ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー 2日目

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    Musikverein Großer Saal 2019年11月26日 19時30分〜21時55分

    Budapest Festival Orchestra
    指揮 Iván Fischer
    ピアノ Sir András Schiff

    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Legende für Orchester, op. 59/5
     Wiegenlied. Chorlied, op. 29/2
     Slawischer Tanz für Orchester As-Dur, op. 72/8

    Ludwig van Beethoven (1770-1827)
     Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur, op. 73

    Antonín Dvořák
     Symphonie Nr. 8 G-Dur, op. 88

    ブダペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャーに
    アンドラッシュ・シフの2日目。

    ちょっと睡眠不足(火曜日でかいっ!)のせいもあって
    多少、気分がハイになっているのは認める(すみません)
    だけど、このプログラム、ともかくワタクシ好みで・・・(笑)

    歌うオーケストラ、ブダペスト祝祭管弦楽団の
    ドボルジャークのオーケストラ曲の時に
    指揮者の左側で座って、何もしていない男性が一人。
    これはコーラスの指導者の方なのかしら?と
    不思議に思いながら
    歌うオーケストラの曲を聴いたあと

    ドボルジャークのスラブ舞曲で
    鐘を取り出して
    その瞬間になると、指揮者の横に並んで
    ち〜ん ♩

    きゃ〜〜っ、パーカッショニストだったんですね。
    立って一歩前に出て
    愛おしく鐘を小さなマレットで叩くのが
    とてもチャーミング。

    さて、アンドラッシュ・シフのベートーベン
    ピアノ協奏曲5番。
    たぶん、ベートーベンのピアノ協奏曲の中では
    最も有名な曲だと思うのだが
    ウィーンでは3番は比較的多く演奏されていても
    5番を聴くチャンスはあまりない。

    ピアノはベーゼンドルファーのコンサート・グランド。
    多少、硬めの音で調律してあるのか
    ちょっとコツコツした感じの音色。

    で、これが、これが、これが
    うおおおおっ
    イヴァン・フィッシャーの浪花節、じゃなくて
    お兄さんのアダムとは違う
    あの独特のアクセント感が
    曲に与えている躍動感がすごい。

    もともと勇壮な曲ではあるのだが
    アクセントの強調とダイナミクスが重なって
    威風堂々というか

    ベートーベンのどや顔が見える(ような気がする)
    なんか、どこか裏口から
    突然、舞台に、おお、おお、やっとるかね
    良い曲だろ〜、わっはっは
    とか言いつつ登場しそうな気がする(妄想です)

    昨日の4番と同じように
    音楽大好き人間が集まって
    同じ方向に、全員揃って疾走している印象。

    しかも、そこに漂う
    「やったぜ」感がベートーベンに合いすぎて
    なんかもう、聴いている方としては
    微笑みを浮かべつつ
    心の中で大笑いしている有様(すみません)

    どや顔演奏をする指揮者もピアニストも結構居るんだけど
    その「どや」感が、プレイヤーの属性になっていないというか
    作曲家のお墨付き、みたいな
    あるいは、作曲家の心持ちを代理として表現してます
    ないしは、作曲家に成り代わって
    当時のどやどや気分をお伝えします・・・

    もう何書いてるんだか、わからなくなって来た f^_^;

    引き込まれて魅了されて
    ベートーベンの顔(どやどや)が頭に浮かんで来て
    さてアンコールの時間。

    またシフに伴奏させてオーケストラが歌うのか、と思ったら
    一人でピアノ・チェアに座るシフが弾き出したのが

    ベートーベンのピアノ・ソナタ12番第一楽章!!!!

    きゃ〜〜〜〜っ、それ弾くか?!
    (しかも明日の音楽分析バリエーションの課題曲(笑))

    これがまた、最高にゴキゲンな曲で
    ベートーベンってバリエーション好きだったんだなぁ(妄想)
    確かにこねくり回した感じはあるけれど
    割にシャカシャカ、楽しんで変奏している感じがある。

    アンドラッシュ・シフさま、参りました。
    この人、本当に端正な感じで
    体幹が真っ直ぐで姿勢が良くて
    マジメ一方って感じがするのに
    あんなにチャーミングな演奏をするなんて
    もう、心にグッサリ来るわ。

    後半、ドボルジャークの交響曲8番。
    最初から、スラブ愛が爆発する曲なんだけど
    こういうのはイヴァン・フィッシャーの持ち味に合っている。

    ともかく元気が良い(笑)
    リズムの取り方が、どこでもジャンプしまくってるし
    しっとり歌わせるメロディは
    ちゃんと歌わせながら
    その独特のリズムやアクセントで
    あ〜、スラブの血が湧く。
    (マジャールじゃないんです、今回は(笑))

    オーケストラの音は比較的硬質なので
    楽友協会の残響に助けられるというよりは
    ちょっとうるさい程に響くので
    多少、粗い感じではあるのだが

    それがまたドボルジャークに合っていて
    ああ、この人も、楽しんで楽しんで
    この故郷への愛に溢れる美しい曲を作ったんだなぁ。

    さすがにドボルジャークが
    どや顔で楽友協会に乱入する、と言う妄想は浮かんで来なかったが。
    (ただ、ドボルジャークは楽友協会の名誉会員である。
     ついでだが、ベートーベンもだ)

    だいたい8番って
    全体的に元気な曲じゃないですか。
    それを、ノリノリで
    イヴァン・フィッシャーが暗譜で
    指揮台で飛び跳ねつつ
    リズミックに踊って

    オーケストラのメンバーが
    またもや、ノリノリで演奏しているので
    これが楽しくないワケがない。

    途中、ちょっと木管の珍しい音外しがあったけれど
    そんな細かいミスなんか、全く気にならない。

    エネルギッシュな音楽が
    奔流のように流れ込んで来て
    この楽しさって
    難しい事を考えて頭で聴いているよりも
    もっと体感的に「楽しい」と素直に思える快感だ。

    人生、色々と辛い事はあっても
    こういう音楽があれば、楽しく生きていけるという感じ。
    (辛い事=ラテン語ではございません、念の為)

    音楽が心を救ってくれる、という事があるんだなぁ。
    (いや、先学期もメンデルスゾーンに救われたんだっけ)
    理性で解決しているとは言え
    感情として、まだ整理がついていない事が
    周期的に、感情を邪魔するのだけれど
    そういう気分を吹っ飛ばしてくれるような
    元気の良いオーケストラと
    元気で愛に溢れるイヴァン・フィッシャーに感謝。

    確かに、こういう「体感的快感」は
    現代音楽では味わえないなぁ、と思いつつ
    明日から数日、またもや、せっせと
    現代音楽を聴きに通う予定の私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。




    ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー 1日目

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      Musikverein Großer Saal 2019年11月25日 19時30分〜21時45分

      Budapest Festival Orchestra
      指揮 Iván Fischer
      ピアノ Sir András Schiff

      Antonín Dvořák (1841-1904)
       Legende für Orchester, op. 59/1
       Ich sag’s nicht. Chorlied, op. 29/3
       Slawischer Tanz für Orchester e-Moll, op. 46/2

      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur, op. 58

      Antonín Dvořák
       Symphonie Nr. 7 d-Moll, op. 70

      ブダペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャー
      ピアニストにアンドラッシュ・シフを迎えて
      ドボルジャーク+ベートーベンのプログラム連続2日の1日目。

      ドボルジャークの交響曲も
      もう聴き飽きた(ごめん)的な新世界を避けて
      大好きな7番と8番である ♡
      あ〜、イヴァン・フィッシャーさん、ありがとう ♡♡♡

      朝のラテン語とドイツ語教育法と
      午後のラテン語の間に
      図書館でひたすらラテン語という

      私、音楽が好きで音楽学を専攻しているはずなのに
      何故にラテン語ばっかり・・・(涙)と思いながら
      いや、これを頑張ったら
      夜はドボルジャークの7番が聴ける、と思うと
      頑張りにも力が入る単純なワタシ。

      ブダペスト祝祭管弦楽団と言えば
      字義通り「歌うオーケストラ」で
      必ずプログラムにオーケストラ・メンバーのコーラスが入る。

      楽器だけ巧くても、歌が歌えなかったら
      入れないのかこのオーケストラには。
      シビアなビジネスだぜ(と勝手に想像する)

      このオーケストラ、技術的に本当にトップだけど
      それに加えて、イヴァン・フィッシャーの熱い指揮で
      出てくる音が、とことん音楽的。
      リズムの乗り方も抜群。

      コーラスは・・・
      まぁ、完璧にプロの団体ではないし
      人数も人数だし
      それに、オーケストラだから比較的男声が目立つ。
      (けど、みんな巧い)
      2曲目の歌詞は、ドイツ語訳はプログラムに書いてあったけれど
      オリジナルのチェコ語で歌っていた模様。

      さて、端正な紳士、アンドラッシュ・シフの登場。
      いや〜、ほんと、この人、立ってるだけで品がある。
      演奏後に指揮者と抱きついたのは、あるあるだけど
      コンサート・ミストレスに
      お手にキッスの挨拶をして(本当にキッスはしないです念の為)
      それが、あれだけサマになっている男性は
      昨今、ほとんど絶滅しているのに
      あ〜、よくぞ残ったって感じ。

      ベートーベンのピアノ協奏曲4番は
      普通に聴けば、比較的地味な曲で
      派手にアピールする5番なんかと比べると
      あまり好んで聴きたい曲ではないのだが
      (ただし3番よりはマシ。3番好きじゃない、すみません)

      節制がしっかり効いているのに
      地味でも内向的でもない、という不思議なピアノ。

      もちろん、オレオレ感は全くなくて
      派手にアピールしよう、と言う無駄な意気込みもないんだけど
      ピアニストとオーケストラと指揮者が
      みんな、一丸になって、楽しみながら音楽してるという印象。
      見ている方向がみんな同じ、という感じなので
      醸し出される親密感が何とも言えず素晴らしい。

      第2楽章の、あのオーケストラのユニソノと
      ピアノの語らいの掛け合いなんて
      あんなに素晴らしいと思ったのは初めてかもしれない。

      アンコール演奏するかな?と思ったら
      ピアノに譜面台が立てられて
      わ〜っはっはっは
      オーケストラ・メンバーが
      シフのピアノでリートを1曲。
      シフにコーラスの伴奏させるか、このオーケストラと指揮者は!!(爆笑)

      しかもコーラスが Stumm, Stumm (無言、無言)と繰り返し
      最後に指揮者が棒を振り下ろすところは
      コーラスも無言という演出付き。

      いやもう、イヴァン・フィッシャーの茶目っ気は
      他の指揮者ではあり得んわ。

      後半は楽しみにしていた
      ドボルジャークの交響曲7番。

      これ、本当に名曲だと思うんだけど
      ナマで聴く機会は、新世界よりと比べると
      その10%くらいじゃないかなぁ。

      いやもう、ドボルジャークの転調の見事な事。
      オーケストラの深い低音が響いて
      厚みのある和音が楽友協会のホールに響き

      イヴァン・フィッシャーは、いつもの通り
      マジャールの血!!!という感じの
      (ドボルジャークはチェコだ!(笑))
      熱血感あふれる、ダイナミックで大胆な指揮だし

      弦楽器の音は
      この間、ブラームスでウィーン・フィルを堪能しちゃったので
      それに比べると、多少、硬質な感じはするけれど
      管楽器のソロが、全員、むちゃくちゃ巧い。

      ベートーベンの曲は
      聴いている者に「感激」を強要する、って話があったけれど
      ドボルジャークだって、かなり、感激を強要する。
      (註 ワーグナーはもっと強力だが)

      予想はしていた事だけど
      民謡的なメロディの歌わせ方が見事だ。
      第2楽章のメロディのキュートな事と言ったら!
      本当にオーケストラが歌っちゃうメンバーだからな
      歌ゴコロのある曲は得意中の得意なんだろう。
      しかもフィッシャーさん、熱いし(笑)

      もう、ドボルジャークってずるい(出た、日本人のずるい!)
      こんなに美しいメロディ・ラインを書く上に
      目まぐるしい転調で観客を引き摺り回して
      ワイルドな最終楽章なんて
      ずっと短調で演奏していて
      最後が華々しく長調で終わるんですよ。
      いやもう、あり得ないって。

      良いわ〜良いわ〜
      この曲、何回聴いても良い、大好き。
      (そんな事しか書けない自分が悲しい)

      自宅に戻ってから
      ようつべをチェックしていたら
      うおおお、ウィーン・フィルとブロムシュテットの演奏を見つけてしまった。
      (一応、ライバル?なので、ここに貼るとヤバイような気がするので
       リンクだけしておきます。
       名演です、間違いなく。聴いてみて損はございません)

      会場が楽友協会だし
      このコンサート、聞き逃してるって事はないだろう、と調べてみたら
      あっはっは、ありましたよ
      2018年9月22日・23日と10月2日。
      (しっかり3回とも聴いている、しつこいワタシ)

      ブダペスト祝祭管弦楽団は
      同じプログラム2日じゃなくて(笑)
      明日はドボルジャークの交響曲8番と
      ベートーベンのピアノ協奏曲5番。

      明日も朝から授業だが
      夜のこの楽しみを考えて
      頑張るぞ!と固く決心する私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      ツィッターにはちょっと書いたのだが
      本日午後のラテン語の授業で
      ローマ法王ご来日中のツイートが教材になった。
      Usus energiae nuclearis ad bellum immoralis est, si item immoralis est possessio armorum nuclearium.
      bellum=戦争 itemはアイテム armorum は arma(複数中性名詞、武器)の所有格
      est は英語の be動詞の三人称単数
      あとは英語からの連想でもわかると思う。
      コメントは避けます。

      チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 3日目

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        Musikverein Großer Saal 2019年11月19日 19時30分〜22時

        Tschechische Philharmonie
        指揮 Semyon Bychkov
        チェロ Gautier Capuçon

        Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
         Serenade für Streichorchester C-Dur, op. 48
         Variationen über ein Rokoko-Thema für Violonchello und Orchester, op. 33
         Symphonie Nr. 5 e-Moll, op. 64

        チェコ・フィルとビシュコフのチャイコフスキー連続公演最終日。
        もう、当分チャイコフスキー は聴きたくない・・・というくらい
        お腹いっぱいの気分。

        本日最終日は大サービスで
        最初は弦楽セレナーデから。

        ・・・読者諸氏がお考えの通りで
        この最初の部分は、エイフマン・バレエの
        「アンナ・カレーニナ」の冒頭シーン。
        (もっとも、こんなに長くダンサーは踊っていられないから
         バレエではかなり短縮してある)

        思い浮かぶのは
        若いオルガさまがエノ(カレーニン役)と腕を組んで
        豪華絢爛たる貴族の舞踏会に出かけるシーン。

        久し振りにナマのオーケストラで聴くと
        何と言う美しい曲なんだろう、これ。

        チェコ・フィルの弦のアンサンブルは
        本日のこの曲は低弦が効いて
        音の厚みがあって
        ビシュコフの泣き節も加わって
        もう、あまりの美しさに席で卒倒しそう。
        (もちろん、頭の中でオルガさまが踊っている、というのもあるが(笑))

        最初から悶えまくりになってしまって
        あとはどうでも・・・

        カプソン(弟)のチェロも元気が良いし
        細かい部分はちょっとごまかしてる部分はあったと思うが
        卓越した技術と音楽性で楽しく聴かせてもらったし

        アンコールが、チェコ・フィルの弦を伴奏にして
        ガブリエル・フォーレの歌曲!!!

        ああ、私の青春時代。
        ・・・というより、子供の頃に聴いた曲って
        いつまで経っても忘れないのが不思議。
        最初のメロディを低いストリングで弾いて
        繰り返しを1オクターブ上げて来た。
        チェロって、こういう表現ができるし
        確かに人間の声にとても似ているので
        こういうリートは合ってる。

        後半、交響曲5番。
        苦渋のマンフレッドと、痛切な悲壮の後に
        この曲を持って来た、というのは
        ドラマツルギー的には、最後は勝利を高々と、という感じなのか
        今日の演奏は、昨日や昨々日とはガラッと色調を変えて
        あんなに重くならずに、比較的あっさりと演奏された印象。
        オーケストラ・メンバーが疲れていただけかもしれないけど(笑)

        ビシュコフはダイナミックスを細かい部分でかけてくるので
        全体のうねりが、かなり大きくなる。

        加えて、各楽器のパートを、きっちり明確に出してくるので
        オルゲルプンクトとか、テーマの他の楽器への移行とか
        スコアを見ているように、まざまざとわかるのだが

        その分、中心となるメロディが隠れてしまって
        時々、パートがバラバラになって
        音楽的な中心がない不安定さをもたらすのは面白い。

        今日の音楽分析の授業で
        ベートーベンのピアノ・ソナタのロンド形式の分析をしていたら
        隣の同僚が、よくわからなかったらしく
        その後、カフェでお喋りした時に
        あんな分析するより、曲を聴いているだけでも
        音楽は楽しめる、と主張するので
        いや、確かにそうだけど
        私はアホなので、楽曲構成を知っていた方が
        聴いていても、頭の中で分析しながら聴けるから
        そちらの方が面白い、という話をしていたのだが

        まさか、その後に
        バラバラになりそうな各パートを
        頭の中でつなぎ合わせて
        あちこちのイミテーション部分と
        比較しながら聴くために演奏されたような曲を
        聴く事になるとは思わなかった。

        2日間続けて
        異様に暑苦しいチャイコフスキーだった印象があるので
        今日の5番のように
        重心が下にあって、どっしりしていながら
        解像度が高くて
        感情というよりは、頭で聴けるチャイコフスキーが
        最後に出て来たのには驚いた。

        チェコ・フィルの弦には惚れた。
        管楽器はウィーンにも名人が多いので
        甲乙はつけがたいが
        チェコ・フィルの、あの柔らかさ自由自在の
        厚みのある温かい音は
        ウィーンの冬には、一家に一オケ、欲しいものだ(謎発言)

        楽曲分析しなくても音楽は楽しい、と言った同僚の方が
        私より、ずっと音楽感受性があるんだなぁ、と
        ちょっと、ある意味、羨ましいような気もする私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        大学の音楽分析は、1年前に既に単位は取ってしまったので
        (レポートはシェーンベルクのピアノ曲で書いた)
        卒業単位にならない。が、
        分析って、やらないと、即、忘れるので
        聴講だけさせてもらっている状態。

        ただし、2つあるうちの一つは
        ちょっとワケありで正規で入ってしまったので
        明日提出のバルトークのピアノ曲と格闘。
        出来た〜とバンザイしたとたん
        テーマになっているのが、4度じゃなくて、5度だったという
        冗談にならんミスに気がついて冷汗。
        まぁ、成績悪くて単位取れなくても卒業には関係ないから(言い訳)

        チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 2日目

        0
          Musikverein Großer Saal 2019年11月19日 19時30分〜21時30分

          Tschechische Philharmonie
          指揮 Semyon Bychkov
          バイオリン Renaud Capuçon

          Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
           Konzert für Violine und Orchester D-Dur, op. 35
           Symphonie Nr. 6 h-Moll, op. 74 „Pathétique“

          チェコ・フィル2日目。
          チクルスで持っているコンサートではなく
          別買いしたので、何も見えない席だが
          何故か、「売り切れ」札がポスターに貼ってあっても
          私の横の超貧民席は空いている。
          いつも来るおじさんがいたが。
          (だいたい常連は狙う席は同じなので
           私が持っていなければ、その席は他の常連が持っている)

          チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。
          あ〜、カプソン(兄)のバイオリンの音がでかい。

          しかも元気だし
          表現がオーバーでねっとりしていて
          時々、細かいところで音程が微妙にズレてるが
          人間のカテゴリー知覚でカバーできる範囲。

          (余計な話だが、この間、ゼミで発表した時に
           さんざん440ヘルツと435ヘルツと450ヘルツなどを聴きまくって
           5ヘルツの差では、私は全くわからない事が判明。
           さすがに10ヘルツの差があるとわかる。
           微妙な差異はわからない方が幸せに音楽を聴ける(笑))

          昨日の不気味なチャイコフスキーと違って
          如何にも「名曲アワー」ブリリアントで絢爛豪華♡という
          あまり何も考えなくても楽しく聴けてしまうのは
          ちょっと神経が参っている時にはありがたい。
          (朝、1コマ休講で自宅にいた時に
           ちょっと昔の悪夢を思い出させる連絡があったりして
           ま〜、でも、もうワタシ、あの業界からは足を洗ったので)

          カプソン(兄)のアンコールは
          いつも同じ曲のような気がする。
          バッハの無伴奏曲だが、何番かはわからん。

          さて、後半は交響曲6番「悲愴」
          前半の協奏曲でも、拍手のフライングはゼロだったから
          後半も、たぶん大丈夫(大当たり)

          全体的に音量大きめでの演奏で
          弦より、金管・木管を強調するので
          普段、意識に上らないような金管や木管の
          意外なモチーフが聴こえてきたりするのは面白い。

          で・・・
          もしかしたら、私の耳が遠くなっている可能性もあるんだけど
          音圧がかなり高くても
          そう「うるさ〜い」という感じにならないのは
          チャイコフスキーのオーケストレーションの妙ですかね。

          ビシュコフは、オーケストラ全体を
          これでもか〜という感じで鳴らすので
          (何かチャイコフスキーに恨みでも?(笑))
          なんかもう、容赦のない音量なのだが。

          感情ダダ漏れのドラマチックな演奏で
          金管、しかも低音が強調されているので
          昔のレニングラード・フィルみたいな音がする。

          あの柔らかいチェコ語を話す(かもしれない)オーケストラには思えない。
          (「かもしれない」と入れたのは、ほら、今、
           オーケストラって国際化しているから。
           共通言語が何かなんて、外部にはわからない)

          第3楽章のスケルツォのリズムの取り方が
          かなり奇妙というか
          何だか最初、ヘミオラに聴こえて来て驚いた。
          不安定で、せわしなくて
          こちらの感情をゴリゴリ削るようなリズム。

          ものすごく、ド派手に
          大音量で(金管!)終わった第3楽章の後
          指揮者によっては、ほとんどアタッカで最終楽章に入るのだが
          ビシュコフは、ここで、かなり長いパウゼを取った。

          舞台見えないけど
          きっと、昨日と同じで
          感情目一杯に爆発させて
          身体も目一杯動かしたので
          疲労困憊の状態なんじゃないだろうか。

          叫びまくりの悲壮な最終楽章。
          ビシュコフの、まぁ、ある意味、偏見で言えば
          ロシアン・メンタリティ爆発という感じかも。

          あそこまでの感情表現
          草食民族で、慎ましい事が美徳とされている文化を持つ私には
          理解の範疇を超えてしまうので

          感動とか感激とかと言うよりは
          肉食民族すごい・・・というか
          こういう音楽を作る人(作曲家+演奏家)と
          オトモダチにはなりたくないと言うか(すみません)

          今日、久し振りに聴講してきた
          「音楽と感情」のプロゼミで
          音楽における身体表現のテーマで
          色々と考える事があって

          今日のビシュコフの「身体表現」は見えなかったけれど
          何となく想像はつく。

          人間って贅沢な生き物なので
          より激しく、より強く、より良く、より速くという
          際限のない欲望を持って

          しかも、今やコミュニケーション手段の発達に伴って
          世界中の「すごい」ものを見たり聞いたりできる時代の中で
          クラシック音楽における身体表現は
          クラシックの「崇高性」を保つために
          ストイックになっているのではないか、と
          講師から問題提起があったんだけど

          いやいや、指揮者も演奏家も
          特にビデオとかに残る場合には
          それなりに「意識」して、演劇性を強調しているんじゃないの?

          それ言ったら
          イグーデスマン&ジョーとか
          フィルハーモニックスとか
          サルート・サロン(美女4人組の、茶目っ気たっぷりのカルテット)とか
          私の今学期の研究課題のキャシー・バーベリアンとか
          「聴く」という要素だけではない「見た目」要素のクラシック
          ないしはクロス・オーバーもあるし
          あ〜、それ言い出したら、オペラなんて身体表現の最たるものかもね。

          ストイックな指揮者・・・なんて
          ピエール・ブーレーズが最後だったんじゃないか、と
          何故だか考えてしまう私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          しかし演奏曲目によるのかもしれないが
          チェコ・フィルの音って
          以前のビエロフラーベックの時と、ずいぶん変わった印象がある。
          (良し悪しの評価はまた別)

          チェコ・フィルハーモニー + ビシュコフ 1日目

          0
            Musikverein Großer Saal 2019年11月18日 19時30分〜21時45分

            Tschechische Philharmonie
            指揮 Semyon Bychkov
            ピアノ Kirill Gerstein

            Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 b-Moll, op. 23
              Originalfassung 1879
             Manfred. Symphonie h-Moll in vier Bildern nach Byron, op. 58

            チェコ・フィル祭りというか
            ビシュコフ祭りなのか
            どちらかと言えば、チャイコフスキー祭りかもしれないが
            チェコ・フィルが3日連続でオール・チャイコフスキー・プログラム。

            明日と明後日とで、交響曲6番(悲愴)と5番を演奏するし
            今日はピアノ協奏曲、明日はバイオリン協奏曲(カプソン兄)
            明後日はロココ・バリエーション(カプソン弟)というプログラムで

            何故に1日目にマンフレッド???

            交響曲5番と6番はチケット売り切れになっているが
            マンフレッドは割に空席が目立った。
            あまり知られていない曲だからかな・・・

            でも、まずは誰でも知っているチャイコフスキーの
            ピアノ協奏曲1番。

            どっひゃ〜ん 😳
            キリル・ゲルスタインのピアノが強い、強すぎる。
            なんだこの強打は・・・

            すごい音量で、しかも鋭い音で立ち上がってくるピアノは
            オーケストラに挑んでいるかのようで

            しかも、ピアノもオーケストラも
            1小節の中で、むちゃくちゃダイナミックを変化させるので

            ブリリアントで気持ち良く聴ける、ド派手な曲というイメージと
            正反対の
            何だか宙に浮いたような、しかも闘争的で
            ズブズブの泥沼で
            何となく怖い。

            暗い情感の中の不安定さというか
            ただのド派手な協奏曲じゃなくなっている。

            しかも全体的にテンポが速い。
            あんなピアノのオクターブの連打を
            しかもあの強さでぶっ叩いてしまう(音は濁っていない)って
            この身体能力(それ以外に何と言う?)の高さには驚くわ。

            何だか最近、ことクラシックに関しては
            ピアノと言えばブッフビンダーという感じだったので
            こういう、鋭い、尖ったピアニズムって久し振りに聴いた。

            鮮烈な印象を残すのだが
            あまりに鋭すぎて
            楽しんで聴ける名曲になっていないところが
            私には非常に面白い・・・けど
            これ、あまり聴衆にはウケないかも(笑)
            技術的な鋭さが立ち過ぎているような印象を残す恐れがある。

            後半は、マンフレッドなんだけど
            だから、何故にマンフレッドなんだ???
            チャイコフスキーだったら
            有名な交響曲4番でも、1番でも、あるいは2番でも
            もっと有名な曲があるだろうに・・・

            しかもマンフレッドって、意外に長いし
            ついでだが、この曲、かなり、しつこい(笑)

            最初のマンフレッドのモチーフから
            ビシュコフの表情が
            苦渋に満ちた泣き顔になって

            力一杯、泣き顔のまま
            感極まった状態で指揮棒を派手に動かしている。

            あれはロシアの感受性にむちゃくちゃ訴えるものがあるんでしょうか?
            表情見ているだけで、こっちにも、その泣き節が伝わってくるんですが。

            ・・・というより
            バレエ・ファンの皆さまはご存知の通り
            このマンフレッドのテーマって
            ボリス・エイフマンが
            ジゼル ・ルージュの、前半最後のところで
            効果的に使っている音楽。

            よって、マンフレッドのテーマが出てくるたびに
            私の頭の中には
            サドっぽい秘密警察長官のキリルが
            (註 キリル・クーラエフ引退の前の話)
            真っ黒な皮の上着とズボンで
            真っ白な衣装を着た、ジゼル ・ルージュ役の
            オルガさまを
            アクロバットで振り回し

            その後、深い愛情で
            (でも、もともとマッチョ男なので
             その愛情の表現があまり素直でないので
             やっぱりアクロバットになる(笑))
            自分の悲しみを押し殺して
            愛するバレリーナをパリに逃して
            それを見送って、涙を堪えて敬礼するという
            例の、涙なくしては見られないシーンが
            繰り返し再現されるので

            うわあああ、私もちょっと泣きそう。

            まぁ、そういう、思いがけない副産物というのはあるが
            少なくとも私は一部であっても
            このマンフレッドという曲を知っている、というのは
            かなりのアドバンテージではある。

            チェコ・フィルは昔からのファンだが
            (ああああ、ビエロフラーベック時代・・・)
            ビシュコフの、ロシア魂丸出しの
            ものすご〜〜〜く感情的でズブズブの音楽を
            実に巧く、柔らかい音で包んで
            ソフトに聴衆に届けてくる。

            時々、弦のアンサンブルの音色が
            綿飴になるんですよ、このオーケストラ。
            何と言うか、こう、フワッと空中に溶ける
            重さのない羽のような甘い音色。
            (ピアノ協奏曲の時も時々、この音が空気に溶けていた)

            特に第2楽章の最後の
            木管のソロが連続して、音が上がっていく様子の
            あの音色の美しさと言ったら
            そりゃ、ビシュコフでなくても天国に登るでしょう。
            (ビシュコフは完璧に天国に飛んでいた)

            時代的には1885年の曲なので
            交響曲4番の約8年後、交響曲5番の3年前の曲だが
            ロシアの民族音楽の要素もかなり取り入れて
            メロディ・メーカー的な美しさも多いのだが
            構成をしっかりさせようとするあまりに
            ライトモチーフの繰り返しが、かなり多くて
            こうやって聴いてみると、やっぱり、ロシア的なしつこさが強い。

            どうせ、あまり知られていない曲を演奏してくれるんだったら
            フランチェスカ・ダ・リミニが聴きたかったなぁ・・・
            (これは本当に本当に滅多に演奏されない)

            ビシュコフは、本当に感情的にマンフレッドになり切ったらしく
            曲が終わってからも、脱力してしまい
            こちらの世界になかなか戻って来られなかったようだが
            (疲労困憊とも言う)
            それだけ、情熱的に、深くロシア的情感に浸っていた。

            明日はバイオリン協奏曲と、交響曲6番。
            売り切れになっているコンサートなので
            6番の第3楽章の後の拍手のフライングはない・・・とは思うけれど

            6番が演奏されるたびに
            まるで賭けみたいに、どうかな〜と思うようになってしまった
            根性悪の私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            ウィーン現代音楽祭のゲネラル・パスを買ったのに
            結局、ほとんど現代音楽のコンサートに行けていないじゃないか(汗)
            この時期は、本気で身体がいくつか欲しいし
            もっと時間も体力も欲しい・・・

            ミュンヒェン・フィル + ゲルギエフ

            0
              Musikverein Großer Saal 2019年11月13日 19時30分〜21時40分

              Münchner Philharmoniker
              指揮 Velery Gergiev
              バイオリン Janine Jansen

              Jörg Widmann (*1973)
               Con brio. Konzertouvertüre für Orchester
              Max Bruch (1838-1920)
               Konzert für Violine und Orchester g-Moll, op. 26
              Jean Sibelius (1865-1957)
               Symphonie Nr. 1 e-Moll, op. 39

              ミュンヒェン・フィルとゲルギエフのコンサートは
              本日と明日、別プログラムで行われて
              明日はベートーベンのピアノ協奏曲3番をブッフビンダーと
              後半はブルックナーの7番なのだが
              あ〜、実はコンツェルトハウスでは
              ファン・ディエゴ・フローレスが歌うのだ・・・
              (あとは察して下さい・・・)

              さて、初日のこのコンサートは
              イェルク・ヴィドマンのコン・ブリオから。

              この曲、調べてみたら2008年のオーストリア初演(ヤンソンス)の時から
              4回、ナマで聴いていて、今回が5回目。
              これだけ回数多く演奏される現代曲って珍しいんじゃないかしら。
              (それをちゃんと聴いているワタシもすごい。自慢にならんか(笑))

              ベートーベンの交響曲のフラグメントをあちこちに使って
              かなり面白い曲なのだが
              やっぱり現代曲は現代曲なので
              終わった後にブーイングした男性が居たが
              演奏そのものは、かなり魅力的だったぞ。

              だいたい、ゲルギエフが
              普通の長さの指揮棒を持って
              手のブルブルなしに
              本当に真面目にカウント取っている、というのを
              私は人生で初めて目にした。

              木管・金管に名人が揃っているな、このオーケストラ。
              結構、管楽器に特殊奏法が多いのだが
              見事に手中にしていた。

              その後はブルッフのかの有名なバイオリン協奏曲。
              ジャニーヌ・ジャンセンのバイオリンは
              かなり線が細い感じがするけれど
              これは音楽聴きながら、ぐ〜っすり眠っていたので(あ〜、すみません)

              楽しみにしていた後半のシベリウスの交響曲1番。

              ミュンヒェン・フィルの音って
              温かいというか、悪く言うと、ちょっとボンヤリした感じで
              音量はあるけれど
              いや、あり過ぎて楽友協会ホールの残響と混ざって
              明確さには欠けていて、解像度も低い。

              だが、通常、シベリウスで音楽ファンが期待するような
              北欧の冷たさとか透明感とかとは
              全く別の雰囲気を醸し出している。

              もともと1番は民謡などからの引用も多いので
              変に洗練され過ぎず
              ちょっと泥臭いと言うか(良い意味で)
              その分、音が柔らかくて
              人肌の暖かさで聴衆を包んでくるような
              なんとも、ほっこりした感じが心地よい。

              ウィーンは急に冬になってしまい
              (ザルツブルクは雪が降ったそうだが)
              雨で寒いしジメジメしている天気だったので
              ヘンにスタイリッシュで冷たいシベリウスより
              ちょっと田舎っぽくて
              ホッとするような温かみのあるシベリウスは
              大歓迎である。

              ゲルギエフの手のブルブルも
              シベリウス(指揮棒なし)では大いに発揮されていたし
              その分、表情が豊かな、聴きごたえのある演奏だったと思う。

              明日の発表の原稿をまだ書いていないのに
              ちょっと焦っていたら
              更には、明日の音楽分析の宿題もやっていない事に気がついて
              なのに、ブログだけは個人メモだからどうしても書きたいという
              アホな私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              例年11月はウィーン・モデルン現代音楽祭もある上に
              音楽のシーズンとしては
              面白いコンサートが目白押しにあるので
              身体が3つくらいあって
              お財布が今の10倍くらいに膨らんだらなぁ、という
              妄想の世界に浸っても・・・現実はそんなに甘くない(笑)

              バイエルン放送交響楽団 + マリス・ヤンソンス 2日目

              0
                Musikverein Großer Saal 2019年10月28日

                Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
                指揮 Mariss Jansons
                ピアノ Rudolf Buchbinder

                Carl Maria von Weber (1786-1826)
                 Ouvertüre zur Oper „Euryanthe“, op. 81
                Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur, op. 19
                Dmitrij Schostakowitsch (1906-1975)
                 Symphonie Nr. 10 e-Moll, op. 93

                バイエルン放送交響楽団とヤンソンスの2日目。
                はい、本日、上記の人の中で
                ウィーン楽友協会名誉会員でないのは誰でしょう?(笑)

                発売初日に狙ったのだが
                超貧民席内で、あまり良い席がなく
                超貧民席でも、驚きの29ユーロなので
                それ以上のカテゴリーの席は買えなかった・・・

                よって本日は舞台はま〜〜〜〜ったく見えません。
                従って、ヤンソンス氏のお姿も拝見できず
                指揮振りも拝見できず
                聴こえてくる音だけで、勝手に妄想を爆発させるので
                どうぞ、これを読んでいらっしゃる
                物好きな方は、マトモに取らないよう・・・
                (だって、個人的主観的メモだもん)

                放送交響楽団らしく、割に音が明るくて
                外向きの感じがするオーケストラで
                ウエーバーは明るい感じが素敵だが
                このオーケストラの弦、すごく強いような印象。
                (人数が多いのかもしれない、舞台見えないからわからん)

                この強い弦でショスタコーヴィッチの10番はキツいかも・・・

                ベートーベンのピアノ協奏曲2番って
                何回かナマでも聴いている筈なんだけど
                覚えているのは第3楽章だけ(汗)

                しかしブッフビンダーのピアノって
                本当に「歳」を感じさせないなぁ。
                かてて加えて、あの安定感も捨てがたい。

                自信に満ちて堂々としているのに
                それがイヤミにならず
                あくまでも音楽が主人公という境地。
                ピアノの音一つ一つが「立って」いて
                細かい部分も全く潰れず
                昨日のモーツァルトもそうだったけれど
                宝石のように光ってホールに散らばっていく快感。

                後半のショスタコーヴィッチの交響曲10番は
                かねてから、楽友協会ではやって欲しくない曲の
                ナンバー・ワンなのだが

                今日の音量は、確かに大きいんだけど
                何となく許せるというか(勝手な印象)
                ダイナミックな第1楽章を丁寧に紡いで
                第2楽章になったら

                何ですか、その速度は・・・(驚愕)
                オーケストラを煽るわ煽るわ
                小節の最後の音符の長さを微妙に短くして
                次を被せるような感覚なので
                推進力が極端に凄いのだが
                その分、追い立てられるような焦燥感がある。

                ちょっとやりすぎじゃないか、という印象はあるけれど
                こういうのが(多少ずれても)ライブの醍醐味ではある。

                このオーケストラもソロの楽器が抜群に巧い。
                オーボエもフルートもクラリネットもファゴットも
                金管も(まとめて書いてすみません)
                みんな、すごく好き ❤
                第3楽章はソロが多いのだが、これがもう、すべてが見事で
                聞き惚れたわよ。

                オーケストラを鳴らし過ぎて
                (おっ、と思うメロディの強調もあって
                 なかなか新鮮で面白かったけれど)
                エネルギーの塊みたいになって
                客席に飛んでくるのだが

                時々、「音」そのものも塊になってしまい
                (ショスタコーヴィッチあるある)
                解像度ゼロの音のお団子が、楽友協会のホールを覆っていたが
                それはもう、ホールの特性だし
                あそこまで指揮者もオーケストラも
                知ってやってます感の強い「確信犯」的な説得力があると
                聴いている方も
                へへ〜〜〜っ、とお辞儀して納得する(笑)

                アンコールの曲が
                これは、本当にそのまま「音響の団子」と化していたが
                アンコールだから良いのである。
                しかし、久し振りに
                コントロールの全くない、見事な「音響の団子」を聴いた(笑)
                それはそれで、楽しかったりして。

                昨日よりマエストロ・ヤンソンスは元気な感じで
                アンコールも活き活きと、動作も大きく
                すごく楽しそうに指揮していたので
                まだまだ元気で活躍して欲しい。

                しかしヤンソンスも、まるでフェニックスという感じで
                病気しては回復して指揮台に登場し
                危ない、と思わせるのに
                最後まで立派に音楽を作ってしまうという
                超人的な体力と気力の持ち主ではある。

                久し振りにショスタコーヴィッチの交響曲10番を聴いたが
                難聴にもならなかったし
                あれはあれで、良い曲だなぁ、と
                いたく感じ入っている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                本日のプログラム関係者のうち
                楽友協会名誉会員は

                ヤンソンス
                ブッフビンダー
                ウエーバー
                ベートーベン

                名誉会員ではないのは
                オーケストラとショスタコーヴィッチでした(笑)
                (註 オーケストラでも楽友協会名誉会員のオーケストラはある)

                バイエルン放送交響楽団 + マリス・ヤンソンス 1日目

                0
                  Musikverein Großer Saal 2019年10月27日 19時30分〜21時55分

                  Symphonieorchester des Bayerischen Runfunks
                  指揮 Mariss Jansons
                  ピアノ Rudolf Buchbinder

                  Richard Strauss (1864-1949)
                   Vier symphonische Zwischenspiele aus „Intermezzo“, op. 72
                  Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
                   Konzert für Klavier und Orchester A-Dur, KV 488
                  Johannes Brahms (1833-1897)
                   Symphonie Nr. 4 e-Moll, op. 98

                  バイエルン放送交響楽団とマリス・ヤンソンスの1日目。

                  実は余計な事なんだけど
                  今日のプログラムを読んでいて
                  モーツァルト以外は
                  リヒャルト・シュトラウスもブラームスも
                  ヤンソンスもブッフビンダーも
                  ウィーン楽友協会名誉会員という称号が付いているのに
                  ちょっと微笑ましくなった。
                  (モーツァルトの頃は楽友協会はありませんでした(笑))

                  マリス・ヤンソンス、何となく髪の毛も少なくて薄くなったし
                  銀髪が増えているし
                  オーケストラのメンバーの中を通って歩いてくる時も
                  何だかフラフラして足元がおぼつかないし
                  指揮台に上る段もキツいみたいで
                  顔色は灰色に近いし

                  大丈夫なのかヤンソンス・・・

                  プログラムの最初の曲が
                  リヒャルト・シュトラウスのオペラ「インテルメッツォ」の間奏曲。
                  ・・・インテルメッツォそのものが「間奏曲」なので
                  ドイツ語ではちゃんと Zwischenspiele と銘打っているが
                  まぁ、演奏されるのは、非常に珍しい。

                  オペラ「インテルメッツォ」はウィーン劇場で
                  2008年に2回鑑賞している。
                  (何と指揮者はキリル・ペトレンコだった。
                   舞台上の歌手との絡みで、結構コミカルにやっていた印象が強い)

                  よって、この昼ドラのホーム・コメディの内容は知っているけれど
                  4つの間奏曲なんて覚えてないわい(自爆)
                  慌てて数日前に録音をヘビロテで聴いてみたけれど
                  記憶力ゼロなので頭に入らん・・・

                  ヤンソンスはスコアに頭を落としたまま
                  あ〜、何か音楽に合わせて微妙に身体を揺らしているが
                  動きにキレがないし
                  第一、音楽に「合わせて」っていうのは
                  それ、たぶん、アインザッツになってないのでは・・・

                  これ、誰が曲の選択をしたんだろう?
                  ヤンソンスが振りやすい曲ではないと思う。
                  ただ、ちゃんと職人ヤンソンスで、振ってはいるんだろうなぁ。
                  かなり複雑怪奇なリヒャルト・シュトラウスが
                  きちんとズレもなく、しっかり演奏されていた
                  ・・・けれど
                  音の美しさは聴こえてくるものの
                  この曲って、私の印象だと、もう少し
                  ユーモアとか皮肉とかが聴こえて来たような気がするんだけど
                  ただ美しさだけで押してしまった感じがある。

                  まぁ、こんな複雑怪奇な曲
                  ちゃんと演奏されただけで、充分満足ではあるけれど
                  何だか血が通っていないポスターか何かを見ているみたいで。
                  (すみません、文句多くて・・・)

                  モーツァルトのピアノ協奏曲は
                  ブッフビンダーの独壇場で、ピアノが圧倒的。
                  モダン・ピアノでありながら
                  音の粒の揃い方、ペダルを最小限に抑えて
                  それでも美しい音響でホールに飛び散る
                  真珠のようなピアノの音に魅了される。
                  ・・・モーツァルトですから反射的に爆睡しますが(笑)
                  (それでも比較的マトモに、あ〜、すごい、すごいって聴いてました、たぶん)

                  後半、ブラームスの交響曲4番。
                  指揮台の前には譜面台があって
                  大きな指揮者用スコアが広げられていて

                  出て来たヤンソンス
                  スコアを広げて、数ページめくっている。
                  ・・・何だろ、この反応は(何となく心配)
                  どの曲を振るのか記憶にないとか、いや、そんな事はないだろうが。

                  この名曲、スコア見ながら指揮する指揮者の方が
                  数は少ないとは思うのだが
                  それは各指揮者の裁量や好みなので、だからどう、というワケではない。

                  最初は、う〜ん、前半と同じく
                  何だかキレが悪い、のっぺりした演奏だなぁ、と感じていたのが
                  第1楽章のスコアの3ページ目あたりで
                  ヤンソンスが「起きた」
                  ・・・いや、すごく失礼な言い方だけど
                  突然、別人になったというか

                  指揮が、ちゃんと動きになって
                  アインザッツも明確に出て来て
                  曲の表情への指示も、見ていてわかる。

                  別人メタモルフォーゼに反応した
                  オーケストラのリアクションが凄かった。
                  あっという間にオーケストラの音色が変わる。

                  何となく投げやりっぽい雰囲気で演奏していた(ように見える)
                  オーケストラが
                  突然、まるで命を吹き込まれたように
                  音に血が通い始めて
                  生命が誕生する様って・・・こんなの初めて見た(聴いた)

                  いや、あくまでも主観の独断・偏見ですが。

                  それまで、猫背になっていたヤンソンスの身体が伸びて
                  音楽に粘りが出て来て
                  ヤンソンスの指揮振りも活き活きして
                  オーケストラがそれに反応して
                  この上なく力強い、息吹きと生命感に満ちた音をホールに満たす。

                  あらま、ヤンソンス、あの真っ青な顔で
                  もうダメかと思ったら
                  まだまだ、水気たっぷりじゃないの(って失礼な・・・)

                  楽章間は、かなり辛そうだったけれど
                  音楽が鳴り始めると
                  ものすごい集中力で、音楽の中に入って行って
                  一体化している。
                  楽章演奏の前に、最初のソロ楽器のプレイヤーに
                  大丈夫だぜ、巧く頑張ってやろうな、という指示も出している。

                  ブラームスの交響曲4番
                  若い指揮者にありがちな、不必要にドラマチックな部分はない。

                  かと言って、ただ丁寧に歌わせているだけではなくて
                  ダイナミックでありながら
                  音の温かさや、和声の豊穣な響きを失わず
                  美しい、というだけじゃなくて
                  何て言うんだろう、単純な言い方だけど
                  音楽に血が通っている、というのが、一番私にはピンと来る。

                  アバドの死の前の、あの透明感ではなくて
                  もっともっと人間くさい。
                  ヤンソンス、やっぱり音楽の中で恍惚として
                  音楽の喜びに打ち震えているのがお似合いです。

                  明日はウエーバーのオイリアンテ序曲
                  同じブッフビンダーのピアノで
                  ベートーベンのピアノ協奏曲2番(私、これ知らん・・・)
                  後半はショスタコーヴィッチの交響曲10番。

                  うわああ、ショスタコーヴィッチの交響曲10番って
                  楽友協会で聴くと、難聴になる曲なんだけど・・・

                  学期始めに大学で配っていたギブアウエィの中にあった
                  目立たない耳栓を
                  そっとバッグの中に忍ばせた私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  コンツェルトハウスでは、現代音楽とかやる時に
                  ある程度のデシベルを超える曲の演奏があると
                  必ず耳栓を配っているので
                  楽友協会のショスタコーヴィッチで
                  目立たぬように耳栓していても
                  おかしくはない・・・はずだ、うん。

                  ところでバイエルン放送響とヤンソンスは
                  今まで、必ずアンコールを演奏するので
                  今日もしつこく待っていたら
                  ちゃんとアンコールを演奏してくれた。
                  定番とも言える、ブラームスのハンガリー舞曲5番。
                  こういうのは、さすがに手慣れていて、アガる(笑)

                  パリ国立歌劇場管弦楽団 + フィリップ・ジョルダン

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2019年10月24日 19時30分〜21時50分

                    Orchestre de l’Opéra national de Paris
                    指揮 Philippe Jordan
                    ソプラノ Nina Stemme

                    Richard Wagner (1813-1883)
                     Vorspiel zur Oper „Tristan und Isolde“ und „Isoldes Liebestod“, WWV 90
                     Fünf Lieder nach Gedichten von Mathild Wesendonck, WWV 91
                      Orchesterfassung von Richard Wagner und Felix Motti

                    Sergej Prokofjew (1891-1953)
                     Suite aus dem Ballett „Romeo und Julia“, op. 64
                       Montagues und Capulets
                       Julia als Mädchen
                       Madrigal
                       Menuett (Ankunft der Gäste)
                       Masken
                       Romeo und Julia
                       Pater Lorenzo
                       Tybalts Tod
                       Romeo und Julia vor der Trennung
                       Romeo am Grabe Julias
                       Julias Tod

                    パリ国立歌劇場管弦楽団と
                    その首席指揮者のフィリップ・ジョルダンの客演

                    ・・・とか言っても
                    フィリップ・ジョルダンはウィーン交響楽団の首席指揮者なので
                    ウィーンでしょっちゅう聴いているが(笑)

                    ワーグナーのトリスタンとイゾルデから。
                    こちらの思い込みや先入観はあるにせよ
                    やっぱり「オペラのオーケストラ」という感じが強い。
                    他のフランスのオーケストラの柔らかい音と違う(ような気がする)

                    というより、ちょっとウィーン交響楽団の音に似てるんですけど?
                    まぁ、オペラの音楽は、それより「手慣れている」感じがするが。

                    最初からドラマチック・マックスでの演奏。
                    ワーグナーはどんなにドラマチックに演奏してくれても
                    それはそれで合ってるから、気持ち良い。
                    最初の部分の音量を下げるケースが多いのだが
                    割に大きな音で攻めてくる。

                    ニーナ・シュテメの声が強い。
                    いや、本当にこの歌手、声に存在感があるわ。
                    (席が席なので、お姿は見えない。
                     それに歌手の背中側にあたるので
                     声に関しては音響の良い席ではないのだが
                     それでも充分に声量たっぷりで豊かな声が聴こえてくる)

                    ヴェーゼンドンク・リーダーも、シュテメの声が素晴らしい。
                    このソプラノ歌手、ソプラノ的な高音も神経に触らないのだが
                    それよりもメゾやアルト領域の声の美しさがずば抜けている。

                    後半はプロコフィエフのロメオとジュリア。
                    曲の順番は
                    モンターギュとキャプレット
                    乙女ジュリア
                    マドリガル
                    メヌエット(ゲストの到着)
                    仮面
                    ロメオとジュリア
                    ロレンツォ神父
                    ティボルトの死
                    ロメオとジュリアの別れの場
                    ジュリアの墓のロメオ
                    ジュリアの死

                    ・・・素晴らしいドラマツルギー!!!!!

                    指揮者によっては、順番をめちゃくちゃにして
                    ティボルトの死で終わっちゃう人もいるけれど
                    バレエ(ウィーンではクランコ版)を知っていると
                    やっぱり最後はジュリアの死で終わってくれないと
                    頭の中がおかしくなるので(笑)

                    モンタギューとキャプレットから始まるのは大賛成。
                    ただ、これ、わ〜〜〜っと盛り上げてフォルティッシモの後に
                    弦のピアニッシモが来る・・・はずなんだが
                    あんまりピアニッシモになってない。
                    (全体的に音量がいつもより強めというか・・・)

                    続く例の行進曲が
                    何だか異様にドラマチックで・・・

                    いや、このメロディ、たぶん、この曲の中で一番有名だし
                    どの指揮者もドラマチックに振りたがるのはわかる。
                    でも、クランコ版では、これはダンサーが本当に「歩く」シーンで
                    派手なソロもないし
                    モンターギュとキャプレットの相克は(バレエでも)表現されるものの
                    別にそんなに劇的なシーンでもない。

                    なのに、音楽だけ、ものすごく激しい事になっていて
                    辟易するほどにドラマチック。

                    この間のメンデルスゾーンの戦争映画・・・じゃなかった
                    宗教改革交響曲でもそうだけど
                    最近、ジョルダンの音楽作りが
                    むちゃくちゃ極端にドラマチックな傾向になって来ていると思うのは
                    私の趣味がおかしくなったからなんだろうか。

                    デビューの頃に
                    モダン・オーケストラで
                    スリムで爽快なベートーベンを聴かせてくれた指揮者と
                    同一人物には思えないんだけど。
                    (良いか悪いかというものではないので、非難でも何でもない)

                    バルコニー・シーンも、割にオペラになっていたけれど
                    これは私も思い入れのあるシーンなので
                    ドラマチックに演奏して頂いて完璧オッケーです(笑)

                    ちょっとパウゼを入れた後に
                    ロレンツォ神父のシーン。
                    これまた、何だか変にドラマチックで
                    私の記憶ではクリストフ・ヴェンツェルあたりが
                    コミカルに田舎の純朴な神父を演じていたのと
                    微妙に音楽が噛み合ってなくて
                    (いや、これ、音楽聴くと、反射的に脳内バレエが出てくるので)
                    どちらかと言えば、コワモテのスーパーマンみたいだが
                    その分、背景に沈みがちなロメオとジュリエットのメロディ・ラインが
                    絶妙に刻まれて聴こえて来たのには驚いて脱帽。

                    ティボルトの死は
                    ものすごい速さの演奏で(まぁ、指揮者あるあるではある)
                    マーキューシオの死の後があまりに速すぎて
                    あれよあれよという間に、ロメオがティボルトを殺してしまって
                    その後のダグマーが泣き叫ぶシーンは(だから脳内バレエ(笑))
                    かなりしつこくしつこく
                    これまたドラマチック(これは合ってる)

                    ロマンティックな別れの朝も
                    ロマンティックというより、割にあっさり。
                    ラブシーンの音楽は
                    そんなに感傷的に演奏せず、甘さもあまりない(ように聴こえる)

                    ロメオがジュリアの墓に急いで走り
                    ジュリアの墓に到着して、ちょっとゲネラル・パウゼがあったところに
                    会場からスマホのタイマーのベルが流れて来たのには
                    ちょっと大笑いと言うか・・・
                    (はい、到着しました、って感じ?(笑))

                    だからね〜、携帯電話はスイッチ切ってバッグに入れておきましょう。
                    コンサート最中に必ず起こる客席からの騒音は(あえて「雑音」とは言わない)
                    咳き込み以外に
                    椅子がガタンと跳ね上がる音(すごい音で背もたれにぶつかるのだ)
                    携帯電話が床に落ちる音
                    携帯電話の呼び出しのメロディ(これは今日も3回くらいあった)

                    どんなにアナウンスしようが何しようが
                    携帯を切らない人は切らないし
                    写真や録音は禁止とは言っても、やる人はやる。
                    マナーの悪い人は世界中にいる。

                    コンサート最中にスマホでゲームやっていても
                    音さえ出なければ、全然平気。
                    コンツェルトハウスやオペラ座は客席の照明が落ちるので
                    携帯電話の画面が光るとものすごく邪魔だが
                    楽友協会はホールは普通の照明なので、全然気にならない。

                    最後のジュリアの死は、丁寧に演奏してくれて
                    ついつい涙が滲むくらい(脳内バレエ)
                    あ〜、このバレエのクランコ版
                    またウィーンのオペラ座でやってくれないかなぁ・・・
                    最後に観たのが、2014年11月だもん・・・(涙)
                    (やってくれるなら、ロメオとジュリアのキャスティングの要望もあるぞ)

                    しかしまぁ、最初から最後まで
                    音量大きくしてドラマチックに攻めたなぁ。
                    このオーケストラ、時々粗く聴こえる部分もあるのだが
                    (それは私の思い込みかもしれない)
                    その分、何かあった時の即決対処(ゴマカシとも言う)には
                    かなり強いオーケストラじゃないか、と思った。

                    まぁ、パリのオペラ座で弾いているオーケストラだから
                    パリ・オペラ座の「ロメオとジュリア」に登場する神父さんが
                    筋肉隆々のスーパーマンみたいな役柄なのかもしれないし。

                    でもバレエ音楽の演奏は
                    脳内バレエと音楽が一緒に楽しめて
                    何となくおトクな気分になる私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    ミュンヒェン室内管弦楽団 + クレメンス・シュルト

                    0
                      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月22日 19時30分〜21時50分

                      Münchener Kammerorchester
                      指揮 Clemens Schuldt
                      ピアノ Jan Lisiecki

                      Franz Schubert (1797-1828)
                       Symphonie Nr. 5 B-Dur D 485 (1816)
                      Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
                       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 d-moll, op. 40 (1837)
                      Franz Schubert
                       Symphonie Nr. 7 h-moll D 759 »Unvollendete« (1822)
                      Felix Mendelssohn Bartholdy
                       Klavierkonzert Nr. 1 g-moll op. 25 (1831)

                      コンツェルトハウスのシンフォニー・クラシックのチクルスは
                      私は持っていないけれど
                      時々、面白いプログラムを持ってくる。

                      今回も見逃していたのだが
                      コンツェルトハウスのプログラム小冊子って
                      中にコンサートの宣伝が載っていて
                      プログラム見たとたん
                      あっ、行こう!と、その場でスマホでチケットを確保。
                      (決断力だけはある。それ以外は何もない)

                      今年24歳になったカナダのピアニスト
                      ヤン・リシエツキの演奏も楽しみだったし
                      とりあえずシューベルトの未完成交響曲はどうでも良いが(すみません)
                      交響曲5番、すご〜〜く好きだし
                      メンデルスゾーンのピアノ協奏曲なんて
                      滅多にライブじゃ聴けない。
                      天井桟敷の一番後ろのチケットが20ユーロ以下というのも助かる。

                      指揮者のクレメンス・シュルトは
                      日本でもかなり振っているようなので
                      日本の読者の方がご存知かも。

                      ミュンヒェン室内管弦楽団は
                      もちろんノンビブラート奏法だが
                      シューベルトの交響曲5番が素晴らしい。

                      クリアで明るくて、音が素朴で
                      リズムにぴったり乗っていて

                      シューベルトらしい転調の嵐も
                      変にクドくならず、音楽的にあっさりと
                      聴いていて、音楽が、まだ楽しみとして受け入れられた時代を
                      しみじみと感じる。
                      (まぁ、シューベルト、ちょっと分裂症ではあるけれど)

                      続けてメンデルスゾーンのピアノ協奏曲2番。
                      すごくクラシックな作りの曲で
                      作曲家本人も、普通の協奏曲、とか言っているらしいが
                      決して駄作ではないところが
                      フェリックス・メンデルスゾーンの天才を示す。

                      後半の最初は
                      シューベルトの(たぶん)最も有名な
                      未完成交響曲で
                      ・・・以下省略。
                      (演奏は良かったと思う。
                       ただ、この、如何にも暗くて
                       途中で叫び狂って悲しみを撒き散らすような
                       抑制があるのかないのかわからないパッセージが苦手)

                      最後が、一番楽しみにしていた
                      メンデルスゾーンのピアノ協奏曲1番。

                      コンツェルトハウスでは1917年に初演されてから
                      今まで29回演奏されているそうなので
                      単純に割り算すると、3年に1回しか聴けない(割り算なんかするな!)
                      (ピアノ協奏曲2番なんか1918年にホロヴィッツで初演されてから
                       今まで10回しか演奏されていないそうだ)

                      この曲、ト短調とあるけれど
                      確かにト短調で始まるんだけど
                      この曲のハイライトは

                      あの華やかな最終楽章!!!!

                      疾走するメロディを
                      オーケストラが演奏して
                      ピアノに移って、ピアノが疾走して
                      オーケストラがメロディを奏でる間に
                      多数の宝石のように転がるピアノの音。

                      私、人間が単純だから
                      こういう曲を、これだけの素晴らしい演奏水準で聴くと
                      まさに「舞い上がる」ってこんな感じだわ
                      というくらいに気分が高揚する。

                      芸術が社会批判になったり
                      美しいものではなく、醜いものも芸術になったりする風潮には
                      反対じゃなくて
                      それはそれ、とは思うのだけど
                      いわゆる、こういう伝統的なクラシックを聴くと
                      それはそれで良いなぁ、と思うのも事実。
                      (「伝統的なクラシック」という概念には
                       疑問を呈する人も多いと思うのだが
                       一応、普通に通用している範囲での妥協と思って下さい)

                      ついでに、こういう事を書くと顰蹙を買うかもしれないが
                      デビュー当時の若手指揮者が、みんな、だんだんオヤヂっぽく化して来て
                      デビュー当時に可愛かったピアニストが
                      髭をはやしたりしてオヤヂっぽくなっている中で
                      リシエツキは、金髪フワフワのヘアに髭なしの
                      可愛い童顔で、美少年で(以下自粛)

                      苦手な音楽史の試験結果はまだわからないが
                      (何十人も受けているから・・・)

                      また明日も朝6時起きで
                      ウス・イ・オ・ウム・オ (呼格は us=e, ius=i だけなので覚えない)
                      イ・オールム・イス・オス とか
                      呪文を唱えている私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      ほんと、記憶力がないので
                      名詞・動詞の変化を覚えるのだけで
                      むちゃくちゃ苦労してます(涙)

                      ちなみに、上の名詞活用で
                      複数形奪格がない、と思った方
                      複数形は与格と奪格の形が一緒なので覚えなくても大丈夫。

                      ちなみに、名詞の変化だけで
                      性が3つ、変化型5つ、それぞれ単数・複数があって
                      主格・属格・与格・対格・呼格・奪格があります(ため息)
                      全部違うところが、とってもキュート(やけっぱち)

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