ウィーン・フィル + リッカルド・ムーティ 2回目

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    Musikverein Großer Saal 2018年12月15日 15時30分〜17時40分

    Wiener Philharmoniker
    指揮 Riccardo Muti
    フルート Karl-Heinz Schütz

    Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
     Konzert für Flöte und Orchester KV 313
    Anton Bruckner (1824-1896)
     Symphonie Nr. 7 E-Dur

    ウィーン・フィルとリッカルド・ムーティのコンサート2回目。
    この間12月13日は楽友協会主催で
    15日・16日はウィーン・フィルの定期公演。

    数週間前に楽友協会のポスターに
    12月13日・15日・16日とあったので
    (15日・16日は楽友協会主催ではないので
     普通はポスターには掲載されない)
    不思議に思っていたら
    その後、15日・16日は消えた・・・というより
    よく見たらポスターの上から同じ色の紙が貼ってあった(爆笑)

    どちらにしても本日は満杯。
    (なのに、いつものモグリのおばさんはちゃんと居て
     またもや空いている席に堂々と座るという・・・
     あれは、もうみんな黙認なんですね?
     私はまだ慣れない、というより
     モグリできるんだったら年間数千ユーロ使わんで済むのに
     という、ケチな考えから離れられない=要は羨ましいのである)

    モーツァルトのフルート協奏曲。
    相変わらず舌を巻くフルートの巧さ。
    とは言え、下手くそなフルートあんまり聴いた事がないので
    あの巧さが自分の中のスタンダードになったらコワイ。

    しかし、巧いけれど
    この曲、ワタクシ的には退屈でたまらん。
    そんな事を正直に書いてしまうと
    モーツァルトがわからない人間は
    人間として何か欠けている、とか
    本気で言い出す人がいるので恐ろしい。

    聴いていて、確かに転調の巧さとかには
    圧倒されるけれど
    転調が巧いのはドボルジャークだし。
    (あ〜すみません、時代が違いますが)

    しかしまぁ、こういう曲だと
    ムーティもウィーン・フィルも
    ともかくとことん美しい。
    むちゃくちゃ美しい。
    美し過ぎて圧倒されてしまって
    感動とかじゃなくて
    ともかく浮世離れした音色に聞こえる。

    アンコールは昨日と同じオネゲルの
    Danse de la chevre
    曲目だけアナウンスしたけれど
    誰もわかっていなくて
    「何言った?何だった?」と
    客席のザワザワがいつまでも続く。
    (だからアナウンスは余計・・・とは言わないが
     曲目じゃなくて、作曲家名を言った方が
     わかる人は多いかも。
     もっともアルトゥール・オネゲルはあまり知られていないけど)

    後半のブルックナー交響曲7番。
    木曜日の印象があまりにヘンだったので
    今回はしっかり聴く。

    確かに弦の歌わせ方は素晴らしい。
    ちょっとイヤミな程にロマンティックに
    ねっとりと弦を歌わせて
    途中のフレーズを聴いていると
    金管のバランスも悪くないし
    ホルンの柔らかな音色も素晴らしいし
    さりげない低音のトロンボーンがこれまた絶品。

    問題はティンパニである(断言)
    いや、ティンパニ奏者が悪いのではない(断言)
    私の席が悪い(断言)

    ティンパニの真上なので
    たぶん、他の席と比べて突出した音量で聴こえて来るのだと思うが
    第1楽章の最後でティンパニが2度目に入って来ると
    (一度目は比較的音は小さいから他のパートも聴こえる)
    金管とティンパニしか聴こえなくなるのは、この間と同じ印象。
    しかも音量大き過ぎて、耳が痛い。

    第2楽章のテンポはむちゃくちゃ遅い。
    ともかく、じっくり、ねっとり歌わせるので
    途中で失速するんじゃないか、と思わせるくらいの歌わせ方。
    美しい音色なので楽しんで聴けるけれど
    その分、推進力のなさが出て来るので
    永遠に終わらないんじゃないか、と思わせる。
    たぶん、ブルックナーとしては、それが正しいのだろうが
    正直、ちょっと寝落ちしそうになった(すみません)

    第3楽章は、金管大活躍で
    これは迫力満点だし
    途中の弦が、また美しくて・・・

    最終楽章、リズミックに演奏されて
    歌うところはとことん歌って

    ただ、最後が最後が最後が・・・(涙)
    第1楽章のテーマと最終楽章のテーマが
    上昇音階で繰り返されてクライマックスになる部分で

    ティンパニの音で
    他の音が全部かき消されてる(涙)

    普通、最後って、あのテーマがどんどん繰り返されて
    気分が高揚して行くはずなのに
    その肝心なテーマがティンパニにかき消されて
    ほんの微かにしか聴こえない。

    貧民席が悪い(断言)

    まぁでも、木曜日の1回目よりは
    落ち着いて、美しいところだけでも堪能しようという感じになった。
    喩えは悪いけれど
    ナベでご飯を炊いて
    下が焦げたところは、ちょっと脇に置いて
    上の美味く炊けたところだけ食べようかな、という感じかもしれない。
    (ウチには炊飯器というような贅沢品はありませんので
     ご飯は40年前の留学時代から、ずっとお鍋で炊いております)

    外が雪で
    しかもアドベント(待降節)の土曜日で
    ものすごい人混みで
    何となく街に出ただけでぐったり疲れたので
    夜のコンサートのチケット買ってなくて良かったわ。

    ひと昔前だったら、ひたすらコンサートに行きまくっていたのだろうが
    だんだん体力も根性もなくなって来た、と
    実感するワタクシに
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    ちなみに、そろそろ今年の文化的イベントの数を数えてみたら
    今日のコンサートが258回目だった。
    現時点での年間統計は266回予定。
    数年前の280回の記録は破られそうもない(笑)

    ウィーン・フィル + リッカルド・ムーティ 1回目

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      Musikverein Großer Saal 2018年12月13日 19時30分〜21時40分

      Wiener Philharmoniker
      指揮 Riccardo Muti
      フルート Karl-Heinz Schütz

      Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
       Konzert für Flöte und Orchester KV 313
      Anton Bruckner (1824-1896)
       Symphonie Nr. 7 E-Dur

      コンサートから数日経ってからの「印象記」なのだが
      今日(土曜日)2回目の前に書かないと
      2回目の後だと、また印象が変わる可能性があるので
      無理やり、土曜日の朝に自分を鼓舞して書く(悲壮な決心)

      何回も繰り返しているが
      これは音楽批評でも批判でもなく
      音楽ドシロウトの上に、感受性ゼロに近くて
      記憶力が普通の人の20%以下という
      劣った私が、自分の記憶用に主観的印象をメモしているだけなので

      どんなに素晴らしい演奏でも
      自分の体調が悪かったら気に喰わん、と書くかもしれないし
      だいたい、100%の人が熱狂するコンサートなんてあり得ないし
      営業妨害でもないし
      俺の好きな音楽家を貶しやがって、とか怒られる謂れは一切ないので

      賢明で音楽に詳しくて感受性のある皆さまが
      なんじゃこれ?と思われる事も多々あると思うのだが
      それは、あ〜、ドシロウトが、またアホを言ってる、という事で
      どうぞ読み飛ばして下さいまし。

      さて、今回は私も悪かったのだが
      このコンサートのプローベを聴いた、という同僚がいたので
      その印象が、私の印象に多大な影響を与えた、というのがあるかもしれない。

      まずはモーツァルトで
      モーツァルトは爆睡する・・・はずなのだが
      ついつい、あまりのフルートの巧さに目を剥いて
      寝落ちもせずに聴いちゃった。

      モーツァルトって、やっぱりスゴイです。
      それに、オーケストラの音の透明感や
      フルートの音色と表情の美しさが抜群で

      だからと言って、私、モーツァルト苦手なので
      感動するか、というと、感受性ないので感動せずに
      うわああああ、巧い、巧すぎる
      まるでサーカスというか
      巧すぎて、ちょっと鼻につく・・・というより
      曲のせいか、プレイヤーのせいかはわからないけれど
      ほら聴け、ほら聴け、スゴイだろ、とか言われているような気が。
      (自分の劣等感に基づく客観的理由のない言いがかりですが)

      アンコールにアルトゥール・オネゲルの
      Danse de la chevre
      これはワタシ好みのチャーミングな曲。
      現代曲とまではいかない近代曲で
      調性はあるんだけど
      こういう曲になると、何故か咳き込みの多い聴衆(笑)

      楽しみにしていたのが後半のブルックナー交響曲7番。
      ブルックナーの交響曲の中でも
      ワタクシ的には最も美しい交響曲の一つで
      たぶん、8番と並んで、あるいは場合によっては8番より好きかも。
      「美しさ」を中心に据えるムーティの指揮だったら
      どんなに「美しく」なるんだろうか・・・

      (沈黙)

      ええ、だから言った通り
      プローベ聴いた大学の年配の同僚が
      金管楽器の数が通常より多い上に
      プローベで金管がすごい音量で吹きまくっても
      ムーティは全く音量を調整しようともせず
      弦楽器の後ろのトゥッティのボウを見て
      キミキミ、大丈夫かね、と言いに行ったとか
      余計な事を聞いちゃったせいで
      最初から偏見ありありでコンサート会場に入ったのが悪い。

      弦だけのアンサンブルの部分は
      何せウィーン・フィルの弦ですし
      低弦もバッチリ揃って、厚みのある音で鳴っていて
      そりゃもう、鳥肌立つほどに美しいんだけど

      金管の音量が大き過ぎる。
      ブルックナーだから、当然、金管の咆哮があって
      それが教会的な音響空間の中で圧倒的に鳴る、というのは
      ある意味、理想なのかもしれないが
      金管のとてつもない音響に加えて
      ティンパニが、また思いっきり、すごい音量で演奏するので
      極端に言えば
      一部の盛り上がりのところで
      金管とティンパニしか聴こえて来ない。

      あ〜、これがマスキング現象か・・・
      (って違うってば、マスキングは低音が聞こえなくなる現象だ!)

      ブルックナーって、確かに大音響なんだけど
      楽友協会でブルックナー聴いて
      うわあああ、うるさい、とか思ったの、初めてかもしれない。

      基本、教会音楽だと思って聴いているから
      あの残響たっぷりのホールに響く音は
      教会でのオルガンの音が
      全空間を圧倒するような感じに似ているはずなのだが
      何故か、今回は、管楽器と弦のバランスが
      今ひとつ・・・に聴こえて来てしまうのだ。

      加えて、途中の盛り上がりのところでは
      金管が目一杯咆哮+ティンパニがこれでもか、と叩く
      というコンビネーションの音量で
      ひえええええっ、と逃げたくなるような箇所が多かったのに

      最後の最後で息切れ?したのか
      最終楽章の盛り上がりが
      それまでの音量の70%(主観)くらいしかなくて
      間が抜けたフィナーレになったのは、いったい何だったんだろう。

      ムーティって、私のイメージだと
      モーツァルトやケルビーニ、お得意はヴェルディ
      以前、ハイドンの7つの言葉のあまりの美しさに
      客席で腰を抜かしていたけれど
      ブルックナーって、ムーティのイメージじゃないなぁ。
      (密林で調べたら、いくつかの録音はある)

      ブルックナーの7番って
      劇的と言えば、まぁ、ブルックナー的なドラマチックさはあるけれど
      微妙な遠慮深さに、ちょっと劣等感のスパイスが利いて
      ついでに時々、神さまこれ聴いて下さい、みたいな
      とんでもなく壮大な部分があるので
      表面上の美しさの下に、意外に複雑な感情が隠れていそうなのだが。

      ウィーン・フィルってブルックナー好きだし
      たぶん、ブルックナーなら
      指揮者がうるさく手を入れなくても
      自分たちだけで演奏しちゃうんじゃないか、と言う気もするが。

      同僚の意見に惑わされて
      偏見持って聴きにいった、という理由かもしれないし
      あれはあれで、ああいうバランスで良いのかもしれないし
      ともかく、2回目・3回目のコンサートもあるので
      今日はよくわからなかったけれど
      (で、耳がワンワンするような音量だったけれど)
      次の演奏でまた印象が変わるかも。

      あくまでも自分の主観的印象ですから
      ムーティさまの悪口ではございません!!!!
      夜道でグッサリ・・・は避けたい私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      この日は今年最後の大学の授業で
      これから冬休みだが
      課題とかやる事がたくさんあって
      それはそれで、すごく嬉しいような気がするワタシは
      基本的にMなんじゃないか、と思う。

      ついでだが、法学入門の試験、不合格だった(涙)
      あれだけ勉強して不合格って、なんか、納得いかん。
      かなりひっかけ問題があったもんなぁ。
      しかもラテン語だのドイツ語の表現の問題でもあって
      これまで一回も聞いた事のないドイツ語の単語とか出て来た。
      (ちっ、辞書の持ち込みして良いですか?って聞いておけば良かった)

      ウィーン・フィル + キリル・ペトレンコ 1回目+2回目

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        Musikverein Großer Saal 2018年12月8日 15時30分〜17時30分
        Musikverein Großer Saal 2018年12月9日 11時〜13時

        Wiener Philharmoniker
        指揮 Kirill Petrenko

        Rudi Stephan (1887-1915)
         Musik für Orchester in einem Satz (1910)
        Richard Strauss (1864-1949)
         Metamorphosen, Studie für 23 Solostreicher
        Johannes Brahms (1833-1897)
         Symphonie Nr. 4, E-Moll, op. 98

        ベルリン・フィルの次期首席として
        今、最も注目を浴びている指揮者の一人、キリル・ペトレンコ登場。

        という訳で
        今回の定期公演はキャンセル・チケットも少なかった模様。
        (何故それがわかるかと言うと
         ちゃんと理由はあるのだが、ここでは書けない。)

        さて、今回は非常に書きにくい。
        日曜日のラジオ放送もあった事だし
        (1週間オンデマンドで聴けます)
        自分の個人メモの印象記で
        耳もなければ感受性もない私が
        天下のキリル・ペトレンコについて
        なんか間違った事でも書いたら
        夜道でグッサリかも・・・

        最初の曲だが
        土曜日、何の予習もせず、ついでにプログラムも読まず
        ルディ・シュテファンって現代音楽かな・・・と思いつつ
        演奏が始まってビックリ(アホだ、ワタシは)

        後期ロマン派というか
        スクリャービン的和声で
        フランスのドビュッシーとかラヴェルの影響がたっぷり聴こえて
        しかも、まるで映画音楽のような
        ある意味、むちゃくちゃ大袈裟な絵画的表現の曲で
        聴いていてストーリーが聴こえてきそうな雄弁な曲。

        日曜日に2回目を聴くと
        1楽章の構成でありながら
        導入部から第1楽章的な爆発に繋がり
        第2楽章が緩徐楽章で、その後、ロンド形式に近い形の最終楽章が続く
        非常に古典的な構成の曲である事がよくわかる。
        (そ〜やって知ったかぶりの「分析的」聴き方をすると
         今度はストーリー的妄想がなくなるのだ、ワタシの場合は)

        いやしかし、まぁ、丁寧に音を作り込んだなぁ、という印象。
        細かい部分まで、徹底的にニュアンスを入れ込んだ感じで
        音の色彩感がものすごいし
        曲の持っているエネルギーがすごい。

        というより、この音楽で聴こえてくるオーケストラの音
        どう聴いても、普通のウィーン・フィルの音じゃなくて
        ガリガリとメカニックに演奏する
        どこかのマッチョなオーケストラのような音が時々聴こえてくる。

        作曲家自身は残念ながら第一次世界大戦で戦死しているが
        1910年に、こういうモダンな古典的構成の曲が出来ていたとは。
        どちらかと言えば、ヒンデミットとかレーガーとかの系統か
        あるいは同時代で言えば、フランツ・シュミットを思い起こさせる。
        (フランツ・シュミットより前衛的要素はちょっと強め)

        ドラマチックで視覚的な刺激が強くて
        なのに古典的構成で、和声も基本的には伝統的なものを使っていて
        すごく面白い曲で
        あまり演奏されないのは非常に残念。
        (最近、フランツ・シュミットも演奏されないのは非常に非常に残念!)

        リヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼン
        もともと苦手な曲だし(すみません)
        ウィーン・フィルの弦の響きは美しい
        ・・・というより、チェロがすごく美しかった。
        しかしなんだか退屈である。
        まぁ、あまり推進力のない曲ではあるから(勝手に解釈)

        後半、ブラームスの交響曲4番。
        永遠の名曲と言うか、名曲アワーというか
        誰でも知ってる曲で
        こういうのは、非常に難しい。

        第1楽章の聴こえるギリギリのアッチェルランドは
        推進力としては、非常に効果的ではあったものの
        その後の部分が
        土曜日はあれ?と思ったくらい
        音がごちゃまぜの団子になる部分があって
        う〜ん・・・
        これは、指揮者が全パートを均等に出そうとして
        焦点ボケになって団子になるケースかもしれない。
        音響(というより残響か)が凄い楽友協会ではありがち。

        推進力は素晴らしい。
        しかも推進力をかける前後でのテンポの扱いが見事。
        ただ、テンポを落とすところでは停滞気味に聴こえてくる。
        よって、第2楽章が、いや、そりゃ哀愁に満ちて素晴らしいのだが
        ちょっと間が抜けるというか
        第3楽章の激しい表情を強調するためかもしれないが。

        第3楽章と最終楽章では
        バリバリに演奏・・・させたかったんだろうなぁ、指揮者は、たぶん。
        すごい音量で攻めてくる意図があるのは
        指揮姿を見ていると、よ〜くわかるのだが
        いかんせんオーケストラのスタミナが
        どう見ても指揮者のエネルギーについて行っていない(ような気がする)

        どこぞの隣の国のオーケストラとは
        モーターが違う、というよりは
        ウィーン・フィルってオペラ座オーケストラだから
        コンサート以外のお仕事が忙しすぎて(笑)

        指揮者は、凄まじいエネルギーを発しながら
        ひたすら指揮台の上で激しいダンスを踊っているのだが
        オーケストラが、最後の方では
        俺ら、ここまで頑張ったんだから
        もう勘弁して
        (妄想爆走中)

        エネルギー的には、最初のルディ・シュテファンが良かっただけに
        後半では、お疲れだったような印象を残す。
        あ、いやいや、そりゃ、天下の超一流オーケストラだから
        ちゃんとそれなりの演奏はするし
        素晴らしかったですよ、このオーケストラ、この曲は何回も演奏しているだろうし。
        ただ、指揮者の意図に今ひとつ乗り切れていなかったというか・・・

        まぁ、ブラームスの交響曲4番は名曲だから
        優秀な指揮者が優秀なオーケストラと演奏すれば
        それなりの演奏にはなるので
        あとは好みの問題だが。

        キリル・ペトレンコの指揮ぶりを見ていると
        この人、もっと「強い」オーケストラの方が
        向いているのかもしれないなぁ、と思う瞬間が何回かあった。

        ウィーン・フィルの定期公演は
        クリスマス直前の来週末にもある。
        リッカルド・ムーティ指揮で
        モーツァルトのフルート協奏曲とブルックナー7番。
        12月13日が楽友協会主催のコンサートで
        15日・16日がウィーン・フィルの定期公演のはずなのに
        楽友協会のポスターには、15日・16日も出ていて
        一瞬、あれ?楽友協会主催だったっけ?

        ポスターの印刷間違いだろうけれど
        まぁ、そういう事はウィーンでは時々ある(笑)

        キリル・ペトレンコの今回のウィーン・フィル公演は
        オーストリア・ラジオ放送1番のオン・デマンドで
        1週間は聴けるので、どうぞ聴いてみて下さい(回し者じゃないけど)
        ルディ・シュテファンは意外に「見付け物」って感じだったので
        私も後で聴いてみよう・・・・と思いつつ
        怠け者でなかなか聴かない私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        土曜日は公演の後、電車に飛び乗って
        サンクト・ペルテン祝祭劇場の
        サッシャ・ワルツのダンス公演に行ったのだが
        この記事も何とも書き難いので(ワケわからん演目だった)
        後で気が向いたら書きます・・・(すみません)

        ウィーン・フィル + フランツ・ヴェルザー=メスト

        0
          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年11月9日 19時30分〜21時15分

          Wiener Philharmoniker
          指揮 Franz Welser-Möst

          Anton Bruckner (1824-1896)
           Symphonie Nr. 5 B-Dur (1875-1878)

          ウィーン・フィルが日本公演に持っていくシリーズ第二弾。
          (というより、昨日と今日の2回しかなかったけど(笑))

          ブルックナーだ、ブルックナー!!!!
          演奏しているウィーン・フィルも大好き
          ジモッティのオタクで聴きに来る人たちも大好き
          コンツェルトハウスだし
          チクルスだし
          周囲に観光客とか一見さんが、ほとんどいない
          これぞ、ウィーンのオタクの世界。

          だいたい、現代音楽のコンサート以外で
          こんなに聴衆が静かなコンサートなんて
          年間、数えるくらいしかない(断言)

          この季節、みんな風邪ひきまくりの筈なのに
          咳き込みもほとんどなく
          咳する人も気遣って、コホンという感じ。
          途中でプログラムを見ようとしていたカップルに
          鋭い視線を向けていた、こわそうなオジサンもいる。

          もちろん、ウィーン・フィルもブルックナー大好き集団である。
          ここに集っているのは

          おらが村のお偉いブルックナー大先生

          を、こよなく崇拝する妖しげな集団(爆笑)

          まぁ、そういう状態は、日本では日常茶飯事かもしれないけど。

          さて、昨日、何だそれ?という大音響を
          楽友協会で響かせまくったオーケストラは
          今回はコンツェルトハウスなので
          どんなに音量が凄くても、ホールはビクともしない。

          最初のピチカートも多少大きめの音で
          そこから出てくるテルツで上昇する大音響のところは
          ものすごく嬉しそうに
          持てるだけの最大音量で攻めてくる。

          うおおおお、これこそブルックナーの醍醐味。
          このホールの音響だと
          これだけ響かせても
          全く音が濁らず、透明で、厚くなりすぎない和声で
          ホール全体の空間を圧倒。

          第1楽章、第2楽章は落ち着いたテンポで
          ゲネラル・パウゼも心持ち長め。
          ただ、出てくる音の透明感があるので、重くならない。

          低弦は、ものすごくキレイに聴こえてくる。
          どっしりした支えがあるのだが
          やっぱり、古臭い重さがない。

          第3楽章はテンポ速め設定で
          うわあああ、突然、弦の音色が明るくなった。

          何と言うか、現代的なブルックナーだなぁ。
          苦悩だとか、神様だとか、精神性だとかじゃなくて
          もっと音楽としての透明感を目指したという印象を受ける。
          宗教的な要素というよりは
          音楽そのものの構築や透明感が前に出てくる。

          第3楽章の強弱の付け方が独特だったなぁ。
          でもドラマツルギーから見ると、実に巧い処理だと思う。

          オーケストラのプレイヤーもノリノリ。
          そりゃ、オラが村のブルックナー大先生を
          ヘタクソに演奏するわけには行かないだろう。
          大先生崇拝集団が1700人集まってるワケだし(笑)

          ホルンの首席、いやもう最高。
          あの美しいウインナー・ホルンの音色。
          フルートの澄んだ音がとことん歌って
          トロンボーンが唸りをたてて下を支え
          クラリネットの渋い音や
          ファゴットの落ち着いた音色が混じり合い
          輝かしいトランペットが鳴り響く。
          (一つ書いていない重要なソロがあるけれど(以下省略))

          弦がまた、すごい透明感なんだよねぇ。
          高音でも、これ以上ないほどの美しい音色を出すバイオリン集団。
          ビオラのパステル色が中間を支え
          チェロとコントラバスの迫力ある、でも、出しゃばらない音。
          これこそ、ウィーン・フィルの特色かもしれない。

          デッドな音響の、しかも、ちょっとした乱れや欠点まで
          まざまざと聴こえるコンツェルトハウスの大ホールで
          (楽友協会はお風呂場音響なのでゴマカシが効く事がある)
          これだけ徹底的にモダンで美しい音響を聴かせるのだったら
          日本のホールでも大丈夫だろう。

          やっぱりオーストリアのオーケストラの
          地元ブルックナー大先生の作品は
          他の国のオーケストラには出せない雰囲気があるような気がする。

          とは言え、音楽の感じ方は人それぞれだから
          何とも言えないけれど
          重さが強調されない、とても現代的でスマートな感じの
          完璧に近い演奏だった事は断言できる。

          周囲のマナーの良さが、ものすごく気持ち良かった。
          久し振りに周囲に気を散らす事が全くなく
          ものすごい勢いで音楽に集中した。

          こういうコンサートに行くと
          おらが村も悪くないんじゃない?とか思っちゃう
          単純な私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          ブランドだから良いに違いない、という思い込みには
          昔から大反対なのだが
          (だから自分の耳で聴いたその時だけの音楽にしか反応したくない)
          でも、こういう演奏聴いちゃうと
          ウィーン・フィルって、やっぱり格が違う、とか
          ついつい思ってしまったりして・・・

          ウィーン・フィル + フランツ・ヴェルザー=メスト

          0
            Musikverein Großer Saal 2018年11月8日 19時30分〜21時30分

            Wiener Philharmoniker
            指揮 Franz Welser-Möst
            バイオリン Volkhard Steude
            チェロ Peter Somodari

            Antonín Dvořák (1841-1904)
             Carneval. Eine Konzertouvertüre, op. 92
            Johannes Brahms (1833-1897)
             Konzert für Violine, Violoncello mit Orchester, a-Moll, op. 102
            Richard Wagner (1813-1883)
             Ausschnitte aus „Götterdämmerung“ WWV 86 für Orchester
              Morgendämmerung
              Siegfrieds Rheinfahrt
              Siegfrieds Tod - Trauermarsch
              Schlusszene

            最近、現代音楽祭でコンツェルトハウスに入り浸りだが
            本日はウィーン・フィルのソワレ。
            私はソワレの会員ではないのだが
            いつもの席の近くのチケットが取れてバンザイ。

            2週間に1回、すごくキツイ木曜日が巡って来て
            朝9時〜10時30分、10時45分〜12時15分
            12時30分〜14時、14時15分〜15時45分
            16時〜17時30分(チュートリウム)
            という授業の取り方をしているので(アホか私は)
            ともかく、ぐったり疲れた状態で行ったコンサート。

            ドボルジャークのカーニバル。
            いや、この曲、ものすごく音量が大きい曲なのは
            昔、聴いた事があるので知ってはいたが

            それにしても、この音量、ちょっと酷くない???(涙)
            ともかく、ウルサイのだ。ものすごい音量なのだ。
            これからヴェルサイユ公演の後
            日本と中国に演奏旅行なので
            日本のコンサート・ホールの音響に合わせているのかもしれないが
            私の席だと、あまりの音量に、音が団子状になってしまい
            パーカッションと、あと、弦と管がごちゃ混ぜになった
            雲のようなモノしか聴こえません(涙)

            デッドな音響のホールだったら、大喝采モノなんだろうなぁ。
            まぁ、イキの良い派手な曲だし・・・

            ブラームスのダブル・コンツェルト。
            バイオリンとチェロのトップがソリストになったら
            最高にウィーン・フィルらしいウィーンの音が出る。
            チェロのショモダリさんも、バイオリンのシュトイデさんも
            音の美しさと行ったら、失神モノである。

            ・・・で疲れていたので、本当に失神していたかもしれない。
            途中で(音楽は頭の中でしっかり鳴ってたけど)記憶が欠けている。

            この曲、CD も持っていないし
            聴き込んだ記憶もないので知らない曲の筈なのに
            うっすらと記憶にあるのは何故なんだろう。
            きっと、何回かコンサートで聴いているんだろうなぁ(なにせアホなので)

            何と大サービスでアンコールまで!!!!
            チェロとバイオリンのバリエーションで
            アンコールではよく演奏される曲なのだそうで
            友人がすぐ調べてくれた。
            ヘンデルの Passacaglia 編曲はHalvorsen との事。
            (Yさま、ありがとうございました!)
            これがまた、さすがというか
            あ〜、やっぱりウィーン・フィルの弦って格別です。

            後半はワーグナーの「神々の黄昏」からの抜粋。

            うおおおおおお
            あっ、すみません。

            普段、オペラ座でこの演目の演奏は慣れているのだろうが
            それにしても、歌手がいないから、と
            オーケストラが弾けまくって(笑)
            ドボルジャークに負けない音量で、ガンガン演奏。

            なのに、ワーグナーって、あそこまでガンガン演奏されても
            音の輝きが増すだけで、うるさくならないのは何故なんだ???

            色っぽいというか、艶があるというか
            全体の音楽の豊かさが半端じゃない。
            圧倒的な音楽、としか言えない。

            音の厚みが大迫力で
            やっぱりワーグナーって、映画音楽というか
            聴いている者の感情を鷲掴みにして
            身体中の骨がギシギシ言うほど、ガタガタさせられる。

            疲れていて
            胃を休めるようなお茶漬けが食べたいのに
            ポテトや付け合わせがゴッテリついた
            大皿のスペアリブを「ほら、全部お食べ」と出されたような感じ。
            (こちらのスペアリブの大きさは異常です)

            いや、でも、このワーグナー
            日本で聴ける人は幸せだろう。
            ワーグナーのワーグナーらしいところを
            圧倒的迫力の、この上なく美しい音響で堪能できる。

            ただ、仕事でお疲れの時には、どうぞ気をつけて。
            (ますます疲れます(笑))

            デッドな音響のコンツェルトハウスに最近耳慣れしていた
            というのもあるかもしれないけれど
            ウィーン・フィルのワーグナーは絶品です(断言)

            明日の金曜日は自主休講にしたので
            ともかくもオフィスで仕事を片付けて
            月曜日の試験の準備を・・・(まだ何もやってない(汗))

            でも、明日はちゃんと、ウィーン・フィルの
            ブルックナーもコンツェルトハウスで聴いてくる予定の
            懲りない私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ウィーン・フィル + 指揮者なし

            0
              Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年10月28日 11時〜13時

              Wiener Philharmoniker

              John Cage (1912-1992)
               4’33“ (1952)
              Arnold Schönberg (1874-1951)
               Verklärte Nacht op. 4 (Fassung für Streichorchester 1943)
              John Cage
               Sixty-Eight für Orchester (1992)
              Johannes Maria Staud (*1974)
               Scattered Light für unbalanciertes und undirigiertes Orchester (2017-2018) UA

              故クラウディオ・アバドが作ったウィーン現代音楽祭
              ウィーン・モデルンのオープニング・コンサート。

              11月は結構他のコンサートもチクルス買いで入っているのだが
              いちいち数えて、ちまちま1つごとのコンサート・チケットを買っても
              結局は総計したらゲネラル・パスとほとんど同額、というのが毎年なので
              ゲネラル・パス発売開始に行って
              行けそうな日で整理券のある分は全部確保して来た。

              しかし、このオープニング・コンサートは、何と別料金!!!
              ゲネラル・パスは日本円にしたら1万5千円以上するのに
              このウィーン・フィル(指揮者なし)のコンサートは
              加えて20ユーロを払わねばならない・・・(絶句)

              ただし自由席ではなく、席指定。
              たぶん、ゲネラル・パス所有者用のブロックがあると思う。
              (私の列はみんな大きなカタログを持っていたので)
              バルコン(2階席)正面の1列目なんて
              超貧民の私は自由席以外で座った事がない。

              さて、ウィーン・フィルで指揮者なし・・・
              いや、ウィーン・フィルって、たいていのモノは
              指揮者なしでも演奏できそうなオーケストラだが(笑)

              最初がジョン・ケージの4分33秒(爆笑)
              しかも、本日はオーストリア国営放送1番でのライブ中継(爆爆笑)
              プログラムによれば、この曲は
              今までコンツェルトハウスでは5回演奏(?)されていて
              コンツェルトハウスでの初演は2004年。
              楽器編成は自由。

              今回は弦楽オーケストラ編成で
              第一バイオリン、第二バイオリン、ビオラ、チェロとコントラバス。

              オーケストラ・メンバーが揃った後に
              コンサート・マスターのホーネック氏が登場。
              譜面台のところにストップ・ウォッチのようなものを置き
              全員に始め、の合図。
              第1楽章後に、力を抜いて、またストップ・ウォッチのスイッチを入れ
              第2楽章に移り、同じように第3楽章へ。

              いや、この名曲(というより迷曲か?)は
              今や、誰でも知っていると思うので
              客席は静かなんだけど

              後ろの列の若いお兄ちゃんの盛大なため息とか
              「なんだ、このクソは・・・」とか
              隣の女性に小声で囁いているのは聞こえるし

              あちこちから、結構な数の声を伴った咳き込みもある。

              しかも、もし、あれが演出でないとしたら
              たいしたものだ(色々な意味で)と思うんだけど
              第3楽章の途中で
              客席から、男性1名が大声で「アレルヤ」って叫んだ。
              ラジオ放送聴いてた人、全員聞いてるな。
              オンデマンドで1週間聴けるから、私もチェックしてみよう。

              2曲目の「浄夜」は、私の中では古典作品というか
              後期ロマン派の範疇に入る作品で
              もともと弦楽四重奏だし
              指揮者なくてもウィーン・フィルの弦だし

              いやもう、ああああああ
              ウィーン・フィルの弦のアンサンブルで
              この曲を演奏されると
              あまりの美しさに気が遠くなりそう・・・

              あのコンツェルトハウス大ホールのデッドな音響で
              しかもバルコン席という、空間のど真ん中の席で
              あの美しい弦の音って、震えが来る。

              後半の最初はジョン・ケージ晩年の作品。
              各パートに一つ一つの音の割り振りがあって
              パートの長さは各奏者に委ねられるという作品(らしい)

              最初の Cis から始まって、E まで行くので
              印象的には、あれ?シェルシか?みたいな感じなのだが
              マイクロトナールは使っていない。
              ただ、基音を中心に、パーカッションやピアノや管が
              様々な色合いを足して行く。
              (編成は古楽器フルート3本、イングリッシュ・ホルン5本
               クラリネット5本、トランペット5本、パーカッション2名
               ピアノ2台(ピアニスト2名)に弦(14-12-10-10-0))

              基音が変わって行くのと同時に
              そこに絡まるバリエーションが加わると
              まるで、基音そのものが変化していくような
              不思議な印象を与えて
              30分ほどの曲なのだが、すごく楽しい。
              感覚を研ぎ澄ませて
              音色の変化や、自分の内部での音感の変化を感じ取ると
              微妙に自分の内部での音が変わっていくのが楽しくて
              あ〜、絶対音感とか持ってなくて良かった。
              (まぁ、負け惜しみなんですけど(笑))

              最後はヨハネス・マリア・シュタウドの新曲。
              指揮者なしのオーケストラのための作品。
              編成はバスフルート2本、クラリネット1本、バセットホルン1本
              バスクラリネット1本、コントラバスクラリネット1本、ホルン2本
              トロンボーン3本、チューバ1本、パーカッション4名、ピアノ1台(奏者2名)
              弦が 12-10-8-0-0

              13分の演奏時間だが
              不思議な事に、これも基音+バリエーションを使っているのか
              演奏した時の印象が、ジョン・ケージの Sixty-Eight にすごく似ている。

              低音の楽器が多いのだが
              曲そのものは、低い感じが全くしない。
              (低音と高音なので、unbalanciert アンバランスの、というタイトルになっている)
              ピアノ(2名)によるテンポの持続低音に支えられて
              他の楽器それぞれが、そのテンポでの持続低音の役割を
              繋ぎながら
              そこに様々な楽器が重なって独特な音の世界を創り出す。

              持続低音が最初から最後まで続くので
              (途中でテンポが変わる部分はあるが
               やはり同じように基本的に4拍子で、どこかに持続低音が出てくる)
              かなりこの部分は頭に残る。

              オーストリア・ラジオ放送1番で
              1週間はオン・デマンドで聴けるので
              私も、今、聴き直しているのだが
              4分33秒も収録してある。
              咳こみとか(笑)
              一時急に咳が増えるのは、第1楽章後(爆笑)
              11時11分の後半あたりに、客席からの「アレルヤ」の声も。

              オーストリア・ラジオ放送のオンデマンドのサイトに入ったのは
              久し振りなのだが
              ちゃんと、聴きたい部分だけ聴けるという機能が入って
              とても楽になった。
              (昔は最初からしか聴く事が出来なかったので面倒だったが)

              現代音楽祭とは言え
              シェーンベルクとジョン・ケージからのオープニング(笑)
              (よって、カテゴリーは現代音楽にしていない。
               だって初演1曲しかなかったし)

              でも、まだまだこれから
              楽しい音楽を聴ける(途中、かなり長期間の浮気も予定)と思うと
              ワクワクしてくる私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              オーストリアは本日から冬時間。
              日本との時差は8時間になって
              これから急に暗くなる(涙)

              オーストリア放送局のオンデマンド配信は
              https://radio.orf.at
              上記サイトから Radio Österreich 1を選び、Mehr Radioangebote から
              7 Tage Ö1 を選択した上で
              日にち(曜日で入ってます)を選んでお聴き下さい。

              ウィーン・フィル + ゲルギエフ 1回目+2回目

              0
                Musikverein Großer Saal 2018年10月6日 15時30分〜17時10分
                Musikverein Großer Saal 2018年10月9日 11時〜13時10分

                Wiener Philharmoniker
                ピアノ Denis Matsuev
                指揮 Valery Gergiev

                Sergeij Prokofiev (1891-1953)
                 Ausschnitte aus dem Ballett „Romeo und Julia“
                  Die Montagues und die Capulets
                  Julia, das kleine Mädchen
                  Maskentanz
                  Romeo am Grab Julias

                Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2, g-Moll, op. 16
                 Symphonie Nr. 6, es-Moll, op. 111

                ウィーン・フィルの土曜日・日曜日定期。
                オール・プロコフィエフ・プログラム。

                先週から大学の授業が(一部)始まって
                今まで3ヶ月、ほとんど誰とも話さなくて良いという
                怠け者になっていて、人と話すとグッタリ疲れてしまう・・・
                (はい、ワタクシ、基本的にはお喋りの筈なんだけど
                 同時に、何週間も、全く喋らなくても平気なんです。ヘンな性格)

                土曜日はちょっと色々とあって時間がなかったので
                ともかく、土・日公演をまとめて自分用のメモ。

                ゲルギエフの指揮棒は
                土曜日は焼き鳥の串で
                日曜日は、なんと、割り箸サイズだった!!!
                (って、別にどうでも良いが・・・)

                ロメオとジュリアと言えば
                これにティーボルトの死が入るけれど、今回はなし。
                この方が順序に沿っているので、混乱せずに済む。

                ゲルギエフのロシアもののバレエ音楽って
                すごく好きなんだけど
                ねっとりとロシア風味たっぷりなのに
                ゲルギエフのこの音楽だと
                バレエ・ダンサーが舞台で本当に踊れるような気がする。
                ある意味、ちゃんと「バレエ」というのが念頭にある(ような気がする)
                オーケストラ・ピットに入って演奏されても違和感がない(ような気がする)

                だから聴いていて、テンポに無理がない。
                まぁ、ウィーン・フィルもプロコフィエフのロメオとジュリアは
                クランコ版でウィーン国立バレエ団が何回も踊っているから
                その意味、自然な感じで演奏できるんだろうなぁ。

                デニス・マツエフのピアノで
                プロコフィエフのピアノ協奏曲2番(ト短調)

                確かプロコフィエフってピアノ協奏曲を5曲作曲していて
                (4番は左手用(パウル・ヴィトゲンシュタイン委嘱作品)
                 6番は未完)
                この2番だけが、短調で作曲されている。

                続く交響曲6番も短調だし・・・

                むちゃくちゃ単純人間の私は、短調が苦手なのだ。
                楽理的にも短調の方が複雑、というのはともかくとして
                ハイドン時代の、基本、曲は長調で終わりましょう、の世界に
                精神が止まっているので

                それでなくても苦手な短調に
                ロシアの作曲家の、あの、暗い、暗い、暗い、暗い
                (一応)自然に恵まれた平和な日本でスクスク育った私には
                とても理解できない
                あの果てしなく嘆くロシアのメンタリティが加わったら
                あ〜、すみません、ごめんなさい
                と尻尾を巻いて逃げたくなる。
                (ショスタコーヴィッチなんかもそういう感じ(汗))

                マツエフのピアノ、スゴイと思う。
                ともかく、スゴイと思う。
                え〜い、それ以外の感想はないのか・・・
                できれば、3番を弾いて欲しかった・・・

                しかし、聴いていて思ったんだけど
                プロコフィエフのピアノの扱い方って
                本当に打楽器だなぁ。
                超絶技巧、豪華絢爛なんだけど
                ラフマニノフとかリストなんかと全く違う。

                マツエフがアンコールで弾いた曲、何だったんだろ。
                (土曜日と日曜日で違う曲だった)
                ものすごく単純に聴こえる小曲だったけれど
                音の均等性がパーフェクトで
                ピアノなのに、ほとんどオルゴールの世界に近い。
                あんな音、どうやって出すんだ?
                しかも残響タップリのコンサート・ホールで
                インペリアル・グランドのピアノで・・・(呆然)

                後半が交響曲6番!!!

                何故に6番なんですか?!と思ったのは
                私だけではないだろう。
                だって、6番なんて滅多に演奏されないし
                重苦しいしアヴァンギャルドだし
                だったら、せめて7番とか・・・・

                まぁ、私の好みなんて別にどうでも良んだけど。
                しかし、ピアノ協奏曲2番に交響曲6番の組み合わせは
                何とも重苦しい。

                6番、名曲だとは思う。
                ちゃんと古典的にテーマの提示から始まって
                巧く作られているなぁ、と感心するし
                第2楽章の美しさにはウットリするし
                最終楽章の頭は調子良く長調でタカタカ始まって
                最後は第1楽章の主題が提示されて輪が完結する。

                いやだから、それが何だって・・・という話で
                ウィーン・フィル、むちゃくちゃ巧いし
                ゲルギエフって、やっぱりこういうものを演奏させると
                どんなに割り箸が手元で揺れていてもスゴイと思う。

                同じプログラムでウィーン・フィルはパリ公演をするようだ。
                音楽的にはスゴイと思うんだけど
                ワタクシのような単純人間には
                ちょっと崇高過ぎて、ちょっと疲れました(すみません)

                長い夏休み(音楽含め)でダレきっていた影響が
                ここになって出て来て
                やっぱり歳なのか、とギョッとしている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ウィーン・フィル + ブロムシュテット

                0
                  Musikverein Großer Saal 2018年10月2日 19時30分〜21時15分

                  Wiener Philharmoniker
                  指揮 Herbert Blomstedt

                  Franz Berwald (1796-1868)
                   Symphonie Nr. 3, C-Dur „Sinfonie Singulière“
                  Antonín Dvořák (1841-1904)
                   Symphonie Nr. 7, d-Moll, op. 70

                  9月22日と23日のウィーン・フィル定期公演の後
                  ウィーン・フィルは外国での金儲け・・・じゃなかった
                  コンサート・ツアーに出掛けて同じプログラムを演奏し

                  9月30日にはコンツェルトハウス
                  昨日10月1日はウィーン・フィルのソワレ公演で演奏し
                  本日10月2日が最終公演で楽友協会主催のコンサート。

                  同じプログラムで何回コンサートするんだ、このオーケストラは。
                  ウィーンだけで総計5回!!!!(+海外公演)
                  ウィーン放送交響楽団なんて、後にも先にも1回しかやらないのに。
                  (しかもやったコンサートは放送交響楽団だから録音が残る)

                  それだけ回数を重ねてからの最終公演
                  演奏はどうなってるだろう、とワクワクしながら
                  ウィーン・フィル定期と同じ席で聴いてみた。

                  ビーアヴァルトは、かなりこなれて来た感じがする。
                  3回目を聴くと、こちらも耳慣れして来て
                  特にこの曲の1楽章、すごく好き ♡

                  1音づつ上昇して行く和声のワクワク感に
                  単純な私はドキドキしてしまい
                  感情的にアップ・アップ・そらアップという多幸感に溺れる。

                  ・・・すみません、ヘン◯イである事は理解してます。

                  第2楽章の奇妙なリズム感の中間部も好き。

                  キレが良くて
                  古典的な感じを逸脱せずに
                  充分に現代の先駆けを感じさせる和声と
                  独創的な音楽の作り方。

                  スウェーデンの音楽の基礎を作ったという評価が高いらしいが
                  スウェーデンの音楽の特徴というのが何だか
                  私にはわからないから
                  北欧的なモノを感じるわけではない。

                  ただ単純に音楽として
                  あの時代のドイツ的音楽から多少隔たったところが
                  とても面白い。

                  後半の名曲、ドボルジャークの交響曲7番。
                  うおおおお、ウィーン・フィルどうしちゃったの?と
                  ついついビックリしてしまう程の、はじけ方。

                  それ、楽友協会でお行儀の良いウィーン・フィルが
                  普段出しているノーブルな音と全然違うじゃありませんか。

                  これだけ「はじけて」いると
                  受け取り方としては
                  最後のコンサートだからやけっぱちになっている、とか
                  若々しくてエネルギッシュとか
                  ワイルドで土着的だとか
                  まぁ、色々な受け取り方があるだろう。

                  先週の定期公演の時もダイナミックだったけれど
                  何回かブロムシュテットとコンサートして
                  ますます音も大きくなったし
                  はちゃめちゃっぽくワイルドになったし

                  聴いてて、すごく面白いんですけど。
                  あっ、すみません。
                  この間は感情鷲掴みって感じだったけれど
                  さすがに3回目で、しかも、ここまではじけちゃうと
                  なんだかオーケストラのメンバー
                  すごく楽しそうに演奏しているんじゃないか
                  ・・・と、ついつい本気で思ってしまう。

                  恐るべきダイナミックさ
                  ウィーン・フィルとは思えない音量で
                  最初から最後まで、ぐいぐい押しまくった印象が残る。

                  それに、オーケストラ・メンバーの皆さま
                  ブロムシュテットさん、好きでしょ?(笑)
                  指揮者が望み得る限りのテクニックと感情を持って
                  聴衆をばっちり驚かせてあげようじゃないの、という気概が
                  あの、時々緩いオーケストラから
                  熱気として立ち上ってくる感じ。

                  最初の演奏の時ほど
                  聴衆側として感情に溺れる事はなかったけれど
                  その分、オーケストラと指揮者のハネムーン状態が
                  (本当にそうだかは私にはわからない。念の為)
                  何とも親密な雰囲気を作って聴衆まで届いたような
                  そんな妄想を掻き立てられる演奏だった。

                  あ、もちろん、それは「妄想」であって
                  実はオーケストラのプレイヤーたちが
                  やれやれ、これでやっと解放される、と思っていた、という可能性も
                  排除できないので
                  読者の方々は、私の妄想に振り回されたり盲信したりしないよう。

                  ウィーン・フィルは今週末に
                  ゲルギエフとの定期公演をやるけれど
                  オール・プロコフィエフで、プログラムの後半が
                  滅多に演奏されない交響曲6番。

                  まぁ、何て忙しいオーケストラ・・・とは思うけれど
                  プロコフィエフの滅多にナマで聴けない曲が
                  楽友協会で聴けるのはとても嬉しい私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  オーケストラの体力にも驚くけれど
                  それ以上に、マエストロ・ブロムシュテットの体力って
                  驚愕するしかない。
                  やっぱり音楽に浸りながら
                  ばっちりダンスしているからでしょうかね?
                  (ブロムシュテットの指揮の動きは見ていても非常に美しい。うっとりする)

                  ウィーン・フィル + ブロムシュテット 1回目

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2018年9月22日 15時30分〜17時15分

                    Wiener Philharmoniker
                    指揮 Herbert Blomstedt

                    Franz Berwald (1796-1868)
                     Symphonie Nr. 3, C-Dur „Sinfonie Singulière“
                    Antonín Dvořák (1841-1904)
                     Symphonie Nr. 7, d-Moll, op. 70

                    やっとシーズン開始で
                    ウィーン・フィルの定期公演1回目。

                    前半のフランツ・ベルワルドの交響曲は初めて聴く。
                    ストックホルム生まれのスウェーデン人で
                    時代的には、ベートーベン後期、ブラームス初期の時代の作曲家。
                    音楽家の家系ではあったが
                    ベルリンに留学し、生活のために整形外科の器具などを考案していたらしい。
                    その後、ウィーンで結婚し、多少の成功はおさめたものの
                    かなり変わった人物だったらしく
                    作曲技法も独自の道を行っていて
                    なかなか理解されるところまでいかなかったようだ。

                    今回の交響曲3番「風変わりな交響曲」も20世紀まで初演されなかったらしい。
                    (ウィキペディアの情報による)

                    第1楽章の最初の弦の響きが
                    あああああ、やっとシーズン始まった
                    何て美しいウィーン・フィルの弦・・・(うっとり)
                    バイオリンとビオラのメロディの途中で
                    入ってくるチェロとコントラバスの低音が
                    くっきり美しく聴こえて来て
                    全体的にウィーン・フィルらしいノーブルさに満ちている。

                    いくら独自路線を突っ走った人でも
                    時代的にはブラームスやメンデルスゾーンなので
                    音の響きが楽友協会の柔らかい残響にとても合う。

                    結構、この曲、悶絶モノかもしれない。
                    前期ロマン派的とは言っても
                    思いがけなく不思議な和声があちこちに散りばめられているし
                    ベートーベン的な繰り返しもあるので
                    テーマは頭に残って、楽しく聴ける。

                    ブロムシュテットもアメリカ生まれとは言え
                    スウェーデン人だから
                    自分の国の(知られていない)作曲家を取り上げてくれて感謝。
                    指揮の譜面台にスコアは置いてあるものの
                    開く事もなく、ずっと嬉しそうに指揮をしている様が
                    音楽に対する深い愛に満ちている(ような気がする)

                    さて、後半はドボルジャークの交響曲7番。

                    ・・・やられたっ!!!

                    冷血の異名を持つ(←妄想だが)私は
                    滅多に音楽で感情を動かされる事はない(筈な)のだが
                    気をつけないと
                    時々、ナイフのように感情に刺さってくる音楽があって
                    それはもっぱら2人の作曲家によるもので
                    一人がチャイコフスキーなら
                    もう一人はドボルジャークなのだ(何故かはわからない)

                    前半の控えめノーブル、ひたすら美しいオーケストラは
                    いったい何処に行った?と頭を抱えるほどに
                    最初から、何ですか、この激しさは????

                    特にチェロとコントラバスの響きが強く
                    切り込んでくるかのような鋭角的な鋭さ。

                    メリハリが効いて・・・なんて生易しいものじゃなくて
                    何という躍動感と若々しさ。
                    ほとんどワイルドな印象まで与えつつ
                    スラブ系の土臭さまで、とことん洗練されて
                    徹底的なダイナミックで迫ってくる。

                    自分の持つ感情の全てを引きずり出されて
                    音楽にがっしり両肩を掴まれて
                    ユサユサと揺すぶられているような気がする。

                    良いんですか、そこまで聴衆の感情を鷲掴みにして・・・

                    というより
                    ブロムシュテットって、今、91歳だよね?
                    矍鑠として、指揮姿にも歳を感じさせないのはともかくとして
                    この躍動感に満ちたダイナミックな演奏って
                    あまりに若々し過ぎる。
                    音楽として枯れたところが全くない。

                    いや別に年齢を重ねたから枯れろ、というんじゃないけれど
                    あれだけの溢れる若さを
                    老練な完璧さで演奏されたら
                    向かうところ敵なし、というか

                    あんなにワイルドな音がウィーン・フィルから出るなんて・・・

                    ちょっと感情的にむちゃくちゃ揺すぶられてしまって
                    あ〜、明日、日曜日にもう一回、同じプログラムがあるんだけど
                    平常心で聴けるかしら。

                    本当は30日にもコンツェルトハウスで同じプログラムがあって
                    チケットは持っていたのだが
                    チャイコフスキー交響楽団とフェドセイエフのコンサートと
                    バッティングするので、チケットを返したんだけど

                    ううううううううん・・・
                    フェドセイエフのコンサートにも行きたいが(チケット確保済み)
                    この同じプログラム、コンツェルトハウスでも聴きたい(涙)
                    身体が2つないのが、かなり悔しい欲張りな私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ウィーン・フィル + フランツ・ヴェルザー=メスト

                    0
                      Schloss Grafenegg Wolkenturm 2018年9月6日 19時〜20時15分

                      Wiener Philharmoniker
                      指揮 Franz Welser-Möst

                      Anton Bruckner (1824-1896)
                       Symphonie Nr. 5 B-Dur, WAB 105

                      ウィーン・フィルはこの後
                      同じプログラムでルツェルン音楽祭に演奏旅行。
                      ・・・という事は、今日のコンサートがゲネプロって感じか(笑)

                      先週は天気が悪くてホールの日が多かったが
                      今日は、いかにもヨーロッパの夏の終わりという爽やかな晴れ。
                      気温20度前後のちょうど良い気持ちの良さ。

                      ブルックナーを野外音楽堂で聴くなんて(涙)

                      もちろん思い込みと偏見によるものだが
                      ブルックナーの交響曲って基本的に宗教曲だと思っている私は
                      あれだけ金管が咆哮する交響曲でも
                      残響たっぷりの広い大伽藍か
                      コンサート・ホールで聴きたいし
                      コンサート・ホールだって、できれば
                      残響むちゃくちゃたっぷりの楽友協会が良い。
                      ドライな音響のコンツェルトハウスでのブルックナーは物足りない。

                      さすがウィーン・フィルというブランドで
                      コンサートは売り切れ満杯(芝生席を含む)
                      出だしのピチカート、もちろん一番小さなピアニッシモ。
                      耳を澄ませば少しは聴こえて来るんだけど

                      後ろの年配カップル、小声のお喋り止めろ!(怒)
                      もう音楽始まってるのよ、聴こえてないんだろうとは思うけど(怒)

                      ピアニッシモとフォルティッシモのレンジは大きい。
                      でも、楽友協会でいつも堪能している
                      ウィーン・フィルらしい弦の温かい柔らかさが
                      野外音楽堂では却って欠点になっていて音が飛んで来ない。

                      木管は抜群だった。
                      フルートのあくまでも柔らかい音はばっちり客席まで届いてくるし
                      オーボエも他のオーケストラだと巧いけど雄弁すぎるというケースが多いのに
                      ウィーン・フィルのオーボエは出しゃばらず
                      慎ましやかで素朴な音がブルックナーにぴったり。

                      金管も頑張った。
                      あ〜、多少ミスあったけど、まぁ、そんなもんだし
                      やっぱりウィーンっぽい柔らかな響きなのに
                      音色の美しさを保ちながら響かせていて聴きごたえあり。

                      第3楽章で
                      指揮者のテンポ指示が突然早くなったりするところで
                      一部、ズレそうになってバタバタしたりはあったし
                      最終楽章のやけっぱち感は半端じゃなかったけれど

                      ま〜、5番って、しつこいですから(笑)

                      でも、やっぱりブルックナーは
                      残響たっぷりのホールで聴きたい。

                      最初から最後まで鳥が激しく鳴いていて
                      しかも、その鳥の鳴き声が
                      時々バイオリンの高音と共鳴する、という環境は
                      正直、集中して聴いてると
                      ものすごく気持ちが悪い。
                      (かと言って、鳥を撃ち殺すワケにはいかない。
                       ここ、自然保護区域だし・・・・)

                      ルツェルンでは、ブルックナーの前に
                      ハイドンのチェロ協奏曲を演奏するようだが
                      今回のグラーフェネックはブルックナーのみ。
                      早めにコンサートが終わったのは助かる。

                      ヨーロッパ連合内では
                      夏時間・冬時間の切り替えをなくそうか、という話が出ていて
                      統一するなら夏時間、という方向になっているのだが
                      それでも、どんどん日が暮れるのが早くなって来ているのを実感。

                      19時に始まったコンサート
                      第3楽章の頃には、すっかり暗くなって
                      寒くなって来ていたし。
                      2楽章から3楽章のところで
                      観客の多くが上着を出して着ていたのが面白かった。

                      ブルックナー聴いたんだか
                      鳥の鳴き声や遥かからのヘリコプターの音とか
                      外のトラックの音とか
                      そういうモノを聴いたんだか
                      よくわからなかったアホな私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      実は昨日はウィーン放送交響楽団のプローベ聴きに行ったんだけど
                      演奏されたのが
                      プロコフィエフのオペラ「戦争と平和」の序曲という
                      ものすごおおおおくマイナーな曲で
                      (マイナーと思っているのは私だけかもしれないけれど)
                      映画音楽みたいだった(まぁ、もとがオペラだし)
                      コンサートはウィーンではなく
                      アイゼンシュタットだそうで、聴けなくてちょっと残念。
                      (グラーフェネックのチケット持ってるので・・・)

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