ウィーン交響楽団 + エンリケ・マッツォーラ

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    Musikverein Großer Saal 2020年1月30日 19時30分〜21時30分

    Wiener Symphoniker
    指揮 Enrique Mazzola
    ピアノ Jasminka Stančul

    Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1947)
     Ouvertüre „Die Hebriden“, op. 26
     Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 d-Moll, op. 40

    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Symphonie Nr. 7 d-Moll, op. 70

    ワタクシは本日はむちゃくちゃ気が立っている。
    子育てしているライオン並み
    いや、子育てライオンもワタシに恐れをなして後退りするかも。

    ものすごくテンションが高く、イライラが最高潮というか
    ともかく、非常に機嫌が悪い。
    いや、ホント、こういう時って
    家族とか友人とか、周囲に気を使わなければならない人が
    全くいなくてバンザイである。
    この状態で話しかけられようものなら
    躊躇なく噛み付きます。

    友人も家族もいないので
    噛み付く対象は
    当然の事ながら指揮者となる。

    何だか見たような名前・・・というか
    スーパー・マーケットにマッツォーラという
    とうもろこしの芯から取る植物油があるのだが

    よく見たら、スーパーのオイルはZが一つで
    この指揮者には2つあるので
    オイル精製工場の御曹司というワケではなさそうである。

    で、この指揮者、どこかで見た事があるのだが・・・
    プログラムによれば、イタリア出身のオペラの指揮者らしく
    現代音楽の指揮者としても
    あちこちのオーケストラで振っているらしい。

    最初がメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」
    本来のタイトルは「ヘブリディース諸島」

    先学期にメンデルスゾーンのプロゼミを取ったので
    この曲は隅々まで(大袈裟)知っている。
    スコアを前に何回も聴いたし、分析もしたし
    同僚の発表にいちゃもんをつけられるよう
    ひたすら曲と向き合った数日という過去がある。
    たった数日かい、というツッコミは却下する。
    (レポートはルイ・ブラス序曲だったから。
     しかし、ルイ・ブラスはコンサートで演奏されたのを
     聴いた事がない)

    ・・・(沈黙)

    なんか、音楽が揃ってないんですけど。
    アインザッツが甘いのは、まぁ、あるあるだとしても
    何故に曲の流れが、こんなに悪いの?

    ヘブリディーズ諸島ですよ
    海に囲まれているんですよ
    音楽そのものだって
    海の情景を表現するかのような
    メロディ・ラインがあるんですけど

    それが何故そんなにブチギレで登場するのか・・・
    ヘンな低音にアクセントを置くので
    時々、音楽が尻もちついてるような感じだし
    この指揮者、ダイナミックばかり考えて
    リズム感がないんじゃないの。

    いくら学問の海の波打ち際で
    チャプチャプ遊んでいるとは言え
    ド・シロウトですから
    プロの音楽家に文句をつける気はありませんが
    (と言いつつ、つけてるんだけど
     これ、個人的なメモなので
     営業妨害じゃありませんから。
     ついでに、指揮者の個人的な事には全く興味がないので
     名誉毀損ではございません、念の為)

    ドラマチックに描こうとしているのは
    何となくわかるのだ。
    確かに情景の表現とか
    強弱の激しいドラマに満ちた音楽なんだけど

    そこまでドラマチックにしなくても・・・(呆)

    メンデルスゾーンは良いところのお坊っちゃまなので
    自分の属する有産階級のインテリな層のなかで
    わかる人にだけわかれば良い、とか思っていた節がある。

    だから、そんなにドラマチックに
    ルバートたっぷりで
    時々、音楽が止まりそうになるような
    ブチギレのリズムで演奏しなかったんじゃないかと思う。

    あくまでも個人的感想です。
    プロの指揮者とプロのオーケストラにしてみたら
    けっ、シロウトが何を言う、と
    鼻で笑われるような感想だが
    あくまでも個人的メモなので・・・

    続いてはメンデルスゾーンのピアノ協奏曲2番。
    熱心な読者の方々は
    私を遥かに上回るクラシック・オタクだったり
    専門家だったりするのでご存知かもしれないが
    この曲、滅多にウィーンで演奏されない。

    ヤスミンカ・スタンチュルは
    ものすごく強い華やかなピアノを
    ファツィオーリで演奏するピアニストで
    強靭な技術に裏打ちされた強いタッチが
    私は大好きである。

    だけど
    うううう、しまった
    第2楽章の途中で寝落ちしてしまった。
    あの華やかな第3楽章では、さすがに目が醒めたけれど
    あんなに楽しみにしてたのに・・・
    ううう、一生の不覚・・・(で、ますますイライラする悪循環)

    アンコールが
    ベートーベンのピアノ・ソナタ14番、作品番号27-2 の第一楽章。
    言わずとしれた、月光ソナタ。

    しかも、かなり速い速度で
    サクサクとスタイリスティックに
    すごくすっきりと
    ドロドロの感情とか
    不要な感情移入のない
    さっぱりした高級お茶漬け風味的なベートーベン。

    それって、感情的に濃い
    指揮者へのアンチ・テーゼですか?
    ・・・と言うのは、私の深読みだが、個人メモなので
    侮辱ではございません。どうぞお許し下さい。

    いや、でも、う〜ん、ああいうベートーベンはありなのか。
    ベートーベン・イヤーだから
    今年はベートーベンを聴くチャンスが増えそう。

    後半はドボルジャークの交響曲7番。
    もう、私のこの個人メモを読んでる人には
    言いたい事は全部わかるはず。

    途中でヴェルディのオペラでも聴いているような気分に・・・

    オーケストラはこういう曲は巧い。
    だから、オーケストラだけで何とかなっているけれど

    私の妄想世界では
    この指揮者、何とかしてくれ、とため息つきつつ
    演奏しているウィーン交響楽団という図式が出来上がっている。
    (すみません、あくまでも妄想です、事実とは違います、たぶん)

    きっと、この指揮者、
    オペラ(特にイタリア・オペラ)を振らせたら
    ものすごく巧いのかもしれない。

    ドボルジャークの交響曲の最終楽章が終わったら
    指揮者は感極まって指揮台の上で
    そのままのポーズで固まった。

    そんな事、関係のない聴衆が
    最後の音が消えた瞬間に拍手してくれたので
    拍手を浴びても、まだ、壇上で
    感極まって固まっている指揮者、という
    珍しいものを見てしまったわ。
    (ついでに、早く帰りたかったので
     凝固している指揮者をほったらかして
     すぐに席を立ったのはワタクシです、ごめんなさい)

    何とか最後の試験は終わったし
    成績はともかくとして
    今日の3つの試験には、何とか合格したと思うので
    (この間の不合格試験は3月に追試がある)
    イライラも少しは収まっては来ているのだが

    私の八つ当たりの対象にされた
    指揮者さまへは、本当に申し訳ない
    (とか言いながら、何でまた、こんな指揮者を呼んじゃったんだ?という
     一抹の疑問は残る。
     ウィーン交響楽団を指揮した最初のコンサートの時も
     私の個人メモでは、あまり良い事は書いていない)

    明日からコンサートは長いお休みに入る。
    来週はウィーンの学校は学期休みで
    ウィーンの人はこぞってスキーだの休暇だのに
    子供連れで出かけるのだ。

    大学の2019年・20年冬学期も明日で終わり。
    3月からの時間割は既に組んであるという
    計画だけは作るのが好き(遂行するかどうかは別問題)という私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    イライラの原因は
    ものすご〜くたくさんあり過ぎて
    書こうと思ったら、むちゃくちゃ長くなったので省略します。

    ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン

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      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月21日 19時〜20時30分

      Wiener Symphoniker
      ピアノ Nicholas Angelich
      指揮 Philippe Jordan

      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur op. 58 (1805-1806)
       Symphonie Nr. 5 c-moll op. 67 (1804-1808)

      1月11日のベートーベン・マラソンの一部を使って
      1月12日にはピアノ協奏曲4番と交響曲6番のコンサート
      そして、本日は同じピアノ協奏曲4番と、交響曲5番で
      @7シリーズのコンサート。

      夕方7時に開始して(通常は午後7時30分開演)
      途中の休憩なしに通しで演奏して
      その後、コンツェルトハウスのフォワイエのベートーベン像の前の舞台で
      観客が立ってワイン飲みながらワイワイ喋っている中で
      (しかもフォワイエの残響はかなりあるから響く)
      クラシック以外の音楽を聴こうというコンサート。

      すみません、私は雑音の中で音楽を聴くのが好きじゃないので
      フォワイエでのコンサートはいつも失礼させてもらっている。

      で、この@7って、まとめ買い以外ではギャラリーの貧民席を売らないので
      バルコンの席がえらく高い・・・
      けれど、まぁ、舞台は全体が見渡せるので
      たまには贅沢も良いか(破産街道驀進中)

      ピアノ協奏曲4番は、これで3回目の鑑賞。
      もちろん、音楽というのは、その場で消えるという
      ものすごく贅沢な芸術なので
      同じ演奏は2つとないけれど
      まぁ、良く知ってる曲だし、むにゃむにゃむにゃ

      それよりも交響曲5番である。
      1月11日に聴いた時も
      あれ?と思うほど良い演奏だったのだが

      うわあああ
      何だかデビューした頃のジョルダンの爽快感がある。

      アタッカで演奏された5番は
      テンポを特別速くしている訳ではないのに
      疾走感があって
      緊張感がずっと続いて

      スッキリしていてドロドロがないのが
      スタイリッシュでモダンで
      古い慣習の垢をすっかり除いて
      ピカピカになったベートーベンを聴いている気分。

      これ、確かにジョルダンのデビューの時の感覚と同じだ。
      (この指揮者、そこから成長してない、というつもりではありません)

      ジョルダンが弱音フリークである事は有名な事実だが
      (オーケストラの金管は非常に苦労しているという話がちらほら)
      ベートーベンでも、音を抑えるところを徹底的に抑えていて
      それがまた、コンツェルトハウスのホールに巧く響く。
      オーケストラ・メンバーは大変だろうが
      聴いている方にとっては、絶妙のダイナミックスを満喫できる。

      ただ・・・
      普段、舞台見えない席なのであまり気にならなかったが

      ジョルダンのプリエ満載の指揮振りって
      時々、かなり滑稽になるんだけど・・・

      指揮者にしては背が高いので
      身体を縮めるのはその前から見ているけれど
      今回、お高い席で舞台全体が見えて
      指揮者も後ろからバッチリ見えると

      あのしゃがみ具合が・・・
      苦味走ったイケメンでプロモーションしている
      そのイメージを完璧にぶち壊しているというか
      これ言うと顰蹙買いそうだが
      クルレンツィスの指揮振りを彷彿とさせて
      ちょっとコミカルというか・・・

      指揮者は別に指揮台で踊るのが仕事じゃないから
      どんな指揮振りでも
      出てくる音楽が良ければ、それで良いんだけど
      舞台が見える席だとついつい・・・

      ジョルダンも6月を最後に
      ウィーン交響楽団の首席から
      ウィーン国立オペラ座の音楽監督として行ってしまうので
      この指揮を見られるのも6月まで、と思えば
      それはそれで楽しいかも。

      しかし楽友協会のコンサートの時は
      あそこまでの深いプリエとかしないもんなぁ
      ・・・まぁ、楽友協会の舞台が狭過ぎて
      あんなにしゃがんだら
      絶対に第一バイオリンかチェロと衝突するだろうし。

      音楽聴きに行ったのに
      ついつい舞台が見える席だと
      ヘンなものばかり見てしまう、けしからん私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ウィーン交響楽団 + ジョルダン

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        日曜日のダブルヘッダーです。
        時系列に読みたい方は、まずは ここ から。
        下は、午後のコンサートです。昨日の超長いコンサートからの抜粋(笑)

        Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月12日 15時30分〜17時30分

        Wiener Symphoniker
        ピアノ Nicholas Angelich
        指揮 Philippe Jordan

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
         Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur op. 58 (1805-1806)
         Symphonie Nr. 6 F-Dur op. 68 „Pastorale“ (1807-1808)

        ウィーン交響楽団の今日のコンサートは
        昨日の短縮版である(笑)

        ウィーン・フィルのコンサートの後に
        友人と天丼とかを腹一杯食べてしまったので

        ・・・眠いです(自爆)

        ベートーベンのピアノ協奏曲4番は
        大昔のピアノ譜を持って
        (確か中学の時に無謀にも挑戦して、あっさり挫折)
        交響曲6番はオーケストラ・スコアを持って
        貧民席に向かうワタシ。

        このコンサート・シリーズは
        日曜日の11時とかが多くて
        ウィーン・フィルの定期コンサートと重なるのだが
        さすがに、今日は
        昨日23時までのコンサートでお疲れ
        ・・・と言う理由かどうかは定かでないが
        15時30分からになったので
        私もチケットを買って行く事が出来た。

        で、このシリーズは
        ジャーナリストのバーバラ・レットの
        ありがたい(?)お話がコンサートの前にある。

        とは言え、トーンキュンストラーなどが行っているような
        別室での30分の詳しいプレトークではない。
        しかも、何だか、今回のこの「解説」は
        両方の曲ともに
        1808年12月22日ウィーン劇場でのコンサートで初演されて
        ピアノ協奏曲4番はベートーベン自身がピアノを弾いた
        ・・・というだけで終わっちゃった。

        その後、指揮者とピアニストが出てくるのがちょっと遅れたら
        隣のおばさまが
        「レットの喋りが今日は短かったから、きっと戸惑ってるのよ」(笑)

        さて、ベートーベンのピアノ協奏曲4番。
        昨日も聴いたけれど
        ピアニストはニコラス・アンゲリッチという名前のアメリカのピアニスト。
        1970年生まれの50歳だけど
        ・・・あ〜、何だか非常に落ち着いていて歳上に見える。
        (と隣のおばさまも言っていた)
        出て来る時の足元も何だか、たよりなくて
        お疲れなのか、お顔もちょっと白っぽくて(そういう家系かも)
        どうみても60歳後半みたい。
        (悪口ではございません)

        経歴を読むと、かなり立派な天才児なんだけど
        デビューしたのが比較的遅いみたい。
        名前がマルタ・アルゲリッチと似ているのだが
        全く関係ない(笑)

        すごく繊細なピアノである。
        だから4番にはとても合っている。
        ピアノ譜を見ていると
        速いパッセージだと、やっぱり指が滑ってるな
        って感じがする時があるけれど
        音の粒は揃っているので、滑らかで美しい。

        でも、時々、寝落ちしそうになるんですけど(汗)

        いや、良い演奏だったと思う。
        派手すぎず、堅実でマジメな演奏で
        その意味では、アピール度は、かなり低いな。
        スター性とか言う感じでもないし
        だから比較的遅く出て来たのかもしれないけれど
        こういう、マジメな感じの
        背筋がピタッと伸びたピアニストって
        割に現代では珍しいかもしれない。
        (ちょっとブレンデル的な印象がある)

        アンコールはなし。
        隣のおばさまが
        ベートーベンの時にはアンコールはないのが通例らしいわよ
        ・・・と言ったんだけど
        どうも、演奏中に観客の一人が心臓発作で倒れたらしく
        (後半の最初にレットが出て来て
         救急車で運ばれて命に別状はない、と報告。
         貧民ご愛用の天井桟敷からは、何もわからなかった)
        それでアンコールがなかったのね、と
        隣のおばさまは、一人で納得していらっしゃった。

        後半、ベートーベンの交響曲6番「田園」
        コンツェルトハウスのデッドな音響もあるのだろうが
        あまり音が飛んで来ない。

        いや、良いんですよ、パストラーレだし。
        でも、嵐のあたりのピッコロとか
        もう少し、強めに出して来ても良かったような気がする。
        楽友協会だと、ピッコロ強く演奏されると
        耳を塞ぎたくなるが
        コンツェルトハウスなら、多少、大袈裟にやっても大丈夫なのに。

        ジョルダン、フレーズをかなり膨らませている。
        楽譜にクレッシェンドもデクレッシェンドの指示もないけれど
        膨らませる事で出てくる躍動感というのはある。

        しかしベートーベンって本当に面白いわ。
        これまで、様々なオーケストラや
        様々な指揮者が、必ずベートーベンの交響曲に挑戦して来て
        世の中で、これだけ演奏回数の多い作曲家も少ないと思うのだが
        (毎日やってる観光客向けコンサートで演奏される
         モーツァルトとかヨハン・シュトラウスは別として(笑))

        どの指揮者が、どのオーケストラで演奏しても
        まずは、それはそれなりの演奏になってしまう、という事。
        楽譜の精密さがスゴイのだ、きっと。
        無駄な音符がなく、必要な音符に欠けるところがない。

        パストラーレなんて、5番と同じく
        第1楽章なんて、あんな小さなモチーフの
        端的に言っちゃえば、ただの繰り返しなのに・・・

        音量が低かっただけに(コンツェルトハウスの音響のせいもある)
        嵐の迫力があまりなかったし
        同じ理由で、農民の馬鹿騒ぎも
        あまり羽目外して大騒ぎという感じではなかったけれど

        その分、節操の効いた
        古典的ですっきりした6番に仕上がったという感じか。
        午前中の熱血ゲルギエフの、うごめくような
        濃い目の味付けと対照的に
        あっさり上品に仕上げました、という印象。

        ベートーベン2020年はまだまだ続く。
        これからオペラ座では、レオノーレの初版の上演もあるし
        (チケット高くて入手できず・・・)
        一部のコンサートの指揮者が変更になって
        もう「クルレンツィス・チクルス」とは言えない
        ベートーベンの交響曲全曲シリーズもある。

        ベートーベン交響曲全曲のシリーズは
        大昔のクリスティアン・ティーレマンの時に
        1つのコンサートに3回、スコア持って通ったし
        確か、その後、ベルリン・フィルとラトルも
        ベートーベン全曲を楽友協会で演奏した。

        ベートーベンが、当時のイタリア音楽(ロッシーニ!)に対抗して
        ドイツ音楽は崇高だ、というプロパガンダのために
        社会音楽的に利用された、という研究はかなり進んでいるのだが

        そういうプロモーションはあったとしても
        ベートーベンって、やっぱり面白い作曲家だと思う。

        4番のスコアを見つつも
        やっぱり途中で眠くなって
        (天丼のせいと、昨日の睡眠不足がたたってる)
        寝落ちするとスコアに置いていかれるし
        いや、ちゃんと追いつきますけど(汗)
        これがマーラーとかブルックナーなら
        完璧にアウトだわ、と
        くだらない事を考えていた私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        ブルックナーのスコア持参の恐ろしいところは
        寝落ちして、次のフレーズを見つけて待っていると
        フレーズの繰り返しが多いので
        (オーケストレーションは変わる)
        違うフレーズのところにページが行っていると
        もうそこで、迷子になって一貫の終わり、というところ(笑)

        ウィーン交響楽団 + ジョルダン ベートーベン1808

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          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月11日 18時〜23時

          Wiener Symphoniker
          Wiener Singakademie
          ソプラノ Jaquelyn Wagner
          ソプラノ Miriam Kutrowatz
          アルト Anke Vondung
          テノール Allan Clayton
          テノール Franz Gürtelschmied
          バスバリトン Hanno Müller-Brachmann
          ピアノ Nicholas Angelich
          指揮 Philippe Jordan

          Ludwig van Beethoven (1770-1827)
          22 Dezember 1808 Theater an der Wien

           Symphonie Nr. 6 F-Dur op. 68 „Pastorale“ (1807-1808)
           Ah perfido! Szene und Arie für Sopran und Orchester op. 65 (1795-1796)
           Gloria (Messe C-Dur op. 86 für Soli, Chor und Orchester) (1807)

           Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur op. 58 (1805-1806)
           Symphonie Nr. 5 c-moll op. 67 (1804-1808)

           Sanctus und Benedictus (Messe C-Dur op. 86 für Soli, Chor und Orchester) (1807)
           Fantasie für Klavier H-Dur op. 77 (1809)
           Fantasie c-moll op. 80 für Klavier, Chor und Orchester (1808)

          記念の年というのは商業的には目玉だから
          確かに今年はベートーベン生誕250周年で大騒ぎしているのはわかる。

          モーツァルトの記念の年はオーストリアあげてのお祭りだったのに
          ハイドンの記念の年はブルゲンラントは張り切ったけれど
          あまりインパクトがなくて
          マーラーなんか2年続けての記念の年だったのに
          何だかやってるのかやってないのか
          よくわからん年で終わってしまった。

          ルードヴィッヒ・ファン・ベートーベンは
          今ではドイツ連邦共和国の領地になっているボンで生まれたが
          当時のボンはケルンの管轄にあり
          ケルンの大司教は、マリア・テレジアの一番下の息子
          太っちょのマックスだったので
          ベートーベン=ドイツ人、という短絡的な決めつけはあり得ない。
          だいたい、当時、国籍なんて概念はなかった。

          去年までは、そんなに騒いでないかなぁ、という感じだったのが
          蓋を開けてみれば

          ウィーン市のウエブ・サイト ここ
          (これは市民用らしく、何故かドイツ語しかない)
          ウィーン市観光局は日本語でのサイトを作っているし
          もちろん、世界的に有名なウィーン音楽大学でも
          ベートーベン・イヤーのサイトがある。
          ウィーン市内の博物館ハウス・デア・ムジークでは
          ボンの生家と協力しての催物を行うようで、英語サイトがある。
          他にも何か見つけたような記憶があるのだが
          見つけたら、またアップします。当面は上記でお許し下さい。

          もちろん、ドイツはドイツで、あちこちでお祝いをしているようだ。

          ウィーン交響楽団のコンツェルトハウス・チクルスの最初のコンサートは
          ベートーベン・マラソン(笑)と私は名付けたのだが
          1808年12月22日にウィーン劇場で行われたコンサートの再現。

          プログラムの記述によれば
          ピアノ協奏曲4番はベートーベン自らピアノを弾いたのだが
          ウィーン劇場の内部はくそ寒かったらしく
          オーケストラのメンバーも、歌手も
          その前からゾロゾロとキャンセル続きで練習もままならず

          しかも、ベートーベン自身が、ファンタジーでトチって
          最初から演奏しなおしたとか
          かなり悲惨なコンサートだったらしい。
          (もちろん収益もほとんどなかった)

          現代からしてみたら、記念的コンサート・プログラムなので
          18時から開始して、19時からの1回目の休憩が1時間。

          ここで事前に予約していた人たちは
          ベートーベン・ディナーなるものを楽しんだらしい。
          20時から第2部、20分の休憩の後に最後の演奏があって
          終了時間23時という、全部で5時間のプログラム。
          ワーグナーだね、これは(笑)

          まずは交響曲6番。
          その後、ソプラノのレチタティーヴォとアリアが15分。
          コーラスが出て来て、ハ長調ミサからグローリア。

          1時間の休憩の後
          ピアノ協奏曲4番、続けて交響曲5番。

          20分の休憩後に
          ハ長調ミサのサンクトゥスとベネディクトゥス
          ピアノ・ソロのファンタジー
          最後に合唱幻想曲で盛り上がって終わり。
          (というか、交響曲5番の後に帰った人も結構居た)

          ベートーベンばかりのプログラムだが
          これが意外に面白かった。

          特に、交響曲4番と5番を一緒に聴いてみると
          当時のベートーベンの作曲技法がよく見えてくる(ような気がする)

          短いモチーフとも言えないようなフレーズを
          しつこくしつこく、しつこく展開させて
          ほとんど力技で
          どや!見たかっ! と押しまくるベートーベンの凄まじさ。

          あ〜、こういう人とは個人的にはお付き合いしたくないわ。
          ルドルフ公とかリヒノフスキーとかロプコヴィツとか
          よく、こういう人のパトロンとしてお付き合いできたな。

          決裂したのはエステルハージである。
          ご存知、ハ長調ミサは、エステルハージの依頼によって
          アイゼンシュタットのベルク教会(ハイドンの霊廟がある)で
          初演されたは良いものの

          ベートーベンくん、君はいったい何を書いたんだね?という
          エステルハージ公の発言は
          ベートーベンをえらく怒らせて
          結局、献呈はキンスキーにしたという
          いわく付きの曲。
          (両方からお金もらったんだろうか・・・貰ったんだろうなぁ)

          ニコラウス・エステルハージは、本当にこの曲が気に入らなかったらしい。
          グローリアとサンクトゥスやベネディクトゥスを聴くと
          いや、そりゃ、確かに
          それまでずっとハイドンの曲を聴いていた人が
          ベートーベンのこの曲を聴いたら、ちょっとひっくり返るだろう。

          上品なブイヨンかポタージュを召し上がっていた貴族に
          はい、カレー粉を入れてみましたが、如何です?って感じ(笑)
          (激しく誤解があるがツッコミはなしで・・・)

          当時はそれなしではあり得なかった
          ソプラノ歌手のレチタティーヴォとアリアだが
          わっはっは、すみません、この作品、初めて聴くけど
          ちょっと何ですかそれは的なツッコミがしたくなった。
          ベートーベンさん、ごめんなさい。
          まぁ、ベートーベン・イヤーでなければ聴けない曲だろう、わっはっは。

          情景描写で、フォーム的に、それまでの交響曲とは一線を画する6番も
          構成美という意味では他に類を見ない5番も
          それなりに古典様式に則っているのだが

          これが、最後のファンタジーになると
          もう、フォームむちゃくちゃ
          ベートーベン、好きなようにやってる感が凄い。

          ピアノのファンタジーなんか
          最初の部分のモチーフ、モロにモーツァルトじゃないの。
          まぁ、変奏曲を得意としていた人なので
          それはそれでアリだと思うし、楽しかったが。

          合唱幻想曲は
          ベートーベンの作品の中では比較的演奏回数は少ないはずだが
          何故か、私は、何回もコンサート・ホールで聴いている。
          意外に好きなのかね、オーストリア人は。

          大規模でソリスト6人必要だし
          最初はピアノのソロが延々と続いて
          オーケストラが入って
          その後にコーラスでもりもりと盛り上げる曲で

          読者の皆さまはよくご存知の通り
          交響曲9番の原型みたいな感じに聴こえる曲。

          この曲も古典的なフォームからはすっかり離れて
          ベートーベンやりたい放題で
          多少、冗長ながら、やりたい放題万歳気分が聴こえて
          ちょっと微笑ましくなる。

          だって交響曲5番も6番も
          あるいはこの幻想合唱曲も
          聴衆に向かって

          感動しろ
          ほら、感動しろ
          見たか、ほら、もっと感動しろ
          って、どや顔で言ってるベートーベンが見える感じがするんだもん。

          不思議な事に、これだけベートーベンを続けざまに聴いても
          全く飽きないし、面白い。
          耳慣れしている曲だから、というワケでもなくて
          きっちりした古典的な交響曲と
          やけっぱちの(すみません)アリアと
          必死になって実用ミサ曲を書いたのに
          エステルハージに滑りまくった曲と
          やりたい放題の奔放なファンタジーが
          すごく良い感じで混ざっているからかもしれない。

          実はこのコンサートの前に
          楽友協会でウィーン・フィルの定期があって
          ゲルギエフが、いつにも増して
          指揮棒なしで手をブルブルという
          濃いコンサートに行ったのだが

          明日、日曜日も同じコンサートがあるので
          個人メモはその時にまとめて書く。
          (このゲルギエフとウィーン・フィルの同じプログラムのコンサートは
           1月14日にコンツェルトハウスでも行われるが
           私はこの日はちょっと違うプログラムに行く予定)

          国立オペラ座では
          エノのオネーギン(タチヤーナはニナ、オルガがナターシャ)をやっていて
          何故、エノのオネーギンに来ないの?と
          バレエ・ファンの顰蹙を買っているが

          月曜日に、どうしてもエノのオネーギンを観たくて
          やっぱりラヴェルの試験はや〜めた!
          (試験は19時15分まで。
           オネーギンは19時30分からなので間に合わない)

          ・・・って、要は勉強不足に
          何か他の理由をつけて、サボりたいだけのアホな私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          第2部の交響曲5番の後では
          えらく会場が盛り上がって
          平土間ではスタンディング・オベーションになっていた。
          フィリップ・ジョルダンもウィーン交響楽団で
          最後のシーズンだし
          きっと、熱狂的なファン(おばさま方)が居るのかもしれない。
          でも、確かに5番は名演だったよ。

          ジョルダンとウィーン交響楽団のベートーベン全曲CDが
          特別価格20ユーロとかでの案内がメールでどこかから来ていたが
          ベートーベンの交響曲全集って
          何種類持っているのか、自分でもわからないし
          スコアも全部持っているので、遠慮しておきます。
          ジョルダンの顔が悪魔になっているジャケットもちょっとコワイし(笑)

          ウィーン交響楽団 + クシシュトフ・ウルバンスキ 2回目

          0
            Musikverein Großer Saal 2019年12月20日 19時30分〜21時35分

            Wiener Symphoniker
            指揮 Krysztof Urbański
            チェロ Kian Soltani

            Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
             Ouvertüre zur Oper „Le nozze di Figaro“, KV 492
            Witold Lutosławski (1913-1994)
             Konzert für Violoncello und Orchester
            Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
             Symphonie Nr. 4 f-Moll, op. 36

            2日前に行ったコンサートだが
            ウィーン交響楽団は同じプログラムを3回演奏するので
            昨日も同じ曲を演奏していた。
            私は行ってません、悪しからず。

            モーツァルトのフィガロの結婚
            楽しい曲だけど
            ついつい聴きながらフォームの分析を始めてしまい
            あ〜、これ、ABAに見えながら、ロンドじゃん
            ・・・とか考え始めると、もう末期というか(すみません)

            さて、ルトスラフスキのチェロ協奏曲の前に
            チェリストがチェロなしで舞台に出現。

            ??? と思っていたら
            聴衆に向けて、曲目解説を始めた。

            ルトスラフスキの音楽言語に詳しい方もいらっしゃるとは思いますが
            まだ、あまり知らない、という方のために、ちょっとお話させて下さい。

            うむ、なかなか好感の持てる喋りである。
            ルトスラフスキなんて知らないでしょ?という上から目線でないのが良い。

            チェロは個人、オーケストラが集団で
            チェロは、集団に向かって、一生懸命、合わせようとしたり
            戦ったりするのですが、いつも負けます(ここで笑い声)

            途中、一箇所だけ、弦のアンサンブルと呼応するところがありますが
            それも長くは続かず、集団の圧力に負けそうになりますが
            最後はチェロの音域すべてを使って
            個人としてのチェロが勝利したような印象を残します。

            ・・・これも巧い解説の仕方だ。
            勝利した、と断定するのではなく
            あくまでも可能性として示唆するだけ、という

            このチェリスト、音楽だけではなくて
            かなり頭脳明晰と思う。

            しかし、こんな解説しなきゃならん程
            昨日の演奏はウケなかったのかしら?
            (2日前の初日は、結構、ブラボーも飛んでいた)

            だいたい、この内容、チェリストがプログラムに書いているんだけど
            まぁ、プログラムは買わない人も読まない人もいるだろうな。

            私は2日前に聴いた時から
            コンセプトがあまりに明確過ぎて驚いたが。
            書いた通り、隣のおばさまも、警察に捕まるみたい、と言っていたから
            音楽そのものが語る内容は、非常に明確である。

            幕間に係員と話していたら
            年配の女性客2人が「これはサイコ・テロだ、聴いていられない」と
            会場から出ていったらしいが

            確かにサイコ・テロかもね(笑)

            個人と集団の相克が、あまりにリアル過ぎて
            当時のポーランドの社会的状況を考えた方が良いのかもしれない。

            ただ、現在だって、この個人対集団の図式は当てはまるわけで
            もしかしたら、このチェリストも
            個人対社会で、ものすご〜〜〜く苦労して来たんじゃないか
            ・・・と思わせる部分が多い。

            私だって30年以上、異邦人としてここで暮らして来て
            人種差別とか、まぁ、鈍感だからあまり感じないけれど
            確かに実際、ちゃんとそういう個人対集団の対立はあるし
            その意味では、あの慟哭して絶望して
            ため息ついて、やり場のない怒りを撒き散らすチェロは
            かなり心に刺さる。

            ついでに、チェロを虐める集団のオーケストラにも
            腹が立つ(こらこら)
            特に、トランペットやトロンボーン、ホルンなんか
            悪役も良いところじゃないか。
            聴いているだけで、ちょっと憎たらしくなってくるので
            やっぱりこの曲、私には、心情的にものすごい語りかけがある。

            チェリストの雄弁さが影響しているんだろうなぁ。
            泣きそうな顔で、感情的に演奏する人って
            あまり好みではないのだけれど
            この曲に関しては、ものすごく共感。
            ある意味、ソリストの魂の形が見える・・・
            と言ったら大げさかもしれないが。

            いや〜、こんな暗い曲
            2回も聴いたらやってられないかと思ったら
            突き刺さって感動するなんて、ちょっとやられた、って感じ。

            ウィーン交響楽団のチェリストを巻き込んで
            ショスタコーヴィッチの映画音楽のアンコール。
            こういう協力を得られるというのは
            チェリストの人徳なのかもしれない。

            さて、後半のチャイコフスキーの交響曲4番。
            これは、前半で悪者になっていた
            金管軍団の名誉回復の曲だな(笑)

            ウルバンスキの指揮が
            何だか最初の頃に比べると
            もっと自由自在になっていて
            というか、ほとんどリズム取ってないし
            オーケストラに任せるところは徹底的に任せている印象。

            しかしこの指揮者の下半身って美しい(すみません)
            ウルさま、とか愛称を付けて、称賛してファンになる人が
            いるんじゃないだろうか(邪推)
            (ちなみに、私が「さま」を付けて呼ぶのは
             ウィーン国立バレエ団のオルガさまのみです。
             彼女は舞台の上では、あまりに神々しくて
             もう「さま」なしでは呼べません・・・)

            年配女性の「サイコ・テロ」発言だが
            チャイコフスキーだって、かなりの「サイコ・テロ」じゃないの?

            いや、それ言ったら
            ベートーベンこそ、最初のサイコ・テロ首謀者で

            続いて、様々なサイコ・テロが出現して
            ドヴォルジャークとかチャイコフスキーとかが出た後で
            ワーグナーという、サイコ・テロの大御所が出て来て

            その後、グスタフ・マーラーと言うサイコパスが登場し
            (あ〜、マーラー・ファンのみなさま、ごめんなさい。
             私、マーラー大好きですけど
             時々、どう聴いてもサイコパスにしか聴こえないので)
            シェーンベルクという
            実は大情熱家でサイコパスになりそうだった作曲家が
            あまりに頭良過ぎて
            理論に走る音楽を書いてくれたお陰で
            現代音楽は、12音技法とか
            頭で聴く音楽という、あまりサイコに関係ない方に走った
            ・・・ような気がするのだが

            前半のルトスワフスキ聴いちゃったら
            簡単にそうとも言えないような気がして来た。

            芸術そのものが
            感動なり人間の感情に触れるものを目指す限りは
            どちらにせよ、どういう音楽だって
            サイコ・テロには違いない(極論)

            最近、悪い癖で
            何を聴いても
            特に多少なりとも知っている曲を聴くと
            スコア持って、分析してしまいたくなるのだが
            いや、今回のチャイコフスキーも
            モチーフの移調とか、かなり気になっているのだが

            いやいや、それはともかくとして
            3回目でダレるかと思ったら
            バランスの良い、締まった感じの
            体幹がしっかりしているような印象の
            素晴らしい演奏だった。

            木管のソロ、すごくチャーミング。
            全体的にニュアンスに富んだ無理のないバランスで
            盛り上げるところは盛り上げて
            優しい部分はとことんチャーミング。

            しかし指揮者って
            こういう曲、最初から最後まで
            しっかり分析して
            バランス考えて臨むのか・・・すごいな。

            ウルバンスキはルトスワフスキ以外は暗譜での指揮。
            確か、この人、記憶力がずば抜けていると
            どこかでチラッと聞いた記憶があるのだが
            移調楽器も含めて
            スコアが全て頭の中に入っているのは羨ましい。

            さて、これにて私の2019年のコンサート・ライフは終わり
            ・・・なんだけど
            この後はウィーン国立バレエ団の「海賊」が待っている ♡

            もっとも、年末・年始は私も仕事があるから
            「海賊」全公演の制覇は出来ないが・・・
            まぁ、仕事があるのは有り難い事なのだろうが
            仕事全部ほったらかして
            ひたすら遊びたい、という
            怠け者の私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            クリスマス前にバレエ公演があるので
            まだ、みなさまに良いクリスマスを、と言うまでには
            少し時間があります。どうぞお付き合い下さいまし。

            ウィーン交響楽団 + クシシュトフ・ウルバンスキ

            0
              Musikverein Großer Saal 2019年12月18日 19時30分〜21時20分

              Wiener Symphoniker
              指揮 Krysztof Urbański
              チェロ Kian Soltani

              Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
               Ouvertüre zur Oper „Le nozze di Figaro“, KV 492
              Witold Lutosławski (1913-1994)
               Konzert für Violoncello und Orchester
              Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
               Symphonie Nr. 4 f-Moll, op. 36

              この歳になってくると
              鮮烈なデビューをした若手指揮者が
              どんどん中堅になって来て
              え?あの人、もうそんなに歳だったっけ?と
              驚く事があるのだが

              私の記憶に「若い指揮者」として
              登録されていた指揮者と言えば

              フィリップ・ジョルダンが45歳
              あまりウィーンに来てくれないのだが
              ヤニック・ネゼ=セガンとダニエル・ハーディングが44歳で同じ歳。

              若いイケメン・ボーイのイメージのヴァシリー・ペトレンコが
              ユライ・ヴァルチュハと同じで43歳。
              アンドレス・オロスコ=エストラーダがトゥガン・ソキエフと同じ42歳
              アンドリス・ネルソンスは41歳
              ミッコ・フランクが40歳

              ピエタリ・インキネンとコルネリウス・マイスターが39歳
              グスターボ・ドゥダメルとヤコブ・フルシャが38歳

              クシシュトフ・ウルバンスキ 37歳
              ロビン・ティチアーティ 36歳
              サントゥ=マティアス・ロウヴァリ 35歳
              リオネル・ブランギエ 34歳

              ミルガ・グラジニーテ=ティーラは33歳

              ロレンツォ・ヴィオッティ(29歳)が
              今のところ、私が聴いた事のある中で
              最も若い指揮者かもしれない。

              ついでに、テオドール・クルレンツィスは
              若い反逆児、アンファン・テリブルのイメージが強いが
              ご本人の年齢は47歳。
              同じく1972年生まれにはウラディーミル・ユロフスキと
              クリスティアン・ヤルヴィ(パーヴォ・ヤルヴィの弟)がいる。

              48歳クラブは結構居て(1971年生まれ)
              キリル・ペトレンコ、ダン・エッティンガー
              クリスティアン・アルミンクに
              フランソワ=グザヴィエ・ロト

              30代後半とか、40代になった指揮者の多くを
              20代のデビューの時に聴いているワタシとしては
              何だか複雑な気分ではある。

              まぁ、それはさておいて
              今回のウィーン交響楽団は
              クシシュトフ・ウルバンスキ(37歳)の登場。

              この人も若く見える。
              いや、外見について何か言うのは失礼なのだが
              黒の蝶ネクタイを締めて
              燕尾服じゃないけれど、洒落たデザインの上着で
              細身のズボンの姿は
              どう見ても、高級ファッション誌のモデルにしか見えない。

              プログラム最初がフィガロの結婚序曲って
              華やかに楽しく始めようという目的かな。
              細かい弦楽器の刻みが、潰れずによく出ていて
              推進力があって気持ちが良いし
              クルレンツィスほど尖ってない(笑)

              次がヴィトルト・ルトスワフスキのチェロ協奏曲。
              ソリストのキアン・ソルタニはペルシャ系だが
              オーストリアのブレゲンツ生まれで
              リヒテンシュタインなどで学んでいた1992年生まれの27歳。

              最初の数分はチェロのソロが続く。
              オルゲルプンクトの途中に
              突然のメロディが入ったかと思うと
              またオルゲルプンクトに戻っていく。
              (註 オルゲルプンクトは日本語では持続低音と訳されているようだが
               「低音」とは限らず、バスにて同じ音が繰り返される事を言う)

              オーケストラが入ってくる・・・というより
              チェロのソロに突然アタックしてくる金管の咆哮。
              チェロはずっと弾き続けで
              そこに、オーケストラの一部の楽器が絡まってくる。
              木管だったり、金管だったり、ピアノだったりして
              トゥッティになるのは、かなり後になってから。

              チェリストのコメントがプログラムに記載されていたが
              個人(チェロ)と社会(オーケストラ)の相克と解釈されていて
              本当に、この曲、そういう風にしか解釈できない。

              ある意味、ものすごく政治的な曲である。
              ルトスワフスキ自身は
              あまり政治にかかわっていなかったという記憶があるのだが
              当時の政治状況に
              息苦しさを感じていたのだろうなぁ、と
              誰が聴いても推測できるような曲だ。

              チェロの自由への渇望と
              それを阻止するオーケストラの対立
              チェロの叫び、号泣、ため息。
              やりきれない焦燥感に満たされて
              聴いていると、胸が痛くなる。

              休憩時間の後に
              隣のおばさまが
              「何だかオーケストラが入ってくると
               警察に捕まった気分になるので
               あまり好きじゃない」と言っていたけれど
              確かに、この個人と社会の対決はリアルである。

              重苦しい曲だが
              政治的主張を、これだけ芸術にしてしまったのはスゴイ。

              チェリストがアンコールする前に
              ドイツ語で挨拶したとたん
              会場から驚きの声、というか、ちょっと笑い声。

              面白い現象だ。
              チェリストははっきりしたイラン系(ペルシア系)の顔立ちだが
              経歴を読むと、ずっとドイツ語圏で育って来ているのだが
              やはり見た目で、ドイツ語を話すと違和感、と思われるのかもしれない。

              大学の授業で、副専攻としてドイツ語学を取っているのだが
              外国語としてのドイツ語、という授業で
              移民の国としてのオーストリアの子供へ言語教育の授業もあって
              多言語環境で育つ子供へのドイツ語教育の問題を扱っていて
              その中に、子供のアイデンティティの問題も入ってくる。
              ドイツ語圏で生まれ育っても
              やっぱり見た目で判断される、という現象はあるのだなぁ、と
              実際に目の当たりにした気分だ。

              アンコールは、ウィーン交響楽団のチェリストたちと
              ショスタコーヴィッチの映画音楽からのメロディ。
              チェリスト曰く
              シリアスな曲だったので、ちょっと軽めのアンコールです
              という事だったが、そう「軽い」ワケでもなかったよ(笑)

              後半はチャイコフスキーの交響曲4番。
              やっぱり名曲で

              ホルン、巧っ!!!

              いや、ホルンだけじゃなくて
              他の木管も金管も、抜群に良かった。
              オーボイスト、入団した時には、えっ?とか思ったが
              (どこかの縁故らしい)
              巧くなったなぁ・・・(感慨深い)

              ウルバンスキの指揮の動きを面白く見ていたが
              ルトスワフスキの特殊なリズム感覚の曲を聴いた後なので
              私のメトルムがおかしくなっている感じがする。
              このチャイコフスキーの4番って
              意外や意外にリズムがかなり複雑なのでは???

              無理のないテンポで
              歌わせるところはとことん歌わせ
              オーケストラの理想的なバランスを取りながら
              オーケストラに任せるところは任せて
              自然にメロディ・ラインを作っていくウルバンスキ。
              あくまでも伝統的な枠内に収まっていて
              情緒と理性のバランスが良い。

              同じプログラムをもう1回聴くつもりなので
              その時には、また印象が変わるかもしれないが
              だったら、もう一度、個人メモを書けば良いわ、と
              思っている私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              価値観は色々とあるので
              何かを唯一のものとして称賛だけするのも好きじゃないし
              何かの良し悪しの判断をする気も一切ないのだが
              面白い事に、音楽心理学入門講義の時に
              自分の好きな音楽を拒否されると
              感情的に反発するケースが多いという話になって

              ・・・えっ?そうなんですか???

              私にとっては、納豆が好きか嫌いか、というレベルの話なので
              自分の芸術性ゼロと、ゼロに限りなく近い感受性に
              ちょっと呆れた体験ではあった(墓穴掘ってる・・・)


              ウィーン交響楽団 + カリディス 2回目

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年12月15日 11時〜13時15分

                Wiener Symphoniker
                指揮 Constantinos Carydis
                ソプラノ Regula Mühemann

                Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
                 Kassation Nr. 1 G-Dur K 63 „Finalmusik“ (Andante) (1769)
                 Ruhe sanft, mein holdes Leben
                   (Arie der Zaïde aus „Zaïde“ K 336b) (1779-80)
                 Ouvertura zu „La Betulia liberata“. Arizione sacra in due parti K 74c (1771)
                 Exsultate, jubilate. Motette für Sopran F-Dur K 158a (1773)

                Ottorino Respighi (1879-1936)
                 Fontana di Foma (1916)
                 Pini di Roma (1924)

                しつこいワタシは
                同じプログラムのコンサートに通うのが好きなのだが
                だいたい、同じ演奏というのは2度とないし
                何回か聴いてみると
                演奏そのものの変化もわかって面白い。

                日曜日のコンサート・シリーズは
                有名な司会者がコンサート前に出て来て
                あまり役にたたない話をするのだが
                (すみません)
                モーツァルトがイタリアに行った時の手紙を
                ウィーン交響楽団のメンバーに読ませるとか
                後半のレスピーギにかこつけたドラマツルギーだろうが
                モーツァルトの内容的には
                前半とは全く関係がない(笑)

                貧民席も比較的空いていて
                隣のおばちゃまが
                「何故、こんなに空席があるの?
                 みんな、風邪引いてるのか
                 買い物でも行ってるのかしら?」
                ・・・まぁ、日曜日なので買い物はできませんが。
                (例外 クリスマス・マーケット)

                前半のモーツァルトは昨日と同じ印象。

                ところが後半のローマの泉と松が・・・

                うわあああ
                これ、昨日と同じオーケストラか?!(すみません)

                木管のソロがむちゃくちゃ巧い。
                クラリネットの首席が大活躍だが
                これが、もう、むちゃくちゃ巧い。

                オーボエのソロも哀愁に満ちて
                澄んだ音で美しく
                コールアングレのソロには涙が出そうになった。

                それに、バンダだとばかり思っていたホルン。
                バンダじゃないじゃん!!!(驚愕)

                どうやったら、あんな、遥か彼方から響いてくるような
                ピアニッシモを4人揃って出せるんだろう???

                昨日気になったところが、すべて見事に解決されて
                (何だったんだ昨日は。ゲネプロか?)
                技術的水準が上がると

                ホールに飛び散る色彩感が凄い。

                最初の司会のお姉さまが
                レスピーギのオーケストレーションは凄い、という話をしていて
                確かに、レスピーギのオーケストラの扱い方の巧みさに唸る。

                それをまた、最上のバランスで響かせた指揮者も
                ある意味すごい。
                この人、もともとオペラ畑の人なんだけど
                本当にバランス感覚に優れた指揮者だわ。

                オーケストラ・メンバーはかなりの人が耳栓をしていて
                (そりゃそうだろう、あれを耳栓なしで演奏するなんて
                 正気の沙汰じゃない)
                という事はオーケストラ・バランスの調整は
                ひとえに指揮者の責任になってくるわけで
                (まさか指揮者が耳栓するワケにいかんもんなぁ。
                 大変な職業ではある)
                それを考えると
                今日の演奏は、ものすごい名演だったと思う。

                最後のアッピア街道も
                昨日と同じくオーケストラを目一杯に鳴らせて
                ホルン4本ともベルアップさせていたけれど
                見事な立体感で
                観客席で悶えてしまう。

                ウィーン交響楽団って
                1回目と2回目の演奏水準に差が(以下省略)

                プロの矜恃というか
                ・・・いや、だったら最初から、この演奏しろよ、と
                突っ込みたい時もあるんだけど(笑)
                このオーケストラを聴くなら
                2回目が狙い目だな。
                まぁ、ほとんどのオーケストラがそうだけど。
                (可哀想なのはウィーン放送交響楽団で
                 1回しかコンサートない上に
                 放送交響楽団だから、必ず録音があって
                 そこでミスしようものなら
                 末代まで笑われるだろうという・・・・)

                あ〜、朝から良いものを聴いてしまったわ ♡

                こういうのがあるから
                同じプログラムのコンサートに足を運ぶのが
                止められないのだ。
                自分ながらアホだが。

                あと2日で冬休み!!!
                仕事している訳ではないのに
                今学期、10月から、ずっと走り続けていた感じがあって
                (いや、ホント、自分でも今学期はよく勉強してると思う。
                 研究所図書館のスタッフが「毎日だわね」と微笑んでいた)
                ちょっと休憩できるか、と思うだけで
                嬉しい私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。
                 


                しかし、ピアニッシモの、この上なく美しいソロのところで
                絶対に大声の咳が入るというのは
                ウィーンあるあるなんだろうか?
                咳している本人は何も考えてはいないのだろうが・・・

                明日はマーラーの交響曲9番だけど
                最後の5分で、また、ああいう、すごい咳が入ると
                ものすご〜くイヤかもしれない・・・

                ウィーン交響楽団 + カリディス

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年12月14日 19時30分〜21時15分

                  Wiener Symphoniker
                  指揮 Constantinos Carydis
                  ソプラノ Regula Mühemann

                  Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
                   Kassation Nr. 1 G-Dur K 63 „Finalmusik“ (Andante) (1769)
                   Ruhe sanft, mein holdes Leben
                    (Arie der Zaïde aus „Zaïde“ K 336b) (1779-80)
                   Ouvertura zu „La Betulia liberata“. Arizione sacra in due parti K 74c (1771)
                   Exsultate, jubilate. Motette für Sopran F-Dur K 158a (1773)

                  Ottorino Respighi (1879-1936)
                   Fontana di Foma (1916)
                   Pini di Roma (1924)

                  だから何故に同じ曲が重なるのか
                  偶然なのか、マーフィーの法則か
                  わざとである訳がないので不思議な現象だが

                  またもやレスピーギのローマの松が・・・(笑)

                  ウィーン交響楽団の「祝祭チクルス」
                  言ってみれば、クリスマス・コンサートである。
                  指揮者はコンスタンティノス・カリディス。
                  2008年10月にウィーン放送交響楽団のコンサートで
                  お目(お耳?)にかかっているが、10年以上のご無沙汰。
                  ウィーン国立オペラ座でも、2010年まで活躍していたが
                  その後は国際的な活躍が目立っているようだ。

                  さて、前半はモーツァルトである。
                  きっとゆっくり眠れるだろうな、とか思っていたのだが
                  ・・・眠れませんでした。

                  ピッチが低めに調整されて
                  真ん中にチェンバロが鎮座しているし
                  上のオルガンのコンソールの前にはオルガニストが居る。

                  最初の弦だけのアンサンブルの曲で
                  ノン・ビブラート奏法の、温かみのある
                  とても親密な感じの演奏に驚いた。

                  真っ赤なドレスで登場したソプラノ歌手が
                  また優秀で
                  澄んだ高い声で
                  無理のない発声で
                  しかも、まぁ、すごいアジリタ。
                  あそこまで声が転がると楽しいだろうなぁ・・・

                  華やかでありながら、わざとらしくなくて
                  音楽の美しさの上澄みだけを
                  注意深く抽出して
                  この上ない親密さと温かさを持って
                  聴衆にプレゼントしているような感じ。

                  モーツァルト苦手なんだけど
                  こうやって聴いてみると
                  やっぱり天国の音楽というのはよくわかる。

                  前半で眠れなかったので
                  後半で寝るか、と思ったら(こらこらこら!)
                  これも、色々な意味で寝落ち不可の演奏となった。

                  ローマ3部作は、泉と松はよく演奏されるのだが
                  祭りが演奏されないのは、何か特別な理由があるんだろうか。

                  一部、アンサンブルに乱れがあって
                  位置的に離れた楽器が同じメロディを奏でる部分で
                  微妙なズレがあったのは
                  あれは、楽譜にそう書いてあるのか
                  指揮者のキューが悪いのか
                  オーケストラのメンバーが他の楽器の音を聴いていなかったのか
                  ・・・まぁ、明日、もう一度同じプログラムを聴く予定なので
                  その時にズレが直っている可能性もあるし
                  直っていなかったら、私の耳がおかしいという事で(笑)

                  松でも、木管のアンサンブルで
                  これは、私のようなド・シロートでもわかる演奏ミスがあったが
                  (だって、あの不協和音はレスピーギで有り得ないです。
                   ポリトナリティのストラヴィンスキーじゃあるまいし)
                  これも、たぶん、明日のコンサートでは
                  ばっちり修正して来るんだろうなぁ。

                  ローマの松は面白かった(この間のムーティとの比較からも)
                  ボルゲーゼの最後のところの
                  ものすごいテンポアップが、ちょっと笑えた。
                  そんなに早く帰りたいですか?(違)

                  いや、あの急速なテンポに
                  オーケストラの金管・木管が余裕で付いていったのには驚いた。

                  大編成オーケストラなのだが
                  会場がコンツェルトハウスという事もあって
                  全体的なバランスが見事に取れている。

                  ここ最近、楽友協会で、ティンパニばかり聴こえて来たりして
                  ちょっとパーカッションが苦手になっていたのだが
                  今日のティンパニは、ちゃんと鳴らしているのに
                  オーケストラの音と溶け合って
                  バランス最高で、神経に触らず
                  しかもオーケストラの音楽にメリハリが出て、素晴らしい。

                  バンダのバランスも、非常に良かったし
                  アッピアの最後の金管は
                  オルガンの横から演奏させたのだが

                  舞台の同じ方向からだし
                  別にオルガンの横に立たせなくても良いんじゃないの
                  とか思っていたけれど

                  実際に上から演奏されると
                  ちょっとした位置の移動だけなのに
                  音楽そのものが非常に立体的になって驚いた。

                  季節柄、咳き込みが結構あって
                  しかも、数人が静かなソロのところで
                  大声付きの咳をするので参ったが
                  それ以外は、拍手のフライングもなく
                  マナーはそこそこのコンサートだったと思う。

                  まぁ、あれですね
                  ジャニコロの最後のシーンで
                  なにこれ、とか、小声のお喋りがあるのは
                  許容範囲でしょう、うん。

                  アッピア街道は
                  オーケストラを目一杯鳴らしたけれど
                  さすがコンツェルトハウスなので
                  大音響にビクともせず

                  しかも、オルガン・バルコンの金管の立体感が加わって
                  うるさい程の大音響とは言え
                  オーケストラのバランスとしては
                  ほとんど理想的。

                  演奏水準という意味から言えば
                  もう一つのオーケストラの方が
                  むちゃくちゃ美しかったが

                  全体のニュアンスという意味から言うと
                  今日の演奏の方が面白かった(ような気がする、所詮シロウトですが)

                  来週の水曜日から
                  大学はクリスマス休み。
                  やらねばならない事は山積みなのだが
                  あまり張り切ると
                  結局、2週間、何もやりませんでした
                  という事になるのは
                  自分の性格上、目に見えているので
                  まぁ、適当に過ごそう(それで良いのか(良くない))

                  頑張っているようでいて
                  (しかも、頑張ってるアピールも欠かさず)
                  実は怠け者だったりする私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  何だかクリスマスとか言う気分では全然ないのだが
                  それは、きっと、まだ大学が休みになっていないからで
                  まぁ、休みになっても
                  年末・年始の仕事とか色々あるから(以下省略)

                  ・・・ワタシ、クリスチャンじゃないし(言い訳)

                  ウィーン交響楽団 + サントゥ=マティアス・ロウヴァリ

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年12月4日 19時30分〜21時35分

                    Wiener Symphoniker
                    指揮 Santtu-Matias Rouvali
                    バイオリン Nicola Benedetti

                    Jean Sibelius (1865-1957)
                     Finlandia op. 26 (1900)
                    Max Bruch (1838-1920)
                     Konzert für Violine und Orchester g-moll op. 26 (1866)
                    Jean Sibelius (1865-1957)
                     Symphonie Nr. 1 e-moll, op. 39

                    忙しい・・・って言ったって
                    仕事しているワケではないので
                    イヤだったら止めれば良いだけの話なのだが
                    (永遠の学生を目指す予定だった)

                    2年4学期、大学に通ってみて
                    周囲に学位を取る同僚が
                    ポツポツ出てきて

                    それが、もともとバチュラー、マスター、ドクターを
                    いくつか持っている、お達者倶楽部の
                    学位コレクターだったりするので
                    (引退してから大学に入る人は、たいてい学位持ちである)

                    まだ負けず嫌いのプライドがむくむくと湧き上がってくるし
                    第一、ここでやらねば
                    あと数年で身体が動かなくなる可能性があるし
                    それよりも、いつボケるかわからないし

                    還暦過ぎてみると
                    鬼籍に入った友人もいるので
                    私だって、いつまで生きられるか

                    ・・・とか思っている奴に限って
                    平気で100歳以上長生きして周囲に迷惑かけまくりそうだが。

                    ともかく「いつか、そのうち、やる」という選択肢はないので
                    ここで頑張らなくてどうする・・・と
                    悲壮な気持ちで決心して

                    毎日ウキウキと楽しくて仕方がないのは
                    悲壮と全く相容れないような気がするんだけど
                    何故なんだ???

                    いやだから、何が言いたかったかと言うと
                    もともと夜型のワタシが
                    毎日朝6時半に起きて、8時からの授業に
                    ウキウキと通っているというのが2ヶ月以上続いていて
                    夜はコンサートその他で
                    その後、ブログとか書いたりしていると
                    寝るのが2時過ぎになる、という日が続いていて

                    その分の睡眠を何処で取り戻すか・・・

                    すみません・・・

                    あ、でも、ちゃんと
                    どこかの政治家とは違って
                    記憶にはあるんですよ。
                    一応、聴いている、という意識はあるのだが

                    その記憶が、実際とはかなり違う可能性が大きいだけで。
                    (だめじゃん!!!)

                    若手指揮者の一人、サントゥ=マティアス・ロウヴァリは
                    髪の毛ふわふわのお坊ちゃん風の34歳(もっと若く見える)

                    フィンランディアの指揮から
                    何だかこの指揮者
                    指揮を振る手の位置が異様に高い。

                    だから何?と聞かれると困るんだけど
                    フォルテになるたびに
                    両手上げて、バンザイ状態になるのは
                    後ろから見ていると
                    ちょっとギョッとする。

                    しかも指揮棒を振る時に
                    手首を動かすので
                    指揮棒がまっすぐじゃなくて
                    クネクネと畝るのは
                    あれは、オーケストラのメンバーには
                    見えにくいというより
                    目が回るのではないだろうか(だから余計なお世話)

                    滅多に演奏されないフィンランディアだが
                    (だいたいシベリウスの演奏回数も少ない)
                    こういうのは、ウィーン交響楽団の金管が張り切る。

                    マックス・ブルッフのバイオリン協奏曲。
                    バイオリン苦手で・・・(すみません)

                    ただ、この若いスコットランド人のバイオリニスト
                    スタイル良くて恵まれた容姿で
                    (現代はいくら楽器が巧くても見た目が良くないと
                     なかなか檜舞台には上がって来られない)
                    見ている分には美しいんだけど
                    ・・・あんまりこのバイオリン、私の好みじゃないかも。
                    一部、あれ?弦が緩んだ?みたいなところもあって
                    ちょっと驚いて目が醒めただけど
                    もしかしたら、それは夢だったかもしれないのでごめんなさい。

                    アンコールで、オーケストラ・メンバーの一人と
                    一緒に演奏したスコットランドの民謡は素晴らしかった。

                    幕間の後のシベリウスの交響曲1番。

                    うううううううううん・・・
                    微妙・・・・・・・

                    ロウヴァリの音楽作りは、かなり尖っていて
                    アクセントが非常に強い。
                    その分、鮮烈な色を帯びた音楽になるのだが
                    オーケストラに巧く主旨が伝わっていない感じがする。

                    だいたいオーケストラのメンバーが
                    なんだかイヤイヤ演奏しているような印象で
                    鮮烈な輪郭線はあるのだけれど
                    時々、へ?という演奏事故が
                    ・・・あ、でも、これ、夢の中だったかもしれないので
                    違っていたらごめんなさい。

                    オーケストラと指揮者のウマが合うかどうかもあるので
                    一概には言えないけれど
                    その意味では、CDとかで聴くのと
                    全く違ったトゲトゲのシベリウスではあった。

                    もっとも、もしかしたら
                    すべてが私の白昼夢の妄想かもしれないが

                    次の日に授業で会った同僚が
                    やっぱり「何あれ」と言っていたので
                    まぁ、そう言う事で・・・f^_^;

                    アップが遅れた上に
                    こんな恥さらしの記事だけど
                    個人メモだから良いんですっ!と
                    開き直る私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ウィーン交響楽団 + ロベルト・トレヴィーノ

                    0
                      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年11月22日 19時30分〜21時45分

                      Wiener Symphoniker
                      ピアノ Denis Kozhukhin
                      指揮 Robert Trevino

                      Franz Liszt (1811-1886)
                       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 Es-Dur S 124 (1832-35/39/49/53/56)
                      Gustav Mahler (1860-1911)
                       Symphonie Nr. 5 (1901-02)

                      バレエ・ファンとしては
                      デニスの踊るペール・ギュント(ライブあり)に行くべきだったのだろうが
                      ウィーン交響楽団のチクルスを持っていたし
                      リストのピアノ協奏曲1番にマーラーの5番という
                      名曲アワーだったので、こちらに行く事にした。

                      自業自得はよくわかっているけれど
                      月〜木曜日の夜の睡眠時間が短すぎる上に
                      夜中に足が攣って、悲しいながら、熟睡出来ない状態で
                      それでも毎朝6時半に起きなければならず(8時から授業がある)

                      金曜日(授業は15時からの1コマだけ)の朝・・・というより
                      目覚ましをかけなかったら、ハッと気がついたら、昼の12時。
                      ヤバイ、というよりは、やっと寝られた、という安心感。
                      急いで予習して、15時の授業に出て
                      その後、大学図書館で2時間、ヘッドフォンで音楽聴きつつ
                      マジに本気で集中してから向かうコンツェルトハウス。

                      リストのピアノ協奏曲1番のピアニストは
                      デニス・コジュヒンなのだが
                      この人の名前をググると
                      何故かパーヴォ・ヤルヴィの写真が一緒に出てくるので
                      ちょっとひっくり返りそうになった。
                      私のPCの調整が悪いのか???

                      何だか無愛想な表情で
                      金髪のロングヘアを、後ろで無造作に括っていて
                      しかも無精髭?の顔で、二コッともせずにピアノ・チェアへ。

                      ご本人のサイトは ここ だが
                      ここに出てくる写真には、髭がない!!!!

                      なんなんだ
                      最近のピアニストは(指揮者も)髭を生やすのが流行なのか???

                      髭がない方がキュートじゃないか。
                      無造作に縛ったロング・ヘアに無精髭だと
                      我々はピアニストだと知っているから良いけれど
                      普通に街で見かけたら
                      多少ぐれかけた不良中年か
                      売れないアーティストにしか見えない。
                      (アーティストの皆さま、ごめんなさい、言葉のあやです)

                      ・・・ええ、人の見た目に何だかんだ言っちゃいけない事はわかってますが
                      それにしたって、若くて可愛い(はずの)ピアニストが
                      こぞって髭を生やす現象に
                      おばさんは耐えられません(涙)

                      リストのピアノ協奏曲は、ご機嫌でアガる、ド派手な曲で
                      コジュヒンの巨大な手の長い指が、実によく踊る。
                      ピアノの音はとても強くて
                      オーケストラから完璧に浮き上がってビンビンに響いてくるし
                      テクニック抜群で
                      手の動きを遠くからオペラ・グラスで見るだけで
                      サーカス見てるみたいで面白い。

                      リストのピアノ協奏曲1番あたりは
                      小難しい事を考えたり
                      音楽分析云々をそれこそ全く意識しなくても

                      スーパースターのリストが
                      自分のテクニックで、御婦人たちを
                      きゃ〜〜〜っ、と興奮させて失神させようという
                      非常に現実的な欲望のため(だけじゃないだろうが)に作曲したもので

                      トライアングルの使用が当時はスキャンダルだったとか
                      アタッカだけど2部に分かれているとか
                      もう、そんな事、どうでも良いの。

                      音楽分析演習は、今学期は20世期音楽なので
                      トニカだのドミナントだのには別れを告げて
                      バルトークやドビュッシー、メシアンが対象なので
                      それに関係のないロマン派の曲は、とても楽しく聴けちゃう。

                      派手派手派手〜にガンガン弾きまくって
                      演奏が終わったら、ちょっと、はにかんだような微笑。

                      おっ、髭がなかったら、ちょっとこのピアニスト、可愛いじゃないの。
                      もしかしたら、演奏前は緊張していたのかしら。

                      アンコール、最初の曲は
                      グリーグの抒情小曲集第3集の6番「春に寄す」

                      うわ〜、派手派手にガンガン弾くタイプかと思っていたら
                      こんな繊細で、しかも和音の中のメロディの浮かび上がらせ方が巧い。

                      もしかしたら、この人、
                      リストのド派手イメージが売り物ではないのかも・・・

                      実はロマンティックで、少し恥ずかしがり屋(よって演奏前は緊張する)で
                      むちゃくちゃピアノが好きで
                      ちょっと煽てられたら、次から次へとピアノ弾いちゃうタイプ???

                      普通はアンコールなんか1曲演奏すれば充分なんだけど
                      ピアニストの雰囲気が
                      あ、喜んで聴いてくれてる、嬉しいなぁ、というオーラを
                      巻き散らかしていて(リストの前と、えらくオーラが違う)
                      これは、もしかしたら、もう1曲弾くかも・・・と
                      しつこくホール内にいたら、大当たりだった。

                      メンデルスゾーンの無言歌曲集から、ベネチアのゴンドラの歌。
                      短調の、とても抒情的な曲。

                      アンコール2曲ともに
                      テクニックを誇示するようなものではなく
                      しかも、あまり盛り上がりもしない曲(笑)だったのは面白い。

                      マネージメント・オフィスから
                      ギャップ萌えで売ろう、と言われているわけではないだろうが。

                      さて、後半はマーラーの交響曲5番。
                      これは、リストのピアノ協奏曲のように
                      何も考えず、楽しいわ〜、で聴いてしまってはいけない曲

                      ・・・なのだろう、とは思うんだけど

                      何だか最初から、あまり悲壮感がなくて
                      ウィーン交響楽団は、この曲は何回も演奏しているだろうが
                      それ、ルーチン・ワークですか。
                      (いえ、非難でも文句でもございません)

                      ちょっとアクの強い、感情ダダ漏れのチェコ・フィルを
                      しかも残響たっぷりの楽友協会で聴いてしまっていたせいか
                      弦のアンサンブルが平坦でニュアンスないし
                      管楽器は巧いんだけど
                      第1楽章の最後のトランペットの音外しとか

                      ついでに、最終楽章の最初の木管のアンサンブルで
                      1つずれたプレイヤーは誰だったんだ?
                      うまく誤魔化したが、こちらはちょっと冷汗が出た。
                      (あそこで誤魔化せなかったらプロじゃない)

                      まぁ、演奏事故とかはあり得るから
                      別に何とも思わないが。
                      しかし、マーラーの交響曲5番って
                      こんなに元気で行進曲的な曲だったっけ?
                      例のアダージェットだって、あまり表情がなくて
                      あ〜、テンポが遅めだったからかなぁ。

                      まぁ、曲が曲だから・・・(イミフ)

                      何だかリストより派手にアピールしようとしてる?
                      なのに、力が入るところが空回りしている感じで
                      オーケストラ曲としては
                      編成は大きいし、金管大活躍だし
                      木管も大活躍だし(ベルアップもやってたし)
                      ちょっとお疲れかもしれないけれど
                      頑張って演奏していたのはわかる。

                      こういう名曲は
                      ナマでも、とんでもない名演を聴いていたりして
                      それがまた、心の中で、その印象が増幅されて
                      思い出に残っていたりするので
                      エンターテインメントとして聴ける曲であればともかく
                      マーラーはねぇ・・・(以下省略)

                      まぁ、なかなか香ばしいマーラーだったという事で
                      納得しておこう。
                      同じプログラムの2回目が
                      日曜日の午前11時にあるので
                      細かいミスなどは、その時には完璧に訂正されているだろう。

                      ただ、日曜日は他の公演と重なるので
                      行けないのが、ちょっと残念な私に
                      (だって、こういう時って、必ず2回目の方がずっと良いはず)
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      あと1ヶ月弱でクリスマス休みなのだが
                      ここ2ヶ月近く、振り回されて振り回されて
                      手綱を掴む手の力もないのに
                      ちょっと気を緩めると、荒馬の背から振り落とされそうな感じ。
                      落ちないように、必死に手綱を握ってはいるけれど・・・

                      なお、10月の最初から比べると
                      だいたい、70%くらいが、既に荒馬から落ちている。

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