ブダペスト祝祭管弦楽団 + イヴァン・フィッシャー

0
    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2018年5月27日 19時30分〜21時10分

    Budapest Festival Orchestra
    Wiener Singakademie
    指揮 Iván Fischer
    ソプラノ Christina Landshamer
    メゾソプラノ Elisabeth Kulman

    Gustav Mahler (1860-1911)
     Symphonie Nr. 2 c-moll für Sopran, Alt, Chor und Orchester
     „Auferstehungs-Symphonie“ (1888-1894)

    グスタフ・マーラーの交響曲2番と言ったら
    オーケストラの人数は多いし、コーラスも多いし
    ソリストも必要なので、演奏される機会は非常に少ない。

    コンツェルトハウスのプログラムで
    イヴァン・フィッシャーが
    自分のブダペスト祝祭管弦楽団とマーラーの交響曲2番を演奏するのを見て
    会員発売開始の日をカレンダーに書き込んで貧民席ゲット。
    18ユーロ以下で、こういうコンサートを聴けちゃうって
    ホント、ウィーンって素敵な都市 ♡

    コンサート開始前に
    コンツェルトハウスの支配人がマイク持って出て来た。
    えっ?もしかしたら、誰かキャンセル?代役?
    それとも歌手が風邪ひいてるから、ひどい声でも我慢しろってアナウンス?

    と思ったら
    「指揮者のイヴァン・フィッシャーの意向で
     第1楽章終了後に、いったん指揮者は引っ込んで、数分の休みを取ります。
     これはスコアに書いてある事で、実際にはあまりやらないのですが
     みなさまは座席に座ったままでお待ち下さい」

    あ、そういうのなら歓迎。
    確かに、あの超弩級の第一楽章の後は数分でも脳に休みが欲しいし。

    イヴァン・フィッシャーという指揮者
    私は以前から、ものすごく好き。

    バルトークの青髭公のコンサート形式公演で
    俳優さんをちょっと使って、面白い演出をしてしまったり
    中国の不思議な役人では
    スコアのト書きを、コンサート・ホールの上の字幕で見せてくれたり
    ブダペストにトゥーランガリア交響曲を聴きに言った時も
    マジャール語だったからさっぱりわからなかったけれど
    コンサート前に、(たぶん)熱くトゥーランガリア交響曲について
    プレトークをしていた。

    イヴァン・フィッシャーの音楽は
    私が今まで聴いた印象では、とてもマジャール(笑)
    熱くて情熱的で、ちょっとクセがあって
    (ブラームスのマジャール風味は今でも忘れられない名演だった)
    そのクセっぽいところが、いちいち、私のツボにハマるのだ。

    今回のマーラーの交響曲2番も
    のっけから、来た〜〜〜っ! って感じ。
    最初から、あの音量で攻めてくるとは・・・

    しかも、低弦の力強さって、いったい何???
    普通にチェロ8本、コントラバス8本だよね???
    何でそんなに力強い音が出ちゃうんですか。

    ものすごいダイナミック・レンジで
    第1楽章の持っている悲劇性が
    ロマンティックでマッチョに締まったクッキリした音で
    各楽器パートの解像度は高いし
    オーケストラのバランス良くて
    時々、ハッとするような表現があって
    あ〜、クリーブランドのベートーベン、袖にして良かった(こらっ!)

    コンツェルトハウスはジモッティが多いので
    第1楽章後、指揮者が引っ込んでも(アナウンスあったし)とても静か。

    5分ほど、脳を沈静化(笑)させてから
    この上なく繊細な第2楽章。
    ああああ、美しい・・・
    ワルツなんだけど、これは意図的にウィーンのワルツにせず
    3拍目にアクセントを置いて
    ちょっと重めの感じが
    過去と現在の狭間を行ったり来たりしている感じで
    すごくワタシ好み。

    魚に説教するアントニウスは
    (すみません、でも読者はわかりますもんね)
    途中のクラリネットのソロが立って吹いたり
    視覚的にも面白い仕掛けあり。

    クルマンの、この上なく深い美声で歌われる Urlicht に
    涙がジワッと出てくる。

    その後の、あの混乱と悲劇と、そこから天国にいく音楽は
    あああああ、もう、何と言ったら良いのか
    ティンパニ連打のあの部分、すごく好きなのだが
    最初を、デシベル最強近くまで引き上げて
    次を少し落として、という細かいニュアンスの作り方
    いやもう、見事で息を飲む。

    Misterioso のコーラスが、ちょっとイマイチ。
    いや、コーラス人数多いし、巧いんですけど

    ただ、楽友協会のコーラスだったら
    もう少し極端にピアニッシモで入って来ただろうなぁ。
    コンツェルトハウスの音響の関係もあるし
    コーラス板付で、最初の発声がアレ、というのも大変なのはわかるのだが

    でもね、あのアカペラで歌ってソプラノ入った後で
    オーケストラが入って来たら、3分の1くらい音が下がっていた
    というのは、ちょっと(笑)
    (オーケストラ入った時に、ちょっと笑いそうになった・・・)
    さすがにその後のアカペラからオーケストラ入るところはキマったが。

    で、Misterioso なんだけど
    コーラスのメンバー、全員、座ったままで歌ってるんですよ。

    え〜?何で?
    いやそりゃ確かに、立ち上がると音がするから
    その前に立ち上がる雑音を避けるためというのもわかるけれど
    コーラス、立って歌わないと声出ないんじゃないの?

    ・・・と思っていたら

    やられた!!!!!!

    最後のコーラスのところで
    パートごとに
    バスが立ち上がり、テノールが立ち上がり
    メゾが立ち上がり、ソプラノが立ち上がり

    ああああ、これこそ復活・・・

    イヴァン・フィッシャーの演出だったのなら
    もう、脱帽です。

    オーケストラの管のベルアップとかはあるけれど
    このコーラスの時間差での復活
    視覚的に、ものすごい効果で

    それまでもバンダでの管楽器のあまりの巧さや
    空間感覚から不思議な時間感覚に翻弄されて
    現世にいるのか、すでに来世なのか
    時間と空間を飛び回っていた奇妙な感覚はあったんだけど

    最後のコーラスの「復活」で
    じんわり涙が出て来て

    ああああああああ・・・(絶句)

    イヴァン・フィッシャーって
    指揮者として、あるいはオーケストラ・ビルダーとしても
    超一流のすごい人なんだけど
    それに加えて
    音楽を如何に聴衆のところに届けるか、という
    絶え間ない努力をしている人だと思う。

    鳥肌立ったまま、感激に打ち震えて
    呆然状態でホールを去った私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    ウィーン・フィル + エッシェンバッハ 1回目+2回目

    0
      Musikverein Großer Saal 2018年5月26日 15時30分〜16時40分
      Musikverein Großer Saal 2018年5月27日 11時〜12時10分

      Wiener Philharmoniker
      指揮 Christoph Eschenbach

      Wolfgang Riem (*1952)
       Spiegel und Fluss (Nachspiel und Vorspiel)

      Anton Bruckner (1824-1896)
       Symphonie Nr. 1, c-Moll, WAB 101 (Wiener Fassung, 1891)

      ウィーン・フィルの定期公演。
      土曜日・日曜日分、まとめて書く。

      見てお判りの通り、まぁ、地味なプログラム・・・というより
      あまりにニッチ過ぎるだろうこれは。

      案の定、土曜日はチケットが余っていたらしく
      直前に会った知り合いから
      平土間座らない?と、とんでもない貴賓席のチケットをもらい
      初めてオーケストラが見えるところに座った。

      後で、何故、首が痛いんだろうと思ったら
      そりゃ、平土間だからオーケストラを見上げる位置。
      (貧民席は何も見えないか、見下ろすかしかない)

      さて、土曜日、プログラムを買う時に
      今日は幕間はなしだよ、と言われ

      コンサート開始前に団長が出て来て

      指揮者のエッシェンバッハの意向で
      リームとブルックナーの関連性を強調するため
      幕間はなしとなりました

      というアナウンスがあったのだが

      マイクなしで喋ったため、後ろの人は何も聞こえず
      「聞こえないぞ〜、もっと大きな声で話せ〜」という怒鳴り声(笑)

      日曜日はマイク持って出て来て
      「本日は幕間はありません」

      土曜日のアナウンス(平土間だからばっちり聞こえた)では
      リームとブルックナーの関係、とか言われて
      最初から最後まで
      リームとブルックナーに、いったい何の関係が?と
      頭を悩ませていたのだが、2回聴いても、やっぱりわからん。

      リームの曲は15分ほど。
      木を叩く音が「時間」を表しているとか
      プログラムに書いてあったけれど
      あまりにそれは安易じゃないか?

      前半はセクンドとクヴァルトの連続で
      ただ、マイクロトナールは使っていないし
      途中でテルツやクイントもかなり出てくるし
      聴きやすい、と言えば聴きやすいんだけど

      盛り上がらないし、テンポ遅めでほとんど変化がないし
      しかもトナールで、平坦に上がったり下がったりって
      全然面白くない(すみません感受性ゼロで)

      曲のタイトルが「鏡と流れ、ないしは前奏と後奏」だから
      前奏と後奏だけで、メインがない、と考えれば良いのだろうか。

      15分我慢して(すみません)聴いてから
      指揮者はいったん出入りはするけれど
      幕間なしでブルックナーの交響曲1番。

      ・・・ブルックナーですね、どこを取っても。
      はい、だから?という感じなんだけど

      日曜日は昨日のクリーブランドの音が頭に残っていたので
      (日曜日はいつもの超貧民席だったが、常連がほとんど来ていなかった)
      ウィーン・フィルの弦って
      柔らかいなりに、ちゃんと芯が通っていて
      音そのものが、一つの焦点にまとまっているなぁ、と
      つくづく思う事になった。

      で、ブルックナーを演奏させたら
      (どの交響曲であっても(笑))
      やっぱり、ウィーン・フィルはむちゃくちゃ張り切る (^o^)

      平土間で舞台見ていた時にも思ったけれど
      誰1人として、サボってない。
      弦のボーイングも全員がガリガリやっていて
      (それでも音響はあくまでもノーブル)
      管楽器も最高に巧い。

      やっぱりウィーンのオーケストラにとって
      ブルックナーって特別なんだろうなぁ。

      幕間なしで、1時間ちょっとのコンサートというのも
      そう悪くはない(オーケストラ・プレイヤーにも聴衆にも(笑))

      ウィーン・フィルはこの後
      5月31日に恒例のシェーンブルン宮殿の庭でのオープン・エア・コンサート
      (入場無料、詳細は ここ ゲルギエフ指揮でネトレプコが歌う)
      そして、6月3日にサンクト・ブローリアン修道院で
      ブルックナー1番を演奏する。

      ウィーン・フィルのウエブ・サイトには
      6月3日のサンクト・フローリアン修道院では
      リームとブルックナー(今回の定期と同じ)と書いてあって
      サンクト・フローリアン修道院のプログラムには
      リームじゃなくてヘルベルト・ヴィリの作品になっている(笑)

      もっともチケット取り扱いのサイトではリームになっていたので
      ヘルベルト・ヴィリの作品の演奏はないだろう。

      ブルックナーの聖地、サンクト・フローリアン修道院のコンサートって
      行ってみたい気もするけれど
      私はこの日はウィーン交響楽団とジョルダンに行く予定(笑)

      ついでだけれど
      シェーンブルン宮殿のウィーン・フィルとネトレプコにも行きませんので
      どうぞ悪しからず・・・という私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      土曜日も日曜日も太陽燦々と輝く晴天で
      コンサートに行かず、太陽を浴びにいった人が多かったんだと思う。

      クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

      0
        Musikerein Großer Saal  2018年5月26日 19時30分〜21時15分

        Ludwig van Beethoven (1770-1827)
         Ouvertüre zum Trauerspiel „Coriolan“ c-Moll, op. 62
         Symphonie Nr. 8 F-Dur, op. 93
         Symphonie Nr. 5 c-Moll, op. 67

        クリーブランド管弦楽団とヴェルザー=メストの
        ベートーベン「プロメテウス」プロジェクト3日目。

        このオーケストラ、最初からずっと
        とても「柔らかい」という印象があるのだけれど
        今日のベートーベンも、何だか非常に「柔らかい」

        コリオランは、まぁ、ダイナミックでなければいけない曲だから
        多少は弾けてはいたけれど
        しかし、何ともお行儀が良いオーケストラではある(あくまでも印象です)

        今日は正しいスコアを持って来たので
        8番はスコアに頭を突っ込んでみた。

        で・・・
        8番って・・・・

        こんなに響きが厚かったっけ???

        弦が柔らかいのは、最初からわかっていたけれど
        低弦があまり響いて来ないし
        私の偏見上、頭にイメージとして入っている
        比較的古典的クラシックな、すっきりした音楽というよりは

        厚みのある音響で
        しかもテンポが前のめり・前のめりで
        ガンガン押して来て
        ダンス音楽・・・になっているのは別に構わないんだけど

        6番でもあった
        小節最後の拍が微妙に短くなる(=前のめり)ので
        最後の拍だけ潰れてしまって
        船酔いみたいなグラグラ感。

        スコア見ていて
        何でここで、普通に聴いていたら目立たない
        木管だけが目立ってるんだろう、という箇所があって
        後で舞台が見えるところに座っていた友人に聞いたら
        木管の人数を2倍にしていたそうだ。

        ふ〜ん・・・

        大学の同僚も来ていたが
        幕間に感想を聞いてみたら
        お行儀良すぎ、とか言っていた。

        スコア見ていると、やっぱり音楽そのもに集中できないかも、と
        5番は音楽だけに集中してみたが

        やっぱり弦が何だか柔らかすぎて
        そこに、むちゃ巧い木管・金管が乗る、という感じ。

        しかも、あの5番でも
        メストの前のめりの不安定なテンポで
        ワタクシ的には、ベートーベンはガッチリと固まっているはずのものが
        伸びたり縮んだりが激しくて

        あれ〜、そこでアッチェルランドかける?
        と、椅子からずり落ちそうになるところも結構あった。

        ヴェルザー=メストの特色なんだろうか。
        意図的にやっているのはわかるから
        解釈の問題だし、良い悪いという事ではないし

        変人好きだから、一風変わったベートーベンって
        嫌いじゃないんだけど
        あの船酔い感覚は、ちょっといただけない・・・

        明日はベートーベンはお休みして
        マーラーだから、ちょっと頭をスイッチしよう。

        最終日の9番はチクルスで持っているので
        やっぱり船酔いするか
        ちょっと怖いもの見たさ(聴きたさ?)で
        楽しみな私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

        0
          Musikverein Großer Saal 2018年5月25日 19時30分〜21時30分

          The Cleveland Orchestra
          指揮 Franz Welser-Möst

          Ludwig van Beethoven (1770-1827)
           Symphonie Nr. 2 D-Dur, op. 36
           Symphonie Nr. 6 F-Dur, op. 68 „Sinfonia pastorale“
           Leonoren-Ouvertüre Nr. 3, op. 72a

          クリーブランド管弦楽団2日目。
          1日目のプレッセの評は(有料記事)私が感じたのと同じような印象で
          かなり好意的な記事。
          まぁ、フランツ・ヴェルザー=メストと言えば
          久し振りのオーストリア人指揮者なので
          あまり悪い事は書かないだろう・・・という贔屓目はあるだろうが(笑)

          突然話が飛ぶが(すみません)
          今日は朝から図書館に閉じ籠ろうと思っていたら
          仕事のメールがバンバン入って
          結局、午前中ずっと自宅で仕事。

          さて、どうせ何も見えない席だから
          昨日と同じようにスコアに頭を突っ込もうと
          スコア入れて大学に行って
          ワケわからん19世紀の音楽批評関係の文献で
          どこを取ってもベートーベン万歳で、げっそり。

          で、楽友協会に入ってプログラム買ったら
          え?今日って2番と6番???
          焦って違う日のプログラムを見ていたらしく
          私のバッグに入っているのは5番と8番。

          何のためにスコア持って来たんだか・・・
          むちゃくちゃショックを受けて臨んだコンサート。

          ただ、クリーブランド管弦楽団って
          他のアメリカのオーケストラと違って
          開演前の舞台での各自の音出しが、ほとんどない。
          (あったのかもしれないが、神経に触らない)

          他のアメリカのオーケストラだと
          廊下に居ても、不協和音と現代音楽のフラグメントが
          大音量で聴こえるので非常に不愉快なのだが
          その意味では、このオーケストラ、アメリカのオーケストラの中では例外的。

          2番は、昨日に比べると、ちょっとワイルド味が増して
          速めテンポでグイグイ押してくる。

          こういうのを聴くと
          あ〜、ベートーベンって、やっぱり基本、ダンス音楽だなぁ、というか
          ロックだよ、ロック(断言)
          身体が音楽に合わせて踊りたくなる。

          今回はしっかりリピートあり。
          昨日3番で最初のリピート省略したので
          (3番ではよく省略される)
          今日も省略するかと思っていたんだけど
          でも2番のリピート、そんなに長いフレーズじゃないし
          緊張感保ったままだったので満足。

          ああ、でもスコア見たかったな。
          何故、私がスコアを持ち込むかと言うと
          カクテル・パーティ現象に似たような現象で
          スコア見てると、普段聴き逃すようなフレーズが
          目と耳から入ってくる事があって、これが面白いから。

          特に、6番なんて
          基本的には同じパターンの繰り返しだから
          スコア見てないと、ちょっと退屈するんですよ(こらこらこら)

          後半の6番、これもリピート全部あり。
          だけど、最初のフレーズで
          弦の最後のところのアンサンブルとテンポが乱れがち。

          きっちり構成されたベートーベンを
          もっとメロディっぽく長いフレーズで演奏しようという意図かもしれないが
          あのパターンの最後のところを
          だら〜っと演奏されると、実は気持ち悪い。

          船酔いになりそうな気分。
          (田園で船酔いって・・・止めてくれ・・・)
          最初のパートの繰り返し部分が終わる位まで
          ちょっと、本気で気持ち悪かったが

          その後は耳が慣れたのか
          それともアンサンブルが直ったのか
          だんだんパターンもクリアになって来て落ち着いた(ホッ)

          で、この6番で特筆すべきは
          木管・金管の巧さ!!!
          まぁ、一流オーケストラ、どこでも木管・金管は巧いのだが
          オーケストラ内でのバランスも見事だし
          柔らかい女性的な弦と仲良くしつつも
          主張するところはバッチリ外に出て来て
          見事なソロを聴かせてくれる、というのに惚れた。

          昨日の柔らかい演奏のチャーミングさも残しながら
          モダン・オーケストラで
          すっきりした透明感のある音を
          細かい部分まで拘っているのに大袈裟にならない
          ノーブルで洗練されたクールなニュアンスで聴かせてくれる。

          いや〜、手垢のバリバリ付いたベートーベンの交響曲
          最近の指揮者は手を変え、品を変え
          様々な解釈で聴かせてくれるじゃないの。

          というより、ベートーベンの交響曲って
          それだけ、解釈の幅が広いんだろうか。
          スコア見ていても、それほどむちゃくちゃ複雑ってワケでもないと思うんだが。
          (ちなみに、ベートーベンのスコアは私のようなド・シロウトでも
           何とか読めます)

          変に大袈裟に勇壮でもなく
          柔らかさと緊張感のバランス
          マッチョなところ・・・は少ないけれど
          古典的な輪郭と、ロマンティスム漂うチャーミングな部分が
          ベストのバランスで溶け合っている感じ。

          人によっては柔らか過ぎるという印象もあるだろうが。
          (ベルリン・フィルとラトルは、もっとマッチョだった。
           ウィーン交響楽団とジョルダンも
           今回のクリーブランドと比べると、もっとダイナミックだった)

          最後にレオノーレ。
          うはははは、プログラムの組み方が巧い。

          6番って、あんまり「ブラボー」で終わらないから
          最後にレオノーレで、ばっちり明るくして
          速めテンポと音量上げて
          (でもバランスは良いし、うるさくならないのはヴェルザー=メストの腕か)
          聴衆をノセて、盛り上げて終了という
          見事なドラマツルギーではある。

          新聞評では、フランツ・ヴェルザー=メストが
          哲学的に解釈したベートーベンとか書いてあったような気がするが

          音楽が哲学的・・・って
          私みたいなアホには、よくわからん。
          (カントは音楽は主観、と言っていたんじゃなかったっけ?)

          最近、色々と音楽について考える機会があって
          (まぁ、ヘンな学問に足を突っ込んでいるのもあるが)
          根本的に自分の感受性がおかしいんじゃないかと
          前から思っていたけれど、ますます確信を得るようになって

          音楽=哲学とか、美学だとか芸術だとか聞くと
          ちょっと蕁麻疹が出そうな状態に陥っている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          だから、もともと感受性ゼロで
          スペクトル楽派の「音響」だけ、いや極端に言えば
          場合によっては雑音だけで快感に悶える私が
          「音響」じゃなくて「音楽」を扱うところに
          足を踏み込んだのが基本的な間違いだったのではないかと・・・

          クリーブランド管弦楽団 + ヴェルザー=メスト

          0
            Musikverein Großer Saal 2018年5月24日 19時30分〜21時15分

            The Cleveland Orchestra
            指揮 Franz Welser-Möst

            Ludwig van Beethoven (1770-1827)
             Ouvertüre zur Ballettmusik „Die Geschöpfe des Prometheus“, op. 43
             Symphonie Nr. 1 C-Dur, op. 21
             Symphonie Nr. 3 Es-Cur, op. 55, „Eroica“

            クリーブランド管弦楽団とフランツ・ヴェルザー=メストによる
            「プロメテウス・プロジェクト」と銘打った
            5回のコンサートでベートーベンの交響曲全曲演奏。

            5月27日だけ行けない(4番と7番にエグモント・・・ちょっと残念)

            だって、同日、ブダペスト祝祭管弦楽団が
            グスタフ・マーラーの交響曲2番をコンツェルトハウスで演奏するんだもん。
            (ついでに同じ日に国立オペラ座では「カプリッチオ」だ。
             何故、こういうものが重なるわけ?(号泣))

            さて、そのプロジェクト初日は
            プロジェクト名称通りのプロメテウスと
            交響曲1番に3番。

            最初のプロメテウスにビックリ。
            え〜〜〜〜??? 音が柔らかい。

            通常、アメリカのオーケストラでベートーベンとか言うと
            もっと無駄に力強い、楽友協会にふさわしくない音をイメージしてしまうが

            だいたい、このオーケストラ
            始まる前に舞台で音出ししている、その音がうるさくない。

            (愛読者の方はご存知の通り、アメリカのオーケストラって
             コンサート始まる前に、全員が舞台の上で
             好き勝手なところを音出ししているので
             うるさいし、ポリフォニーの不協和音の現代音楽で
             まるでゴミだらけの台所を見ているような気分になって不愉快なのだ)

            プロメテウスの音楽も、あくまでも音が澄んでいて
            輪郭ははっきりしているのに、ノーブルで柔らかい。

            続く交響曲1番。
            輪郭だけしっかり出して
            同じような柔らかい響きで
            ほとんど女性的と言っても良いほどに
            まるで羽のような軽さでのチャーミングな演奏。

            あれあれあれ
            ベートーベンって、もっとマッチョでゴツいイメージだったのだが
            この優しさ・・・というより
            ノーブルで軽くてチャーミングで洗練された演奏って
            ものすごく魅力的じゃないの。

            いやしかし、この音色で
            後半の3番を演奏したら
            偏見はないんだけど、オネエになってしまうではないか・・・

            大丈夫でした(笑)

            音色はあくまでも柔らかくチャーミングだが
            (これ、もともとのオーケストラの持っている色なんだろうか?)
            大袈裟になり過ぎない節度を持ったダイナミックさで

            あくまでも冷静な、この上なく美学的な
            すっきりしたエロイカ。

            一部のリピートは省略していたので
            締まりの良い、ハキハキした演奏になっていた。
            (リピート全部やると、エロイカは確かに冗長になる)

            しかもさすが超一流オーケストラの一つ。
            各楽器のソロがむちゃくちゃ巧い。
            どんなに速度が速くても、正確に美しい音色で
            楽友協会ホールの音響の中で
            最も美しく響く音量で演奏されるので、腰が抜けた。

            コンサート行く前は
            あああああ、またベートーベンだ(げっそり)と思っていたのだが

            私の持っている堅苦しいベートーベンの偏見を
            軽く殴りつけて、全部ぶっ壊して

            あくまでもスマートに
            ノーブルな洗練を持って
            ほら見たか・・・って感じで
            さりげなさ満杯で演奏して
            聴衆を自分たちのフィールドに取り込んだ感じかなぁ。
            気がついたらやられてました、という印象。

            これからのコンサートが俄然楽しみになって来た私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            ウィーン交響楽団 + レオニダス・カヴァコス

            0
              Musikverein Großer Saal 2018年5月22日 19時30分〜21時50分

              Wiener Symphoniker
              指揮・バイオリン Leonidas Kavakos

              Johann Sebastian Bach (1685-1750)
               Konzert für Violine, Streicher und Basso continuo d-Moll
                Rekonstruktion nach dem Cembalokonzert BWV 1052

              Anton Bruckner (1824-1896)
               Symphonie Nr. 4 Es-Dur, „Romantische“
                Fassung 1878-1880

              すみません、本日は辛口・・・というより
              私が疲れていて、まともに音楽を受容していなかった可能性もあるし
              好みという事もあるかもしれないので
              ともかく、読者の皆さまはまともに取らないように、という注意書きで

              久し振りに凄まじいコンサートだった。

              ウィーン交響楽団にレオニダス・カヴァコス。
              前半はヨハン・セバスティアン・バッハの
              チェンバロ協奏曲をレコンストレーションして
              バイオリンのソロ+室内オーケストラ用に作ったもの。

              おおお、カヴァコスが、金色っぽい光る素材の
              襟のところがカッコいい上着に黒の細身のパンツ。

              いつもの労働者的ブルーカラーから脱出(笑)

              カヴァコスはバイオリンは巧い。

              音は美しいし、正確だし、超絶技巧だし
              オーケストラと一緒に演奏する時にはオーケストラに溶け込み
              ソロになったら、もう、見事な音を紡ぎ出して
              本当にこの人のバイオリン、素晴らしい。
              アンコールのバッハの無伴奏も素晴らしい。

              だからカヴァコス、悪いけどバイオリン弾くだけにしてくれ・・・

              後半がブルックナーの交響曲4番「ロマンティック」
              何となくイヤな予感はしていたのだが

              指揮台の上に譜面なし。
              おおおお、カヴァコス、暗譜で指揮か。すごいな。

              ・・・・沈黙

              カヴァコス・ファンの方は
              どうぞここにてお引き取り下さい(本気)

              私のような、ワケわからん素人に言われたくないだろうが

              いったい、どこのシロウトが指揮台に乗ってるの?

              カヴァコスが指揮法を勉強していないとは思えないのだが
              上下に指揮棒振るだけなら、誰でも出来るぞ(出来ないかもしれない)
              余計な部分でヘンにオーケストラに念押ししたりしてウザいし
              拍子は完璧無視(上下に動かす指揮棒、時々、ちょっと横の動きも)

              アインザッツもほとんど見えず
              オーケストラの入りが乱れるし
              アゴーギクもよくわからんので、オーケストラはますます乱れる。

              まぁ、そこらへんウィーン交響楽団はプロ集団だから
              どんな指揮であろうが、何とか曲はまとめてしまうワケで
              一応、曲にはなっているけれど
              ニュアンスも何もないし
              (強弱は時々ある(笑))
              アンサンブルが粗いし

              第一、最初から最後まで
              オーケストラ、緩みっぱなしじゃないの。
              緊張感のカケラもない。
              最初から最後まで、ヘンに空虚。

              ホルンも頑張ってはいるけれど音外しがかなりあって
              時々、いや、煩雑に
              まとまらないオーケストラの音が拡散してしまう。

              もうやだ、こんな悲惨なブルックナー(涙)

              バイオリニストでもチェリストでも
              あるいはピアノ、木管・金管、様々なプレイヤーで
              その後、指揮者に転向する人は居るから
              一概に転向はダメ、とは言わないけれど

              カヴァコスはバイオリンがあまりに素晴らしいだけに
              バイオリンに専念して欲しい(切望!!!)

              ブルックナーでウィーンのオーケストラが
              やる気ゼロの緩みきった
              やっつけ感漂う演奏をするって
              滅多に聴けるものではない(が、全然嬉しくない)

              指揮台で、シロウト丸出し感の強い姿は
              ちょっとコミカルで最初は、え?と思うものの
              最初から最後まで同じ動きを延々と繰り返されると
              指揮姿を拝見しても、モロに飽きてくる。

              それに加えて
              第2楽章始める前の、あの長い長い幕間や
              (もったいぶってる?)
              最終楽章が終わった後
              指揮棒を挙げたまま、かなり長い間、下ろさずに
              観客に静寂を強いたりとか

              ヘタクソなのに偉そう。

              カンチガイ感があまりに強過ぎて・・・

              第1楽章でビックリして
              第2楽章あたりから、だんだん飽きて来て
              最後まで聴いたら、やっぱり良かったとか思うんじゃないか、と
              最後まで聴いたけれど

              最後まで聴いて、あまりの虚しさに愕然。

              バイオリニストとしてのカヴァコスは大好きなので
              こんな失礼な感想記を書いちゃうのも良心の呵責があるのだが
              だからこそ、バイオリンに専念して欲しいと
              心の底から思った私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              ・・・まぁ、ある意味、滅多に聴けないブルックナーではあったのだが
              でも、でも、でも、やっぱり嬉しくない (ー ー;)



              カプリッチオ 国立オペラ座

              0
                Wiener Staatsoper 2018年5月20日 19時〜21時30分

                Richard Strauss
                CAPRICCIO
                Konversationsstück für Musik
                Text von Richard Strauss und Clemens Krauss

                指揮 Michael Boder
                演出・舞台・照明 Marco Arturo Marelli
                衣装 Dagmar Niefind
                振付 Lukas Gaudernak

                伯爵夫人 Anna Gabler
                伯爵 Morten Frank Larsen
                フラマン Michael Schade
                オリヴィエ Adrian Eröd
                ラ・ロッシュ Wolfgang Bankl
                クレロン Angelika Kirchschlager
                ムッシュ・トープ Peter Jelosits
                イタリアの女性歌手 Daniela Fally
                イタリアの男性歌手 Pavel Kolgatin
                若い女性ダンサー Natalie Salazar
                若い男性ダンサー Samuel Colombet
                執事 Marcus Pelz
                召使い Franz Gruber, Michael Wilder, Martin Müller, Hermann Thyringer
                Wataru Sano, Oleg Zalytskiy, Burkhard Höft, Jens Musger
                Orchester der Wiener Staatsoper
                Wiener Staatsballett
                トリオ バイオリン Daniel Froschauer チェロ Raphael Flieder
                チェンバロ Kristin Okerlund

                2日続けてのオペラ座でのオペラ鑑賞となったが
                私が40年以上愛し続ける(笑)オペラ、カプリッチオ。
                今シーズンも何回か上演されるのだが
                残念ながら、他のものと重なってしまって
                今回は今日の公演だけ。

                オペラ座の無料の雑誌の中で
                ミヒャエル・シャーデのインタビューがあったけれど
                そこで、この演出の初演が2008年で、10年前、と言うのを読んで

                ひええええええ
                確かに10年前だわ・・・

                このブログの前が消えてしまって記録がないのだが
                2008年10月2日に5回目を鑑賞していて
                全部数えると、今回が13回目。
                オペラ座での上演回数が今回で16回だから
                まぁ、ほとんど観て来た(皆勤賞ではないが(笑))事になる。

                キャストはほとんど変わっていない。
                オペラ座でのマドレーヌ役は、ずっとフレミングが歌って来て
                今シーズンはミュンヒェン出身のアンナ・ガーブラーに変わった。

                伯爵はマルクス・アイヒェが予定されていたのだが
                病気でのキャンセルで、モルテン・フランク・ラルセンがジャンプ・イン。
                (プログラムに別刷りの紙が入っていたので、本当に直前だったんだと思う)

                さて、マドレーヌ役だが
                う〜ん・・・・・・ (ーー;)

                いや、この役、ともかく難しいので
                一応、ドイツ語は比較的クリアに発音していて
                音程も合っている、というだけで
                満足すべきなのかもしれないけれど

                華がない・・・

                貴族の伯爵令嬢で
                しかも若い未亡人で
                作曲家と詩人に熱烈に片思いされている超美人
                ・・・という役柄なんだけど

                顔が怖くて、いつも睨まれているような感じ、というのはともかく
                声の艶が今一つなくて
                最後のモノローグ、いや、確かにものすごく大変なのはわかるけれど

                ほとんど息切れしていて
                1ワードごとに息継ぎしていたり、フレーズが切れたり
                マジメにドイツ語の完璧な発音を目指して
                一生懸命に歌っているのはわかる。
                わかるんだけど、それがあまりに真剣で余裕がなくて
                聴いていて
                うわああああ、頑張ってるな、というのがミエミエで
                ちょっと手に汗を握ってしまったりする。

                ジャンプ・インしたラルセンは
                ワタクシ的にイケメン・ナンバーワンの筈が
                何ですか、そのメイクは・・・というメイクで
                イケメンが完全に隠されてしまって
                ワケのわからんコミカルなおじさんになっていたのが
                実に残念(個人の好みですが)
                以前にも歌っていた事があるし
                コミカルな演技も
                クレロン口説きもなかなかキマっていて
                同時に、自分を色男と思っている
                徹底的にスベった貴族のカンチガイお坊ちゃまの感じは良く出ていた。

                シャーデとエロードは
                ずっと歌いこんで来た常連メンバーなので
                まぁ、この2人は、現時点では最高のフラマンとオリヴィエだろう。

                キルヒシュラーガーのクレロンも
                ツンケンのプライドの高さと
                伯爵を手玉に取ろうとするズル賢さと
                色気たっぷりの、実にイヤな女優を演じていて
                この歌手も、10年経っても、全然変わらんな(笑)

                ただ、今回、何がビックリして感激したかと言って

                バンクルが歌ったラ・ロッシュ!!!!!!

                もともとバンクルの声量って、ものすごいものがあって
                他を圧倒するのだけれど

                10年前にバンクルのラ・ロッシュを聴いた時には
                まだ声が若くて
                老練な劇場支配人の貫禄に追いついていなかったのが

                今回は、ラ・ロッシュそのもの!!!
                理想的なラ・ロッシュって、これじゃないか、という位
                全体の中で圧倒的な存在感。

                私の大好きなラ・ロッシュの
                ものすごく長いモノローグの見事さと言ったら
                ソプラノ歌手でなくても感激して泣きたくなる程で

                いやもう、こんなラ・ロッシュを舞台で聴けるなんて
                ああああ、生きてて良かった・・・(感涙)

                10年待って声が熟した感じ。
                圧倒的な声量に加えて、ラ・ロッシュの老獪さが滲み出ていて
                あ〜、ラ・ロッシュ、本当に好き!!! ♡
                若造の作曲家や詩人なんか、束になっても
                この魅力にはかなわないわ(偏見)

                間奏曲のホルンのソロも抜群。
                最後のホルンのソロも抜群。

                もちろん最初の室内楽部分も妙なる美しさ。
                舞台上のトリオも実に素晴らしい。

                同時にミヒャエル・ボーダーの指揮がものすごく巧かった。
                この作品、8重唱とか
                イタリア歌手のアリアの後に
                被せて始まるというものすごく難しい部分とか
                気を抜いていてちょっとでもズレると
                完璧に音楽崩壊になる恐ろしい作品なのだが

                ズレそうになっても
                慌てず騒がず、巧くオーケストラを操ったのは大したものだ。

                伯爵令嬢マドレーヌに色気がなかったのは残念だが
                (その意味では、フレミングはドイツ語は酷かったけれど
                 貴族令嬢、しかも若い未亡人という雰囲気と
                 ムンムンする色気はあった)
                キャストはしっかりしているし
                音楽的にもしっかりまとまっていて
                久し振りのカプリッチオ、堪能した。

                2時間30分休憩なしというのは
                トイレの近い女性(特に私みたいな年配女性)には
                ちょっと辛いんだけど

                ラ・ロッシュが圧倒的だし
                (退場時のウンチクと、退場のシーンの演出がニクい程、キマっている。
                 大昔に一度だけ装置が動かなかった事はあったけれど
                 今日はタイミングまでバッチリだった)
                オーケストラ、こういう曲だと張り切って
                艶っぽい音色でバッチリ聴かせてくれるし
                主要歌手はドイツ語もクリアで
                聴いていて、本当に楽しい。

                字幕は日本語もあって
                まぁ、8重唱の時は字幕に全部出すのは無理だけど
                (ドイツ語だって一部しか出てない)
                ちゃんとストーリーもわかる、という話なので
                このインテリな、オペラを廻るメタフィジカルなオペラ
                絶対にオススメ。

                難しいと思われる演出も
                舞台も実に巧く作ってあるので
                時間さえ合えば、何回でも観たいのだが

                5月24日も27日も
                夜は別の予定が入っているし

                来シーズンはカプリッチオの上演はないので
                また、当分の間、観られないと思うと
                ものすごく残念なような
                もうこれ以上観なくても良いだろう、と思う気持ちと
                複雑に絡み合っている私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                ドン・パスクワーレ

                0
                  Wiener Staatsoper 2018年5月19日 19時30分〜22時

                  Gaetano Donizetti
                  DON PASQUALE
                  Dramma buffo in drei Akten
                  Text von Giovanni Ruffini und Gaetano Donizetti

                  指揮 Frédéric Chaslin
                  演出 Irina Brook
                  舞台 Noëlle Ginefri-Corbel
                  衣装 Sylvie Martin-Hyszka
                  照明 Arnaud Jung
                  振付 Martin Buczko

                  ドン・パスクワーレ Roberto De Candia
                  エルネスト Antonio Siragusa
                  マラテスタ Adam Plachetka
                  ノリーナ Danielle de Niese
                  公証人 Wolfram Igor Derntl
                  バトラー Eduard Wesener, Tobias Huemer
                  家政婦 Waltraud Barton

                  Orchester der Wiener Staatsoper
                  Chor der Wiener Staatsoper
                  Bühnenorchester der Wiener Staatsoper
                  トランペット Gerhard Berndl

                  滅多にオペラには行かない私だが
                  友人もウィーンに来た事だし
                  ドン・パスクワーレなら愉快な筈だし
                  舞台半分見えないけれど、まぁ、それ程高くない席もあったので
                  久し振りにバレエ以外の演目でオペラ座に行った。

                  オーケストラ・ピットを見たら
                  管楽器が、いつもと反対側の上手(かみて)に居て
                  安い席なので、下手(しもて)は見えないが
                  どうも下手(しもて)には弦楽器があったらしい。

                  さてドニゼッティのドン・パスクワーレ。
                  序曲の時から舞台は開いていて
                  舞台上にはバーのレイアウト。

                  ドン・パスクワーレのロベルト・ディ・カンディアは
                  日本でも歌っているようだ。
                  プロフィールの写真に載っているよりも
                  若々しくて
                  (いや、本当はあの役、70歳だから若くてはいけないのだが)
                  コミカルな演技がとても巧い。

                  バリトンの声はよく通って
                  あまり低めではないので
                  本来はこういう年寄り役向きではないのかもしれないが
                  さりげない演技が巧くて、よく役にハマっていた。

                  ノリーナのダニエル・デ・ニース
                  オーストラリア出身のエキゾチックな容姿のソプラノ歌手。

                  まぁ、この人が魅力的 ♡
                  コロコロ変わる表情と、軽い動きとフットワークで
                  修道院出の清らかな乙女が
                  悪女に豹変するのが、これまたキュート。

                  悪妻になったノリーナの後半部分は
                  舞台装置は変わっていないのだが
                  椅子や床や、バーのカウンターの上の置物とか
                  全部、ショッキング・ピンクになっている。

                  バーカウンターのショッキング・ピンクの馬の置物、可愛い(笑)
                  いったい何処で、ああいう悪趣味な・・・
                  いや、ちょっと変わった小物を見つけてくるんだろ。

                  エルネスト役のシラグーサも、ちゃんと声は出ているし
                  高音が一部弱いところはあっても
                  見た目もイケメンだし、役に合ってるし
                  演技も出来るし、ちゃんと声も出ていて素晴らしい。

                  まぁ、こういう演目だから
                  演出が極端にコミカルで
                  類型的に漫画っぽくて
                  良い意味でも悪い意味でも
                  場末の芝居小屋・・・みたいな安っぽい感じがするのは否めないが

                  でもこのドン・パスクワーレって
                  そこまで極端に芝居小屋っぽい演出にしないと
                  ストーリーがあまりに残酷すぎるというのはある。
                  (70歳老人に詐欺を働く話だからな・・・)

                  でもイタリア語の早口言葉の応酬みたいな
                  楽しいデュエットもあったし
                  ドニゼッティってやっぱり面白い。

                  たまに、こういうオペラ・ブッフォを観に行くのも
                  悪くないな、と思っている私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  アクラム・カーン XENOS

                  0
                    Festspielhaus St. Pölten 2018年5月17日 19時30分〜21時45分

                    Akram Khan Company
                    XENOS

                    振付・ダンス Akram Khan
                    舞台 Mirella Weingarten
                    照明 Michael Hulls
                    衣装 Kimie Nakano
                    オリジナル音楽・サウンドデザイン Vincenzo Lamagna
                    ドラマツルギー Ruth Little
                    テキスト Jordan Tannahill
                    音楽 Nina Harries, Andrew Maddick, B C Manjunath,
                    Tamar Osborn, Aditya Prakash

                    音楽
                    Wolfgang Amadeus Mozart : Requiem in D-moll
                    Hanging on the Old Barbed Wire (Traditional), Ku Karim (Traditional)
                    Amir Khusro : Chhap Tilak,
                    Nawab Wajid Al Shan : Babul Mora
                    Kabir : Naiharwa

                    アクラム・カーンのフル・レングスでの最後の作品として作られた
                    XENOS は2018年2月にアテネで初演されている。

                    最初から最後まで、約1時間30分
                    繰り広げられる異様な世界。

                    プログラムの記載によれば
                    アクラム・カーンの芸術家としての人生の総括的な意味を持ち
                    現代における人間性の喪失、戦争などの問題を考える上で
                    人間として創造力の中で特別なもの、美しいものを表現すると同時に
                    想像力を超えたところでの暴力、残虐性を表現する事もできるのではないか
                    ・・・という感じ(意訳なので文責なしで勘弁して下さい)

                    プログラムのこのページを読んだ時に
                    あ〜っ、またもや政治的作品か、
                    こういうのをやるんだったら
                    どこかの国営放送局の青年の主張で喋るか
                    政治家になれ・・・と、ついつい思ったのだが

                    作品を見てみたら、圧倒的で言葉を失ってしまった。

                    舞台上演が始まる前、既に舞台には
                    民族楽器の太鼓を叩いている男性と
                    すごく美しいテノールで、不思議な民謡を歌っている男性がいて
                    この音楽がすごく聴き応えがあって、ついついウットリ聴いていたら
                    突然、縄に縛られたダンサーが登場。

                    もう、その後は縄とダンスと音楽の複雑な絡みが続く。
                    舞台の半分以上が斜面になって
                    斜面のところは砂と泥。

                    泥は最初のシーンで
                    カーンが上手(かみて)のところから泥を持って来て
                    舞台の中央に置いたので
                    これは、もしかしたら、前の作品と同じように
                    芽吹く植物の象徴か?と思ったのだが

                    そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

                    政治的アピールが作品に入っているとしても
                    カーンは、それを(サッシャ・ワルツのように)あからさまに出しては来ない。
                    あくまでも徹底的に抽象化された「舞踏表現」で
                    観客の解釈に委ねながら、自分の世界を表現して行く。

                    ついつい「舞踏」と書いてしまったけれど
                    そういう視点から見てみると
                    非常に暗い部分での抽象的な痛みの表現は
                    日本の暗黒舞踏に似たところがあるかもしれない。

                    足首に巻いた鈴の鎖で
                    民族音楽と合わせて踊るカーンの見事な踊りは
                    鈴の鎖を解いて、鎖を持って踊るところから
                    音楽家は消え、舞台の後ろが斜面になって
                    だんだん、異様な世界に入って行く。

                    もう、何が異様かって、どう言葉で表現したら良いのかわからん。

                    2分ちょっとの公式トレイラーがあったので貼っておく。



                    何なんだ、いったい、この世界は・・・
                    崖の上までよじ登って
                    上で大昔のフォノグラフ(後で照明になる)と
                    縄を繋げて踊ったりするのだが
                    そんな事を書いても
                    読んでいらっしゃる方は想像も出来ないだろう(すみません)

                    砂だらけ、泥だらけで、斜面と格闘するダンサー。
                    いったい、何と戦っているのか

                    プロメテウスか、それともシーシュポスか
                    人間の疎外、自分との戦いが
                    実りあるものなのか、無駄なのかもわからず
                    もう、見ていて胸が痛くなる。

                    全体が高度に抽象化されているので
                    苦労しているようで実はウヒウヒ喜んでいるのかもしれず
                    (まぁ、それはないかも・・・)
                    泥にまみれて快感に悶えているのかもしれず
                    (まぁ、それもないかも・・・)

                    せめてハッピー・エンドで
                    舞台の真ん中に最初に盛った土から
                    お花でも咲けば、分かり易いのだが
                    芸術家アクラム・カーンは、そこまで単純な解決は提示しない。

                    最後のシーンは、真っ赤な照明に浮かぶ
                    泥と砂だらけの斜面で

                    これが一幅の現代絵画に見える。
                    色彩は違うけれど
                    私が好きなアントニ・タピエスの絵画を連想してしまう。

                    真っ赤な照明の泥と砂の絵画の中に
                    ダンサーのカーンが入り込むと
                    そこに流れるのは
                    モーツァルトのラクリモーサ。

                    うううう、やっぱりキリスト教的な色合いも当然入るわけね。
                    その前の縄を首にかけて
                    上の方で踊るところで
                    これ、もしかしたらイエス・キリストに擬えているのかな
                    と思った部分もあったので
                    ラクリモーサが、自然にストンと落ちた。

                    しかも、ここまで極端に抽象化されていると
                    キリスト教とも距離を置いているかのようで
                    そんなに簡単に
                    あ、イエス・キリストの受難を表現してるな、とは思えない。
                    示唆はあるかもしれないし、ないかもしれない・・・

                    その意味では
                    芸術的表現が、何重にもなっている上に
                    わざと意図を明確に提示するのを避けて
                    あくまでも芸術表現として
                    受け手にその意図の解釈を託すという

                    まぁ、とんでもない事を
                    アクラム・カーンはやってのけているワケで
                    そこまで観客を信じて委ねてしまって良いんですか、とか
                    思わない訳ではない。
                    (ほら、私みたいに曲解したり誤解したり感受性なかったりする人もいるし)

                    作品の受容は、その意味では
                    完全に個人としての観客に委ねられてしまうので
                    芸術家、ダンサーとしてのアクラム・カーンの意図と
                    受け手の観客としての作品の解釈に齟齬が出てくる可能性は
                    たぶん、大いにあるのだが

                    それでも良いのではないだろうか。
                    ここまで抽象化された芸術作品になってしまうと
                    各自が受け取ったメッセージこそが
                    その個人にとって正しいものなんだろう、としか思えない。

                    アクラム・カーンのダンスって
                    あそこまで汚れた役をやっていても
                    何故に、あんなに美しいんだろう。

                    身体の美しさや柔軟性、カタチの見事さや
                    ステップの美しさ、全くズレのない体幹の
                    クラシックとは違うけれど、壮絶なピルエットでも
                    我々を魅了するが
                    手先の動きの美しさ
                    オーガニックな生命力の豊かさには目を剥いた。
                    (ビデオだと31秒くらいのところ。実に美しい)

                    この作品、鑑賞していて思ったんだけど
                    これだけアクラム・カーンの「人間としてのダンサー性」が出てしまうと
                    他のダンサーに踊れるのかなぁ・・・

                    アクラム・カーンはまだ42歳だから
                    引退にはまだまだ時間があるとは思いつつも
                    あの激しいカタック舞踊を、いつまで実際に観られるかを考えると
                    今まで、様々なプロダクションを観て来て
                    本当に良かった、としみじみ思う私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                    ウィーン交響楽団 + マンフレッド・ホーネック

                    0
                      Musikverein Großer Saal 2018年5月16日 19時30分〜21時40分

                      Wiener Symphoniker
                      指揮 Manfred Honeck
                      ピアノ Igor Levit

                      Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                       Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur, op. 73

                      Dmitrij Schostakowitsch (1906-1975)
                       Symphonie Nr. 5, op. 47

                      突然だが、私は変人が好きである。
                      読者の皆さまは薄々感じているとは思うのだが
                      芸術家としてぶっ飛んでいる人が、ものすご〜く好きなのである。

                      マンフレッド・ホーネックは
                      見た目は普通のお兄ちゃんなのに
                      何故か指揮台に立つと変貌する。

                      今回のウィーン交響楽団のコンサート
                      プログラム見たとたんに、実はゲッソリ。

                      え〜、またベートーベン?
                      (↑ウィーン交響楽団とジョルダンのプロジェクトとか
                       この間のウィーン・フィルの9番とか
                       来週のクリーブランドもベートーベン)

                      しかも、後半がショスタコーヴィッチの
                      これまたポピュラー過ぎる交響曲5番。

                      実はこの間、ショスタコーヴィッチの交響曲5番は
                      楽友協会で聴いたばかりで
                      忙しすぎてブログ書けなかった(他にも書かない理由はある)

                      さて、ピアニストのイゴール・レヴィット。
                      あちこちで、ものすごく評判が良い。
                      ワタシは感受性ほとんどゼロの人間なので
                      よくわからんのだが

                      出だしのスケール
                      ペダル踏み込んだまま
                      超高速で、しかも後になればなる程高速ぶりが増加して
                      音は潰れていないし
                      全部の音が見事に均一で
                      いやまた、すごいピアニスム・・・・とは思ったものの

                      ベートーベンのピアノ協奏曲5番に私が持っている偏見の
                      ゴツゴツしてマッチョで四角四面でがっちりした筋肉質
                      ・・・というイメージからは遥かに隔たっていてビックリ。

                      こんな事を言うと
                      あの才能がわからんのか?!とか殴られそうだが
                      不思議なベートーベンの響き。

                      弾かれる音のすべてが粒ぞろいの均一さには驚愕するが
                      揃っているだけにマッチョな部分がなくて
                      何だかベートーベンを聴いているというより
                      ショパンか何かを聴いているような気分。

                      何だか面白い響きだなぁ、と思っているうちに
                      絡め取られてしまうような不思議な演奏。

                      アンコールはショパン(出たっ!)
                      でも、これがまた均一な響きの美しさで
                      テクニックのひけらかしじゃなくて、すごく良かった。

                      後半はショスタコーヴィッチの交響曲5番。
                      一見(一聴?)元気で共産主義バンザイの曲なのだが

                      わっはっは
                      ホーネックの変人振りが、ここで爆発 (^O^)

                      緻密に計算されたワイルドな乱暴さ。
                      はちゃめちゃに聴こえるのだが
                      ほとんどコミック的に暴力的な音響が
                      隅々まで徹底的に考えられているのがわかる。

                      第一楽章の暴力的なエネルギーの爆発は
                      決して音量を上げる事によって作られたものではない。

                      だって、第一楽章も最終楽章も
                      かなりの音量で
                      さらに、圧倒的にワイルドな印象を与えるのに
                      耳は全く痛くならないのだ。
                      (ショスタコーヴィッチの交響曲の楽友協会の演奏で
                       耳が痛くならないのは、非常に非常に珍しい)

                      ホールの音響を知り尽くしたホーネックの計算。
                      それを感じさせない、濁流のようなエネルギーの放出。

                      第2楽章の弦の透明な美しさと言ったら・・・
                      まるでミルフィーユの薄いパイ皮を
                      一枚一枚、見ているような印象。

                      第3楽章は、今度は極端に音量を抑えて
                      胸が痛くなるような悲壮感。

                      第3楽章からアタッカで続けるかと思ったけれど
                      ほんの少しの間を空けて(これがまたニクイ感じでバッチリ決まった)
                      爆発的な最終楽章へ。

                      むちゃくちゃ複雑な
                      掴みどころのない気分の上下を
                      ある時は大げさに、ある時にはとんでもない節度を持って
                      いったいこの音楽、何を伝えているの?と
                      聴いている方が翻弄されて戸惑う程。

                      この曲の持っている矛盾が
                      音楽的にしっかり聴衆に伝わってくる感じ。

                      コーダも、ここまで圧倒的に
                      しかも聴衆を翻弄しながら
                      エネルギーに巻き込んで行くって

                      いやもう、ホーネックって変人(笑)
                      共産主義バンザイにもなってないし
                      ただのエネルギーの爆発にもなっていない。

                      聴きながら、ついつい
                      ものすごくアホな事まで考えてしまう程に
                      計算された「乱暴」なエネルギーに巻き込まれながら
                      この曲に秘められた、とんでもない複雑性に
                      目から鱗が落ちる思いだった。

                      プログラム見た時にはゲッソリしたけれど
                      聴いてみたら
                      最初から最後まで、思いがけなく新鮮な聴体験になって
                      ああ、だからコンサートって
                      やっぱり行ってみるもんだよねぇ、と
                      つくづく思いつつ

                      まぁ、現実逃避している事に変わりはないんだけど
                      ・・・と、ちょっと反省もしている私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                      calendar
                        12345
                      6789101112
                      13141516171819
                      20212223242526
                      2728293031  
                      << May 2018 >>
                      PR
                      ★コンタクト・メイル★
                      メイルはこちらへ
                      ブログランキングに1クリックお願いします
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recommend
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM