キルヒシュラーガー + キーンリサイド リートの夕べ

Wiener Staatsoper 2017年1月17日 20時〜22時05分

SOLISTENKONZERT
メゾソプラノ Angelika Kirchschlager
バリトン Simon Keenlyside
ピアノ Malcolm Martineau

Franz Schuberg
 Lambertine, D 301
 Der liebliche Stern, D 861
 Der Wanderer an den Mond, D 870

Robert Schumann
 Er und Sie, op. 78/2
 Schön ist das Fest des Lenzes, op. 37/8
 In der Nacht, op. 74/4

Peter Cornelius
 Der beste Liebesbrief, op. 6/2

Hugo Wolf
 Der Knabe und das Immlein, Mörike-Lieder Nr. 2
 Nimmersatte Liebe, Mörike-Lieder Nr. 9
 In der Frühe, Mörike-Lieder Nr. 24
 Auf einer Wanderung, Mòrike-Lieder Nr. 15
 Lebe wohl, Mörike-Lieder Nr. 36
 Elfenlied, Mörike-Lieder Nr. 16
 Der Jäger, Mörike-Lieder Nr. 40
 Bei einer Trauung, Mörike-Lieder Nr. 51
 Begegnung, Mörike-Lieder Nr. 8

Robert Schumann
 Ballade des Harfners, op. 98/2
 Heiß mich nicht reden, op. 98/5
 So lasst mich scheinen op. 98/9
 Kennst du das Land, op. 98/1

Franz Schubert
 Der Wanderer, D 489
 Prometheus, D 674
 Suleika II, D 717

Johannes Brahms
 Ständchen, op. 106/1
 Vor dem Fenster, op. 14/1
 Dein blaues Auge op. 59/8

Peter Cornelius
 Ich und Du, o.O.

Johannes Brahms
 Es rauschet das Wasser, op. 28/3

国立オペラ座で時々やるソリストの夕べ。
今回はアンジェリカ・キルヒシュラーガーと
サイモン・キーンリサイドのコンビネーションで
ドイツ・リートを歌うみたいなので
ちょっと贅沢してギャラリーの席を購入

・・・するじゃなかった(涙)

オーケストラ・ビットの上が舞台になっているので
何も見えないし(オペラならその後ろなのであの席は最高)
別に見えなくても良いんだけど
照明落とすから暗くなってテキスト読めないし

まぁでもキルヒシュラーガーとキーンリサイドなら
ドイツ語は、はっきりくっきり聞こえてくるだろう。

シューベルトの最初がキルヒシュラーガーだったんだけど

・・・?????

音響の問題?というワケでもなさそうだが
私の耳がヘンなのか
(もともとヘンというツッコミもあろうが)
何か音程が不安定で
しかもほんの少しポルタメントがかかって
ちょっと気持ち悪い。

でもキーンリサイドの歌った
Der Wanderer an den Mond は
ちゃんとマトモに聴こえて来たんだけど・・・(悩)

楽友協会のブラームス・ホールや
コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールで行われる
ドイツ・リートの夕べは
だいたいが、ドイツ・リートにむちゃくちゃ詳しい
コワイ聴衆が来ている事が多いので
曲と曲の間の拍手なんかしようものなら
周囲から、すごい勢いでシッシッシッという
怒りの鼻息が聞こえるのだが

ここオペラ座ですし(諦め気味)

まぁ、歌手2人だから入れ替わりがあるし
ピアニストも時々、拍手無視で弾き出していたが
ドイツ・リート好きとしては
1曲ごとの拍手って気になるんですよ(プンプン)

特に、ピアノの最後の音が消える前に拍手する奴
今、演奏されているのはオペラのアリアではございません!(怒)

さて、私はフーゴー・ヴォルフがむちゃくちゃ好きである。
私の青春時代(中学・高校)は
フーゴー・ヴォルフとリヒャルト・シュトラウス漬けだったと言える。
孤立した暗い青春時代だった(らしい)が
本人、何も気にしていないので(爆笑)

そのフーゴー・ヴォルフ
キーンリサイドが Immlein を
むちゃくちゃチャーミングに歌い上げる ♡

前のリサイタルのアンコールの時も
実はこの曲が好きで好きで、と言って歌った曲。

そこまでは良いのだが・・・

ツィッターで私をフォローしている方は
私が意味不明の呟きしたのを見ているかもしれないが

だって次の曲、Nimmersatte Liebe ですよ?
それを、何でキルヒシュラーガーが歌うワケ????

あれは歌詞としては、かなりヤバイというか
いやドイツ語を解するようになってから
ひっくり返って驚きまくって真っ赤になった曲だし

完全に男性目線からのテキストで
あれを女声で歌われると・・・
何とも生々しいというか・・・・

キルヒシュラーガー、結構ヴォルフの曲も CD にしているんだけど
でも、何でこんなにドイツ語がハッキリしないの?
So ist die Lieb という歌い出しからして
本来は Lieb という単語がキモなのに
ほとんど掻き消えて聴こえて来ないし。

はいはい、どうせウルサイ客です、すみません。
でもワタシ、ヴォルフには思い入れがあるの。

Auf einer Wanderung はキーンリサイド。
叫び声は使っていないのに
やっぱりこの人、ドイツ・リートにちょうど合う位の
太すぎないチャーミングな声で
ドイツ語ははっきり聴こえてくるし素敵 ♡

Elfenlied は女声の曲で
キルヒシュラーガーのテクニックと美声が見事。
やっぱりこの人の声って、豊かで美しい。
高音はあまり飛ばないし
かなり低い方の領域は出ても無理っぽいから
美声の声域はそんなに広くはないと思うけれど
中音域の美しさに関しては目を、いや、耳を見張る(耳張る?)

Der Jäger と Bei einer Trauung はキーンリサイド。
そりゃ、Der Jäger を女声では歌えないだろう

と思いつつ
人称代名詞だけ代えたらイケそうな気もするが(笑)
昨今、喧嘩して天気悪いのでムシャクシャして
森の中で銃をぶっ放す女性が居ても良いような気がするし。

途中でちょっと声の音程が下がったけれど
あれ、音取りが異様に難しい曲だし
ピアノと合わせる部分で無理やり合わせて
自然な感じで聴かせてくれたので満足 ♡

Bei einer Trauung というあの皮肉な曲も
暗い色調でまとめて

最後の Begegnung はメゾソプラノ。
細かい音型と早口のドイツ語だが、無難にまとまっていた。

後半のシューマンのバラードの
キーンリサイドの見事な語り口には舌を巻いた。
歌詞の一つ一つの単語がクリアに聴こえた上に
情景や感情が見事に音楽に乗って
こういうのがドイツ・リートの楽しみなんですよね。

Der Wanderer も良かったなぁ。
心からの悲惨な叫びを余すところなく描ききって
しかも明るめのバリトンだから
希望のない程に暗くならない絶妙な感じ。

後半のキルヒシュラーガーは
音程は安定して来たものの
何で時々下がり気味に聴こえてくるのか
それはきっとワタシの耳がオカシイのだが
歌い出しの子音が、ほんの少しだけ
下にズレて聴こえるんだけど
あれは彼女のクセなんでしょうか。
まぁ、気にする程の事はないのか。
あれが歌のニュアンスになっている、と言われればそうかもしれないし。

でキーンリサイドの最初のアンコールが
うはははははははは
ヴォルフの「コウノトリの使い」ですよ!!!!

音楽って言うよりは
ほとんど語りの世界のコミカルな曲なのだが
これをもう、見事にこの上ない程のチャーミングさで
しっかり語ってくれて、うはうは、ヴォルフのファンとしては嬉しい。

キルヒシュラーガーのアンコールは
ブラームスの子守唄で(コウノトリに引っ掛けたのね(笑))
これはしっとりと一番響く中音域で歌ってくれて
これも至極満足。

最後に2人で夫婦喧嘩のコミカルな歌を歌って終わり。

プログラム構成としては
有名な曲から通向けまで
まんべんなく、バランスの良い構成だったし
(で、ちょっと通向けの傾向があるというのもニクいわ)
オペラ座の音響が多少デッドでも
ドイツ・リートに関する限りは
声を張り上げず、ドイツ語がクリアな方が良い。

キーンリサイド、時々、とんでもない弱音を使っていたけれど
しっかり、はっきり、聴こえて来たもん。

キーンリサイドにヴォルフのメリケ歌わせたら良いだろうなぁ、と
予々思っていたのだけれど
予想に違わず良かった ♡
(以前のコンサートの時にリズムに乗り切れなかったところ
 完璧に克服している。やっぱりプロってスゴイわ)

まぁ、でも、できれば
ドイツ・リートは1800席のオペラ座ではなくて
楽友協会かコンツェルトハウスの小ホールが良いなぁ、と
つくづく思っている私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



またオペラ座のリートの夕べとかに行くなら
舞台見えないランプ付きの一番安い席を買おう。
・・・って、次の機会があれば行く気満々じゃん(汗)

シンデレラ (フォルクス・オーパー/バレエ)2回目

Volksoper / Wiener Staatsballett 2017年1月16日 19時〜20時40分

CENDRILLON (Aschenputtel)
Ballett in zwei Akten
振付 Thierry Malandain
音楽 Sergej Prokofjew
舞台・衣装 Jorge Callardo
照明 Jean-Claude Asquié
指揮 Guillermo García Calvo

シンデレラ Dominika Kovacs-Galavics *
王子さま Gleb Shilov *
妖精 Kristina Ermolenok
継母 Lázló Benedek
継母の娘たち Samuel Colmbet, Keisuke Nejime
お父さん Patrik Hullman
王子さまの友人 Andrés Garcia-Torres *
その他のダンサー
Tainá Ferreira Luiz, Laura Cislaghi, Marie-Sarah Drugowitsch,
Miriam Ensle, Irene Garcia-Torres *, Suzanne Kertész,
Tessa Maga, Natalie Salazar, Josefine Tyler,
Michal Beklemdžiev, Roman Chistyakov,
Alexander Kedan, Martin Winter, Felipe Vieira

オーケストラ Orchester der Volksoper Wien

テリー・マランダインのシンデレラ。
昨年12月5日に鑑賞した作品。

そこそこ、特に若い客が入っていて
終演後の拍手も盛大に出てはいるんだけど

う〜ん(悩)
2回目を鑑賞しても
やっぱり微妙・・・

確かに身体が冬眠していて眠い状態ではあるし
フォルクス・オーパーの椅子って
フワフワで柔らかくて
天井桟敷は暖かいし
寝落ちには最高の条件が整っている事を考えても
バレエでこんなに眠くなった事ってないぞ(たぶん)

あのくそつまらん「雪の女王」だって寝落ちはしなかった(筈だ)
なのに、このシンデレラ、2回目でも時々意識が飛ぶ。

何故かと考えると
ともかく変化がない、一本調子で派手なアクションがない。
衣装がほとんどなくて
(レオタード・ネグリジェ・普通の背広
 まぁ、アラビア・ダンスの時のヒモ衣装とか
 舞踏会シーンの黒いドレスの抜け殻というのはあったが)
舞台は最初から最後まで全く同じ(照明の色が変わるだけ)

加えてプロコフィエフの音楽が
いや、ちょっとロメオとジュリアっぽい部分もあって
キレイなメロディ・ラインなんだけど
やっぱり、これと言う盛り上がりがなくて
ダラダラ際限なく続く印象の曲。

ストーリーはみんな知ってるけれど
カボチャの馬車とかは出て来ないし
マナー教室のバレエ・レッスンのシーンとか
王子さまが靴を持って妖精の後を追い掛けるシーンとか
ユーモアはあるんだけど
そのユーモアがあまりに平凡すぎて

では大袈裟に笑いを取ろうとすると
松葉杖でジャンプする継母みたいな
何か滑ったギャグになってるしなぁ。

王子さまとシンデレラのパ・ド・ドゥは繊細だし
魅せてはくれるものの
舞踏会と、再開した時のパ・ド・ドゥが
ほとんど同じような印象。

寝技の男女の絡み的なシーンもあるし
レオタード姿で
バレエ・ダンサーの細い身体のラインは堪能できるんだけど

衣装付けないダンサーの身体って
特に女性があまりに細すぎて
嫉妬どころか、何か欠食児童を見ているような気分になるし。
(すみません、ごめんなさい。ダンサーの方を批判しているのではございません)

フェアリーが結構派手なフェッテをやるんだけど
これもダラダラ振付に埋もれてしまって
今ひとつアピールしないんですよ。

これからどうなるんだろう、という
緊張感ドキドキが全くなくて
平坦に話が進んでいく中での群舞が中心なので
目を惹く部分というのが強烈な印象を残さない。

シンデレラを踊ったドニミカ
ものすごくキュートで清純で可愛らしかったし
グレッブは今までも他の公演で見ていたけれど
主役級の王子さまとか初めてじゃないかなぁ。
2人が組むと、かなり絵になるカップル誕生。

ド素人だし
この演目2回観ながら
その度に時々睡魔に襲われて
なかなか集中できないので
あまり偉そうに書けないんだけど。

新作品とは言え
モダン・バレエという程ではないし
派手なアクロバットもほとんどなくて

今までモダンと言えば
フォーサイスだのキリアーンだの
大好きなナッチョ・ドゥアトとか
具体的なバレエならエイフマンとか見ちゃってると
いや、う〜ん、すごく失礼なんだけど
作品としては凡庸に思えてしまう。

まぁ、あの「雪の女王」よりはマシだけど・・・って
あっ、失礼しました。

フォルクス・オーパーでのバレエに関しては
シンデレラはもう1回だけ鑑賞して
その後、売り切れ公演続出のカルミナ・ブラーナに
久し振りに行く予定の私に
どうぞ(つまらない記事で申し訳ございませんが)
1クリックをお恵み下さい。


トーンキュンストラー + アントニオ・メンデス 2回目

日曜日も時間だけ違いますが
同じコンサートを同じ順番で。

でも、音楽って去りゆく時間の芸術なので
その時々で違うという、実に贅沢な芸術です。

という訳で、時系列で読みたい方は、まず こちら から。

下は午後のコンサートの勝手なメモです。

Musikverein Großer Saal 2017年1月15日 15時30分〜18時40分

Tonkünstler-Orchester Niederösterreich
指揮 Antonio Méndez
ピアノ Lars Vogt

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 19 (1787-1801)
Gustav Mahler (1860-1911)
 Symphonie Nr. 5 (1902-11)

誰に聞いても
ウィーン・フィルの後で
トーンキュンストラー聴くの、とか言われるんだけど

ウィーン・フィルの弦の音色だけは
これは本当に他の超一流オーケストラでも出せないのだが
トーンキュンストラーだってプロのオーケストラで
オロスコ・エストラーダが首席だった頃に
その技術力やアンサンブル能力は抜群にアップしたのだから
決して下手なオーケストラではない(断言)

それだけに指揮者によって
別人オーケストラにもなる。

有り難くも恐れ多き素晴らしい友人が
行かないから、と譲ってくれたギャラリーの席。
お値段は私の持っている貧民席の2倍。

定位置観測ではないから
ちょっとルール違反なんだけど
ギャラリーはやっぱり音が違う。
楽友協会の残響をたっぷり吸い込んだ
丸くて甘い音がする ♡

ラルス・フォークトのベートーベン
ピアノ協奏曲2番だけど

う〜ん、やっぱり今ひとつアピール力が少ない
というより
実に上品にクラシックに
端正でクセのない演奏なのだ。

だからそれはそれで非常に正しいのだが
ベートーベンの破天荒なところもないし
ひたすら正しい古典派で
最終楽章にしてからが、一つも弾けないのは何故なんだ?!

それが持ち味の人なんだろう、きっと。
大向こうを張らず、正しく清く美しいというのは
目立ちたがり現代では珍しいタイプかもしれない。

後半のマーラー、交響曲5番。
いや、昨日は失礼な感想記書いちゃったけど

オーケストラ、今日もひたすら頑張った。

というより
昨日、できなかったソロの部分
猛練習しました?(いや失礼失礼)と思わせる程
昨日のあれあれあれ満載と演奏が違うよ。
(聴いている席が違うからかもしれないが)

昨日の演奏で
むちゃくちゃ気になった部分が
しっかり修正されている。

技術的なカバーさえ出来れば
後は指揮者が脳内でイメージしている音、という事になる。

特別どうのこうのと言う
驚くべき箇所、というのはなかったんだけど
(おおおお、偉そうに(ごめんなさい))
時々、ハッとするような緊張感が出るかと思えば
なんだその緩さは、という退屈な部分もあって
割にまだら模様になっている印象。

アダージェットは速めのテンポ設定で
極端に甘くせずに行くかと思ったら
最後のフレーズの手前で
失速しそうな程にテンポを落として

いや、あれ、しっかり弦が
他の弦のパートを見ながら(指揮者は見てない)
ピッタリ合わせていたのは、見事だった。

大活躍のトランペット首席
ミスのなかったホルン軍団
本日は音割れもなく見事。

狭い舞台で
しっかりと楽器を上げながら演奏したクラリネット
俯き加減で美しい音色を注意深く出したオーボエ

フルートもファゴットも良かったし
昨日、突出して聴こえてきたチューバも
今日はバランス良く曲に溶け込んでいて

このオーケストラもさすがプロ。
(というより、昨日の演奏と見違え、いや聴き違えるようで
 それもまぁ、どうかとは思うけど(笑))

前半が地味だっただけに
大向こうをたっぷり張って
派手に華やかに大音量でグイグイ押したマーラーが
対比的に目立ってアピールした、というのもあるだろうが

多少荒削りで
緊張感が続かなかった部分もない訳ではなかったけれど
意外に明るくてクセがなくて
派手なマーラーを楽しませてもらった気分。

正面から聴いているので
上手と下手に分かれた第一バイオリンと第二バイオリンの音が
脇の貧民席より、方向性を持って響いて来て
オーケストラの位置による音響の面白さも堪能。

チケットを譲ってくれた友人に感謝。
本当にありがたい(お辞儀)

オーケストラ、力一杯の演奏だったので
さぞかし舞台の上のプレイヤーは
自分たちの音は聴こえなかっただろう。

ああいう曲を演奏していたら
間違いなく難聴になるだろうなぁ。
いやはや、大変な職業である。

金払って聴きに行って
勝手な事を自分用メモにできるという
観客の身分って
何て楽なの・・・と

オーケストラのメンバーの苦労も顧みず
超エゴイストな事を考えてしまった私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



ウィーン・フィル + セミヨン・ビシュコフ 2回目

Musikverein Großer Saal 2017月1月15日 11時〜12時30分

Wiener Philharmoniker
指揮 Semyon Bychokov
バリトン Johan Reuter

Johannes Brahms (1833-1897)
Detlev Glanert (*1960)
 Vier Präludien und Ernste Gesänge für Bassbariton und Orchester
 nach dem Vier Ernsten Gesängen von Johannes Brahms (op. 121)
 instrumentiert von Detlev Glanert

Gustav Mahler (1860-1911)
 Symphonie Nr. 1, D-Dur

日曜日は買物できないし
早朝サウナは失礼して(寝不足で倒れそうだし)
11時からのコンサート。

やっとクルレンツィス・コパンチスカヤ症候群から
多少回復して来たみたいで
比較的マトモな耳になって来たような気がする。

昨日の夜中に
やばい、ちょっとブラームスの、4つの厳粛な歌のオリジナルを
聴いておかないと、と思い立って
様々な歌手によるものを10回くらい聴き込んでから

このオーケストラ水増しバージョンに挑む(笑)

最初のプレリュードは
コガネムシのテーマで
第1曲に繋ぐのに違和感はない。

バリトン、美声だわ ♡
でも、相変わらずドイツ語の語尾がハッキリしなくて
何を歌っているのか、時々わからなくなるけれど

オーケストラもかなりの音量で演奏する事があるし
あの音の壁を突き破ってのバリトンだから
ピアノ伴奏での細かいニュアンスが潰れるのは
避けられないのかもしれない。

次のプレリュードと、その次は
いわゆる「死の舞踏」の伝統に則ったもの。
かなり激しいリズムのトナールの曲で
独立したものとして聴いてみれば
新しいモノ、という訳ではないけれど
それはそれなりに音楽として成立しているような感じ。

ただ、このブラームスの曲って
最初の3曲は死ぬ死ぬ死ぬ、とむちゃくちゃ暗くなって
最後の曲の、信仰 愛 希望 の部分と
愛が最も重要というコリント人への第一の手紙の部分が
ワタクシ的には最も重要に聴こえるのだが
(色々と解釈はあろうが)

この部分があまり印象的になっていなくて
更に、付け足したようにオーケストラの後奏が続いて
まぁ、弦の下敷きに木管のソロがあったり
天国的なものを出そうとしたのはよくわかるんだけど
どうも弱々しいというか

作曲した人、あんまり死後の世界とか
死による解放とか、考えた事、ないよね?(いや失礼)

この間、一休禅師の残した句で

いま死んだ
どこにも行かぬ
ここにおる

尋ねはするな
ものは言わぬぞ

というのを見つけて
ああ、これって日本人の死生観かなぁ、と思ったばかりなので
ひたすら厳粛でマジメでキリスト教死生観とは
文化的に合わないのだ。すみませんね。

さて、後半のマーラーの交響曲1番。

ううううう
完璧な演奏、というものがあるとすれば
その最も理想的な型の一つかもしれない。

透明感のある解像度に完璧なバランス
弦の芳醇な響きに、輝く金管と巧みな木管。

いやカッコーが1回だけ
4度じゃなくて5度で鳴いた時には仰け反ったが

あまりに完璧な演奏で
(技術のみならず、音色、リズムその他すべて含めて)
ちょっともうやだ、これあり?

こういう演奏に出会ってしまうと
ツッコミどころがないじゃないの(それかいっ!)

どういう演奏だよ?と思われた方は
これオーストリア国営ラジオ放送第1番で
ライブ放送していた筈なので
あと1週間はインターネットで聴けると思う。

名演と言ってしまって良いと思う。
なんかもう、その完璧さの前に
お代官さま、参りました、と土下座したくなる気分。

ウィーン・フィルって
時々、こういう事を平気でやるからな。
怖いオーケストラである。

やっとマーラーを聴けるような気分になったとたん
こんな超弩級の演奏を聴けるなんて
やっぱり幸せだわ、と思ってしまった私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。


トーンキュンストラー + アントニオ・メンデス 1回目

恒例土曜日のダブル・コンサート
時系列で読みたい方は こちら から。

下は夜の記事です。

Musikverein Großer Saal 2017年1月14日 19時30分〜21時40分

Tonkünstler-Orchester Niederösterreich
指揮 Antonio Méndez
ピアノ Lars Vogt

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 B-Dur op. 19 (1787-1801)
Gustav Mahler (1860-1911)
 Symphonie Nr. 5 (1902-11)

トーンキュンストラーのコンサートのタイトルだが

 Lars Vogt spielt Beethoven
 ラルス・フォークトがベートーベンを演奏

とポスターにもプログラムにもでっかく書いてあるのだが

指揮者のアントニオ・メンデスも、マーラーも無視ですか(笑)

アントニオ・メンデスは2014年7月12日の
グラーフェネックのオーディトリウムでのデビューには立ち会った。

さて、ベートーベンのピアノ協奏曲2番。
明るいオーケストラのキレの良い音色に
なんとも内向的で粒の揃った美しいピアノが入ってくる。

このピアニスト、かなり地味な感じがする。
大向こうを張るとか、ウケようとか
そんなアピールは全然なくて
伝統的で古典的な品の良いピアノ。

ふ〜ん・・・(すみません、まだクルレンツィスにあてられている)

アンコールで何か客席に向かって言ったんだけど
ホールの音響が良すぎて、声が分散して全くわからず
弾いたのがショパン。

ベートーベンとマーラーのプログラムで
ショパンをアンコールで弾く奴は基本的にキライだが

このショパンが・・・見事だった(驚嘆)

いやもう、混じり気なしの透徹したピアニズムって
こういう事を言うのか、と

普通だったら、ネクラだとか自己憐憫だとか
罵倒の一言も出てくる私なのに
すっかり聴き惚れてしまって
ショパンって、こんなに美しいのか、と驚いてしまった。

後半はプログラムのタイトルで無視されまくった
マーラーの交響曲5番。
(午後に1番聴いて、夜に5番というのもね(笑))

若き指揮者のメンデス
何でこんな曲を選んじゃったの????

いや、若いから身体はリズムに乗せてダンスしまくってるし
表情も様々に変わって
すごく熱中して指揮してるのはわかるんだけど

で、シロウトで自分の金で行っているコンサートだし
これ、個人のメモ帳以外の意図はないから
失礼な事も書いちゃうけど

まずはオーケストラの力量の問題が・・・

いやトーンキュンストラー、巧いですよ。
しかも、頑張って頑張って頑張っているのはよ〜くわかる。

シロウトから見てもわかるようなミスはなかったし
ちゃんと演奏は出来ているんだけど
全体的に粗さが目立ってしまう。

音楽そのものも
強弱付けてテンポ揺らせばそれで良いってもんじゃないぞ
・・・・とは言わないけど(言ってるじゃんか)

何かこの指揮者、バスが好きなのか
ともかく低音の音量がスゴイ。
チューバがあんなにソロ楽器みたいに聴こえたの初めて。
(しかも張り切り過ぎて音割れまでしてたし)

マーラーのポリフォニーを強調したかったのかもしれないが
細かい部分での取りこぼしがちょっと目立って
全体的なバランスとして聴くと
どうも自分のイメージとはかけ離れていて

それが面白い、というのではなくて
ごめんなさい、かなり不愉快に聴こえて来たというのは
もちろん、これ、好みの問題ですから。

マーラーの精神性がどうのこうのと言う
どこかの偉い音楽批評家とかを気取るつもりは全くないんだけど
あまりに若すぎるというか
音符がそのまま舞台に乗ってますというか
いや、それで何処が悪い、という反論ももちろんあると思うのだが。

コンクールで入賞した実力のある若手なのだけれど
いったい指揮者の資質って何なんだろう?と考えてしまった。

耳から入る音楽の脳での解像度が抜群とか
楽譜読んですぐに脳内で音楽がイメージできて
そのイメージをどうオーケストラに鳴らせるか
各楽器を知り尽くしてプレイヤーに奏法の指示が出来るとか
そういう技術的な問題は最低限の条件として

楽譜を読んだ時に自分の中で鳴る音楽が
如何に現代の聴衆にアピールするか
あるいは年代を越えてアピールするか
・・・なんか、そこら辺の想像力のような気がする。

読者の皆さまには申し訳ないんだけど
私、今、重症のクルレンツィス・コパンチスカヤ症候群に罹患しているみたいで。

マーラーの交響曲を演奏すれば
だいたい聴衆は全員ブラボー。
5番とか(1番も(笑))最後を派手にぶっ飛ばして
大音響で鳴らしてジャジャジャジャーンと終われば
すかさずブラボーという声が飛ぶので
まぁ、カタルシス体験には良いかも(←醒めてる)

オーケストラは頑張ったし
指揮者も指揮台の上でよく踊ってくれたから
まぁ、それはそれで(←醒めてる)

今、マーラー聴くようなコンディションではないし
明日、またもう一回聴く予定なので
今日の粗かったところも
明日は変わっているかもしれないし
印象もガラッと変わるかも、という
緩くてイイカゲンな私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



トーンキュンストラーの係員から
今日はアンケートを渡されて
いや、ちゃんとマジメに答えて提出して来たが
(懸賞には応募しなかった。CD もコンサート・チケットも持ってるし(笑))
オーケストラの力量について、どう思いますか?という選択肢の中に
一番良いオーケストラだと思う
というのがあって
いや、トーンキュンストラー、なかなか自信がついてきたな(爆笑)

他のオーケストラのコンサートの会員になってますか?という質問には
ウィーン・フィル、ウィーン交響楽団、ウィーン放送交響楽団を列記して
過去1年でトーンキュンストラーのコンサートにどの位行きましたか、というのには
ほとんど全部、と書いて来ました(笑)
自分ながらイヤな奴だと思うが、クラオタの権利です、笑って許して下さい。

ウィーン・フィル + セミヨン・ビシュコフ 1回目

Musikverein Großer Saal 2017月1月14日 15時30分〜17時30分

Wiener Philharmoniker
指揮 Semyon Bychokov
バリトン Johan Reuter

Johannes Brahms (1833-1897)
Detlev Glanert (*1960)
 Vier Präludien und Ernste Gesänge für Bassbariton und Orchester
 nach dem Vier Ernsten Gesängen von Johannes Brahms (op. 121)
 instrumentiert von Detlev Glanert

Gustav Mahler (1860-1911)
 Symphonie Nr. 1, D-Dur

ウィーン・フィルの定期公演。
プログラムの最初は、これいったい何?という
ブラームスの Vier ernste Gesänge に
オーケストラの間奏曲を付けて
オーケストラ伴奏で演奏しちゃおうという曲。

・・・(悩)

現代音楽ではなくて
非常に伝統的なトナールの曲で
ブラームスのあの1曲目の
コガネムシは金持ちだ(としか聞こえないです、これ)が聴こえてきても
あまり違和感はないのだが

まぁ、この曲、予習して来なかった私も悪い。
あ、いや、ブラームスの原曲の方だが
何回か聴いた事はあるものの
記憶力ゼロの私の海馬にも大脳新皮質にも存在していない(汗)
(覚えているのはコガネムシは金持ちだ、だけである)

しかし、このブラームスの曲をオーケストラ伴奏にしたのは良いとして
その前後に、こんな伝統的なオーケストラの小曲を挟む必要はあるのか?
いや、あるんだろうな、作曲家としては。

作曲家自身の話では(プログラム記載)
感情を呼び起こすためのオーケストラ間奏曲なのだそうだが
ブラームスのこのリートって
別にオーケストラの間奏曲入ってなくても
かなり感情にグサグサ来ますが。

バリトンの声は美しい。
倍音たっぷりの美声なんだけど
あんまりドイツ語がクリアじゃなくて
まぁ、オーケストラ伴奏だから
多少なりとも音量上げる必要があって
割に平坦に響いたところはある。

(すみません、やっぱりワタクシ的には
 ドイツ・リートはドイツ語がクリアに響く事が条件なので)

明日もう一回聴くチャンスがあるから
また感想変わるかもしれないが。

後半はマーラーの交響曲1番。
ここ数年、マーラーと言えば1番か4番か5番(笑)
(いつぞやは、続けてずっと6番ばっかりという年もあったが)
まぁ、編成上もマーラーの1番は比較的演奏しやすい曲だし。

で、これは私の体調とか気分のせいなのだが
今、ちょっとマーラーを聴くコンディションがない。

ここ2日のクルレンツィスにあたったという理由もあるだろうが。

オーケストラ、むちゃくちゃ巧いです。
(まぁ、ウィーン・フィルだし
 いくら初演をマーラーに頼まれて断ったオーケストラとは言え(笑))

マーラーがこの曲を書いた時って
この楽友協会でのウィーン・フィルの響きが頭にあったんだろうな、と
ストンと落ちるような演奏で
ある意味、整い過ぎというか
いや、すごい、すごいと思うけれど

それは私の大脳新皮質に内蔵されている演奏と
ほとんど違わなかったというだけで

巧いなぁ、とは思うけれど
宇宙の広がりとか
何か脳を掴まれてかき回されるような感じは一切なくて
ああ、ウィーン・フィルってやっぱり巧いんだわ
・・・と思ってしまったのは
私のコンディションが整っていなかったからで

コンサート聴きながら
これ終わったらスーパーマーケットに駆けって行って
ミルクとパンとバターは買わなくちゃ、とか思っていて
やっぱりそういう日常状態でマーラーというのは
ちょっと世界が違うので(すみません)

明日は買物の出来ない日曜日なので
ちょっとマーラーの世界に入れるかも・・と思いつつ
スーパーマーケットに走った私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



すみません、感受性ないから
時々、こういうふざけた記事になります(冷汗)

ウィーン交響楽団 + クルレンツィス

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年1月13日 19時30分〜21時40分

Wiener Symphoniker
指揮 Teodor Currentzis
バイオリン Patricia Kopatschinskaja

Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
 Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 35 (1878)
 Symphonie Nr. 4 f-moll op. 36 (1877)

昨日オーケストラの第二バイオリンのど真ん中で聴いたが
本日は本コンサートなので
舞台からは、思いっ切り遠い愛用の貧民席。

昨日、ずっと仰け反りまくって
段ボールの箱に腰掛けながら身体を揺すっていた
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。

オーケストラの中で
音に囲まれながら陶酔の時間を過ごしたのとは違って
やっぱり音が遠い。

けれど、だから迫力がない、かと言うと正反対。
あの異様な最初のバイオリンのソロから
ぐいぐい引き込まれてしまう。

確かにこの解釈、演奏って、すご〜くヘン。
めちゃくちゃヘン。

聴き慣れた曲が新鮮に聴こえてくるなんて
生易しいものではなくて
まるで全く別の曲がまとわりついてくる感じ。

コパチンスカヤ、あんなに奔放に
好きなように勝手に弾きまくっているように見えるけれど
そこには間違いのないコパチンスカヤの美意識が
小さな音色、ほんの少しのオーケストラの絡みに至るまで
細部の細部までとことん計算されている。

こうやって離れたところから聴いてみると
あの演奏は
コパチンスカヤと指揮者とオーケストラの
徹底的に親密な会話に聴こえてくる。

なのに、その親密な会話は
内に閉じ篭るものではなくて

あくまでも外の聴衆に開かれていて
大きいドアが開いて
ほら、面白いよ、ここに来てごらんよ
一緒に楽しんじゃいません?と
プレイヤーたちからニコニコしながら誘いを受けている気分。

たぶんコパチンスカヤもクルレンツィスも
変わった事をしたい
それで名前を売りたい
なんて一切思っていない(ような気がする)

この異様な演奏から出てくるのは
ほらほらほら、面白いでしょ、楽しいでしょ、という
人間の本能、心の奥底から湧き出てくる
既存の概念をとっぱらった
正に音楽そのものに思えるのだ。魔法みたいである。

昨日の Im Klang では
コンサート・マスターが
コパンチスカヤに
「そんなにピアニッシモで聴こえないような音で良いんですか?」
と聞いたら、それでもかまわない、という話があったけれど

さすがにコンサート・ホールとして
第一次世界大戦前に建設されたコンツェルトハウスは
舞台からの、聴こえるか聴こえないかのような
繊細なピアニッシモも
間違いなく天井桟敷まで届けてくれる。

異様なバイオリンに耳を奪われるが
それにピッタリ付けてくるオーケストラも凄まじい。

特にオーボエ、クラリネットとフルート、ファゴットの巧さと言ったら・・・
オーボエのお兄ちゃん
今まで、あんなにチャーミングな音、出してましたっけ?
(って失礼な(笑))
出しゃばらず何気に巧いクラリネットに
澄んだ音のフルート
下を確たる技術で支えて温かい音を出すファゴット。

いやすみません、もう参りました。惚れましたワタシ。
ウィーン交響楽団って
乗らないとむちゃ緩くなる場合もあるんだけど
本気を出すと、ちょっと背筋がゾクゾクするくらい巧くなる。

異様なチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の後
舞台の端にあったアップライト・ピアノが運ばれて来て
バイオリンを持たずに出て来たコパンチスカヤが
可愛らしいチャーミングな声で
(しかもこの声、甲高くないのに通って、言ってる事がわかる!)

 チャイコフスキーのバイオリン協奏曲聴いちゃったら
 もうバイオリンなんて飽き飽きでしょうから
 ピアノを弾きます。
 クルタークの「チャイコフスキーへのオマージュ」です

これがこれがこれが
チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番のパロディというか
リズムはピアノの最初のソロのところなんだけど
それが全部クラスターで

ごめん!
不謹慎なんだけど
笑い声漏れないように前に屈んだのは良いけど
腹筋がブルブルして・・・・

ああもうワタシ、ダメです。
こんな演奏が聴けるなんて
天国だか地獄だか、ワケわかんない(爆笑)

後半のチャイコフスキーの交響曲4番。
バイオリン協奏曲の自由奔放な演奏と比べれば
おとなしい・・・と言っちゃって良いのか

でもこれがまた
細かい部分まで揺るがせない
解像度完璧なのに、繊細にも軽くもなっていない上に

音の色が次から次に変わっていって
作曲家からか演奏家からかはわからないけれど
とてつもない深い温かい愛情みたいなものが
聴衆にストレートに伝わってくる。

交響曲4番だけを聴いたのであれば
あれだって、他の指揮者では聴けないような
非常に変わった演奏だったと思うのだが
(バイオリン協奏曲で馴らされてしまったのかも)

クルレンツィスの音楽って
伝統とか文化とか完全無視で
既存の枠組みからむちゃくちゃ飛び出しているくせに

ネルソンスや初期のドゥダメルみたいに
音楽好き好き、もうめちゃ好き、という
自分の音楽観に拘泥した内向きの情熱ではなく

あくまでも聴く側の存在がそこにはある。
一切聴衆に迎合せずに
自分の音楽的純粋さや完璧性には徹底的に拘っているのに

ほら、音楽ってね、楽しいよね
と語りかけられているような
基本的に、非常に外に開かれた音楽が提示される。

何回か聴いたらつまらなくなるかも、と思っていたら
どうも、この外向きの音楽は
全然つまらなくならないような気がする。

「気がする」と書いたのは
ウィーン交響楽団が外国への演奏旅行をした後
最終公演が同じプログラムでコンツェルトハウスであって

しつこい私は
当然の事ながら
この最終コンサートのチケットも確保しているのである。

アホと言うなら言え(開き直り)

天才というよりは鬼才。
実に不思議な指揮者が
ロシアの片隅に現れたものだ。

これが、ナマで聴けるなんて
これこそ人生の奇跡かもしれない。

これから、この音楽が
どういう方向に発展していくのか
なんか、ものすごく楽しみな私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



カメラータの時には
幼稚園児御用達スモッグを表裏反対にしたような服だったが
今回はちゃんと背広で
しかも細身のネクタイしていて
ヘアスタイルも、この間より、ちょっとマトモになっていたので
この指揮者、音楽もこの間よりマトモになったかと思ったら
全くマトモになっていないので
すごく嬉しくなった(笑)

ウィーン交響楽団 + クルレンツィス Im Klang

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年1月12日 19時〜20時20分

Im Klang
Wiener Symphoniker
指揮 Teodor Currentzis
バイオリン Patricia Kopatschinskaja
司会 Mirjam Jessa

Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
  Konzert für Violine und Orchester D-Dur op. 35 (1878)

ウィーン交響楽団の Im Klang 音の中で、という催物。

オーケストラのメンバーの中に入り込んで聴いてしまうという
ベルリンでやっている Mittendrin の後追いプログラムだが

何でこんなに観客増えてるんですか?😵

だって、段ボール椅子の数がこの間の倍くらいになってるし
周囲にも椅子が置かれて、それも目一杯だし
オーケストラ内チケットより安いバルコンとかもほとんど満席。

クルレンツィスの人気か
このオーケストラの内部に侵入プログラムが人気なのか

自分の好きなところに座りたいので
早めに会場入りして正解だった ♡

とは言え、どこにどの楽器があるかはわからず
プログラム売りのおばさまに
ビオラって何処?と聞いたら
配置図を出して、あ、左の方・・・というので
左に行って、プレイヤーとプレイヤーの中の1席に陣取ったものの

前の楽譜を見るとト音記号・・・
いかん、これ、ビオラじゃない、と一瞬焦ったが
その間にどんどん人が入って来て
うっかりしているとオーケストラの中に席がなくなりそう。

ラッキーな事に反対側にコンマスが見えたので
おおお、第二バイオリンだ。だったらオッケー(内声が好き)

司会のお姉さんが上ずった声で挨拶して
こんなに人が入るなんて、みたいな興奮状態。

チャイコフスキーや指揮者やバイオリニストについての話を
延々としているんだけど
別にそんな解説要らんわい(すみません)

登場したクルレンツィスとコパンチスカヤ。
うわああああ、コパンチスカヤって

か・わ・い・い!!!

むちゃくちゃ幼い、イタズラ好きの少女みたいな
小柄でキュートな顔立ちで
いや、コパンチスカヤ、何回も舞台では見てる筈なんだけど
こんなにキュートな少女でしたっけ?
(1977年生まれなので39歳?
 どう見ても18歳くらいに見える・・・)

クルレンツィスは
昨年10月にカメラータとのコンサートを聴いた。

その時には、ひっくり返って悶絶してしまい
フィガロの結婚の CD を買って
その後に出たドン・ジョバンニの CD も購入してしまい
(お〜い、両方ともモーツァルトだよ?!)
その CD を聴きながら、また仰け反っていた指揮者。

今回もいったいチャイコフスキーのバイオリン協奏曲で
何をするのか(ドキドキ)

では、普通に弾いてみましょう、と始まった
バイオリン協奏曲。
あれ、別に何て事ないじゃん。
こちらが期待し過ぎだったんだな、きっと。

と思ったら途中で止めて
そうじゃなくて、実はね・・・

と新たに演奏が始まったチャイコフスキーに

思わず仰け反りました 😱

ちょっと待ってクダサイ、何ですかこれは。
アクセントは違うわ、ダイナミック・レンジが全然違うし
カデンツァのところなんか
コパンチスカヤが指揮者を押しのけて指揮台に上がってしまって
しかもカデンツァの合間に指揮者のセリフ入るし(爆笑)

クルレンツィスも、激しい指揮・・とか言うもんじゃなくて
指揮台蹴っ飛ばして木管のところまで駆けっていって振ってるし

こちらは動き回る指揮者とバイオリニストを
目で追い掛けながら
普段意識しない第二バイオリンの音に
脳みそを掻き回されつつ

うおおおおお、これってディスコ音楽かよ?!
何かもう、自分の身体が揺れて行くのがわかる。

というより、揺れてしまうと
前後のバイオリニストのボウに突かれそうなので
(その位、段ボール椅子がキチキチに詰めてある。
 コンツェルトハウス、どの位儲けたんだよこれで。あ、いやいや)
できるだけ縮こまってはいたんだけど。

いやチャイコフスキーには聴こえません(断言)

正に異端というか鬼才というか
既存概念を全部とっぱらって
奇を衒ったと言えば極端に奇を衒っていて

むちゃくちゃ楽しいじゃん、これ(爆笑)

Im Klang 恒例で第一楽章の後にちょっと解説。
クルレンツィスが嬉しそうにマイクを持って

クラシックの美学とは何でしょう?
そんなもの、習慣でしかないじゃないですか。
もともと人間の叫び声とかに美学はありませんよね

・・・というような内容を訥々と英語で話した後

第二楽章はチャイコフスキーの民謡に似たようなメロディがあります
と、ピアノ伴奏でコパンチスカヤがその民謡を演奏して
すぐに第二楽章の演奏に入った。

おおお、確かに似てるし共通するものがある。
しっとりと語られる暖炉の傍のような温かさに
メランコリックな湿った悲しみが語られて
爆発する第三楽章・・・

に入ったとたん、またストップ。

司会者曰く
45秒で席を変わる人は変わって下さい。

この間はチェロのところに移動したけれど
今回は第二バイオリンが面白いので、そのままの位置で

またもや爆発する第三楽章。
いや、もう爆発というかディスコ音楽というか
疾走して走りまくって
指揮者もバイオリニストも駆け回って
何が何だか翻弄されている間にフィニーッシュ!!!

何だなんだなんだったんだ、これは(呆然)
いや、ホントに、やられたっ、という感じ。

正しいクラオタにしてみれば
これは立派なルール違反だろう(笑)

チャイコフスキーがこの演奏聴いたら
腰抜かすと思うけれど

クラシック音楽でコレあり??(爆笑)
既存概念とか伝統とかを蹴っ飛ばして
踏みつけて
楽しかったらそれでイイじゃん、という
確信犯的な開き直りって

実は大好き ♡

ここまで異端に徹してしまえば
それはそれで潔くて実に気持ちが良くて爽快。

鬼才、としか言いようのないクルレンツィス。
それまでの名曲を
全く違ったものとしてプレゼンテーションしてくれる。

この奇の衒い方は
好き嫌いが真っ二つに分かれそうだし

既存から完璧にはみ出した演奏が
何回も聴いてみて
やっぱり良いわ、となるか
鼻につくようになるかは、まだわからないけれど。

以前の Im Klang の時には
平土間全体にオーケストラが散らばって
しかもその中に、こういう迷惑な聴衆が陣取っていたので
音ズレがかなり凄かったけれど

今回はオーケストラの音が
ものすごくまとまっていて
音ズレがなくてピッタリとソリストに絡まって来たのが
また気持ち良い 😌

だんだんアブナイ世界にハマりそうな自分が
ちょっとコワイ私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



本コンサートは明日の夜
後半はチャイコフスキーの交響曲4番。

ウィーン交響楽団はその後、演奏旅行に出掛けて
1月22日に同じプログラムで
最後のコンサートをコンツェルトハウスで演奏する。

ウィーン在住の、頭の柔らかいクラオタの皆さま
聴きに行ってソンはないコンサートです(断言)
ただ、なんだこりゃ? クラシック音楽を侮辱しとる、と
怒る人は出てくるかもね(爆笑)

いやいや、ウィーン交響楽団の皆さま
あれについて行くのはタイヘンだったでしょう(笑)
お疲れさまです(お辞儀)

シュターツカペレ・ベルリン + バレンボイム

Musikverein Großer Saal 2017年1月11日 19時30分〜21時40分

Staatskapelle Berlin
指揮とピアノ Daniel Barenboim

Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
  Konzert für Klavier und Orchester D-Dur, KV 537 “Krönungskonzert”
Anton Bruckner (1824-1896)
  Symphonie Nr. 3 d-Moll, Zweite Fassung (1877)

年明け初めての楽友協会でのコンサートは
シュターツカペレ・ベルリンとバレンボイムの客演で

年明けの最初の楽友協会がモーツァルトとはね(笑)
(註 モーツァルト聴くと反射的に爆睡する体質)

ちょっとだけノン・ビブラート奏法を入れているのか
温かみのある曇ったようなオーケストラの音なのに
キレは良くて、ダイナミックなオーケストラに
バレンボイムのピアノが入ってくる辺りで
・・・すみません、いつもの通り、爆睡状態になりました。

年が変わっても、私の体質に変更はなさそうだ(反省)

お目当ては後半のブルックナー、交響曲3番。
バレンボイムは暗譜で指揮しているが

プログラムを見たら、本日演奏されるのは第2稿。
たぶん、私が聞き慣れているのは第3稿なので
頭の中と食い違う、というよりは
あら、そんなフレーズや繰り返しやテーマ、あったかしら
みたいな
でも、もちろん聴き慣れたフレーズも出てくる訳で

聴いていて、油断がならん(笑)

で、この第2稿、聴いてると面白い。
確かに長いし、多少冗長なんだけど

マッチョになって金管がグワーッと咆哮する部分と
ナヨッとなっておとなしくなって
何だか非常に繊細で恥ずかしがり屋の部分の対比が面白い。

力強い部分と恥ずかしがっている部分が
交互に現れて
何かこの交響曲
複雑な面を持った人間の感情を
全部、曲の中にぶち込んでみました、という感じだ。

いや、こんな極端に躁から鬱まで
見栄っ張りから恥ずかしがり屋まで
こんな大きな揺れ幅のある不安定な人間と
実際にはお付き合いしようとは思わないけれど

音楽として聴くなら大丈夫(笑)
いや〜、イヤな奴だなぁ
さっき、大見得張っていたと思ったら
突然落ち込みやがって
・・・あ、いえいえいえ、勝手な妄想で擬人化してごめんなさい。

ちょっと記憶にある部分と
記憶にない部分とが
絶妙に入り交じって
かなり面白い体験になった。

しかしまぁ、巨匠バレンボイムって
こういう、色々な稿のある曲まで
全部完璧に頭に入ってるのか・・・(驚嘆)

オーケストラは容赦ない音量のフォルティッシモを出してくるが
これが楽友協会のホールに響くと
かなり良い感じで、ウルサイとは思わなかったのも発見。

演奏中にモーツァルトの最後のところと
ブルックナーの途中で1回か2回
携帯電話を派手にならした観客が居て

モーツァルトの時には
本当に最後のところだったので
(しかもメロディ付きで派手に鳴った)
その後、大音響になったオーケストラとピアノが
かなりの怒りを籠めて
すごい勢いでフィニッシュに持っていったのが
ちょっと面白かったという
根性悪の私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



ザ・フィルハーモニクス Bad Boys

Wiener Konzerthaus Großer Saal 2016年1月10日 19時30分〜21時40分

“Bad Boys”
The Philharmonics
バイオリン Tibor Kováč, Sebastian Gürtler
ビオラ Thilo Fechner
チェロ Stephan Koncz
コントラバス Ödön Rácz
ピアノ Christoph Traxler

来日公演もよくしている
ご存知、ザ・フィルハーモニクスのコンサート。
今まで行くチャンスもなかったし
実はあんまり興味なかったのだが

昨年のいつだか
来日公演前のコンサートに行って
推薦文を、という話があって

ワタクシ、こういうブログをやってまして
・・・と正直に書いたら
即、お断りの返事が来たという(爆笑)

で、ますます行くものか、と思っていたのだが
あのモーツァルトしか絶賛しないモドキが
誰かとザ・フィルハーモニクスのコンサートに行ったらしく
手放しで誉めていたので
んじゃ、一度行ってみようか、とチケットを買ったは良いが

ぎゃっ、その前に一つアポイントメントが入っていたのを忘れていた(汗)

アポを早々に切り上げて地下鉄飛び乗って
走って走って・・・間に合いました。

さて、このグループをご存知の方は
メンバーを見て、あれ?と思われただろうが
そうなんです、プログラムには
クラリネットの Daniel Ottensamer が入っていたのに
急病とかで突然のキャンセル。

よってプログラムも大幅変更になったので
曲目をそのままここに写して書く事ができない。

最初はオペレッタ「こうもり」の序曲。
あら、こんなオーケストラ曲を
バイオリン2本、ビオラとチェロとコントラバスとピアノで
ちゃんと聴かせる曲になってるじゃん

と思ったら

あれあれあれ???
途中でポピュラーな曲が(第三の男とか)
微かにちょっと入って
それでも、そのまま続いていく、こうもり序曲。

おいおいおい
このグループってイグデスマンみたいな
ジョーク音楽グループだったの???

客席で周囲の人にわからないよう
声を出さずに笑い転げていたのはワタクシです。

今日のコンサートのテーマが
Bad Boys だったので
プレイヤーたちが、チョイ悪中年という意味かと思っていたら
取り上げる曲が
ちょい悪連中をテーマにした曲と言う事で

こうもり序曲も
カサノヴァ風アイゼンシュタインにしてみました、という事らしい(笑)

悪い動物と言われる狐をテーマにした
Leo Weiner の Fuchstanz (Divertimento Nr. 1 op. 20 (1923))
ビゼーのカルメンからドン・ホセ

いやしかし、何だこのグループ
むちゃくちゃ巧いじゃん。
(いやそれ当たり前だから)

室内楽というのは恐ろしいもので
各プレイヤーの実力がモロに出るし
ものすごく巧い音楽家だって
時々はえ?という場合もあって

室内楽を聴くと、ちょっとドキドキするのだが
このグループ、音楽的な隙が全くない。
しかもオーケストラ曲を演奏しても
オーケストラに負けない色彩感と多様性を出していて

いや、すみません、ちょっとビックリ。

後半はチャイコフスキーのロシア風序曲のパスティッチオの後
プロコフィエフのロメオとジュリア
は? ロメオとジュリアって
あの大編成オーケストラのあの曲だよね?
と思ったら
本当にちゃんとジュリアのテーマから、マスク行進から
ティボルトの死まで
室内楽とは思えない音楽で
しかも何かこれ、オーケストラより楽しいかも、とまで思わせて
ちょっと、あのあのあの、何なんだこのグループは。

その後はまた曲目変更で
第二バイオリンのセバスティアン・ギュルトラーが
ウィーン風民謡を歌った。

ちょっと待て、このセバスティアン・ギュルトラーの
ウィーン民謡、どこかで聴いた事がある。
イグデスマンと一緒に舞台に立った事があるので
その時に聴いたのかもしれないけれど

お父さんが僕にバイオリンを与えて
という、何とも甘く、懐かしく、ウィーンっぽい
モロなウィーン訛りの語りの入った曲も、記憶にあって
あの時も確か、うおおおおお、スゴイ!と感激していたのだった。

リムスキー・コルサコフの「蜂の飛行」は
コントラバスが超絶的な演奏を聴かせてくれた上に
最後は床のゴキブリを踏みつけるシーンまであって
いや爆笑モノでした。

最後に、悪い男の代表
ドラキュラをテーマにしたエネスキュの曲が
またこれ楽しくて、いや、ちょっと参りました。

だってザ・フィルハーモニクスの
日本公演の推薦文(マジメなもの)を読んでいると

クラシックの枠を外れて
情熱的に完璧に演奏される云々

というのがほとんどで

まさか音楽のジョークだとは思いませんでしたわ、ワタシ。

クラシックの枠から外れて、どころか
この人たち、クラシックのマジメなところを
確信犯的におちょくってるじゃないの。

で、これだけおちょくった曲を
しかもあの水準の演奏で
完璧に演奏してしまう、というところがまたチャーミング ♡

いや、すみません
正に私の好みのツボにバッチリ入っちゃいました。

残念ながら司会をしていたバイオリニストの
Tibor Kováč は、別の室内楽グループを作ったとかで
このザ・フィルハーモニクスからは出て行くというアナウンスがあったけれど

次のコンサートのチケット発売日を
しっかりカレンダーに書き込んだ私に
どうぞ1クリックをお恵み下さい。



感想記遅れてごめんなさい。
このコンサートの後、2人でワイン2本飲み尽くして
ちょっとぶっ倒れました。
(註 二日酔いでも出勤はするサラリーウーマン。
   午前中は仕事になっていなかったような気はするが(自爆))

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