ムジカエテルナ + クルレンツィス

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    Wiener Konzerthaus Grosser Saal 2018年6月28日

    MusicAeterna
    ソプラノ Anna Lucia Richter
    バスバリトン Florian Boesch
    指揮 Teodor Currentzis

    Gustav Mahler (1860-1911)
     Des Knaben Wunderhorn (1892-1901)
       Der Schildwache Nachtlied (1892)
       Rheinlegendchen (1893)
       Des Antonius von Padua Fischpredigt (1893)
       Verlor'ne Mueh' (1892)
       Lied des Verfolgten im Turm (1898)
       Wer hat dies Liedlein erdacht ? (1892)
       Wo die schoenen Trompeten blasen (1898)
       Lob des hohen Verstands (1896)
       Der Tamboursg'sell (1901)
       Das irdische Leben (1892)
       Revelge (1899)

    Symphonie Nr. 4 G-Dur

    今シーズン最後のコンサートは
    コンツェルトハウスでムジカ・エテルナとクルレンツィスの

    何とマーラーのプログラム!!!(かなりビックリ)

    プログラムの最初に1枚紙が入っていて
    ドラマツルギーの関係上、プログラム記載の順番を変更して
    子供の不思議な角笛を歌います・・・とあって
    まぁ、それは別に構わないのだが
    まるでサイコロ振ってバラバラにしたように
    全部の順番がバラバラに変わっていて

    隣のオジサンが演奏最中に
    プログラムの紙を見てプログラムの歌詞を見つけられず
    ずっとページの音を派手に立てまくってページを捲り続けているのには
    ちょっと殺意が・・・ せめて音を立てないように静かに捲ってくれ・・・

    ムジカエテルナと言えば
    オーケストラ・プレイヤーは立って演奏、というのに慣れているのだが
    前半は弦は全員着席。あら、珍しい。

    しかも大編成だ。
    ムジカエテルナって、室内楽オーケストラというイメージだったのだが
    こんなにプレイヤーがいたのね?

    その代わり、木管の後ろの椅子がプレイヤーの数に相当する分に足りていない。
    何と、木管はプレイするところでは立って演奏。

    クラリネットの2人が・・・うわああああ、まるで漫才コンビ。
    メロディを奏でるところで、踊りつつ(=身体を動かす)
    コンビになると、もう、腐女子としては
    この2人、デキてるんじゃないか、という兼ね合いの見事さで
    クラリネットから目を離せない(何を見てる?!)

    フローリアン・ベッシュは、ドイツ・リートを歌わせたら
    その独自の解釈は他の追随を許さないと思う。

    ただ、何だか今日は声が沈んでいる感じ。
    オーケストラはあくまで繊細で音量も抑えてはいるのだが
    今一つ声が前に飛んで来ない。
    バスバリトンだから、それは仕方ないかも。

    ソプラノのアンナ・ルチア・リヒターに仰天。
    失礼を承知で書いちゃえば、アニメ声で
    まぁ、キュートな事この上なく、ともかく可愛らしい。
    見た目もすごくキュートで表情が豊かで
    しかもアニメ声なのに、ものすごく飛んで来る。
    ドラマチック・ソプラノではないので神経にも触らないし
    ドイツ・リートという枠にしっかり収まっていて
    声を張り上げているという印象は一切ないのに
    オーケストラとのこの上ない調和を保ちながら
    しっかり歌の存在を届けてくる。

    いやビックリした。
    すごいわ、このキュートなソプラノ。
    スープレットのオペラ役なんかが、きっとピッタリだわ。

    ベッシュとのコンビネーションで歌った曲では
    (何だったか覚えてない・・・すみません)
    ベッシュがリヒターのソプラノと合わせるためなのか
    声量をグッと抑えて、ほとんどファルセットっぽい発声。
    そんなに抑えなくても、リヒターのソプラノ、ばっちり聴こえるから
    ベッシュも普通の声で歌っても良かったのに。

    子供の不思議な角笛は、ライブでも CD でも聴いているけれど
    クルレンツィスの指揮でのオーケストラ
    音の一つ一つが、本当に生命を持って動いている感じがする。

    クラリネット・プレイヤーのダンスもそうだけど
    (あれだけ踊りながら演奏されると、メロディも踊っている感じになる)
    メロディ・ラインをしっかり出しながら
    混乱やカオスになる事なく、ともかく音楽が生きてる。

    しかもむちゃくちゃ繊細だ。
    ここまで大編成オーケストラで
    ここまで繊細に室内楽的に演奏されたのは
    私の記憶だと
    ラトルとか、ダニエル・ハーディングの演奏に近いけれど
    音楽の一瞬・一瞬が生きて蠢いている感じは
    他の指揮者では聴いた事がない。

    ただ、欲を言えば
    Das irdisches Leben から Revelge で終わるって
    いや確かにドラマチックではあるのだが(音楽的に)
    あまりにあまりに暗い終わり方だよ。

    アンコールで Trost im Unglueck を歌ったのは
    あまりに暗い終わり方を訂正するつもりだったのかしら(笑)

    後半はマーラーの交響曲4番。
    舞台上から、弦の椅子が消えて、ホルンの椅子も消えて
    弦(チェロは座ってるけど(笑))は立った状態での演奏。
    木管も金管も、ほとんどが起立状態。

    これがまた不思議な演奏というか
    う〜ん、マーラーの交響曲4番なんて
    ライブでも CD でも、どの位聴いたか、という曲なのだが
    何故に、またこんなに活き活きと聴こえてくるんだろう。

    活き活きとは言っても
    別に、ただ元気、という演奏ではない。

    こちらもついつい、クルレンツィス、というだけで
    いつも身構えてしまって、きっと偏見もあるはずだから
    出来るだけ偏見はカットして
    初めて聴くような気分で聴こうと思ってはいるのだが

    やっぱり、クルレンツィスの音楽って
    何とも不思議だ。

    大編成オーケストラなのに
    とことん繊細で
    まるでバロック音楽でも聴いているような気分になる時がある。
    聴きなれた曲が、ものすごく新鮮に生命を帯びて飛んでくる。

    偏見だけど、クルレンツィスって
    自分だけで「あ〜、上手に演奏できました」って満足するタイプじゃなさそう。
    この指揮者の頭の中には
    とんでもないサービス精神があるんじゃないだろうか。

    クラシック音楽を「高尚なもの」とか「歴史的なもの」とか
    規範や枠内で演奏しなければならない、なんて事より
    現在の、現代の聴衆に
    どうやったら伝わるか、という観点から
    大胆な試みをするのに躊躇しない。

    一歩間違えたら、キワモノになってしまう危険性もあるし
    ウチの研究所の教授なんかも
    あれはやり過ぎ、と嫌っている人もいるのだけれど
    (だから好き嫌いはむちゃくちゃ分かれると思う)
    でも、今までどの曲を聴いても
    確かにキワモノに近いところはあっても
    その説得力の強さが半端じゃない。

    アンコールに
    Marko Nikodijevic : GHB / tanzaggregat
    という
    まぁ、ちょっととんでもない曲をガンガン演奏。

    マーラーの交響曲の後にアンコールするオーケストラって初体験(笑)
    でもまぁ、これが実に素晴らしかった。

    来シーズンもコンツェルトハウスでは
    クルレンツィスのチクルスで4回のコンサートがある。

    キワモノに近い、この指揮者が
    この方向で新鮮な音楽体験を続けて提供してくれるのか
    それとも、私の耳が飽きて来るか
    当分、楽しみに追いかけられる、と
    ちょっと嬉しい私に
    どうぞ久し振りの1クリックをお恵み下さい。


    ベルリン・フィル + サイモン・ラトル

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      Musikverein Grosser Saal 2018年6月3日 11時〜12時40分

      Berliner Philharmoniker
      指揮 Sir Simon Rattle

      Hans Abrahamsen (*1952)
      Three Pieces for Orchestra
      1. With a restless and painful expression
      2. Camly moving
      3. Heavy

      Anton Bruckner (1824-1896)
      Symphonie Nr. 9 d-Moll
      mit dem unvollendeten Finale (Rekonstruktion der Autograph-
      Partitur nach den erhaltenen Quellen) :
      vervollstaendigte Auffuehrungsfassung von
      Nicola Samale, John A. Phillips, Benjamin-Gunner Cohrs
      und Giuseppe Mazzuca (1983-2012)

      ベルリン・フィルとラトルの2日目。
      幕間なしの1時間40分。

      ブルックナーの交響曲9番、しかも未完成4楽章付き、というので
      3楽章終わったところで拍手のフライングがある事に
      100円賭けたのだが

      100円で良かった(負けた)
      帰り道で「アーノンクールの時の4楽章は・・・」とか
      話し声が聞こえて来たので
      ウィーンの音楽オタクって、ある意味、ちょっとコワイ(笑)

      最初は現代音楽の短い曲。
      3つのパートに分かれていて
      最初はリズムの激しい結構クールな曲で
      2曲目は和声がすごく美しい。
      最後の曲に至っては
      ・・・数時間たったら、もう記憶にない(すみません!)

      でもこの曲、私は結構好き。
      イヤミがなくて意識高いところもあまり感じさせず
      ヴァリエーション豊かで緊張感あって楽しかった。

      さてブルックナーの交響曲9番。
      昨日も爆発していたラトルだが
      本日もかなり爆発気味。

      というか何というか
      最初からずっと感極まっているような印象。

      第4楽章は音楽学者が補填したものなのだが
      ラトルはこの楽章含めて暗譜で振っていた。

      何せベルリン・フィルだから
      技術的な隙は全くない。

      けど、面白い事にラトルのブルックナーって
      以前聴いた時もそうだったんだけど
      微妙に微妙に微妙に、時々ズレる印象がある。
      (いや、シロウト耳なので、実際にそうかどうかはわからないし
       多分、違うと思うけれど
       そういうシロウト耳に微妙なズレがあるように
       聴こえる演奏って事だとご理解下さい)

      初めて、この「ズレ」を聴いた時には驚いたのだが
      完璧なスポーツ・カーのようなマシーンのような
      ベルリン・フィルの硬質な音に
      意識的にズレを持ち込んで
      音楽の揺れを表現しようとしていたのではないかと
      ド・シロートとしては考える。
      (勝手な個人の印象記なので反対意見は却下。
       ただ、同じような印象を持たれた方で
       別の解釈(喧嘩じゃなくて)があれば是非教えて下さい)

      その音楽的揺れも含めて
      強いオーケストラなのに音響の暴発もなく
      ギリギリのところで抑制して
      何と美しいブルックナー。

      だけど・・・
      え〜っと、え〜っと、隠れオーストリア・ファンの私としては
      ことブルックナーに関しては

      ウィーン・フィルとかの音の方が良いなぁ・・・

      ベルリン・フィルだとちょっと尖り過ぎるというか
      田舎風味に欠けて、あまりにアーバン的に洗練されているというか

      いや、偏見・独断のあくまでも主観的好みですけどね。

      ただ、ウィーン・フィルのブルックナーだと
      何となくどういうブルックナーになるか、想像は出来てしまうので
      その意味では、ベルリン・フィルの音の方が
      次にどうなるか、ちょっと予想つかないところがあって
      面白い、というのは絶対にある。

      ちょっと整いすぎ的印象だった第3楽章の後
      拍手のフライングはゼロで
      (ラトルがちょっと驚いていて、チラッと客席見たような・・・)
      続く第4楽章。

      実際にブルックナーは第4楽章はほとんど完成していたらしく
      ただ、死の床で、弟子たちが、師の形見と称して
      全部バラバラに持って行ってしまった、という話は聞いた事がある。

      今回は見つかった手稿から起こしたものだそうだが
      あ〜、すごく良く出来てるような気がする。
      違和感全くなくて、交響曲のモチーフやテ・デウムのモチーフが
      ブルックナーらしい展開を見せて来る。

      むちゃくちゃ長いとかだったらイヤだなぁ(笑)と思っていたけれど
      適当な長さで、しかもモチーフと展開で飽きさせず
      う〜ん、これ、確かにブルックナーだわ、と納得。

      天国のブルックナーが頷いているか
      仰天してひっくり返っているかはわからないが。

      そうかぁ、こういう復元も音楽学者の課題ではあるな・・・
      (いや、ワタクシはやりませんし、やる能力も気力もその気もない)

      しかしまぁ、本当に何て巧いオーケストラなんだ。
      完璧で強靭で、なのに柔軟性があって
      最強技術集団ナンバーワン。

      グラモフォンの世界オーケストラ・ランキングという
      ヘンなランキングでは
      とある別のオーケストラ(ウィーン・フィルではない)が一位になっているが
      ワタクシ的には、この1位のオーケストラって
      技術集団というより、優等生オーケストラって気がする。

      時々緩い在墺オーケストラに比べると
      圧倒的プロイセンっぽい完璧主義のマッチョなオーケストラって
      すごく好き・・・だけど、ちょっと聴くのに緊張する。

      ザルツブルク音楽祭のベルリン・フィルとペトレンコは
      今年は残念ながらチケットが取れなかったので
      (新シーズンだからみんな注目しているのだろう)
      ベルリン・フィルはこれにて当分ご無沙汰かな。

      気が付いたらベルリンに引っ越してた・・・とかには
      ならないだろうなぁ。もう、そんなに若くないし(爆笑)

      とは思いつつ、ちょっとベルリン生活って言うのも良いかも
      ・・・とけしからん事を考えてしまう私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ベルリン・フィル + サイモン・ラトル

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        Musikverein Großer Saal 2018年6月2日 15時30分〜17時30分

        Berliner Philharmoniker
        指揮 Sir Simon Rattle

        Jörg Widmann (*1973)
         „Tanz auf dem Vulkan“ für Orchester (EA)

        Witold Lutosławski (1913-1994)
         Symphonie Nr. 3

        Johannes Brahms (1833-1897)
         Symphonie Nr. 1 c-Moll, op. 68

        最強技術専門家集団と私が勝手に呼ぶ
        ベルリン・フィルの楽友協会でのコンサート。

        これを目当てにツアーを組んだ会社も多かったようで
        かなり前から「コンサート売り切れ」と書いてあったのに
        直前になったら、高いチケットがかなり出て来た模様。
        (安いチケットはジモッティが買っている・・・のかもしれない)

        チケット売り場のところにも
        余りチケットを持っていた人が何人も立っていたのは
        音楽ファンとしては心が痛む。
        (まぁ、所詮は他人事ですが)

        ヴィドマンのオーストリア初演の曲は
        火山の上でのダンス、というタイトル。

        最初、まだ指揮者が出て来ないのに
        ジャズっぽい、ポピュラーっぽい、ダンス音楽っぽいものを
        オーケストラが演奏し出して
        それからラトルが登場。

        なんだこれ?

        ヴィドマンの曲は・・・・いやん、これ、面白い。
        現代曲なんだけど、トナールが多く
        弦のポルタメント以外にはマイクロトナールは使っていなくて
        音の雲の合間に、ちょこちょこと、コラージュのように
        様々なメロディが顔を出す。

        オーケストラの解像度が良いと
        人間の耳って、こんな奥にあるコラージュの音まで聴けるのか。
        (ここ1週間ほど、蝸牛の基底膜の構造と格闘していたので(汗))

        オーケストラの出す音楽の透明感がすごい。
        細かい部分まで徹底的に完璧な演奏とそのバランスが
        作曲者が詰め込んだコラージュの一つ一つを提示してくる。

        ほおおお、と感心して聴いていたら
        最初に演奏されたポップっぽいメロディのリピートになって
        ・・・あら? ラトルが指揮台から降りて去っていく。
        オーケストラはそのまま演奏を続けている。

        ひゃ〜、演出がスゴイ(笑)
        ハイドンのさよならシンフォニーか(爆笑)

        聴衆の興味をガッチリ掴んでから
        ヴィトルト・ルトスワフスキの交響曲3番。

        プログラムによれば、休憩のない2部構成で
        最初は、聴衆を焦らすための序曲的性格を帯び
        後半が始まる前に、あ〜、もういい加減そろそろ音楽が聴きたい〜っ
        という気にさせるのだそうだ。

        前半は e 音によって分断されたパーツが
        それぞれのフォームと音響を持っていて
        実は私は前半の方が面白かった。

        e 音が繰り返されるシグナルごとに
        空気のような音響や、重い音響や、透明感から雲まで
        様々な音の色やリズムで
        立体感のある音響空間を満喫できる。

        いや〜、こういう音楽って
        ウィーンのオーケストラでは、絶対に演奏できないだろう。
        (って、すごく失礼な発言だが、あくまでも個人的印象記なのでご勘弁下さい)

        ベルリン・フィルという
        最強技術軍団が、完璧なテクニックで演奏してこそ
        この音色の違い、細かいニュアンスの違いが
        徹底的にクリアに聴衆に提示されるのだと思う。

        こういう音色や音響空間のバラエティに富む作品
        私は好きだなぁ。
        色々な音が聴ける幕の内弁当みたいで(あっ、すみません)

        後半、ブラームスの交響曲1番。

        うわあああああっ
        ラトルが熱い・・・

        会場も暑くて汗だくだったけれど
        指揮しているラトルから熱線でも出てるんじゃないだろうか。

        オーケストラがまた、マッチョでダイナミック。

        ほとんど力任せの演奏っぽくはあるのだけれど
        力任せを力任せに聴かせない実力のあるオーケストラで
        ともかく、むちゃくちゃ巧い。

        何故このオーケストラ、こんなに巧いの。
        真剣にベルリンに引っ越したくなって来た。
        (というより、こういう最強軍団が居ると
         ベルリンの他のオーケストラはやりにくいだろうなぁ・・・)

        ラトルのブラームスは
        あの(当時は)センセーショナルな
        徹底的に「音響」に拘った CD の全集は持っているけれど
        今日の演奏は、音だけに特化したというよりは

        むちゃくちゃエモーショナル。

        昨日のネゼ=セガンは計算したエモーションが透けて聴こえた印象だが
        ラトルは、徹底的に音楽に入り込んで
        その裏には、やはり完璧な計算が潜んでいるのだろうけれど
        そういう計算高さは一切感じさせない。

        指揮者の円熟って、こういう事を言うんだろうか。
        長期間の首席指揮者の任務を終えて
        最後に、ラトルがオーケストラに
        熱いメッセージを送っているような気がする(穿ち過ぎかも)

        オーケストラと指揮者の間に
        絶対の信頼感のある、他人には理解できないような
        深いコミュニケーションが成立しているような感じ。

        しかしまぁ、このオーケストラ
        本当に全員がソリスト・レベルというか
        笑っちゃうほど巧いわ、感心通り越して唖然としてしまう。

        指揮者がひたすら熱いので
        オーケストラは暴走気味(と言ったら失礼か)
        限界のない世界に飛んで行きそう。

        最終楽章では
        あっ!と思えるような不思議なパートの強調があったりして
        (ラトル、指揮台から降りてビオラとチェロを脅迫(?)してるし)
        最後の方のフルートのソロが
        ・・・あんなに大きい音であのフルート・ソロ聴いたの初めてだわよ。
        (その後のホルンは柔らかい音で、すごく控えめで好感)

        最終楽章の最後の部分、まさに「爆発」した。
        巻いて巻いて巻いて・・・会場全体を巻き込んで
        熱いモノが、嵐のようなすごい勢いで過ぎて行った感じ。
        (多少やりすぎの感はあったけれど、あの熱さは貴重ではある)

        できれば、もう少し、あの残響を楽しみたかったのだが
        (で、たぶん、大多数の聴衆はそう思っていた)
        誰かがすかさずブラボー・コールをかけたので
        残念ながら、あの美しい残響は拍手に掻き消された(涙)

        明日はブルックナーの交響曲9番
        しかも最終楽章のレコンストラクションあり(!)

        絶対に第3楽章が終わったところで
        知ったかぶりの音楽ファンから拍手のフライングがある事に
        100円くらい賭けても良いと思っている私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー

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          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年5月27日 19時30分〜21時10分

          Budapest Festival Orchestra
          Wiener Singakademie
          指揮 Iván Fischer
          ソプラノ Christina Landshamer
          メゾソプラノ Elisabeth Kulman

          Gustav Mahler (1860-1911)
           Symphonie Nr. 2 c-moll für Sopran, Alt, Chor und Orchester
           „Auferstehungs-Symphonie“ (1888-1894)

          グスタフ・マーラーの交響曲2番と言ったら
          オーケストラの人数は多いし、コーラスも多いし
          ソリストも必要なので、演奏される機会は非常に少ない。

          コンツェルトハウスのプログラムで
          イヴァン・フィッシャーが
          自分のブダペスト祝祭管弦楽団とマーラーの交響曲2番を演奏するのを見て
          会員発売開始の日をカレンダーに書き込んで貧民席ゲット。
          18ユーロ以下で、こういうコンサートを聴けちゃうって
          ホント、ウィーンって素敵な都市 ♡

          コンサート開始前に
          コンツェルトハウスの支配人がマイク持って出て来た。
          えっ?もしかしたら、誰かキャンセル?代役?
          それとも歌手が風邪ひいてるから、ひどい声でも我慢しろってアナウンス?

          と思ったら
          「指揮者のイヴァン・フィッシャーの意向で
           第1楽章終了後に、いったん指揮者は引っ込んで、数分の休みを取ります。
           これはスコアに書いてある事で、実際にはあまりやらないのですが
           みなさまは座席に座ったままでお待ち下さい」

          あ、そういうのなら歓迎。
          確かに、あの超弩級の第一楽章の後は数分でも脳に休みが欲しいし。

          イヴァン・フィッシャーという指揮者
          私は以前から、ものすごく好き。

          バルトークの青髭公のコンサート形式公演で
          俳優さんをちょっと使って、面白い演出をしてしまったり
          中国の不思議な役人では
          スコアのト書きを、コンサート・ホールの上の字幕で見せてくれたり
          ブダペストにトゥーランガリア交響曲を聴きに言った時も
          マジャール語だったからさっぱりわからなかったけれど
          コンサート前に、(たぶん)熱くトゥーランガリア交響曲について
          プレトークをしていた。

          イヴァン・フィッシャーの音楽は
          私が今まで聴いた印象では、とてもマジャール(笑)
          熱くて情熱的で、ちょっとクセがあって
          (ブラームスのマジャール風味は今でも忘れられない名演だった)
          そのクセっぽいところが、いちいち、私のツボにハマるのだ。

          今回のマーラーの交響曲2番も
          のっけから、来た〜〜〜っ! って感じ。
          最初から、あの音量で攻めてくるとは・・・

          しかも、低弦の力強さって、いったい何???
          普通にチェロ8本、コントラバス8本だよね???
          何でそんなに力強い音が出ちゃうんですか。

          ものすごいダイナミック・レンジで
          第1楽章の持っている悲劇性が
          ロマンティックでマッチョに締まったクッキリした音で
          各楽器パートの解像度は高いし
          オーケストラのバランス良くて
          時々、ハッとするような表現があって
          あ〜、クリーブランドのベートーベン、袖にして良かった(こらっ!)

          コンツェルトハウスはジモッティが多いので
          第1楽章後、指揮者が引っ込んでも(アナウンスあったし)とても静か。

          5分ほど、脳を沈静化(笑)させてから
          この上なく繊細な第2楽章。
          ああああ、美しい・・・
          ワルツなんだけど、これは意図的にウィーンのワルツにせず
          3拍目にアクセントを置いて
          ちょっと重めの感じが
          過去と現在の狭間を行ったり来たりしている感じで
          すごくワタシ好み。

          魚に説教するアントニウスは
          (すみません、でも読者はわかりますもんね)
          途中のクラリネットのソロが立って吹いたり
          視覚的にも面白い仕掛けあり。

          クルマンの、この上なく深い美声で歌われる Urlicht に
          涙がジワッと出てくる。

          その後の、あの混乱と悲劇と、そこから天国にいく音楽は
          あああああ、もう、何と言ったら良いのか
          ティンパニ連打のあの部分、すごく好きなのだが
          最初を、デシベル最強近くまで引き上げて
          次を少し落として、という細かいニュアンスの作り方
          いやもう、見事で息を飲む。

          Misterioso のコーラスが、ちょっとイマイチ。
          いや、コーラス人数多いし、巧いんですけど

          ただ、楽友協会のコーラスだったら
          もう少し極端にピアニッシモで入って来ただろうなぁ。
          コンツェルトハウスの音響の関係もあるし
          コーラス板付で、最初の発声がアレ、というのも大変なのはわかるのだが

          でもね、あのアカペラで歌ってソプラノ入った後で
          オーケストラが入って来たら、3分の1くらい音が下がっていた
          というのは、ちょっと(笑)
          (オーケストラ入った時に、ちょっと笑いそうになった・・・)
          さすがにその後のアカペラからオーケストラ入るところはキマったが。

          で、Misterioso なんだけど
          コーラスのメンバー、全員、座ったままで歌ってるんですよ。

          え〜?何で?
          いやそりゃ確かに、立ち上がると音がするから
          その前に立ち上がる雑音を避けるためというのもわかるけれど
          コーラス、立って歌わないと声出ないんじゃないの?

          ・・・と思っていたら

          やられた!!!!!!

          最後のコーラスのところで
          パートごとに
          バスが立ち上がり、テノールが立ち上がり
          メゾが立ち上がり、ソプラノが立ち上がり

          ああああ、これこそ復活・・・

          イヴァン・フィッシャーの演出だったのなら
          もう、脱帽です。

          オーケストラの管のベルアップとかはあるけれど
          このコーラスの時間差での復活
          視覚的に、ものすごい効果で

          それまでもバンダでの管楽器のあまりの巧さや
          空間感覚から不思議な時間感覚に翻弄されて
          現世にいるのか、すでに来世なのか
          時間と空間を飛び回っていた奇妙な感覚はあったんだけど

          最後のコーラスの「復活」で
          じんわり涙が出て来て

          ああああああああ・・・(絶句)

          イヴァン・フィッシャーって
          指揮者として、あるいはオーケストラ・ビルダーとしても
          超一流のすごい人なんだけど
          それに加えて
          音楽を如何に聴衆のところに届けるか、という
          絶え間ない努力をしている人だと思う。

          鳥肌立ったまま、感激に打ち震えて
          呆然状態でホールを去った私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          ロイヤル・コンセルトヘボー管弦楽団 + ダニエレ・ガッティ

          0
            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年5月14日 19時30分〜21時40分

            Königliches Concertgebouworchester Amsterdem
            指揮 Daniele Gatti
            ピアノ Daniil Trifonov

            Sergej Prokofjew (1891-1953)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 3 C-Dur op. 26 (1917-1921)
            Gustav Mahler (1860-1911)
             Symphonie Nr. 1 D-Dur (1888)

            グラモフォンのオーケストラ・ランキングでは
            何故かわからないが(すみません)いつも一位に輝いている
            ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が
            ヤンソンス退任の後2016年から首席になったダニエレ・ガッティと客演。

            インターナショナル・オーケストラのチクルスでチケットは買っているのだが
            今日はほとんど満席の上に
            オーケストラの向こう側のオルガン・バルコンにまで観客が居る。

            これは、きっと、ダニール・トリフォノフ人気だな・・・
            (って、オーケストラとガッティには失礼だが(笑))

            そのダニール・トリフォノフだが
            現在27歳という若さで
            以前コンクールでのし上がってコンサートに登場し始めた頃には
            童顔の、本当に可愛らしい「男の子」だったのに

            ご存知、その後、最近音楽家に流行しているヒゲをたくわえて
            あのキュートなお顔を隠している。

            髪の毛は長めにして、ちょっとボサボサで
            盛大にヒゲを生やして

            ピアノに向かって前傾姿勢で
            背中を丸くして、被さるように弾いていると
            音楽を聴かずに、ただ視覚だけの情報だったら
            ものすごく失礼だけど、浮浪者にしか見えません(爆)

            その変人のピアニストのテクニックのすごい事 (・・;)
            いやもう、この人の技術って、何なんですか。

            プロコフィエフのピアノ協奏曲3番と言えば
            プロコフィエフの作品の中でも、最も私好みの一品だが
            ピアノの音は、あくまでもクリアで
            一つ一つの音がすべて強くはっきり聴こえて来るのに
            全体としては、全く無理のない
            まるで羽が飛んでいるかのような浮揚感と軽さ。

            うわああ、やっぱりプロコフィエフって
            こういう、さりげない感じでモダンに弾いてくれると
            むちゃくちゃ素敵でチャーミングで
            ズブズブしたところがなくて、すごくワタシ好み。

            この疾走感と、すごい技術に裏付けされた軽さ
            絵画で言えばマレーヴィッチあたりのモダン性。

            ショパン・コンクールやチャイコフスキー・コンクールでの実績の人なのだが
            ズブズブのウエットさと対極的なモダン性まで
            曲によって出してくる、というのは、すごい才能だわ。

            アンコールがやはりプロコフィエフの小品で
            これがまた見事。
            ホールを満たす豊かな音量の中で
            やはり一つ一つの音がクリアに響く。

            トリフォノフの超絶技巧に腰が抜けたが
            後半はマーラーの交響曲1番。

            極端にピアニッシモの出だしだったのに
            始まったとたんに大きな音量で咳した人が居て
            1人咳し出すと、みんながするんですよ、ここは(怒)
            ついでに飴の包み紙の音とか
            バッグを開ける音とか

            舞台からこの上もないピアニッシモの響きが上がってくるのに
            周囲の雑音が、オーケストラの音量が少ないだけに気になって(涙)

            指揮者ガッティって
            イタリアンだから、というイメージはあるけれど
            もう少し、元気な音楽作りをする人じゃなかったっけ?

            何だか色調が暗い。
            いや、別にマーラーだから明るくしなくても良いんだけど
            印象としては、屈折していて、内向的で
            これ以降の交響曲に出てくる
            矛盾に満ちた不思議な世紀末の暗さを先取りしたような感じがする。

            ロイヤル・コンセルトヘボー管弦楽団
            ホームベースのコンセルトヘボーの音響に合わせた音色が
            コンツェルトハウスの音響には、よく合っていて
            バンダとのバランスも抜群。
            交響曲のニュアンスも、よく伝わって来て
            ちょっとだけ傷がなかったワケではないけれど
            熱演だったし、素晴らしかった。

            ただもう、え〜っと、読者の皆さまは呆れ返ると思うけれど
            聴覚の演習を取っていて
            こういう素晴らしい音楽を聴きながら
            ついついマスキングの事を考えてしまったり
            蝸牛管基底膜の電位移動とか

            あ〜、いかん、ちょっと毒されてる 💦

            6月の発表準備だけ出来れば
            (テーマはフェーズ・ロッキングだが
             それがいったい何なんだか、まだ全然わかってない)
            基底膜の波動理論とかもあった筈で
            もう、自分でもワケわからん状態の私に
            どうぞ同情の1クリックをお恵み下さい。


            シュターツカペレ・ベルリン + バレンボイム

            0
              Musikverein Großer Saal 2018年5月10日 19時30分〜21時40分

              Staatskapelle Berlin
              Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
              指揮 Daniel Barenboim
              ソプラノ Anna Prohaska
              メゾソプラノ Marianne Crebassa
              メゾソプラノ Anna Lapkovskaja
              語り手 Maria Furtwängler

              Richard Wagner (1813-1883)
               Vorspiele und Karfreitagszauber aus „Parsifal“

              Claude Debussy (1862-1918)
               Le Martyre de Saint Sébastien
                Musik zum Mysterienspiel von Gabriele D’Annunzio
                für Sprecherin, Vokalsolisten, Chor und Orchester
                (Partiturausgabe von Pierre Boulez und Eiko Kasaba)

              シュターツカペレ・ベルリンの客演最終日。

              今日はキリスト昇天祭でオーストリアは祝日。
              受難の季節と復活祭時期にしか演奏されないパルジファルを
              コンサート・ホールでキリスト昇天祭に聴くというのも
              なかなかオツなものではあるが

              全部ドビュッシーでプログラム組んだのに
              ここだけリヒャルト・ワーグナーが入るって、何なんだ?!

              パルジファル苦手なので
              というより、ワーグナーとあまりマトモに向き合った事がない。
              (引退したら・・・とか言っていたんだけど
               引退してみたら、仕事している時より時間がないなんて
               そんな状況、考えてもみなかった)

              さすがにドイツの、しかもオペラ座付きのオーケストラなので
              堂々としたドイツっぽい音楽は得意だと思うんだけど
              すみません、パルジファル序曲ともう一つ
              息が長くて、うううう寝落ちしそうになるじゃないか・・・
              (ああああ、ごめんなさい!!!)

              ドビュッシー中心でやるなら
              後半の聖セバスティアンの殉教だけでも良かったんだけどなぁ。

              さて、その聖セバスティアンの殉教。
              しかも交響的断章じゃなくて
              ちゃんと5幕の作品なんて、滅多にナマで聴けるチャンスはない。

              だいたい、何でドビュッシー?と思っていたら
              知り合いが「今年、没後100年ですよね?」って

              バーンスタインの生誕100年は
              ウィーンでもあちこちで取り上げられているが
              ドビュッシーはオーストリアではどうも無視されているらしい。

              フランス語の語りが入る。
              マイクでの語りなので
              すごくすごくすごく残念なのだが
              フランス語がわからないのに加えて

              私の居る超貧民席は、マイクの音声だと
              ホールのエコーが聞こえてしまって
              特に周波数の高い子音が、1つの音に聞こえず
              2つにズレて耳に入ってくる(涙)
              (500マイクロセカンドを超えてしまったのだな・・・)

              しかも、このエコー、楽友協会の音が乱反射するので
              子音によっては方向性がズレて、時々、すぐに耳の傍で子音の破裂音が爆発する。
              (誰かが周囲でお喋りしているのか、とギョッとする)

              ただ、ドビュッシーの音楽が圧倒的。
              様式的には、ペンタトニックを多用すると同時に
              ルネッサンス的なポリフォニーを駆使して
              オーケストラやコーラスの色彩が、まるで滝のようになだれ込んで来る。

              もちろん劇伴だから(だって劇音楽だもん、劇伴でしょ?)
              情景が目に浮かぶような部分も多い。

              焼けた石の上を歩いて怪我せず、そこに白百合が咲くとか
              異教の空間に入って(これがもう、ものすごく薄気味悪く音楽で描かれる)
              破壊するとか、女の子が現れて死ぬとマリアが出現するとか
              第3幕は王さまが登場するので
              最初の音楽はトランペット中心の金管のファンファーレとか。

              ただ、セバスティアンの拷問を直裁的に表現するような
              残酷な部分は音楽的にはほとんど出て来ない。
              すべてが物語的にうまく隠されている。
              (ドビュッシーらしい奥ゆかしさだ ←妄想です)

              最後の昇天の音楽がまた美しくて・・・

              セバスティアンは第4章で矢によって殺される事になっている。
              聖セバスティアンと言えば、絵画の世界では
              必ず体中に矢が突き刺さった表現になっているのだが

              実はセバスティアンは矢で死んではいない(回復している)
              まぁ、別にどうでも良い話だが
              ガイド試験を受ける時に、セバスティアンが矢で死んだと言ったら
              不合格だからね(笑)

              小1時間の曲で
              オーケストラの曲の演奏中に語り手が話す部分も多く
              (オーケストラの曲の合間に、子音のエコーを聞くのは辛かった(涙))
              途中、ソロやコーラスが次々に演奏されるのだが
              音楽のバリエーションの範囲が本当に広い。

              圧倒的な音楽の情報量で
              ルネッサンスのポリフォニー、ワーグナー的な厚い和声もあれば
              レース編みのような繊細な部分に
              アジアチックなペンタトニックの神秘的な響きまで
              色彩感に満ち満ちていて

              ドビュッシーの作曲技法って、こんなに天才的だったんだ、と
              聴きながら呆気に取られてしまった。

              あああ、ペリアスとメリザンドの時も思ったんだけど
              この曲、フランス語がわかったら
              今の200倍くらい、楽しめたんだろうなぁ・・・(涙)

              だったらフランス語習えば?という声も聞こえてくるが
              他の事でむちゃくちゃバタバタしていて
              ・・・と言い訳ばかりしている怠け者の私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              シュターツカペレ・ベルリン + バレンボイム

              0
                Musikverein Großer Saal 2018年5月9日 19時30分〜21時40分

                Staatskapelle Berlin
                Damen des Singvereins der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
                指揮 Daniel Barenboim
                ソプラノ Anna Prohaska
                メゾソプラノ Marianne Crebassa

                Claude Debussy (1862-1918)

                 La Damoiselle élue
                  Poème lyrique für zwei Frauenstimmen, Frauenchor und Orchester

                 Trois Nocturnes
                  Symphonisches Triptychon für Orchester und Frauenchor

                 Troid Ballades de François Villon
                  für Mezzosopran und Orchester

                 La Mer
                  Drei symphonische Skizzen fuer Orchester

                シュターツカペレ・ベルリンとバレンボイムの
                ドビュッシー祭り(笑)2日目。

                知らない曲ばかり・・・(例外は「海」だけ・・・f^_^;))

                最初の「選ばれし乙女」ってカンタータだけど
                初めて聴く。
                夜想曲は1回くらいは聴いた事があると思うけれど
                フランソワ・ヴィヨンの3つのバラードなんて
                ピアノ伴奏版でも聴いた事がない。

                よって、どうのこうの偉そうな事は言えないけれど
                この間の、ものすごく明るい輪郭のはっきりしたドビュッシーより
                前半は、割にドビュッシーらしくなっていたような気がする。

                選ばれし乙女の語り手のメゾソプラノが
                すごい声量で、抑えてはいたけれどギョッとした。
                女声合唱団はウィーンの楽友協会合唱団で
                相変わらず実に巧い。

                ソプラノのアンナ・プロハスカの声はあくまでも澄んでいて
                張り上げる事なく、清純な乙女(だろうと思う)が美しい。

                ドビュッシーって、こういう曲も書いているんですね。
                自宅で作品一覧見てたら、その多さにクラクラ来た。
                (だいたいあんまりフランスものってウィーンで演奏されないし)

                夜想曲は、ドビュッシーらしい和声が生きている曲だが
                あ〜、最初の曲って「雲」ですよね?
                ううう、主観的印象だと、またもや輪郭がはっきりし過ぎて
                何故に「雲」のようなテクスチャーを感じられないのか
                私の耳がおかしくなっているのかもしれない。

                シレーヌは、幕間に会った知り合いが
                女声合唱の歌い手がオーケストラの中に入り込んでいたとの事。
                貧民席(舞台見えず)からは
                女声合唱が割にバラバラに聴こえて来たのはそのためか。
                平土間とかバルコン正面とかだったら
                きっと音響効果は抜群だっただろう。
                (すみません、高い席は買えませんので・・・ふん)

                フランソワ・ヴィヨンの3つのバラードは
                メゾソプラノのマリアンヌ・クレバッサがソロ。
                (舞台見えないけれど、写真で見るとすごい美人)

                最初の曲でも思ったんだけど
                このメゾソプラノの声量、スゴイんですけど。
                しかも厚みのある強い声で

                ワーグナー聴いてるみたい・・・(妄想暴発)

                オペラのレパートリーとしては
                ケルビーノ、セスト、メリザンドあたりのようだが
                声に厚みがあって強い響きがあるので
                グレの歌とか歌ったら合いそう(妄想爆発中)

                最後にやっと知っている交響詩「海」

                ・・・知ってる?って
                この曲って、こういう曲だったっけ???

                モトが北斎の絵だから、輪郭線がはっきりするのはともかく
                このドラマチックさ・・・
                1曲目の最後なんて、耳を押さえたくなる衝動に駆られる音量だし
                2曲目は、波がキラキラというよりは
                波の間から、突然出現する大ダコ・・・きゃ〜っ、という
                これは恐怖映画の劇伴か?(だから妄想爆発してます)

                ドビュッシーの、あの柔らかいテクスチャーと
                極端に違う、硬いドラマチックでマッチョな演奏で
                ここまで熱く、力一杯演奏されてしまうと
                聴いている方は
                へへ〜っ、お代官さま、参りました。
                大ダコでもサメのジョーズでも、もう、お好きなように
                ・・・とか言いたくなる、ものすごく新鮮な「海」

                もともとのオーケストラの持っている色彩もあるんだろうけれど
                きっとこれは、熱いバレンボイムの確信犯だわ。

                ウィーンでドイツのオーケストラで
                ドビュッシーの知られざる曲を徹底的に聴けるなんて
                音楽世界のグローバル化を感じる私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                ぶっとんだバナーですみません(笑)
                明日5月10日はオーストリアの祝日。
                水曜日も授業がなくて、明日も授業がないので
                ・・・・ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ宿題と発表の準備に(以下省略)

                シュターツカペレ・ベルリン + バレンボイム

                0
                  Musikverein Großer Saal 2018年5月7日 19時30分〜21時30分

                  Staatskapelle Berlin
                  指揮 Daniel Barenboim
                  ピアノ Martha Algerich

                  Claude Debussy (1862-1918)
                   Prélude à l’après-midi d’un faune
                   Fantaisie für Klavier und Orchester
                   Images für Orchester
                     Gigues
                     Rondes de printemps
                     Ibéria
                      I. Par les rues et par les chemis, Assez animé
                      II. Les parfums de la nuit. Lent et reveur
                      III. Le martin d’un jour de fête. Dans un rythme de marche lointaine,
                        alerte et joyeuse

                  シュターツカペレ・ベルリンとその音楽監督ダニエル・バレンボイムの
                  今年の楽友協会への客演は
                  3回あって、全部違うプログラム。

                  オーケストラ大変・・・(余計なお世話)

                  ワーグナーがチラッと入っている以外は
                  全作品、クロード・ドビュッシー。
                  (バレンボイムが何を考えたのかは、よくわからん)

                  その初日は、ピアニストのアルゲリッチを迎えて
                  オール・ドビュッシー・プログラム。

                  牧神の午後への前奏曲って
                  とあるウィーンのオーケストラが
                  フルート奏者が入団すると、お目見えで演奏するので
                  何故かよくナマで聴く曲。

                  この曲はフルートとホルンと他の木管がヘタだったら
                  目も当てられない事になるので
                  プロの矜持としては完璧を期すだろう。

                  で、すごく巧いんだけど
                  いや、ホントに優秀なオーケストラなんだけど

                  これ、ドビュッシーだよね?
                  ワーグナーとかじゃなくて・・・

                  牧神、全然寝てないし・・・(←妄想爆発)

                  その他の妖怪も、あちこち飛び跳ねてる上に
                  太陽の光が煌々と照っていて
                  まるで密林のような暑さ(←妄想暴発)

                  牧神の午後への前奏曲って
                  こんなに元気な曲だったっけ・・・

                  ドビュッシーのピアノ協奏曲なんて
                  そんな曲があるのを初めて知った。
                  ほとんど演奏されていないだろう、少なくともウィーンでは。

                  アルゲリッチのピアノの強さと言ったら
                  こんなに強いピアノを弾ける人って
                  男性でも居ないような気がする。

                  で、オーケストラの音色の輪郭が
                  強いピアノに煽られて、ますますはっきり、くっきりして
                  どう聴いても
                  私の偏見で持っている、ぼわ〜んとした印象派的な
                  ドビュッシーの雰囲気にならない。

                  後半の「管弦楽のための映像」も同じような印象。
                  確かにそういう曲だ、と言えばそうなんだけど
                  あまりに手触りがゴツゴツしていて
                  音の輪郭線が強くて

                  イベリアだって
                  イベリアというよりは
                  リオデジャネイロ?という色彩感。

                  音色がクリアではっきりしているだけに
                  パステル色の薄ぼんやりしたところが全くなくて
                  最初から最後まで、ものすごい陽光の下という感じ。

                  すみません、妄想炸裂してます・・・

                  前半のドビュッシーのピアノ協奏曲の後のアンコール。
                  絶対やるぞ・・・と思っていたら
                  やっぱり、バレンボイムとの連弾だった(笑)

                  バレンボイムが「エジプトです」とアナウンスしていて
                  高音はメロディ・ラインが入るけれど
                  低音部分はイヤに簡単そうだなぁ(勘違い)
                  バレンボイムとアルゲリッチ、どっちを弾いているんだろう?
                  (超貧民席なので、舞台は全く見えません(笑))

                  たまたまコンサート後に友人に会ったので聞いてみたら
                  やっぱりバレンボイムが高音部を弾いていたそうだ(爆笑)

                  「エジプト」が何の曲だかはわからないが
                  (以前、ブロンフマンが犠牲になったシューマンのシリーズでないのは確か)
                  そのうち、楽友協会のサイトに掲載されるだろう。

                  ドビュッシーのイメージとは大いに違う(と私が感じた)
                  このコンサートは
                  5月13日11時3分からオーストリア国営放送局1番(ラジオ)で放送がある。
                  まぁ、録音だと録音技師の腕があるから
                  ライブで聴くのとはまた違った印象になるとは思うが。

                  バレンボイムとアルゲリッチは
                  5月11日に
                  シューマンのドビュッシー編曲版と
                  ドビュッシーのピアノ版(牧神の午後への前奏曲もあり!)で
                  2人のリサイタルを開くのだが

                  私は5月11日は
                  大学の教会で、ルードヴィッヒ・ゼンフル(1490?-1543) のコンサートに
                  講義が終わった後に駆けつける予定なので
                  楽友教会には行きません(笑)

                  あと2回のシュターツカペレ・ベルリンとバレンボイムの
                  ドビュッシー(最終日はちょっとだけワーグナー)のコンサートには
                  行く予定の私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  5月11日のゼンフルのコンサートだが
                  大学のウチの学部の主催で19時開演なのに
                  必須の講義が19時まで予定されていて
                  ・・・10分ほど早く終わらんかなぁ。
                  (一応、講師には、この件、言ってみよう)
                  入場無料。古楽にご興味あるウィーン在住の方は是非どうぞ。

                  ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 + ネゼ=セガン

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年4月28日 19時30分〜22時

                    Rotterdam Philharmonic Orchestra
                    指揮 Yannick Nézet-Séguin
                    ピアノ Yuja Wang

                    Joseph Haydn (1732-1809)
                     Symphonie f-moll Hob. I/49 „La Passione“ (1768)

                    Sergej Rachmaninoff (1873-1943)
                     Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 g-moll op. 40 (1926)

                    Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
                     Symphonie Nr. 4 f-moll op. 36 (1877-1878)

                    チクルスになかったコンサートだが
                    ユジャ・ワンがどんな格好で出てくるか興味があって
                    貧民席最終列(立ったら見える)を購入。

                    ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団は
                    大昔、ネゼ=セガンが就任した頃に聴いていて
                    あまりポジティブな印象はなかったので
                    ユジャ・ワンが出なかったらチケットは買わなかったかも・・・

                    という人も、かなり多かっただろうと思うのだが
                    天井桟敷の席は満杯である。

                    ハイドンの La Passione
                    パシオーネと聞けば
                    パッション=情熱だと思っていたら
                    いやこれ、受難曲の方のパッションだった。
                    (後世の人が、短調だしキリストの受難を思い起こす
                     というので、この名前を付けたらしい)

                    そう言えば、昔、どこかで
                    ヨハネの情熱、という記述を読んで爆笑した事があったっけ。
                    ・・・あんまり人の事を笑えないな、私も。

                    オーケストラの音はキレが良い。
                    最近、どこのオーケストラも指揮者もそうなんだけど
                    小編成で弦はノンビブラート奏法。

                    モダン・オーケストラだけど
                    古典的な雰囲気を出そうというのが
                    現代のスタンダードになってしまっていて
                    どこのオーケストラも、どの指揮者も同じような奏法を取るので
                    そろそろ、奇抜な事をして目立ちたい指揮者が
                    ビブラートたっぷりのハイドンとか聴かせてくれる日が
                    来るかもしれない。
                    (来たら爆笑してしまいそうだが)

                    ラフマニノフのピアノ協奏曲4番。
                    ラフマニノフのピアノ協奏曲で有名なのは2番で
                    さすがに2番はあまりにポピュラー過ぎとは言え
                    滅多に演奏されない4番とはね・・・

                    オーケストラが舞台に揃って音合わせも終わっているのに
                    指揮者もピアニストも登場しない・・・・と思ったら
                    指揮者だけが舞台に登場。

                    うううう、悪い予感・・・

                    ネゼ=セガンが英語で
                    大丈夫、ユジャ・ワンは来ていますし
                    ちゃんと演奏もします。
                    ただ、彼女は非常に痛みが激しいので
                    私から皆さまに理解していただくよう話して欲しいと言われました。

                    ・・・痛み????

                    どこの、とは言わなかったし
                    腱鞘炎だったら、ラフマニノフとか絶対に弾けないし
                    腕に湿布とかもなかったから、どこが痛いのかは最後まで不明だったが。

                    青のキラキラのラメのロング・ドレスで
                    肩はばっちり空いて
                    ついでに背中は全部空いているので
                    美しい背中は腰に近いところまで見えるし
                    前はバストをゆるく囲むようなデザインで
                    相変わらず色っぽいのだが

                    スリットは入っていなかった(笑)

                    ミニスカートか、あるいはチャイナ・ドレスの
                    腰までスリット入ったドレスかと思ったら
                    美しい背中は見せた代わりに
                    おみ足は隠されていて、とても残念。

                    なにをオヤジと化してセクハラ発言してるんだ
                    と思われる向きもあろうが
                    ユジャ・ワンはそれが一つのマーケティング・ポイントだから許して下さい。

                    調子悪いとか指揮者にわざわざアナウンスさせたのに
                    ピアノのテクニックは相変わらず鉄壁。
                    もう、この人、超人としか思えないわ。
                    運動神経が常人と違うわ。

                    安定度が抜群で、音の一つ一つに緩みがなくて
                    オクターブ連打も何のその。
                    あそこまで上から強い打鍵で
                    楽々と叩いているように見えると
                    調子悪そうだけど、すごい、としか思えない。

                    協奏曲終わったら逃げるように舞台裏に引っ込んで
                    聴衆も、一応拍手はするけれど
                    体調悪そうだし、アンコールないだろうし
                    どうしようかなぁ、と戸惑いつつも拍手をしていたら

                    え?アンコール弾くの?

                    リスト編曲版、シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」

                    ものすごく均質な音の中でメロディをさり気なく生かし
                    シュトローフェン・リート的な繰り返しの処理の見事さ
                    大袈裟にならないビーダーマイヤー的感情の爆発

                    いや、ユジャ・ワン、テクニックも凄いけれど
                    私が驚くのは、その見事な音楽のセンス。
                    (同じ中国に技術の凄いのは他に居るけれど・・・(笑))

                    後半はチャイコフスキーの交響曲4番。

                    幕間に金管が練習していて
                    あの出だしの後、長三度とかの和音で下がってくると
                    シリアスなチャイコフスキーがお笑いになってしまう。
                    なんてお茶目なホルンとトランペット・・・と
                    幕間についつい微笑ましく思ったが

                    思ったより演奏が良くてビックリした。

                    舞台にずらっと並んだオーケストラは
                    何だかバイオリンとビオラの数が
                    むちゃくちゃ多いような気がする。
                    (コントラバスは8台だったが、それは普通だし
                     チェロもそんなに多くなかったと思うんだけど
                     第一バイオリンと、対抗位置の第二バイオリンの人数が
                     なんだか異様に多い(舞台から遠すぎて数えられないけど))

                    管楽器が目立つ曲なので
                    これだけ弦のメンバーが多いと
                    管楽器と弦楽器のバランスが非常に良い。

                    弦楽器のアンサンブルも均等に美しい響きだし
                    管楽器が不自然に飛び出す事もなくて、すごく良い感じ。

                    ネゼ=セガンは、溜めるところはとことん溜めて
                    ロマンチックにドラマチックに押して来る。

                    第3楽章の弦のピチカートも
                    あれだけ弦の人数がいると、ものすごく美しい。
                    極限まで音量を絞っても、あんなに綺麗に響いてくるとは。

                    ねっとりとしたロシア風のウエットさと
                    モダンな洗練された部分とのバランスが良くて
                    ダイナミック・レンジが広くて
                    音楽として、とても楽しく鑑賞できた。

                    ネゼ=セガン、ロッテルダム・フィルと
                    かなり巧く関係を保っているような感じ。
                    お互いの信頼がバッチリ出来て来ているのが見えて
                    オーケストラのレベルもアップしたし
                    指揮者もオーケストラもハッピーなのがわかる。

                    アンコールは・・・
                    出だしを聴いたとたん
                    客席から笑い声と拍手が起こって
                    中断する有り様になったけれど

                    ヨハン・シュトラウス2世の
                    ピチカート・ポルカなんか演奏するから(爆笑)

                    いや〜、もう、絵に描いたようなサービス精神。
                    演奏する方も聴いている方もハッピーな気分。
                    ネゼ=セガン、やるじゃん!!!

                    ちょっと今、大学のプロゼミで
                    小論文を書かねばならず
                    それが「クラシックは教養のある人が学んで
                    その教養を伸ばすもの」みたいな
                    (19世紀初頭のものです、念の為)
                    クラシック音楽って修行かよ?という論文なのだが

                    音楽なんて楽しければそれで良いんじゃないの?と
                    ついつい小論文に余計な事を書きそうで
                    自分で自分が怖い私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 + ネルソンス

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2018年4月22日 19時30分〜21時30分

                      Gewandhausorchester Leipzig
                      指揮 Andris Nelsons
                      ピアノ Yefim Bronfman

                      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur, op. 73
                      Johannes Brahms (1833-1897)
                       Symphonie Nr. 4 e-Moll, op. 98

                      午前中、ウィーン・フィルでブラームスの交響曲1番を聴いて
                      夜はゲヴァントハウス・オーケストラでブラームスの交響曲4番。

                      ・・・なんか、すごく贅沢。

                      ブロンフマンのベートーベンのピアノ協奏曲。
                      この間、ウィーン・フィルとオロスコ=エストラーダでは
                      3番を弾いていた(4月7日と8日)
                      今回はオーケストラと指揮者を変えて5番。

                      しかしこのピアニスト、本当にうまいわ。
                      いや、現代のピアニスト、テクニック的にはみんな完璧だけど
                      このベートーベンの5番って、かなり難しいのに
                      細かい音型からダイナミックなフォルティッシモに至るまで
                      音の粒が見事に揃っていてクリアに響いて来るのはすごい。

                      いわゆるヴィルトゥオーゾの系列で
                      派手なテクニックを、これでもか、と詰め込んでいる曲だが
                      それが、ここまでダイナミックに演奏されると
                      安定性が抜群なので
                      華やかな事この上ないし
                      何ともマッチョで筋肉質でかっこいい。

                      客席が静まらないうちに弾き出したアンコールが
                      ショパンのエチュード10の3、ご存知「別れの曲」

                      これがまた、音の一つ一つが見事に立ってクリアに響き
                      別れとかの感傷的なウエットさが全くない美しさ。
                      (いやだから、別れの曲とか言ってるの日本だけだったりして)
                      中間部の激しい部分の美しさと言ったら悶絶モノだった。

                      さて後半のブラームス、交響曲4番。

                      最初からウエットなニュアンス満載。
                      かなり幅の広い恣意的なアゴーギクを使い
                      まるで呼吸そのものを音楽にしようとするような感じ。

                      交響曲4番って晩年の作品じゃなかったっけ?
                      まぁ、1884年〜1885年にかけての作曲だから
                      51歳から52歳にかけての作品なので
                      引退年齢を越えたワタクシ的には
                      あんまり老年だの老人の諦観だの円熟だの言いたくないのだが

                      しかし、この泣き叫ぶようなブラームスってどうよ?

                      第一楽章なんか
                      大の男が駄々をこねて泣き喚いているような印象なんだけど。

                      ブラームスらしい厚みのある和声は
                      オーケストラの音に充分に活かされていて
                      その意味では深い音でダイナミックな演奏になっているんだけど

                      ちょっと大袈裟というか
                      ダイナミック過ぎて
                      感情表現過多っぽくって
                      その分、時々、音が荒れて聴こえるところがあって
                      いや、それはマッチョなダイナミックと言えば
                      ポジティブに取れない事はないけれど

                      う〜ん、いわゆるウィーン的伝統のクラシックとは違うよねぇ。
                      ・・・・と思っていたら
                      案の定、例のプレッセには酷評が乗って
                      コテンパンに書かれていた(笑)

                      何を書かれても
                      出てくる指揮者は出てくるんですよ、うん。

                      やんちゃ坊主のネルソンスらしいブラームスではあった(たぶん)
                      こういう、元気で自分のやりたい事をしっかり知っている若い指揮者
                      これからがとても楽しみだ。

                      という事でやっぱり手抜きですが
                      どうぞ1クリックをお恵み下さいませ。


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