マルティン・グルービンガー ザ・パーカッション・プラネット

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    Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年6月17日 19時30分〜22時

    Martin Grubinger
    The Percussive Planet Ensemble

    マルチ・パーカッション Martin Grubinger jun.
    パーカッション Martin Grubinger sen., Leonard Schmidinger, Rainer Furthner,
    Slavik Stakhov, Rhani Krija, Alexander Georgiev
    ドラム Sebastian Lanser
    エレキバス Heiko Jung
    エレキギター Alexander Jung
    キーボード Jan Eschke
    ピアノ Per Rundberg
    トランペット Martin Angerer, Aneel Soomary, Andreas Pranzl, Axel Mayer
    トロンボーン Gerald Pöttiner, Philipp Fellner, Bernhard Holl, David Zuder
    サクソフォン Alexander von Hagke

    音響技術 David Horn

    „The Best of Percussive Planet“
    John Williams (*1932) The John Williams Special Edition Suite

    天才マルティン・グルービンガーを追いかけて数年。
    なのに、いつまで経っても若いしキュートだし
    天才振りには、ますます拍車がかかって
    体力も記憶力も、運動神経も音楽性も、飛び抜けている。

    今回のパーカッション・プラネットは
    事前にお客さまから「何を聴きたい」かアンケートして
    お客さまの希望に合わせた、お好みコンサートの趣向。

    ・・・そう言えば、コンツェルトハウスから
    どうぞ投票して下さい、みたいなメールがあったな(忘れてる)

    コンツェルトハウスの舞台一杯に広がる
    パーカッション楽器に加えて
    後ろにはドラム・セット、トランペットにサクソフォン
    ずらっとトロンボーンが並び
    下手(しもて)にはピアノとキーボード。

    両脇には、大きな和太鼓が2つあって
    上手(かみて)の奥の暗くなったところには
    音響技術者がミキサーの前に座っている。

    マルティン・グルービンガー(ジュニア)がマイクでご挨拶。
    コンツェルトハウス大ホールは満杯である。

    昨日のグバイドリーナと何という違い・・・
    しかも若い人というよりは
    私くらいの年配が多い(少なくとも貧民席には・・・)

    「みなさんの投票で決まった第5位から第1位までの曲を演奏します。
     でも、まずは僕たちの大好きなジョン・ウィリアムスを
     本人の許可を得て組曲でアレンジしたので聴いて下さい」

    いや〜、ド派手、というか景気が良いというか
    ブラスにパーカッション総出で
    ジョン・ウイリアムスの映画音楽が
    時々、ジャズ風になったり
    (というより、あれは、かなりの確率で「ずれた」ような気がするが(笑))

    変拍子のリズムになったり
    トランペットのソロがあったり
    色々と楽しい。

    その後、アンケートの集計で
    まずはバーンスタインのミュージカル
    ウエスト・サイド・ストーリーから「アメリカ」

    「2分ほどの曲なので、編曲して4分半にしてみました」
    ・・・という事で
    マルティン・グルービンガー(ジュニア)の
    マリンバのソロもたっぷり聴ける。

    パパ・グルービンガーは
    ジョン・ウイリアムスの曲の時から
    後ろのトランペットやトロンボーンにキューを出して
    指揮者みたいな役割をしている。
    (後半は、指揮してると思ったら、とんでもない事をやったり(笑))

    その後も、ピアソラのリベルタンゴやハービー・ハンコック
    最後は一位になったザヴィヌルまで

    ただのコピー・バンドと思ってはいけない(断言)
    各曲を、パーカッション・プラネット用に
    徹底的にアレンジし直している。
    (よって、このアレンジでは本日が初演です、というのもあり)

    途中で
    「皆さんからのリクエストではないのですが
     和太鼓を入手したので、和太鼓の曲を演奏させて下さい。
     日本の作曲家の曲と組み合わせてみました。
     まずはマリンバのソロで始まって、和太鼓
     その後、メロディが入るのですが
     これが、ゲーム音楽みたいで、うちの子供が夢中で・・・」

    うはははは、この立派な大太鼓、どうやって手に入れたんだろう?
    (大太鼓2つ、それぞれ置き台あり、小太鼓1つ。もちろん、様々なバチ)

    しかも、4人のパーカッショニスト
    しっかり和太鼓のテクニックを完璧に習得してる。

    大太鼓2つは5度のインターバルで調整されていて
    ちょっと祭り太鼓に聴こえるし
    最後はパーカッション4人と小太鼓のグルービンガーで
    4度インターバルの、和楽器特有の掛け声まで。

    すごいなぁ、現状だけに満足せず
    いつも新しいもの、面白いものを追いかけて行く気力(と体力)。

    もちろん、主人公は天才グルービンガー(ジュニア)。

    ジュニアと書くと子供みたいだが、お父さんが同じ名前なのである。
    1983年生まれなので、36歳。
    私が「発見」して騒いでいた時には20代だった筈なので
    月日が経つのは早い・・・
    (でも、あの頃と見た目が変わっていないのは何故だ?)

    どの曲でも、主人公的な意味合いがあって
    マリンバのソロとか、途中のパーカッションのソロとか
    他の人の数倍は弾いているのだが
    疲れを見せず
    (司会もやっているので、さすがに激しい曲の後は
     マイクを持つと、息が早いのが聞こえて来たが)
    しかも、これだけの様々な楽器を、様々な曲で演奏するのに

    全部、頭の中に入ってるんですね。
    (複雑な曲もあるし、すべて暗譜って・・・驚嘆する)
    他のスタッフが演奏している時でも
    ちゃんと見てコントロールしてる。

    あれだけハードな演奏を次から次に
    超絶技巧で暗譜でやりながら
    「演奏している時が人生で一番幸せ」という印象。

    天才が天才たる所以だろうが
    時間があったら、朝から夜中まで何かを叩いているタイプだなぁ、きっと。
    いや、時間がなくても、何か手近なものを叩いているかもしれない(笑)

    第一位と第二位(第二位が誰の曲だったか聞き取れなかった、すみません)を
    組み合わせて、ソロも入れて、組曲にしちゃいました、というのが
    いや〜、凄かったです。

    様々なソロが入る(他の曲でも)が
    後ろに並んでいる金管楽器は、ソロのプレイヤーが前に出てくるし
    それ以外のソロは、ピアノだったりドラムだったり
    エレキ・ギターやキーボード、タムタムもあったな
    もちろん、グルービンガー(息子)のマリンバや
    シロフォンなどもあって

    それぞれのソロの後は、ちゃんと客席から拍手が起こる。
    言ってみれば
    1700人収容できる巨大なライブ・ハウスって感じ。

    パパ・グルービンガーは指揮に徹するかと思ったら
    後半、カラカス振りながら指揮しているし(爆笑)

    何と、笛?みたいなものを吹きながら
    舞台前方に出て来て
    ムーン・ウォーク? いや、私はわからんが
    すごい見事なダンスを繰り広げてくれた(客席大爆笑)

    良いなぁ、こういう雰囲気。
    最後の一位と二位組み合わせの曲は、それだけでかなり長かったが
    インプロヴィゼーションのソロありで
    しかも、最後の最後で
    客席の観客に歌わせて

    ・・・それがね、ザヴィヌルの有名なメロディで
    みんな知っているものなのだが
    客席の歌、ちゃんと長3度のインターバルで三声の構成になってる・・・

    グルービンガーが舞台から
    はい、ピアニッシモで・・・と指示を出した時の
    人数の多いコーラス特有の、あの柔らかい響きが
    完璧な三和音でホールを満たした感じって
    ちょっといわく言い難い。
    (強いて言えば、マーラーの交響曲2番のコーラス・ミステリオーソに近い)

    いや驚いた、ウィーンの聴衆、侮れない。

    みんなを巻き込んで
    ノリノリのクロス・オーバー。
    クラシック・・・ではないけれど
    じゃぁ、完璧ポピュラーと言うには
    あまりに演奏やアレンジのレベルが高くて
    演奏者も聴衆も、目指すところが、ものすごく上にある。

    鳴り止まない拍手に
    グルービンガー(息子)がマイクで
    「実は明日はチャリティーで同じコンサートをやります。
     中央駅の CAPE 10 でやりますので
     よろしかったら来て下さい」と、うまく宣伝(笑)

    調べてみたらあった。
    ここ の下の方にポスターが出ている)
    オープン・エア(収容人数2000人)で、屋台とかも出るらしい。
    明日6月18日17時開場で入場料20ユーロ。
    うち10ユーロは寄付されるとの事。
    マルティン・グルービンガーが登場するのは20時から。

    明日の夜は現時点で予定がないので
    行っても良いかな、という気もするが
    それよりも何よりもプロジェクトの準備が・・・(冷汗)

    来週の試験は諦めました(あっさり)
    秋までにちゃんと勉強して、秋に3つ試験を受ける事にする(断言)

    とか言いつつ、夏休みは夏休みで
    論文で手一杯だったらどうしよう?と
    この時期になると急に戦々恐々とするアホな私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。



    いやこの間、マスター過程の同僚(同世代)に話を聞いたら
    引退してから2年はのんびり過ごし
    それから、大学行こうかな〜、とあちこちの講義に潜り込み
    面白そうだ、とこの専攻を選んで
    バチュラー過程はやってみたものの
    あまりに大学の学業がしんどいので
    今は好きな講義だけ出て、論文も書かず、試験も受けず
    ・・・という状態らしい。
    私も、そういう感じでゆっくりやろうかしら・・・
    (性格的にせっかちなので無理かもしれない)

    ソフィア・グバイドリーナ記念コンサート

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      日曜日のダブル・・・というか
      下記のコンサートを2つとすればトリプルなのだが
      時系列に読みたい方は、まずは ここ からどうぞ。
      以下は夜のコンサート(2つ)です。

      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年6月16日 18時〜19時

      Windkraft - Kapelle für Neue Musik
      アルト Noa Frenkel
      指揮 Kasper de Roo

      Erkki-Sven Tüür (*1959)
       In the Memory of Clear Water für großes Blasorchester (1990)

      Wolfgang Rihm (*1952)
       Et nunc II, Komposition für Bläser und Schlagzeug (1992/1993)

      Sofia Gubaidulina (*1931)
       Stunde der Seele. Poem für großes Blasorchester und Mozzosopran (1974/2004)

      Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年6月16日 20時30分〜21時50分

      ORF Radio-Symphonieorchester Wien
      バイオリン Vadim Repin
      指揮 Andres Mustonen

      Sofia Gubaidulina (*1931)
       Märchenpoem für Orchester (1971)

      Franz Schubert (1797-1828)
       Symphonie Nr. 7 h-moll D 759 „Unvollendete“ (1822)

      Sofia Gubaidulina
       Dialog: ich und Du, Konzert für Violine und Orchester Nr. 3 (2018)

      2つのコンサートを一緒に書いてしまうが
      コンツェルトハウスが行った
      ソフィア・グバイドリーナ記念コンサートの一環。
      昨日も2つコンサートがあった。

      国立オペラ座のバレエをほったらかして
      タダ券が出た(要は全く売れていない・・・)というので
      いそいそとコンツェルトハウスに出没。
      自由席で、確かに、平土間でもバルコンでも50%くらいの稼働率。

      最初のコンサートは面白い事にブラス・バンド。
      途中でコントラバスが2台入ったけれど、基本的にブラスの曲。

      エストニアの作曲家、エリッキ=スヴェン・トゥールは初めて聴く。
      アルヴォ・ペルトに並んで知られた作曲家、とプログラムに記載があったが
      ペルトの曲とは全く違う方向の曲想。

      ブラスだけの音なのだが、その音が面白い。
      どこが「清い水の思い出」なのかは、さっぱりわからないけれど
      ブラスの重なりだけで、こんな音色が出るのか、とビックリする。
      (だから分析したい、とか思ってしまう悪い癖)
      時々、人の声のように聴こえる部分もあって面白い。

      リームの曲は
      プログラム解説によれば、音楽には場所がなく
      よって、hic はない・・・って
      hic はラテン語で「今」とか「この」って意味だよね。
      hic et nunc で hic がなくて nunc だけなので
      曲の名前が Et nunc なのだそうだが
      nunc というのもラテン語で、今、という意味らしく

      ・・・あああああ
      やっぱりラテン語ってヨーロッパの教養のうちなんだわ(汗)
      2年間、逃げ回っていたけれど
      腰を据えてやるしかなさそう・・・

      リームらしく、何だか頭脳的なものばかりが先だった感じの
      割に理屈っぽく聴こえる曲だった。
      無教養な私は、それ以外に何を言えよう(恥)

      グバイドリーナの「魂の時間」は
      ロシアの詩人、マリーナ・ツヴェターエワの詩を使ったもので
      最後にメゾソプラノが
      ドイツ語で、その詩を歌う。

      詩のテキストはプログラムに記載されていたが
      私のドイツ語能力が足りず、内容がさっぱりわからん。

      無理やり、私の乏しいドイツ語力で、字面だけ訳してみると

      魂の深い時間、深い・・・夜
      (夜の魂の巨大な足並み)

      その時間にお前は空間を完成する、お前の魂空間を。
      おお、魂は寺を、お前を活性化させる。

      (以下省略)

      全然わかりません・・・(涙)
      もう、理解の範囲外です・・・(涙)

      しかしグバイドリーナの曲って、ロマンがあるなぁ。
      現代音楽とは言っても
      訳のわからん音列が続くだけではなくて
      私のようなシロウトにもちょっと推察できるような
      音楽的ストーリーが見える(ような気がする)

      次のコンサートまでに
      ばったり会った大学の同僚(お達者倶楽部(笑))をコーヒーに誘って
      20時30分からウィーン放送交響楽団のコンサートへ。

      グバイドリーナのメルヘン・ポエムは
      これ、聴いた事があると思う。

      プログラムに、チョークが主役で
      お城や、庭や、海や太陽を描けると思っていたチョークが
      文字や数字ばかり描かされて絶望し
      小さくなってしまったので捨てられて
      闇の中で死んだと思っていたら
      男の子が拾って、アスファルトの道路に
      お城や、庭や、海や太陽を描いてくれて
      チョークは幸せに打ち震えて、美しい世界に溶け込んでなくなる
      ・・・というストーリーが書いてあったが
      このストーリー、読んだ事がある。
      (2005年にウィーン交響楽団がフェドセイエフの指揮で初演しているから
       たぶん、その時に、その場に居たのだと思う)

      この曲、本当に可愛らしい。
      欲求不満のチョークの不幸から、闇の中
      その後、お城や庭や・・・で、美しい世界での消滅まで
      何ともしっかりわかる音楽ストーリーになってる。

      もともとラジオ番組の劇伴としての依頼を受けた曲だそうで
      その意味では、非常にわかりやすい。

      で、その後に、何故にシューベルトの未完成交響曲が
      突然入ってくるのか、わからなかったが
      呟きで、玄人の方から
      グバイドリーナはネオロマンの作風だから選択は正しい
      というご指摘を頂いた。

      さて、そのシューベルトの未完成交響曲だが

      ・・・これが、ものすごく異様な音楽だった。

      遅めのテンポで、ともかく歌わせるというか
      その歌い方が、何とも不気味で
      リタルダンドが多くて
      フェルマータなんか、どこまで伸ばすんですか、という状態。
      (ホルン、お疲れさまです。よく息が続いたものだ)

      ロマン派、というよりは
      そこを越えて、ともかく背筋がゾクゾクする程に異様な世界。
      デフォルメされている、とんでもないところに連れて行かれそうで
      ギョギョギョ、この指揮者、何者?と驚いて聴いていたのだが
      さすがに、あの1楽章、リピートも多いので
      あそこまで異様な演奏されると、ちょっとお腹一杯にはなる。

      第2楽章を、あのテンポでやられたらヤダな、と思っていたが
      これは、少し速めのテンポを取って
      ただ、途中の部分は、やっぱりタメタメ。

      こういう解釈もありか。
      あまり一般ウケはしそうにないが
      現代音楽を聴きたくて集まって来ている聴衆には
      耳新しくて、現代音楽に通じるところがあって
      面白かったのではないかと思う。

      普通に演奏される未完成だったら退屈だったが
      ちょっと辟易するくらいの強烈な個性の演奏で
      確かに、めったやたらと印象には残る。

      最後はグバイドリーナのバイオリン協奏曲。
      マルティン・ブーバーの本に触発されたものとの事だが
      哲学的な本らしいので、私にはさっぱり・・・

      大編成オーケストラ(106楽器)に
      ヴァディム・レーピンのバイオリン・ソロ。

      これもメロディらしきものが多用されていて
      音色の変化がとても多彩で
      面白いと言えば面白いのだが

      レーピンのバイオリンのソロ
      1秒ごとに音を出していくだけで
      あんまり技巧とか必要なさそうだし(違うかもしれない)

      出てくる音は、澄んでいて
      オーケストラから浮き上がって
      (しかも、そのソロの音をオーケストラが受け取って行くのが快感)
      あまりの美しさに声も出ないけれど
      ただ、1分間に60のタクトで音を弾いていくだけ
      ・・・みたいな印象で

      それって、大いなる才能の無駄遣いとか(以下省略)

      各コンサートは休憩時間なしの約1時間。
      こういう短いプログラムのコンサートって
      集中できるし、飽きも来なくて助かる。

      特に、無料ご招待だったのが気に入った
      ・・・とか言ってはいけないんだろうな、と思う私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      時々、チケット割引とか無料ご招待とか
      ご案内が来ないわけではないのだが
      だいたい、そういう案内が来た時には
      当該のコンサートを正規料金で購入しているケースが多いので
      ちょっと今回は権利を行使できた、っていう喜びがあったのだ。
      ケチなだけじゃん、とか突っ込まないで下さいまし。

      ウィーン・フィル + ズービン・メータ

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        Musikverein Großer Saal 2019年6月16日 11時〜13時

        Wiener Philharmoniker
        指揮 Zubin Mehta
        カウンターテノール Bejun Mehta

        Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
         Symphonie A-Dur, KV 201
         „Ombra felice - Io ti lascio, e questo addio“,
           Rezitativ und Arie (Rondo) KV 255
         „Vadasi, oh ciel! - Già dagli occhi il velo è tolto“.
           Rezitative und Arie des Farnace aus „Mitridate, Rè die Ponto“, KV 87
         „Cara, lontano ancora“.
           Arie des Ascanio aus „Ascanio in Alba“, KV 111

        Igor Strawinsky (1882-1971)
        Le Sacre du Printemps

        日曜日11時からのコンサートだが
        ウィーン・フィルの定期公演ではなく
        楽友協会主催のコンサート。
        チケットは(何せウィーン・フィルなので(笑))完璧売り切れ。
        ・・・とは言え、この季節になると
        直前に楽友協会のチケット・オフィスに
        何人か「余りチケット」を持って立っている人がいるので交渉次第。

        さて、ウィーン・フィルと大御所のズービン・メータ、御歳83歳。
        前半のモーツァルトは立って、後半のストラヴィンスキーは椅子の上から。

        ところで、このプログラム、いったい何じゃ?
        モーツァルトの交響曲29番に
        カウンター・テノール用のレチタティーヴォとアリアを3曲。
        登場するべジュン・メータは
        現代のカウンター・テノールの中では
        最も素晴らしい歌手と、私は思っているので
        才能のない親戚音楽家を大御所が特別に出してやる感はゼロ。

        べジュン・メータ、よくウィーン劇場のバロック・オペラには出ているのだが
        最近、ウィーン劇場に行かないので、久し振りに聴く事になった。
        (チケットが高くて、舞台が見えない)

        モーツァルトの交響曲は、
        あ〜、これがウィーン・フィルのお上品な響きなのね、という感じ(笑)
        あくまでも上品、ノーブル、上流階級の
        ある意味、ちょっとイヤミなくらいウィーン貴族っぽい仮面の印象。
        でも、こういう曲って
        やっぱり伝統のあるオーケストラの底力を感じる。

        べジュン・メータは・・・
        あ〜、もう、やっぱりむちゃくちゃ巧い。

        この人、声量も半端じゃないのだが
        (ウィーン劇場で他の歌手と一緒に聴くとぶっ飛ぶ)
        楽友協会の音響は、別に張り上げなくても聴こえるし
        モーツァルトのオペラは、うまく声を盛り上げるように作られていて
        ヴィブラートからアジリタから、難なくこなした上に
        声の色も自由自在に変える。

        だいたい私、コンサートで、オペラのアリアだけ聴くのは好きじゃない。
        オペラは、全体のストーリーの中で聴いてこそ
        その部分のレチタティーヴォとかアリアが活きるので
        そこだけカットされても感情的な移入が出来ないのだが
        (かと言って、モーツァルトのオペラを聴く気はあまりない・・・)

        内容とかはともかくとして
        べジュン・メータの美声だけで「聴かせて」くれちゃったわよ。

        さて、そんなモーツァルトの後
        後半がストラヴィンスキーの「春の祭典」???

        国立オペラ座のバレエ公演で
        ノイマイヤーの「春の祭典」を上演していた時に
        ウィーン・フィルの「春の祭典」を何回も聴いていて
        ちょっとトラウマなんですが(すみません)

        メータは座ってはいるけれど
        前に譜面台はない。

        確かに私が愛用するオペラ座のバレエの時の席は
        音響的には最悪ではあるのだが

        ホントにこれ、同じオーケストラ?!

        あ〜、すみません・・・
        バレエの時の演奏は
        実は指揮者が悪いんじゃないかと思っていたが
        当たらずと言えども遠からずか(勝手に納得)

        だってファゴットのソロに続く
        あの木管のアンサンブルの箇所の精密さと言ったら・・・

        メータの変拍子の指示が、ものすごくわかりやすい。
        シロウトでもわかる位に、はっきりしている。
        オーケストラが弾きやすいかどうかは不明だが。

        あの精密さと厚みのある音を聴いていたら
        連想するのは、アンリ・ルソーの絵画。

        細かく厚みのある精密な筆で描かれたジャングル。
        あくまでも筆はクリアで大時代的なノスタルジーで
        描かれた絵は不思議な世界に飛んでいる、という音楽。

        普通なら、いったんバレエで使われた曲を聴くと
        ついつい反射的にバレエの舞台を思い浮かべてしまうのだが
        メータの「春の祭典」は
        あまりに徹底的に純粋に「音楽」になっていて
        ノイマイヤーの振付があまり頭に浮かんで来ない(すみません)

        もともと「春の祭典」ってバレエ音楽だったはずなのだが
        この曲、こうやってコンサートで聴いてみて
        ここまでパートがクリアで
        上昇と下降の対比などまで、はっきりと浮かび上がってきて
        パート同士のバランスが抜群で
        音楽的に自然な流れを作って(変拍子なのに!)
        精密に、しかも距離取り過ぎの冷たさもなく演奏されると
        う〜ん・・・・
        ちょっと唸って、脱帽するしかない。

        メータ恐るべし・・・

        大げさに指揮棒を振り回すのではなく
        的確な指示を、正確な拍子で与えて
        ほんの少しの動きで音楽の表情を描き出す技。
        こういうのは、確かに老成しないと出来ない技術かもしれない。

        強い個性で強烈で熱烈なファンの多い指揮者と比べると
        大家(たいか)ではあるのだけれど
        巨匠、という一括りで
        あまり突出して目立つ、という人ではないと思っていたが
        すごい指揮者だわ・・・やっぱり「巨匠」だわ・・・

        しかしまぁ、ウィーン・フィルも
        バレエとオペラとコンサートで
        指揮者によってもだけど
        見事に別人オーケストラと化すなぁ、と
        深く感じ入った私に
        どうぞ本日も1クリックをお恵み下さい。


        トゥルーズ・キャピトル国立管弦楽団 + ソヒエフ

        0
          Musikverein Großer Saal 2019年6月15日 19時30分〜22時10分

          Orchestre National du Capitole de Toulouse
          指揮 Tugan Sokhiev
          ピアノ Nikolai Lugansky

          Alexander Borodin (1833-1887)
           Eine Steppenskizze aus Mittelasien

          Sergej Rachmaninow (1873-1943)
           Konzert für Klavier und Orchester Nr. 3 d-Moll, op. 30

          Peter Iljitsch Tschaikowskij (1840-1893)
           Symphonie Nr. 4 f-Moll, op. 36

          トゥルーズ・キャピトル国立管弦楽団と
          トゥーガン・ソヒエフの客演。
          ピアニストはニコライ・ルガンスキーで
          プログラムも、ばっちりロシアで統一。

          最初はボロディンの「中央アジアの草原にて」
          ああ、このオーケストラ、音が柔らかい。
          楽友協会だと、ちょっと焦点を結びにくい。

          ロシアの主題と東洋の主題なんだけど
          バイオリンの高音のミの音ばかりが気になる(こらこら)
          そこに不協和音も生じるテーマが入ってくる。
          テーマのサクソフォンが巧くて聴き惚れたわ。

          聴き込んだ曲ではないし
          滅多にウィーンで演奏されない曲なので、以下、省略。

          ラフマニノフのピアノ協奏曲3番は
          ・・・凄かった(断言)

          ピアノの強さとクリアさが半端じゃないのだが
          加えて、オーケストラとピアノのバランスが素晴らしい。

          オーケストラのトゥッティでもピアノが隠れてしまわないし
          (ルガンスキー、どれだけ強いんだよ?!)
          かと言って、力一杯弾いている、という印象がなくて
          ラフマニノフっぽい華やかな部分は
          とことん明るく、輝くような美しさ。

          正統派ロシアのヴィルトゥオーゾ ♡
          むちゃマッチョでダイナミックで、カッコいい。
          (そんな事しか言えないのかワタシは)
          キッチュになりがちな曲なのだけれど
          それを、きちんとクラシックの枠組みの中で弾くので
          下品にならず、ものすごく気持ちが良い。

          超貧民席なので
          ピアノ協奏曲になると
          ピアニストも指揮者も何にも見えないけれど
          きっと、イケメン2人に違いない(勝手に妄想)

          後半はチャイコフスキーの交響曲4番、名曲アワー。
          最初の金管の咆哮を
          じ〜っくりと聴かせて
          第1楽章のテンポが、かなり遅い。

          全体的に非常に重たい印象になっていて
          時々、思いがけないところでリタルダンドがかかったりする。

          最近の若手指揮者は、すっきりしたキレのある演奏をするかと思っていたら
          いたよ、ここにも例外が1人(笑)

          良い悪いの問題ではないけれど
          こんなに重量のある
          如何にも「ロシアですが、それが何か?」っていう音
          久し振りに聴いたような気がする。

          ところが面白い事に
          このオーケストラ、ロシアのオーケストラではなく
          フランスのオーケストラなので
          ソヒエフが、どんなに、重く暗く厚く
          ロシアっぽい表現をしても
          ロシアのオーケストラが時々聴かせる
          一種の「泥臭さ」みたいなものが全くない。

          チャイコフスキーの「ロシア」っぽい要素が
          実はチャイコフスキーは「ヨーロピアン」ですって感じで
          ものすごく面白いバランスになっている。

          しかし、あそこまで徹底的にロシアっぽく
          時にはタメタメのリタルダンドで演奏されると
          確かに、この第1楽章、かなり長く聴こえて
          ちょっとシツコイというか・・・

          でも、そのしつこさも
          第2楽章になると、あまり気にならなくなる。
          オーボエのソロが美しい。
          (国によるのかもしれないけれど
           ウィーンのオーケストラのオーボエって
           ちょっと控えめな音が多いので
           こういう、明るめの音を外国のオーケストラが出すと
           ちょっと羨ましい・・・)
          この楽章は、重々しくやっても、合っている感じがする。

          第3楽章では
          わっはっは、ソヒエフ、ほとんど振ってない。
          そりゃ、アインザッツさえ出せば
          確かに決まったテンポなので、みんな揃ってピチカートするわ。
          忙しく指揮者がリズムを取る必要は全くない。
          曲想の転換の時だけ、ちょっとだけ合図を出せばそれで済む。

          最終楽章は、音量を上げて、ド派手に打ち上げたけれど
          不思議な事に、楽友協会の音響でも「うるさい」とは思わない。

          チャイコフスキーのオーケストレーションがそうなっているのか
          オーケストラの音そのものが
          柔らかく丸いので神経に触らないのか
          ソヒエフが楽友協会の音響を知ってオーケストラをコントロールしているのか
          シロウトの私には判断がつかないが。

          派手にぶちかます曲だけに
          最後の残響を聴きたかったのだが
          今日は、すかさずブラボーを叫びたい人たちが多かったようで
          最後の音が鳴ったとたんのブラボー・コールと拍手は
          (ラフマニノフのピアノ協奏曲の時も)
          ちょっと残念ではあった。

          超弩級のロシア・プログラムでお腹一杯だったのだが
          なんとアンコールで
          チャイコフスキーの「くるみ割り人形」からロシアのダンス。

          22時になっていたので
          もうアンコールはないだろう、と
          ロジェの方に移動して
          舞台を見ながら拍手していたらアンコール出たのでびっくり。

          ただ、ロジェでこのオーケストラを聴くと
          やっぱり、楽友協会の音響って・・・お風呂ですね(爆笑)
          これも、フル・オーケストラで
          ばっちりロシア風味の音楽(ただしテンポは速めだった(笑))だけど
          このオーケストラの音そのものが
          とても柔らかい。

          最近、コンツェルトハウスでの音響に
          耳が慣れてしまったかもしれない・・・と
          ちょっと戦々恐々としている私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          同じオーケストラ、明日は違うプログラム。
          (でもやっぱりロシアで
           ムソルグスキーの「展覧会の絵」も演奏する。
           あ、オーケストレーションがラヴェルだから
           それこそ、ロシアとフランスの融合かな)

          ただ、私は行かない・・・というより
          二転・三転して、別のコンサートに行く事になってしまった。
          (詳細は気が向いたら、明日書きます(笑))

          タグの季節が違う・・・と思った方
          本日のウィーンは32℃まで上がって真夏でした。
          レインボー・パレードの参加者とか
          ほとんど裸に近かったです(笑)
          私もタンクトップですが(爆笑)

          ウィーン放送交響楽団 + スザンナ・マルッキ

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            Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年6月14日 19時30分〜21時20分

            ORF Radio-Symphonieorchester Wien
            ソプラノ Petra Lang
            指揮 Susanna Mälkki

            Alexander Zemlinsky (1871-1942)
             Sinfonietta op. 23 (1934)
             Sechs Gesänge nach Texten von
              Maurice Maeterlinck op. 13 (1910-13/21)
                Die drei Schwestern
                Die Mädchen mit den verbundenen Augen
                Lied der Jungfrau
                Als ihr Geliebter schied
                Und kehrt er einst heim
                Sie kam zum Schloss gegangen

            Béla Bartók (1881-1945)
            Konzert für Orchester Sz 116 (1943)

            最近、コンツェルトハウスに行く機会が多いのだが
            「良かったら、席を変えられますよ?」と
            係員に声を掛けられる事も多くなった。

            そんなにチケット売れてないのか・・・
            コンツェルトハウスの経営、大丈夫なのかしら(余計なお世話)

            ウィーン放送交響楽団は
            先シーズンでコルネリウス・マイスターが去った後
            来シーズンにマリン・オルソップが首席指揮者に就任するまで
            首席指揮者なし、という1年だったわけだが
            その分、様々な指揮者が登場して
            観客側からは、それはそれなりにバリエーションのあるシーズンだった。

            スザンナ・マルッキ ♡
            すみません、この間の Im Klang で
            この指揮者に惚れちゃいました。

            この人の指揮もキレが良い。
            最近の若い指揮者(まぁ、マルッキ若いと言っても50歳だが(笑))
            クリアでモダンな指揮の人が多いような印象がある。
            時代がそうなっているのかもしれないが。
            (まぁ、対照的な指揮者もいないワケではないけど)

            ギャラリーの席は30%程度か。
            席替えを拒んだ(笑)人が残っていると思う。
            私はジュネス枠で、舞台がバッチリ見える席で
            しかも、実はこの席、音響的には抜群なのだ。

            前半はすべてツェムリンスキーの曲。
            マーラーと3歳違いのツェムリンスキーは
            あまり演奏される機会がないだけに貴重。
            主観的な印象ではあるけれど
            後期ロマン派の直後の時期の音楽って
            あまり聴く機会がないような気がする。

            ワタクシ的には
            エゴン・ヴェレスとか
            エルヴィン・シュルホフとか(まだ実演を聴いた事がない!)
            ボフスラフ・マルティヌーとか
            フランツ・シュミットの作品の演奏を望む!!!
            ・・・いや、自分の好みです、すみません。

            シンフォニエッタは、続けて演奏されたリートのモチーフを使った曲。
            伝統的な手法に、近代的な和声が入り混じる。

            たまたまコンサートの後に
            いつも出会う大学の同僚にばったり会ったのだが
            ツェムリンスキーのオーケストレーションってスゴイよね
            というので盛り上がった。

            続いての歌曲はメーテルリンクの詩によるもので
            ドイツ語の歌詞なのだが
            あ〜・・・
            何だかドイツ語の内容がよくわからん・・・
            ちょっと見、メルヘンちっくな感じがするのだが
            文法的にナニこれ、という部分も多くて
            散文的な性格の私には
            ブンガクの高尚な内容は、ま〜ったくわかりません。

            「死」がテーマみたいなのだが
            だいたい最初の「3人姉妹」からして
            3人姉妹が死に場所を探して森と海と街に行く話で
            森が未来を見せて、海が過去、街が現在を示すって
            (たぶん、そういう内容ではないかと・・・)
            ともかく、全然わかりません。
            (というか、3人姉妹って、メルヘンならまだ若いイメージなんだろうが
             これが、90歳前後の3人姉妹だったら
             思い浮かぶ情景が、全く違うよね?)

            Als ihr Geliebter schied なんか
            私の理解できる範囲では
            彼女の恋人が別れた時、彼女は泣いたが
            彼が戻って来たら、既に他の彼氏がいた
            ・・・って話のように読めるのだが。
            (最後の節が「死を見た」って、しかも彼も死ぬだろうとか
             別れた彼氏が戻って来て殺人して自殺する話???)

            もちろん、詩とか物語は
            当時の社会的コンテクストの中で解釈されるべきものだろうが
            だいたいメーテルリンクの童話でさえ
            私はよくわからんのであって(これ以上書くと自爆する)

            多少エンディングで金管と声が被さるところはあるけれど
            これもオーケストレーションが見事で
            ソプラノの声を潰していない。
            ペトラ・ラングのドラマチックな強い声が
            不思議なメルヘンを語っていく。

            ただ正直言って
            今、こういう暗い音楽、聴きたくない・・・
            確かに、第一次世界大戦とか第二次世界大戦とか
            時代的に「死」がもっと身近にあった社会的背景があるけれど
            精神的に参っている状態で、こういう曲を聴くと
            ますます気分は落ち込むし、泥沼にはまりそう。

            ハマった泥沼からは
            後半のバルトークが救ってくれる(笑)

            バルトークのオーケストラのための協奏曲だって
            最晩年のバルトークが、この曲を書くという意欲で
            白血病をものともせずに全エネルギーを注ぎ込んだわけで
            (違っていたらごめんなさい)
            死にかけた作曲家の、この最後の燃えるようなエネルギーって
            聴いていると、私にも力をくれるような気がする。

            こういう曲は、ウィーン放送交響楽団は巧いのだ。
            バルトークらしいドライな部分と
            途中の胸の痛くなるようなエレジーと
            ノスタルジックな部分も含めて
            ただ、基本的には、客観的な距離を保った
            熱くならない、すっきりした演奏。

            後半がこの曲で良かった(笑)
            単純は私は、これでスッキリ。

            ツェムリンスキーとバルトークという
            オーケストレーションに関しては抜群の2人の曲で
            オーケストラの音色の変化が
            すごく楽しかった。

            世の中では、楽友協会の音響ばかり褒められているけれど
            楽友協会の、あの長い残響が美しく響くのは
            せいぜいが、ブラームスとかの時代までの曲で(極論)

            1900年代の初期以降の
            大規模オーケストラの曲に関しては
            私は(楽友協会の貧民席より)コンツェルトハウスの方が良いと思う。

            まぁ、もちろん楽友協会だって
            お高いお席は音響が違うのだろうが。
            (現代音楽祭以外で座った事がない)

            来シーズン、ウィーン放送交響楽団は
            やっと首席指揮者のオルソップを迎えて
            なかなか面白いプログラムのシリーズを予定していて
            10月の就任コンサートで
            レラ・アウアーバッハの初演作品の演奏があるらしい。
            (後半はヒンデミットの画家マティス)

            来シーズン開始は10月なのだが
            国立オペラ座の10月のチケットなんか、もう発売が始まっているし
            なんだか時間の経つのが異様に早いような気がする私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            そろそろ本当にシーズン終わりで
            7月には、ぱったりと音楽ライフが絶えてしまう・・・(涙)
            今年のイム・プルス・タンツは
            システムが変わって、パーフォーマンス・カードがなくなったし
            毎年、ワケのわからんダンスに、合計数万円以上払って来たけれど
            今年はカードもなくなって割引効かないから
            手当たりばったりには行かない事にした。

            ウィーン交響楽団 + ロレンツォ・ヴィオッティ

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              Musikverein Großer Saal 2019年6月13日 19時30分〜21時30分

              Wiener Symphoniker
              指揮 Lorenzo Viotti
              バリトン Matthias Goerne

              Richard Wagner (1813-1883)
               Vorspiel zu „Tristan und Isolde“ und „Isoldes Liebestod“

              Hans Pfitzner (1869-1949)
               Es glänzt so schön die sinkende Sonne, op. 4/1
               Mein Herz ist wie die dunkle Nacht, op. 3/3
               Ist der Himmel darum in Lenz so blau, op. 2/2
               Nachts, op. 26/2
               Herbstlied, op. 3/2
               Es fällt ein Stern herunter, op. 4/3
               An die Mark, op. 15/3

              Claude Debussy (1862-1918)
               Prélude à l’après-midi d’un faune

              Alexander Skrjabin (1872-1915)
               Le poème de l’extase, op. 54

              ウィーン交響楽団に
              どこを取ってもサラブレッドのロレンツォ・ヴィオッティの登場。

              まだ29歳だが、音楽一家に生まれて
              25歳でザルツブルクのヤング・コンダクターで一位。
              若いとは言え、さすがサラブレッドというか
              もう舞台でのマナーが堂々とし過ぎていて
              大家(たいか、と読む。おおや、ではない(笑))に見える。

              スイス人だがイタリア系で
              何となく、マフィアの若頭が登場、という感じもするが(すみません)

              さて、何だこのプログラム?!

              ワーグナーのトリスタンとイゾルデ序曲にイゾルデの愛の死
              途中のプフィッツナーの歌曲はゲルネの選択だとして
              後半にドビュッシーの牧神の午後への前奏曲
              最後がスクリャービンの法悦の詩

              本日のテーマは、音楽におけるエロティスムです
              ・・・とか言いたくなってしまうではないか。

              ワーグナーのトリスタンとイゾルデ序曲は
              たまたま本日の大学の授業で
              暑さと睡眠不足と朝からの続けての授業で
              頭が朦朧として来た時に

              トリスタン和音とか、メディアンとかの話を聞いたばかりで
              それでその夜に、当該の音楽にぶち当たるとは・・・

              ヴィオッティは正確な指揮で
              流れるようなメロディ・ラインを作ってくれるのだが

              こういう曲を演奏させると
              ウィーン交響楽団って
              やっぱり「オペラ」のオーケストラじゃない、という印象がある。

              どうしても「コンサート」になってしまって
              オペラっぽい緩さとか、フレクシブルなダイナミックさに欠ける。
              (いったい、どういう文句じゃ、と自分でも思うけど・・・)
              ・・・というか
              主観的印象なんだけど、あまり色っぽくないというか
              自分ではどうしようもない恋に身を焦がして
              恋のために死ぬ、という
              アホみたいなドラマに、今ひとつ入れない。

              ・・・それって、聴いているワタシが悪いんですよね、きっと。

              プフィッツナーの歌曲は
              ゲルネの暗めのバリトンで
              美しかったんだけど、全体的に暗くて
              ちょっと退屈(すみません)

              バリトンの声をちゃんと楽しむのであれば
              席を選ぶべきだった。これは私が悪い。

              後半の最初の牧神の午後への前奏曲。
              フルートのソロが巧いのは前提ではあるけれど
              そのソロの直後に入ってくるホルンに惚れた!!!

              いやもう、あそこで
              あの柔らかさで、この上なく美しく入ってくる
              ウインナー・ホルンの音色は、これこそ耳福の世界。

              この曲を色っぽいと思うか思わないかは
              各自の問題だが
              オリジナルの振付は観た事がないけれど
              これ、ニジンスキーの大スキャンダルの振付があるからなぁ。

              フォルクス・オーパーでのバレエも
              野生の牧神が、女の子を見つけて
              恋に堕ちると言うか、まぁ、あの、その、あの
              という振付だったし(笑)

              最後が法悦の詩。
              いや、この曲、すごく好きなんです。
              コンサートに特化したウィーン交響楽団が
              こういう曲を演奏すると、技術的に非常に巧い。

              ただ、これ、音がデカイ。
              時々、100デシベルSPLを超えているんじゃないか。
              (自分メモ SPL=Sound Pressure Level)

              今日のプロゼミのテーマの一つが
              どの位の音圧にどの位の時間晒されていると
              難聴の可能性が高まるか、というものだったので

              音楽聴きながら
              これは耳にはヤバイのではないか
              とか考え始めてしまう私は、かなり毒されている(自爆)

              本来は「法悦」のはずで
              オーケストラも、たぶん「法悦」を表現しているのであろうが

              さて、そうなると
              トリスタンとイゾルデも、牧神もそうなのだが
              音楽における色気というか
              いったい、そういうモノはあるのだろうか?

              作曲者が、いくら色気を所有していても
              いくら法悦の状態で作曲していても
              (まぁ、そういう状態そのものはあり得ないけど)
              考えてみれば
              受け取り手に、色気とかエロティズムを受け取る感性がなければ
              全然、色気にならないのではないか・・・
              子供とか老人とか・・・
              老人はともかく
              子供には、そこはかとない色気ってわかるのかしら。

              歳とって、色気とかいうものが全くなくなって来ると
              音楽の感じ方も変わるんだろうか。
              (まぁ、歳取っても発情する人はいると思うんだけど
               ワタクシ的美学としては(以下自粛))

              ・・・なんか、ワタシ、ものすごく疲れてる?

              こういう大規模オーケストラが咆哮する曲は
              やっぱり舞台から、できるだけ離れた
              バルコン正面とかギャラリーで聴くと
              聴き映えがするんだろうなぁ。

              音楽をそのまま楽しむ、というよりは
              何だか考えさせられる事が多いコンサートだった、と
              読者諸氏には、ま〜ったく役に立たない記事だが
              自分用の個人的主観メモなので
              こういう日もある、と開き直る私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。


              ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団 + ヒメノ

              0
                Wiener Konzerthaus Großer Saal 2019年6月12日 19時30分〜21時55分

                Orchestre Philharmonique du Luxembourg
                ピアノ Yuja Wang
                指揮 Gustavo Gimeno

                Peter Iljitsch Tschaikowsky (1840-1893)
                 Burja (Der Sturm)
                  Symphonische Fantasie nach William Shakespeare op. 18

                Maurice Ravel (1875-1937)
                 Konzert für die linke Hand für Klavier und Orchester D-Dur (1929/30)

                Dmitri Schostakowitsch (1906-1975)
                 Konzert für Klavier und Orchester Nr. 2 F-Dur op. 102 (1957)

                Maurice Ravel
                 Daphnis et Chloé. Fragments symphoniques, deuxième série (1913)

                冬のコートを着て震えていた5月が過ぎたとたん
                毎日30℃という真夏が来てしまい
                本当に最近、ここには「冬」と「夏」しかなくなった(涙)

                さて、コンツェルトハウスの
                インターナショナル・オーケストラのチクルス
                今シーズンの最終公演は
                ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団とグスターボ・ヒメノ。

                チケットが売れて
                オーケストラの後ろのオルガン・バルコンにまで
                観客が居るのは
                たぶん、オーケストラのせいでも
                ヒメノのせいでもなく

                ひとえにピアニストのユジャ・ワンのお陰ではあろう。
                (すみません、オーケストラの皆様と指揮者のヒメノさん・・・)

                プログラムだが、これもまた変わった構成。
                最初にチャイコフスキーでど〜んと盛り上げるかと思ったら
                あまり知られていないシェークスピアの「嵐」で

                ・・・ううう、はっきり言ってしまえば

                 地味

                なんかこう、華やかさがないというか
                真面目にしっかり演奏はしているんだけど(以下自粛)

                さて、ユジャ・ワン登場。
                会場全員、目が点。

                金色のラメの、とんでもないミニスカート(膝上20センチくらい)
                背中は腰のあたりまで、全部空いてるし
                胸のキワキワのところからドレスは始まっているけれど
                胸と胸の間の中央は、またもやざっくりと空いている。

                13センチの金色のピンヒールを履かれたおみ足が美しい。
                いや、見た目について何も言っちゃいけないんだったっけ(汗)
                でも、あれ、絶対、ユジャ・ワンはアピール目的でやってるわ。

                ラヴェルのピアノ協奏曲・・・わ〜い、と思ったら
                有名なト長調の方じゃなくて、左手かよっ!!!!

                左手、暗過ぎて、あんまり好きじゃない(すみません)
                一応長調なんだけど、最初の低音の出だしから
                何だかやっぱり暗いし
                そりゃ、左手だけで、あのヴィルトゥオーゾ性って凄いんだけど
                ユジャ・ワン、両手あるんだから
                別に左手だけで弾かんでも(いや、すみません)

                ご存知、この曲は戦争で右手を失った
                パウル・ヴィットゲンシュタインの依頼による作曲だが
                その際に独占演奏権も取得したため
                (いったい幾ら払ったんだ?って
                 まぁ、ヴィットゲンシュタイン家って大金持ちだし・・・)
                パウル・ヴィットゲンシュタインがピアノのパートを書き換えて
                ラヴェルと大げんかになったとの事。

                手紙のやり取りで
                パウルが「演奏者は作曲者の奴隷か?」と怒ったら
                ラヴェルから「演奏者は作曲者の奴隷だ!」という返事が来たらしい。

                あ〜、すごいな芸術家のプライドの壮絶な争い。
                ハイドンやモーツァルトなんかの時代だったら
                たいして問題になっていなかったような気がするが。

                さて、後半はショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲2番に
                またユジャ・ワンが登場。

                舞台にユジャ・ワンが出てきたとたんに
                ざわめく客席(笑)

                後半は眩い青の・・・ミニスカートのボディコン・ワンピ。

                さすがに靴は前半と同じ金色13センチのピンヒールだが
                またこの青いボディコン・ミニも
                背中は、ばっちり見える(笑)

                ショスタコーヴィッチの演奏が始まったとたんに
                あっ! と気がついた。

                前半のラヴェルのピアノ協奏曲
                万が一、ト長調の方を演奏していたら
                印象として、このショスタコーヴィッチの2番と
                かなり被ってしまったのではないか・・・
                (だから左手を演奏したのだろう、と勝手に納得)

                ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲2番は
                ショスタコーヴィッチにしては明るい曲だし
                リズム感がゴキゲンで
                ちょっとプロコフィエフ的なところもあって
                ユジャ・ワンの卓越したリズム感覚が見事に活きる。

                第2楽章の、ほとんどキッチュに近い美しさには息を飲む。
                そうだよね、ショスタコーヴィッチって
                映画音楽も作曲していたんだわ。
                (交響曲しか聴かないという偏った趣味なので忘れてた)

                いや〜、この曲、記憶があるから初聴きではないと思うのだが
                すごくチャーミングな私好みの曲だし
                ドレスの選択はともかくとして(私はおじんだから嬉しいが)
                ユジャ・ワンの鉄壁の技術と運動神経
                リズム感と音楽性は、こういうリズミックな曲には合っていて
                ほとんどサーカスでありながら
                流れるような、音楽としてのクオリティを聴かせてくれるのは見事。

                盛大なブラボー・コールで登場したユジャ・ワン
                お辞儀する時には満面の笑顔だが
                お疲れかなぁ(だって1コンサートで2曲の協奏曲!)と思ったら

                まずはグルックの曲のアンコール。
                (皆さまよくご存知のヤツです)

                拍手し続けていたら
                またもや、ピアノの前に座って

                弾きだしたのがモーツァルトのトルコ行進曲。
                客席から笑いが漏れたが

                いや、ワタシは知っている・・・
                これ、ユジャ・ワンがそのままオリジナルで弾くわけがない。

                ・・・案の定で(爆笑)

                超絶技巧にジャズ和声が入った、とんでもない曲。
                (編曲したのはアルカディ・ボロドスとユジャ・ワン)
                わ〜っはっはっはっは、これこそサーカス。

                盛大な拍手にブラボー・コール。
                さすがにこれでアンコールは終わりか、と思ったら

                また登場したユジャ・ワン
                指揮者の方をチラッと見て、良い?みたいな表情してから
                メンデルスゾーンの無言歌 (op. 67/2)
                このピアニストの体力って、どうなってるの。
                ウケたら、いつまでも弾いていたいタイプか、すごいな。

                いやもう、ここら辺で
                本日のコンサートの主役はユジャ・ワン、あなたです!
                という感じが圧倒的になってしまった。
                そのままお帰りになる観客の方もちらほら。

                ピアノを移動させて
                最後にラヴェルのダフニスとクロエ組曲2番。

                オーケストラは可もなく不可もなく・・・ってところ(おお、偉そう)
                普通に上手に演奏するけれど
                特別に光る、という個性もあまりないし
                職業的にプロフェッショナルとしての水準の演奏だなって感じ。

                ヒメノの指揮にはキレがある。
                (この間の誰かの指揮と何という違い(笑))
                くっきり、はっきりとオーケストラを率いるし
                ヘンな思い入れのあるタメがなくて
                ちょっとあっさりし過ぎ、みたいな部分はあるけれど
                とても現代的で無駄のない、すっきりした音楽を作る。

                だけど、オーケストラが、やっぱり地味。
                悪いオーケストラではないけれど
                目立って巧いソロもないし
                どこを取っても「平均値」という感じがする。

                以前、クリヴィヌとヒメノで聴いた事があるが
                やっぱりフランス風の音の軽さと
                鉄壁の技術とは行かない緩さがあったようだ。

                目立つミスをした訳ではないし
                それなりのプロの演奏にはなっていたし
                ヒメノの指揮はモダンでスッキリしているけれど

                それだけに
                ユジャ・ワンばかり目立ってしまったのは
                まぁ、この小国の(失礼)オーケストラの運命かもしれない。

                2017年1月20日の記載に
                何でこのオーケストラの名称、フランス語の記載なんだろう?と書いたが
                やっぱり今回もドイツ語名称ではなく
                フランス語の名前で登場。

                何かドイツ語に対して反感?でもあるのかしら
                ・・・とアホらしい事を考えてしまった私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。


                影のない女@国立オペラ座

                0
                  Wiener Staatsoper 2019年6月10日 17時30分〜22時

                  DIE FRAU OHNE SCHATTEN
                  Musik von Richard Strauss
                  Oper in drei Aufzügen / Text von Hugo von Hofmannsthal

                  指揮 Christian Thielemann
                  演出 Vincent Huguet
                  舞台 Aurélie Maestre
                  衣装 Clémence Pernould
                  照明とビデオ Bertrand Couderc
                  ドラマツルギー Louis Geisler

                  皇帝 Stephan Gould
                  皇后 Camilla Nylund
                  乳母 Evelyn Herlitzius
                  魔界の使者 Wolfgang Bankl
                  魔界の守り主 Maria Nazarova
                  若人の声 Benjamin Bruns
                  鷹の声 Maria Nazarova
                  上からの声 Monika Bohinec
                  バラク Wolfgang Koch
                  バラクの妻 Nina Stemme
                  片目の男 Samuel Hasselhorn
                  片腕の男 Marcus Pelz
                  せむし Thomas Ebenstein
                  召使い Ileana Tonca, Mariam Battistelli, Szilvia Vörös
                  生まれていない者たちの声 Ileana Tonca, Mariam Battistelli, Virginie Verrez,
                  Szilvia Vörös, Bongiwe Nakani
                  ソロ Ileana Tonca, Mariam Battistelli, Virginie Verrez, Szilvia Vörös,
                  Bongiwe Nakani, Zoryana Kushpler

                  Orchester der Wiener Staatsoper
                  Chor der Wiener Staatsoper
                  Bühnenorchester der Wiener Staatsoper
                  Opernschule der Wiener Staatsoper
                  Komparserie der Wiener Staatsoper

                  ウィーンにティーレマンがご降臨になると
                  はなからチケットは全て売り切れである(断定)

                  コンサートに関しては
                  以前ほどではないけれど
                  さすがオペラ、しかもリヒャルト・シュトラウスとなれば
                  (ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスしか振らないが)
                  何公演あっても、すべて売り切れ。

                  たまたま良き友人が、チケットあるけど行けない、というのを聞きつけて
                  きゃ〜っ、チケット、譲って下さい!!!という
                  ラッキー・チャンス。
                  本当に有り難うございました ❤

                  清水から3段跳びくらいでジャンプした価格で
                  こんな良い席でオペラを観た事はありません、というお席 (^^)

                  座ったままで、舞台全部見えるし
                  オーケストラ全部見えるし
                  ティーレマンも見えるし
                  ティーレマンの前のスコアまで(オペラ・グラス使うと)ばっちり見える。

                  (いつも、どんな貧民席なんだよ、とツッコミ入りそうだが
                   良いんです、身分相応というものはわかっておりますので)

                  しかしプログラムを見て、どっひゃーん!!!
                  17時30分開始で22時まで。
                  月曜日、授業が17時30分まであるじゃん、どうしよう?と思っていたら
                  本日は聖霊降臨祭の月曜日で祝日だった \(^^)/

                  さて「影のない女」
                  すごい大昔にオペラ座で一度観た事はあるが
                  いったい、何だこりゃ?と、ま〜ったく理解できず
                  (当時は字幕がドイツ語と英語しかなかった)
                  皇帝?皇后?そこに染物屋のオヤジとオバンに
                  鷹が出て来たりとか
                  メルヘン?のようだが、ともかく理解不可能、という印象しかない。

                  30分前に行われる作品解説を聞いてみた。
                  解説者によると、このオペラは何でもアリなんだそうで
                  エレクトラとかバラの騎士とかナクソス島のアリアドネとか
                  ともかく何でも入っているらしい。

                  演出の意図は、やっぱりこれはメルヘンで
                  心理劇とか、隠された意図は、観て聴けばわかる(らしい・・・)
                  各登場人物が、それぞれの課題をこなす事によって
                  新しい段階に進む、というのが中心テーマらしい。

                  ふ〜ん・・・

                  さて舞台だが
                  メルヘン? どこがメルヘン???

                  最初は湖か何かの上に浮いたパヴィリオンで
                  その後は、後ろが岩っぽい舞台設定で
                  最初から最後までモノトーンで暗い。

                  皇后の衣装は真っ赤
                  バラクの妻の衣装は真っ青

                  ・・・これって、もしかしたら聖母マリアの隠喩か(?)

                  ストーリーは皆さまご存知だと思うので
                  くどくどは書かないけれど

                  何ですかこれは!
                  正しい家族計画物語なのか
                  不妊の物語なのか
                  産めよ殖やせよのテーマなのか

                  うわあああ
                  結婚したら子供を産め、という
                  どこかの国の政治家のメッセージみたいな話じゃないの。
                  (誤解があるとは思いますが、個人印象記なのでご勘弁を)

                  適齢期で結婚して
                  正しく子供を産んで
                  健全な家庭を築いている方々は
                  何も問題なく鑑賞できるだろうが

                  私みたいに
                  モテず、結婚も出来ず、子供も出来ずの人生を過ごしてしまうと
                  これは、これは、これは

                  精神的に異常にキツイ。

                  というより、何だよ、この時代錯誤な
                  しかも女性蔑視(女性は子供を産む機械かっ!)の世界は!!!(怒)

                  こんなオペラがいまだに上演されている事が信じられない。
                  信じられないのだが

                  いや、ちょっと、これ
                  音楽がものすごく素晴らしいじゃないの。

                  題材は嫌悪すべき物であるとしても
                  それにくっついた音楽が
                  確かに解説の時間で言われた通り
                  リヒャルト・シュトラウスらしいモチーフが
                  見事なオーケストレーションで演奏されてしまうと
                  音楽だけで、ノックアウトされそう。

                  バラクの妻のニナ・シュテメが、実に素晴らしかった。
                  共感を呼ぶような役ではないのだが
                  (だってさ、専業主婦で甘えるんじゃねえ!とか言いたくなっちゃうので)
                  皇后のカミーラ・ニュルンドと共に
                  第二幕での歌合戦(じゃないけど(笑))
                  お互いに譲らず、ドラマチック・ソプラノのプライドを賭けてのシーンは
                  本当にタンホイザーの歌合戦・・・あっ、違う(汗)

                  ヘルリツィウスの乳母も、声は低音域まで伸びるし
                  ドイツ語はちゃんとドイツ語に聞こえる。演技も巧い。
                  (ニュルンドとシュテメはドイツ語にはあまり聞こえなかったけど
                   まぁ、あれだけ周波数の高い領域では無理というものだ)

                  ステファン・グールドの皇帝は、歌う部分は少ないが
                  この人も声量あるし、声は伸びるし
                  堂々としていて皇帝の風格があるし、素晴らしい。

                  バラク役のヴォルフガング・コッホは
                  圧倒的な声量はないのだが
                  バラクって、そういう役どころだし
                  何とも優しそうな役作りで共感できる。

                  ・・・いや、だからストーリーはまた別で
                  バラクだって
                  「若い妻を守って、子供が出来たら、何人でも飢えさせないように
                   頑張って仕事するのが僕の責任」って
                  そりゃ、理想的なお父さん像ではあろう。

                  だけどね、良い人だから愛する、という単純構造には
                  現実はなってませんから(断言)

                  真面目に仕事して良い人だけど
                  退屈で生理的にも受け付けない。
                  だけど、その収入で生きてる(専業主婦)私にも自己嫌悪
                  ・・・というのがバラクの妻の初期状態である。

                  現代だったら、女性の自立⇨離婚の道まっしぐら。

                  それが、途中で、バラクの人の良さに打たれて
                  やっぱりこの人の子供が欲しい、となってしまう
                  バラクの妻って、何なんだこれは。

                  あ〜、すみません。
                  ストーリーについて書き出すと
                  怒りで指が震えて、とんでもない事まで書いちゃいそうなので止めます。

                  音楽の素晴らしさについつい耳が行っちゃうので
                  ほとんど退屈しないけれど

                  短二度で繰り返される「鷹」って何の象徴なんだろう?
                  途中のシーンで出てくる多数の戦死者が横たわっているシーンって
                  演出家は何を考えていたんだろう?
                  乳母は、母親の悪口を子供に吹き込む姑の象徴かな、とか
                  (あ〜、すみません・・・)
                  考えてみれば、カイコバートという名前は煩雑に出てくるものの
                  カイコバートそのものはオペラには登場しないのは何故なんだろう、とか

                  まぁ、様々な謎のあるオペラで
                  だからこそ、飽きが来ないのかもしれない。

                  そういう不思議な謎がなかったら
                  「夫婦は愛し合って、たくさん子供を作りましょう。
                   でも、人の犠牲まで強要しての不妊治療は止めましょう」
                  っていう、非常に不愉快で、かなり単純で
                  異様に生々しい時代錯誤の女性蔑視だけになってしまうからな、きっと。

                  歌手は揃ってるし
                  音楽は、ともかく素晴らしい(思い切り強調)
                  オーケストラのメンバー、誰一人、手抜きしてないし
                  いや〜、こういう音楽だと
                  国立オペラ座管弦楽団=ウィーン・フィルというのも納得できる。
                  (すみません、普段、バレエしか行かないので(以下省略))
                  弦の響きの豊かさ
                  シュトイデさんのバイオリンのソロの泣きたくなる位の美しさ。
                  チェロのソロは、スキャンダルから不死鳥のように生還したノイジさん。
                  金管も木管も、パーカッション(比較的出入りは激しい)も抜群。

                  ティーレマンの熱心な信奉者が多いので
                  登場するたびにブラボー・コールが飛ぶ。
                  (お隣の男性が大声で叫ぶので、耳が痛くなった(笑))

                  ティーレマンも音楽にはご満悦だったようで
                  終演後、コンマスと握手かと思いきや
                  抱き寄せてハグしていた(迷惑そうだった(笑))

                  こんな(売れ残り子ナシの)女性にとって
                  失礼で不愉快な話はない訳で
                  (まぁ、1914年〜17年の話だ、100年前の話なのだ!
                   時代が違う! って言うか、100年前に生まれていなくて良かった)
                  もう二度と行く気はないけれど

                  あんなに良い席でオペラを観る事も
                  たぶん、二度とないだろう、という私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  ただ、考えてみれば、4時間30分というオペラなので
                  時間単位で割ってみたら(時給?笑)
                  そんなにむちゃくちゃ高い、というワケではないかもしれない。
                  それ言ったら、ブルックナー1曲とかの楽友協会の方が
                  分割りにしたらお高いわ(すみません、ケチで f^_^;)

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