ウィーン交響楽団 + グスターボ・ヒメノ

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    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年6月18日 19時30分〜21時50分

    Wiener Symphoniker
    指揮 Gustavo Gimeno
    パーカッション Martin Grubinger

    Charles Ives (1874-1954)
     The Unanswered Question (Two Contenplanations Nr. 1) (ca. 1908/1930-1935)

    John Corigliano (*1938)
     Conjurer. Konzert für Schlagzeug und Streichorchester (2007)

    Peter Ilijitsch Tschaikowsky (1840-1893)
     Symphonie Nr. 6 h-moll op. 74 „Pathétique“ (1893)

    今シーズンの実質的には最後のコンサートは
    ウィーン交響楽団のチクルス。

    2012年までアムステルダム・ロイヤル・コンセルトヘボー管弦楽団で
    ソロ・パーカッショニストだったグスターボ・ヒメノの指揮で
    天才パーカッショニストのマルティン・グルービンガー登場。

    貧民席に入るところで
    スタンド・バイしているトランペッターを見て
    あれ?今日って何かそんなプログラムだったっけ?と思ったら
    アイヴスの「答えのない質問」だった。

    これ、チャールス・アイヴスの作品の中では
    私の知る限り、唯一、比較的頻繁に演奏される曲なのだが
    私の好きなセントラル・パーク・イン・ダークとか
    まだライブで聴いた事がない。
    え〜い、いつもマンネリの曲だけじゃなくて
    ホリディ・シンフォニーとか交響曲も演奏せんかい!(文句たれ)

    この「答えのない質問」だが
    何回もライブで聴いていると
    その度に妄想が色々な方向に飛んで行く。

    本日は、ナヨナヨと優しいトランペットが
    丁寧に礼儀正しくお声掛けをしているのに
    プリミティブでワイルドな木管アンサンブルが
    俺たち、そんな事、知らんもんね〜、と失礼な態度で答えるという妄想が・・・

    小品の後はパーカッション・ソロの入る
    ジョン・コリリアーノの Conjurer = 魔法使い、というような意味らしい。

    さすが映画音楽でも有名な作曲家で
    パーカッションとオーケストラの絡み具合が面白く
    両方とも聴かせどころたっぷり。

    最初はリズミカルに
    途中で緩徐楽章になって
    コスミックな美しいメロディとパーカッションの鐘が美しい。
    (ちょっと単調だったかもしれないが
     響きの美しさは特筆モノだった。コンツェルトハウスの音響が活きた)

    最終楽章(3楽章だが全部アタッカである)の始めの部分
    グルービンガーが太鼓をすごい勢いで叩いて
    低音をガンガン出しているところに
    バイオリンがトゥッティで入ってくるんだけど

    これ、低周波によるマスキングで
    バイオリン、ま〜ったく聴こえませんが(笑)
    (まさか、そんな事でウンチク垂れるようになるとは・・・)

    曲の構成としても、メロディも
    パーカッションの使い方やオーケストラの使い方など
    非常によく出来た曲で、聴いていて、すごく楽しい。

    舞台が見えていたら、もっと楽しかったのだろうが
    貧民席からは見えないので、まぁ、文句は言わない。

    アンコールが Evelyn Glennie の Choral という曲。
    (グルービンガーが何かアナウンスしたが
     貧民席なので聴こえなかった ^^; ただ、SMSでお知らせが入ってくる)

    すごいピアニッシモの重なる音から出てくる音響は
    これ、もしかしたら差音を利用してない?
    (たまたま今日の演習のテーマが・・・ 💦)

    いやしかし、ものすごく楽しかったわ。

    後半はチャイコフスキーの「悲愴」である。
    つい先日、楽友協会のウィーン・フィルの定期で
    ヤンソンスが指揮台に立った時に
    第3楽章後で派手なブラボー・コールに拍手が出てしまった曲である。

    しかも本日のコンサートは半分ジュネスの主催で
    若い人たちがたくさん来ている。
    私の前にも、何人か若い人たちが座って
    前半から、ずっとコンサートの最中に小声でおしゃべりしている。

    これは第3楽章後の拍手は避けられないだろうなぁ、と覚悟。

    第1楽章だが
    うわあああ、やっぱりコンツェルトハウスの音響って
    楽友協会に比べると格段にデッドで
    その分、巧く演奏すればパートごとの透明感が出る・・・はずなのだが

    途中で指揮者がオーケストラを煽って
    タクトが寸詰まりになってしまって崩れそうになった部分もあり
    透明感というよりはバタバタしている感じや
    やけっぱちで粗い演奏をしているような印象が強い。

    ウィーン・フィル@楽友協会にヤンソンスと比べる方が
    間違っているような気もするが(すみません)

    指揮者の恣意的なテンポ・アップにオーケストラが翻弄されてる。

    第2楽章のワルツっぽい部分は
    オーケストラが勝手にウィーン風味を加えているような感じ。

    さて、気になる拍手のフライングだが

    何と第1楽章の後で数十人が拍手・・・したとたんに
    周囲からシッと注意を受けて
    なのに第2楽章の後でも数人が拍手。

    でも、その辺りで、こういう曲は途中で拍手をしないのか
    と言う事が浸透したようで
    第3楽章の後は1人だけ、一回打ち鳴らして終わり。
    (その最後の1人は、なかなか根性がある、と感心した)

    派手な第3楽章はオーケストラの腕の見せ所で
    そりゃ、ウィーン交響楽団、ヘタクソじゃないと思うんだけど
    指揮者の方針か、何だか音がバラバラに聴こえて来て
    いや、それはそれで、キレキレの演奏とも言えるけれど
    どうもメロディっぽい繋がりがブツブツ切れてしまう。
    (弦が最初から最後までスタッカート気味だったのだが
     あれって、そういう曲だったっけ?)

    ヒメノは第3楽章の後の拍手はキライなタイプの指揮者なのか
    第3楽章の最後の音が終わった後
    弦にボウを刎ねあげる事はさせず
    非常に巧いタイミングで、即、最終楽章に飛び込んだ。

    最終楽章、好きなんですけどね。
    ただ、コンツェルトハウスのデッドな音響だと
    ウィーン交響楽団の弦の響きは、ちょっと鋭すぎる。
    好みの問題なので、こればかりは・・・

    前半のグルービンガーがあまりに凄かったのもあるし
    ついこの間、同じ曲の背筋ゾクゾクの悪魔バージョンを
    残響たっぷりの楽友協会で聴いちゃった、という偶然もあったので
    ウィーン交響楽団には、ちょっとお気の毒ではあったわ。

    コンサート後、帰宅したとたんに
    先週金曜日の試験結果が出て
    ボーナス・ポイント稼ぎまくって合格してウヒウヒなのに

    考えてみれば、再来週、1週間で6つ試験がある、という
    恐ろしい事実に気がついてマッサオになっている私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    システム音楽学の先生は
    僕は学生時代には一つだけ2があって
    あとはすべて1だった(1はベストの点数)と言っていたけれど
    私は、そんなに頭が良くないので
    最低点でも合格する事を目指す (^^)v

    ウィーン放送交響楽団 + コルネリウス・マイスター

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      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年6月14日 19時30分〜21時45分

      ORF Radio-Symphonieorchester Wien
      Damen der Wiener Singakademie
      Wiener Sängerknaben
      メゾソプラノ Alice Coote
      指揮 Cornelius Meister

      Beat Furrer (*1954)
       nero su nero für Orchester (2017-2018) (UA)

      Gustav Mahler (1860-1911)
       Symphonie Nr. 3 d-moll für großes Orchester, Alt-Solo, Knabenchor und Frauenchor (1893-1896)

      コンツェルトハウスの(少なくとも)天井桟敷は満杯。
      コンサート開始前に
      コンツェルトハウスの支配人と
      オーストリア国営放送の社長が登場して

      コルネリウス・マイスターの首席指揮者としての
      最後のコンサートになる

      という主旨のスピーチ。

      8年間、首席指揮者だった、と聞いて
      あああああ、ホント、時の経つのが早い・・・早すぎる。
      私はその前のビリー時代からこのオーケストラを聴いているのだった・・・

      さて、プログラムは休憩なしのぶっ通しである。
      フーラーの曲は初演だが
      プログラムには10分と記載があったものの
      アナウンスでは
      「ちょっと伸びて18分」・・・って
      ちょっとどころか、ほとんど2倍の長さじゃないか。

      フーラーだから
      また、とことん静かな音に拘った作品かと思っていたら
      意外や意外に外向きの面白い曲だった。

      しかし私がこのコンサートに来たのは
      当然ながら、マーラーの交響曲3番がお目当である。

      第1楽章の出だしの見事な金管のユニソノから始まって
      早めのテンポで、ものすごいダイナミック・レンジの差。

      音量を抑えるところは徹底的に抑え
      ポリフォニーの部分は徹底的に細かく刻み出していて
      時々、バロック音楽か、これは?と驚くほどの透明性。

      曲の中で目まぐるしくバロックになったり
      ロマンティックになったりポスト・モダンと化したりして
      緊張感のある締まった透明度の高い演奏。

      うわあああ、そう持ってくるか。
      このマイスターという指揮者も、ある種の鬼才だわ。
      ついつい、過去のシベリウスとかマルティヌーの演奏を思い出した。

      第2楽章も第3楽章も、かなり良い感じで聴かせてくれる。
      相変わらずアインザッツが時々雑だし
      途中のバイオリン・ソロと他の楽器が微妙にズレて
      客席からヒヤヒヤ・ドキドキしていた部分もあるが(笑)

      ポスト・ホルンのバンダからのソロは
      う〜ん、これは音響の関係だと思うのだが
      なんだか、平坦でマジメで退屈で・・・

      いや、ミスは一つもなく完璧にソロを演奏し切ったから
      文句つける、っていう訳じゃないんだけど
      なんか、こう、ちょっと情緒に欠ける・・・(文句たれですみません)

      夏の歌い手交代が爆発して終わると
      アルトのソロの、あの美しいフレーズが・・・

      あ? アルトの歌手の声、しゃがれてますが・・・(o_o)
      あまり舞台が見えない席だったので(超貧民席、音響は抜群)
      板付だったら、確かにあの長い時間、声を出さずにというのはかわいそうなのだが
      しかし、しかし、しかし
      低音で、アレはないだろ (ーー;)

      この歌手、比較的高音の方は響いてくるのだけれど
      調子が少し戻ってからも
      低音が、まるで話し声のような被らない声になっている。

      あれは、やっぱり女声の美しい厚みのある低音で歌われないと
      ちょっと、ここでドッチラケ・・・

      第5楽章は私にはクリスマス・ソングに聴こえて来るのだが
      ウィーン少年合唱団(板付)と
      コンツェルトハウス所属のジングアカデミーの女声合唱が
      華やかに歌い上げてくれた。

      アタッカで最終楽章に繋げる指揮者も多いのだが
      マイスターは、ちょっと間を空けてから

      たぶん、世界で最も美しい音楽の一つだろうと私が思っている
      最終楽章の緩徐楽章へ。

      テンポが遅い・・・
      いや、遅いのは全然構わないんだけど
      第3楽章までは、締まった緊張感のある演奏をしていたのに

      最終楽章に至って、なんだかむちゃくちゃ焦点が惚けて来た。
      テンポというよりは、メトルムからして曖昧過ぎて
      それが指揮者の意図なのかもしれないけれど
      現実感が欠けて、音楽がバラバラになって空中に拡散する感じ。

      非現実感と、焦点ボケの空気への拡散を目指したにしては
      弦に透明感がなくなって
      いや、透明感がないというのは
      柔らか過ぎてとりとめのない音響になっているので
      それも指揮者の意図なのかもしれないが。

      ゆっくり、ゆっくり、焦らして焦らして
      盛り上げるのは構わないのだが
      その前までの演奏と色彩が全く変わってしまい
      一貫性がなくて違和感があるし
      なんだか、聴いていて、ダレてくる。

      ・・・もしかしたらオーケストラ、お疲れですか???

      管楽器は、まだまだ余力を残して演奏しているが
      弦楽器のアンサンブルが疲れ気味だったかもしれない。

      そりゃ、普通、マーラーの交響曲3番なら
      それだけで立派に一夜のプログラムになる。
      フーラーの曲が5分とかだったらまだしも
      20分近い、しかもかなり激しい曲だったので
      それで続けてマーラーの交響曲3番は
      オーケストラにとっては、かなり厳しい状況だっただろう。

      前半が良かっただけに
      アルトのソロが入ってからの緩み具合に(意図的なものかもしれないが)
      最終楽章で感動しよう、と心の準備をしていたのに
      肩透かし喰らったような感じ。

      第1楽章から第3楽章の演奏は
      ハッとするような発見もあって
      ズレそうな危機感でドキドキもあったけれど
      面白く緊張感を持って聴かせてもらっただけに
      後半がちょっと残念だった。

      コンツェルトハウスの貧民席は
      椅子の軋りもなく
      しかも、本日の聴衆は非常にマナーが良くて
      咳も最小限だし、みんな静かに聴いていて

      そうよ、こういうのがコンサートの楽しみだったんだわ。

      ウィーン放送交響楽団のコンツェルトハウスでのコンサートは
      本日が最終公演。
      6月に入って、そろそろ、シーズン終わりが近づいて来た。

      ・・・ついでに大学の試験も集中して来る((・・;)

      大学の同僚は
      コンサートにも行かず勉強しているみたいで
      私も明日の1回目の試験の後
      残り4つか5つの試験の勉強をしなければ・・・
      (2つの試験は、今回はやめて、秋に受ける予定)

      と焦りつつ
      ついつい7月・8月のイム・プルス・タンツのチケットを
      大いに買いあさっている私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


      ウィーン交響楽団 + フィリップ・ジョルダン

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        本日2つめの記事です。
        時系列に読みたい方は こちら からどうぞ。
        下は夜のコンサートの私的印象記です。

        Musikverein Großer Saal 2018年6月3日 19時30分〜21時30分

        Wiener Symphoniker
        バイオリン Julia Fischer
        指揮 Philippe Jordan

        Gottfried von Einem (1918-1996)
         Tanz-Rondo, op. 27

        Robert Schumann (1810-1856)
         Konzert für Violine und Orchester d-Moll, WoO 1

        Antonín Dvořák (1841-1904)
         Symphonie Nr. 8 G-Dur, op. 88

        午前中ベルリン・フィルを聴いたホールの
        ほとんど同じ席で夜はウィーン交響楽団。

        聴き劣りするんじゃないの?とか
        失礼な囁き声が心の中で聞こえたりするんだけど(笑)
        いえいえいえ、オーケストラの技量はともかく
        ウィーン交響楽団だって、立派なプロの名人集団で
        (緩んでなければ)名演するし

        第一、ド・シロートで感受性も音感もない私に
        そんな良し悪しの判断がつく訳、ないじゃありませんか(爆笑)

        フォン・アイネムはオーストリアの作曲家で
        社会党員だっただけに、政治的絡みもあって
        生前はかなりの頻度で演奏されたけれど
        亡くなってからは、あまり演奏されなくなった。

        小品(とは言え、結構長い)のダンス・ロンドも私は初聴き。
        最初から息もつかせないヘミオラの連続と
        変拍子に聴こえる不思議なリズムでのダイナミックな曲想。

        途中で入るメロディ部分は
        単純なんだけど映画音楽のような甘いメロディで
        このメロディと狂ったような変拍子が入れ子構造になって
        面白いんだけど
        ・・・ずっと同じ感じで繰り返されるから途中で飽きる(すみません)
        小作品とは言え、この繰り返しは
        ちょっとブルックナーかお前は・・・(すみません)

        シューマンのバイオリン協奏曲は
        ・・・ごめんなさい、寝落ちしました (^_^;)
        だって今日、朝からだったし、外も楽友協会の中も暑かったし
        いや、言い訳は見苦しい。すみませんでした。

        ユリア・フィッシャーがアンコールに弾いたバッハは
        ちゃんと起きて聴いた(えっへん ← こらっ!)

        これが、もう妙なる響きで
        あの残響たっぷりの楽友協会に広がるバイオリンの響きが
        残響を実に巧みに計算してのダブル・ボーゲンで
        まるでオーケストラのような音色で
        澄んだ厚みのある和音が広がって
        ちょっと天国だったわ。

        さて後半はドボルジャークの交響曲8番。
        この曲、好きなんですワタシ。
        美しいメロディがテンコ盛りだし、盛り上がるし
        聴いていて、本当に気分が良くなる曲。

        ゆっくり目のテンポで
        丁寧に歌わせる出だしのニュアンスの深さに
        腰が抜けるほど驚いて
        鳥の鳴き声に自然の風を感じる。

        あ〜、ウィーン交響楽団の管楽器、巧いわ。
        弦もあくまでも透明に、豊かに響いて気持ち良い。

        盛り上げるところはフォルテで盛り上げるけれど
        あくまでも抑制が効いていて爆発せず
        全体のオーケストラのバランスが抜群。

        細かい部分のパーツまで
        しっかり刻み出されて
        メロディの繋がりがとても明確に聴こえて来る。

        第3楽章の川の流れなんか
        飛沫や泡まで手に取るように感じられて
        う〜ん、やっぱりこの曲、名曲だわ。

        アタッカで繋げた最終楽章の最初のファンファーレ
        輝くようなトランペットのユニゾン。
        これよ、これ!(感涙)
        スカッと抜けて明るくてステキ。

        変奏を繰り返しながらコーダに突入。
        フォルテに無理がなくて
        速いテンポのフルートも余裕綽々。
        こういうの、本当にこのオーケストラ、巧いわ。

        最後も力任せにならず
        あっさりと、ちょっと物足りない位の音量で終わったけれど
        これこそが、チェコの曲にウィーンの洗練を加えたものかもしれない。

        職業上の事だから書けないけれど
        ちょっと問題山積みで
        コンサートの間もカフェでずっと仕事していて
        胃が痛い状態なのだが

        それでも、こういうスカッと爽やかな音楽を聴くと
        現世の悩みを一時でも忘れる事が出来て

        音楽って、本当にありがたい、と
        心から思った私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        ウィーン交響楽団 + レオニダス・カヴァコス

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          Musikverein Großer Saal 2018年5月22日 19時30分〜21時50分

          Wiener Symphoniker
          指揮・バイオリン Leonidas Kavakos

          Johann Sebastian Bach (1685-1750)
           Konzert für Violine, Streicher und Basso continuo d-Moll
            Rekonstruktion nach dem Cembalokonzert BWV 1052

          Anton Bruckner (1824-1896)
           Symphonie Nr. 4 Es-Dur, „Romantische“
            Fassung 1878-1880

          すみません、本日は辛口・・・というより
          私が疲れていて、まともに音楽を受容していなかった可能性もあるし
          好みという事もあるかもしれないので
          ともかく、読者の皆さまはまともに取らないように、という注意書きで

          久し振りに凄まじいコンサートだった。

          ウィーン交響楽団にレオニダス・カヴァコス。
          前半はヨハン・セバスティアン・バッハの
          チェンバロ協奏曲をレコンストレーションして
          バイオリンのソロ+室内オーケストラ用に作ったもの。

          おおお、カヴァコスが、金色っぽい光る素材の
          襟のところがカッコいい上着に黒の細身のパンツ。

          いつもの労働者的ブルーカラーから脱出(笑)

          カヴァコスはバイオリンは巧い。

          音は美しいし、正確だし、超絶技巧だし
          オーケストラと一緒に演奏する時にはオーケストラに溶け込み
          ソロになったら、もう、見事な音を紡ぎ出して
          本当にこの人のバイオリン、素晴らしい。
          アンコールのバッハの無伴奏も素晴らしい。

          だからカヴァコス、悪いけどバイオリン弾くだけにしてくれ・・・

          後半がブルックナーの交響曲4番「ロマンティック」
          何となくイヤな予感はしていたのだが

          指揮台の上に譜面なし。
          おおおお、カヴァコス、暗譜で指揮か。すごいな。

          ・・・・沈黙

          カヴァコス・ファンの方は
          どうぞここにてお引き取り下さい(本気)

          私のような、ワケわからん素人に言われたくないだろうが

          いったい、どこのシロウトが指揮台に乗ってるの?

          カヴァコスが指揮法を勉強していないとは思えないのだが
          上下に指揮棒振るだけなら、誰でも出来るぞ(出来ないかもしれない)
          余計な部分でヘンにオーケストラに念押ししたりしてウザいし
          拍子は完璧無視(上下に動かす指揮棒、時々、ちょっと横の動きも)

          アインザッツもほとんど見えず
          オーケストラの入りが乱れるし
          アゴーギクもよくわからんので、オーケストラはますます乱れる。

          まぁ、そこらへんウィーン交響楽団はプロ集団だから
          どんな指揮であろうが、何とか曲はまとめてしまうワケで
          一応、曲にはなっているけれど
          ニュアンスも何もないし
          (強弱は時々ある(笑))
          アンサンブルが粗いし

          第一、最初から最後まで
          オーケストラ、緩みっぱなしじゃないの。
          緊張感のカケラもない。
          最初から最後まで、ヘンに空虚。

          ホルンも頑張ってはいるけれど音外しがかなりあって
          時々、いや、煩雑に
          まとまらないオーケストラの音が拡散してしまう。

          もうやだ、こんな悲惨なブルックナー(涙)

          バイオリニストでもチェリストでも
          あるいはピアノ、木管・金管、様々なプレイヤーで
          その後、指揮者に転向する人は居るから
          一概に転向はダメ、とは言わないけれど

          カヴァコスはバイオリンがあまりに素晴らしいだけに
          バイオリンに専念して欲しい(切望!!!)

          ブルックナーでウィーンのオーケストラが
          やる気ゼロの緩みきった
          やっつけ感漂う演奏をするって
          滅多に聴けるものではない(が、全然嬉しくない)

          指揮台で、シロウト丸出し感の強い姿は
          ちょっとコミカルで最初は、え?と思うものの
          最初から最後まで同じ動きを延々と繰り返されると
          指揮姿を拝見しても、モロに飽きてくる。

          それに加えて
          第2楽章始める前の、あの長い長い幕間や
          (もったいぶってる?)
          最終楽章が終わった後
          指揮棒を挙げたまま、かなり長い間、下ろさずに
          観客に静寂を強いたりとか

          ヘタクソなのに偉そう。

          カンチガイ感があまりに強過ぎて・・・

          第1楽章でビックリして
          第2楽章あたりから、だんだん飽きて来て
          最後まで聴いたら、やっぱり良かったとか思うんじゃないか、と
          最後まで聴いたけれど

          最後まで聴いて、あまりの虚しさに愕然。

          バイオリニストとしてのカヴァコスは大好きなので
          こんな失礼な感想記を書いちゃうのも良心の呵責があるのだが
          だからこそ、バイオリンに専念して欲しいと
          心の底から思った私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ・・・まぁ、ある意味、滅多に聴けないブルックナーではあったのだが
          でも、でも、でも、やっぱり嬉しくない (ー ー;)



          ウィーン交響楽団 + マンフレッド・ホーネック

          0
            Musikverein Großer Saal 2018年5月16日 19時30分〜21時40分

            Wiener Symphoniker
            指揮 Manfred Honeck
            ピアノ Igor Levit

            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur, op. 73

            Dmitrij Schostakowitsch (1906-1975)
             Symphonie Nr. 5, op. 47

            突然だが、私は変人が好きである。
            読者の皆さまは薄々感じているとは思うのだが
            芸術家としてぶっ飛んでいる人が、ものすご〜く好きなのである。

            マンフレッド・ホーネックは
            見た目は普通のお兄ちゃんなのに
            何故か指揮台に立つと変貌する。

            今回のウィーン交響楽団のコンサート
            プログラム見たとたんに、実はゲッソリ。

            え〜、またベートーベン?
            (↑ウィーン交響楽団とジョルダンのプロジェクトとか
             この間のウィーン・フィルの9番とか
             来週のクリーブランドもベートーベン)

            しかも、後半がショスタコーヴィッチの
            これまたポピュラー過ぎる交響曲5番。

            実はこの間、ショスタコーヴィッチの交響曲5番は
            楽友協会で聴いたばかりで
            忙しすぎてブログ書けなかった(他にも書かない理由はある)

            さて、ピアニストのイゴール・レヴィット。
            あちこちで、ものすごく評判が良い。
            ワタシは感受性ほとんどゼロの人間なので
            よくわからんのだが

            出だしのスケール
            ペダル踏み込んだまま
            超高速で、しかも後になればなる程高速ぶりが増加して
            音は潰れていないし
            全部の音が見事に均一で
            いやまた、すごいピアニスム・・・・とは思ったものの

            ベートーベンのピアノ協奏曲5番に私が持っている偏見の
            ゴツゴツしてマッチョで四角四面でがっちりした筋肉質
            ・・・というイメージからは遥かに隔たっていてビックリ。

            こんな事を言うと
            あの才能がわからんのか?!とか殴られそうだが
            不思議なベートーベンの響き。

            弾かれる音のすべてが粒ぞろいの均一さには驚愕するが
            揃っているだけにマッチョな部分がなくて
            何だかベートーベンを聴いているというより
            ショパンか何かを聴いているような気分。

            何だか面白い響きだなぁ、と思っているうちに
            絡め取られてしまうような不思議な演奏。

            アンコールはショパン(出たっ!)
            でも、これがまた均一な響きの美しさで
            テクニックのひけらかしじゃなくて、すごく良かった。

            後半はショスタコーヴィッチの交響曲5番。
            一見(一聴?)元気で共産主義バンザイの曲なのだが

            わっはっは
            ホーネックの変人振りが、ここで爆発 (^O^)

            緻密に計算されたワイルドな乱暴さ。
            はちゃめちゃに聴こえるのだが
            ほとんどコミック的に暴力的な音響が
            隅々まで徹底的に考えられているのがわかる。

            第一楽章の暴力的なエネルギーの爆発は
            決して音量を上げる事によって作られたものではない。

            だって、第一楽章も最終楽章も
            かなりの音量で
            さらに、圧倒的にワイルドな印象を与えるのに
            耳は全く痛くならないのだ。
            (ショスタコーヴィッチの交響曲の楽友協会の演奏で
             耳が痛くならないのは、非常に非常に珍しい)

            ホールの音響を知り尽くしたホーネックの計算。
            それを感じさせない、濁流のようなエネルギーの放出。

            第2楽章の弦の透明な美しさと言ったら・・・
            まるでミルフィーユの薄いパイ皮を
            一枚一枚、見ているような印象。

            第3楽章は、今度は極端に音量を抑えて
            胸が痛くなるような悲壮感。

            第3楽章からアタッカで続けるかと思ったけれど
            ほんの少しの間を空けて(これがまたニクイ感じでバッチリ決まった)
            爆発的な最終楽章へ。

            むちゃくちゃ複雑な
            掴みどころのない気分の上下を
            ある時は大げさに、ある時にはとんでもない節度を持って
            いったいこの音楽、何を伝えているの?と
            聴いている方が翻弄されて戸惑う程。

            この曲の持っている矛盾が
            音楽的にしっかり聴衆に伝わってくる感じ。

            コーダも、ここまで圧倒的に
            しかも聴衆を翻弄しながら
            エネルギーに巻き込んで行くって

            いやもう、ホーネックって変人(笑)
            共産主義バンザイにもなってないし
            ただのエネルギーの爆発にもなっていない。

            聴きながら、ついつい
            ものすごくアホな事まで考えてしまう程に
            計算された「乱暴」なエネルギーに巻き込まれながら
            この曲に秘められた、とんでもない複雑性に
            目から鱗が落ちる思いだった。

            プログラム見た時にはゲッソリしたけれど
            聴いてみたら
            最初から最後まで、思いがけなく新鮮な聴体験になって
            ああ、だからコンサートって
            やっぱり行ってみるもんだよねぇ、と
            つくづく思いつつ

            まぁ、現実逃避している事に変わりはないんだけど
            ・・・と、ちょっと反省もしている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ウィーン交響楽団 Friday@ + マナコルダ

            0
              Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年4月27日 19時〜21時

              Wiener Symphoniker
              指揮 Antonello Manacorda
              テノール Michael Schade
              コーラス Herren der Wiener Singakademie

              Felix Mendessohn Bartholdy (1809-1847)
               Ouverture „Die Hebriden / Fingalshöhe“ op. 26 (1829-1833)

              Johannes Brahms (1833-1897)
               Rinaldo. Kantate op. 50 für Tenor, Männerchor und Orchester (1863-1868)

              Im Anschluss an das Konzert / Großes Foyer
              テノール Michael Schade
              Symphonisches Schrammelquintett Wien
              Helmut Lackinger, Edwin Prochart, Kurt Franz Schmid
              Rudolf Malat, Peter Hirschfeld

              ウィーン交響楽団の Friday@7 シリーズ。
              金曜日の早め(19時)にコンサートを始めて
              幕間なしで通しで短い(1時間ほどの)コンサートをした後
              コンツェルトハウスのでっかいメイン・ロビーで
              ワインやシャンパン飲みながら(有料です)
              立ったままで気軽なコンサートを聴こうというもの。

              まぁ、メインのコンサートとなる日曜日の
              最終リハーサル的なキャラクターもあるかも(と邪推している私)

              ここ数日、太陽が燦々と輝いて
              日中は25℃を超えるような、あ〜もう夏?という日が続き
              昨日は雨で気温が下がって
              今日は青空が広がって、風は強いけれど
              実に爽やかで気持ちが良い日になったから・・・かもしれないが

              天井桟敷の席、かなり空いてるんですが。
              え?だって、一番安いカテゴリー、空いてなかったんだよね。
              だから大枚(まぁ、タカが知れてるが)叩いてチケット買ったのに
              なんだ、このガラガラは・・・

              まぁでも、天井桟敷まで埋まる人数の聴衆が
              後でロビーに集合したら、とんでもない事になる。

              指揮者のアントネッロ・マナコルダは初聴き。
              マーラー・チェンバー・オーケストラのコンサート・マスターだったそうで
              けっこうあちこちのオーケストラを振っていて
              ウィーン劇場で上演されるブリテンの真夏の夜の夢も振っていた。
              (あ〜、いかん、これ、行き損ねた(汗))

              メンデルスゾーンのフィンガルの洞窟。
              う〜ん・・・
              おかしいなぁ・・
              私の耳がおかしいのだろうが
              なんだかオーケストラがズレて聴こえてくるんだけど (・・;)

              指揮者は濃いめの顔のマッチョなイケメンで
              イタリアのモデル雑誌かなんかに登場しそうな男性で
              それが垢抜けないスーツで指揮台に立って
              かなりテンポを途中で弄ろうとしていて
              オーケストラがそれについて行くのにゼイゼイしている印象。

              シロウトだからきっと自分の受け止め方が変なんだけど
              メンデルスゾーンというよりは
              どこかのオペラでも聴いているような気分。
              まぁ、偏見ですきっと。

              でも私がこのコンサートのチケットを買ったのは
              もちろん、ミヒャエル・シャーデが目的 ♡
              なんだか、ますます身体が大きくなって
              あれだけ立体的な体型だと
              共鳴が良いよなぁ、とか、ついつい考えてしまう自分が悲しい。

              でも上演されるのが
              ブラームスのカンタータ「リナルド」って
              これ、私、全然知らない曲。

              だいたいカンタータそのものが
              ドイツ語圏では教会カンタータが多く
              ブラームスがドイツ・レクイエムを作曲して以降に
              なんでこんな曲を?と思ったら

              男性合唱のための曲で
              演技を伴わない、できるだけシリアスな歌詞で
              30分〜1時間の作品
              というコンクールに出展するためだったそうだ。
              (賞金300ターラー、結構な金額だったようである。
               中級の職人さんの年俸ってところかな)

              ところが結局、作曲するのに四苦八苦して
              締め切りに間に合わず提出しなかった。
              その後、楽譜出版にあたっても
              クララ・シューマンから
              ドイツ・レクイエムの後にこの作品を出版する意味はあるのか、とか
              かなり辛辣な事を言われたらしい。
              (クララ・シューマンも意外にはっきり物を言う人ですね(笑))

              ブラームスは当時の有産階級を聴衆として見込んでいたので
              当然のことながら、リナルドを題材にしたオペラについては
              (リュリ、ヘンデル、グルック)
              聴衆は前提として知っているものと仮定し
              リナルドとアルミーダの話も、鑑賞者は知っているものとして
              テキストはゲーテのテキストをそのまま使用。
              アルミーダのもとを去るリナルドのシーンから始まる。

              どうせ当時のドイツの有産階級の教養はございません(開き直り)
              確かアルミーダというオペラは
              一度、何を思ったか、どこかで観た記憶があるが
              あまりに長すぎて冗長すぎて、半分以上寝ていたような気が・・・

              男性コーラスがマッチョでドラマチックで素敵。
              ミヒャエル・シャーデは
              最初、声にひっかかりがあって
              その後も、時々楽譜に顔を突っ込んで
              更に、歌っている時に楽譜をめくって
              あ、これだ、ここだったか、うん
              みたいな感じなので
              本当に正しく歌っていたのかは私には判断がつきません。

              いや、でもシャーデってそういう感じの歌い手だからな。

              ブラームスは「オペラと結婚だけはもうトライしない」と言っているので
              オペラではなく、あくまでもカンタータだけど
              テノールと男声コーラスの掛け合いがドラマチック。
              (で、内容とか意味は、ま〜ったくわかりませんが(笑))

              日曜日に同じプログラムに
              シューマンの交響曲1番が追加されるから
              (わ〜い、シューマンの交響曲1番、久し振りだし
               この季節に合ってる!)
              もう一度聴いたら、少しは意味がわかるかも f^_^;)

              さて、Friday@ は、この後、ロビーで続きがある。
              けれど、私は実はこれがキライ。
              ものすごい人数がロビーや階段のところに
              ワインやビールを持って立って
              もちろん、あちこちでお喋りしていて(演奏中も!)
              ワインやビールのカウンターの出入りも激しく(演奏中も!)
              ロビーの音響が良いだけに
              この、ずっと続いているノイズがすごい音量なのだ。

              プログラムには司会はギターの人がやる、と書かれていたけれど
              悩むベートーベンの像の前の仮設舞台でマイクを握ったのは
              宮廷歌手のミヒャエル・シャーデである。
              (やると思った・・・・)

              冗談で英語訛りを喋ったり
              ウインナー・リートがウケないと
              歌手は滞在許可がもらえないとオーストリア政府が昨日決定したとか
              ま〜、この人、天然なんだかわからないけれど
              サービス精神満点で、滑る冗談でも何でも構わずにやるところはスゴイ。
              徹底的に人間がエンターテイナー(爆笑)

              それは良いんだけど
              まずは最初のシュラメル音楽のインストルメンタルの演奏
              周囲のザワザワがあまりに煩くて、ほとんど聴こえて来ない(涙)

              シャーデがウィンナー・リートを2曲歌ったけれど
              これもマイクがないから
              周囲のお喋り、ワインやビールを出す音、支払いの声等で
              声が聴こえず
              だいたいウィンナー・リートって
              声を張り上げる曲じゃないのに
              思いがけなく雑音の音量が大き過ぎて
              シャーデがむちゃくちゃ声を張り上げていたのが痛々しい。

              だって、あちこちで、本当に喋ってるんだもん。
              私の後ろでも、年配の男性が年配の女性に
              シュラメルの楽器の解説を(演奏中に!)ずっと喋ってたし
              そういうお喋りがホール全体に、うわあああああんと響いて
              音楽、しかもシュラメルやウインナー・リートのような
              繊細な曲を聴ける環境ではない。

              さすがにシャーデもビックリしたのか
              次の曲に入る前に
              「次の2曲は注意深く、ちゃんと聴いて下さいね〜」とは言っていたけれど
              いや、こちらの年配の方々は話し出したら止まらないし。

              で、続くウインナー・リートの「エリザベート」と
              「私の母はウィーンっ子」
              ・・・・何で聴衆がみんな一緒に歌ってるんだよっ!!!

              私だって歌いたい(こらこらこらこら)

              一部を除いて、そこそこ、みなさん、音程外れずに歌ってるけど
              何が悲しくてシャーデの歌声じゃなくて
              ホールに響くウィーンのお達者クラブ合唱団を聞かねばならないのか(涙)

              アンコールの曲(インストルメンタル)に至っては
              裏拍から始まって手拍子が入っちゃうし
              みんな友人同士で来ていて
              ワインとかビールが入っているから
              ほとんど全員、居酒屋のノリかい。

              この Friday@ がそういうコンサートである事は
              承知で来てはいるのだけれど
              やっぱりホールのロビーでの小コンサートはいただけないわ。

              ロビーの雑音に負けないように張り上げてしまった
              シャーデさまのこの上なく美しいテノールは
              ニュアンスが聞こえなくて、ちょっと残念だったけれど
              また日曜日のリナルドも楽しみ、という私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              ウィーン交響楽団 + ダヴィッド・アフカム

              0
                Musikverein Großer Saal 2018年4月11日 19時30分〜21時15分

                Wiener Symphoniker
                指揮 David Afkham
                バイオリン Anton Sorokow
                チェロ Pablo Ferrández

                Johannes Brahms (1833-1897)
                 Konzert für Violine und Violoncello mit Orchester a-Moll, op. 102
                  „Doppelkonzert“

                Antonín Dvořák (1841-1904)
                 Symphonie Nr. 7 d-Moll, op. 70

                ウィーン交響楽団の楽友協会チクルスは2日あって
                私は初日のチクルスを持っているのだが
                う〜、このオーケストラ、2日目の方が絶対に良いに違いない。

                何をシロウトが好き勝手な事を、と思われるかもしれないけれど
                そういうブログですから良いんです(開き直り)

                だって、あまりに地味というか退屈と言うか
                何だかもう、何ですかこれ、というコンサートだったんだもん。

                もともとは美人バイオリニストの出演が予定されていたが
                キャンセルされて、ウィーン交響楽団のコンサートマスターがソリストになった。

                チェリストは当初の予定通り
                スペイン生まれ27歳のパブロ・フェランデス。
                あちこちのコンクールに優勝して
                楽器は、日本音楽財団から貸与された
                1696年のアントニオ・ストラディヴァリだそうだ。

                ブラームスのドッペルコンツェルト。
                チェロの出だしが

                ・・・情熱的というか、重くてウエットで
                ええええっ、ブラームスってこういう曲でしたっけ?という
                まるでイタリア・オペラのバスのアリアか何かを聴いてる気分。

                若いチェリストは、このハイテンションで
                最初から最後までガリガリ、凄い音で演奏しているのだが

                一方、突然の代役、ウィーン交響楽団のコンサート・マスターの方は
                何だかもう、悟りきったような
                アルバイトでもらえる分だけは頑張ります・・・
                (いやいやいや、全部、私の脳内妄想ですから)

                演奏がちぐはぐで噛み合ってないし
                チェリストのエネルギー一杯の大張り切り演奏は
                ショスタコーヴィッチみたいに聴こえてくる(脳内妄想)

                だから曲の緊張感が続かず
                それぞれのソロとか絡みでブチブチ音楽的に切れるような感じで
                すみません、焦点が合ってないので
                ものすごく退屈です(涙)

                当初予定されていた美人バイオリニストなら違ったのかなぁ。
                チェリストは相手のバイオリンが誰であれ
                きっと、あのハイテンションで弾きまくっただろうが。

                客席も今一つ温まらず
                拍手も、あ〜、お疲れ様・・・的、義理っぽい拍手。

                う〜ん、これは後半のドボルジャークで回復するだろうか・・・

                ドボルジャークの交響曲は素晴らしい。
                どれを取っても名作だけど
                何でまた、この時期に、こんな短調の曲を・・・

                長い長い冬がやっと終わって
                ここ数日、風は強いけれど太陽が出て青空なのに
                何故に7番???
                この季節に合わせようとしたら、やっぱり5番だろうに(偏見)

                指揮者のダヴィッド・アクハムは
                若いから指揮の動きは激しい。
                若い指揮者って、もう、それ要らんだろ、と思うくらいに
                ひたすら指揮台で踊っていて

                それがオーケストラで大部分、空回りしているのを見るのは虚しい。

                アクハムは情熱的に演奏させたいらしいのはわかる。
                ウィーン交響楽団は、その無駄っぽい情熱に
                ツンデレどころかツンツンで反応している(ような気がする脳内妄想)

                ドボルジャークだから
                楽友協会で多少音量をアップして演奏しても
                近代曲みたいにうるさくはならない筈だが
                中庸な音量で、絶対に爆発させず

                いや、指揮者は爆発させようとしていた可能性はあるが
                オーケストラが不発弾で・・・

                多少のアンサンブルの乱れや
                ソロの小さなミスについて、あげつらう気はないけれど
                やっぱり、何だかすれ違っている。

                最近、若い指揮者の奇抜な演奏ばかり聴いてきたせいもあるかもしれないが
                指揮者はむちゃくちゃ激しいダンスを繰り広げていて
                出てくる音楽は、ちまちまとまとまった地味な演奏になっている。

                ドボルジャークって転調が巧くて
                この曲の最後も長調で終わるんだけど
                それにしても、最後の長調が、あんなに暗いのは何故だ?!

                もしかしたら、明日、2日目の演奏は
                また全然違った事になっている可能性があるのだが

                明日は大学のジャム・セッションがあって
                (どうも出席義務らしい・・・)
                行けないのが残念なようなホッとした気分のような
                複雑な気持ちの私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ウィーン交響楽団 + イグーデスマン&ジョー

                0
                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年4月5日 19時30分〜21時40分

                  Wiener Symphoniker
                  コントラバス・ブレイクダンス Josef Semeleder
                  バイオリンその他 Aleksey Igudesman
                  ピアノその他 Hyung-ki Joo

                  „Upbeat“

                  イグーデスマンとジョーについては
                  このブログでも何回か取り上げて来たが
                  今回は新作でウィーン交響楽団と登場。

                  さてしかしながらこういうコンサート
                  どう感想記を書いたら良いのやら・・・

                  という事で数日寝かせておいたら、もう覚えていない(自爆)

                  こういうのは(プログラムには内容書いてないし)忘れるぞ、と
                  自分のスマホにメモを取っておいたら
                  メモの内容が

                  ラデツキー星条旗こうもり他の序曲
                  ラヴェルのピアノ協奏曲、ワルキューレ
                  ノキア モーツァルト ブラームス シェーンベルク
                  フィナーレでチャイコフスキー ドボルジャーク ベルリオーズ ベートーベン
                  ラブソング2曲 はよ帰れの曲 コジキの物乞い
                  客席からブレイク・ダンス

                  ・・・よくわからん (ーー;)

                  ウィーン交響楽団の服装が、まずは弾けていて
                  パナマ帽とか、真っ赤なシャツとか
                  真っ白なドレスとか
                  サッカーのバナーを巻いてあったりで
                  一番おとなしいのがコンマスで
                  それでも赤い蝶ネクタイで登場。

                  最初は5楽章からなる曲だが
                  これが、弾けたモーツァルトとか
                  ラデツキーはアメリカが好き(途中で星条旗よ永遠なれになる)とか
                  様々な曲をコンビネーションしてしまうもの。
                  まぁ、冗談音楽ではありがちなパターンだが
                  やっぱり面白い、わっはっは。

                  ジョーのピアノで協奏曲で何だこれ?というのが
                  いつの間にかラヴェルのピアノ協奏曲ト長調に化した。
                  その後のワルキューレは
                  やっぱり何かの音楽をコンビネーションして
                  途中でウエディング・マーチになって
                  白い服のオーケストラ・プレイヤーがベール付けて
                  前に出てきた。

                  こういう冗談音楽を演奏していると
                  ノリノリになっているのがコントラバス部隊で(笑)
                  バイオリンは時々
                  ちぇ、やってられないよ、でも僕たちプロだから
                  ちゃんと演奏はするけどさ・・・というタイプと
                  わはははは、面白いじゃないか、やったろうじゃないか
                  というタイプに分かれている(妄想)

                  やったろうじゃないかタイプは
                  ダンスの時に前に出て来て
                  楽器を弾きながら、ステップ踏んでた。
                  (バイオリン・ビオラ以外にチェロまで出て来た(笑))

                  幕間の後に演奏し始めたら鳴る携帯電話のノキアのメロディ。
                  (もちろん演出である)

                  「コンサートの最中に携帯電話が鳴って焦る皆さま
                   どうぞご心配なく。
                   そういう時のために、私どものノキアの着音をダウンロードして下さい」

                  というので、ノキアの例のメロディーを
                  モーツァルト風、ブラームス風にアレンジ。
                  いや、そこまでは、何となくありそうなジョークだが
                  加えてシェーンベルクが登場したのにはひっくり返った。
                  (ノキアのメロディの12音技法・・・・)

                  その後もチャイコフスキーになったり
                  ドボルジャーク、ベルリオーズ、ベートーベンがノキアで登場。
                  いや、あの、あんなメロディ一つなんだけど
                  様々な作曲家の名曲に、ばっちり違和感なく組み込んでくるのに仰天。

                  コントラバス奏者が出て来て
                  コントラバスを使ってブレイク・ダンスしたのにも驚愕。
                  (これはさすがにウィーン交響楽団のメンバーじゃなかった模様)

                  ジョーが「もうコンサート終わったから帰って下さい」みたいな事を言ったり
                  (もちろん、それからも続く)
                  物乞いして、お金もらって
                  それをイグーデスマンがバイオリンに挟んで演奏したりとか
                  最後に客席から
                  若い男の子(10歳以下かな)2人と
                  もう少し年長の男の子(この子はダンスがプロだった)が出て来て
                  舞台で見事なブレイク・ダンス。

                  オーケストラも、次から次に曲想、いや
                  曲自体が変わっちゃう作品を、見事に弾きこなして
                  (しかも一部のプレイヤーは、何だか異様に楽しそうだった)

                  こういうのは
                  どこかの超一流オーケストラでは出来ないだろう、わっはっは。
                  いや、ウィーン交響楽団が超一流じゃないとは言ってません(汗)

                  新ネタ満載で、すごく楽しかった。
                  この2人組、大昔からずっと追い掛けているけれど
                  相変わらず、とんでもない曲を書いちゃうので
                  まだまだ楽しめるなぁ (^^)v

                  という事で、すでに薄れた記憶を頼りに
                  手抜き記事ですが
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ウィーン交響楽団 + ヤクブ・フルシャ

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2018年3月22日 19時30分〜21時50分

                    Wiener Symphoniker
                    指揮 Jakub Hrůša
                    ピアノ Leif Ove Andsnes

                    Felix Mendelssohn Bartholdy (1809-1847)
                     Ouvertüre „Meeresstille und glückliche Fahrt“, op. 27

                    Benjamin Britten (1913-1976)
                     Konzert für Klavier und Orchester D-Dur, op. 13

                    Johannes Brahms (1833-1897)
                     Symphonie Nr. 4 e-Moll, op. 98

                    ヤクブ・フルシャが指揮台に立って
                    アンスネスがブリテンのピアノ協奏曲。
                    しかも後半はブラームスの交響曲4番。

                    実は何も期待していなかった(すみません)
                    ベンジャミン・ブリテンの音楽に関しては
                    まだワタクシ的には扉が開き切っておらず
                    どうも、あんまり好きというワケではないし

                    若い指揮者で何を好き好んで
                    ブラームス晩年の名曲、交響曲4番を・・・
                    という偏見たっぷりのワタシ。

                    昨日のコンサートのチケットを
                    本日のコンサートの同じクラスのチケットに代えてもらったのだが
                    私の愛用席ではなくて、違う席になった。

                    ちょっと理由ありでギリギリに飛び込んだら
                    あれ、私の席に身なりの汚いオヂサンが座ってる。

                    ・・・けど、超貧民席ガラガラだから
                    なら、いつもの席に近いところに座ろう(笑)

                    さて36歳の若きチェコの指揮者だが
                    メガネ男子のイケメン (^^)

                    アタッシュケースとか持って歩いていたら
                    どこかの銀行とか、官僚の超エリートにしか見えない。

                    最初のメンデルスゾーンから
                    細かい部分まで拘って鳴らしているな、という感じ。

                    で、ブリテンのピアノ協奏曲って
                    初めて聴きます(すみません無知で・・・)

                    バルトークやストラヴィンスキー、あるいはショスタコーヴィッチの影響を受けた
                    パーカッシブな25歳の頃の初期作品で
                    作曲家自身がピアノを弾いて1938年に BBC Proms の前身のコンサートで初演。

                    ピアニストのアンスネスも
                    ウィーンではあまり頻繁には聴かないピアニストだし
                    1度以前に聴いた時には、そんなに強烈な印象はなかったので
                    本当に何も期待していなかった・・・・のに

                    何これ びっくり
                    すごい作品だし、面白いし、大衆ウケの要素がバッチリ入ってる。
                    ブラボーのギャランティあり、という感じのヴィルトゥオーゾ的作品。

                    それに・・・アンスネスの音って、あんなに「立って」たの?!
                    オーケストラに沈まず、バリバリ出てくるし
                    タッチが美しくて
                    ピアノという楽器の持っている多様性が
                    余すところなく鮮やかな音色で出てくるし

                    第一、この曲、どこまでカッコいい曲!!!
                    メロディのバリエーションが豊かで
                    全然飽きさせないし、ウケにウケるイタズラ心が一杯で
                    いや〜ん、こういう名曲
                    何でウィーンで滅多に演奏されないの?!

                    席は変わっても超貧民席だから
                    イケメンと言われるピアニストのお姿は拝見できないが
                    いや、もう、驚いたの何の。

                    で、こういう超弩級のプログラムで腰が抜けた後
                    後半がブラームスの交響曲4番。
                    よりにもよって名曲アワー、しかも若い指揮者。

                    全然期待してませんでした(こらこらこら)

                    フルシャ、指揮台に乗って
                    指揮棒を振ろうともせずに
                    会場が静かになるのを待っている。

                    ・・・あのあの、ここ、日本じゃないですから。
                    楽友協会が完璧に静かになるって、絶対有り得ない。

                    誰かが必ず椅子を軋ませるし、すごい音でガッタンと動かすし
                    (椅子はかなりの場所で固定されていない)
                    5秒から10秒の間に
                    (大)声を伴った咳込みが、少なくとも複数人数であるし。

                    まぁ、ある程度のところで諦めたみたいで
                    振り下ろした指揮棒で出たオーケストラの音。

                    何、この厚みのある音は・・・・

                    いや、ブラームス、オーケストラの音符の数は非常に多いのだが
                    こんなに音符の数、多かったっけ?というくらい
                    ゴージャスなオーケストレーションに聴こえてくる。

                    だからと言って、ぼってり感があったり
                    音が濁って団子になっているわけではなく

                    ちゃんと全部の音は鳴っているのに
                    焦点は合ってるし
                    厚みのある音響を、かなりの音量で演奏しているのに
                    バランスが抜群に良い。

                    それに何だか
                    オーケストラが本気になって演奏してる(ような気がする)
                    いや、いつも本気ではあるんだろうけれど
                    指揮者や曲によっては、かなり緩んだ音がする事のある
                    ウィーン交響楽団が、なんか、マジに本気出してる。

                    劇的なドラマツルギーで
                    枯れた晩年のブラームスとかの憂鬱さは全く感じない。
                    だからと言って、変に空回りの元気というのではない。

                    う〜、この指揮者、ものすごいスコア・リーディングしてないか?
                    出したい音のイメージが、ものすごくクリアに入っているような印象。

                    だから音に迷いがない。
                    ドラマツルギーに、有無を言わせない説得力がある。

                    第2楽章の最初のホルンのソロ!!!!!
                    ああああああああああっ、何と美しい!!!!
                    悶絶モノの美しさ。
                    絡まってくる木管の音も
                    ドラマチックで美しく、弦のピチカートも素晴らしい。

                    第1楽章と同じようにドラマチックな音楽を聴かせるけれど
                    それが大袈裟にならず
                    ウケ狙いの奇抜さも全くなく
                    あくまでも誠実にクラシックの伝統を守っているのに
                    オーケストラの織りなすダイナミックが、ものすごく魅力的。

                    ここまでドラマチックにやると
                    第3楽章が重くなったらイヤだな、と思っていたら
                    これは徹底的に重くしないで演奏した。
                    う〜ん、この指揮者、只者じゃないぞ。

                    最終楽章の始まる前に
                    やっぱり指揮台で、ず〜っと会場が静かになるのを待っていて
                    あまりに静かにならないので、ちょっと振り返ったりしていたが

                    だから楽友協会で会場の静寂なんてあり得ませんから!!!

                    案の定、あまりに音楽が始まらないので
                    今度はあちこちで、ご年配の方々が
                    あら、どうしたんでしょうね?とか、ヒソヒソ声で喋り出すし・・・

                    それでもまぁ、ある程度のところで指揮棒を振り上げる。
                    最終楽章の冒頭なんて、別にピアニッシモじゃないんだから
                    多少の会場の雑音(椅子のガタガタ+咳き込み)は我慢して下さいませ。

                    いやぁ、この最終楽章も見事なドラマツルギー。

                    この曲聴きながら
                    アドルノの絶対音楽と音楽の自律性の話を思い出していたのだが
                    ブラームス(絶対音楽)対 ワーグナー(プログラム音楽)って
                    全く意味のない分類じゃないのだろうか?

                    ブラームスの交響曲を
                    ここまでストーリーを持った劇的な音楽として演奏してしまうと
                    ワーグナーばりのプログラムが聴衆に見えてしまう。

                    具体的なストーリーではないにせよ
                    自然の営みとか、風とか水面とか、山々とか天気とか
                    場合によっては家の中の暖かさとか
                    脳内妄想には違いないが
                    音楽から、しっかりストーリーとして読み取れる。

                    これのどこが絶対音楽だって???
                    アドルノってアホじゃないの(とは言いません、口が裂けても(笑))

                    いやまぁ、見事にブラームスのドラマを
                    この上ない説得力を持って描いたものだ。

                    そりゃ、まだ若いだけに
                    晩年の枯れた哲学的な諦観は見えないけれど
                    だいたい、音楽に哲学的諦観がある、なんて考える方がヘン○イなのだ。
                    (私は精神性とか、全くわからない人間なので
                     よほどの事がない限りは、演奏の深みとか感じません)

                    こんな「名曲」を
                    ここまで徹底的にドラマにして
                    スレた聴衆を飽きさせないなんて・・・
                    あ〜、びっくりした。

                    期待値ゼロだっただけに(すみません)
                    ちょっと・・・いや、ものすごく驚いた。
                    オーケストラが本気だったのも好感が持てたし
                    あそこまで劇的に演奏しても
                    やけっぱちになっていなかったというのも刮目に値する。

                    3月に夏学期が始まったばかりの大学は
                    来週はイースター休暇で2週間休み。

                    とんでもないゼミを取ってしまったので
                    19世紀の古い文献を山ほど読むチャンスに恵まれ
                    (註 すみません、まだ読んでません・・・(冷汗))

                    もともと文学系じゃないので(外国語学部の言語学専攻)
                    この機会に、文学系をばっちりマスターしてしまおうと
                    他の人から見たら
                    完全に無意味で無駄な決心をしている私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    この間のゼミ発表で選んだ文献が
                    昔のドイツ語の亀の子文字で、解読にえらく苦労したのだが

                    その後の文献を調べていたら
                    それ以降の発表のテーマの文献って

                    ・・・全部、普通の文字じゃないの!!!!

                    何が悲しゅうて、亀の子文字と10日間格闘したんだか・・・(ため息)

                    ウィーン交響楽団 + フェドセイエフ 2回目

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2018年3月17日 19時30分〜21時50分

                      Wiener Symphoniker
                      指揮 Vladimir Fedosejev
                      ピアノ Elisabeth Leonskaja

                      Frédéric Chopin (1810-1849)
                       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 e-Moll, op. 11

                      Dmitrij Schostakowitsch (1906-1975)
                       Symphonie Nr. 10 e-Moll, op. 93

                      何故かウィーン交響楽団なのに
                      このコンサート、ほとんど売り切れって
                      レオンスカヤ人気かフェドセイエフ人気か、と
                      不思議に思っていたのだが

                      周囲の観客見ると、ほとんど一見さんで
                      超貧民席は、相変わらず
                      コンサートの間中、みんなスマホを見ているような有り様。

                      楽友協会はコンサートが始まっても
                      照明は落ちないので
                      隣のスマホの光がチラチラするのは
                      多少気になる程度なので
                      もう諦めてます。

                      (これが、会場が暗くなるオペラ座だったら注意するが。
                       だってオペラ座で開演中にスマホの画面って
                       バッチリ全員から、その光は見えるのだ)

                      ショパンのピアノ協奏曲1番。
                      出だしのオーケストラからギョッ・・・

                      オーケストラの音が焦点を結んでいない。

                      とんでもなく、ぐっちゃりした音で
                      (解像度云々なんて言っていられない)
                      しかも
                      シューッという息の音が盛大に聴こえるのは
                      フェドセイエフがシューッ・シューッと言っているのか
                      (指揮者にはありがち)
                      ピアニストのレオンスカヤがシューッと叫ぶのは聴いた事がないので
                      たぶん、指揮者の唸り声か荒い息だと思うんだけど
                      何だか異様な雰囲気の音楽になってる。

                      ピアノのレオンスカヤは御歳72歳だが
                      技術的に歳を感じさせるテクニカルな弱点はない。

                      ただ、昨今の若いピアニストに比べると
                      前時代のヴィルトゥオーゾという感じはする。
                      弾き方というか、音響の出し方が非常に伝統的。

                      目が醒めるようなギョッとする音色も
                      テクニックが弾けて星になって会場に散らばるという
                      (あくまでも妄想です)
                      派手なシーンもないけれど

                      その代わり、メカニカルと対極に位置する
                      血の通った人間が音楽してる、という温かさが伝わってくる。

                      ちょっと時々、あっ?!という部分はあったとしても
                      昨今の技術ばかり目立ってドライな演奏をするピアニストとは
                      一線を画するし
                      こういうピアニストが舞台で活躍してくれるのは嬉しい。
                      有機的な「人間」とか「生命」を音楽から感じさせてくれる。

                      ただ、私が昨日聴いてノックアウトされて
                      楽しみにしていたのはショスタコーヴィッチの交響曲10番。

                      フェドセイエフの指揮姿を拝見。
                      指揮棒はなし。
                      以前は老眼鏡もお辞儀の時には外していたのだが
                      今はメガネのままで
                      スコアを前に

                      かなりスコアを見ながら
                      豊かな表情の手でオーケストラに語りかける。

                      でも最初の出だしのキューが
                      ぜ〜んぜんわかりません(所詮シロウトですから)
                      あれ、オーケストラのメンバーにもわからないんじゃないか?

                      それでも阿吽の呼吸というのはあるようだ。
                      フェドセイエフってウィーン交響楽団には、かなり愛されているらしい。
                      (愛されている指揮者と言えばプレートルもそうだったなぁ・・・)

                      動きは昔ほど大きくはない。
                      身体全体ではなく、両手の部分を使って
                      特に手の表情がすごく豊かになった。

                      スコアを見ながらも
                      ここ、というところでは
                      小さい動きながら、的確なキューを出してくるし

                      スコアに記載されている
                      どんな細かい音楽的要素も逃すまいと言う気迫が
                      恐ろしいほどに伝わってくる。

                      とことん音楽に対して真摯で誠実。
                      記載されている音符から紡ぎ出す音は
                      ノテーションから完璧に解放されて
                      とんでもない巨大な構築をホールを満たして
                      その真の姿を現わすという印象を受ける。

                      こんなに真摯に誠実に演奏されると
                      この曲、迫力はそのままに残しながら
                      表面的な派手さではなく
                      どこまで深くなるのか。

                      見てはいけない世界を垣間見たような
                      現世であって現世でない「何か」を提示されたようで
                      背筋がゾクゾクする。

                      ウラジミール・フェドセイエフは85歳。
                      1997年〜2005年のウィーン交響楽団の首席だった頃から
                      ファンだったんだけど
                      え〜?考えてみれば1997年って今から20年以上前?!

                      音楽一筋に、真摯に向かい合って
                      音楽そのものを愛して来た指揮者が到達した
                      とんでもない境地だと思う。
                      (以前のチャイコフスキーの時も背筋が凍る思いをして
                       コンサート後にトイレで号泣してしまったが・・・)

                      昨日、ボロボロに崩れかけそうだった第2楽章は
                      今日はオーケストラがぴったり縦線を押さえて来たし
                      (ちと木管の高音が上がりきってなかったけど、まぁ、それはご愛嬌)
                      第3楽章でのホルンのソロは
                      舌を巻くほど巧かった。
                      音外しゼロで、Aの音の美しさと言ったら悶絶モノ。

                      あの若いホルンのお兄ちゃん
                      ウィーン交響楽団にずっと居てね、お願い。
                      (ウィーン交響楽団の優秀なプレイヤーは
                       時々、ウィーン・フィルがお買い上げになってしまう)

                      オーボエ、フルートも良かったけれど
                      ファゴットのソロが絶品だったわ。

                      退屈してスマホ弄って、ため息つきながら
                      最後まで居た若い男性
                      (地図調べていたしパスポート出していたから
                       間違いなく観光客)
                      ちょっとかわいそうだった。

                      クラシック初心者が初めて聴く曲が
                      ショスタコーヴィッチの10番って
                      ちょっとハードルが高すぎる。

                      自称クラオタの私だって
                      ショスタコーヴィッチはかなり噛み応えがあって
                      まともに聴けるようになるまでに
                      かなり長い時間が必要だった。

                      でも、自己妄想かもしれないけれど
                      多少なりともショスタコーヴィッチを聴く耳があって
                      フェドセイエフのこの演奏を聴けて
                      本当に忘れられないゾクッとする思い出になったのが
                      嬉しい・・・とは単純に言い難い
                      心理的にまだ暗闇の中にいるような気分の私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      今週末から夏時間開始なのに
                      今日の気温、マイナス1℃とかで
                      しかも昨日、雪が降ったから道路は凍ってる・・・
                      お〜い、春よ、早く来い・・・(涙)

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