イワン雷帝 映画と音楽 ウィーン放送交響楽団

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年6月23日 18時30分〜22時30分

ORF Radio-Symhonieorchester Wien
Wiener Singakademie
メゾソプラノ Marina Prudenskaya
バス Aleander Vingradov
アルト Dietlinde Gattinger, Christa Schwarz, Andrea Zimmermann
指揮 Frank Strobel

Sergej Eisenstein (1898-1948)
“Iwan der Schreckliche I/II” (UdSSR 1944/1958)
Sergej Prokofjew (1891-1953)
Musik zu “Iwan der Schreckliche” op. 116 (1942-45/61/2016)

コンツェルトハウスの大ホールでの「映画と音楽」シリーズは
今回はセルゲイ・エイゼンシュタインの最後の作品
「イワン雷帝」の一部(103分)と二部(88分)に
オーケストラとソリストとコーラスを付けちゃうという
まぁ、贅沢というか長丁場というか(笑)

映画に造詣が全くない私でも
エイゼンシュタインの名前(だけ)は知っている。
戦艦ポチョムキンとか言う作品があるのも知っているし
(見た事はない(恥))
イワン雷帝という映画があるのも知っていた。
(見た事はなかった(恥))

開始時間が18時30分と言う事で
仕事していたら諦めるところだが
いやもう、リタイアしちゃったからね。
(ちょっとだけ仕事してるが)

最貧民席でも20ユーロを超えるチケットだけど
舞台には大規模オーケストラがずらり真っ黒の衣装で揃って
大規模コーラスが、またずらり真っ黒の衣装で揃って
大スクリーンの映画にはドイツ語の字幕もしっかり出てくる。

映画のテクニカルな事はま〜ったくわからないけれど
(モンタージュ技法とか、そういう事については完璧無知)
顔の大写しアップがかなり多くて
第二部では、まるで歌舞伎のメイクみたいなイワン皇帝が
ミエを切ったりしていて
なんか歌舞伎に似てるなぁ、と思ったら
エイゼンシュタインは歌舞伎のファンだったそうで(爆笑)

最初の話は
イワンが皇帝になって
貴族の反発にもめげず、民衆を味方につけて
あちこちを征服して行くのだが
最愛の妻を毒殺され
いじけて田舎に引っ込んだら
大衆からモスクワに呼び戻されるという

まぁ、スターリンのプロパガンダ映画と思えば
当時のソビエト連邦の感覚だと
こういう、民衆を味方につけて云々はウケるだろうなぁ。

でも映像がキレイ、というより
カメラワークが面白い。
陰謀している貴族の顔のアップや
それに対するイワン皇帝のアップが
その時の感情を、ものすごい印象で伝えて来るし
白黒ではあるのだけれど(第二部は一部カラーもある)
衣装やセットがものすごく凝っていて美しい。

イワン皇帝の人物像も、かなり複雑な表現になっていて
主人公なのに悪人だか優れた政治家だか、よくわからん。
第二部では子供時代に他の貴族から
母親を殺されて、貴族を信用してはいけない、と言われた追想が出てくるし
第一部の終わりから第二部にかけて
たった一人で、誰も信頼できず
友情に飢えた、孤立した人間像も現れてくる。

イワン雷帝を演じた俳優さんは
主人公なのに、全然イケメンじゃなくて
ヒゲをはやしたりして、ますますヘンで
クルプスキーの方が、ずっとイケメンだったし
妃のアナスタシアは、すごい美人。

第二部で
皇帝の地位を狙うエフロシニアの息子のウラジミールに
ツァーの衣装を着せ
エフロシニアの刺客は、イワンだと思ってウラジミールを殺してしまう。
その後に吐くイワンのセリフが
「殺人は無罪。この刺客が殺したのは、ただのツァーという名前だ。
 ただのビーバーの毛皮を纏った象徴だったのだ」
・・・って、何だかむちゃくちゃ深いんですけど。

みんなから嫌われている事を自覚して
なら、本当に The terrible (der schreckliche) になってやる、と
開き直るシーンも印象的。

一部カラーで撮っている部分の色彩は
白黒でずっと見ていた目には、ギラギラしてすごい。
本当に歌舞伎の世界だわ。

この頃の俳優さんの「目」のちからも圧倒的。
信じられないクローズ・アップをしているから
ますます凄い印象を与える。

音楽はプロコフィエフ作曲で
イワン雷帝のテーマが繰り返し現れ
教会のシーンでは、コーラスのミサ曲が印象的。

しかしまぁ、名画を鑑賞して
ナマの迫力たっぷりな演奏を聴いて、というのは
実に贅沢な時間だなぁ。

来シーズンは
オーストリアのローベルト・ラントの無声映画
ロッテ・ライニガーのアシュメッドの冒険
ムルナウのタルチュフにトーンキュンストラーというのは食指を唆るし
カリガリ博士の監督のロベルト・ヴィーネの「薔薇の騎士」も行きたい。
アベル・ガンスの「私は弾劾する」なんていうのもある。

まだまだお楽しみはいくらでもあるなぁ、と
ウハウハしている単純な私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

Musikverein Großer Saal  2017年6月13日 19時30分〜21時30分

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
指揮 Cornelius Meister
ソプラノ Anne Schwanewilms

Antonín Dvořák (1841-1904)
 Holoubek (Die Waldtaube) Symphonische Dichtung, op. 110
Alban Berg (1885-1935)
 Der Wein. Konzertarie mit Orchester
Joseph Haydn (1732-1809)
 Symphonie f-Moll, Hob. I:49 “La passione”
Béla Bartók (1881-1945)
 Kossuth. Symphonische Dichtung, Sz 21

すごく久し振りな気がするウィーン放送交響楽団。
プログラムもユニークで
ドボルザークとアルバン・ベルクにハイドンとバルトークで
しかも比較的知られていない曲ばっかり。

舞台が拡張されていて
すごい数の椅子があるんだけど
これってどの曲用なのかしら・・・と思っていたら
ドボルザークもアルバン・ベルクもバルトークも
大規模オーケストラだった。

前も後ろも長い黒の衣装で出てきた
コルネリウス・マイスターが
おもむろにマイクを持って
突然、客席に向かって話し出したので
一体なに? !?(・_・;?

あるところに女性が居ました。
若い愛人が出来たので、夫に毒を盛って殺し
若い愛人と結婚したのですが
自分が殺した夫の墓にある樹に
鳩が巣を作って
鳩の鳴き声に責められて
自分も自殺してしまいます。

交響詩「野鳩」のストーリーの説明か。
ただ、ここ楽友協会なので
ドイツ語を理解しない観光客が多いと思うんだけど(笑)
それに、ドイツ語をわかる人でプログラム買った人は
プログラムに解説がある(プログラム高いので買わない人は多い)

しかしまぁ、なんという悲惨なストーリーなんだ。
だいたい、若い愛人が出来たのが女性で
殺されるのが男性って・・・絶句。
しかも、野鳩の鳴き声で良心の呵責に悩まされて
自殺しちゃうって

それ、全世界の男性の願望じゃないの?
若い愛人と再婚してウハウハしている女性が
警察にバレてヤバそうという状況でない限り
自殺なんかしないわよ
・・・・というのは、まぁさておいて

音楽的には「交響詩」だから
埋葬行進曲から始まって
野鳩の鳴き声のオーケストラによる描写が見事。
心理劇的なドラマチックな要素がたっぷりなんだけど
ドボルザークらしいメロディックな部分も楽しくて
オーケストレーションがまた楽しい。

この曲、バイオリンとチェロだけの部分があって
そこにビオラが入ってくるところで
うわああああ
普段、ビオラなんて、あってもなくても(すみません!^^;
とか思っていたのに
ビオラが入るだけで、こんなに音が違うのか、と
目からウロコの体験。

自殺してしまった女性はさておいて
アルバン・ベルクの演奏会用アリア「ぶどう酒」
(とウィキには書いてあった。ぶどう酒と言うのはワインの事である(笑))
作曲年代としてはヴォツェックの後
ルルにかかる頃の後期の円熟した作品で

オーケストラ編成がデカイ(笑)

アルバン・ベルクの曲って
無用にオーケストラ編成は大きいのに
出て来る音響はあくまでもスリムで

しかも音響オタクには身悶えする程に素晴らしい。
12音技法を使ってはいるのだけれど
ベルクのバイオリン協奏曲でもそうなんだけど
なんか無調に聴こえて来ないというのは不思議。

ソプラノのアンネ・シュヴァーネヴィルムスは
楽譜を持って登場。
指揮者のマイスターはほとんどを暗譜で振るが
さすがにこの曲はスコアを手元に残している。

・・・で、ドイツ語っぽいモノが聴こえて来たのは
手元のテキストの最初の2行だけで
その後、全く全く「言語」っぽいモノが聴こえて来ない。

この曲、詩としては3篇みたいなんだけど
途中で止まらず、アタッカで続けられるというのはあるにしても
普通だったら、どこか何かの単語さえ聞こえてくれば
あっ、ここだ、とわかる筈なのだが・・・

それに、指揮者のマイスター
ソプラノにキュー出してる (O_O)
ソプラノも必死に指揮者を見てる (¬_¬)

そりゃ、12音技法だし、結構複雑だし
続けて歌うわけじゃないから出だしが大変なのはわかるけれど
見ている方としては、ドキドキしっぱなしで
出は大丈夫か、とか、ついつい考えてしまう(余計なお世話)

ドイツ語は全くわからないし
(何かごにょごにょ言っているのはわかる)
声は澄んで美しいのだが
オーケストラの中の一つの楽器みたいな感じで
演奏会用アリアというよりは
全体的にソプラノ付き交響詩みたいに聴こえた。

それよりも何よりも
指揮者のキューとソプラノの出は
あれで合っていたのか・・・
(いやプロだから当然合っているに違いないけれど)
なんかちょっと危うい感じがしてドキドキしつつ
まぁ、でも、あれで、
本当に出を間違えたり、途中で何かカットしたりしても
聴いてる聴衆、誰もわからんよなぁ、とか
失礼な事を思ってしまったのは、ごめんなさい。

後半の1曲目はハイドンで
これは編成が小さい(同じ大規模オーケストラだったら笑ったけど)
ノン・ビブラートだけど
短調を基調にしたドラマチックな曲。

出てくる音が貴族的というか
う〜ん、やっぱりウィーンのオーケストラだよね。
ウィーン放送交響楽団も、しっかりとウィーンの古典はモノにしている。
ハイドンを聴くと
本当にこの頃って
音楽って純粋に楽しみのためだけに消費されたんだなぁ、とわかる。
ともかく文句なしに聴いていて楽しいのだ。

最後はバルトークの交響詩「コシュート」
ご存知の通り、ハプスブルクに立ち向かった
ハンガリーの英雄を讃えた交響詩。

オーストリアのハプスブルクを
こてんぱんにやっつけているけど
こういう曲、オーストリアで演奏しちゃっても良いんでしょうか?(笑)

これは本当に大規模オーケストラ。
舞台がほとんど見えない席だけど
チェロだけで10本あるみたいだし
ホルンは4本が2列で、堂々と8本ある。

最初のトロンボーン(かな?)のコシュートのテーマの提示から始まり
時々、バンダも使って
さすがの大規模オーケストラの音響と立体感で
すごくドラマチック。

・・・というより
ウィーン放送交響楽団って、むちゃ優秀。
しっかり揃ったアンサンブルで
正確無比なのに、音に輝きがある。

音響オタクの指揮者マイスターが
しっかりとオーケストラをコントロールしているのもあるのだろう。
ほんと、マイスターって良い意味で職人的。

最初から最後まで名人の芸を満喫。
こういうのこそ、ナマで聴いてナンボの世界。

バルトークの曲とは言え
リスト音楽院を卒業した22歳の時の初期作品。
愛国心に燃えた若い情熱的な作品で
残念ながら悲劇で終わるんだけど
ストーリーが見えて、聴いていて面白い。
(オーストリア国歌のおちょくりもある(笑))

しかしまぁ、こんなマイナーな作品ばかり
それも、あの高いレベルで
これだけ様式の違う曲を一晩で演奏してしまうなんて
ちょっと笑っちゃうくらい優秀なオーケストラ。

よく知っている曲を聴くのも楽しいけれど
知らない曲を聴くのも楽しいな、と
思わせるコンサートに至極満足な私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2017年5月21日 19時30分〜21時30分

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
Damen des MDR Rundfunkchores
Chorus sine nomine
ソプラノ Yeree Suh
アルト Hilary Summers
バリトン Artur Ruciński
指揮 Cornelius Meister

Olivier Messiaen (1908-1992)
 Un Sourire (1989)
Pierre Boulez (1925-2016)
 Le Visage nuptial für Sopran, Alt, Frauenchor und Orchester
 (1946/47, 1951/52, 1985-89)
Anton Bruckner (1824-1896)
 Christus factus est. Motette für gemischten Chor (1884)
Antonín Dvořák (1841-1904)
 Biblische Lieder op. 99
  (Bearbeitung für Bariton und Orchester vom Komponisten und von
   Vilém Zamánek) (1894/95, 1929)

久し振りにウィーン放送交響楽団のコンサートのチケットを買ったのは
メシアンとブーレーズに惹かれたのが理由。

最初のプログラムでは
まずブルックナー、その後ブーレーズで
後半がメシアンに続けてドボルザークになっていたが

プログラム冊子に挟まれた1枚の紙に
指揮者のマイスターの芸術的意向により
メシアン、ブーレーズ、ブルックナー、ドボルザークの順序に変更とあって

おお、マイスター、よくやった。
・・・というより
普通、そういう順序と思うんだけど?

メシアンの曲は
モーツァルト記念の年に作曲され
モーツァルトの「微笑み」を描きたかったそうで
最後はトナールで終わる曲だが

うはははは、この曲、何か凄いデジャブ感がある。
メシアンのトゥーランガリアあたりに多用されている
フランス印象派的なスケールを
弦楽器が弱音で奏でて
一区切りついたら
突然、パーカッションと管楽器の激しい掛け合い。
その後、また弦の弱音に戻っての繰り返しって

これ、チャールス・アイヴスの
答えのない質問にものすごく似てるんですが (^◇^;)

いやでもメシアンっぽいと言えば
すごくメシアンの特徴が出ていて
プログラムの説明にあった通り
最後はトナールの長調に持って行って見事に収めている。

さすが手練れの、あっ失礼、巨匠の作品だ。

ブーレーズの「婚礼の顔」
何回も改訂されている作品らしい。

アルトとソプラノ、女声コーラスにオーケストラ。
オーケストラも舞台一杯に広がっている大規模編成。
オルガン・バルコンにまでパーカッションが乗ってる。

これがまた、何とも面白い作品だった。
ブーレーズらしいインストルメンタルな透明感はあるのだけれど
それよりも、女声コーラスの使い方が興味深い。

アルトは容赦なく低い声を強要されているのだが
このアルト、見た目はちょっとスゴイ感じに見えるが(詳細省略)
声は太めの低音がバッチリ聴こえてくる実力。

ただオーケストラ編成がむちゃくちゃ大きいだけに
アルトもソプラノも、女声コーラスも
フランス語・・・らしきものを歌ってはいるのだろうが
歌詞は何にも聴こえて来なかった(笑)
フランス語わからないから全然気にならんが。

しかしこの曲、かなり肉声的なイメージがある。
ブーレーズって人間不在の透明感があると思っていたのだが
この曲を聴くと
何だやっぱり人間、しかも男性=オスだったのね、って感じ。
時々、妙に色っぽくなるし
悶えたくなるし
まぁ、そういう作りだし内容なんだろうけれど
ちょっと意外な感じがした。

さてお目当てのメシアンとブーレーズを
前半で聴いてしまったので
後半は別にど〜でも良いか、と思ったのだが

ブルックナーのモテットは
コーラスが素晴らしかった。
作品としては、まぁ、ブルックナーですし(笑)
しっかりした構成と対位法を駆使して
バッチリ宗教性もある(=聴いていて、何となくありがたい気分)

ドボルザークの「聖書の歌」は
原語のチェコ語で、歌ったのはポーランド生まれのバリトン歌手。

いや、これが実に良くて・・・
ヘンに声を張り上げるタイプではなく
実に自然に無理のない発声をする。

細めの声質なのに柔らかく
声量がないように聴こえるのに
しっかり天井桟敷の貧民席まで
オーケストラの壁を破って、声が聴こえてくるという
非常に珍しいタイプ。

チェコ語のテキスト見ながら聴いていたのだが
まぁ、エルハチェックは多少誤魔化している感があるけれど
私もチェコ語は理解できないから
チェコ人が聴いて、ギョッとするかどうかはわからない。

しかしこうやって最後にドボルザークが入ると
やっぱりドボルザークってメロディ・メーカーで
しかもこの作曲家の転調の見事去って、他に類を見ないわ。

最後の「雪やコンコン、霰やコンコン」も久し振りに聴いて
近代音楽を目当てに行ったのに
最後のバリトンの美声にウットリして
帰ってくる羽目になった私に
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ウィーン放送交響楽団 + マルクス・シュテンツ

Musikverein Großer Saal 2017年1月28日 19時30分〜22時

ORF Radio Symphonieorchester Wien
指揮 Markus Stenz
ピアノ Gabriela Montero

Richard Wagner (1813-1883)
 Vospiel und Verwandlungsmusik (1. Akt) aus “Parsifal”
Edvard Grieg (1843-1907)
 Konzert für Klavier und Orchester a-Moll, op. 16
John Adams (*1947)
 Harmonielehre

楽友協会大ホールというのは
ウィーンでは国立オペラ座と同じく
完璧なる観光箇所と化していて

それは別に良いし
チケット買って、ちゃんと音楽を聴きに来てくれるなら
別に何も言いたくないが

コンサートやオペラに来るのに
汚い履き潰したズック靴(スポーツ・シューズとは口が裂けても言えない)に
パジャマですかそれ、という、すごい格好をした人たちが
大量に来て
コンサートの間にお喋りしたり
スマホを弄くったり
ガタガタ音を立てて移動したり
ピアニッシモの演奏の最中に
ドアを開けて(しかも音を立てて)出ていったりするのは
やっぱり、ちょっと腹が立つという
寛容さのカケラもない今日この頃のワタシです。

まぁ、仕方ないんですよ
ここ、観光地ですから(ため息)

ウィーン放送交響楽団とマルクス・シュテンツのコンサート。
この間のオーストリア国営放送の大ホールで
パルシファルと
ジョン・アダムスの第2楽章+第3楽章は聴いた。

けど、何でそれにグリークのピアノ協奏曲が入ってるわけ?

パルシファルとジョン・アダムスの「和声学」に
共通点があるのは、この間の話でよ〜く理解できたけど
途中に、あの名曲(でポピュラー)なグリークが入るなんて
やっぱり、こういう名曲(でポピュラーなもの)をプログラムに載せないと
客が入らない、という判断なんだろうか。

パルシファルの序曲と変身だが
いやいやいや
やっぱりパルシファルって
何か聖なるモノというか

何せこのオペラ、季節モノですから
今年も3月30日から4月16日まで6回しか上演しないし
これが上演されると
ああ、イースターだぁ、という気分になる。
(今年のイースター・マンデイは4月17日。毎年変わる)

オーケストラの音がキレイ。
この間のホールの時には
真っ正面にいたせいもあるけれど
金管がかなり鋭く聴こえて来たのだが
楽友協会のホールでは、この程度なら大丈夫。

しかも弦のアンサンブルが揃っていて音色が美しい。
ただ、あまりワーグナーっぽく
大袈裟でドラマチックに鳴り過ぎないのは
オペラ・オーケストラではないウィーン放送響の響きだからかも。
割に冷静というか
ふん、我々、ワーグナーで熱くなる程
単純じゃないわよ、という感じ(独断・偏見)

さて、グリークのピアノ協奏曲なんだけど
私はこれを聴くと
必ず、子供の頃のテレビ・ドラマか何かのオープニングを思い出す。
(同世代の方、ありましたよね、これ。
 2時間番組の何か最初だか終わりだかで・・・)

非常に力強いピアノで
オーケストラに埋もれず響いてくる。

第2楽章の弦のアンサンブルの音色が凄かった。
この指揮者、フォルテよりピアノ部分の音の出し方が巧い。
(フォルテは鳴らし過ぎの感がある)

さて、曲が終わった後だが
このピアニスト、客席に向かって
何か英語で言ってる。
(席が後ろなので聞こえない(涙))
何かテーマを出してくれたら
即興演奏するから、とか言っているようで

何かのテーマ(バッハっぽい)を弾き出してから
即興演奏・・・かなり長い。
確かに凄い才能だとは思うけれど
現代音楽っぽい部分は全くなくて
テーマを展開されたり、ぶっちぎったり
あくまでもトナールの中で演奏されていく、というのは

あなたベートーベン時代のピアニストですか?
あ、名前はチェルニーさん?
すみません、リストさんのご関係者?

私は、現代音楽擦れしたイヤな客なので
(自分は何もできないクセに、人に文句垂れるのは好きという
 救い難いキャラです、すみません)
サーカス的に、すごいな、即興・・・とは思っても
音楽的に擦れ擦れになっていて
現代音楽も好き、というイヤな奴なので
普通にエンターテイメントとして
何か聴いた事のあるメロディを繋げて繋げて展開させて、というのは
あまり・・・面白くない。

途中でぶっ飛んで現代音楽のアトナールの世界に入って
遊んで転んで、何喰わぬ顔してトナールに戻ってくる
・・・とかだったら大喜びなんだけど(すみません、文句多くて)
(だから割にファジル・サイとか好きです)

こういう即興演奏したピアニスト
過去にも聴いた事がある、と調べてみれば
同じピアニストを2009年5月16日に聴いてるわ(笑)

しかもこの人、たぶん、即興がむちゃくちゃ好き。
続けて、もう一曲、即興やって
とうとう、前半が終わったのが20時50分。

ワタクシは本日は
後半のジョン・アダムスを聴きたくて
それ「だけ」のために
マイナス4℃の外に出て楽友協会に来ているのに

聴きたくもないグリークのピアノ協奏曲の後に
即興演奏2曲も聴かせられて
いや、サービス精神満々で、そりゃ良い事なんだけど
これ、コンサート終わるの22時になっちゃうじゃない(涙)
(↑ コンサートはできれば休憩挟んで2時間で終わって欲しい)

幕間の後に
何でこの人たち、ここに居るの?という観光客は
半分以上いなくなって(賢明、賢明)

楽しみにしていた、ジョン・アダムスの「和声学」

自慢しちゃうが
この楽友協会に今日来ている聴衆の中で
プロとセミプロ(=音楽を専門に学業した人)以外で
この曲を、10回くらい聴いてから来ました、というのは
たぶん、私以外にはいないんじゃないかと思う。
(意外にいたらどうしよう・・・・(笑))

大編成オーケストラで
大音響で始まるこの曲の圧倒的な面白さって
ミニマル・ミュージック的なリズムの繰り返しに
ジョン・アダムスに特有の
長いボーゲンでの不思議なメロディが重なっていって
突然、思いがけないところに飛ばされてしまうところにある(と思う)

ワーグナーのパルシファルが頭にあるからかもしれないが
第2楽章の前の最初の楽章にしてからが
既に非常にワーグナーっぽい感に満ちてるじゃないの。

ただ、この指揮者
楽友協会の音響を知ってか知らずか
容赦なくオーケストラを鳴らすので
時々、むちゃうるさくなる。

金管の音が大きいのは当たり前の事で
それが大編成で迫ってくる部分で
巧くバランス取らないと
他のパートが全然聴こえなくなってしまうじゃないの。

第2楽章のアンフォルタスの傷は
大音響があまりなくて
指揮はリズムを取るのに徹しているのだが
ソロの楽器がとても良くて

甘くならず、でもペーソスに満ちて
グッと掴まれる気分。

ああ、そう言えばこのオーケストラ
何ヶ月か前にジョン・アダムスのドクター・アトミックを演奏したんだっけ。

あの曲も金管の長いソロがあって
何とも悲哀に満ちた良い感じだったんだよね。

第2楽章から第3楽章へはアタッカで続けたのだが
第2楽章の最後のピアニッシモのところで
何故か客席から、結構大きな話し声が聞こえてきて
ちょっとシラケた、というか
オーケストラに動揺が走る。

アタッカで続けた第3楽章は
この曲の中では、最もリズミカルな章なのだが
その分、オーケストラも指揮者もタイヘン。

聴く方は全然タイヘンじゃないのだが
ぜいぜい言いながら(比喩です)
必死に演奏しているオーケストラを聴いているだけで
何となく必死さが伝わって来て、ちと疲れる。

最後は盛り上がって盛り上がって終わる・・・はずなんだけど
ちょっとオーケストラが息切れした(笑)

指揮者がずっとスコアに目を落としつつ
変拍子を正確に振っていて
オーケストラは指揮者なんかハナから無視で
崩壊しそうなリズムを
見事に崩壊せず、しっかりと抑え切って
こういうところって、ウィーン放送交響楽団の凄いところ。

ただ、ワタシとしては
既にこの曲、ハード・ローテーションで聴いていたので
録音以上の立体的な音響とか
録音で潰れている部分の音のクリアさとか
そういうモノを期待して行ったんだけど

今の録音技術って、ものすごく優れているのか
もともと私には芸術性もリズム感も、聴く耳も
ついでに感受性もないので何も感じなかったのか
別にこれなら、録音で聴いただけでも良かったかも。

いや、これ、時々現代音楽に有り勝ちな現象で
スタジオ録音の方が良かったかも、というのがある訳で
ウィーン放送交響楽団の演奏は見事でした(たぶん)

まぁ、変に期待を抱き過ぎっていうのもあっただろう(反省)

しかしジョン・アダムスの曲って
聴けば聴く程、魅力的というより
不思議な曲だなぁ。
単純なようでいて複雑
ドライなようでいてウエットという
相反する要素を、ギッシリ詰め込んで
一筋縄ではいかない。
ついつい、聴きたくなる魔力がある。

終わって出たらマイナス5℃くらいになっていて
まぁ、その分、自宅でも外でも
暖房はガンガン効いているので
あまり寒さを感じていない私に
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そう言えば
私は「パルシファル」と読んでしまうし
実際、パルシファルと言ってしまうのだが
これはオーストリア訛りで
ドイツのドイツ語であれば
パルジファルと発音する
・・・んだと思う。オーストリア人、みんなパルシファルと言っている(笑)

ウィーン放送交響楽団 + マルクス・シュテンツ

ORF Radio Kulturhaus Großer Sendesaal 2017年1月26日 19時30分〜20時50分

ORF Radio-Symphonie Orchester Wien
指揮 Markus Stenz
Klassische Verführung

数ヶ月に1回
オーストリア国営放送の放送ホールで行なわれる
クラシックへの誘い・・・というより

字義通りに訳したら

「クラシックな誘惑」(=伝統的誘惑?)

洒落のつもりかもしれないけれど
オーストリア人のジョークのセンスって(以下省略)

ウィーン放送交響楽団友の会に入っているお陰で
届くニュース・レターに
マルクス・シュテンツ指揮で
パフシファル序曲と
ジョン・アダムスの和声学は
どこに共通点があるか

なんて書いてあって
あっ、これ、面白そう♡
即サイトに入ったら、ガラガラで
席は選び放題。

今やどのサイトにもある
Print@home を利用して正規料金で1枚買った後

ニュース・レターをもう一度最後まで読んだら
抽選で2名さまご招待と書いてあって

あっ、しまった(汗)

でも私、体質的に懸賞とか賭けに当たった事がないので
まぁ、良いかと思っていたら

その2日後に
同じウィーン放送交響楽団友の会から
会員にはチケット50%割引、というメールが入ってきて
一瞬、失神しそうになった。
(だってチケット27ユーロですよ、27ユーロ!!!
 半値だったら13ユーロ50セントの得。
 外食1回できる・・・というかオペラ1回行けるじゃん(号泣))

前置きが長かったので
これで今日は終わりにする
・・・と書ければ
読者はホッとするだろうが

しつこいのよ、ワタシ。
ついでに、これ、自分の記憶力のなさを補うものなので(言い訳)

さて、50%割引まで打ったというのに
ホールはかなりガラガラで
私がチケット買った時ほどガラガラではなかったので
それなりに友の会の人が買ったとは思うんだけど
私が座った後ろの方の席はガラガラ。

ライブ放映かと思ったら
(それにしては時間があまり厳密じゃない)
ライブじゃなくて収録だったみたい。

パルシファルとワーグナーの話があって
指揮者が出て来て

ワーグナーは
ちょっとでも心のある人なら
心の中に大いなる感動を呼び起こす音楽です

と、のたまわった。

パルシファルという楽劇
シーズンものだし、一度は観ておくべきかと
ずいぶん昔にチケット買ったら
間違えてえらく高いチケットを買ってしまって
国立オペラ座に行った事がある。

パルシファルがパルシファルだと明かされるまでに
いったい何時間待たせるんだ!!!と
あまりの長さに気が遠くなった事と

クンドリ役のデノケの胸がしっかり見えた事と
クリングゾル役のバンクルが半裸になって
歌うたびにお腹に書かれた十字架が
異様に動くのから目が離せなかった、という記憶しかない。

アホです、どうせ。感受性ないし(開き直り)

リングやトリスタンとイゾルデからは逃げまくっているが
これは、短縮バージョンとか
色々とコンサートで取り上げられる機会も多いので
まぁ、ライトモチーフとかは多少なりとも聴いている。

パルシファルはその後、逃げまくって
全く聴いていなかったので
序曲と変身の場面(そんなのありましたっけ?)を続けて聴いても

いや、「心のない」冷たい人間だからかもしれないが
ホールが小さいので
ああああっ、金管がウルサイですっ!!!
としか感じなかったので、ごめんなさい(お辞儀)

しかし小さなホールで大編成オーケストラで
しかも後ろの席だったので
真っ直ぐ飛んでくるトランペットが
まるで矢のように突き刺さって
聖剣の刺さったアンフォルタス・・とは言いませんが(笑)

パルシファルの後
また司会の2人が出て来て
ジョン・アダムスの解説。

ジョン・アダムスの「和声学」の第2楽章
ちゃんとタイトルが「アンフォルタスの傷」とついている。

和声学はシェーンベルクの12音技法に行く直前の著作だそうで
ジョン・アダムスはシェーンベルクの技法に対決するもの
あるいは、全く反対の解決を提示しようとして
この和声学という曲を作曲した、という話が出て

ワーグナーのパルシファルのアンフォルタスの傷は
芸術家が持つコンプレックスという深い傷を象徴し
更に途中でマーラーの交響曲10番のモチーフを取り上げている
という話は、かなり納得できるところ。

和声学の第2楽章の演奏。
ホールが小さいのに大編成オーケストラで
しかもかなりすごい音量と言うのは
残念ながら、音響効果としては、あまり良くない。

トランペットのソロは良かったんだけど
全体の音響に丸さが欠けていて
鋭くなってしまうので
でかい音、という印象だけが残ってしまう。
(特にマーラーもどきの大音響が・・・)

良いんだもん
このコンサート、ちゃんと楽友協会でのチケットは持ってるし
楽友協会の大ホールで聴いたら
絶対に全く違う印象になる事はわかっている。

最後に第3楽章の演奏までしてくれて
(まぁ、これは派手に終わる)
ラジオ番組収録なら1時間くらいか、と思っていたら
幕間なしに、しっかり1時間30分、聴かせてくれたので
チケット入手の時の怒りは忘れてしまった(笑)

ジョン・アダムスについて
どんな解説を聞いても、いつも
フィリップ・グラス、スティーヴ・ライヒと共に
ミニマル・ミュージックの創始者と言われているが

フィリップ・グラスの作品や
スティーヴ・ライヒの作品も知ってるけれど
ジョン・アダムスの作品って
他の2人とは全然違うように思えるんだけど。

グラスのようなモチーフの繰り返しも
あまり目立たないし(時々はある)
ライヒのようなリズムずれ感もないし
かなりロマンティックな
長いボーゲンでのメロディがテンコ盛りだし。

ミニマル・ミュージックだと
グラスも好きだし(バレエでも使われている)
(日本では一時リラックス・ミュージックとして流行ったらしい)

スティーヴ・ライヒはローザス・ケースマイクルがよく使っていて
ミニマル・ミュージックの最初の曲と言われる
テリー・ライリーの in C は
時々、無性に聴きたくなる時がある。

そんな訳で、割に聴き慣れているジャンルだと思うんだけど
ジョン・アダムスの曲って
その中でも特殊な感じがする。
(第一、聴いていても全然リラックスしない(笑))

ジョン・アダムスの「和声学」は
マイクル・ティルソン・トーマスと
サンフランシスコ交響楽団の Keeping Score シリーズの DVD を買った時
アメリカ音楽の CD を一緒に買った中に入っていたので
ハード・ローテーションで聴いてはいたのだが

何せ記憶力ゼロなので(涙)
(まぁ、あの曲を暗記できる程聴いても
 何か良い事があるとは、あまり思えないけど(笑))

本コンサートは土曜日。
指揮者から「心がない聴衆」とか思われないためにも
ちょっとパルシファルの序曲と変身(そんなのあったっけ?)を
どこかで引っ張り出して
少しは予習しておこうと
堅く決心している私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。





ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

Musikverein Großer Saal 2016年11月27日 11時〜13時

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
指揮 Cornelius Meister
チェロ Harriet Krijgh

Brett Dean (*1961)
 “Komarov’s Fall” für Orchester
Dmitrij Kabalewskij (1904-1987)
 Konzert für Violoncello und Orchester Nr. 1 g-Moll, op. 49
Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
 Symhonie Nr. 3 D-Dur, op. 29

ウィーン放送交響楽団の定期
珍しくも日曜日の11時から。

プログラム見た時には
チャイコフスキーの交響曲か、と何も考えずにタカを括っていたら
え? 3番? 3番って、聴き込んでないぞ・・・と
直前に焦り狂ったら

ツィッターのバレエ・オタク仲間から
バランシンのダイヤモンドの音楽です、と教えてもらった(笑)

最初のブルット・ディーンの曲は
ソユーズ1号のウラジミール・コマロフのケースをテーマにしたもの。

以前のグラーフェネックの時に聴いた時も
このディーンと言う作曲家って
音楽で語る力がむちゃくちゃ強いな、と思ったが
(以前は「12人の怒れる男」を音楽で語っちゃった)

このコマロフのケース
あまりに表現がリアルすぎて、ちょっと背筋が寒くなる。

宇宙空間に放り出されたような
ほんの少しの弦の微音から始まる曲は
コマロフの絶望、妻との交信から
最後の大気圏突入まで
まるで一遍の映画を見ているかのようにドラマチック。

すごいな、ここまでやると
音楽の範疇を越えているかもしれない。
(ちゃんと音楽です(笑)
 響きが実に精密に計算されている。たいしたものだ)

さてチェリストのハリエット・クリーフだが
1991年生まれ、今年26歳の若手なのに
何故か今シーズンから
楽友協会で自分のチクルスまで持っているという

何か後ろに大きな力でも・・・(邪推)

カバレスキのチェロ協奏曲については
ノーコメント。
そりゃ、巧いですよ。
でも初聴きだし、何か感じるほどのモノも(以下省略)

アンコールの1曲目が
ダブル・トリプルボーゲンを多用した
技術的には難しい曲を、軽々と弾いてくれたから
そりゃ、すごい人だと思う。
美人だし金髪だしスタイル良いし(笑)

さて、最後のチャイコフスキーの交響曲3番。
バランシンのジュエリーのうちのダイヤモンド。
(既に頭の中はオーケストラじゃなくてバレエになってる(笑))

マリイインスキーの公演が
オーストリア国営放送との共同で
公開されているので
バレエ・ファンの方は是非ご覧下さい。



30分以上あるので、ご覧になる方は覚悟して(笑)

ウィーン放送交響楽団は技巧のあるプロフェッショナル集団で
現代音楽から映画音楽まで何でも演奏しちゃうので
チャイコフスキーの割にマイナーな曲も楽々。

しかも指揮のコルネリウス・マイスター
またもや暗譜だよ(驚愕)
この人、チャラチャラして見えるけれど
実はものすごい才能がある上に努力家だよね。

派手で華があって
チャイコフスキーらしいメロディがあちこち一杯で
実にゴキゲン、最初から最後まで楽しい曲で
ついでに頭の中にバレエまで出現するとあれば
これはもう、最高の時間。

派手な曲なので
どうしても多少なりともニュアンスが欠けていて
一本調子になったり
音の重なりが、ちょっとお団子になっちゃったり
でも、それがチャイコフスキーの良いところでもある。

ちょっと粗かったなぁ、と思わせるところはあったけれど
リハーサルの時間だって限られているだろうし
ウィーン放送交響楽団って
後にも先にも1回しかコンサートないし
(これは本当に残念。
 他のオーケストラみたいに
 同じプログラムで少なくとも2回、できれば3回あれば
 ずいぶん演奏のクオリティも変わってくると思う)
ちゃんと聴かせる華やかな演奏になっていたから
至極満足 ♡

お昼をガッツリ食べて
これから、またもや楽友協会に向かう私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



このコンサートで最も印象的だったのは
やっぱり最初のディーンの曲だった。
現代音楽、時々、こういうのがあるから止められない。

ウィーン放送交響楽団 + ダンカン・ワード

Musikverein Großer Saal 2016年11月13日 19時30分〜21時30分

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
指揮 Duncan Ward

Luigi Dallapiccola (1904-1975)
  Three questions with two answers (1962/1963)
Georges Lentz (*1965)
  Jerusalem (after Blake) für Orchester und Elektronik (2011-2014)
   (オーストリア初演)
Friedrich Cerha (*1926)
  Nacht (2012/2013) (オーストリア初演)
Gustav Mahler (1860-1911)
  Symphonie Nr. 10 (1910/1911)
  5. Finale : Langsam, schwer
   (Aufführungsfassung Deryck Cooke (1919-1976))

ウィーン・モデルン現代音楽祭の一環で
この音楽祭を発足したクラウディオ・アバドに捧げられたコンサート。

もともと現代音楽では定評のあるエミリオ・ポマリコが指揮する予定だったが
来てみたら、病気のためキャンセル。
指揮台に登ったのはダンカン・ワード。
知らない指揮者だが
紹介を読むと、サイモン・ラトルの秘蔵っ子らしい。

楽友協会で自由席なんて滅多にないし
(年に1回、このウィーン・モデルンだけ(笑))
バルコンはクローズされていたようなので
平土間後方(実はここが一番音響が良い)に陣取ったのだが

よく見れば、後ろの立ち見席のところに
譜面台とパーカッションがあって
音響ミキサーも陣取ってる・・・
後ろで演奏があるようだったら
真ん中の方が良かったかなぁ、と一瞬後悔。

最初はルイージ・ダラッポッツァの曲。
うおおおお、こうやって聴いてみると
シェーンベルクもベルクやウエーベルンもそうなんだけど
厳密なセリエまで行かない初期の12音の音楽って
何か、やたらとロマンチック(笑)

ちゃんと音楽に聴こえてくるんだもん。
それも、すごく繊細で美しい。
シェーンベルクの12音技法辺りから
段々、いわゆる現代音楽って
どんどん聴衆離れする現象が起こって来た訳だが
ダラピッコラの音楽、これベルクとか聴く人なら
充分に音楽として楽しめる。

ルクセンブルクの作曲家ジョルジュ・レンツの作品は
初演の指揮を務めたのがダンカン・ワード。

音楽の専門家の方は
ユニバーサル出版社のサイトに
オーケストラのフル・スコアがあります。
(→ ここ

いやいや、私、ド・シロートですので
スコア見ても何にもわかりませんが(と逃げる)

プログラムには、
レンツのレクイエムでは
スマホが
楽友協会で、初めて楽器として使われるとか書いてあったので
ちょっとワクワクしていたのだが

スマホの音なんかしなかったし
(ライブ・エレクトロニクスでもそのテの音響はなかった)
今、ユニバーサルの解説を見ても、スマホなんてないぞ(はて?)
(オーストリアの新聞 Falter にも、そう書いてある!!!)
(註 後記参照の事)

さて、恐れていた通り
最初、後ろから金管楽器の音が・・・
金管のアンサンブル、和声がキレイで
そこそこ楽しく聴けるのだが

途中で弦がすごく高い音で
細かい刻みで入って来るのが
後ろの金管の音に掻き消されて
全然聴こえません(涙)

いかん、音のバランスという意味から言ったら
やっぱり真ん中の辺りの方が良かったのかも。

金管の咆哮がなければ
舞台上の弦と木管
ついでにエレキやパーカッションも聴こえて来たし
音響構築としては非常に面白くて楽しく聴けた。

ただ、圧倒的だったのが
休憩終わって最初のチェルハ教授の「夜」

フリードリヒ・チェルハはオーストリア作曲界の巨匠だし
今まで、ナマで山ほど作品は聴いていて
好きなもの(Spiegel とかむちゃくちゃ好き)もあれば
苦手なものもあるのだが

この Nacht (「夜」)という曲、スゴイです。
音響が立体的で空気の動きまで感じるし
夜空から星が大量に落ちてくるような幻想的な景色や
静かな中に、ほんの少し入る小さな音がリアルだし
(ついでに猫の鳴き声まで聴こえて来たのにはほっこりした)
教会の鐘の音や
いわく言い難い深夜の雰囲気が音楽で綴られていて

ああ、この人もリヒャルト・シュトラウスなんかの
流れを継ぐ作曲家なんだなぁ、と納得できる。

Spiegel も素晴らしかったけれど
この Nacht も圧巻だ。
音響オタクなら泣いて喜ぶ曲だわ、これは。

最後はグスタフ・マーラーの交響曲10番の最終楽章、クック版。
私は恥ずかしい事に、この曲は聴いた事がなかった。
(アダージョはよく演奏されるけど)

で初聴きしてみると
う〜ん
マーラーの交響曲から
あちこちのモチーフやそれらしいところが繋がって
マーラーのパスティーチョというか
悪く言えばパロディというか・・・

何か微妙な気分。
そりゃ、マーラーの交響曲のモチーフが
あちこちに出てくるので
現代音楽じゃなくて
ちゃんと調性もあって
しかもマーラーらしくキッチュに美しいところもてんこ盛りだし

聴き慣れていないだけなんだろうなぁ、とは思いつつ
まるでマーラーの交響曲の回顧版展示会みたいな25分だった。

でも今日のコンサート
色々とバリエーションがあって退屈しなかった。
今年のウィーン・モデルンは、かなり楽しい ♡

まぁ、観客として来てる人
毎年同じ人が多いんだけど(笑)

現代音楽の記録ばかりで
ちょっと辟易していらっしゃる読者の方々
もう少し我慢してお付き合い下さいまし。

来週はちょっとウワキも何回かしますので
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



この記事、現代音楽カテゴリーに入れようかと思ったんだけど
ダラピッコラにマーラーが入っているから
やっぱり普通にクラシック・・・・だよね、うん。

後記 ロンドン在住の音楽ライター、後藤菜穂子さまからのご指摘で
スマホを通した金管の音らしいという事が判明。
作者自身のウエブ・サイトによる解説は ここ(英語)
後藤さん、ありがとうございました!!!

ウィーン放送交響楽団 + ジェームス・フェデック

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年10月21日 19時30分〜21時40分

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
指揮 James Feddeck
ピアノ Elisabeth Leonskaja

Arnold Schönberg (1874-1951)
 Thema und Variation op. 43b (1943)
John Adams (*1947)
 Doctor Atomic Symphony (2007)
Johannes Brahms (1833-1897)
 Klavierkonzert Nr. 2 B-Dur op. 83 (1878-81)

ウィーン放送交響楽団のコンツェルトハウスのチクルスは
1シーズンだけ持っていたのだが
あまりに楽友協会と被り過ぎた上

だいたいいつでもバラ売りで買えるし(すみません)

発売日に狙って貧民席で理想的な席を押さえたのだが
ギャラリー、かなり席が空いてる・・・
ホールのドアが閉まってから大量の民族移動があったが
実はコンツェルトハウスのギャラリーは
後ろの方が音響は良いのよ、ふっふっふ。

このコンサートの目玉は
普通のクラオタなら
エリザベート・レオンスカヤの弾く
ブラームスのピアノ協奏曲2番だと思うのだが

クラオタ x 現代音楽オタの私のお目当ては
ジョン・アダムスのドクター・アトミック・シンフォニー

で、実はこのドクター・アトミック・シンフォニー
10月19日にオーストリア国営放送局の収録ホールでの
ラジオ番組収録でも聴いてるんですよ、わっはっは。

ブログには書かなかったけど
いつもは結構な値段の収録コンサートなのだが
ウィーン放送交響楽団友の会ご招待とかで無料。

言ったら、ホールには40人くらいしか来ていなくてガラガラ(笑)
この「クラシックへの誘惑」というラジオ番組収録は
いつもマイスター人気で満杯なのだそうだが
今回はアメリカの若手指揮者だから人気がなかったのか?

え〜、アメリカ人指揮者とは言え
ヴェルザー=メストのアシスタントしてた人だし
第一、ちょっと太め(じゃないけどそう見える)で
メガネ男子に燃える私の趣味のど真ん中なんですがこの人。
(いやそれ関係ないだろ)
・・・いったいどういう見た目の人?と興味を持った方は
どうぞ ここ からご覧下さい ♡

前置きが長過ぎた(汗)

シェーンベルクのテーマとヴァリエーションは
割に有名な曲なので感想はカット(面白い曲です)

ドクター・アトミック・シンフォニー
ジョン・アダムスのオペラ、ドクター・アトミックから
アリアなどを金管のソロで持って来たオーケストラ作品。

ロス・アラモスで行われた原子爆弾実験がテーマ。
爆弾の爆発を暗示するかのようなオーケストラの大音響から始まり
短い実験場の提示から
パニックへの移行、最後はトランペットのソロが
とても伝統的なトナールのメロディで迫ってくる。

ミニマル・ミュージックというより
作曲者ご本人がポスト・ミニマル・ミュージックと名付けている通り
ミニマル・ミュージックっぽい部分と
伝統的なトナール部分との混合が見事で
最初から最後まで一瞬たりとも退屈しない。

しかしまぁ、こういう複雑な現代曲をやらせると
ウィーン放送交響楽団より巧いオーケストラって
少なくともウィーンではいないだろうなぁ。

ちょっとふくよかなメガネ男子のコンサート・マスターの
すごい弱音でのちょっとしたソロが見事なんですよね。
(ついつい贔屓目になるワタシ、何か文句ある?)

トランペットの長いソロがまたまた見事で
そこに被さるエレメントの力強い繰り返し。
Youtube を探せばこの曲、すぐに見つかるけれど
やっぱりナマで聴くと迫力が違う。

放送曲のホールで聴いた時は
比較的舞台に近かったのだが(ホールが小さい)
コンツェルトハウスの大ホールで聴くと
また音のバランスが違うのも面白い発見。
(金管の音が伸びる。コンサート・ホールの方がやっぱり良い)

で、後半はほとんどの人がこの人が目当てという
エリザベート・レオンスカヤ、御歳70歳。

私はバリバリの男尊女卑主義者・・・とは言わないが
ピアニストは打鍵の強い男性が好きだし
ソプラノ歌手のリサイタルには絶対に行かないタイプだから
女性ピアニストはあまり高く評価していないのだが

レオンスカヤのピアノって
オーケストラに見事に溶け込んで

なんですか、この親密な雰囲気は!!!

力強い第1楽章も素晴らしかったが
第2楽章以降、特に第3楽章の美しさと
第4楽章の、あの透明感のある軽やかさと
オーケストラに溶け込んで
まるでピアノがオーケストラの一部になったかのような
(かと言って自己主張がないワケではない)

なんかともかく
大ホールで聴いているというよりも
小さなホールで
みんな一緒になって
ものすごく仲の良い友達同士の親密な雰囲気の中で
音楽を楽しんでいるような、そんな感じ。

音楽そのものが直接、聴いている者に語りかけてくる。
オーケストラとピアノが、この上なく仲睦まじくなっていく中に
聴衆がスルッと入り込んでいく。

テクニックからシビアに聴いてしまえば
今の若手の完璧な演奏よりも
多少ミスタッチ(目立ちません!)もあったりするけれど

あのオーケストラへの溶け込み方ってスゴイわ。
ピアノかオーケストラのどちらかが突出する事なく
協奏曲というよりは合奏曲という感じ。

かと言って
ピアニストやオーケストラが妥協しているのではない。
この上ないバランスを持って
全体的な音楽として信じられないまとまり方をしているのだ。

ブラームスのピアノ協奏曲なら
ワタクシ的には、交響曲みたいな1番の方が好きなんだけど
2番って、こんなにチャーミングな曲でしたっけ?

チェロのソロが、ううううううう ♡♡♡
(すみません、首席チェリストもメガネ男子なので燃えました)

第3楽章はかなり遅いテンポで
長い長い長いボーゲンで歌わせて
あまり調子の良くなかったクラリネットが
ちょっとキツそうだったけれど
(いやお疲れさまでした。よくギリギリで持ちこたえたわ)

でも、誰も無理やり聴衆を脅かそうとしていない
本当に音楽的な演奏って
ああいう語りかけるような温かい音楽を言うのだろうなぁ。
ピアノのスケールの時の美しさなんて腰が抜けそうだったし
オーケストラと溶け合っての世界の
あのほっこりする雰囲気は
他のピアニストじゃ出せないだろう。

あまりプログラムに一貫性はないけれど
その分、近代音楽・現代音楽・ロマン派のミックスは
幅広く聴衆を楽しませてくれるものではあった。

まぁ、ピアノ協奏曲の第1楽章と第2楽章の後で
しっかり拍手出たけど(第3と第4楽章はご存知アタッカ)
でも、なんかそれも
仲の良い家族が集まったみたいな雰囲気で
ほわん、とした温かい空気を作ったと思えたのは
レオンスカヤの持つベテランの包容力によるのかもしれない。

若い指揮者はまだ若いけれど
明確な指揮をしてよく動くし
ブラームスでは、細かい部分の処理がかなり巧みで
この人も将来が楽しみな若手だわ。

なんか温かくほっこりした気分で
コンサート会場を後にした私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。




ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

Musikverein Großer Saal 2016年9月30日 19時30分〜21時40分

ORF Radio-Symphonieorchester Wien
指揮 Cornelius Meister
バイオリン Gidon Kremer

Gerald Resch (*1975)
 “Inseln” für Orchester
 Auftragswerk der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien und
 des ORF RSO Wien (österreichische Erstaufführung)
Miecysław Weinberg (1919-1996)
 Konzert für Violine und Orchster g-Moll, op. 67
Jean Sibelius (1865-1957)
 Symphonie Nr. 1 e-Moll, op. 39

ウィーン放送交響楽団の楽友協会でのチクルスの初日。
楽友協会とウィーン放送交響楽団の委嘱作品の初演の後、
大御所ギドン・クレーメルを迎えての
ミチェスワフ・ヴァインベルクのバイオリン協奏曲
後半はシベリウスの交響曲1番という
地味な、いや、通好みの(笑)プログラム構成。

最初のレッシュの曲だが
う〜ん、最近はこういうトナールの音楽の傾向になって来てます?
リズムも、しっかり4拍子とわかる単純な構成から入るし
すみません、何か聴いていても
こういう傾向のトナールな曲なら
伝統的なクラシックの方が良いんじゃないの(ごめんなさい!)

作曲家がどんなに複雑な技法を使っているかは知らないが
(所詮、私、シロウトですし)
聴衆に音楽を提供して楽しんでもらおう、という気概は
一切感じられず(だからごめんなさい)
最初から最後まで、作曲家の自己満足になっていて
別に目新しい音響が出る訳でもない。

11月はウィーン・モデルンがあるし
ゲネラル・パスも買っているけれど
こういう音楽を毎日聴くのか、と思ったら
ちょっとゲッソリして来た。

まぁ、体調とか好みとか色々あるけれど
この作品も、これが初演で終演かもしれない(って失礼な)

さて、ギドン・クレーメル巨匠登場。
ヴァインベルクのバイオリン協奏曲なんて初めて聴く。

うううううっ、ショスタコーヴィッチのバイオリン協奏曲みたい。
ショスタコーヴィッチのバイオリン協奏曲も
暗くて陰鬱な上に
バイオリニストが最初から最後まで弾きっぱなしという
バイオリニスト苛めの曲だが

このヴァインベルクの曲も最初から最後まで
バイオリニストは弾きっぱなし(すごい体力)

メロディは美しいし
バイオリンの音も美しいし
でも、ヴァインベルクの生涯があまりに暗過ぎて
(ポーランド人でユダヤ人で、親戚は強制収容所で殺されて
 ソビエト連邦に逃げて来て、ジダーノフ批判に晒されて
 ユダヤ人だからというので逮捕されて
 ショスタコーヴィッチが助けるように動いていたが
 スターリンが死んで助かったという人である)

この時期の音楽家の作品って
なかなか聴く機会もないし、耳慣れないから
もう少し(ショスタコーヴィッチ含めて)集中的に聴かなくては。

クレーメルは、またアンコール作品に
たぶん、同時代の(同じくヴァインベルクかもしれない)
無伴奏の曲を弾いてくれて、これも不思議な雰囲気の素晴らしい曲だった。

さて、ワタシの知らないヴァインベルクの不思議な世界から出て
後半はシベリウスの交響曲1番だ(知っているのでちょっと嬉しい)

指揮者のコルネリウス・マイスターは
ウィーン放送交響楽団と、シベリウス全曲演奏を目指しているのか
以前もシベリウス聴いた事がある(確か有名な5番だったと思う)

シベリウスもウィーンでは滅多に演奏されない作曲家だが
時々でも演奏されると、ちょっと嬉しい ♡

ウィーンの聴衆にはウケない作曲家、とはよく言われるが
だって、やっぱり構成がドイツ語圏の作品とは違うんだもん。
あくまでも繊細で、色があって
割に自由奔放なインスピレーションがあって
あちこちが盛り上がって、また下がってと
目まぐるしく音楽が揺れ動く。

マイスターのシベリウス
さすがに耳が良いだけあって
繊細な部分の美しさは特筆ものだが

う〜ん、私も歳を取って来たのか
真下にあるティンパニの音が響き過ぎて
ちょっとバランスが巧く取れていないように聴こえてくる部分がある。

ピアニッシモでの木管の掛け合いや
ハープがこの上なく繊細な音で響くところや
弦のトゥッティは、ものすごくキレイ。

しかも第2楽章、あのゆっくりのテンポで
柔らかな音で伸ばして伸ばして伸ばして演奏した
金管(たぶんホルン)は見事だった。
(すみません、舞台見えないので
 木管の掛け合いも音だけでしか聞き分けられません(汗))

昨日のような、あっけらかんとした(失礼)
イタリアンの陽光を感じる外向的な音とは全く違って
ああ、やっぱり、かなりマジメな名人集団なんだよねこのオケ。

まぁ、もともとシベリウスの音楽って
音楽的には素晴らしいけれど
ユーモアどうのこうのというのは全然感じないし(笑)

フォルテ部分でも音が時々、団子状態になりかけていて
マイスターにしては、ちょっとまだバランスが不十分かなぁ。
(いやシロウトの自分勝手な主観的感想です)

こういうコンサート
本当は数回やると、その後、どんどん良くなっていくのだが
ウィーン放送交響楽団のコンサートは
後にも先にも、この1回だけ。

ちょっと残念だな。
このプログラム、あと数回舞台でやれば
あれだけ完璧に美しい音響を出して
あとはほんの少しのバランスの問題だけだと思うんだけど。

プログラムの選択もあるけれど
あんまり「ほら聴衆を楽しませてやれ」という方向ではなかったが
珍しい曲と
透明感溢れるシベリウスの
深い空気を感じさせる音響を満喫して
幸せな私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


ウィーン放送交響楽団 ウィーン音楽大学ディプロマ試験

Musikverein Großer Saal 2016年6月23日 19時30分〜22時

ORF RSO Wien

Richard Wagner (1813-1883)
“Siegfrieds Rheinfahrt” aus “Götterdämmerung”
“Walkürenritt” aus “Die Walküre”
指揮 Ingmar Beck

Giacomo Pucchini (1858-1924)
Capriccio sinfonico
指揮 Levente Török

Anton Bruckner (1824-1896)
Symphonie Nr 9 d-Moll, IV. Finale (unvollendet)
Rekonstruktion der Autographpartitur nach dem erhaltenen Quellen :
Aufführungsfassung von Nicola Samale, John A. Phillips, Benjamin-Gunnar
Cohrs & Guiseppe Mazzuca (1983-2012)
指揮 Pantelis Kogiamis

Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
Romeo und Julia
Fantasie-Ouvertüre nach William Shakespeare
指揮 Sándor Károlyi

Jean Sibelius (1865-1957)
Pohjolas Tochter, Symphonische Fantasie, op. 49
指揮 Genjamin Grobman

Maurice Ravel (1875-1937)
La Valse, Poème chorégraphique pour Orchestre
指揮 Seung You Park

今シーズン楽友協会の最後のコンサートは
ウィーン放送交響楽団による
ウィーン音楽大学指揮科クラスのディプロマ試験。

出てくる指揮者の卵たちは
既に色々なオーケストラでの指揮経験もあって
例年、レベルは高いのだが

まぁ、今まで10年以上、この試験を聴いていて
そこから抜群に飛び出して来た指揮者というのはいないので
(これはスゴイ、と思った人は居るけれど
 やっぱり有名にはなってない(笑))
このコンサートに来るたびに
ああ、音楽家への道は如何に険しいか、というのを実感する。

さて、一つのオーケストラで
様々な指揮者が違う曲を演奏する、というのは面白い。
指揮者と曲によって
オーケストラが化けたりするのだが

まぁ、どんな料理人が作っても
材料さえ良ければ、かなり良いレベルの料理は出来るんだよね(笑)

ただ、その中に、天性のセンスというモノも出て来てしまうわけで
その天性のセンスが
現代の聴衆にアピールするものなのか
あるいは200年前だったらアピールしたのか
未来の聴衆に熱狂的に受け入れられるものなのか
それとも、過去・現在・未来を通して
やっぱりセンスないわ、と言われるものなのか

シロウトの私には判断は付きません(笑)

それに本来は、完成された演奏を聴くよりは
リハーサルに同席した方が
指揮者の素質というのは、もっと良くわかるはずだ。

ワーグナーは、うはははは、金管が素晴らしい。
筋肉質な締まった演奏というよりは
割にクセのない、清々しい感じに聴こえてきて
個性派でビックリ、しつこくワーグナーというよりは
優等生的なキレイにまとまった演奏で
しつこさのないワーグナーというのは意外に好みかも。

次はプッチーニで
この指揮者はハンガリーやドイツで
オペラのコレペティなんだそうで
そこら辺からの曲の選択なんだろうなぁ。
(すみません、オペラ苦手で・・・(汗))

前半の最後に面白い曲を聴いた。
ブルックナーの交響曲9番の最終楽章(笑)
断片からのレコンストラクションなのだが
6番とか8番とかからのエレメントを挟み込んで
(他からも挟み込みあるかもしれないけど)
ちょっとブルックナーもどきというか
(まぁ、断片はブルックナーなんだけど)

オーケストラもかなり真剣。
ブルックナーって
ウィーンのオーケストラ・メンバーも燃えるのかしら。
指揮者が神がかり状態になって行くのはよく経験するが
オーケストラも一緒になって燃えまくってた(笑)
滅多に演奏される曲ではないだけに
一期一会で、みんな真剣だったのかもしれない。

ウィーン放送響のブルックナーって良いなぁ、と
しみじみ思わせる演奏だった。
しつこくなく、あくまでも端正で正しくて
中立的で暑苦しくならないし
最初のむちゃ現代的な部分のエレメントの扱い方が巧く
音の色もとても合っていて、楽しく鑑賞させてもらった。

いやはははは、前半の金管、本当にお疲れさまです。

後半のチャイコフスキーは、まぁ(以下省略)
こういう曲って、どう演奏しても難しいよね。
シベリウスも、解像度高くて、かなり良い出来。

最後のラ・ヴァルスは
今回唯一の女性指揮者である。
韓国出身のチェロ奏者で、コーラス指揮の後の
オーケストラ指揮科だとプログラムには記載されていた。

女性指揮者というのは
まだまだ男性の世界に切り込んでいく存在だから
かなりの才能の持ち主が多い。

このラ・ヴァルスの扱い方も面白かった。
普通だったらテヌートかけたり、タメタメするところを
バッサリとインテンポで押して来て
聴き慣れた曲が、テンポの揺れがない分
全部が大きなボーゲンで繋がっていて
くどさが全くなくて
好き嫌いはあるだろうが、かなり新鮮 ♡

これにて9月まで
楽友協会とはお別れ(涙)

観光客の方で、それでも楽友協会で音を聴きたいという方は
モーツァルト・オーケストラがコンサートしてます。
(観光客向けオーケストラだけど
 それなりにルーチンだから、そう悪いとは私は思いません。
 結構、面白い仕掛けとかしてるし)

6月はあと2回ほどハイライトが残っているので
まだ見捨てないで下さい、と懇願する私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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