ケースマイケル(ローザス)バッハ組曲

0
    Burgtheater / IM PULS TANZ
    2018年7月14日 21時〜23時

    Anna Teresa De Keersmaeker & Jean-Guihen Queyras / Rosas
    Mitten wir im Leben sind / Bach6Cellosuiten

    振付 Anna Teresa De Keersmaeker
    チェロ Jean-Guihen Queyras
    ダンサー Boštjan Antončič, Femke Gyselinck, Marie Goudot, Julien Monty
    Michaël Pomero
    音楽 Johann Sebastian Bach, 6 Suiten für Violonchello solo, BWV1007-1012
    ドラマツルギー Jan Vandenhouwe
    衣装 An D’Huys
    照明デザイン Luc Schaltin
    サウンド・デザイン Alban Moraud

    アンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケル自身も出演予定だったが
    怪我のため代役、というのは残念だが
    昨年ルール地方のトリエンナーレで初演された新作の
    オーストリア初演。

    ケースマイケルとローザスを観始めたのは
    2007年くらいからだから、あっという間に10年経った事になる。

    その間、2008年の Steve Reich Evening での
    ライヒの音楽との見事な融合の後
    Zeitung では、徹底した身体表現による「音楽」そのものの消失や
    永遠の名作(だと思う)Rosas danst Rosas の再演
    ルネサンス音楽を使ってアヴィニヨンで初演された En Attendant の
    オデオンでの印象的な公演。
    (このアヴィニヨンの朝公演版はグラーツまで観にいった)
    Drumming や、3つの別れ、シェーンベルクの浄夜、エレナのアリア等
    様々な作品を鑑賞するたびに
    鮮烈な印象をもらって来た。

    今回の作品は、バッハの無伴奏チェロ組曲。
    舞台上でチェリストが演奏して、ダンサーが踊る
    ・・・と書いてしまうと、身も蓋もないが
    実際は多重構造になっていて、不思議な空間に翻弄されてしまう。

    チェリストの位置も組曲によって変わり
    組曲と組曲の間に、ダンサーがテープを持って
    床に不思議な幾何学模様を描いていく。

    第1組曲から第3組曲までは
    基本的にダンサー1人のソロに途中で女性ダンサー1人が加わる。
    第1・第2組曲のソロは男性ダンサー
    第3組曲のソロは女性ダンサー。
    第4組曲がまた男性ダンサーで、その後については後述する。

    いつも思うのだが
    音楽を身体表現に描き出すという意味で
    ケースマイケルは、天性のセンスがある。

    クラシック・バレエだと、
    バランシンなんかも音楽=ダンスになってはいるものの
    ケースマイケルの身体表現は、あくまでもモダン・ダンス。

    クラシックの日常生活から分離した美しさではなく
    モダンのしなやかさ、バランスをしっかり取り入れながら
    その振りは、あくまでも日常的に見える(見えるだけです、私は踊れません)

    しかも、その動きの精密な事と言ったら!
    音符一つ一つに意味があるように見えてくる。

    この「日常的に見える」というのが曲者で
    これは第4組曲以降にとんでもない効果を出してくる。

    第1・第2組曲あたりは
    音楽の身体表現の精密な見事さに息を飲むばかり。
    (舞台上のチェロのソロも見事でうっとり聴き惚れてしまう)

    第3組曲の女性ダンサーになると
    うわあああ、ケースマイケルの女性ダンサーの振付って
    なんてステキなんだろう、と驚嘆。
    ごつい男性のダイナミックなダンスも見応え充分だけど
    マニッシュな女性のダンサーの動きの美しさ、しなやかさにはハッとする。

    第4組曲の男性ダンサーのダンスは
    音楽を身体に乗せた、というのを越えて
    圧倒的にエモーショナルで激しい動きになる。

    チェロのソロが終わって、チェリストが退場しても
    この男性ダンサーは舞台に残って
    そのまま無音で踊り続ける。

    ・・・無音なんだけど
    いや、本当に音楽、全然ないんだけど
    ダンスを観ていると、不思議に頭の中で音楽が鳴る。
    なんだこれ???

    いや、ただの妄想で
    感受性ゼロで音楽性ゼロの私には
    実際には音楽そのものはどうしても聴こえては来ないんだけど
    身体表現が、どう見ても「音楽」なのだ。
    きっと本当に感受性のある人の頭の中では音楽が鳴っているに違いない。

    ところが、次の第5組曲・・・
    ダンサーが出て来ない。
    舞台にはチェリストだけが出て、音楽を奏でるのだが

    何で頭の中の妄想でダンスが見えて来るの???
    (だからあくまでも妄想です。
     たぶん、感受性の強い人には本当にダンスが見えるんだと思うけれど)

    何だ、何だ、何なんだ、この作品は・・・(呆然)

    最後の第6組曲はダンサー全員が踊る。
    様々な音符がまとまったり散らばったりのフォーメーションが見事。

    音楽と身体表現が一体になったり
    分離したり
    身体が音楽になったり
    音楽が身体になったり
    多重構造で不思議な世界を描き出す。

    う〜ん、ケースマイクル、凄すぎる。
    スティーブ・ライヒの公演の時にも
    計算され尽くした(で、計算されたように見えない)動きに
    息を飲んだけれど
    今回もバッハのチェロ組曲の音符がすべて身体表現になっている。

    バッハの曲は、もともとガボットとかサラバントとかメヌエットで
    踊りの音楽なんだもんなぁ(誤解があるかもしれない)
    それが、現代というコンテクストの中で
    最大限に活かされて
    ジークなんかの表現の微笑ましさには
    ついついこちらの身体まで動いてしまって
    何だかとても楽しくて幸せな気分になるのだ。

    2時間休憩なしの作品だけど
    時間が経つのがあっという間だった。

    イム・プルス・タンツ、ウィーン国際ダンス・フェスティバルは
    玉石混合なので
    時々、とんでもないモノもあるのだが
    さすがに数年通い続けていると
    これが好き・嫌いという判断は自分の中で出来てくるので
    7月後半から徹底的に通います、という
    いつもながらの独断・偏見に満ちた私に
    久し振りの1クリックを、どうぞよろしくお恵み下さい。

    休載中にクリックして下さった熱心な読者の皆様には
    深く心より御礼申し上げます。



    興味ある方は1分半くらいのローザスの公式クリップがあるのでどうぞ。
    音楽に合わせた身体表現の精密さに、どうぞ驚嘆して下さい。



    ・・・しかしブルク劇場の中は暑かった。
    入ったところでミネラル・ウォーターを無料で配っていたけれど
    冷房ないし、いくら日本ほど暑くはないと言っても空気が篭るし。
    まぁ、これは例年そうなので、今更驚きはしないけどね(笑)


    カンパニー・カフィグ ピクセル

    0
      Festspielhaus St. Pölten 2018年6月8日 19時30分〜21時

      PIXEL
      Centre Chrégraphique National de Créteil et du Val-de-Marne
      Compagnie Käfig

      コンセプト・振付・芸術監督 Mourad Merzouki
      コンセプト・ビデオプロジェクション Adrien Mondot, Claire Bardainne
      オリジナル音楽 Armand Amar
      照明 Yoann Tivoli
      舞台 Benjamin Lebreton
      衣装 Pascale Robin
      ダンサー Rémi Autechaud, Marc Brillant, Antonin Tonbee Cattaruzza,
      Elodie Chan, Aurélian Chareyron, Sabri Colin, Yvener Guillaume,
      Ludwic Lacroix, Ibrahima Mboup, Paul Thao, Médésséganvi Yetongnon

      何百も言葉を費やして書くより
      まずは下のビデオ・クリップをご覧あれ(3分ちょっと)



      いや〜、こういうパーフォーマンスやってくれるから
      サンクト・ペルテン通いが止められないのだ。

      ビデオ・プロジェクションと
      ヒップ・ホップ・ダンスの見事な融合。
      徹底的に考え抜かれた振付を踊るダンサーたちの
      柔軟性と動きの速さ、バランスの素晴らしさ。

      クラシック・バレエとは筋肉が違うんだろうけれど
      こういうダンス、ウィーンの国立バレエ団のダンサーは
      踊れないだろうなぁ・・・(いや踊れなくて構いませんが(笑))

      1時間15分のパーフォーマンスの
      最初から最後まで、数秒足りとも退屈させない。
      次から次に目まぐるしく変化するプロジェクションに
      ユーモアやペーソスを持って
      時には子供が遊ぶように
      時には男女のしっとりした愛情を繊細に描き出し
      ええええっ、それアリ?と驚くアクロバット
      ヒップホップ・ダンス特有の回転技。

      とことん観客を楽しませようという気概が
      最初から最後まで溢れている上に
      それを実現するダンサーたちの訓練された身体とダンスが
      徹底的にエンターテインメントになっている。

      カンパニー・カフィグは
      アルジェリアからのフランスに移住した両親のもとで
      リヨンの郊外で生まれたムラッド・メルズキのグループ。

      貧しい階級出身で、父親にボクシングを勧められ
      そこから、アクロバットとヒップ・ホップでダンスの世界に出て来た人だそうだ。

      1人だけいた女性ダンサーは
      ほとんど軟体動物。
      人間の身体って、あんなになるんですね。
      見ていると目の錯覚じゃないか、と思ってしまう位。

      カーテンコールで
      音楽に乗りながら
      それぞれの得意技を見せてくれたのにも好感。

      徹底的にエンターテインメントで
      1人よがりなところが全くないパーフォーマンスって
      コンテンポラリー・ダンスで初めて見た。

      その意味では、今まで観て来た
      コンテンポラリー作品の中では異色。
      いやもう、実に素晴らしい。

      ちょっとストレス続きだったんだけど
      これ観て、本当に楽しくて
      その時だけはストレスをすっかり忘れていた私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      アクラム・カーン XENOS

      0
        Festspielhaus St. Pölten 2018年5月17日 19時30分〜21時45分

        Akram Khan Company
        XENOS

        振付・ダンス Akram Khan
        舞台 Mirella Weingarten
        照明 Michael Hulls
        衣装 Kimie Nakano
        オリジナル音楽・サウンドデザイン Vincenzo Lamagna
        ドラマツルギー Ruth Little
        テキスト Jordan Tannahill
        音楽 Nina Harries, Andrew Maddick, B C Manjunath,
        Tamar Osborn, Aditya Prakash

        音楽
        Wolfgang Amadeus Mozart : Requiem in D-moll
        Hanging on the Old Barbed Wire (Traditional), Ku Karim (Traditional)
        Amir Khusro : Chhap Tilak,
        Nawab Wajid Al Shan : Babul Mora
        Kabir : Naiharwa

        アクラム・カーンのフル・レングスでの最後の作品として作られた
        XENOS は2018年2月にアテネで初演されている。

        最初から最後まで、約1時間30分
        繰り広げられる異様な世界。

        プログラムの記載によれば
        アクラム・カーンの芸術家としての人生の総括的な意味を持ち
        現代における人間性の喪失、戦争などの問題を考える上で
        人間として創造力の中で特別なもの、美しいものを表現すると同時に
        想像力を超えたところでの暴力、残虐性を表現する事もできるのではないか
        ・・・という感じ(意訳なので文責なしで勘弁して下さい)

        プログラムのこのページを読んだ時に
        あ〜っ、またもや政治的作品か、
        こういうのをやるんだったら
        どこかの国営放送局の青年の主張で喋るか
        政治家になれ・・・と、ついつい思ったのだが

        作品を見てみたら、圧倒的で言葉を失ってしまった。

        舞台上演が始まる前、既に舞台には
        民族楽器の太鼓を叩いている男性と
        すごく美しいテノールで、不思議な民謡を歌っている男性がいて
        この音楽がすごく聴き応えがあって、ついついウットリ聴いていたら
        突然、縄に縛られたダンサーが登場。

        もう、その後は縄とダンスと音楽の複雑な絡みが続く。
        舞台の半分以上が斜面になって
        斜面のところは砂と泥。

        泥は最初のシーンで
        カーンが上手(かみて)のところから泥を持って来て
        舞台の中央に置いたので
        これは、もしかしたら、前の作品と同じように
        芽吹く植物の象徴か?と思ったのだが

        そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

        政治的アピールが作品に入っているとしても
        カーンは、それを(サッシャ・ワルツのように)あからさまに出しては来ない。
        あくまでも徹底的に抽象化された「舞踏表現」で
        観客の解釈に委ねながら、自分の世界を表現して行く。

        ついつい「舞踏」と書いてしまったけれど
        そういう視点から見てみると
        非常に暗い部分での抽象的な痛みの表現は
        日本の暗黒舞踏に似たところがあるかもしれない。

        足首に巻いた鈴の鎖で
        民族音楽と合わせて踊るカーンの見事な踊りは
        鈴の鎖を解いて、鎖を持って踊るところから
        音楽家は消え、舞台の後ろが斜面になって
        だんだん、異様な世界に入って行く。

        もう、何が異様かって、どう言葉で表現したら良いのかわからん。

        2分ちょっとの公式トレイラーがあったので貼っておく。



        何なんだ、いったい、この世界は・・・
        崖の上までよじ登って
        上で大昔のフォノグラフ(後で照明になる)と
        縄を繋げて踊ったりするのだが
        そんな事を書いても
        読んでいらっしゃる方は想像も出来ないだろう(すみません)

        砂だらけ、泥だらけで、斜面と格闘するダンサー。
        いったい、何と戦っているのか

        プロメテウスか、それともシーシュポスか
        人間の疎外、自分との戦いが
        実りあるものなのか、無駄なのかもわからず
        もう、見ていて胸が痛くなる。

        全体が高度に抽象化されているので
        苦労しているようで実はウヒウヒ喜んでいるのかもしれず
        (まぁ、それはないかも・・・)
        泥にまみれて快感に悶えているのかもしれず
        (まぁ、それもないかも・・・)

        せめてハッピー・エンドで
        舞台の真ん中に最初に盛った土から
        お花でも咲けば、分かり易いのだが
        芸術家アクラム・カーンは、そこまで単純な解決は提示しない。

        最後のシーンは、真っ赤な照明に浮かぶ
        泥と砂だらけの斜面で

        これが一幅の現代絵画に見える。
        色彩は違うけれど
        私が好きなアントニ・タピエスの絵画を連想してしまう。

        真っ赤な照明の泥と砂の絵画の中に
        ダンサーのカーンが入り込むと
        そこに流れるのは
        モーツァルトのラクリモーサ。

        うううう、やっぱりキリスト教的な色合いも当然入るわけね。
        その前の縄を首にかけて
        上の方で踊るところで
        これ、もしかしたらイエス・キリストに擬えているのかな
        と思った部分もあったので
        ラクリモーサが、自然にストンと落ちた。

        しかも、ここまで極端に抽象化されていると
        キリスト教とも距離を置いているかのようで
        そんなに簡単に
        あ、イエス・キリストの受難を表現してるな、とは思えない。
        示唆はあるかもしれないし、ないかもしれない・・・

        その意味では
        芸術的表現が、何重にもなっている上に
        わざと意図を明確に提示するのを避けて
        あくまでも芸術表現として
        受け手にその意図の解釈を託すという

        まぁ、とんでもない事を
        アクラム・カーンはやってのけているワケで
        そこまで観客を信じて委ねてしまって良いんですか、とか
        思わない訳ではない。
        (ほら、私みたいに曲解したり誤解したり感受性なかったりする人もいるし)

        作品の受容は、その意味では
        完全に個人としての観客に委ねられてしまうので
        芸術家、ダンサーとしてのアクラム・カーンの意図と
        受け手の観客としての作品の解釈に齟齬が出てくる可能性は
        たぶん、大いにあるのだが

        それでも良いのではないだろうか。
        ここまで抽象化された芸術作品になってしまうと
        各自が受け取ったメッセージこそが
        その個人にとって正しいものなんだろう、としか思えない。

        アクラム・カーンのダンスって
        あそこまで汚れた役をやっていても
        何故に、あんなに美しいんだろう。

        身体の美しさや柔軟性、カタチの見事さや
        ステップの美しさ、全くズレのない体幹の
        クラシックとは違うけれど、壮絶なピルエットでも
        我々を魅了するが
        手先の動きの美しさ
        オーガニックな生命力の豊かさには目を剥いた。
        (ビデオだと31秒くらいのところ。実に美しい)

        この作品、鑑賞していて思ったんだけど
        これだけアクラム・カーンの「人間としてのダンサー性」が出てしまうと
        他のダンサーに踊れるのかなぁ・・・

        アクラム・カーンはまだ42歳だから
        引退にはまだまだ時間があるとは思いつつも
        あの激しいカタック舞踊を、いつまで実際に観られるかを考えると
        今まで、様々なプロダクションを観て来て
        本当に良かった、としみじみ思う私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        ウェイン・マクレガー Autobiography

        0
          Festspielhaus St. Pölten 2018年4月13日 19時30分〜21時

          Company Wayne McGregor
          Autobiography

          コンセプト・振付 Wayne McGregor
          ダンサー Rebecca Bassett-Graham, Jordan James Bridge,
          Travis Clausen-Knight, Louis McMiller, Daniela Neugebauer,
          Jacob O’Connell, James Pett, Fukiko Takase, Po-Lin Tung,
          Jessica Wright
          音楽 Jlin und Unsound
          舞台・プロジェクション Ben Cullen Williams
          照明 Lucy Carter
          衣装 Aitor Throup
          ドラマツルギー Uzma Hameed

          ウィーン国立バレエ団でもエデンという作品を上演したが
          ウェイン・マクレガーが自分のカンパニーを連れての公演という事で
          ウィーンから車でサンクト・ペルテンまで往復。

          天気は良いし、日中は20℃以上に気温も上がって
          「春眠暁を覚えず」というよりは
          朝はちゃんと目が醒めるのだが
          日中(=講義中)がひたすら眠い。

          今日はサンクト・ペルテンで、この公演の前に
          来シーズンのプレゼンテーションもあったのだが
          講義の後に、大学の中庭で
          燦々と降り注ぐ日光を浴びてお喋りしていたので
          公演ギリギリにサンクト・ペルテンに到着。

          ・・・で、何かホールの観客が少ない。
          超貧民席(とは言ってもサンクト・ペルテンは割に高い)もガラガラ。

          ウェイン・マクレガーの今回の上演作品は
          Autobiography と銘打っているが
          単純に自叙伝と思ってはいけない。

          プログラムのドラマツルギー担当者曰く
          マクレガーはこの「自叙伝」Autobiography を
          Auto(自分) + Bio (生命)+ Graphy (記述)に分割したそうだ。

          で、2017年に自分の DNA を解析してもらったマクレガーは
          その DNA の解析をもとに
          協力してくれた学術機関と、23のシーンを作成し
          自分の遺伝子情報を振付し
          最初と最後は決定しておいて、その中のシーンは
          コンピュータの乱数で選び出して決定したという

          ぜんぜん意味がわかりません・・・

          オペラ座で上演された「エデン」という作品も
          かなりケッタイでワケわからなくて
          ただ、振付の動きそのものがすごくて
          哲学的・生物学的・社会学的・その他その他の
          背景にある、たぶん、ひじょ〜に難しい
          私のような単純な人間には理解できない
          芸術的意図というものは
          全く意識に上って来なかったので・・・

          (間違いなく「エデン」にも、何かものすごく深い
           芸術家の洞察があるに違いない。庶民にはわからん世界だ)

          で、この「自叙伝」という作品
          遺伝子がどこでどう、コンテンポラリー・ダンスに関わってくるのか
          ま〜ったく意味不明で
          ダンサーの動きを見ていても
          遺伝子学とか、DNA の構造とか
          何の関係があるのかさっぱりわからず

          振付そのものは、す・ご・い!!!
          それはもう、不思議な動きが有機的に重なって
          ダンサーの柔軟性にも驚くが
          それ以上に、ダンサーのバランス感覚には瞠目する。

          ソロのダンスの素晴らしさと言ったら
          目がテンになったまま、固定されてしまう程。

          いくつかのシーンでは
          ダンサー8人以上が、1人1人あるいはデュエット
          あるいは3人で組んだりして
          舞台のあちこちで、とんでもないダンスを繰り広げていて

          これだけ舞台上にダンサーが居て
          しかもダンサー全員が全く違う動きをしていると
          どこを重点的に見たら良いのか、さっぱりわからなくなって混乱する。

          (貧民席なのでオペラ・グラスで見ているから
           ダンサーが多いとオペラ・グラスの焦点をどこに合わせるか困惑)

          音楽はテープだが
          一部を除いて、ものすごく低音のリズムだけの曲で
          あまりの低音に、腰掛けている椅子のマットレスが振動して
          (それも、ほとんど最初から最後まで)
          リズムのドン・ドン・ドン・ドン・・・というのがずっと続いて
          う〜ん、ちょっと似た感じの音楽(ロック?プログレ?)が続く。

          確かにダンサーの動きはスゴイのである。
          振付も、今までこんなの見た事ない!と叫びそうなくらい
          斬新で、よくそんな動きを人間ができるな、と思うほどに
          アクロバットあり、信じられないバランスありで
          動きを追っていけば、本当にスゴイのだが

          これ、いったい聴衆に何を伝えたいのか・・・
          (それとも、そもそも聴衆なんて不在で良いのか)

          コンテンポラリー・ダンスは
          絵画で言えば抽象画のようなものなので
          別に無理して、ラブシーンとかを演じなくてもかまわないが

          あっ、ラブシーンはあったんだわ ^^;

          しかも男性2人のパ・ド・ドゥで
          この絡みが、えらくエロチックで
          よくわからないけれど、客席でゾクゾクしてた(すみません)

          ただ、表現される世界が、あまりにも難解で
          (難解=独りよがり、と言ったらすごく失礼だが)
          見ていても、さっぱり自分の中で、何の感情も湧いて来ないし
          (振付がどんなに凄くても、人間は慣れの動物なので30分で慣れます)
          あ〜、舞台で何か(時々人間に見えない)が動いているなぁ
          椅子のクッションの低音の共鳴の震えがスゴイなぁ
          ・・・早く終わらんかいっ! (ー ー;)

          プログラムに上演時間約1時間20分、休憩なし
          と書いてあったから、我慢できたけど
          各シーンの最初に
          上に数字(1と23は固定、中はランダム)が出てくるのだが
          23が出て来た時には、思わず心の中でバンザイを叫んでしまった。

          あ、いえいえ、この作品は
          ちゃんと芸術的素養のある方が見たら、きっと素晴らしいんだと思う。

          舞台装置もシンプルだけど、ものすごく考えられていて
          照明にも多彩な工夫が凝らされていて
          (でも移動のライトで客席に向けてのライトはイヤだ。
           目が痛くなるし舞台が(瞬間的に)見えない)
          衣装も奇妙ではあったけれど
          シンプルなりにデザイン性はなかなかだったし

          振付の動きを個別に見て
          それを実現するダンサーの素晴らしい肉体美を見るなら
          ウハウハの演目ではある。
          (だからね、人間、慣れの動物なので
           どんなに素晴らしいものでも30分で飽きるのだ)

          芸術的には大変な革新をもたらしているのだろうから
          (だって動きはスゴイのだ)
          ひたすらケッタイな振付の作品なのだが
          きっと、一部のオタク芸術愛好家の中では
          秘密にひっそりと妖しく隠れ家的に賞賛されて
          その妖しげなところがオタクにはたまらないんだろうな、と

          オタク度の足りない私が
          芸術愛好オタクの秘密の妖しい楽しみを
          ちょっと垣間、チラッと見ちゃったけどわからなかったわ
          ・・・という脳内妄想に溺れている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          Youtube で探したら、トレイラー(12秒ほど)があったのだが
          それだけじゃ、たぶん、全然イメージが掴めないと思うので
          貼るのは止めた。
          この後、4月21日にブレゲンツのフェスティバルでも公演するらしい。

          ケースマイクル Rosas danst Rosas

          0
            Odeon 2017年10月20日 20時〜22時

            Anna Teresa De Keermaeker / Rosas
            Rosas danst Rosas

            振付 Anne Teresa De Keersmaeker
            ダンス Laura Bachman, Léa Dubois, Anika Edström Kawaji, Saa Ratsifandrihana
            音楽 Thierry De Mey & Peter Vermeersch
            照明デザイン Remon Fromont
            衣装(1983年版)Rosas

            1983年にアンヌ・テレサ・デ・ケースマイケルを
            一躍有名にした歴史的な作品、Rosas danst Rosas は
            映画にもなった。
            (映画については ここ に記載、一部クリップも貼ってある)

            実際のパーフォーマンスも2009年7月28日に鑑賞しているが
            今回は10月17日から27日までブロックで
            ほとんど毎日の公演がある。

            実は他の日にチケットを買っていたのだが
            仕事で行けなくなってしまい
            慌てて、本日のチケットを別途購入した次第。
            (本当はクリーブランド+メストのヤナーチェック公演を狙っていた)

            クリーブランド管弦楽団とヴェルザー=メストのヤナーチェック公演は
            どうも映画とのコンビネーションだった模様。
            私のいつもの席なら、ビデオ映像は全く見えないから
            まぁ、超貧民席(それだって楽友協会は高い!)を買わなくて良かった。

            さて、この Rosas danst Rosas は
            1983年の作品である!!!!

            何と34年前の作品なのに
            今、パーフォーマンスで見ても、全く古いというイメージがない。

            こういうのを古典作品と言うのだろうなぁ。
            コンテンポラリー・ダンスでは
            この作品は、間違いなくエポック・メイキングな作品。

            女性ダンサーが4人。
            最初から最後まで、実質1時間40分あまりを
            ずっと4人で踊り続ける(かなりハード)

            大まかに分けてしまえば

            全く音楽なしで、床に寝たままのダンス
            ミニマム・ミュージックありの、椅子に座ってのダンス
            椅子を後ろに並べてのフロア・ダンス
            最後に激しいリズムのフロア・ダンスが続いて
            最終シーンでは、クール・ダウン

            という構成。

            ローザスの衣装が何とも洗練されていてステキ。
            何てことのない地味な色の衣装なのだが
            このデザイン、イヤミがなくて
            ダンサーのラインを実に美しく出す。

            スタイル良かったら私も着てみたい。
            いや、あんなに脚がキレイじゃないから無理なんだけど
            シンプルが好きな私には、とてもセンスの良い衣装に見える。

            ダンサーのコントロールされたダンスの動きの中に
            ダンスとは思えない日常的な仕草が入る。

            ダンサーが疲れて腕を落としたり
            腕枕して寝たり
            肘を立てて考えるようなポーズを取ったり

            コントロールされた芸術作品の要素としてのダンスの中に
            日常で見かけられる仕草が組み込まれていて
            ドキッとする。

            同時に、その日常の仕草に籠められた感情表現がリアル。
            ダンスというよりは
            我々の普通の日常的な仕草なので、これにもドキッとする。

            ケースマイケルの作品を最初に鑑賞した時に
            何てフォーメーションの巧みな振付師なんだ、と舌を巻いたが
            初期のこの作品でも
            4人のダンサーのフォーメーションの見事さが素晴らしい。

            揃ったり、離れたり
            1人が別の事をして3人が同じダンスをするとか
            4人のダンスの動きが
            まるで生き物のように有機的。

            個人と集団の溶解と分離が絶え間なく行われて
            そのバリエーションの豊かさから目が離せない。

            確かに、最初の全く音楽のない床での動き
            かなり長いシーンで、多少冗長にも見えるけれど
            ミニマム・ミュージックが入ってからの激しい動きは
            純粋にダンスとして観るだけでも魅力的。

            終演後に大きな声で
            普通のダンスと違う、新しい、前衛的だ、と
            感激しながら大声で話していた人たちがいたけれど

            新しい・・・・って、これ、34年前の作品ですよ?!(笑)

            ケースマイケル自身がダンサーとして出た公演も
            ありがたい事にかなりの数を見る事が出来て
            この後の作品も実際に観ているけれど

            この古典的作品を改めて実際に見ると
            その後に展開されるケースマイケルのダンスの要素が
            既に(少なくとも萌芽として)含まれていて面白い。

            かなり抽象的な作品ではあるけれど
            日常的な仕草が思い切り入っているから
            観たら、絶対に面白いと思う。

            もう一度行きたい、とは思いつつ
            この時期になると、他のコンサートも目白押しで
            残念ながら、今回は1回だけ・・・

            こと、コンテンポラリー・ダンスとか
            現代芸術は残るものは少ないと思われているし
            私も実際はそう思うのだが
            こういうエポック・メイキングな作品は
            やっぱり古典として残るだろうなぁ、と
            いたく感じ入っている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            川口隆夫「大野一雄について」2回目

            0
              Odeon 2017年8月12日 21時30分〜23時40分

              Takao Kawaguchi
              About Kazuo Ohno

              振付 Kazuo Ohno, Tatsumi Hijikata
              ダンス Takao Kawaguchi
              ドラマツルギー Naoto Iina
              写真 Teijiro Kamiyama, Takuya Matsui
              翻訳 Naoko Nakajima

              The Portrait of Mr. O (ein Film von Chiaki Nagano von 1969)

              Admiring La Argentina (1977)
              Death and Birth, The Daily Bread, Marriage of Heaven and Earth
              zwei Tangos, Klaviermusik von Frédérik Chopin (Etüden Op. 10, Nr. 9 & 10)

              My Mother (1981)
              The Embryo’s Dream, Dreams of Love

              The Dead Sea : Viennese Waltz and Ghost (1985)
              The Gypsy Baron’s March
              The Episode in the Creation of Heaven and Earth

              8月10日に鑑賞したパーフォーマンスの2回目。
              最初のロビーで繰り広げられる
              ガラクタを多用したバタバタは
              (すみません、でもそれ以外に何と言えば良いのかわからない)
              映画「O氏の肖像」の模写なのだそうだ。

              この間はソロ・パーフォーマンスだったが
              何故か今日は女性ダンサー1名が
              ちょっとチョッカイ出したり、床に転がっていたり。

              あれはパーフォーマーからの依頼のサクラなのか
              勝手に飛び込んで勝手に絡まっていたのか
              よくわからない(けれど、まぁ、それもアリですかね(笑))

              最初が死と誕生
              その後、胎児の夢、萬人の踊り、天地創造の発端、愛の夢
              メイク・アップのシーンの後
              後ろのスクリーンに人形を操る映画が映されて5分の休憩。
              休憩後は
              日々の糧、天と地の結婚、
              タンゴ「花」、タンゴ「鳥」と続いて
              最後にショパンの曲2曲でフィナーレ。

              大野一雄なんだか川口隆夫なんだか
              誰がいつ踊っているのかわからなくなる現象については
              この間の1回目の時に書いたけれど

              日本の伝統芸術は
              師匠の技を模倣する事から始まるので
              その意味では
              意外に伝統的なアプローチなのかもしれない

              と思いつつ、鑑賞していたのだが

              だんだん、不思議な気分になってきた。
              パーフォーマーの川口隆夫に
              大野一雄が乗り移ってるような
              そこに居る人、いったい誰ですか?

              最後のタンゴあたりになると
              すごく奇妙なのだが
              時間が巻き戻って、大野一雄その人が
              舞台に立っているような感覚に囚われてしまう。

              複雑に二重に絡まったパーソナリティと
              それによる不思議なパーフォーマンスの効果はさて置いて

              大野一雄のダンスそのものを見ると
              能や歌舞伎からの影響が時々見えて面白い。

              胎児の夢の「静」と「動」の対比は
              能楽の動きを思い起こさせる。
              オリジナルは探してみたら
              三味線の音楽が入っているようだが
              (三味線奏者は舞台に立つ)
              今回は、三味線なし
              BGM は、ホール内でのホワイトノイズと
              観客の咳の混ざった音だけ。
              (「観客の咳」はテープに入っているもので
               ImPulsTanz は若い観客が多いので
               ほとんど「無駄咳」はない(笑))

              後半の「日々の糧」も同じように BGM なし
              (というよりホールの雑音の録音によるホワイト・ノイズ)
              この2つのダンスは、比較的、時間として長いので
              ますます能表現を連想してしまったのかもしれない。

              天地創造の発端というダンスは
              ピエロのような、神父さんのパロディのような
              バレエで言うならドン・キホーテのサンチョ・パンサみたい。
              流れる音楽は日本語だけどグレゴリオ聖歌のようで
              日本人でも天地創造と言うと
              キリスト教なんだろうか、とちょっと笑った。
              (イザナミとイザナギじゃなかったんだ(爆笑))

              サラリーマンのむちゃくちゃキュートな愛の夢の後
              パーフォーマーが舞台の真ん中で
              スポット照明を浴びつつ
              ドーランの白塗り、目の辺りに真っ青な色を入れて
              リップに真っ赤な色を塗って
              鏡に向かって、ものすごく楽しそうな
              満面の笑顔を見せる。

              ダンスじゃないんだけど
              この満面の笑顔が、何と魅力的な事。
              (パーフォーマーがイケメンとか言う意味ではありません)
              人間って、こんな幸せそうな表情が出来るのか、と思ってしまう。

              この笑顔は大野一雄のものなのか
              川口隆夫のものなのか

              それとも芸術に身を捧げて
              苦労を苦労とも思わずに
              多大な喜びを持って幸福を感じる
              芸術家の最も深いところにある邪気のない「喜び」なんだろうか。

              画像で投影される
              人形を使ったシーンは
              ほとんど文楽の世界。
              人形が、まるで生きているかのように
              表情や仕草で愛を語るのだ(表情ない筈なのに)
              これも、文楽、能面の伝統を踏まえての芸術だなぁ。

              日々の糧は、オレンジ色のへんな仮面を付けて
              その後、天と地の結婚はその扮装のまま
              グランド・ピアノに寄りかかったパーフォーマーの姿が
              照明によって、後ろに影絵みたいに映されるのが
              これがまた、二重性の複雑さがあって
              あまり動きがないのに、現実と影絵の狭間にすっぽり嵌ってしまう。

              その後のタンゴ(花と鳥)、ショパン(2曲)は
              ドレスを着ての踊りだが

              ・・・この表現力って圧倒的。
              身体全体、特に手の動きの表現力といったら
              手って、あんなに語るのか、と呆然としてしまう。

              オリジナルの大野一雄のビデオとか見ると
              本当はもっと深く理解出来るのかもしれないので
              あくまでも、ド・シロートの表面的な感覚でしかないけれど

              タンゴとショパンで表現された
              あの幸福感って
              観ている者にも伝わって来て
              涙が出る程、幸せな気分になってしまうって
              単純に考えても、すごい事かもしれない
              と、しみじみ思っている私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              これにて私の今年の Im Puls Tanz は終わり。
              かなり選んでパーフォーマンスに行っていたので
              見逃したものもかなりあるとは思うのだが
              過激なものも多いので、まぁ、こんなもんでしょう(笑)





              Dada Masilo/The Dance Factory "Giselle" 2回目

              0
                Volkstheater 2017年8月11日 21時〜22時40分

                Dada Masilo / The Dance Factory
                Gisell

                振付 Dada Masilo
                音楽 Philip Miller
                背景 William Kentridge
                衣装 David Hutt on Donker Nag Helder Dag
                Songezo Mcilizeli & Nonofo Olekeng of Those Two Lifestyle
                パーフォーマンス
                ジゼル Dada Masilo
                アルブレヒト Thabani Ntuli
                ヒラリオン Tshepo Zasekhaya
                ミルタ Llewellyn Mnguni
                バチルダ Liyabuya Gongo
                ジゼルの母親 Khaya Ndlovu
                男性たち Thami Tshabalala, Thabani Ntuli, Thami Majela
                女性たち Nadine Buys, Zandile Costable, Ipeleng Merafe

                ダダ・マシロのカンパニーによる
                ジゼル公演は
                当初2回の予定だったのがあっという間に売り切れたようで
                実は追加公演も設定されたのだが

                私がいつも買うパーフォーマンス・カードは
                1公演につき、という割引ではなく
                1演目について、最高2枚まで割引で
                しかもプログラムは1部しかもらえないという
                ちょっとケチくさいカードなので、2回(=2枚)で止めておく。

                同じものを2回鑑賞すると
                この間は目が行かなかった部分にも注目できる。

                まずはミルタ、というより
                この場合はアフリカのヒーラーという読み替えになっているダンサー。

                第一幕でジゼルが倒れているところに(まだ失恋はしていない)
                ウィリーと共にミルタが現れて
                ジゼルに羽をかざして踊るシーンがあって

                これは第二幕の悲劇的展開を
                予想させるためのものかな、と思うのだが

                このミルタのダンサーが魅力的。

                男性なのだが、女性っぽいウィリーの衣装を着て
                (ウィリーの衣装は白ではなく、深い濃いめの赤)
                このダンサーの手の動きが実に美しい。

                長い手にヒーラーのシンボルの羽を持ったまま踊るのだが
                クラシックならボードブラと言っちゃうのだが
                こういうダンスではどう表現すべきか不明でも
                ともかく、この長い美しい腕の動きの美に目が釘付け。

                ミルタを男性に踊らせるという発想で
                ミルタとウィリーのシーンが
                男女取り混ぜて
                アンドロギュノスみたいな
                一種の妖しげな不思議な雰囲気を醸し出す。

                そりゃ、オリジナルのジゼルのミルタとウィリーのシーンって
                古典バレエとしては最も静謐で美しいシーンだと思うのだが

                同時に
                「処女のまま死んだ乙女たちの幽霊」って
                舞台の上のウィリーの年代というよりは

                赤ちゃん+意外に多そうなハイミスのお婆ちゃん
                の集まりではないかと
                ついつい余計な事を考えてしまう(アホだから)

                ダダ・マシロがリアリティ重視で
                男女問わず、現世に恨みを残して死んだものの亡霊という
                アンドロギュノス的ウィリーの集団を作ったのは納得できる。

                第二幕は、第一幕より、音楽がずっとアフリカン・テイストになっていて
                太鼓や鈴の音がリズミックに続いていく。

                で、二幕の最初に花を持って
                祈りに舞台に登場するのは

                あれ??? 
                このダンサー、ヒラリオンだ?!

                アルブレヒトじゃなかったんかい???

                ヒラリオンはミルタとウィリーに囲まれて
                ウィリー3人に無駄な抵抗をしながら
                たぶん死ぬ(舞台袖に引っ込むので本当のところは不明)

                第一幕で、恋するあまりとは言え
                ヒラリオンは、ジゼルにセクハラっぽい事をするので
                セクハラ男性にはそれなりの罰を、という事かもしれないけれど

                最初に舞台に花を持ってジゼルのための祈りで登場したのに
                ちょっとしたセクハラで苦痛に満ちた死って
                ・・・いや、はい、あの、その、セクハラは悪いです、ごめんなさい。

                ところがヒラリオンに比べると
                このパーフォーマンスの中のアルブレヒトは
                実にイヤな奴なのである。

                前半でバチルダの手を取って
                ジゼルを絶望の死に追い込むところも

                ごめん、悪かった、許せ
                これが僕の人生で逆らえないけれど
                愛したのは君だけだよ

                ・・・というような不倫オトコの言い訳みたいなものは全くなく
                急に冷静にバチルダとくっついてジゼルを見捨てるのだ。

                でも、確かにオリジナルのジゼルでも
                自分が婚約者の居る貴族だ、とバレた後のアルブレヒトって
                不倫、浮気の言い訳も何もせず、突っ立ってるだけだわね(笑)
                (観客の視線はジゼルの最後の激しい踊りに吸い付けられているから
                 その間、アルブレヒトがボケッと立っていても、誰も気にしない)

                第二幕でヒラリオンが舞台の袖から消え
                その後に現れるアルブレヒトは

                ジゼルに許しを乞うのだけれど
                どう見ても

                ヒラリオンが死んじゃったよ
                ヤバイわ、俺も危ないんじゃね?
                もしかして俺ら、とんでもないオンナに手出しちゃった?
                ひえええ、ここで謝ってご機嫌取っておかないと

                という、ヤ◯ザの親分の娘に
                知らずに手を出してしまって
                保身に走るチンピラにしかみえない。

                キスされて、ちょっとだけほだされそうになるジゼルにも
                アルブレヒトのうさん臭さがわかったんだろうなぁ。
                急にキリッとなって
                ミルタから鞭をもらって打ち据えてアルブレヒトを殺してしまう。

                もしかして、私が無駄な深読みしてるかもしれませんが。

                私自身がウワキだのフリンだのに
                全くビクともしない神経の持ち主なので
                (来るもの拒まず去る者追わず(笑))
                共感するのはジゼルよりマノンなのだが

                ダダ・マシロのジゼルは
                おとぎ話のような古典のジゼルよりも
                ずっとダンサーの表現する感情が生々しくてリアル。

                今日のリアルさに釣られてしまうと
                アルブレヒトの表面的な自己保全に走った謝罪も白々しいけれど
                それを蹴って、アルブレヒトを打ち据えて殺すジゼルも

                え〜い、裏切ったオトコを殺してやる、うっはっは

                というSっぽい要素より
                自分自身が心を殺して
                悲しみに満ちながら、殺さざるを得ない悲壮みたいなものが
                そこはかとなく感じられて、ちょっといじらしすぎて・・・

                こういう有害オトコが生きていても
                女性みんなに迷惑をかけるから殺しちゃえ
                という正義感に満ちた殺人では断じてない(笑)

                色々な妄想を生む可能性がある、というのは
                やっぱりジゼルという題材そのものの面白さなのかもしれない。

                クラシックのコンサートも何もないのか、と
                お怒りの読者の皆さま
                私だってオーケストラのクラシック聴いていないので
                ちょっともう、脳内が乾燥しきっているような渇望があるのだが
                あと、もう、少しだけ我慢して下さい。

                8月後半から始まるグラーフェネック音楽祭を
                待ちかねている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                川口隆夫「大野一雄について」

                0
                  Odeon 2017年8月10日 21時30分〜23時40分

                  Takao Kawaguchi
                  About Kazuo Ohno

                  振付 Kazuo Ohno, Tatsumi Hijikata
                  ダンス Takao Kawaguchi
                  ドラマツルギー Naoto Iina
                  写真 Teijiro Kamiyama, Takuya Matsui
                  翻訳 Naoko Nakajima

                  The Portrait of Mr. O (ein Film von Chiaki Nagano von 1969)

                  Admiring La Argentina (1977)
                  Death and Birth, The Daily Bread, Marriage of Heaven and Earth
                  zwei Tangos, Klaviermusik von Frédérik Chopin (Etüden Op. 10, Nr. 9 & 10)

                  My Mother (1981)
                  The Embryo’s Dream, Dreams of Love

                  The Dead Sea : Viennese Waltz and Ghost (1985)
                  The Gypsy Baron’s March
                  The Eipsode in the Creation of Heaven and Earth

                  日本人で川口隆夫という名前の人はたくさん居そうだが
                  今回、ImPulsTanz で
                  「大野一雄について」をオーストリア初演したのは
                  この人である。


                  作品について、ド・シロートの私が何か書くより
                  ご興味のある方は
                  この作品について、詳しい情報が ここ にあるので
                  どうぞご参照下さい。

                  会場のオデオンのロビーには
                  様々なガラクタが置いてあり
                  既にダンサーがそこに居て

                  ガラクタ持ったり投げたり、身体をこすり付けたり
                  あっちに移動したり、こっちに這いずって来たり

                  こんな事を例えば市内の公衆の面前でやって居たら
                  誰かが警察を呼ぶんじゃないか。

                  だって、いつナイフ持って振り回すか
                  周りの人たちに襲いかかるかわからないし・・・

                  ゲイジュツってマジメにこういう事が出来ちゃうし
                  こちらも、ゲイジュツだから安心して観ていられる。

                  多少、周りを囲んでいる人たちの方に突っ込むとしても
                  何も害がないのがわかってるからね(笑)

                  でも、いつもキレイなスタイルの若いお姉さんの方に
                  突っ込んでいたような気がするんだけど・・・

                  最後に真っ裸になって
                  床のビニールやボロ布やぬいぐるみとか紐とかを
                  全部、身体に纏って、あちこちを走り回り
                  ホールに入ったところで、我々、観客もホール内へ。

                  下手(しもて)の後ろにワードローブと姿見があり
                  衣装はそこで替えて
                  メークなどは舞台の真ん中で行なったりして

                  後ろの壁にダンスのタイトルが
                  日本語・ドイツ語・英語で映し出され
                  大野一雄のダンスがコピーされる。

                  ものすごく奇妙な感覚に囚われるパーフォーマンス。
                  大野一雄であって大野一雄ではなく
                  川口隆夫であって川口隆夫ではないという
                  二重にも四重にもなった
                  めまぐるしく転換するパーソナリティの入れ替わりに加えて

                  鑑賞しているこちらも
                  いったい、誰のダンスを観ているのか
                  時々、ふっとわからなくなって
                  時空をすっ飛んでしまう感覚に揺さぶられる。

                  暗黒舞踏と言えば
                  当時としては(註 私の高校時代である)
                  よい子は見てはいけないタブーのアングラの代表的なもので
                  親に言わずに、そういう「妖しげ」なものを見るというのは
                  ちょっとイケナイ子になったような快感があって

                  西洋の「美しいバレエ」とは違った意味で
                  腰を落とした土着の異端で異様な踊りに魅了された。

                  大野一雄のダンスを川口隆夫のコピーで見ると
                  まるで能表現のような「静」と「動」の対比の中で
                  肉体が空間を切り取るバレエとは違って
                  あくまでも空間と共存した中で肉体が蠢いている感じが凄い。

                  死と再生、胎児の夢、萬人の踊り、天と地の創造・・・と
                  様々に衣装を取り替えて舞台は進んで行って

                  リストの「愛の夢」で踊ったナンバーが
                  サラリーマン的衣装で愛の告白なんだけど
                  うわ、ちょっと、あまりに可愛くてキュート過ぎ。

                  もちろん、あれで本気で愛を告白されたら
                  いくらヘンな私でも逃げるだろうが(笑)
                  おかしなサラリーマンなんだけど(しかも昭和初期時代)
                  いじらしくて真っ直ぐで恥じらいがあって
                  平成時代に今の日本人が忘れかけている(と思われる)
                  素直な可愛さがあって、郷愁にちょっと胸がキュン。

                  5分の休憩を挟んで
                  ラ・アルヘンチーナ頌から
                  日々の糧、天と地の結婚、ショパン、タンゴと続く。

                  うわ、凄いわ、これ。
                  こと舞踏に関しては
                  ImPulsTanz はずっと室伏鴻を招いていたのだが
                  室伏の2015年の突然の死から
                  どうするんだろう、と思っていたら

                  「舞踏」の直系ではないにせよ
                  ここまでのパーフォーマンスを見つけて持って来たのは偉い。

                  色々な意味で入れ込み構造の
                  (大野一雄か川口隆夫か、時代はいつで
                   誰が観て誰が拍手しているのか
                   時々、本当に時代を行き来しているようで混乱する)
                  見応えのあるパーフォーマンスだった。

                  アングラの怪しげな雰囲気に
                  頽廃を纏った生きる肉体を満喫した私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  Dada Masilo/The Dance Factory "Giselle" 1回目

                  0
                    Volkstheater 2017年8月9日 21時〜22時40分

                    Dada Masilo / The Dance Factory
                    Giselle

                    振付 Dada Masilo
                    音楽 Philip Miller
                    背景 William Kentridge
                    衣装 David Hutt on Donker Nag Helder Dag
                    Songezo Mcilizeli & Nonofo Olekeng of Those Two Lifestyle
                    パーフォーマンス
                    ジゼル Dada Masilo
                    アルブレヒト Thabani Ntuli
                    ヒラリオン Tshepo Zasekhaya
                    ミルタ Llewellyn Mnguni
                    バチルダ Liyabuya Gongo
                    ジゼルの母親 Khaya Ndlovu
                    男性たち Thami Tshabalala, Thabani Ntuli, Thami Majela
                    女性たち Nadine Buys, Zandile Costable, Ipeleng Merafe

                    今年5月にオスロで初演された
                    ダダ・マシロの「ジゼル」オーストリア初演。

                    ストーリーは基本的にジゼルそのままを使っている。
                    最後は全然違うけど(笑)

                    音楽はアダムスのオリジナル曲を元に
                    南アフリカ共和国の作曲家が
                    アフリカの音楽や楽器を取り入れて作曲したものだそうで

                    言われてみれば少しアダムスの片鱗が嗅ぎとれる・・・ような気もするが
                    でも、やっぱり全然違う音楽と思った方が良いと思う。

                    第一部の村の風景は
                    後ろに沼を含むアフリカの風景が出て来て
                    確かにアフリカンっぽい感じはする。

                    ダンスはクラシックを取り入れていながら
                    もっと激しく、迸るような情熱を持っていて
                    オリジナルのジゼルと比べると
                    もっとエモーショナルな要素が強調されている。

                    アルブレヒトのダンサーは
                    この間の白鳥でジークフリートを踊っていた
                    クラシックの基礎がしっかりあるダンサーで
                    こういう色のない王子さま役が似合ってる。

                    アルブレヒトに恋するジゼルはキュートで
                    そこに言い寄るヒラリオンが
                    ちょっと粗野な感じがして田舎のイメージで
                    そりゃ、アルブレヒトとは違うわ、と納得。

                    ほら、クラシックのジゼルだと
                    ヒラリオンもノーブルで
                    え?ヒラリオンで良いじゃん、なんでアルブレヒトに拘るの?
                    とか言いたくなっちゃいません?

                    ヒラリオンのダンサーも魅力的なのだが
                    ジゼルに言い寄る様が、あまりに洗練されていなくて
                    ちょっと田舎のお兄ちゃんで微笑ましい。

                    しかし前半で凄いキャラクターが二人登場する!!!

                    一人はバチルダ。
                    これはクラシックの方では上品でお高くとまっていれば良いのだが
                    マシロ版のバチルダのソロ・ダンスは
                    激しく情熱的で、いやもう、ピカピカに舞台からオーラが飛んでくる。

                    バチルダとジゼルの絡み合いも
                    バチルダが強すぎて
                    あぁ、こりゃ、ジゼル負けるわ・・・

                    もう一人の凄いキャラはジゼルのお母さんで
                    娘を虐めるんですよ、この母親は!!
                    (シンデレラと間違えてないか???)

                    虐めているのか
                    それともアフリカ式の愛の表現なのかは不明だが
                    でも、どうやっても娘を弄っているようにしか見えない。

                    アルブレヒトに振られたジゼルに
                    村人が寄ってたかって、からかって、笑い者にして
                    全部脱がせてしまって
                    (さすがにドイツとかのカンパニーじゃないので
                     肌色のパンツだけは死守)
                    パンツだけになったジゼルの悲しみのダンスが

                    いやもう、これ、ちょっと胸を刳るわ・・・
                    ちょっとかわいそう過ぎで・・・

                    さて後半はウィリーの森。
                    アルブレヒトがやって来て許しを乞うシーンの後
                    ミルタが登場するのだが

                    ミルタは赤い女性ダンサー的衣装ではあるが
                    男性ダンサーである。
                    アフリカのヒーラーという役割を持たせているらしく
                    (実は前半にもちょっとだけ登場する)
                    ダイナミックなダンスをする。

                    オリジナルにあるような
                    処女のまま死んだ女性たちの静謐なシーンではない。

                    男女取り混ぜた「先祖の霊」なんだそうだが
                    色々と未練を現世に残して成仏できていないらしく
                    エネルギッシュで激しいダンスを繰り広げて

                    そんな中に飛び込んだヒラリオンは
                    取り憑かれて殺されてしまう。

                    いつも思うんだけど(原作でも)
                    ヒラリオンって、ちょっとかわいそうじゃないの?
                    叶わぬ恋をしているジゼルを愛しているだけなのに
                    何故にウィリーたちに取り殺されねばならないのだ???

                    アルブレヒトとジゼルの邂逅・・・
                    許しを求めるアルブレヒトに
                    それを冷たく拒絶するジゼルは

                    あらら、ミルタから鞭をもらって
                    鞭を振り回してアルブレヒトを打ち据えて
                    殺しちゃいましたが・・・(唖然)

                    まぁ、ダダ・マシロが、女性の立場から
                    ジゼルのストーリーを変えちゃったのは理解できる。

                    だいたい、演歌の「北の宿から」とか
                    このジゼルとか、オネーギンとか
                    その他にも色々と例はあるけれど

                    世の中の男性諸君
                    君らは、いったい、女性にどういう幻想を抱いているの?

                    ・・・と思う事はよくあるし。
                    (学ばない悲しい男性のサガであろう、きっと(独断偏見))

                    まぁ、どんなにか弱い女性のジゼルでも
                    (失恋で死んじゃうんだもんね)
                    一旦、死ななくなった世界で
                    裏切ったオトコが来たら
                    まぁ、鞭で叩き殺したくなるわよね。

                    しかも叩き殺したら、死んでジゼルの世界に来ちゃう訳だし
                    その意味では、ライバルのバチルダにアルブレヒトを渡さなくて良いし。
                    いや、でも鞭で叩き殺したら
                    死んでウィリーの世界に来て
                    そこでジゼルとくっついてハッピーエンド・・・にはならんわな、きっと。

                    あ、いかん、妄想の世界に彷徨いこんでしまった (^^;;

                    後半の、キュートさを残しながらも
                    迷いなく鞭でアルブレヒトを打ち据えるジゼルに
                    ちょっと悶えたヘンな私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    英語解説付きのクリップ見つけたので貼っておきます。




                    Rosas danst Rosas (映画)

                    0
                      mumok - Museum für moderne Kunst 2017年8月8日 20時〜21時

                      【IPT-KINO】Thierry D Mey (Rosas)
                      Rosas danst Rosas (1997)
                      演出 Thierry De Mey
                      振付 Anna Teresa De Keersmaeker
                      ダンス Cynthia Loemij, Sarah Ludi, Anne Mousselet, Samantha Van Wissen
                      音楽 Theiry De Mey, Peter Vermeersch

                      残念ながらこれは実演ではなく映画。

                      ローザスのこの演目は
                      実は2009年7月28日に鑑賞するチャンスがあったし
                      今年10月にもウィーンで上演される。
                      (現時点でチケットは取ってあるけれど
                       ちょっと仕事で行けないかも・・・)

                      公演そのものは2時間近いが
                      この映画は約1時間。

                      会場として使われているのが
                      ルーヴェンにあるアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの工業大学の建物。
                      この撮影の後、完全に改築してしまったので
                      オリジナルの建物を写した最後のフィルム。

                      で、この建物が実に素晴らしい。

                      幾何学的な水平線と垂直線の見事な建築を
                      ダンスと見事に融合させて
                      この建物だから、このダンス・・・と
                      観ている者に圧倒的に迫ってくる。

                      この演目については
                      2009年7月28日に
                      (今では信じられない程)マジメに書いているので
                      感想は避けておく。
                      (だって当時の方が、ずっと頭良さそうに書いてる。
                       だんだん歳とともにボケて行くんだなぁ。それとも手抜きか?(すみません))

                      実演とはまた違って
                      カメラが建物を写し
                      ダンサーの色々なパーツを大写ししたり
                      上から撮ったり、ダンサーからダンサーにカメラをスイッチしたり
                      時々、めまぐるしい程の動きを見せるのが面白い。

                      ダンス、という動きの芸術に加えて
                      建物という静の軸と背景があって
                      ダンサーという「生物」がいて
                      衣装がまたこれ、ダンスの一部になっていて

                      ダンスそのものも
                      ダンスの動きだけではなくて
                      何気ない日常の動きや
                      ダンサーの息遣いまで入っていて

                      人工的な、呼吸もしない人形のようなダンスと
                      ダンスから抜けた「人間」という有機体の動きとが
                      ミックスして、時々、ハッとする。

                      音楽は・・・まぁ、ミニマム・ミュージックの一種なので
                      正直言うと(これは以前にも書いたけれど)
                      麻薬みたいに心地良くて
                      単調なリズムに釣られて、ついつい眠気が・・・(汗)

                      最後のシーンまでは入っていないけれど
                      30分強の、かなり大部が Youtube に上がっていたので
                      貼っておく。
                      (最初の建物の圧倒感だけでもどうぞ。
                       30分以上観るのは、よほど好きでないとお勧めしません)
                      ただ、できるだけ Youtube に移動して
                      ぜひ、全画面表示でご覧下さいませ。



                      しかし、いつも思うんだけど
                      ケースマイケルって女性のダンサーの動きが巧い。
                      10月の公演が楽しみだ。

                      近代美術館の地下に
                      こんな「映画鑑賞のルーム」があるとは知らなかった私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                      calendar
                      1234567
                      891011121314
                      15161718192021
                      22232425262728
                      293031    
                      << July 2018 >>
                      PR
                      ★コンタクト・メイル★
                      メイルはこちらへ
                      ブログランキングに1クリックお願いします
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM