バイエルン放送交響楽団 + マリス・ヤンソンス

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    Musikverein Großer Saal 2017年11月27日 19時30分〜21時

    Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
    指揮 Mariss Jansons

    Anton Bruckner (1824-1896)
     Symphonie Nr. 8 c-Moll, Zweite Fassung (1890)

    え〜っと、だからブログなんて書いてる時間はないんだろう
    ・・・と読者からツッコミ入りそうだが

    睡眠時間3時間でも
    仕事している時は
    そういう状況が数週間続いて
    自宅でシャワー浴びる事が出来ず
    (夜中に使うと近所に聞こえるので迷惑なの)
    会社にタオル持って行って
    夜中の2時過ぎに会社のシャワー・ルームを使ったりしていて
    仕事だから当然の事に
    失敗したら大きな責任がかかってくるという時期もあったので

    今回は失敗しても
    自分が痛い目にあうだけだし
    一応、1月に敗者復活戦もあるし
    ・・・と言い訳しつつ f^_^;)

    ブルックナーの交響曲8番だけのプログラムだし
    ブルックナーの後にさすがにアンコールは演奏しないだろうから
    早めに帰れるコンサートだ、え〜い、行っちまえ。

    バイエルン放送交響楽団は
    昨日書いた通り、基本、マッチョなオーケストラだと思う。

    しかもヤンソンスが、ともかくオーケストラを鳴らす。
    鳴らし過ぎで
    楽友協会のえらく残響の長いホールに響き過ぎてしまい
    どこでそうなるのかは不明だが
    時々、不思議な音響(人の話し声に聞こえる)が混じっていたのが
    面白いと言えば面白い現象ではあった。

    そうか、あのホール、鳴らし過ぎで
    しかもブルックナーみたいに和声が複雑だと
    ああいう不思議な増幅があるんだなぁ、と
    音響工学的にえらく感心していたのだが
    (カッコ良く書いたつもりで、思い切り滑っているのはお許し下さい)

    音が大き過ぎて
    あまりにマッチョ、というか
    時々、暴力男性に化していたのはともかくとして

    ブルックナーって、こういう曲だったのね
    と、ストンと納得できる
    圧倒的な1時間半だった。

    プロコフィエフの5番の時もそうだったけれど
    厚みのある響きで
    ブルックナーのオーケストラの音の重なりを聴いて
    それがホール一杯に広がっていくと

    やっぱり、これは別世界。

    ヨーロッパのキリスト教文化と
    教会でのオルガンの音、という基本があるにしても
    それを越えたところで
    ブルックナーの8番って
    本当に巨大な大伽藍のような作品。

    別世界に飛ぶような恍惚のフォルテ部分と
    親密でこの上なく美しいフレーズが
    交互にやってきて
    あああああ、悶える、悶えてしまう・・・

    本気でヘン○イと化してはいるが
    周囲のクラオタ全員、ヘ○タイに変身して
    全員、どこかに飛んでいっている。

    それは良い事なのだが
    隣の若いカップル
    男性がクラオタのようで
    曲を知っているらしい。

    身体を動かすのも、ちゃんとフォルテ来るぞ、というところで
    全身を緊張させて、集中して聴いているのを
    隣の彼女が気に喰わないらしく

    手を握ろうとしたり、もたれ掛かったり
    挙句の果てに演奏中に彼氏に話しかけようとして
    彼氏からたしなめられて
    不貞腐れてスマホ見てたけど
    (その間も彼氏は音楽にひたすら集中)

    ブルックナーの8番だもん。
    もう彼女とか彼氏とか
    世俗のエロスの世界からは遥か彼方に遠ざかって
    深い(かどうかはわからんが)精神世界にどっぷり浸かっていて
    可愛い彼女の自己主張に付き合っている余裕はないでしょう。

    きっと
    え?貴方、クラシックが好きなの?
    ワタシもよ。だからコンサートに連れていってちょうだい
    ・・・とか言うやり取りがあったかと思うのだが(笑)

    でもさすがヨーロッパ男性というか
    最後の盛り上がる直前に
    彼女の太ももを感極まって掴んでいたから(爆笑)
    彼女の機嫌もそこで治ったようだ。
    (・・・コンサート中に何見てる、というツッコミは却下)

    マッチョで男性的で音量のどでかい演奏だったので
    無駄な残響がヘンな音を混ぜて来たり
    多少、粗く聴こえる部分も結構あったんだけど

    やっぱりヤンソンスの曲との距離感が絶妙で
    のめり込みの度合いのバランスがものすごく良くて
    う〜ん、やっぱりこの指揮者
    とことん職人的なところがあるなぁ。
    それがまたチャーミングなんだけど。

    普通、ブルックナーが演奏されると
    指揮者もオーケストラも
    どんどん神がかっていって

    指揮者によっては
    演奏後、なかなか指揮棒を下ろさずに固まってしまい
    (慣れた)聴衆も、さすがにブルックナーなので
    なかなか拍手せず、という状況がよくあるのだが

    ヤンソンスはそこらへんも割り切っている感じで
    見せつけるようなわざとらしい静止のポーズは取らず
    すぐに身体の力を抜いてくれたのも好感。

    ブルックナーの交響曲8番については
    様々な忘れ難い名演を聴いて来たけれど
    (ティーレマンとか、ああ、そう言えば
     あのジョルジュ・プレートルとウィーン交響楽団の演奏は
     今でも忘れられない)
    今日の演奏も忘れられないものになりそう。

    マーラーにプロコフィエフに
    ブルックナーの8番まで
    こんなタイヘンな時にコンサートが重なって

    タイヘンだけど
    コンサートだけは何があっても行っちゃうもんね
    という原則を
    仕事している時から貫いていた
    底抜けにアホな私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    これからカデンツの
    ブルックナーの3原則(「家庭薬」Hausmittel とも言う(笑))を
    少しお勉強したら寝ます (-_-)zzz

    ちなみにブルックナーの3原則と言うのは(知ってる方、ごめん)

    同じ音はそのまま
    移動する時は最短距離
    バスとソプラノの移動の方向は反対

    ・・・というものですが
    確かに考えてみればブルックナーは
    ウィーン大学の和声学の教授でした(笑)

    ・・・って言うか、こんな偉そうな事を書いていて
    不合格だったらどうしよう (ーー;)
    ↑ ブログなんか書いてる暇に勉強しろって事です(自爆)

    バイエルン放送交響楽団 + マリス・ヤンソンス

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      Musikverein Großer Saal 2017年11月26日 19時30分〜21時30分

      Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
      指揮 Mariss Jansons
      ピアノ Yefim Bronfman

      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur, op. 58

      Sergej Prokofjew (1891-1953)
       Symphonie Nr. 5 B-Dur, op. 100

      いやブログなんか書いてる場合じゃないだろ
      というのは、自分でも良くわかってはいるのだが
      (現実逃避・・・以下省略)

      バイエルン放送交響楽団とマリス・ヤンソンスの
      楽友協会でのコンサートは2日間で別プログラム。

      アルゲリッチの打鍵の強さを書いた時に
      同じような打鍵の強いピアニストの1人として
      ブロンフマンの名前を挙げたら
      ご本人が夜のコンサートに出演していたのでびっくりした。
      (偶然です)

      ベートーベンのピアノ協奏曲
      確かに5番とかだったら強く弾いて映える曲だが
      何故か4番(笑)

      強いとかいう派手さが目立つ曲ではないが
      ブロンフマンのピアノの音色が美しい。
      オーケストラは硬めのところと柔らかいところが
      音響に混在していて
      これも各所で、そこに合う響きを的確に演奏してくれて

      オーケストラとピアノの
      あの親密な語り合いがこの上なく美しい第2楽章で
      携帯電話を(メロディ付きで)鳴らした奴は
      殴ってやりたい。
      (と、会場に居る全員が思っただろう)

      何故、携帯電話、フライト・モードにしておかないかね?
      それとも旅行会社の社員か?
      (註 ええ、我々、緊急連絡先ですから、本当に場合によっては
         携帯電話をスイッチ・オフできない場合がある。
         私は無情に切ってましたが。
         だって緊急連絡については(残業もだけど)一切支払いなかったし)

      しかもアンコールがシューマンのアラベスク!!!
      うわああああ、何と美しい滑らかな響き ♡

      でも私のお目当ては
      読者の皆さまご推測の通り
      プロコフィエフの交響曲5番!!!!

      好きなんです、この曲。
      ただ、本当に滅多に演奏されない曲の一つ。

      ベートーベンとかブルックナーとか
      マーラー(2番・3番・7番・8番を除く)とか
      チャイコフスキーとかブラームスとかドボルジャークとか
      コンサート通いをしている中で
      へええええ、また同じ曲かよ、という
      もう何回聴いたか、という曲もあるのに

      プロコフィエフの交響曲に関しては
      最近、やっと少し1番(古典交響曲)はプログラムに載るのに
      この大傑作の素晴らしい5番は
      ウィーンのオーケストラ、どこも演奏してくれない(涙)

      結構長い交響曲なのだが
      プロコフィエフらしい転調やモチーフと共に
      マーラーの7番のように
      まるでカレイドスコープのように
      色とりどりのおもちゃみたいな宝石みたいなモチーフが
      次から次に現れるチャーミングな曲。

      これをヤンソンスが見事に振った。
      テンポ、緩急、音響の扱い方
      そして、これ大事なんだけど
      入れ込み過ぎず、かと言って突き放すワケでなく
      理想的に程よい、曲に対する距離感が心地よい。

      最初から最後まで緊張の緩む時がないのに
      あの複雑な曲を
      観衆を疲れさせる事なく
      分断したメロディも、すべて美しく纏めて一体にして

      ああ、いったいどういう魔法を使ったら
      ああいう演奏が出来るんだろう。

      オーケストラの音響が、この曲に合ってる。
      ある程度の強さとワイルドさに加えて
      時々、ハッとするようなチャーミングで柔らかい響き。

      基本的にはマッチョなオーケストラだと思うのだが
      音響的な色のパレットが多彩で
      プロコフィエフの交響曲の楽しかった事。
      一瞬、一瞬の音響を愛しむように宝石のように
      大事に愛撫しつつ、心に染み込ませました。
      (ああああ、どうせここまでやるのはオタクです。
       でも本当にこの曲、ライブで聴かないんだもん!!!)

      私が好きな作曲家で
      ウィーンで滅多に演奏されないのは
      プロコフィエフ(交響曲ね)、サン=サーンス(ピアノ協奏曲とか)
      それに、チェコの作曲家、マルチヌーなんだけど
      (マルチヌーはウィーン放送響がシリーズで演奏したが
       残念ながら全部は行けなかった(涙))

      ウィーンのオーケストラも
      ベートーベンやブラームスやモーツァルトやハイドンだけじゃなくて
      他の曲も演奏して下さ〜い、と
      切望する私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 + アラン・アルティノグル

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        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年11月11日 19時30分〜21時45分

        London Philharmonic Orchestra
        指揮 Alain Altinoglu
        バイオリン Patricia Kopatchinskaja

        Maurice Ravel (1875-1937)
         Le tombeau de Couperin
         (Fassund für Orchester) (1914-17/1919)

        Igor Strawinski (1882-1971)
         Konzert für Violine und Orchester D-Dur (1931)

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
         Symphonie Nr. 3 Es-Dur op. 55 “Eroica” (1803)

        午後のウィーン・フィルで
        こってりした厚みのある音響で
        おどろおどろしい山の森の中の嵐に翻弄されて
        鳥の鳴き声まで怖かったコンサートの後

        ラヴェルの「クープランの墓」の平和な鳥の鳴き声や
        静けさを纏う自然の爽やかなそよ風が気持ちいい・・・

        ラヴェルの音が、とても軽くて
        しっとりとしたラインがパステル色で
        ホール中にゆっくり飛び回っている感じ。
        何とも優しく、軽やかで、洒落ていて
        クープランがお墓の下から、ちょっといたずらな目線で
        愛を持って我々を見つめているような感じ。

        オーボエのオジサンが名人!!!
        頭頂部に不自由がおありの
        見た目、本当に冴えないオジサンに見えるのだが
        このオーボエの音のしなやかさ、透明感
        更に、美しくありながら、絶対に出しゃばらない音色って
        名人は多いけれど、なかなか聴ける音ではない。

        こういう冴えないオジサンがスーパーマンだった、というの、すごく好き。
        私の世代は少女コミックの定番が
        学校のクラスの冴えないブスの女の子が
        メガネ取ったら超美人になる
        というおとぎ話で育って来たので、条件反射である。
        (実際はあり得ないです、念の為)

        しかしこのオーケストラの弦のアンサンブルの正確さってスゴイ。
        木管は冴えないオヤジ名人もいるし
        その隣の美人フルーティストは張り切って演奏するし
        クラリネット2人の掛け合いもリズム感抜群で
        最初のクープランで、おおおおおおっ、と感激してしまう。

        最後の楽章のリズム・メロディを
        ちょっとバロック風みたいにして演奏した印象があって
        あぁ、これ、もしかしたら、次のストラヴィンスキーの
        バイオリン協奏曲(まぁ、これも言ってみれば古典回帰的な曲)に
        違和感なく繋げようとしたんだろうか?と思ったのは
        私の深読みかもしれないが。

        さて、ストラヴィンスキーのバイオリン協奏曲と言えば
        ジョージ・バランシン振付のバレエ作品を思い出すワタシは変かもしれない。
        調べてみたら、2012年10月25日の公園と
        2012年3月くらいに4回鑑賞したバランシン&ロビンスで聴いていた。

        だから何故か曲は知っている(笑)
        ただ、あまりバレエのシーンは記憶にない(こらっ!)

        さて、私はバイオリンはさ〜っぱりわからないのだが
        パトリチア・コパチンスカヤはものすごく好き ❤
        以前にも何回か書いているけれど
        小柄でキュートでバイオリン巧くて

        現代音楽が好きで
        異端で
        徹底的にサービス精神に満ち溢れていて
        この人こそ
        音楽がその場の一瞬で消えるものである事を
        自覚しているプレイヤーだと思う。

        だからこそ、その一瞬を
        ものすごいエネルギーで燃焼させる。

        バイオリニストは物心つかない頃から
        1日に10時間くらい練習してプロになるので
        マジメで、品行方正で努力家で
        バイオリンの世界しか知りません、というタイプが多い。

        コパチンスカヤだって、1日10時間とか
        子供の頃から練習していたに違いないのに
        どこで道を踏み外したんだか(違!)

        ストラヴィンスキーのバイオリン協奏曲って
        ともかく地味な曲なんだけど
        バイオリン、はしゃいで飛び回ってるし(笑)

        舞台衣装は、何年か前に
        「この衣装は Work in Progress」と言った衣装と同じで
        当然ながら Work in Progress なので
        破れている箇所が微妙に違う(爆笑)
        今回は背中の一部に裂けた部分が出来ていた。

        地味な曲なのに
        時々、極端なほどにデフォルメされたバイオリンの音と
        複雑なリズム感が躍動的で、聴き惚れてしまった後のアンコール。

        「ストラヴィンスキーはこの曲のために
         カデンツァを作曲しませんでした」

        というワケで
        コパチンスカヤの作曲したカデンツァ(笑)
        正式には「ストラヴィンスキーのバイオリン協奏曲のオマージュ」
        と言う曲のようだが
        コンサート・マスターまで巻き込んで
        まぁ、見事に聴かせてくれました。

        こういうサービス精神がね、スゴイんですよ。
        絶対にバッハの無伴奏バイオリン曲なんか弾かないもん。
        (無伴奏バイオリン曲に反対するつもりはないけれど)

        あまりにキュートでサービス精神抜群のコパチンスカヤの後
        後半はベートーベンの交響曲3番。

        今さらベートーベンの交響曲3番かぁ・・・
        しかも演奏時間50分、と書いてある、という事は
        リピートも全部やるつもりだな・・・
        もう帰ろうかなぁ、と思ったのだが

        いや、これがなかなか楽しかった。

        アンティノグルって、オーケストラの歌わせ方が巧い。
        ゴツゴツしたベートーベンのメロディ・ラインが
        何とも柔らかく(最初は多少テンポが遅れ気味)
        レガートに響いて来るし

        バイオリンが対抗位置で
        この音響効果がまた面白くて。

        クープランの墓で聴かせたような
        オーケストラのバランスの良さは
        ベートーベンでも発揮されていて
        音が重くならず
        バロックとロマンティックの中間時代を感じる。
        (バロック的なものとロマン派的なものが
         絶妙な配合で入ってくるのだ)

        曲が歌って歌って
        隠されたメロディ・ラインも美しく提示されて
        とことん音楽的な表現力がカンタービレ(ワケわからんがお許し下さい)

        ベートーベンはドイツの英雄だ、とか言う
        堅苦しいタイプが聴いたら
        荘厳さが足りない、とか重さが足りないとか
        精神性に欠けるとか言い出しそうだが(笑)

        オリジナルの音に拘ったワケではなく
        あくまでもモダン・オーケストラで
        かと言って、どこも大袈裟にならず
        楽譜に忠実に徹底的に歌わせた印象を残した。

        第3楽章と第4楽章はアタッカ。

        確かにリピートを全部やった分
        多少はしつこさもあったんだけど
        音楽的表現力があまりに凄くて
        歌いながらのストーリー・テリングが素晴らしく
        50分の演奏時間を短く感じたのも確か。

        ベートーベンの交響曲を演奏すると
        客は集まるので
        最近、ベートーベンがまた流行になって来ているけれど
        こういうベートーベンなら楽しいかも、と
        ウキウキ帰宅した私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        午後のウィーン・フィルの記録も書きたいのだが
        ちょっともう時間がなくて ^^;
        明日の午前中に同じコンサートに行く予定なので
        その時に書こう(軟弱者+怠け者(笑))

        ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 + ブロムシュテット

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          Musikverein Großer Saal 2017年11月1日 19時30分〜20時50分
          2017年11月2日 19時30分〜20時50分

          Gewandhausorchester Leipzig
          Sinverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
          指揮 Herbert Blomstedt
          ソプラノ Hannah Morrison
          バリトン Michael Nagy

          Johannes Brahms (1833-1897)
           Ein deutsches Requiem, op. 45

          11月1日はヨーロッパのお盆で
          死者が一年に一回、地上に帰って来る日(と思われている)

          よって、10月31日のハロウィンは
          紛れて悪霊が降りてくる(らしい)のを
          自分も悪霊に変装して紛れてしまおうという
          割に姑息なお祭りだと思うのだが
          まぁ、それはともかく・・・

          明け方までひたすら食べて飲んでしまった ^^;
          楽しかったのだが、歳も歳なので、続く日々はちょっとグッタリ(笑)

          でも、良き友人が居るって素晴らしい。
          美味しいモノを持って来てもらって
          すごい泡やワインを惜しげも無く開けたのは最高の体験。

          さて、そんなワケでちょっとグッタリしていたので
          2日間同じコンサートだったし、一緒に1記事にしておく。

          豚に真珠、猫に小判とは良く言ったもので
          これは応用すれば

          はっぱに宗教曲

          とも言えると思う(恥)

          でもまぁ、ブラームスのドイツ・レクイエムは
          ブラームスがプロテスタントだったので、歌詞はドイツ語だし
          カトリックのミサのような決まった形式ではないし
          これは宗教曲だ、という思い込みさえなければ
          好きになれる・・・かもしれない曲の一つ。

          でもでもでも
          感受性ゼロで
          理性ないくせに、ちょっと理性っぽいものが先立っちゃうので
          やっぱりこの世界観、根本的に理解できない (ーー;)

          それを踏まえた上で
          演奏そのものは素晴らしかった。

          楽友協会合唱団って
          もう実に実に実に巧くて
          これ本当にアマチュアかよ、というレベルで
          最初に入ってくるあたりのピアニッシモの美しさとゾクゾク感は
          宗教的感覚がヨーロッパとは全く違う私でも
          ひえええええっ、とその場で跪きたくなってしまう程。

          あの透明感、静謐な感じで曲が始まったら
          もうひたすら畏れ多く聴くしかない(笑)

          バリトンの音程がちょっと不安定に聴こえたのと
          ソプラノが、高音は美しかったのに
          中音域がアニメ声になっていて
          キュートなんだけど
          レクイエムでキュートって何なんだ?とは思ったが
          それもド・シロートの私の勝手な思い込みだろう(すみません)

          ブロムシュテットは
          譜面台にポケット・スコアは置いていたものの
          最初から最後まで開く事なく
          コーラスのキューのところは
          自分も歌いながら指揮していた。

          その集中力は見事なもので
          さすがに老練な巨匠の貫禄が滲み出ているのだが
          一瞬足りとも「指揮者」という存在感を表に出さず
          あくまでもブラームスという音楽そのものが
          ストレートに観衆に伝わってくるのは
          まるで魔法にかかったような気分。

          この曲、レクイエムとは銘打ってあるけれど
          「死」をメインにする、というよりは
          死者からの限りない愛に満ちた
          生きている人へのメッセージみたいな感じがする。
          (独断・偏見です)

          よって、透明感とか静謐な感じだけではなくて
          だんだん、むちゃくちゃ人間くさくなって行く。
          宗教くささが抜けてしまって、また、それが良いのだが (^^)

          有機的な「(生きている)人間」の体温が
          ブロムシュテットとゲヴァントハウス
          楽友協会コーラスの演奏から
          ものすごく温かく伝わって来て
          音楽そのものに血肉があるかのような
          オーガニックな印象を残す。

          手触りが温かくて
          オーケストラとコーラスの響きが
          大きなダイナミック・レンジなのに
          柔らかな厚みを持ってホール中に広がっていくのは
          宗教云々という要素を除けば
          「音楽」として聴いたら、確かに至福の時間。

          11月1日は別途にチケットを買って
          いつもの超貧民席ではなく
          コーラスもソリストも、素晴らしいバランスで響く席だったので
          (下から2番目のカテゴリーだが、チケットの価格は2倍近くする)
          音楽のお風呂に浸かっているような感じで
          周囲も静かだったので集中して聴けた。

          2日はチクルスだから超貧民席で
          隣の床の上に男性1人と子供2人が立って
          動くたびにキシキシと床が音を立てて
          子供は途中でガタガタ音をさせてお母さんの近くに座ったけれど

          そのまま立ち続けた男性が
          もうしょっちゅう身体を前後左右に動かして
          最初から最後まで、ギシ・ギシ・ギシという
          ゲネラルバスじゃないけれど、絶え間ない雑音を聞かされたのは
          かなりの苦痛だった(涙)
          (途中の休憩がないから注意もできない・・・・)

          とてもお元気そうで
          老練な部分は見せても
          音楽そのものは、瑞々しくてダイナミックで
          好みの問題とかは別として
          ある意味、ほとんど理想形を見せてくれるブロムシュテットも
          いつまで指揮台で活躍するかはわからないから
          一期一会の今回の4回のコンサートに感謝しなきゃ。

          とは言いつつ
          まぁ、お盆のシーズンだしなぁ、とも思いつつ
          やっぱり宗教曲は・・・・と
          しつこく思ってしまう救い難い私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 + ブロムシュテット

          0
            Musikverein Großer Saal 2017年10月30日 19時30分〜22時5分

            Gewandhausorchester Leipzig
            指揮 Herbert Blomstedt
            バイオリン Leonidas Kavakos
            チェロ Gautier Capuçon
            ピアノ Kirill Gerstein

            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Konzert für Klavier, Violine, Violoncello und Orchester C-Dur, op. 56
             “Tripelkonzert”
            Anton Bruckner (1824-1896)
             Symphonie Nr. 7 E-Dur

            ブロムシュテットとゲヴァントハウスの2日目。

            昨日のシューベルトのグレートより長かった (^^;;
            いや、プログラム見た時から
            なんでまたブルックナーの7番だけじゃないのか?と思っていたけれど
            ともかく、目一杯の体力が必要なコンサートで

            ドイツ人ってすごい(関係ないか(笑))

            トリプルコンツェルトは
            ・・・う〜ん、よくわからん。
            ベートーベンの作品の中でも
            よく演奏されるとは言え
            音楽的にすご〜い♡とか言う曲だとは思えないのワタシ。

            貴族のご姉弟たちがホームコンサートで
            自分たちの練習成果をご披露するような曲
            ・・・とか言ったら、袋叩きにあいそうだけど。
            まぁ、感受性ほとんどゼロの私の意見なので
            みなさま、無視して下さいまし。

            まさかアンコールやらんだろうと思っていたら
            やったよアンコール。
            (すみません、これもまた、割に退屈な曲で・・・
             各楽器の音色はさすがに綺麗だったけど)

            休憩後にブルックナーの交響曲7番。
            ・・・これ、普通に演奏して、全部で1時間を越える曲だし(冷汗)

            ゆっくり目のテンポで
            楽器を歌わせて歌わせて歌わせて
            大きなダイナミック・レンジで
            荘厳でドラマチックなのに
            イヤミにもならず、感傷的にもならず

            ともかく「音楽がそこに存在する」という
            なんだろう、この存在学的な絶対の感じって
            宗教とはまた違う、圧倒的な存在感。

            リンツ郊外の田舎のオルガニストとか言う
            時々、泥臭くなる土着の響きは全くなくて
            ともかく、大伽藍の中、ともかく荘厳。

            特に長い第2楽章は
            もう、しつこくしつこくしつこく歌わせて歌わせて歌わせて

            一瞬、これ、永遠に続くか、という印象で
            時間の狭間に落ち込んで
            どこにも出口がないような
            恐ろしさ、畏敬に満ちたスリラー気分。

            (そう言えば、筒井康隆の作品で
             入ったら絶対に出て来られない村というのがあったけれど
             ああいう恐ろしさがあった)

            恐ろしいのに、捕らえられている時間の狭間が
            あまりにも美し過ぎて
            永遠のサイクルに捕まってしまって
            その中で歓喜に打ち震えてしまうという
            リアルな世界から、どこか他の宇宙にすっ飛んだような気分。

            厚い音の重なりの和声と
            ユニソノのホールを満たす響き。
            埋葬行進曲のような、彼岸の世界にスッと足を踏み入れて
            いったい、このブルックナーという作曲家は
            何を見ていたんだろう・・・(あぁ、こわい)

            第3楽章のスケルツォでちょっと息が出来るようになって
            フィナーレのめまぐるしい転調で
            ちょっと現世に戻っては来たけれど

            いや〜、長かった・・・

            正直言って、ベートーベンなしの
            ブルックナーの7番だけで充分だった。

            昨日のシューベルトも長かったけれど
            今日のブルックナーは
            もともとの曲もしつこいだけに
            こってり、たっぷり
            歌わせて歌わせて歌わせて
            繰り返して繰り返して繰り返して
            永遠を垣間見せてくれる
            ある意味、鬼気迫る演奏。

            こういう曲って
            老獪な指揮者が振ると、とことん迫力が出る。
            野心とかのギラギラが全くなくて
            ただ、そこに「音楽」がある、という
            ある意味、音楽と演奏家で、ほとんど完結している世界。

            語りかけようと無理やり雄弁にならなくても
            流れ出す音の響きと色が
            そのまま素直に聴衆にプレゼントのように届く感じ。

            プレゼント受け取る方もかなりの覚悟が必要だが(笑)

            聴いている途中で
            なんとなく喉が痛いような気がして来て
            明日のハロウィーンに
            遠来の友人と、とんでもない企画をしているので

            ともかく本日はお茶飲んで
            すぐに寝ます(こらっ、宿題はどうした!?)という
            怠け者の私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 + ブロムシュテット

            0
              Musikverein Großer Saal 2017年10月29日 19時30分〜21時50分

              Gewandhausorchester Leipzig
              指揮 Herbert Blomstedt
              バイオリン Leonidas Kavakos

              Johannes Brahms (1833-1897)
               Konzert für Violine und Orchester D-Dur, op. 77
              Franz Schubert (1797-1828)
               Symphonie C-Dur, D 944 “Große C-Dur Symphonie”

              いや〜、長かった・・・ (^^;;

              またもや曲の重複で
              この間聴いたばかりのブラームスのバイオリン協奏曲と
              これは久し振りのシューベルトのグレート。

              ブラームスのバイオリン協奏曲、
              この間はコンツェルトハウスで
              今日は楽友協会というホールの差異があるので
              一概には言えないものの

              この間は非常に正確無比で真面目なブラームスだったのに
              今日のブラームス、ものすごく雄弁な感じがする。

              カヴァコスのバイオリンの音って
              澄んで美しいだけではなくて
              あの厚みというか、音の美しさには
              見た目のギャップと相まって、かなり仰け反りかえる。

              だいたいあのカヴァコスの青いシャツは何なんだ?!
              いつも労働者が着るような青いシャツで舞台に出て来て
              それ以外の衣装は見た事がないし
              私の知り合いは、あの青いシャツのまま
              街をカヴァコスが歩いているのを見ているのだが
              あのバイオリニストは、青いシャツを30枚くらい持っていて
              それがトレード・マークなのか?!

              妙なるバイオリンの厚みのある
              倍音たっぷりの音が
              また、ものすごい表情を持っていて
              ちょっと演歌と言えない事もない位に
              とんでもない感情を伝えてきて
              曲にストーリーが見えるような
              不思議なテキスト感覚を伝えてくる。

              カヴァコスのバイオリン
              実に雄弁なのだ。
              音楽を語り尽くしている感じがする。
              音楽が伝達する(べき)ものを
              とことん聴衆に明らかに伝えてきて
              こちらの感情を抉ってくるので鳥肌が立つ。

              最終楽章飛ばして飛ばして
              凄まじい速度でバイオリンが突っ走るので
              オーケストラは、必死になって追いかけていくのに
              ゼイゼイしている感じが、また何だかユーモアあって面白かった。

              後半のシューベルトのグレート。
              グレートって言ったって、別に「偉い」ハ長調じゃなくて
              小さい方に比べると長いハ長調と言う意味だが

              音がでかい!!!!

              通常の「シューベルト」のイメージの
              あっさりしたコンソメ・スープを期待していたら
              とんでもない音の厚みがドッカーンと降って来る。

              シューベルトのあっさり感や
              ウィーンという小都市(当時)の田舎感覚は全くなくなって
              堂々として、ダイナミック・レンジが大きくて
              フォルテになると、時々、音が団子になって聴衆を直撃する勢い。

              それが、リピート全部ありで
              延々と続く。

              際限なく、いつまでも続く感じがする。
              しかも音が大きくて厚みがあって
              強弱が激しくて

              印象としては
              こってりしたベートーベンか
              しつこいブルックナーみたいな感じがする。

              でも考えてみたら
              ベートーベンの交響曲9番の初演って1824年。
              シューベルトがこの曲を作曲したのは1825年から26年と推定されているので
              シューベルトのこの交響曲に
              ベートーベンの交響曲の影響があっても矛盾はしない。

              それにこの曲、ご存知の通り
              シューベルトの没後に初演されたワケだから
              シューベルトの頭の中で鳴っていた音楽は
              もしかしたら、こういう、大規模の堂々とした交響曲だったのかもしれない。

              ゲルマン風味というか
              どこもかしこも「しっかり」していて
              いつもテキトーなウィーンのいい加減さみたいなのは全くなく
              威風堂々とした、実に立派なシューベルトで

              私の持っているシューベルトの印象が全く合わないけれど
              でも、これ、確かにアリかも、という説得力があるところは
              ブロムシュテットの腕だろう。

              しかし、これだけ全部リピートやって
              オーケストラも全然バテないし
              ブロムシュテットに至っては
              最初から最後まで、しっかり立ったまま
              動きは少ないけれど
              見事なテンポの指示とキューを両手から出していて

              ・・・すごいな、この指揮者は。
              いつも驚かされる。
              お歳なのに、とか言うと失礼だとは思うのだが

              ブロムシュテット、90歳だよ?!

              それで、ちゃんと耳も聴こえて
              しっかりと音楽作りをしているのは
              プロとして舞台に立つなら当たり前とは言いつつ
              すごい事であるのは間違いない。

              しかし、それでも
              やっぱり、コッテリした長いシューベルトは
              草食民族日本人の私には、ちと辛かった。
              (聴いている方が体力ないってどういう事なんだか・・・)

              この組み合わせのコンサートは
              11月1日・2日にブラームスのドイツ・レクイエムが予定されている。

              今日からオーストリアは冬時間。
              冬時間になった途端に
              ドンと気温が落ちて
              ああ、これから長い冬が・・・・と
              陰鬱な気分になりそうな私に
              どうぞ励ましの1クリックをお恵み下さい。


              ムジカエテルナ + テオドール・クルレンツィス

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年10月27日 19時30分〜21時30分

                MusicAeterna
                ピアノ Alexander Melnikov
                指揮 Teodor Currentzis

                Dmitri Schostakowitch (1906-1975)
                 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 F-Dur op. 102 (1957)
                Sergej Prokofijew (1891-1953)
                 Symphonie Nr. 1 D-Dur op. 25 “Symphonie classique”
                Dmitri Schostakowitch
                 Symphonie Nr. 9 Es-Dur op. 70 (1945)

                アンコール
                Sergej Prokofijew
                Mimoletnosti “Visions fugitives” op. 22 (Poetico)
                Tanz der Ritter (Romeo und Julia. Balett op. 64b)
                Aschenbrödel. Balett op. 87, Akt III Nr. 50 : Amoroso

                テオドール・クルレンツィスとムジカエテルナの公演。
                クルレンツィスについては散々書いて来て
                ウィーンの公演は、多分、ほとんど聴いているはず。

                天才というよりは鬼才で
                とんでもない音楽を作る指揮者とオーケストラなので
                今は物珍しくて持て囃されても
                何回か聴いたら、珍しさが失せて
                その時には鼻について飽きるんじゃないか
                ・・・という危惧はもちろんあった。

                なのに、何回聴いても、この音楽は新鮮である。
                というより、既存のクラシック音楽とか言う枠組みを
                見事に取っ払っちゃって
                その躍動感、疾走感
                いや、身体全体を惜しみなく使って
                音楽というものの持つ根源的なエネルギーを
                容赦無く徹底的にワイルドにぶつけて来る。

                おとなしく座ってお上品にクラシック聴いてる
                という感じがゼロなのだ。

                (いや、前に座っていた男性が
                 ほとんど席で踊っていたけれど
                 不思議にそれが視覚的にうるさくなくて
                 ああ、そうそう、そういう踊りたい気分、よくわかる
                 ・・・私は踊ってません、たぶん)

                ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲2番。
                ちょっとワケありで
                本日、同じ曲をお昼に聴いているのだが

                いやその時も良い曲だなぁ、とは思ったものの
                キレ味の良さとかエネルギーが全然違う。
                サーカスにもなっていなくて
                スッキリしたオーケストラが
                疾走する粒の立った煌めくピアノにバッチリついて
                いやもう気持ちの良い事、この上ない。

                しかもアンコールのプロコフィエフの小曲。
                本当に短い曲なのに、最後の信じられないピアニッシモの
                ピアノとは思えない音色には鳥肌がたった。

                メルニコフとクルレンツィスは仲が良いから
                音楽的に合うんだろうなぁ。

                続けてプロコフィエフの交響曲1番だが
                クルレンツィスは出て来るなり
                指揮台に飛び乗って
                (考えてみればクルレンツィスが指揮台使ったのは初めて)
                拍手まだ鳴っているのに振り下ろす指揮棒。

                おおおおおおおっ!!!
                何だこのダイナミックな躍動感は!!!!

                この曲、この間
                ウィーンのオーケストラでも聴いたけれど
                印象が全然違う。

                ハイドンっぽいバロック感はリズム感覚と音色の中に
                はっきりと残っているのに
                この天才的なリズム感覚って、何なんだろう。
                スーパーバスみたいに厚めに効かせた低音に
                木管・金管の鮮やかな音が乗り
                それをバイオリンの躍動感が追って行って
                マッチョで筋肉質なのに絶対に重くならない。

                ガボットがむちゃキュートで腰が抜けた。
                ちょっと引き伸ばした木管のメロディに
                洒落っ気たっぷりにウインクしているような弦が
                ピアニッシモで乗ってくる。
                ああああ、これは悶える、悶絶する。

                読者諸氏はご存知だと思うが
                このオーケストラ
                椅子がどうしても必要な楽器を除いて
                全員、起立して演奏するオーケストラである。

                木管・金管の後ろには椅子が置いてあって
                さすがに長いフレーズを演奏しない時には座っていたが
                演奏する時になると
                ちゃんと立って演奏する。

                弦はチェロの椅子を除いて
                バイオリンもビオラもコントラバスも、椅子はない。
                (まぁ、ほとんど弾きっぱなしだし)

                音楽家は下半身が弱い人が多い、と聞いた事があるが
                このオーケストラ
                下半身弱かったら、やっていけないぞ(ちょっと誤解を招く発言)

                その中でも、私は
                演奏しながらジャンプしたり
                オーケストラを見てキューを出したりする
                コンサート・マスターがものすごく好き。
                この人、本当に見てるだけで面白い。

                フルートの美人のお姉さまも実に魅力的。
                クラリネット2本が立ったまま
                掛け合いでアンサンブルするところを見たら誰でも萌える。

                立って演奏する事で伝わってくる
                人間の身体全体から発散されるエネルギーがすごい。

                後半のショスタコーヴィッチの交響曲9番。
                たった22分くらいの曲なのだが
                第一楽章の「ユーモアに満ちた」部分の
                そのユーモアが、如何に切々と胸に迫ってくるか。
                でも、感動の押し付けになっていないの。
                躍動感と疾走感だけで聴いてしまうなら、それでも充分楽しめる。

                けれど、たぶん、この演奏が伝えて来たのは
                それだけじゃない。
                ロシアのいわく言いがたい闇の部分も含めて
                音楽の深いところまで、ちゃんと考えている。

                鳴り止まぬ拍手に応えて
                出たっ!!!
                プロコフィエフのロメオとジュリア。
                大音響から突然の弦のピアニッシモ
                もともと好きな部分だけど、背筋ゾクゾク。
                ジュリアの登場のソロのキュートさ、可憐さ
                ああ、もうたまらん(悶絶)

                飛び交うブラボー・コール。
                さすがにもうアンコールはやらんだろうと思ったら
                今度はシンデレラ!!!
                今までの演奏の荒々しさはすっかり影を潜めて
                とことん美しいキュートさの中にキラキラ光が漂うという
                まるで夢のようなおとぎ話。

                唯一、懸念があるとすれば
                このクルレンツィスの音楽って
                このムジカエテルナという特殊なオーケストラがあってこそじゃないか
                ・・・という事かな。

                アバドとオルケストラ・モーツァルトや
                アーノンクールとコンツェントゥス・ムジクスの
                蜜月のような素晴らしい演奏と同じく
                クルレンツィスあってこそのムジカエテルナで
                ムジカエテルナあってこそのクルレンツィス、という印象は拭えない。

                実際、他のオーケストラの指揮台に立ったのも見ていて
                それはそれで、やっぱり鬼才ではあるのだが
                伝統的オーケストラでは
                クルレンツィスのような音楽に反発するメンバーも多いだろう。

                そんなこんなを含めて
                もしかしたらムジカエテルナとクルレンツィスの蜜月を聴けるのは
                現代の聴衆に取って、最も幸せな瞬間なのかもしれない、と

                この上なく貴重で煌めくような印象を抱きしめながら
                帰宅した私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                私の日本の知り合いは
                どうしてもクルレンツィスを聴きたくて
                シベリアに遠征する、とか言っていたが
                確かに日本からシベリアはそんなに遠くない(笑)
                来日まで、クルレンツィスの音楽にカビがはえるとは思わないけれど
                先に聴きたいという人はシベリアに行く、という方法も確かにあるな。

                RAI国立交響楽団 + セミヨン・ビシュコフ

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年9月20日 19時30分〜21時40分

                  Orchestra Sinfonica Nazionale della Rai
                  指揮 Semyon Bychkov
                  ピアノ Kirill Gerstein

                  Sergej Rachmaninoff (1873-1943)
                   Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 c-moll op. 18 (1900/01)
                  Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
                   Symphonie Nr. 4 f-moll op. 36 (1877/78)

                  RAI国立交響楽団はイタリアのトリノを本拠地とする放送オーケストラ。
                  インターナショナル・オーケストラ・チクルスの一環で
                  先シーズンから2つほど席をずらしてもらったのだが
                  気難しい年配女性二人の、もろ前になっちゃって(涙)

                  端の席なのでピアニスト見たいな、とちょっと身体をずらした途端
                  後ろから「まっすぐに座りなさい」と怒られたのだが
                  当該の女性は音楽が始まった途端
                  シャカシャカすごい音を立てて飴を剥いてる(涙)

                  弱い外国人のワタシは、恐ろしい年配女性に逆らう気はないので
                  まっすぐ座ったら、もう見事に何も見えない。
                  ・・・・まぁ、良いけど。
                  音楽を聴きに来ているので舞台はどうでも(悔し紛れ)

                  ピアニストのキリル・ゲルシュタインは
                  調べてみたらこのサイトにお引越ししてから
                  5回も(!)聴いているピアニストで
                  そのうち2回はセミヨン・ビシュコフの指揮だった。

                  プログラムは見た通り
                  完璧に名曲アワーになっていて

                  何が悲しくて
                  イタリアのオーケストラで
                  ロシアものを聴かねばならないのか・・・

                  できればレスピーギとか・・・(無駄な願望)

                  ラフマニノフのピアノ協奏曲2番といったら
                  クラシック・ファンでなくても知ってる名曲で

                  第一楽章が、なんかちぐはぐな印象。
                  ゲルシュタインのピアノの部分のアクセントが
                  かなり特殊な感じなので、聴こえて来る音がかなり違う印象になるのと
                  テンポが・・・

                  いや、開始前に後ろからワケのわからん注意をされて
                  しかも飴の包み紙で頭に来てたというのはあるんだけど

                  ピアニストが超絶技巧を楽々と弾いて
                  テンポを上げて上げて上げて
                  人間技とは思えないテンポで弾きまくるのに
                  オーケストラが何だか付いて行けなくて微妙にずれる感覚。

                  すごいわ、このピアニスト、オーケストラを煽ってる
                  ・・・かどうかはともかく
                  そういう風に聴こえて来てしまう。
                  (オーケストラがモタモタしてるって感じ・・・すみません)

                  第2楽章では落ち着いて
                  最終楽章ではピアニストもオーケストラも
                  全速力で走り抜けました・・・みたいな感じか。

                  ゲルシュタインのピアノって
                  割にスカッとする感じで、比較的アッサリ目の
                  ウエットなロマンチック部分があまりない。
                  ビシュコフが時々、ヘンにロシア風ウエットなセンチメンタリズムになるのと
                  対照的な感じで掛け合いとしては面白い。

                  アンコールがチャイコフスキーの
                  Médetation D-Dur op. 72/5 (18 mouceaux)

                  私が知ってた訳ではなく
                  コンツェルトハウスは嬉しい事に
                  アンコール情報サービスというのがあって
                  コンサート後に携帯電話のショートメッセージに
                  曲目が入って来るのである。何て素敵なサービス (^^)

                  これも比較的アッサリと弾いてくれて
                  こういうちょっとドライな感じ、すごく好き。

                  さて名曲アワーの後半は
                  チャイコフスキーの交響曲4番。

                  最初のホルンの音が違う・・・ (o_o)
                  鋭いというか明るいと言うのか
                  ウィーンのオーケストラだと
                  もうちょっと厚みのあるホルンの音がする筈。

                  オーボエがまたこれがアニメ声というか
                  スープレットのソプラノみたいな音だし。
                  吹いているのは頭髪のないオジサンなんだけど(関係ないが)

                  全体的な音の色が何だかとても明るくて
                  ビシュコフのチャイコフスキーという事で
                  ウエットで暗くてドラマチックを期待していたら(偏見です)
                  悩みのない明るい音色で聴こえてくるので仰け反った。

                  ある意味、ものすごく面白い。
                  まぁ、偏見・独断なんだけど
                  ロシアの指揮者がイタリアのオーケストラに挑んで
                  音色で負けたという感じがする。
                  (独断・偏見・思い込み・先入観のてんこ盛りなので
                   賢明なる読者の皆さまは私の言う事を信じてはいけません)

                  アンコールはエルガーのエニグマからニムロッド。
                  (始まった途端、後ろから「あっ、これ知ってる、何だっけ」
                   と言う声があちこちで聞こえたが
                   この曲、最初はピアニッシモなので
                   いくら知ったかぶりしたくても演奏始まったら喋らないで欲しい(涙))

                  ビシュコフ、この曲、あちこちのオーケストラで
                  現在、練習中ですか(爆笑)

                  エニグマだったら、私、他にもっと好きな曲あるんだけど
                  何でアンコールはニムロッドに決まっているのか
                  (で、これをもって、本当に名曲アワーになっちゃったし)
                  ちょっと不満もある私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ムジカエテルナ + テオドール・クルレンツィス

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年9月13日 19時30分〜22時10分

                    MusicAeterna
                    MusicAeterna Chor

                    ソプラノ Julia Lezhneva
                    メゾソプラノ Catriona Morison
                    テノール Thomas Cooley
                    バス Tereq Nazmi
                    指揮 Teodor Currentzis

                    Hildegard von Bingen (1098-1179)
                      O vis eternitatis - Bearbeitung Teodor Currentzis
                    György Ligeti (1923-2006)
                      Lux aeterna (1966)
                    Alfred Schnittke (1934-1998)
                      Konzert für Chor II (Diese Lieder voll schwarzer Trauer) (1984/85)
                    Igor Strawinski (1882-1971)
                      Credo (1932)
                    Henry Purcell (1659-1695)
                      I will sing unto the Lord Z 22 (1679)
                    Alfred Schnittke
                      Drei geistliche Gesänge, Mutter Gottes Jungfrau (1983/84)
                    Arvo Pärt (*1935)
                      Salve Regina (2001/02)
                    Henry Purcell
                      Hear my prayer, O Lord Z 15 (ca. 1680-82)
                      Remember not, Lord, our offences Z 50 (ca. 1679-81)

                    Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
                      Requiem d-moll K 626 (1791)

                    テオドール・クルレンツィスという名前だけは
                    どうも先走りしてものすごく有名になっているようで
                    コンツェルトハウスのコンサートで
                    「チケット探してます」の紙を持った人が何人か居たのには
                    ちょっと驚いた。

                    ただ、名前ばかりが先行したような気がするのは
                    私の周囲の貧民席の客層が(ほとんどはクラオタ)
                    クルレンツィス目当てというより
                    チクルスで来ていたのか
                    それともクルレンツィスの評判だけで興味を示したのか

                    ・・・まぁ、その意味では観客の反応も色々と面白かった。

                    隣のおじいちゃんが時々見かけるお一人様常連で
                    この人、独りでブツブツ何か言ったり、笑ったりするので
                    時々、周囲の人がそれに反応して
                    お喋りクラブが出来てしまうのだが
                    (私はこういう人には同情で反応はしません)

                    今回も始まる前から
                    椅子一つ置いていない席を見て
                    何故椅子がないんだ、不思議だ、こんなの初めてだ
                    (ブツブツ呟いて、時々声を出して笑う)

                    最初に会場の電気が全て落ちて
                    (ここでまた、隣から「何だ、停電か?」というブツブツ声)
                    舞台袖の方からピアニッシモのコーラスの声
                    (ここで隣からクスクス笑い)
                    と思ったら
                    今度は近くから携帯電話の呼び出し音が派手に響いて
                    (当然、隣のオヤジを始め、そこらへん全員が大笑い)

                    お陰で最初の遥か彼方から響いてくるコーラスの
                    ほとんどが聴こえなくなった(涙)

                    アカペラで歌いながら
                    ロウソクを手に持って、暗闇の舞台に入ってくるコーラス。
                    (隣からブフフフと言う笑い声、もうオヤジ、帰れ、と本気で思った)
                    ロウソクを持って暗闇で円陣を作り
                    後ろにはオルガンと、その隣にリュート。

                    ドイツ中世の尼僧の歌(アカペラ)
                    う〜ん、1100年代の宗教曲だからネウマ譜なのだろうが
                    平均律にはなっていなくて
                    不思議なポルタメントとか微妙なマイクロトーンがあって

                    考えてみればクラオタにキセルさんたちが居るのもよくわかる。
                    (すみません、わかる人にはわかるネタで・・・
                     ルネサンス以前と現代音楽しか聴かないクラオタ層が確実にいます)

                    リゲティのルクス・エテルナは
                    できれば、もう少し残響の強い教会あたりで演奏して欲しいけれど
                    宇宙の広がりを
                    隣のオヤジがクスクス笑いさえしなければ
                    きっと、素晴らしい音響空間を楽しめただろうに・・・

                    (こういう人は注意するとコワイので
                     ほって置くに限る。あまりに酷いと他のオーストリア人が注意するが
                     その隣の年配カップルも、結構小声で喋っていたので・・・)

                    シュニトケのシュプレッヒシュティメから始まる曲あたりから
                    私はもう、何を歌っているのか興味がなくなって来た。

                    どの作曲家のどの曲を歌っているか
                    会場が暗いので
                    何人かの観客が、スマホをライトにして
                    プログラムを(歌っている最中に!)見ていたのが目立ったのだが
                    (会場が暗いから、ますます目立つのである。はっきり言って迷惑)

                    ストラヴィンスキーだろうか、ペルトだろうが
                    まぁ、ヘンリー・パーセルは時代が違うから
                    歌われればすぐにわかるけれど。

                    ただ、これ、暗がりの中で
                    アカペラ、時々、ほんの少しのオルガンと
                    リュートによる通奏低音だけの宗教曲なんだけど

                    宗教曲って、こんなに感情的で良かったんでしたっけ?????

                    熱心な読者ご存知の通り
                    決まった形式で妄想の余地がなくて
                    キリスト教文化が根底にある宗教曲が非常に苦手なのだが

                    ええええ?
                    クルレンツィスとムジカエテルナ・コーラスの宗教曲って

                    叫び?

                    あ、いや、叫んでません、ちゃんとコーラスで歌っているのだが
                    祈り・・・というか
                    祈りに模した叫び、いや、感情の吐露というか

                    比較的冷静で感情を抑えるタイプ、と自分では思っているので
                    感情任せの演奏されると、シラケる事が多いのだが

                    やだ、この演奏、シラケるより前に
                    感情の最も深いところに遠慮なくグイグイ声が入って来て
                    自分の無意識的な感情を引っ掻き回される。

                    ペルトの前にコーラス・メンバーの移動があって
                    移動と共に、コーラスの声、音響がホール内を微妙に移ろって行って
                    (音響オタクはこういうのに萌える)
                    最後のパーセル、コーラス・メンバーの「振付」ありで
                    この振付の微妙な身体の動きと位置で
                    また、聴こえてくる音響がゆらゆら揺れるのだ。
                    (音響オタク、ここで涙ドバ)

                    なんだよ、これ、こういうの宗教音楽で良いの?
                    キリスト教を文化の土台にしているとは言っても
                    基本的な人間の感情というのは世界中でそれほど変わらない筈で

                    人生に対する怒りややるせなさや
                    神に祈らざるを得ないような悲しみや焦りや
                    あるいは感謝する歓びの感情が

                    初期バロックと現代を混ぜ合わせているのに
                    全て歌われる音楽の中で
                    独りよがりにならないドラマが表現されていて
                    虹色に変化する音響の多彩な色合いを持ちながら
                    人間ドラマが
                    私の心の底にグサグサ、遠慮なく突っ込んでくる。

                    ううう、ちょっと人生観変わりそう。

                    この前半が終わった時点で既に20時50分。

                    暗い会場(舞台も暗い)でのアカペラ・コーラスの途中で
                    何人か帰った人も居たのだが
                    (だからクルレンツィスの名前だけで内容知らずに来たんじゃない?)
                    隣のブツブツ独り言のおじいちゃんも
                    途中で盛大にため息ついたり、ゴソゴソしていたが
                    前半の後、拍手もせずに会場を出て
                    後半は戻って来なかった。
                    (心の声:あぁ、助かった。
                     これでモーツァルトのレクイエムの時に
                     隣から「なんじゃこりゃ」とか言う小声が響いてくるおそれはなくなった)

                    後半のモーツァルトのレクイエムは
                    ザルツブルク音楽祭で聴いた通り。
                    (もう一度読みたい方は こちらをどうぞ)

                    バス以外の歌手陣は別。
                    (正直に感想を言えば、ソリストはザルツブルクの方が良かった)

                    このレクイエム
                    死者の安息を祈るとか言う本来の意味から
                    ま〜ったくかけ離れたところにあって

                    死者も怒って棺をバリバリ破って出てくるだろう(笑)

                    どちらかと言えば、最後の審判とかを思い起こさせる
                    ドラマチックで
                    感情的で
                    彼岸というより
                    やっぱり前半のコーラスみたいに
                    現生の、今、生きている人間の生々しい感情が噴出する。

                    さすがに最後まで残った観衆は
                    クルレンツィスのファンが多かったようで
                    盛大なブラボー・コールと拍手だった(笑)

                    クルレンツィスについては
                    今は物珍しいけれど
                    これがいつまで続くだろう、という懸念もあるけれど

                    どのコンサートを聴いても
                    何かしら驚く事があって
                    ちょっと目も耳も離せない指揮者である事は間違いない。

                    モーツァルト命のモドキに言わせると
                    クルレンツィスの音楽には魂がある、とからしいんだけど

                    音楽に魂があるって、どういう事だか
                    さっぱりわからない自称理性ニンゲンなのに

                    時々、コンサートで突散らかして狂う事もある私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ロンドン交響楽団 + セミヨン・ビシュコフ

                    0
                      Schloss Grafenegg Auditorium 2017年9月10日 19時〜21時05分

                      London Symphony Orchestra
                      ピアノ Rudolf Buchbinder
                      指揮 Semyon Bychkov

                      George Gershwin (1898-1937)
                       Concerto in F für Klavier und Orchester (1925)
                      Sergej Rachmaninow (1873-1943)
                       Symphonische Tänze op. 45 (1940)

                      グラーフェネック・フェスティバルの最終公演
                      雨は降っていないけれど、黒い雲もかかっていて微妙で
                      こういう時にはグラーフェネックは
                      意地汚く最後の最後まで野外でやろうとするよりは
                      比較的早く、安全策を取ってホールでの開催になる。

                      昔、途中で雨になって休憩後はホール、というのを一回だけ経験したが
                      野外音楽堂の舞台の大型楽器を
                      雨の中、オーディトリウムのホールまで移動させるのに
                      ものすごい時間がかかって
                      その間、ホール開かないしロビーに人溢れてるし
                      しかもみんな濡れてるし
                      コンサート再開まで40分以上かかったので
                      終演も遅くなって大変だった。
                      ・・・その意味では安全策を取ってくれるのはありがたい。

                      まぁ、私の貧民席は舞台の真ん中あたりの
                      コントラバスの真上、20メートルほどのところだが・・・

                      さて見てお分かりの通りの面白いプログラム構成。

                      ジョージ・ガーシュウィンのピアノ協奏曲。
                      ブッフビンダーというこの異才ピアニストは
                      ゲルマン系の伝統的なクラシックなピアノを得意とするのに
                      こういうジャズっぽい作品を
                      なんてまぁ
                      軽々と、しかも楽しそうに演奏するんだろう。

                      クラシックとジャズ・ブルース
                      ポピュラーとシリアスなクラシックを
                      見事に融合させた作品で
                      いやもう、聴いていてスカッとする事、この上ない。

                      昨日のマーラーみたいなテンポ設定だったらヤダな、と思っていたけれど
                      しっかり、ノリノリのテンポで
                      オーケストラの音響のキレも良くて
                      リズム感も抜群。

                      弦のアンサンブルも、今日のホールだと
                      ちゃんとニュアンス豊かに聴こえてくるし

                      真上の席って、実はオーケストラ・プレイヤーが全員見えるので
                      どの部分でどの楽器が演奏されているのか
                      上からバッチリ見えて
                      これがなかなか楽しい・・・というより
                      自分の耳の悪さを思い知ったりして f^_^;

                      ああいう席で続けて何回かプレイヤー見ながら聴いたら
                      もう少し音の聞き分けが出来るようになるんだろうか・・・
                      (舞台見えない席でずっと聴いていたから
                       訓練の欠如があからさまだなぁ・・・(恥))

                      ブッフビンダーの弾いたスタインウェイのピアノ
                      蓋にまだ布のシートが掛けてあったのだが
                      野外ホールから持ってきて取るのを忘れたのか
                      取らない方が音響に良い影響があるのか
                      まぁ、よくわからないが(笑)ちょっと気になっただけ。

                      しかしこのオーケストラのトランペット首席
                      昨日も聴き惚れてしまったが
                      本日のソロも・・・もう抜群に素晴らしい ♡

                      雑味の全くない澄んだ音で
                      美しい音程と強弱のニュアンスを徹底的に掴んでいて
                      中間楽章のブルースが涙が出るほどに素晴らしかった。

                      頭の天辺に地肌が見えるオーボエ首席の音色も見事。
                      昨日から目立っていたけれど今日の音も伸びてハートを直撃してくる。

                      ブッフビンダーは、ほとんどの場合、アンコールは弾かないのだが
                      何と今回はヨハン・セバスティアン・バッハ、と告知してから1曲。

                      ・・・よく理解できなかったんだけど
                      バッハと言った途端に会場の後ろあたりから起こった笑い声は
                      何だったのか
                      しかも、その後、演奏始まってから
                      かなり長い間、まるで誰かがコンピュータでテレビか何かの
                      おしゃべり番組でも見ているような
                      かなりの音量の雑音がホールに響いていたのだが

                      ピアノ協奏曲の拍手のフライングは
                      出そうだったけれどなかったので
                      マナーは良いかなぁ、と思っていたのだが。

                      後半は巧くリズミカルに演奏されたら
                      私が大好きなラフマニノフの交響的舞曲。

                      うわああああ
                      オーケストラの真上の音響の迫力。
                      ロンドン交響楽団って徹底したプロ集団で
                      何でもこなす器用さが凄いし
                      音に嫌味がなくて
                      すごく優等生な印象。
                      (その意味ではロイヤル・コンセルトヘボウに近いような気がする)

                      ビシュコフがねっとり歌わせるかと思ったら
                      意外にあっさり、リズムを前面に出して
                      正統的というか、癖のない演奏で聴かせてくれた。

                      オーボエとクラリネットにサクソフォーンが入るところが
                      うわああ、鳥肌が立つくらい美しい。
                      Dias Irae は無駄な強調がなくて
                      曲想にしっかり収まったので
                      あまり不気味さとか暗さはなくなって
                      すごくシンフォニックな扱いになっていた。

                      最後の鐘の響きも
                      あまり伸ばさず、あっさりと切ってたし。
                      (聴衆が拍手したくてムズムズしていたのを感じたのかも(笑))

                      オーケストラの真上で
                      確かに音量は凄かったんだけど
                      耳塞いで飛び出したくもならず(笑)
                      迫力の音量をたっぷり楽しんだコンサートになった。

                      アンコールはエルガーのエニグマからのネムロッド。
                      ゆっくりゆっくりなテンポのゆったりした演奏で
                      これは英国の作曲家への敬意であろう。

                      これにてグラーフェネックは終了。
                      また来年の7月か8月までは(たぶん)行かないと思う。

                      来週からは、やっと少しづつ
                      ウィーンでのコンサートが始まるのが嬉しい私に
                      (ガソリン代がキツかった・・・(汗))
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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