ウィーン・フィル + リッカルド・ムーティ 2回目・3回目

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    Musikverein Großer Saal 2017年12月9日 15時30分〜17時30分
    Musikverein Großer Saal 2017年12月10日 11時〜13時

    Wiener Philharmoniker
    指揮 Riccardo Muti

    Joseph Haydn (1732-1809)
     Symphonie g-Moll, Hob. I:39
    Anton Bruckner (1824-1896)
     Symphonie Nr. 9 d-Moll

    金曜日午前中の楽友協会主催のコンサートの後
    ウィーン・フィルの定期公演で同じプログラムを
    土曜日の午後と日曜日のお昼に鑑賞。

    ウィーン・フィルの定期会員のマナーの悪さ、最悪(怒)
    いや、そりゃ、そういうマナーの悪い貧民席に居る方が悪いし
    貧民席でもちゃんとそれなりのお洒落をして
    上品に静かに聴いていらっしゃる紳士淑女も多いのだが

    土曜日に2人、日曜日に2人
    とんでもない観客が居るの。

    あまり詳しい事は書けないが
    たまに正式にクレームの手紙を投函する事まで
    ついつい考えてしまうレベルのマナーの悪さ。

    まぁ、ウィーン・フィルの定期会員の方々の多くは
    別にクラシック音楽が好きで来ているわけではなく
    ステータス・シンボルとしていらっしゃる方々も多いので
    (以下省略)

    そういう客のイヤな行動で
    鑑賞の楽しみを邪魔されるのも腹が立つが
    そういう事に憤っているよりは
    そういうのは、グラーフェネックで聞く
    コオロギの鳴き声と割り切るしかない。

    日曜日なんか、ブルックナーの間、ず〜っと
    横で鼻を啜られたんだけど(涙)
    (しかもずっとスマホ見てるし。
     このばばっちい格好をした匂う男性、何なんだ)

    ハイドンは土曜日も日曜日も
    悶絶する程に美しかった。

    ムーティの美的感覚って
    絢爛豪華、洗練の極みの
    イタリア貴族のトップを地で表現しているような感じ。

    金曜日も思ったのだが
    たかがハイドンの比較的初期の作品が
    あそこまで「美しく」響くというのはスゴイ。

    作曲者のハイドンがこの演奏を聴いたら
    その場で悶絶して失神するんじゃないだろうか。

    金曜日にスコアに気を取られて
    印象として全然残らなかったブルックナー。

    如何にもウィーン・フィルのブルックナーという感じの音に
    ムーティの洗練が加わったら

    これはもう、無敵・・・

    ウィーン・フィルというのは面白いオーケストラで
    あれだけオーケストレーションの厚い
    しかも金管の咆哮にユニソノのブルックナー・サウンドを
    残響バリバリの楽友協会ホールで目一杯の音量で演奏しても
    絶対に「うるさい」という印象を与えない。

    確かにブルックナーらしい「重さ」はある。
    とんでもない和声を使っていて
    え?それ、もしかしてクラスター?みたいな部分もあって
    それもよく聴こえて来る。

    が、それ以上に全体的になんと言う美しさ。
    重いという意味では
    巨象か戦車のイメージなのだが

    あの、ほら、よく数世代前の少女コミックで
    戦車が花を背負って登場みたいな

    あ、違う?

    エ◯イカより愛を込めて、と言う名作の
    エーベル◯ッハ少佐が
    戦車に乗って、その後ろがエロ◯カの華やかな背景
    あ、でもそこにジェー◯ス君が登場したら困る

    ・・・オタクだけにわかる言動でごめんなさい。

    巨大な象のイメージで行くなら
    象をバロックからロココ時代の
    パステル色のレースフリフリの衣装を着せた感じ。

    ちゃんと地響きをたてて
    ドシン・ドシンと行くのだけれど
    でもその歩み方が、とことんノーブル。

    ウィーン・フィルってブルックナー好きだよね(笑)
    ムーティのブルックナー、しかも9番って
    非常に珍しい曲の選択ではあるし
    ムーティの美的感覚が最高に活かせる作品ではなかったと思うが
    それでも、あの無骨なブルックナーを
    あれだけ洗練された響きで聴かせるという見事さ。

    でもムーティの時に一番感激したのは
    実は自分の手持ちの学生オーケストラで
    アンコールでイタリア・オペラの序曲か何かを演奏した時で
    いや、もう、ムーティのイタリア・オペラって
    ともかく驚くくらいスゴイ・・・という印象が強かった。

    帝王ムーティは
    今年のプレ・ニューイヤー、シルベスター
    そして、2018年のニューイヤー・コンサートを振るけれど

    シュトラウス・ファミリーには
    あまり興味がないので(ごめんなさい)
    ニューイヤー・コンサートはインターネットのライブ中継で
    バレエだけ楽しみに見る予定の私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    フォルクス・オーパー ロメオとジュリエット(ベルリオーズ)初演

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      Volksoper / Wiener Staatsballett 2017年12月9日 19時〜21時05分

      Roméo et Juliette
      Ballett in zwei Teilen
      振付 Davide Bombana
      音楽 Hector Berlioz
      舞台・衣装・照明 rosalie
      指揮 Gerrit Prießnitz
      コーラス Thomas Böttcher

      ジュリア Maria Yakovleva
      ロメオ Msayu Kimoto
      マブ女王 Rebecca Horner
      ロレンツォ神父 Roman Lazik
      マキューシオ Alexander Kaden
      ティボルト Martin Winter
      ベンヴォーリオ Gleb Shilov
      マブ女王のダブル Tainá Ferreira Luiz, Suzanne Kertész
      Dominika Kovacis-Galavics, Mila Schmidt
      アンサンブル Laura Cislaghi, Marie-Sarah Drugowitch
      Kristina Ermolenok, Tainá Ferreira Luiz, Viktoria Feyferlik,
      Irene Garcia-Torres, Susanne Kertész, Dominika Kovacs-Galavics,
      Tessa Magda, Natalie Salazar, Mila Schmid
      László Benedek, Roman Chistyakov, Samuel Colombet,
      Patrik Hullmann, Dragos Musat, Keisuke Nejime
      Felipe Vieira, Robert Weithas
      ソロ歌手 アルト Annely Peebo
      ソロ歌手 テノール Szabolcs Brickner
      ソロ歌手 バス Yasushi Hirano

      Wiener Staatsballett
      Orchester der Volksoper Wien
      Chor und Zusatzchor der Volksoper Wien

      フォルクス・オパーの新作、ロメオとジュリエット。
      振付はダヴィデ・ボンバーナ。
      フォルクス・オーパーのサイトに振付の経過や動機等の
      かなり詳しい本人によるビデオ・クリップがあるし
      リハーサル・ビデオやプロモーション・ビデオ等
      かなり揃っている・・・という事は
      ずいぶん、力が入ったプロダクションである。

      フル・オーケストラにフル・コーラス
      更に、ソリスト(アルト・テノール・バス)3人。
      大掛かりな作品でもある。

      私も楽しみにしていたのだが
      正直言って

      微妙・・・

      あ〜、バレエそのものは素晴らしかったし
      ダンサーも素晴らしかったし
      マリアと木本クンは、もう息を飲むほどに最高の出来でした。

      微妙なのは音楽で
      いや、オーケストラやコーラスやソリストは良い出来なのだが
      いかんせん、ベルリオーズの音楽が

      冗長過ぎる・・・

      確かにプロコフィエフの音楽で
      クランコ版を見慣れているせいもある。

      ただ、ベルリオーズの音楽って
      オーケストラも大きいし、コーラスにソリストの大所帯で
      オーケストレーションが厚くて
      はっきり言って、大仰で大袈裟で芝居っ気が強くて
      そこまで大袈裟に大騒ぎする音楽なのに
      それが、見事に滑っていると言う感じ(すみません)

      ストーリー的には
      キャプレットが支配者層の上流階級で
      モンタギューが支配される貧民層という設定。

      木本クンが貧民層なので
      衣装が黒に銀のパンクっぽいデザインで
      これが合っていて、ちょっとドキドキする(笑)
      (木本クンが庶民層とは言ってません!)

      マブの女王というのは
      振付師のインタビューによれば
      シェークスピアの原作には登場するキャラクターとの事だが
      悪魔の手先的な役割で
      レベッカが、ずっとしなやかな動きで地上を這い回る。

      場面の数は少ないのに
      長いところが異様に長くて
      例えば、アルト独唱のところは
      ジュリエットが愛の喜びを感じるところだが
      アルトの歌手が乳母役みたいになっていて
      (もちろん歌手だから踊りません!)
      これが、かなり長いシーン。

      同様にバルコニーのシーン
      ロメオとジュリエットのパ・ド・ドゥが

      ものすごく長い!!!!!!

      クランコ版のバルコニーのシーン(プロコフィエフ)だって
      かなり長くて
      おおお、ダンサー大変、といつも思うのだが
      ベルリオーズのこのシーンの長さの比じゃない(と思う)。

      あまりに長いので
      途中でちょっとティボルトのソロが入るけれど
      それでも、ダラダラとかなり長く続く。

      バレエ的には非常に美しい振付で
      リフトの複雑さには目を見張るし

      木本クンとマリアのカップルが
      ・・・うううう、何てチャーミング ♡

      演技派のマリアの、初恋の喜びに満ちた表情とダンス
      一瞬、暗い運命を予期するかのような表情にはハッとするし

      木本クン、君はいつから、そんなに演技が上手くなったの?
      と真剣に問いたいくらいに
      溢れる悦びの表現が、初々しくて可愛らしくて
      ものすご〜〜〜く魅力的!!!!

      (木本クンの演技が突然上手くなった、と感じたのは
       あのヘンな火の鳥の時だった)

      このダラダラして長いバルコニーのシーンの後
      マブ女王に誘導されてしまって
      マキューシオがティボルトにちょっかい掛けて
      殺されるシーン。
      マキューシオは刺されても大丈夫、と無理して踊って
      倒れて死ぬという設定。

      う〜ん、ティボルトってナイフ持ってましたっけ?
      突然、刺すシーンになっても、今ひとつリアル感に欠ける。
      (私の注意不足で、見ていなかった可能性はある)

      でも、その後、ロメオが激情に駆られて
      ティボルトを刺殺するシーンの方が
      あれ?ナイフってどこに???
      どう見ても、手で背中から「刺して」(ナイフがない)いるようで
      何だか不自然なのだが。
      でも、これも私の注意不足かなぁ・・・

      普通はここで、ロメオが捕まって
      ヴェローナから追放される事になって
      その後、ロレンツォ神父のところで結婚して
      2人で朝を迎えて・・・・となる筈なのだが

      それ、全部省略してしまって良いんですか???

      だって、殺人シーンの後、すぐに
      ジュリエットがロレンツォ神父から薬をもらって飲む
      ・・・というところで、第一幕は唐突に終わる。

      それまでダラダラとラブシーンがあって
      重要な結婚式とか、初夜とかを省略してしまって良いのか?!

      後半はジュリエットは既に仮死状態で
      ダンサーが「死体」を運ぶシーンからだが

      うあああああ
      あの角度でジュリエットを運ぶって
      身体をかなり硬直させないと無理・・・
      しかも途中で、頭の部分をかなり下の角度にして
      不自然な運び方のシーンが
      これも長く続くので
      マリア、お疲れさまです・・・
      あれは大変だよね・・・

      床に置かれた仮死状態のマリアは
      さすがにバレエ・ダンサーで
      つま先が完璧に伸びているし(何だか不自然)
      しかも、床での仮死状態のシーンも、かなり長い。

      ロメオ駆けつけて号泣。
      悲しみのダンスはほとんど後ろ向きで
      マリア、いやジュリエットは
      ず〜〜〜っとつま先伸ばしたままで横たわっている。
      死体を抱き上げて泣いたロメオは
      離れたところで毒薬を出して煽る。

      その瞬間に目覚めるジュリエット。

      ぎゃっ
      これ、オペラのグノー方式か!!!

      ワタクシ的には
      ジュリエットが目覚めると
      毒薬を飲んで息絶えたロメオを見つける、というのが正解なのだが

      ロメオはまだそこでは生きている。
      ジュリエットはロメオに気がついて
      あああああ、来てくれたのね!
      バンザイ、これから2人で幸せになれるわ、と
      倒れているロメオを叩き起こして
      2人で踊る。

      ロメオは狐につままれた状態である。

      そりゃそうだろう
      ジュリエットが死んだ、というので
      自分も毒薬を飲んだら
      相手が生きかえっちゃったけれど
      自分は毒を飲んだので、これから死ぬ

      ・・・って、それ、ロメオが可哀想じゃないか!!!

      最後の最後に、自分のアホさ加減を
      これでもか、というほどに突きつけられて死ぬって
      それは、あまりに惨めだ!!!

      (死んでからジュリエットが生き返るのだったら
       少なくともロメオは、自分のアホさ加減は知らずに死ぬので
       まだ救いがある)

      喜びに満ちて踊っているうちに
      パタンと倒れてロメオが死ぬので
      (ああ、この設定、ロメオも可哀想だけどジュリエットも・・・)
      マブ女王が差し出すナイフで
      グッサリ自分を刺して死ぬジュリエット。
      何故か刺すところは腹なので
      普通だったら、あんなに早くは息絶えないが
      まぁ、それは、おとぎ話という事で許そう。

      さて、普通だったら、2人が息絶えたら終わり・・・だと思うが
      この作品は違う!!!!

      2人の遺体を床に置いたまま
      コーラスが黒いマントを羽織って現れて
      バス歌手と一緒に出て来たのは
      ロレンツォ神父。

      ローマンがロレンツォ神父役で
      前半ではジュリエットに毒薬を渡すだけの数秒の登場だったので
      それでお終い?と思っていたら

      最後にロレンツォ神父の長い長い長いソロ。

      ・・・要らないわ、これ (ーー;)

      ローマンのダンスそのものは素晴らしいのだが
      でも、ここでロレンツォ神父が
      ああ、2人とも死んじゃった、という1つの事実だけで
      この長いソロを踊る必然性がわからない。

      途中で遺体を移動して、寄り添わせたりするけれど
      基本的には
      ああ、可哀想に、という嘆きだけだし・・・
      それで、あの長い長い長いソロ・・・

      バリトンの平野さんが黒いマントで
      ローマンとの絡みがあるんだけど
      いや、これが、もうカッコよくて悶える。
      平野さん、ローマンより背が高い?
      (貧民席からなので高さがよくわからないが)

      で、実はここからが私には理解不可能なのだが

      マントを着ていたコーラス(大人数!!!)が
      突然、マントを脱ぐの。

      で、垢抜けない普段着の男女が
      突然、舞台上に多数、出現する。

      ・・・絶句

      だって、今まで
      暗い舞台のシェークスピア時代のモダン・バレエの世界に居たのに
      (いくらダンサーがパンクの格好をしていると言っても
       やっぱり、それまでの世界はバレエの世界だった)

      何故、ここで突然、日常生活が舞台に入って来ちゃうわけ???

      非日常の「舞台」の世界から
      ほとんど暴力的な力で、日常の世界に引き戻されるのは
      正直言うと、非常に不愉快。

      ストーリーで省略されている部分が多い代わりに
      シーンがダラダラと長いので
      休憩入れて2時間強とは思えないほどに
      非常に冗長な印象を与えるプロダクション。

      振付やダンスが悪いのではなく
      音楽的なレベルが低いのでもない。

      ベルリオーズの音楽が
      大仰で大掛かりで
      ロマン派になる直前で、でも古典派なのに頑張っちゃった、という
      異様に上滑りしているからかもしれない。
      (音楽だけ純粋に鑑賞すれば、それはそれなりに面白い作品だとは思う)

      さて困ったな・・・
      この演目、追いかける予定で
      何回かチケットを買っているのだが
      これだけダラダラ冗長だと、ちょっと食傷するかも。

      まぁでも、何回か観て慣れてくれば
      ダンスは素晴らしいし、ダンサー素晴らしいし
      また見方も変わってくるかもしれない、と
      ゲッソリしながらポジティブに考える私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      風花が降って
      気温はプラス1℃くらいなのだが
      ウィーンは風がむちゃ強くて(体重軽いと持っていかれそう)
      体感温度マイナス6℃という・・・
      風が強いの、本当にイヤ(涙)

      Dada Masilo/The Dance Factory "Swan Lake"

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        祝日のダブルヘッダーです。
        時系列に読みたい方は、まず こちら からどうぞ。
        下は夜の記録です。

        Festspielhaus St. Pölten Großer Saal 2017年12月8日 19時30分〜20時30分

        Dada Masilo. The Dance Factory
        SCHWANENSEE

        コンセプト・振付 Dada Masilo
        プロデュース・照明 Suzette Le Sueur
        衣装 Dada Masilo, Suzette Le Sueur
        音楽 Pjotr Iljitsch Tschaikowski, Rene Avenant, Camille Saint-Saens
        Arvo Pärt, Steve Reich

        The Dance Vactory Johannesburg
        セレモニー・マスター、ジークフリートの母 Nicola Haskins
        オデット Dada Masilo
        ジークフリート Thabani Ntuli
        オディール Thami Tschabalala
        ジークフリートの父 Henk Opperman
        オデットの母 Khaya Ndlovu
        白鳥(女性)Ipeleng Marafe, Zadile Constable, Nadine Buys, Liyabuya Gongo
        白鳥(男性) Liewellyn Mnguni, Tshepo Zasekhaya, Steven Thibedi, Xola Wille

        すみません、
        たぶん、長年の読者の方には

        あ、またか・・・
        と思われるだろうが

        ダダ・マシロ、好きなんですっ!!!

        サンクト・ペルテン祝祭劇場で
        この公演がある、と知って、即チケットを購入。

        実は今回が5回目の鑑賞。
        オーストリア広し(あまり広くないが)と言えども
        オーストリアで行われた全公演を観ているのは
        私くらいではないかと思う(自慢にならん)

        よって、公演内容はよ〜くわかっているんだけど
        それでも

        面白い!!!!

        最初にバレエを観た人の感想って
        いつ聞いても笑えるし
        ダンサーが、もうその通りの動きを
        揃ってするので
        最初のこのシーン、まさに爆笑モノ。

        アフリカン・ダンスとクラシックのコンビネーションも素晴らしいし
        エネルギッシュなダンスにクラシックの技法が入ったり
        バレエないしはダンスとして観ても素晴らしい。

        それに
        ダダ・マシロのキュートな事 ⭐⭐⭐

        本当に可愛いの、このダンサー。
        2013年にケントリッジの作品で、実際に舞台で見てから
        もう、ずっとファン。

        Youtube にあったインタビューでは
        もともとクラシックやりたかったのに
        黒人だから、という事でバレエ学校に入れなくて
        という話はあったけれど

        クラシック・ダンサーとしても全く問題なかっただろうに。
        華奢で、脚の形がものすごくキレイ。

        黒人で、あれだけ踊れて
        それで表面の筋肉が全く見えないあの美しい脚って
        非常に珍しいタイプだと思う。
        (人種差別主義ではございません。ただの事実なので
         どうか誤解のないよう。白人ダンサーだって筋肉モリモリはいる)

        マシロの踊るオデットの
        ジークフリートへの求愛が、むちゃくちゃキュート。
        チャイコフスキーの音楽のデュエット部分を使っていながら
        激しい動きのかなり長いソロなのだが
        人間というよりは
        鳥(白鳥だからね!)の求愛行動のようにも見えて
        ものすごくチャーミングで可愛らしいの何のって

        あんな可愛い鳥が必死になって求愛していたら
        あまりに健気で悶絶してしまうが

        ジークフリートはオディールに惚れている。
        オディールが男性ダンサーなのだが
        その柔軟性と言ったら女性にも負けない。

        しかも、ポワントであれだけ踊れる男性ダンサーって
        かなり少ないだろ・・・(びっくり)
        フォルクス・オーパーには一人居るけど (^。^)

        ジークフリートとオディールのデュエットが
        またこれ、妖しげで(男性二人です)
        ゾクゾクする色気があるんだけど
        そういう色気に反応するようになると
        これを腐女子と言う(女子って年齢ではないが)

        いつ見ても不思議で
        とことん美しくて
        ミステリアスで色々な事を示唆する最後のシーン。

        まるでキリアーンのベラ・フィグーラのように
        上半身はハダカで、下半身がフラダンスのようなスカートで
        踊るとともに、一人倒れ、二人倒れ
        オデットとオディールが抱き合って
        最後は全員が倒れると言うラスト・シーン。
        泣きそうになる程に美しいシーンなのだが

        ジークフリートはどうしちゃったんでしょうね?(笑)
        オデットと結婚すべきを
        僕が愛しているのはオディールだ、と言い切って
        母親は派手に失神するし

        ちゃんと告白したにもかかわらず
        オディールからは別れを告げられているし
        もちろん、オデットからはビンタ喰らってるし。

        この作品の中で一番かわいそうなのは
        ジークフリートじゃないのか?(笑)

        世間の目があるからと
        オデットと結婚させられそうになって
        振り切ってオディールとくっつくかと思ったら
        オディールからふられてるし
        では戻ってオデットと思っても
        オデットからもふられるし・・・

        マシロのジゼルもそうなんだけど
        彼女は男性に何か恨みでもあるんですかね?

        公演の後、マシロとダンサーの
        公開トークがあったようだが

        基本的にワタクシ、ダンサーはダンスで語るべきと思っているし
        最後のシーンの解釈は
        受け手によって違う自由があると思うので
        さっさと帰って参りました、悪しからず。

        約1時間のプロダクションのために
        往復2時間以上ドライブする私もアホと言えばアホだが

        退職してから、さっぱり車を運転しなくなったので
        久し振りの長距離ドライブが気持ち良かった私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。


        ウィーン・フィル + リッカルド・ムーティ 1回目

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          Musikverein Großer Saal 2017年12月8日 11時〜13時

          Wiener Philharmoniker
          指揮 Riccardo Muti

          Joseph Haydn (1732-1809)
           Symphonie g-Moll, Hob. I:39
          Anton Bruckner (1824-1896)
           Symphonie Nr. 9 d-Moll

          読者諸氏は
          何故、普通の金曜日の午前11時からコンサートが?
          と思われていらっしゃるかもしれないが
          12月8日はオーストリアの祝日である。
          聖母無垢受胎の日・・・というとわかりにくいが
          ドイツ語では Mariae Empfängnis マリア受胎日と言う。

          ただこれ、結構誤解している人が居て
          マリアがイエスを身ごもった日とか書いてある嘘っぱちウエブも多いので注意。
          12月8日にイエスを身ごもって12月24日の夜に生まれるわけないじゃないの。

          そうではなくて、無原罪の聖母マリアを
          母親のアンナが身ごもった日である。
          マリア信仰の強いカトリックならではの祝日である。

          ここ数年、クリスマス商戦の真っ只中
          唯一、買い物が出来る(もちろん一部商店は閉まる)祝日でもある。

          まぁ、ウンチクはそこまでにして・・・

          ウィーン・フィル+ムーティの今回のコンサート
          持っているチクルスにも入っていなかったし
          土曜日・日曜日の定期公演も同じプログラムなのに
          今週のナイトライフの地味さも手伝って
          ついつい買ってしまったチケットだが
          ともかく席が悪い(音響的には良いが(笑))

          ただ、割にちゃんとした聴衆が多かったようで
          (帝王ムーティさまのファンかな?)
          聴衆のマナーは非常に良く、雑音も無駄な咳もなく
          とても集中して鑑賞できたのはありがたい。

          最初のハイドン。
          シュトルム・ウント・ドラング時代の
          4楽章構成がそろそろ定着する頃の作品で
          珍しくも短調の交響曲。

          ああああああっ
          何と言う美しさ!!! ⭐⭐⭐

          ただのハイドンの交響曲だよね?
          最初の出だしの弦楽のアンサンブルから
          絹を芸術的に紡いだがごとくの
          極上の美しさ。

          ムーティの音楽的センスと
          ノーブルなウィーン・フィルの音が合うのだろうけれど
          最初から最後まで
          あまりの美しさに気絶しそうな程。

          いやいや、貴族って言ったって
          当時は外に出れば汚物の山
          家の中にはトイレはなくて
          みんなカツラ被っていて、体臭も凄かったはずだ
          ・・・とか
          当時の貴族的生活の欠点を頭の中であげつらってみるものの

          ムーティとウィーン・フィルが描き出す
          この上なくノーブルな響きは
          まるで絢爛豪華な映画のようで

          バロック時代の、あまり洗練されてはいなかったであろう
          貴族の日常生活なんかぶっ飛ばせ、という
          言ってみればヴィスコンティ映画が映し出すところの
          最高に洗練されたノーブルさに満ちている。

          何故ゆえ、ただの(失礼!)ハイドンが
          ここまで美しくなるのか・・・理解できない。

          シュトルム・ウント・ドラング時代の音楽なので
          ゲネラル・パウゼが最初からかまされるわ
          目まぐるしい転調はあるわ
          それじゃ踊れないだろ、というメヌエットはあるわ(爆笑)
          しかも当時としては珍しい短調の曲なんだけど
          さすがハイドン、短調が湿っぽくなっていないのは素晴らしい。

          いやもう、こんな美しい音楽を聴いてしまったら
          それだけで天国だ。

          明日の土曜日は、マナーの悪さ最大の2人組が居るので
          ここまで集中はできないだろうと思うので
          ああ、今日、チケットわざわざ買って聴きに来て良かった ♡

          さて、後半はブルックナーの交響曲9番。
          私がブルックナーの交響曲の中で唯一ポケット・スコアを持っている曲。
          (他のブルックナーは版があり過ぎてワケわからんので)

          どうせ何も見えず身動きも出来ない席なので
          それでは久し振りにスコアに頭を突っ込もうか、と持参。

          見栄っ張りするにはスコアは強力な武器だし
          (見栄はるのに持って行ってるのかっ!)
          必死になってスコアを追っていれば寝落ちの危険性もゼロなのだが

          いかんせん、ド・シロートなので
          スコア追ってるだけで
          それ以外の感覚を使い果たしてしまう。

          しかもブルックナーって
          メロディ・ラインが管楽器の時が多いじゃないですか
          それはまだしも
          その管楽器が移調楽器じゃないですか(涙)

          聴こえて来る音と
          楽譜上のホルンの音が違っているのが気持ち悪い・・・
          (註 誤解のないよう行っておきますが
             私は日本人のエリートに有り勝ちな
             絶対音感の持ち主ではございません!)

          そうなったら、視覚的にリズムで追うしかない訳で
          (音符見てると弦とかフルートとかとズレまくるので)
          もう、それだけで、ちょっとグタグタ状態になってしまい

          シロウトがカッコつけてスコアなんか追うんじゃなかった
          ・・・と、終わってから非常に反省しております(涙)

          確かに、オーボエとかフルートとか
          ホルンとか、トランペットとか
          楽譜上に(リズムっぽい相似形で何とかわかる)記載があると
          おおおおおお
          何と素晴らしい音色・・・
          と、時々うっとりしたりするし

          弦も、あ、ここビオラだったのか、とか
          第一バイオリンと第二とで相互に演奏して
          1つのメロディにしてしまうところで
          あっ、そういう事をやってる訳ね、と納得したりとか
          スコア見ている事で
          意外な発見というのは、結構あったのだけれど

          演奏自体がどんな印象だったかは
          いくつかの管楽器がむちゃ巧かった事以外には
          全く記憶にございません。

          第一楽章の途中で
          うわあああ、これはイタリア・オペラか、とチラッと思ったし
          最終楽章(アダージョ)で
          和声法から言ったらあり得ないような複雑な音響の重なりを
          ムーティが見事に処理して
          前半のハイドンのような澄み切った美しさを出していたのは記憶にあるが。

          明日、明後日と2回、同じプログラムを聴くチャンスがあるので
          あとの2回のコンサートは
          アホな見栄はりはせずに
          しっかり音楽を聴いて来ようと
          堅く決心している私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。


          引退後のセカンド・ライフ 七転八倒の日々 その6

          0
            歴史音楽学
            民俗音楽学
            システム音楽学

            について書いて来た。

            歴史音楽学と民俗音楽学については
            講義の後、ウエブ・サイトにまとめがアップされるので
            それをしっかり読んでおけば、内容は把握できる(はず)

            だが、この「まとめ」が実に曲者だった。
            だって、だって、だって

            ドイツ語の文が・・・

            異様に長い!!!

            関係代名詞を多用した複文が
            1つの文の中に数カ所埋め込んであり
            しかも書き方が非常に「学問的」

            複文外して主文だけ読んでみても
            これは果たして肯定しているのか否定しているのか
            よくわからんぞ (ー ー;)

            30年以上にわたって
            実社会の中で
            如何にアホでも理解できるドイツ語の文を書くか、という事に
            ずっと頭を使って来た私にとっては
            こういう、わざわざ複雑にしたインテリっぽい
            学術的・学問的ドイツ語のスタイルについては懐疑的なのだが

            ただ、何となく懐かしい(笑)
            学問の世界って、こ〜いう気取ったところがあったんだわ。

            余計な事ながら
            1文が長くて読みにくい上に
            最後まで読んでも、肯定だか否定だかわからない
            というのは

            インテリ向け日刊新聞の
            クラシック音楽の批評にも、よく使われる方式なので
            今更驚きはしない(わっはっは)

            歴史音楽学については
            1センテンスが5行くらいの長さの文章がたっぷりの
            講義のまとめが、毎回5ページから7ページくらいあるのに加えて

            文献と称して、各授業ごとに
            数ページから数十ページにわたる論文(ドイツ語・英語)が
            2〜4論文くらいアップされている。

            マジメそうな怖い教授が最初に言ったのは
            「アップしてある論文は全部読んで下さいね。
             君たちは大学生で、これから論文を大量に読む事になるのだから」

            講義のまとめを「解読」するだけでも大変なのに
            英語やドイツ語の論文まで読むんかい・・・

            って、一応、読みましたけどね。
            時々、むちゃくちゃ苦労する論文もあったけど。

            ただ試験直前に新入生のライン(こっちはワッツアップだが)で

            論文全然読んでないけど
            どの論文が大事かわかる?

            という学生も居たので、まぁ、レベルとか、やる気は
            学生によって色々って事。

            STEOP の講義には
            それぞれ、先輩たちのチュートリムというのがある。

            講義は出ても出なくても構わないし
            チュートリウムも出ても出なくても全然構わないのだが
            学べるチャンスはすかさず掴むのが自分の主義。

            教授に質問したら顰蹙かうかも、というアホな質問も
            先輩なら遠慮なく聞ける(ちょっと違うかも)
            講義の内容の復習にもなるので、これはありがたかった。

            講義には100人近く居るけれど
            チュートリウムには熱心な学生が、まぁ、多くて10人、少なくて5人くらい。
            (しかも来る人は全部のチュートリウムに来る ← 私とか(笑))

            お陰で、講義のまとめのスクリプトに
            肯定か否定かわからない文章がある時には
            先輩を取っ捕まえて
            いったい、これは何を言いたいんですか?って質問も出来たし。

            EU内の留学制度もあったりするので
            ドイツ語が母国語ではない学生も多く

            私、ドイツ語が母国語じゃないので
            このスクリプトで書いてある事がわからなんだけど
            ・・・と書いて来た学生に

            私、ドイツ語が母国語だけど
            それでも書いてある事はわからない
            ・・・と答えた学生もいた(笑)

            民俗音楽学のまとめは、かなり系統だっていて
            ドイツ語の文も不要に難しい構文は避けていたが
            歴史音楽学の方は、わざとだよね、これ、というのが
            結構あったな。

            結果的には、直接関係はないとしても
            文献読んでいて試験で役に立ったところもあるから
            勉強しておくに越した事はないって事だ。

            ところで、このブログで注意深く避けてきた
            STEOP のもう一つ
            独立した分野として
            一般音楽理論、という恐ろしいものがあったのだが

            それはまた後日・・・
            この一般音楽理論は、ちょっと絶句だったと
            今でも思う私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。


            引退後のセカンド・ライフ 七転八倒の日々 その5

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              昨日はオペラに行ったのでお休みしたが
              誰も興味がなさそうな大学の話の続き (^^♪

              システム音楽学という分野がある。
              資料としてウエブに載っている資料は
              こっちでリンク、あっちもリンクという
              資料のテンコ盛り状態で

              全部プリント・アウトすると
              300ページを遥かに越える(冷汗)

              ただし、教授曰く
              赤字のところが試験範囲で
              授業で扱わなかったところは出さないと言うし

              先輩曰く
              あ〜、あの教授の試験は一番簡単だから大丈夫、大丈夫。

              ・・・ってホントかよ?!

              だって資料を見ると

              これ、音楽じゃないよね?

              物理学だよね???

              最初から波動の原理と
              それを表現する縦軸と横軸の説明が・・・

              波動・・・・(沈黙)

              あ〜、振幅って何だったっけ?

              純音の正弦波で周波数がど〜のこ〜の
              楽音の周波数のグラフをフーリエ解析するとど〜のこ〜の

              ・・・(完璧沈黙)

              最初の授業の後で
              思わずインターネット・サイトの電子書籍で
              「これだけでわかる高校物理」とか
              「一番わかりやすい高校物理・波動編」とかを買って
              真っ青になりながら読んでいたのはワタシです。

              次の授業の時、最初に教授が
              じゃぁ、この間の復習をしよう。
              純音と楽音と雑音の違いは?

              というように、前の授業でやった事を
              簡単に繰り返してくれる。

              しかも手を挙げて当てられて
              正解を言うと
              ステッカーかチョコレートか飴をもらえる(大爆笑)

              音の分析や、発音のホルマントの話とか
              ベルヌーイの定理(楽器音響学)や
              人間の声帯から喉や口腔のしくみ
              人間の耳の内部構造とか

              あ〜、物理だけじゃなくて

              解剖学もアリですか・・・

              ただし、授業ごとの「前の時に扱ったテーマの復習クイズ」は
              全然難しくない。
              数字も定理も数式も不要だし
              基本的な事だけ把握しておけば、何とかなる。
              しかもチョコレートや飴ももらえる。
              (ステッカーは評判が悪く、誰も欲しがらなかったので
               だんだんチョコレートと飴だけになっていった(笑))

              人間の音響の受容について話していた時には
              デートの時に「カテゴリー的知覚」とか言うと
              きっとモテるぞ・・・って
              何を言い出すんだ、この教授(笑)
              (お陰で、音響心理学上のカテゴリー知覚については
               しっかりと記憶に刻まれてしまった。
               ただし、この言葉をデートで言っても
               何の影響もなかったぞ・・・)

              システム音楽学という分野は
              本当に「何でもアリ」みたいな分野で
              音響分析だけではなく、ホールの音響分析研究や
              音響心理学や、楽器音響学なども含まれていて

              教授は、いつもニコニコとチョコレートを持って教室に来るが
              その頭の中は、いったいどんな数字の記憶が詰まってるんですか
              という程に
              音速からエコーから楽器音響に関わる公式に至るまで
              何か質問でもあると、すぐに的確な数字が飛び出して来る(尊敬)

              確かに音楽と関係はあるのだが
              音楽というよりは、音響がテーマ・・・

              ヤバイじゃん、これ。
              物理・数学、全く出来ないのに
              この分野、音響オタクには、異様に魅力的ではないか。

              資料はワケのわからない公式とか定理とか
              グラフとか図表とか、実験の成果の図式で埋まってはいるし
              教室で耳の模型とか、人間の頭の模型とか(声帯付近)が回ってくるし
              風船を膨らませて、針で穴を開けて爆発音をコンピュータで記録して
              その結果のグラフを見たりする。

              どこがどう試験に出るかは不明だが
              先輩によれば「全然心配しなくて大丈夫」
              選択肢の中には爆笑モノがあるわよ、という話だった。

              で、ちゃんとありました。
              選択肢の中の爆笑モノ。
              如何にも「難しく」書いてあるけれど
              あ〜、こういうアホみたいな選択肢(しかも難しいっぽい書き方)
              作る時に教授が、うっしっし、どんなジョーク噛ませてやろうか、と
              ニヤニヤしながら考えているのを想像するだけで笑えて来る。

              この分野も入門が終わった後
              ちゃんと必須で単位を取らねばならないのだが
              どこまで数学・物理が必要なのかは
              おいおい考えて行くとして
              (「高校物理、これだけで大丈夫」とかいう本は
               物理云々の前に、既に数学で躓いて、全部読んでない)

              こんな音響オタクにはたまらない事を
              (音楽とは直接関係はないけれど)
              学ばせてもらえるなんて
              数学・物理、もう少しちゃんとやっておくんだった
              ・・・と
              ちょっと、いや、かなり反省している私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              ダフネ 国立オペラ座

              0
                Wiener Staatsoper 2017年12月4日 20時〜21時45分

                Richard Strauss
                DAPHNE
                Bukolische Tragödie in einem Aufzug

                指揮 Simone Young
                演出 Nicolas Joel
                舞台 Pet Halmen
                振付 Renato Zanella

                ペナイオス Dan Paul Dumitrescu
                ゲア Janina Baechle
                ダフネ Regine Hangler
                ロイキッポス Benjamin Bruns
                アポロ Andreas Schager
                羊飼い Marcus Pelz, Wolfram Igor Derntl, Jens Musger, Hans Peter Kammerer
                侍女 Ileana Tonca, Margaret Plummer
                Orchester der Wiener Staatsoper
                Chor der Wiener Staatsoper
                Bühnenorchester der Wiener Staatsoper
                Eleven der Ballettakademie der Wiener Staatsoper

                国立オペラ座では今年はリヒャルト・シュトラウス・デイと称して
                オペラ座の持っているリヒャルト・シュトラウスのレパートリーを
                どうも全部上演する、という
                無茶苦茶な事をやっているのだが
                その一環で、本当に久し振りにダフネに行った。

                最後にダフネ観たのが、2011年12月19日
                今は亡きヨハン・ボータが凄かったし
                ミヒャエル・シャーデがロイキッポスを熱演していた。

                演出は同じである。
                プログラムは変わっていて新しくなっていたので購入。

                キャストを書いている時に
                バレエの振付がレナート・ザネラ、というのにちょっと笑った。
                ザネラは2005年〜2011年のオペラ座バレエ団の監督。
                当時のバレエ団、ザネラの振付作品の上演も多く
                変わった作品の上演もあって、かなりぶっ飛んでいた記憶がある。

                今回のダフネには、いわゆるスター歌手はいない。
                (と書くと失礼だけど・・・(笑))
                国立オペラ座のアンサンブルで揃えている。

                ダフネのレギーネ・ハングラーは
                体格も顔の大きさも、顔の部分の作りも派手な人。
                この演出、メイクもスゴイので、舞台で目立つ。

                メイクが・・・え〜、これ、絶対に
                日本の歌舞伎役者のメイクに影響受けてますよね?

                二人の男性が追いかけるようなタイプには(以下省略)

                身体が大きくて、顔が大きくて
                顔のパーツも大きいだけに、声は出るし
                時々、中音部での発音・発声がキュートな印象を残して
                だんだん、身体とか顔の大きさが気にならなくなってくる。

                ロイキッポスのベンジャミン・ブルンスって
                あんなに身体の幅があったかしら???
                顔の大きさは普通の人なんだけど
                体型が正に3次元というか
                ウエストあたりを上から見たら正円じゃないか。
                いや、その分、テノールの声は通って素敵なんだけど。

                もう一人のテノール、アンドレアス・シャーガーは
                これは立派なワーグナー・テノール。
                声量がスゴイし、高音がものすごく出るし
                フォルテの高音を歌いっぱなしでも全然衰えない。

                ただ、この演出、何だか動きが少ない。
                特に、アポロ役は
                立派なワーグナー・テノールなんだけど
                正面に突っ立ったまま
                何も動かず、ずっと歌っている、という感じ。

                すごく声は出る。高音まで出る。しっかり出る。
                大柄だが、唯一、スタイルが普通でたまごっちじゃない(こらっ!)
                しかし声が出るだけに
                ずっと張り上げている印象が強くて
                あまりニュアンスっぽいものは感じられない。
                (って、何でも文句つけたいのか(すみません)
                 ただ、あれだけ華やかにテノールが出ると、うっとりはします、はい)

                唯一動きがあるのが
                ザネラ振付の赤鬼のダンスだったりして・・・

                最後にダフネが樹と化すシーンだが
                あのガラスの筒って、あんな色だったっけ?
                私の記憶だと、あの茶色っぽいところが
                かなり鮮やかなグリーンに変化したような気がするのだが
                記憶違いかもしれない。

                今回のソプラノ、全体的に大柄なので
                あのガラスの筒に入って顔が見えるけれど
                小さい歌手だったらどうするのかなぁ(とか余計な事を考えてしまう)

                オーケストラはさすがに巧い。
                木管のアンサンブル、かなり難しそうだけど
                いや〜、巧いなぁ・・・

                あまり知られていない作品だが
                見方によっては、すごく色っぽい作品でもあるし
                特殊メイクやマスクなどを多用して
                ちょっと「おとぎ話」っぽい演出も面白い。

                でも、あまりに動きが少なくて
                実はちょっと途中で眠くて困った私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                引退後のセカンド・ライフ 七転八倒の日々 その4

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                  さて、練習も不要で音楽的才能も(たぶん)不要だろうと
                  軽く考えて選んだ「音楽学」の STEOP 続き。

                  楽理は別として
                  歴史音楽学入門も、まぁ、「音楽学の歴史」と考えれば
                  ハンスリックもアドルノも登場するから、何となくわかる。

                  しかし
                  「民俗音楽学」って何なんだ???

                  カリキュラムを見たら
                  民俗音楽学は必須科目の中にも入っている。
                  (STEOP 修了後も、やらねばならない科目の一つ)

                  あ〜・・・
                  え〜〜・・・・

                  戦後のアメリカ文化バンザイ傾向の中で育って来た私の世代は
                  ヨーロッパ・クラシック=エリート文化という意識が強い。

                  しかも、ワタクシなどは
                  音楽の都ウィーンで、名だたるオーケストラをライブで聴きまくり
                  更には常人が理解できないであろう(というか、私も理解できないが)
                  現代音楽まで手を伸ばしていて
                  人が羨むエリート街道をまっすぐ歩いて来たのに

                  (何か激しい勘違いがあるが、まぁ、ほら、あの、その
                   彼氏が外国人なの、みたいな意味のない優越感というか
                   正しくないけど、何となくっていうの、あるじゃないですか。
                   そういうのを正直に言っちゃうワタシもどうかとは思うが)

                  何の因果でガムラン音楽とかアフリカの音楽とか
                  いや、それを言ってしまうと差別だのエリート意識だの
                  そりゃそうなんだけど
                  やっぱり、ほら、あの、あれ(汗)
                  何となくわかっては下さいますね(と逃げる)

                  教授はマダガスカルの音楽の専門家。
                  バスコ・ダ・ガマの話から始まり
                  旅行記や日記、民俗楽器の収集とその分類
                  ヨーロッパの音のシステムで把握できない音の記譜システム
                  エジソンの発明した録音機での記録がどう研究されたか。

                  物理学者のヘルムホルツまで登場してしまうし
                  アレクサンダー・ジョン・エリスのセント概念やら
                  アメリカのダンスモアやアラン・ローマックス
                  ヤープ・クンストにアラン・メリアム、マントル・フットまで登場。

                  ・・・何も知りませんでした(汗)

                  時々授業で例として聴かせてもらえる
                  アジアの音楽とか、アフリカの音楽とか
                  ウィーンのフォノグラム記録所の最初の記録
                  フランツ・ヨゼフ皇帝の声とか

                  なんだか、意外に楽しい(笑)

                  ガムラン音楽って面白いじゃん(ドビュッシー!!!(爆笑))
                  アフリカでリズムと叫びの古い録音も何だか聴いていて楽しい。
                  現代音楽のパーカッションに影響を与えているのが見えるし。

                  残念ながら、歳も歳なので
                  民俗音楽専攻で、アフリカへフィールド・ワークしに
                  行ける根性と体力はないので
                  たぶん、専攻にはしないとは思うが
                  (まぁ、でもワタシの事なのでまだわからない)

                  さて、歴史音楽学と民俗音楽学入門に加えて
                  システム音楽学というのがある。

                  これについては、明日に記述する。

                  実は週末と来週は全然夜の予定が入っていないので
                  ちょっとこのテーマで引き延ばそうと
                  姑息な事を考えている私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                  引退後のセカンド・ライフ 七転八倒の日々 その3

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                    引退後に、再度、大学に行く、という目標を
                    20歳になるかならずかで持ってしまったアホな私は
                    友人の多大なる助けを借りて
                    何とか大学に正規学生で入った話は
                    ここ と ここ で書いた。

                    その時にちらっと書いたが
                    現在、ウィーン大学では
                    バチュラー課程、教職課程とディプロマのコースについて
                    STEOP というものがある。

                    STEOP = Studieneingangs- und Orientierungsphase
                    ドイツ語だが、何となく語感は掴めるだろう。
                    学業初期のオリエンテーション時期、というような意味。

                    第一学期に、この STEOP を受講して
                    本当にこの学問を自分がやりたいのか
                    向いているか、確かめて下さいね
                    という制度である。

                    最初の「振り分け試験」と言っても良い。
                    当然ながら、試験があるが
                    試験は3回まで繰り返しても大丈夫。
                    4回目に不合格だと、その日をもって、そこから3学期間
                    その分野への入学許可は取り消される事になっている。

                    ・・・まぁ、日本に比べたら
                    かなり、というより、ものすごく緩い話だが(笑)

                    20歳のグラーツ留学時に
                    哲学科で年配の学生を何人か見て
                    おおおおおっ!と思った話は既に書いたが

                    引退してから、ではどの分野で大学に戻るか、というのは
                    かなり直前まで迷っていた(アホです)

                    最初は(30年前)ドクター論文書いて
                    死ぬ時にはフラウ・ドクターのタイトルで、とかも考えたし
                    (要はカッコよく見せたかったのよ、わっはっは)

                    せっかく旅行会社でミドル・マネージメントもさせてもらったから
                    経済・経営でその知識を組織的に深めるか

                    会社でコミュニケーションのセミナーを受けて
                    日本の素晴らしいコミュニケーション・テクニックが全くない事に
                    仰け反りかえった事があるので
                    コミュニケーションとか、対人関係、
                    更には、いわゆるサービス(オーストリア人に欠けてる観念)を
                    深く極めようかとか

                    学生時代に副専攻していた哲学で
                    大学院で学ぶ予定だった言語哲学を
                    ほら、ここヴィットゲンシュタインとか居た場所だし
                    もう一度、徹底的に勉強しようか、とか

                    大学院時代に興味があったけれど
                    ドイツ語は「学校」では学ばないから
                    結局やらなかった外国語教育法をもう一度やるか、とか

                    一番勉強したかったのは音楽なのだが

                    ウィーン音楽大学(むちゃ難しい入学試験がある)を見ても
                    ウィーン私立音楽大学、昔のコンセルバトワールの案内を見ても

                    器楽専攻、声楽専攻、作曲専攻とかだけで
                    激しい練習をせずに、緩く音楽を学べるところじゃないし
                    第一、何を専攻しろと?(楽器はできない、作曲もできない)

                    ・・・という私の迷いが突然晴れたのは。
                    ウィーン総合大学のウエブ・サイトを見ていて
                    「音楽学」という専攻を見た時。

                    うああああ、これだ、これ!!!
                    楽器が演奏できなくても
                    作曲が全くできなくても
                    これなら入れる。
                    しかも入学試験もない(← これ大事!!!!)

                    ヨーロッパ的だと思うのだが
                    音楽学と言語学は、ウィーン大学の中では
                    16番という番号で一つに纏まっている。
                    音楽も言語も人間のコミュニケーション・ツールという考え方か。
                    面白いなぁ。
                    (とは言え、2つの専攻に繋がりはない)

                    さて、音楽学にも、上記に書いた通り
                    STEOP がある。

                    歴史音楽学入門
                    民俗音楽学入門
                    システム音楽学入門

                    が、3コマ+それぞれにチュートリウム
                    試験は3コマ一緒の試験で、1時間半。
                    それぞれの分野からの出題があるが
                    合格・不合格は3つ一緒なので、1つでも成績が悪いと全部不合格となる。

                    楽理が1コマ+チュートリウム。
                    これが曲者で
                    音楽好きとは言え
                    日本の小学校・中学校・高校では、楽理のガの字もなかったし
                    しかもドイツ語の音符って
                    例の cdefgah で、ドレミで育っている私にはさっぱり。

                    歴史音楽学だったら楽勝か、と思ったら
                    これは「音楽学」の歴史であって
                    「音楽」の歴史ではなかった(汗)

                    よって、バッハだのベートーベンだのブラームスだの
                    ついでにシェーンベルクからシュトックハウゼンまで知っていても
                    な〜んの役にも立たない。

                    唯一、役に立ったのはハンスリックとかアドルノだな。
                    あまり意味がないが。

                    だいたい、最初に「アドラー」という名前は
                    音楽学には重要である、と言われて

                    フリッツ・アドラーが音楽学?
                    アルフレッド・アドラーが音楽学?

                    ご存知と思うが
                    ガイドの勉強で、近代オーストリア史を学ぶと
                    オーストリア社会民主党の第一共和国・第二共和国で
                    フリッツ・アドラーはオットー・バウアーと共に
                    忘れてはいけない政治家の一人だし

                    アルフレッド・アドラーは
                    日本でも話題になっているアドラー心理学の提唱者。

                    どこに音楽と関わりが?と不思議に思っていたら
                    音楽学のアドラーは、グイード・アドラーだった。

                    アドラーなんて、日本で言えば、佐藤さんとか鈴木さんとか
                    たくさんある名前の一つだから
                    音楽学者は簡単に言うけれど
                    こちらは、ちゃんと下の名前まで言ってくれないとわかりません(涙)

                    ピタゴラスがどうやって弦を区切ってオクターブ出したとか
                    8オクターブそれをやると音のズレが生じるとか
                    中世のラテン語世界の学問では、数学的学問として音楽が扱われていたとか
                    まぁ、その辺りは一般教養で何とか。

                    民俗音楽、システム音楽と楽理については
                    おいおい、また書いていくつもりだが

                    この STEOP 試験
                    11月28日と29日に行われて
                    まぁ、成績はともかくとして
                    一発合格 \(^o^)/

                    歴史・民俗・システムについては
                    全然心配していなかったのだが
                    楽理がどうかドキドキものだった(眠れませんでした)

                    では、続きはまた明日・・・って
                    しつこく書く予定の私に
                    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                    ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌー

                    0
                      Wiener Konzerthaus Mozart-Saal 2017年11月30日 19時30分〜20時50分

                      テノール Michael Schade
                      ピアノ Malcolm Martineau

                      Franz Schubert (1797-1828)
                       Winterreise
                        Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller D 911 (1827)

                      ミヒャエル・シャーデは
                      私が以前から追いかけているテノール歌手。

                      このブログに移行する前に(記録は無情にも消えた(涙))
                      ウィーン劇場で「美しき水車小屋の娘」を聴いて
                      そのあまりのオペラちっくな表現にひっくり返ってから
                      機会があればリサイタルに足を運んでいる。
                      (このブログは2008年からだが、それでも5回記事がある)

                      ついでにオペラ座でもよく拝見(笑)

                      シャーデは「美しき水車小屋の娘」は何回も歌っているし
                      アンコールにも歌ったりするし
                      シューベルトやベートーベン、シューマン(これ絶品)
                      フーゴ・ヴォルフもレパートリーにしているが

                      今回のリサイタル、見つけた時に
                      えええええええっ!!!
                      シャーデが「冬の旅」を歌うの?!

                      確かに今まで歌った事がなくて
                      プログラムにも「今回が初めて」と書いてある。

                      そりゃそうだよなぁ。
                      だって「冬の旅」って暗いじゃないですか。
                      (だいたい私はシューベルトが苦手である)
                      最初から最後まで
                      まさに白黒の世界で
                      凍りつくような悲惨さを纏わせ

                      このチクルスだけは
                      ある程度の年齢になって
                      やっぱり「死」を考えるようになってからでないと
                      とても聴けないチクルスだと、今でも確信している。

                      一方、ミヒャエル・シャーデと言えば
                      蕩けるようなソット・ヴォーチェが魅力的で
                      聴いている方に体感的な快感(すみません)を感じさせる
                      甘い声のチャーミングさで有名なテノール。

                      リリック・テノール、しかも甘い声で
                      あの、暗い暗い暗い暗い「冬の旅」というのは
                      スープレットのソプラノが歌うような違和感があるんじゃないだろうか。

                      本日は朝からウィーンは雪(涙)
                      途中から雨にはなったけれど
                      私の住んでいる郊外では、まだまだ雪景色が残っていて
                      寒いし暗いし
                      シューベルトの「冬の旅」の悲惨な雰囲気に一役買っている。

                      最初の Gute Nacht で椅子からずり落ちそうになった。

                      その声量で、その歌、歌うか?!

                      ホール中に響き渡る澄んだ甘い高音テノールの
                      激しい感情をあらわにした表現・・・

                      ・・・と思ったら
                      途中でグッと音量落として
                      またこれ、とんでもないソット・ヴォーチェ。

                      フォルテとピアニッシモの絶え間ない繰り返し。
                      しかも低音の部分でシュプレッヒ・シュティメまで出て来た時には
                      本気で仰け反った。

                      何とまぁ、情熱的で「人間的」な主人公。
                      諦観とかよりも
                      人生、大変だけど、何とかやっとるわい

                      って、え〜っと、え〜っと、イメージと違うぞ。

                      ただ、シャーデはアホではない(と思う、時々天然かもしれないが)
                      計算してやっているのか
                      天才的な天然で本能的にやっているのかはわからないけれど
                      この「冬の旅」を、白黒一色にせず
                      ドラマチックに、でもパロディになる直前で抑制している。

                      だいたい私、もともと短調がむちゃ苦手。
                      これだけ短調続きのチクルスは、ゲッソリするのだが
                      途中の Frühlingstraum とか Das Wirtshaus とか
                      ちょっと温かさを感じてホッとするところの
                      シャーデの声が、あぁ、もう、本当に柔らかくてゾクゾクする。

                      一方、冷たい冬の厳しい孤独の表現は
                      う〜ん、テノール(しかも、ものすごい美声)で
                      時々(意識して)リートにあるまじき声量で歌ってしまうと
                      孤独とか寒さを嘆くのはわかるのだが
                      ある意味「諦観」を感じるよりは
                      どちらかと言えば、運命に対する怒り?のようなものが伝わってくる。

                      テノールがこのチクルスを歌うのは確かに難しい。
                      この孤独と白黒と諦観の世界には
                      できれば深いバスかバリトンの方が向いている。
                      だいたい、このチクルス、ソプラノだって歌えないだろ。
                      ソプラノが歌ったら、ただのヒステリーになってしまう(と思う)

                      持ち前のこの上なく美しいソット・ヴォーチェだけでは
                      チクルス全体が甘くなり過ぎるという判断があったのかもしれない。
                      (そ〜いうのも聴いてみたいような気がするが)
                      ただの「ロマンティック」に溺れずに
                      この悲惨な雰囲気を出すのに
                      ある程度の声量をドラマチックに使う、という方法論だったと思う。

                      フォルテッシモとピアニッシモを目まぐるしく使ったシャーデが
                      最後の Der Leiermann だけ
                      最初から最後まで、一回もフォルテを使わず、歌い上げた。

                      ・・・涙が出ました。

                      シャーデさん、あれはないよ、ルール違反だよ。
                      徹底的にドラマチックに振り回しておいた後
                      最後の Der Leiermann で
                      そこまで透明な諦観の世界観を
                      突然、突きつけられたら
                      心臓にグッサリと冷たい孤独が刺さってくる。

                      ピアニストのマルコルム・マルティヌーが、素晴らしい。
                      「冬の旅」の世界観を
                      シャーデの甘いテノールと対極的に
                      透明な、硬めの、ペダリングほとんどない演奏で

                      シューベルトのリートにおいて
                      声とピアノが対等の立場にあって
                      補いあいながらも独立した音楽を奏でているのがよくわかる。

                      追随するのではなく
                      引き立てながらもピアノの音楽の世界観は
                      しっかり構築されている、という
                      驚くべきピアノだった。

                      プログラムの最初のところに小さな文字で
                      宮廷歌手のミヒャエル・シャーデは
                      このコンサートを弟(か兄)のヨハネス・シャーデの思い出に捧げます
                      と書いてあったので
                      お身内に不幸があったのだろう、きっと。

                      この曲を聴いても
                      あまり死者は喜ばないような気がするが(すみません)
                      シャーデとしては、死を意識した時点で
                      「冬の旅」を歌う、という決心がついたのだろうと推測する。

                      シャーデの甘いテノールに合うチクルスではない。
                      なのに敢えて、このチクルスに挑戦して
                      ドラマチックな世界観に聴衆を溺れさせておいて
                      最後に突然、別世界に連れていったルール破り(笑)には敬意を表す。

                      ものすご〜く正直に言っちゃうと
                      でも、これ1回で勘弁してね
                      レパートリーに入れないでね・・・というのはあるんだけど。

                      たまたま、今日の音楽史の授業で
                      シューベルトが取り上げられて
                      この「冬の旅」の音楽的構成への言及もあったのだが

                      ウィーンに住んでいる利点というのは
                      その気になればシューベルトの生家や死んだ家に
                      市電で数駅で行ける事(笑)

                      当時のリヒテンタール地区は、地理上、ジメジメした地区だったはずで
                      考えてみれば、当時はもちろん電灯も電気も電話もなく
                      市電も車もなく
                      馬車は貴族の乗り物、あるいは遠距離の時の乗り物で
                      日本の江戸時代と同じく、みんな歩いて移動していたと思うのだが
                      地面は汚物で一杯で(これは史実らしいぞ)

                      しかも当時は人はバタバタと死ぬ時代。
                      ちょっと風邪を拗らせたり、怪我して化膿したら、そこで死ぬ。
                      (世界最初の抗生物質は1911年のサルバルサン、1928年のペニシリン)
                      子供が生まれたら母親はバタバタと産褥熱で死ぬ。
                      (院内感染予防のゼンメルヴァイスが院内感染に気がついたのは1847年である)
                      乳幼児死亡率も高い。

                      死というものが、身近にあって
                      電気も電灯もなくて
                      当時のリヒテンタール地区は水はけが悪かった事で有名だし
                      雪が降って、寒くて暗くて
                      メッテルニヒ時代で言論統制があって・・・

                      音楽に歴史を聴いてしまう、というのも
                      不思議な現象だが
                      こと、この苦手な「冬の旅」には
                      当時の世相が反映されているような気がする私に
                      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                      アンコールはなし。
                      天然でサービス精神旺盛なシャーデだから
                      おふざけでアンコール歌って聴衆をノセるかとも思ったけれど
                      さすがに「冬の旅」の後(しかも、あの Der Leiermann の後)では
                      アンコールは無理だわ。

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