ウィーン・フィル + ブロムシュテット 1回目

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    Musikverein Großer Saal 2018年9月22日 15時30分〜17時15分

    Wiener Philharmoniker
    指揮 Herbert Blomstedt

    Franz Berwald (1796-1868)
     Symphonie Nr. 3, C-Dur „Sinfonie Singulière“
    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Symphonie Nr. 7, d-Moll, op. 70

    やっとシーズン開始で
    ウィーン・フィルの定期公演1回目。

    前半のフランツ・ベルワルドの交響曲は初めて聴く。
    ストックホルム生まれのスウェーデン人で
    時代的には、ベートーベン後期、ブラームス初期の時代の作曲家。
    音楽家の家系ではあったが
    ベルリンに留学し、生活のために整形外科の器具などを考案していたらしい。
    その後、ウィーンで結婚し、多少の成功はおさめたものの
    かなり変わった人物だったらしく
    作曲技法も独自の道を行っていて
    なかなか理解されるところまでいかなかったようだ。

    今回の交響曲3番「風変わりな交響曲」も20世紀まで初演されなかったらしい。
    (ウィキペディアの情報による)

    第1楽章の最初の弦の響きが
    あああああ、やっとシーズン始まった
    何て美しいウィーン・フィルの弦・・・(うっとり)
    バイオリンとビオラのメロディの途中で
    入ってくるチェロとコントラバスの低音が
    くっきり美しく聴こえて来て
    全体的にウィーン・フィルらしいノーブルさに満ちている。

    いくら独自路線を突っ走った人でも
    時代的にはブラームスやメンデルスゾーンなので
    音の響きが楽友協会の柔らかい残響にとても合う。

    結構、この曲、悶絶モノかもしれない。
    前期ロマン派的とは言っても
    思いがけなく不思議な和声があちこちに散りばめられているし
    ベートーベン的な繰り返しもあるので
    テーマは頭に残って、楽しく聴ける。

    ブロムシュテットもアメリカ生まれとは言え
    スウェーデン人だから
    自分の国の(知られていない)作曲家を取り上げてくれて感謝。
    指揮の譜面台にスコアは置いてあるものの
    開く事もなく、ずっと嬉しそうに指揮をしている様が
    音楽に対する深い愛に満ちている(ような気がする)

    さて、後半はドボルジャークの交響曲7番。

    ・・・やられたっ!!!

    冷血の異名を持つ(←妄想だが)私は
    滅多に音楽で感情を動かされる事はない(筈な)のだが
    気をつけないと
    時々、ナイフのように感情に刺さってくる音楽があって
    それはもっぱら2人の作曲家によるもので
    一人がチャイコフスキーなら
    もう一人はドボルジャークなのだ(何故かはわからない)

    前半の控えめノーブル、ひたすら美しいオーケストラは
    いったい何処に行った?と頭を抱えるほどに
    最初から、何ですか、この激しさは????

    特にチェロとコントラバスの響きが強く
    切り込んでくるかのような鋭角的な鋭さ。

    メリハリが効いて・・・なんて生易しいものじゃなくて
    何という躍動感と若々しさ。
    ほとんどワイルドな印象まで与えつつ
    スラブ系の土臭さまで、とことん洗練されて
    徹底的なダイナミックで迫ってくる。

    自分の持つ感情の全てを引きずり出されて
    音楽にがっしり両肩を掴まれて
    ユサユサと揺すぶられているような気がする。

    良いんですか、そこまで聴衆の感情を鷲掴みにして・・・

    というより
    ブロムシュテットって、今、91歳だよね?
    矍鑠として、指揮姿にも歳を感じさせないのはともかくとして
    この躍動感に満ちたダイナミックな演奏って
    あまりに若々し過ぎる。
    音楽として枯れたところが全くない。

    いや別に年齢を重ねたから枯れろ、というんじゃないけれど
    あれだけの溢れる若さを
    老練な完璧さで演奏されたら
    向かうところ敵なし、というか

    あんなにワイルドな音がウィーン・フィルから出るなんて・・・

    ちょっと感情的にむちゃくちゃ揺すぶられてしまって
    あ〜、明日、日曜日にもう一回、同じプログラムがあるんだけど
    平常心で聴けるかしら。

    本当は30日にもコンツェルトハウスで同じプログラムがあって
    チケットは持っていたのだが
    チャイコフスキー交響楽団とフェドセイエフのコンサートと
    バッティングするので、チケットを返したんだけど

    ううううううううん・・・
    フェドセイエフのコンサートにも行きたいが(チケット確保済み)
    この同じプログラム、コンツェルトハウスでも聴きたい(涙)
    身体が2つないのが、かなり悔しい欲張りな私に
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    ウィーン・フィル + フランツ・ヴェルザー=メスト

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      Schloss Grafenegg Wolkenturm 2018年9月6日 19時〜20時15分

      Wiener Philharmoniker
      指揮 Franz Welser-Möst

      Anton Bruckner (1824-1896)
       Symphonie Nr. 5 B-Dur, WAB 105

      ウィーン・フィルはこの後
      同じプログラムでルツェルン音楽祭に演奏旅行。
      ・・・という事は、今日のコンサートがゲネプロって感じか(笑)

      先週は天気が悪くてホールの日が多かったが
      今日は、いかにもヨーロッパの夏の終わりという爽やかな晴れ。
      気温20度前後のちょうど良い気持ちの良さ。

      ブルックナーを野外音楽堂で聴くなんて(涙)

      もちろん思い込みと偏見によるものだが
      ブルックナーの交響曲って基本的に宗教曲だと思っている私は
      あれだけ金管が咆哮する交響曲でも
      残響たっぷりの広い大伽藍か
      コンサート・ホールで聴きたいし
      コンサート・ホールだって、できれば
      残響むちゃくちゃたっぷりの楽友協会が良い。
      ドライな音響のコンツェルトハウスでのブルックナーは物足りない。

      さすがウィーン・フィルというブランドで
      コンサートは売り切れ満杯(芝生席を含む)
      出だしのピチカート、もちろん一番小さなピアニッシモ。
      耳を澄ませば少しは聴こえて来るんだけど

      後ろの年配カップル、小声のお喋り止めろ!(怒)
      もう音楽始まってるのよ、聴こえてないんだろうとは思うけど(怒)

      ピアニッシモとフォルティッシモのレンジは大きい。
      でも、楽友協会でいつも堪能している
      ウィーン・フィルらしい弦の温かい柔らかさが
      野外音楽堂では却って欠点になっていて音が飛んで来ない。

      木管は抜群だった。
      フルートのあくまでも柔らかい音はばっちり客席まで届いてくるし
      オーボエも他のオーケストラだと巧いけど雄弁すぎるというケースが多いのに
      ウィーン・フィルのオーボエは出しゃばらず
      慎ましやかで素朴な音がブルックナーにぴったり。

      金管も頑張った。
      あ〜、多少ミスあったけど、まぁ、そんなもんだし
      やっぱりウィーンっぽい柔らかな響きなのに
      音色の美しさを保ちながら響かせていて聴きごたえあり。

      第3楽章で
      指揮者のテンポ指示が突然早くなったりするところで
      一部、ズレそうになってバタバタしたりはあったし
      最終楽章のやけっぱち感は半端じゃなかったけれど

      ま〜、5番って、しつこいですから(笑)

      でも、やっぱりブルックナーは
      残響たっぷりのホールで聴きたい。

      最初から最後まで鳥が激しく鳴いていて
      しかも、その鳥の鳴き声が
      時々バイオリンの高音と共鳴する、という環境は
      正直、集中して聴いてると
      ものすごく気持ちが悪い。
      (かと言って、鳥を撃ち殺すワケにはいかない。
       ここ、自然保護区域だし・・・・)

      ルツェルンでは、ブルックナーの前に
      ハイドンのチェロ協奏曲を演奏するようだが
      今回のグラーフェネックはブルックナーのみ。
      早めにコンサートが終わったのは助かる。

      ヨーロッパ連合内では
      夏時間・冬時間の切り替えをなくそうか、という話が出ていて
      統一するなら夏時間、という方向になっているのだが
      それでも、どんどん日が暮れるのが早くなって来ているのを実感。

      19時に始まったコンサート
      第3楽章の頃には、すっかり暗くなって
      寒くなって来ていたし。
      2楽章から3楽章のところで
      観客の多くが上着を出して着ていたのが面白かった。

      ブルックナー聴いたんだか
      鳥の鳴き声や遥かからのヘリコプターの音とか
      外のトラックの音とか
      そういうモノを聴いたんだか
      よくわからなかったアホな私に
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      実は昨日はウィーン放送交響楽団のプローベ聴きに行ったんだけど
      演奏されたのが
      プロコフィエフのオペラ「戦争と平和」の序曲という
      ものすごおおおおくマイナーな曲で
      (マイナーと思っているのは私だけかもしれないけれど)
      映画音楽みたいだった(まぁ、もとがオペラだし)
      コンサートはウィーンではなく
      アイゼンシュタットだそうで、聴けなくてちょっと残念。
      (グラーフェネックのチケット持ってるので・・・)

      ウィーン・フィル + エサ=ペッカ・サロネン

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        Grosses Festspielhaus 2018年8月5日 11時〜13時
        SALZBURGER FESTSPIELE

        Wiener Philharmoniker
        指揮 Esa-Pekka Salonen
        メゾソプラノ Marianne Crebassa

        Richard Strauss (1864-1949)
        Also sprach Zarathustra
        Tondichtung (frei nach Friedrich Nietzsche) für großes Orchester op. 30

        Luciano Berio (1925-2003)
        Folk Songs für Mezzosopran und Orchester

        Béla Bartók (1881-1945)
        Der wunderbare Mandarin op. 19 Sz 73

        世の中のクラシック・ファンが
        先立つものさえあれば
        この時期に集中するのはザルツブルク。

        先立つものが無い私は
        今年はクルレンツィスもベルリン・フィルも
        安いチケットが取れず、泣きを見ているところだが

        ウィーン・フィル + サロネンの組み合わせが聴けるのは
        たぶん、ザルツブルクだけ・・・

        ウィーンでのコンサートの時はキャンセルされてしまったし
        最後にウィーン・フィル+サロネンを聴いたのは
        何年か前のマーラーのゲネプロだった。
        (コンサートはチケット高くて行けなかった・・・)

        今回も、結構直前まで
        本当にサロネン、出てくるのか?と思っていたのだが

        やっと聴けたわ、ウィーン・フィル+サロネンの組み合わせが・・・(感涙)

        ツァラトストラの出だしからゾクゾク感・・・
        いや、このホール、こういう曲にものすごく向いてる。
        楽友協会の大ホールは音が鳴り過ぎて
        ツァラトストラの出だしも、派手にうるさいだけになるケースが多いが
        緻密に計算され尽くした音量と
        細かい部分のバランスの的確な処理で
        出てくる音響の立体感が半端でない。

        うおおおお(激しく身悶え)
        そして、期待に違わず、それに続く音楽の構築も
        見事としか言いようがない。
        ストーリーを紡ぐというよりは
        音楽的な要素を明確に打ち出して来て
        月並みな表現で申し訳ないけれど
        そのセンスの良さ
        洗練された、モダンなあっさり感がスタイリッシュ。

        指揮姿のかっこ良さにも萌える。
        永遠の青年のサロネンも60歳になったけれど
        やっぱり若々しい。
        前髪が伸びて、ちょっとロカビリになってたけど(笑)

        ルチアーノ・ベリオのフォーク・ソングス。
        メゾのクレバッサは、今年5月に楽友協会で聴いた時には
        その声量にひっくり返ったが

        やっぱり、すごい声量。
        楽友協会では、お姿は拝見していなかったが
        スタイル抜群で、しかも、ものすごく背が高くて美人。

        ただ、あまりにあまりに声量が凄すぎて
        ワタクシ的には、このフォーク・ソングスって
        イメージとしてはキャシー・バーベリアンなので
        もう少し、洒落っ気のバリエーションありで軽めで歌って欲しかったのだが
        クレバッサの声ばかり前に出て来て
        オーケストラと融合せずに、メゾ・ソプラノだけ目立っている印象。

        最後は中国の不思議な役人・・・・だったんだけど

        何ですか、何なんですか、この中国の不思議な役人!!!

        いや、普通、この曲って
        残酷でグロテスクなストーリー構成なので
        もっと、ドロドロとして
        バルトークっぽい民族音楽的な土臭さが漂ってくる印象だったのに

        え??? これ、本当にバルトーク???
        どう聴いても、複雑なリズムを見事に処理しながら
        ドロドロ感が一切なくて
        どんな部分もクリアに聴こえて来て
        まさかの透明感まであって
        疾走するストラヴィンスキーを聴いているイメージ。

        こんなバルトークありかいっ????
        普通、この曲を聴いている間は
        土臭い残虐なドロドロの、背徳的なイメージに絡まれて
        終わった後も、別世界の恐怖映画からなかなか出て来られないのに
        聴き終わった後の、この爽快感って、いったい何なんだ?

        中国の不思議な役人の、この解釈ってアリなのか。
        いや、信じられないモノを聴いてしまった。
        いつも聴いている同じ曲とは、とても思えない。

        たしかに、これはサロネンの特殊な持ち味だわ。
        あくまでもスタイリッシュでハイブリッドで
        音楽そのものを徹底的に洗練された形で出してくる。

        伝統的なドロドロ土臭さが好きな人には抵抗あるかも。
        でも、この演奏、目からウロコ・・・という感じで
        まるで手品でも見ているような気分で
        客席でずっと腰を抜かしてた。

        本当に久し振りに
        ザルツブルクの祝祭大劇場のホールの音響の良さも再確認。
        やっぱり近代に出来たホールって
        近代曲を演奏させると抜群の音響だわ。

        終わった後に、またウィーンに戻って
        夜はモダン・ダンス公演に行った私に
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        しかしザルツブルクも暑かった。
        この猛暑は来週木曜日くらいまで続くという予想。

        ウィーン・フィル + ラファエル・パヤーレ

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          Wiener Konzerthaus Großer Saal
          2018年6月16日 15時30分〜17時30分
          2018年6月17日 11時〜13時

          Wiener Philharmoniker
          指揮 Rafael Payare
          メゾソプラノ Elīna Garanča

          Ludwig van Beethoven (1770-1827)
           Ouverture Nr. 3 zu „Leonore“ „Leonore-Ouverture Nr. 3“ (1805/06)

          Gustav Mahler (1860-1911)
           Fünf Lieder nach Gedichten von Freidrich Rückert (1901/02)
            Blicke mir nicht in die Lieder
            Ich atmet einen linden Duft
            Um Mitternacht
            Liebst du um Schönheit
            Ich bin der Welt abhanden gekommen
           Urlicht (Des Knaben Wunderhorn) (1893)

          Béla Bartók (1881-1945)
           Konzert für Orchester Sz 116 (1943)

          両方ともコンツェルトハウス主催のコンサートで
          土曜日はインターナショナル・オーケストラのチクルス
          日曜日はマイスター・ヴェルクのチクルス。

          土曜日、オープン・デイを抜けて行ったのだが
          オペラ・グラス(望遠鏡)を忘れて
          しっかり見える席だったのに
          ガランチャの美しさを手に取るように見る事が出来ず欲求不満。
          日曜日は望遠鏡とチケットを握りしめて会場に行った。

          土曜日のガランチャは黒のラメ入りロング・ドレス
          日曜日のガランチャは白いシフォンのふわふわのロング・ドレス

          ・・・何を着ても、絵になる美人だなぁ。

          指揮者のラファエル・パヤーレは
          見た目、ロシアの防寒帽子を被った可愛い男の子に見える。
          以前よりヘアのボリュームが増しているような気がする。

          2015年に故マゼールの代役でウィーン・フィルにデビューした指揮者で
          ベネズエラ出身の38歳。

          ベートーベンとマーラーとバルトーク。
          全体的に、各パートをクリアに出して来て
          非常に繊細で透明感のある音を出すかと思うと
          ベートーベンでは、途中、うわああ、ワイルド!という部分もあって
          なかなか面白い音を作る人だ。

          お目当てのアーティストは
          美人ナンバーワンのエリーナ・ガランチャ ♡

          このメゾソプラノ、本当はオペラの舞台で観ると
          声量、声の美しさに加えて、演技が巧くて
          しかも見た目の美しさも手伝って
          悶絶モノなのだが
          (最近チケット高くて行けなくなったけれど
           オクタヴィアンとかセストでは、息を飲む美しさだった)

          ドイツ・リートとか別に聴かんでも良いか、と思っていたら
          今回のマーラーのリッケルトで腰が抜けた。

          低音の美しさ!!!!
          Blicke mir nicht in die Lieder なんて
          最初から最後までピアニッシモの歌なのに
          声を張り上げる事一切なく
          なのに、あの美しい声で天井桟敷まで
          あくまでも柔らかく美しく響いて来る。

          オーケストラの繊細さに加えて
          ガランチャの、これもとことん繊細な声。
          低音で倍音なのに厚くならず
          あああああ、これが「美声」ってものよ、うん。

          Um Mitternacht では鳥肌がたった。
          オクターブ飛ぶところがあるのだけれど
          胸から頭への共鳴に飛ぶプロセスとその結果が
          (あ〜、自分でも毒されてるような気がする)
          あまりにあまりに、あまりに見事。

          もう、ここまで来ると
          才能だの努力だの(も大事だが)を超えて
          こういう身体構造を持つ人がいる事自体が
          奇跡としか思えない。

          あ〜〜〜、羨ましい・・・と思うんだけど
          考えてみたら、歌手自身は、自分の声は録音以外では聴けないのだ。
          天賦の才があっても、その才を楽しめるのは聴衆だけ(笑)

          Um Mitternacht も Ich bin der Welt abhanden gekommen も
          もともとのリッケルトの詩は
          恨みがましくてコンプレックスの裏返しっぽく読めるのだが
          マーラーの手になって
          ガランチャの美声で繊細なオーケストラと歌われると
          あああああ、もうワタシ、天国です!!!
          (オーケストラのメンバーで天井見上げて感じ入ってる(っぽく見えた)人もいた)

          土曜日は Ich bin der Welt abhanden gekommen の後に拍手がなくて
          そのまま Urlicht に続けたのがすごく良かった。
          日曜日は拍手入ったけれど
          もともとプログラム記載では別途に載っていたのでフライングではない。

          メゾソプラノでマーラーを歌わせたら
          エリザベート・クルマンという素晴らしい歌手も居る。
          どちらが良いという比較はできないけれど

          ガランチャの持つ「華」って、スゴイ。
          美しさのオーラが(見た目と声と・・・)バンバン飛んで来て
          たぶん、クルマンの方が「深み」はあるのだけれど
          ガランチャのオーラにはひれ伏したくなる。

          なんかもう、別世界に飛んでしまった後の
          バルトークのオーケストラのための協奏曲。

          好きな曲だし、名人芸がバッチリ聴けて
          しかも、各パートのクリアさと透明感が抜群。

          その分、時々バルトークのこの曲で感じる
          強い痛々しい郷愁や、胸を締め付けるようなやるせなさは
          あまり感じなかった。
          音楽的処理の見事さが前面に出てたような気がする。

          しかしともかく
          やっぱりエリーナ・ガランチャ ♡
          ずっとファンだったけれど
          あまりに有名になり過ぎちゃって
          オペラのチケットも入手できないので
          ずっと聴いていなかったけれど

          機会があれば(まぁ、マイク使うコンサートは論外だが)
          やっぱり貪欲に聴いておくべき歌手だなぁ、と
          つくづく思った私に
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          そろそろコンサート・シーズンも終わりだが
          まだウィーン交響楽団と
          ウィーン放送交響楽団のウィーン音大指揮科卒業試験コンサートと
          クルレンツィスのマーラーがある!!!!

          ウィーン・フィル + マリス・ヤンソンス

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            Musikverein Großer Saal 2018年6月10日 11時〜12時5分

            Wiener Philharmoniker
            指揮 Mariss Jansons

            Béla Bartók (1881-1945)
             Musik für Saiteninstrumente, Schlagzeug und Celesta

            Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
             Symphonie Nr. 6, h-Moll, op. 74 „Pathétique“

            ウィーン・フィル今シーズンの最終定期公演。
            (土曜日の分も持っていたのだが講義があったので同僚に譲った)

            朝から外は26℃越えている上に、非常に蒸し暑い。
            この湿気、まるで日本の蒸し暑さと同じ・・・
            こちらは冷房がないだけに(楽友協会は少し冷房は入っている)
            結構、この暑さ、キツイ。

            このプログラムはラジオ放送の予告では
            マリス・ヤンソンスがウィーン・フィルにデビューした時と
            同じプログラムなんだそうだが

            ヤンソンスって、最初のデビュー時から
            こんな短い(演奏時間1時間に満たない)プログラムだったのか。
            ・・・って、まぁ、別に関係ないけど、ついつい f^_^;)

            弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽
            という長い曲目は、ともかく有名な曲なので
            比較的演奏頻度も高い。

            (沈黙)

            何を書いて良いのか困惑してる。
            ワタシ、音楽に関してはド・シロートだし
            演奏の良し悪しなんて、全然わからないから
            自分の主観的で勝手な印象をメモするだけのために
            このブログを書いているんだけど

            あまりにノーブル過ぎるというか
            尖っていないというか
            いや、別にバルトークで尖る必要はない、と言われればそうなのだが
            ワタクシ的には、もう少し鋭い音で
            はっきりした輪郭で聴きたい曲なので

            ゆっくり目のテンポで
            実に丁寧に歌わせて歌わせるバルトークは
            かなり異質に響く。

            ウィーン・フィルの弦って、そういう響きだから
            そういうものだと思って聴くべきなんだろうなぁ。
            ピアノがかなり良い感じの硬質な音を出していたので
            それでよしとすべきか。

            後半、チャイコフスキーの悲愴。

            出だしに鳥肌。
            何ですか、その地獄のような暗さは・・・
            最初のファゴットのメロディから
            地の底に落ちるような恐ろしさ。

            途中の部分も細かい木管のメロディを徹底的に提示して
            解像度が良いというよりも
            ほとんどバラバラになりそうな不安定感。
            どこの木管のメロディがどこに繋がっていくかははっきり見える。

            弦のあの美しい主題も
            美しいというよりは、どこか遥かから聴こえてくるような
            現実離れした空間に入って行きそう。

            第2楽章のワルツも
            いつもなら音楽の喜びを全身に浴びるようなヤンソンスなのに
            何となく力がないというか
            遅めテンポで、活気のようなものを完璧にカットして
            何とも儚い一夜の夢のようなアプローチ。

            第3楽章も抑え気味の演奏で
            若い指揮者がノリノリになるような演奏とは全く違ったのに

            第3楽章終わったとたんに
            ブラボー・コールが飛んで
            そのまま大喝采に突入・・・ 😱

            いやこれ、ツィッターで呟いたとたんに
            大いに RT されまくったのだが
            私も悲愴のフライング・ブラボーと拍手は
            久し振りに聞いた。
            (何回も経験はしているけれど・・・)

            もちろん、何人もがシーッ! 🤬 と言ってはいたのだが
            あれだけ大人数が拍手し始めてしまうと、止めるのは無理。

            これが「音楽の都」ウィーンの実情です(涙)
            だって、なにせ「音楽の都」だから
            今までの人生で一回もコンサートとか行った事のない人が
            ウィーンに来るならクラシック、と一途に思い込んで
            楽友協会や国立オペラ座に大挙していらっしゃるワケです。
            (コンツェルトハウスは観光客は少ない)

            だったら、それなりのドレス・コードで
            静かに聴いているかイビキかかずに眠っていてくれれば
            別に構わないのだが

            演奏中にスマホでゲームしていたり(貧民席のデフォ)
            演奏終わったら拍手と思い込んで
            とんでもないところでブラボー叫んだり拍手したり
            まぁ、仕方ない、色々とあります。

            (一番悲惨だったのが、大昔、ウィーン芸術週間の時に
             ウィーン・フィルとムーティでのコンサートで
             シューベルトのグレートの楽章ごとの拍手。
             ムーティは苦笑してるし、オーケストラはダレまくりで
             あんな悲惨なシューベルト、今まで聴いた事がなかった。
             得難い体験ではあったが・・・)

            しかもこの第3楽章の後の拍手
            なかなか止まなくて
            (常連たちは首を振って呆れかえっているのだが)

            しかも止んだ後に、平土間客席から
            年配のご婦人の声で「いったい何があったの?」とか響いて来て
            それに対して「まだ演奏は続くのよ」とか回答が聞こえて来たりして・・・
            (声は響くが内容はよく聞き取れなかったけれど
             間違いなく上記のような内容のやり取りだった)

            ただ、この、とんでもない大喝采の後の
            最終楽章が、実に実に実に良かったのだ・・・
            (怪我の功名???)

            第1楽章の出だし、鳥肌のたった地獄落ち部分予告編が
            最終楽章に至って、俄然、活きて来た。

            最終楽章までは
            解像度の良い、遅めテンポのカンタービレな演奏で
            ヤンソンスが細かい部分まで徹底的に計算しているのが
            透けて見えるような表現をしていたのに

            最終楽章で感情的に弾けたような
            理性吹っ飛んで(怒っていたのかもしれないが)
            あっ、指揮者が人間になった、という変身感。

            最終楽章がフライング・ブラボーで
            本当に「悲愴」になったのは初めて聴いた。
            あまりに胸が締め付けられて、ちょっと痛くなる。
            ウィーン・フィルの優雅な弦も
            ノーブルさを残しながら、ものすごい悲壮感を醸し出していた。

            その意味では
            良いコンサートだった・・・と言って良いんだろうなぁ。
            最初の弦チェレでう〜ん、と首を傾げて
            悲愴でも、前半では、ヤンソンスの計算高さに
            かなり冷静な気分だった私も
            最終楽章でモロに感情を翻弄されてしまったから。

            同じプログラムで6月12日にソワレ。
            (私はこの日はバレエに行く)
            その後、コンツェルトハウスでラファエル・パヤーレの指揮で
            2回コンサートがある。
            (ガランチャが出るけれど、チケットの料金設定が高いので
             まだまだチケットは余っている模様)

            ウィーン交響楽団とヒメオ、グルービンガーでの
            6月16日・18日のコンツェルトハウスでのコンサートが
            やっぱりチャイコフスキーの「悲愴」(爆笑)

            コンサートのプログラムの曲目が
            何故か重なるのは、不思議というよりは
            まさにマーフィーの法則だなぁ、と
            大笑いしている私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            しかし・・・蒸し暑い。
            大雨でも来れば少しは涼しくなるのだろうが
            日本の夏とほとんど変わりないじゃん・・・
            (しかもこちらは冷房なし・・・)

            ウィーン・フィル + エッシェンバッハ 1回目+2回目

            0
              Musikverein Großer Saal 2018年5月26日 15時30分〜16時40分
              Musikverein Großer Saal 2018年5月27日 11時〜12時10分

              Wiener Philharmoniker
              指揮 Christoph Eschenbach

              Wolfgang Riem (*1952)
               Spiegel und Fluss (Nachspiel und Vorspiel)

              Anton Bruckner (1824-1896)
               Symphonie Nr. 1, c-Moll, WAB 101 (Wiener Fassung, 1891)

              ウィーン・フィルの定期公演。
              土曜日・日曜日分、まとめて書く。

              見てお判りの通り、まぁ、地味なプログラム・・・というより
              あまりにニッチ過ぎるだろうこれは。

              案の定、土曜日はチケットが余っていたらしく
              直前に会った知り合いから
              平土間座らない?と、とんでもない貴賓席のチケットをもらい
              初めてオーケストラが見えるところに座った。

              後で、何故、首が痛いんだろうと思ったら
              そりゃ、平土間だからオーケストラを見上げる位置。
              (貧民席は何も見えないか、見下ろすかしかない)

              さて、土曜日、プログラムを買う時に
              今日は幕間はなしだよ、と言われ

              コンサート開始前に団長が出て来て

              指揮者のエッシェンバッハの意向で
              リームとブルックナーの関連性を強調するため
              幕間はなしとなりました

              というアナウンスがあったのだが

              マイクなしで喋ったため、後ろの人は何も聞こえず
              「聞こえないぞ〜、もっと大きな声で話せ〜」という怒鳴り声(笑)

              日曜日はマイク持って出て来て
              「本日は幕間はありません」

              土曜日のアナウンス(平土間だからばっちり聞こえた)では
              リームとブルックナーの関係、とか言われて
              最初から最後まで
              リームとブルックナーに、いったい何の関係が?と
              頭を悩ませていたのだが、2回聴いても、やっぱりわからん。

              リームの曲は15分ほど。
              木を叩く音が「時間」を表しているとか
              プログラムに書いてあったけれど
              あまりにそれは安易じゃないか?

              前半はセクンドとクヴァルトの連続で
              ただ、マイクロトナールは使っていないし
              途中でテルツやクイントもかなり出てくるし
              聴きやすい、と言えば聴きやすいんだけど

              盛り上がらないし、テンポ遅めでほとんど変化がないし
              しかもトナールで、平坦に上がったり下がったりって
              全然面白くない(すみません感受性ゼロで)

              曲のタイトルが「鏡と流れ、ないしは前奏と後奏」だから
              前奏と後奏だけで、メインがない、と考えれば良いのだろうか。

              15分我慢して(すみません)聴いてから
              指揮者はいったん出入りはするけれど
              幕間なしでブルックナーの交響曲1番。

              ・・・ブルックナーですね、どこを取っても。
              はい、だから?という感じなんだけど

              日曜日は昨日のクリーブランドの音が頭に残っていたので
              (日曜日はいつもの超貧民席だったが、常連がほとんど来ていなかった)
              ウィーン・フィルの弦って
              柔らかいなりに、ちゃんと芯が通っていて
              音そのものが、一つの焦点にまとまっているなぁ、と
              つくづく思う事になった。

              で、ブルックナーを演奏させたら
              (どの交響曲であっても(笑))
              やっぱり、ウィーン・フィルはむちゃくちゃ張り切る (^o^)

              平土間で舞台見ていた時にも思ったけれど
              誰1人として、サボってない。
              弦のボーイングも全員がガリガリやっていて
              (それでも音響はあくまでもノーブル)
              管楽器も最高に巧い。

              やっぱりウィーンのオーケストラにとって
              ブルックナーって特別なんだろうなぁ。

              幕間なしで、1時間ちょっとのコンサートというのも
              そう悪くはない(オーケストラ・プレイヤーにも聴衆にも(笑))

              ウィーン・フィルはこの後
              5月31日に恒例のシェーンブルン宮殿の庭でのオープン・エア・コンサート
              (入場無料、詳細は ここ ゲルギエフ指揮でネトレプコが歌う)
              そして、6月3日にサンクト・ブローリアン修道院で
              ブルックナー1番を演奏する。

              ウィーン・フィルのウエブ・サイトには
              6月3日のサンクト・フローリアン修道院では
              リームとブルックナー(今回の定期と同じ)と書いてあって
              サンクト・フローリアン修道院のプログラムには
              リームじゃなくてヘルベルト・ヴィリの作品になっている(笑)

              もっともチケット取り扱いのサイトではリームになっていたので
              ヘルベルト・ヴィリの作品の演奏はないだろう。

              ブルックナーの聖地、サンクト・フローリアン修道院のコンサートって
              行ってみたい気もするけれど
              私はこの日はウィーン交響楽団とジョルダンに行く予定(笑)

              ついでだけれど
              シェーンブルン宮殿のウィーン・フィルとネトレプコにも行きませんので
              どうぞ悪しからず・・・という私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              土曜日も日曜日も太陽燦々と輝く晴天で
              コンサートに行かず、太陽を浴びにいった人が多かったんだと思う。

              ウィーン・フィル + ネルソンス

              0
                Musikverein Großer Saal 2018年5月13日 11時〜12時20分

                Wiener Philharmoniker
                Sinverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
                指揮 Andris Nelsons
                ソプラノ Camilla Nylund
                アルト Gerhild Romberger
                テノール Klaus Florian Vogt
                バス Georg Zeppenfeld

                Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                 Symphonie Nr. 9 d-Moll, op. 125

                本当は土曜日午後のチケットを持っていたのに
                大学での集中講義のために行けず
                慌てて日曜日の分を購入。

                忙しい・・・というより
                ともかく時間がないので、ちょっとだけ個人的にメモ。

                いやもう、やっぱりベートーベンの交響曲9番って
                どのオーケストラでどの指揮者で云々よりも
                ともかく作品が圧倒的な力を持っている。

                特に最終楽章のコーラス。
                も〜、この合唱団、アマチュアの筈なのに
                何でこんなに巧いのだろうか。
                圧倒的な美しさとニュアンスで
                このコーラスを聴いただけで
                あ〜、もう、むちゃ幸せ・・・という気分。

                ネルソンスは相変わらずの張り切りボーイだが
                オーケストラをうまくコントロールして
                どちらかと言えば、モダン、ちょっと以前の巨匠的な
                割に大きな音量のレンジとニュアンスで
                最初から最後まで緊張感を保っていたし

                もともとのウィーン・フィルの弦の美しさに加えて
                木管・金管の素晴らしい事、ため息モノだった。

                ソプラノはオポライスが予定されていたがニュルンドに変更。
                ニュルンドの声は強いし澄んでいて無理がなくて素晴らしい。

                バスのツェッペンフェルトは
                たぶん、声が前に飛ぶタイプなのだろう。
                最初のソロの出だしが
                あまり朗々とは聴こえて来なかったのだが
                正面にいた知り合いは、すごく良かったと言っていたので
                これは私の超貧民席の音響が悪い。

                テノールのフォークトだが
                超貧民席だとそんなに目立たなかったけれど
                あまり声量がなかったそうだ。

                貧民席には聴こえては来たものの
                フォークトの声って
                何と言って良いのか、ともかく少年っぽい。
                若々しいと言うべきか、無邪気・純粋というべきか
                大人のテノールの声という私の思い込みとは
                全く違う声の質を持っている。
                (キライじゃないですけどね(笑))

                いやもう、ともかく最後のコーラスに腰が抜けて
                コンサート後に燦々と輝く太陽の中を
                知り合いと興奮しながら話しつつ

                久し振りに(いやウィーンに来て初めてかも)
                冷やし中華をお昼ご飯で堪能した私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                そう言えば母の日だったのだが
                コンサート後は閉じ篭って論文と仕事に集中していて(汗汗汗)

                ウィーン・フィル + ハーディング 2回目

                0
                  Musikverein Grosser Saal 2018年5月6日 11時〜13時

                  Wiener Philharmoniker
                  指揮 Daniel Harding
                  メゾソプラノ Elisabeth Kulman

                  Leonard Bernstein (1918-1990)
                   Symphonie Nr. 1 „Jeremiah“

                  Gustav Mahler (1860-1911)
                   Symphonie Nr. 5, cis-Moll

                  後でプログラム見ていたら
                  土曜日の午後にも同じプログラムで
                  楽友協会主催のコンサートがあったようで
                  ・・・ちっ、見逃してた(汗)

                  演奏旅行も終わった後の
                  楽友協会でのウィーン・フィルのコンサート。
                  これは定期公演ではなく、楽友協会主催のもの。

                  バーンスタインのエレミアの出だしで
                  うううううっ・・・
                  何と言う弦の音の美しさ。

                  楽友協会久し振りだし。
                  いや冗談じゃなく、ほとんど2週間振りで来て見て
                  ウィーン・フィルの弦とか聴いちゃうと

                  ホールの音響、オーケストラの音色の美しさに悶絶。

                  というより、昨日のバレエ公演のオーケストラ・ピットで
                  演奏していたの、同じオーケストラだよね。
                  (メンバーは違うかもしれないけど)
                  バレエ公演のオーケストラ演奏について何を言うワケではないが
                  えらく音の響きが(以下省略)

                  宗教曲という色合いはあっても
                  このバーンスタインの交響曲
                  ウィーン・フィルとハーディングが演奏すると
                  まぁ、何て美しくなってしまうんだろう・・・

                  音楽の繋ぎ目を感じさせないレガートで
                  強調する荒々しい部分も決して金切り声にならず
                  細かい部分まで、しっかり伝わって来て
                  なのに、規模的にチマチマしていない。

                  クルマンのメゾ・ソプラノの美声に、またもや悶絶。
                  高い音は一つもないので
                  ワタシだって歌えそうだが(勘違い)
                  あの中音程の柔らかい響きって
                  本当に何だかこの世のものじゃないような感じ。

                  マーラーの交響曲5番だが
                  この間聴いた時より、何だかもっとバランスが良くなったような印象。

                  最初の時は、緊張感もあったけれど
                  加えて、ちょっとマッチョな荒々しさがあったような感じだが
                  演奏旅行を終えてウィーンに戻ってきたら
                  荒々しい角が取れて、丸くなってる(←所詮は妄想ですが)

                  でも、緊張感はそのままで
                  無駄な力が抜けて筋肉質になった感じだなぁ。
                  細かい部分もしっかり聴こえてくるし
                  マーラーらしいポリフォニーもちゃんと活かしているけれど
                  ウィーン・フィルらしい音色のマーラーになったというか。

                  謎の発言だが、まぁ、シロウトの耳ってそんなもんです(笑)

                  来週は祝日があるので、その前後の休講もあって
                  少し腰を据えて勉強できる・・・んじゃないかと思うんだけど
                  (そんな事を言ってると、祝日を無駄に過ごして後で泣きを見る)
                  何だかもう、やる(べき)事が多過ぎて
                  気ばかり急くアホな私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  この後、2つコンサートをはしごしているので
                  ブログ書ける時間があれば後から・・・(汗)

                  ウィーン・フィル + ダニエル・ハーディング 1回目

                  0
                    Musikverein Großer Saal 2018年4月23日 19時30分〜21時50分

                    Wiener Philharmoniker
                    指揮 Daniel Harding
                    メゾソプラノ Elisabeth Kulman

                    Leonard Bernstein (1918-1990)
                     Symphonie Nr. 1 „Jeremiah“

                    Gustav Mahler (1860-1911)
                     Symphonie Nr. 5, cis-Moll

                    これはウィーン・フィルのソワレ公演。
                    ズービン・メータがキャンセルして、ソワレはハーディングに変更、と
                    連絡が入って来た時から
                    チケットを狙っていて、ラッキーにも入手できた (^^)v

                    しかしプログラムが超重量級である。

                    バーンスタインという作曲家の作品
                    ついついウエスト・サイド・ストーリーとかが頭に浮かぶが
                    バーンスタインの交響曲は
                    このエレミアも不安の時代もカディッシュも
                    ともかく・・・重い。ずっしり来る。

                    もちろん相変わらず宗教や信仰が中心部に
                    ど〜んと居座ってるし(あ〜、バーンスタインのファンのみなさま、ごめんなさい)

                    30分ほどの曲だが
                    ユダヤ教の意識が強く現れていて
                    この間のカディッシュと同じく
                    いや、たぶん、もっと、この曲は
                    噛み砕くのが難しい。

                    不協和音の連続で不安を掻き立てるような楽章から始まる。
                    ハーディングという指揮者は
                    私の印象では、非常に細かい部分に拘って
                    大編成オーケストラでも室内楽的な演奏をする感じなのだが
                    今回の演奏は、かなり強くてマッチョで
                    最初から、汗を握るような緊張感の連続で押して来る。

                    あ〜、何だか聴いていて、身体中が締め付けられるような感じ。
                    ヴィヴァーチェ・コン・ブリオの第2楽章のリズム感、躍動感
                    緊張感がずっと止まらない。

                    その、不安を煽り立てるような緊張感との対比で
                    最終楽章の Lento の
                    クルマンのこの上なく美しい
                    厚みのあるメゾソプラノで祈りのように歌い上げられると

                    ・・・ああああああ、美しい。
                    美しすぎる。
                    涙が出てくるくらい
                    彼岸の世界というか

                    叫ぶ事なく、大袈裟になる事なく
                    ドラマチックになり過ぎず
                    張り上げないメゾソプラノ。

                    いや、ちょっと、この曲、すごい。
                    宗教的な色合いが強いから苦手なはずなんだけど
                    心の底にずっしりと響いてくる。

                    曲が終わった後
                    ハーディングが、どうも感極まったようで
                    ほとんど泣き顔になっていたのが印象的。
                    それだけ曲に深く潜り込んでいたんだろうなぁ。

                    マーラーの交響曲5番も
                    エレミアと同じく、超弩級の曲で

                    こちらも、すごく筋肉質。
                    バーンスタインの曲よりオーケストラ編成は大きくなって
                    ウィーン・フィルの弦が
                    こんなに硬質な音を出すのも珍しい。

                    トランペットのソロとホルンのソロが見事。
                    ホールに一点の曇りもない金管楽器の音が響くと
                    それだけでゾクゾクする。

                    ちょっと乱暴に聴こえてくる位の緊張感が溢れていて
                    ハーディングって、もっとちまちました音楽作りをするか、と思っていただけに
                    驚くべき規模の大きさに、かなり驚いた。

                    ただ、その前のバーンスタインのエレミアが
                    特に最終楽章があまりに美し過ぎて
                    マーラーの5番(だってアダージェットとかあって美しい筈なのだが)が
                    ワタクシ的には少し霞んでしまった感じかなぁ。

                    いや〜、思っていたよりエレミアが良くて
                    ちょっと感激しまくっていたら
                    友人から「5月5日に聴きます」と言われて

                    自分のカレンダーを見てみたら
                    私も5月5日のチケットを持っている・・・(笑)

                    という事で、この同じプログラム、もう一度聴くチャンスが出来た。
                    同じプログラムで演奏旅行の後になるから
                    また演奏そのものは変わっている可能性もあるけれど
                    それでも楽しみな私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ウィーン・フィル + オロスコ=エストラーダ

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2018年4月22日 11時〜13時

                      Wiener Philharmoniker
                      指揮 Andrés Orozco-Estrada

                      Leonard Bernstein (1918-1990)
                       Ouvertüre zu „Candide“

                      Johannes Brahms (1833-1897)
                       Variation über ein Thema von Joseph Haydn für Orchester, op. 56a
                       Symphonie Nr. 1, c-Moll, op. 68

                      ウィーン・フィルの日曜日定期。
                      ウィーン・フィルの定期公演は土曜日も日曜日も行っているけれど
                      昨日の土曜日の午後は大学でシステム音楽学概論の集中講義があって
                      チケットは友人に譲って行けなかった。

                      もともとはズービン・メータが指揮する予定だったが
                      キャンセルになって
                      その前もウィーン・フィルの定期を振った
                      アンドレス・オロスコ=エストラーダが登場。

                      最初のバーンスタインのキャンディード序曲。
                      きゃーっ、こういう曲、ウィーン・フィルが演奏できると思わなかった。
                      (って失礼な!ウィーン・フィルは何でも演奏します・・・って(笑))

                      複雑なリズム構成で多重になったメロディや入れ込みを
                      指揮台の上で踊りながら、大音響でオーケストラに演奏させる指揮者。
                      この間のペトルーシュカも音量が大きかったけれど
                      これも元気一杯で
                      しかも、こういうノリノリのリズムの曲って
                      オロスコ=エストラーダはやっぱり巧い。

                      面白いことに、これ聴いて何を思ったかと言うと
                      (独断偏見ど素人の恐ろしさ)
                      ショスタコーヴィッチのムツェンスク郡のマクベス夫人の音楽。
                      似てるわけないんだけど、音の色に何だか共通点がある感じがした。
                      (すみません、だからシロウトって怖いんです、ハイ)

                      ハイドンのバリエーションは・・・
                      う〜ん、まだちょっと若い、というか
                      しっとりしたブラームスらしさに欠けて
                      ブラームス的な美しさがあまり出て来なくて
                      なんかこう、運動的という感じになってしまって、ちょっと退屈。

                      幕間の後はブラームスの交響曲1番。
                      いや、これ聴いていて思ったんだけど
                      こういうスタンダードな曲って
                      ウィーン・フィルは間違いなくウィーン・フィルの音を持っている。

                      多少、指揮者がテンポを弄ろうが
                      アクセントやバランスの違いを指示しようが
                      出てくる艶やかな音は
                      間違いなくウィーン・フィルの音になっているので

                      こういう曲って
                      誰が指揮台に立っても
                      (あるいは極論を言えば、誰も立っていなくても?(笑))
                      ウィーン・フィルって、完璧に自分たちの音で演奏してしまうんじゃないだろうか。

                      私が愛読している日刊新聞のプレッセでは
                      (日刊新聞の中では、唯一、カテゴリーに「クラシック」というのがある)
                      この間のウィーン・フィルの定期も含めて
                      オロスコ=エストラーダは酷評されていたけれど

                      批評家に何を言われようが
                      出てくる指揮者は出てくるのである(笑)

                      まだ元気すぎて、バタバタしているところはあるけれど
                      ウィーン・フィルも何回も振って
                      ウィーン交響楽団の次代の首席にも決まった若い指揮者の
                      これからの活躍が楽しみではある。

                      これも手抜き記事ですが、どうぞ1クリックをお恵み下さいませ。


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