アクセル、天国の扉の前で フォルクス・オーパー

日曜日もダブルヘッダーしちゃいました。
時系列で読みたい方は こちら からどうぞ。

下は夜の記事です。

Volkstheater 2016年9月25日 19時〜21時30分

AXEL AN DER HIMMELSTÜR
Musikalisches Lustspiel von Paul Morgan und Adolf Schütz
Gesangstexte von Hans Weigel
Musik von Ralph Benatsuky

指揮 Lorenz C. Aichner
演出 Peter Lund
舞台 Sam Madwar
ビデオ Andreas Ivancsics
衣装 Daria Kornysheva
振付 Andrea Heil

グローリア・ミルス Bettina Mönch
アクセル・スウィフト Andreas Bieber
ジェッシー Juliette Khalil *
テオドール Peter Lesiak *
スコット / 裁判官 Kurt Schreibmayer
刑事モートン Wolfgang Gratschmaier
ハリウッドのスタッフたち
Stefan Bischoff, Jakob Semotan, Oliver Liebl, Roman Martin
プリンス・ティノ・タティーノ Maximilian Klakow

先日プレミエを迎えたばかりの作品だが
友人が「かなり良い」と言うので
直前割引50%狙って行って来た
(あくまでもケチ(笑))

ベナツキーのオペレッタ・・・とは言え
歌手はマイク付けていて
ほとんどミュージカル仕様と聞いて
薦められたから行って退屈だったらどうしよう、と
ちょっと心配だったのだが

いやいやいや
チケット売れてなくてガラガラだけど
これ、観に行く価値ありです(断言)

特殊メイクでギョッとさせたルナ夫人と同じ演出家なので
今回も、舞台はすべて完全な白黒になっていて
登場人物のメイクもすべて白塗り。
衣装もすべて白黒で
背景も全部白黒という徹底振り。

ご興味のある方はフォルクス・オーパーのサイトに
ビデオが載っているのでご覧あれ。
ここの左の Video Samples のところをクリック。
あら白黒だわ、と思うかもしれないが
これ、白黒で撮ってません。これが本当に舞台のそのままなのだ。

その背景が素晴らしかった!!!!!
以前観てショックを受けた
ベルリンのコーミッシェ・オーパーの魔笛ほどではないが
(忘れた方は こちら をどうぞ。クリップも張ってあります)
前半がすべて背景をビデオにして
これがもう、むちゃくちゃ素晴らしい ♡

最初はハリウッドの映画っぽいモノになっていて
もちろん白黒でしかもサイレントで(爆笑)
タイトルが「縛られた手」と言うのが
後で活きてくる。
大時代的な映画が途中で途切れると
ああ、もう、あの女優とはやっていけない、というスタッフが登場。

このスタッフの男性メンバーが実に優秀。
歌って踊れてコミカルで演技が出来て素晴らしい。

背景は女優のオフィスになったり
アクセルが帰るところなんか
自転車で背景がどんどん変わった上に
アクセルが自転車でジェットコースターの大回転みたいになる。
(途中で人物とフィルムが入れ替わるのが実に巧い)

登場人物の影も背景と同一化してしまうし
出演者が壁に描いている線がどんどん増殖して背景になるし
いや、これ、すごく楽しいわ ♡

ハリウッドの大スター役のベッティーナ・メンヒは
いったい何処でこんな大柄な女性を見つけて来たの?
という位、上背があって、華があってパッと目立つ人。

ローナッハーでエヴィータで出演するみたい。
エヴィータ行こうとは思っていなかったんだけど
彼女が出るなら適役だろうし、ちょっと観てみたい・・・
(カレンダーにもう空きがないけどどうしよう・・・)

アクセル役のアンドレアス・ビーバーは
マインツ出身のミュージカル役者で
確かに踊れて演技は出来るんだけど

見た目がちょっと・・・(すみません好みの問題で)
特殊メイクのせいもあるのはわかるが
顔が長くて、しかもオデコのシワがかなり酷くて
(調べてみたら49歳・・・)
声は若々しいし
完全にミュージカルの歌い方だから
ドイツ語のディクションはしっかりしていて聞きやすいけれど
恋仲になるグローリア・ミルスとの見た目のバランスがチグハグ。

ジェシーは本日この役のデビューのジュリエッテ・クハリルで
2007年まで児童コーラスのメンバーだったというので
この人はまだ若いし、かなり小柄でキュート。

テオドール役のペーター・レシアクはケルンテン出身のオーストリア人で
この人もパーフォーミング・アーツ・スタジオ出身だが
トボケた演技が巧くて、なかなか見せて
ジュリエットとテオドールのカップリングは自然に見えた。

筋は荒唐無稽ながら
ちょっとミステリーっぽい要素もあって
音楽はテンポ速めのノリノリで気持ち良い。

音楽的にむちゃくちゃ面白いというものではないが
ベナツキーらしい親しみ易いメロディ満載。

幕の降りた後に
またもや全員登場人物が
筋のおさらいをしてくれるのは良いアイデア。
(しかもこれが高速映画見てるみたいでまた笑えるのである)

しかしこの演目
かなりポスターでも宣伝していたのだが
初演もまだそんなに過去じゃないのに
こんなに席がガラガラに空いていて良いんだろうか(良くない)

上演はドイツ語だが
上にちゃんと英語の字幕も付いている
・・・けど、地元の人しか来てないような感じだなぁ。

舞台装置が(ハリウッドの無声映画に倣って)白黒はわかるけれど
登場人物の衣装とか、顔と身体まで
白塗りする必要があったのか(コストかかってるだろうし)
ちょっと疑問に思った私に(アホですどうせ)
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



実は余計な事ではあるんだけど
アクセル役のビーバーって
ちょっと見た目が女性のズボン役に見えるんですが
ご本人の私生活もそちらの方です。

ウィーン・フィル + ズービン・メータ 2回目

Musikverein Großer Saal 2016年9月25日 11時〜13時

Wiener Philharmoniker
指揮 Zubin Mehta
ピアノ Rudolf Buchbinder

Johannes Brahms (1833-1897)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll, op. 15
Claude Debussy (1862-1918)
 La Mer. Trois Esquisses symphoniques
Maurice Ravel (1875-1937)
 La Valse. Poème chorèographique pour orchestre

ウィーン・フィルの日曜日定期。
照明は入ったままで
ついでにライブのラジオ放送もあった模様。

オン・デマンドでオーストリア国営放送1番で
1週間は聴けるようなので
入ってみたら

あらま、前半のブラームスのピアノ協奏曲1番は
ラジオで放映してない。
照明入れて収録したから
ラジオで無料で聴かせてはくれないのね、ちぇっ。

ブラームスのピアノ協奏曲1番で
土曜日に大音響で気になったティンパニが
今日は、確かに大音響ではあったけれど
弦の音量とのバランスが良くなっていた(ような気がする)ので
録音になったら、どんな感じか確かめたかったのだが
録音で聴きたければ DVD か CD を買いなさいってか(笑)

という訳で
今日の出だしは昨日よりバランス良く
メータがオーケストラを鳴らす事鳴らす事・・・
オーケストラの近くで聴いていると
最初のあのピアノなしのフルオーケストラで
耳が痛くなる位。

ひたすらドラマティックなのだが
昨日書いた通り
若いクララに対する情熱ほとばしるという感じじゃなくて
まぁ、その意味では、すごく激情的なのだが
やっぱり年配の海千山千(すみません)の
賢さに基づいた年輪を重ねた後に残った情熱が
先に出てしまっている感じかなぁ。

でも、第1楽章のカデンツァ後の弦が入ってくるところとか
第2楽章の美しさなんかは特筆ものだな。

たぶん、会場で本当に聴いている音響と
録音した音響は全く違うので(断言)
これ、もし DVD なり CD なりが世に出るなら
ちょっとそれも聴いてみたい。

後半のドビュッシーの「海」と
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」も

メータがむちゃくちゃオーケストラを鳴らすんです(笑)
(ブラームスでも同じ)

もともと、この「海」、あまり好きな曲じゃないので(ごめんなさい)
各パートの解像度は高いし
管が巧いなぁ、とは思うが。

ただ、実は今、この記事書きながら
ラジオのオン・デマンドを聴いていると

録音での聴こえ方って
こんなに違うんですね(驚愕)

不要な残響がカットされているようで
会場で聴いている時には
ちょっと神経に触りかけた第1バイオリンの高音も
録音だと、なんかすごくキレイに響いてくるんだけど。

しかもドラマチックなところはそのままで
ツィッター仲間が書いていた通り
ドビュッシーというよりワーグナー風味か。

どちらにせよ、「海」というイメージはないし
ドビュッシーらしいパステル色の色彩というよりは
厚塗りのバロック絵画の趣があって
これは録音でもあまり印象は変わらない。

最後のオーケストラの大音響での爆発も
録音では実に見事に聴こえてくるけれど
会場であのシンバル聴いた時には
耳を塞ぎたかったです(笑)

かのごとく、ナマと録音は違う・・・けれど
どちらが良いというものではないので
ナマが絶対とか言う気はない。

最後のラ・ヴァルス。
これだけは、オン・デマンドの録音では聴きたくない。

ポルタメントたっぷり
ウィーン情緒たっぷり
信じられない位のウインナー・ワルツを
甘く美しく
悪く言えばほとんど通俗的にたっぷり聴かせてくれた後に
不穏な空気が、どんどん甘さを覆い隠していって
最後は戦争で銃殺だもん(勝手な解釈)

それまでの古き良き時代の甘さとの差が
あまりにあり過ぎて
ホロコーストでコワイ。怖すぎるこれ。
キミたち、今の見せかけの平和に溺れてちゃいかんよ
いつ戦争が始まるかわからんぞ、とか
脅されているような気がする(勝手な解釈)

昨日にも増してゾッとしてしまい
自宅に帰る車に乗ってからも
運転前に神経鎮めないと・・・という状態と化した。

私が感じた恐怖感を
指揮者やオーケストラや作曲家が意図していたかどうかは
全くわからないけれど
(深読みかもしれないし)
ただ、このメータの「ラ・ヴァルス」は
私には非常に非常に非常に怖かった。
(特に曲が正にウィーン風に演奏されているだけに
 オーストリア社会のあり方に対しての警鐘というか
 まぁ、本当にそこまで感じてしまうとモロに深読みだけど)

日本でも演奏される曲みたいだし
日本の聴衆がどう感じるかは私には予想がつかないけれど

今までのラ・ヴァルスとは
一味違う「ラ・ヴァルス」である事は間違いない。

昨日書いた通り
明日のソワレはチェックしていなかったので行きません。
(実は違う催物のチケットを・・・(汗))
ブルックナーの7番、う〜ん、何かすごく聴きたい気もするけど
取ってあるチケットも、もったいないし
ウィーン・フィルのソワレ公演だからチケットないだろうし

と、何となくまだグズグズと悩んでいる私に
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今日の朝も早起きして
チケット買うぞ、と張り切って買おうとしたとたん
その日に別の催物のチケットを持っていた事に気がついて
慌てて焦った(ボケの始まりか?)

サシャ・ワルツ 「サクレ」

土曜日のダブル・ヘッダーです。
時系列で読みたい方は、まず こちら からどうぞ。

下は夜の部の記事。

Festspielhaus St. Pölten Großer Saal 2016年9月24日 19時30分〜21時20分

Sasha Waltz “Sacre”

L’Après-midi d’un faune
演出・振付 Sasha Waltz
舞台・衣装 GIOM / Guilaume Bruère
照明 Martin Hauk
ダンサー
Jiří Bartovanec, Davide Camplani, Luc Dunberry, Maya Gomez,
Juan Kruz Diaz de Garaio Esnaola, Virgis Puodziunas, Sasa Queliz,
Zaratiana Randrianantenaina, Mata Sakka, Yeal Schnell
Joel Suárez Gómez

“Syrinx” für Flöte solo von Claude Debussy
フルート Walter Schober

Scène d’amour
zur dramatischen Sinfonie “Scène d’amour” aus “Roméo et Juliette”
von Hector Berlioz
演出・振付 Sasha Waltz
衣装 Bernd Skodzig
照明 David Finn
ダンサー Lorena Justribó Manion, Ygal Tsur

Sacre
zur Ballettmusik “Le Sacre du Pringemps” von Igor Strawinski
演出・振付 Sasha Waltz
衣装 Bernd Skodzig
舞台 Pia Maier Schriever, Sasha Waltz
照明 Thilo Reuther
ダンサー
Liza Alpízar Aguilar, Blenard Azizaj, Jiří Bartovanec, Davide Camplani,
Maria Marta Colusi, Davide Di Pretoro, Luc Dunberry, Maya Gomez,
Florencia Lamarca, Elia Lopez, Lorena Justribó Manion,
Margaux Marielle-Tréhoüart, Sergiu Matis, Michal Mualem,
Juan Kruz Diaz de Garaio Esnaola, Virgis Puodziunas,
Sasa Queliz, Zaratiana Randrianantenaina, Orlando Rodoriguez,
Mata Sakka, Indalecio Seura, Korey Scott-Gilbert,
Claudia de Serpa Soares, Juel Suárez Gómez, Antonis Vais
Rahel Satchi Queliz, Luca Rudnitzky

オーケストラ Tonkünstler-Orchester Niederösterreich
指揮 Titus Engel

バレエとダンス・ファンは
ベルリン国立バレエのナッチョ・ドゥアトの後継者として
賛否両論を巻き起こしているサシャ・ワルツは
よくご存知だと思う。

プログラム読んでいたら
昨年もオープニングにサシャ・ワルツが来たという記述があって
ああああ、あのクセナキスのダンス観たのは
もう1年前だったのか・・・
(読者はお忘れと思うので(本人も忘れてたし)
 よほどおヒマのある方は、1回目 と 2回目があります)


ついでにモダン・ダンスのオタク向け
サシャ・ワルツの Körper 観賞記は こちら

今回の公演は本日1回だけ。
プログラム記載のインタビューでは
最初にベルリオーズをやって
それからドビュッシーの牧神の午後で
休憩の後、ストラヴィンスキーの春の祭典となっていたが

最初にドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」
ドビュッシーのフルート・ソロ曲の間に
舞台変換があって
ベルリオーズの「ロメオとジュリア」からの愛のシーン
後半に「春の祭典」となっていた。

牧神の午後への前奏曲のバレエは
フォルクス・オーパーで5回観たのは
ボリス・ネビュラの振付だったが

サシャ・ワルツの振付は全く違う。
ダンサーが多くて
誰が牧神なんだか、さっぱりわからん。
いや、別に誰が牧神でも
誰が牧神が惚れる妖精でも良いのかもしれない。

第一、妖精なんて、何処かに居た???

出てくるのは童話でもなく
衣装も普通の Tシャツみたいなもので
(ダンサーの一人は Tシャツの後ろに
 でっかく数字の4が描いてあったけど何だったのあれ)

グループがまとまったり、離れたり
その中で仲間はずれにされる人が居たり
虐められる人が居たり
恋人同士がイチャイチャしていたり

牧神と妖精じゃなくて
これ、グループ・ダイナミック方式か。

同じくプログラムに記載されたインタビューでは
本日の公演のテーマは「犠牲」とか言っていたから

この牧神の午後への前奏曲も
現代社会における個人の疎外とかの問題を扱っているのかも。

ベルリオーズの音楽への振付は
題名が示す通り
愛のパ・ド・ドゥで
実にクラシック。

モダンで裸足で踊っていて
凄いリフトもあるのだけれど
モダンの技法を使っていながら
驚く程、とことんクラシックで

これならクラシックのパ・ド・ドゥの方が・・・
という事でちょっと退屈して眠くなった(自爆)

後半の「春の祭典」
同じくインタビューによれば
爆発的なエネルギーの中に
静かな落ち着いた部分もあり

「犠牲」はダンサーと一緒に振付をしている間に
自然に決まった、との事だったが

それって、どういう決まり方だったんだろう?
「お前が犠牲者だ」
「あれ〜、いや〜っ、皆さん、助けて!」
でみんなも、ダメだ、お前が犠牲なのだと叫んで
いや〜っ、いや〜っ、いや〜っ(妄想爆走)

それとも
「私が犠牲の役になるわ」
「いや、私がその役を踊るわ」
「あら、ずるい、犠牲の役は私が踊るに決まってるじゃない」
「貴女になんか踊らせるものですか、これは私の役よ」
というのを、数人のダンサーが喧々諤々としていたんだろうか。

どうでも良い事に妄想を逞しくしてしまった(汗)

この「春の祭典」では
子供2名を含む26名だか27名だかのダンサーが舞台に登場する。

牧神の午後への前奏曲と同じように
このダンサーたちが、あちこちで小グループを結成したり
そこから出てしまう人、出される人たちが
また新しいグループを作って、というのが
最初に繰り返される。

これ、現代社会のグループ・ダイナミックスか?

第2部では、子供も2人登場して
すごい数のダンサーが舞台を飛び跳ねているところに
お母さん役?のダンサーに引き摺られて
あっちへ行ったりこっちに来たり

どう見ても
現代の難民問題を扱っているように見えてしまう。

ブループ・ダイナミックがあまりに前面に出ているせいか
ストラヴィンスキーの音楽にある(べき)
土臭いロシアの伝統とか
春を待ちこがれる凍り付いた冬とか
春を呼ぶ乙女の犠牲とか
その乙女が放つ、とんでもないセクシャルなエネルギーとか
全然感じない。

その代わり、非常に現代的な社会からの疎外とか
孤立とか、難民問題とかを感じるので
言ってみれば、非常に「社会的」なドラマを感じる。

う〜ん、さすがベルリン。
前衛的な試み一杯なんだけど
社会問題を目一杯取り入れてます、という印象。

誰が犠牲なのか
ほとんど最後の最後までわからないのだが
(途中で色の違う衣装を着るダンサーがいて
 あ、犠牲はこの人あのね、と予想はつくが)

最後の最後で
この犠牲(女性)が
見守るクー・クックス・クランみたいな集団の前で
上を脱ぎ、下も脱ぎ
完全な全裸で
激しい激しいダンスを繰り広げる。

ジュテみたいなのもあったので
舞台に近い人からは
全部が丸見えだったんだろうなぁ(ほらまたあらぬ事を考えてしまう)

オーケストラ・ピットは満杯の状態。
いやまぁ、よくぞ1回だけのために全員集まったものだ(笑)

トーンキュンストラーとオロスコ・エストラーダの
「春の祭典」の衝撃的なコンサートは
今でも私の記憶にあるけれど

ええ、確かにダンスですから
別にコンサートじゃありませんから
ソロもそこそこちゃんと演奏していたし
爆発するところは、しっかり大音響で爆発していたけれど

だから演奏が悪いとか言う訳ではないが
どうも何か、エッジが鈍い感じがして仕方がない。
あの難曲をあれだけの水準で演奏できれば
たいしたモノだとは思うけど
でも、もうちょっと引き締まった緊張のある演奏が欲しかったなぁ。
(いや、これも主観の問題です)

しかしサシャ・ワルツの作品って
歴史みたいなモノを完全に無視して
あくまでも現代社会における問題点という視点が強い。
どこからどう見ても、ベルリンだなぁ、というか
ドイツだよねぇ、という印象。

とんがっていて、社会的で
問題提起型で
芸術というより、青少年の主張大会とか
現代社会における問題点のドキュメンタリーでも見てるような気がする。

本日も公演の後に
ディスカッションへのお誘いがあったのだが
明日の朝もチケット取りがあるので
夜の高速道路を飛ばして帰って来た私に
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ウィーン・フィル + ズービン・メータ

Musikverein Großer Saal 2016年9月24日 15時30分〜17時30分

Wiener Philharmoniker
指揮 Zubin Mehta
ピアノ Rudolf Buchbinder

Johannes Brahms (1833-1897)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 d-Moll, op. 15
Claude Debussy (1862-1918)
 La Mer. Trois Esquisses symphoniques
Maurice Ravel (1875-1937)
 La Valse. Poème chorèographique pour orchestre

そうか、これ日本公演でやるプログラムだったのね、と
今になって気がつくアホな私。

よく見れば、月曜日にはソワレで
ブルックナーの7番だ。
(でも私は行きません(ごめんなさい)
 ウィーン・フィルとメータでブルックナー7番って
 聴く前から想像できてしまう)

本日の楽友協会
昨日から照明と録音機材が入っていて
どれを収録するんだろう?と思っていたら
どうも本日のコンサートを収録したみたい。

ブッフビンダーとウィーン・フィルの
ブラームスのピアノ協奏曲って
以前、収録していたような記憶があるのだが
何でまた、今回も録画・録音するんだろう???

まぁ、それはともかくとして
ウィーン・フィルにメータとブッフビンダーの
ブラームス、ピアノ協奏曲1番となったら
これは鉄板だろう。

と思っていたら
ううううう、私の席が悪いのかもしれないが
最初からティンパニの音が大き過ぎて
弦が掻き消されそうになってるし(涙)

ティンパニ、むちゃくちゃ表情があって
すごいニュアンスでステキなんだけど
座席に振動がくる位、ともかく音量デカ過ぎ。

で、確かに鉄板だし
オーケストラ巧いし
ピアノ凄いし
圧巻で圧倒的な迫力なんだけど

演奏者の年輪がなせる技か
ブラームスのクララに対する情熱というか
やりきれなさというか
若い初々しい部分が、すっかり抜け落ちて

もう純粋に音楽として、スゴイ、という印象。
感情がない、というのではないけれど
後年のブラームスのような
厚みのある落ち着きの方が感じられてしまう。
(まぁ、主観の問題です。
 それに舞台見えないから
 老人2人が何かやってる、とか言う視覚的なイメージはない)

明日聴いたら、また印象変わるだろうきっと。
何せ感受性ゼロなので(すみません)

後半のドビュッシーの「海」
昨日も聴いて、絢爛豪華とか言ったけれど

う〜ん、ウィーン・フィルという楽器と
メータで、このフランス物を取り上げる必要があったのか?

この曲、どうやっても
ウィーン・フィルの芳醇な弦の良さが浮き立つ作品じゃないし。

ただ、金管・木管がとても良い ♡
特に金管の音の柔らかさは素晴らしい。
つい数年前まで
こと、管に関しては
ウィーン・フィルよりウィーン交響楽団の方が巧かったのに
最近、ウィーン・フィルの管って
どんどん良くなっていると思う。

ウチの巧い金管・木管を堪能して下さい、という意味なら
まぁ、ドビュッシーの「海」は最適な作品なのかもしれないが。

昨日の印象とはまたちょっと違って
オーケストラの厚みは、それ程感じられず
非常に繊細で丁寧な造りだけど
やっぱりフランスのオーケストラにあるような
ある種の、空気に溶ける「軽さ」には欠ける。
が、まぁ、これも主観だし、好みの問題です。

ただ、最後のラヴェルの「ラ・ヴァルス」には
度肝を抜かれた。

つい最近
パリ国立歌劇場管弦楽団とフィリップ・ジョルダンで
アンコールとして演奏された曲だが
(忘れた方は こちら をどうぞ)


ちょっと待て(汗)
ウィーン・フィルとメータの「ラ・ヴァルス」
何ですかこれは

だってだってだって
あれ、本当にウインナー・ワルツだったんですねっ!
(何を今さら・・・(自爆))

いや、この曲の私のイメージって
ラヴェルがウインナー・ワルツをおちょくっている、というものだったのだが
今日の演奏聴いて
印象が全く変わってしまった。

おちょくっている、どころか
これ、ラヴェルのウインナー・ワルツへの賛歌・・・
というより、熱いウインナー・ワルツへの愛ではないか・・・

と思わせる程に
中間部が、正にウインナー・ワルツそのもので
あれ、私、ニューイヤー・コンサートにでも来てる?という
あり得ない妄想まで吹き出す状態。

ちょっとこまっしゃくれた
皮肉な色彩と貴族的な上品さと
庶民のちょっとホイリゲっぽい卑俗さが
見事に混在して

これはウィーン・フィル+メータでなければ出せない音だきっと。
とことんウィーンで、とことんワルツで
こんな芸当、フィリップ・ジョルダン逆立ちしてもできないだろう。
(というよりはジョルダンの解釈と全く違う)

ところが、甘く切ないウインナー・ワルツは
どんどん混乱していって

うっ・・・
最後のあのドドドン、という部分って
もしかしたら
戦争の銃撃戦ですか。

銃撃か軍隊の行進かわからないけれど
突然に古き良き伝統が
戦争によって終了してしまう、という
あらぬ妄想がわき上がってしまい

最後のあの部分で
深い恐怖を感じてしまう「ラ・ヴァルス」なんて
初めて聴いた。

メータがそういう意図を持っていたかどうかは不明だけど
あの終わり方はコワイ。

その恐怖に負けず
コンサート後に即出て
車飛ばしてサンクト・ペルテンに行った私に
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ウィーン・フィル + ズービン・メータ

Musikverein Großer Saal 2016年9月23日 19時30分〜21時35分

Wiener Philharmoniker
指揮 Zubin Mehta

Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
 Ouvertüre zur Oper “Don Giovanni”, KV 527
Claude Debussy (1862-1918)
 La Mer, Drei symphonische Skizzen für Orchester
Franz Schubert (1797-1828)
 Symphonie C-Dur, D 944 “Große C-Dur-Symphonie”

明日と明後日のウィーン・フィルの定期は
プログラムが違うので
シューベルトの8番だか9番だかわからん
大ハ長調交響曲が聴けるのはこの日だけ・・・
(モーツァルトのドン・ジョバンニ序曲もこの日だけだが)

オペラ座ではデニスとナターシャという
涎モノの「海賊」を上演していて
後ろ髪を引かれる思いだったのだが
でも、もともとワタシの趣味は
オーケストラ・コンサートだった筈だ(笑)

さて楽友協会のあの豊かな残響に
2ヶ月触れていなかったので
まだ何となく違和感がある。

モーツァルトのドン・ジョバンニ序曲は
まぁ、ウィーン・フィルは手慣れたものだろう。
最初のど〜ん、が意外におとなしく響いた印象だったが
どんどん、どんどん、ドラマチックになっていって
中間部の軽い部分との対比が際立って
うわわわ、この曲、やっぱりコワイわ。

昨日、恐ろしいクラシックとか何とか言う本を読んだせいもあるけれど
ドン・ジョバンニ、嫌いなオペラではないが
(最後まで反省しないドン・ジョバンニに侠気を感じる
 ・・・って、本来のオペラの目的とは違うだろうが)
こうやって序曲だけ聴いても、何とも不気味な音楽ではある。

何の関係もなさそうだが
次にドビュッシーの「海」

ううう、音が厚い・・・
いや、さすがにウィーン・フィルで
巨匠メータだから
繊細な部分はとことん美しいのだが

私、その前にフランスのオーケストラのコンサートを
グラーフェネックで何回か聴いちゃったからな。

あのフランス風の軽さに裏打ちされた
エスプリというか、洒落っ気があまりなくて
真面目にドラマチックで美しいので

荒ぶる海・・・って感じか。
ともかく、とことん劇的で
日本の浮世絵というよりは
ヨーロッパの油絵の、濃い色彩を見ているような印象。

あれだけドラマチックにやられたら
後半のシューベルト、ちょっと胸焼けするかも

と思っていたら
後半のシューベルトの8番だか9番だか
ともかく日本で言うグレート(全然グレートと関係ないが)が
意外に面白くてウィーン風で楽しかったのには吃驚。

グレートなんて通り名がついてしまっているけれど
ドイツ語で言ったら「でっかい方のハ長調」であって
実は短いハ長調もあるので、でっかい、と付けたのに過ぎない(笑)

とは言え、これ英語に訳す時に
ビッグ・ハ長調とかつけたら
誰も聴かなかっただろうし(爆笑)

最初のホルンのユニゾンが美しい ♡
アレがキマらないと間抜けに聴こえる曲なので
キマったユニゾンでもうハートがドキドキ状態。

ゆったり目のテンポで歌わせるシューベルトの
長い第一楽章の繰り返しが
全然退屈じゃなくて
時に劇的で嵐のごとく
時に限りなく優しく

ああああ、シューベルトだわ。
ホントに本能の趣くままに
流れ出る旋律をそのまま音符にしてしまったような
不思議な転調もたくさんあって

シューベルトって私にとっては
計算のできない作曲家というイメージで
理論的構築とか何にも考えずに
そのまま感情を音楽と化して提示しているように思える。

第2楽章のオーボエが
如何にもウィーンらしい旋律のソロ。

後で見たのだが
木管のソリストたちが
いつもの位置ではなく
指揮者をぐるっと取り囲むように座っていて
その後ろに弦楽器が入るという方式。

(いつも舞台が見えない席なので
 オーケストラの並びはあまり意識していないけれど)

木管のソロの響きが
弦に埋もれず、何とも美しい響きで
バランス良くホールに広がっていく。
おおお、これは良いアイデアではないか(と思った)

この木管の並びが第3楽章でも効果的で
木管と金管、弦のバランスの良さに唸ってしまう。

疾走する最終楽章の繰り返しも
ここら辺になると、もう聴いてる方も
魔法がかかったような気分になってきて
確かに天国というか
溢れ出るメロディに翻弄されると言うか・・・

いやシューベルトって実はちょっと苦手で
何か非常に気難しい取っ付き難い
しかも衝動的な躁鬱病という
良く言えば複雑な音楽ではあるのだが
(シューベルト・ファンの皆さま、ごめんなさい)

しかもこの曲、時々、むっちゃ退屈になる時があるのだが
(演奏による)
今日は最初から最後まで
あっという間に終わってしまった、という感じだった。

ドラマチックではあるのだけれど
抑制が効いていて
やっぱり上品に仕上がっているのは
貴族的なウィーン・フィルの音色の伝統もあるんだろうきっと。

デニスとナターシャが見られなかったのは
非常に心残りではあるのだが
このシューベルト聴けたのは
とっても満足 ♡

明日の定期は最後がラヴェルのラ・ヴァルス。
この間、フランスのオーケストラとジョルダンで
(アンコールで(笑))聴いたばかり。
ズービン・メータの指揮だと
また違って響きそうで楽しみ。

しかしウィーンって
シーズンが始まると
突然、身体が2つか3つ欲しい、という状態になるのは
本当に何とかしてくれ、と
真面目に悩んでしまう私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



ついこの間まで夏で
野外で汗拭きながらコンサート聴いていたのに
本日の朝、ウィーンの温度は10℃を切りました。
これから、あっという間に冬が来る・・・・(冷汗)

「海賊」国立バレエ 5回目

Wiener Staatsballett 2016年9月20日 19時〜21時40分

LE CORSAILRE
Ballett in drei Akten
振付 Manuel Legris
舞台・衣装 Luisa Spinatelli
照明 Marion Hewlett
ドラマツルギー Manuel Legris, Jean-François Vazelle
音楽 Adolphe Adam u.a. ausgewählt von Manuel Legris und
zusammengestellt von Igor Zapravdin
指揮 Valery Ovsianikov

Conrad : Robert Gubdullin
Médura : Liudmila Konovalova
Gulnare : Nina Tonoli
Lanquedem : Mihail Sosnovschi
Birbanto : Davide Dato
Zulméa : Alice Firenze
Seyd Pascha : Alexis Forabosco
Drei Odalisken : Nikisha Fogo, Natascha Mair, Anita Manolova

いや、何かもっと見ていたような気がするのだが
先シーズンの千秋楽が4月2日で、それが4回目なので
今回が5回目の鑑賞。

この演目、デニスがコンラートを踊ると
ジャンプの切れ味が良くてウハウハなのだが
デニスの出演する日が
ウィーン・フィルだの、リッカルド・ムーティだのに
ピッタリ重なる。
(あぁ、もうこういうのって贅沢な悩みだけど
 鑑賞する側から言ったら、勘弁してくれってところ・・・
 残念ながら今シーズンはデニスのコンラートは諦めます(涙))

ローベルトのコンラートは
先シーズンで通算3回観ているけれど
いや、ローベルト巧いですよ。

でも、あのダンサー、踊りが優雅過ぎて
どう見たって海賊のマッチョな荒々しさがなくて
子供の頃、海賊に攫われた
どこかの貴族のお坊ちゃんにしか見えません。

でも、今回はジャンプはかなり高かった。
一生懸命、必死に第一幕から飛びまくって
もう、必死なのが見えて
大変ですね、とか声をかけたくなった位。

加えてビルバントがダヴィデだからな。
ダヴィデの切れ味の鋭い
ものすごい速度でのピルエットやジャンプが
やっぱりウケまくるので
ローベルトにはちょっとかわいそう。

持っている才能が違うから
比べるのも本当は正しくないのだが。

メドゥーラはリュドミラが踊った。
リュドミラの華やかさや
技術の確かさには舌を巻く。

ほら見て、ワタシ、美しいでしょ?というオーラが
華やかに舞台から観客席まで飛びまくる。

本当に美しい ♡
しかも、ポーズの一つ一つがバッチリキマって
何であのポーズであんなに静止できるのよ、という
見事な見せ方に加えて

しっかり軸の通った見事なピルエットの連続が
(リュドミラ、巧いんですよ、テクニックあるから)
もう目を見張るほど魅了される。

でもまぁ
コンラートとメドゥーラのラブ・ストーリーの筈だけど
あまりそのあの、ラブ・ストーリーと言う感じじゃないわね(笑)

海賊そのものが
ストーリーのあるバレエとは言え
マイヤーリンクとか、マノンとか
ロメオとジュリエットみたいに
ストーリーそのものに心を持って行かれるような話ではなく

まぁ、ハーレムとか今でもあるのかもしれないし
人身売買もあるのだろうし
海賊だって存在するのだろうが
我々が暮らしているこの社会から見れば
荒唐無稽なおとぎ話にしか見えないからな。

バレエのテクニックを堪能するには最高だが。
ルグリ監督の振付は
最初から高度なクラシック・バレエのテクニック満載だし。

ニナ(トノリ)のギュリナーラが可憐 ♡
本当にキュートでいじらしくて
パシャの愛人になった後のシーンで
パシャに甘えるところなんか
こちらも胸キュン。

あんなに可愛くおねだりされたら
パシャならずとも
何でもやってあげたくなっちゃうわ。

ニナ(トノリ)のテクニックも抜群で
本当に癖のない、基本に忠実で危なげないパで
あっという間にソロ・ダンサーに昇格したのも頷ける。

キリルの引退後の奴隷商人は
ミハイルが踊ったけれど

ミハイルのあの膝の柔らかさってスゴイわ。
ジャンプの着地のプリエが本当にキレイ。
演技も巧いし
(まぁ、振付そのものがちょっと時代がかってますが)
ソロも華やかで力強くて
これはマッチョな奴隷商人にはピッタリ。

オダリスクのニキーシャが素晴らしかった。
このダンサーもテクニックが完璧で
安定した力強いダンスで魅了する。

もちろんナターシャも悶絶モノのキュートさ ♡
ああ、ナターシャ、私、あなたのファンです ♡♡♡
舞台に出てくるたびにハートを鷲掴みにされる。

デニスの回に行けないのが
本当に本当に本当に残念だし
加えて最終日にナターシャがギュリナーラで
ゲスト・ダンサーがコンラートを踊る日は
ウィーン交響楽団+ティチアーティという(チケット持ってます)

ああ、もう、シーズン始まったとたんに
身体が2つ(以上)欲しいという状態になって
悶々としている私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


マリイインスキー管弦楽団 + ゲルギエフ

Konzerthaus Gro�・er Saal 2016年9月18日 19時30分〜21時40分

Zu Ehren des 125. Geburtstags von Sergej Prokofjew
Mariinsky Orchestra
ピアノ Denis Matsuev
指揮 Valery Gergiev

Sergej Prokofjew (1891-1953)

Symphonie Nr. 1 D-Dur op. 25
 “Symphonie classique” (1916-17)
Konzert f�・r Klavier und Orchester Nr. 2 g-moll op. 16 (1912-13/1923)
Aus “Romeo und Julia”. Ballett op. 64 a & b (1935-36)
  Montagues und Capulets
  Pater Lorenzo
  Masken
  Romeo an Julias Grabe
  Tybalts Tod

楽友協会の夜のコンサートは
バイエルン国立管弦楽団とキリル・ペトレンコという
豪華客演だったのだが

楽友協会のチケットは高いので
貧乏人の私は(笑)コンツェルトハウスの貧民席へ。
(註 楽友協会の一番安いチケット26ユーロ。
   コンツェルトハウスは会員割引有効で18ユーロ50セント)

グラーフェネックでも聴いた
マリイインスキー・オーケストラとゲルギエフが
プロコフィエフの生誕125周年特別コンサート ♡

午前中にパリ国立歌劇場管弦楽団で聴いた記憶の新しい
プロコフィエフの交響曲1番から(笑)

今度は天井桟敷から舞台が(少し)見える。
あらららら
オーケストラの編成、やっぱり大きいわ。
コントラバスだけで6人もいる。

冷汗・・・この曲ってフル・オーケストラだったのね?!

楽友協会ホールとコンツェルトハウスの大ホールでは
当然、音の響き方が全く違う。

それを考えに入れるとしても
マリイインスキー+ゲルギエフの方が
オーケストラの音に無駄な厚みがない。

軽やかで力んだところがなくて
テンポはジョルダンより少し遅め(例外 最終楽章)

ちょっとしたタメも入って
何かこの古典交響曲、すごくユーモアっぽいというか
ローカル色豊かというか

パリ国立歌劇場管弦楽団+ジョルダンが
とことん洗練された
時々、豊か過ぎるような残響の中で
ちょっと鼻につくくらい巧い演奏をしたのに対して

マリイインスキー+ゲルギエフは
ちょっと田舎風味のロシアの泥臭さも残しながら
ローカルな雰囲気で楽しく聴かせてくれた。

う〜ん、同じ曲なんだよね。
しかも、編成もたぶん同じような編成なんだけど
ホールの音響の違いで、これだけ違うのか・・・

コンツェルトハウスのデッドな音響の方が
私の中の古典交響曲にピッタリ合ってたなぁ。

で、プロコフィエフのピアノ協奏曲だが
私は3番の方が好き(だって楽しいんだもん)とか言っても
プログラムに載っているのは
あの辛気臭い、暗くてメランコリックな2番・・・

ピアニストはデニス・マツーエフ。

すみません、腰が抜けました(汗)

暗くてメランコリックで
ロシアっぽい複雑さのある2番なのだが
第1楽章のカデンツァで、もう目がテンになったまま固定。

オーケストラ要らんだろ?

いや、マリイインスキー・オーケストラ好きですよ。
あのライオンみたいな爆発頭のコンマス、すごく好きだけど(笑)
マツーエフの、あの暴力的とも言える程の
エネルギーの爆発と
ピアノという楽器の音色とは思えない程の
色彩感と音色の多様さに
もうクラクラ来てしまって

そこから先は
辛気臭いだの何だの、全く気にならなくなった(爆笑)

だからと言って
派手なテクニックで圧倒するだけかと言うと
如何にもロシアの複雑な根暗さが見え隠れしているし
プロコフィエフの持っている
深い複雑性が浮き彫りになっていて

何て落ち込む曲なんだ、このピアノ協奏曲2番は・・・
あのマツーエフのエネルギーに満ちた演奏で
多少なりとも、曲の力強さを感じて救われるものの

プロコフィエフのピアノ技術って
本当に常人を超えたところにあって
それが、こんなにエネルギッシュに演奏されると
聴いている方は、その暗いメランコリックな複雑性に翻弄されるばかり。

マツーエフの熱狂的ファンもいたようで
花束が差し出されたのだが
一つ目はすぐに第一バイオリンの女性に渡し
二つ目は第二バイオリンの女性に差し出し
おおおおい、まぁ、貰った物をどうしようが勝手だけど
三つ目は誰にも渡せず(オーケストラの首席級に女性が2人しかいなかった)
持って楽屋に帰ったというのも、ちょっと笑える。

アンコール、一曲目は高音ばかり使ったチャーミングな曲で
あああああっ、これは、まるでオルゴール ♡
ちょっと懐かしいような可愛らしいメロディがステキ。

鳴り止まぬ拍手で演奏した2曲目が
これまた、ともかく凄い音を出して
まるで一人オーケストラ(笑)
(オーケストラのメンバーも目を剥いてたもん)

後半はご存知ロメオとジュリア。
このオーケストラもオペラ座のオーケストラだし
当然、バレエの音楽も演奏しているだろうから
お手のものだろう。

多少アンサンブル的に荒い部分はあったけれど
(どうせブラック企業だから、そんなにリハしてないと思う)
やっぱり巧いなぁ。

ロメオとジュリアのコンサート式演奏には
滅多にやらないロレンツォ神父のシーンがあって
木管・金管の名人芸が素晴らしい。

ロメオがジュリアの(仮)死体と踊るシーンの
涙を絞るような悲鳴のような
ドラマチックなシーンの演奏で胸一杯。
(バレエ好きなので、やっぱりこれ聴くとシーンが浮かぶ)

で、何故だかワタシには理解できないのだが
最後はティーボルトの死で終わるんだよね・・・
(順番が違う!!!)
やっぱり音楽的に派手だからかなぁ。

あの音楽を聴くと
エノかキリルが倒れて
倒れたまま飛んで、絶命のシーンをしっかり見せた後に
ダグマーが出て来て
絶妙な演技で息子の死を嘆く印象的な舞台が
目の前に彷彿とする。

ゲルギエフは今回も指揮棒なし。
ついでに指揮台もなしで
(背が高いから見えるんでしょうねきっと)
何故か譜面台はあるんだけど
スコア捲っている様子もなし(笑)

舞台から遠かったんだけど
古典協奏曲では時々唸り声も聞こえてた。

アンコールが・・・
う〜ん、あれ、聴いた事があるけれど
確かヴェルディか何かじゃなかったっけ・・・
プロコフィエフではないと思うのだが
プロコフィエフの生誕125年記念コンサートのアンコールで
あれ演奏しちゃって良いんでしょうか?
(それとも、あれもプロコフィエフか?
 でもメロディ・ラインから言ったら絶対に違う)

コンツェルトハウスのサイトに
アンコール記載が出て来るような事があったら
また報告します。
(たぶん、割に有名な曲だとは思うのだが
 イタリア・オペラ苦手なので・・・(言い訳))

チケットの安さに惹かれて
コンツェルトハウスに行ったけれど
でも行って良かった ♡

辛気くさいとか言って嫌ってたけど
プロコフィエフのピアノ協奏曲2番も良かったわ、と
マツーエフのピアノのエネルギーに
バッチリ巻き込まれた私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



友人がスイスから持って来てくれた
マカロンがあまりに美味し過ぎて
真夜中過ぎに悶絶してる・・・

後記 アンコール、案の定、ヴェルディの
「運命の力」序曲・・・聴いた事があった筈だ。
しかし良いのかプロコフィエフのコンサートでヴェルディ・・・(絶句)
マツーエフのアンコールは
リアドフの The Music Box op. 32(オルゴール風味の可愛い曲)と
プロコフィエフのピアノ・ソナタ7番 第3楽章 ・・・すごかったですこれ。

パリ国立歌劇場管弦楽団 + フィリップ・ジョルダン

Musikverein Grosser Saal 2016年9月18日 11時〜13時

Orchestre de l'Opéra national de Paris
指揮 Philippe Jordan
ピアノ Jean-Yves Thibaudet

Sergej Prokofjew (1891-1953)
  Symphonie Nr. 1 D-Dur, op. 25
  "Symphonie classique"
Maurice Ravel (1875-1937)
  Konzert fuer Klavier und Orchester G-Dur
Modest Mussorgskij (1839-1881)
  Bilder einer Ausstellung
  Orchesterfassung von Maurice Ravel

パリ国立歌劇場管弦楽団の客演2日目は
ハンサム2人の競演・・・というのは冗談として(笑)
フィリップ・ジョルダンとジャン=イヴ・ディボーデというイイ男が揃って出演。

それ(だけ)が理由でチケット買ったわけではないが(汗)

最初のプロコフィエフの交響曲1番。
おおおおおおっ、何だか大編成オーケストラの音がする。
古典交響曲って、もっとハイドンっぽい小編成の
すっきりした音響じゃなかったっけ?

それが大編成オーケストラ(らしい)音で
(註 いつもの通り、舞台は全く見えない貧民席なのでオーケストラ編成不明)
音がものすごく厚い。
華やかでゴージャスな音響が楽友協会ホールに満ちて行くのだが
これだけ厚みのあるオーケストラだと
プロコフィエフの古典交響曲に聴こえず
昨日のワーグナーに非常に似て聴こえてくるんですけど。

ワーグナーでなければ
ショスタコーヴィッチ風味というか・・・

ただ、各パートのバランスは良い。
思いがけないところの思いがけない楽器が
はっきりと聴こえて来たりするので
とても面白いし
躍動感に満ちたリズムで飽きさせない・・・けど
これだけオーケストラの音が厚いと
プロコフィエフが目指したハイドンっぽい感じは全くない。

ラヴェルのピアノ協奏曲はご存知の通り、ご機嫌な曲。
いや、このオーケストラ、音がキレイ。

まぁ、グラーフェネックの野外音楽堂で1ヶ月間
コオロギや鳥の鳴き声やら、車のエンジン音と一緒に聴いていた耳には
楽友協会のホールの音響が
あまりに豊かに美しく聴こえてくるので
ちょっと耳がビックリしている可能性はあるが。

ピアノの音も素晴らしいが
オーケストラの色彩感が見事で
いやもう、ホントにフランス音楽はやっぱりフランスのオーケストラが無敵ですね。

聴いていて、弦のピアニッシモなんか、ゾクゾクする。
パステル色の色彩が
細かくフラグメントになって、また集まってという
原色の華やかさよりは
もっと透明感のあるパステル色の柔らかさと華やかさにうっとり。

ティボーデのピアノも徹底的に音響に拘っていて
出てくる音の表情が豊かで
第2楽章の絡みなんか
えええええ、それ、本当に今まで弾いていたピアノの音ですか?という
不思議な音を堪能させてもらった。

アンコールはラヴェルのマ・メール・ロワ。
なんて洒落た選曲 ♡

来ていた友人曰く
ティボーデとジョルダンが連弾していたそうで
あああああ、イイ男2人が同じピアノで・・・って
考えるだに、ちょっと妖しげで
舞台見えなくてすごく残念。

後半の展覧会の絵は
まぁ(申し訳ないけど)ワタクシ的には別にどうでも、という感じだったけれど
力いっぱいの大オーケストラ編成で
もう、本当に力いっぱいに
ホールを大音響で満たしてくれたけれど

このオーケストラ、どんなに大音響になっても
とことん音が柔らかくて、うるさくならないし、神経に障らない。

最後のアンコールにラヴェルのラ・ヴァルス。
うははははは
これ、非常に難しい曲なのだが
ゴージャスな音響で
ひたすら明るく
ワルツというより、ちょっとスペイン風味的な外向きの
陽光たっぷりの、さわやかで気持ちのよい演奏。

ウインナー・ワルツというイメージがほとんどなくて
(たまにポルタメントやるけど、タメがあまりない)
厚みのある柔らかな音で
オペラみたいなドラマチックな表現で
でも品は失わず
う〜ん、巧いなぁ・・・

ラ・ヴァルスのワタクシ的なイメージとは全く違うけれど
すごく説得力のある演奏で
お腹いっぱい、満足〜って言う感じ。

パリ国立歌劇場管弦楽団、良いオーケストラだわ。
楽屋口のところに
見た事のあるロゴが貼られているのを見ながら
パリのオペラ座にも(特にバレエ!!!)行ってみたいな、と
ついつい考えていた私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



パリ国立歌劇場管弦楽団 + フィリップ・ジョルダン

Musikverein Großer Saal 2016年9月17日 19時30分〜21時30分

Orchestre de l’Opéra nationale de Paris
指揮 Phlippe Jordan
ソプラノ Anja Kampe

Richard Wagner (1813-1863)
  Der Ring des Niebelungen - Auszüge
Das Rheingold
  Vospiele, Zwischenspiele, Einzug der Götter in Walhall
Die Walküre
  Walürenritt, Wotans Abschied und Feuerzauber
Siegfried
  Waldweben
Götterdämmerung
  Siegfrieds Rheinfahrt, Siegfrieds Tod und Trauermarsch
  Brünnhildes Schlussgesang “Starke Scheite”

楽友協会シーズンの開幕は
パリ国立歌劇場管弦楽団とフィリップ・ジョルダンの客演。

しかもプログラムがリヒャルト・ワーグナーのリング。
いや、これ、たぶん、チクルスで持っていなかったら
行かなかったかもしれない。

リヒャルト・ワーグナーは今のところ
私にとっては禁忌の作曲家なので
リングだって、ウィーンに住んでいれば
聴こうとすればチャンスはあるんだけど

平日16時から始まるオペラに
悲しいサラリーマン(勤務18時まで)に
どうやって行けと???
しかもリングって、4公演まとめてしか買えないし。
(まぁ、数年前にラインの黄金だけは
 とある方のご厚意で、会社から休暇取ってゲネプロに行ったが
 まぁ、ラインの黄金はそれ程長くないから・・・)

で、ずっと避けていたワーグナーのリングの一部を
しかもフランスのオーケストラで聴く羽目になるなんて

・・・結果

スゴイ、スゴイ、いや、やっぱりスゴイ
このコンサート、行って良かった ♡♡♡
シーズン初めに、こんな至福の時間を楽しめるなんて ♡♡

リングはいくら避けていても
ライトモティーフだの何だの
何となくクラシック・オタクだとちょっとは聴いているから
初めてワーグナー聴きます、というワケではない。

やっぱり楽友協会ホールの音響は素晴らしい ♡
で、このオーケストラ、やっぱりオペラ座のオーケストラなので
オペラに関しては手慣れている印象を受ける。

加えて、音響の柔らかさ・・・
あの大音響のワーグナーなのに
全然角が立たず
神経に触る声高なヒステリーなところが全くなく
どんな大音響でも、実に美しく
滑らかに豊かに、色彩感溢れてホールを満たす。

うわあああああ、何ですかこのオーケストラ。

しかも演奏されているのが
普段はコンサート形式では滅多に聴くチャンスのない部分が多くて
これが面白いの何の・・・

今までずっとワーグナーを避けていたのだが
避けていて正解だったなぁ。

この麻薬みたいな音楽にハマったら
人生、完全に狂いそうだ(わははははは)

で、このオーケストラ、巧いんですよ。
金管の咆哮にならない弱音でのアンサンブルに
弦の色彩豊かな音が絡まってくると
もう全身鳥肌が立つ気分。

色彩感溢れて、音が柔らかくて爆発せず
ともかく優しいというか
まぁ、その意味、あんまり色っぽいとかじゃないけど(笑)

こういう音楽聴いてしまうと
ワーグナーは本当に恐ろしい。
その後の作曲家たちがハマりにハマって
何とか真似しようとしたというのもよくわかる。

これ聴いちゃうと、ブルックナーとか
リヒャルト・シュトラウスなんか(以下省略)

その意味では
ワーグナーの楽劇って
オーケストラの音というものを
最大限に活かして
人間の感情を揺さぶる事を目的とした
最も効果的な
ヒット音楽である事は間違いない(断言)

ヴェルディとかプッチーニとかの
イタリア音楽が苦手な私だが(感情ダダ漏れダメなんです)
ワーグナー聴いてると
イタリア音楽とは違う方向で
はっきりと全身が揺さぶられるのがわかるもん。

陶酔の世界というか
現実から全く離れてしまって
ともかく別の世界に飛んでしまう・・・というより
映画か何かを見ているような感じでありながら
映画の劇伴より、もっと、何か全身に響いてくる。

幕間の後の神々の黄昏の最終シーンは
時々コンサートでも演奏されるので
何回か聴いてはいるけれど

ソプラノが凄い。
私のあの最悪な席で
あれだけオーケストラに沈む事なく響いて来たし
一回だけ高音を張り上げたけれど
それ以外は余裕綽々で
この上ない美声で滑らかに歌っていた。

オーケストラの音が、本当に滑らかというか
柔らかくて豊かで
あの音響に全身包まれているというのは至福だわ ♡♡♡

来年の今頃のシーズンは
晴れて16時からのオペラでも行かれる身になっている予定なので
神さまが
キミもそろそろワーグナーにハマっても良いよ、とか
耳元で魅力的に囁いている(ような気がする)

来シーズン、2017年の秋からのプログラムが発表されたら
リングを上演するなら、即、チクルス買いだな・・・

避けている筈のワーグナーに
ちょっとハマりそうになっている
危険な状態の私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



フィリップ・ジョルダン、あの継ぎ接ぎ(笑)の曲を
全曲、暗譜で振ってた・・・ すごいな。

ウィーン・フィル + ルドルフ・ブッフビンダー

Schloss Grafenegg Wolkenturm 2016年9月11日 19時〜20時50分
Wiener Philharmoniker
指揮・ピアノ Rudolf Buchbinder

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 1 C-Dur op. 15 (1793-1800)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 5 Es-Dur op. 73 (1809-1810)

夜の野外音楽堂のコンサートは
いつもの貧民席(笑)に陣取る。

とは言え、このチケット
雨天になったら天井桟敷で聴けるチケットなので
そんなに安いものではない(45ユーロもするのだ)

19時になっても、まだまだ暑くて
本当に9月か、と思うくらい
いや、でも夏が戻ってきて、何となく嬉しい。

ベートーベンのピアノ協奏曲1番。
午前中のホールの響きがあまりに素晴らしかったので
野外だと音が分散するしなぁ、と期待していなかったのだが

おおおおおおっ
音響は悪くない。

しっかりと音はバランス良く聴こえてくるし
ホールの時にはあまりに席が良過ぎて
オーケストラの後ろの方が見えなかったのだが

貧民席からだと
オーケストラ全員の配置やプレイヤーもよく見える。

幸せが一杯の、初々しいハ長調のピアノ協奏曲1番。
ブッフビンダーがプログラムのインタビューで言っていた通り
ハイドンやモーツァルトとは全く違う
どこを取ってもベートーベン(笑)

でもそれがまた
ウィーン・フィルの甘やかで高貴な弦のサウンドで
しかも緩まない緊張感を持って
しっかりした骨格で
リズミカルに、締まって聴こえてくると

実はマッチョなんだけど
見た目は貴族的なヨイ男(こら何を考えてる?)

ワイルドさが適度に抑えられていて
見事なバランスで、実にチャーミング。

ああ、惚れてしまうわ(誰に?いやベートーベンです)

第2楽章の優雅な事と言ったら
野外で失神しそう・・・

外の車の音は多少は聞こえてくるし
一度は上空をセスナが飛んだが
そんなに気になる雑音もなく
鳥の鳴き声もほとんどない。

いや、野外音楽堂満杯だったから
鳥も怖がって来なかったのかもしれない。
それとも、私が音楽に夢中になっていたから
周囲の雑音を全部脳内カットしたのかもしれないが。

最後のピアノ協奏曲5番の華やかさ ♡
輝くようなメロディ・ラインに
エネルギーが横溢して

さすがにブッフビンダーも少しお疲れかな
というところがなかったとは言わないが
でも、あの曲
他のピアニストが弾いても
そういう部分が出てくるという難曲だし

全体的な流れのエネルギーが素晴らしかった ♡

実は午前の時も
ちょっと木管が弱いかなぁ、という印象はあった。
弱いというのは
ヘタクソと言う意味ではなくて
何となく、自己主張が弱くて
ちょっと遠慮してますか?という印象だったのだが

さすがに5番になると
いつもの天才フルートのお兄ちゃんも
活き活きしてピアノと絡まってくる。

クラリネットやオーボエが抑え気味だったのは
バランスの関係上、ブッフビンダーの指示だった可能性が高い。

ホルンが一回も裏返らず
弱音で、ピッタリとピアノと絡まったのは素晴らしい。

何が凄かったと言って
1日でベートーベンのピアノ協奏曲を全部演奏して
聴衆を、一瞬とも飽きさせなかったというのは
(午前中のコンサートの後、来ている人たちの話が聞こえたけれど
 かなりの人数がそのまま夜のコンサートに流れたようだ)

アクの強くないとことん優雅なウィーン・フィルのサウンドと
しっかり構築されて、とことん考え抜かれて
円熟の頂点にあるブッフビンダーのピアノの
磨き抜かれた音が
この上なく良いバランスで
素直に、歓びを持って演奏されたから、という事に尽きる。

グラーフェネックの野外音楽堂でのコンサートも
本日で今年は終わり。

来年2017年のイースターまでは
長い冬のお休みに入る。
(オーディトリウムのホールでは
 10月からトーンキュンストラーのコンサートがあるけれど
 これは同じプログラムがウィーンであるから行きません)

週末ごとに用意していた
座布団とかコートとか毛布とかのバッグを
来年まで仕舞い込んだ私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



今回ご一緒したグループの添乗員さんが
グループご参加のお客さまに、このブログの事をバラして
ちょっと恥ずかしいのだが

ツアーの最中に言うの忘れましたけど
私の、この特徴あるヘア・スタイルは
(母親による命名「スズメの巣」)
サイモン・ラトルさまに憧れたあまりの暴挙ですが
(ちなみに約10年ほど前の話)
その間にラトルさまの御髪はどんどん薄(以下省略)
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