ウィーン・フィル + ジョン・ウイリアムズ

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    Musikverein Großer Saal 2020年1月18日 15時30分〜18時20分

    Wiener Philharmoniker
    バイオリン Anne-Sophie Mutter
    指揮 John Williams

    John Williams (*1932)

    Flight to Neverland (aus: Hook)
    Excerpts (aus: Close Encounters of the Third Kind)
    Hedwig’s Theme (aus: Harry Potter, Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
    Theme (aus: Sabrina. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
    Donnybrook Fair (aus: Far and Away. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
    Devil’s Dance (aus: The Witches of Eastwick. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
    Adventures on Earth (aus: E.T. The Extra-Terrestrial)

    Theme (aus: Jurassic Park)
    Dartmoor, 1912 (aus: War Horse)
    Out to Sea / Shark Cage Fugue (aus: Jaws)
    Marion’s Theme (aus: Raiders of the Lost Ark)
    Drei Stücke aus „Star Wars“
    The Rebellion if Reborn
    Luke and Leia
    Main Title

    昨年に、既にこのプロジェクトはあったのだが
    ジョン・ウイリアムズの病気でコンサートそのものが中止になって
    改めてやる、と決定された時に

    たまたま売り出し開始日に
    貧民席の中のベストの席が空いていたので
    いつもの貧民席価格より高いのに
    ついポチッとしてしまったのが、今日のコンサートである。

    コンサートそのものは立ち見席に至るまで売り切れ。
    (立ち見席もいつもの6ユーロではなく8ユーロ50セントだったらしい)
    来ているのは、若い男性と男女カップル、
    子供連れが圧倒的に多く
    難しい顔をしてお洒落した品の良い年配の男女は
    ・・・全くいない。

    私は難しい顔もしてないし、お洒落もしてないし
    品も良くないけれど
    何だか、周囲の客の層が、いつもと全然違うので
    あ〜、普通クラシック聴かない人が
    クラシック・コンサートに迷い込んだら
    こういうアウエイな感じなのね、と納得。

    ジョン・ウイリアムズが登場したとたんに
    大きな拍手が起こる・・・だけじゃなくて

    きゃ〜〜〜〜っ!
    観客全員、総立ちになった!!!!

    どんな指揮者でも作曲家でも
    登場したとたんにスタンディング・オベーションというのを
    私は初めて見た。

    映画音楽である(だから何?)
    私は映画には行った事がない。
    映画館にも行った事がない。

    6歳の時に、血迷った父親に
    2001年宇宙の旅を見せられた(隣で父はぐっすり寝てた)のが
    映画館に行った初体験だが
    その後、試写会とかはタダで行った事はあるけれど
    ロードショーに行ったという記憶がない。

    別にはっぱ家で映画が禁止されていた訳ではなくて
    ただ、単に、ウチが貧乏だっただけの話で
    多少のお小遣いをもらうようになった時点で
    私が通い出したのは東京文化会館であって映画館ではなかった。
    (オーケストラの学生券の方が映画より安かったと思う)

    何を言いたいかと言うと
    映画音楽なので、ワタクシは、何の感想も書けないのだ。
    知らないから・・・(すみません)

    こういう知識の偏り方もマズイとは思ったので
    大学の図書館で、ここ数日、スター・ウォーズを聴いてはいたが(呆)

    さて、映画音楽という研究のジャンルもある位だし
    劇場研究では、映画の研究も非常に進んでいるし
    ウィーン音楽大学では映画音楽の音響効果だけを学ぶ専攻もあるくらいで
    映画というのは、非常に好まれているジャンルらしい。
    (だからワタシ、知らないんです(恥)
     あまりに話題になったものについてはDVDを買ったりするけど)

    で、その「映画音楽」をウィーン・フィルの音色で聴いてみて
    我々が日常に聴いているクラシックと何が違うかと言えば
    ・・・別にそんなに違わないんじゃ?
    というのが正直な感想。

    分かり易い、あるいは耳触りが良いとかが
    音楽のクオリティの良し悪しに関係あるとは思わないし
    (だったらハイドンとかモーツァルトは何なんだって事)
    面白い事に、曲として聴いてみると
    ちゃんと従来の作曲法の技術に従って
    フォームもしっかりしているし
    モーツァルト張りの美しいメロディのテンコ盛り。

    シェーンベルクは、もうモチーフなんて書き尽くされたとか思ったらしいが
    この音楽聴いたら、ひっくり返るんじゃないか。

    まぁ、確かに盛り上げ方が
    どの曲でも、かなり似ていて
    職人芸だなぁ、とは思うけれど。

    最初の曲が終わったとたんに
    大拍手と共に、またもや全員が立ち上がるという状態。
    何なんだ、この熱狂振りは・・・

    2曲目の出だしが、正に20世紀半ばあたりの
    現代音楽そのもので

    だからワタシ、いつも言ってるけど
    現代音楽って、絶対に映画音楽としてバッチリなんだってば。
    リゲティの例を出すまでもなく
    私は現代音楽を聴くと、時々、映画のシーンが思い浮かぶ。
    ほとんどの場合はホラー映画だが(笑)

    その後、アンネ=ゾフィー・ムッターが登場。
    ジョン・ウイリアムズがマイクを持って
    ムッターを称賛した後
    続けて4曲、ムッターがモチーフを弾くという趣向の曲。

    あ〜、別に今日の聴衆
    アンネ=ゾフィー・ムッターを聴きに来ているとは思えないんだけど。

    盛り上がりの前半があって
    後半ではジョーズとか、レイダースとか
    最後はスター・ウォーズで盛り上げて盛り上げて
    またもや、観客総立ち。

    良い音楽だとは思うし
    素晴らしいけれど
    続けてずっと、こういう感じの曲を聴いてみると
    やっぱりちょっと飽きるというか(すみません)

    アンコールやりそう、と思って待っていたら
    またもや、アンネ=ゾフィー・ムッター登場で
    割にリリックな湿っぽい曲を
    続けて3曲、ムッターのバイオリンで演奏。

    ううう、長いし、こんな盛り上がらん曲を
    アンコールで、しかも続けてやるのか???

    と思っていたら、最後の2曲は
    ガンガン盛り上げて終了。

    幕間には、スター・ウォーズのモチーフの
    スーツを着た若い男性が居たりして
    確かに、この聴衆の層って、全然違う。

    ハリウッド方式あるいは
    ティン・パン・アレーから始まった
    ポピュラー音楽の歴史については
    1年生の最初の学期のポピュラー音楽入門(必須)で教わったから
    いわゆる映画音楽(やミュージカル)についての
    作曲家という役割が、当時から全く変わって来たのは知っているが

    その中で、このジョン・ウイリアムズという作曲家は
    たぶん、しっかりとした音楽教育を受けて
    自分でもオーケストラ・アレンジメントなんかも出来ちゃう人なんだろうなぁ。

    ・・・と、プログラムの紹介を読んでいたら
    作曲法を習い、ジュリアード・スクールも卒業して
    ちゃんと交響曲とか協奏曲とかも作曲していらっしゃるのね。

    映画音楽と言えば
    ショスタコーヴィッチだって映画音楽を作曲していて
    それがスターリンのお気に召したために
    逮捕されずに済んだ(で、本人はそれにショックを受けた)
    というエピソードもあるし
    やっと取り上げられ始めているコルンゴルトだって
    ハリウッドで活躍した。
    映画音楽家として有名なニノ・ロータも
    数多くのクラシック作品を残している(誰も演奏しないが)

    そう考えると
    映画音楽対クラシック、という二律で考える事自体がヘンなので
    音楽は音楽であって
    じゃぁ、何が映画音楽なのか、というと
    たまたま、映画につける音楽として作曲された、というだけじゃない。

    映画音楽の作曲家で
    指揮者で超有名になったジョン・ウイリアムズの
    交響曲とか、協奏曲とかを
    コンサートで聴ける機会というのは
    これからあるんだろうか?
    ・・・というより、この人の「普通のクラシック」も
    聴いてみたいような気がするんだけど
    ニノ・ロータと同じで
    やっぱり一分野で名を挙げてしまうと
    その他の作品は取り上げられないのかなぁ。

    現代音楽ジャンルから言えば
    こういう映画音楽を書く人のクラシック作品って
    シュヴェルスチックあたりがトライしている
    本来のクラシックに戻ろう運動的なものになっているような気がするのだが。
    (データ・ベースで探してみよう、もしかしたらあるかもしれない)

    いやしかし、このコンサート長すぎた。
    もちろん、聴衆が1曲ごとにスタンディング・オベーションしたのもあるけれど
    アンコールでムッターが出て来て、3曲も演奏したのはちょっと(以下省略)

    コンサート終わったのが、18時20分頃で
    後で係員が「その後のコンサートもあるのにむちゃくちゃ大変だった」
    と言っていたし
    ウィーン・フィルのメンバーも
    その後、国立オペラ座に走らねばならない人も居ただろう。

    ジョン・ウイリアムズ87歳。
    指揮台のところに最初に椅子が置いてあったけれど
    結局、全く使わずに
    とてもお元気な足取りと、明確な指揮で
    ご自分の曲を演奏なさっていて
    う〜ん、まだまだお若いわ。

    ナマのジョン・ウイリアムズを拝見できるチャンスなんて
    たぶん、これが最後だろうし
    ウィーン・フィルの豊かな音響で演奏される曲は
    すべて、とても美しくホールに響いて
    確かに長かったんだけど
    いつものチケットよりずっと高かったモトは取った(それかいっ!)

    と、セコい事をついつい考えてしまう私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    ウィーン・フィルの定期公演ではないのだが
    このコンサート、明日、日曜日の午前11時からもある。
    定期ではないし、チケットも高かったので私は行きません、あしからず。

    ウィーン・フィル + ゲルギエフ 1回目と2回目

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      Musikverein Großer Saal 2020年1月11日 15時30分〜17時35分
      Musikverein Großer Saal 2020年1月12日 11時〜13時5分

      Wiener Phiharmoniker
      指揮 Valery Gergiev

      Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
       Symphonie Nr. 1, g-Moll, op. 13, „Winterträume“

      Nikolai Rimski-Korsakow (1844-1908)
       „Scheherazade“, Symphonische Suite aus
        „Die Erzählung aus Tausend und Einer Nacht“, op. 35

      ウィーン・フィルの週末定期は
      ワークホリックで謎の指揮者、ヴァレリー・ゲルギエフが登場。

      世界で最も忙しい指揮者のランキングでは
      アンドリス・ネルソンスが1位で、ゲルギエフは2位らしい。
      (The busiest performer in 2019
       ちなみに、3位はパーヴォ・ヤルヴィ、4位がヤクブ・フルシャで
       御歳92歳のブロムシュテットがハーディングと同得点で8位)

      指揮姿を拝見すると
      今回は指揮棒なし。
      最初から、右手のブルブルが始まって
      え?それって開始の合図?という
      右手のブルブルに続いて、左手のブルブルも始まって
      よくわからない謎の動きの連続である。

      まぁ、チャイコフスキーの交響曲第1番って
      そういうフルフルのフレーズから始まる曲なのだが。

      それに私、別に指揮者を見にコンサートに来ているんじゃなくて
      音楽を聴きに来ているから
      指揮者がどんなに謎の動きをしても別に構わない
      ・・・けど、ゲルギエフ見てるとクラクラするので
      音楽に集中しよう。

      しかしまぁ、ゲルギエフのロシアものって
      正に絶品だと思う。
      熱血とは言わないけれど
      音楽のどのフレーズを取っても
      息づきがあって、血が通っている感じがして
      ともかく「聴かせる」演奏になっているのが凄い。

      チャイコフスキーの「冬の幻想」の
      音の色の美しさには悶絶する。

      時々、幻想じゃなくて、悪夢になったり
      泣き叫ぶところもあるし
      後期の交響曲と比べると冗長な感じはするけれど
      メロディの繰り返しさえも退屈させず聴かせてくれる。

      ウィーン・フィルの音は厚めに出してはいるけれど
      もともとの洗練さがあるので
      泥臭くならず、もう、ちょうど良い絶品の状態で
      ホールに音響が広がっていって
      うるさ過ぎずにホール全体を柔らかい音響で満たす。

      照明が入っていたから
      フィデリオかアルテか、ともかく映像で残るのだろうし
      日曜日定期はオーストリア国営放送でのラジオ・ライブがあったので
      今、ラジオテークで聴き始めたところ。

      タイトルが「ロシアのメルヒェン」と書いてあったので
      まさかウィーン・フィルの定期とは思わず
      探すのに苦労してしまった(笑)

      オーストリア国営放送1番ラジオ局で
      オンデマンドで1週間聴けます。
      ぜひどうぞ。

      いや、良いわ、このチャイコフスキー。
      あの、フルフル震える手の指示だけで演奏しているとは思えない。
      音の暖かさとダイナミックが、録音で聴いていても
      けっこう、たまらん。
      (こうやって自宅で録音で聴くのも悪くないけれど
       やっぱり楽友協会の会場で
       あの音に包まれた空間の快感は何物にも代えがたい)

      後半のシェヘラザードも絶品。
      いやもう、この曲って
      オーケストラのための協奏曲か、と思う程に
      ソロの楽器の名演が多い。
      シェヘラザードのモチーフだけじゃなくて
      次から次に金管や木管の素晴らしいソロが出て来て

      リムスキー=コルサコフのオーケストレーションの色合いが
      むちゃくちゃ美しい。
      我々が視覚的に思い描くような
      ロシアのマトリョーシュカの原色に近い色合いのような感じで
      それが、ウィーン・フィルのノーブルな音色で
      限りなく洗練されて出てくる時の快感って、す・て・き(笑)

      ソロの部分のテンポを思い切り落として
      ソリストは大変だと思うんだけど
      まぁ、聴かせる事・・・

      シェヘラザードのテーマはコンミスのダナイローヴァ女史。
      惜しむらくは、時々音程が不安定になるけれど
      ダナイローヴァ女史にしては、細い美しい音で弾いている。

      ゲルギエフの、あのプルプルから出てくる
      音楽的なイメージって
      音楽が生き物のように蠢いているようだ。
      あと、ドラマチックに語りかける力が群を抜いている。
      有無を言わせぬ説得力と言おうか
      指揮者がオレオレで出て来る事は全くないのに
      音楽に内在したドラマそのものが
      惜しむ事なく聴衆に雄弁に語りかけてくる。

      正直言うと
      楽友協会ホールの音響効果があまりに良過ぎて
      後で放送を聴くと、意外に傷がある事があるんだけど
      このラジオ放送の演奏、むちゃくちゃ良いじゃん・・・

      今、チャイコフスキー1番をラジオで聴きなおしながら
      何だか、すごく感激している。
      1回のコンサートで2回美味しい、いや、土・日行ってるから
      3回美味しいって感じか。

      実は同じプログラムで14日に
      コンツェルトハウスでもコンサートがあるのだが

      ムーティとシカゴにバッティングしたので
      チケットは返してしまった。
      いや、この演奏だったら、もう1回行っても良かったかもしれない。

      まぁ、指揮姿や指揮法は
      指揮者によって色々とあるわけで
      昔はフルトメンクラウという名前の巨匠も居たようだし
      (いや、あはは、わかってます、はい)

      しかし、ラジオ放送を聴いていて
      今の録音技術って向上したんだなぁ、と
      つくづく思ってしまう私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      いや〜、謎の指揮者ゲルギエフ好きだわ。
      続けてオペラ座でローエングリーンを指揮する予定で
      内部は結構苦労しているみたいなんだけど
      どうなるかしら(行くんですワタシ)

      2011年だけど、ゲルギエフのマスター・クラスのクリップを見つけた。
      4分のショート・フィルムで
      スクリャービンの法悦の詩からだが
      ゲルギエフが唸って大声で歌って
      手をブルブルさせると
      オーケストラの音が突如として変わるのが凄い。
      お暇な方はぜひどうぞ。


      ウィーン・フィル + セミヨン・ビシュコフ

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        Musikverein Großer Saal 2020年1月5日 11時〜12時45分

        Wiener Philharmoniker
        Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
        指揮 Semyon Bychkov
        バイオリン Anne-Sophie Mutter
        テノール Piotr Beczała

        150 Jahre Musikverein

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
         Ouvertüre zu Goethes Trauerspiel „Egmont“, op. 84

        Joseph Haydn (1732-1809)
         Chor „Stimmt an die Saiten“ aus dem Oratorium
         „Die Schöpfung“, Hob. XXI:2

        Johann Sebastian Bach (1685-1750)
         Adagio aus dem Violinkonzert E-Dur, BWV 1042

        Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
         „Konstanze, dich wiederzusehen! - O wie ängstlich.“
         Rezitativ und Arie des Belmonte aus dem Singspiel
          „Die Entführung aus dem Serail“, KV 384

        Franz Schubert (1797-1828)
         Pax vobiscum (Der Friede sei mit euch) D 551

        Ludwig van Beethoven
         Symphonie Nr. 5 c-Moll, op. 67

        明けましておめでとうございます。

        1月1日のニューイヤー・コンサートは
        自宅のインターネットのライブ配信で
        ともかく、何が観たかったかと言えば
        ネルソンスじゃなくて、バレエで
        正直、バレエしか興味がない(すみません)

        後半最初の、オイゲン公冬の宮殿での
        ナターシャの美しさと言ったら
        もうそこで独りで悶えまくり。

        17歳で団に入って6年くらい?
        「少女」だった頃から追いかけて来たけれど
        少女から女性に成熟して
        匂い立つような成熟の最初の香りの
        逆らえない魅力。
        デニスとのカップリングもお似合いだし
        オランダに行ってしまったニナ(トノリ)と
        一人だけ衣装が違ってモダンな黒のダヴィデ
        超美少女のキレキレな踊りを見せるマディソンと
        ノーブルな気品を醸し出すローベルト。

        もう一つのバレエは
        ベートーベン生誕250年を祝って
        ハイリゲンシュタットのベートーベン博物館
        旧称「遺書の家」とその周辺でのロケ。

        ケテヴァンとローマン、オルガさまとヤコブ。
        (全員、プリンシパルである。ヤコブは一番若い。22歳くらいだと思う)
        ローマンが仕事帰りのサラリーマンに見える、と友人は言うけど
        あんなかっこいいサラリーマンが何処にいる?
        (いや、確かに衣装は、こういう人居るよね、って感じだが)
        石畳の上でポワントで踊らせるって
        どういう鬼畜かと思うけれど(笑)
        すごく自然な感じでのバレエは素晴らしかった。
        さすがのベテランの実力。

        さて、今年初のナマのコンサートは
        1870年1月6日12時30分から行われた
        楽友協会オープニング時のコンサートを再現。

        当初はマリス・ヤンソンスが指揮する予定だった(涙)

        何せ150年前のコンサートの再現なので
        プログラムは、ごった混ぜ(笑)
        たぶん、これ、150年前は幕間なしの通しだったんじゃないのかなぁ。
        ベートーベンの交響曲の前に幕間が入ったけれど
        比較的短いプログラムである。

        エグモントも交響曲5番も
        面白い事に、音が薄い印象がある。
        オーケストラ編成はどうだったのかはわからないが
        (あ〜、どうせ超貧民席なので舞台は見えないんです)
        コンマス(たぶん新コンマス暫定雇用中?)見ると
        ビブラートのモダン奏法だったから
        この、すっきりした音の薄さは意図的なものだろう。

        最近、楽友協会の音響が団子になるような
        音量をむちゃくちゃ上げた演奏ばっかり聴いてたからな。
        (近代の大編成オーケストラでは、それが普通)

        その意味では
        ベートーベンも、あるいは合唱の入ったハイドンの音色も
        非常に繊細で
        ガンガン鳴らせてというのの対極に位置して
        楽友協会大ホールの
        多彩な音響効果を繊細に楽しんで下さいね、という感じ。

        何故、こんなバッハの小曲1曲(しかもアダージョ)に
        わざわざ、アンネ=ゾフィー・ムッターを呼んで来たんだろうとか
        ピョートル・ベチャワにモーツァルトの
        後宮からの脱走のアリアを歌わせるか?という
        (ベチャワのレパートリーにはあるけれど)
        ある意味、ちょっと不思議なところもあったけれど
        ムッターも、さすがにバッハのアダージオなので
        ガリガリにならず、これも細めの音で控えめだったし
        ペチャワは・・・まぁ、声は前に飛ぶので
        普通以上のお高いお席をお求めの皆さまには
        美しく響いた事だろう。

        オーケストラからコーラス
        バイオリンやテノール
        その時々での音響の印象の変化を楽しむという
        その意味では、面白いコンサートではある。

        けど、あれですよ、やっぱり150年前と比べると
        ホールの音響にあまり違いはないとしても
        (火事の後に改装しているから、少しだけは違うと思うが)
        たぶん、聴衆の耳が変わって来てしまっていると思う。

        だって、1870年って明治2年ですよ?
        オーストリアの最初の電化はシェーンブルン宮殿で
        確か1901年の筈なので
        当時のシャンデリアは電気ではなく、たぶんガス燈?
        リング通りは、まだずっと工事中で
        やっと、この前の年に、現在、ウィーン国立オペラ座と呼ばれる
        ウィーン帝立・王立宮廷歌劇場の建物がオープンしたばかり。

        お隣には、現在、ホテル・インペリアルとなった
        フィリップ・ヴュルテムベルクとマリー・テレーゼの宮殿がある。
        この楽友協会が1870年に隣に建てられて
        ウィーン川が見えなくなって、お気に召さなくなったため
        ヴュルテムベルクはこの宮殿を1871年に売却している。

        という事は、当時は現在地下鉄の駅カールスプラッツとかに
        まだウィーン川(現在は地下に流れている)が見えていたし
        もちろん、セセッション(分離派会館)や
        ふくろうのデコレーションのウィーン工科大学もなかった。

        道路には、馬車は走っていただろうが
        ガソリン自動車の誕生は1885年以降なので
        車は走っていない。
        (楽友協会がリング通りに面していないのは
         リング通りの騒音を避けるために
         フランツ・ヨゼフ皇帝が、わざわざ奥まったところに
         楽友協会用の土地を提供したからである。
         まぁ、その後、大きな通りは出来てしまったので
         救急車やパトカーが通ると、サイレンは聴こえてくる)

        私は記念日とか記念の年とかいうものに非常に疎いし
        歴史が苦手だし
        想像力に欠けるので
        当時の人が、どういうサウンド環境の中で生きていたのか
        今一つ、うまくイメージできない。

        ただ、当時の市民階級が
        音楽という貴族の楽しみを自分たちのものにして
        やっと、自分たちのコンサート・ホールが出来た、という喜びと
        音楽の「神聖化」についての思想史が
        ほんの片鱗だけわかるのが
        この、ギリシャ神殿に似せて作られた
        楽友協会ホールという建物だと思う。

        テオフィル・ハンセンが
        コンサート・ホールを手掛けた事がなく
        (音響については何にも知らず)
        予算の問題で、当初使われる筈だった建築材が無理で
        結局、すべて木材になってしまったり

        もともと、コンサート・ホールというよりは
        市民パーティ会場として使う予定だったので
        椅子を収納するための地下室が作られていたり

        そんなこんなという偶然が重なって
        とんでもなく、不思議な音響のホールが出来てしまったのは
        読者の皆さまの方が、よくご存知かもしれない。

        さすがのウィーン・フィルさまさまの演奏なので
        会場はかなり静かで
        風邪ひいて咳が出る私は、タオルを持参したのだが
        何とかコンサート演奏中は咳せずに済んでホッとしているところ。

        しかしまぁ
        ウィーン・フィルも、こういうコンサートになると
        徹底的にサラリーマン集団と化すなぁ。
        (全員ではありません。
         昨年末に、ものすご〜〜〜くマジメで
         演奏ごとに全力出し尽くすメンバーと
         熱い議論を交わしたばかりなので
         そういう人もいるし
         そうでない人もいる事はよくわかっています)

        想像力に欠けた私としては
        150年前と同じプログラムを聴いても
        だから感動・・・というワケにいかないのだが
        (だって今やコンツェルトハウスもあるし
         貴族でなくても、有産階級でない貧しい私でも
         コンサートには行けるし
         市内には車がビュンビュン走っているし
         電気あるからいつでも明るいし・・・)

        150年の歴史を振り返ってみるには
        非常に面白い機会だった。
        プログラムは
        40ページにわたって
        楽友協会の歴史の記述があって
        これは永久保存版だ、pdfに落としておこう。

        というわけで
        冬休みは遊びまくって何も勉強していないが
        (明日月曜日1月6日は祝日で、大学は7日から)
        今年も
        興味赴くままに、コンサートやバレエや
        大学の授業に放浪する予定の私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        ウィーン・フィル + ムーティ 1回目と2回目

        0
          Musikverein Großer Saal 2019年12月7日 15時30分〜17時45分

          Wiener Philharmoniker
          指揮 Riccardo Muti
          ピアノ Rudolf Buchbinder

          Ludwig van Beethoven (1770-1827)
           Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5, Es-Dur, op. 71
          Igor Strawinsky (1882-1971)
           Le Baiser de la Fée (Der Kuss der Fee). Divertimento für Orchester
          Ottorino Respighi (1879-1936)
           Pini di Roma. Symphonische Dichtung

          ウィーン・フィルは2週間続けての定期公演。
          ムーティ指揮もだが
          ジモッティが大好きなブッフビンダーがピアノで
          しかもベートーベンのピアノ協奏曲5番。

          もしかしたら
          ストラヴィンスキーとかローマの松狙いもいるかもしれないが
          まぁ、少数派であろう。
          (普通だったらここで、私はストラヴィンスキー、とか書くが
           今回の「妖精のキス」という曲は未聴・・・(冷汗))

          土曜日・日曜日両方とも行ったので
          本来は土曜日の感想、日曜日の感想と2つ書くのだが
          来週の発表準備が頭の中でグルグル回っていて
          それ以外にも頭の痛い事が色々あって
          ・・・あ〜、もう端的に言って「時間がない」

          さて、ベートーベンのピアノ協奏曲5番だが
          ベテランの指揮者、ベテランのピアニストに
          何回も同じピアニストと演奏しているベテランのオーケストラで
          高い水準の伝統的ベートーベン。

          という事で満足するのがベストである。
          他に何を期待するんじゃ。
          時々、おわああああっ、と叫びたくなるような演奏もあるが
          いつも奇抜な演奏を聴いていると
          またそれも飽きて来て、伝統的に正しいものを聴きたくもなる。

          面白かったのが第2楽章で
          土曜日には、オーケストラが出たとたん
          客席から、おえっ!というような咳の奇声が響き
          ムーティが指揮棒を下ろしてしまった。
          ・・・で、演奏中断。

          すぐに最初から再開したものの
          最初のオーケストラのフレーズが、よれよれで
          ナニこれ?というレベルの
          いや、演奏ミスとかじゃないんだけど
          プレイヤーの集中力がなくなると
          こういう演奏になる事もあるのか。
          非常に珍しい演奏を聴いてしまった(別に得したとは思わんが)

          この第2楽章、鬼門らしく
          日曜日は中断なしに、あ〜、プレイヤーが集中すると
          ここまで美しく音楽的な統一を示すんだなぁ、と
          感心していたら

          ブッフビンダーが途中のタクトの数え間違いで
          突然メトルムの混乱。
          まぁ、オーケストラはずっと和音を演奏しているので
          ピアニストが巧く合わせて目立たずに着地したが
          もちろん、私の頭の中の記憶ミスで
          ピアニストは最初から最後まで正しく弾いていた可能性は高いので
          読者の皆さまは、このド・シロートの言う事は本気に取らないように。
          (何せこの記録は、あくまでも自分の個人メモです)

          後半の最初のストラヴィンスキーの「妖精のキス」の
          ディヴェルティメントは
          ウィーンで演奏されるのはかなり珍しいと思う。
          (だって初聴きだもん)

          ネオ・クラシック様式で
          チャイコフスキー からのメロディを引用した
          チャイコフスキー ・ア・ラ・ストラヴィンスキーって感じか。
          美しいチャイコフスキー っぽいメロディに
          ストラヴィンスキーのネオ・クラシック時代の工夫が凝らされて
          何とも楽しい音楽。

          2曲目はハープとチェロ、クラリネット、フルート、ホルンの
          兼ね合いが素晴らしい曲で
          (舞台見えないので、楽器は音色で区別したので
           間違っていたらごめんなさい・・・)
          チェロのソロからクラリネットに移って
          そこから断絶なくフルートに移っていくところの
          音の色合いの微妙な変化(というよりあまりに統一感あって「不変化」かも)
          こういうフレーズって
          音響オタクの好奇心を激しく刺激するわ。

          ディヴェルティメントとは言え
          もともとがバレエ音楽で
          しかも、チャイコフスキー風なので
          頭の中にバレエ・ダンサーがどんどん登場して
          勝手に踊り出す妄想に駆られてしまい

          もちろん私は踊れないし
          芸術的才能ゼロで感受性ゼロで
          創造性のカケラもない人間だが
          この音楽でバレエの振付してくれる人、いないかなぁ。

          クラシックでも良いし
          意外にモダンの振りでも
          リズムの刻みやクライマックスの盛り上げ方が
          ばっちりバレエになっているので楽しい作品になると思うのだが。
          (あくまでも他人頼みだが、その方が迷惑にならずに済むという自覚はある)

          ローマの松は、噴水と同じく比較的演奏される曲。
          バルコン・ミッテの両脇に譜面台が置かれているので
          最後のバンダの金管はあそこからなのね。

          客席の拍手が終わらないうちに
          指揮棒を振り下ろすムーティさま。

          いやしかし、ムーティの手にこのオーケストラが入ると
          時々、目を剥くほど美しい音が出るのは何故なんだろう。

          ボルゲーゼから、ムーティはオーケストラを目一杯鳴らす。
          なんなんだ、最近はオーケストラをむちゃくちゃ鳴らすのが流行なのか?
          そこまで鳴らさなくてもとは思うのだが
          その分、カタコンバへのコントラストが見事。

          カタコンバの美しさも絶品だが
          続くジャニコロは、もう失神しそうな美しさで
          空気も空間も時も遥かに越えて
          宇宙空間に飛び出しそう。

          楽友協会で、たぶん唯一のプレイバック許可が下りる
          ナイチンゲールの後のアッピア街道。
          バンダの金管も準備万端。

          盛り上がった時の音圧の凄さといったら
          耳栓が欲しいレベルだが
          音のレンジの集点が高音にないし
          (だから人間の聴域を考えると音圧はかなりスゴイはず)
          あそこまで音圧を上げても
          そこそこ、団子にならず、ちゃんと聴こえてくるというのは
          作曲家のオーケストレーションの妙か
          指揮者やプレイヤーの技術によるものか。

          最後に音量だけであれだけ盛り上げると
          極端な話、ロック・コンサートと変わらんな(だから極論ですってば)

          何回も聴いたら難聴になりそうだが
          迫力あったし、美しかったし
          楽しいコンサートだった。

          というワケで
          実は昨日のバレエの記録も残さなきゃ
          (追記 ここ で何とか書きました・・・)
          でも、今日中にレポートの準備をしなくちゃ
          夜はまたオペラ座だし・・・という

          ワケのわからん生活をしている私に
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          レポートの準備していると
          次から次に範囲が広がってしまい
          収容つかなくなってる状態で・・・💦
          ラテン語の予習もしてないけど、どうしよう・・・

          ウィーン・フィル + ヤクブ・フルシャ 2回目

          0
            Musikverein Großer Saal 2019年12月1日 11時〜13時

            Wiener Philharmoniker
            指揮 Jakub Hrůša
            ピアノ Denis Matsuev

            Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
             Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1, b-Moll, op. 23

            Béla Bartók (1881-1945)
             Konzert für Orchester, Sz 116

            昨日のドボルジャークがあまりに強烈だったので
            貧民席からの逃亡を真剣に考えていた朝
            マリス・ヤンソンスの訃報を聞いてひっくり返った。
            ・・・だって、ついこの間まで
            キツそうだったけど、かなり凄いプログラム指揮してたし
            今回のキャンセルも、心臓じゃなくて
            足の筋を傷めたとかいう理由だったと聞いていたのに。

            楽友協会の前には
            黒い旗がかかっていて
            さすがに反応が早い。

            いつもの貧民席からの脱出を謀り
            何とか脱出に成功はしたが
            最初に、ヤンソンスについてのアナウンスがあり
            全員起立しての黙祷の後
            マツエフが、ラフマニノフのエチュードを演奏。
            もちろん、演奏の後の拍手はなしで
            ドボルジャークの謝肉祭序曲なしで
            そのままチャイコフスキーのピアノ協奏曲へ。

            同じプログラムのコンサートが明日も楽友協会主催で行われるが
            これは、楽友協会から、公式に
            ドボルジャークの代わりにモーツァルトというアナウンスがあったので

            土曜日のドボルジャークの謝肉祭序曲って
            結局、1回しか演奏されなかったのか。
            珍しいモノを聴いたのだな、2回目がなくてホッとしているけど(すみません)

            さて、チャイコフスキーのピアノ協奏曲だが
            うははは、貧民席脱出しても
            やっぱりバリバリの演奏である。

            ピアノのペダリングで
            ピアノそのものが残響音でオーケストラに聴こえてくるくらい
            音のスペクトルが幅広い。
            その分、連打で音が昨日はボケた印象があったのだが
            いやいや、あまりに打鍵が強すぎて
            あれだけ、オクターブ連続、ペダルいっぱいの状態でも
            ちゃんとそれぞれの音が聴こえてくるという

            やっぱりサーカスかスポーツを見ているような気がする。
            スゴイな、人間技じゃないわ
            よくぞここまでの特殊能力に訓練が加わって
            とんでもない特殊人間が出来たものだ
            ・・・とか、大変に失礼な事を思ってしまうわけだが

            それは芸術家がどうのこうのじゃなくて
            ひとえに私の芸術感受性の欠如によるものである。

            しかしまぁ、この速度でのピアノと
            それに一瞬たりとも遅れず
            ついていくオーケストラ・メンバーの能力が凄い。

            力強くてマッチョで、ガリガリの強いピアニズムは
            聴いていて、爽快で気持ちが良くて
            疾走する感じはすごく好きだけど
            あまりに技術が高すぎて、少し息苦しい。
            (私の受動能力のテンポが、たぶん、少しだけ遅い(笑))

            後半のバルトークは
            貧民席を脱出したので
            舞台が見えて、これがなかなかスリリング。

            弦の絨毯の時の美しさや
            細かい部分のビブラートのつけかた
            すごく好き。

            加えて、管楽器、特に木管のプレイヤーたちが
            来るぞ来るぞ来るぞ、と
            真剣に構えて
            演奏するところで力一杯演奏して
            その後、楽器を置いて、どや顔をするところが
            すごくキュートである。
            特にFのS(以下省略)、いや、むちゃくちゃ可愛かった。

            第3楽章は、フルートが、かなり皮肉に笑うところがあるじゃないですか。
            あれ、どう聞いても、皮肉な笑い声にしか聴こえて来ないのは
            ワタシだけじゃないですよね?
            実はあのフレーズ、好き。
            郷愁の気持ちと、それに相反する皮肉な気分が混じり合って
            二つの相反する感情の中で揺れる人間って
            時々、笑うしか、方法がない時があると思う。

            最後にメンバーを立たせるところで
            指揮者が先にホルン軍団を立たせて
            隣のトロンボーン軍団が不満そうな顔をしてたけど
            あれは、確かにおかしい。
            本来はトロンボーン集団が名指しされるはず。
            ホルンは目立つソロが多いから、よく立つけれど
            トロンボーンは立つチャンスは少ないのだから
            この曲の時には、トロンボーンを優先しましょう(余計なお世話)

            これも、あれあれあれ、という早めのテンポで
            特に最終楽章は、まさに疾走という感じの演奏だったので
            メンバーのソロの後のどや顔を見ているだけで
            かなり楽しめてしまったのだが

            確かに、今の時代
            ここまでテンポをアップしないと
            聴衆にはウケないですかね・・・

            何もかもが、もっと早く、もっと強く、もっと完璧に
            演奏家も聴衆も(特に聴衆だな、きっと)
            技術的な高みを目指しているのは
            文化のグローバル化と、一般的な普及の速さから
            理解できる事ではあるのだが

            いわゆる「伝統的クラシック」以外の分野が
            エレクトロニクスを使ったり
            マイクや、テープ等の、人間の技量を超えるような技術を
            充分に利用しているのに比べて

            クラシック音楽って
            いくら楽器が発達しても
            そうそう自動になるわけじゃないし
            (いや、今、自動ピアノで演奏するピアノ協奏曲とかで
             すごい速さと強さで演奏させたら・・・って
             ついつい想像しちゃった・・・(汗))
            その意味では、ものすごく制限のある芸術だと思う。

            現代音楽も好きだけど
            ブラームスの時代に完成したホールで
            1700年代に作られた弦楽器とかで
            19世紀の音楽を聴く事もできる。
            ロマネスク様式の教会で
            グレゴリオ聖歌を聴くのも可能(あれこそ現代に残る歴史そのものだろう)
            聴き手に、すごい数の情報量と機会が与えられる
            現代という時代に感謝・・・という事かな。

            何だかワケのわからん記事になってしまったが
            (いつもの事だ、うん)
            これから、2回目のコンサートに向かう
            懲りない私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ウィーン・フィル + ヤクブ・フルシャ 1回目

            0
              Musikverein Großer Saal 2019年11月30日 15時30分〜17時30分

              Wiener Philharmoniker
              指揮 Jakub Hrůša
              ピアノ Denis Matsuev

              Antonín Dvořák (1841-1904)
               Carneval. Eine Konzertouvertüre, op. 92
              Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
               Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1, b-Moll, op. 23
              Béla Bartók (1881-1945)
               Konzert für Orchester, Sz 116

              ウィーン・フィルの定期公演は
              マリス・ヤンソンスのキャンセルのため
              プログラムを変更して
              ヤクブ・フルシャがデビューの運びとなった。

              ちょっと懸念してはいたものの
              ドボルジャークのコンサート用序曲「謝肉祭」

              私の席では耐えられない程の大音量。
              席が悪い、席が!
              ティンパニの真上なので
              ともかく、力一杯のティンパニしか聴こえて来ない。

              ティンパニばかり聴こえてくるので
              弦が微かに遠くから
              弾いてるんだか弾いてないんだか
              ティンパニの音の影に隠れて
              最初の転調なんか、ま〜ったくわかりませんでした。

              お風呂残響に近い楽友協会では
              確かに、オーケストラの音が団子になってしまい
              ただのカオス、というケースがないわけではないし

              このドボルジャークの「謝肉祭」は
              今までも、音量大きすぎて、ティンパニ強すぎて
              おおおおおっ!という経験はあるんだけど

              あそこまで遠慮なく音量を最大限に上げて
              パーカッションに最大限の力で打楽器を叩かせた指揮者を
              私は知らない。

              本気で耳を塞ごうかと思った。
              というより、聴いてると
              ティンパニの一応音の高低はわかるものの
              雑音要素の多い音ばかり聴こえてくるので
              音楽を聴いている、と言う感じが全くしない。

              あ〜、良いんですけど、私、雑音系好きだし
              ・・・・って、そういう問題じゃなくて!!!!
              ドボルジャークでメロディとか転調が聴こえて来なかったら
              かなり悲しいじゃないか。

              もっとも、休憩時間中に会った
              高級席を愛用する友人は
              オーケストラはかなり鳴っていて
              バランスも良かったし
              非常に良い演奏だった、と言っていたので
              これはもう、はっきり言って、席(の価格?)の問題に集約される。

              明日も同じ席なんだよねぇ。
              ちょっと滅入って来た(本気)

              続いてのチャイコフスキーの
              誰もが知っている名曲のピアノ協奏曲も

              音がでかい!!!!

              オーケストラが容赦なく鳴るのに対抗して
              マツエフのピアノが
              またよく鳴る・・・というか、むちゃくちゃ強い。

              マツエフは最近、ロマンティック路線に行ったかと思ったんだけど
              いやいやいやいや
              今日の演奏は少なくとも私の貧民席で聴いていると
              マッチョさ満開
              技術も強さも、見たかおい、俺に黙って着いてこい、という
              ほとんど女性の敵と化している。
              (でもそういう男性が好きな女性もいる、たぶん)

              ウィーン・フィルとは思えない音量で鳴るオーケストラから
              ピアノの音がガンガン浮き上がって来て
              なんかもう、何なんですかこの演奏。

              いや、良し悪しは私には全くわからないし
              演奏の好き嫌いは主観的なものだし
              誰か特定の指揮者やピアニストや
              オーケストラを
              神のように、それが絶対として信仰するカルトの傾向は
              私にはない筈なので
              (良くも悪くも、かなり醒めてるタイプじゃないかと)
              う〜ん、これもありか
              ランラン真っ青というか
              ブロンフマンも真っ青というか
              (あ〜、そう言えばロマンティック路線回帰かな、と思ったのは
               マツエフではなく、ブロンフマンであった)
              ピアノの強さで言えば
              アルゲリッチが飛び抜けて凄かったけれど
              アルゲリッチの場合は、マツエフのマッチョさはないだろう。

              もちろん、音が濁る限界に近いところまで
              ペダルを踏み込んでいて
              オクターブの連打になると
              (しかも、これが人間技とは思えない速さ)
              さすがに、ここも音が団子になってしまい

              そこまで速く鍵盤をぶっ叩いて
              音を団子状に潰さなくても良いのに
              と思うのは、あくまでも私の好みである。

              最終楽章のフィナーレに至っては
              サーカスか、オリンピックの短距離競走か
              あるいはジャンプか、ともかく
              うおおお、このアスリート、人間じゃない
              という
              まぁ、一種、見せ物(聴かせもの?)みたいな感じがして
              これは、絶対に聴衆にはウケる。

              いや、音楽に精神性だの何だの
              哲学的に難しい事は言いませんから
              あれだけの
              人間技と思えない技術を習得するためには
              ずば抜けた身体能力と
              とんでもない練習の時間があったんだろうなぁ、と
              ともかく、その身体能力と努力に脱帽する。

              音楽性云々は私には重過ぎるテーマなので避ける。
              (ただ、正直言うと
               あれだけガリガリ弾かれると
               あ〜、自分が来世に、あんな天才の素質があったら
               あ〜いう風にガリガリとチャイコフスキーを弾いたら
               気持ち良いだろうなぁ・・・と思った。すみません)

              後半のバルトークのオーケストラのための協奏曲。
              これも音量マックスで来たら
              ちょっとゲッソリだなぁ、と思っていたら
              これはかなりマトモ(普通)な音量。

              しかもオーケストラの解像度も悪くない。
              音が塊にならず、ちゃんとパートごとにクリアに響くし
              あっ、そんなところに
              通俗低音みたいにスケールが隠れてたのね?という箇所もあって
              これはなかなか面白い。

              え〜っと、非常にしつこいマウンティングだが
              今、音楽分析でバルトークが課題になっていて
              ちょっと平常心でバルトーク聴けない状態で(汗)

              ついつい、使われているスケールは何だとか
              バルトーク和音は何処にある、というような
              無駄で中途半端な知識に振り回されているので
              平常心で聴いていない、というのはあったにせよ

              タメとか、思い入れとか
              浪花節とかが全く感じられないバルトーク。
              エレジーとか、もっとねっとり歌わせる指揮者も多いのに
              なんだか、あっけらかんという程に
              あっさりと「音楽」として演奏されている(ような気がする)

              最終楽章はチャイコフスキーに輪をかけての高速で
              オーケストラ・メンバー、よくあの速度についていったな・・・
              めったやたらと元気が良いのである。
              (バルトークはこの時、ほとんど死にかけの状態だった筈)

              エレジーの、あのウィーン風オペレッタのメロディの後の
              不協和音での管のアンサンブルなんか
              私には、自己に対する苦い皮肉にしか聴こえないのだが
              そこまで踏み込んでなかったんじゃないかなぁ。
              若い世代だから、あの胸が痛くなるような郷愁って
              難しいかもしれない。私だってわからん。

              ひたすら明るくあっけらかんと演奏されたような気がするが
              (しかもオーケストラ能力の限界を示す速さで)
              でも、こういう演奏、私、嫌いじゃない。
              (チャイコフスキーのサーカスも実は好きです)
              意外にパートがクリアに出て来て
              隠されたラインが見えたりしたのも楽しかった。

              明日の午前11時からの定期公演は
              またオーストリア・ラジオ1番でライブ放送。
              たぶん、あのドボルジャークのバランスは
              録音技師の腕で、巧く処理されて、ラジオの波長に乗るんだろうなぁ。

              あの席では、私はあの音に耐えられないから
              さて、何とか何処かに逃げられないか、と
              密かに策を練る私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              ウィーン・フィル + ドホナーニ 2回目

              0
                Musikverein Großer Saal 2019年11月24日 11時〜13時15分

                Wiener Philharmoniker
                バイオリン Rainer Honeck
                指揮 Christoph von Dohnányi

                György Ligeti (1923-2006)
                 Atmosphères für grosses Orchester
                Richard Wagner (1813-1883)
                 Vorspiel zur Oper „Lohengrin“
                Alban Berg (1885-1935)
                 Konzert für Violine und Orchester
                Johannes Brahms (1833-1897)
                 Symphonie Nr. 3, F-Dur, op. 90

                日曜日のコンサートはオーストリア国営放送ラジオ1番にて
                ライブの放送がある。

                だからと言って
                ウィーン・フィルのプレイヤーたちには
                別に何と言う事はないだろうが。
                (ただ、オペラ座のバレエなんかだと
                 ライブがあるとオーケストラが張り切る時はある(笑))

                リゲティは、土曜日も言った通り
                別にウィーン・フィルで聴かなくても、という曲ではあるのだが
                (すみません、プロオケが全員、これを完璧に演奏できるとは言いません)
                やっぱり、あの、音の絨毯に全身囲まれる感じは
                いくら途中に咳き込みが入っても素敵 ♡

                そのまま続けてのローエングリン
                いや、確かに音の色としては似た感じで響くし
                ドラマツルギーとしても見事だとは思うけれど
                ちょっと違和感がないわけではない。
                (が、シロウトなのでわからない)

                ベルクのバイオリン協奏曲の
                ホーネックの音の美しさには
                昨日と同じく悶絶。

                ラジオで聴くとそうでもないけれど
                (マイクとミクシングの関係があると思う)
                如何にもコンサート・マスターの音で
                オーケストラの音楽から
                不必要にはみ出して自己主張する事なく
                なのに、澄んだ艶のある音で
                オーケストラから立ち上ってくる、という快感。

                だいたい、オペラ座のオーケストラ・ピットで
                バレエ音楽とか聴いていても
                ホーネックのソロって、すぐにわかるもんなぁ・・・

                もう、このベルクの曲、12音技法なのに
                音の並びに伝統的なインターバルを使っているせいか
                冷たさが全くなくて
                愛に満ちているというか
                ミステリアスというか
                こんな美しい曲が12音技法で作曲できるとは
                ベルクって、やっぱり天才。

                後半のブラームス交響曲3番。
                昨日に比べると、第一楽章にえらく力が入っている感じで
                エネルギッシュというか、どうしたの?

                土曜日の演奏の方がブラームスらしい美しさは
                もっと前面に出て来ていたような気がする。

                後でラジオのオンデマンド聴いてみたが
                やっぱり、第一楽章、むちゃくちゃ指揮者にやられてる感が
                (註 ツィッター読者の指摘)
                かなり強いような印象がある。

                楽友協会の、あのお風呂残響っぽい
                ちょっとしたミスなら、全部、オレの力で隠してやる音響が
                ウィーン・フィルあたりになると
                100%活かされるって感じですかね。

                だって、ともかく
                ブラームスがむちゃくちゃ美しいのだ。
                何だこの音の厚みと温かさは。
                途中で咳とかクシャミとか
                私の前の女性は鼻を噛んでいたけど(まぁ、良いんですが)
                2楽章や3楽章の音の美しさと言ったら失神モノ。

                ・・・で、後でオンデマンドで聴いたら
                意外にアンサンブルの乱れがあったりする(爆笑)

                いや、これ、いったい何だろう、と思ったのだが
                そう言えば、楽友協会で聴いた同じプログラムを
                デッドで無慈悲な音響のコンツェルトハウスで聴くと
                あれあれあれ、という事になる経験があったのを思い出した。

                ブラームスのこの交響曲3番は
                楽友協会のこのホールで初演されたそうで
                当時は弦楽器のビブラート奏法はなかったにしても
                この響きを、ブラームス自身が
                ホールで聴いていたのか、と考えると感慨深い。

                ここで、クラシックに詳しい方は
                当時のコンサート・ピッチは、と言い出すと思うのだが

                うふふふふふ
                この間の私の発表は
                コンサート・ピッチの歴史だったんですよ〜ん(笑)
                ウィーン・クラシックの時代には
                だいたい430〜440ヘルツくらいだったらしい。

                現代オーケストラのピッチが多少高いとは言え
                10ヘルツくらいの差でしかないので
                場合によっては、多少、音色が暗めになる位で
                そうそう変わりません。

                ブラームスの交響曲と言えば
                1番・4番がしょっちゅう演奏されて
                夏の休暇前には2番が好まれて
                なかなか3番をナマで聴くチャンスがないのだが
                ブラームスの作曲技法としては最高潮の頃の作品。
                (1853年だから、50歳の時、1897年に63歳にて没)
                第3楽章で、来ているカップルが
                突然、身体を寄せ合うのは、微笑ましいが
                4番みたいに、ヘンに枯れていなくて
                すごくチャーミングな曲だと思う。

                その円熟のブラームスを
                多少のミスは隠してやるぞ、という楽友協会で
                ウィーン・フィルのアンサンブルで聴くというのは
                最高の贅沢ではあった。
                 (しかも2回も聴けたし \(^^)/)

                ラジオのオンデマンドは1週間聴けるので
                ORFのウエブ・サイトからぜひどうぞ。
                こちらから入って、7 Tage のところから)

                さすがのシーズンというか
                ウィーン・モデルン現代音楽祭に行っている時間がないほど
                ともかく充実したプログラムが続いて
                勉強する時間がない(自業自得)と
                焦っている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                ところで前半でソロを弾いたホーネック氏は
                後半では、しれっとウィーン・フィルのコンマス席に座っていた。
                どういうブラック企業(違!)

                ウィーン・フィル + ドホナーニ 1回目

                0
                  Musikverein Großer Saal 2019年11月23日 15時30分〜17時45分

                  Wiener Philharmoniker
                  バイオリン Rainer Honeck
                  指揮 Christoph von Dohnányi

                  György Ligeti (1923-2006)
                   Atmosphères für grosses Orchester
                  Richard Wagner (1813-1883)
                   Vorspiel zur Oper „Lohengrin“
                  Alban Berg (1885-1935)
                   Konzert für Violine und Orchester
                  Johannes Brahms (1833-1897)
                   Symphonie Nr. 3, F-Dur, op. 90

                  指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニって
                  たぶん、私がウィーン・フィルで聴くのは初めてかも。
                  御年90歳、椅子に座っての指揮だが、現役バリバリ。

                  面白いプログラム構成である。
                  最初にリゲティのアトモスフェア。
                  この曲、有名な割にはあまり演奏されないし
                  (ワタクシ的には、本当はロンターノの方が好き)
                  保守的聴衆のウィーン・フィルの定期で
                  よく取り上げたな。

                  案の定、演奏中の咳き込みが凄かったが。
                  まぁ、それはこういう曲では仕方がない。
                  現代音楽祭だったら、みんな、ものすごく静かなんだけど(言っても無駄)

                  しかし、この曲、別にウィーン・フィル(の定期公演)で聴かなくても
                  オーケストラ全体としてのアンサンブルとか
                  音の美しさが目立つ曲ではないから
                  もちろん、録音よりも
                  本来は空気のたっぷりあるホールで
                  残響と鑑賞すべき曲なので
                  その意味では、雑音が入っても、ホールで聴けるのは嬉しい。

                  その後、拍手を待つ事なく
                  (拍手のタイミング、わからんよね、聴衆は)
                  そのままローエングリンに突入。
                  あ〜、何となく、そのまま音色を変えずに
                  ローエングリンに行ったのはわかる(ような気がする)
                  時代も作曲法も全く違うのだが
                  音の色に共通なところがある(ような気がする)

                  その後、アルバン・ベルクのバイオリン協奏曲。
                  ウィーン・フィルのコンサート・マスター、ライナー・ホーネック氏のソロ。

                  うおおおおおおおお
                  ちょっと叫んでしまうわ、これは。
                  ホーネック氏のバイオリンって
                  オーケストラ曲のソロなんかでも、その色の美しさに悶えるんだけど
                  このベルクの曲のバイオリンの
                  あまりに美しいメロディ・ラインを
                  あのホーネックの音で演奏してくれたら

                  もう最初から最後まで悶えっぱなし。
                  友人とも話していたんだけど
                  さすがにコンサート・マスターで
                  ソリストという感じの「しゃしゃり出る」感が全くなくて
                  なのに、オーケストラから
                  バイオリン・ソロの音が浮き上がってくるという
                  稀な現象。

                  ベルクのこの繊細な曲を
                  オレ様で弾かれてしまうとイヤなんだけど
                  その点で、こんな、ある意味、完璧な演奏を聴けるなんて・・・

                  あまりに前半が良かったので
                  後半のブラームスの交響曲3番なんて
                  別にど〜でも良いや、と思っていたら

                  うわ、驚いた・・・

                  ウィーン・フィルの美しい音が
                  楽友協会の音響で最大限に発揮されるのは
                  こういう曲なんだわ・・・

                  若い指揮者が
                  自分のオリジナリティを出そうと
                  必死になって色々やっている(と思われる)ブラームスが
                  これだけ「正統的」に堂々と
                  ブラームスらしく演奏されて

                  それがまた、むちゃくちゃハマっているという
                  嬉しい驚き。
                  何なんですか、この美しさは・・・

                  ベルクで悶えていたけれど
                  まさか聴き慣れたブラームスで
                  またもや悶えまくるとは思ってもみなかった。

                  もう音が深くて、厚みがあって
                  手触りが暖かくて
                  これこそ、ウィーン・フィルの音の楽しみって感じ。

                  ベルクもだけど
                  明日、もう一度、この「音」が聴けると思っただけで
                  嬉しさに顔が緩んで来てしまう状態。

                  というわけで
                  打ち震えて悶えまくった後に
                  これからまた、オペラ座のバレエで
                  悶えまくる予定の私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  ウィーン・フィル + オロスコ=エストラーダ

                  0
                    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月15日 19時30分〜21時30分

                    Wiener Philharmoniker
                    ピアノ Yuja Wang
                    指揮 Andrés Orozco-Estrada

                    Sergej Rachmaninoff (1873-1943)
                     Konzert für Klavier und Orchester Nr. 3 d-moll op. 30 (1909)

                    Igor Strawinski (1882-1971)
                     Le sacre du printemps (1911-13)

                    ついこの間、ウィーン交響楽団とフィリップ・ジョルダンで演奏した
                    春の祭典を、今度はウィーン・フィルとオロスコ=エストラーダで聴く。

                    しかし、その前にユジャ・ワンのラフマニノフ、ピアノ協奏曲3番がある。
                    今日のユジャ・ワンのお洋服は
                    花嫁衣装にも使えそうな、ただしボディコンの白いロング・ドレス。

                    横にスリットでもあっておみ足が見えるかと思ったが
                    本日はスリットは入っていなかったようだ。
                    (ただし天井桟敷超貧民席なので、よく見えない)

                    ユジャ・ワンのピアノが・・・すごい。
                    この曲を、これだけ強いタッチで弾けるピアニストは
                    男性だって珍しい。

                    リハーサル不足なのか何なのか
                    部外者にはよくわからんが
                    オーケストラとの連携が今一つで
                    ピアノとオーケストラが微妙にズレたりしていたが

                    ユジャ・ワンのピアノが凄過ぎて
                    原色感に溢れて
                    オーケストラの音を遥かに引き離して
                    会場にキラキラ輝きながら飛び散ってくるので

                    あ〜、すみません、
                    ウィーン・フィルの素晴らしい音なのに
                    一瞬、いや、ちょっと何回か

                    オーケストラいらん・・・

                    とか思ってしまった私を
                    どうぞお許し下さい。

                    いや、たぶん、ユジャ・ワンが
                    オーケストラを振り回したんだろうなぁ、というのは想像つくが。

                    あんなに力強いピアノのタッチで
                    ガンガン弾かれたら
                    美女に連れ回されて
                    嬉々として女王さまを崇めるオーケストラ、という
                    私の(いつもの)ヘン○イ趣味の妄想が爆発してしまう。

                    いやしかし、本当にすごい(それしか言えんのかワタシは)
                    アンコールにシューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」の
                    メロディ付きピアノ・バージョンを
                    (確かリスト編曲のむちゃくちゃ難しい奴)
                    完璧に弾きこなす・・・どころか
                    中間部の音楽的爆発の素晴らしさに息を呑む。
                    リート歌いだって、あれには負けそう・・・

                    これでアンコール終わりかと思っていたら
                    (ドレスが長くて、たぶん、またピンヒールがすごいので
                     舞台の出入りに異様に時間がかかるのである)
                    チャイコフスキーの「白鳥の湖」からの
                    4羽の白鳥の音楽を、すごいピアノ・アレンジで聴かせてくれた。
                    (で、観客がまだ拍手しているのに
                     オーケストラが捌け出すという・・・
                     まぁ、早く帰りたいですもんね、気持ちはよくわかる)

                    春の祭典は面白かった。
                    この曲、ウィーン・フィルは何回も演奏しているので
                    技術的には全く問題ないし

                    オロスコ=エストラーダもジョルダンと同じように
                    各パートを均等に出して来て、解像度が高い。
                    途中でテンポをアップして
                    すごい推進力で曲を引っ張って行くが
                    泥臭い感じが全くないのは
                    ウィーン・フィルのノーブルな音によるものかもしれない。
                    割にスタイリッシュに仕上がっていて
                    現代的にスリムな印象を受ける。

                    それに、時々、おっ、と思うところを
                    前面に出してくるので
                    聴き慣れたはずの曲が新鮮に聴こえるのがお得な気分(笑)

                    指揮者が完璧にオーケストラを支配下に置いている
                    という印象はまだなくて
                    今ひとつ、抑え切れていないかも、という感じはあったけれど
                    オーケストラと指揮者の桎梏みたいなものが
                    垣間見える感じがして
                    それはそれで非常に面白い(根性悪いですワタシ)

                    明日はグラーツで、ドボルジャークの「新世界から」を演奏するのだが
                    このプログラムはウィーンで演奏してくれないのだ、ちっ。

                    日本でのコンサート・プログラムも
                    ラフマニノフとストラヴィンスキーになってるな。
                    オロスコ=エストラーダだったら
                    ドボルジャークの方が楽しそうな感じがするんだけど
                    「新世界から」だと、通俗的な名曲アワーになってしまうという
                    主催者側の判断なんだろうか。

                    日本公演までに、春の祭典も、どんどん緻密になって
                    きっと素晴らしい演奏になるんだろうなぁ・・・

                    今学期、まだ始まったばかりだが
                    アホな事に授業を詰め込みすぎて
                    そういう時に限って
                    面倒な仕事が山積みになったりしていて
                    (その面倒な仕事の報酬がどうなるのか
                     実は私もよくわかっていない。ペイしない可能性もある)

                    そんな中で
                    ぶっ倒れそうになりながらも
                    コンサートだけはしつこく行くという
                    周囲の顰蹙を買いそうな私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ウィーン・フィル + ティーレマン 2回目

                    0
                      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年10月6日 11時〜12時30分

                      Wiener Philharmoniker
                      指揮 Christian Thielemann

                      Anton Bruckner (1824-1896)
                      Symphonie Nr. 8, c-Moll, WAB 2018
                      Mischversion aus Bruckners erster und zweiter Fassung von Robert Haas

                      マイヨーのバレエに感激しまくったせいで
                      ティーレマン のブルックナーについて
                      1日経ってみると
                      一体、何を書いて良いのか、よくわからん状態。

                      だったら書かなくても良いよね
                      ・・・とか思いながらも

                      一応、個人的メモなので
                      行った事だけは記録しておきたい。

                      終わり・・・とか、そこで書くほど
                      私は根性が据わっていない(わはは)

                      コンツェルトハウスという
                      デッドな音響で
                      大編成の交響曲にはバッチリ合うホールで
                      ブルックナーの8番。

                      楽友協会の、あの残響たっぷりの音響に慣れてから
                      同じ曲をコンツェルトハウスで聴くと
                      細かい部分まで聴こえすぎて
                      時々、あ〜、あっはっは(言いたい事は察して下さい)という事もあるが

                      コンツェルトハウスでのブルックナーの音
                      昨日の楽友協会の、厚すぎる音から解放されて
                      でも、重厚さは失わず
                      デッドな音響に負けない厚い和声の塊を
                      しっかり天井桟敷の貧民席にも伝えてくる。

                      しかも、昨日、楽友協会で聴こえたような
                      遅めテンポによるパートのズレが
                      全くなくなった。

                      こういうのが、プロのオーケストラの凄いところ。
                      予想はしていたけれど
                      2回目で、あそこまでまとまるとは・・・

                      コンツェルトハウスで聴いても
                      やっぱり、ティーレマンのブルックナーであって
                      オレさまを聴け、というアクの強さが
                      ブルックナーのオーケストラの音に吸収されて
                      好みの問題はあると思うけれど
                      かえって、その開き直りが快感。

                      だいたい、私はティーレマンが
                      随分昔にミュンヒェン・フィルで振った
                      ブルックナーの8番で
                      この曲に目覚めたから
                      割にティーレマンのブルックナー、好きなのである。
                      何か文句ある?(笑)

                      2日目にして
                      これだけ完成度を上げてくるオーケストラも凄い。

                      ブルックナーって、確かに敬虔なキリスト教で
                      真面目で、謹厳で、神さま万歳で(誤解あるかも)
                      音楽も、クソ真面目で
                      対位法だの和声だのの理論をしっかり守って
                      あくまで伝統的に作曲した人だから

                      そのしつこい作曲技法に好き嫌いはあろうが
                      ベートーベン、ブラームスと続いた、いわゆるドイツ音楽に
                      ワーグナーの毒を充分に浴びて出て来たブルックナーは
                      伝統的で聴きやすいというのはあると思う。
                      (マーラーは全く別だ、あれは異端児だろう)

                      さて、同じプログラムは
                      来週日曜日のウィーン・フィルの定期公演で
                      もう一度、聴く機会がある。

                      この曲好きだし
                      ティーレマンの、あのしつこいネットリしたところも
                      ブルックナーらしい特色が充分に出て面白いから

                      ちょっと今から楽しみな私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


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