トーンキュンストラー + ドミトリー・キタエンコ

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    土曜日のダブルヘッダーです。
    時系列に読みたい方は、まずは午後のコンサート(こちら)からどうぞ。
    下は夜のコンサートの個人的メモです。

    Musikverein Großer Saal 2020年1月18日 19時30分〜21時30分

    Tonkünstler Orchester Niederösterreich
    チェロ Daniel Müller-Schott
    指揮 Dmitrij Kitajenko

    Antonín Dvořák (1841-1904)
     Konzert für Violoncello und Orchester h-Moll op. 104 (1894/95)

    Pjotr Iljitsch Tschaikowski (1840-1893)
     „Der Nussknaker“ Ballett in zwei Akten op. 71 (1891/92)
      Auszüge aus dem zweiten Akt (Zusammenstellung: Dmitrij Kitajenko)
       Im Zauberschloss von Zuckerburg
       Divertissement
        Schokolade - Spanischer Tanz (Bolero)
        Kaffee - Arabischer Tanz
        Tee - Chinesischer Tanz
        Trepak - Russischer Tanz
        Tanz der Rohrflöten - Pas de trois
        Mutter Gigoen und die Polichinelles
        Blumenwalzer
        Variation II: Tanz der Zuckerfee
        Pas de deux

    午後の熱狂的な楽友協会の後
    コーヒー飲んで、また向かう先が同じ会場の同じ席(爆笑)

    午後の客層とは全く違う客層だが
    日曜日定期とは違い、夜なので
    着飾ったお上品な年配のご婦人よりは
    楽友協会ホールを一度見たい、という観光客が多い。
    (それは良い事である。
     ただし、とんでもないマナーの人も多いので
     それはちょっと残念なところ)

    さっきのコンサートが長すぎで
    その後の入れ替えが大変だった、と
    係員から聞いたのは、このタイミングである。

    さて、今回はドミトリ・キタエンコを迎えて
    ドボルジャークのチェロ協奏曲と
    くるみ割り人形からの抜粋。

    私、ドミトリー・キタエンコのファンで
    この人とギュルツェニヒのショスタコーヴィッチ交響曲全曲CDは
    私の宝物だし
    ライオンみたいな白髪で情熱的にロシアっぽく作る音楽が好き。

    しかしキタエンコ、もう79歳になったのか。
    舞台に出てくる時の足取りが
    以前ほどスッキリしていなくて
    やっぱりお歳を召されたなぁ、というのが第一印象。

    ドボルジャークのチェロ協奏曲のソリストの
    ダニエル・ミュラー=ショットって
    結構すごい経歴の持ち主で
    あちこちで賞を取って、有名なオーケストラや指揮者と共演しているのだが
    48歳という円熟期なのに
    あまりあちこちで名前を聞くという人ではない(ような気がする)

    ドボルジャークのチェロ協奏曲。
    オーケストラ部分でのテンポが遅めで
    その分、テーマの歌わせ方がすごい。
    テーマを歌うホルンやクラリネットが巧い。
    ・・・けど、この曲、こんなに遅く演奏されたっけ。

    このチェリスト、音色はとても美しい。
    1727年のエクス・シャピロの美しい音色がホールに広がって
    とてもリリカルなテーマの提示と共に
    チェロがとことんカンタービレに歌う。

    ・・・歌うんだけど
    ええ、ワタシ、シロウトなので何も言えませんが
    音の美しさとテーマの美しさを
    遅いテンポで強調するあまり
    全体的に推進力に欠ける冗長な感じに聴こえて来る。

    あ〜、すみません、そうか
    その前にイケイケ・ガンガンの映画音楽を
    正味2時間30分、ばっちり聴いたせいもあるかも・・・

    何だか間延びして聴こえるのは
    映画音楽のせいだ(違!)

    いや、チェロの音はすご〜く美しいんですけどね。
    ドボルジャークのチェロ協奏曲って
    ちょっと苦手な曲、というのもあったかもしれない。

    こんな間延びした感じの指揮する人だったかなぁ。
    後半のくるみ割り人形に期待するぞ。

    さて、そのくるみ割り人形は
    第2幕からの抜粋。
    クララと王子さまのPDDの音楽から始まって
    ネズミと戦った子供たちがもう一度現れて
    クララが、顔の大きい男女と絡む恐怖の夢のシーンの後の
    ディヴェルティシモンまで
    かなりそのままの忠実な形で演奏されて

    頭の中では、国立オペラ座のヌレエフ版のバレエが
    次から次に展開して行って
    おおお、視覚と聴覚のリッチなコンビネーション。

    しかも、バレエの時って
    オペラ座管弦楽団がボロボロの時が多い上に
    音響の悪いロジェの後ろの超安席で聴いているので

    こうやって舞台でコンサートとして演奏されると
    音楽の立体感が全く違う。
    (だから、いつも貧乏席なので、すみません)

    スペインのダンス、アラビアのダンス(ケテヴァンとエノ!)
    中国のダンス、ロシアのダンスの後の
    パ・ド・トロワ。バロック衣装の可愛いダンスで
    当時はグレイグがとてもチャーミングだったわ、とか
    ついつい過去の事を思い出してしまう。
    その次のギゲオンのお母さんという曲は
    ヌレエフ版のくるみ割り人形では使われない曲で
    その後は、花のワルツ。

    ああ、オペラ座の舞台の、あの黄金の衣装を来た
    ダンサーたちの花のワルツの素晴らしかった事・・・

    砂糖の妖精のキュートなソロの後
    最後はグラン・パ・ドゥ・ドゥの豪華な演奏。

    ドラマツルギーが見事で
    頭の中でバレエが再現されている私も
    音楽と(妄想)視覚の中で、ドキドキしっぱなし。

    音楽そのものも、とてもドラマチックで
    芯の通ったダイナミックなものになっていて
    前半の間延びした感じはすっかり抜けて
    如何にもロシア的な熱情を帯びて
    チャイコフスキーらしい美しさが活きている。

    頭の中のバレエに感激しているのか
    音楽に感激しているのか
    ちょっと区別はつかないんだけど

    あ〜、クリスマスだ〜(違!)

    今日は朝から雪が降って
    コンサートの途中にやんだけれど
    郊外の自宅の近くは、まだ地面が白くなっているし
    そんなところにくるみ割り人形と来たら
    やっぱりクリスマスですよ、違うけど。

    キタエンコ、健在じゃん。
    この人の指揮って
    本当に無駄がないのに、必要なところは全部ある、という
    見事なキューの出し方で
    見ていて、ものすごく分かり易いし気持ちが良い。

    しっかりと歌わせているし
    ドラマチックだし
    やっぱり良いわ〜 ♡

    チャイコフスキーは映画音楽にも負けない事が
    はっきりした(だから違うかもしれない)

    ここ数年、クリスマスにくるみ割り人形観てないし
    これで、ホワイト・クリスマス気分になるのは良いんだけど

    来週は試験の前の最後の授業というので
    ほとんどの授業がまとめとテスト予習の段階に入るし
    再来週、1月最終の週には
    テストが6つ(!)
    (しかも、考えてみたら木曜日、テスト3つある・・・)

    まだ今学期のノートのまとめもしていないので
    焦り狂っている私に
    どうぞ1クリックをお恵み下さい。


    ウィーン・フィル + ジョン・ウイリアムズ

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      Musikverein Großer Saal 2020年1月18日 15時30分〜18時20分

      Wiener Philharmoniker
      バイオリン Anne-Sophie Mutter
      指揮 John Williams

      John Williams (*1932)

      Flight to Neverland (aus: Hook)
      Excerpts (aus: Close Encounters of the Third Kind)
      Hedwig’s Theme (aus: Harry Potter, Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
      Theme (aus: Sabrina. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
      Donnybrook Fair (aus: Far and Away. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
      Devil’s Dance (aus: The Witches of Eastwick. Arrangement für Anne-Sophie Mutter)
      Adventures on Earth (aus: E.T. The Extra-Terrestrial)

      Theme (aus: Jurassic Park)
      Dartmoor, 1912 (aus: War Horse)
      Out to Sea / Shark Cage Fugue (aus: Jaws)
      Marion’s Theme (aus: Raiders of the Lost Ark)
      Drei Stücke aus „Star Wars“
      The Rebellion if Reborn
      Luke and Leia
      Main Title

      昨年に、既にこのプロジェクトはあったのだが
      ジョン・ウイリアムズの病気でコンサートそのものが中止になって
      改めてやる、と決定された時に

      たまたま売り出し開始日に
      貧民席の中のベストの席が空いていたので
      いつもの貧民席価格より高いのに
      ついポチッとしてしまったのが、今日のコンサートである。

      コンサートそのものは立ち見席に至るまで売り切れ。
      (立ち見席もいつもの6ユーロではなく8ユーロ50セントだったらしい)
      来ているのは、若い男性と男女カップル、
      子供連れが圧倒的に多く
      難しい顔をしてお洒落した品の良い年配の男女は
      ・・・全くいない。

      私は難しい顔もしてないし、お洒落もしてないし
      品も良くないけれど
      何だか、周囲の客の層が、いつもと全然違うので
      あ〜、普通クラシック聴かない人が
      クラシック・コンサートに迷い込んだら
      こういうアウエイな感じなのね、と納得。

      ジョン・ウイリアムズが登場したとたんに
      大きな拍手が起こる・・・だけじゃなくて

      きゃ〜〜〜〜っ!
      観客全員、総立ちになった!!!!

      どんな指揮者でも作曲家でも
      登場したとたんにスタンディング・オベーションというのを
      私は初めて見た。

      映画音楽である(だから何?)
      私は映画には行った事がない。
      映画館にも行った事がない。

      6歳の時に、血迷った父親に
      2001年宇宙の旅を見せられた(隣で父はぐっすり寝てた)のが
      映画館に行った初体験だが
      その後、試写会とかはタダで行った事はあるけれど
      ロードショーに行ったという記憶がない。

      別にはっぱ家で映画が禁止されていた訳ではなくて
      ただ、単に、ウチが貧乏だっただけの話で
      多少のお小遣いをもらうようになった時点で
      私が通い出したのは東京文化会館であって映画館ではなかった。
      (オーケストラの学生券の方が映画より安かったと思う)

      何を言いたいかと言うと
      映画音楽なので、ワタクシは、何の感想も書けないのだ。
      知らないから・・・(すみません)

      こういう知識の偏り方もマズイとは思ったので
      大学の図書館で、ここ数日、スター・ウォーズを聴いてはいたが(呆)

      さて、映画音楽という研究のジャンルもある位だし
      劇場研究では、映画の研究も非常に進んでいるし
      ウィーン音楽大学では映画音楽の音響効果だけを学ぶ専攻もあるくらいで
      映画というのは、非常に好まれているジャンルらしい。
      (だからワタシ、知らないんです(恥)
       あまりに話題になったものについてはDVDを買ったりするけど)

      で、その「映画音楽」をウィーン・フィルの音色で聴いてみて
      我々が日常に聴いているクラシックと何が違うかと言えば
      ・・・別にそんなに違わないんじゃ?
      というのが正直な感想。

      分かり易い、あるいは耳触りが良いとかが
      音楽のクオリティの良し悪しに関係あるとは思わないし
      (だったらハイドンとかモーツァルトは何なんだって事)
      面白い事に、曲として聴いてみると
      ちゃんと従来の作曲法の技術に従って
      フォームもしっかりしているし
      モーツァルト張りの美しいメロディのテンコ盛り。

      シェーンベルクは、もうモチーフなんて書き尽くされたとか思ったらしいが
      この音楽聴いたら、ひっくり返るんじゃないか。

      まぁ、確かに盛り上げ方が
      どの曲でも、かなり似ていて
      職人芸だなぁ、とは思うけれど。

      最初の曲が終わったとたんに
      大拍手と共に、またもや全員が立ち上がるという状態。
      何なんだ、この熱狂振りは・・・

      2曲目の出だしが、正に20世紀半ばあたりの
      現代音楽そのもので

      だからワタシ、いつも言ってるけど
      現代音楽って、絶対に映画音楽としてバッチリなんだってば。
      リゲティの例を出すまでもなく
      私は現代音楽を聴くと、時々、映画のシーンが思い浮かぶ。
      ほとんどの場合はホラー映画だが(笑)

      その後、アンネ=ゾフィー・ムッターが登場。
      ジョン・ウイリアムズがマイクを持って
      ムッターを称賛した後
      続けて4曲、ムッターがモチーフを弾くという趣向の曲。

      あ〜、別に今日の聴衆
      アンネ=ゾフィー・ムッターを聴きに来ているとは思えないんだけど。

      盛り上がりの前半があって
      後半ではジョーズとか、レイダースとか
      最後はスター・ウォーズで盛り上げて盛り上げて
      またもや、観客総立ち。

      良い音楽だとは思うし
      素晴らしいけれど
      続けてずっと、こういう感じの曲を聴いてみると
      やっぱりちょっと飽きるというか(すみません)

      アンコールやりそう、と思って待っていたら
      またもや、アンネ=ゾフィー・ムッター登場で
      割にリリックな湿っぽい曲を
      続けて3曲、ムッターのバイオリンで演奏。

      ううう、長いし、こんな盛り上がらん曲を
      アンコールで、しかも続けてやるのか???

      と思っていたら、最後の2曲は
      ガンガン盛り上げて終了。

      幕間には、スター・ウォーズのモチーフの
      スーツを着た若い男性が居たりして
      確かに、この聴衆の層って、全然違う。

      ハリウッド方式あるいは
      ティン・パン・アレーから始まった
      ポピュラー音楽の歴史については
      1年生の最初の学期のポピュラー音楽入門(必須)で教わったから
      いわゆる映画音楽(やミュージカル)についての
      作曲家という役割が、当時から全く変わって来たのは知っているが

      その中で、このジョン・ウイリアムズという作曲家は
      たぶん、しっかりとした音楽教育を受けて
      自分でもオーケストラ・アレンジメントなんかも出来ちゃう人なんだろうなぁ。

      ・・・と、プログラムの紹介を読んでいたら
      作曲法を習い、ジュリアード・スクールも卒業して
      ちゃんと交響曲とか協奏曲とかも作曲していらっしゃるのね。

      映画音楽と言えば
      ショスタコーヴィッチだって映画音楽を作曲していて
      それがスターリンのお気に召したために
      逮捕されずに済んだ(で、本人はそれにショックを受けた)
      というエピソードもあるし
      やっと取り上げられ始めているコルンゴルトだって
      ハリウッドで活躍した。
      映画音楽家として有名なニノ・ロータも
      数多くのクラシック作品を残している(誰も演奏しないが)

      そう考えると
      映画音楽対クラシック、という二律で考える事自体がヘンなので
      音楽は音楽であって
      じゃぁ、何が映画音楽なのか、というと
      たまたま、映画につける音楽として作曲された、というだけじゃない。

      映画音楽の作曲家で
      指揮者で超有名になったジョン・ウイリアムズの
      交響曲とか、協奏曲とかを
      コンサートで聴ける機会というのは
      これからあるんだろうか?
      ・・・というより、この人の「普通のクラシック」も
      聴いてみたいような気がするんだけど
      ニノ・ロータと同じで
      やっぱり一分野で名を挙げてしまうと
      その他の作品は取り上げられないのかなぁ。

      現代音楽ジャンルから言えば
      こういう映画音楽を書く人のクラシック作品って
      シュヴェルスチックあたりがトライしている
      本来のクラシックに戻ろう運動的なものになっているような気がするのだが。
      (データ・ベースで探してみよう、もしかしたらあるかもしれない)

      いやしかし、このコンサート長すぎた。
      もちろん、聴衆が1曲ごとにスタンディング・オベーションしたのもあるけれど
      アンコールでムッターが出て来て、3曲も演奏したのはちょっと(以下省略)

      コンサート終わったのが、18時20分頃で
      後で係員が「その後のコンサートもあるのにむちゃくちゃ大変だった」
      と言っていたし
      ウィーン・フィルのメンバーも
      その後、国立オペラ座に走らねばならない人も居ただろう。

      ジョン・ウイリアムズ87歳。
      指揮台のところに最初に椅子が置いてあったけれど
      結局、全く使わずに
      とてもお元気な足取りと、明確な指揮で
      ご自分の曲を演奏なさっていて
      う〜ん、まだまだお若いわ。

      ナマのジョン・ウイリアムズを拝見できるチャンスなんて
      たぶん、これが最後だろうし
      ウィーン・フィルの豊かな音響で演奏される曲は
      すべて、とても美しくホールに響いて
      確かに長かったんだけど
      いつものチケットよりずっと高かったモトは取った(それかいっ!)

      と、セコい事をついつい考えてしまう私に
      どうぞ1クリックをお恵み下さい。



      ウィーン・フィルの定期公演ではないのだが
      このコンサート、明日、日曜日の午前11時からもある。
      定期ではないし、チケットも高かったので私は行きません、あしからず。

      オネーギン 3回目

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        Wiener Staatsballett 2020年1月17日 19時30分〜22時

        ONEGIN
        Balett in drei Akten von John Cranko
        nach dem Roman in Versen EUGEN ONEGIN von Alexander Buschkin

        振付・演出 John Cranko
        音楽 Peter Ilijitsch Tschaikowski
        編曲・オーケストラ編曲 Kurt-Heinz Stolze
        舞台 Elisabeth Dalton
        照明 Steen Bjarke
        指揮 Ermanno Florio

        オネーギン Robert Gabdullin
        レンスキー Davide Dato
        マダム・ラリーナ Erika Kováčová
        タチアナ Nina Poláková
        オルガ Nikisha Fogo
        乳母 Beata Wiedner
        グレーミン侯爵 Alexis Forabosco

        友人、農民、サンクトペテルブルク社会の人たち
        Marie Breuilles, Natalya Butchko, Iliana Chivarova, Laura Cislaghi,
        Venezza Csonka, Sveva Gargiulo, Zsófia Laczkó, Eszter Ledán,
        Anna Manolova, Katharina Miffek, Andrea Némethová, Suzan Opperman,
        Xi Qu, Alaia Rogers-Maman, Anna Shepelyeva, Rikako Shibamoto,
        Flavia Soares, Iulia Tcaciuc, Oksana Timoshenko, Liudmila Trayan,
        Beata Wiedner
        Nicola Barbarossa, Leonard Basílio, Marat Davletshin, Marian Furnica,
        Andrés Garcia Torres, Darius Gramada, Trevor Hayden,
        András Lukács, Igor Milos, Hanno Opperman, Tristan Ridel,
        Gaetano Signorelli, Andrey Teterin, Zsolt Török, Navrin Turnbull,
        Arne Vandervelde, Géraud Wielick

        Wiener Staatsballett
        Orchester der Wiener Staatsoper

        この間はロシア人がいない、と喚いたが
        いるじゃん、ロシア人!

        エカテリンブルクのバレエ・スクール出身のローベルトは
        2012年に入団した時に
        ちょっとアジア系のキレイな顔立ちで
        うおおお、イケメンが入って来たと私が大騒ぎしていたダンサー。

        この間は、ちょっと体操っぽいところがあったけれど
        今日のローベルト、すごく良い。
        迫真の演技で
        借りて来たような感じが抜けて
        ローベルトらしいオネーギンって感じになっていて
        もともと持っているノーブルさも活きていて
        ニナとのPDDも見事にキマった。

        何回か上演していると
        それなりに、全員の役作りが出来てきて
        見応え充分の素晴らしい舞台。

        何せコールド含めて
        まるで重力無視って感じで
        女性が飛びまくるのが、幻想的で美しい。

        ダヴィデも素晴らしい。
        無邪気で可愛くて、お坊ちゃんで
        嫉妬するところの演技も、細かいところまで作り込んで
        決闘前のソロのエモーショナルな演技も
        心にぐいぐい迫って来る。

        ニキーシャの、これもまた
        全く邪心がなくて、悪気のないキュートさもチャーミング。
        もともとニキーシャもダヴィデも
        技術的には完璧なので、この2人のPDDも見事。

        ニナは、ずっと踊り続けで、お疲れさまでした。
        (確か今日がニナのタチヤーナの最終日)

        ニナは、まぁ、正直、観客の好き嫌いもあるだろうが
        バレエ・ダンサーとして完璧な見た目、というのではないので
        チュチュとか着ると
        時々、ウエストのくびれがないのが気になったり
        キレイな人なんだけど
        ちょっと出っ歯っぽいところが気になったりするが
        (ええ、人の見た目を何だかんだ言うのは
         マナー違反ではあるけれど
         バレエ・ダンサーは見た目も大きな要素なので
         生まれつきだから仕方ないけれど
         やっぱり舞台で目につくところではある)

        このクランコのオネーギンは
        女性ダンサーはチュチュではなくて
        ハイウエストの衣装なので
        ウエストのくびれはもともと見えないので気にならない。

        それにニナの技術は素晴らしい。
        ニナの脚の美しさに、足捌きの巧みさが加わって
        しかも、ちゃんとニナは
        自分を如何に美しく見せるかを熟知している。

        バレエ・ダンサーとして
        理想的な体型と見た目に恵まれている人もいるけれど
        ニナは、そこまで生まれつきの理想型ではない。
        それを、とことん技術と努力でカバーして
        短所を長所にしてしまう凄さは
        ポジティブに出ると、ものすごい力になる。

        主役級ダンサーが
        全員、トップの技術で
        しかも役がこなれて来た迫真の演技で
        あ〜、もう、あまりに素晴らしすぎて悶絶する。

        最後の幕でのコールドで
        マリアンが、今日は髭を描いていなくて
        (この間は鼻の下にちょび髭があった)
        あの、可愛い凛々しいマスクを堪能できたのも嬉しい。
        (あのシーン、男性ダンサーは
         髭を描く人と描かない人がいる。
         トリスタンとかレオナルドとかアンドレイとかナヴリンとか
         今日はどうかな?って見るのも、実は楽しかったりする(笑))

        オネーギンは、最後の2回(23日・26日)
        ローマンとケテヴァン
        ヤコブとマディソンのキャスティングが予定されている。
        ベテラン同士のタチヤーナとオネーギン
        若者同士のオルガとレンスキー

        夢のキャストで
        今からむちゃくちゃ楽しみにしている私に
        どうぞ1クリックをお恵み下さい。



        27日からの週は試験週間なのだが
        あ〜、もう、試験落ちたら追試のチャンスもある!
        (開き直り)

        トーンハレ・オーケストラ + パーヴォ・ヤルヴィ

        0
          Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月16日 19時30分〜21時50分

          Tonhalle-Orchester Zürich
          クラリネット Martin Fröst
          指揮 Paavo Järvi

          Béla Bartók (1881-1945)
           Tranzsuite in sechs Sätzen Sz 77 (1923)

          Aaron Copland (1900-1990)
           Konzert für Klarinette und Orchester (1947/48)

          Peter Iljitsch Tschiakowsky (1840-1893)
           Symphonie Nr. 5 e-moll op. 64 (1888)

          アンコール
          Göran Fröst: Klezmer Dance No. 3 »Let's be happy«
          Peter Iljitsch Tschaikowsky: Polonaise (Eugen Onegin)

          コンツェルトハウスのインターナショナル・オーケストラ・チクルスで
          パーヴォ・ヤルヴィの肖像という副タイトルのコンサート。

          日本でも人気のあるパーヴォ・ヤルヴィと
          チューリヒ・トーンハレ・オーケストラ。

          いやもう正直なところを言ってしまうと
          宿題提出で明け方までゼイゼイ言っていて
          授業も、途中で数分、意識がなくなる状態で
          だいたい、毎日、ナイト・ライフを入れてしまうと
          やっぱり、ちょっとギリギリ。

          という事で、今日は短い。

          バルトークの音楽は民族音楽のモチーフを使って
          キレの良い、明るい音色で楽しかった。

          アーロン・コープランドのクラリネット協奏曲って
          初めて聴いたが
          コープランドらしい・・・と言うより
          アメリカの音楽って、ヨーロピアンと違って
          割にあっさりした感じがする。

          もっとも、アメリカ音楽というジャンルが
          果たしてあるのかは疑問だが
          ある意味、コープランドがいなければ
          この概念だってなかったよね?という印象を受ける。

          クラリネットのマルティン・フローストって
          典型的なゲルマン系の名前だけど
          スエーデン人なのね(アンコールの前に英語喋ったので驚いた)

          アンコールの曲が、最初ソロで
          その後オーケストラが入るというものだったのだが
          おわああああ、超絶技巧クラリネット・・・
          ほとんどサーカスなのだが、音楽的にも楽しい。

          後半、チャイコフスキーの交響曲5番。
          このオーケストラの音色って
          混じり気のない清潔さをまとった明るさがあって
          何とも洗練された真面目さというか
          どろどろしたところがない。

          チャイコフスキーは悩まねばならない、とか
          ロシア的な泥臭さが必要とか
          泥臭いのにヨーロピアンな洗練が欠けてはいけないとか
          まぁ、色々な偏見とか思い込みが
          聴衆にもあるだろうが

          音楽的なダイナミックに欠けるところはないのに
          とことん明るくて、音楽的なチャイコフスキーというのも
          実に楽しく、悩みなく、考える事もなく聴ける。

          悪口でも批判でもなくて
          パーヴォ・ヤルヴィと、このオーケストラの持ち味なのだろうが
          とことんモダンで洗練されていて明るくて
          非常に気持ち良く聴けて
          BGMとしても最高。
          (繰り返すが、悪口ではない!)

          徹底的に「音楽職人」の最強集団というか
          バロックの時代とかの
          音楽は楽しむもの(かどうかは不明だが)という
          ある意味、貴族的な楽しみを彷彿とさせる音が
          ずっと絶対的支配者のいなかった
          直接民主主義のスイスのオーケストラから出るのも面白い。

          だから好みとか主観の問題なんだけど
          (しかも、どっと疲れている時のコンサートだったし)
          バルトークもコープランドもチャイコフスキーも
          何となく同じイメージで聴こえて来た。

          まぁ、それも睡眠不足とか体調のせいだろうし。

          チャイコフスキーの交響曲の後のアンコールは珍しいが
          サービス精神満点のパーヴォ・ヤルヴィは
          私の知っている限りでは、必ずアンコールを演奏する。

          今回もチャイコフスキーのオイゲン・オネーギンから
          ポロネーズを、もうひたすら元気一杯に演奏。

          徹底的に現代的で
          徹底的にエンターテイメントで
          サービス精神満杯の楽しいコンサートだった
          ・・・けど、ともかく体調整えねば、という私に
          どうぞ1クリックをお恵み下さい。



          2月のこのチクルスのコンサートは
          同じくパーヴォ・ヤルヴィが
          世界に誇る日本のオーケストラを率いて来るので楽しみ。
          (ただ、世界に誇る日本のオーケストラについては
           褒め言葉以外の事をメモると色々と問題になりそうなので
           まぁ、その時はその時で考えます(笑))

          ミヒャエル・シャーデ + マルコルム・マルティヌ@国立オペラ座

          0
            Wiener Staatsoper 2020年1月15日 20時〜22時

            SOLISTENKONZERT
            テノール KS Michael Schade
            ピアノ Malcolm Martineau
            ホルン Josef Reif

            Ludwig van Beethoven
             Adelaide, op. 46

            Franz Schubert
             Laura am Klavier, D 388
             An die Entfernte, D 765
             An den Mond, D 259
             Der Winterabend, D 938
             An die Musik, D 547
             Seligkeit, D 433
             Auf dem Strom, D 943

            Maurice Ravel
             Cinq Mélodies populaires gracques:
              Chanson de la mariée
              Lá-bas, ver l’église
              Quel galant m’est comparable
              Chanson des cueilleuses de lentisques
              Tour gai !

            Gabriel Fauré
             Nell, op. 18/3
             Adieu, op. 21/3
             Sylvie, op. 6/2
             Fleur jetée, op. 39/2

            Richard Strauss
             Cäcilie, op. 27/2
             Nichts, op. 10/2
             Morgen, op. 27/4
             Zuneigung, op. 10/1

            アンコール
            Franz Schubert, Nacht und Träume
            Franz Schubert, Der Neugirte (Die schöne Müllerin)
            Rudolf Sieczyński, Wien, Wien, nur du allein

            国立オペラ座で時々行われる歌手のリサイタルは
            よほどの人気歌手でない限りは
            かなり席は空いている上に、チケットも安い。

            音響が良い席を狙って
            ギャラリー、天井桟敷の横の席を買ったけれど
            たった8ユーロだった。
            しかも、ギャラリーの中央席もかなりガラガラで
            立ち見席の人が大挙して移動する・・・・

            本当はいけないのだが
            (国立オペラ座はチェックは厳しい、もともとの値段が格段に違うから)
            ここまで空いていれば、まぁ、黙認だろう。

            ただ、演奏中に立ったり(椅子がガタンと音を立てて跳ね上がる!)
            移動したり(床がギシギシ軋む)
            喋ったりするのは勘弁してくれ。
            ・・・まずは、この辺から、観客マナーを疑うところ。

            まぁ、オペラ座ですから(ため息)

            シャーデ自身がプログラムに
            Prima le parole, dopo la musica と明確に書いているように
            (お〜い、テノールはフラマンで作曲家だよね〜っ(笑))
            テキストと音楽の融合を目指しているプログラム。

            ドラマツルギーとしては
            「女性」と「夜=月」をテーマに
            ベートーベンのアデライーデから
            シューベルトに移行するのが前半。

            後半は謎の作曲家、モーリス・ラヴェルと
            ガブリエル・フォーレのフランス語の歌曲。

            そして、オペラ座にちなんで
            リヒャルト・シュトラウスという構成。

            アデライーデは、もともとカンターテとして作曲されて
            アデライーデという名前が14回
            様々な音色で歌われる曲。

            あ〜、シャーデのソット・ヴォーチェ、まだ健在 ♡
            40台の頃の最高なソット・ヴォーチェに
            悶え狂った時期があるけれど
            54歳の今でも、まだまだ大丈夫。

            身体の支えがしっかりしているから
            フォルティッシモからピアニッシモまで自由自在である。

            アデライーデの後に拍手が起こったのはまだ許せるが
            あ〜、え〜、う〜
            シューベルトは一塊なのだが
            やっぱり最初の曲の後に盛大な拍手が・・・

            周囲の一部の人たちが
            シッ!と言っているんだけど
            そりゃ、リートの夕べに生まれて初めて来た人は
            何を言われているんだか、わからないよね(涙)

            An die Entfernte と An den Mond は
            うまくアタッカで繋げたけれど
            全部の曲をアタッカで繋げる事はできない。

            ところで Laura am Klavier って
            何てチャーミングな曲なの?
            演劇要素がたっぷり入って
            まるで一幕の寸劇を鑑賞しているような気分になるのだが

            会場暗くて
            せっかく5ユーロ出して買ったプログラムの
            テキストが読めません(号泣)

            シャーデが「言葉が大事」といくら言っても
            やっぱり演劇ではないわけで
            せめて、手元のテキストが読めるくらいの照明が欲しい。

            イタリア語の叫ぶアリアとかだったら何も言いませんが・・・

            An den Mond D 259 はワタシの大好物で
            ただのシュトローフェン・リートなんだけど
            そのシュトローフェンの変化が、もうたまらんというか
            すみません、謎発言なので、わからない方は無視して下さい。

            これを、シャーデがチャーミングに
            シナリオ的、演劇的に歌っているから
            もう客席で悶えまくり。

            拍手が起こったのも無視して
            ピアニストはすぐに次の演奏に続けるが
            そこまでやっても
            拍手したい人はしたいんですね。

            まぁ、ウィーンだし、オペラ座だし
            いくらシャーデがプログラムに
            ウィーンの観客のレベルは高い、と書いていても
            それは、楽友協会のブラームス・ホールか
            あるいは、もっとジモティしか来ない
            コンツェルトハウスのシューベルト・ホールでの話(断言)

            シューベルトはさすが、という感じで
            叫び過ぎず
            本当に囁くようなソット・ヴォーチェでの高音が
            体感的な快感に近い。
            (ちょっと向こうにいる若い女の子2人が
             立ったり座ったり(椅子がガタンと音を立てる)
             歌っている間に、ずっと小声で喋ったり
             スマホで自撮りしていなかったら、もっと良かったと思う)

            シューベルトの良さって言うのも
            ウィーンに住んでみて
            ここの「教養階級」にいまだに巣食っている
            排他性を垣間見たあたりからわかってきたような気がする。
            排他的なのは、一方的に悪い事ではなくて
            伝統やらしきたりやらを大事にする事にも繋がるから
            ビーダーマイヤー的な小市民性を一概に否定する気はない。

            有名な An die Musik と Seligkeit の後は
            ホルンのソロが加わっての Auf dem Strom
            ・・・この曲、絶対どこかでナマで聴いた事があるんだけど
            ホルンのソロとか入ってたっけ?

            シューベルティアーデにホルニストが居たんだろうな、と想像できるが
            しかしウィーンの9区の普通の住居の中でホルン吹いたのか・・・
            さぞかし近所迷惑(以下省略)

            オペラ座の中の写真だけ撮りたい
            音楽に興味ない、という人たちは
            前半で帰っただろう・・・と思ったら甘かった。

            確かに、もともとガラガラだった席には
            ますます少ない人数しか座っていないが
            隣で立って喋っていた若い子2人は
            真ん中の前の方に移動して
            乗り出して喋っているし
            (お喋りの声は前に流れるので、あの位置なら平気)
            スマホで録画している人もちらほら。
            (前半では係員に注意されていた・・・けれど
             わ〜ん、係員の方、演奏中に横を通らないで下さい、靴音が・・・)

            謎の作曲家ラヴェルの試験は
            結局、受けなかったので後味が悪いのだけれど
            (先生、ごめんなさい)
            こんな、ギリシャのメロディをテーマにした歌曲もあるのか。
            ラヴェルのエキゾチック趣味については
            しっかり講義で取り上げられていたが。

            ・・・で、1曲ごとの拍手。
            もう良いです。
            ピアニストも無視して、拍手の間に弾き始めてしまうが
            それでもしつこく拍手する人って
            よほど感激しているんだろうか?? 謎だ。

            続けてガブリエル・フォーレの歌曲は
            女性をテーマに、アデューまであって
            最後の曲は、失恋した時のやけっぱちの曲だそうで
            え?これがフォーレ?というくらい、ドラマチック。

            ツィッターで私をフォローしている人は
            どこがツッコミじゃ?と待ちかねているかもしれないが

            最後のブロックのリヒャルト・シュトラウス。
            最初のツィツィーリア

            ・・・なんですか、これ???

            ドイツ語のディクションを明確にしたいのが先に立って
            音程はともかくとして
            リズムが全く見えて来なくて、躍動感がゼロである。
            リヒャルト・シュトラウス、実は婚約したくなかったんじゃないか
            というくらいに、何だか間が抜けたリートと化している。
            これ、ちょっと・・・(以下省略)

            シャーデは結構オペラ座でもリヒャルト・シュトラウスは
            レパートリーにしているはずなんだけどなぁ。

            次の Zuneigung は軽めの歌だから
            軽く洒脱に歌ったのは良いのだが
            最後の Ich, und ihr, und alle? のところで
            客席を指差しながら歌うと
            そこに出現するのは、まごうかたなきオペレッタの世界。
            (あるいは、後ろにヌード・ダンサーを並べて
             その前で喋っているコンフロンシエって感じ)

            う〜ん・・・リヒャルト・シュトラウスでオペレッタになるとは
            シャーデもタダモノではない(皮肉入ってます)

            Morgen は定番だし
            マルティヌのピアノは上手いし
            シャーデの息の長いソット・ヴォーチェが見事に活きる。
            ・・・でも、この曲の最後の音が終わりきらないうちに
            ブラボー叫んで拍手する奴の神経が、私には理解不能だ。

            最後の Zuneigung は
            メロディックに、ちゃんと声を出して
            最後は例の高音を輝かしく響かせて
            イタリア・オペラちっくに盛り上げる。

            アンコールの1曲目は
            シューベルトの Nacht und Träume で
            最初から最後まで
            シャーデのこの上なく美しいソット・ヴォーチェを堪能。

            この人、自分がどんな声の質で
            どういうものを歌ったら
            聴衆がメロメロになるか、よく知ってるわ。

            シューベルトの美しき水車小屋の娘から
            6曲目の Der Neugierde
            以前、水車小屋の娘のアンコールの時に
            歌詞ド忘れ事件があったので、ちょっとドキドキしたが
            これも、本当に繊細な美声で歌い上げて満足。

            観客が少ないから、拍手もバラバラって感じだけど
            1曲ごとに盛大な拍手をしていた数人が
            大声でブラボーを叫んでいる。
            (コンサートではブラボーと叫びましょうとか
             旅行前に誰かに言われて来たんでしょうね、きっと)

            出て来たシャーデが
            割に低い話し声で(あっ、声帯の位置を戻してるな)
            「まだコンサートは続きますよ。
             ご心配なく。次の曲は、みなさん、よ〜く知っている曲です」

            ・・・「ウィーン我が夢の街」😲

            ミヒャエル・シャーデ、もしかしたら
            ヨナス・カウフマンにライバル心でも燃やしているのか???
            (カウフマンのウィーン・リートについては ここ

            しかも平土間の観客が何人か
            一緒に歌ってるし・・・
            (え〜い、ワタシだって歌いたいけれど
             そこまで厚かましくない)

            ミヒャエル・シャーデは
            もともとがドイツ系のカナダ人で
            オーストリア人ではないけれど
            オーストリアでかなり活躍していて
            音楽祭などの監督もしているので
            その意味では、話すドイツ語も
            かなりオーストリア方言に近いから
            ウィーン、我が夢の街を歌ってくれても良いんですが

            やっぱりシューベルトかリヒャルト・シュトラウスあたりで
            きめて欲しかったなぁ、
            とは言え、ツェツィーリアを聴いた限りでは
            盛り上がる Heimliche Aufforderung なんかは
            ちょっと歌って欲しくない、という感じだったし
            「月」のテーマなら
            シューマンの月で、シャーデだと絶品という曲があるのだが
            シューマンはこのプログラムには違和感があるだろうし
            ウィーン我が街で締めて良かったのかもしれない。

            同じプログラムで
            楽友協会のブラームス・ホールや
            コンツェルトハウスのモーツァルト・ホールだったら
            きっと、ドイツ・リート・オタクのジモティが集まって
            親密な雰囲気でのコンサートになったんだろうなぁ、と
            ちょっと残念なような気もするけれど

            でも、シャーデのソット・ヴォーチェに
            メロメロになって悶えまくった私に
            どうぞ1クリックをお恵み下さい。



            ご存知とは思うけれど、念の為
            シャーデの名前の最初についている KS は
            Kammersänger 宮廷歌手 の称号である。
            すでに Kammer 宮廷なるものは存在しないけれど
            こういうタイトルだけ残っているのがオーストリアらしいところ。

            シカゴ交響楽団 + ムーティ

            0
              Musikverein Großer Saal 2020年1月14日 19時30分〜21時15分

              Chicago Symphony Orchestra
              Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
              指揮 Riccardo Muti
              ソプラノ Krassimira Stoyanova
              アルト Daniela Barcellona
              テノール Francesco Meli
              バス Riccardo Zanellato

              Giuseppe Verdi (1813-1901)
              Messa da Requiem für Soli, Chor und Orchester

              比較的「雑食系」であると自負はしているものの
              やっぱり、ど〜しても苦手、というものはある。

              その苦手の筆頭
              ヴェルディのレクイエム。

              コンサートで演奏される機会もそこそこあって
              何年か前までは、頑張りましたよ。
              耳慣れすれば何とかイケるんじゃないかと
              CDをヘビー・ローテーションで聴いてみたりとかしたけど
              どうしても好きになれないので諦めた。

              思い出せる限りでも
              ヤンソンスの時とクルレンツィスの時には
              チケットは返してコンサートには行かず。
              (行かないコンサートって意外に記憶に残っていたりする)

              コンツェルトハウスではゲルギエフとウィーン・フィルの
              あの絶品のチャイコフスキーとリムスキー=コルサコフが
              同じ時間に演奏されていたが
              (で、チケットも持っていたけれど)
              何故、今回は、この曲に挑戦しようと思ったかと言うと

              典礼文、ラテン語だよね

              ・・・ってそういう理由(すみません)

              ここ数日、ラテン語の予習・復習をしていないが
              一応、コンサートでラテン語というので
              ちょっとだけでもお勉強になるかもしれない。
              (なりません!)

              いやしかし
              シカゴ交響楽団って
              何て金管が巧いの!!

              あの華々しい輝くような
              力強い金管の音って
              ヨーロッパのオーケストラでは聴けないわ、きっと。

              ソリストも
              よく集めたな、という水準の高さ。

              最初のレクイエムで
              テノールが、すごい声量で
              でも、声を振り絞るように入って来てギョッとしたのだが
              だんだん調子を取り戻したようで
              オペラっぽい美声のテノールを堪能。

              ストヤノヴァのソプラノの美しい事と言ったら・・・

              いや、この曲、オペラじゃない(はずだ)
              この曲は宗教曲、しかもレクイエム(のはずだ)

              ただ、皆さまご存知の通り
              どう聴いたって、このレクイエムは
              オペラに聴こえて来る。

              一番苦手なのが Dies irae の、例のフォルティッシモ。
              オーケストラとコーラスが
              これでもか!とばかりの大音響で迫って来て

              パーカッションの空気の揺れは
              私の胸郭の骨に振動を伝えてくるので
              なんだか息苦しい(所詮、妄想ですが)

              ただ、ヴェルディの音響によるものか
              オーケストラとコーラス、あるいは指揮者の腕かは不明だが
              身体全体に振動が入る不愉快ささえ我慢すれば
              耳を塞ぐほどの不快感はない。

              楽友協会大ホール全体を
              隙間なく包むような感じで
              豊かな音が広がっている、という印象。

              あの貧乏席だと(貧乏席だって高いのだ楽友協会は!)
              声は前に響くので、聴きにくい筈なのだが
              今回の歌手は全員、身体全体が響くタイプのようで
              素晴らしいソロの歌が聴こえてくるのは楽しい。
              いや、レクイエムが楽しいワケはないのだけれど。

              しかしまぁ、
              エステルハージ公じゃないけれど
              ヴェルディ君、キミはいったい何を書いたんだね?
              とか言いたくなる曲だなこれは。

              プログラムには
              本日の演奏はマリス・ヤンソンスに捧げる、と記述があり
              これはレクイエムだし
              終わったら拍手なしに、みんな静かにホールを去るのか
              ・・・と思っていたけれど
              やっぱりブラボー・コールと
              大喝采の嵐だった。
              いいのかそれで?

              音響的には
              身体全体が打ち震える感じ。

              身体に直接来るだけに
              それが快感か、不快感かの区別が微妙だが
              ああいう、音波が直接身体に入ってくる、という体験は
              あまりないので、その意味では面白かったけれど

              やっぱり、この曲、ワタシは苦手です。
              名人揃いのシカゴ交響楽団で
              天下の皇帝ムーティさまが指揮しても
              やっぱり苦手なものは苦手。

              とは言え
              やっぱりムーティがイタリアもの、特にヴェルディを演奏すると
              手練れというか、巧いというか

              ドラマチックな表現が
              この上なく自然に出てきて
              語る力が半端じゃないのはスゴイ。

              でも、正直、また当分、この曲は聴きたくない。
              あまりにドラマチック過ぎる。
              レクイエムとか言いつつ
              死者が全員、大音響にビックリして
              黄泉の国から蘇ってくるような気がするし

              せっかく、永遠の眠りで静かに安息に浸っている死者が
              なんだこれは!と、怒って墓場から出て来そうな気がする。

              あくまでも好みの問題です。
              これ、私の主観的、個人的メモであって
              音楽批評とか、評論とかと全く関係ありませんから。

              だいたい、頭の中で
              チャイコフスキーの交響曲1番が
              スキあらば鳴りそうになるし

              バレエのオネーギンの名シーンの
              フランチェスコ・ダ・リミニも時々頭の中で鳴る上に

              音楽分析の宿題(ひえ〜っ(汗))のドビュッシーが
              ずっとなり続けている(時々チャイコフスキーと融合する)という状態で
              ヴェルディのレクイエムを聴きに行くというのも
              かなり無謀ではあったのだ。

              で、ラテン語の予習・復習は
              結局すっ飛ばして(え〜い、ブログなぞ書かずに教科書に向かえっ!)
              ドビュッシーの分析も
              途中まででクエスチョン・マークが飛び交っている私に
              どうぞ1クリックをお恵み下さい。



              ⇧ こ〜いう感じのレクイエム(笑)

              まぁ、ラテン語の試験は、来学期終わってからだし
              昨日のテストは直前にばっくれたし
              (先生、ごめんなさい!)

              あとは、論文をどうするか、という問題と
              試験が5つあるが
              試験のうち、3つは、1月末じゃなくて2月にも受けられるし
              ・・・そんな事を考えていると
              本当に自分が怠け者になったなぁ、と
              つくづく思う今日この頃・・・

              オネーギン 2回目

              0
                Wiener Staatsballett 2020年1月13日 19時30分〜22時

                ONEGIN
                Balett in drei Akten von John Cranko
                nach dem Roman in Versen EUGEN ONEGIN von Alexander Buschkin

                振付・演出 John Cranko
                音楽 Peter Ilijitsch Tschaikowski
                編曲・オーケストラ編曲 Kurt-Heinz Stolze
                舞台 Elisabeth Dalton
                照明 Steen Bjarke
                指揮 Ermanno Florio

                オネーギン Eno Peci
                レンスキー Davide Dato
                マダム・ラリーナ Erika Kováčová
                タチアナ Nina Poláková
                オルガ Nikisha Fogo
                乳母 Beata Wiedner
                グレーミン侯爵 Alexis Forabosco

                友人、農民、サンクトペテルブルク社会の人たち
                Marie Breuilles, Natalya Butchko, Iliana Chivarova, Laura Cislaghi,
                Venezza Csconka, Sveva Gargiulo, Zsófia Laczkó, Eszter Ledán,
                Anna Manolova, Katharina Miffek, Andrea Némethová, Suzan Opperman,
                Xi Qu, Alaia Rogers-Maman, Anna Shepelyeva, Rikako Shibamoto,
                Flavia Soares, Iulia Tcaciuc, Oksana Timoshenko, Liudmila Trayan,
                Beata Wiedner
                Nicola Barbarossa, Leonard Basílio, Marat Davletshin, Marian Furnica,
                Andrés Garcia Torres, Darius Gramada, Trevor Hayden,
                András Lukács, Igor Milos, Hanno Opperman, Tristan Ridel,
                Gaetano Signorelli, Andrey Teterin, Zsolt Török, Navrin Turnbull,
                Arne Vandervelde, Géraud Wielick

                Wiener Staatsballett
                Orchester der Wiener Staatsoper

                以前はオネーギンと言えば
                主役級のダンサーは全員ロシア人で
                ロシアの根暗っぽい部分と
                プライドの高い貴族的な部分が
                何とも言えない洗練された泥臭さのようなものを纏っていたが

                時はめぐり
                ロシア人を大挙して雇ったジュラ・ハランゴゾの時代を過ぎて
                オネーギンの主役級は

                アルバニア生まれのエノ
                スロヴァキア生まれのニナ
                スエーデン生まれのニキーシャ
                イタリア生まれのダヴィデ
                フランス生まれのアレクシス

                というインターナショナルなメンバーとなった。
                (というより、これ、ロシア人無視・・・?(笑))

                せめてマーシャが踊っていれば良かったんだけど。

                ベテランの風格を漂わせるニナのタチヤーナに
                さて、エノのオネーギンはどうなんだろう。

                もちろん主観的な感じ方でしかない事は前提として
                エノのオネーギンの最初のシーンって
                別にそんなにツンケンしてない・・・ような気がする。

                一応、登場する時はツンツンの表情だが
                ニナ、いや、タチヤーナに紹介されて
                腕を組んで歩いたり、踊ったりするところって
                エノ、いや、オネーギンは
                タチヤーナに優しい笑顔を見せたりしているので
                そんな、冷血でイヤな奴、という感じではない。

                確かに、タチヤーナがストーカー化する前は
                別に冷たくする必要はないので
                それは正しい・・・んだけど
                普通に礼儀正しい貴族のおぼっちゃまに見える。

                ただ、この「貴族のおぼっちゃま」が変貌するのが
                タチヤーナの夢のシーン!!!

                満面のチャーミングな笑顔で
                (リフトの時に多少引きつっていたけど)
                アクロバット的なリフトが見事にキマる。
                見ていて、スカッとする(それではいけないのか、良いんだ、うん)
                技術のあるベテランのダンサー同士の
                息の合ったPDDで、迫力たっぷりのスペクタクル。

                ベテラン・ダンサー同士の連帯感と言うか・・・
                いや、本来はこれは愛なのだ、愛だよ、愛。

                エノって、最近、演技力が格段にアップしたなぁ。
                その格段にアップした演技力で
                最後のシーンが、ものすごくリアルになっている。
                いや〜、あの情けなさには萌えます。

                ニナはもともと演技派だし
                その意味では、ストーリーとして
                非常にまとまった公演。

                ニキーシャのオルガは
                モダンでキャピキャピの女の子。
                役柄をこなしていて素晴らしい。
                もっとも、これ言っちゃうとヤバイんだけど
                ニキーシャが出ると、ロシアの貴族の家、という感じには欠ける。
                (こればかりは、見た目なのでどうしようもないし
                 人種差別と受け取られかねないから、あまり言いたくないけど)

                ダヴィデのレンスキー。
                いやもう、ダヴィデって、何て可愛いの。

                このダンサー、妖しげな役を踊っても
                悪役を踊っても
                ちゃんと、そう見えるんだけど

                マスクが甘いので
                こういう、甘えたおぼっちゃん役になると
                もともと持っている、甘い「見た目」がばっちり活きる。

                こういう役を見てしまうと
                あ〜、ダヴィデのロメオを見たい!!!という
                欲望がむくむく湧いて来る。
                いつか見られるかなぁ、ダヴィデのロメオ。
                (ダヴィデがデビューした時から渇望しているので
                 あまり歳を取らないうちに、何とかお願い!)

                グレーミン役のアレクシスが意外にステキ ♡
                コッペリアで、演技力抜群のコッペリウスを演じていたが
                背は高いし、ハンサムだし
                立ってるだけで絵になるダンサーだし
                最終幕での、タチヤーナとのPDDのサポートも
                とても自然な感じ。

                ニナのタチヤーナは、最終シーンでは
                グレーミンに惚れて、幸せな生活を送っているように見える。
                グレーミン役のアレクシスも
                タチヤーナを尊敬して大事にしているように見える。
                まぁ、タチヤーナに突然情熱的に絡まれて
                ちょっと驚いて、どうしたの?というところは
                割に理性的に処理しているので
                もうちょっと、びっくりして
                心を残して去るような感じが出たら良いのに
                ・・・と、観客は勝手な事を考える(すみません)

                17日のオネーギンは
                同じキャストで、オネーギン役がローベルト。
                この間から、どう変わったか、ちょっと楽しみ。
                見た目はノーブルなダンサーなので
                あの「体操えっこらさ」がなくなれば
                この間の演技もローマンに倣って、結構良かったので期待できる。

                しかしまぁ、ニナは、ずっとこの演目で
                タチヤーナを踊り続け。
                これは、かなりハードだわ。
                ダンサーの世界も甘くない・・・

                このオネーギン役は
                男性ダンサーは、一度は踊ってみたい、と思う役らしい。
                あんなにヨレヨレになる役なのに
                何故、ダンサーに人気があるんだろうか。

                ダンサーって、激しい訓練を毎日行わなければならないので
                実は潜在的なMなのか?とか

                しょうもない事を、ついつい考えてしまう私に
                どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                女性側から言えば
                最終シーンで、グレーミン不在の時に忍び込んで来たオネーギンに
                徹底的に冷たい態度で

                けっ、いまさら、何を言い出すんだ、この、どアホ!

                と、蹴りを入れたいところだが

                そうすると、ストーリーに深みがなくなる(ような気がする)
                やっぱり、あの部分は
                世の中の大多数の男性の
                オレが振っても、女性は一度愛した男性を
                ずっと愛するものである
                という、希望に満ちた、大いなる勘違いの方が
                タチヤーナの演技も複雑性を増すし
                ドラマチックにはなる。

                まぁ、これ、プーシキンの原作を読んじゃうと
                クランコがバレエで表現したオネーギンと
                全く違う男性が登場して、ビックリするんですけどね(笑)

                ウィーン交響楽団 + ジョルダン

                0
                  日曜日のダブルヘッダーです。
                  時系列に読みたい方は、まずは ここ から。
                  下は、午後のコンサートです。昨日の超長いコンサートからの抜粋(笑)

                  Wiener Konzerthaus Großer Saal 2020年1月12日 15時30分〜17時30分

                  Wiener Symphoniker
                  ピアノ Nicholas Angelich
                  指揮 Philippe Jordan

                  Ludwig van Beethoven (1770-1827)
                   Konzert für Klavier und Orchester Nr. 4 G-Dur op. 58 (1805-1806)
                   Symphonie Nr. 6 F-Dur op. 68 „Pastorale“ (1807-1808)

                  ウィーン交響楽団の今日のコンサートは
                  昨日の短縮版である(笑)

                  ウィーン・フィルのコンサートの後に
                  友人と天丼とかを腹一杯食べてしまったので

                  ・・・眠いです(自爆)

                  ベートーベンのピアノ協奏曲4番は
                  大昔のピアノ譜を持って
                  (確か中学の時に無謀にも挑戦して、あっさり挫折)
                  交響曲6番はオーケストラ・スコアを持って
                  貧民席に向かうワタシ。

                  このコンサート・シリーズは
                  日曜日の11時とかが多くて
                  ウィーン・フィルの定期コンサートと重なるのだが
                  さすがに、今日は
                  昨日23時までのコンサートでお疲れ
                  ・・・と言う理由かどうかは定かでないが
                  15時30分からになったので
                  私もチケットを買って行く事が出来た。

                  で、このシリーズは
                  ジャーナリストのバーバラ・レットの
                  ありがたい(?)お話がコンサートの前にある。

                  とは言え、トーンキュンストラーなどが行っているような
                  別室での30分の詳しいプレトークではない。
                  しかも、何だか、今回のこの「解説」は
                  両方の曲ともに
                  1808年12月22日ウィーン劇場でのコンサートで初演されて
                  ピアノ協奏曲4番はベートーベン自身がピアノを弾いた
                  ・・・というだけで終わっちゃった。

                  その後、指揮者とピアニストが出てくるのがちょっと遅れたら
                  隣のおばさまが
                  「レットの喋りが今日は短かったから、きっと戸惑ってるのよ」(笑)

                  さて、ベートーベンのピアノ協奏曲4番。
                  昨日も聴いたけれど
                  ピアニストはニコラス・アンゲリッチという名前のアメリカのピアニスト。
                  1970年生まれの50歳だけど
                  ・・・あ〜、何だか非常に落ち着いていて歳上に見える。
                  (と隣のおばさまも言っていた)
                  出て来る時の足元も何だか、たよりなくて
                  お疲れなのか、お顔もちょっと白っぽくて(そういう家系かも)
                  どうみても60歳後半みたい。
                  (悪口ではございません)

                  経歴を読むと、かなり立派な天才児なんだけど
                  デビューしたのが比較的遅いみたい。
                  名前がマルタ・アルゲリッチと似ているのだが
                  全く関係ない(笑)

                  すごく繊細なピアノである。
                  だから4番にはとても合っている。
                  ピアノ譜を見ていると
                  速いパッセージだと、やっぱり指が滑ってるな
                  って感じがする時があるけれど
                  音の粒は揃っているので、滑らかで美しい。

                  でも、時々、寝落ちしそうになるんですけど(汗)

                  いや、良い演奏だったと思う。
                  派手すぎず、堅実でマジメな演奏で
                  その意味では、アピール度は、かなり低いな。
                  スター性とか言う感じでもないし
                  だから比較的遅く出て来たのかもしれないけれど
                  こういう、マジメな感じの
                  背筋がピタッと伸びたピアニストって
                  割に現代では珍しいかもしれない。
                  (ちょっとブレンデル的な印象がある)

                  アンコールはなし。
                  隣のおばさまが
                  ベートーベンの時にはアンコールはないのが通例らしいわよ
                  ・・・と言ったんだけど
                  どうも、演奏中に観客の一人が心臓発作で倒れたらしく
                  (後半の最初にレットが出て来て
                   救急車で運ばれて命に別状はない、と報告。
                   貧民ご愛用の天井桟敷からは、何もわからなかった)
                  それでアンコールがなかったのね、と
                  隣のおばさまは、一人で納得していらっしゃった。

                  後半、ベートーベンの交響曲6番「田園」
                  コンツェルトハウスのデッドな音響もあるのだろうが
                  あまり音が飛んで来ない。

                  いや、良いんですよ、パストラーレだし。
                  でも、嵐のあたりのピッコロとか
                  もう少し、強めに出して来ても良かったような気がする。
                  楽友協会だと、ピッコロ強く演奏されると
                  耳を塞ぎたくなるが
                  コンツェルトハウスなら、多少、大袈裟にやっても大丈夫なのに。

                  ジョルダン、フレーズをかなり膨らませている。
                  楽譜にクレッシェンドもデクレッシェンドの指示もないけれど
                  膨らませる事で出てくる躍動感というのはある。

                  しかしベートーベンって本当に面白いわ。
                  これまで、様々なオーケストラや
                  様々な指揮者が、必ずベートーベンの交響曲に挑戦して来て
                  世の中で、これだけ演奏回数の多い作曲家も少ないと思うのだが
                  (毎日やってる観光客向けコンサートで演奏される
                   モーツァルトとかヨハン・シュトラウスは別として(笑))

                  どの指揮者が、どのオーケストラで演奏しても
                  まずは、それはそれなりの演奏になってしまう、という事。
                  楽譜の精密さがスゴイのだ、きっと。
                  無駄な音符がなく、必要な音符に欠けるところがない。

                  パストラーレなんて、5番と同じく
                  第1楽章なんて、あんな小さなモチーフの
                  端的に言っちゃえば、ただの繰り返しなのに・・・

                  音量が低かっただけに(コンツェルトハウスの音響のせいもある)
                  嵐の迫力があまりなかったし
                  同じ理由で、農民の馬鹿騒ぎも
                  あまり羽目外して大騒ぎという感じではなかったけれど

                  その分、節操の効いた
                  古典的ですっきりした6番に仕上がったという感じか。
                  午前中の熱血ゲルギエフの、うごめくような
                  濃い目の味付けと対照的に
                  あっさり上品に仕上げました、という印象。

                  ベートーベン2020年はまだまだ続く。
                  これからオペラ座では、レオノーレの初版の上演もあるし
                  (チケット高くて入手できず・・・)
                  一部のコンサートの指揮者が変更になって
                  もう「クルレンツィス・チクルス」とは言えない
                  ベートーベンの交響曲全曲シリーズもある。

                  ベートーベン交響曲全曲のシリーズは
                  大昔のクリスティアン・ティーレマンの時に
                  1つのコンサートに3回、スコア持って通ったし
                  確か、その後、ベルリン・フィルとラトルも
                  ベートーベン全曲を楽友協会で演奏した。

                  ベートーベンが、当時のイタリア音楽(ロッシーニ!)に対抗して
                  ドイツ音楽は崇高だ、というプロパガンダのために
                  社会音楽的に利用された、という研究はかなり進んでいるのだが

                  そういうプロモーションはあったとしても
                  ベートーベンって、やっぱり面白い作曲家だと思う。

                  4番のスコアを見つつも
                  やっぱり途中で眠くなって
                  (天丼のせいと、昨日の睡眠不足がたたってる)
                  寝落ちするとスコアに置いていかれるし
                  いや、ちゃんと追いつきますけど(汗)
                  これがマーラーとかブルックナーなら
                  完璧にアウトだわ、と
                  くだらない事を考えていた私に
                  どうぞ1クリックをお恵み下さい。



                  ブルックナーのスコア持参の恐ろしいところは
                  寝落ちして、次のフレーズを見つけて待っていると
                  フレーズの繰り返しが多いので
                  (オーケストレーションは変わる)
                  違うフレーズのところにページが行っていると
                  もうそこで、迷子になって一貫の終わり、というところ(笑)

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