シディ・ラルビ・シェルカウイ Fractus V

Festspielhaus St. Pölten 2017年1月21日 19時30分〜21時05分

Sidi Larbi Cherkaoui. Eastman
Fractus V

振付 Sidi Larbi Cherkaoui
ダンス Sidi Larbi Cherakaoui, Dimitri Jourde, Johnny Lloyd
Fabian Thomé Duten, Patrik Williams Seebacher / Twoface
ライブ音楽 Shogo Yoshii, Woojae, Kapsy N’dia, Soumik Datta
作曲 Shogo Yoshii, Woojae Park, Sidi Larbi Cherkaoui, Johnny Lloyd,
Soumik Datta
ドラマツルギー Antonio Cuenca Ruiz
舞台 Herman Sorgeloos, Sidi Larbi Cherkaoui
照明 Krispijn Shuyesmans
音響 Jef Verdeeck
衣装 Sumire Hayakawa

シディ・ラルビ・シェルカウイの作品 Fractus V

5人の全く違うダンス歴を持つダンサーたちが
社会と個人の狭間にあって
人間の思想は何かに操られてはいないか
意見の自由とは何かという
ノーム・チョムスキーのアイデアを中心にしながら

これもまた様々な音楽背景を持つ音楽家たちの
ライブ音楽と共に、繰り広げられる舞台。

一言で言ってしまえば圧倒的で男性的なプロダクション。
ダンサーの経歴等にご興味のある方は
プロダクション Eastman のサイトにあるのでどうぞ
(後でトレイラーも貼っておきます)

意見のマニュプレーション問題はともかくとして
社会と個人の関係が
それぞれのダンサーのソロ
そのソロに加わる他のダンサー
そして何人かが組んで動くシーンに至るまで

これあり?という驚きの連続。
ダンスとしての完成度も然る事ながら
何がズキズキ来たかと言って

これだけ傾向の違うダンサーたちが
それぞれの特色を出しつつ
それを分け与えて
時には反発し
かなり凄まじい暴力シーンもあるのに

違う人間同士が組むという事が
どんなに世界を広げてくれるか、という事。

サーカスのアクロバティックなダンス出身
フラメンコ出身
リンディー・ホップに
ヒップ・ホップとストリート・ダンス
そして振付のシェルカウイ

それぞれのダンスの圧倒的なソロの後に
他のダンサーが入って来て
同じ振付で踊るところが数シーンあるのだが

これが面白い。
それぞれのダンサーが同じ振付を踊りながら
各自の専門に応じて、踊りが違うのだ。

ではその専門の人が群舞になった時に
一番巧くて目立つか、というと
そうではなくて
みんな違って、みんな良いのである。

3人の「3人羽織」とかの4人の組み合わせのシーンがいくつかあって
これがまた、凄い。
いや、あれ、見てないと説明できないわ。
(トレイラーを後に貼ってあります。ぜひご覧あれ)

ダンスというよりは
人間の身体が組み合わさってカタチを作って行って
それが動く様が、圧倒的。
(最後は5人のダンサー全員が組合わさった)

かなりリアルでショックだった暴力シーン。
ピストルを持ったダンサーが
もう1人のダンサーを撃つのだが

撃たれて倒れるダンサーのリアルな事と言ったら・・・
しかもこのシーン、かなり長くて
撃たれてのたうち回って起き上がり
また撃たれてというのが延々と続いて
(コミックの亜人か、と突っ込みたくなったりして・・・)

あれをダンスと言うのか
いや、やっぱりダンスだよね。
と言うより、あんなにリアルに撃たれたところを表現できるって
どこの筋肉をどう動かしてるんだ???

この銃撃シーンが
あまりにリアルで、ほとんど気分が悪くなりかけた後に
今度は素手での暴力シーンが入る。

1人のダンサーが
他の4人を殴りまくり、蹴りまくり
これがまた異様に異様に異様にリアルなのだが

途中からスローモーションになるんですこれ!!!

スローモーションって
殴って、殴られて、蹴られて倒れての動きを
全部スローモーションで見せるって

どういう技術と体力と筋力の持ち主なんですか!!!
いやあり得ないって
信じられない。

キリアーンの作品で
最初から最後までスローモーションというのを鑑賞した事はあるが
暴力シーンって、派手で大きな動きの連続なのに
それを、ああいう形で見せてしまうなんて・・・

暴力は解決されずに残る。
人間をコントロールするのには
暴力だけでは足りない、という主旨のセリフも出てくる。

最後の方になると
人間って何でも考え過ぎですよね、というセリフも出て来て
じゃぁ、考えなければ良いとして
考えるな、って言うのが考える事ですから、という
悪魔のスパイラルに嵌る(笑)

取り立てて観客を無理に笑わせようとはしていないのに
そこはかとなく漂うユーモア。

それぞれの個性を持った
ダンサーと音楽家たちが
お互い同士を尊重しながら
時には妥協し、時には真似しあい
相手を讃えながら

多様性のある社会の中で
自分というものを殺さず
自分とは違う「他人」から学びつつ
それこそが社会なのだ、という
確固たるメッセージが伝わってくる。

シェルカウイ自身がモロッコとベルギーの混血だし
アクラム・カーンと組んだり
禅僧とのコラボレーションをやったり
多様性を認めながら
その中に埋没せず
自分のダンスというものを確立して来た振付師だしなぁ。

音楽も最初はサンクトゥスから始まる
メロディは違うけど聖歌みたいなアカペラから始まって
フラメンコ(ダンスが見事!!!)に
ちょっと日本風の笛やピアノや
これも様々な多様性のあるライブ・ミュージックで
ダンスの多様性と共に、とても効果的。

舞台装置の中で最も印象的だったのは
三角のパネルを床に置いて行って
(置かれたパネルの上でフラメンコを2人が踊っている)
その形がどんどん変化していって

次のシーンでは、パネルの上で踊っているダンサーを残して
周囲のパネルを全部片付けていき
(ダンサーはどんどん追い詰められる)

そのパネルが舞台に半円を描いて立てられ
半円の両方にダンサーが座っているんだけど

そのダンサーの1人を殴って苛めて
殴られたダンサーが倒れると
全部のパネルがドミノ現象を起こして
別の端にいたダンサーを直撃。
一つの暴力現象が
関係のない他の人間に影響を与える様というのが圧巻。
(このシーン、少しだけですがトレイラーで見られます)



プログラム册子には
休憩なしの1時間15分とあったが
優に1時間30分の公演となって
終演後は観客全員、総立ちでブラボーの嵐。

こういうところがサンクト・ペルテンの良いところ ♡
保守的観客の多いウィーンだと、こうはならない。
(あの暴力シーン続きのところで席蹴って帰る人がウィーンなら絶対に居る)

ウィーンからもたくさん観客は来ているのだが
(シャトル・バスも出てます)
こういうニッチ・プロダクションを見る人たちだからね。

いやもう、ちょっと感激し過ぎて
終わったら、頭がボーッとしてしまい
また100キロ、車運転して帰るのかとげっそりした私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



いや、げっそりしても
帰らなければどうしようもないワケで
しっかり高速を飛ばして1時間で帰宅しました(笑)
ウィーンからのシャトル・バスか
ちょっと駅が遠いとは言え、列車の往復の方が楽かも。

サシャ・ワルツ 「サクレ」

土曜日のダブル・ヘッダーです。
時系列で読みたい方は、まず こちら からどうぞ。

下は夜の部の記事。

Festspielhaus St. Pölten Großer Saal 2016年9月24日 19時30分〜21時20分

Sasha Waltz “Sacre”

L’Après-midi d’un faune
演出・振付 Sasha Waltz
舞台・衣装 GIOM / Guilaume Bruère
照明 Martin Hauk
ダンサー
Jiří Bartovanec, Davide Camplani, Luc Dunberry, Maya Gomez,
Juan Kruz Diaz de Garaio Esnaola, Virgis Puodziunas, Sasa Queliz,
Zaratiana Randrianantenaina, Mata Sakka, Yeal Schnell
Joel Suárez Gómez

“Syrinx” für Flöte solo von Claude Debussy
フルート Walter Schober

Scène d’amour
zur dramatischen Sinfonie “Scène d’amour” aus “Roméo et Juliette”
von Hector Berlioz
演出・振付 Sasha Waltz
衣装 Bernd Skodzig
照明 David Finn
ダンサー Lorena Justribó Manion, Ygal Tsur

Sacre
zur Ballettmusik “Le Sacre du Pringemps” von Igor Strawinski
演出・振付 Sasha Waltz
衣装 Bernd Skodzig
舞台 Pia Maier Schriever, Sasha Waltz
照明 Thilo Reuther
ダンサー
Liza Alpízar Aguilar, Blenard Azizaj, Jiří Bartovanec, Davide Camplani,
Maria Marta Colusi, Davide Di Pretoro, Luc Dunberry, Maya Gomez,
Florencia Lamarca, Elia Lopez, Lorena Justribó Manion,
Margaux Marielle-Tréhoüart, Sergiu Matis, Michal Mualem,
Juan Kruz Diaz de Garaio Esnaola, Virgis Puodziunas,
Sasa Queliz, Zaratiana Randrianantenaina, Orlando Rodoriguez,
Mata Sakka, Indalecio Seura, Korey Scott-Gilbert,
Claudia de Serpa Soares, Juel Suárez Gómez, Antonis Vais
Rahel Satchi Queliz, Luca Rudnitzky

オーケストラ Tonkünstler-Orchester Niederösterreich
指揮 Titus Engel

バレエとダンス・ファンは
ベルリン国立バレエのナッチョ・ドゥアトの後継者として
賛否両論を巻き起こしているサシャ・ワルツは
よくご存知だと思う。

プログラム読んでいたら
昨年もオープニングにサシャ・ワルツが来たという記述があって
ああああ、あのクセナキスのダンス観たのは
もう1年前だったのか・・・
(読者はお忘れと思うので(本人も忘れてたし)
 よほどおヒマのある方は、1回目 と 2回目があります)


ついでにモダン・ダンスのオタク向け
サシャ・ワルツの Körper 観賞記は こちら

今回の公演は本日1回だけ。
プログラム記載のインタビューでは
最初にベルリオーズをやって
それからドビュッシーの牧神の午後で
休憩の後、ストラヴィンスキーの春の祭典となっていたが

最初にドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」
ドビュッシーのフルート・ソロ曲の間に
舞台変換があって
ベルリオーズの「ロメオとジュリア」からの愛のシーン
後半に「春の祭典」となっていた。

牧神の午後への前奏曲のバレエは
フォルクス・オーパーで5回観たのは
ボリス・ネビュラの振付だったが

サシャ・ワルツの振付は全く違う。
ダンサーが多くて
誰が牧神なんだか、さっぱりわからん。
いや、別に誰が牧神でも
誰が牧神が惚れる妖精でも良いのかもしれない。

第一、妖精なんて、何処かに居た???

出てくるのは童話でもなく
衣装も普通の Tシャツみたいなもので
(ダンサーの一人は Tシャツの後ろに
 でっかく数字の4が描いてあったけど何だったのあれ)

グループがまとまったり、離れたり
その中で仲間はずれにされる人が居たり
虐められる人が居たり
恋人同士がイチャイチャしていたり

牧神と妖精じゃなくて
これ、グループ・ダイナミック方式か。

同じくプログラムに記載されたインタビューでは
本日の公演のテーマは「犠牲」とか言っていたから

この牧神の午後への前奏曲も
現代社会における個人の疎外とかの問題を扱っているのかも。

ベルリオーズの音楽への振付は
題名が示す通り
愛のパ・ド・ドゥで
実にクラシック。

モダンで裸足で踊っていて
凄いリフトもあるのだけれど
モダンの技法を使っていながら
驚く程、とことんクラシックで

これならクラシックのパ・ド・ドゥの方が・・・
という事でちょっと退屈して眠くなった(自爆)

後半の「春の祭典」
同じくインタビューによれば
爆発的なエネルギーの中に
静かな落ち着いた部分もあり

「犠牲」はダンサーと一緒に振付をしている間に
自然に決まった、との事だったが

それって、どういう決まり方だったんだろう?
「お前が犠牲者だ」
「あれ〜、いや〜っ、皆さん、助けて!」
でみんなも、ダメだ、お前が犠牲なのだと叫んで
いや〜っ、いや〜っ、いや〜っ(妄想爆走)

それとも
「私が犠牲の役になるわ」
「いや、私がその役を踊るわ」
「あら、ずるい、犠牲の役は私が踊るに決まってるじゃない」
「貴女になんか踊らせるものですか、これは私の役よ」
というのを、数人のダンサーが喧々諤々としていたんだろうか。

どうでも良い事に妄想を逞しくしてしまった(汗)

この「春の祭典」では
子供2名を含む26名だか27名だかのダンサーが舞台に登場する。

牧神の午後への前奏曲と同じように
このダンサーたちが、あちこちで小グループを結成したり
そこから出てしまう人、出される人たちが
また新しいグループを作って、というのが
最初に繰り返される。

これ、現代社会のグループ・ダイナミックスか?

第2部では、子供も2人登場して
すごい数のダンサーが舞台を飛び跳ねているところに
お母さん役?のダンサーに引き摺られて
あっちへ行ったりこっちに来たり

どう見ても
現代の難民問題を扱っているように見えてしまう。

ブループ・ダイナミックがあまりに前面に出ているせいか
ストラヴィンスキーの音楽にある(べき)
土臭いロシアの伝統とか
春を待ちこがれる凍り付いた冬とか
春を呼ぶ乙女の犠牲とか
その乙女が放つ、とんでもないセクシャルなエネルギーとか
全然感じない。

その代わり、非常に現代的な社会からの疎外とか
孤立とか、難民問題とかを感じるので
言ってみれば、非常に「社会的」なドラマを感じる。

う〜ん、さすがベルリン。
前衛的な試み一杯なんだけど
社会問題を目一杯取り入れてます、という印象。

誰が犠牲なのか
ほとんど最後の最後までわからないのだが
(途中で色の違う衣装を着るダンサーがいて
 あ、犠牲はこの人あのね、と予想はつくが)

最後の最後で
この犠牲(女性)が
見守るクー・クックス・クランみたいな集団の前で
上を脱ぎ、下も脱ぎ
完全な全裸で
激しい激しいダンスを繰り広げる。

ジュテみたいなのもあったので
舞台に近い人からは
全部が丸見えだったんだろうなぁ(ほらまたあらぬ事を考えてしまう)

オーケストラ・ピットは満杯の状態。
いやまぁ、よくぞ1回だけのために全員集まったものだ(笑)

トーンキュンストラーとオロスコ・エストラーダの
「春の祭典」の衝撃的なコンサートは
今でも私の記憶にあるけれど

ええ、確かにダンスですから
別にコンサートじゃありませんから
ソロもそこそこちゃんと演奏していたし
爆発するところは、しっかり大音響で爆発していたけれど

だから演奏が悪いとか言う訳ではないが
どうも何か、エッジが鈍い感じがして仕方がない。
あの難曲をあれだけの水準で演奏できれば
たいしたモノだとは思うけど
でも、もうちょっと引き締まった緊張のある演奏が欲しかったなぁ。
(いや、これも主観の問題です)

しかしサシャ・ワルツの作品って
歴史みたいなモノを完全に無視して
あくまでも現代社会における問題点という視点が強い。
どこからどう見ても、ベルリンだなぁ、というか
ドイツだよねぇ、という印象。

とんがっていて、社会的で
問題提起型で
芸術というより、青少年の主張大会とか
現代社会における問題点のドキュメンタリーでも見てるような気がする。

本日も公演の後に
ディスカッションへのお誘いがあったのだが
明日の朝もチケット取りがあるので
夜の高速道路を飛ばして帰って来た私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。




マリー・シュイナール ヒエロニムス・ボス 快楽の園 2回目

Volkstheater 2016年8月10日 21時30分〜23時

Compagnie Marie Chouinard
HIERONYMUS BOSCH : THE GARDEN OF EARTHLY DELIGHTS

振付 Marie Chouinard
音楽 Louis Dufort
舞台・ビデオ Marie Chouinard
ダンサー Sébastien Cosette-Masse, Paige Culley,
Valeria Galluccio, Leon Kupferschmid, Morgane Le Tiec,
Scott McCabe, Sacha Ouellette-Deguire, Carol Prieur,
Clémentine Schindler, Megan Waldbaum
照明・衣装 Marie Chouinard

今年の ImPulsTanz のパーフォーマンスは
私にとって、これが最後。

コンテンポラリー・ダンスの記事に辟易していた
読者の皆さま
皆さまの忍耐力に敬意を表します(笑)
ブログ・ランキングのクリックをして下さった方には
特別に敬意を表します(お辞儀)

週末はとんでもないところに行く予定で
来週の週末から、グラーフェネック音楽祭が開始。

さて、8月8日にオーストリア初演された
この「快楽の園」は
昨日に追加公演もあったのだが

ImPulsTanz のパーフォーマンス・カードの割引は
1公演につき、2枚までなので
3回行くと1回のチケットは額面になってしまうのである。
(まぁ、普通、3回は行かないでしょう、はい)

今日の公演は21時30分からで
ともかく、最後のアダムとイブのシーンで寝ないように
堅く堅く決心して行った。

眠かったけど、寝ませんでした(よしよし)

でもやっぱり最初の快楽の園が一番チャーミングで
エロチックなのに人形っぽくて
しかもユーモアたっぷりで
観ていて、本当に楽しい ♡

一対一の愛、しかもかなり直裁的に肉体の歓びを
ダンスでも表現するのだけれど
さすが、と思ったのが
(というか昨今、それでないと不公平なんだろうが)
男女のカップリングだけじゃなくて
男性同士や女性同士のカップリングもある。

でもそれが自然で、明るくて、すごくステキなんです。
日本的な陰湿なエロチックさではなくて
何せ「快楽の園」だから
(しかもボスは熱心なカトリック信者だったらしい)
まぁ、観る人によっては、あっさり過ぎて
この健康な愛の交換は物足りないかも。
その分、チャーミングさが際立っているけれど。

最後の群舞が素晴らしい。
もう、本当に美しいとしか言いようがなくて ♡

地獄は・・・やっぱり難しいな。
絵も異形が多く出てくるので
ダンサーが頭に被り物したり
ローラー・スケートやキャスターで移動したり
口にヘビを持って登場したり(もちろん作り物です)するけれど

やっぱり絵画に表現された
あの気味の悪い異形には負けるし

ダンサーが、それぞれに大騒ぎしているようにしか見えず
途中の群舞は良かったけれど
それ以外のシーンでは、バラバラさが目立ってしまって
とりとめがない。

それに音楽が・・・
いや、音楽というよりは
シンセサイザーと声を使った
でも、かなり「音楽的」な作品で

これ、第一部の快楽の園の音楽としては
とてもステキで

最初のいくつかのソロに寄り添う音楽も
実にロマンティックで中世的なイメージがあって
とても良いのだが

地獄のシーンになると
女性ダンサーがマイクらしいものを持って
すごいプリエで上下に動くのに合わせて

男性のオエ〜ッ、オエ〜ッ、オエ〜ッという
大音量の呻き声が入ってくるので
耳触りな上に
音響が大き過ぎて耳を塞ぎたくなる。
(一部は耳栓が欲しいくらいだった)
ダンサーだけじゃなくて
音量だけで、観客にとっては、地獄っぽかったかも(笑)

第三部のアダムとイブだが
先日は寝落ちしたけれど
確かに、ちょっと動きがアダージョで
しかも
両脇の丸いスクリーンには
第一部と第二部では、絵画の細かい部分が投影されるのに
第三部では、何故か人間の目が大写しになっていて

後ろのスクリーンはアダムとイブのまま
全く移動しない。
(第一部では、絵画の下から始まって
 左右の丸いスクリーンの細部の投影と共に
 段々上に上がって来ていた。第二部は後ろの投影はなし)

最初に中央にマントを着たダンサー(♀)が立っていて
これが神さまだよね。
で、男女のダンサーが踊りながら登場して
神さまの横に横たわるのだが

オリジナル絵画で左のアダムのところには
女性ダンサーが座り
右のオリジナルでイブのところに男性ダンサーという
うはうはうは、これも現代の何かの象徴かしら。

男女入り乱れて登場して
同じようなポーズで舞台の上で停止して
ほんの少しのつま先とかの動きを見せる。

音楽がまた、リラックスのための環境音楽みたいで
いや、確かに天国のシーンだから、それは良いんだけど
やっぱり眠気を誘うのである(寝ませんでした。頑張った)

面白い処理をしたのが最後のシーンで
まずは、音楽が、最初の快楽の園の音楽になる。
回帰を感じさせる音楽になった後

10人のダンサーがまとまりつつ
後ろの絵画スクリーンの方に移動していって
アダムとイブの絵画の下手(しもて)の端に位置すると

おおおおお、ダンサーが絵画の一部と化してしまう。
(これはかなり効果的というか、不思議な印象を与える)

そのまま後ろの投影の絵画が
どんどん小さくなって全体を見渡せるようになって
その間にダンサーは下手(しもて)からはけて
全体の絵画が投影されてから
左右が閉まって
三連祭壇画の裏の球体になるのだ。

いや、見事な終わり方。
観客も、現実と幻想と、現代と中世の狭間に漂った後に
ちゃんと地球に回帰するようになってる。

でもやっぱり、最初の第一部が絶品だわ。
今、またオリジナルの絵画を見ながら
下から上まで、あ、このシーンがあった、と思い出してみると
本当に見事に絵画からダンス表現になっていて

う〜ん、鬼才マリー・シュイナール
絵画やシンボルから、あれだけの動的身体表現を生み出して
観客を楽しませてくれるって、スゴイです。

ウィーンの本日朝の温度13℃。
もしかしたら、もう夏も終わり?と
来週後半からのグラーフェネックの気候が心配な私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



なんだこのバナーは、ふざけるな、とか思われるでしょうが
本当にウィーン、今、寒いんです(現在、14℃で・・・冬だよこれ)

マリー・シュイナール ヒエロニムス・ボス 快楽の園

Volkstheater 2016年8月8日 21時〜22時30分

Compagnie Marie Chouinard
HIERONYMUS BOSCH : THE GARDEN OF EARTHLY DELIGHTS

振付 Marie Chouinard
音楽 Louis Dufort
舞台・ビデオ Marie Chouinard
ダンサー Sébastien Cosette-Masse, Paige Culley,
Valeria Galluccio, Leon Kupferschmid, Morgane Le Tiec,
Scott McCabe, Sacha Ouellette-Deguire, Carol Prieur,
Clémentine Schindler, Megan Waldbaum
照明・衣装 Marie Chouinard

画家ヒエロニムス・ボス (1450年頃〜1516年)の
没後500年を記念して
カナダのマリー・シュイナールが振り付けた作品の
オーストリアでの初演 ♡

ええ、実はヒエロニムス・ボスの絵画
ワタクシ、大好きです ♡♡♡
ウィーンの造詣美術アカデミーに1点だけオリジナルがあるけれど
長く見ていても、全然飽きない。

今回のテーマになったのは
最も有名な「快楽の園」
気になる方はウィキペディアで絵の部分をクリックして
細かい部分まで、しっかりご覧下さい。
(探すのが面倒という方は こちら をどうぞ)

事前にジッとジッとジッと、細かい部分まで見ていたら
あっという間に時間が経って
他の事が何もできなくなったのはワタクシです。

いやもう、執念というかぶっ飛んでるというか
各フィギュアが
現代風に言おうと努力すれば
キモかわゆい・・・とか言うのか
(ほら、あの、日本を離れて長いし(汗汗))

こういうフィギュアがキーホルダーとかであったら
絶対に全部コレクションしちゃうわ、という
実にワタクシ好みの絵画なのである。

(わざわざボス没後500年記念展をやっている
 プラド美術館のサイトのショップまで探したのだが
 iPhoneケースとか絹のスカーフはあるけれど
 フィギュアはない・・・ちっ)

舞台の後ろはスクリーンで
祭壇画(かどうかは不明だが)が閉じた状態の
球体が見えている。

舞台の横には透明なビニールの球体もある。

始まると、この閉じた祭壇画が開いて
中の三連祭壇画が映し出される。

ギャラリーの貧民席なので
上の方が欠けているけれど
これはまぁ、記憶にあるし
ダンスは下の方でやるから、別にかまわない。

左右に丸い小型のスクリーンが置いてあって
ダンサーと一緒に
そこに、そのシーンのズームが投影される。

ダンサーは身体中を白く塗ってはいるけれど
男女含めて、パンツだけ履いた裸体。

ただ、白く塗っているのもあるし
ダンサーの体型というのもあって

ボスの祭壇画の真ん中部分の快楽の園に出てくる
まるでマネキンみたいな
現実から離れた「人の形」が
そのまま舞台で不思議な動きを紡ぎ出す。

裸体でも全く現実味がない。
結構エロチックな象徴もあるのだけれど
何か全体が現実離れしていて
中世のおとぎ話を見ているような不思議な気分。

動きも時々ギクシャクとして
人形みたいというか、人間を装ったマネキンみたい。

左右の丸いスクリーンに投影されるシーンが
それなりにダンサーによって踊られてしまうので
これがまぁ、見事と言うか不思議というか
コミカルで非現実的にエロチックで
ううう、やっぱりシュイナールってぶっ飛んでるわ。

もともとマリー・シュイナールに参りました、と思ったのは
例の有名なムーブマンで、これには舌を巻いたが
今回の快楽の園のダンスも半端じゃない。

10名のダンサーが
ソロあり、集団での見事なフォーメーションありで
例のイチゴのシーンなんか
横にあったビニールの透明な球体をイチゴに見立てて
ダンサーたちが舞台の真ん中に運んで来て
それが、本当に絵画そのものなんだもん(笑)

タマゴの中に人間が入っていくシーンと共に
ダンサーたちが全員、透明な球体に入って踊って
楽しい第一部は終了。

第二部は地獄のシーンなのだが
ううううううん、これは何だか・・・(悩)

舞台にバケツやらハシゴやら
椅子とか、台車とか、骸骨とか出て来て
もちろん、本来の絵画は音楽の拷問なので
何故かアルペン・ホルンが2本登場して

頭に角を被ったダンサーとかが
キャスター付きの椅子に座って
すごい速度で移動したり
ローラー・スケートで移動したり

フェンシングの棒みたいなもので突っついて
ダンサーが悲鳴あげたり
ハシゴから落ちて悲鳴あげたり

動きが多いし
舞台に出ている小道具も多いので
退屈はしないものの

どうみても地獄というよりは
ダンサーが大喜びで乱痴気騒ぎを(以下省略)

あまりにあちこちで色々と何かやっているので
焦点がボケて、大騒ぎにしか見えなかったという印象。
地獄・・・という暗いイメージがない。

最後の第三部、アダムとイブの場面は
予想していた通り
ずっとアダージョで
ダンサー10名のフォーメーションは見事なんだけど
動きが少なくて

ううう、眠い・・・(冷汗)

美しいシーンなのだが
もう眠くて眠くて眠くて眠くて
途中、絶対に何分かは寝落ちしてました。
ごめんなさい。

いつもの通り、これも2回目鑑賞を予定しているので
その時には、アダムとイブで絶対に寝ないぞ、と
堅く心に誓った私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


リクイッド・ロフト Candy's Camouflage 2回目

Akademietheater 2016年8月7日 21時〜22時20分

Liquid Loft / Chris Haring
Candy’s Camouflage
Imploding Portraits Inevitable

ダンス・パーフォーマンス
Stephanie Cumming, Katharina Meves, Karin Pauer
振付・演出 Chris Haring
作曲・サウンドデザイン Andreas Berger
照明デザイン・シーン Thomas Jelinek
衣装 Julia Cepp

クリス・ハーリンクのリクイッド・ロフト2回目公演。
基本的には8月5日に鑑賞したのと
何ら変わりはなくて

やっぱり途中でちょっと眠くなるのだが(汗)

いやでも、この作品、確かに良く出来ている。
前衛映画を70分観るのが楽しい人には。

白黒で背後に投影される「前衛映画」の画面は
かなり工夫があって
ダンサーの生身の色彩と
後ろの白黒が不思議なニュアンスを出して

舞台だけとは思えない奥行きが
後ろのスクリーンの世界に活き活きと表現されたり

場面の分割や、残像などをパーフェクトに使って
確かに間違いなく不思議な世界を作り出している。

今回はちょっと音のボリュームを上げたようで
囁き声のドイツ語や英語も、割にクリアに聞こえて来たが
やっぱり、内容的に何を言っているんだかは
さっぱりわかりません(前衛ですから(笑))

ダンサーたちは、ダンスだけではなく
画面に表情が大写しになるシーンが多いので
後ろの画面も気になるだろうけれど
ともかく、ビデオ・カメラに向かって

すごい表情をする。

というか、ものすごく表情が豊かで
3人の女性ダンサーが
それぞれの持ち味で
笑い顔、泣き顔、ぶーたれた顔、怒りの顔など

もうこの人たち、恥も外聞もありませんよね?(笑)

う〜ん、そういうのが演技の本質だなきっと。
自分をかなぐり捨てて
捨て身で舞台で踊り、脱ぎ
身体の細部までを、後ろの大スクリーンで投影し
肌のシワから質感までを
全く隠す事なく、聴衆という他人の前にさらけ出せるという

ううう、これ、よほど自分への肯定感がないとできないぞ(感心)
というより、自分というものを
丸ごと受け止めて
これがアーティストとしての自分だけど
文句ある?という開き直りがないとね。

ちょっとでもキレイに見せようとか
何かそういう無駄なミエが一切ない。

私もババアだから、今さら何を隠すとか
(全裸でのサウナ大好きですし)
恥とか何とか、あまり思わないのだが
それでも、やっぱり
お見苦しいものは別にわざわざ見ていただかなくても
というのはあるのだけれど

前衛芸術や、こちらの演劇のパーフォーマーたちって
そういう危ない境目を超越してますよね。

まぁ、ダンサーという職業は
ほら私の肉体を見て見て見て、という
露出癖のある人が多いのは確かだから。
(いや、これ、バカにしてません。
 鍛えられた肉体を見てもらいたい、というのは
 当然過ぎるくらいの自然の欲求だと思うので)

ダンサーという身体のモチーフを使って
それを不思議な映像世界に表現したという意味では
こういう作品、確かに面白い。

どう見てもダンスと全く関係なさそうな
かなりふくよかな体型の年配のご婦人2人が
隣に座っていて
ちょっと場違いでビックリしたんだけど
(とか言ったら、私だってかなり場違いではある)

ああいう層まで
こういうコンテンポラリー・ダンスというか
前衛映像作品を観るなんて

意外や意外に
このコンテンポラリー・ダンス・フェスティバルって
ダンサーだけじゃなくて
ウィーンの一般ピープルに
現代のダンスを観る機会を提供しているんだなぁ、と
ちょっとウィーンの文化の幅の大きさに
感激してしまった私に
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リクイッド・ロフト Candy's Camouflage

Akademietheater 2016年8月5日 21時〜22時20分

Liquid Loft / Chris Haring
Candy’s Camouflage
Imploding Portraits Inevitable

ダンス・パーフォーマンス
Stephanie Cumming, Katharina Meves, Karin Pauer
振付・演出 Chris Haring
作曲・サウンドデザイン Andreas Berger
照明デザイン・シーン Thomas Jelinek
衣装 Julia Cepp

オーストリアのダンス・チーム
クリス・ハーリンク率いる Liquid Loft は
近年、ダンスというよりは
映像を使ったパーフォーマンス寄りのものが多くなっているが

今回もダンス・・・と言うよりは
映像作品と言い切ってしまっても良いパーフォーマンス。

いやはや、昨日の純粋なアスレチックに近いダンスからすると
ダンスというよりは、ただの動きで
何とも緩い(ため息)

3人の女性ダンサーの舞台だが
あれはダンスだけでは、全く意味のない作品だろうが

舞台の上にスタンドの照明と
ビデオ・カメラ2台。

このビデオ・カメラを
パーフォーマーが持って移動して
後ろの大スクリーンに、2台のカメラで
ライブの映像が写るようになっていて

面白いと言うべきか
不思議と言うべきか
ともかく、後ろにケッタイな世界が表現されて行く。

このビデオ・カメラ、どこで調整しているのかは不明だが
画像が何重にもなったりして
しかも、カメラ2台の映像として写る位置が
これはコンピュータのライブ制御だろうが
あっちに行ったり、こっちに来たり。

ダンサーがカメラの前で何かしているのが
アップになったり
離れている2人が
後ろの画像では重なったり、見合っていたり
揃って観客を向いていたり

ダンサーを見ながら
後ろの映像を見ると
混乱してクラクラくる。

音楽というよりは
囁き声だったり、怒鳴り声だったり
ドイツ語と英語で
もちろん内容はさっぱり意味わからない
言葉のサラダみたいなものが散らかっている感じだが

ダンサーはもちろん
このセリフになるタイミングをすべて記憶していて
それに合わせて、ちゃんと口を動かしている。

ライブの映像作品として見るなら
その緻密な構成(をライブでやる事)には唖然とする
見事な作品ではあるのだが

ダンスとしてみたら
はっきり言えば、まぁ、最低の部類かもね(笑)

確かに身体は柔らかいし鍛えてはあるのだろうが
独創性はゼロだし
立って身体を動かしているダンサーの振付見ると
普通のディスコで踊っている人と何処が違うの?(いや失礼)

ただまぁ、前衛映像作品を
70分にわたって
ダンサーも見るからかなり混乱しつつ
ずっと見ている、というのも、かなり拷問ちっく。

普通は視覚に頼るダンスでは
まずは居眠りしないのだが
さすがにこの「前衛ライブ映像作品」では
途中で眠くて眠くて、実に困ったわ。

で、そんな作品なのに
2回目のチケットまで買っちゃった
しまった・・・と思っている
アホな私に
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まぁ確かに緻密で精密に構築された作品である事は認めるが
こういうグループが
ウィーンの文化局とオーストリアの文部省からの支援を受けているって
オーストリアではこの分野での才能が如何に少ないか(以下省略)

ウルティマ・ヴェズ Speak low if you speak love ...

Volkstheater 2016年8月4日 21時〜23時05分

Wim Vandekeybus / Ultima Vez
Speak low if you speak love…

演出・振付・舞台 Wim Vandekeybus
ダンサー Jamil Attar, Livia Bolazova, Chloé Beillevaire
David Ledger, Tomislav English, Nuhacet Guerro Segura
Sandra Geco Merdky, Maria Kolegova
音楽 Mauro Pawlowski, Elko Blijweert, Jeroen Stevens, Tutu Puoane

ヴィム・ヴァンデュケイビスのウルティマ・ヴェス公演は
どうしようか迷った。

いや、あの、このダンス・チームのトレイラーって
何か異様におどろおどろしくて
暴力沙汰の連続みたいな
ちょっと普通の人が行ったらコワイかも、と思わせてしまうのである。

しかも長いし。
(註 21時に開場してから、始まったのが21時20分くらいなので
 上演時間は105分である。それにしても、やっぱり長い)

ただ、私の記憶では
このチーム、めったやたらとダンスが巧かったような気がするので
自分のブログを調べてみたら・・・

ありましたよ、しっかり2013年に(笑)
おヒマな方で読みたい方は こちら です。

公演は2回あったのだが
何せ長さも長さなので、本日のみ。

いや〜〜〜〜、行って良かった ♡
実に期待を裏切らない素晴らしさ ♡♡♡

だいたい、このチーム、むちゃくちゃ踊れるのである。
クラシックなんか平気で超越してるだろ、というところがあって
そのジャンプのバリエーション、ピルエットのバリエーションに
アクロバットもどきの、凄いリフトがあって

みなさん、それだけ(クラシックのテクニックも)踊れて
何処で道を踏み外したんですか(いやいやいや失礼)

というより、このダンサーたち
クラシックじゃ満足できない連中だろ、たぶん。

最初にヒモを持ったダンサーが出て来て客席に投げて
それから、ダンサー全員が、スカーフとかストッキングで
顔を覆って出てくるのは
社会的な規制を現しているのか何だかわからないが

綱引きしている間に1人のダンサーのスカーフが取られて
目覚めが象徴的に表現されて

そこら辺までは、結構マジメなシーンなんだけど
その後の男女の奪い合いとか
奇声を発する男性ダンサーの登場とか
(このダンサー、むちゃくちゃキャラ立ってて面白い!!!)

奇声を発しながら、女性の乗った船みたいなものを
男性ダンサーまずは3人が動かすんだけど
こっちに行け、あっちに行け、と命令して
1人が、いやもう疲れた、というしぐさをすると
その男性をぶちのめして

また気に入らない引き手をぶちのめして
そうすると、1人ではもう引けないという

そうよね、チーム・ワークで気に喰わない奴を締め出すと
結局は自分の仕事に支障をきたすのよ・・・って
何考えてるんだワタシは。

もちろん期待に違わず(?)暴力シーンもあるけれど
男性が女性に対する暴力だけじゃなくて
結構、女性が男性を蹴っ飛ばしたりしてるし

男性2名に暴力を震われて
派手に悲鳴を上げながらリフトされまくっていた女性は
最初に殴られて舞台に横たわっている引き手の男性が
この暴力的男性2名を追い払うのだが

その後、救われた女性が
この男性を必死になって口説くんだけど
これ、かなり笑えるシーン。

で、当該の男性が逃げた後
女性のパンツがほどけて落ちてしまうのだが
(だから女性の下半身(手で押さえてるけど)モロミエ)
そんな状態で立っているところに

シャツをきちんと着た男性ダンサーがやってきて
これぞとばかりチョメチョメに持って行くかと思いきや
親切にパンツを持ち上げて履かせる

・・・のだか、男性が行こうとすると
そのパンツがまた落ちる(爆笑)
で、また男性が来てパンツを持ち上げるのだが
男性が去ろうとすると、またパンツが落ちる(大爆笑)

他の女性ダンサーが上半身ハダカで踊るシーンもあるし
奇声発するキャラの立ってるダンサーが
最後は一糸まとわぬ裸になって立っているシーンもあるし
(いやでも、全身刺青だよ、このダンサー(笑))

内部の布がボロボロになった凧を
人に手伝わせて上げようとしては失敗して
ヒステリーを起こす男性ダンサーの横では

クマのぬいぐるみを貰った男性ダンサーから
そのぬいぐるみを奪おうとする女性ダンサーが絡んで

このシーン、何か、昔の子供の時代に
思う通りに物事が進まないとヒステリーを起こしたのを
懐かしく思い出すわ(笑)

で、ダンス表現の素晴らしさが半端じゃない。
ジャンプの高さと言ったら
女性があんなにジャンプできるんかい、というのもあるし
動きの一つ一つが際立ってキレが良くて
時々、日本の映画の殺陣を見ているような見事さもある。

しかもリフトやリフトのバランスは
エイフマンのアクロバット・リフトを超えるくらいの凄さ。

あそこまで運動神経抜群のアスリート・ダンサーを見ていると
何ともスカッとするわ。

ちょっと長いけれど
シリアスあり、暴力あり、ユーモアあり
具体的に何かを妄想させてくれるシーンも山盛りだし

マイクは使っているとしても
音楽もライブで
エレキギターとパーカッションが実にカッコ良かったし
(ダンサーがマレット持って叩くシーンもある)
女性ボーカルは、高音まで(たまにほとんどクラシック)美しい上に
このボーカル、ちゃんとダンス・シーンにも入ってきて
意外に踊ったり、演技したりするんです。

トレイラーはおどろおどろしいけれど
行ってみると、最初から最後まで
本当に楽しめる素晴らしいパーフォーマンス。

何であんなに恐ろしいトレイラーを作るのかなぁ(笑)
誤解されるじゃないか。
いや、誤解されようとして
わざとああいうトレイラー作ってるのかしら

と、このチームのマーケティング戦略に
不思議な印象を抱いてしまうワタクシに
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手術後の調子は非常に良いのだけれど
やっぱり見たら、かなり腫れてる・・・というより
骨を削ったワケだから、骨折と同じで
足を上げておかないと、やっぱり腫れでまだちとキツイ(やれやれ)

P.A.R.T.S. Dawn

Odeon 2016年8月1日 21時30分〜23時5分

P.A.R.T.S.
Dawn

振付 Mårten Spångberg
パーフォーマンス
Akiyoshi Nita, Nikita Chumakov, Adriano Vicente
Laura-Maria Poletti, Lizo Baliasnaja, Komola Rashidova
Eileen Van Os, Sien Van Dycke

ケースマイケルによって設立された
P.A.R.T.S. = The Performing Arts Research and Training Studios の
3学年のダンサー8名によるパーフォーマンス。

始まったのが21時50分くらいだったので
正味70分のパーフォーマンスだが

途中の脱落者約50名(数えてなかったけど)
もう、ともかく観客の忍耐力がどの位持つかという
実験としか思えません。

舞台には、色が変わるスポット・ライトの照明が3ヶ所あるが
これが、何と観客席を向いているのである。

よって、直接、目に色の変わるスポット・ライトが入って来て
(これは席が悪いから、という訳ではない)
ダンサーはその暗がりの中で踊っているので
床のスポット・ライトの前にダンサーが立つと
眩しいライトが遮られてダンサーが見えるのだが

ダンサーはすぐに移動してしまうので
またもやスポット・ライトで目が眩しくて

その眩しさを我慢しつつ
暗がりの中のダンサーに集中しろって
どういう罰ゲームなんだこれは。

で、音楽が、1拍1秒くらいの8拍子のジャズ音階のメロディが
16拍で1フレーズで
これが、延々と延々と延々と70分続くのである。

単純計算で234回の繰り返しの同じメロディを聴かされる。
ダンサーは数えて、その振付を踊れば良いのだろうが
聴いている方としては
もう頭の中にずっとそのメロディがこびり付いてたまったモンじゃない。

ダンスそのものは、いくつかの基本ステップの組み合わせで
シャドー・ダンスや2名あるいは3名、4名のフォーメーションで
バリエーションはかなりあるとは言っても

いったい何を表現したいんでしょうか、この人たちは?

タイトルが Dawn とは言うけれど
別に夜明けと全然関係ないし
夜明けを具体的に表現するようなものは
全く、全然、見事に何もない。

単純な私としては
例えば鳥が鳴くとか、太陽が昇るとか
薄闇がだんだん明るくなっていくとか
そういう要素が何処かにないか

スポット・ライトの眩しさと
単純な音楽の繰り返しに耐えつつ
一生懸命観ていたのだが
見事にナンにも感じませんでした。

そりゃ感受性の欠陥なのかもしれませんけどね(開き直り)

で、何故最後まで
このクソ退屈なパーフォーマンスを観てしまったかと言うと

1人、飛び抜けて凄いダンサーがいたから。

男性ダンサーなのだが
最初のソロで、おっ、と目を惹いた。

身体の柔らかさに加えて
徹底的にトレーニングされた全身の筋肉が
抑制を効かせて完全にコントロールされていて
一つ一つの動きやバランスの安定感が抜群。

しかも同じ動きを他の男性ダンサーと一緒にやると
その身体の表現力の違いが際立って見事。
ちょっとした筋肉の使い方が
柔らかく、曲線の優雅な動きを表現するので
一緒に踊っているダンサーが
デクノボウにしか見えなくなってしまう。

どういうトレーニングしたダンサーなわけ?
クラシック出身・・・にしては
重心の位置が低過ぎるから
もしかしたら、体操とか
あるいは太極拳?か日本舞踊か
何かそんな感じの静かな優雅さに満ちている。

そうなんです、そのダンサーって
最初に載っている日本人の男性ダンサー。

仁田晶凱って、いったいどういうダンサー?と調べてみたら
高校時代から活躍しているようで
既に振付のコンペティションなどにも参加しているらしい。

いや、このダンサーのダンス、巧過ぎる。
動きのコントロールが徹底していて
このダンサーが入ってくると

他のダンサー、どうでも良い(いやいやいや、すみません)

女性で2名ほど、おっ、こいつ出来る、と言うダンサーも居たけれど
これでダンサーで生きて行けないだろ(すごく失礼ですすみません)という人もいて
その意味では、ダンサーそのものが
玉石混合で面白かった、というのはある。
(だって、体型とかダンス的にちょっと、という人でも
 何かすごいオーラ持ってる人もいたし)

しかし、こういうモノを見てしまうと
コンテンポラリー・ダンスの意義を考えてしまうなぁ。

だいたい、あのスポット・ライトの位置からして
観客の事を全く考えてないだろ。

まぁ、そういう不愉快を我慢するのが
現代ゲイジュツだ、という意見もあろうが

観客が楽しめないパーフォーマンスは
ただのジコチュウで、そんなモノは生き残れません(たぶん)
いや、私の感受性の欠陥というのがあるので
もしかしたら、ストラヴィンスキーの春の祭典みたいな
天才的な振付なのかもしれないけどさ(ふん)

観客不在のゲイジュツ作品って
いや、一部のインテリで感受性のある
ダンスに深い理解を示す層にはウケたのかもしれないが
いったい、何なんだろう・・・

と考える事に意義のある作品だったのかも(まさか)と
ちょっとナナメに見てしまった私に
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天児牛大・山海塾 海の賑わい 陸の静寂 めぐり 2回目

Volkstheater 2016年7月31日 21時〜22時30分

Ushio Amagatsu / Sankai Juku
MEGURU - Teeming Sea, Tranquil Land
Im Memoriam Ko Murobushi (1947-2015)

振付、コンセプト、演出 Ushio Amagatsu
音楽 Takashi Koko, Yas-Kaz, Yoichiro Yoshikawa
ダンス Ushio Amagatsu, Seimaru, Toru Iwashita, Sho Takeuchi
Akihito Ichihara, Dai Matsuoka, Norihito Ishii, Shunsuke Momoki
舞台 Roshi
舞台監督 Kazuhiko Nakahara
照明 Satoru Suzuki
舞台装置 Keizuke Watanabe
サウンド Akira Aikawa

山海塾の公演2回目。
この間、高いチケットを買っていたので
今度は貧民席を買ったかな、と思って手元のチケット見たら
またもや、いや、もっと高いチケットを購入していて

いやははは、山海塾が来る、とわかった時点で
如何に舞い上がっていたかが自分でも何か可笑しい。

このプロダクション、6部に分かれていて
ドイツ語から意訳すると

遥かからの呼びかけ(ソロ)
海底の変容(4名)
2つの面(3名)
予感 - 静寂 - 震え(4名)
化石の森(3名)
織物(ソロ)
帰還(7名)

先日書いた通り、海底の変容のシーンは非常に印象的。
イソギンチャク? や クラゲ? などなど
かなり表現的にも直裁的でダンスも美しい。

同じ4名が踊った、予感 - 静寂 - 震え は
地上に於いての生命の誕生だろうたぶん。

ダンサーが本当に震えるのである。
ブルブル身体の各所が震えていたと思ったら
まるで壊れた人形のような動きをして
ここでもオブジェ感がスゴイ。

最後の「帰還」で海のシーンの振付が繰り返されるので
海シーンは印象に残りやすい。

で、この4名のシーンに比べると
3名のシーンは、今ひとつ抽象的で
表現の意味のくみ取りが難しいのに加えて
確かに踊ってはいるのだけれど
静的な動作も多いので、割に地味。

ただ、その地味で抽象的で哲学的な部分にこそ
武道の腰の使い方や(あの腰を落とす構えにゾクゾクくる)
能か歌舞伎のような独特の美があるのも確かだが。

で、それが良いか悪いかの価値判断はナシとして
天児牛大と山海塾が
海外、それもパリあたりで高く評価されている、というのは
非常に理解できると思った。

いわゆるヨーロッパ人がジャポネスクというイメージで抱く
謎めいた美的感覚というのを
実に上手く表現してるよ、これは。

わかりやすい派手な部分(4人のアンサンブル)に
ちょっと謎めいて、不思議な動きで
哲学的、あるいは禅みたいな印象で
見ている観客に、高尚なモノを観ているような気分にさせる
わかり難い3人のアンサンブルに加えて
抽象的だけど、何となくわかるかも、というソロがあって

謎めいた美的感覚を持つ
しかも男性だけなのに、何となく妖しげで

不思議な国、ニッポン、一丁出来上がり!!!

・・・いやいやいや、大変失礼いたしました(冷汗)

室伏鴻が徹底的に鍛え上げた肉体を
徹底的に痛めつけるという
ある意味、日本的武士道の残虐性を表現したのと
全く違う行き方で

ヨーロッパのインテリ層にウケる
謎の国ジャパンの不可思議な美的イメージを
ここまで見事に表現したら、そりゃ評価も高くなるだろう。

別に貶めている訳ではございません。
私だって、そこに表現される摩訶不思議な美には
圧倒されましたもん。

Im Puls Tanz で注目すべきは
後はマリー・シュイナールくらいかなぁ。

今週、病欠でサボった分
来週はしっかり仕事しなければ・・・と
堅く決心する私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



金曜日の朝、やっと入っていた釘を抜いた。
だってまた出て来ちゃってて
これだけ出ちゃうと意味ないからって。
抜くだけだったので痛くなくて
やっと、シーツや、ズボンに引っかからなくなった。
来週には抜糸だ。やっと車が運転できる!!!

天児牛大・山海塾 海の賑わい 陸の静寂 めぐり

Volkstheater 2016年7月29日 21時〜22時30分

Ushio Amagatsu / Sankai Juku
MEGURU - Teeming Sea, Tranquil Land
Im Memoriam Ko Murobushi (1947-2015)

振付、コンセプト、演出 Ushio Amagatsu
音楽 Takashi Koko, Yas-Kaz, Yoichiro Yoshikawa
ダンス Ushio Amagatsu, Seimaru, Toru Iwashita, Sho Takeuchi
Akihito Ichihara, Dai Matsuoka, Norihito Ishii, Shunsuke Momoki
舞台 Roshi
舞台監督 Kazuhiko Nakahara
照明 Satoru Suzuki
舞台装置 Keizuke Watanabe
サウンド Akira Aikawa

今回の Im Puls Tanz のワタクシ的目玉
天児牛大の山海塾の公演!!!!

室伏鴻が昨年、急逝してしまって
舞踏関係の踊り手はもう来ないかと思っていたら
今回は大物が来た!!!

1970年代後半から80年代にかけて
日本の暗黒舞踏がアングラだった時の大駱駝艦とか
ちょっとハマった青春時代というのは

いわゆる優等生(と自分で言うのもナンだが)の
地味でデブでブスで、何の面白みもなくて
クラシック音楽しか聴かず
ついでにその中でもフーゴ・ヴォルフが好き、とか言う
救いようのない真面目な女子学生が

ちょっとアングラってカッコいいんじゃない
とか言うイメージでハマったんですよね(あぁ、青春の恥)

それまでのバレエとかと違って
重心を下に置いて、腰を落として重力を感じさせるダンスなんて
まぁ、その後、コンテンポラリー・ダンスとかでは
クラシックのモダンでもあったんだろうけど

暗黒舞踏って、ちょっと独特のイケナイ感があったんです、当時は。

でも山海塾の公演は初めてちゃんと観る。
ちょっと贅沢して、バルコンの値段の高いチケットを確保
・・・したら、前の人の頭が邪魔で
最後の列だったので、結局、立って観る羽目になったけど(笑)

今回の新作「海の賑わい 陸の静寂 めぐり」は新作で
イタリア、フィンランド、パリ、ブラジルの後のオーストリア公演。

最初は天児のソロ。
能に近い最小限の動きに加えて
その肉体の掴む空間の広さがスゴイ。
まるでオブジェのような白塗りの身体が
地面と空を繋いでいく圧倒的な動きの後に

ダンサー4名が地面にねていて
手足だけを動かすのだが

これが何と言うか・・・イソギンチャク?
海の中の生命の誕生というイメージがあって
立ち上がってからのダンスも
ダンス観てるというよりは
生きてる彫刻を見ている印象が強い。

時々、口を大きく開けるんだけど
歯が全然見えないの。あれ、もしかして歯を全部抜いてるとか?
それだけに、口が赤い開口部にしか見えず
肉体のオブジェ感がむちゃくちゃ強い。

3人のダンサーになると
今度は舞台の真ん中が海になって
左右と向こう側のコの字型にかけられた板のようなものが見えて
その板の上から、海をなぞって行く。

次のシーンは地上だな。
ここでのダンスも、生命の始まりを象徴するかのようだが
痛みに満ちたイメージが伝わってくる
(私の解釈の間違いかもしれない)

その後、また海に戻り、陸に上がって
圧倒的なソロが入った後
7名のダンサーが海と陸で繰り広げる不思議なオブジェ。

ええ、もう、オブジェとしか言いようがないんです。
しかも、もちろん私の解釈ミスだろうけれど
まるで能か、歌舞伎を観ているような気分になるシーンがあって

しかも歌舞伎の女形を観ているような不思議な気分になる時があって
(ダンサーは全員男性です)
男女という垣根がなくなって
男性ダンサーなのに、異様に女性に見えてくるような部分があって

倒錯的で異様にエロチックなんです
あっ、ごめんなさい、そんな世俗的な印象を抱いちゃって(汗)

しかしまぁ、ダンサーたちの「腰」がキマっている。
もちろん、あくまでもコンテンポラリー・ダンスなので
屈んだままだけではないけれど
日本舞踊を観ているような、低い腰の動きが
これまたエロチックで(それしか思い浮かばんのかお前は)

でも、舞踏って、こんなに美しくて良かったのかしら。
もっともっと、アングラで気味の悪いものと言うイメージがあったのに
きっと、高校・大学時代から比べたら
私も悪ズレしちゃったんだろうなぁ。

でも何と言うか
女性の入り込めない世界という感じで
サムライの世界の衆道というか BL の世界というか
いや、芸術作品にそういう世俗的な事を感じてしまう私が
アホなのだけれど

あの妖しい世界に圧倒されたわ、というワタクシに
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



音楽はずっと環境音楽を聴いているような感じだった。
Youtube で見つけた別作品のクリップを貼っておきます。
イメージとしてわかってもらえるかと思うので。
4分弱の映像です。お時間ある方は是非。


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