたところにある
          奇妙な世界を創り上げてしまう人だと思う。

          コンツェルトハウスのリート・チクルスの一環だが
          モーツァルト・ホールではなく大ホールで
          ギャラリー(天井桟敷)はガラガラ。

          アナウンスで
          コンサートの間もマスクを着用の指示。

          これは助かる・・・けれど
          かなりのお客さまはアナウンスを聞いていないらしく
          マスクを外している人も多い。
          (今日のギャラリーは充分にスペースが空いているので
           あまり気にはならないけど)

          本日のプログラム構成を見ると一目瞭然だが
          ベッシュが取り上げたのは
          「死」の世界である。

          あ〜、ここ数日、突然、天気が悪くなって
          雨降って、暗くて、気温が10℃くらいまで下がって
          うううう、とうとう暗い冬がやってくる、という
          落ち込む気分になるタイミングを見計らって
          「死」の世界・・・

          フーゴ・ヴォルフのミケランジェロの最初から
          目一杯の、深いバスバリトンのフォルティッシモが
          大ホール一杯に響きわたる。

          ・・・暗い。

          これだけフォルティッシモで響いているのに
          歌詞の内容が内容だし
          ベッシュのバスバリトンって
          むちゃくちゃ美声なんだけど色調は暗いし
          もう、最初から
          どっか〜ん!と、人生の晩年に連れて行かれる感じ。

          あ〜、ワタシはもう晩年なんですけどね。
          しかも、このチクルスに来ている
          見るからにドイツ・リート聴きの皆さまは
          ご年配が多いので(以下省略)

          常々考えてはいたけれど
          そろそろ遺言を書かなくちゃ・・・
          (とか言ってる人に限って、むちゃ長生きするし
           しかも、このペースでコンサートとか行ってたら
           最後に残すのは借金だけだろう・・・)

          マジメに考えてしまうくらい
          何だかわからないけれど
          違う世界に連れられて行ってしまうのだ。

          奇妙というか、不気味というか
          ドイツ・リートって、ドイツ語がわからなかったら
          音楽として聴くんだろうと思うんだけど

          ドイツ語がわかる分
          しかも、ベッシュの表現力を持って歌われると
          音楽と言語内容のバランスが
          時に言語の伝える内容の方が大きくなるくらいで

          音楽を聴いている、というよりは
          音楽によって、よりドラマチックになった
          詩の内容を、まるで演劇のように語られているという印象。

          シューベルトも、例えば Im Frühling なんか
          歌い方によっては
          のんびりした感じになるはずなのだが
          ベッシュが歌うと
          何だか違う世界が口を開けて
          ボ〜ッとしている聴衆を飲み込みそうな不気味さ。

          そりゃ、ヴォルフのイタリア歌曲集の歌には
          キュートな歌もあるんだけど・・・

          しかし、このコンサートで圧倒的だったのが
          後半のフランク・マルタンである。

          12音技法まで厳密な書法ではなく
          調性と聴こえるような部分も多いのだが
          モノローグだし
          レチタティーヴォをずっと聴いている感じで

          それだけにホフマンスタールのテキストが
          聴衆に伝えてくる内容が
          音楽で更に強調されて
          ドラマチック・・・というより、やっぱり暗い。

          何せ、ホフマンスタールのイェーダーマンである。
          確か、金持ちが死ぬ話である(誤解があったらごめんなさい)

          基本的に、こういうモダンな調性、すごく好きだし
          ベッシュがドラマを語る力は半端じゃないので
          すごくリアルなんだけど

          その分、聴きながら
          ヨーロッパ人って(あまりに単純化し過ぎだけれど)
          そんなに「死」が怖いのか・・・
          そんなに長生きしたいのか・・・
          歳取っても、人生を楽しみたいという欲望が衰えないのか・・・

          いやいやいや
          そりゃ、昔は人生50年とか言われていて
          まだまだ人生の楽しみを知り尽くさずに
          死ななければならない人が多かったとは思うのだが

          今やヨーロッパでは
          自殺幇助が罪になるかならないかという議論が
          各国で盛んに行われているわけで
          (スイスなどは既に合法
           オーストリアでは、今、最高裁判所が頭を抱えている(笑))

          ワタシなんか
          人生で好きな事ばかりやってきたからなぁ。
          (嫌いな事は全くやって来なかった f^_^;
           まぁ、それだけ恵まれていたのだと思う)
          日本的感覚から言えば、負け犬なんだけど
          色々あっても、むちゃくちゃ楽しい人生を送って来ているし
          イェーダーマンみたいに金持ちじゃないので
          たぶん、ホフマンスタール時代の
          ヨーロッパの死生観と、少し違うんだろうと思う。

          しかしまぁ、ベッシュの深い美声で
          しかも声量めっちゃ大きくて
          観客の少ない大ホールに響き渡るバスバリトンで
          ドラマチックに
          イェーダーマンの、徹底的に悲壮な
          生への執着みたいな鬼気迫るモノローグを聴かされると
          感動というよりは
          超弩級の重たさに、身が潰れそう。

          ベッシュのクリアなドイツ語の語りを聴いていると
          この人、「語る」事が楽しくて仕方ないんだろうなぁ、と感じる。
          音楽は完璧だし、音程も発声も完璧で
          もちろん、歌手だから、音楽が重点になっているけれど
          それ以上に、「内容の語り」が前面に出て来て
          音楽付きの演劇を鑑賞しているような気分。

          ベッシュを聴きに行くというのは
          こういう、重い重い重い感じが良いわけで
          その意味では
          もう、むちゃくちゃ人生観を揺さ振られたというか
          ヨーロッパ人、ワッカリマセーンと叫びたくなりそうな気分の
          凄いコンサートだった。

          ドイツ・リートはご年配のご婦人たちが多いのだが
          帰り道で、杖つきながら歩かれているご婦人連れの方々が
          Schön とか感想を話していらっしゃると

          おおお、この印象を schön だけで表現できるのか、と
          コンサート中、ずっと背筋がゾクゾクしていた私としては
          (ゾクゾクはどちらかと言えばサスペンス映画の恐怖に近い方)

          もしかしたら、ドイツ語の schön には
          学校で習った意味とは全く違う意味があるのかもしれないと
          しょうもない事を考えてしまう私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ユストゥス・ツェアンのピアノが素晴らしく
          特にフランク・マルタンでの音色の美しさに圧倒された。
          ベッシュの声や、あの特殊な個性と
          充分に一対一でタイマン貼れる(え?)素晴らしいピアノだった。

          ヨナス・カウフマン + ヘルムート・ドイチュ

          0
            Wiener Staatsoper 2020年9月29日 20時〜21時50分

            SOLISTENKONZERT
            テノール Jonas Kaufmann
            ピアノ Helmut Deutsch

            Franz Schubert : Der Musensohn (D 764)

            Ludwig van Beethoven: Zärtliche Liebe (WoO 123)
            Adelaide (op. 46)

            Wolfgang Amadeus Mozart: Sehnsucht nach dem Frühling (KV 596)
            Das Veilchen (KV 476)

            Friedrich Silcher: Ähnchen von Tharau

            Felix Mendelssohn Bartholdy: Gruss (op. 19/5)
            Auf Flügeln des Gesanges (op. 34/2)

            Robert Schumann: Widmung (op. 25/1)

            Franz Liszt: Es muss ein Wunderbares sein (S 314)

            Edvard Grieg: Ich liebe Dich

            Carl Bohm: Still wie die Nacht

            Alexander Zemlinsky: Selige Stunde (op. 10/2)

            Richard Strauss: Zuneigung (op. 10/1)

            *** Pause ***

            Franz Schubert: Die Forelle (D 550)
            Der Jüngling an der Quelle (D 300)
            Wanderers Nachtlied II (D 768)

            Johannes Brahms: Wiegenlied (op. 49/4)
            Da unten im Tale (WoO 33/6)

            Antonín Dvořák: Als die alte Mutter (op. 55/4)

            Frédérique Chopin/Alois Melichar: In mir klingt ein Lied

            Piotr I. Tschaikowsky: Nur wer die Sehensucht kennt

            Robert Schumann: Mondnacht op. 39/5

            Richard Strauss: Allerseelen (op. 10/8)

            Hugo Wolf: Verborgenheit
            Verschwiegene Liebe

            Gustav Mahler: Ich bin der Welt abhanden gekommen

            アンコール
            Richard Strauss
            Traum durch die Dämmerung (Lieder op. 29/1)
            Ich trage meine Miene (Fünf Lieder op. 32/1)
            Ach weh mir unglückhaftem Mann (Schlichte Weisen op. 21/4)
            Nichts (Acht Gedichte op.10/2)
            Die Frauen sind oft fromm und still (Schlichte Weisen op. 21/5)
            Cäcilie (Vier Lieder op. 27/2)

            国立オペラ座で
            今をときめくスター・テノール
            ヨナス・カウフマンのリサイタル

            ・・・もちろん、発売開始直後から
            チケットはずっと売り切れだったし
            第一、私は本当なら楽友協会で
            パッパーノの熱きイタリア〜ンを堪能する予定だった(涙)
            わ〜ん、ドレスデンがキャンセルになったのも悲しいけれど
            パッパーノとローマが聴けないのは、もっとショックだったりする。
            (しつこいのでもう止めます)

            国立オペラ座のサイトを、ちょくちょくチェックしていたら
            数日前に、65ユーロの一番高い席が1枚だけ出て来て
            うっ、高いけどどうしよう、とポチったら
            この席はCOVID-19のために空き席にしなければなりません
            とサイトに出て来て
            何だ、システム・エラーか

            しつこい私は、それでもちょこちょことサイトを見ていたら
            何と昨日、9月28日に
            突然、数十枚のチケットが放出されていて

            おおおおっ、舞台見えないけど
            15ユーロの席があるっ!!!
            (平土間65ユーロの席もあったが、もちろん買わない(笑))

            ぽちっ

            このスター・テノールには
            熱狂的女性ファンが多い(らしい)

            2012年2月13日に
            楽友協会大ホールで(しかもバルコン・ミッテのお高い席で)
            カウフマンのリート・リサイタルを聴いた時には
            カウフマンがイイ男かどうかはともかくとして
            かなり感動していたのである。
            (自分で読み返してみて、驚いている(笑))

            今回もカーテンコールの時に
            真っ赤なバラの大きな花束が
            舞台に投げられたりしていたので
            やっぱり熱狂的ファンがいるのだ。

            よって、ヘンに正直な感想を書いてしまったら
            夜道でグッサリなので
            本当なら、ここで止めた方が良いんだけど

            これ、批評でも何でもなくて
            感受性ゼロの音痴の、ただの音楽シロウトの個人メモですから
            カウフマンのファンの方は
            どうぞお願いですから、ここでお引き取り下さいまし。

            舞台に登場したカウフマンが
            突然、喋りだすのでびっくりした。
            国立オペラ座の音響なので
            楽友協会よりはドイツ語ははっきり聞こえてくるけれど
            悲しい天井桟敷なので、音量が少なくて
            ピアニストのドイチュと、色々と工夫を凝らして
            プログラムを作りました・・・
            みたいな事を言っているようだ。

            途中の拍手は禁止する訳ではありません
            ・・・と言っているのは
            途中で拍手するな、という牽制である事は
            ウィーンっ子ないしはウィーン化している人にはわかるけれど
            この皮肉がわからなかった人も
            かなり居たようである。
            (何回かフライングがあった後
             さすがに、周囲からシッと鋭い禁止の音が入り
             それでも拍手してる数人はいたが
             最後の方は途中の拍手のフライングなしになった)

            オペラ座なので
            ドイツ・リート聴きばかりが集まる訳ではなさそうだし。

            最初にミューズの息子って
            ヤバイんじゃないのか、と思ったら

            バリトンの話し声の後に
            テノールのキーで、あの音符が飛ぶリートを歌ったので
            飛ぶ音程が微妙に外れているし
            高いキーの声が(しかも弱音で出そうとすると)
            すごく苦しそうで
            聴いてる方の息が詰まりそう。

            ベートーベンの Ich liebe dich, so wie du mich と
            アデライーデはメロディックなラインなので
            飛ぶ音はないけれど
            ここでも高音が出しにくそうに聴こえてくる。

            ・・・あ〜、これは、たぶん、間違いなく
            国立オペラ座の音響によるものだろう。
            これを、楽友協会大ホールの
            残響たっぷり2秒半(客が入っていなければ3秒)というところで聴いたら
            ソット・ヴォーチェも
            あれほど、擦れて聴こえる事はなかったはずだ。

            というより、声域が広くて、テノールまで出るのはわかるけれど
            カウフマンの声って、もともとバリトンっぽいので
            少しキーを下げた方が良かったんじゃないか、と
            しょうもないド・シロートは思ってしまうのである(余計なお世話)

            高音のソット・ヴォーチェもオペラ座ではほとんど響かないし
            前半では、チッ、やっぱりカウフマンって
            リート歌いじゃないよね、とか思って休憩時間に突入。

            ただ、カウフマンは、ドイツ語の明確さに
            ものすごく焦点を置いているのは、よくわかる。
            オペラ座という特殊な音響なので
            言葉の明確さに関しては、スゴイな、とは最初から思った。

            同時に、プログラムの組み方が非常に巧い。

            誰でも知っている有名曲を入れると同時に
            シルヒャーとかボームというマイナーな曲
            リスト(の歌詞は我々はベナツキーの「白馬亭にて」の方が有名)や
            ロマンティックなツェムリンスキーの曲を入れたり

            後半のチャイコフスキーから
            シューマン、リヒャルト・シュトラウス、フーゴ・ヴォルフ
            最後にマーラーで締めるところは
            明確なドラマツルギーがある。

            後半の途中から
            声が出て来たという印象。
            もちろん、私が耳慣れして来たのかもしれないが。

            Wanderers Nachtlied は、この間
            グラーフェネックのアンコールで聴いた時も
            息遣いの巧さに驚いたが
            カウフマンの息は、非常に長く
            しかも、ドイツ語の意味のタイミングに沿って
            巧みな息遣いをする。

            ショパンの In mir klingt ein Lied なんて
            どちらかと言えばポピュラーの印象が強いから
            このドイツ・リートの中ではちょっと浮くけれど
            次のチャイコフスキーはドラマチックで
            うううううん、もともとオペラ歌手には
            こういう曲の方が向いているんじゃないかなぁ、と思うことしきり。

            シューマンの Mondnacht から
            リヒャルト・シュトラウスの Allerseelen
            ヴォルフの Verborgenheit と Verschwiegene Liebe
            うおおおお、私が大好きな曲で
            ヴォルフなんて、私は好きなのに、滅多にナマで聴けない曲を
            久し振りにナマ聴きして
            そこらへんで、もうドキドキで、ちょっと感動し始めてしまう私は
            結局は、かなり単純に出来ているのだ。

            で、最後が Ich bin der Welt abhanden gekommen で
            これは、美しい声で、長い息継ぎで歌われれば
            私はそのまま天国に行ってしまう曲。

            まぁ、後半はまずまずか(おっ、えらそう)と思って
            アンコールだったら
            定番の Morgen! あたりでキマリかな、と考えていたら

            ありゃりゃりゃ・・・
            まずは Traum durch die Dämmerung から始まって
            うほほほ、リヒャルト・シュトラウスで攻めて来た。
            じゃぁ、やっぱり Morgen! か、と考えていたら
            次に Ich trage meine Miene って
            何で、私の好きな曲が・・・

            ドラマチックな Ach weh mir unglückhaftem Mann って
            カウフマンのイメージじゃなかったのに
            加えて Nichts まで歌われたら
            かなりビックリ。

            最後は Cäcilie で
            これは華やかな曲だし
            おおっ、このキーなら出るか、と思ったら
            ハイC出ました。観客大喜び。(まぁ、オペラではありませんが・・・)

            ドイツ・リート大好き人間としては
            テノールでドイツ・リートを聴くなら
            ワタクシ的には
            ミヒャエル・シャーデかマウロ・ペーターだと思っているので
            カウフマンで聴かなくても良いか、とは思うのだが

            アンコールで、これだけワタクシ好みの
            リヒャルト・シュトラウス特集をやってくれるなら
            大歓迎 ♡

            アンコールはアナウンスもなかったし
            プログラム記載ももちろんなかったので
            うろ覚えの記憶で
            自宅に戻ってから大急ぎで調べたので
            もしかしたら、欠けているかもしれない。

            同じコンサートを聴いた方で
            アンコール、これも歌ったよ、という記憶のある方は
            ぜひ、ご一報下さいませ。

            カウフマンのドイツ語へのこだわり振りを聴いていると
            フーゴー・ヴォルフのレパートリーを増やして欲しいな、とか
            チラッと思ってしまう。

            カウフマンはこの後、10月に4回
            ベルトラン・ド・ビリーの指揮で
            フランス語版ドン・カルロス(コンヴィチュニー演出の5時間)の
            タイトル・ロールを歌う。

            10月7日はまだチケットがあるようだが
            (他の公演は全部売り切れ)
            この日はちょっと他の予定があるし
            このヴェルディ、一回行って、うんざりしたので
            私は行きませんので悪しからず・・・

            オーストリアの COVID-19 の新感染者の数は884名
            うち、ウィーンだけで435名
            増加が止まらず、来週からの大学の授業も
            デジタルの授業がかなり増えそうで

            そういう状況の中でも
            オペラ座やフォルクス・オーパーや
            いくつものコンサート・ホールで
            ナマで音楽が聴けるのは、有難い、と
            しみじみ思う私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ブッフビンダー・シュトイデ・クルムポック・レア・バルトロメイ

            0
              Schloss Grafenegg Wolkenturm 2020年8月23日 19時30分〜20時45分

              ピアノ Rudolf Buchbinder
              バイオリン Volkhard Steude
              バイオリン Harald Krumpöck
              ビオラ Tobias Lea
              チェロ Franz Bartolomey

              Robert Schmann (1810-1856)
               Klavierquintett Es-Dur op. 44 (1842)

              Antonín Dvořák (1841-1904)
               Klavierquintett A-Dur op. 81 (1887)

              野外音楽堂で室内楽って
              だいたい室内楽のコンサート行かないし
              いや、この状態で室内楽まで範囲を広げたら
              もうど〜すりゃ良いのっていう感じになるので
              そこまで広げるのを避けているだけなんだけど

              ともかくグラーフェネック音楽祭のチケットは
              ほとんど全公演を抑えたし
              今日の天候は落ち着いていて、雨になる可能性は非常に少ない。

              キャスト見てわかる通り
              わっはっは、なんだこのすごいメンバーは ♡

              引退しているバルトロメイはともかくとして
              他のメンバー、ザルツブルクに居なくて良いのか?
              (このブログ読者には明らかな事実だとは思うけれど
               何の事?という方は、こちらをご参照下さい)

              席は超安席だから
              いつもの端っこの席で
              ピアノの蓋が開いているので
              ピアノが非常にクリアに聴こえて来て
              背中を向けているチェロの音があまり届かず
              こちらを向いている第一バイオリンが非常に響くという

              まぁ、バランスとしては理想的とは言い難い。
              正面だったら、もっと良いバランスだったに違いない。

              室内楽というのは恐ろしいジャンルで
              各プレイヤーの技術が、はっきり素人耳にも聴こえる上に
              それぞれのプレイヤーの音楽性や技術のバランスがないと
              はっきり言って聴けたものではない(すみません上から目線で)

              シューマンのこの曲
              なぜ、私は知っているんだろう?
              いつかどこかで子供の頃に聴いた事があったっけ。
              室内楽聴かないので、CDも聴かないんだけど
              何故か記憶にある曲で

              うわあああ、華やかというか美しいというか
              タイミングぴったりで
              音量豊かに聴こえてくるブッフビンダーのピアノもチャーミングだけど
              シュトイデのバイオリンの、あまりに美しい音色。

              チェロはバランスの関係で音量が小さくしか聴こえないので
              多少、控え目に響いてくるけれど

              その横のビオラの音色が・・・
              何これ、あまりに素晴らし過ぎる。

              ビオラって、こんなに温かい手触りの音色だったっけ。
              いや、このビオリスト、確か国立オペラ座のバレエ公演で
              ビオラのソロの時に
              バレエよりも、そのビオラのあまりに美しい音色に
              メロメロになった時に弾いていたビオラのトップだよね?

              先学期の授業で
              たまたまモーション・キャプチャーや
              アイ・トラッキングなんかも扱う演習を取ってしまった私は
              舞台上のメンバーの動きとか
              視線の動きが面白くて仕方がない(イヤな観客)

              ブッフビンダーがピアノ弾きながら
              かなり頻繁にメンバー、特にシュトイデに目線が行くのだが

              シュトイデはほとんどピアニストに目線は向けず
              たぶん、目の端っこで捉えて
              時々、お〜い、任せとけ!みたいな
              ニヤッとした表情を見せるのが興味深い。

              複雑なリズムがピタッと決まった時には
              メンバーの間に視線が飛び交って
              おお、やったぜ、うっしっし、というセリフが
              モーションと視線だけで聞こえてくるような感じ。

              決して簡単な曲ではないし
              アンサンブルの合わせ方もあちこちでかなり複雑なのに
              メンバー全員が
              目一杯楽しんで遊んでいるような感じが伝わってくる(妄想)

              ドボルジャークはまたシューマンと違って
              民謡のメロディを多く取り入れていて面白い。
              ブッフビンダーも、シューマンとは変わって
              弦は任せて、ピアノに集中している。

              その代わりに、弦のアンサンブル同士の
              目立たないけれど、モーションでのコンタクトが凄い。
              いや、面白い(何を見てる?)

              両方の曲ともに
              各楽器の音色の変化が楽しい。
              シュトイデなんて、メロディごとに音色変えて
              まぁ、実に聴かせるわ。

              これだけピアノの音量がダイレクトに響いてくると
              下手にやったら
              ピアノ曲に弦の伴奏が付いてます、になりかねないんだけど

              シュトイデって
              割りに強烈な個性の持ち主なのでは?

              今までウィーン・フィルのコンマスとしてしか
              見てなかったけど
              ブッフビンダーのピアノに対峙して
              おお、やるな、こちらも任せておけ!
              何をやっても、しっかり付いていくぞ
              みたいな矜恃が見え隠れしている(妄想中)

              いやしかし、バイオリン2人のアンサンブルも
              ビオラの音色の美しさも
              控え目ながら、しっかりソロは聴かせて
              低音をバッチリ支えるチェロの音色も
              全体をまとめて引っ張っていくピアノの華やかさも
              聴いていて、あまりに楽しすぎる!!!!

              ドボルジャークの第1楽章の本当に最後のところで
              シュトイデのバイオリンの弦が切れて
              楽屋に慌てて引っ込んだけど

              弦が切れたのは聴こえたし見えたので
              あ〜、切れたな、と私は待っていたが
              メンバー同士でニコニコしながら
              話していたブッフビンダーが
              客席に向かって
              「弦が切れたので変えに行ってます」とアナウンス。

              この声が、ほとんど客席に聞こえず
              (というより、正面だったら聞こえたかもしれない)
              うわあああ、この野外音楽堂の音響って
              実はこんなに悪いのか、とギョッとした。

              そんな、室内楽には全く向いていない会場で
              あれだけ「聴かせる」演奏をしたメンバーって凄いわ。

              アンコールにシューマンのスケルッツォをもう一回演奏。
              いや、メンバーノリノリで楽しい ♡

              視覚的には
              モーション・キャプチャーや
              アイ・トラッキング使ってみたら
              これ、むちゃくちゃ興味深い、という楽しい体験だったし

              聴覚的には
              どの楽器の音色もあまりに美しく
              見事に揃ったアンサンブルに舌を巻いて
              この上なく贅沢な時間。
              (音のバランスは残念だったけど)

              本来だったら、オーディトリウム・ホール内で
              もっと残響時間の長いところで
              この上なく美しい響きを堪能したかったところだが
              現在の状況では
              これ以上、望んだらバチが当たりそう(笑)

              来週もまたグラーフェネック通い。
              雨さえ降らなければ
              いや、降ったら早めに中止してくれれば
              私はそれで良いんだけど、と
              本日は満足してウィーンに戻ってきた私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              音楽性がぴったり合って
              かと言って、プレイヤー同士で一切妥協しない
              個性のぶつかり合いみたいな緊張感と
              アンサンブルの喜びに満ちた演奏を
              こうやって、たっぷり聴くと
              室内楽って良いよね〜とは思うのだが
              最初に書いた通り、これ以上コンサート回数は増やせません。
              (それでなくても財政的には破綻してるのに(冷汗))

              マティアス・ゲルネ + ヤン・リシエツキ

              0
                Haus für Mozart Salzburg 2020年8月18日 19時〜20時20分

                バリトン Matthias Goerne
                ピアノ Jan Lisiecki

                Ludwig van Beethoven (1770-1827)

                Resignation WoO 149 (1814-1816)
                Text von Paul Graf von Haugwitz (1791-1856)

                An die Hoffnung op. 32 (1805)
                Text von Christoph August Tiedge (1752-1841)

                Lied aus der Ferne WoO 137 (1809)
                Text von Christian Ludwig Reissig (1784-1847)

                Maigesang op. 52/4 (1795, überarbeitet 1798/99)
                Text von Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)

                Der Liebende WoO 139 (1809)
                Text von Christian Ludwig Reissig

                Sechs Lieder op. 48 (1798-1802)
                nach Gedichten von Christian Fürchtegott Gellert (1715-1769)
                Bitten
                Die Liebe des Nächsten
                Vom Tode
                Die Ehre Gottes aus der Natur
                Gottes Macht und Vorsehung
                Bußlied

                An die Hoffnung op. 94 (1815)
                Text von Christoph August Tiedge

                Adelaide op. 46 (1794-1796)
                Text von Friedrich von Matthisson (1761-1831)

                Wonne der Wehmut op. 83/1 (1810)
                Text von Johann Wolfgang von Goethe

                Das Liedchen von der Ruhe op. 52/3 (1798-99)
                Text von Hermann Wilhelm Franz Ueltzen (1759-1808)

                An die Geliebte WoO 140 (1811)
                Text von Johann Ludwig Stoll

                An die ferne Geliebte op. 98 (1816)
                Liederkreis nach Gedichten von Alois Jeitteles (1794-1858)
                Auf dem Hügel sitz ich spähend
                Wo die Berge so blau
                Leichte Segler in den Höhen
                Diese Wolken in den Höhen
                Es kehret der Maien, es blühet die Au
                Nimm sie hin denn, diese Lieder

                バリトン歌手マティアス・ゲルネも
                可能な限りの追い掛け歴はかなり長い。
                (だって、ブログが消えた2008年前に絶対に聴いてる確信がある。
                 最初に聴いた頃はまだ髪の毛はてっぺんを除いては黒々と(以下省略))

                ピアニストのヤン・リシエツキは2016年12月19日の
                ショパンのピアノ協奏曲1番を聴いて(当時21歳!)
                その叙情性と、現実離れした美しい宝物のような音楽が
                鮮烈な印象を残している。

                しかもチケットが安い(って要はそれかい!)
                本当は10ユーロのチケットもあったのだが
                時々は経済的な支援もすべきだろうと
                何と20ユーロのチケットを買った。
                (だから何?と言われそう・・・(汗))

                天井桟敷じゃない2階席でしかも正面。
                ゲルネのように声が前に飛ぶタイプで
                しかもいつも身体を揺らしている歌手は
                脇で聴くと音量が安定しないので、正面席は有難い。

                ザルツブルク音楽祭のプログラムは
                今年は何と太っ腹にも無料なのだが
                もちろん、無料なだけにリートのテキストの記載はない。

                しかもプログラム見てお分かりの通り
                全曲ベートーベンのリートで
                作品番号なしのものも多い。

                すみません、私もほとんど知らなくて・・・(汗)

                よって1曲づつ、文句をつける 感想を書くのは不可能なのだが
                全体的な印象から言っちゃうと

                ゲルネの美声!!!!!!!

                しかも、もともと中・低音域の美しさは知っていたが
                高音のピアニッシモ、あんなに美しい声で出せる人だったっけ?
                時々、ふわっと浮くような
                こよなく美しい高音が聴こえて、ドキドキしてしまう。
                どの音域も倍音たっぷりの、贅沢この上ない美声で
                声量あるから、どんなにフォルテになっても張り上げてる感覚がなくて
                しかもピアニッシモも美しい。

                リシエツキのピアノが
                これもまた、とことん美しい。
                リートの伴奏というよりは
                ベートーベンのピアノ・ソナタを聴いているかのごとく
                なのに、ゲルネの音楽と対抗しつつ
                ぴったり合っていて
                この2人、芸術性の方向がとても似ているんじゃないだろうか。

                チケット安いのに、あまり席は埋まっていなくて
                ただ、割りにリート・オタクの高年齢者が集まって来ている感じ。
                よって、リート間拍手が全くない。

                多少、盛り上げて盛り上げて終わる曲の後で
                拍手があっても良かったような気がしないでもないが
                ゲルネもリシエツキも、1時間10分にわたって
                ずっと集中して演奏していたという
                驚くべき集中力・・・

                曲のミックスもとても考えられていて面白い。
                Sechs Lieder だったと思うんだけど
                ベートーベンらしい
                おお、神の偉大な力!って感じが面白い。

                ベートーベンが熱心なクリスチャンだったかはともかく
                根本的なところにキリスト教の神が居て
                ただ、その「偉大な力」が
                ワタクシ的独断偏見に照らし合わされると
                自然の力と相応するような部分が見られて面白い。
                (勝手な個人的感想なので、突っ込まないで下さい)

                アデライーデは、かなり早いテンポで
                バリトンにしては高めのキーで
                その分、本日、魅力的に目立った
                美しい高音のソット・ヴォーチェが素晴らしいし
                とても情熱的なアデライーデで
                あ〜、あんな美声で歌われたら
                どんな女性もメロメロになるわ・・・

                普通の白いシャツの胸元を開けて
                狭い襟の普通の背広を着て
                足元がヴェロアのレザー・ブーツ(光ってません)
                ズボンもちょっとヨレヨレの
                見た目、本当に、ちょっと太めの
                そこらへんでビール飲んでいそうな感じなんだけど
                (あ〜、すみません、ごめんなさい。
                 見た目について書いてはいけないのは承知してますが)
                歌わせたら、こんなに美しい声って
                ある意味、(失礼ながら)ギャップ萌えする・・・

                遥かなる恋人のチクルスは
                ピアノの繊細さと表現力、ピアノの音色の変化が
                あまりに素晴らし過ぎて
                これ、場合によっては
                歌手要らない・・・とか思うほどなんだけど
                ゲルネの美声と表現が
                ピアノの表現力とぴったり合って
                2人の芸術家の息が合うと
                ここまで素晴らしいものが出来てしまうのか、と
                客席で唖然としてしまった。

                ゲルネの美声は一時、深くなり過ぎて
                ドイツ語モゴモゴになったりとかの時期もあったけれど
                もともとリート歌手として
                歌詞と音楽の解釈には、ものすごく深いものがあるし

                今日のように、高音の美しさまで充分に活かしきって
                ベートーベンの
                素朴な愛の世界から
                神に対する深淵で敬虔な思いや
                永遠の女性に対する永遠の憧れを
                それぞれに声の色や表現を使い分けながら

                さらに、それに呼応しているけれど
                同じ方向の、ピアニスティックな芸術性と
                ピアノの音色を見事に制御するリシエツキのピアノで

                あ〜、もう、ホントにこのコンサート、来て良かった。
                これ、ライブでCD出るんだったら絶対に買う。

                ゲルネは、いわゆる私の年代が夢中になった
                ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウのもとで学んではいるが
                ゲルハーヘルがディースカウと似ているのに対し
                その美声を生かして
                ディースカウの100%の影響下(ワタクシ的には呪いと言っても良い)から逃れた
                最初のリート歌手だという印象が私には強い。

                一説によれば完璧主義者で
                ピアニストにも完璧さを要求するらしいのだが
                (別に歌手がどういう性格でもワタクシは構いませんが)
                その意味ではリシエツキは素晴らしい選択だったと思う。
                (だいたいリシエツキがリートの伴奏するなんて
                 考えた事もなかったわ・・・)

                ザルツブルク到着後に一時的大雨になったけれど
                コンサートに行く時には天候は安定していて
                到着後の16時頃に巨大なシュニッツェル2つ食べて
                ケーキまで食べて(きゃ〜、カロリーが・・・・)
                むちゃくちゃコンサートも楽しめて
                幸せな私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                世界に名だたるザルツブルク音楽祭と言えば
                みんな、オペラとか、名だたるオーケストラなのだろうが
                意外にリートの分野でも
                毎年、素晴らしいコンサートがあるのは嬉しい。
                (しかも比較的安いチケットがある)

                ヨナス・カウフマン + ヘルムート・ドイチュ

                0
                  Schloss Grafenegg Wolkenturm 2020年8月16日 19時30分〜21時45分

                  テノール Jonas Kaufmann
                  ピアノ Helmut Deutsch

                  Franz Schubert (1797-1828)
                   „Die schöne Müllerin“ D 795 (1823)

                  グラーフェネック音楽祭(再編成後)のチケットを購入する時に
                  カウフマンのチケットは無理だろう、と思っていたのだが
                  グラーフェネック・カード所有者の優先販売で
                  悠々と超安席を確保できたのはラッキー。

                  今回も舞台が見えない一番端の席だが
                  舞台全体は見えなくても
                  前の方の席の間隔が空いているので
                  カウフマンとピアニストのドイチュの顔は
                  マイ望遠鏡を使うとしっかり見える。

                  コンサート前にバーバラ・レット(音楽専門アナウンサー)が登場して
                  何だかんだ喋っていたので
                  ああ、これはテレビかラジオで放映されるんだな。
                  (オーストリア国営放送テレビ局で20時15分から放送された。
                   6日間は見られるけれど、版権の関係でオーストリアのみだと思う)

                  カウフマンの声の質は基本的にバリトンに近いのだが
                  キーはテノールのキーで歌っていて
                  最初の数曲に関しては

                  ???

                  マイクを使っていなかったのは大したものだが
                  何だか音程がとても不安定で
                  ロングトーンは流石にちゃんと当たるけれど
                  細かい音符で上に飛ぶと、ちょっと下にずれる。

                  しかも高音を弱音で出そうとしているのだが
                  これが声になっていなくて、掠れ声(被ってない)に聴こえるし
                  全体的に粗い感じで
                  う〜ん、やっぱりカウフマンって
                  別にドイツ・リートの歌い手の専門じゃないからな。

                  何せ、この超名曲、もちろん私の頭の中には
                  子供の頃のフィッシャー=ディースカウから
                  私がこよなく愛したペーター・シュライヤーの
                  ピアノ伴奏版、ギター伴奏版
                  ミヒャエル・シャーデの甘やかなソット・ヴォーチェの名演や
                  ギョッとするようなベッシュのバリトンまで
                  割に、ありとあらゆる種類が詰め込まれているので
                  ちょっとうるさいのである(すみません)

                  野外音楽堂のデッドな音響が
                  ドイツ語のクリアさには有利になって
                  ドイツ語そのもののディクションはほとんど完璧。

                  弱音にしても、最初は出にくそうだったが
                  かなり音量を抑えても、ちゃんと声は通る。

                  Mein! では高音をフォルテで歌い上げたので
                  その後、会場から大拍手発生。

                  (註 テレビ放映を聴いていたら、拍手は Ungeduld の後だった。
                     確かにその前の声、掠れてるところがあって
                     Ungeduld も無理やり高音出したって感じは否めない)

                  ・・・あ〜、グラーフェネックありありの拍手。
                  まぁ、良いんですけど
                  でも、実はこの Mein! の表現に、私は席でギョッとしていた。
                  (註 すみません  Ungeduld です)

                  だってこれ、一応、おお、彼女のハートを手に入れたぞ
                  という喜びの歌じゃなかったっけ?
                  (註 じゃなくて愛の告白でした、すみません。しかし悲痛だったわ)

                  どう聴いても、カウフマンの表現は
                  喜びというよりは悲痛な感じで
                  これからの悲劇を予想させるというか
                  喜んでいる音楽とテキストが
                  凄まじい鋭さで、まるでガラスのかけらが刺さってくるようで

                  このリートの後に拍手できる人って理解不能。
                  だって、あまりに痛い。
                  言ってみれば、シューマンの詩人の恋の
                  あの長調の Ich grolle nicht と同じ香りがする。

                  ただ、カウフマンは、この聴衆からの拍手の後に
                  突然の変化を遂げた。
                  (あ〜、もしかしたら乗せられると喜んで
                   どんどん行っちゃうタイプの人?)

                  Morgengruß のソット・ヴォーチェが
                  それまでの不安定感がすっかりなくなって
                  きっちり抑えてあくまでも美しく響いてくる。
                  しかも身体全体での演技が加わった。

                  フライング拍手で別人に化けるカウフマン(笑)

                  それまでの不要な力みが消えて
                  自然な語りに移行していったのと同時に
                  Der Jäger あたりで、またもや豹変した。

                  突然、役にハマったというか
                  主人公の徒弟が乗り移ったというか
                  Eifersucht und Stolz の表現も
                  ドイツ・リートらしい抑制を保ちながら
                  Mein! で垣間見せた悲劇の続きという一貫性を持って
                  水車小屋のなよなよした徒弟とは思えない激しさを
                  底に流れる痛みを伴って出して来て
                  このあたりから、カウフマンの目が据わって来た。

                  なのに、この曲の後で、また拍手が起こるのは何故なんだ!
                  フォルテで終わった曲の後には拍手って
                  これ、オペラのアリアでもないし
                  プログラムには詩のテキストは載っていなかったけれど
                  カウフマンのドイツ語は、一つ一つの単語が
                  実にクリアに聴き取れるので
                  本来だったら、失恋の痛みに身動きも出来ないはず・・・
                  (私は出来なかった。カウフマンもピアノの方を向いていた。
                   まさか笑いを堪えていたわけではないと思うが)

                  それに続く失恋の一環のリートは
                  役そのものになりきって
                  音程も安定し
                  ソット・ヴォーチェの美しさも繊細で

                  しかもカウフマンって息が長い!!!!
                  というより、息の使い方が巧い!!!!!
                  フレーズが長いのもそうなんだけど
                  音楽的フレーズと、ドイツ語のテキストの繋がりを
                  きっちり把握して、息継ぎしてくるので
                  音楽と言葉の滑らかさと一貫性が素晴らしい。

                  最初の数曲の時に
                  けっ、ヘタクソ、とか思っていた不遜な私をお許し下さい。

                  しかし後半の失恋の役が巧いって
                  これはあれかな、やっぱりオペラなんかで
                  悲劇の主人公とかに、特別な思い入れがあって
                  失恋していた方が共感しやすいとか?(まさか)

                  確か私の記憶だと
                  Die böse Farbe の後に、もう一度、盛大な拍手があったが
                  (盛大なチクルス内拍手は私の記憶違いでなければ3回あった←4回でした)
                  何故に、あんな悲惨なリートの後で拍手が起こるのか
                  (ただ高音をフォルテで歌っただけで)
                  私は理解できないのだが

                  まぁ、考えてみれば、オペラだったら
                  悲劇的なアリア(いわゆる「死ぬ死ぬ」アリア)の後でも
                  盛大な拍手が起こるわけなので
                  聴衆が(内容を理解しているかはともかく)喜んでいて
                  カウフマンもまんざらではなさそうだったので、よしとする。

                  後半の鬼気迫る集中力と迫力と
                  役そのものになりきったようなカウフマンと
                  カウフマンに集中して、ぴったり合わせたドイチュの
                  ピアノの素晴らしさで
                  いや、ちょっと参った。
                  カウフマンを今まで見損なっていたかもしれない。

                  アンコールはシューベルトの
Der Jüngling an der Quelle D300
                  (わはは、知ってるけど題名を見つけるのに苦労した・・・)
                  最初から最後まで
                  見事なソットヴォーチェの長いフレーズで
                  むちゃくちゃ魅力的 ♡
                  (調べてみたらカウフマン、この曲、かなり昔から歌ってる)

                  その後、ミューズの子
                  最後に Wanders Nachtlied (Überall in Gipfeln ist die Ruh)

                  ミューズの子で思ったんだけど
                  カウフマンは多分、アジリタとかはあまり得意ではなさそう。
                  (それはそれで良いのである、持ち味だし、苦手な人も多いから)

                  ミューズの子に比べると、さすらい人の夜の歌の素晴らしさと言ったら!!!
                  最後の繰り返しフレーズの息継ぎの見事な事!!!!!!
                  音楽とテキストをとことん熟知しないと、あれは出来ないわ(感嘆)

                  ただ、シューベルトのリートは
                  本来は親密な小ホールで聴くべきものを
                  野外音楽堂で数千人の観客の前で
                  あれだけ親密な雰囲気を作りながら
                  しっかり全員に「聴かせた」と言うのは、やっぱり凄い。

                  オーストリア国営放送も聴きたいけれど
                  マイクで拾った録音と
                  その場でライブで体験した印象とは
                  全く異なると思うので
                  敢えて聴かずに、まずは印象記だけアップしておく。

                  本当は行く予定ではなかったコンサートだが
                  (というより、最初から諦めていて
                   たまたま見たら、まだチケットがあった)
                  行って良かった♡ とボ〜ッとして

                  シャトル・バスでウィーンに戻って
                  そこで市電を乗り間違えて
                  とんでもないルートで戻って来たアホな私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  オーストリア国営放送は6日間はオン・デマンドで聴けるので
                  (ただしオーストリア国内からのアクセスのみ)
                  オーストリア在住の方で、見たいという方は こちら からどうぞ。
                  私も、明日、改めて聴いてみるつもり。

                  後記 オーストリア在住で上記オン・デマンドで見る方
                  Ungeduld あたりまでは、席蹴って立って帰ろうかと思うけど(すみません)
                  その後、正に豹変するので、最後の鬼気迫る小川の子守唄まで
                  しっかりとお聴き下さいませ。

                  フラヌイ + ニコラウス・ハビヤン

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年7月7日 18時〜19時20分

                    Musicbanda Franui
                    クラリネット、バス・クラリネット Johannes Eder
                    チューバ Andreas Fuetsch
                    アルトサクソフォン、クラリネット Romed Hopfgartner
                    コントラバス、アコーデオン Markus Kraler
                    ハープ、チター、歌 Angelika Rainer
                    ハックブレット、歌 Bettina Rainer
                    トランペット、歌 Markus Rainer
                    トロンボーン、歌 Martin Senfter
                    バイオリン Nikolai Tunkowitsch
                    トランペット、歌、音楽監督 Andreas Schett
                    人形劇、歌、朗読 Nikolaus Habjan

                    „Doch bin ich nirgend, ach! zu Haus“


                    nach Franz Schubert (1797-1828)
                    Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

                    Robert Walser (1878-1956)
                    Tobold I

                    nach Franz Schubert
                    Der Wanderer an den Mond, D 870 (1826)

                    Robert Walser
                    aus »Kleine Wanderung«: Nächtliche Wanderung

                    nach Franz Schubert
                    Im Frühling, D 882 (1826)

                    Jürg Amann (1947-2013)
                    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn XI«


                    nach Franz Schubert
                    An den Mond, D 259 (1815)

                    Robert Walser
                    aus »Der Nachten«: Fußwanderung

                    nach Franz Schubert
                    aus »Schwanengesang«, D 957: Abschied (1828)

                    Robert Walser
                    aus »Die Fee«

                    nach Gustav Mahler (1860-1911)
                    Wunderhorntanz aus »Des Knaben Wunderhorn«
                    (Des Antonius von Padua Fischpredigt (1893),
                    Wer hat dies Liedlein erdacht? (1892))

                    Robert Walser
                    aus »Die Landschaft«

                    nach Franz Schubert
                    Wanderers Nachtlied II, D 768 »Über allen Gipfeln ist Ruh’« (1824)

                    Jürg Amann
                    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn III«


                    nach Franz Schubert
                    Das Grab, D 330 (1815)

                    Robert Walser
                    aus »Geschwister Tanner«: Der nächtliche Aufstieg

                    nach Franz Schubert
                    Du bist die Ruh’, D 776 (1823)

                    nach Robert Schmann (1810-1856)
                    Variationen für Klavier, Es-Dur, WoO 24 »Geistervariationen« (1854)

                    nach Johannes Brahms (1833-1897)
                    Die Meere, Duett, op. 20/3 (1860)

                    Jürg Amann
                    aus »Robert Walser. Auf der Suche nach einem verlorenen Sohn VI«

                    Robert Walser
                    Schnee


                    nach Franz Schubert
                    Totengräberlied, D 44 (1813)

                    Robert Walser
                    aus »Die kleine Schneelandschaft«

                    nach Franz Schubert
                    Abendstern, D 806 (1824)

                    Robert Walser
                    aus »Geschwister Tanner«: Bettelkind

                    nach Gustav Mahler
                    aus »Des Knaben Wunderhorn«: Das irdische Leben (1893)

                    Grabspruch auf dem Grab Robert Walsers in Herisau

                    Robert Walser
                    Der Mann mit dem Kürbiskopf

                    nach Franz Schubert
                    Abschied, D 475 »Über die Berge zieht ihr fort« (1816)

                    Musikalische Bearbeitungen, Rekomposition: Andreas Schett und Markus Kraler

                    アンコール
Georg Kreisler: Das Triangel

                    私がチロルの音楽バンド、フラヌイの大ファンである事は
                    読者の皆さまはよくご存知の事と思うが
                    このコンサート、19時30分からモーツァルト・ホールだったのが
                    COVID-19措置のため
                    18時からの回、20時からの回と2回になって
                    大ホールで行われる事になった。

                    私のところにもメールが来て
                    18時からで大ホールで、席はバルコンの3列目
                    このメールがチケットです、と書いてあった。

                    現時点でホールでの催物は250名まで
                    最低距離1メートル・・・とは言え
                    まぁ、1席空けて座る、という感じですね。
                    (もちろん、2枚一緒に買った人は2席続き、3枚は3席続き・・・)

                    今回はニコラウス・ハビヤンが人形劇で登場。
                    ハビヤン大好き ♡

                    ニコラウス・ハビヤンの操る人形は
                    首のすげ替えが出来るようになっていて
                    全身人形は、使わない時には机の上に立ててある。
                    よって、首のない人形をずっと机の上で見てるわけだが
                    不思議なほど、意識に上らない。
                    人間の注意力は集中して顔の方に行くらしい。

                    ウィーン劇場でのサロメ(2020年1月20日)の時の
                    分断された意識としてのサロメと人形の不思議な演出は
                    忘れられない印象を残したけれど

                    今回のハビヤンの人形の表現力の豊かな事と言ったら
                    後ろのハビヤンそのものの存在が
                    そっくり後ろに隠れてしまい
                    (でも時々、人形とダイアローグになると
                     ハビヤンご自身が登場するが
                     またこのやり取りが自然で凄い)

                    俳優が役を演じたり、朗読したりするのとは全く違って
                    人形の醸し出すメタ世界と言うか
                    テキストがあって、これが第一層とすると
                    ハビヤンの声が第二層で
                    それに第三層の人形があって
                    第四層の音楽が重なるという
                    非常に不思議な多層構造になっている。

                    いや、深い、深すぎる・・・

                    しかもテキストが
                    ヨーロッパ人(特にドイツ語圏の人)が
                    むちゃくちゃ好きそうな
                    彷徨う若人の話である(たぶん)
                    散文詩だから、内容はある程度はわかるんだけど
                    まぁ、ドイツ語が母国語ではないので
                    わからないところは勘弁して下さい。

                    若人として遍歴している時には
                    前の音楽家が1人、足を動かしている。
                    (中年になって遍歴する時には
                     足を動かしている音楽家を時々振り返って
                     文句つけたりしている(笑))
                    愛を得てもそれに満足する事なく
                    また放浪の旅に出て
                    最後に戻ってきて
                    (人形はここで机の上で寝る)
                    それからまた遍歴が続き
                    冬の雪の中で最後の散歩。

                    あとで調べたら、作者のローベルト・ヴァルザー自身が
                    長く孤独な散歩を好み、クリスマスの朝、雪原を散歩している途上
                    心臓発作で亡くなったらしい。(ほどなく発見された)

                    不思議なメタ構造の人形と
                    遍歴のテキストと

                    フラヌイが奏でる
                    シューベルトやマーラーの
                    音楽の断片というか
                    (もちろん編曲されているけれど
                     編曲だけではなく、2つや3つの曲が絡み合うものもある)
                    すご〜く、これも不思議な音が流れてくると
                    現実と幻想の区別がつかなくなってくる。

                    何だかもう、言葉に出来ない。
                    長い長い長い遍歴を繰り返したような気分になる。

                    そりゃ、ヴァルザーが、帰宅して
                    待っていてくれる人が居るというのは
                    何と素晴らしい事なのだ、と繰り返す時には
                    あ〜、ワタシには待っていてくれる人はいないなぁ、と
                    ちょっと切ない気分にもなったけど。
                    (註 これは私がそう望んだからであって
                       待っていてくれる人がいない、と言うのは
                       ある意味、私には理想なのでツッコミはなしね)

                    言葉、音楽、人形による劇的表現が
                    渾然一体となって
                    どれが欠けても、この舞台は無理だっただろう、と思う。
                    コンサートというよりは
                    音楽にサポートされた演劇を観た、という気分。

                    ちょっと泣きそうな感情の動きに囚われたけれど
                    アンコールで
                    「10月にハビヤンとゲオルク・クライスラーをやるので
                     その宣伝で・・・」
                    とアナウンスがあって
                    トライアングルが机の上に乗ったところで

                    うわああ、出たぁ!と小躍りしたのはワタクシです。
                    (フォルクス・テアーターで
                     ウィーンっ子のいないウィーンという演目を
                     フラヌイとハビヤンが上演した時にも演奏された曲)

                    割りに年配のお客さまが多かったので
                    ゲオルク・クライスラーの名前が出たとたん
                    客席が喜びの声でザワザワしたので
                    私みたいな人も、もしかしたら居たかもしれない。

                    オーケストラ・ピットのトライアングル奏者の歌で
                    もう、ともかく、むちゃくちゃ笑えます。

                    この哀愁に満ちた(笑)トライアングル・プレイヤーの歌
                    ゲオルク・クライスラー自身のピアノによる演奏があったので
                    下に貼っておきます。
                    ドイツ語がわかる方、どうぞお楽しみ下さい。



                    フラヌイの次のコンツェルトハウスでのコンサートだが
                    現時点での発売がストップされていて
                    (憎きウイルスのお陰で、ホール満杯のチケットの販売が無理みたい)
                    行けるかどうかは定かではないのだが

                    ともかく、フラヌイ、大好きです ♡
                    ・・・という私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    しかし、最後の最後で
                    アンドレアス・シェットがチロルのインアーフィアグラーテン訛りで挨拶すると
                    客席から、いつも笑い声が出るのは、いったい、何故なんだ?
                    フラヌイ全く知らずに、このコンサートに来ている人はいないと思うんだけど・・・

                    フローリアン・ベッシュ + ユストゥス・ツェアン

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2020年6月26日 20時〜21時

                      バスバリトン Florian Boesch
                      ピアノ Justus Zeyen

                      Carl Loewe (1796-1869)
                      Herr Oluf, op. 2/2
                      Tom der Reimer, op. 135a
                      Süßes Begräbnis, op. 62/4
                      Wanderers Nachtlied II (Der du von dem Himmel bist), op. 9/3b
                      Wanderers Nachtlied I (Über allen Gipfeln ist Ruh), op. 9/3a

                      Richard Strauss (1864-1949)
                      Breit’ über mein Haupt, op. 19/2
                      All mein Gedanken, op. 21/2
                      Traum durch die Dämmerung, op. 29/1
                      Die Nacht, op. 10/3
                      Ruhe, meine Seele, op. 27/1
                      Mein Herz ist stumm, op. 19/6
                      Allerseelen op. 10/8

                      Robert Schumann (1810-1856)
                      Liederkreis, op. 24
                      Morgens steh’ ich auf
                      Es treibt mich hin
                      Ich wandelte unter Bäumen
                      Lieb’ Liebchen, leg’s Händchen
                      Schöne Wiege meiner Leiden
                      Warte, warte, wilder Schiffmann
                      Berg’ und Burgen schau’n herunter
                      Anfangs wollt’ ich fast verzagen
                      Mit Myrten und Rosen

                      アンコール
                      Carl Loewe „Hinkende Jamben“, op. 62 Heft 1/5
                      Franz Schubert „An die Musik“ D 547

                      バスバリトンのフローリアン・ベッシュは
                      ザルツブルク音楽祭でも歌うとなれば行く、というくらいのファンで
                      この人、ともかく、一風変わっている。
                      フィッシャー=ディースカウの系統とも言える
                      クリスティアン・ゲルハーヘルも大好きだが
                      ベッシュの場合は
                      今度は何をやらかすのか、というドキドキがある。

                      楽友協会のチケット発売時の最初に確保したのが
                      このコンサートだったのだが
                      その後、売り切れになったようで
                      17時から、もう1回、同じプログラムで開催する事になった。
                      (ちなみに17時は私はデジタル授業なので行けない)

                      まずはカール・レーヴェのバラードから。

                      通常、楽友協会でリートの夕べを開催する場合は
                      プログラムに歌詞の記載があるのだが
                      今回は6月の特別コンサートを全部まとめた(無料の)プログラムなので
                      歌詞の記載はない。

                      ただ、ベッシュはドイツ語を非常に大事にする人だから
                      リートでもドイツ語はクリアに出してくる・・・はず・・・

                      あああ、すみません、私、歌手にむちゃくちゃ同情します。
                      音響学では、言葉理解のための音響の数値が決まっているのだが
                      もともと室内楽向きではない大ホールで
                      しかも、たった100人の観客で
                      あの深い美声で、ドイツ語をクリアに、というのは
                      端的に言って、無理(断言)

                      本人も、もしかしたら17時のコンサートかリハーサルで
                      気がついたのかもしれないが
                      最初の、あの劇的なオルフ氏の語りを
                      ちゃんとピアニッシモで出そうとして
                      ・・・・うああああ、思いっきり失敗してますが(すみません)

                      ちゃんと歌ってはいる(プロだから当たり前)んだけど
                      ピアニッシモのところが、ソット・ヴォーチェになっていなくて
                      それは、ただの掠れ声というのでは(まぁ、失礼な)という
                      だったら、そこまでして声量落とさなくて良いと思うのだが
                      それは、たぶん、素人考えで
                      完璧主義者のベッシュにしてみたら、思いもつかない事なのだろう。

                      しかも、最初がオルフ氏、という
                      シューベルトの魔王の成人男性版の話だし
                      むちゃくちゃ劇的な曲だし・・・

                      ドラマチックに声量を上げると
                      (むちゃくちゃ声量のある歌手である)
                      今度は楽友協会に響き過ぎるし
                      これは聴いている方もドキドキするが
                      歌っている方は、もっと大変だろう。
                      ホールの音響のバランスと
                      如何に喧嘩せずにクリアなドイツ語を響かせるかという
                      とんでもない課題に直面している訳だから・・・

                      Tom der Reimer でもドイツ語が塊に聴こえてしまい
                      美しい女性が馬に乗って現れて
                      妖精の女王だ、と言った・・・くらいまではわかったが
                      手元に歌詞があればともかく
                      歌を聴いているだけでは、わかりません(涙)

                      しかし、掠れ声が時々聴こえるとは言え
                      この人の低音は本当に美しい。
                      人間の耳は低音の音量には鈍感だから
                      低音は大きい音量でも全然構わないのである(極論)

                      カール・レーベのバラードって
                      大昔に結構聴いていたのだが(劇的で面白い)
                      リート歌手であまり取り上げる人がいないし
                      本来、相応の音響のホールで
                      語り口がドラマチックなベッシュが歌ったら
                      素晴らしかったに違いない(ぐすん・・・)

                      リヒャルト・シュトラウスの曲で
                      All mein Gedanken で、うえっ、何これ(ごめんなさい)
                      いや、私の偏見と思い込みで
                      これ、もっと軽い曲で
                      ラブソングが恋人の窓を叩いて
                      入れて♡っていう曲じゃなかったのか?

                      ラブソングが
                      「窓を開けろ!」と脅迫しているシーン
                      初めて聴いた・・・ こわっ

                      ベッシュってものすごくインテリな人だから
                      確信犯でやっているのだろうし
                      こういう思いがけないドキドキがあるから楽しいのだ。

                      続く曲は、低いバスバリトンの暗い音色には
                      徹底的に向く曲で
                      割りに「普通」に歌い上げていた印象。
                      Allerseelen は、もっとドラマチックに盛り上げるかと思ったら
                      意外にあっさり、声の張り上げもない。

                      ・・・まぁ、あれでベッシュが声量を上げたら
                      天国にいる恋人は、怖がって帰って来ないだろう、たぶん。

                      最後はシューマンのリーダー・クライス作品番号24番。
                      舞台に水持って来て、時々、飲みながら歌っていたから
                      声のコンディションも絶好調という訳ではなかったんだろうな、きっと。
                      でも、ここら辺から、声のコントロールは取り戻し
                      レーヴェの時のような掠れ声ではなく
                      ちゃんと歌声のソット・ヴォーチェになった。

                      超有名な曲だから、別に歌詞見なくても知ってるし。

                      ただ、かなり抑制を効かせたんだろうが
                      ベッシュのDVに近いドラマチックさには欠けた。
                      低音の美しさとか
                      長いフレーズの繋ぎ方は見事だが
                      船員止めるのも、暴力じゃなくて比較的冷静に歌っていて
                      どんどん冷静になって
                      Anfangs wollt’ ich fast verzagen のあの暗さは
                      (まぁ、もともとが暗い)
                      ベッシュの深い美声だと、まるで地獄から響いてくるようだ。

                      最初はどうなる事やら、と思ったけれど
                      調子も取り戻して、声も滑らかに出て、良かった良かった。
                      いや、ホントに大ホールの音響って
                      ドイツ・リートには最悪だよね。
                      イタリア・オペラのアリアとかならまだしも。

                      アンコールにレーヴェの短いリートを1曲。
                      その後、シューベルトの「音楽に寄す」は
                      息の長さを最大限に活かした見事なフレージング。
                      とても正統派で、喜びに満ちた曲として
                      観客に提示されて、ちょっとハートが温かくなった。

                      ベッシュは割りに完璧主義者という印象があって
                      (ともかく、ひたすら思索して真面目に取り組む印象)
                      コンツェルトハウスが行った無観客コンサート配信で
                      (konzerthaus.at じゃなくて konzertzuhaus.at という
                       ジョークっぽいウエブで公開されているが
                       現在、ウエブがトラブル起こしているようで繋がらない)
                      その時のプログラム構成が、あまりに素晴らしかったのだが

                      完璧主義者だけに、楽友協会の、この音響でのコンサートは
                      とても苦労したに違いない(思い込みかもしれない)

                      オーストリアは一応、現時点では8月から
                      屋内で5000人までの催物開催は許可される予定だが
                      まだ人と人との間の最低距離の問題は解決されておらず
                      その意味で、各コンサート・ホールでの催物がどうなるか
                      予断を許さない状態。
                      (だいたい、最近また、感染患者が増加してるし)

                      来週の試験を控えて
                      本来ならば、勉強に集中すべきなのだが
                      どうせ落ちるし、落ちたら9月にも10月にもチャンスはある
                      ・・・と、ともかく怠け者になってしまった私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                      calendar
                          123
                      45678910
                      11121314151617
                      18192021222324
                      25262728293031
                      << October 2020 >>
                      PR
                      ★コンタクト・メイル★
                      メイルはこちらへ
                      ブログランキングに1クリックお願いします
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM