テノール Michael Schade
バスバリトン Thomas Quasthoff
ピアノ Justus Zeyen
Felix Mendelssohn Bartholday (1809-1847)
Ich wollt, meine Lieb` ergösse sich, op.63/1
Abschied der Zugvögel, op.63/2
Herbstlied, op.63/4
Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
Veilchen, KV 476
An Choloe, KV 524
Komm, liebe Zither, KV 351
Abendempfindung, KV 523
Franz Schubert (1797-1828)
Heidenröslein, D 257
Im Frühling, D 882
Auf der Bruck, D 853
Normans Gesang, D 846
Robert Schumann (1810-1856)
Wenn ich ein Vöglein wär, op.43/1
Schön Blümelein, op.43/3
Herbstlied, op.43/2
Inermezzo, op.74/2
Blaue Augen hat das Mädchen, op.138/9
Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
Zwei Duette aus "Cosi fan tutte", KV 588
Robert Schumann (1810-1856)
Mein Schöner Stern, op.101/4
Dein Angesicht, op.127/2
Waldesgespräch, op.39/3
Mondnacht, op.39/5
Johannes Brahms (1833-1897)
Wie rafft ich mich auf in der Nacht, op.32/1
Sapphische Ode, op.94/4
Wie bist du, meine Königin, op.32/9
Unüberwindlich, op.72/5
Wien, du Stadt meiner Träume - Fantasiestücke für Tenor und Bariton
Musik von Rudolf Sieczynski, Gustav Pick, Robert Stolz und Conradin Kreutzer
オペラが続いた後に、久し振りの楽友協会。
ただし、このコンサート、12月12日に予定されていたのが延期になったもの。
昔から ミスター残念 ミヒャエル・シャーデのファンで
まずはシューベルトの オペラ リート「美しき水車小屋の娘」で
その表現力にぶん殴られ(言葉は悪いが、その位ショックだった)
ヨハネ受難曲のエファンゲリストでメロメロになり
カプリッチオのフラマンで、巧いな〜と感心し
無口な女のヘンリーにも魅せられた。
トーマス・クヴァストホーフは、マーラーのリッケルト歌曲集を聴いて
楽友協会のブラームス・ホールで、ブラームスの「美しきマゲローネ」を聴いた。
・・・ 深い美声とは思うし、技巧的にも言う事はないが
ただ、これ書いちゃうとヤバイけれど
やっぱり、ちょっと、舞台の上で見るのに、どうしても居たたまれない。
メンデルスゾーン、前半のシューマン
後半のモーツァルトのコシ・ファン・トゥッテと
最後の「ウィーン我が街」のメドレーはデュエット。
それ以外は、交代しながらのソロ。
デュエット全般に言える事だが
あれだけ美声の男声が重なると、倍音がスゴイ。
2人の声のはずなのに、まるで数十人が歌っているような
ものすごく厚みのある、幅の広い、暖かい音響になるのだ。
不思議なモノを聴いている、という感じ。
シャーデのソロで歌われたモーツァルトは
テンポを揺らし、ものすごく豊かな表情を付けて
ぎゃぎゃぎゃ、これもオペラか・・・ (+_+)
表現力は凄いのだが、何かな〜、それって、時代考証無視の
モーツァルトに聴こえないモーツァルトで、ちょっと大袈裟すぎる。
え〜っと、好みの問題です ( ..)ヾ
Abendempfindung なんかも、あれだけ入れ込んで歌われると
反って、何だかシラケルというか(以下省略)
ただ、こういう表現をする人が
あの美声で、シューマンを歌うと、これが、もう
めちゃくちゃピッタリ嵌まってしまうのだ。
昨年は調子悪そうだったが、完全に回復したようで
無理のない高音に、あくまでも柔らかい美声の低音まで
楽々と、表情を持って歌うシャーデの声が
クヴァストホーフの深い美声と相まって
うっとりするような世界を作った後で
シューマンの Mondnacht で
ワタシ、完全に「やられ」ました (。・・。)
最初から最後まで、抑制の効いたソット・ヴォーチェで
長い滑らかな息でメロディを歌われて
「感情」に訴えるというより
もっと、直截的に「感性」に「触られる」感じ。
今まで、プロの音楽家が何故、美食ブログを書くのか理解できなかったが
今日のシャーデの声を聴いて
ものすご〜〜〜〜く、美味しいモノを食べたような感じ。
感情だの理性だのをすっ飛ばして
本能の奥の方に、じかに訴えてくる快感で
これは、美食やセッ○スの快感に、非常に近い(と思う)
というより、美食やセッ○スより、ずっと「オイシイ」
(やっぱりヘンタイです \(__ ))
ああ、感受性が豊かな人って
こういう体験(快感)を毎日味わっているのかもしれない。
何となく羨ましいぞ。
でも、こんな、子宮にズッシリ響くような快感
毎日味わったら、ワタシ、死んじゃうかも ・・・ きゃ
クヴァストホーフは時々、セリフを喋っていて
(席が席なので、話し声がクリアに聞えない)
最初は「何か、目立ちたがり屋のイヤな奴」と思ってしまったが
どうも、2人で漫才のような駆け引きがあるらしい。
最後にウィーン歌曲のメドレーを2人でやって
聴衆にめちゃくちゃウケて(途中で拍手が入って続けられなくなった)
でも、どうも、その前のセリフは、わざとボケ・ツッコミでやっていたようだ (^^)
リートの解釈の見解の違いはあったけれど
「幸せ」なんて、生ぬるい言葉で表現できるようなモノではなくて
もっと生物的な「快感」に溺れてしまったコンサートだった。
こんな「快感」を味わっている中年女がいるなんて
シャーデは知らないだろうなぁ。いや、わかってやってるのかな?!(笑)