フランス放送フィルハーモニー管弦楽団 + ミッコ・フランク

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    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年12月16日 19時30分〜21時50分

    Orchestre Philharmonique de Radio France
    チェロ Sol Gabetta
    指揮 Mikko Franck

    Paul Dukas (1865-1935)
     L’apprenti sorcier (Der Zauberlehrling) (1897)
    Mieczysław Weinberg (1919-1996)
     Konzert für Violoncello und Orchester c-moll op. 43 (1948)
    Richard Strauss (1864-1949)
     Tod und Verklärung. Tondichtung für großes Orchester op. 24 (1888-1889)
    Maurice Ravel (1875-1937)
     La Valse. Poème chorégraphique pour orchestre (1919-1920)

    アンコール
    Pēteris Vasks : Dolcissimo
    Heino Kaski : Prélude op. 7 Nr. 1

    本日3回目のコンサートは
    会場変わってコンツェルトハウスの大ホール。
    フランス放送フィルハーモニー管弦楽団とミッコ・フランク。
    年末・年始のベートーベンの交響曲9番には行かない予定なので
    (チケットが高すぎる!一番安いチケットで43ユーロ!!
     一番高いチケットは驚きの117ユーロである!!!)
    これがコンツェルトハウスでの今年最後のコンサート。

    最初はデュカスの「魔法使いの弟子」
    ミッコ・フランクは指揮台に椅子を置いていて
    時々座って指揮しているけれど
    激しい動きの時は椅子から降りて
    指揮台の上・・・じゃなくて
    床に降りてあちこちに移動して指揮してる(笑)

    オーケストラの音が柔らかくて美しい。
    弦のアンサンブルがぴったり揃って均質で
    音色がパステル色。
    フランスのオーケストラだから、という
    思い込みもあるのかもしれないし
    ホールの違いもあるけれど
    今日、楽友協会で聴いたウィーン・フィルや
    トーンキュンストラーよりも
    ずっと音が柔らかい。

    ドラマツルギーが見事。
    いやもう、この曲ってある意味、映画みたいなものだから
    ストーリー、ばっちり見えるし、実に楽しい。
    オーケストラの音もパステル色なのにパートの解像度が高く
    クリアにバランス良くホールに響く。

    美人チェリスト、ソル・ガベッタは
    ワインベルクのチェロ協奏曲。

    本日はオペラ・グラス(=望遠鏡)を忘れたので
    美人をじっくり見る事が出来ず残念。
    (超貧民席は天井桟敷なので、望遠鏡がないと見えない)

    ワインベルクは最近、また注目を浴びている作曲家ではあるのだが
    う〜ん・・・このチェロ協奏曲、退屈(断言)
    ガベッタのチェロの音も美しいのだけれど
    曲のせいか、表情に欠けて、あまりチェロらしいニュアンスの表現の幅がない。
    何故にこんな曲を、とか言ったら失礼なんだけど
    ロマンティックで秘めやかで静かな曲とは言え
    湿っぽくて陰気な感じが最初から最後まで続く。
    悲しい気分や鬱の気分になるために
    コンサートに来てるワケじゃないわい(特に冬のシーズンは)

    アンコールも、確かに音色としては面白いし
    ガベッタの歌まで入る曲だけど
    やっぱり陰鬱だ。

    まぁ、それは好みの問題だから仕方ない。

    後半はリヒャルト・シュトラウスの「死と変容」
    おおおお、フランスのオーケストラがリヒャルト・シュトラウス(笑)

    ところが、これが実に良かったのである。
    いや、驚いた、ビックリした。
    考えてみれば、ミッコ・フランクって
    リヒャルト・シュトラウス得意だったっけ。
    (国立オペラ座のバレエで「ヨゼフの伝説」やった時の
     オーケストラ・ビットでの活躍が凄かった(バレエ無視で(笑))

    オーケストラの音が柔らかくて
    バランス抜群で、ホール内に満ちて行くのが素晴らしいし
    ドラマチックであっても
    決して溺れない客観性を保ちながら
    ねっとりせずに、比較的あっさりと
    ただ、リヒャルト・シュトラウスらしい音の色彩感覚は充分に表現して
    音の美しさで聴かせてしまう印象。

    タナトスの色っぽさとかには欠けるし
    死の「痛さ」や「苦痛」もあんまりなくて
    (そういうの、実は好き)
    こんなだったら、死ぬのも悪くないかも(あらら?)
    割にあっけらかんと演奏されてしまった感じがあるのだが
    オーケストラ、巧い!!!
    弦の響きもそうだけど
    木管の巧さも図抜けている。

    ラヴェルの「ラ・ヴァルス」
    これ、今まで色々なオーケストラと指揮者で聴いてきて
    ウインナー・ワルツのパロディになっちゃったり
    交響詩「ワルツの残骸」になっちゃったり
    これが、という決定版がなかったのだが

    今回は割に決定版に限りなく近いかも。

    ミッコ・フランクの音楽は
    大袈裟になるわけでもなく
    「ワルツ」を強調するわけでもなく
    どちらかと言うと、ラヴェルという作曲家の特徴を出して来ていて
    ものすごく緻密に、数学的・理性的構成を踏まえて
    余計な感情を排して
    音に拘ったドラマツルギーなのだが
    途中に、ちょっとゾッとするような響きもあって
    こういう絶妙なバランス感覚を持つ人は珍しい。

    で、繰り返すけれど
    オーケストラの音色が本当に素晴らしい。

    このオーケストラの本拠地のホールって
    もしかしたらコンツェルトハウスと似た音響のホールかしら、と
    ついつい思ってしまったくらいに
    ホールの音響を知り尽くしている感じがする。

    あ〜、こんな理想に近いラ・ヴァルスを聴けるなんて ♡

    客演オーケストラだとアンコールするかな、と
    舞台をジッと見ていたら
    コンサート・ミストレスが
    さりげなく譜面台の上の楽譜を前面に移動していたので
    あっ、こりゃ、やるわ、とそのまま席に居座った。

    何回目かに出て来たミッコ・フランク
    コンサート・ミストレスの譜面台の楽譜を見て
    あ、これ、良いね、と親指立ててオッケーのしぐさ。

    ・・・この間も思ったのだが
    ミッコ・フランク、自分で積極的にコミカルなイメージ作ってないか?(笑)

    弦のアンサンブルで始まった曲で
    アンサンブルの精度の高さ、音の美しさに打ち震えていると
    入って来たオーボエのソロの素晴らしさに鳥肌が立った。
    いや、ホント、何ですか、この名人さんは!!!
    こういうのが聴けるから
    コンサート通いは止められないのである。

    これにて今年のオーケストラ通いは終わり。
    後は室内楽と国立オペラ座のオペラと(わっはっは)
    クルミ割り人形の追っかけが始まる私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    このコンサートの一部は
    オーストリア国営ラジオ放送1番で12月28日夜19時30分から放映される。
    その後1週間はオンデマンドで聴けるので、ぜひどうぞ。

    ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー

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      Musikverein Großer Saal 2018年12月2日 19時30分〜21時55分

      Budapest Festival Orchestra
      指揮 Iván Fischer
      ピアノ Sir András Schiff

      Antonín Dvořák (1841-1904)
       Legende für Orchester, op. 59/6
       Slawischer Tanz für Orchester A-Cur, op. 46/5
       Der Verlassene. Chorlied, op. 29/4
      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 C-Dur, op. 15
      Antonín Dvořák
       Symphonie Nr. 6 D-Dur, op. 60

      国立オペラ座ではペール・ギュントの再演で
      ヤコブがタイトル・ロールを踊っている時間なのだが
      私は、ブダペスト祝祭管弦楽団とイヴァン・フィッシャーのファンなのである。

      技術的な巧さもともかく
      この時代にして、まだローカル色が豊かなオーケストラの一つ。
      アンドラーシュ・シフとの共演も多いし
      今回も楽しみ・・・なのだが

      プログラムがベートーベンとドボルジャーク(笑)
      ドボルジャークはチェコの作曲家の筈だが
      まぁ、細かい事は言わない。

      最初はあまり知られていない小曲を2曲。
      私が知らないだけで、実は有名な曲なんだろうか。
      伝統的オーケストラの音がする。
      とても正統的でオーソドックスに聴こえて来る。
      ドボルジャークの転調大好き傾向は
      ここでも山ほどあって、面白いけれど、頭の中が混乱する。
      (現在、ロマン派の転調と格闘中。特にシューマンは許せん!)

      オーケストラ曲2曲の後は
      アカペラのコーラス作品。

      舞台全然見えない席なので
      一瞬、あれ?コーラス一緒に来てる?とか思ったんだけど
      いやいやいや
      考えてみれば、このオーケストラは「歌うオーケストラ」だったのである。
      そう言えば、毎回、コンサートで
      オーケストラ・メンバー、コーラスで歌ってる。

      たぶん、全員が歌っている訳ではないと思うし
      声部のバランスも理想的にはならないし
      (それでもバランスは取れていたのは見事)
      大人数でむちゃ巧い楽友協会合唱団と比べてはいけない (^^)

      ただ、こういう曲が入ると
      コンサートの雰囲気が、何だか暖かくなる。
      ホールの中は寒かったけど。

      ベートーベンのピアノ協奏曲1番。
      今回は今日が1番で、明日が2番と3番、という意欲的なプログラム。
      ベートーベンのピアノ協奏曲は3番・4番・5番が有名なのだが
      この元気溢れる、溌剌とした1番もチャーミングで素敵。

      シフのピアノがまたクリアで
      一つ一つの音を絶対に疎かにせず
      きっちり古典的に聴かせてくれる。
      目新しいところも、新鮮な驚きもあまりないけれど
      伝統的なクラシックを正統的に演奏しました、という
      真面目な演奏で
      これはこれで、とても真四角で端正で
      背筋がしっかり伸びて気持ちが良い。

      後半はドボルジャークの交響曲6番。
      いや、これもあまり演奏されない曲なのだが

      もともとは交響曲1番として世に出る筈で
      1880年にウィーンに持っていったら
      ハンス・リヒターが気に入って
      12月26日に初演しよう、と約束したものの
      オーケストラの団員から反発を喰らい(あ〜、このオケのあるある・・・)

      結局、1881年3月25日にプラハで初演
      大成功を収めて1882年に楽友協会でオーストリア初演となった
      ・・・とプログラムに書いてあった。

      いやでも、この曲、雰囲気としては12月という感じじゃないもんね。
      出だしからして
      あ〜、休暇だ、休暇 ☀
      というブラームスの2番っぽい雰囲気で
      その後、リズムが躍動して、盛り上がって盛り上がって
      本当に楽しい美しい曲 ❤
      今日1日、朝からずっと暗くてジメジメしていて
      ともかく寒いし、太陽って何でしたっけ?という感じなので
      楽友協会ホールの中で、こういう元気な曲を聴けると嬉しい。

      ここ3日間の室内オーケストラの
      ひたすら現代的な響きを聴いた後の
      こういう伝統的なオーケストラの、いかにもクラシックって響きが
      意外に新鮮。

      プログラムが盛り沢山で
      (シフのピアノ協奏曲の後のアンコールが
       シフのピアノでオーケストラのメンバーが歌った)
      22時近くまでの長いコンサートになったが
      明日のコンサートも、も〜っと盛り沢山で

      客演のオーケストラって
      ウィーンの聴衆(安い席は楽友協会だけが目当ての観光客も多いけれど)に
      楽しんでもらおう、という気概が見える。
      (よって、同じプログラムを繰り返さない・・・
       時々、残念。ドボルジャークの6番、もう1回聴いても良いのに)

      ウィーンは暗くて太陽なくてジメジメしていて
      あああああ、とうとう冬が・・・
      って、考えてみれば、もう12月かいっ!と
      理由ないけど焦る私に
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      ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー + パーヴォ・ヤルヴィ第三夜

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        Musikverein Großer Saal 2018年12月1日 19時30分〜21時50分

        Die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
        指揮 Paavo Järvi
        バイオリン Christian Tetzlaff

        Joseph Haydn (1732-1809)
         Symphonie B-Dur, Hob. I:201
        Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
         Konzert für Violine und Orchester A-Dur, KV 219
        Franz Schubert (1797-1828)
         Symphonie C-Dur, D 944 „Große C-Dur Symphonie“

        実は昨日11月30日も同じオーケストラの
        同じ指揮者でバイオリニストで
        曲目は違うけれど、ハイドン・モーツァルト・シューベルトというコンサートに
        行ったのである。(第二夜として書く予定ではあった・・・)

        で、何故、昨日の記録を書いていないのかと言われると
        実は昨日のコンサート、あまり記憶に残っていない。
        (もともと記憶力悪かったが、とうとう痴呆が始まったか・・・)

        昨日はシューベルトの未完成+モーツァルトのバイオリン協奏曲
        後半にハイドンのサロモンだったのだが
        最初にテツラフが出て来て
        言葉には最も適していない楽友協会ホールで
        何だかドイツ語らしきムニャムニャがあり
        (プログラムの順番変えますとか?)
        そのまま始まったモーツァルトのバイオリン協奏曲は
        最初のところのバイオリンの音程が不安定で
        何だこれ?
        アンコールのバッハも細かいところがなんだか曖昧としていて
        あ〜、もしかしたら子供が熱でも出したのかしら。
        (熱心な読者はご存知かもしれないが
         昔、コンツェルトハウスで、ソロを突然キャンセルして
         子供が生まれた、というのでロンドンにすっ飛んで帰った事がある)

        昨々日のコンサートの記録をツィッターした時に
        ポップス系、というフォロワーからの指摘があって
        あ〜、そう言えば、そういう感じ、と納得した程に
        軽めの、当時の聴衆って、こういう楽しさで聴いていたのかしら
        という、徹底的なエンターテイメントを現代に持って来て
        しかも、同じような響きって
        考えてみれば、楽器編成ほとんど同じだから当然か。
        (ウィーン・クラシックである!)

        聴衆も贅沢に慣れてしまって
        一夜だけのコンサートの中でも
        作曲家によって、大いに楽器編成が変わる
        (=よってオーケストラの響きそのものが変わる)
        というのに慣れているから
        ハイドン、モーツァルトと
        交響曲ではひたすら古典に拘ったシューベルトという
        同じ傾向の曲を聴けば、似たような感じ、という印象を受けるのは
        当然の事なのかなぁ、と考えていた。

        そんなワケで、本日最終日3日目も
        あ〜、またポップスのノリで楽しいコンサートか
        でも、シューベルトの大きい方のハ長調交響曲って
        演奏によっては冗長でたまらなく退屈なんだよなぁ・・・
        とか思って、さして期待もせず行ったのである。

        ハイドンの交響曲は
        今回はロンドン・チクルスを持って来ているから
        そりゃ、めちゃくちゃ楽しい。
        ハイドンが持てる限りの騙し手を繰り出して
        ロンドンの聴衆にウケようとしている曲だもん。

        またそれを、キレの良い透明感のある
        室内オーケストラが、むちゃくちゃ楽しく演奏してしまうので
        パパ・ハイドンの仕掛けた罠に翻弄されて、文句なく楽しい。

        モーツァルトのバイオリン協奏曲も
        今日は音が安定していて、とても楽しかった。
        (いや途中、寝てたかもしれないが。
         何せモーツァルトを聴くと反射的に爆睡する癖があるので)

        しかしテツラフのバイオリンの音って
        泣きがない、というか、演歌調じゃない、というか
        他のバイオリニストだと、じっとり、ねっとりとなる部分が
        完璧に欠けていて
        あくまでも論理的で現代的で実証主義的で
        ヘンな感傷がなくて
        泣きの多いバイオリンが好きな人には物足りないかもしれないが
        こういう現代的で健康なバイオリンの音色って
        滅多に聴けないし、その意味では唯一無比のバイオリニストではある。

        後半のシューベルトの大きい方(長い方)のハ長調交響曲。

        えっ!!!
        そのテンポで演奏する???? 😱

        ・・・という程の、超高速演奏。
        ともかく、むちゃくちゃテンポが早い。

        しかも速いテンポなのに、アクセントがバッチリ効いていて
        メリハリの効き方が半端じゃない。

        シューベルトってウィーンの古典の後半で
        ひたすら真面目で気難しい人だと思っていたら
        こんなに飛び跳ねてキャピキャピ叫びながら
        ホール中を駆け回る子供みたいな人でしたか?

        元気が良い、と言ってしまったら
        秘められた音楽的な陰影をすべて無視してしまう危険があるけれど
        超高速で、弾力があって飛び跳ねて、駆けずり回って
        時々、どうどう、と言って手綱を引きたくなる程の
        暴れ馬タイプの演奏。
        ダイナミック・レンジが大きくて
        アクセントがあちこちに散らばっていて
        最初から最後まで、超高速で

        ええ、この交響曲、繰り返しが多いんですよ、
        でも、目にも耳にも止まらぬ速さで繰り返しをされると
        ほええええ、とか驚いている暇に
        リピートは全部済んでしまい
        え?あれ、もう最後のコーダになっちゃっいました?
        と、まるで魔法をかけられたかのような演奏振り。

        パーヴォ・ヤルヴィは指揮中は
        ものすごく怖い顔をしていて
        よく日本のオーケストラのコンサートの時に
        ニコニコしながらようつべで曲目解説をしている
        親しみやすい指揮者とは全く違った印象を受ける。
        (高級な席の方々からは、表情は見られません(笑)
         見られなくて良かったと思って下さい。マジに時々恐ろしいです)

        ポップ的な軽さに聴こえるけれど
        これは指揮者が確信して、考えて、徹底的な信念を持って
        このポップ調の演奏にしているのが、よくわかる。

        バロック時代後期に
        一般ロンドン聴衆が(とは言え、所謂インテリ層だが)
        熱狂を持って迎えたハイドンの音楽に心酔し
        贅沢に慣れて耳も肥えた貴族たちが
        モーツァルトの技巧に満ちた(で、一般ウケも狙った)曲に
        ウキウキした、という、その心情を
        そのまま現代に移し替えて
        我々、贅沢に慣れて耳も肥えた聴衆に
        如何にハイドンとモーツァルトを新鮮に聴かせるか、という事に
        徹底的に重点を絞った演奏だったのだろうと思う。

        シューベルトは、ちょっとこれまた違って
        だって、シューベルトの生きている時には
        この交響曲の演奏はなかったワケで

        ただ、その後、現代に至るまで
        シューベルトの交響曲をナマで聴くチャンスは数多く
        この大ハ長調だって
        今まで、何回、退屈な演奏を聴いて来たことやら・・・

        テンポの速さや、とんでもないアクセントのつけ方や
        ダイナミック・レンジの幅広さで
        一瞬たりとも聴衆を飽きさせない工夫は
        現代のエンターテイナー(と言えるだろう、きっと)パーヴォ・ヤルヴィの
        面目躍如と言ったところかもしれない。

        あの曲、長い筈なのだが
        (しかもリピートは全部演奏した)
        その長さが全く苦にならない、どころか
        交響曲全体が、え?こんなに短かったっけ?
        という印象を受けた演奏は初めてかもしれない。

        その意味では、このブレーメンの室内オーケストラとパーヴォ・ヤルヴィは
        昨々日書いた通り
        いわゆる伝統的なクラシックを
        如何に現代の聴衆に楽しく聴かせるか
        という事に特化したオーケストラなのかもしれない。

        指揮中の表情を見ていると
        ものすごく厳しくてコワイ指揮者に見えるのだが
        演奏が終わると満面の笑顔で聴衆に挨拶する
        ちょっと二重人格的な恐ろしさもあるな、うん。

        今日のアンコールは
        あああああああ、出た〜!!!
        パーヴォ・ヤルヴィと言ったらこれ
        この指揮者のテーマ・ソング
        シベリウスの悲しきワルツ ♡

        パーヴォ・ヤルヴィのこの曲、久し振りに聴いたわ。
        途中の部分の音量をむちゃくちゃ落として
        聴こえるか聴こえないかのピアニッシモにするところも
        変わっていない。

        パーヴォ・ヤルヴィも、ある意味、天才だな。
        今回の喧嘩売ってるかと思った
        ウィーン・クラシックのチクルスを
        ここまで新鮮に聴かせてくれるとは思わなかった。

        新鮮と言えば、クルレンツィスなんか代表的かもしれないが
        クルレンツィスがクラシックの枠組みを取っ払ったところで
        勝手に自由にやっているのに対し
        パーヴォ・ヤルヴィは、きちんとクラシック、という中心を抑えて
        そこから異端的にはみ出る事なく演奏しているのが
        天才の天才たる所以だと思う。

        いや、3日目、行って良かった。
        これ、2日だけで今日の演奏聴いてなかったら
        ただのポップ系オーケストラだわね、という感想で終わっていたかもしれない。

        ウィーンは雪が降り、気温も氷点下まで下がり
        ともかくむちゃくちゃ寒いので
        授業も先生病気のため休講だったり
        病欠で出席の学生が少なかったりしている中
        まだ風邪はひいていない(し、ひきたくない)私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー + パーヴォ・ヤルヴィ 第一夜

        0
          Musikverein Großer Saal 2018年11月29日 19時30分〜21時40分

          Die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
          指揮 Paavo Järvi
          バイオリン Christian Tetzlaff

          Joseph Haydn (1732-1809)
           Symphonie D-Dur, Hob. I: 101, „Die Uhr“
          Wolfgang Amadeum Mozart (1756-1791)
           Konzert für Violine und Orchester G-Dur, KV 216
          Franz Schubert (1797-1828)
           Symphonie Nr. 6 C-Dur, D 589

          ウィキによる日本語訳の長さには驚くが
          ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団と
          日本でも大人気(だと思う)のパーヴォ・ヤルヴィのコンサート。

          プログラムだけ単純に見れば
          この北ドイツ人、ウィーンに喧嘩売ってんのかい?
          と思うかもしれないが(笑)

          いや、もう、素晴らしい時間だった ♡

          だってまず、音の透明感が違う。
          小編成の室内オーケストラだから
          楽友協会大ホールの響きにはピッタリ合っていて
          ハイドンから、もう私は音楽の虜(笑)

          躍動感に満ち溢れたハイドンの「時計」は
          ご存知、ベテラン作曲家ハイドンが
          腕によりをかけてロンドンの聴衆のために作曲した曲で
          遊び心いっぱいで
          聴衆を楽しませよう、という気概とプライドと
          徹底的なエンターテイメント精神がたっぷり。

          それをまた、この瀟洒なオーケストラとパーヴォ・ヤルヴィが
          サービス精神たっぷりで
          音が飛び跳ねて、ホール中に散らばって
          あちこちで、聴衆をくすぐって
          クスクス笑いながらホールの中を遊んでいるような感覚。

          もともとパパ・ハイドンのイタズラ心に満ちた曲は好きだけど
          この演奏、それに輪をかけて、むちゃくちゃ楽しいじゃないの。
          音が活き活きとして輝きながら
          バロック音楽ではあるのだけれど
          それが現代のエンターテイメントとして
          無理も無駄も気負いもないところで
          バッチリ決まっている。

          続くモーツァルトも
          誰でもどこかで聴いた事のある名曲
          バイオリン協奏曲第3番。

          テツラフのバイオリンが、これまた見事で
          大袈裟にならない適度の節制を持って
          良くも悪くも「現代的」な印象を残す。
          このオーケストラの音色やパーヴォ・ヤルヴィの音楽と
          非常に合っている。

          モーツァルトだから、と気張るところがなくて
          プレイヤーがどう感じているか、なんて
          私のようなシロウトの聴衆にはま〜ったくわからないけれど
          すごく良い感じの自然な演奏。

          モーツァルト19歳なのに
          円熟した技法で
          徹底的に聴衆を楽しませて人気を取って
          金儲けするんだ!という感じの
          すごく楽しい曲を
          そのままの形で現代に持って来て
          ほら、楽しいでしょ?と語りかけられるような気分。

          モーツァルトだって、曲が聴衆にウケて
          お金が入らないと生活がヤバイから
          そりゃ、頑張ってヒット曲の作曲に専念するでしょう。
          そうなのよ、これは(当時の)「ヒット曲」であって
          そのように演奏されてそのように聴衆が聴くのが正しい(と私は思う)。

          オーケストラと一緒にアンコールも1曲。
          テツラフのバイオリンって
          他のバイオリニストと音が違う。
          他のバイオリニストが本当に昔の楽器を弾いているのに比べると
          現代の今、この場で求められている
          正確で強くて、ホールに響いて
          それでも出しゃばらない中立的な音。

          人によっては、あまりにアクがないので好まない人もいるかもしれないが
          こういう現代的な音、私は好きです。

          後半はシューベルトの交響曲6番。
          ご存知、小さい方のハ長調。

          パーヴォ・ヤルヴィ登場したとたん
          まだ客席の拍手が止まっていないのに
          指揮棒振り下ろして、最初のあの大音響をドカン!と一発。

          いや〜、ここらへん巧いなぁ。
          エンターテイメント性、抜群である。

          シューベルトは・・・
          あ〜、私、すごく好きなんですけど
          すごく好きなんですけど
          ただ、この人の和声って完璧で凄いので
          授業で(以下省略)

          確かこの交響曲のピアノ譜の一部も
          この間の授業で使ったわ(あ〜、だから以下省略)
          ・・・いや、ちょっと悪夢なので、あまり言いたくない。

          ただ、アナリーゼは意外に出来るようになったら
          ワタクシ的にはハマる面白さかもしれない、という気はするのだが
          ただ「出来るようになる」かどうかが不明という段階で(汗)

          しかしまぁ、このオーケストラの躍動感
          音の透明さ、美しさ、節度のあるクラシックな響きに
          とことんエンターテインメントに徹した演奏って凄いな。

          ある意味、音の響きやエンターテインメントに徹した方式が
          どの曲にも共通するので
          ハイドンもモーツァルトもシューベルトも
          何だか似たような響きになって来る傾向はあるような気がするが。

          古臭いと思われがちなウィーン・クラシックを
          よくぞまぁ、ここまで(クラシックでありながら)現代的に
          当時の聴衆が受け取ったであろう喜びを
          そのままスライドして現代に持って来ました・・・みたいな
          不思議な娯楽性(しかもクラシックで上品で節度あって)のある演奏。

          パーヴォ・ヤルヴィって
          その意味では、だんだん少なくなっていくクラシック音楽ファンの
          救い手になる可能性があるんじゃないだろうか。
          クラシックはインテリの金持ちだけが聴いていれば良い、というような
          オレさまの音楽を聴け!というタイプの正反対で
          自分の音楽が名人芸というか普通の人の達しないところに達していて
          自分の世界だけに聴衆を自動的に引きずり込んでしまう指揮者でもなく

          両腕広げて
          ほら、みなさん、
          僕たちの胸に飛び込んで来て下さいよ。
          何も気取る事、ありませんよ
          音楽って楽しいじゃないですか、ねっ

          とか言われているような気分(妄想爆発中)

          このオーケストラと指揮者、バイオリニストって
          その意味では
          楽友協会で、ただ一方的に音楽を聴かせた、というよりは
          まさに聴衆に歩み寄って
          音楽で語りかけられているような温かみがあったなぁ。
          他の、いわゆる超一流オーケストラではあり得ない現象ではないだろうか。

          ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団は
          本日が初日で、テツラフと組んで
          ハイドン・モーツァルト・シューベルトの毎日日替わりで
          明日・明後日とコンサートがある。

          ・・・もちろん全部行く予定なので
          また明日は全然違う事を書くかもしれない(予防線を張っておく)

          いやしかし、こうやってバレエとかコンサートに行っている時間に
          一緒に学業を始めた若い学生たちは
          どんどん演習やって論文書いて、第2専攻取って
          ラテン語も習得して、学問を究めて行ってる・・・

          んだけど、まぁ、ゆっくりやろう
          ボケるか金が尽きるかまで
          まだ数年ある事を祈りつつ
          帰宅してからシェーンベルクと格闘している私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          何で12月初めに3人のチームでシェーンベルクの発表を選んだかと言うと
          分析対象として与えられたピアノ曲が
          たった30秒ほどで終わる(楽譜1ページ)という理由だけだったりする・・・(汗)

          チェコ・フィル + ビシュコフ 2回目

          0
            Musikverein Großer Saal 2018年11月27日 19時30分〜21時10分

            Tschechische Philharmonie
            Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
            指揮 Semyon Bichkov
            ソプラノ Christiane Karg
            アルト Elisabeth Kulman

            Gustav Mahler (1860-1911)
             Symphonie Nr. 2 c-Moll

            昨日、2回目のコンサート聴いたら
            印象が変わるかも・・・・と書いて

            本当に変わったのには、ちょっと驚いた。

            感受性欠乏症なのと
            更年期・・・はとっくに過ぎたが(爆笑)
            老齢なので感情的な上下が激しいのである。
            (自分の欠点を書いていると、イヤな気分になるなぁ、わっはっは)

            まずはオーケストラの昨日の不安定な管楽器プレイヤーたちが
            昨日とは比べものにならない名人芸で
            迫力たっぷりの美しい音を聴かせてくれたこと。

            最初からそう演奏しろ、とか思ってしまうが
            プレイヤーだって人間だし
            天候とか気温とかホールの関係とかあって
            その時々によっての演奏が違うのは当たり前。
            だからこそ、ナマのコンサートは楽しいのだ、うん。

            昨日より周囲のマナーが悪くなかった。
            椅子の立ち上がりガッタン音や、軋み音は
            もちろん完全には避けられないものの
            昨日のように、演奏中、ず〜〜〜〜〜〜っと雑音ありの
            拷問のような時間ではなく

            時々椅子のガッタン、時々ピアニッシモでの咳き込み
            ついでにピアニッシモの時に
            時計かスマホかカメラのアラーム音が2回入ったけれど
            それでも昨日よりず〜〜〜〜〜〜っとマシ。
            お陰で、多少なりとも集中して聴けたのはありがたい。

            基本的には昨日と同じく
            ドラマチックな要素たっぷり
            後期ロマン派の濃厚な香りがホール中に漂い
            ワーグナー的な麻薬っぽい雰囲気が圧倒的で

            ハリウッドスター勢揃い
            超大型予算付き
            超豪華特撮映画
            「復活」

            というようなモノの劇伴というイメージはあるのだけれど
            昨日1回目に聴いた時の
            作り物じみたイメージは耳慣れして来てかなり薄れ
            すごく良い感じで「感動強制」されて心地良かったりする。

            マーラーは大音響のこけ脅し音楽、との主張を譲らず
            絶対にホールで聴かない知り合いもいるけれど
            (ついでにこの人はブルックナーもリヒャルト・シュトラウスも嫌いで
             唯一、モーツァルトが神さまという人なので・・・(苦笑))
            確かに、大音響で聴衆を圧倒する、というところはあるにせよ
            だったら、ロックやプログレはどうなんだ、って話だしね(いや違うか)

            だってマーラーは大音響で聴衆を圧倒したかったんでしょ、きっと。
            この曲の初演は1895年ベルリンで
            ブルーノ・ヴァルターの記録によれば
            そのスケールの大きさとオリジナリティで圧倒的だった、らしい。
            楽友協会では1907年にマーラー自身が指揮台に立って
            この曲の演奏をしている。
            やっぱり、ホールに居る全員が難聴になりそうな
            こういう大音響が響き渡ったのかなぁ・・・

            こんなひねくれた老女になる前の
            高校生だか大学生だかの時に聴いていたら
            もしかして人生観、変わったかもしれない(まさか・・・)

            指揮者とオーケストラの渾身の演奏もだけれど
            楽友協会合唱団の巧い事と言ったら。
            このコーラス、いつもの事ではあるのだが
            あまりの素晴らしさに腰が抜ける。

            いくら椅子が軋ろうが
            (コーラス始まると、椅子から身を乗り出す人が多い=椅子が軋る)
            アラーム音がホール中に響き渡ろうが

            あの神秘的なコーラスが入って来て
            そこからアルトとソプラノの、限りなく澄んだ
            温かい美声が立ち昇ってくると

            理屈とかじゃなくて
            最も原始的な身体的感覚を刺激されて鳥肌が立つ。

            曲そのものの宗教的テーマは
            あくまでもヨーロッパ宗教の伝統的音楽要素が強いから
            日本の文化土壌にどっぷり使って生きて来た身としては

            トランペットが鳴ったら天国とか
            フルートのソロは彼岸の世界とか
            オルガンで人類救済とか

            いやちょっと誤解があるかもしれないけれど
            一般的ヨーロッパの文化土壌に親しんでいる人とは
            直感的な受け取り方は全く違うのだろうが
            脳生理学的観点からの感動のポイントというものが

            あるんだろうか???? (O_O)

            「鳥肌」研究はウチの学部の学部長の専門なのだが
            文化的背景による音楽の感動のポイントの差って
            実験で特定できるものなんだろうか。
            いや、またもやくだらん事を・・・f^_^;

            日本人の文化的背景を持った者としては
            ウサギは美味しいけれど
            志を果たして金持ちにならないと帰ってきてはいけない、という
            日本のママさんコーラスの皆さまが、こちらで必ず歌われる
            こちら在住で志を果たしていない私には、グッサリ刺さる曲が
            心の傷口、劣等感、敗北感を刺激して(無駄な)反省を促すのだが
            ヨーロッパ人がこれを聞いても
            意外に「何言ってるの、この人」ってなるのかなぁ・・・と

            マーラーの交響曲2番と全く関係ないところに
            くだらない妄想と連想が飛ぶ(ボケ)老女の私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            うさぎが美味しい歌は
            仕事でコンサート・マネージメントをやっていた時には
            必ずママさんコーラスのレパートリーで聴いていましたが
            その度に涙ぐんでいたのは上記の理由によるのであって
            皆さんの歌声のあまりの素晴らしさ(以下省略)
            あわわわわ・・・いやコンサート・マネージメントすごく楽しかったです。
            そういう仕事が出来なくなったのは、ちょっと残念かも(笑)

            チェコ・フィル + ビシュコフ 1回目

            0
              Musikverein Großer Saal 2018年11月26日 19時30分〜21時10分

              Tschechische Philharmonie
              Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
              指揮 Semyon Bichkov
              ソプラノ Christiane Karg
              アルト Elisabeth Kulman

              Gustav Mahler (1860-1911)
               Symphonie Nr. 2 c-Moll

              数年前までは楽友協会からは完璧に無視されていたチェコフィルだが
              ここ数年はチクルスの一環で呼ばれるようになって
              それだけの実力を備えたオーケストラだと思う。

              しかし今日は 書きにくい。
              非常に書きにくい・・・オーケストラが下手くそだった訳じゃないのだが。

              いや、管楽器はむらがあった。
              名人も居るけれど、とんでもないミスがあったり
              音程が悪かったりして、かなり不安定でドキドキ。
              演奏されたのが、管楽器の出来・不出来が曲を左右するマーラーだから
              ますます目立ったのかもしれないが。

              最初から、ともかく、何これ?という
              飛び跳ねるテンポの
              垢抜けなくて泥臭い、軍隊音楽そのままですか、という行進曲。
              しかも、その表現の荒い事。
              荒いだけに、とことんドラマチックにキメてくる。

              劇的というか、ともかく表現が大袈裟。
              指揮者のビシュコフは最初から泣きそうな顔で振ってるし
              ロシアの、徹底的に、お涙頂戴大河ドラマ的な
              とことん感情的に振り回される表現が目一杯。

              スラブ系の、いったん火がついたら止まらないようなオーケストラで
              ガリガリ目一杯音量を出すぞ、という低弦の迫力を伴って
              弦そのものは、柔らかくて美しい響きを持っているのに
              それに逆らうような音響がてんこ盛り。

              良い悪いというのは別で
              確かにマーラーの埋葬行進曲なんて
              昨今の都会的洗練を徹底的に出してくるオーケストラと指揮者だと
              ちょっと物足りないくらい
              本来は、もっと垢抜けない、ワイルドな魅力に満ちたものなのかもしれない。

              そのワイルドさが、とことん前面に出て来て
              後半になればなるほど
              どんどん音量も増してくる。

              うわあああ、楽友協会大ホールだよ
              その音量、ちょっと耳を塞ぎたくなる・・・
              なのに、その大音響がともかく続いて続いて続いて
              聴覚も多少麻痺してくるんじゃないか、という音響。

              こういう演奏って
              コンツェルトハウスなんかだと
              もう少し、あっさりした感じで聴こえてくると思うのだが
              ホール一杯に鳴り響く楽友協会の大ホールでは
              ロックコンサートのごとく
              音量で聴衆を圧倒する、という感じになるのは否めない。

              ただ、ご存知の通り
              マーラーは強弱の差も激しくて
              鼓膜を破りそうな大音響の後に
              この上もなく静かなピアニッシモもやって来るのだが

              大音響の時に椅子をガッタン言わせている観客も多いし
              ピアニッシモの時には
              身体を動かすだけで出る椅子の軋り音が
              あちこちから響いて来る。

              コンサートの途中でホール中に響き渡るような
               椅子をぶっ倒す音とか
               間断なく聴こえてくる床や椅子の軋り音とか
               手元のスマホを床に落とす音とか(ホール中に響きます)
              楽友協会大ホールの音響の良さは、時々、演奏中には凶器になる。

              最近、コンツェルトハウスが多かったから
              ますます雑音が気になって仕方がない。

              周囲の雑音はともかくとして
              だんだんわかって来たのは

              これ、マーラーじゃなくて
              ワーグナーじゃないの?

              繰り返すが良し悪しの判断は出来ないし
              これは批評でもなく、批判でもなく
              私のあくまでも個人的な主観的印象を
              自分の記憶のために書いているだけなので
              チェコ・フィルの悪口でもビシュコフへの批判でもない。

              何だか途中から
              クラシックのコンサートに来ている、というより

              映画館で「アポカリプス人類最後の日」とかのタイトルの
              特撮技術を詰め込んで予算を潤沢に使って作られた
              ひと昔前のハリウッド映画でも見ている気分になって来た。

              スタッフが最強の技術を使って
              最大の予算を使って作成した映画なので
              プロモーションのセリフも
              これ見て感激しなかったら、あなたは人間じゃない
              ・・・みたいな感じで

              感動の強要というか・・・
              だから、ワーグナーっぽいんだってば。

              感激しろ、感動しろ、と、ずっと言われ続けると
              イヤイヤ、と反射的に拒否してしまう体質で
              人間性にも感受性にも欠けているので(開き直り)
              感激・感動すべきなのだろうが
              そのあまりに大袈裟な表現に、ちょっと辟易する。

              それがマーラーの持っている「嫌味」な部分から来るのか
              (あっ、マーラー・ファンの皆さま、ごめんなさい!)
              チェコ・フィルのワイルドな音だったのか
              ビシュコフの劇的表現だったのかは不明。

              クルマンのアルトの声は素晴らしかった。
              本当にこの歌手、今、マーラー歌わせたら
              世界の中でもベストに入るんじゃないだろうか。
              その美しさは筆舌に尽くし難いし
              マーラーの持っていただろうと思われる
              天国のイメージ?を最も具体的に聴かせてくれる声である。

              カルグのソプラノも澄み渡った伸びのある声で
              この2人の歌手は、大袈裟になる事が一切なく
              気張らず、出しゃばらず
              ストレートに、そして伝統的なクラシック・スタイルで
              マーラーの2番の最後を飾ってくれた。

              実は同じプログラムを明日も聴きに行くので
              (チクルスで持ってるんだもん・・・)
              また印象が変わるかもしれないし
              明日は私も素直になって
              ああ、感動しました、とか
              全く反対の事を言い出す可能性もあるので
              読者の方々は
              私の世迷い言を信じてはいけない(断言)

              さて、明日はどういう印象になるんだろう
              ・・・・というより
              管楽器のミスと音程、明日は直ってるんだろうか?
              という事が気になる
              根性悪の私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              確かに途中で地獄を見せるような
              ものすごい気味の悪さの音響が空間を支配していたからなぁ。
              ビシュコフの意図的なものだとは思うけれど
              天国と地獄をさまよっているような演奏だったので
              特撮映画のイメージさえ、私の中から払拭してしまえば
              実はすごい演奏だったのかもしれない・・・

              イル・ジャルディーノ・アルモニコ + アントニーニ&コパチンスカヤ

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年11月16日 19時30分〜21時30分

                Il Giardino Armonico
                バイオリン Patricia Kopatchinskaja
                リコーダー(ブロックフレーテ)+ 指揮 Giovanni Antonini

                Antonio Vivaldi (1678-1741)
                 Concerto für Streicher und Basso continuo g-moll RV 157 (um 1729/30)
                Luca Francesconi (*1956)
                 Spiccato il Volo für Violine solo (EA)
                Antonio Vivaldi
                 Concert für Violine, Streicher und Basso continuo C-Dur RV 191 (vor 1742)
                Somone Movio (*1978)
                 Incanto XIX für Blockflöte, Violine und Barockorchester (EA)
                Giacinto Scelsi (1905-1988)
                 L’âme ouverte für Violine solo (1973)
                Antonio Vivaldi
                 Concerto für Violine, Streicher und Basso continuo Es-Dur RV 253
                  „La tempesta di mare“ (1725)
                Aureliano Cattaneo (*1974)
                 Estroso für Violine, Blockflöte und Barockorchester (EA)
                Antonio Vivaldi
                 Concerto für vier Violinen, Streicher und Basso continuo e-moll RV 550
                  (L’estro armonico) (1711)
                Giovanni Sollima (*1962)
                 Moghul für Violine, Streicher und Basso continuo (EA)
                Antonio Vivaldi
                 Concerto für Violind, Streicher und Basso continuo D-Dur RV 208
                  „Il Grosso Mogul“ (um 1715)

                ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環ではあるが
                コンツェルトハウスのチクルス
                Grenzlos Musik (無理に訳すと「音楽に境界はない」って感じ?)
                の一環でもあって
                それが理由か、現代音楽ファンの妖しげな(すみません)客より
                良いお洋服をお召しになった年配の男女のカップルが多い。

                いやそりゃ、プログラムをぱっと見たら
                アントニオ・ヴィヴァルディですもん(笑)

                私はパトリチア・コパチンスカヤの大ファンなのだが
                他にもコパチンスカヤのファンは多いと思う。
                このバイオリニスト、ウィーン音楽大学出身なので
                ウィーンでしっかり名声を確立している、というのもあるが
                優秀なバイオリン奏者が多いなかで
                独特の個性、という事に関しては
                コパチンスカヤの前に出る者はいない(と思う、というか確信してる)

                今回のプログラムは
                ジョヴァンニ・アントニーニ率いる
                イル・ジャルディーノ・アルモニコと一緒に

                アントニオ・ヴィヴァルディに
                現代音楽を挟んだサンドイッチ構成。

                サンドイッチ用のパンは7分〜14分の演奏時間で
                中身の現代音楽は、全曲、ばっちり3分の薄めのハム(かチーズ)
                基本的にヴィヴァルディとそのまま続ける方式。

                最初のヴィヴァルディの演奏から

                あっ、このバロック・オーケストラと指揮者
                コパチンスカヤとバッチリ気が合ってる!!!
                というのが、即、音楽から伝わって来る。

                コパチンスカヤの音楽は
                その場、その時代、その空気、その時間を
                正に「生きている」ので
                化石みたいな音楽とは合わないのだ。
                (化石みたいな音楽はそれはそれで面白いんだけど)

                ヴィヴァルディの活き活きした躍動感のある音楽を
                奏でているオーケストラのバイオリンのところに
                フワフワでカラフルなロング・スカートを纏った
                コパチンスカヤが一緒に弾いている。

                あ〜、さすがに今日は、穴だらけの
                パンクが着るような黒いズボンは止めたのね。
                あれはあれでワーク・イン・プログレスで
                穴がどんどん大きくなって行くのが楽しみだったが
                もう1年くらい前の話なので
                穴が開きすぎて着られなくなったのかもしれない。

                演奏終了と同時にバイオリン弾きながら
                前に移動して Luca Francesconi のバイオリン・ソロ曲。

                ここに登場する現代作曲家の曲は
                このプログラム(ヴィヴァルディ)に合わせて
                コパチンスカヤが委託した作品なので

                何だか、全然、違和感がない(ような気がする)

                ちょっとぶっとんだモデュレーションの曲だが
                ヴィヴァルディの曲も、ああやって演奏されると
                ううう、これ、当時としては
                ものすごくぶっ飛んでいたんじゃないか、とつくづく思うので
                ヴィヴァルディが現代に居たら
                やっぱり、こういうぶっ飛んだ曲を書くかも。

                バイオリン・ソロのヴィヴァルディは
                ソロはコパチンスカヤが弾いて
                その躍動感に満ちた跳ねるような音でオーケストラを引っ張って行く。

                いやもう、聴いていて
                清々しいというか
                気分がスカッとする、というか
                ヴィヴァルディが墓から出て来て
                ヒョイと顔を出して
                おお、諸君、やっとるな、とかニヤニヤしていそうな感じがする。
                (妄想爆発中)

                Simione Movio の作品では
                指揮者がリコーダーを手にして
                コパチンスカヤも時々、弓でキューを出したりしている。
                音の構築が多層的で、ものすごく美しい。
                ポリフォニーの初期って、こういう感じだったのかも、と
                ついつい思わせてしまう音響の美しさ。

                シェルシの曲は、ご存知の通り
                c の1音のマイクロトナール・ヴァリエーション。
                シェルシの曲は、どの曲を聴いても
                だいたい同じような印象というきらいはあるが
                でも、私は、このさりげないマイクロトナールが好き。

                ヴィヴァルディで前半を終えて
                後半は Aureliano Cattaneo の曲。
                これもリコーダーを使っている。

                ここら辺になると、ちょっともう記憶が薄れているのだが
                (すみません記憶力ゼロで、しかも最近、ボケも入って来ているので)
                その後の Giovanni Sollima の曲も面白かった。

                でもヴィヴァルディが、ともかく、ぶっ飛んでいて
                途中、ウインド・マシーンや金属板まで使う曲がある。
                (コパチンスカヤがウインド・マシーンを回すシーン初めてみた)

                当時の音楽家(作曲家)は
                通常は宮廷に仕える役人の手工業者であって
                さして地位が高いわけでもなく
                でも、面白くない曲を書いたり
                パトロンさまに逆らったりしたら
                失業の憂き目にあうので

                自分の芸術的衝動と
                パトロン及びその取り巻きに気に入られるような曲と
                まぁ、色々と葛藤もあったんだろうなぁ。

                当時の音楽がどう響いたか、というのは
                残念ながら、どこまで音楽学者が研究したって
                実際のところはわからない。

                それでも、様々な試みをしながら
                古典音楽を古典音楽として捉えつつ
                現代の時勢、「今、ここ」というシチュエーションの中で
                新しく解釈し直していこうというグループが
                数多く出て来ているのは
                我々聴衆に取っても、とても嬉しい事だ。

                それに、このコンサート
                舞台でのコパチンスカヤがあまりにキュート過ぎる!!

                フワフワのカラフルなロング・スカートは演奏中にゆらゆら揺れて
                もちろん、彼女は演奏中は裸足だから
                前のところに色味を合わせた絨毯が敷いてあって

                その上で踊るコパチンスカヤ。

                この人を見ていると
                バイオリンが身体の一部、というのではなく
                身体全体が楽器に化しているような気がする。
                柔軟な身体全体を使って
                身体表現としてのバイオリンを演奏している。

                アンコールにバルトークの
                Szól a duda „Dudelsack“ Sz 98/36
                2台のバイオリンのための曲を
                バイオリンとリコーダーで演奏。

                バルトークも民族音楽を集めた人なので
                民族音楽学演習の課題を思い出した。
                (ぎゃ〜〜っ、宿題やってない!)

                会場が大ホールなので
                バロック・オーケストラには最適なホールとは言えないし
                コパチンスカヤのバイオリンの音も
                澄んだとか美しいとかではないので
                (活き活きしてはいるのだけれど、音量はそれほどはない)
                できれば、この編成だったら
                小ホールの方で
                咳とかあまりしない、静かな聴衆と聴きたかった
                というのはあるにせよ

                バロック音楽が現代音楽に聴こえて
                現代音楽がバロック音楽に聴こえるという
                世にも不思議な音響の冒険を
                たっぷり楽しませてもらった。

                コンツェルトハウスは以前から
                ジャズやワールド・ミュージックも取り入れ
                バリバリのバロック・オーケストラから
                現代音楽まで
                客席も一緒に歌うコーラスとか
                クルレンツィスもいち早く見つけてシリーズの契約しちゃうし
                もう一つの名だたるホールと比べると
                時代を先取りして、音楽に境界を作らず
                アクティブにプログレッシヴにプログラム組んでいく姿勢が気持ち良い。

                という訳で
                最近、コンツェルトハウス入り浸りになりかけている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                この記事のカテゴリー
                現代音楽とは言えないので(現代音楽の演奏時間15分)
                ヨーロッパの他のオーケストラ、というカテゴリーにしてみた。

                バンベルク交響楽団 + ヤクブ・フルシャ

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年11月3日 19時30分〜21時30分

                  Bamberger Symphoniker - Bayerische Staatsphilharmonie
                  ソプラノ Barbara Hannigan
                  指揮 Jakub Hrůša

                  Hans Abrahamsen (*1952)
                   Let me tell you (2012-13) EA
                  Johannes Brahms (1833-1897)
                   Symphonie Nr. 2 D-Dur op. 73 (1877)

                  アンコール
                  Johannes Brahms
                  Ungarischer Tanz Nr. 18 D-Dur
                  Ungarischer Tanz Nr. 21 e-moll
                  Bearbeitung für Orchester Antonín Dvořák

                  バンベルク交響楽団とヤクブ・フルシャのコンサートだが
                  いつもの貧民席に行こうとしたら
                  席の変更できるわよ、と言われた・・・という事は
                  やっぱり連休なか日で、チケットを戻したり
                  来られない人が結構いるんだわ。
                  ・・・まぁ、前半、現代音楽だしな(笑)

                  まぁ、私はチクルスで持っているから
                  定位置鑑賞という事で、そのまま来たけれど
                  横の賑やかなロシア女性軍団もいなかった。

                  さて、最初はデンマーク生まれの作曲家
                  ハンス・アブラハムセンの Let me tell you
                  どうも調べてみると、かなり有名な作品らしい。
                  バーバラ・ハニガンのソプラノで CD まで出ているようだ。

                  題材はハムレットのオフェーリア。
                  過去・現在・未来(希望形)の3部からなる。
                  弱音が中心で、ものすごく繊細な色合いを持つ。
                  英語のテキストだが
                  途中で止まって止まって、を繰り返すので
                  ほとんど英語に聞こえて来ない。

                  ハニガンのソプラノが
                  これまたオフェーリアという性格に合っている
                  ・・・と言ったら、上から目線で偉そうなのだが
                  作曲家自身が、ハニガンのソプラノを念頭に置いた作品だけに
                  悩むオフェーリアから夢見るオフェーリアまで
                  現代音楽なのに
                  かなりロマンチックな要素をふんだんに入れて
                  ドラマチックな構成で面白い。

                  後半はブラームスの交響曲2番。
                  これ、私の中では、5月か6月の休暇前の定番。

                  例年の11月より、気温は5℃ほど高く
                  その意味ではマイルドな秋?冬?ではあるのだが
                  空は厚い雲に覆われて
                  先週から冬時間になったので、すぐに暗くなり
                  そんな、陰鬱な冬の始まりにブラームスの2番・・・

                  昨今の若い指揮者って
                  みんな、何だかすごく優秀だよね。
                  優秀すぎて、ちょっと「良い子」ちゃん、という感じがする。
                  フルシャも、ものすごく優秀で
                  音楽的にも、あるいは技術的にも
                  背景の音楽的知識も
                  きっと、ばっちり押さえて

                  構成のはっきりした
                  解像度の高い、澄んだ音の
                  爽やかなブラームスを提示してくる。

                  あまりに爽やか過ぎて
                  見事な演奏なのだが
                  「優等生」が先に立ってしまうような印象がある。
                  感情的な部分は充分に表現しているのだが
                  それも全部、緻密な計算の上だなぁ、と言うのが
                  透けて見えるという感じか(主観です、主観!)

                  インテリ臭がそこはかとなく漂ってくるのだ。
                  オーケストラ、ものすごく巧いし
                  オーボエのソロなんか感涙ものだったけど。

                  しっかり構築して、計算して、完璧に演奏して
                  それでも文句を言われる筋合いはないワケだから
                  私が、この曲に対して抱いているイメージと
                  あまり合わなかった、という事かもしれないし

                  普通、この曲って、楽友協会の
                  あの芳醇な音(=お風呂場音響(笑))で聴く機会が多いので
                  コンツェルトハウスのデッドな音響だと
                  イメージと違った、という事はあるかもしれない。

                  アンコールは大サービスで
                  ブラームスのハンガリー舞曲から2曲。
                  ドボルジャークのオーケストレーションで
                  ちょっとドボルジャーク風味が出ているのが微笑ましい。

                  まぁ、何回も演奏される、いわゆる「クラシック」って
                  それなりに、自分の抱いているイメージが固定化してしまっているし
                  名曲は、一流オーケストラで一流指揮者で聴けば
                  それなりに、聴けてしまうからなぁ(すみません、謎発言で)

                  これから書く予定だけど
                  実はこの後、隣のモーツァルト・ホールで
                  ウィーン・モデルン現代音楽祭のコンサートがあって
                  実はそちらの方がむっちゃ面白かった、という私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ムジカエテルナ + クルレンツィス

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年10月23日 19時30分〜21時

                    musicAeterna chorus of Perm Opera
                    Mitglieder des musicAeterna orchestra of Perm Opera
                    語り手 Michael Meylac
                    指揮 Teodor Currentzis

                    Philippe Hersant (*1948)
                    Trista „Elegien“
                    Choroper nach Gedichten französischer und russischer Gefangener (2016) EA

                    1948年ローマ生まれ、年齢70歳の作曲家
                    フィリップ・エルサンが、囚人たちの詩をもとに作曲した曲を聴いて
                    変人クルレンツィスが、ペルムのオペラで上演したいから
                    75分の曲にして欲しいと依頼して
                    2016年6月22日にペルムのディアゲレフ・フェスティバルで初演された曲の
                    オーストリア初演。

                    指揮者はクルレンツィスだし
                    コーラスも、オーケストラ・メンバーもムジカエテルナから来ているのに
                    今ひとつ、観客の入りが悪いのは
                    「現代音楽だから」という理由しか思い浮かばない。

                    プログラム買ったら、案の定、最初にペラペラの紙が入っていて

                    クルレンツィスの芸術的冒険により、プログラム変更になりました。

                    あっ、またこの人、コンサート直前に変更してる・・・
                    (この間はリートの順序を変えまくった・・・)

                    19と20のナンバーの間に、もう一曲入れる、との事で
                    まぁ、その位はあり得るかも。
                    (前はプログラムに載っていない曲とピアニストを呼んできたりしてたし)

                    「指揮者の意向により、本日は特別な照明を使います」
                    とプログラムの記載はわかったけれど

                    まさか最初から最後まで客席真っ暗だなんて・・・
                    だって、手元に分厚いプログラムがあって
                    歌われる歌詞のドイツ語訳が入っているのに
                    客席真っ暗で、全くテキストが読めない!!!!

                    真っ暗な会場と舞台で
                    ボ〜ッと浮かび上がる舞台の語り手
                    (だと思うが、何せ暗いし、
                     今日に限って望遠鏡、もといオペラ・グラスを忘れたので
                     誰が何やってるんだか、全然見えない)
                    オルガンの伴奏でドイツ語らしい語りが入るのだが
                    あまりに詩的で(たぶん)何言ってるのか、さっぱりわからん。

                    真っ暗な舞台の上に
                    いつの間にか揃ったペルムのオペラのコーラス・メンバー。
                    でも、最初はオルガンの前の女性歌手が
                    地声で民族音楽のような不思議な雰囲気の歌をソロで歌う。

                    おお、これはマイクロトナールか?と思ったけれど
                    続くコーラスの曲が
                    まるで・・・ ルネサンス音楽のような響き。

                    アカペラの、多分、教会旋法を使った多声の曲で
                    現代音楽にあるまじきルネサンス風メロディ。

                    舞台ではナンバーごとに
                    コーラスのメンバーが動いて
                    ソロになったり、デュエットになったり
                    男声だけ、女声だけのバリエーション
                    それに、室内楽のオーケストラ・メンバーが
                    これも、舞台の真ん中でのソロあり
                    脇でのアンサンブルあり、オルガン横での演奏あり

                    各ナンバーごとに
                    照明も変わるし、動きも変わるし

                    音楽もルネサンス風だけじゃなくて
                    如何にも現代音楽っぽく響く、息だけの曲とか
                    喋っているだけの曲とか
                    歌っている向こう側でコーラスが喋っているとか

                    いや〜、この作曲家、すごく引き出しが多い。
                    でも、基本的には伝統的なトナールが多くて
                    とても聴きやすい。

                    のだが・・・

                    どういう内容を歌っているのか
                    (フランス語、ロシア語、コルシカ語、日本語・・・らしい)
                    全くわからず
                    舞台では動きと音楽が様々なバリエーションで提供されているのに
                    内容的についていけなくて
                    置いてきぼりを食らった気分。

                    それに、いくらバリエーションがあっても
                    似たような曲想の音楽が続くと
                    (しかも会場暗いので、時間の経過も良くわからん)
                    最後の方は、ちょっとだけ(すみません)退屈しちゃうんです。
                    まぁ、私の音楽的教養が足りない、と言われれば否定はしないけど。

                    ほら、オペラを観に行っても
                    字幕があるとなしとでは、全く楽しみの度合いが違うじゃないですか。
                    今回の75分は
                    字幕のないオペラ(=内容さっぱりわからず)を観ていたような気分。

                    プログラムには詩の原文(ロシア語・フランス語その他)と
                    ドイツ語役が記載されているのに、もったいない・・・

                    ちなみに日本語は Takezo という、でもフランス人で日本人ではなく
                    監獄の中で日本語を勉強して俳句を作ったという人が

                    ことばを並べる
                    紙の上に
                    ただ忘れるため

                    という詩と

                    憎悪も苦悩も
                    禅のぜんに
                    鎖も格子も

                    という詩があったが
                    (ローマ字で書いてあったので、漢字が間違っている可能性あり)
                    どこで歌われたのか、さ〜っぱりわからなかった。

                    意外にロシア語のナンバーが多かったので
                    ロシアでの上演では、観客はストーリー(というか内容)に
                    ついて行けたんだろうか。
                    (もちろん、詩だから、ストーリーとかないけれど)

                    「合唱団用オペラ」と銘打ってあるだけに
                    音楽のバリエーションに加えて
                    合唱団の動きやアンサンブルの移動
                    照明の多彩さで
                    それなりに工夫を凝らしている事は
                    よ〜くわかる。

                    わかるんだけど
                    いまいち、内容わからないと、置いてきぼりにされた感が否めない。

                    合唱団の巧さ、クラシックの範疇から出たところにも及ぶ技術の高さ
                    オペラ歌手にも劣らないソロのメンバーの巧さ
                    ベルカントから地声、話し声、叫び声まで自由自在に駆使したのは見事。

                    ある意味、非常に面白い体験ではあった。
                    今週末から始まるウィーン・モデルン現代音楽祭への
                    良き準備運動って感じかな。

                    作曲家自身も舞台に上がって盛大な拍手を浴びていた。
                    (註 途中で帰る人もちらほら・・・(笑))

                    今週はともかく授業詰め込みすぎで
                    毎日、4コマとか5コマとかあるので
                    ぐったり疲れて帰って
                    やっと宿題が終わって提出した私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    いや、宿題一つじゃないから
                    明日は、明後日提出の宿題2つを片付けねばならない。
                    頭の中で、ずっとブルガリアの修道院のコーラスが鳴っている。
                    (楽譜起こしです、一応。でも、何だか11拍とか言われて混乱してる)

                    イスラエル・フィル + ズービン・メータ

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2018年10月20日 20時〜22時

                      Israel Philharmonie Orchestra
                      指揮 Zubin Mehta
                      バイオリン David Radzynski
                      チェロ Emanuele Silvestri
                      オーボエ Dudu Carmel
                      ファゴット Daniel Mazaki

                      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                       Ouvertüre zu „Coriolan“, op. 62
                      Joseph Haydn (1732-1809)
                       Sinfonia concertante für Violine, Violoncello, Oboe, Fagott und
                       Orchester B-Dur, Hob.I:105
                      Peter Iljitsch Tschakowskij (1840-1893)
                       Symphonie Nr. 6 h-Moll, op. 74 „Pathétique“

                      ズービン・メータとイスラエル・フィルのコンサートだが
                      開始時間が20時???

                      不思議に思っていたけれど
                      考えて見れば、ユダヤ教って、安息日が土曜日じゃないの。

                      友人情報だと、日が沈めば土曜日は終わりなのだそうで
                      という事は日没後にリハーサル、コンサート開始が20時って事なのかなぁ。

                      オーソドックスの人はそんなに居ないらしいが
                      だいたいオーケストラ見えないし(超貧民席ですから)
                      頭に帽子を被っている人がどのくらいいるのかもわからない。
                      ちらっと見えたところでは、普通の燕尾服で帽子もなかった。

                      このオーケストラの客演、過去は2015年にグラーフェネック
                      その前の2012年はチケット買い忘れで楽友協会の
                      音響最悪の立ち見席だったのだ。
                      指揮者は全公演でズービン・メータ。
                      メータも2019年で退任予定なので
                      この巨匠の堂々とした音楽が聴けるのは最後のチャンスかもしれない。

                      コリオラン序曲の堂々とした重さ。
                      弦の響きの厚みが素晴らしい。
                      重いのに、暗さに溺れる事なく
                      古典的なオーソドックスな響きと構成。

                      メータって、昨今の目立ちたい指揮者と違って
                      (全部が目立ちたい指揮者とは言ってませんし
                       目立ちたい指揮者が良いか悪いかは、また別問題です。誤解なきよう)
                      別に特別に何かする、というのは全くないから
                      奇抜な演奏とかに慣れてしまうと
                      なんてクラシックな正統派の演奏だ、とちょっと驚くくらい。

                      ハイドンのシンフォニア・コンツェルタンテ。
                      うははは、すごくゴキゲンな曲。
                      ハイドンって、本当に面白い作曲家だわ。
                      古典技法を熟知していながら、いや熟知しているからこそ
                      時々、いたずらを仕掛けてみたり
                      複数のソロ楽器なのに
                      ちゃんとカデンツを作ったり。
                      (カデンツの前の終止で、うおおおお、来るっていうのが
                       モロわかりで・・・こういうところ、ハイドン楽しい)

                      後半はチャイコフスキーの「悲愴」
                      以前のグラーフェネックの時も
                      同じオーケストラで同じ指揮者で、同じ曲を聴いた。

                      このコンサート、立ち見席に至るまで売り切れのコンサートで
                      貧民席には、一見さんの観光客も非常に多い。

                      だいたい、第1楽章の、あの例の部分で
                      ビクッとする人が何人いるか
                      (舞台が見えないので、指揮者のキューも見えない)
                      周囲を見ている私も私だが

                      周囲に注意を配らずとも
                      今日は、全身動かして驚愕した人が多過ぎて
                      更に、驚いた後
                      お隣さん同士が顔を見合わせて笑う、というシーンまであり

                      あ〜、もしかしたらフライング・ブラボーとか出ちゃうかな、と心配。

                      隣の年配のおじいちゃまが
                      中年の息子さんと、多分、その奥様と来ていて
                      奥さんは途中から、ずっとスマホを弄っていたけれど
                      このおじいちゃま、第2楽章の出だしで
                      大声で歌い出して(笑)息子さんに止められ
                      第3楽章のリズムを、声でチャッチャッチャッと歌いながら
                      腕を派手に動かして息子さんに止められ

                      なんだか憎めない可愛いおじいちゃまだったわ(笑)
                      おじいちゃまも息子さんも音楽好きなんだろうなぁ。

                      さて、この悲愴、出だしのファゴットがちょっとアレだったが
                      楽器の調子が悪かったのか、病気か疲れか
                      まぁ、そういう事もある。
                      メータは奇抜な事は一切しないので
                      とても伝統的な解釈に聴こえてくる(主観の問題です)

                      爆発的な第3楽章の後
                      フライング拍手、全くなし!!!
                      おおおお、これは想像していなかった。

                      周囲の空気読め、の雰囲気が徹底していたのかもしれない。

                      で、このイスラエル・フィルとメータの悲愴の最終楽章。
                      それまで、ふ〜ん、普通の演奏で
                      巧いけれど、特別な事は別に・・・とか思っていると
                      この最後で・・・やられるのだ。
                      ううう、油断していた。

                      この最後の終わり方は
                      ワタクシ的には、どう考えても、希望の全くない
                      地獄へまっしぐら。
                      救いもない、完璧な暗黒に堕ちつつ飲み込まれる感じ。

                      うわああ、それでなくても
                      最近、落ち込んでいるのに
                      そこに鞭打つような、この地獄堕ち・・・

                      周囲読めの徹底だか
                      それとも、観客全員が、あの地獄に真っ逆さまの
                      あの暗い暗い暗い闇に飲み込まれたのか
                      (私の周囲の一見さんたちも全員固まってた)
                      メータが指揮棒を下ろしても
                      誰1人として拍手しようとはせず
                      やっと、誰かが拍手し出して緊張が解けたけれど

                      観客全員、地獄を垣間見て、固まった悲愴というのも
                      なかなか珍しい。
                      (普通は、何で拍手しないの、とか顔を見合わせたり
                       席でモゾモゾするケースが多い)

                      ちょっと立ち上がれなくなるような打撃を受けた私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。




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