ボストン交響楽団 + アンドリス・ネルソンス

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    Musikverein Großer Saal 2018年9月11日 19時30分〜21時45分

    Boston Symphony Orchestra
    指揮 Andris Nelsons
    バイオリン Baiba Skride

    Leonard Bernstein (1918-1990)
     Serenade nach Platons „Symposion“
      für Solo-Violine, Streichorchester, Harfe und Schlagzeug

    Dmitrij Schostakowitsch (1906-1975)
     Symphonie Nr. 4 c-Moll, op. 43

    ボストン交響楽団とネルソンスの公演は
    実は昨日はマーラーの交響曲3番だった(あああああ)
    両公演チクルスに入っていなかったので別購入。

    ショスタコーヴィッチの交響曲4番は大編成なので
    舞台が拡張されていて
    買った席からも少しは指揮者が見える (^^)v

    アメリカのオーケストラは
    演奏直前まで、各自が舞台に乗って
    勝手に好きな部分を練習しているため
    コンサート前のホールが異様にうるさいのが特徴だが
    今回の「コンサート前特別大サービス現代音楽」の時間は
    (すみません、私が勝手にそう名づけているだけで)
    そんなに神経に触らず、うるさくない。

    と思っていたら
    最初は弦とハープと打楽器だけの曲だった(笑)

    バイバ・スクリデのバイオリンって
    何回かナマで聴いていると思うのだが
    すみません、この人のバイオリン、ちょっと私、苦手で (^^;;

    技術的にはすごいバイオリニストなんだけど
    音が細すぎて、しかも時々、演歌になるし
    (すみません、好みの問題です)

    美人は美人で、すごく美人で
    ただ、昨今、女性のソリストで美人でない人っているんだろうか?
    と思うくらい、世に出るソリストは、こぞって美人になってるような気がする。
    そういう事を言うと、フェミニストの立場からは苦々しいんだけど
    音楽家も言ってみれば人気商売だし・・・(以下省略)

    私が楽しみにしていた・・・というよりは
    非常に恐れていたのが
    ショスタコーヴィッチの交響曲4番。

    この曲、私、たぶん、ナマで聴くのは初めてかもしれない。
    (もし聴いているとしたら
     ゲルギエフがマリイインスキーとショスタコーヴィッチ全曲を
     コンツェルトハウスで演奏した時だと思うけれど
     確か前半はいくつか行かなかったコンサートがあるので定かではない)

    ショスタコーヴィッチで比較的よく演奏されるのは
    あの5番と、10番、時々15番、あとは11番と12番くらい。

    何回も言っている通り
    ショスタコーヴィッチは楽友協会では演奏して欲しくない。
    特に10番なんか、高い音がフォルティッシモで続くので
    ほとんど難聴になりかけるのである。

    それが、今回は4番!!!
    最初からピッコロ含む大音響の出だしで
    ああああ、耳栓持っていくべきだったか・・・と思いきや

    えっ???
    最初の、あの甲高い大音響が神経に触らない・・・・

    何このオーケストラ、むちゃくちゃ巧いじゃないの。
    しかも、ピッコロがこれまた音が美しく
    絶対に「叫び声」にならず
    こんな美しいピッコロ、あったんかいっ????

    もちろん、フォルテは容赦なく鳴らすのだが
    耳を押さえたくなる瞬間は全くない。
    なにこれ、信じられない。

    もしかしたら、私、歳で耳が遠くなってる???
    (いや、その可能性は大いにある・・・・(汗))

    オーケストラのキレが素晴らしい。
    音の残像が残らず、音がものすごくクリアで
    解像度が抜群に良い。

    木管のアンサンブルも最高。
    音の美しさもさることながら
    トゥッティのアンサンブルでも音に透明感と
    色があって
    あのとんがったショスタコーヴィッチでも
    不要な硬さがすべて取れていて、ともかく美しい。

    複雑で規模の大きい第1楽章の聴きどころの
    例のフガートも
    演奏の困難さを全く感じさせない。
    あまりにあっさりし過ぎて
    「僕ら、こんな難しい箇所だって余裕だもんね〜」と
    弦のメンバーの心の声が聴こえてくるくらい
    ともかく、あのフガートの見事な事といったら
    絶句というか、席で悶絶。

    音楽そのものも、しっかり締まった美しい構築で
    非常に現代的で華麗で
    作曲家の苦悩というよりは
    大規模で複雑な交響曲、という大伽藍を
    ばっちり構築して見せたという感じ。

    第2楽章は短いけれど
    これは、交響曲5番に使われるモチーフが入ってきたり
    如何にもショスタコーヴィッチらしい音が散りばめられていて楽しい。
    (しかも第2楽章は短い(笑))

    お隣のオシャレしている男女のカップルが
    途中で飽きたらしく、ゴソゴソしていたと思ったら
    第3楽章の前に出て行ったのも、まぁ、こういう曲では有り勝ち(笑)

    第3楽章が、これまた、もう見事としか言いようがない。
    大編成なのに、バランスが良くて
    トゥッティの音量も、大きいのに楽友協会の残響からはみ出る事なく
    しかも、ピアニッシモの美しさが半端じゃない。

    この曲、全楽章、ピアニッシモで終わるので
    特に第3楽章の最後のピアニッシモの処理が素晴らしかった。
    消え入るような(弦のピアニッシモの素晴らしさ!)余韻を残す。

    ああああ、この曲、長くて聴くのに退屈するかと思ったら
    すごい演奏じゃないの!!!!
    何て優秀なオーケストラ!!!!!
    演奏にスキが全くなくて、ほとんど完璧。
    如何にも効率技術満点のアメリカのオーケストラという感じ。

    アメリカのオーケストラが
    リトアニアラトヴィアの指揮者と
    (読者のご指摘感謝!!(汗))
    ソビエト連邦(旧)の作曲家の曲を演奏する
    ・・・っていうのも、かなりオツな感じだが
    歴史的な背景とか、そういうものはさておいて
    音楽として
    こうやって技術的に欠点のない
    スカッとする演奏を聴いてみると
    意外にショスタコーヴィッチって
    アメリカのオーケストラと合うような気がする。

    ショスタコーヴィッチそのものが
    あまりウィーンの聴衆にはウケが良くないので
    (というより、言った通り、楽友協会だとうるさ過ぎる)
    なかなか聴く機会はないのだけれど

    ボストン交響楽団って、スゴイじゃないの・・・
    客演オーケストラって
    ついつい、ウィーンのオーケストラより巧いような印象を持つ事が多いけれど
    このオーケストラ、間違いなく超のつく一流で
    しかも手抜きがない(これ大事)

    シーズン最初に、エライ演奏を聴いてしまった。
    こういう超弩級のコンサートを聴いちゃうと
    ちょっとワクワクする気分の私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    しかしネルソンスの指揮って
    昔に比べて、かなり省エネ、あ、いや、無駄がなくなって来た。
    初めて聴いた時には、まだ20代の可愛い男の子って感じだったけれど
    中堅になってからは堂々たるオーラも撒き散らしていて好感(萌)

    フィラデルフィア管弦楽団 + ネゼ=セガン

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      Musikverein Großer Saal  2018年5月31日 19時30分〜21時50分

      The Philadelphia Orchestra
      指揮 Yannick Nézet-Séquin
      ピアノ Hélène Grimaud

      Johannes Brahms (1833-1897)
       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll, op. 15
      Robert Schumann (1810-1856)
       Symphonie Nr. 4 d-Moll, op. 120
      Richard Strauss (1864-1949)
       Don Juan. Tondichtung, op. 20

      アメリカのオーケストラの公演が続くが
      フィラデルフィア管弦楽団とネゼ=セガンのコンサートは2回。

      まずは初日。
      プログラム構成が面白い。

      だって、普通、リヒャルト・シュトラウスのドンファン
      ブラームスのピアノ協奏曲1番、後半シューマンの交響曲4番
      という感じのプログラム構成に慣れているから。

      最初から超弩級のブラームスのピアノ協奏曲
      しかも私の大好きな1番 (^^)v

      ピアニストはエレーヌ・グリモーで
      私、このピアニスト、久し振りかも。
      ショートカットのヘアに簡素なシャツとパンツの軽装。
      こんなイメージの人だったっけ?
      (だいたい舞台見えない席ばかりだから、アーティスト見てない)
      もっとライオンみたいなワサワサした髪の毛の姉妹・・・
      あっ、すみません、ラベック姉妹と間違えてた ^^;

      交響曲とまごう最初のド派手なオーケストラの出だしは
      目一杯の大音響で、荒々しく響かせて
      途中のオーケストラのピアニッシモのところは
      止まりそうな位に音量を抑えて、ゆっくりしたテンポ。

      この曲、大好きなので
      どんな演奏されてもジーンと来ちゃうのだが
      グリモーのピアノの力強い事。
      堂々としてマッチョでステキ ♡

      オーケストラは最初のマッチョにドッカーンから
      止まりそうな繊細な音まで出していて
      うっとりしながら聴いていたら

      最初のホルンのソロ・・・
      それ、いったいナニ? と言いたいミス続き(笑)

      次のフレーズからは持ち直したものの
      持ち直したのは良いけれど、力一杯の粗さになっちゃって(爆笑)
      まぁ、そういう事もあります、はい。

      アンコールはなし。

      後半、シューマンの交響曲4番。
      実はこれもすご〜く好き ♡

      ネゼ=セガンは指揮棒なし。
      ほとんど拍を取っていなくて
      曲の表情をつける事に集中しているように見える。

      だから時々、結構派手に縦線がズレる。
      ベートーベンの伝統を継ぐ(笑)ドイツ音楽には聴こえない。

      それに、第2楽章のバイオリンのタララ・タララ・タララってところ
      (読者の皆さま、ごめんなさい!)
      3音が聴こえて来なくて
      木管の四分音符+八分音符のターラ・ターラ・ターラに聴こえて来て
      ちょっとビックリした。
      確かにメロディ・ラインは木管に乗っているから
      そういう解釈もありか・・・
      でも、何だかイヤに単純に聴こえてしまう。

      この間のヴェルザー=メストもそうだったけれど
      意外にアゴーギクが派手で
      かっちりした形式というよりは
      ズブズブの感情的なシューマンに聴こえてくる。

      実は授業でシューマンの音楽評論とか読んでいて
      あまりに文学的で(=ドイツ語でも日本語でもわからん)
      ひええええ、ドイツ・ロマン主義って
      色々な意味で凄い、と感服しているところなので

      あのシューマンの書いたものを読んでから
      このネゼ=セガンのズブズブの交響曲を聴くと
      何となくイメージが交差して
      そうか、これもアリかも・・・と思えてくる。

      豪華絢爛なアメリカン・サウンドが爆発したのは
      最後のドンファンである。

      いや、あのブラームスとシューマンを弾いていたオーケストラに聴こえない。
      ほとんど別人オーケストラと化していて
      キラキラの金管の咆哮が実にゴージャス。

      そうか、これで最後を締めて
      ブラボー・コールを狙ったのか(穿ち過ぎかも)

      しかしこのオーケストラの音色
      ヨーロッパのオーケストラとかなり違う。
      しかも、今回のプログラムでは
      3曲とも、全然違う響きを出して来たので
      ちょっと驚いた。

      明日はバーンスタインとチャイコフスキー。
      ネゼ=セガンが、あれだけロマン派の香りを出してくるなら
      両方とも、もっとウエットになって面白いかも、と
      明日が楽しみになっている私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      実は昨日はバレエのジゼルを観に行って
      木本クンのアルブレヒトもマーシャのジゼルも良かったんだけど
      清香ちゃんのミルタが、ま〜、ホントにぴったりで
      えらく感銘を受けたのだが、ブログ書いてる時間がない(涙)
      今日は祝日で1日閉じ篭って仕事してレポートの準備をしていたのだが
      引退してから1年後、何で、こんなにむちゃくちゃ忙しくなっているのか
      自分でもワケわからん・・・

      クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

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        Musikverein Großer Saal 2018年5月28日

        The Cleveland Orchestra
        Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
        指揮 Franz Welser-Möst
        ソプラノ Laura Aikin
        アルト Wiebke Lehmkuhl
        テノール Norbert Ernst
        バス Dashon Burton

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
         Große Fuge B-Dur, op. 133
         Symphonie Nr. 9 d-Moll, op. 125

        フランツ・ヴェルザー=メストとクリーブランド管弦楽団の
        ベートーベン「プロメテウス・プロジェクト」の最終公演。

        普通だったら、交響曲9番だけでプログラムを組みそうだが
        最初に、もともと弦楽四重奏曲の大フーガの
        弦楽オーケストラ版。
        休憩の後に、ベートーベンの交響曲9番。

        さて、大フーガだが・・・

        あらま、この弦のガリガリっぽいマッチョさって
        この間まで、このオーケストラになかったような気がする。

        弦だけのアンサンブルだが
        ともかく元気というか、ガリガリというか
        ひたすらフォルティッシモで弾きまくっている。
        原曲が弦楽四重奏曲とは思えない厚い音響。

        フーガ・・・なんですけどね、確かに。
        ただ、オルガン曲のバッハとかのフーガとは違って
        それはベートーベンだし、後期の曲だし
        とんでもない和声とか対位法が駆使されていて
        腰据えて分析してみたら面白いかも・・・っとっと、じゃなくて(汗)

        何故に今日はこのオーケストラ(の弦)
        むちゃくちゃマッチョで筋肉質で
        しかも低弦も、えらい勢いで響いてくる。

        別人オーケストラ???

        筋肉質マッチョで交響曲9番に繋げようという意図なんだろうな、きっと。
        だって、交響曲9番の演奏が

        最初から最後まで
        かなり大きめの音量で
        しかもテンポが速くて

        テンポが速いのは、昨今、どこのオーケストラでもやるけれど
        この大規模のオーケストラで
        あの音量で、あのテンポで演奏されると
        ある意味、すごい迫力。

        第1楽章の最初の出だしって
        あんなに音量あったかしらん・・・

        ヴェルザー=メストの指揮が、また、すごく大袈裟で
        この指揮者、足が固定されていて上半身だけ動くので
        ちょっとあやつり人形っぽい動きをするのだが
        今日は、その上半身の動きが、むちゃくちゃ大きい。

        前半でガリガリ演奏していた弦は
        後半でも力一杯のガリガリで攻めてくる。

        相変わらずテンポの動きも激しくて
        時々テヌートになったり、拍が詰まって聴こえたり
        まぁ、それだけダイナミックな演奏とも言えるだろう。

        でも、第3楽章、私は最も美しいアダージョの一つだと思うんだけど
        で、確かに誰が演奏しても美しいのだが
        なんかすごく表面的というか、平坦な印象が残る。

        最終楽章が、これまた速いテンポで
        大規模オーケストラ+音量マックス+速いテンポって
        グイグイ押してくる迫力はあるのだけど・・・

        バスの第一声は深い声で音量たっぷりで聴こえて来たけど
        あ〜、その後の音程がちょっと・・・

        コーラスも、音量を絞らずに入って来て
        え〜っ、その音量で始めてしまうと
        後で盛り上がりが辛くないか?と思ったのだが
        更に音量を上げて上げて上げて

        うううううん・・・
        好みの問題ではあるのだけれど
        コーラスと歌手のソロが入ってからの部分って
        なんだか演奏がごちゃごちゃしていて
        解像度ゼロだし
        歌手の音程は悪いし

        バスとテノールのソロなんて
        木管ばっかり響いて来て
        歌手のソロがほとんど聴こえず
        あれ?ここって、木管のソロのパートだったっけ、って感じ。

        カオスな感じの楽章に
        ますます力の入ったメストが押して押して押しまくるので
        だから、迫力はスゴイのだが
        ごめんなさい、何だか「どんちゃん騒ぎ」になってしまって

        まぁ、プロメテウス祭りと思えば
        ああいう「どんちゃん騒ぎ」でも良いのかもしれない。

        音楽評論をやってるつもりは一切ないので
        記憶力の悪い私が
        自分の主観的印象のメモを取っているだけ、というスタンスなので
        専門家の方が、高い席にお座りになって
        どういう評価を下すかは、私には一切関係ないので

        それなりに、ああいう大味な感じのベートーベンがあっても良いと思う。
        あとは、それが好きか嫌いかの好みの問題。

        最後の音が終わるか終わらないかの時に
        でっかい声でブラボーを叫ぶのには適していたような気がする。
        (で、もちろん、待ち構えたようにブラボー叫んだ人もいる)
        私としては、もう少し、残響を楽しみたいんだけど。

        ベートーベンの交響曲9番って
        もともとの作品が、ちょっと超人的なので
        時々、この曲をベートーベンが作曲していなくて
        8番で終わっていたら
        こんなカルト的な扱いをされる作曲家にはならなかったんじゃないか
        とか、ついつい考えてしまう。

        この間のウィーン・フィルとネルソンスの時は
        素直に、あ〜、ベートーベンの交響曲9番ってスゴイ、と思ったのだが
        今回のクリーブランドとヴェルザー=メストの9番は
        力一杯に押して押して押して、押しまくって、という印象が強すぎて
        肩に力が入り過ぎて、ちょっと疲れた。

        どうもこの後、日本公演もあるようで
        まぁ、クリーブランド管弦楽団って
        アメリカのオーケストラの中では非常にヨーロピアンだし

        いつも冷静・沈着で野心満々で
        冷たい目で、マジメにあやつり人形の指揮をするメストが

        唯一、このオーケストラを指揮する時だけは
        時々、ギョッとする程、情熱的になる事があるので

        その意味では、クリーブランド管弦楽団とメストは
        お互いに非常に良い組み合わせだと思う私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

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          Musikerein Großer Saal  2018年5月26日 19時30分〜21時15分

          Ludwig van Beethoven (1770-1827)
           Ouvertüre zum Trauerspiel „Coriolan“ c-Moll, op. 62
           Symphonie Nr. 8 F-Dur, op. 93
           Symphonie Nr. 5 c-Moll, op. 67

          クリーブランド管弦楽団とヴェルザー=メストの
          ベートーベン「プロメテウス」プロジェクト3日目。

          このオーケストラ、最初からずっと
          とても「柔らかい」という印象があるのだけれど
          今日のベートーベンも、何だか非常に「柔らかい」

          コリオランは、まぁ、ダイナミックでなければいけない曲だから
          多少は弾けてはいたけれど
          しかし、何ともお行儀が良いオーケストラではある(あくまでも印象です)

          今日は正しいスコアを持って来たので
          8番はスコアに頭を突っ込んでみた。

          で・・・
          8番って・・・・

          こんなに響きが厚かったっけ???

          弦が柔らかいのは、最初からわかっていたけれど
          低弦があまり響いて来ないし
          私の偏見上、頭にイメージとして入っている
          比較的古典的クラシックな、すっきりした音楽というよりは

          厚みのある音響で
          しかもテンポが前のめり・前のめりで
          ガンガン押して来て
          ダンス音楽・・・になっているのは別に構わないんだけど

          6番でもあった
          小節最後の拍が微妙に短くなる(=前のめり)ので
          最後の拍だけ潰れてしまって
          船酔いみたいなグラグラ感。

          スコア見ていて
          何でここで、普通に聴いていたら目立たない
          木管だけが目立ってるんだろう、という箇所があって
          後で舞台が見えるところに座っていた友人に聞いたら
          木管の人数を2倍にしていたそうだ。

          ふ〜ん・・・

          大学の同僚も来ていたが
          幕間に感想を聞いてみたら
          お行儀良すぎ、とか言っていた。

          スコア見ていると、やっぱり音楽そのもに集中できないかも、と
          5番は音楽だけに集中してみたが

          やっぱり弦が何だか柔らかすぎて
          そこに、むちゃ巧い木管・金管が乗る、という感じ。

          しかも、あの5番でも
          メストの前のめりの不安定なテンポで
          ワタクシ的には、ベートーベンはガッチリと固まっているはずのものが
          伸びたり縮んだりが激しくて

          あれ〜、そこでアッチェルランドかける?
          と、椅子からずり落ちそうになるところも結構あった。

          ヴェルザー=メストの特色なんだろうか。
          意図的にやっているのはわかるから
          解釈の問題だし、良い悪いという事ではないし

          変人好きだから、一風変わったベートーベンって
          嫌いじゃないんだけど
          あの船酔い感覚は、ちょっといただけない・・・

          明日はベートーベンはお休みして
          マーラーだから、ちょっと頭をスイッチしよう。

          最終日の9番はチクルスで持っているので
          やっぱり船酔いするか
          ちょっと怖いもの見たさ(聴きたさ?)で
          楽しみな私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

          0
            Musikverein Großer Saal 2018年5月25日 19時30分〜21時30分

            The Cleveland Orchestra
            指揮 Franz Welser-Möst

            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Symphonie Nr. 2 D-Dur, op. 36
             Symphonie Nr. 6 F-Dur, op. 68 „Sinfonia pastorale“
             Leonoren-Ouvertüre Nr. 3, op. 72a

            クリーブランド管弦楽団2日目。
            1日目のプレッセの評は(有料記事)私が感じたのと同じような印象で
            かなり好意的な記事。
            まぁ、フランツ・ヴェルザー=メストと言えば
            久し振りのオーストリア人指揮者なので
            あまり悪い事は書かないだろう・・・という贔屓目はあるだろうが(笑)

            突然話が飛ぶが(すみません)
            今日は朝から図書館に閉じ籠ろうと思っていたら
            仕事のメールがバンバン入って
            結局、午前中ずっと自宅で仕事。

            さて、どうせ何も見えない席だから
            昨日と同じようにスコアに頭を突っ込もうと
            スコア入れて大学に行って
            ワケわからん19世紀の音楽批評関係の文献で
            どこを取ってもベートーベン万歳で、げっそり。

            で、楽友協会に入ってプログラム買ったら
            え?今日って2番と6番???
            焦って違う日のプログラムを見ていたらしく
            私のバッグに入っているのは5番と8番。

            何のためにスコア持って来たんだか・・・
            むちゃくちゃショックを受けて臨んだコンサート。

            ただ、クリーブランド管弦楽団って
            他のアメリカのオーケストラと違って
            開演前の舞台での各自の音出しが、ほとんどない。
            (あったのかもしれないが、神経に触らない)

            他のアメリカのオーケストラだと
            廊下に居ても、不協和音と現代音楽のフラグメントが
            大音量で聴こえるので非常に不愉快なのだが
            その意味では、このオーケストラ、アメリカのオーケストラの中では例外的。

            2番は、昨日に比べると、ちょっとワイルド味が増して
            速めテンポでグイグイ押してくる。

            こういうのを聴くと
            あ〜、ベートーベンって、やっぱり基本、ダンス音楽だなぁ、というか
            ロックだよ、ロック(断言)
            身体が音楽に合わせて踊りたくなる。

            今回はしっかりリピートあり。
            昨日3番で最初のリピート省略したので
            (3番ではよく省略される)
            今日も省略するかと思っていたんだけど
            でも2番のリピート、そんなに長いフレーズじゃないし
            緊張感保ったままだったので満足。

            ああ、でもスコア見たかったな。
            何故、私がスコアを持ち込むかと言うと
            カクテル・パーティ現象に似たような現象で
            スコア見てると、普段聴き逃すようなフレーズが
            目と耳から入ってくる事があって、これが面白いから。

            特に、6番なんて
            基本的には同じパターンの繰り返しだから
            スコア見てないと、ちょっと退屈するんですよ(こらこらこら)

            後半の6番、これもリピート全部あり。
            だけど、最初のフレーズで
            弦の最後のところのアンサンブルとテンポが乱れがち。

            きっちり構成されたベートーベンを
            もっとメロディっぽく長いフレーズで演奏しようという意図かもしれないが
            あのパターンの最後のところを
            だら〜っと演奏されると、実は気持ち悪い。

            船酔いになりそうな気分。
            (田園で船酔いって・・・止めてくれ・・・)
            最初のパートの繰り返し部分が終わる位まで
            ちょっと、本気で気持ち悪かったが

            その後は耳が慣れたのか
            それともアンサンブルが直ったのか
            だんだんパターンもクリアになって来て落ち着いた(ホッ)

            で、この6番で特筆すべきは
            木管・金管の巧さ!!!
            まぁ、一流オーケストラ、どこでも木管・金管は巧いのだが
            オーケストラ内でのバランスも見事だし
            柔らかい女性的な弦と仲良くしつつも
            主張するところはバッチリ外に出て来て
            見事なソロを聴かせてくれる、というのに惚れた。

            昨日の柔らかい演奏のチャーミングさも残しながら
            モダン・オーケストラで
            すっきりした透明感のある音を
            細かい部分まで拘っているのに大袈裟にならない
            ノーブルで洗練されたクールなニュアンスで聴かせてくれる。

            いや〜、手垢のバリバリ付いたベートーベンの交響曲
            最近の指揮者は手を変え、品を変え
            様々な解釈で聴かせてくれるじゃないの。

            というより、ベートーベンの交響曲って
            それだけ、解釈の幅が広いんだろうか。
            スコア見ていても、それほどむちゃくちゃ複雑ってワケでもないと思うんだが。
            (ちなみに、ベートーベンのスコアは私のようなド・シロウトでも
             何とか読めます)

            変に大袈裟に勇壮でもなく
            柔らかさと緊張感のバランス
            マッチョなところ・・・は少ないけれど
            古典的な輪郭と、ロマンティスム漂うチャーミングな部分が
            ベストのバランスで溶け合っている感じ。

            人によっては柔らか過ぎるという印象もあるだろうが。
            (ベルリン・フィルとラトルは、もっとマッチョだった。
             ウィーン交響楽団とジョルダンも
             今回のクリーブランドと比べると、もっとダイナミックだった)

            最後にレオノーレ。
            うはははは、プログラムの組み方が巧い。

            6番って、あんまり「ブラボー」で終わらないから
            最後にレオノーレで、ばっちり明るくして
            速めテンポと音量上げて
            (でもバランスは良いし、うるさくならないのはヴェルザー=メストの腕か)
            聴衆をノセて、盛り上げて終了という
            見事なドラマツルギーではある。

            新聞評では、フランツ・ヴェルザー=メストが
            哲学的に解釈したベートーベンとか書いてあったような気がするが

            音楽が哲学的・・・って
            私みたいなアホには、よくわからん。
            (カントは音楽は主観、と言っていたんじゃなかったっけ?)

            最近、色々と音楽について考える機会があって
            (まぁ、ヘンな学問に足を突っ込んでいるのもあるが)
            根本的に自分の感受性がおかしいんじゃないかと
            前から思っていたけれど、ますます確信を得るようになって

            音楽=哲学とか、美学だとか芸術だとか聞くと
            ちょっと蕁麻疹が出そうな状態に陥っている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            だから、もともと感受性ゼロで
            スペクトル楽派の「音響」だけ、いや極端に言えば
            場合によっては雑音だけで快感に悶える私が
            「音響」じゃなくて「音楽」を扱うところに
            足を踏み込んだのが基本的な間違いだったのではないかと・・・

            クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

            0
              Musikverein Großer Saal 2018年5月24日 19時30分〜21時15分

              The Cleveland Orchestra
              指揮 Franz Welser-Möst

              Ludwig van Beethoven (1770-1827)
               Ouvertüre zur Ballettmusik „Die Geschöpfe des Prometheus“, op. 43
               Symphonie Nr. 1 C-Dur, op. 21
               Symphonie Nr. 3 Es-Cur, op. 55, „Eroica“

              クリーブランド管弦楽団とフランツ・ヴェルザー=メストによる
              「プロメテウス・プロジェクト」と銘打った
              5回のコンサートでベートーベンの交響曲全曲演奏。

              5月27日だけ行けない(4番と7番にエグモント・・・ちょっと残念)

              だって、同日、ブダペスト祝祭管弦楽団が
              グスタフ・マーラーの交響曲2番をコンツェルトハウスで演奏するんだもん。
              (ついでに同じ日に国立オペラ座では「カプリッチオ」だ。
               何故、こういうものが重なるわけ?(号泣))

              さて、そのプロジェクト初日は
              プロジェクト名称通りのプロメテウスと
              交響曲1番に3番。

              最初のプロメテウスにビックリ。
              え〜〜〜〜??? 音が柔らかい。

              通常、アメリカのオーケストラでベートーベンとか言うと
              もっと無駄に力強い、楽友協会にふさわしくない音をイメージしてしまうが

              だいたい、このオーケストラ
              始まる前に舞台で音出ししている、その音がうるさくない。

              (愛読者の方はご存知の通り、アメリカのオーケストラって
               コンサート始まる前に、全員が舞台の上で
               好き勝手なところを音出ししているので
               うるさいし、ポリフォニーの不協和音の現代音楽で
               まるでゴミだらけの台所を見ているような気分になって不愉快なのだ)

              プロメテウスの音楽も、あくまでも音が澄んでいて
              輪郭ははっきりしているのに、ノーブルで柔らかい。

              続く交響曲1番。
              輪郭だけしっかり出して
              同じような柔らかい響きで
              ほとんど女性的と言っても良いほどに
              まるで羽のような軽さでのチャーミングな演奏。

              あれあれあれ
              ベートーベンって、もっとマッチョでゴツいイメージだったのだが
              この優しさ・・・というより
              ノーブルで軽くてチャーミングで洗練された演奏って
              ものすごく魅力的じゃないの。

              いやしかし、この音色で
              後半の3番を演奏したら
              偏見はないんだけど、オネエになってしまうではないか・・・

              大丈夫でした(笑)

              音色はあくまでも柔らかくチャーミングだが
              (これ、もともとのオーケストラの持っている色なんだろうか?)
              大袈裟になり過ぎない節度を持ったダイナミックさで

              あくまでも冷静な、この上なく美学的な
              すっきりしたエロイカ。

              一部のリピートは省略していたので
              締まりの良い、ハキハキした演奏になっていた。
              (リピート全部やると、エロイカは確かに冗長になる)

              しかもさすが超一流オーケストラの一つ。
              各楽器のソロがむちゃくちゃ巧い。
              どんなに速度が速くても、正確に美しい音色で
              楽友協会ホールの音響の中で
              最も美しく響く音量で演奏されるので、腰が抜けた。

              コンサート行く前は
              あああああ、またベートーベンだ(げっそり)と思っていたのだが

              私の持っている堅苦しいベートーベンの偏見を
              軽く殴りつけて、全部ぶっ壊して

              あくまでもスマートに
              ノーブルな洗練を持って
              ほら見たか・・・って感じで
              さりげなさ満杯で演奏して
              聴衆を自分たちのフィールドに取り込んだ感じかなぁ。
              気がついたらやられてました、という印象。

              これからのコンサートが俄然楽しみになって来た私に
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              ヒューストン交響楽団 + オロスコ=エストラーダ

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年3月15日 19時30分〜22時

                Houston Symphony
                バイオリン Hilary Hahn
                指揮 Andrés Orozco-Estrada

                Leonard Bernstein (1918-1990)

                Three dance episodes (On the Town) (1945)
                The great lover displays himself. Allegro persante
                Lonely twon : Pas de deux. Andante
                Times Square : 1994. Allegro

                Serenade (1954)
                Phaidros - Pausanias. Lento - Allegro marcato
                Aristophanes. Allegretto
                Eryximachos. Presto
                Agathon. Adagio
                Sokrates - Alkibiades. Molto tenuto - Allegro molto vivace

                Dmitri Schostakowitsch (1906-1975)

                Symphonie Nr. 5 d-moll op. 47 (1937)

                アンコール
                Johann Sebastian Bach : Partita Nr.1 h-moll BWV 1002
                für Violine solo (5. Satz : Sarabande)
                Edward Elgar : Variations on an original theme „Enigma“ op. 36
                Variation IX : Nimrod

                お久し振りのオロスコ=エストラーダが
                2014年から音楽監督を務めている
                ヒューストン交響楽団とゲスト公演。

                アメリカのオーケストラ、時々客演で来るけれど
                ヒューストン交響楽団は初めて。

                アメリカ音楽のバーンスタインと
                ソビエト連邦(当時)のショスタコーヴィッチの組み合わせとはね(笑)

                最初は、バーンスタインのミュージカル「オン・ザ・タウン」からのダンス3曲。

                あああああ、ばんざ〜い!!!!
                本日は楽章間拍手がない(感涙)

                小作品だが(全体で約10分ほど)
                金管のリズム感が笑っちゃうほど素晴らしい。
                いや、こういうのって
                本当にアメリカのオーケストラがお得意とするところなんだろうなぁ。

                指揮者のオロスコ=エストラーダのリズム感も抜群だし
                この指揮者は、リズムの指示が非常に巧みなので
                こういう曲、むちゃくちゃ聴かせるわ。

                2曲目で黒に銀のドレスで登場したヒラリー・ハーン。
                お腹が大きい・・・
                あら、いつ赤ちゃんが・・・

                マタニティ・ドレスでも美しい。
                本当にこのバイオリニスト、お人形さんみたいに綺麗。

                バイオリンの音が
                澄んでいる、というより
                溢れ出る清潔感。
                汚れたものが一切ない純粋感。

                ヒラリー・ハーンの音って
                正に貴族の深窓の令嬢、という気品がある。
                混じり気なしの純粋さの印象がものすごく強い。

                バーンスタインとは言え
                割に正当なクラシック曲で
                プログラムによればエロスを表現する・・・らしいのだが
                ヒラリー・ハーンの澄んだ音色だと
                エロスというより、天上のソフィアかアガペだわ、これは。

                チェロのソロとの絡みが、ものすごく美しかった。
                けれど、指揮者、曲の後でチェロのプレイヤーを立たすの
                忘れていて、ちょっとかわいそう。
                (意図的なものではなく、たぶん、本当に忘れていただけだと思う)

                アンコールのバッハの無伴奏バイオリンのパルティータが
                うわあああああ、素晴らしい。
                ここでも、あの透き通った純粋さが際立って
                鳥肌が立つくらいの天上の美しさ ♡

                ヒラリー・ハーン聴いただけで
                もう大満足 (^^)v

                後半はショスタコーヴィッチの交響曲5番。

                ご存知共産主義万歳の景気の良い曲・・・と言って良いのか
                ショスタコーヴィッチって、当時の政府に迎合するために
                景気の良いフレーズを大いに使ってはいるのだが
                基本的には、ロシア的な鬱の人だと思う。

                オロスコ=エストラーダは
                この曲の思想的な部分とかはさて置いて
                音楽的な美しいメロディ・ラインを歌わせる。

                だから大袈裟にならず
                あくまでも音楽としてのラインが提示されるので
                無駄な力がかからず
                端正な音楽が、程よい感情を伴って聴衆に届く。

                何も目立つ事はしていないのに
                見事に音楽になっているのに驚嘆する。

                バーンスタインでむちゃ巧かった金管が
                あれ?という部分は多少見受けられたんだけど(笑)
                冷戦時代は遠くなりにけりだから
                ソビエトの作曲家だから、という偏見はないと思う(爆笑)

                時の運というものはあるけれど
                オロスコ=エストラーダの指揮者としての
                抜群の才能と実力というのは
                間違いなく光っている。

                アンコールが
                エルガーのエニグマからのニムロッド。

                これがまた素晴らしい音で
                ホールを柔らかく満たす天国のような
                平和を希求するような
                愛情に満ちた音響が広がって

                うわあああ、ニムロッドって
                久し振りに聴くと
                しかも、これだけ柔らかいバランスの取れた丸い音響で聴くと
                やっぱり名曲だったんだわ、と

                アンコールに感激して
                友人とビール飲みながら
                真夜中近くまで盛り上がった私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ + 大河内雅彦

                0
                  Musikverein Großer Saal 2018年3月4日 19時30分〜21時20分

                  Wagner Society Orchestra Keio University Tokyo
                  指揮 Masahiko Okochi

                  Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
                   Capriccio Italien Phantasie für Orchester op. 45

                  Hiroshi Ohguri (1918-1982)
                   Phantasie nach Volksweisen aus Osaka

                  Johannes Brahms (1833-1897)
                   Quarett für Klavier, Violine, Viola und Violoncello Nr. 1 g-Moll. op. 25
                    gesetzt für großes Orchester von Arnold Schönberg

                  招待券もらっちゃったし
                  ちょっと昔の仕事の関係もあるし
                  (今は引退したから、全く関係ないのだけれど)
                  悪口は書けないし
                  アマチュア団体の記事は基本的に書かない事にしているのだが

                  エージェントさんから
                  正直な感想を、と言われたし
                  (社交辞令を社交辞令に取らない人なのワタシ)

                  え〜い、誰が読んでるかわかんないけど
                  もし気分を害する方がいらしたら、ごめんなさい!!!

                  慶應義塾大学の学生オーケストラ、ワグネル・ソサィエティーは
                  4年に1回、ヨーロッパ演奏旅行をする。
                  プラハ、ミュンヒェン、ウィーン、ブダペストが、いつものルート。
                  プラハとミュンヒェン、ウィーンとブダペストで
                  指揮者とプログラムが変わる。

                  4年前か8年前は、確かマーラーの交響曲だった記憶があって
                  ウィーンからマイカーにバナナ140本とか
                  ミネラル・ウォーター140本とか積んで
                  他の都市に持って行った記憶があるが
                  あれは違うアマチュア・オーケストラだったかもしれない。

                  しまった、余計な事を書いた ^^;

                  私の知り合いで
                  日本のアマチュア・オーケストラで活躍している天才がいるが
                  日本のアマオケの方がずっと巧い、と
                  コンサートの時にポロッと言う時があって

                  ええええ、まさか。
                  それって大袈裟に言ってるんだよね
                  と思っていたけれど

                  今回の慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラを聴いたら
                  あ〜、プロオケよりアマオケの方が巧いって
                  マジメに言っていたんだ、と、目から鱗が落ちた。

                  オーケストラは大編成だから
                  楽友協会のホールに似つかわしくない大音響が出てしまうのだが
                  チャイコフスキーのイタリア奇想曲から

                  うわっ
                  このオーケストラ、巧い・・・

                  指揮の大河内雅彦氏は、実は初聴き。
                  以前は大河内マエストロが下練習をして
                  他の指揮者が振っていたと思う。

                  (と言うより、仕事だと、のんびりコンサート会場で
                   聴衆になって聴いているなんて贅沢は出来なかったわよ(笑))

                  クセのないニュートラルな音楽を作る人という印象。
                  技術的にしっかりオーケストラを訓練しているので
                  出てくる音楽は申し分ないが
                  アクがない分、多少、音楽が単調になる時がある。

                  特にこの曲、チャイコフスキーが同じメロディの繰り返しを書いていて
                  楽譜に忠実に音は出てくるのだけれど
                  ニュアンスが少なくて冗長に聴こえる。

                  ただ、チャイコフスキーの場合
                  感情ダダ漏れになってしまう可能性があるから
                  ある程度のところで割り切って
                  あくまでもニュートラルに演奏、というのは
                  感情ズブズブのアクばっかりの演奏より良かったかもしれない。

                  大栗裕の「大阪俗謡による幻想曲」が素晴らしかった。

                  俗謡とは言っても、お祭りの時のリズミックなメロディ等が多用されていて
                  同時に、それが現代音楽作曲技法で見事に変容されているから
                  日本の音階やリズムが使われているとは言え
                  ちょっとエキゾチックな香りのする現代曲と言った方が良いと思う。

                  クールジャパン云々で外国にアピールするなら
                  こういう曲を、もっと演奏するべきだ(極論だけど断言する!)
                  もともとベルリン・フィルの演奏のために作曲された曲だし
                  その意味ではヨーロッパのオーケストラにも違和感はない筈。

                  パーカッションが大活躍だが
                  こういうリズミックなパーカッションって
                  プレイヤーは絶対に好きだと思うぞ(笑)

                  後半はブラームスのピアノ四重奏曲第1番の
                  シェーンベルク編曲版。

                  ああああ、これ、以前も聴いた事があるけれど
                  何とも不思議な味のする音楽なんだよねぇ・・・
                  (↑ 実はあまり好みではない)

                  前半の2曲では音量レベルが大きすぎて
                  特に大栗の曲で、高音が多くて耳が痛くなりそうだったのだが

                  ブラームス+シェーンベルクになったら
                  音量がヨーロピアンと化した。
                  楽友協会の音響に、柔らかくピッタリ嵌ったのには驚いた。

                  ああ、この指揮者
                  ヨーロッパで学んだ事を活かしているんだなぁ。
                  音の響きに、ウィーンらしい香りがある。

                  シェーンベルクの管弦手法よりも
                  ブラームスのメロディ・ラインを前に出して来る。
                  前半で伺えた、ニュートラルなアクのない真っ直ぐな音楽が
                  ブラームスで温かく柔らかく膨らんで
                  オーケストラなのに
                  ビーダーマイヤー時代の、しっとりした家庭音楽に聴こえてくる。

                  楽章間拍手は盛大にあったものの
                  まぁ、これ、ほとんどが招待客と、一見の観光客だから
                  それは仕方ないだろう。
                  (でもね、ワタシのようなクラオタも来ている可能性はある(笑))

                  アマチュア・オーケストラだから
                  特定の曲を長期間にわたって練習できる、というのはあるけれど

                  このオーケストラのメンバーの学生さんたちって
                  ほとんどプロに近い技量の持ち主ばかりじゃないか。

                  きっと子供の頃から演奏していて
                  才能を惜しまれつつも
                  あまりの頭の良さに
                  音楽家にするより一流大学を出て
                  一流企業に就職するなり独立するなりして
                  音楽は趣味で楽しむ方が、という人ばかりだろう。

                  あ〜、以前にも書いたけれど
                  (ツィッターだったかもしれない)
                  天は二物を与えず
                  って、絶対にウソですから。

                  あれはルサンチマンに満ちた誰かが自分を慰めるために言ったので
                  私の周囲なんか
                  二物どころか、数十物を当たり前のように持っている人が
                  わんさか居る。

                  というより、一つの事に秀でた人は
                  実は他の事にも秀でている、というのが事実だと思う。

                  弦楽器なんか、絶対に全員、子供の頃から英才教育というタイプだわ。
                  ボウイングもビブラートも見事だもん。

                  管楽器プレイヤーも同じタイプかなぁ。
                  中学・高校で吹奏楽やオーケストラをやって
                  音楽大学に行けば?と先生に言われたけれど
                  成績が抜群に良いので、別の勉強をして楽器は趣味にします
                  というタイプだろう。

                  このオーケストラ、入るのに厳しいオーディションとかあるんだろうか。
                  いや、あるだろうな、きっと。
                  で、ヘタクソだと虐められるとかディスられるとか
                  体育会系とかで、毎日の激しい練習に耐えなければ
                  あんなに技術的に高い演奏って出来ないんじゃないか?

                  ・・・ただの妄想です、妄想。

                  楽器に習熟するためには
                  練習時間1万時間、という基準があって
                  (これは1日4時間、毎日練習して7年、と思って下さい)
                  大学生って、そんなに毎日、練習の時間があるんだろうか?

                  日本には、学生オーケストラ以外にも
                  市民のアマチュア・オーケストラやオペラ団体が数多くあって
                  みんな技術的に高い演奏をするらしいが

                  忙しいサラリーマンが
                  どうやって練習の時間をひねり出すんだろう???
                  (私もサラリーマン時代は割に忙しかったけれど
                   日本のサラリーマンの忙しさって尋常じゃないし)

                  アンコールにワーグナーのローエングリン第3幕への前奏曲。
                  元気で明るくて華やかで
                  金管の艶が素晴らしいし
                  ワーグナーらしいニュアンスも充分で聴きごたえバッチリ。

                  これからの日本の未来を担う
                  超一流大学の若人たちのオーケストラ。
                  アマチュア・オーケストラ、油断ならんわ、と
                  色々な才能のある、天から数十物をもらった若い人たちを見ながら
                  幸せな気分になったコンサート。

                  招待券だから褒めてるワケではございません
                  と本気で言っている私に
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                  日本の大学は卒業シーズンだろうが
                  こちらの大学は明日から夏学期開始です 😅

                  クリーブランド管弦楽団 + フランツ・ヴェルザー=メスト

                  0
                    日曜日のダブルヘッダーです。
                    時系列に読みたい方は、もう一つ下の記事からどうぞ。
                    (もっとも下の記事は大いに夜のコンサートの印象の影響を受けてます・・・)

                    Musikverein Großer Saal 2017年10月22日 19時30分〜20時55分

                    The Cleveland Orchestra
                    指揮 Franz Welser-Möst

                    Gustav Mahler (1860-1911)
                     Symphonie Nr. 6 a-Moll, “Tragische”

                    昨日の春の祭典で
                    ちょっと覚悟はしていたものの
                    予想通りのマーラー6番。

                    巧いし、各パートが全部聴こえてくるし
                    一部、ミスとかはあったけれど
                    見事に完璧なオーケストラのバランスで

                    こんなに感情的にコミットメントしないマーラーって
                    滅多に聴かないような気がする。

                    ものすごく速いテンポで入った第一楽章から
                    やっぱりこのオーケストラ、巧い。
                    音の締まり方が違う。
                    (すみません、ここで午後のトーンキュンストラーが霞んでしまいました)

                    とことんクリアな完璧な弦のアンサンブルに
                    程よい音量で乗ってくる管楽器。
                    スコアが透けて見えるように
                    どのパートを取っても
                    マーラーが仕掛けたポリフォニーが全部見事に聴こえてくる
                    (ような気がする)

                    スコアをコンピュータにぶち込んで
                    最も理想的なバランスで演奏させたような印象。
                    ゲーム音楽?
                    とまでは言い過ぎと思うけれど

                    この不思議な感じを何と表現して良いのやら。
                    昨日の「春の祭典」で心の準備をしておいて良かったわ。

                    で、昨日と同じように
                    感情的な揺れや語りかけは一切ない。
                    見事に聴衆に語りかけてこない
                    「完璧な音楽を目指しています」と
                    オーケストラと指揮者で完結してしまっている。

                    スポーツ競技かそれは(いやいや、言い過ぎ (^^;;)

                    このオーケストラの優秀さと
                    音響の美しさと、バランスの見事さには
                    最初から最後まで舌を巻いた。

                    まぁ、傷がなかったとは言わんが(笑)
                    特に一番最後のトゥッティが
                    今ひとつ決まらなかったのは、ちょっと残念。
                    (ほんの少し各パートがずれたのである)

                    しかし一番驚いたのは
                    カウベルの部分だった。

                    あれ、カウベルですか?
                    何だかガラスか何か、あるいは風鈴みたいな
                    カウベルの無骨さが全くない音が聴こえてきて

                    ちょっと現代音楽のスペクトル派への架け橋的
                    あるいはもっと卑属な言い方をしてしまえば
                    数年前まで大流行だった、リラックスするための環境音楽の響き。

                    確かにこういう名曲は演奏される機会も多いので
                    あまり正統的に演奏してしまっても
                    目立たないため
                    有名になりたい指揮者は、色々と工夫を凝らすのはわかるが

                    正確無比とバランスの完璧さと
                    音響バランスを徹底的に追求して
                    全く重さのない
                    とことん軽いコンピュータ音楽の方向に動くとは
                    思ってもみなかった。

                    確かに、これ、あり?と思わせてはいるので
                    その意味では、滅多に聴けない音色だったし
                    面白かったし、楽しませてもらったが

                    感動って何でしたっけ?(笑)

                    マーラーの交響曲って
                    時々、自分の心の準備が出来ているかいないか関係なく
                    否が応でも感情を揺すぶられて
                    イヤイヤイヤと言っている間に
                    突然、感情がぶっ飛んで大波に翻弄される事があるんだけど

                    どこが悲劇的?とついつい思ってしまって
                    聴く方もとことん分析的に聴けるマーラーって
                    ある意味、感情的な負担がないから楽と言えば楽かも(こじつけ)

                    う〜ん、好き嫌いはかなり分かれそうだな。
                    こういう感情にコミットメントしない音楽
                    もともと、そういう現代音楽が好きな私は
                    ああ、こういうアプローチもありか、と思って
                    感心しながら聴いていたけれど
                    マーラーに思い入れがある人には耐えられなかったかも。

                    という訳で本日のマーラー・マラソンは終了。
                    ここ数日で枯れ葉が道路を覆うようになって
                    あぁ、冬が来るんだわ、と鬱々しかけている私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    クリーブランド管弦楽団 + フランツ・ヴェルザー=メスト

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2017年10月21日 19時30分〜21時20分

                      The Cleveland Orchestra
                      指揮 Franz Welser-Möst

                      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                       Streichquartett a-Moll, op. 132 chorische Aufführung
                      Igor Strawinsky (1882-1971)
                       Le Sacre du Printemps

                      クリーブランド管弦楽団の客演。
                      先週はヤナーチェックのオペラを
                      新聞記事によれば映画と一緒に演奏していたようだが
                      残念ながら聴く機会を逃した。
                      (まぁ、私の購入する貧民席からは映画は見えなかっただろうから
                       行かなくて良かったとも言える)

                      ベートーベンの弦楽四重奏曲を
                      「コーラスの演奏」って何なんだ?
                      一瞬、クリーブランド合唱団とかか、と思ったけれど
                      いえいえいえ、もちろん弦楽で
                      四重奏曲のパートを複数の弦の奏者が演奏する、という形式。

                      ・・・そんな事をする理由がイマイチわからないんだけど。
                      やっぱりオーケストラで演奏してしまうと
                      もともと、もっとスッキリした響きだった筈の曲が
                      何だかちょっと厚みが増す。

                      弦はぴったり揃って、完璧なアンサンブルなので
                      思っていたよりもボッテリした響きではないけれど
                      それでも、かなりの違和感がついて回る。

                      その中で、第三楽章だけは
                      一部、教会旋法を使ったコラールの形式になっていて
                      これは複数の弦で演奏する響きが非常にハマった。
                      何とも美しい響きがホールを満たして行って
                      あぁ、ベートーベンが大病から回復して
                      神に感謝、という心情がよくわかる。

                      不思議なものを聴いてしまったなぁ、と思ったが
                      後半の「春の祭典」の方が
                      実はもっと不思議だった。

                      アメリカのオーケストラって
                      通常、ものすごくマスキュリンで力強くて
                      ガンガン演奏するイメージが強いのだが

                      この春の祭典、不思議な事に
                      全く力強さとかエネルギーを感じない。

                      スコアが見えそうな
                      ものすごい透明感を持って
                      一つ一つのパートが全部聴こえて来るのである。

                      メロディっぽい部分で通常は聴こえて来ないポリフォニーが
                      見事に浮き出して、ちゃんと聴こえてくる。

                      その透明感と室内楽的な「全部聴かせてやろう」の影で
                      この曲が本来持っている筈の
                      土着のワイルドさとか、エネルギーとかが見事に犠牲になっている。

                      ヴェルザー=メストも、オーケストラの音を極限まで抑えているのだ。
                      どんなにフォルテになっても
                      絶対にうるさくならず、楽友協会ホール一杯にはならない。

                      だから不思議な浮遊感がある。
                      とことん軽い。

                      同時に「正確無比」の演奏で
                      情緒とか、感情とか、その手のモノが全て欠けていて

                      いやこれ、スコアをそのまま
                      完璧なバランスでコンピュータで演奏したような感じがする。

                      冷たい、と言えばそうなんだろうけれど
                      変に熱くならない分
                      音楽としての完成度は非常に高い。
                      沈着冷静、ポリフォニー完璧、オーケストラの楽器のバランス完璧な
                      教科書記載の模範演奏に聴こえてくる。

                      もともとヴェルザー=メストって
                      最初に聴いた時から
                      野心満々の、技術的には非常に高い能力を持つ
                      でも、何だか音楽が好きなのか何なのか
                      よくわからん指揮者で

                      クリーブランド管弦楽団とだけは、かなり相性が良さそうで
                      時々、え?この人、こんなエモーショナルな音楽も出来るんだ
                      と思った事もあるけれど

                      「春の祭典」そのものが
                      近代音楽で、単純にエモーショナルとは言えない曲である事を考えても
                      あの完璧な「冷たさ」は不思議だ。

                      まぁ、それを冷たさと言うか
                      スタイリッシュと言うかは好みの問題で
                      聴きながら、エサ・ペッカ・サロネンを思い浮かべてしまった。
                      (サロネン・ファンに後ろからグッサリ刺されるかもしらん・・・)

                      さすがにホールを知り尽くしたヴェルザー=メストが
                      楽友協会ホールの音響に合わせて
                      オーケストラの響きを極限まで抑えたのは凄いと思うし
                      その中で、あれだけ各パーツが全部クリアに聴こえて
                      バランスとしては最高の演奏だったので
                      音響として聴けば素晴らしい演奏だったと思うんだけど

                      やっぱり「春の祭典」には
                      多少のエネルギーの爆発は欲しいです・・・

                      明日はマーラーの交響曲6番がプログラムに載っているのだが
                      今日みたいに
                      最初から最後まで、ひたすら冷静に演奏されたら
                      ちょっとイヤかも、と
                      ついつい思ってしまった私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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